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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  B23K
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  B23K
管理番号 1368737
審判番号 無効2019-800016  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-01-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-02-25 
確定日 2020-12-03 
事件の表示 上記当事者間の特許第3408805号発明「加工対象物切断方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1.手続の経緯
1.本件特許第3408805号の請求項1ないし37に係る発明についての出願は、平成13年9月13日に優先権主張(優先日、平成12年9月13日)を伴って出願されたものであって、平成15年3月14日にそれらの発明について特許権の設定登録がなされた。
2.平成15年11月14日に申立人是澤勝より、平成15年11月19日に申立人進藤敬司より、それぞれ、特許異議の申立てがなされ、平成16年12月28日に訂正請求がなされ、平成17年2月4日に、「訂正を認める。特許第3408805号の請求項1ないし37に係る特許を維持する。」との、異議の決定がなされ、当該決定は平成17年3月22日に確定登録された。
3.平成17年5月31日に、請求人白澤榮樹より「特許第3408805号の請求項1ないし6及び11ないし37に係る発明についての特許を無効にする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求める無効審判請求がなされ、平成17年8月15に訂正請求がなされ、平成18年3月3日に、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。審判費用は、請求人の負担とする。」との審決がなされ、当該審決は平成18年11月9日に確定登録された(請求項数31)。
4.平成31年2月25日に、請求人株式会社東京精密より「特許第3408805号の明細書の請求項1?請求項31に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求める無効審判請求がなされた。
5.令和元年5月10日に、被請求人浜松ホトニクス株式会社より答弁書が提出され、令和元年6月20日に審理事項通知がされ、令和元年8月8日に被請求人浜松ホトニクス株式会社より口頭審理陳述要領書が提出され、令和元年8月9日に請求人株式会社東京精密より口頭審理陳述要領書が提出され、令和元年9月3日に審理事項通知がされ、令和元年9月9日に被請求人浜松ホトニクス株式会社より口頭審理陳述要領書(その2)が提出され、請求人株式会社東京精密より口頭審理陳述要領書(2)が提出されるとともに、第1回口頭審理が行われ、令和元年9月27日に被請求人浜松ホトニクス株式会社より上申書が提出され、令和元年10月11日に請求人株式会社東京精密より上申書が提出された。


第2.本件発明
(1)無効審判請求の対象となる請求項1ないし31に係る発明(以下、それぞれを「本件発明1」等という。)は、その特許請求の範囲の請求項1ないし31に記載された事項により特定される、以下のとおりのものと認める。

「【請求項1】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に多光子吸収による改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項2】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部にクラック領域を含む改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項3】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に溶融処理領域を含む改質領域を形成し、この政質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項4】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1ns以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に屈折率が変化した領域である屈折率変化領域を含む改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項5】 レーザ光源から出射される前記レーザ光はパルスレーザ光を含む、請求項1?4のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項6】 前記加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射するとは、一つのレーザ光源から出射されたレーザ光を集光して前記加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射する、請求項1?5のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項7】 前記加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射するとは、複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する、請求項1?5のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項8】 前記複数のレーザ光源から出射された各レーザ光は、前記加工対象物の表面から入射する、請求項7記載の加工対象物切断方法。
【請求項9】 前記複数のレーザ光源は、前記加工対象物の表面から入射するレーザ光を出射するレーザ光源と、前記加工対象物の裏面から入射するレーザ光を出射するレーザ光源と、を含む請求項7記載の加工対象物切断方法。
【請求項10】 前記複数のレーザ光源は前記切断予定ラインに沿ってレーザ光源がアレイ状に配置された光源部を含む、請求項7?9のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項11】 前記改質領域は、前記加工対象物の内部に合わされたレーザ光の集光点に対して、前記加工対象物を相対的に移動させることにより形成される、請求項1?10のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項12】 前記加工対象物は照射されたレーザ光の透過性を有する材料である、請求項1?11のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項13】 前記加工対象物の表面に電子デバイス又は電極パターンが形成されている、請求項1?12のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項14】 前記加工対象物に力を加えることによって、前記切断の起点となる領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させることで、前記切断予定ラインに沿って前記加工対象物を切断する、請求項1?13のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項15】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項16】 前記加工対象物は、その表面に複数の回路部が形成されており、前記複数の回路部のうち隣接する回路部の間に形成された間隙に臨む前記加工対象物の内部にレーザ光の集光点を合わせる、請求項1?15のいずれかに記載の加工対象物切断方法。
【請求項17】 前記複数の回路部にレーザ光が照射されない角度でレーザ光が集光される、請求項16記載の加工対象物切断方法。
【請求項18】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に、単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成し、この溶融処理領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。
【請求項19】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に、多光子吸収による改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項20】 請求項19記載の加工対象物切断方法において、前記改質領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項21】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に、クラック領域を含む改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項22】 請求項21記載の加工対象物切断方法において、前記改質領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項23】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に、溶融処理領域を含む改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項24】 請求項23記載の加工対象物切断方法において、前記政質領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項25】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1ns以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に、屈折率が変化した領域である屈折率変化領域を含む改質領城を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項26】 請求項25記載の加工対象物切断方法において、前記改質領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項27】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせて、集光点におけるピークパワー密度が1×10^(8)(W/cm^(2))以上でかつパルス幅が1μs以下の条件でレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項28】 請求項27記載の加工対象物切断方法において、前記改質領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項29】 半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物の内部において前記加工対象物のレーザ光入射面に沿った方向に、単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断することを特徴とする加工対象物切断方法。
【請求項30】 請求項29記載の加工対象物切断方法において、前記溶融処理領域を前記レーザ光入射面から所定距離内側に形成する加工対象物切断方法。
【請求項31】 前記加工対象物に力を加えることによって、前記切断の起点となる領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させることで、前記切断予定ラインに沿って前記加工対象物を切断する、請求項18記載の加工対象物切断方法。」

(2)多光子吸収について
審判請求人は、令和元年9月9日の口頭審理において、本件発明の多光子吸収の定義を明確にすべき旨主張した。しかし、本件特許明細書の段落【0027】には、「材料の吸収のバンドギャップE_(G)よりも光子のエネルギーhνが小さいと光学的に透明となる。よって、材料に吸収が生じる条件はhν>E_(G)である。しかし、光学的に透明でも、レーザ光の強度を非常に大きくするとnhν>E_(G)の条件(n=2,3,4,・・・である)で材料に吸収が生じる。この現象を多光子吸収という。」と記載されているとおり、本件発明の多光子吸収について明確に定義されているから、多光子吸収については上記定義に基づいて認定を行った。


第3.請求人の主張する無効理由
請求人は、証拠方法として審判請求書に甲第1号証ないし甲第7号証を添付して提出し、口頭審理陳述要領書に甲第8号証ないし甲第17号証を添付して提出し、口頭審理陳述要領書(その2)に甲第18号証を添付して提出し、上申書に甲第19号証を添付して提出し、以下の理由により本件の請求項1ないし31に係る特許は、無効とすべきであると主張する。

1.無効理由1(進歩性違反)
本件特許の請求項1ないし31に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に、甲第4号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証に記載された発明を組み合わせることで、当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を有しない。

2.無効理由2(進歩性違反)
本件特許の請求項1ないし31に係る発明は、甲第4号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証に記載された発明を組み合わせることで、当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を有しない。

3.無効理由3(進歩性違反)
本件特許の請求項1ないし31に係る発明は、甲第2号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証に記載された発明を組み合わせることで、当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を有しない。

4.無効理由4(進歩性違反)
本件特許の請求項1ないし31に係る発明は、甲第5号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第3号証、甲第6号証、甲第4号証に記載された発明を組み合わせることで、当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を有しない。

5.無効理由5(新規性進歩性違反)
(1)新規性違反
本件特許の請求項15、27、28に係る発明は、甲第7号証に記載された発明と同一であるから、新規性を有さない。
(2)進歩性違反
本件特許の請求項1ないし31に係る発明は、甲第7号証に記載された発明に、甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証に記載された発明を組み合わせることで、当業者が容易に想到できるものであるから、進歩性を有しない。


[証拠方法]
甲第1号証 特開平4-111800号公報
甲第2号証 特開平11-71124号公報
甲第3号証 特開平11-267861号公報
甲第4号証 特開平11-163403号公報
甲第5号証 特開平11-138896号公報
甲第6号証 特開昭53-148097号公報
甲第7号証 国際公開第00/32349号
甲第8号証 ユアサハラ法律特許事務所 弁護士 飯村 敏明、「無効2005-80166号審決に関する見解書」、2019年6月10日、写し
甲第9号証 中山信弘 小泉直樹編、「新・注解 特許法[第2版]【下巻】」、株式会社青林書院、2017年10月5日、第6章審判 第167条(審決の効力)2820-2823頁、写し
甲第10号証 特開昭50-131458号公報
甲第11号証 特開昭50-64898号公報
甲第12号証 不服2009-17417号(特願2003-067264号)の審決書、写し
甲第13号証 特開平4-110944号公報
甲第14号証 特開2003-338468号公報
甲第15号証 特許第4703983号公報
甲第16号証 特開2002-205180号公報
甲第17号証 不服2011-3045号(特願2004-212059号)の審判請求書、写し
甲第18号証 「サファイア加工」(社内向け資料)、株式会社東京精密(請求人)、2019年8月27日、P1?P6、写し
甲第19号証 無効2005-80166号(特許3408805号)の審決書、写し


第4.被請求人の主張の概要
これに対して、被請求人は、証拠方法として答弁書に乙第1号証ないし乙第3号証を添付し、口頭審理陳述要領書に乙第4号証ないし乙第7号証を添付して提出し、本件各発明は、以下の理由から、甲第1号証ないし甲第7号証記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではないと、主張している。

1.無効理由1(進歩性違反)について
甲第1号証には、加工対象物が半導体材料からなるウェハ状の加工対象物であるという事項及びレーザ光を照射することで、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させるという事項が記載されておらず、前者の事項は設計事項ではなく、後者の事項は甲第4号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証にも記載されていないから、請求項1ないし31に係る発明は、甲第1号証、甲第4号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

2.無効理由2(進歩性違反)について
甲第4号証には、加工対象物が半導体材料からなるウェハ状の加工対象物であるという事項及びレーザ光を照射することで、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させるという事項が記載されておらず、両事項は甲第4号証において容易に想到できるものではないし、また、両事項は甲第1号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証にも記載されていないから、請求項1ないし31に係る発明は、甲第4号証、甲第1号証、甲第7号証、甲第6号証、甲第3号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3.無効理由3(進歩性違反)について
無効理由3は、平成23年改正前の特許法第167条の規定に反するものである。
甲第2号証には、シリコン等の半導体材料からなるウェハ状の加工対象物を切断するという事項が記載されておらず、当該事項は設計事項ではないし、当該事項は甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証にも記載されていないから、請求項1ないし31に係る発明は、甲第2号証、甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

4.無効理由4(進歩性違反)について
甲第5号証には、レーザ光を照射することで、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させるという事項及び加工対象物切断方法という事項が記載されていない。また、前者の事項については、甲第5号証のマーキング方法の発明において割れを発生させることは阻害要因があり、後者の事項については、マーキング方法の発明を切断方法に変更することは設計変更ではない。したがって、請求項1ないし31に係る発明は、甲第5号証、甲第1号証、甲第3号証、甲第6号証、甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

5.無効理由5(新規性進歩性違反)について
(1)新規性違反について
甲第7号証には、加工対象物が半導体材料からなるウェハ状の加工対象物であるという事項及びレーザ光を照射することで、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させるという事項が記載されておらず、請求項15、27及び28に係る発明は、甲第7号証に記載された発明と同一ではない。
(2)進歩性違反について
甲第7号証には、加工対象物が半導体材料からなるウェハ状の加工対象物であるという事項及びレーザ光を照射することで、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させるという事項が記載されていない。前者の事項について、甲第7号証において加工対象物を半導体材料とすることは阻害要因があり、後者の事項について、甲第7号証において容易に想到できるものではなく、甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証にも記載されていないから、請求項1ないし31に係る発明は、甲第7号証、甲第1号証、甲第6号証、甲第3号証、甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。


[証拠方法]
乙第1号証の1 「電子材料」、2002年9月号、目次、17-21頁
乙第1号証の2 「電子材料」、2002年9月号、23頁
乙第1号証の3 「レーザー学会産業賞『優秀賞』受賞」
乙第1号証の4 「浜松ホトニクス 透過性パルスレーザーの内部集光による切断加工システム」
乙第1号証の5 「機械振興賞 受賞者 業績概要詳細」
乙第1号証の6 ”レーザー加工技術 特許総合ランキング力トップ3は浜松ホトニクス、ディスコ、三菱電機”、[online]、パテントリザルト、インターネット<URL:https://www.patentresult.co.jp/news/2018/07/laserprotech.html>
乙第2号証 神山 信治、「半導体ウエハとガラスの切断メカニズムの説明」、浜松ホトニクス、2005年12月27日
乙第3号証 ”レーザAtoZ”、[online]、レーザ加工学会ウェブサイト、インターネット<URL:http://www.jlps.gr.jp/laser/atoz/2/>
乙第4号証 ”ダイヤモンド・スクライブツールを利用した「スクライブ」とは”、[online]、テクダイヤ技術向上ブログ、インターネット<URL:https://tecdlab.com/2018/05/09/dictionary-%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%84%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%92%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%8C/>
乙第5号証 特開平8-274371号公報
乙第6号証 特開平10-64854号公報
乙第7号証 留井直子、「セラミックス切断用スクライビングホイールの開発とその切断技術」、Journal of the Japan Society for Abrasive Technology、2015年12月、Vol.59、No.12、p705-710


第5.甲第1号証ないし甲第7号証の記載
(1)甲第1号証に記載の事項
本件出願の優先日前である平成4年4月13日に頒布された甲第1号証には、図面と共に、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

ア.「透明材料に吸収されない高エネルギービームを、レンズやミラーから構成される光学系を介して透明材料の内部に焦点を合せ、高エネルギービームを透明材料内部に照射する。すると、高エネルギービームの照射された個所に数十ミクロン以下の微小なクラックが発生する。高エネルギービームの照射位置を移動させて、透明材料に連続的なクラックを発生させることによって透明材料を切断加工する。
クラックの発生について更に詳しく説明する。
固体中では、荷電子のエネルギー準位は帯状のいわゆるバンド構造をとっている。絶縁体ではバンドギャップ以下のフォトンエネルギーのフォトン、すなわち、長波長の光は吸収しない。
しかし、バンドギャップよりも低エネルギーの光でも、レンズで集光するなどしてフォトン密度を極端に高くすると、2個あるいは、それ以上のフォトンを同時に吸収することにより、電子が充満帯(エネルギーギャップよりエネルギーの低いエネルギーバンド)から伝導帯(エネルギーギャップよりエネルギーが高く、通常の状態では電子の存在しないエネルギーバンド)に励起される。
このように、フォトンを同時に2個吸収することを2光子吸収、さらに一般に複数個吸収することを多光子吸収という。
この発明においては、多光子吸収を利用して、バンドギャップよりエネルギーが低く、本来、吸収の起こらない波長の光を透明材料に吸収させることにより、透明材料の結合ボンドを切断したり、あるいは、発熱を利用して微小なクラックを透明材料内部に発生させるのである。」(第2頁右上欄第17ないし右下欄第7行)

イ.「実施例1
透明材料として150×150×150mmの合成石英ガラス(OH 1300ppm含有)を使用し、高エネルギービームとしては、不安定共振器を用いたエキシマレーザ(KrF 248nmエネルギー密度50mJ/cm^(2)・パルス、くり返し周波数150Hz)を使用し、焦点距離500mmのレンズで集光し、ミラーで反射させ、上面を予め研磨したワークである厚板の合成石英ガラスの内部にエキシマレーザビームの焦点を合せエキシマレーザをワークの上面から照射し、ワークを3r.p.mの回転数で回転させながら、焦点の位置を3mm/minの速さでワーク底面より引き上げることにより、直径30mmの円筒形の孔を開けた。
このとき、ワーク内部におけるエキシマレーザのビームの垂直方向の焦点位置は、レンズの位置を移動させることによって変化させた。
また、ワーク内部での焦点位置の水平方向の移動は、ワーク自体を水平方向に移動させることによっておこなった。
切断に当っては、焦点位置は、ワークの底面から上方向に移動させた。
[効果]
以上、述べてきたように、透明材料の内部に焦点をあわせ、透明材料に対し吸収の無い高エネルギービーム、例えば、石英ガラスに対しエキシマレーザを照射すると、微細なクラックが透明材料の内部に発生する。これを連続させることによって透明材料を複雑な形状に切断加工できる。
焦点をワークの内部に結ばせているのでワークの厚味に影響を受けず、自由な形状に加工できる。」(第3頁左上欄第11行ないし左下欄第4行)

ウ.上記イ.の「高エネルギービームとしては、不安定共振器を用いたエキシマレーザ(KrF 248nmエネルギー密度50mJ/cm^(2)・パルス、くり返し周波数150Hz)を使用し」という記載及び上記イ.の「ミラーで反射させ、上面を予め研磨したワークである厚板の合成石英ガラスの内部にエキシマレーザビームの焦点を合せエキシマレーザをワークの上面から照射し」という記載から、「厚板の合成石英ガラスの内部に焦点を合わせて、高エネルギー密度のエキシマレーザパルスの繰り返しによるエキシマレーザビームを照射」していることが、甲第1号証に記載されている。

エ.上記ア.の「この発明においては、多光子吸収を利用して、バンドギャップよりエネルギーが低く、本来、吸収の起こらない波長の光を透明材料に吸収させることにより、透明材料の結合ボンドを切断したり、あるいは、発熱を利用して微小なクラックを透明材料内部に発生させるのである。」という記載、上記イ.の「ワークである厚板の合成石英ガラスの内部にエキシマレーザビームの焦点を合せ」という記載、及び上記イ.の「石英ガラスに対しエキシマレーザを照射すると、微細なクラックが透明材料の内部に発生する。」という記載から、「合成石英ガラスの内部に多光子吸収による微小なクラックを形成」することが、甲第1号証に記載されている。

オ.上記イ.の「上面を予め研磨したワークである厚板の合成石英ガラスの内部にエキシマレーザビームの焦点を合せエキシマレーザをワークの上面から照射し、ワークを3r.p.mの回転数で回転させながら、焦点の位置を3mm/minの速さでワーク底面より引き上げることにより、直径30mmの円筒形の孔を開けた。」という記載、上記イ.の「石英ガラスに対しエキシマレーザを照射すると、微細なクラックが透明材料の内部に発生する。これを連続させることによって透明材料を複雑な形状に切断加工できる。」という記載から、「切断予定ラインに沿って、ワークを水平面内で移動させつつ焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ、合成石英ガラスを複雑な形状に切断加工する、合成石英ガラスの切断加工方法。」が、甲第1号証には記載されている。

カ.甲第1号証では、加工対象物として石英ガラスなどの種々の透明材料としているが、具体的に実施例で実際に円筒形の複雑な形状に切断加工される対象は、合成石英ガラスのみであり、その他の対象物での加工条件についての開示はないので、加工対象物は合成石英ガラスのみが開示されていると認められる。

キ.したがって、甲第1号証には以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「厚板の合成石英ガラスの内部に焦点を合わせて
高エネルギー密度のエキシマレーザパルスの繰り返しによるエキシマレーザビームを照射し、
前記合成石英ガラスの内部に多光子吸収による微小なクラックを形成し、
切断予定ラインに沿ってワークを水平面内で移動させつつ焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ、合成石英ガラスを複雑な形状に切断加工する、
合成石英ガラスの切断加工方法。」

(2)甲第2号証に記載の事項
本件出願の優先日前である平成11年3月16日に頒布された甲第2号証には、図面と共に、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

ア.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、破断領域に微小亀裂を発生させることにより、ガラス物体、特に破断開封用アンプルまたは管のガラス壁を破断するため、またはガラス板を分離するために適切な破断点を形成(produce)する方法に関する。」

イ.「【0013】
【発明が解決しようとする課題】
本発明の目的は、破断開封アンプルを再現できかつ安全に開口する方法で破断開封アンプルの破断領域に所定の破断点を形成することにある。特に、破断開封が困難なアンプルを開封するときに生ずる傷の発生を避け、かつ、アンプルの開封で生ずるアンプル内の医薬品の損傷を妨げることを意図する。
【0014】
【課題を解決するための手段】本発明の目的は、破断領域に微小亀裂を発生させることにより、ガラス物体、特に破断開封用アンプルまたは管のガラス壁を破断するため、またはガラス板を分離するために適切な破断点を形成する方法において、前記微小亀裂を前記ガラス壁またはガラス板の内部に形成することを特徴とする破断点を形成する方法により達成される。」

ウ.「【0021】
【発明の実施の形態】本発明によれば、適切な破断点は、微小亀裂が制御された方法でアンプルのガラス壁内部に形成されるという事実によって作られる。最初に述べた従来の技術であって、それぞれの場合にガラス壁がガラス表面からの微小亀裂により弱くなる技術に対して、問題の表面は本発明の方法を使用するときに損傷を受けない。」

エ.「【0028】好都合なことに、本発明に従う微小亀裂は集中レーザー照射手段により形成される;アンプルの場合、従来技術から公知であるが、アンプルの首領域で生ずる。直径<100μmのレーザービームをガラス壁の中心に収束することが有益であることが証明された。このことを実施するために、ガラスが透明でありまたは少なくとも半透明である波長を備えるレーザー放射を利用することが必要なことは明らかである。レーザーパラメーターを好適に選択することにより、当業者は、制御された方法で微小亀裂の長さや幾何学的な配列などの形成及び促進を調節することができる。これを実施するための適切なパラメーターを見つけだすことは進歩性を要求せず、これらは当業者によって、例えば適切な通常の実験に基づいて容易に決定できる。上記から明らかなように、ガラス物体(例えば、アンプル)の種々の幾何学性に関するプロセスパラメーターを採用することは容易である。微小亀裂は、約10?1000Hzの繰り返し周波数を備える単一レーザーパルスまたは一連のレーザーパルスを利用して形成できる。」

オ.「【0032】1)適切な破断点は、例えば適切な分割線に沿って周囲方向に配列した一若しくはそれ以上の微小亀裂領域によって、アンプル締め付け部の周囲の点に形成してよい。この方法(ワンポイントカット)では、破断開封するときにアンプルを配列又は調整するために適切な破断点をマークすることが必要である。」

カ.「【0035】使用されたレーザー放射源は、Q-スイッチまたはモードロックNdソリッドステートレーザーであることが好都合である。短焦点距離を備える適切な光システムは、必要により広いビーム断面を有するレーザービームを<0.1mmのスポット直径に収束する。大きい湾曲面を有すると、例えば、円柱または屈折の光システム(従来技術)により付加的な形状を備えるビームを提供する必要がある。非ガウスレーザービームプロファイルを用いると、破断方向に微小亀裂の付加的な配向を達成することが可能である。短いレーザーパルス時間のため、必要により、アンプル輸送の間適切な破断点を適用することができるが、これは壁の焦点位置を0.1mmよりも精度よく維持するために、多くの支出が必要である。プロセスコントロールは、例えば、プラズマ形成の光電子的観察及びレーザーパラメーターの再調整によって実施してよい。」

キ.「【0038】
【実施例】本発明の実験的実施態様は図面を用いて示し、下記により詳細に記述する。
【0039】図1は本発明に従って破断開封アンプルに適切な破断点を形成するための位置の図式レイアウトを示す。
【0040】図1において、適切な破断点はアンプルの首2(締め付け)の領域においてホウケイ酸ガラス製の2mlアンプル1に形成する。
【0041】締め付けは、アンプルの製造方法において二次成形用具(forming tool)を用いてタレット装置上で直径6.5mm、壁厚0.8mmに予め形成された。適切な破断点は図1で図式された更なるプロセスラインで適用され、ここで、アンプル1はチェインコンベヤーから、リフト装置3を使用してストップローラー4に対して持ち上げられる。アンプル1は、ローラー6が二次成形用具を追跡するような方法でローラー(roller table)5及び6上に置く。
【0042】パルス時間約10ns、パルスエネルギー25mJのQ-スイッチNd:YAGレーザー7を使用して適切な破断点を作る。レーザービームは、焦点距離50mmのレーザーレンズ8を使用してガラス壁の中心に収束させる:直径は約0.1mmである。適切な破断点がガラス壁の中心に形成されるように、アンプルの首2(締め付け)の直径は大きくて0.1mmの公差を有する。10Hzのレーザー繰り返し周波数を用いると、3つの適切な破断点は周囲方向に沿って1mm間隔でアンプルの首に適用される。これを達成するために必要なアンプルの回転はローラー4の駆動によって行われる。
【0043】3つの適切な破断点は顕微鏡で見ることが可能で、アンプルを明確にかつ物理的に破断できる。」

ク.上記ア.の段落【0001】の「本発明は、破断領域に微小亀裂を発生させることにより、ガラス物体、特に破断開封用アンプルまたは管のガラス壁を破断するため、またはガラス板を分離するために適切な破断点を形成(produce)する方法に関する。」という記載、上記キの段落【0042】の「レーザービームは、焦点距離50mmのレーザーレンズ8を使用してガラス壁の中心に収束させる」という記載から、「ガラス物体の内部に焦点を合わせてレーザを照射し」ていることが、甲第2号証に記載されている。

ケ.上記イ.の段落【0014】の「前記微小亀裂を前記ガラス壁またはガラス板の内部に形成することを特徴とする破断点を形成する方法により達成される。」という記載から、「ガラス物体の内部に微小亀裂を形成し」ていることが、甲第2号証に記載されている。

コ.上記オ.の段落【0032】の「適切な破断点は、例えば適切な分割線に沿って周囲方向に配列した一若しくはそれ以上の微小亀裂領域によって、アンプル締め付け部の周囲の点に形成してよい。」という記載、上記イ.の段落【0014】の「前記微小亀裂を前記ガラス壁またはガラス板の内部に形成することを特徴とする破断点を形成する方法により達成される。」という記載、上記ア.の段落【0001】の「本発明は、破断領域に微小亀裂を発生させることにより、ガラス物体、特に破断開封用アンプルまたは管のガラス壁を破断するため、またはガラス板を分離するために適切な破断点を形成(produce)する方法に関する。」という記載から、「微小亀裂によって、前記ガラス物体の分割線に沿って前記ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封する、ガラス物体の破断方法。」が甲第2号証に記載されている。一方、この破断点を起点として亀裂を発生させるものであることについての明示的な記載はない。

サ.上記ア.ないしキ.の記載からみて、甲第2号証には以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているものと認められる。

「ガラス物体の内部に焦点を合わせてレーザを照射し、ガラス物体の内部に微小亀裂を形成し、この微小亀裂によって、前記ガラス物体の分割線に沿って前記ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封する、ガラス物体の破断方法。」

(3)甲第3号証に記載の事項
本件出願の優先日前である平成11年10月5日に頒布された甲第3号証には、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

ア.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は光透過性材料のマーキング方法にかかるもので、とくにレーザー光を用いた光透過性材料のマーキング方法に関するものである。」

イ.「【0002】
【従来の技術】従来のレーザー光によるマーキング方法は、レーザー光によるアブレーション(爆触)現象を利用して、たとえば透明ガラス基板などの被マーキング材料の表面に加工を行うものであったため、被マーキング材料の表面が微小に割れて、その破片が生産工程に混入するという問題がある。」

ウ.「【0012】レーザー光を集束して絶縁破壊を生じる現象を詳しく観察すると、以下のようになる。図10は、透明ガラス基板1の要部拡大断面側面図であって、レーザー光3が最も集束した近傍においてガラス内部にクラック5が生じ、またこのクラック5に連続して、レーザー入射方向に亀裂6が伝播した穴状のマークパターン7の発生が認められる。レーザー光3のビーム径3mmφ、エネルギー約400μJで、焦点距離f=100mmのレンズを使用した場合に、その大きさとしては、クラック5の幅が約100μm、穴状のマークパターン7の長さは約500μmに達する。」

エ.「【0016】
【発明が解決しようとする課題】本発明は以上のような諸問題にかんがみなされたもので、クリーンなシステムに適合した光透過性材料のマーキング方法を提供することを課題とする。
【0017】また本発明は、マーキングにより被マーキング材料の破片が生ずることがないようにした光透過性材料のマーキング方法を提供することを課題とする。
【0018】また本発明は、マーキング後に光透過性材料の表面の清浄化のための後処理を不要とした光透過性材料のマーキング方法を提供することを課題とする。
【0019】また本発明は、とくに薄肉のガラス材料に所定の深さにかつ精密にマーキング位置を調整し、その表面にはクラックなどが生じないようにすることが可能な光透過性材料のマーキング方法を提供することを課題とする。」

オ.「【0020】
【課題を解決するための手段】すなわち本発明は、レーザー光により透明ガラス基板などの光透過性材料をマーキングするにあたり、光透過性材料の表面ではなく、その内部にレーザー光を集光すること、およびクラックの生成だけによってマーキングを行うのではなく、より低い照射エネルギーのレーザー光の集光によって主として光透過性材料の光学的性質の変化を起こさせてこれをマーキングに用いることに着目したもので、レーザー光により光透過性材料にマーキングを施す光透過性材料のマーキング方法であって、上記光透過性材料は、これをガラス材料とするとともに、上記レーザー光として、上記光透過性材料に対して透過性のあるものを選択し、このレーザー光を上記光透過性材料の内部に所定の深さで集光するとともに、このレーザー光の強さをこの光透過性材料の光学的性質の変化を起こす程度の強さとして上記マーキングを可能としたことを特徴とする光透過性材料のマーキング方法である。なお、上記光学的性質の変化とは、たとえば屈折率その他任意の光学的特性の変化をいい、外部からそれぞれ所定の計測手段により認識可能なものである。」

(4)甲第4号証に記載の事項
本件出願の優先日前である平成11年6月18日に頒布された甲第4号証には、図面と共に、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

ア.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は紫外域から橙色まで発光可能な発光ダイオードやレーザーダイオード、更には高温においても駆動可能な3-5族半導体素子の製造方法に係わり、特に、基板上に形成された窒化物半導体素子の製造方法に関する。」

イ.「【0004】しかしながら、窒化物半導体を利用した半導体素子は、GaP、GaAlAsやGaAs半導体基板上に形成させたGaAsP、GaPやInGaAlAsなどの半導体素子とは異なり単結晶を形成させることが難しい。結晶性の良い窒化物半導体の単結晶膜を得るためには、MOCVD法やHDVPE法などを用いサファイアやスピネル基板など上にバッファー層を介して形成させることが行われている。サファイア基板などの上に形成された窒化物半導体層を所望の大きさに切断分離することによりLEDチップなど半導体素子を形成させなければならない。
【0005】サファイアやスピネルなどに積層される窒化物半導体はヘテロエピ構造である。窒化物半導体はサファイア基板などとは格子定数不整が大きい。また、サファイア基板は六方晶系という結晶構造を有しており、その性質上へき開性を有していない。さらに、サファイア、窒化物半導体ともモース硬度がほぼ9と非常に硬い物質である。
【0006】したがって、ダイヤモンドスクライバーで切断することは困難であった。また、ダイサーでフルカットすると、その切断面にクラック、チッピングが発生しやすく綺麗に切断できなかった。また、場合によっては基板から窒化物半導体層が部分的に剥離する場合があった。」

ウ.「【0009】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら、半導体ウエハーの一方のみにスクライブ・ラインなどを形成させると分離時に他方の切断面にクラック、チッピングが発生しやすい傾向にある。分離された窒化物半導体素子の一表面形状は揃えることが可能であるが、窒化物半導体素子の他方の表面形状ではバラツキが発生し、半導体ウエハーにクラックやチッピングが生じやすい。したがって、半導体ウエハーを分離するときに、スクライブ・ライン形成面側から形成されていない半導体ウエハー面側への割れかたを制御し完全に窒化物半導体素子の形状を揃えて切断することは極めて難しいという問題を有する。」

エ.「【0013】したがって、本発明は窒化物半導体ウエハーをチップ状に分離するに際し、切断面のクラック、チッピングの発生をより少なくする。また、窒化物半導体の結晶性を損なうことなく、かつ歩留まりよく所望の形、サイズに分離された窒化物半導体素子を量産性良く形成する製造方法を提供することを目的とするものである。
【0014】
【課題を解決するための手段】本発明は、基板(101)上に窒化物半導体(102)が形成された半導体ウエハー(100)を窒化物半導体素子(110)に分割する窒化物半導体素子(110)の製造方法である。特に、半導体ウエハー(100)は第1及び第2の主面を有し第1の主面(111)側及び/又は第2の主面(121)側からレーザーを半導体ウエハー(100)を介して照射し少なくとも基板(101)の第2の主面(121)側及び/又は基板(101)の第1の主面(111)側に形成された焦点にスクライブ・ライン(103)を形成する工程と、スクライブ・ラインに沿って半導体ウエハーを分離する工程とを有する窒化物半導体素子の製造方法である。
【0015】本発明の請求項2に記載された窒化物半導体素子の製造方法においては、第1の主面(111)が基板(101)上の一方にのみ窒化物半導体(102)が形成された半導体ウエハー(100)の窒化物半導体積層側であり、第2の主面(121)が半導体ウエハー(100)を介して第1の主面(111)と対向する基板露出面側である。
【0016】本発明の請求項3に記載された窒化物半導体素子の製造方法において、スクライブ・ラインが基板露出面に形成された凹部(103)である。
【0017】本発明の請求項4に記載された窒化物半導体素子の製造方法においては、スクライブ・ラインが基板内部に形成された加工変質層(206)である。
【0018】本発明の請求項5に記載された窒化物半導体素子の製造方法においては、レーザーが照射される半導体ウエハー(100)の第1の主面(111)側及び/又は第2の主面(121)側にダイヤモンドスクライバー、ダイサー、レーザー加工機から選択される少なくとも1種によってスクライブ・ラインと略平行の溝部(104)を形成する工程を有する。」

オ.「【発明の実施の形態】本発明者らは種々実験の結果、窒化物半導体素子を製造する場合において半導体ウエハーの特定箇所に特定方向からレーザーを照射することにより、半導体特性を損傷することなく量産性に優れた窒化物半導体素子を製造することができることを見いだし本発明を成すに到った。
【0022】即ち、本発明の方法により窒化物半導体素子の分離ガイドとなるスクライブ・ラインを窒化物半導体層を損傷することなく窒化物半導体ウエハーを透過してレーザー照射面側以外の任意の点に形成することができる。特に、同一面側から窒化物半導体素子に悪影響を引き起こすことなく半導体ウエハーの両面を比較的簡単に加工することができる。以下、本発明の製造方法について詳述する。」

カ.「【0024】(窒化物半導体ウエハー100、200、300、400)窒化物半導体ウエハー100、200、300、400としては、基板101上に窒化物半導体102が形成されたものである。窒化物半導体102の基板101としては、サファイア、スピネル、炭化珪素、酸化亜鉛や窒化ガリウム単結晶など種々のものが挙げられるが量産性よく結晶性の良い窒化物半導体層を形成させるためにはサファイア基板、スピネル基板などが好適に用いられる。サファイア基板などは劈開性がなく極めて硬いため本発明が特に有効に働くこととなる。窒化物半導体は基板の一方に形成させても良いし両面に形成させることもできる。」

キ.「【0030】なお、レーザーが照射された窒化物半導体ウエハーは、その焦点となる照射部が選択的に飛翔した凹部103、403或いは微視的なマイクロ・クロックの集合である加工変質層206、308になると考えられる。また、第1の主面側、第2の主面側とは加工分離される半導体ウエハーの総膜厚を基準として、総膜厚の半分からその第1の主面或いは第2の主面に向けての任意の位置を言う。したがって、半導体ウエハーの表面でも良いし内部でも良い。さらに、本発明は第1の主面側及び/又は第2の主面側のレーザー加工に加えて半導体ウエハーの総膜厚の中心をレーザー加工させても良い。
【0031】(レーザー加工機)本発明に用いられるレーザー加工機としては、窒化物半導体ウエハーが分離可能な溝、加工変質層などが形成可能なものであればよい。具体的には、CO_(2)レーザー、YAGレーザーやエキシマ・レーザーなどが好適に用いられる。
【0032】レーザー加工機によって照射されるレーザーはレンズなどの光学系により所望により種々に焦点を調節させることができる。したがって、同一方向からのレーザー照射により半導体ウエハーの任意の焦点に窒化物半導体を損傷させることなく溝、加工変質層などを形成させることができる。また、レーザーの照射面は、フィルターを通すことなどにより真円状、楕円状や矩形状など所望の形状に調節させることもできる。」

ク.「【0034】
【実施例】(実施例1)厚さ200μmであり洗浄されたサファイアを基板としてMOCVD法を利用して窒化物半導体を積層させ窒化物半導体ウエハーを形成させた。窒化物半導体は基板を分離した後に発光素子とすることが可能なよう多層膜として成膜させた。まず、510℃において原料ガスとしてNH_(3)(アンモニア)ガス、TMG(トリメチルガリウム)ガス及びキャリアガスである水素ガスを流すことにより厚さ約200オングストロームのバッファー層を形成させた。
【0035】次に、TMGガスの流入を止めた後、反応装置の温度を1050℃に挙げ再びNH_(3)(アンモニア)ガス、TMGガス、ドーパントガスとしてSiH_(4)(シラン)ガス、キャリアガスとして水素ガスを流すことによりn型コンタクト層として働く厚さ約4μmのGaN層を形成させた。
【0036】活性層は、一旦、キャリアガスのみとさせ反応装置の温度を800℃に保持し後、原料ガスとしてNH_(3)(アンモニア)ガス、TMGガス、TMI(トリメチルインジウム)及びキャリアガスとして水素ガスを流すことにより厚さ約3nmのアンドープInGaN層を堆積させた。
【0037】活性層上にクラッド層を形成させるため原料ガスの流入を停止し反応装置の温度を1050℃に保持した後、原料ガスとしてNH_(3)(アンモニア)ガス、TMA(トリメチルアルミニウム)ガス、TMGガス、ドーパントガスとしてCp_(2)Mg(シクロペンタジエルマグシウム)ガス及びキャリアガスとして、水素ガスを流しp型クラッド層として厚さ約0.1μmのGaAlN層を形成させた。
【0038】最後に、反応装置の温度を1050℃に維持し原料ガスとしてNH_(3)(アンモニア)ガス、TMGガス、ドーパントガスとしてCp_(2)Mgガス及びキャリアガスとして水素ガスを流しp型コンタクト層として厚さ約0.5μmのGaN層を形成させた(図1(A))。(なお、p型窒化物半導体層は400℃以上でアニール処理してある。)
こうして形成された半導体ウエハー100を形成された窒化物半導体102が上になるように上下・左右の平面方向に自由に駆動可能なテーブル上に固定させた。レーザー光線(波長356nm)をサファイア基板101上に形成された窒化物半導体102側から照射し、焦点がサファイア基板101の略底面に結ばれるようにレーザーの光学系を調整した。調整したレーザーを16J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることによりサファイア基板101の底面に深さ約4μmのスクライブ・ライン103を縦横に形成する。形成されたスクライブ・ライン103は、窒化物半導体ウエハー100の主面から見るとそれぞれがその後に窒化物半導体素子110となる約350μm角の大きさに形成させてある(図1(B))。
【0039】次に、レーザー加工機のレーザー照射部のみダイシングソーと入れ替え窒化物半導体ウエハーの固定を維持したままダイサーにより、半導体ウエハー100に窒化物半導体102の上面からサファイア基板101に達する溝部104を形成する。ダイサーにより形成された溝部104は、レーザー照射により形成されたスクライブ・ライン103と半導体ウエハー100を介して平行に形成されており、溝部104底面とサファイア基板101側の底面との間隔が、100μmでほぼ均一にさせた(図1(C))。
【0040】スクライブ・ライン103に沿って、不示図のローラーにより荷重を作用させ、窒化物半導体ウエハーを切断分離することができる。分離された端面はいずれもチッピングやクラックのない窒化物半導体素子110を形成することができる(図1(D))。
【0041】実施例1ではレーザーが照射される窒化物半導体102が形成された半導体ウエハー100の表面側ではなく窒化物半導体102及びサファイア基板101を透過した半導体ウエハー100の裏面側となるサファイア基板101底面で集光されたレーザーによりスクライブ・ライン103が形成される。
【0042】半導体ウエハー100の窒化物半導体102が形成された主面側(レーザー照射側)からサファイアなどの基板101に達する溝部104を形成することで、容易にかつ正確にスクライブ・ライン104に沿って窒化物半導体素子110を分割することができる。
【0043】なお、スクライブ・ライン103の形成をレーザーで行うため、ダイヤモンドスクライバーの如き、カッターの消耗、劣化による加工精度のバラツキ、刃先交換のために発生するコストを低減することができる。また、半導体ウエハーの片側からだけの加工で、半導体ウエハー両面から加工したのと同様の効果を得られ、上面、裏面においても形状の揃った窒化物半導体素子110を製造することが可能となり、製造歩留まりを高め、形状のバラツキが低減できる分、特に、切り代を小さくし、半導体素子の採り数を向上させることが可能となる。さらに、スクライブ・ライン110をサファイア基板101側の表面で形成させるためにレーザーによる加工くずが窒化物半導体102上に付着することなくスクライブ・ラインを形成することができる。
【0044】(実施例2)実施例1と同様にして形成させた半導体ウエハーに、RIE(Reactive Ion Etching)によって窒化物半導体表面側から溝が形成されるサファイア基板との境界面が露出するまでエッチングさせ複数の島状窒化物半導体層205が形成された半導体ウエハーを用いる。なお、エッチング時にpn各半導体が露出するようマスクを形成させエッチング後除去させてある。また、pn各半導体層には、電極220がスパッタリング法により形成されている(図2(A))。
【0045】この半導体ウエハー200を実施例1と同様のレーザー加工機に固定配置させた。実施例2においてもレーザー加工機からのレーザーを窒化物半導体ウエハーの窒化物半導体205側から照射し、焦点がサファイア基板201の底面から20μmのサファイア基板内部に結ばれるようにレーザー光学系を調整する。調整したレーザー光線を16J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることによりサファイア基板の底面付近の基板内部に加工変質層206となるスクライブ・ラインを形成する(図2(B))。
【0046】次に、レーザー光学系(不示図)を調整し直し、焦点がエッチングにより露出されたサファイア基板201の上面(窒化物半導体の形成面側)に結ばれるように調整した。調整したレーザーを照射させながらステージを移動させることにより、半導体ウエハーに窒化物半導体層側の上面からサファイア基板に達する溝部を形成する。形成された溝部204は、加工変質層206とサファイア基板201を介して略平行に形成させてある。なお、レーザー照射により形成されたサファイア基板201上の溝部204は、溝部の底面とサファイア基板の底面との間隔が、約100μmで、ほぼ均一になるように調整してある。さらに、レーザー光学系を調節し直し、焦点がサファイア基板201に設けられた溝部底面に結ばれるよう調節した。調節したレーザーを14J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることにより、窒化物半導体が形成されたサファイア基板の露出面に設けられた溝部204の底面に深さ約3μmのスクライブ・ライン207を形成する(図2(C))。
【0047】続いて、溝部(スクライブ・ライン)に沿ってローラーによって荷重をかけ半導体ウエハーを切断し、LEDチップ210を分離させた(図2(D))。
【0048】こうして形成されたLEDチップに電力を供給したところいずれも発光可能であると共に切断端面にはチッピングが生じているものはほとんどなかった。歩留まりは98%以上であった。
【0049】実施例2では半導体ウエハーの片面側からレーザーにより基板表裏両面にスクライブ・ラインを形成することで、厚みがある窒化物半導体ウエハーでもスクライブ・ラインに沿って簡単に窒化物半導体素子を分割するることが可能となる。また、溝の形成される部分が、サファイア基板までエッチングされているため、溝形成による窒化物半導体への損傷がより少なく分離させた後の窒化物半導体素子の信頼性を向上させることが可能である。特に、スクライブ・ラインが形成されるとき、レーザーの焦点がサファイア基板内部で結ばれていることから、半導体ウエハーを固定している、テーブル若しくは粘着性シートを損傷することなく加工が実現できる。また、レーザー照射による加工くずの発生もない。なお、全てをレーザー加工でなく溝の形成をダイサーで行っても本発明と同様に量産性良く窒化物半導体素子を形成することができる。
【0050】レーザーによって溝部、スクライブ・ラインを窒化物半導体ウエハーに対して非接触で加工できる。そのため、ブレード及びカッターの消耗、劣化による加工精度のバラツキ、刃先の交換のために発生するコストを低減できる。また、半導体ウエハーの片側からだけの加工で、半導体ウエハー両面から加工したのと同様の効果を得られ、形状の揃った半導体チップを製造することが可能となる。製造歩留まりを高め形状のバラツキが低減できる分切り代を小さくし、窒化物半導体ウエハーからの半導体素子の採り数を向上させることが可能となる。
【0051】さらに、半導体層面からの溝部をもレーザーにより形成することで、より幅の狭い溝を形成することが可能となる。このため窒化物半導体ウエハーからのチップの採り数をさらに向上させることが可能となる。
【0052】(実施例3)実施例1と同様にして形成させた半導体ウエハー300に、予めサファイア基板301を80μmまで研磨して鏡面仕上げされている。この半導体ウエハーを窒化物半導体302が積層されていないサファイア基板301面を上にして実施例1と同様のレーザー加工機のステージに固定配置させた(図3(A))。
【0053】実施例3においてはレーザー加工機(不示図)からのレーザーを窒化物半導体ウエハー300の窒化物半導体302が形成されていないサファイア基板301面側(基板露出面側)から照射し、焦点が窒化物半導体302とサファイア基板301の界面に結ばれるようにレーザー光学系を調整しする。ステージを駆動させながらレーザーを照射することにより窒化物半導体302及び窒化物半導体と接したサファイア基板301界面近傍に加工変質層308であるスクライブ・ラインを縦横に第1のスクライブ・ラインとして形成する(図3(B))。
【0054】次に、レーザー加工機のレーザー照射部のみダイシングソー(不示図)と入れ替え窒化物半導体ウエハーの固定を維持したままダイサーによりブレード回転数30,000rpm、切断速度3mm/secで窒化物半導体が積層されていないサファイア基板底面側から窒化物半導体面に達しない溝部309を形成した。ダイサーにより形成された溝部は、縦横とも加工変質層308と略平行に設けられ溝部309の底面とサファイア基板底面との間隔が、50μmでほぼ均一になるように形成させる。さらに、ダイシングソーをレーザー加工機と入れ替えレーザーの焦点をダイサーにより形成された溝部309の底面に合わせる。レーザー照射により、サファイア基板301に形成された溝部309の底面に深さ約3μmの第2のスクライブ・ライン307を形成する(図3(C))。
【0055】第2のスクライブ・ライン307に沿って、ローラー(不示図)により荷重をかけ窒化物半導体ウエハーを切断分離し窒化物半導体素子310を形成させた(図3(D))。こうして形成された窒化物半導体素子の切断端面にはチッピングが生じているものはほとんどなかった。
【0056】実施例3に記載の方法は、サファイアなど基板301裏面側から窒化物半導体302に達しない溝部309を別途形成することで、レーザーにより形成されたスクライブ・ラインに沿って容易にかつ正確に窒化物半導体素子310を分離することが可能となる。したがって、上面、裏面においても形状の揃った窒化物半導体素子の供給、及び製品歩留まりの向上が可能となる。なお、ダイサーによる加工の後に、レーザー加工による第1及び第2のスクライブ・ラインの形成を形成することもできる。第1及び第2のスクライブ・ライン形成後にダイサーによる加工をすることもできる。
【0057】スクライブ・ラインの形成をレーザーで行うため、ダイヤモンドスクライバーのカッター消耗、劣化による加工精度のバラツキ、刃先交換のために発生するコストを低減することができる。また、窒化物半導体ウエハーをひっくり返すことなく、半導体ウエハーの片側からだけの加工で半導体ウエハー両面から加工したのと同様の効果を得られる。形状の揃った半導体チップを製造することが可能となり、製造歩留まりを高め形状のバラツキが低減できるため切り代を小さくし、窒化物半導体ウエハーからの半導体チップの採り数を向上させることが可能となる。さらに、レーザー加工による加工くずが窒化物半導体表面に付着することもない。
【0058】(実施例4)実施例1と同様にして形成させた半導体ウエハーに、RIE(Reactive Ion Etching)によって窒化物半導体表面側から溝が形成されるサファイア基板401との境界面が露出するまでエッチングさせ複数の島状窒化物半導体405が形成された半導体ウエハー400を用いる。なお、エッチング時にpn各半導体が露出するようマスクを形成させエッチング後除去させてある。また、pn各半導体層には、電極420がスパッタリング法により形成されている。この半導体ウエハー400のサファイア基板401を100μmまで研磨して鏡面仕上げさせる(図4(A))。
【0059】半導体ウエハー400を窒化物半導体が全く積層されていないサファイア基板401を上にして実施例1と同様のレーザー加工機(不示図)に固定配置させた。実施例4においてはレーザー加工機のレーザーを半導体ウエハー(400)の窒化物半導体405が形成されていないサファイア基板401面側から照射し、焦点は窒化物半導体405が積層されたサファイア基板表面側の(予め基板が露出された)表面近傍に結ばれるようにレーザー光学系(不示図)を調整し、レーザー走査によりサファイア基板401に深さ約4μmの第1のスクライブ・ライン403を縦横に形成する(図4(B))。
【0060】次に、レーザー光学系を再び調整してレーザーの走査により、窒化物半導体ウエハーにサファイア基板401側から窒化物半導体405面に達しない溝部409を第1のスクライブ・ライン403に沿って形成する。レーザー光学系を再び調整してレーザーの走査により、溝部の底面に深さ約3μmの第2のスクライブ・ラインを形成する(図4(C))。
【0061】スクライブ・ラインに沿って、ローラー(不示図)により荷重をかけ窒化物半導体ウエハーを分離し窒化物半導体素子410を形成させる(図4(D))。
【0062】分離された窒化物半導体素子であるLEDチップに通電させたところ何れも発光可能であり、その端面を調べたところチッピングやクラックが生じているものはほとんどなかった。歩留まりは98%以上であった。
【0063】スクライブ・ラインの形成をレーザーで行うため、ダイヤモンドスクライバーのカッターの消耗、劣化による加工精度のバラツキ、刃先交換のために発生するコストを低減することができる。また、窒化物半導体ウエハーの片側からだけの加工で、半導体ウエハー両面から加工したのと同様の効果を得られ、形状の揃った半導体素子を製造することが可能となり、製造歩留まりを高め、形状のバラツキが低減できる分、切り代を小さくし、窒化物半導体ウエハーからの半導体チップの採り数を向上させることが可能となる。
【0064】(実施例5)実施例1のYAGレーザーの照射の代わりにエキシマ・レーザーを用いた以外は実施例1と同様にして半導体ウエハーを分離してLEDチップを形成させた。実施例1と同様半導体ウエハーを分離させるときに半導体ウエハーを裏返すことなく分離することができる。また、形成されたLEDチップの分離端面はいずれも発光可能でありチッピングやクラックのない綺麗な面を有している。」

ケ.「【0066】
【発明の効果】本発明の窒化物半導体素子の製造方法では、レーザー源から照射したレーザーをレンズなどの光学系で集光することにより、所望の焦点付近でエネルギーを集中させることができる。このエネルギー密度が非常に高くなった焦点でワークの加工がなされる。特に、窒化物半導体ウエハーを透過したレーザーの焦点を利用する。不要な分離部となる窒化物半導体ウエハーに光学系で調整したレーザーを照射し、必要な窒化物半導体層の損傷をすることなく窒化物半導体ウエハーのレーザー照射面に対して半導体ウエハーの反対側の面まで自由に加工を行うことが可能となる。
【0067】したがって、本発明は窒化物半導体ウエハーを透過した所望の焦点での加工を利用することにより、窒化物半導体ウエハーを両面側から加工する必要がなく、片側からのみの加工で窒化物半導体ウエハーの表裏両面から加工したのと同じ効果を得ることができる。したがってより歩留まりを向上させ、且つ形状にバラツキが少ない窒化物半導体素子及びその量産性の良い製造方法を提供することができる。」

コ.上記ク.の段落【0034】の「【実施例】(実施例1)厚さ200μmであり洗浄されたサファイアを基板としてMOCVD法を利用して窒化物半導体を積層させ窒化物半導体ウエハーを形成させた。」という記載、上記キ.の段落【0044】の「(実施例2)実施例1と同様にして形成させた半導体ウエハーに、RIE(Reactive Ion Etching)によって窒化物半導体表面側から溝が形成されるサファイア基板との境界面が露出するまでエッチングさせ複数の島状窒化物半導体層205が形成された半導体ウエハーを用いる。」という記載及び【図2】の記載から、実施例2において、「サファイア基板201の表面上に窒化物半導体層205が形成された半導体ウエハー」が記載されている。

サ.上記ク.の段落【0045】の「焦点がサファイア基板201の底面から20μmのサファイア基板内部に結ばれるようにレーザー光学系を調整する。調整したレーザー光線を16J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることによりサファイア基板の底面付近の基板内部に加工変質層206となるスクライブ・ラインを形成する(図2(B))。」という記載から、実施例2において、「サファイア基板201の内部に焦点が結ばれるように、16J/cm^(2)でレーザ光線を照射し」てスクライブ・ラインを形成していることが、甲第4号証に記載されている。

シ.上記キ.の段落【0030】の「なお、レーザーが照射された窒化物半導体ウエハーは、その焦点となる照射部が選択的に飛翔した凹部103、403或いは微視的なマイクロ・クロックの集合である加工変質層206、308になると考えられる。」という記載、上記ク.の段落【0045】の「焦点がサファイア基板201の底面から20μmのサファイア基板内部に結ばれるようにレーザー光学系を調整する。」という記載から、実施例2において、「サファイア基板201の内部に、微視的なマイクロ・クロックの集合である加工変質層206を形成し」ていることが、甲第4号証に記載されている。

ス.上記ウ.の段落【0009】の「半導体ウエハーを分離するときに、スクライブ・ライン形成面側から形成されていない半導体ウエハー面側への割れかたを制御し完全に窒化物半導体素子の形状を揃えて切断することは極めて難しいという問題を有する。」という記載から、「スクライブ・ライン」は半導体ウエハーの割れ方を制御するものであることがわかる。また、上記ク.の段落【0045】の「実施例2においてもレーザー加工機からのレーザーを窒化物半導体ウエハーの窒化物半導体205側から照射し、焦点がサファイア基板201の底面から20μmのサファイア基板内部に結ばれるようにレーザー光学系を調整する。調整したレーザー光線を16J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることによりサファイア基板の底面付近の基板内部に加工変質層206となるスクライブ・ラインを形成する(図2(B))。」という記載、上記ク.の段落【0046】の「次に、レーザー光学系(不示図)を調整し直し、焦点がエッチングにより露出されたサファイア基板201の上面(窒化物半導体の形成面側)に結ばれるように調整した。調整したレーザーを照射させながらステージを移動させることにより、半導体ウエハーに窒化物半導体層側の上面からサファイア基板に達する溝部を形成する。形成された溝部204は、加工変質層206とサファイア基板201を介して略平行に形成させてある。」という記載、同段落の「さらに、レーザー光学系を調節し直し、焦点がサファイア基板201に設けられた溝部底面に結ばれるよう調節した。調節したレーザーを14J/cm^(2)で照射させながらステージを移動させることにより、窒化物半導体が形成されたサファイア基板の露出面に設けられた溝部204の底面に深さ約3μmのスクライブ・ライン207を形成する(図2(C))。」という記載、上記ク.の段落【0047】の「溝部(スクライブ・ライン)に沿ってローラーによって荷重をかけ半導体ウエハーを切断し、LEDチップ210を分離させた(図2(D))。」という記載によれば、実施例2において、サファイア基板201の内部にマイクロクロックの集合である加工変質層206が形成されるものであるところ、他の実施例1、3?5はサファイア基板の「内部」に加工変質層を設けるものではないから、実施例2が本件発明1の構成と最も近い実施例と考えられる。したがって、当該実施例2の記載に基づけば、「加工変質層206によって、前記基板201の底面付近の基板内部に、ローラー荷重をかけた場合の割れ方を制御するためのスクライブ・ラインを形成した後、溝部204を形成し、前記溝部204の底面にスクライブ・ライン207を形成し、その後、前記溝部204に沿ってローラーによって荷重をかけ、前記半導体ウエハーを切断する、半導体ウエハーの切断方法」が、甲第4号証に記載されている。

セ.甲第4号証では、上記カ.の段落【0024】に基板として、炭化珪素、酸化亜鉛や窒化ガリウム単結晶等の半導体材料も挙げられているが、劈開性がなく、極めて硬いサファイア基板が特に有効であることが記載されている。また、甲第4号証の実施例1ないし5では、サファイア基板の割れ方を制御しつつ、形状を揃えて切断する方法が記載され、この方法のうち本件発明1の構成と最も近い段落【0044】ないし【0051】に記載された(実施例2)では、加工変質層206のみではなく、溝部204とスクライブライン207を備えることで、劈開性がなく、極めて硬いサファイア基板を切断する方法が記載されているところ、上記ク.の実施例1及び3ないし5でもサファイア基板を用いた場合しか示されていないから、甲第4号証は専ら劈開性のないサファイア基板を加工対象物としてその切断方法を開示したものと認められる。

ソ.甲第4号証には、上記セ.のとおり、サファイア基板を加工対象物として、その切断方法を実施例1?5の具体的な方法として開示したものとみとめられるところ、このことは甲第4号証全体の記載からもいえる。
すなわち、甲第4号証は、「基板上に形成された窒化物半導体素子の製造方法に関する。」(上記ア.)ものであり、「窒化物半導体を利用した半導体素子は、GaP、GaAlAsやGaAs半導体基板上に形成させたGaAsP、GaPやInGaAlAsなどの半導体素子とは異なり単結晶を形成させることが難しい。」ことから、「結晶性の良い窒化物半導体の単結晶膜を得るためには、・・・サファイアやスピネル基板など上にバッファー層を介して形成させることが行われている。サファイア基板などの上に形成された窒化物半導体層を所望の大きさに切断分離することによりLEDチップなど半導体素子を形成させなければならない。」(上記イ.)ものであったところ、「サファイアやスピネルなどに積層される窒化物半導体はヘテロエピ構造である。・・・サファイア基板は六方晶系という結晶構造を有しており、その性質上へき開性を有していない。さらに、サファイア、窒化物半導体ともモース硬度がほぼ9と非常に硬い物質である。」ことから、「ダイヤモンドスクライバーで切断することは困難であった。また、ダイサーでフルカットすると、その切断面にクラック、チッピングが発生しやすく綺麗に切断できなかった。また、場合によっては基板から窒化物半導体層が部分的に剥離する場合があった。」(上記イ.)という問題等があったものであり、「窒化物半導体ウエハーをチップ状に分離するに際し、切断面のクラック、チッピングの発生をより少なくする。また、窒化物半導体の結晶性を損なうことなく、かつ歩留まりよく所望の形、サイズに分離された窒化物半導体素子を量産性良く形成する製造方法を提供すること」(上記ウ.)を目的としてなされたものである。
そして、「窒化物半導体102の基板101としては、サファイア、スピネル、炭化珪素、酸化亜鉛や窒化ガリウム単結晶など種々のものが挙げられるが量産性よく結晶性の良い窒化物半導体層を形成させるためにはサファイア基板、スピネル基板などが好適に用いられる。サファイア基板などは劈開性がなく極めて硬いため本発明が特に有効に働くこととなる。」(上記カ.)とし、以後の説明及び実施例1?5は、すべてサファイア基板の切断方法について記載されている。
このことから、発明を解決するための手段(上記エ.)として、「本発明は、基板(101)上に窒化物半導体(102)が形成された半導体ウエハー(100)を窒化物半導体素子(110)に分割する窒化物半導体素子(110)の製造方法である。特に、半導体ウエハー(100)は第1及び第2の主面を有し第1の主面(111)側及び/又は第2の主面(121)側からレーザーを半導体ウエハー(100)を介して照射し少なくとも基板(101)の第2の主面(121)側及び/又は基板(101)の第1の主面(111)側に形成された焦点にスクライブ・ライン(103)を形成する工程と、スクライブ・ラインに沿って半導体ウエハーを分離する工程とを有する窒化物半導体素子の製造方法である。」、「本発明の請求項4に記載された窒化物半導体素子の製造方法においては、スクライブ・ラインが基板内部に形成された加工変質層(206)である。」と、形式的には、劈開性のないサファイア基板には限られない、基板上に窒化物半導体が形成された半導体ウエハーを加工対象とし、スクライブ・ラインが基板内部に形成された加工変質層(206)であって、他のスクライブ・ラインや、溝等の切断のための構成を含まない形態が記載されているものの、サファイア基板以外を加工対象として、基板内部に形成された加工変質層(206)によるスクライブ・ラインのみによって課題を解決し得ることについての記載は一切なく、具体的な構成としては、サファイア基板を対象として、実施例1?5の方法により切断することのみが示されているものと認められる。

タ.したがって、甲第4号証には以下の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されているものと認められる。

「サファイア基板201の表面上に窒化物半導体層205が形成された半導体ウエハーの前記基板201の内部に焦点が結ばれるように、16J/cm^(2)でレーザ光線を照射し、前記基板201の内部に、微視的なマイクロ・クロックの集合である加工変質層206を形成し、この加工変質層206によって、前記基板201の底面付近の基板内部に、ローラー荷重をかけた場合の割れ方を制御するためのスクライブ・ラインを形成した後、溝部204を形成し、前記溝部204の底面にスクライブ・ライン207を形成し、その後、前記溝部204に沿ってローラーによって荷重をかけ、前記半導体ウエハーを切断する、半導体ウエハーの切断方法。」

(5)甲第5号証に記載の事項
本件出願の優先日前である平成11年5月25日に頒布された甲第5号証には、図面と共に、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

ア.「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、レーザを用いたマーキング方法及びマーキング装置に関し、特に薄板状の被加工部材にマーキングを行うのに適したマーキング方法及びマーキング装置に関する。」

イ.「【0005】本発明の目的は、薄板状の被加工部材にマーキングする際にも、表面まで達するクラックの発生を抑制することができるマーキング方法及びマーキング装置を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明の一観点によると、レーザ光源から出射したレーザビームを複数のレーザビームに分割する工程と、分割された複数のレーザビームを被加工部材の内部のある微小領域に集光することにより、前記被加工部材の集光部分を変質させてマーキングする工程とを有するマーキング方法が提供される。」

ウ.「【0022】集光光学系3に対向するように、保持台4が配置されている。保持台4の上に被加工部材10が載置される。集光光学系3は、部分ビーム12Aと12Bとを、被加工部材10の内部の微小領域13に集光する。微小領域13及びその近傍においてレーザ光の密度が高くなる。このレーザ光の密度が、あるしきい値よりも高くなると、光学的非線型現象による吸収が起こると考えられる。この吸収に基づき、光学的損傷(Optical Damage)あるいは光学的絶縁破壊(Optical Breakdown) が生じ、被加工部材10の微小領域13が変質し、外部から視認し得るようになる。このようにして、被加工部材10の内部にマーキングすることができる。
【0023】微小領域13から発生する光が、光検出器5により観測される。光検出器5の観測結果が位置調節手段6に通知される。一般的に、被加工部材10の表面でアブレーションが生ずると、その内部で光学的損傷あるいは光学的絶縁破壊が起きている場合に比べて、発光強度が大きくなる。位置調節手段6は、光検出器5から得られた発光強度情報に基づいて、被加工部材10の表面でアブレーションが生じないように、集光光学系3と保持台4とのレーザビームの光軸方向に関する相対位置を調節する。このようにして、被加工部材10の表面に損傷を与えることなく、その内部にマーキングすることが可能になる。」

エ.「【0027】なお、使用するレーザ光としては、被加工部材10との組み合わせにより適当なものを選択する。例えば、石英ガラスにマーキングする場合には、石英ガラスに対して透明な波長領域、すなわち赤外線領域、可視光線領域、もしくは紫外線領域の波長を有するレーザ光を使用することができる。また、一般的な板ガラスにマーキングする場合には、板ガラスに対して透明な波長領域、すなわち赤外線領域もしくは可視光線領域の波長を有するレーザ光を使用することができる。また、ガラス以外にも、例えばシリコン基板等にマーキングしたい場合には、シリコン基板に対して透明な波長領域のレーザ光を用いればよい。」

オ.「【0029】さらに、レーザ光源1として、パルスレーザ装置を用いることにより、被加工部材10のマーキング部近傍の温度上昇を抑制することができる。このため、温度上昇による悪影響を回避し、マーキングされる深さ方向の位置を均一に揃えることが可能になる。なお、パルス幅の短いものを使用することが好ましい。これは、熱的効果の大きさがパルス幅の平方根に比例するためである。具体的には、1ナノ秒以下のパルス幅で発振するレーザ光源を用いることが好ましい。」

カ.「【0040】このため、被加工部材10の厚さ方向に関して、より短い領域にのみマーキングすることができ、クラックの表面への到達を抑制することが可能になる。」

キ.「【0071】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、被加工部材の内部に局所的にマーキングすることができる。マーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにできるため、被加工部材の破片等が原因となるゴミの発生を抑制することができる。」

ク.上記ア.の段落【0001】の「薄板状の被加工部材」という記載、上記ウ.の段落【0022】の「集光光学系3は、部分ビーム12Aと12Bとを、被加工部材10の内部の微小領域13に集光する。」という記載、上記エ.の段落【0027】の「ガラス以外にも、例えばシリコン基板等にマーキングしたい場合には、シリコン基板に対して透明な波長領域のレーザ光を用いればよい。」という記載、上記オ.の段落【0029】の「具体的には、1ナノ秒以下のパルス幅で発振するレーザ光源を用いることが好ましい。」という記載から、「シリコン基板を含む薄板状の被加工部材10の内部に集光させて、1ナノ秒以下のパルス幅で発振するレーザ光を照射」することが、甲第5号証に記載されている。

ケ.上記ウ.の段落【0022】の「集光光学系3は、部分ビーム12Aと12Bとを、被加工部材10の内部の微小領域13に集光する。微小領域13及びその近傍においてレーザ光の密度が高くなる。このレーザ光の密度が、あるしきい値よりも高くなると、光学的非線型現象による吸収が起こると考えられる。この吸収に基づき、光学的損傷(Optical Damage)あるいは光学的絶縁破壊(Optical Breakdown) が生じ、被加工部材10の微小領域13が変質し、外部から視認し得るようになる。」という記載から、「高いレーザ光の密度によって被加工部材の内部に光学的損傷あるいは光学的絶縁破壊が生じて変質した微小領域13を形成」することが、甲第5号証に記載されている。

コ.上記ウ.の段落【0022】の「集光光学系3は、部分ビーム12Aと12Bとを、被加工部材10の内部の微小領域13に集光する。微小領域13及びその近傍においてレーザ光の密度が高くなる。このレーザ光の密度が、あるしきい値よりも高くなると、光学的非線型現象による吸収が起こると考えられる。この吸収に基づき、光学的損傷(Optical Damage)あるいは光学的絶縁破壊(Optical Breakdown) が生じ、被加工部材10の微小領域13が変質し、外部から視認し得るようになる。このようにして、被加工部材10の内部にマーキングすることができる。」という記載、上記キ.の段落【0071】の「マーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにできる」という記載から、「微小領域13によって、前記被加工部材10の内部にマーキングし、マーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにする、被加工部材のマーキング方法。」が、甲第5号証に記載されている。

サ.したがって、甲第5号証には以下の発明(以下、「甲5発明」という。)が記載されているものと認められる。

「シリコン基板を含む薄板状の被加工部材10の内部に集光させて、
1ナノ秒以下のパルス幅で発振するレーザ光を照射し、
高いレーザ光の密度によって前記被加工部材の内部に光学的損傷あるいは光学的絶縁破壊が生じて変質した微小領域13を形成し、
この微小領域13によって、前記被加工部材10の内部にマーキングし、マーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにする、
被加工部材のマーキング方法。」

(6)甲第6号証に記載の事項
本件出願の優先日前である昭和53年12月23日に頒布された甲第6号証には、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与した。

「レーザー光線を照射して孔や溝を形成したり切断することは多くの分野で行なわれている。
例えばトランジスタ、サイリスタ等の半導体装置は、一般に第1図に示すように、1枚のシリコンよりなる半導体ウェーハ1に、拡散等によって多数の半導体素子2を形成したのち、各半導体素子2、2間にX方向、Y方向の溝3,3を形成し1次いで半導体ウェーハ1にローラー等により撓屈力を作用せしめて、前記溝3、3部分から切断分離して製造している。
前記溝3、3の形成にはダイヤモンドポイントを用いて引掻傷を刻設する機械的な方法と、レーザー光線を照射して半導体ウェーハの一部を溶融除去する物理的な方法とがある。
後者のレーザー光線を用いる方法は、非接触で加工所要時間が短く、かつ深い溝が形成できる利点がある。」(第1頁右欄第3行ないし17行)

(7)甲第7号証に記載の事項
本件出願の優先日前である2000年6月8日に頒布された甲第7号証には、以下のとおり記載されている。なお、下線は理解の便のため、当審で付与したものであり、括弧内に当審での翻訳文を併記する。なお、請求人による翻訳文は一部について争いがあるため、翻訳文は当審が作成した。

ア.「To the best of the applicant's knowledge, in contrast to marking or image production techniques, there does not exist any prior art which describes the use of volume optical breakdown in true material processing techniques, as used in industrial applications, such as cutting and drilling.This definition of the term "material processing", which is commonly used in industrial laser terminology (where it also includes welding) is assumed throughout this patent specification.There therefore exists a serious need for new methods for industrial and other applications of optical volume breakdown phenomena in suitable materials.」(第3頁第11ないし18行)

(出願人が知る限りでは、マーキングやイメージ形成技術とは対照的に、切断や穿孔といった産業への応用に用いられている真のマテリアルプロセシング技術において、体積光学破壊を用いることを記載した先行技術はない。ここでいう「マテリアルプロセシング」という用語の定義は、産業用レーザの用語法(溶接も含む。)において通常用いられており、本特許明細書の全体にわたって前提とされている。したがって、適当な物質における、光学的な体積破壊現象を、産業その他へ応用するために、新しい方法が深刻に求められている。)

イ.「The present invention seeks to provide new methods for material processing using the volume optical breakdown phenomenon in optically transparent materials.This phenomenon occurs when the beam from a laser emitting ultra-short pulses of the order of tens of picoseconds or less, is focused into the volume of the material to be processed by means of a high quality focusing objective lens, such that a focal spot close to the diffraction limit for the laser wavelength is obtained within the material. Such short, high peak power pulses can be obtained for example, from temporally compressed backward stimulated Brillouin scattering (SBS) Nd:YAG lasers..
At such high power densities, of the order of 10^( 13 )watts/cm ^(2) , the material undergoes optical breakdown, since the transmission limit of linear response to power is exceeded in the material, which then strongly absorbs the laser radiation. Because of the intense power density, atomic and molecular bonds of the material are broken down, and the material decomposes almost instantaneously into its most basic components, generally highly ionized component atoms.」(第3頁第23行ないし第4頁第10行)

(本発明は、光学的に透明な材料の体積光学破壊現象を利用してマテリアルプロセシングの新たな方法を提供しようとするものである。この現象は、レーザ波長の回折限界に近い集束スポットが材料内で得られるような高品質の集束対物レンズによって、10ピコ秒以下のレーザである超短パルスビームを、加工される材料の体積内に集束させたときに発生する。このような短い高ピークパワーパルスは、例えば、一時的に圧縮される後方誘導ブリユアン散乱(SBS)Nd:YAGレーザから得ることができる。
このような高パワー密度は、10^(13)watts/cm^(2)のオーダーであり、材料は、光学破壊を起こす。その理由は、材料内でパワーに対する線形応答の遷移限界を超えた後、レーザ放射線が強く吸収されるからである。集中的なパワー密度のために、材料の原子及び分子の結合が破壊されると、材料は、ほぼ瞬時に分解してその最も基本的な構成要素、一般的に、高度にイオン化された構成原子に変化する。)

ウ.「In accordance with yet another preferred embodiment of the present invention, there is further provided a method for ultra-fine cutting of transparent materials. The method can be similar to that described in the above mentioned drilling embodiment, but including the further step of drilling further holes closely spaced to each other such that a continuous cut channel is produced.
Alternatively and preferably, the focused laser beam is made to execute multiple traverses of the material to be cut, first of all at the surface of the material, and slowly working down through the material with a sawing motion, to produce a complete cut channel, which can extend right through the thickness of the material if desired.
In accordance with yet another preferred embodiment of the present invention, there is provided a method of performing material processing on a material substantially transparent to a laser radiation, and consisting of the steps of focusing pulses of the laser radiation into the volume of the material, the pulses being such that the material undergoes optical breakdown, and moving the focal point of the pulses of the laser radiation relative to the material according to a predetermined path.」(第6頁第24行ないし第7頁第10行)

(本発明のさらに別の好ましい実施形態によれば、透明材料の超微細切断のための方法が提供される。この方法は、上記穿孔の実施例で説明したのと同様であるが、連続した切断溝が製造されるように互いに近接したさらなる穴を穿孔するさらなる工程を含んでいる。
あるいは、そして好ましくは、集束されたレーザビームは、切断する材料に対して複数回横断を実行するようにされる。レーザビームは、まず、材料の表面、そしてゆっくりと鋸運動により材料を徐々に下がっていき、所望であれば材料の厚さ分貫通する方向に延びる完全な切断溝を生成する。
本発明のさらに別の好ましい実施形態によれば、レーザー放射に対して実質的に透明な材料の上にマテリアルプロセシングを行う方法が提供される。その方法は、材料の体積内へレーザ放射のパルスを収束する工程、材料が光学破壊を生じるようなパルスとする工程、所定の経路に沿って材料に対するレーザ放射のパルスの焦点を移動させる工程を含む。)

エ.「In accordance with a further preferred embodiment of the present invention, there is also provided a method as described hereinabove and wherein the material is a glass, a plastic, a gemstone, or a semiconductor.」(第7頁第21ないし23行)

(本発明のさらに好ましい実施形態によれば、また、上述したように、材料は、ガラス、プラスチック、宝石、または半導体であることを特徴とする方法が提供される。)

オ.「There is even further provided in accordance with a preferred embodiment of the present invention a method as described hereinabove and wherein the moving the focal point of the pulses of the laser radiation relative to the material according to a predetermined path is synchronized in a predetermined manner with the emission of the pulses of the laser radiation.」(第7頁第30行ないし第8頁第4行)

(本発明の好ましい実施形態によれば、上述したように、所定の経路に沿った材料に対するパルスレーザ放射の焦点の移動が、パルスレーザ放射の放出と、所定の方法で同期されることを特徴とする方法がまださらに提供される。)

カ.「Furthermore, in accordance with yet another preferred embodiment of the present invention, there is provided a method of drilling a hole through a sample of material substantially transparent to a laser radiation, and consisting of the steps of focusing pulses of the laser radiation through the volume of the sample, onto a location close to the surface of the sample further from the surface on which the laser radiation impinges, the pulses being of width shorter than 100 picoseconds, such that the material of the sample undergoes optical breakdown and produces a first hole, short in length compared with the thickness of the sample, and which breaks out of the surface of sample further from the surface on which the laser radiation impinges, moving the focal point of the pulses of the laser radiation back towards the surface on which the laser radiation impinges, by a predetermined distance, such that a second hole is produced by the optical breakdown of the material, the predetermined distance being such that the second hole just enters the first hole, and repeating the previous step until the first and second holes produce a continuous hole through the complete thickness of the sample.
There is also provided in accordance with a further preferred embodiment of the present invention a method as described hereinabove and wherein the material is a glass, a plastic, a semiconductor, or a gemstone.」(第9頁第20行ないし第10頁第8行)

(また、本発明のさらに別の好ましい実施形態によれば、レーザ放射に対して実質的に透明な材料のサンプルを通して穴を穿孔する方法が提供される。穴を穿孔する工程は、サンプルの体積内、つまり、レーザ放射が行われる表面から離れたサンプルの表面に近い場所へレーザ放射のパルスを収束する工程を含む。その工程では、100ピコ秒より短い幅のパルスにより、サンプルの材料は光学破壊を受け、サンプルの厚さに比べれば短い径の大きさの1番目の孔を生成し、レーザ放射が行われる表面から離れたサンプルの表面外で破壊される。また、穴を穿孔する工程は、レーザ放射が行われる表面から所定距離後方へレーザ放射のパルスの収束点を移動する工程を含む。その工程では、2番目の孔が、1番目の孔にちょうど入るような所定の距離の位置に材料の光学破壊により生成される。また、穴を穿孔する工程は、サンプルの厚さ分の連続する孔を生成するまで前記工程を繰り返すことを含む。
上述したように、材料は、ガラス、プラスチック、半導体、又は宝石であることを特徴とする方法も本発明の別の好ましい実施形態によって提供される。)

キ.「This method is particularly useful in the semiconductor industry, where a need exists to mark silicon or gallium arsenide wafers with very high resolution identifying marks, and without doing so on the surface of the wafer, where the debris of a surface marking process would be detrimental to the level of cleanliness required in many of the wafer processing stages. Though marks can be applied by conventional microlithographic methods using photoresist and etching procedures, the internal laser marking method is vastly quicker, and is a simple one stage process, unlike the microlithographic method. Furthermore, the use of an internal marking method, such as that described in this embodiment of the present invention, leaves the surface of the wafer uncluttered with superfluous features. This advantage of this embodiment of the present invention becomes even more important when marking has to be applied at a chip level, rather than at a wafer level, since chip real estate is such a high value commodity. In the case of silicon, which is substantially transparent from about 1.1 μm to almost 5 μm, a laser emitting pulses at 1.9 μm is suitable for implementing the method of this embodiment.
A further method according to another preferred embodiment of the present invention, is that of using the volume optical breakdown effect to drill very parallel ultra-fine holes in transparent samples by means of a reverse drilling procedure. The method consists of the steps of first focusing an ultra-short pulse width laser, such as that described in the first preferred embodiment above, just inside the further surface of the sample through which the hole is to be drilled, and of firing a predetermined number of pulses. The volume optical breakdown incurred causes a narrow void or hole to be drilled, with the debris being ejected forward, in the beam direction, and away from the sample. It is known that in this method, the interaction mechanism of the laser with the material is that of optical breakdown, since a plume of plasma is seen ejected from the front end of the drilled hole. The void formed has a diameter of the same order of magnitude as the focal size of the laser drilling beam, and is typically only 1 μm in plastic materials, or 2 μm to 3 μm in more refractory materials such as glass or sapphire.
In the next step, the focal position of the laser is moved back a distance of 0.1 - 10 μm, depending on the material and another series of pulses is fired. This extends the void to join the already existent void. In this way, a complete hole is drilled through the sample by means of optical breakdown interactions. Since the hole is reverse drilled, the ejected debris, plasma and gases do not cause the hole to be widened as it is drilled, and good parallelism and high uniformity of bore size can thus be obtained.」(第12頁第27行ないし第14頁第3行)

(この方法は、半導体産業において特に有用であり、半導体産業では、表面以外に非常に高解像度の識別マークを有するように、シリコンまたはガリウム砒素ウェーハをマークする必要性が存在している。表面にマークが必要ないのは、表面マーキングプロセスのデブリが、ウエハの処理段階の多くでは、要求される清浄度のレベルに悪影響を及ぼすからである。マークは、フォトレジスト及びエッチング法を使用して従来のマイクロリソグラフィ法によって適用することができるが、内部レーザーマーキング方法はマイクロリソグラフィ方法とは違い、非常に迅速で、簡単な1段階プロセスで、実施することができる。さらに、本発明のこの実施形態に記載されたような、内部マーキング方法を利用すれば、必要以上の特徴を有する整頓されたウエハ表面を残すこととなる。本発明のこの実施形態のこの利点は、マーキングは、ウエハレベルではなくチップレベルで適用しなければならない場合に一層重要となる。なぜなら、チップ関連の不動産は高価値の商品だからである。シリコンが、約1.1μmから約5μmに対して実質的に透明の場合には、本実施形態の方法を実施するのには1.9μmのレーザパルスが適している。
本発明の別の好適な実施形態によるさらなる方法は、逆穿孔手順により、透明なサンプルに非常に平行な超微細孔を形成するために、体積光学破壊の効果を使用することである。この方法は、貫通孔が穿孔されるべきサンプルの他の面のちょうど内側に、上記第1の実施形態で記載されているような、超短パルス幅レーザを収束させる第1の工程、及び所定数のパルスを点火する工程からなる。体積光学破壊により、穿孔された狭い空隙または孔が生じ、ビーム方向において前方に、サンプルから離れる方に破片が射出される。この方法では、材料とレーザーとの相互作用機構は、光学破壊のことであることが知られている。なぜなら、プラズマのプルームは、あけられた穴の前端から排出されるからである。
形成された空隙はレーザー穿孔ビームの焦点サイズと同程度の大きさの直径を有し、プラスチック材料では主に1μmしかなく、ガラスまたはサファイアのようなより耐熱性のある材料では、2μmから3μmとなる。
次のステップでは、レーザの焦点位置を材料に応じて0.1-10μmの距離後方へ移動させ、別の一連のパルスが発射される。この空隙は、既存の空隙に結びつくように延びている。このようにして、完全な孔が、光学破壊の相互作用によってサンプルを貫通して穿孔されている。孔が逆穿孔されるので、排出される破片、プラズマ及びガスは、穿孔される際に、孔が拡がる原因とはならず、孔の大きさの良好な平行度、高均一性が得られることとなる。)

ク.「According to another preferred embodiment of the present invention, a method of microscopic cutting of such transparent materials is provided, whereby a number of holes are drilled sufficiently closely spaced to each other, that adjacent bores run into each other, resulting in the production of a continuous cut channel according to a predetermined path
Alternatively and preferably, the focused laser beam is made to execute multiple traverses of the material to be cut, according to a predetermined path, the first traverse being at the surface of the material, and then slowly working down through the material with a sawing motion, to produce a complete cut channel, which can extend right through the thickness of the material if desired. Alternatively, the cut can be commenced at the far surface of the sample, and the sawed channel moved up through the sample towards the laser impingement surface. These methods of cutting, according to the present invention, are particularly advantageous in diamond processing, where a minimum of material is removed, and in the semiconductor industry, where there is a need to cut extremely fine and smooth channels. The use of these methods enables a smooth cut of width less than 10 μm to be produced through a thickness of 0.2 mm. of glass.」(第14頁第21行ないし第15頁第8行)

(本発明の別の好ましい実施形態によれば、多数の孔が相互に十分に近接して配置されており、それにより、隣接する孔は互いに混ざり合い、所定の経路に沿った連続切断溝を生産することとなる透明材料の微細切断の方法が提供される。
あるいは、そして好ましくは、収束されたレーザビームは所定の経路に沿って、切断される材料を複数回横断することとなる。収束されたレーザビームの第1の横断は材料の表面において行われ、それからゆっくりと鋸運動により材料の下の方へ移動され、完全な切断溝を形成し、所望であれば材料の厚さを貫通するまで延ばすことができる。もしくは、切断は、サンプルの遠い側の表面から開始されてもよく、その場合は、鋸引きで形成された溝がレーザ照射が行われる表面の方へ上がっていくこととなる。本発明によれば、これらの切断方法は、特にダイヤモンド加工に有益である。なぜなら、最小の材料しか除去されないからである。また、これらの切断方法は、半導体産業においても有益である。なぜなら、半導体産業では、極端に微細で滑らかな切断溝が要求されるからである。これらの方法を利用すれば、0.2mmの厚さのガラスに10μm以下の切断幅を生成することが可能となる。)

ケ.上記イ.の「この現象は、レーザ波長の回折限界に近い集束スポットが材料内で得られるような高品質の集束対物レンズによって、10ピコ秒以下のレーザである超短パルスビームを、加工される材料の体積内に集束させたときに発生する。」という記載、上記エ.の「本発明のさらに好ましい実施形態によれば、また、上述したように、材料は、ガラス、プラスチック、宝石、または半導体であることを特徴とする方法が提供される。」という記載、上記ウ.の「集束されたレーザビームは、切断する材料に対して複数回横断を実行するようにされる。レーザビームは、まず、材料の表面、そしてゆっくりと鋸運動により材料を徐々に下がっていき、所望であれば材料の厚さ分貫通する方向に延びる完全な切断溝を生成する。」という記載、上記カ.の「上述したように、材料は、ガラス、プラスチック、半導体、又は宝石であることを特徴とする方法も本発明の別の好ましい実施形態によって提供される。」という記載、上記ク.の「収束されたレーザビームは所定の経路に沿って、切断される材料を複数回横断することとなる。収束されたレーザビームの第1の横断は材料の表面において行われ、それからゆっくりと鋸運動により材料の下の方へ移動され、完全な切断溝を形成し、所望であれば材料の厚さを貫通するまで延ばすことができる。もしくは、切断は、サンプルの遠い側の表面から開始されてもよく、その場合は、鋸引きで形成された溝がレーザ照射が行われる表面の方へ上がっていくこととなる。」という記載から、「ガラス、プラスチック、宝石、または半導体等の材料の内部にレーザビームを収束させ」ることが、甲第7号証に記載されている。

コ.上記イ.の「この現象は、レーザ波長の回折限界に近い集束スポットが材料内で得られるような高品質の集束対物レンズによって、10ピコ秒以下のレーザである超短パルスビームを、加工される材料の体積内に集束させたときに発生する。このような短い高ピークパワーパルスは、例えば、一時的に圧縮される後方誘導ブリユアン散乱(SBS)Nd:YAGレーザから得ることができる。
このような高パワー密度は、10^(13)watts/cm^(2)のオーダーであり、材料は、光学破壊を起こす。その理由は、材料内でパワーに対する線形応答の遷移限界を超えた後、レーザ放射線が強く吸収されるからである。」という記載から、「光学破壊を起こすハイパワー密度のオーダー(桁)が10^(13)watts/cm^(2)でかつパルス幅のオーダー(桁)が10ピコ秒又はそれより短い条件でレーザビームを照射」することが、甲第7号証に記載されている。

サ.上記キ.の「体積光学破壊により、穿孔された狭い空隙または孔が生じ、ビーム方向において前方に、サンプルから離れる方に破片が射出される。この方法では、材料とレーザーとの相互作用機構は、光学破壊のことであることが知られている。なぜなら、プラズマのプルームは、あけられた穴の前端から排出されるからである。
形成された空隙はレーザー穿孔ビームの焦点サイズと同程度の大きさの直径を有し、プラスチック材料では主に1μmしかなく、ガラスまたはサファイアのようなより耐熱性のある材料では、2μmから3μmとなる。」という記載から、「材料の内部に光学破壊により空隙を形成」することが、甲第7号証に記載されている。

シ.上記ウ.の「本発明のさらに別の好ましい実施形態によれば、透明材料の超微細切断のための方法が提供される。この方法は、上記穿孔の実施例で説明したのと同様であるが、連続した切断溝が製造されるように互いに近接したさらなる穴を穿孔するさらなる工程を含んでいる。あるいは、そして好ましくは、集束されたレーザビームは、切断する材料に対して複数回横断を実行するようにされる。レーザビームは、まず、材料の表面、そしてゆっくりと鋸運動により材料を徐々に下がっていき、所望であれば材料の厚さ分貫通する方向に延びる完全な切断溝を生成する。」という記載、上記ク.の「収束されたレーザビームは所定の経路に沿って、切断される材料を複数回横断することとなる。収束されたレーザビームの第1の横断は材料の表面において行われ、それからゆっくりと鋸運動により材料の下の方へ移動され、完全な切断溝を形成し、所望であれば材料の厚さを貫通するまで延ばすことができる。もしくは、切断は、サンプルの遠い側の表面から開始されてもよく、その場合は、鋸引きで形成された溝がレーザ照射が行われる表面の方へ上がっていくこととなる。」という記載から、材料を切断する際には、集束されたレーザビームがまず材料の表面を横断して、その後鋸運動により所定の経路に沿って、切断される材料を複数回横断し、所望であれば材料の厚さを貫通させることによって材料を切断していると認められる。
また、上記カ.の「その工程では、2番目の孔が、1番目の孔にちょうど入るような所定の距離の位置に材料の光学破壊により生成される。また、穴を穿孔する工程は、サンプルの厚さ分の連続する孔を生成するまで前記工程を繰り返すことを含む。」という記載、上記キ.の「この空隙は、既存の空隙に結びつくように延びている。このようにして、完全な孔が、光学破壊の相互作用によってサンプルを貫通して穿孔されている。」という記載から、材料に穴を穿孔する際には、光学破壊により生成された空隙を複数結びつかせることによって穴を穿孔していることがわかる。
さらに、上記ウ.の「この方法は、上記穿孔の実施例で説明したのと同様であるが、連続した切断溝が製造されるように互いに近接したさらなる穴を穿孔するさらなる工程を含んでいる。」という記載、上記ク.の「多数の孔が相互に十分に近接して配置されており、それにより、隣接する孔は互いに混ざり合い、所定の経路に沿った連続切断溝を生産することとなる透明材料の微細切断の方法が提供される。」という記載から、材料を切断する際には、材料に穴を穿孔する際と同様に、空隙を複数結びつかせることによって材料を切断していることがわかる。

したがって、甲第7号証には、「空隙を前記材料の表面から鋸運動により所定の経路に沿って、複数結びつかせることによって、前記材料を切断する、材料の切断方法。」が記載されている。

ス.したがって、甲第7号証には以下の発明(以下、「甲7発明」という。)が記載されているものと認められる。

「ガラス、プラスチック、宝石、または半導体等の材料の内部にレーザビームを収束させて、
光学破壊を起こすハイパワー密度のオーダー(桁)が10^(13)watts/cm^(2)でかつパルス幅のオーダー(桁)が10ピコ秒又はそれより短い条件でレーザビームを照射し、
前記材料の内部に光学破壊により空隙を形成し、
この空隙を前記材料の表面から鋸運動により所定の経路に沿って、複数結びつかせることによって、前記材料を切断する、
材料の切断方法。」


第6.当審の判断
1.無効理由1についての検討
(1)本件発明1について
ア.甲1発明との対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「厚板の合成石英ガラス」は、加工対象となるものであるから、本件発明1の「加工対象物」に相当する。同様に、「焦点」は、「集光点」に、「レーザビーム」は「レーザ光」に、「切断加工方法」は、「切断方法」にそれぞれ相当する。
また、本件発明1の「改質領域」は、レーザによって改質された領域であって、クラック領域を含むものであるから、甲1発明の「クラック」は、本件発明1の「改質領域」に相当する。

してみると、本件発明1と甲1発明とは以下の一致点及び相違点を有する。
(一致点)
「加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に多光子吸収による改質領域を形成する、加工対象物切断方法。」

(相違点1)
本件発明1は、加工対象物が「半導体材料からなるウェハ状」のものであるのに対し、甲1発明は、「厚板の合成石英ガラス」である点。

(相違点2)
本件発明1においては、切断工程が、「この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程であって、切断の起点を加工対象物の内部に形成するのに対し、甲1発明においては、切断工程が、「切断予定線に沿ってワークを水平面内で移動させつつ焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ、合成石英ガラスを複雑な形状に切断加工する」という工程であって、焦点の位置を対象物である石英ガラスの底面から上方向へ移動させることで微細なクラックを連続させて切断するものである点。

イ.相違点の検討
(ア)上記相違点1について検討する。
甲第1号証の第2頁左上欄第2?5行には、「石英ガラスなどの透明材料を複雑な形状に切断加工することを目的とし、被加工物の厚味に影響を受けず、厚板であっても自由な切断加工を可能とすることを目的としている。」と記載されている。一方、甲第4号証に記載されているような半導体素子を製造する半導体ウエハーは、通常は薄板状のものであるとともに、半導体チップへの切り分けのために直線状に切断されることは要求されるものの、厚板から円柱状等の複雑な形状に加工する必要性は特段知られていない。してみると、厚板である石英ガラスなどの透明材料について複雑な形状に切断加工するものである甲1発明において、切断加工対象を半導体材料からなるウェハ状の加工対象物とする動機付けが存在せず、上記相違点1に係る半導体材料からなるウエハ状のものを加工対象とすることは当業者であっても容易ではない。

(イ)上記相違点2について検討する。
甲1発明においては、合成石英ガラスを切断するために、「焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ」るものであるから、微細なクラック同士が底面から上方向へ連続して切断面を形成するものと認められる。一方、本件発明1は、半導体材料を切断するために、「前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程を有するものであるから、内部の切断の起点から外部に向けて割れを進行させるものとなり、クラック同士を連続させて切断する甲1発明とは切断の機序が異なるものである。また、上記第5.(2)ないし(7)に記載したように、甲第2号証はガラス物体の破断方法、甲第3号証はレーザ光による屈折率の変化を利用したマーキング方法、甲第4号証は半導体ウエハーであるサファイア基板の切断方法、甲第5号証は被加工部材のマーキング方法、甲第6号証はレーザー光線照射による半導体ウェーハ-の一部の溶融除去、甲第7号証は半導体材料等のレーザ光の鋸運動による切断方法を示すものであって、本件発明1の上記工程を開示するものではない。そうすると、いずれの証拠も切断の起点となる領域を形成する上記工程を開示していないし、そのような工程を採用する動機づけもないから、甲1発明において、上記相違点2の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

(ウ)なお、審判請求人は、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、「透明材料の表面(底面、入射面)が分離される(その結果、透明材料が切断される)のは、あくまで透明材料内部に形成された微小クラックを起点とするクラックの進展によることが明らかである」旨及び「ガラス内部に、このように螺旋状に微小なクラックを形成して、円筒を切り出すことが可能となるためには、当然、微小なクラックを起点として、連続的なクラックが厚さ方向に、表面に至るまで進展することが必要である。このように、実施例1からも、内部に形成された微小なクラックから、表面に向かってクラックが進展するという過程が、切断加工方法に必然的に含まれていることは明らかである。」旨主張しているが、甲1発明では、「焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ」ているものであるから、透明材料内部に形成された微小クラックを起点としてクラックを進展させることを予定していないし、内部に形成された微小なクラックから、表面に向かってクラックが進展するという過程が、レーザーによる切断加工方法に必然的に含まれていることは明らかということもできない。
また、審判請求人は、令和元年10月11日付け上申書においても「材料内部に微小なクラックを発生させると記載され、材料表面に微小なクラックを発生させるとの記載がないのであれば、特段の事情がない限り、材料表面には微小なクラックを発生させないと解するのが常識的である。」旨主張しているが、上記のように、甲1発明では、「焦点の位置を前記合成石英ガラスの底面から上方向に移動させることによって、微細なクラックを合成石英ガラスの内部で連続させ」ているものであって底面より上方の合成石英ガラスの内部から、焦点位置を始めることは記載がないのであるから、底面に微細なクラックを発生させるもの、すなわち材料表面に微小なクラックを発生させていると解釈すべきである。

ウ.有利な効果
また、本件発明1は、上記相違点1及び相違点2に係る構成を備えることにより、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているような「加工対象物の内部に溶融処理領域を形成する場合、割断時、切断予定ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。」といった効果や、本件特許明細書の段落【0060】に記載されているような「半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。」といった効果、また、「加工対象物を切断することにより作製される製品(例えば半導体チップ、圧電デバイスチップ、液晶等の表示装置)の歩留まりを向上させることができる。」といった甲1発明と比較して有利な効果を奏する。

エ.してみると、本件発明1は甲1発明及び甲第2ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(2)本件発明2ないし31について
ア.本件発明2ないし6及び15は、本件発明1と同様の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」及び「加工対象物の内部」に「切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」工程を備えるものであるから、本件発明2ないし6及び15は、上記相違点1及び2と同様の相違点を有する。
そして、本件発明2ないし6及び15において、相違点1及び相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(イ)に示したのと同様である。

イ.本件発明7と甲1発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び2と同様の相違点を有する。また、本件発明7は、「複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する」という構成を備えるのに対し、甲1発明は、複数のレーザ光源を用いているか否か不明な点で相違する(以下、相違点3という)。
また、本件発明8ないし14、16及び17も、甲1発明と対比すると、上記相違点1ないし3と同様の相違点を有する。
そして、本件発明7ないし14、16及び17において、相違点1及び相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(イ)に示したのと同様である。

ウ.本件発明18と甲1発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び2と同様の相違点を有する。また、本件発明18は、「単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成」するのに対し、甲1発明は、そのような溶融処理領域を形成しているか否か不明な点で相違する(以下、相違点4という)。
また、本件発明31も、甲1発明と対比すると、上記相違点1、2及び4と同様の相違点を有する。
そして、本件発明18及び31において、相違点1及び相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(イ)に示したのと同様である。

エ.本件発明19と甲1発明とを対比すると、両者は上記相違点1と同様の相違点を有するのに加え、本件発明19は、「加工対象物の内部」に「改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲1発明は、焦点の位置を対象物である石英ガラスの底面から上方向へ移動させることで微細なクラックを連続させて切断するものである点でも相違する(以下、相違点5という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点5に関し、本件発明19でも加工対象物の内部に切断の起点となる領域(改質領域)を形成し、クラック同士を連続させて切断する甲1発明とは切断の機序が異なるものであるから、前記(1)イ.(イ)において相違点2について検討したのと同様の理由により、甲1発明において、上記相違点5の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明20ないし28も、甲1発明と対比すると、上記相違点1及び5と同じ相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また、相違点5の判断については、本件発明19と同様の理由により、甲1発明において、上記相違点1及び相違点5の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

オ.本件発明29と甲1発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び4と同様の相違点を有するのに加え、本件発明29は、「加工対象物の内部」に「溶融処理領域領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲1発明は、焦点の位置を対象物である石英ガラスの底面から上方向へ移動させることで微細なクラックを連続させて切断するものである点でも相違する(以下、相違点6という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点6に関し、本件発明29でも加工対象物の内部に切断の起点となる領域(溶融処理領域)を形成し、クラック同士を連続させて切断する甲1発明とは切断の機序が異なるものであるから、前記(1)イ.(イ)において相違点2について検討したのと同様の理由により、甲1発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明30も、甲1発明と対比すると、上記相違点1、4及び6と同じ相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また、相違点6の判断については、本件発明29と同様の理由により、甲1発明において、上記相違点1及び相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

カ.したがって、本件発明2ないし31も、甲1発明及び甲第2ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(3)無効理由1についてのむすび
よって、本件発明1ないし31については、請求人が主張する無効理由1は成立しない。

2.無効理由2についての検討
(1)本件発明1について
ア.甲4発明との対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。
甲4発明の「焦点」は、本件発明1の「集光点」に相当する。同様に、「加工変質層206」は「改質領域」にそれぞれ相当する。
本件発明1の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」の解釈として、「半導体材料からなる」という語は、加工対象物を修飾しているから、「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」という記載において、加工対象物は半導体材料から構成されるものであると認められる。一方、甲4発明の「サファイア基板201」は、半導体ウエハーの基板であり、加工対象物となるものであるが、サファイアは半導体材料ではない。そうすると、甲4発明の「サファイア基板201」を本件発明1の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」と対比すると、「ウェハ状の加工対象物」を限度として一致する。

してみると、本件発明1と甲4発明とは以下の一致点及び相違点を有する。

(一致点)
「ウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に改質領域を形成する、加工対象物切断方法。」

(相違点1)
加工対象物が、本件発明1は、「半導体材料」であるのに対し、甲4発明は、「サファイア基板201」である点。

(相違点2)
加工対象物の内部に改質領域を形成するのに際し、本件発明1は、多光子吸収によって形成するのに対し、甲4発明は、多光子吸収によって形成しているか否か不明な点。

(相違点3)
本件発明1においては、切断工程が、「この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程であって、改質領域が切断の起点となるのに対し、甲4発明においては、切断工程が、「この加工変質層206によって、前記基板201の底面付近の基板内部に、ローラー荷重をかけた場合の割れ方を制御するためのスクライブ・ラインを形成した後、溝部204を形成し、前記溝部204の底面にスクライブ・ライン207を形成し、その後、前記溝部204に沿ってローラーによって荷重をかけ、前記半導体ウエハーを切断する」という工程であって、基板201を切断するものの、加工変質層206によるスクライブ・ラインが切断の起点となるか否か不明な点。

イ.相違点の検討
(ア)上記相違点1について検討する。
甲第4号証の段落【0005】には、「サファイアやスピネルなどに積層される窒化物半導体はヘテロエピ構造である。窒化物半導体はサファイア基板などとは格子定数不整が大きい。また、サファイア基板は六方晶系という結晶構造を有しており、その性質上へき開性を有していない。さらに、サファイア、窒化物半導体ともモース硬度がほぼ9と非常に硬い物質である。」と記載され、それに続く段落【0006】には、「したがって、ダイヤモンドスクライバーで切断することは困難であった。また、ダイサーでフルカットすると、その切断面にクラック、チッピングが発生しやすく綺麗に切断できなかった。」と記載されている。したがって、甲4発明では、モース硬度が高く、劈開性がないサファイア基板において、クラック、チッピングを発生させずに綺麗に切断するという課題を解決することが求められていたものであるところ、甲4発明において加工対象物をサファイア基板以外のものとすることは、上記課題を解決するものではなくなるから、このような材料を変更する動機が存在しない。したがって、甲4発明において、上記相違点1の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

(イ)上記相違点2について検討する。
甲第1号証の第3頁左上欄第1?6行には、「エキシマレーザはすべて波長が140nmより長いので、通常は吸収が起きないはずである。しかし、前記の、多光子吸収によって吸収が起こり、このため結合ボンドの開裂あるいは発熱作用を生じ微細なクラックが内部に発生するのである。」と記載されており、レーザを用いた多光子吸収によって材料の内部にクラックを発生させるという技術的事項が記載されている。
そして、甲4発明は、レーザ光線を照射し、サファイア基板201の内部に微視的なマイクロ・クロックの集合である加工変質層206を形成するものである。
してみると、甲4発明と甲第1号証に記載された技術的事項はいずれも、レーザ光を用いて加工対象物の内部にクラックを発生させるという点では共通しているから、甲4発明に、甲第1号証の上記技術的事項を適用し、甲4発明において、サファイア基板201の内部に加工変質層206を形成するにあたり、多光子吸収によって形成するようにすることは当業者であれば容易になし得たことであるといい得る。

(ウ)上記相違点3について検討する。
甲4発明においては、サファイア基板を切断するために、「加工変質層206によって、前記基板201の底面付近の基板内部に、ローラー荷重をかけた場合の割れ方を制御するためのスクライブ・ラインを形成した後、溝部204を形成し、前記溝部204の底面にスクライブ・ライン207を形成し、その後、前記溝部204に沿ってローラーによって荷重をかけ、前記半導体ウエハーを切断」している。そして、甲4発明では、ローラを表裏どちらの面に当接させるかについては特定がなく、切断の起点がどこであるかに関しても説明はない。したがって、甲4発明の切断方法で、いずれかの箇所において切断の起点は生じると推測できるものの必ずしも加工変質層206によるスクライブラインが切断の起点となっているとはいえず、本件発明1のように、半導体材料を切断するために、「前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程を有しているとまでとはいえない。むしろ、甲4発明は劈開性のないサファイア基板について溝部204及び溝部204底面のスクライブライン207を有するものであり、加工変質層206によるスクライブラインは、割れ方を制御するためのものであること、ローラーが溝部に沿って荷重をかけるものであることに鑑みれば、溝部204の底面を起点として割れが生じ、その割れを制御すべく加工変質層206によるスクライブラインが機能すると考えるのが自然ともいえる。また、この工程については、上記第5.(1)ないし(3)及び(5)ないし(7)の記載によれば、甲第1ないし3号証及び甲第5ないし7号証についても記載されていないことから、甲4発明において、上記相違点3の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

(エ)なお、審判請求人は、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、「甲第4号証の請求項1では、レーザーの焦点に形成したスクライブ・ラインに沿って半導体ウエハーを分離する構成が記載され、これに従属する請求項4では、スクライブ・ラインは基板内部に形成された加工変質層であるとの構成が記載されている。かかる構成においては、溝は必須の構成とされておらず、溝を形成せずとも効果を奏する発明として開示されている。」旨主張している。しかしながら、前記第5(4)ソ.に述べたとおり、甲第4号証の課題は、サファイア基板に溝部を設けることにより解決することのみが示され、劈開性のないサファイア基板に溝部及びスクライブ・ラインを設けたものが開示されるのみであって、溝部を有さない構成が開示されているとはいえない。また、甲第4号証では、溝を形成せずに切断している実施例は存在せず、溝を形成せずにサファイア基板を切断する場合に、どのように切断するかは明らかではない。また、仮に溝が形成されていないサファイア基板を切断するとしても、切断の起点が基板内部の加工変質層から必ず発生するということは、甲第4号証の記載からは読み取れない。
また、審判請求人は、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、「実際、段落【0022】には、『本発明の方法により窒化物半導体素子の分離ガイドとなるスクライブ・ラインを窒化物半導体層を損傷することなく窒化物半導体ウエハーを透過してレーザー照射面以外の任意の点に形成することができる。』との記載があり、切断の起点となる『分離ガイド』は、溝ではなくスクライブ・ラインであることが明示されている。」とも主張している。しかしながら、当該段落【0022】の記載からはスクライブ・ラインをレーザー照射面以外の任意の点に形成できることは読み取れるが、切断の起点となる「分離ガイド」が、溝ではなくスクライブ・ラインであることは読み取れない。
さらに、審判請求人は、令和元年9月9日付け口頭審理陳述要領書において、図1として、下面付近の内部に縦長断面の空隙を有する基板に、ローラーによって上面に荷重をかけた状態の模式図を示し、図2に応力分布の数値シミュレーションの結果を示し、図1及び図2におけるB点が特異点であるため、B点を起点としてA点に向かって破断が生じ、しかる後に、残った特異点であるC点を起点として、D点に向かって破断が生じることになると考えられ、切断の起点は下面ではなく、スクライブ・ライン206である旨主張している。また、審判請求人は、令和元年10月11日付け上申書においても、「基板内部の空隙の末端に最も応力が集中するのであり、ここが切断の起点となる。」旨主張している。しかしながら、甲第4号証には、溝部(スクライブ・ライン)に沿ってローラーによって基板に荷重をかける程度の記載(段落【0047】)しかなく、溝部(スクライブ・ライン)が存在することを前提として、当該溝部に沿って、ローラーによって基板に荷重を付与することは理解できるものの、溝部を有さない場合はそもそも予定していない上、基板に対してどちらの面にどのように荷重をかけるのか具体的な態様は示されていない。したがって、審判請求人が主張するように、甲第4号証において、切断の起点が特異点であるB点、つまりスクライブ・ライン206であるということが開示されているとまでは言えない。なお、令和元年9月9日付け口頭審理陳述要領書において開示されている図1及び図2及びその関連する記載は、甲第4号証に開示されている内容ではなく、本件特許出願後に審判請求人が記載したものであって独自の見解に基づくものであるから、本件特許出願時の技術常識や周知技術を示すものではなく、新規性進歩性を考慮する際の証拠とはなり得ない。

ウ.有利な効果
また、本件発明1は、上記相違点1ないし相違点3に係る構成を備えることにより、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているような「加工対象物の内部に溶融処理領域を形成する場合、割断時、切断予定ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。」といった効果や、本件特許明細書の段落【0060】に記載されているような「半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。」といった効果等の甲4発明と比較して有利な効果を奏する。

エ.してみると、上記(ア)及び(ウ)から、上記(イ)に関わらず、本件発明1は甲4発明及び甲第1号証ないし甲第3号証及び甲第5号証ないし甲第7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(2)本件発明2ないし31について
ア.本件発明2ないし6及び15は、本件発明1と同様の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」及び「加工対象物の内部」に「切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」工程を備えるものであるから、本件発明2ないし6及び15は、上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。
そして、本件発明2ないし6及び15において、相違点1及び相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

イ.本件発明7と甲4発明とを対比すると、両者は上記相違点1ないし3と同様の相違点を有する。また、本件発明7は、「複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する」という構成を備えるのに対し、甲4発明は、複数のレーザ光源を用いているか否か不明な点で相違する(以下、相違点4という)。
また、本件発明8ないし14、16及び17も、甲4発明と対比すると、上記相違点1ないし4と同様の相違点を有する。
そして、本件発明7ないし14、16及び17において、相違点1及び相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

ウ.本件発明18と甲4発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。また、本件発明18は、「単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成」するのに対し、甲4発明は、そのような溶融処理領域を形成しているか否か不明な点で相違する(以下、相違点5という)。
また、本件発明31も、甲4発明と対比すると、上記相違点1、3及び5と同様の相違点を有する。
そして、本件発明18及び31において、相違点1及び相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

エ.本件発明19と甲4発明とを対比すると、両者は上記相違点1と同様の相違点を有するのに加え、本件発明19は、「加工対象物の内部」に「改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲4発明は、基板201を切断するものの、加工変質層206によるスクライブ・ラインが切断の起点となるか否か不明な点でも相違する。(以下、相違点6という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点6に関し、本件発明19では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(改質領域)を形成するのに対し、甲4発明では切断の起点がどこになるか不明であるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲4発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明20ないし28も、甲1発明と対比すると、上記相違点1及び6と同様の相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また、相違点6の判断については、本件発明19と同様の理由により、甲4発明において、上記相違点1及び6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

オ.本件発明29と甲4発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び5と同様の相違点を有するのに加え、本件発明29は、「加工対象物の内部」に「溶融処理領域領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲4発明は、基板201を切断するものの、加工変質層206によるスクライブ・ラインが切断の起点となるか否か不明な点でも相違する。(以下、相違点7という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点7に関し、本件発明29では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(溶融処理領域)を形成するのに対し、甲4発明では切断の起点がどこになるか不明であるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲4発明において、上記相違点7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明30も、甲1発明と対比すると、上記相違点1、5及び7と同様の相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また、相違点7の判断については、本件発明29と同様の理由により、甲4発明において、上記相違点1及び7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

カ.したがって、本件発明2ないし31も、甲4発明及び甲第1ないし3号証及び甲第5ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(3)無効理由2についてのむすび
よって、本件発明1ないし31については、請求人が主張する無効理由2は成立しない。

3.無効理由3についての検討
甲第2号証は、無効2005-80166事件の審決における甲第1号証であり、同一の事実及び同一の証拠が対象となっているから、一事不再理(旧特許法167条)に該当する蓋然性が高いが、審判請求人が、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、無効理由3は、2005年事件審決と「同一の事実及び同一の証拠」が対象ではなく、一事不再理(旧特許法167条)には当たらない旨主張している旨も勘案し、無効理由3についても一応検討する。

(1)本件発明1について
ア.甲2発明との対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「ガラス物体」は、本件発明1の「加工対象物」に相当する。以下、同様に、「焦点」は、「集光点」に、「レーザ」は「レーザ光」に、「分割線」は「切断予定ライン」に、「破断方法」は「切断方法」にそれぞれ相当する。
また、本件発明1の「改質領域」は、レーザによって改質された領域であってクラック領域等を含むものであるから、甲2発明の「微小亀裂」は、本件発明1の「改質領域」に相当する。
さらに、甲2発明の「破断開封する」ことは、ガラス物体の厚さ方向に割れを発生させることとなるから、本件発明1の「厚さ方向に向かって割れを発生させる」ことに相当する。

してみると、本件発明1と甲2発明とは以下の一致点及び相違点を有する。
(一致点)
「加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って、前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。」

(相違点1)
加工対象物が、本件発明1は、「半導体材料からなるウェハ状」のものであるのに対し、甲2発明は、ガラス物体である点。

(相違点2)
加工対象物の内部に改質領域を形成するのに際し、本件発明1は、多光子吸収によって形成するのに対し、甲2発明は、多光子吸収によって形成しているか否か不明な点。

(相違点3)
本件発明1においては、、切断工程が、半導体材料である「前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程であるのに対し、甲2発明においては、切断工程が、「ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封する」という工程であり、「破断点」が切断の起点か否かは不明である点。

イ.相違点の検討
(ア)上記相違点1について検討する。
甲第2号証の段落【0001】の「【発明の属する技術分野】本発明は、破断領域に微小亀裂を発生させることにより、ガラス物体、特に破断開封用アンプルまたは管のガラス壁を破断するため、またはガラス板を分離するために適切な破断点を形成(produce)する方法に関する。」という記載、段落【0013】の「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、破断開封アンプルを再現できかつ安全に開口する方法で破断開封アンプルの破断領域に所定の破断点を形成することにある。特に、破断開封が困難なアンプルを開封するときに生ずる傷の発生を避け、かつ、アンプルの開封で生ずるアンプル内の医薬品の損傷を妨げることを意図する。」という記載からすれば、甲2発明は、ガラス物体、特に、破断開封アンプル特有の課題を解決しようとした発明であることは明らかである。
したがって、甲2発明において、加工対象物を半導体材料からなるウェハ状のものとすることは、上記「破断開封アンプルを再現できかつ安全に開口する方法で破断開封アンプルの破断領域に所定の破断点を形成する」というアンプル特有の課題とは関係がないから、当業者であっても甲2発明の加工対象物をガラス物体から半導体材料からなるウェハ状のものにしようとする動機はない。
したがって、甲2発明において、上記相違点1の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

(イ)上記相違点2について検討する。
甲第1号証の第3頁左上欄第1?6行には、「エキシマレーザはすべて波長が140nmより長いので、通常は吸収が起きないはずである。しかし、前記の、多光子吸収によって吸収が起こり、このため結合ボンドの開裂あるいは発熱作用を生じ微細なクラックが内部に発生するのである。」と記載されており、レーザを用いた多光子吸収によって材料の内部にクラックを発生させるという技術的事項が記載されている。
そして、甲2発明は、ガラス物体の内部にレーザを照射し、ガラス物体の内部に微小亀裂を形成するものである。
してみると、甲2発明と甲第1号証に記載された技術的事項はいずれも、レーザ光を用いて加工対象物の内部に亀裂を発生させるという点では共通しているから、甲2発明に、甲第1号証の上記技術的事項を適用し、甲2発明において、ガラス物体の内部に亀裂を形成するにあたり、多光子吸収によって形成するようにすることは当業者であれば容易になし得たことといい得る。

(ウ)上記相違点3について検討する。
甲2発明においては、ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封するものの、ガラス物体に対しどのように力をかけ、どのように破断開封しているかが不明であり、それに伴い破断点が切断の起点となるのか否かも不明である。特に、甲第2号証では、その実施例として、アンプルの首の破断について説明するのみであって、その破断における力のかけ方や破断の機序についての説明はない。したがって、甲2発明においては、切断工程が、半導体材料である「前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程を有しているとはいえない。また、この工程については、上記第5.(1)及び(3)ないし(7)の記載によれば、甲第1号証及び甲第3ないし7号証についても記載されていないことから、甲2発明において、上記相違点3の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

ウ.有利な効果
また、本件発明1は、上記相違点1ないし3に係る構成を備えることにより、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているような「加工対象物の内部に溶融処理領域を形成する場合、割断時、切断予定ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。」といった効果や、本件特許明細書の段落【0060】に記載されているような「半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。」といった効果、また、「加工対象物を切断することにより作製される製品(例えば半導体チップ、圧電デバイスチップ、液晶等の表示装置)の歩留まりを向上させることができる。」といった甲2発明と比較して有利な効果を奏する。

エ.してみると、上記(ア)及び(ウ)から、上記(イ)に関わらず、本件発明1は甲2発明及び甲第1号証及び甲第3ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(2)本件発明2ないし31について
ア.本件発明2ないし6及び15は、本件発明1と同様の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」及び「加工対象物の内部」に「切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」工程を備えるものであるから、本件発明2ないし6及び15は、上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。
そして、本件発明2ないし6及び15において、相違点1及び3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

イ.本件発明7と甲2発明とを対比すると、両者は上記相違点1ないし3と同様の相違点を有する。また、本件発明7は、「複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する」という構成を備えるのに対し、甲2発明は、複数のレーザ光源を用いているか否か不明な点で相違する(以下、相違点4という)。
また、本件発明8ないし14、16及び17も、甲2発明と対比すると、上記相違点1ないし4と同様の相違点を有する。
そして、本件発明7ないし14、16及び17において、相違点1及び相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

ウ.本件発明18と甲2発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。また、本件発明18は、「単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成」するのに対し、甲2発明は、そのような溶融処理領域を形成しているか否か不明な点で相違する(以下、相違点5という)。
また、本件発明31も、甲2発明と対比すると、上記相違点1、3及び5と同様の相違点を有する。
そして、本件発明18及び31において、相違点1及び3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ア)及び(ウ)に示したのと同様である。

エ.本件発明19と甲2発明とを対比すると、両者は上記相違点1と同様の相違点を有するのに加え、本件発明19は、「加工対象物の内部」に「改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲2発明は、切断工程が、「ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封する」という工程であり、「破断点」が切断の起点か否かは不明である点でも相違する(以下、相違点6という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点6に関し、本件発明19では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(改質領域)を形成するのに対し、甲2発明では切断の起点がどこになるか不明であるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲2発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明20ないし28も、甲2発明と対比すると、上記相違点1及び6と同様の相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また相違点6の判断については、本件発明19と同様の理由により、甲2発明において、上記相違点1及び相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

オ.本件発明29と甲2発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び5と同様の相違点を有するのに加え、本件発明29は、「加工対象物の内部」に「溶融処理領域領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲2発明は、切断工程が、「ガラス物体の内部に破断点を形成し、破断開封する」という工程であり、「破断点」が切断の起点か否かは不明である点でも相違する(以下、相違点7という。)。そして、相違点1の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは前記(1)イ.(ア)に示したのと同様である。また、相違点7に関し、本件発明29でも加工対象物の内部に切断の起点となる領域(溶融処理領域)を形成するのに対し、甲2発明では切断の起点がどこになるか不明であるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲2発明において、上記相違点7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明30も、甲2発明と対比すると、上記相違点1、5及び7と同様の相違点を有するものであるから、相違点1の判断については、上記(1)イ.(ア)に示したのと同様の理由により、また相違点7の判断については、本件発明29と同様の理由により、甲2発明において、上記相違点1及び相違点7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

カ.したがって、本件発明2ないし31も、甲2発明及び甲第1号証及び甲第3ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(3)無効理由3についてのむすび
よって、本件発明1ないし31については、請求人が主張する無効理由3は成立しない。

4.無効理由4についての検討
(1)本件発明1について
ア.甲5発明との対比
甲5発明と本件発明1とを対比する。
甲5発明の「シリコン基板を含む薄板状の被加工部材10」は、本件発明1の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」に相当する。以下、同様に、「集光させて」は「集光点を合わせて」に、「光学的損傷あるいは光学的絶縁破壊が生じて変質した微小領域13」は、「改質領域」にそれぞれ相当する。

してみると、本件発明1と甲5発明とは以下の一致点及び相違点を有する。
(一致点)
「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に改質領域を形成」する点。

(相違点1)
加工対象物の内部に改質領域を形成するのに際し、本件発明1は、多光子吸収によって形成するのに対し、甲5発明は、多光子吸収によって形成しているか否か不明な点。

(相違点2)
本件発明1においては、「改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法」であって、加工対象物の内部に、切断の起点となる領域を形成して、加工対象物を切断するのに対し、甲5発明においては、「微小領域によって、前記被加工部材の内部に、マーキングする、被加工部材のマーキング方法。」であって、被加工部材の内部にマーキングはするものの、切断を前提としていないから切断の起点となる領域を形成するものではないし、加工対象物を切断もしていない点。

イ.相違点の検討
(ア)上記相違点1について検討する。
甲第1号証の第3頁左上欄第1?6行には、「エキシマレーザはすべて波長が140nmより長いので、通常は吸収が起きないはずである。しかし、前記の、多光子吸収によって吸収が起こり、このため結合ボンドの開裂あるいは発熱作用を生じ微細なクラックが内部に発生するのである。」と記載されており、レーザを用いた多光子吸収によって材料の内部にクラックを発生させるという技術的事項が記載されている。
そして、甲5発明は、被加工部材10の内部にレーザ光を照射し、被加工部材10の内部に光学的損傷を形成するものである。
してみると、甲5発明と甲第1号証に記載された技術的事項はいずれも、レーザ光を用いて加工対象物の内部に損傷を発生させるという点では共通しているから、甲5発明に、甲第1号証の上記技術的事項を適用し、甲5発明において、被加工部材10の内部に光学的損傷を形成するにあたり、多光子吸収によって形成するようにすることは当業者であれば容易になし得たことといい得る。

(イ)上記相違点2について検討する。
甲5発明は、マーキング方法に関するものであり、切断方法に関するものではない。また、甲第5号証においては、段落【0040】に「このため、被加工部材10の厚さ方向に関して、より短い領域にのみマーキングすることができ、クラックの表面への到達を抑制することが可能になる。」との記載や、段落【0071】に「マーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにできるため、被加工部材の破片等が原因となるゴミの発生を抑制することができる。」との記載があり、マーキングによって被加工部材のクラックが表面に到達するのを防止している。してみると、甲5発明を、被加工部材10の切断方法に変更することは阻害要因があり、当業者であっても、甲5発明のマーキング方法を切断方法に変更することは容易ではない。
また、甲第1号証には、レーザによる合成石英ガラスの切断方法が、甲第2号証には、レーザによるガラス物体の破断方法が、甲第4号証には、レーザによるサファイア基板の切断方法が、甲第7号証には、レーザによる半導体材料の切断方法が記載されている。しかしながら、甲5発明はマーキングによるクラックの発生が表面まで到達しないようにできるものであって、例え甲第1、2、4及び7号証によりレーザを切断に用いることが公知技術であるとしても、当該クラックの発生を抑制するものである甲5発明に適用するには阻害要因があるというべきである。

(ウ)なお、審判請求人は、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、無効理由4に関し、甲第1号証と甲第13号証は、同一発明者、同一出願人による出願であり、甲第1号証は、透明材料の切断加工方法、甲第13号証は透明材料のマーキング方法に関するものであるから、出願当時の技術常識に照らせば、当業者は、材料内部のレーザ加工の下位概念として、マーキング方法と切断方法とを認識しており、材料内部のレーザ加工をいずれの方法に適した態様で行うかは、レーザのパラメタを調整する等、適宜設計可能な事項に過ぎず、当業者にとって、マーキング方法として用いられていた材料内部のレーザ加工を、切断方法に適用することに、阻害要因はなかった旨主張している。
しかしながら、甲5発明は、上記のようにマーキングによるクラックの発生が被加工部材10の表面まで到達しないようにするもの、つまり、被加工部材10が割れるのを防止しようとするものであるから、甲5発明のマーキング方法を切断方法に変更することには阻害要因があり、マーキング方法と切断方法とがレーザ加工の下位概念であるか否かに関わらず、甲5発明において、マーキング方法を切断方法に変更することは、適宜設計可能な事項とは言えない。

ウ.有利な効果
また、本件発明1は、上記相違点1及び相違点2に係る構成を備えることにより、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているような「加工対象物の内部に溶融処理領域を形成する場合、割断時、切断予定ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。」といった効果や、本件特許明細書の段落【0060】に記載されているような「半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。」といった効果、また、「加工対象物を切断することにより作製される製品(例えば半導体チップ、圧電デバイスチップ、液晶等の表示装置)の歩留まりを向上させることができる。」といった甲5発明と比較して有利な効果を奏する。

エ.してみると、上記(イ)から、上記(ア)に関わらず、本件発明1は甲5発明及び甲第1ないし4号証及び甲第6ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(2)本件発明2ないし31について
ア.本件発明2ないし6及び15は、本件発明1と同様の「加工対象物の内部」に「切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」工程を備えるものであるから、本件発明2ないし6及び15は、上記相違点2と同様の相違点を有する。
そして、本件発明2ないし6及び15において、相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(イ)に示したのと同様である。

イ.本件発明7と甲5発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び2と同様の相違点を有する。また、本件発明7は、「複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する」という構成を備えるのに対し、甲5発明は、複数のレーザ光源を用いているか否か不明な点で相違する(以下、相違点3という)。
また、本件発明8ないし14、16及び17も、甲5発明と対比すると、上記相違点1及び2と同様の相違点を有する。
そして、本件発明7ないし14、16及び17において、相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(イ)に示したのと同様である。

ウ.本件発明18と甲5発明とを対比すると、両者は上記相違点2と同様の相違点を有する。また、本件発明18は、「単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成」するのに対し、甲5発明は、そのような溶融処理領域を形成しているか否か不明な点で相違する(以下、相違点4という)。
また、本件発明31も、甲5発明と対比すると、上記相違点2及び4と同様の相違点を有する。
そして、本件発明18及び31において、相違点2の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(イ)に示したのと同様である。

エ.本件発明19と甲5発明とを対比すると、両者は上記相違点1と同様の相違点を有するのに加え、本件発明19は、「加工対象物の内部」に「改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲5発明は、被加工部材の内部にマーキングはするものの、切断を前提としていないから切断の起点となる領域を形成するものではないし、加工対象物を切断もしていない点でも相違する(以下、相違点5という。)。そして、相違点5に関し、本件発明19では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(改質領域)を形成するのに対し、甲5発明では、加工対象物にマーキングはするものの、切断するものではないから、前記(1)イ.(イ)において相違点2について検討したのと同様の理由により、甲5発明において、上記相違点5の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明20ないし28も、甲5発明と対比すると、上記相違点1及び相違点5と同じ相違点を有するものであるから、相違点5の判断については、本件発明19と同様の理由により、甲5発明において、上記相違点5の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

オ.本件発明29と甲5発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び4と同様の相違点を有するのに加え、本件発明29は、「加工対象物の内部」に「溶融処理領域領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲5発明は、被加工部材の内部にマーキングはするものの、切断を前提としていないから切断の起点となる領域を形成するものではないし、加工対象物を切断もしていない点でも相違する(以下、相違点6という。)。そして、相違点6に関し、本件発明29では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(溶融処理領域)を形成するのに対し、甲5発明では、加工対象物にマーキングはするものの、切断するものではないから、前記(1)イ.(イ)において相違点2について検討したのと同様の理由により、甲5発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明30も、甲5発明と対比すると、上記相違点1、4及び相違点6と同じ相違点を有するものであるから、相違点6の判断については、本件発明29と同様の理由により、甲5発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

カ.したがって、本件発明2ないし31も、甲5発明及び甲第1ないし4号証及び甲第6ないし7号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(3)無効理由4についてのむすび
よって、本件発明1ないし31については、請求人が主張する無効理由4は成立しない。

5.無効理由5についての検討
(1)本件発明1について
ア.甲7発明との対比
本件発明1と甲7発明とを対比する。
甲7発明の「レーザビーム」は、本件発明1の「レーザ光」に相当する。以下、同様に、「収束させて」は「集光点を合わせて」に、「材料の切断方法」は、「加工対象物切断方法」にそれぞれ相当する。
また、本件発明1の「改質領域」は、レーザによって改質された領域であってクラック領域等を含むものであるから、甲7発明の「空隙」は、本件発明1の「改質領域」に相当する。
さらに、甲7発明の「ガラス、プラスチック、宝石、または半導体等の材料」は、本件発明1の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」と対比すると、両者は「半導体材料」の「加工対象物」を限度として一致する。
さらに、甲7発明の「この空隙を前記材料の表面から鋸運動により所定の経路に沿って、複数結びつかせることによって、前記材料を切断する」ことは、材料の厚さ方向に材料を切断しているから、本件発明1の「前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」ことに相当する。

してみると、本件発明1と甲7発明とは以下の一致点及び相違点を有する。
(一致点)
「半導体材料からなる加工対象物の内部に集光点を合わせてレーザ光を照射し、前記加工対象物の内部に改質領域を形成し、この改質領域によって、前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる、加工対象物切断方法。」

(相違点1)
半導体材料からなる加工対象物が、本件発明1は、「ウェハ状」であるのに対し、甲7発明は、ウェハ状であるのか否か不明な点。

(相違点2)
前記加工対象物の内部に改質領域を形成するにあたり、本件発明1は、「多光子吸収」によるものであるのに対し、甲7発明は、「光学破壊」によるものである点。

(相違点3)
加工対象物を切断するにあたり、本件発明1は、「改質領域によって、前記加工対象物の切断予定ラインに沿って前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させ」ており、加工対象物の内部に切断の起点となる領域を形成しているのに対し、甲7発明では、「空隙を前記材料の表面から鋸運動により所定の経路に沿って、複数結びつかせることによって、前記材料を切断」しており、加工対象物である材料の内部に切断の起点となる領域を形成しているか否か不明な点。

イ.相違点の検討
(ア)上記相違点1について検討する。
甲第4号証の段落【0047】に、「溝部(スクライブ・ライン)に沿ってローラーによって荷重をかけ半導体ウエハーを切断し、LEDチップ210を分離させた」と記載されているように、半導体製造の分野において、ウエハー状のものを切断することは周知技術である。
甲7発明は、半導体材料を切断する技術に関するものであるから、甲7発明において、上記周知技術を適用し、加工対象物である半導体材料をウエハ状のものとすることは当業者であれば容易に想到し得たことといい得る。

(イ)上記相違点2について検討する。
甲第1号証の第3頁左上欄第1?6行には、「エキシマレーザはすべて波長が140nmより長いので、通常は吸収が起きないはずである。しかし、前記の、多光子吸収によって吸収が起こり、このため結合ボンドの開裂あるいは発熱作用を生じ微細なクラックが内部に発生するのである。」と記載されており、レーザを用いた多光子吸収によって材料の内部にクラックを発生させるという技術的事項が記載されている。
そして、甲7発明は、レーザビームを照射し、材料の内部に光学破壊により空隙を形成するものである。
してみると、甲7発明と甲第1号証に記載された技術的事項はいずれも、レーザを用いて加工対象物の内部に破壊を発生させるという点では共通しているから、甲7発明に、甲第1号証の上記技術的事項を適用し、甲7発明において、材料の内部に空隙を形成するにあたり、多光子吸収によって形成するようにすることは当業者であれば容易になし得たことといい得る。

(ウ)上記相違点3について検討する。
甲7発明においては、「空隙を前記材料の表面から鋸運動により所定の経路に沿って、複数結びつかせることによって、前記材料を切断」しており、材料の表面から空隙を複数結びつかせて材料を切断していると認められる。一方、本件発明1は、「前記加工対象物のレーザ光入射面から所定距離内側に、切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」という工程を有するものであるから、内部の切断の起点から外部に向けて割れを進行させるものとなり、空隙を複数結びつかせることによって材料を切断する甲7発明とは切断の機序が異なるものである。また、この工程については、前記第5.(1)ないし(6)で記載したように、甲第1ないし6号証についても記載されていないことから、甲7発明において、上記相違点3の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。







(エ)なお、審判請求人は、令和元年8月9日付け口頭審理陳述要領書において、無効理由5に関し、「このような『鋸運動』の結果、『完全に切れた溝』ができるためには、材料の内部でレーザビームが集光された箇所(上図(e)で、上から2本目以降の横矢印)を起点として切断が行われなければならない。すなわち、上記引用部にも、切断の起点が加工対象物の内部であることが開示されている」旨主張しているが、甲第7号証では、鋸運動の結果、切断の起点がどこになるかについての明示的な記載はない。また、「上から2本目以降の横矢印」が切断の起点であることを示唆する記載も特段見受けられない。してみると、甲第7号証に切断の起点が加工対象物の内部であることが開示されているという上記審判請求人の主張は採用できない。

ウ.有利な効果
また、本件発明1は、上記相違点1ないし3に係る構成を備えることにより、本件特許明細書の段落【0042】に記載されているような「加工対象物の内部に溶融処理領域を形成する場合、割断時、切断予定ラインから外れた不必要な割れが生じにくいので、割断制御が容易となる。」といった効果や、本件特許明細書の段落【0060】に記載されているような「半導体チップに切断予定ラインから外れた不必要な割れや溶融が生じることなく、半導体チップを半導体ウェハから切り出すことができる。」といった効果、また、「加工対象物を切断することにより作製される製品(例えば半導体チップ、圧電デバイスチップ、液晶等の表示装置)の歩留まりを向上させることができる。」といった甲7発明と比較して有利な効果を奏する。

エ.してみると、上記(ウ)から、上記(ア)及び(イ)に関わらず、本件発明1は甲7発明及び甲第1ないし6号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(2)本件発明2ないし31について
ア.本件発明2ないし6及び15は、本件発明1と同様の「半導体材料からなるウェハ状の加工対象物」及び「加工対象物の内部」に「切断の起点となる領域を形成し、この領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させる」工程を備えるものであるから、本件発明2ないし6及び15は、上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。
そして、本件発明2ないし6及び15において、相違点3の構成を採用することは当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ウ)に示したのと同様である。

イ.本件発明7と甲7発明とを対比すると、両者は上記相違点1ないし3と同様の相違点を有する。また、本件発明7は、「複数のレーザ光源から出射された各レーザ光を前記加工対象物の内部に集光点を合わせて異なる方向から照射する」という構成を備えるのに対し、甲7発明は、複数のレーザ光源を用いているか否か不明な点で相違する(以下、相違点4という)。
また、本件発明8ないし14、16及び17も、甲7発明と対比すると、上記相違点1ないし4と同様の相違点を有する。
そして、本件発明7ないし14、16及び17において、相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ウ)に示したのと同様である。

ウ.本件発明18と甲7発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び3と同様の相違点を有する。また、本件発明18は、「単結晶構造から非晶質構造に変化した領域、単結晶構造から多結晶構造に変化した領域、又は単結晶構造から非晶質構造及び多結晶構造を含む構造に変化した領域である溶融処理領域を形成」するのに対し、甲7発明は、そのような溶融処理領域を形成しているか否か不明な点で相違する(以下、相違点5という)。
また、本件発明31も、甲7発明と対比すると、上記相違点1、3及び5と同様の相違点を有する。
そして、本件18及び31において、相違点3の構成を採用することが当業者にとって容易でないことは、前記(1)イ.(ウ)に示したのと同様である。

エ.本件発明19と甲7発明とを対比すると、両者は上記相違点1と同様の相違点を有するのに加え、本件発明19は、「加工対象物の内部」に「改質領域を形成することで、この改質領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲7発明は、加工対象物である材料の内部に切断の起点となる領域を形成しているか否か不明な点でも相違する(以下、相違点6という。)。そして、相違点6に関し、本件発明19では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(改質領域)を形成し、空隙を複数結びつかせることによって材料を切断する甲7発明とは切断の機序が異なるものであるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲7発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明20ないし28も、甲7発明と対比すると、上記相違点1及び6と同様の相違点を有するものであるから、相違点6の判断については、本件発明19と同様の理由により、甲7発明において、上記相違点6の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

オ.本件発明29と甲7発明とを対比すると、両者は上記相違点1及び5と同様の相違点を有するのに加え、本件発明29は、「加工対象物の内部」に「溶融処理領域領域を形成することで、この溶融処理領域を起点として前記加工対象物の厚さ方向に向かって割れを発生させて前記加工対象物を切断する」のに対し、甲7発明は、加工対象物である材料の内部に切断の起点となる領域を形成しているか否か不明な点でも相違する(以下、相違点7という。)。そして、相違点7に関し、本件発明29では加工対象物の内部に切断の起点となる領域(溶融処理領域)を形成し、空隙を複数結びつかせることによって材料を切断する甲7発明とは切断の機序が異なるものであるから、前記(1)イ.(ウ)において相違点3について検討したのと同様の理由により、甲7発明において、上記相違点7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。
また、本件発明30も、甲7発明と対比すると、上記相違点1、5及び7と同様の相違点を有するものであるから、相違点7の判断については、本件発明29と同様の理由により、甲7発明において、上記相違点7の構成を採用することは当業者であっても容易ではない。

カ.したがって、本件発明2ないし31も、甲7発明及び甲第1ないし6号証に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものとすることはできない。

(3)無効理由5についてのむすび
よって、本件発明1ないし31については、請求人が主張する無効理由5は成立しない。


第7.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張及び証拠方法によっては、本件発明1ないし31に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり決定する。
 
審理終結日 2019-12-17 
結審通知日 2019-12-19 
審決日 2020-01-07 
出願番号 特願2001-278768(P2001-278768)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (B23K)
P 1 113・ 113- Y (B23K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 加藤 昌人  
特許庁審判長 栗田 雅弘
特許庁審判官 見目 省二
小川 悟史
登録日 2003-03-14 
登録番号 特許第3408805号(P3408805)
発明の名称 加工対象物切断方法  
代理人 柴田 昌聰  
復代理人 尾関 孝彰  
代理人 筬島 裕斗志  
復代理人 大澤 恒夫  
代理人 丹治 彰  
代理人 三縄 隆  
代理人 長谷川 芳樹  
代理人 小曳 満昭  
代理人 前田 直哉  
復代理人 設樂 隆一  
復代理人 寺下 雄介  
代理人 石田 良平  
代理人 松村 啓  
代理人 半場 秀  

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