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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F16H
管理番号 1368961
異議申立番号 異議2019-700511  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-01-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-06-26 
確定日 2020-10-08 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6446101号発明「偏心揺動型歯車装置」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6446101号の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?2〕、3について訂正することを認める。 特許第6446101号の請求項1?2に係る特許を維持する。 特許第6446101号の請求項3に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6446101号の請求項1?3に係る特許についての出願は、平成24年7月3日に出願された特願2012-149350号の一部を平成28年4月6日に新たな特許出願として特願2016-76579号が出願され、その特願2016-76579号の一部を平成29年7月25日に新たな特許出願として出願されたものであり、平成29年9月15日の手続補正により補正され、平成30年12月7日にその特許権の設定登録がされ、平成30年12月26日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、特許異議申立人安東和恭(以下「特許異議申立人」という。)により、請求項1?3に係る特許に対する特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和1年 6月26日 :特許異議申立人による特許異議の申立て
令和1年 8月29日付け:取消理由通知書
令和1年11月 5日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和2年 1月 6日 :特許異議申立人による意見書の提出
令和2年 1月30日付け:取消理由通知書(決定の予告)
令和2年 4月 3日付け:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和2年 7月 9日 :特許異議申立人による意見書の提出

なお、令和1年11月5日の訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年4月3日付けの訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)?(5)のとおりである(下線部は訂正箇所を示す。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、
偏心部と、
前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、
前記第1筒部は、前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を有し、前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温したときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、
前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、
前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置。」
と記載されているのを、
「第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、
偏心部と、
前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、
前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、
前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、
前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置。」
に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に、
「前記第1筒部は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている請求項1に記載の偏心揺動型歯車装置。」
と記載されているのを、
「前記第1筒部の前記筒状部分は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている請求項1に記載の偏心揺動型歯車装置。」
に訂正する。

(3)訂正事項3
明細書の段落【0008】に、
「本発明の第2態様は、第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、偏心部と、前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、前記第1筒部は、前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を有し、前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温したときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置である。」
と記載されているのを、
「本発明の第2態様は、第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、偏心部と、前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置である。」
に訂正する。

(4)訂正事項4
明細書の段落【0009】に、
「ここで、前記第1筒部は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されていてもよい。」
と記載されているのを、
「ここで、前記第1筒部の前記筒状部分は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されていてもよい。」
に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

2 一群の請求項
訂正前の請求項1?2について、請求項2は請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1?2に対応する訂正後の請求項1?2は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
また、訂正前の請求項3は独立項であり、請求項3を引用する請求項は存在しないから、請求項3は、他の請求項と一群の請求項を形成しない。したがって、訂正前の請求項3に対応する訂正後の請求項3は、特許法120条の5第4項に規定する一群の請求項である。
よって、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項ごとに請求されている。

3 訂正の要件
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項1は、第1筒部に関して、請求項1に、「前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を有し」と記載されているのを、「内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し」に訂正するとともに、「前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温したときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され」と記載されているのを、「前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され」に訂正している。
すなわち、第1筒部に関して、その第1筒部が筒状部分と内歯を形成する内歯ピンとを有し、筒状部分の内周面にはピン溝が形成され、前記ピン溝には、揺動歯車の歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンが取り付けられることを限定するとともに、「前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され」るのが、第1筒部の筒状部分であることを限定している。
したがって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記アのとおり、訂正前の請求項1に係る発明をより限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ 新規事項の有無
訂正事項1は、願書に添付した明細書の段落【0004】、【0017】、【0036】、【0038】及び【0041】、図1及び図2に基づいて導き出される構成である。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項2は、「前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている」のが、第1筒部の筒状部分であることを限定する訂正である。
したがって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は、上記アのとおり、訂正前の請求項2に係る発明をより限定するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ 新規事項の有無
訂正事項2は、願書に添付した明細書の段落【0004】、【0017】、【0036】、【0038】及び【0041】、図1及び図2に基づいて導き出される構成である。
したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)訂正事項3?4について
ア 訂正の目的の適否
訂正事項3?4は、上記訂正事項1?2に係る訂正に伴い特許請求の範囲の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項3?4は、上記訂正事項1?2と同様に、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項において準用する特許法第126条第6項の規定に適合するものである。

ウ 新規事項の有無
訂正事項3?4は、上記訂正事項1?2と同様に、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する特許法第126条第5項の規定に適合するものである。

エ 明細書の訂正と関係する請求項
訂正事項3?4は、上記アのとおり、上記訂正事項1?2に係る訂正に伴い請求項1?2の記載と明細書の記載との整合を図るための訂正であるから、これは一群の請求項1?2に関係する訂正である。
したがって、訂正事項3?4は、明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行うものであるから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第4項に適合するものである。

(4)訂正事項5について
訂正事項5は、訂正前の請求項3を削除するものであるから、特許法第126条第1項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、当該訂正事項5は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるとともに、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではない。
したがって、訂正事項5は、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。

4 小括
上記3のとおり、訂正事項1?5に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
なお、本件特許異議の申立てにおいては、訂正前のすべての請求項に対して特許異議の申立てがされているため、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
したがって、明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?2〕、3について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
上記第2のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1?2に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明2」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。

「【請求項1】
第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、
偏心部と、
前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、
前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、
前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、
前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置。
【請求項2】
前記第1筒部の前記筒状部分は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている請求項1に記載の偏心揺動型歯車装置。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由の概要
本件訂正前の請求項1?2に係る特許に対して、当審が特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

本件特許の請求項1?2に係る発明は、次の引用文献1?12に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

<引用文献>
引用文献1:特開2010-101454号公報(甲第1号証)
引用文献2:特開平4-331851号公報(甲第2号証)
引用文献3:特開2008-8437号公報(甲第13号証)
引用文献4:特開2000-213605号公報(甲第14号証)
引用文献5:「機械図集 歯車(上巻)」,社団法人日本機械学会,昭和
50年4月20日初版発行,p.54?55(甲第15号証)
引用文献6:特開2000-130521号公報(甲第16号証)
引用文献7:特開昭62-132068号公報(甲第17号証)
引用文献8:特開2004-92793号公報(甲第20号証)
引用文献9:特開平2-261943号公報(甲第9号証)
引用文献10:特開2005-226827号公報(甲第10号証)
引用文献11:特開2006-22829号公報(甲第11号証)
引用文献12:国際公開第2008/096747号(甲第12号証)

なお、括弧内は、特許異議申立書に添付された甲号証との対応関係である。

2 引用文献の記載
(1)引用文献1
取消理由通知において引用した引用文献1には、「減速装置」に関し、図面とともに、以下の事項が記載されている(下線は当審が付した。以下同様。)。
ア「【0001】
本発明は、出力部材と固定部材との間に介在される主軸受を備えた減速装置に関する。」

イ「【0015】
この減速装置2は、ロボットを制御するための、例えばバックラッシ15分(15/60度)?1分(1/60度)程度の精密機械に使用されるもので、前段に図示せぬモータからの駆動力を受ける等速直交歯車機構4、後段に内接噛合遊星歯車構造の減速歯車機構6を備える。この減速装置2はロボット(全体は図示略)の第1部材8と第2部材10との間に配置され、第1部材8に対し第2部材10を相対的に回転駆動する。従って、この実施形態では、後述する第1、第2フランジ体12、14が固定部材、ケーシング16が出力部材に相当している。即ち、いわゆる枠回転型の減速装置である。」

ウ「【0018】
モータ軸22の先端には第1ベベル歯車24が直切りされている。第1ベベル歯車24は同じ歯数の第2ベベル歯車26と噛合することによって前記等速直交歯車機構4を形成し、回転方向を直角に変更している。第2ベベル歯車26は後段の減速歯車機構6の入力軸32にスプライン34を介して連結されている。(後段の)入力軸32は1対の玉軸受36、38にて第1、第2フランジ体12、14に支持されている。入力軸32には3個の偏心体40A?40Cが一体的に形成されている。各偏心体40A?40Cの偏心位相は円周方向に120度ずつずれている。各偏心体40A?40Cの外周には、ころ42A?42Cを介して計3枚の外歯歯車44A?44Cが揺動回転自在に組み込まれている。各外歯歯車44A?44Cは内歯歯車46に内接噛合している。
【0019】
内歯歯車46の歯数は、外歯歯車44A?44Cの歯数より「1」だけ多く設定されている。内歯歯車46は、この実施形態ではケーシング16と一体化され、(枠回転型の)出力部材として機能している。また、該内歯歯車46の内歯は、円弧歯形であり、具体的には円弧状の溝46Aに回転自在に嵌入された円筒状の外ピン46Bによって構成されている。内歯歯車46は、ボルト47を介してロボットの前記第2部材10と連結されている。内歯歯車46の軸方向両端部の内周には該主軸受18、20が配置されている。この内歯歯車46及び主軸受18、20付近の構成については、後に詳述する。
【0020】
各外歯歯車44A?44Cには、複数の内ピン孔44A1?44C1が軸方向に貫通して形成されている。内ピン孔44A1?44C1には内ローラ48の被せられた内ピン50が(偏心体40A?40Cの偏心量に相当する分の隙間を有して)遊嵌している。内ピン50は第1フランジ体12から一体的に突出・形成されており、ボルト52によって第2フランジ体14と連結されている。従って、第1、第2フランジ体12、14は、共に固定部材として一体的にロボットの前記第1部材8に固定されていることになる。」

エ「【0029】
モータ軸22が回転すると該モータ軸22に形成されている第1ベベル歯車24が回転する。第1ベベル歯車24が回転すると、該第1ベベル歯車24と噛合している第2ベベル歯車26が回転し、スプライン34を介して後段の減速歯車機構6の入力軸32が回転する。入力軸32が回転すると、偏心体40A?40C及びころ42A?42Cを介して3枚の外歯歯車44A?44Cが円周方向に120度の位相で偏心揺動する。
【0030】
この実施形態では、各外歯歯車44A?44Cの内ピン孔44A1?44C1を内ピン50が貫通しており、第1、第2フランジ体12、14と一体化された状態でロボットの第1部材8に固定されているため、各外歯歯車44A?44Cは自転をすることができない。このため、入力軸32が1回回転して各外歯歯車44A?44Cが1回揺動すると、該外歯歯車44A?44Cの揺動によって内歯歯車46との噛合位置が順次ずれ、内歯歯車46が外歯歯車44A?44Cに対して歯数差「1」の分だけ相対回転する(自転する)現象が起こる。この内歯歯車46の回転は、該内歯歯車46と一体化されているケーシング16の回転となって現れ、ボルト47を介してロボットの第2部材10を(ロボットの第1部材8に対して)回転させる。・・・
【0031】
ここで、この実施形態では、第1、第2フランジ体12、14が背面合わせで組み込まれた一対の主軸受18、20にてケーシング16の軸方向両端部の内周で支持されている。主軸受18、20の各円筒ころ60A、61Aは、内輪側は、第1、第2フランジ体12、14の転走面12A、14Aに直接接触している。即ち、第1、第2フランジ体12、14自体が円筒ころ60A、61Aの内輪として機能している。また、外輪側は、各円筒ころ60A、61Aは、シートメタル62、63の転走面62A,63Aに接触しており、シートメタル62、63の反転走面62B、63Bがケーシング16の受面16A、16Bに当接している。このため、シートメタル62、63は主軸受18、20の転走面62A、63Aとしての硬度を提供し、一方、ケーシングの受面16A,16Bは、該シートメタル62、63を背面から支えることで、主軸受18、20に必要な真円度及び剛性を提供することになる。従って、ケーシング16自体を軸受鋼のような鋼材で製造する必要がなく、鋳造による製造で十分であるため、重量・大型部材であるケーシング16を低コストで製造できるようになる。また、ケーシング16は主軸受18、20の転走面を提供しないので、受面16A、16Bに対して特別な表面硬化処理を行う必要もない。以上のことから、減速装置の設計の自由度を高めることもできる。一方、シートメタル62、63は、ケーシング16の受面16A、16Bによって反転走面62B、63B側が支持されているため(通常の軸受の外輪ならば必要とされる)真円度や剛性を確保する必要がなく、転走面62A、63Aとして所定の特性(例えば硬度、あるいは摩擦係数等)の観点で吟味された素材を使用することができる。また、シートメタル62、63は1枚の鋼板から製造することができるため、低コストである。」

オ「【0048】
なお、上記実施形態においては鋳鉄によってケーシングを製造するようにしていたが、ケーシング(あるいはフランジ体)の素材は、(軸受の素材としての特性が要求されないため)例えば、アルミニウム等で製造することも可能であり、この場合には装置全体の軽量化が実現できる。」

これらの記載事項及び図1?3の図示内容を総合して整理すると、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「ロボットの第1部材8と第2部材10との間に配置され、第1部材8に対し第2部材10を相対的に回転駆動する減速装置2であって、
偏心体40A?40Cと、
偏心体40A?40Cの外周に揺動回転自在に組み込まれ、内歯歯車46に内接噛合する外歯歯車44A?44Cと、
第2部材10にボルト47を介して連結されたケーシング16と、
第1部材8に対して共に固定部材として一体的に固定される第1、第2フランジ体12、14であって、各外歯歯車44A?44Cの内ピン孔44A1?44C1を貫通する内ピン50が一体的に突出・形成された第1フランジ体12と、該第1フランジ体12にボルト52によって連結された第2フランジ体14と、を備え、
ケーシング16は、内周面に円弧状の溝46Aが形成され、円弧状の溝46Aに外ピン46Bが取り付けられて、外歯歯車44A?44Cの歯部と噛み合う内歯を形成しており、ケーシング16の素材はアルミニウム等で製造されたものであり、
第1、第2フランジ体12、14は、外歯歯車44A?44Cを内ピン50を介して保持した状態でケーシング16の径方向内側に配置され、
ケーシング16と第1、第2フランジ体12、14とは、偏心体40A?40Cの回転に伴う外歯歯車44A?44Cの揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である減速装置2。」

(2)引用文献2
取消理由通知において引用した引用文献2には、「トロコイド系歯形内接式遊星歯車減速機」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
「【0017】・・・S45C又は他の炭素鋼からなる素材を、外歯歯車5_(1),5_(2)(図2参照)の外径に沿って切断又は鍛造する。・・・」

(3)引用文献3
取消理由通知において引用した引用文献3には、「揺動内接噛合型遊星歯車減速機」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
ア「【0013】
ADIは、既存の揺動内接噛合型遊星歯車減速機における外歯歯車や内歯歯車(の少なくとも歯の部分)に用いられている軸受鋼(以下単に「SUJ2」という場合がある)に比べて、高い減衰能を有している。よって、噛合する部分をADIで構成することによって噛合部で発生する噛み合い振動そのものを低減できる。又、揺動内接噛合型の遊星歯車減速機においては、外歯歯車又は内歯歯車の少なくとも一方の「歯」が、例えばピン状(円柱状、円筒状)の別部材で構成されることも多い。この場合、「歯」の部分だけをADIで作ることが可能である。そうすればコスト面でも有利なことに加えて、振動を効果的に抑えるための調整範囲が広がる。これは、元々「歯」自体を別部材で構成可能な揺動内接噛合型遊星歯車減速機特有の利点であると言える。」

イ「【0023】
内歯歯車118は、内歯歯車本体116と「歯」に相当する外ピン112及び外ローラ114とから構成されている。なお、内歯歯車本体116は、当該減速機100のケーシングの一部としても機能している(詳細は後述)。外ローラ114は円筒状の部材で構成され、この外ローラ114の中空部分に円柱状の外ピン112が挿入された状態で配置されている。又、外ローラ114は外ピン112に対して回転可能である。又、外歯歯車108、外ローラ114及び外ピン112は、オーステンパ球状黒鉛鋳鉄(以下単に「ADI」という)をその原材料として構成されている。」

(4)引用文献4
取消理由通知において引用した引用文献4には、「内接噛合型遊星歯車装置」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
ア「【0016】まず、その構成を説明すると、図1および図2において、10は環状の内歯車で、環状体11の内周に円弧歯形の複数の内歯12を有している。この内歯12は、例えば環状体11の円弧溝にステンレス鋼等からなる丸ピンを回転可能に収納して形成されている。20は、内歯車10に対して互いに逆方向に偏心して配置され、それぞれ内歯車10の内歯12と噛み合う一対の外歯車である。これら外歯車20は、内歯車10とは歯数の異なる、例えば内歯12よりわずかに(例えば1つ又は2つ)歯数の少ない外歯21を有している。また、外歯車20は、所定半径位置に周方向等ピッチに設けられた複数のクランク穴部22において、それぞれ軸受30を介してクランク軸25に支持されている。」

イ「【0020】また、外歯車20は、その歯面を含む全表面部が、これにより取り囲まれた内部と同一の硬さ(硬度)を有している。すなわち、外歯車20は、安価な材料、例えば鋼材FCD450やSCM420焼きならし材、黒鉛鋳物、粉末冶金等によって形成され、表面硬化のための熱処理がされていない素材からなる。したがって、前記硬度はほぼ材料の持つ硬度であり、熱処理変形に対する後処理の仕上げ研磨加工等もなされていない。」

(5)引用文献5
取消理由通知において引用した引用文献5には、「特殊遊星歯車減速機」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
「曲線板、外ピン及び外ローラの材質がSUJ2であること。」

(6)引用文献6
取消理由通知において引用した引用文献6には、「内接噛合遊星歯車機構」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
ア「【0013】ところで、この種の内接噛合遊星歯車機構を小型化、高負荷能力化するためには、噛み合い部や摺動部を持つ部品のうち、内歯歯車20は高力特性を有し、外歯歯車5a、5b、外ピン11、内ローラ8、内ピン7、軸受4a、4b、偏心体3a、3bは高力特性と高硬度特性を有するように作らなければならない。そこで、通常は、そのような特性を持つ金属材料で上記の部品を製作している。」

イ「【0035】一般に、この種の内接噛合遊星歯車機構の場合、噛み合い部分や摺動接触面は高強度部材で高精度に加工されていなければならないため、内歯歯車20のピン保持リング110、210は、一般にはJIS G5501で規定されるねずみ鋳鉄やJIS G5502で規定される球状黒鉛鋳鉄、あるいはJIS H5302で規定されるアルミ合金ダイカストで製作される。」

(7)引用文献7
取消理由通知において引用した引用文献7には、「遊星歯車機構」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
「遊星歯車機構を小形化、高負荷能力化するためには噛み合いや摺動する部分である内歯歯車10は高力特性を有し、外歯歯車5_(1)、5_(2)、外ピン11、内ローラ8、内ピン7、コロ4、偏心体3は高力特性と高硬度特性を有していなければならない。」(第2頁左上欄第18行?同頁右上欄第3行)

(8)引用文献8
取消理由通知において引用した引用文献8には、「内接噛合遊星歯車機構」に関し、図面と共に、以下の事項が記載されている。
「【0017】
本発明においては、内歯歯車の歯形をインボリュート歯形ではなく、溝の中に回転自在に組み込んだローラ状のピン(円筒状又は円柱状のピン:以下単にローラピンの語で代表させる)によって構成するようにしたため、内歯歯車の本体部分と歯形の部分を別の素材で形成することができる。その結果、内歯歯車の本体については例えばアルミニウム系の軽量素材を使用することができ、一方、内歯歯車の歯形については本体よりも高い硬度を有する素材を使用することができる。ローラピンは、形状が単純であるため、種々の製造法、あるいは加工法が適用でき、(硬い素材であっても)高精度で且つ鏡面処理されたローラピンを得るのは容易である。即ち、全体として軽量で耐久性があり、且つ回転安定性の高い内歯歯車を得ることができる。」

(9)引用文献9?12
取消理由通知において引用した引用文献9?12には、図面の記載によれば、以下の事項が記載されていると認められる。
「偏心揺動型歯車装置において、内歯歯車を構成する筒部の内周面と外歯歯車との間にすき間が形成されていること。」

第5 当審の判断
1 本件発明1について
(1)対比
本件発明1と引用発明とを対比する。
ア 引用発明の「ロボットの第1部材8」及び「第2部材10」は、それぞれ本件発明1の「第1の部材」及び「第2の部材」に相当する。また、引用発明の「減速装置2」は、所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であるといえる。
してみると、引用発明の「ロボットの第1部材8と第2部材10との間に配置され、第1部材8に対し第2部材10を相対的に回転駆動する減速装置2」は、本件発明1の「第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置」に相当する。

イ 引用発明の「偏心体40A?40C」は、本件発明1の「偏心部」に相当し、同様に、「偏心体40A?40Cの外周に揺動回転自在に組み込まれ、内歯歯車46に内接噛合する外歯歯車44A?44C」は、「前記偏心部が挿入される挿入孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車」に相当する。

ウ 引用発明の「ケーシング16」は、引用文献1の図1等の図示内容によれば筒状の形状であるとともに、内周面に「円弧状の溝46A」(後記オを参照)が形成されているから、本件発明1の「第1筒部」の「筒状部分」に相当し、また、当該「円弧状の溝46A」には「外ピン46B」(後記オを参照)が取り付けられて「外歯歯車44A?44C」の歯部と噛み合う内歯を形成しているから、引用発明の「ケーシング16」及び「外ピン46B」は、本件発明1の「第1筒部」に相当し、引用発明において、「ケーシング16」及びそれに取り付けられた「外ピン46B」が「第2部材10にボルト47を介して連結され」ていることは、本件発明1において「第1筒部」が「前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成され」ていることに相当する。

エ 引用発明の「第1、第2フランジ体12、14」は、「外歯歯車44A?44C」を保持するキャリアとしての機能を有しているといえるから、引用発明の「第1、第2フランジ体12、14であって、各外歯歯車44A?44Cの内ピン孔44A1?44C1を貫通する内ピン50が一体的に突出・形成された第1フランジ体12と、該第1フランジ体12にボルト52によって連結された第2フランジ体14」は、本件発明1の「前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリア」に相当する。

オ 引用発明の「円弧状の溝46A」は、本件発明1の「ピン溝」に相当し、同様に、「外ピン46B」は「内歯ピン」に相当するから、引用発明は、本件発明1の「前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し」との構成を備えているといえる。

カ 引用発明の「減速装置2」は、その機能・構造からみて、本件発明1の「偏心揺動型歯車装置」に相当する。

そうすると、両者の一致点及び相違点は次のとおりである。
<一致点>
「第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、
偏心部と、
前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、
前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、
前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、
前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置。」

<相違点>
本件発明1は、「前記筒状部分」が、「前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され」ているのに対し、
引用発明は、「ケーシング16」の線膨張係数と「外歯歯車44A?44C」の線膨張係数との関係が特定されておらず、それゆえ、外歯歯車44A?44C、ケーシング16及び外ピン46Bが昇温し且つ外歯歯車44A?44Cの温度がケーシング16及び外ピン46Bの温度よりも高くなったときに、「ケーシング16」及びそれに取り付けられた「外ピン46B」の内周面と「外歯歯車44A?44C」との間のすき間が維持されるか不明な点。

(2)判断
上記相違点について検討する。
ア 筒状部分と揺動歯車の材質の線膨張係数について
引用文献1の段落【0048】には、「なお、上記実施形態においては鋳鉄によってケーシングを製造するようにしていたが、ケーシング(あるいはフランジ体)の素材は、(軸受の素材としての特性が要求されないため)例えば、アルミニウム等で製造することも可能であり、この場合には装置全体の軽量化が実現できる。」と記載されているところ、引用発明の「減速装置2」は、ロボット用精密制御機械の減速装置として用いられるものであるから(引用文献1の段落【0014】参照。)、ここでいうアルミニウム等には、強度の必要とされるアルミニウム合金が含まれることは当業者にとって自明である。
他方で、引用文献1では、外歯歯車44A?44Cの材質は特定されていないが、引用発明の「外歯歯車44A?44C」は、入力軸32の回転及びトルクを内歯歯車46に伝達する機能を有するものであるから、回転及びトルクを伝達するための機械的強度が要求されるものであるといえる。また、引用文献1の段落【0048】には、上記のとおり、装置の軽量化を意図しない場合には、ケーシングは鋳鉄によって製造されるものであることが示唆されているところ、引用文献1の段落【0048】の記載からみて、ケーシングをアルミニウム等で製造した場合に、外歯歯車の材料を鋳鉄等の鉄系材料以外のものとすることは示唆されていない。
してみると、引用発明の「外歯歯車44A?44C」は、必要とされる機械的強度を有する鋳鉄、あるいは、一般的に歯車に使用される機械構造用鋼などの鉄系材料で構成されていると考えるのが自然である。
仮に、引用発明において、「ケーシング16」はアルミニウム合金で製造されている一方で、「外歯歯車44A?44C」は鉄系材料で製造されているとまではいえないと解したとしても、偏心揺動型歯車装置において、外歯歯車を鉄系材料で構成することは、当業者には周知・慣用の技術であるといえ(上記第4の2(2)?(5)の摘記事項を参照。)、かかる周知・慣用の技術の存在に鑑みれば、引用発明において、「外歯歯車44A?44C」を鉄系材料で構成することは、当業者が容易に想到し得たことである。
そして、アルミニウム合金の線膨張係数が鉄系材料の線膨張係数よりも大きいことは技術常識であるから、かかる構成の場合、引用発明の「ケーシング16」は「外歯歯車44A?44C」の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されることとなる。

イ 第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間について
引用文献1には、ケーシング16及びそれに取り付けられた外ピン46Bの内周面と外歯歯車44A?44Cとの間にすき間が形成されることについて、明示的には記載されていない。しかしながら、偏心揺動型歯車装置において、内歯歯車を構成する筒部の内周面と外歯歯車との間にすき間が形成されることは技術常識であり(上記第4の2(9)参照。)、引用発明において、「ケーシング16」及びそれに取り付けられた「外ピン46B」の内周面と「外歯歯車44A?44C」との間にすき間が形成される構成とすることに格別の困難性は認められない。

ウ 揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなることについて
甲第3号証(特開2010-249262号公報)の段落【0005】?【0006】、甲第21号証(国際公開第2006/016616号)の段落[0003]及び[0015]、甲第22号証(特開2009-150520号公報)の段落【0005】、甲第23号証(特開2010-7697号公報)の段落【0005】、甲第24号証(特開2011-158073号公報)の段落【0047】に記載のように、偏心揺動型歯車装置における発熱の主原因は、外歯歯車を揺動回転させるクランク軸の高速回転にあることは、本件特許の原々出願時に周知であったと認められる。
そうすると、偏心揺動型歯車の構造上、揺動歯車の温度がケーシング(筒状部分)よりも高い温度となることが、使用時に必然的に生じる状態であることは、技術常識より明らかであり、引用発明においても、使用時には、「外歯歯車44A?44C」の温度が「ケーシング16」の温度より高くなることは自明であるといえる。

エ 揺動歯車が第1筒部より高い温度になったときの上記すき間について
引用発明において、「ケーシング16」が「外歯歯車44A?44C」の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成された場合、「外歯歯車44A?44C」と「ケーシング16」が同一の温度に昇温したときには、線膨張係数の大きい「ケーシング16」の方が「外歯歯車44A?44C」よりも膨張することになるから、結果的に、「ケーシング16」及びそれに取り付けられた「外ピン46B」の内周面と「外歯歯車44A?44C」との間のすき間は、少なくとも使用前の状態よりも狭くなることなく存在し続けると認められる。
しかしながら、引用発明の実際の使用時には、「外歯歯車44A?44C」の温度が「ケーシング16」の温度より高くなるように昇温すると認められることは、上記ウのとおりであり、そのような場合、「ケーシング16」が「外歯歯車44A?44C」の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されていたとしても、「ケーシング16」と「外歯歯車44A?44C」の温度差によっては、「外歯歯車44A?44C」の方が「ケーシング16」より膨張する可能性があるため、「ケーシング16」と「外歯歯車44A?44C」との間のすき間が必ず維持されるとまではいえない。
そして、引用文献1?12には、揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなるような環境では、第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間が狭くなり得るという課題に着目して、そのような温度環境においても上記すき間が維持されるように、第1筒部の筒状部分を揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成するという技術的事項は記載も示唆もされておらず、当該技術的事項は、上記課題を認識していなければ、当業者といえども容易には想到し得ないと認められる。

オ 特許異議申立人の意見について
(ア)特許異議申立人は、令和2年7月9日の意見書において、次のように主張している。
「揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間が維持されることに関しては、本特許明細書の【0038】段落に、『また本実施形態では、外筒2がアルミニウム合金製であり、揺動歯車14,16が鉄系材料で構成されているので、外筒2を構成する素材の線膨張係数と、揺動歯車14,16を構成する素材の線膨張係数との差を大きく取ることができる。このため、揺動歯車14,16の温度と外筒2の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても、揺動歯車14,16の歯面の面圧が高くなることを抑制することができ、これにより、揺動歯車14,16の寿命が短くなることをより確実に抑制することができる。』と記載されています。揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間を維持することを達成する構成として、揺動歯車の線膨張係数よりも第1筒部の線膨張係数を大きくすること以外に一切記載はありません。
つまり、本特許明細書には、第1筒部の内周面と揺動歯車との間に技術常識の範囲内のすき間を有する偏心揺動型歯車装置が、使用時に、揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも技術常識の範囲内で高くなったときに、第1筒部がアルミ合金製で、揺動歯車が鉄系材料であれば、線膨張係数の差を大きく取ることができるので、すき間を維持できることが記載されているに過ぎません。
一方、引用文献1の偏心揺動型歯車装置においても、ケーシングの内周面と外歯歯車の間に技術常識の範囲内のすき間を有し、使用時には、当然のことながら外歯歯車の温度がケーシングの温度よりも技術常識の範囲内で高くなります。そして、ケーシングがアルミ系素材で構成され、外歯歯車が鉄系素材で構成されていることから、線膨張係数の差を大きく取ることができ、使用時に、外歯歯車の温度がケーシングの温度よりも高くなったときにすき間が維持されるのは明らかです。」(第11頁第31行?第12頁第19行)
「偏心揺動歯車装置において、取消理由通知書で判断されている『ケーシング16』の線膨張係数が『外歯歯車44A?44C』の線膨張係数よりも大きくなったとしても、『ケーシング16』の内周面と『外歯歯車44A?44C』とのすき間が昇温に伴って必ず広がるとは到底言えるものではない旨の主張は、明細書の記載からかけ離れた主張であり、明らかに失当です。
また、特許明細書の段落0038の記載事項を明記したうえで、『前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったとき』にすき間が狭くなり得る、すなわち、線膨張係数以外の要因によってもすき間が変化しうることが記載されている旨、主張しており、本件特許発明1において、第1筒部の材質の線膨張係数が揺動歯車の材質の線膨張係数よりも大きい場合であっても、昇温によって、隙間が狭まる可能性がある旨の主張も、明細書の記載とかけ離れた主張であり、失当です。
また、上述したように、同段落【0038】には、ケーシングがアルミで、外歯歯車が鉄系であれば、線膨張係数の差を大きく取ることができるので、外歯歯車の温度がケーシングの温度よりも高くなってもすき間を維持できる旨が記載されています。したがって、ケーシングがアルミで外歯歯車が鉄系である引用文献1の偏心揺動型歯車装置においては、外歯歯車の温度がケーシングの温度よりも高くなってもすき間が維持されることに影響はないことになります。
以上から、特許権者の上記主張は、いずれにしても失当です。」(第14頁第34行?第15頁第16行)

(イ)これを検討するに、確かに、本件特許明細書の段落【0038】には、外筒2がアルミニウム合金製であり、揺動歯車14,16が鉄系材料で構成されていると、揺動歯車14,16の温度と外筒2の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても、揺動歯車14,16の歯面の面圧が高くなることを抑制することができると記載されているものの、外筒2がアルミニウム合金製であり、揺動歯車14,16が鉄系材料で構成されてさえいれば、その他のいかなる要因にもよらず、外筒2の内周面と揺動歯車14,16との間のすき間が必ず維持されるとまで断定しているわけではない。
そして、揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなるような環境では、第1筒部の材質の線膨張係数が揺動歯車の材質の線膨張係数よりも大きい構成であったとしても、第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間が必ず維持されるとまではいえないことは、上記エのとおりである。
したがって、上記主張は採用することができない。

カ 小括
したがって、上記相違点に係る本件発明1の構成は、当業者であっても引用発明に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の全ての構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、当業者といえども引用発明に基いて容易に発明をすることができたものとはいえない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 特許法第17条の2第3項について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、概略、平成29年9月15日付け手続補正書により、請求項1に、「前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温したときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように」とする点を追加しているところ、本件特許の当初明細書及び図面には、「維持される」ことについて具体的な定義あるいは説明は記載されていないから、技術常識を参酌すると、「維持」とは、例えば、「物事をそのままの状態でもち続けること」(広辞苑第6版(甲第7号証))であり、「すき間が維持される」は、「すき間は変わらない(変化しない)」の意味となるのに対し、本件特許の当初明細書の段落【0004】、【0007】、【0037】の記載から、すき間が狭くなるか広くなるかについては読み取れるものの、揺動歯車と外筒の線膨張係数が異なる場合に、揺動歯車及び外筒が同じ温度に又は異なる温度に昇温されても、両者のすき間が維持される(変化しない)ことが、上記段落の記載事項に含まれると解することはできないから、上記補正は新規事項の追加に該当し、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない旨を主張している(特許異議申立書第10頁下から第11行?第12頁第2行参照。)。
しかしながら、本件特許明細書を参酌すると、段落【0007】、【0037】には、「すき間が使用前の状態よりも狭くなることがない」と記載されていることからみて、本件発明1?2における「すき間が維持される」とは、「すき間が使用前の状態よりも狭くなることがない」、すなわち、使用前に有していたすき間は存在し続けるという意味であって、すき間の大きさが変化しないという意味ではないことは明らかである。
したがって、上記補正は、本件特許の当初明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていると認められるから、上記主張は採用することができない。

2 特許法第36条第6項第1号について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、概略、本件訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1?3には、「第1の部材」及び「第2の部材」が特定されているが、発明の詳細な説明にも図面にも、「第1の部材」及び「第2の部材」が全く記載されていないから、請求項1?3に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものではなく、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない旨を主張している(特許異議申立書第12頁第3?26行参照。)。
しかしながら、本件特許明細書の段落【0002】には、「二つの相手側部材間で所定の減速比で回転数を減速する偏心揺動型歯車装置が知られている。この偏心揺動型歯車装置は、一方の相手側部材に固定される外筒と、外筒内に配置されるとともに、もう一方の相手側部材に固定されるキャリアとを備えており」と記載され、当業者の技術常識をもってすれば、「第1の部材」が「二つの相手側部材」の「一方の相手側部材」に、「第2の部材」が「もう一方の相手側部材」に対応することが明確に理解できる。
したがって、本件発明1?2における「第1の部材」及び「第2の部材」は、発明の詳細な説明に記載したものであり、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていると認められるから、上記主張は採用することができない。

3 特許法第29条第2項について
特許異議申立人は、特許異議申立書において、概略、本件訂正前の請求項1?3に係る発明は、甲第2号証(引用文献2)に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、また、甲第3号証(特開2010-249262号公報)に記載された発明、甲第4号証(特開2011-94662号公報)に記載された発明及び周知技術に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反している旨を主張している(特許異議申立書第25頁第1行?第43頁第12行参照。)。
しかしながら、甲第2?4号証のいずれにも、本件発明1?2の発明特定事項である、「前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され」ることは記載も示唆もされておらず、当該事項が当業者にとって自明であるともいえないし、周知技術であると認めることもできない。
したがって、本件発明1?2は、特許法第29条第2項の規定に違反しているとは認められないから、上記主張は採用することができない。

第7 むすび
以上のとおり、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。また、他に請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項3は、上記第2のとおり、訂正により削除された。これにより、本件特許異議の申立てについて、請求項3に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】
偏心揺動型歯車装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、偏心揺動型歯車装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、下記特許文献1に開示されているように、二つの相手側部材間で所定の減速比で回転数を減速する偏心揺動型歯車装置が知られている。この偏心揺動型歯車装置は、一方の相手側部材に固定される外筒と、外筒内に配置されるとともに、もう一方の相手側部材に固定されるキャリアとを備えており、キャリアは、クランク軸の偏心部に取り付けられた揺動歯車の揺動回転によって外筒に対して相対的に回転する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-77980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、ロボットの使用環境の変化により、ロボットの稼働率が上げられる傾向にあり、これに伴い減速機についても高速化が要求されている。偏心揺動型歯車装置では、使用時にキャリア内の温度が外筒の温度よりも高くなる。このため、使用時には揺動歯車が熱膨張するが、この熱膨張により、揺動歯車の外歯と外筒の内歯との間のすき間が狭くなり、揺動歯車の歯面の面圧が高くなり、その結果、揺動歯車の寿命を低下させるという問題がある。
【0005】
そこで、本発明は、前記従来技術を鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することにより、揺動歯車の寿命が短くなることを抑制することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するため、本発明は、第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、偏心部と、前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成される第2筒部と、を備え、前記第1筒部は、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されるとともに、前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を有しており、前記第2筒部は、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、前記第1筒部と前記第2筒部とは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置である。
【0007】
本発明では、揺動歯車を構成する素材の線膨張係数が、第1筒部を構成する素材の線膨張係数よりも小さい。したがって、偏心揺動型歯車装置の使用時に第1筒部、第2筒部及び揺動歯車が昇温したときに、第1筒部が揺動歯車よりも膨張する。このため、第1筒部の内歯と揺動歯車の歯部との間のすき間、すなわち、第1筒部の内周面と揺動歯車との間のすき間が使用前の状態よりも狭くなることがない。したがって、揺動歯車が昇温して膨張したとしても、揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができ、揺動歯車の寿命が短くなることを抑制することができる。
【0008】
本発明の第2態様は、第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、偏心部と、前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置である。
【0009】
ここで、前記第1筒部の前記筒状部分は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されていてもよい。
【0010】
本発明の第3態様は、第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、偏心部と、前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された略円筒形状の部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有しており、前記略円筒形状の部分は、前記揺動歯車及び前記内歯ピンの材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置である。
【発明の効果】
【0011】
以上説明したように、本発明によれば、揺動歯車の歯面の面圧が上昇することを抑制することができるため、揺動歯車の寿命が短くなることを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係る偏心揺動型歯車装置の構成を示す断面図である。
【図2】図1のII-II線における断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態に係る偏心揺動型歯車装置について図面を参照して詳細に説明する。本実施形態の偏心揺動型歯車装置(以下、歯車装置と称する)1は、例えばロボットの旋回胴や腕関節等の旋回部、各種工作機械の旋回部等に減速機として適用されるものである。この歯車装置1は、例えば、80rpm?200rpmの回転数で使用される。
【0014】
本実施形態に係る歯車装置1は、入力軸8を回転させることによってクランク軸10を回転させ、クランク軸10の偏心部10a,10bに連動して揺動歯車14,16を揺動回転させることにより、入力回転から減速した出力回転を得るように構成されている。
【0015】
図1及び2に示すように、歯車装置1は、第1筒部の一例である外筒2と、第2筒部の一例であるキャリア4と、入力軸8と、複数(例えば3つ)のクランク軸10と、第1揺動歯車14と、第2揺動歯車16と、複数(例えば3つ)の伝達歯車20とを備えている。
【0016】
外筒2は、歯車装置1の外面を構成するものであり、略円筒形状を有している。外筒2の内周面には、多数のピン溝2bが形成されている。各ピン溝2bは、外筒2の軸方向に延びるように配置され、軸方向に直交する断面において半円形の断面形状を有している。これらのピン溝2bは、外筒2の内周面に周方向に等間隔で並んでいる。
【0017】
外筒2は、多数の内歯ピン3を有している。各内歯ピン3は、ピン溝2bにそれぞれ取り付けられている。具体的に、各内歯ピン3は、対応するピン溝2bにそれぞれ嵌め込まれており、外筒2の軸方向に延びる姿勢で配置されている。これにより、多数の内歯ピン3は、外筒2の周方向に沿って等間隔で並んでいる。これらの内歯ピン3には、第1揺動歯車14の第1外歯14a及び第2揺動歯車16の第2外歯16aが噛み合う。
【0018】
キャリア4は、外筒2と同軸上に配置された状態でその外筒2内に収容されている。キャリア4は、外筒2に対して同じ軸回りに相対回転する。具体的に、キャリア4は、外筒2の径方向内側に配置されており、この状態で、軸方向に互いに離間して設けられた一対の主軸受6によって外筒2に対して相対回転可能に支持されている。
【0019】
キャリア4は、基板部4aと複数(例えば3つ)のシャフト部4cとを有する基部と、端板部4bと、を備えている。
【0020】
基板部4aは、外筒2内において軸方向の一端部近傍に配置されている。この基板部4aの径方向中央部には円形の貫通孔4dが設けられている。貫通孔4dの周囲には、複数(例えば3つ)のクランク軸取付孔4e(以下、単に取付孔4eという)が周方向に等間隔で設けられている。
【0021】
端板部4bは、基板部4aに対して軸方向に離間して設けられており、外筒2内において軸方向の他端部近傍に配置されている。端板部4bの径方向中央部には貫通孔4fが設けられている。貫通孔4fの周囲には、複数(例えば3つ)のクランク軸取付孔4g(以下、単に取付孔4gという)が基板部4aの複数の取付孔4eと対応する位置に設けられている。外筒2内には、端板部4b及び基板部4aの互いに対向する双方の内面と、外筒2の内周面とで囲まれた閉空間が形成されている。
【0022】
3つのシャフト部4cは、基板部4aと一体的に設けられており、基板部4aの一主面(内側面)から端板部4b側へ直線的に延びている。この3つのシャフト部4cは、周方向に等間隔で配設されている(図2参照)。各シャフト部4cは、ボルト4hによって端板部4bに締結されている(図1参照)。これにより、基板部4a、シャフト部4c及び端板部4bが一体化されている。
【0023】
入力軸8は、図略の駆動モータの駆動力が入力される入力部として機能するものである。入力軸8は、端板部4bの貫通孔4f及び基板部4aの貫通孔4dに挿入されている。入力軸8は、その軸心が外筒2及びキャリア4の軸心と一致するように配置されており、軸回りに回転する。入力軸8の先端部の外周面には入力ギア8aが設けられている。
【0024】
3つのクランク軸10は、外筒2内において入力軸8の周囲に等間隔で配置されている(図2参照)。各クランク軸10は、一対のクランク軸受12a,12bによりキャリア4に対して軸回りに回転可能に支持されている(図1参照)。具体的に、各クランク軸10の軸方向の一端から所定長さだけ軸方向内側の部分に第1クランク軸受12aが取り付けられており、この第1クランク軸受12aは、基板部4aの取付孔4eに装着されている。一方、各クランク軸10の軸方向の他端部に第2クランク軸受12bが取り付けられており、この第2クランク軸受12bは、端板部4bの取付孔4gに装着されている。これにより、クランク軸10は、基板部4a及び端板部4bに回転可能に支持されている。
【0025】
各クランク軸10は、軸本体12cと、この軸本体12cに一体的に形成された偏心部10a,10bとを有する。第1偏心部10aと第2偏心部10bは、両クランク軸受12a,12bによって支持された部分の間に軸方向に並んで配置されている。第1偏心部10aと第2偏心部10bは、それぞれ円柱形状を有しており、いずれも軸本体12cの軸心に対して偏心した状態で軸本体12cから径方向外側に張り出している。第1偏心部10aと第2偏心部10bは、それぞれ軸心から所定の偏心量で偏心しており、互いに所定角度の位相差を有するように配置されている。
【0026】
クランク軸10の一端部、すなわち、基板部4aの取付孔4e内に取り付けられる部分の軸方向外側の部位には、伝達歯車20が取り付けられる被嵌合部10cが設けられている。
【0027】
第1揺動歯車14は、外筒2内の前記閉空間に配設されているとともに各クランク軸10の第1偏心部10aに第1ころ軸受18aを介して取り付けられている。第1揺動歯車14は、各クランク軸10が回転して第1偏心部10aが偏心回転すると、この偏心回転に連動して内歯ピン3に噛み合いながら揺動回転する。
【0028】
第1揺動歯車14は、外筒2の内径よりも少し小さい大きさを有している。第1揺動歯車14は、第1外歯14aと、中央部貫通孔14bと、複数(例えば3つ)の第1偏心部挿通孔14cと、複数(例えば3つ)のシャフト部挿通孔14dとを有している。第1外歯14aは、揺動歯車14の周方向全体に亘って滑らかに連続する波形状を有している。
【0029】
中央部貫通孔14bは、第1揺動歯車14の径方向中央部に設けられている。中央部貫通孔14bには、入力軸8が遊びを持った状態で挿通されている。
【0030】
3つの第1偏心部挿通孔14cは、第1揺動歯車14において中央部貫通孔14bの周囲に周方向に等間隔で設けられている。各第1偏心部挿通孔14cには、第1ころ軸受18aが介装された状態で各クランク軸10の第1偏心部10aがそれぞれ挿通されている。
【0031】
3つのシャフト部挿通孔14dは、第1揺動歯車14において中央部貫通孔14bの周りに周方向に等間隔で設けられている。各シャフト部挿通孔14dは、周方向において、3つの第1偏心部挿通孔14c間の位置にそれぞれ配設されている。各シャフト部挿通孔14dには、対応するシャフト部4cが遊びを持った状態で挿通されている。
【0032】
第2揺動歯車16は、外筒2内の前記閉空間に配設されているとともに各クランク軸10の第2偏心部10bに第2ころ軸受18bを介して取り付けられている。第1揺動歯車14と第2揺動歯車16は、第1偏心部10aと第2偏心部10bの配置に対応して軸方向に並んで設けられている。第2揺動歯車16は、各クランク軸10が回転して第2偏心部10bが偏心回転すると、この偏心回転に連動して内歯ピン3に噛み合いながら揺動回転する。
【0033】
第2揺動歯車16は、外筒2の内径よりも少し小さい大きさを有しており、第1揺動歯車14と同様の構成となっている。すなわち、第2揺動歯車16は、第2外歯16a、中央部貫通孔16b、複数(例えば3つ)の第2偏心部挿通孔16c及び複数(例えば3つ)のシャフト部挿通孔16dを有している。これらは、第1揺動歯車14の第1外歯14a、中央部貫通孔14b、複数の第1偏心部挿通孔14c及び複数のシャフト部挿通孔14dと同様の構造を有している。各第2偏心部挿通孔16cには、第2ころ軸受18bが介装された状態でクランク軸10の第2偏心部10bが挿通されている。
【0034】
各伝達歯車20は、入力ギア8aの回転を対応するクランク軸10に伝達するものである。各伝達歯車20は、対応するクランク軸10の軸本体12cにおける一端部に設けられた被嵌合部10cにそれぞれ外嵌されている。各伝達歯車20は、クランク軸10の回転軸と同じ軸回りにこのクランク軸10と一体的に回転する。各伝達歯車20は、入力ギア8aと噛み合う外歯20aを有している。
【0035】
ここで、外筒2及び揺動歯車14,16を構成する素材について説明する。
【0036】
外筒2は、第1揺動歯車14及び第2揺動歯車16の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている。具体的には、外筒2は、アルミニウム合金製であり、外筒2を構成する素材の線膨張係数は、20.0?23.5μ/Kとなっている。これに対し、揺動歯車14,16は、鉄系材料で構成されている。例えば、揺動歯車14,16は、炭素含有量が0.7?1.0%の鋼製(高炭素鋼製)、あるいは炭素含有量が0.2%以下の鋼製(低炭素鋼製)としてもよく、この場合、揺動歯車14,16を構成する素材の線膨張係数は、10.8?11.0μ/K、あるいは11.6?11.7μ/Kとなる。さらに、これらの鉄系素材を焼入れ硬化させると、炭素含有量0.2%以下の場合に、線膨張係数は13.6μ/Kとなり、また炭素含有量0.7?1.0%の場合に、線膨張係数は12.0?12.5μ/Kとなる。なお、内歯ピン3についても、揺動歯車14,16と同じ素材で形成されていてもよい。
【0037】
以上説明したように、本実施形態の歯車装置1では、揺動歯車14,16を構成する素材の線膨張係数が、外筒2を構成する素材の線膨張係数よりも小さい。したがって、歯車装置1の使用時に外筒2、キャリア4及び揺動歯車14,16が昇温したときに、外筒2が揺動歯車14,16よりも膨張する。このため、外筒2の内歯ピン3と揺動歯車14,16の外歯14a,16aとの間のすき間、すなわち、外筒2の内周面と揺動歯車14,16との間のすき間が使用前の状態よりも狭くなることがない。したがって、揺動歯車14,16が昇温して膨張したとしても、揺動歯車14,16の歯面の面圧が高くなることを抑制することができ、揺動歯車14,16の寿命が短くなることを抑制することができる。
【0038】
また本実施形態では、外筒2がアルミニウム合金製であり、揺動歯車14,16が鉄系材料で構成されているので、外筒2を構成する素材の線膨張係数と、揺動歯車14,16を構成する素材の線膨張係数との差を大きく取ることができる。このため、揺動歯車14,16の温度と外筒2の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても、揺動歯車14,16の歯面の面圧が高くなることを抑制することができ、これにより、揺動歯車14,16の寿命が短くなることをより確実に抑制することができる。
【0039】
なお、本発明は、前記実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で種々変更、改良等が可能である。例えば、前記実施形態では、2つの揺動歯車14,16が設けられた構成としたが、これに限られるものではない。例えば、1つの揺動歯車が設けられる構成、又は3つ以上の揺動歯車が設けられる構成であってもよい。
【0040】
前記実施形態では、入力軸8がキャリア4の中央部に配設され、複数のクランク軸10が入力軸8の周囲に配設される構成としたがこれに限られるものではない。例えば、クランク軸10がキャリア4の中央部に配設されたセンタークランク式としてもよい。この場合、入力軸8がクランク軸10に取り付けられた伝達歯車20に噛み合うように設けられれば、入力軸8はどの位置に配設されていてもよい。
【0041】
前記実施形態では、外筒2がアルミニウム合金製である場合を例示したが、外筒2は、アルミニウム合金製に限られるものではない。例えば、外筒2及び揺動歯車14,16が何れも鉄系材料で構成されていてもよい。ただし、この場合でも、外筒2が、揺動歯車14,16の材質よりも大きな線膨張係数の材質で構成されている必要がある。例えば、外筒2を、炭素含有量が0.2%以下の鋼製(低炭素鋼製)で且つ焼入れ硬化されたものとすれば、線膨張係数が13.6μ/Kとなる。この場合、揺動歯車14,16が、炭素含有量が0.7?1.0%の鋼製(高炭素鋼製)とすることができ、この場合において、揺動歯車14,16を構成する素材を焼入れ硬化させたときの線膨張係数は、12.3?12.4μ/Kとなる。この場合において、内歯ピン3は、揺動歯車14,16と同じ素材で形成されていてもよい。
【符号の説明】
【0042】
1 偏心揺動型歯車装置
2 外筒
3 内歯ピン
4 キャリア
6 主軸受
10 クランク軸
10a 第1偏心部
10b 第2偏心部
12a 第1クランク軸受
12b 第2クランク軸受
12c 軸本体
14 第1揺動歯車
14a 外歯
16 第2揺動歯車
16a 外歯
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の部材と第2の部材との間で所定の回転数比で回転数を変換して駆動力を伝達する歯車装置であって、
偏心部と、
前記偏心部が挿入される挿通孔を有すると共に歯部を有する揺動歯車と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の一方に取り付け可能に構成される第1筒部と、
前記第1の部材及び前記第2の部材の他方に取り付け可能に構成されるキャリアと、を備え、
前記第1筒部は、内周面にピン溝が形成された筒状部分と、前記ピン溝に取り付けられ前記揺動歯車の前記歯部と噛み合う内歯を形成する内歯ピンと、を有し、前記筒状部分は前記第1筒部及び前記揺動歯車が昇温し且つ前記揺動歯車の温度が第1筒部の温度よりも高くなったときに前記第1筒部の内周面と前記揺動歯車との間のすき間が維持されるように前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成され、
前記キャリアは、前記揺動歯車を保持した状態で前記第1筒部の径方向内側に配置され、
前記第1筒部と前記キャリアとは、前記偏心部の回転に伴う前記揺動歯車の揺動によって同心状に互いに相対的に回転可能である偏心揺動型歯車装置。
【請求項2】
前記第1筒部の前記筒状部分は、前記揺動歯車の温度と前記第1筒部の温度との温度差が大きくなるような使用環境においても前記揺動歯車の歯面の面圧が高くなることを抑制することができるように、前記揺動歯車の材質よりも線膨張係数の大きな材質で構成されている請求項1に記載の偏心揺動型歯車装置。
【請求項3】
(削除)
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-09-23 
出願番号 特願2017-143829(P2017-143829)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (F16H)
最終処分 維持  
前審関与審査官 高橋 祐介  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 内田 博之
井上 信
登録日 2018-12-07 
登録番号 特許第6446101号(P6446101)
権利者 ナブテスコ株式会社
発明の名称 偏心揺動型歯車装置  
代理人 中村 行孝  
代理人 堀田 幸裕  
代理人 朝倉 悟  
代理人 朝倉 悟  
代理人 佐藤 泰和  
代理人 永井 浩之  
代理人 佐藤 泰和  
代理人 中村 行孝  
代理人 永井 浩之  
代理人 堀田 幸裕  

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