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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B29C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B29C
審判 全部申し立て 2項進歩性  B29C
管理番号 1369012
異議申立番号 異議2020-700619  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-01-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-19 
確定日 2020-12-14 
異議申立件数
事件の表示 特許第6649016号発明「熱成形品の製造方法および熱成形用材料」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6649016号の請求項1ないし4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6649016号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし4に係る特許についての出願は、平成27年9月11日の出願であって、令和2年1月20日にその特許権の設定登録(請求項の数4)がされ、同年2月19日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年8月19日に特許異議申立人 加藤純子(以下、「特許異議申立人」という。)より、特許異議の申立てがされたものである。


第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし4に係る発明(以下、「本件特許発明1ないし4」という。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された次の事項により特定されるものである。

「【請求項1】
熱可塑性樹脂を含む基材と下記シート材を、前記熱可塑性樹脂の融点またはガラス転移温度より高い温度に加熱し、前記基材を軟化させる加熱軟化工程と、
軟化された前記基材と、前記シート材を積層した状態で賦形する成形工程を有する、熱成形品の製造方法。
シート材:前記賦形時の温度で下記の引張試験方法をおこなったとき、最も伸び難い方向における最大荷重Aが1?50Nであり、該最大荷重Aにおける伸度Eが50?200%であり、前記最も伸び難い方向における最大荷重Aの、それに直交する方向における最大荷重Bに対する比Z(Z=A/B)が1.0?2.0であるシート材。
引張試験方法:シート材を幅25mm×長さ150mmの寸法に裁断した試験片の長さ方向の両端を、定速伸長型引張試験機に、つかみ間隔50mmでたるみが無いようにセットする。つかみ間隔50mmの位置を変位0mmの始点とし、引張速度100mm/分で試験片が切断するまで荷重を加えつつ、荷重(単位:N)および変位(単位:mm)を経時的に測定する。荷重の最大値を最大荷重とする。最大荷重が得られるときの変位の値e(単位:mm)から下式(1)により伸度E(単位:%)を求める。
E=e/50×100…(1)
【請求項2】
前記基材が、熱可塑性樹脂と繊維状強化材を含む複合材料からなる、請求項1記載の熱成形品の製造方法。
【請求項3】
前記シート材が、不織布である、請求項1または2に記載の熱成形品の製造方法。
【請求項4】
熱可塑性樹脂を含み、前記熱可塑性樹脂の融点またはガラス転移温度より高い温度に加熱して賦形する方法に用いられる熱成形用材料であって、
熱可塑性樹脂を含む基材と、該基材に積層されるシート材を備え、
前記シート材について、前記賦形時の温度で下記の引張試験方法を行ったとき、最も伸び難い方向における最大荷重Aが1?50Nであり、該最大荷重Aにおける伸度Eが50?200%であり、前記最も伸び難い方向における最大荷重Aの、それに直交する方向における最大荷重Bに対する比Z(Z=A/B)が1.0?2.0である、熱成形用材料。
引張試験方法:シート材を幅25mm×長さ150mmの寸法に裁断した試験片の長さ方向の両端を、定速伸長型引張試験機に、つかみ間隔50mmでたるみが無いようにセットする。つかみ間隔50mmの位置を変位0mmの始点とし、引張速度100mm/分で試験片が切断するまで荷重を加えつつ、荷重(単位:N)および変位(単位:mm)を経時的に測定する。荷重の最大値を最大荷重とする。最大荷重が得られるときの変位の値e(単位:mm)から下式(1)により伸度E(単位:%)を求める。
E=e/50×100…(1)」


第3 特許異議申立理由の要旨
特許異議申立人が特許異議申立書において、請求項1ないし4に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の要旨は、次のとおりである。

理由1(新規性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

理由2(進歩性) 本件特許の請求項1ないし4に係る発明は、甲第1号証に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(証拠方法)
甲第1号証:特開平7-156145号公報
甲第2号証:「高分子」vol.23、No.269、1974、p581 -587
甲第3号証:特開昭63-162237号公報
なお、証拠の表記は、特許異議申立書の記載にしたがった。

理由3(サポート要件) 本件特許発明1ないし4の特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない出願に対してされたものであるから、それらの特許は、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、特許異議申立の理由のうち、理由3の具体的理由は次のとおりである。

「本件発明1乃至4において、基材については、熱可塑性樹脂を含むことや、熱可塑性樹脂と繊維状強化材を含む複合材料からなることのみが規定されているに留まり、賦形温度においてどの程度の最大荷重及び伸度を有するものであるか、何ら特定されていない。
ここで、賦形時の温度(賦形温度)とは、本件明細書には、賦形される際の熱可塑性樹脂の温度を意味し、熱可塑性樹脂の融点があれば該融点より高い温度であり、熱可塑性樹脂が融点を有さないときはガラス転移温度より高い温度になること、より具体的には熱可塑性樹脂の融点よりも10?100℃高い温度範囲であることが記載されている(【0010】)。
しかしながら、基材を構成する熱可塑性樹脂の融点よりも10?100℃高い温度で賦形した場合に、当該賦形温度において基材の最大荷重が1N未満であり、最大荷重における伸度Eが200%超であるとは限らない。すなわち、賦形温度においてシート材よりも塑性変形しにくいような基材を用いた場合、たとえシート材の最大荷重Aが1?50Nであり、伸度Eが50?200%、比Zが1.0?2.0であっても、賦形温度において基材の方が塑性変形しにくいと(換言すると、最大荷重が50Nよりも大きく、伸度Eが50%よりも小さいと)、基材の引き伸ばしを抑制することができないのは明らかである。
してみると、賦形時の温度における基材の最大荷重や伸度が何ら特定されていない本件発明1について、熱可塑性樹脂として酸変性ポリプロピレンを使用し、シート材としてPET不織布を使用した実施例の結果のみをもって、熱可塑性樹脂を含む基材全体にわたって発明の課題が解決できるとは認識することができないと言える。
したがって、出願時の技術常識に照らしても、賦形時の基材の最大荷重や伸度が特定されていない本件発明1の全範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張乃至一般化できるとはいえないことは明らかである。」


第4 特許異議申立理由についての判断

1 主な甲号証の記載

(1) 甲第1号証の記載事項

甲第1号証には、次の事項が記載されている。(下線は当審において付したものである。)

「【請求項1】 短繊維で強化された熱可塑性樹脂製の基材と、この基材よりも軟化温度の高い表皮材とを積層して形成されたことを特徴とするスタンピング成形用素材。
【請求項2】 請求項1に記載したスタンピング成形用素材において、前記短繊維は繊維長が0.1?5mmのガラス繊維であり、前記熱可塑性樹脂は極限粘度〔η〕が0.5?2.5(テトラリン中135℃測定)のポリプロピレンであり、前記基材中には前記ガラス繊維が5?50重量%、前記ポリプロピレンが95?50重量%含有されていることを特徴とするスタンピング成形用素材。」

「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、スタンピング成形用素材に関し、自動車部品や土木資材等を成形する際に利用できる。」

「【0005】本発明の目的は、加熱炉から金型への移動時の垂れ下がり性(耐ドローダウン性)を向上でき、かつ表面のべとつきがなく取扱いを容易に行うことができるとともに、それ自体を容易に製造できるスタンピング成形用素材を提供することにある。」

「【0010】
【実施例】以下、本発明の各実施例を図面に基づいて説明する。図1には、本発明の第一実施例に係るスタンピング成形用素材10の拡大断面が示されている。スタンピング成形用素材10は、中央に配置されたシート状の基材20と、この基材20の両面に密着して配置された表皮材30とが積層された構成となっている。
【0011】基材20は、ポリプロピレン21をガラス繊維22で強化して得られるガラス繊維強化ポリプロピレン(GF-PP)で形成されている。このガラス繊維強化ポリプロピレン中には、ガラス繊維22が5?50重量%、ポリプロピレン21が95?50重量%それぞれ含有されている。好ましくは、ガラス繊維22を20?40重量%、ポリプロピレン21を80?60重量%とするのがよい。ここで、ポリプロピレン21の含有量が、50重量%未満の場合には、基材20の製造時、スタンピング成形用素材10の製造時、あるいはスタンピング成形時の流動性が不足し、実用的ではない。また、ポリプロピレン21の含有量が、95重量%を超えるとガラス繊維22の配合による機械的強度の増加が認められない。」

「【0014】表皮材30は、基材20であるガラス繊維強化ポリプロピレンよりも軟化温度の高い材質のものであればよく、好ましくは織布(クロス)、不織布、ネットなどがよい。具体的な例をあげると、ポリエステル不織布(目付重量10?200g/m^(2)程度)、ガラスサーフェスマット(目付重量10?50g/m^(2)程度)、ガラスクロス(目付重量20?200g/m^(2)程度)等を用いることができる。
【0015】表皮材30には、目付重量が10?200g/m^(2)のものが用いられ、これにより、スタンピング成形用素材10中における表皮材30の厚みは、1mm以下(通常、0.1?0.3mm)となる。ここで、目付重量が10g/m^(2)未満の場合には、耐ドローダウン性が悪化するおそれがある。また、目付重量が200g/m^(2)を超える場合には、スタンピング成形時に基材20との間で層間剥離が起こりやすくなり、成形品の強度が低下するおそれがある。
【0016】このような第一実施例においては、以下のようにしてスタンピング成形用素材10を製造し、スタンピング成形を行う。先ず、スタンピング成形を行うに先立って、通常の混練押出によりガラス繊維強化ポリプロピレンを製造し、このガラス繊維強化ポリプロピレンを基材20として図2に示す押出しロール製造方法によりスタンピング成形用素材10を製造する。図2において、押出しシートダイ31から基材20であるガラス繊維強化ポリプロピレンを押し出すとともに、表皮材30である不織布を二つの不織布ロール32,33から送り出す。そして、基材20を両面から表皮材30で挟み込むようにして各ロール34,35,36を通し、図1の状態の三層からなるスタンピング成形用素材10を形成する。
【0017】その後、製造されたスタンピング成形用素材10を用いて図3?図5に示すようにスタンピング成形を行い、成形品40である弁当箱を製造する。先ず、図3に示すように赤外線加熱炉41内においてフィードコンベア42によりスタンピング成形用素材10を移動させながら加熱して軟化させる。この際の加熱温度の一例をあげると200℃等である。次に、図4に示すように加熱軟化したスタンピング成形用素材10を金型43内に移動させて型内チャージを行う。そして、図5に示すように金型43を型締めしてプレス成形を行う。この際の成形条件の一例をあげると、100kg/cm^(2)、1分、金型温度50℃等である。最後に、金型43の型開きを行い、金型43内から大きさが200mm×300mm×50mm(高さ)、厚みが3mmの成形品40である弁当箱を取り出してスタンピング成形を完了する。」

「【0021】図7から図9までには、本発明の第三実施例に係るスタンピング成形用素材60を用いた成形品61の成形方法が示されている。前記第一、第二実施例では、スタンピング成形用素材10は基材20の両面に表皮材30を有していたが、本第三実施例のスタンピング成形用素材60は基材20の片面だけに表皮材30を有している。
【0022】先ず、赤外線加熱炉41(図3参照)によりスタンピング成形用素材60を加熱軟化させる。次に、図7に示すように金型62内に加熱軟化したスタンピング成形用素材60を配置するとともに、スタンピング成形用素材60の表皮材30とは反対側に、別の表皮材としてファブリック(布)63を配置して型内チャージを行う。そして、図8に示すようにスタンピング成形用素材60とファブリック63とを重ねた状態で金型62を型締めしてプレス成形を行う。この際の成形条件は、20kg/cm^(2)、30秒、金型温度50℃等である。その後、金型62内からプレスされた状態の成形品61を取り出し、図9に示すようにトリミングを行って自動車内装材等の製品とする。成形品61は、基材20の両面に、ファブリック63と、前記第一、第二実施例と同様な表皮材30とがそれぞれ配置された三層構造を有する構成となっている。
【0023】このような第三実施例によれば、スタンピング成形用素材60には前記第一、第二実施例と同様に表皮材30が設けられているので、前記第一、第二実施例と同様な効果を得ることができるうえ、表皮材30とは別にファブリック63が表面に設けられているので、成形品61の表面状態の多様化を図ることができ、製品の用途に応じた表面状態にすることができる。
【0024】なお、本発明の効果を確かめるために次のような比較実験を行った。実験例1では、繊維径が13μm、平均繊維長が0.3mmのガラス繊維を30重量%と、極限粘度〔η〕が1.3のホモポリプロピレン(ホモPP)を70重量%とを混練させて基材20であるガラス繊維強化ポリプロピレンを形成し、目付重量が65g/m^(2)のポリエステルスパンボンド不織布を表皮材30として用い、押出しロール製造方法(図2参照)によりシート厚さが3.8mmのスタンピング成形用素材10を製造した。また、スタンピング成形における加熱炉41での加熱軟化温度は200℃とした。
【0025】実験例2では、繊維径が13μm、平均繊維長が0.3mmのガラス繊維を30重量%と、極限粘度〔η〕が1.6のブロックポリプロピレン(ブロックPP)を70重量%とを混練させて基材20であるガラス繊維強化ポリプロピレンを形成し、目付重量が30g/m^(2)のガラスサーフェスマットを表皮材30として用い、押出しダブルベルトプレス製造方法(図6参照)によりシート厚さが3.8mmのスタンピング成形用素材10を製造した。また、スタンピング成形における加熱炉41での加熱軟化温度は200℃とした。
【0026】実験例3では、繊維径が13μm、平均繊維長が0.3mmのガラス繊維を30重量%と、極限粘度〔η〕が1.1のホモポリプロピレン(ホモPP)を70重量%とを混練させて基材20であるガラス繊維強化ポリプロピレンを形成し、目付重量が40g/m^(2)のポリエステルスパンボンド不織布を表皮材30として用い、押出しロール製造方法(図2参照)によりシート厚さが2.0mmのスタンピング成形用素材60(片面のみに表皮材30が設けられている;図7参照)を製造した。そして、このスタンピング成形用素材60およびファブリック63(目付重量200g/m^(2)のポリプロピレンニードルパンチ不織布)を用いて図7?図9に示した成形方法により加熱軟化温度200℃で成形品61の成形を行った。」













(2) 甲第1号証に記載された発明

(1)の記載、特に実験例1の記載を中心に整理すると、甲第1号証には以下の発明が記載されていると認める。

「ガラス繊維を30重量%と、ホモポリプロピレン(ホモPP)を70重量%とを混練させて基材であるガラス繊維強化ポリプロピレンを形成し、目付重量が65g/m^(2)のポリエステルスパンボンド不織布を表皮材として用い、押出しロール製造方法により製造したスタンピング成形用素材を、加熱軟化温度200℃まで加熱させる工程と、
加熱軟化させたスタンピング成形用素材を、スタンピング成形する工程を有する、成形品の製造方法。」(以下、「甲1製法発明」という。)

「ガラス繊維を30重量%と、ホモポリプロピレン(ホモPP)を70重量%とを混練させて基材であるガラス繊維強化ポリプロピレンを形成し、目付重量が65g/m^(2)のポリエステルスパンボンド不織布を表皮材として用い、押出しロール製造方法により製造した、加熱軟化温度200℃まで加熱の上、スタンピング成形する方法に用いられる、スタンピング成形用素材」(以下、「甲1成形用素材発明」という。)

2 理由1(特許法第29条第1項第3号)、理由2(特許法第29条第2項)について

(1) 本件特許発明1について

ア 対比

本件特許発明1と甲1製法発明とを対比する。
甲1製法発明の「ホモポリプロピレン(ホモPP)」は、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂」に相当するから、甲1製法発明の「基材」である「ガラス繊維強化ポリプロピレン」は、本件特許発明1の「熱可塑性樹脂を含む基材」に相当する。
また、甲1製法発明の「表皮材」である「ポリエステルスパンボンド不織布」は、本件特許発明1の「シート材」に相当する。
そして、甲1製法発明の「スタンピング成形用素材」は、基材と表皮材を用い、押出ロール製造方法により製造したものであるから、積層した状態にあることは明らかである。
さらに、甲1製法発明の「スタンピング成形用素材を、加熱軟化温度200℃まで加熱させる工程」、「加熱軟化させたスタンピング成形用素材を、スタンピング成形する工程」は、それぞれ本件特許発明1の「基材を軟化させる加熱軟化工程」、「軟化された前記基材と、前記シート材を積層した状態で賦形する成形工程」に相当するから、甲1製法発明の「成形品の製造方法」は、本件特許発明1の「熱成形品の製造方法」にあたると言える。

してみると、両者は、
「熱可塑性樹脂を含む基材と下記シート材を、加熱し、前記基材を軟化させる加熱軟化工程と、
軟化された前記基材と、前記シート材を積層した状態で賦形する成形工程を有する、熱成形品の製造方法。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)
加熱軟化工程における加熱温度について、本件特許発明1は「熱可塑性樹脂の融点またはガラス転移温度より高い温度」に加熱するものであるのに対して、甲1製法発明は200℃に加熱するものである点。

(相違点2)
シート材について、本件特許発明1は
「シート材:前記賦形時の温度で下記の引張試験方法をおこなったとき、最も伸び難い方向における最大荷重Aが1?50Nであり、該最大荷重Aにおける伸度Eが50?200%であり、前記最も伸び難い方向における最大荷重Aの、それに直交する方向における最大荷重Bに対する比Z(Z=A/B)が1.0?2.0であるシート材。
引張試験方法:シート材を幅25mm×長さ150mmの寸法に裁断した試験片の長さ方向の両端を、定速伸長型引張試験機に、つかみ間隔50mmでたるみが無いようにセットする。つかみ間隔50mmの位置を変位0mmの始点とし、引張速度100mm/分で試験片が切断するまで荷重を加えつつ、荷重(単位:N)および変位(単位:mm)を経時的に測定する。荷重の最大値を最大荷重とする。最大荷重が得られるときの変位の値e(単位:mm)から下式(1)により伸度E(単位:%)を求める。
E=e/50×100…(1)」
と特定されているのに対して、甲1製法発明にはそのような特定がない点。

イ 判断

事案に鑑み、まず相違点2について検討する。
甲1製法発明では、本件特許発明1の「シート材」に相当する「表皮材」として、「ポリエステルスパンボンド不織布」を用いているが、甲第1号証の明細書の発明の詳細な説明全体を通じてみても、「ポリエステルスパンボンド不織布」の最大荷重A、Bや伸度Eについて何ら記載されていない。
よって、本件特許発明1は、甲1製法発明ではない。
また、甲第1号証ないし甲第3号証を通じてみても、最大荷重A、Bや伸度Eに着目し、その値を相違点2に係る本件特許発明1の発明特定事項の数値範囲とすることで、熱成形時の延伸によって生じる肉厚不均一を抑制することについては、何ら記載も示唆もされていない。

ウ 特許異議申立人の主張

この点について、特許異議申立人は特許異議申立書の「(4-2-2)本件発明1の新規性及び進歩性について」において、おおむね次の主張をしている。
(主張1)
甲第2号証を参照しつつ、「不織布の目付が大きくなるほど引っ張り強度も高くなり、同程度の目付であれば同程度の引っ張り強度を有しているといえるところ、不織布を構成する繊維が同種の素材(例えばPET)であれば軟化温度等は同じであるところに鑑みれば、PET不織布の目付が同程度であれば、所定温度での最大荷重Aや伸度Eも同程度と考えるのが合理的であるといえる」から、相違点2は実質的な相違点とはいえない。
(主張2)
また仮に、相違点2が実質的な相違点であるとした場合、甲第3号証を参照しつつ、「本件発明が課題とする熱成形時の延伸によって生じる肉厚不均一の改善は、熱可塑性シート状物を用いて成形加工を行う技術分野において周知の事項であり、当該課題は、熱可塑性樹脂シートに、当該熱可塑性樹脂シートよりも熱的モジュラスが高い(即ち、賦形時の加熱で塑性変形しにくい)材料を使用することで解決できることも本件特許の出願時には既に知られていた事項といえる」から、「甲1発明において、賦形時の加熱(200℃)においてガラス繊維強化ポリプロピレンシートよりも塑性変形しにくい(熱モジュラスが高い)ポリエステルスパンボンド不織布を表皮材として使用」することは当業者が容易になし得たことであり、その際、「賦形時の加熱(200℃)において塑性変形しないように、ポリエステルスパンボンド不織布の最大荷重A及び伸度Eを所定の範囲とすることは当業者が適宜行う設計事項である」。

上記主張について検討する。
(主張1について)
不織布の原料となる繊維が同じ素材(材質、繊維径、繊維長など)であって、不織布とする際の製法も同じあるならば、目付が同程度であれば、同じ物理的な性状を有するものとの推認が成り立つといえるが、甲1製法発明のポリエステルスパンボンド不織布に用いられている繊維が具体的にどのようなものであるのかは、甲第1号証の記載を見ても明らかではない。
したがって、甲1製法発明のポリエステルスパンボンド不織布と、本件特許発明1の不織布が同じ物理的な性状を有するものであると推認することはできない。
(主張2について)
熱モジュラスが高い表皮材を用いることが容易であるとしても、賦形時の温度における不織布の最大荷重A及び伸度Eに着目する点については、甲第3号証の記載を見ても何ら示唆されるものではない。そして、本件特許発明1は、相違点2に係る発明特定事項を満たすことにより、肉厚の不均一が生じなくなるものであり、そのことは、例1ないし4を通じて具体的に明らかにされている。

したがって、特許異議申立人の上記主張はいずれも採用しない。

エ 本件特許発明1についてのまとめ

以上のとおりであるから、本件特許発明1は、相違点1を検討するまでもなく、甲1製法発明ではないし、また、甲1製法発明及び甲第2号証、甲第3号証の記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(2) 本特許発明2ないし3について

本件特許発明2ないし3はいずれも、直接又は間接的に請求項1を引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。
そして、上記(1)のとおり、本件特許発明1は、甲1製法発明ではなく、また、甲1製法発明及び甲第2号証、甲第3号証に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2ないし3も、甲1製法発明ではなく、また、甲1製法発明及び甲第2号証、甲第3号証に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明できたものでもない。

(3) 本件特許発明4について

本件特許発明4と甲1成形用素材発明とを対比する。
甲1成形用素材発明の「ホモポリプロピレン(ホモPP)」は、本件特許発明4の「熱可塑性樹脂」に相当するから、甲1成形用素材発明の「基材」である「ガラス繊維強化ポリプロピレン」は、本件特許発明4の「熱可塑性樹脂を含む基材」に相当する。
また、甲1成形用素材発明の「表皮材」である「ポリエステルスパンボンド不織布」は、本件特許発明4の「シート材」に相当する。
そして、甲1成形用素材発明の「スタンピング成形用素材」は、基材と表皮材を用い、押出ロール製造方法により製造したものであるから、積層した状態にあることは明らかである。
さらに、甲1成形用素材発明の「スタンピング成形用素材」は、「加熱軟化温度200℃まで加熱の上、スタンピング成形する方法に用いられる」ものであるから、本件特許発明4の「加熱して賦形する方法に用いられる熱成形用材料」に相当する。

してみると、両者は、
「熱可塑性樹脂を含む基材と下記シート材を、加熱し、前記基材を軟化させる加熱軟化工程と、
軟化された前記基材と、前記シート材を積層した状態で賦形する成形工程を有する、熱成形品の製造方法。」
で一致し、次の点で相違する。

(相違点3)
加熱軟化工程における加熱温度について、本件特許発明4は「熱可塑性樹脂の融点またはガラス転移温度より高い温度」に加熱するものであるのに対して、甲1成形用素材発明は200℃に加熱する工程において用いるものである点。

(相違点4)
シート材について、本件特許発明4は
「シート材:前記賦形時の温度で下記の引張試験方法をおこなったとき、最も伸び難い方向における最大荷重Aが1?50Nであり、該最大荷重Aにおける伸度Eが50?200%であり、前記最も伸び難い方向における最大荷重Aの、それに直交する方向における最大荷重Bに対する比Z(Z=A/B)が1.0?2.0であるシート材。
引張試験方法:シート材を幅25mm×長さ150mmの寸法に裁断した試験片の長さ方向の両端を、定速伸長型引張試験機に、つかみ間隔50mmでたるみが無いようにセットする。つかみ間隔50mmの位置を変位0mmの始点とし、引張速度100mm/分で試験片が切断するまで荷重を加えつつ、荷重(単位:N)および変位(単位:mm)を経時的に測定する。荷重の最大値を最大荷重とする。最大荷重が得られるときの変位の値e(単位:mm)から下式(1)により伸度E(単位:%)を求める。
E=e/50×100…(1)」
と特定されているのに対して、甲1成形用素材発明にはそのような特定がない点。

事案に鑑み、まず相違点4について検討する。
相違点4は、相違点2と同じであるから、上記(1)で検討したとおりである。
してみると、本件特許発明4は、相違点3を検討するまでもなく、甲1成形用素材発明ではないし、また、甲1成形用素材発明及び甲第2号証、甲第3号証の記載の技術事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

3 理由3(特許法第36条第6項第1号)について

本件特許発明1ないし4は、「熱成形時の延伸によって生じる肉厚不均一を改善」(段落【0004】)するとの課題を解決すべく、「熱可塑性樹脂を含む基材」と特定性状の「シート材」を積層した状態とするものである。
そして、本件特許発明1ないし4は、「シート材」の性状を、賦形時の温度における最大荷重Aと伸度Eを特定条件内に設定するものであり、当該性状を有する「シート材」を用いることで、肉厚不均一が改善できることは、例1ないし4を通じて具体的に明らかにされている。
したがって、本件特許発明1ないし4は、本件特許の発明の詳細な説明に記載されたものであり、発明の課題を解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲のものである。

なお、特許異議申立人は、「熱可塑性樹脂を含む基材」と「シート材」の最大荷重や伸度について、基材の方が塑性変形しにくい場合について言及しているが、そもそも、基材が塑性変形しやすい材料を用いた場合における課題であることは、当業者であれば当然認識できるものであるから、特許異議申立人の当該主張は採用しない。

よって、特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号の要件を満たすものである。


第5 結論

以上のとおりであるから、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし4に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし4に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-11-27 
出願番号 特願2015-179846(P2015-179846)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (B29C)
P 1 651・ 113- Y (B29C)
P 1 651・ 121- Y (B29C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 ▲高▼村 憲司  
特許庁審判長 細井 龍史
特許庁審判官 植前 充司
加藤 友也
登録日 2020-01-20 
登録番号 特許第6649016号(P6649016)
権利者 三菱ケミカルアドバンスドマテリアルズ株式会社 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 熱成形品の製造方法および熱成形用材料  
代理人 伏見 俊介  
代理人 志賀 正武  
代理人 鈴木 三義  
代理人 伏見 俊介  
代理人 田▲崎▼ 聡  
代理人 田▲崎▼ 聡  
代理人 大浪 一徳  
代理人 志賀 正武  
代理人 高橋 詔男  
代理人 大浪 一徳  
代理人 高橋 詔男  
代理人 鈴木 三義  

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