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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
管理番号 1369022
異議申立番号 異議2020-700639  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-01-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-25 
確定日 2020-12-17 
異議申立件数
事件の表示 特許第6658953号発明「ポリプロピレンフィルムおよびこれを用いた金属膜積層フィルム,フィルムコンデンサ」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6658953号の請求項1ないし15に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6658953号の請求項1ないし15に係る特許についての出願は,令和 1年 8月20日(優先権主張 平成30年 8月 23日,平成30年 8月23日)に出願され,令和 2年 2月10日にその特許権の設定登録(請求項の数15)がされ,同年 3月 4日に特許掲載公報が発行された。
その後,その特許に対し,令和 2年 8月25日に特許異議申立人 岩崎勇(以下,「特許異議申立人」という。)が特許異議の申立て(対象請求項1ないし15)を行った。

第2 本件特許発明
特許第6658953号の請求項1ないし15に係る発明は,それぞれ,その特許請求の範囲の請求項1ないし15に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下,それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明15」という。)。
「【請求項1】
フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係が次式を満たす,ポリプロピレンフィルム。
E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7
【請求項2】
フィルム幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率が0.8GPa以上である,請求項1に記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項3】
フィルム長手方向の135℃における熱機械分析装置を用いて求められる熱収縮応力値が2.0MPa以下である,請求項1または2に記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項4】
フィルム幅方向の135℃10分間の加熱処理によって求められる熱収縮率が1%以下である,請求項1?3のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項5】
フィルムをキシレンで完全溶解せしめた後,室温で析出させたときに,キシレン中に溶解しているポリプロピレン成分(CXS)が1.5質量%未満である,請求項1?4のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項6】
フィルム長手方向と幅方向の130℃における固体粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’130(MD+TD))が1.6GPa以上である,請求項1?5のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項7】
フィルムの長手方向の130℃における熱収縮応力値が2.0MPa以下である,請求項1?6のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項8】
フィルムの幅方向の130℃における熱収縮応力値が2.0MPa以下である,請求項1?7のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項9】
フィルム幅方向の125℃15分間の加熱処理によって求められる熱収縮率が0.6%以下である,請求項1?8のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項10】
フィルム幅方向の23℃における固体粘弾性測定によって求められる損失正接(tanδ23)が0.06以下である,請求項1?9のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項11】
フィルムの少なくとも一方の表面における突起形状の偏り度(Ssk)が-10を超えて100未満である,請求項1?10のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項12】
フィルムの少なくとも一方の表面において,1252μm×939μmの領域における深さ20nm以上の谷の体積を合計した総谷側体積が1?12000μm^(3)である,請求項1?11のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項13】
フィルムの少なくとも一方の表面の算術平均粗さSaが10?60nmであり,かつ最大高さSzが100?1000nmである,請求項1?12のいずれかに記載のポリプロピレンフィルム。
【請求項14】
請求項1?13のいずれかに記載のポリプロピレンフィルムの少なくとも片面に金属膜が設けられてなる金属膜積層フィルム。
【請求項15】
請求項14に記載の金属膜積層フィルムを用いてなるフィルムコンデンサ。」

第3 申立理由の概要
特許異議申立人は,証拠方法として甲第1号証:再公表WO2015/146894号,甲第2号証:特開2007-84813号公報,甲第3号証:特開2018-34510号公報(証拠方法の記載はおおよそ特許異議申立書の記載に従った。以下,順に「甲1」,「甲2」,「甲3」という。)を提出し,要旨以下のとおり主張する。
(1)申立理由1(特許法29条1項3号)
本件特許発明1ないし7及び9ないし15は,甲1に記載された発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであり,それらの特許は同法113条2号に該当し取り消すべきものである。
(2)申立理由2(特許法36条6項1号)
本件特許発明1ないし15は,本件特許の明細書(以下,「本件特許明細書」という。)の発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであるから,特許法36条6項1号に規定する要件に違反し,特許を受けることができないものであり,それらの特許は同法113条4号に該当し取り消すべきものである。
(3)申立理由3(特許法36条4項1号)
本件特許明細書の発明の詳細な説明は,本件特許発明1ないし15を当業者が実施できるほどに明確かつ十分に記載したものではないから,特許法36条4項1号に規定する要件に違反し,本件特許発明1ないし15は特許を受けることができないものであり,それらの特許は同法113条4号に該当し取り消すべきものである。

第4 当審の判断
1 申立理由1(特許法29条1項3号)について
(1)甲1について
ア 甲1の記載内容
「【請求項1】
固体粘弾性測定においてフィルム幅方向の23℃における貯蔵弾性率(E’23)と125℃における貯蔵弾性率(E’125)の関係が次式を満たす二軸配向ポリプロピレンフィルム。
(E’125)/(E’23)>0.2」
「【0014】
本発明者らは,上記の課題を解決するため鋭意検討の結果,本発明に至ったものである。本発明は,高電圧用コンデンサ用途においても優れた高温時の耐電圧性と信頼性を発揮でき,かかるコンデンサ用途等に好適な貯蔵弾性率の温度依存性が小さい二軸配向ポリプロピレンフィルムを提供する。」
「【発明の効果】
【0016】
本発明は,貯蔵弾性率の温度依存性が小さい二軸配向ポリプロピレンフィルムを提供することができるので,包装用途,テープ用途,ケーブルラッピングやコンデンサをはじめとする電気用途等の様々な用途に適用でき,特にコンデンサ用途に,好ましくは自動車用,太陽光発電,風力発電用に好適である。特に,本発明は,高電圧用コンデンサ用途において,優れた高温時の耐電圧性と信頼性を奏する二軸配向ポリプロピレンフィルムを提供することができる。」
「【0024】
次に,本発明の二軸配向ポリプロピレンフィルムに用いると好ましい直鎖状ポリプロピレンについて説明する。直鎖状ポリプロピレンは,通常,包装材やコンデンサ用に使用されるものであるが,好ましくは冷キシレン可溶部(以下CXS)が4質量%以下でありかつメソペンタッド分率が0.95以上であるポリプロピレンであることが好ましい。これらを満たさないと製膜安定性に劣る場合があったり,二軸配向したフィルムを製造する際にフィルム中にボイドを形成する場合があり,寸法安定性および耐電圧性の低下が大きくなる場合がある。
【0025】
ここで冷キシレン可溶部(CXS)とはフィルムをキシレンで完全溶解せしめた後,室温で析出させたときに,キシレン中に溶解しているポリプロピレン成分のことをいい,立体規則性の低い,分子量が低い等の理由で結晶化し難い成分に該当していると考えられる。このような成分が多く樹脂中に含まれているとフイルムの熱寸法安定性が劣ったり,高温での貯蔵弾性率の低減,さらには絶縁破壊電圧が低下する等の問題を生じることがある。従って,CXSは4質量%以下であることが好ましいが,更に好ましくは3質量%以下であり,特に好ましくは2質量%以下である。このようなCXSを有する直鎖状ポリプロピレンとするには,樹脂を得る際の触媒活性を高める方法,得られた樹脂を溶媒あるいはプロピレンモノマー自身で洗浄する方法等の方法が使用できる。
【0026】
同様な観点から直鎖状ポリプロピレンのメソペンタッド分率は0.95以上であることが好ましく,更に好ましくは0.97以上である。メソペンタッド分率は核磁気共鳴法(NMR法)で測定されるポリプロピレンの結晶相の立体規則性を示す指標であり,該数値が高いものほど結晶化度が高く,融点が高くなり,高温での貯蔵弾性率維持,絶縁破壊電圧が高くなるので好ましい。メソペンタッド分率の上限については特に規定するものではない。このように立体規則性の高い樹脂を得るには,n-ヘプタン等の溶媒で得られた樹脂パウダーを洗浄する方法や,触媒および/または助触媒の選定,組成の選定を適宜行う方法等が好ましく採用される。」
「【0065】
(6)蒸着コンデンサ特性の評価(105℃での耐電圧,信頼性)
後述する各実施例および比較例で得られたフィルムに,ULVAC製真空蒸着機でアルミニウムを膜抵抗が8Ω/sqで長手方向に垂直な方向にマージン部を設けた所謂T型マージンパターンを有する蒸着パターンを施し,幅50mmの蒸着リールを得た。
【0066】
次いで,このリールを用いて皆藤製作所製素子巻機(KAW-4NHB)にてコンデンサ素子を巻き取り,メタリコンを施した後,減圧下,105℃の温度で10時間の熱処理を施し,リード線を取り付けコンデンサ素子を仕上げた。」
「【0074】
(実施例1)
直鎖状ポリプロピレンとしてメソペンタッド分率が0.985で,メルトフローレイト(MFR)が2.6g/10分であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂に,Basell社製分岐鎖状ポリプロピレン樹脂(高溶融張力ポリプロピレンProfax PF-814)を1.0質量%ブレンドし温度260℃の押出機に供給し,樹脂温度260℃でT型スリットダイよりシート状に溶融押出し,該溶融シートを90℃に保持されたキャスティングドラム上で,エアーナイフにより密着させ冷却固化し未延伸シートを得た。次いで,該シートを複数のロール群にて徐々に140℃に予熱し,引き続き143℃の温度に保ち周速差を設けたロール間に通し,長手方向に5.7倍に延伸した。引き続き該フィルムをテンターに導き,160℃の温度で幅方向に10倍延伸し,次いで1段目の熱処理および弛緩処理として幅方向に弛緩率12%を与えながら130℃で熱処理を行ない,さらに2段目の熱処理としてクリップで幅方向把持したまま140℃で熱処理を行った。その後100℃で冷却工程を経てテンターの外側へ導き,フィルム端部のクリップ解放し,次いでフィルム表面(キャスティングドラム接触面側)に25W・min/m^(2)の処理強度で大気中でコロナ放電処理を行い,フィルム厚み2.3μmのフィルムをフィルムロールとして巻き取った。
【0075】
実施例1の二軸配向ポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りで耐電圧および信頼性に優れた。」
「【0081】
【表1】



イ 甲1に記載された発明
上記アの記載,とくに実施例1に関する記載と本件特許明細書の【0110】及び【0113】の固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率に関する記載から,甲1には,実施例1の方法で製造された発明として,下記の発明が記載されていると認められる(以下,「甲1発明」という。)。
「直鎖状ポリプロピレンとしてメソペンタッド分率が0.985で,メルトフローレイト(MFR)が2.6g/10分であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂に,Basell社製分岐鎖状ポリプロピレン樹脂(高溶融張力ポリプロピレンProfax PF-814)を1.0質量%ブレンドし温度260℃の押出機に供給し,樹脂温度260℃でT型スリットダイよりシート状に溶融押出し,該溶融シートを90℃に保持されたキャスティングドラム上で,エアーナイフにより密着させ冷却固化し未延伸シートを得た後,次いで,該シートを複数のロール群にて徐々に140℃に予熱し,引き続き143℃の温度に保ち周速差を設けたロール間に通し,長手方向に5.7倍に延伸し,引き続き該フィルムをテンターに導き,160℃の温度で幅方向に10倍延伸し,次いで1段目の熱処理および弛緩処理として幅方向に弛緩率12%を与えながら130℃で熱処理を行ない,さらに2段目の熱処理としてクリップで幅方向把持したまま140℃で熱処理を行い,その後,100℃で冷却工程を経てテンターの外側へ導き,フィルム端部のクリップ解放し,次いでフィルム表面(キャスティングドラム接触面側)に25W・min/m^(2)の処理強度で大気中でコロナ放電処理を行って得られる,フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係がE’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)=0.67となる,フィルム厚み2.3μmのフィルム。」

(2)対比・判断
ア 本件特許発明1について
本件特許発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「フィルム」は,その原材料が「ポリプロピレン樹脂」であることから,ポリプロピレンフィルムと言える。

そうすると,本件特許発明1と甲1発明とは「ポリプロピレンフィルム」である点で一致する。
一方,本件特許発明1は,「フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係」が「E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7」なる式を満たすと特定されるのに対し,甲1発明は,上記E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)の値が0.67となる点で相違する。

したがって,本件特許発明1は,甲1発明,すなわち甲1に記載された発明ではない。

特許異議申立人は「コンデンサ用の二軸配向ポリプロピレンフィルムに冷キシレン可溶部(CXS)を極力少なくすること,具体的に0.5重量パーセント以下とすることが,実際に行われていたこと,及び周知であったことを考慮すると,当業者であれば,甲1号証に記載の発明のうち,実施例1に具現化された発明とは別に,フィルムの冷キシレン可溶部(CXS)を0.5重量%以下としたものも実質的に記載があるものと認識をしていたと解するのが妥当と言える。」,「当業者であれば,甲1号証(再公表WO2015/146894号公報)においても,コンデンサーの耐熱性と耐電圧性を得る上で,従来から知られているポリプロピレンフィルムの最良の形態である,冷キシレン可溶部(CXS)を0.5質量%以下としたフィルムについても,実質的に記載があるものと,認識していたことは疑いのないころである。」とし,ポリプロピレンフィルムのCXSが「E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)」に対してきわめて大きな影響を与えることが明らかである,と主張する。
しかしながら,甲1の【0025】には,冷キシレン可溶部(CXS)を「CXSは4質量以下であることが好ましいが,更に好ましくは3質量%以下であり,特に好ましくは2質量%以下である。」と記載されているが,この記載,あるいは甲2及び甲3の記載から,甲1発明とした甲1記載の実施例1(本件特許明細書の【0113】ではCXSが1.9質量%とされているもの)のCXSをさらに低い値としたポリプロピレンフィルムが,甲1に記載されているものとは解されない。
また,そのようなポリプロピレンフィルムが甲1に記載されていると仮定しても,甲1はその他の箇所(【0041】,【0043】,【0044】,実施例1ないし3,比較例1ないし4)において,貯蔵弾性率の温度依存性がCXSの値のみによって定まるものではなく,他の要因も関与することを開示しており,そのようなポリプロピレンフィルムが「E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7」なる式を満たすという根拠もない。
したがって,特許異議申立人のかかる主張は失当である。

イ 本件特許発明2ないし7及び9ないし15について
本件特許発明2ないし7及び9ないし15は,いずれも本件特許発明1に従属し,本件特許発明1の発明特定事項のすべてを含むものであることから,本件特許発明2ないし7及び9ないし15と甲1発明との間には,少なくとも上記アで示した相違点が存在し,本件特許発明2ないし7及び9ないし15もまた甲1発明,すなわち甲1に記載された発明ではない。

(3)小括
よって,本件特許発明1ないし7及び9ないし15は,甲1発明,すなわち甲1に記載された発明ではなく,特許法29条1項3号に該当せず,それらの特許は同法113条2号に該当するものではない。

2 申立理由2(特許法36条6項1号)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,その記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2)特許請求の範囲の記載
本件特許請求の範囲の記載は,上記「第2 本件特許発明」に記載のとおりである。

(3)本件特許明細書の記載
本件特許明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下線は当審で付加。)。
ア「【技術分野】
【0001】
本発明は,特にコンデンサ用途に適して用いられるポリプロピレンフィルムに関する。
【背景技術】
・・・
【0004】
最近では,各種電気機器がインバーター化されつつあり,それに伴いコンデンサの小型化,大容量化の要求が一層強まってきている。そのような分野,特に自動車用途(ハイブリッドカー用途含む)や太陽光発電,風力発電用途からの要求を受け,ポリプロピレンフィルムとしても薄膜化と絶縁破壊電圧の向上,高温環境で長時間の使用において特性を維持できる優れた信頼性が必須な状況となってきている。
【0005】
ポリプロピレンフィルムは,ポリオレフィン系フィルムの中では耐熱性および絶縁破壊電圧は高いとされている。一方で,前記の分野への適用に際しては使用環境温度での優れた寸法安定性と使用環境温度より10?20℃高い領域でも耐電性などの電気的性能として安定した性能を発揮することが重要である。ここで耐熱性という観点では,将来的に,シリコンカーバイト(SiC)を用いたパワー半導体用途を考えた場合,使用環境温度がより高温になるといわれている。コンデンサとしてさらなる高耐熱化と高い耐電圧性の要求から,110℃を超えた高温環境下でのフィルムの絶縁破壊電圧の向上が求められている。しかしながら,非特許文献1に記載のように,ポリプロピレンフィルムの使用温度上限は約110℃といわれており,このような温度環境下において絶縁破壊電圧を安定して維持することは極めて困難であった。
【0006】
これまでポリプロピレンフィルムを薄膜でかつ,コンデンサとしたときの高温環境下で優れた性能を得るための手法として,例えば室温での貯蔵弾性率に対し125℃の貯蔵弾性率の変化が小さくなるよう制御することで絶縁破壊電圧を向上させたフィルムの提案(例えば,特許文献1),また室温での貯蔵弾性率に対し120℃の貯蔵弾性率の変化を制御でき剛性,耐熱性及び透明性を改良した二軸延伸ポリプロピレンフィルムに好適なプロピレン単独重合体を用いての提案がなされている(例えば,特許文献5)。さらには高温下での絶縁破壊電圧を高めるにはフィルムの弾性率を高めることが重要で,室温の引っ張り弾性率を高める方法として,例えば結晶性が低いポリプロピレン樹脂原料を用いるが同時二軸延伸で面積延伸倍率を高めたフィルムの提案(例えば,特許文献2),主要構成成分のポリプロピレン樹脂に低立体規則性度のアイソタクチックポリプロピレン樹脂を混合させ微結晶の運動の転移点を制御したフィルムの提案(例えば,特許文献3),結晶性を高めたポリプロピレン樹脂を用い逐次二軸延伸後に再縦延伸し長手方向の強度向上させたフィルムの提案もなされている(例えば,特許文献4)。さらには室温だけでなく高温での弾性率を高めるため製膜時に石油樹脂を混合し可塑化作用によって長手方向の延伸倍率を高くなるよう制御したフィルムの提案がなされている(例えば,特許文献6,7)。しかしながら,特許文献1から7に記載のポリプロピレンフィルムは,いずれも110℃を超える高温環境下での絶縁破壊電圧の向上が十分ではなく,さらにコンデンサとしたときの高温環境下の長期使用における信頼性ついても,十分とは言い難いものであった。」

イ「【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで,本発明は,高温環境で長時間の使用信頼性に優れ,高温度・高電圧下で用いられるコンデンサ用途等に好適な,熱に対して構造安定性に優れるポリプロピレンフィルムを提供することを目的とし,また,それを用いた金属膜積層フィルムおよびフィルムコンデンサを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは,上記の課題を解決するため鋭意検討を重ね,上記特許文献1?7に記載のポリプロピレンフィルムが高温環境下において絶縁破壊電圧,並びにコンデンサとしたときの高温環境で長時間の使用信頼性が十分でない理由について,以下のように考えた。
【0011】
すなわち,特許文献1記載のポリプロピレンフィルムは,コンデンサとして105℃環境での耐電圧性および信頼性については十分ともいえるが,更に高温度の環境を想定してみると,フィルム製膜における熱処理が必ずしも十分ではなく,また原料中に含まれる冷キシレン可溶部(CXS)が多いために結晶化度を高め難いものであり,また,高温度での使用を想定して高い温度での貯蔵弾性率を測定してみると,温度が高くなると貯蔵弾性率が低下する温度依存性が認められることに問題があると考えた。特許文献5記載のポリプロピレンフィルムは柔軟な包装用途に適したフィルムであるため立体規則性が低い原料を用い幅方向の延伸倍率および面積延伸倍率が低い故に高温領域での構造安定性が不十分であると考えた。特許文献3のポリプロピレンフィルムは立体規則性が低い原料が用いられ,また,幅方向の延伸倍率および面積延伸倍率が低く,横延伸後の熱処理が施されていないために高温での貯蔵弾性率が低くなることが理由であると考えた。特許文献4,6および7記載のポリプロピレンフィルムは立体規則性が高いポリプロピレン樹脂を用いてはいるが冷キシレン可溶部(CXS)が多いことから全体的に結晶化度が低く,また横延伸前の予熱温度が低く,横延伸後の熱処理温度で徐冷処理が施されていないことから,分子鎖配向構造の安定化が不足し高温での貯蔵弾性率が低くなることが理由であると考えた。
【0012】
以上の考察を踏まえて,本発明者らはさらに検討を重ね,ポリプロピレンフィルムの125℃と135℃における貯蔵弾性率の温度依存性が一定以上の値であるフィルムとすることにより上記の課題を解決できることを見出した。したがって,本発明の要旨とするところは,フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係が次式を満たすフィルムである。
【0013】
E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7
【発明の効果】
【0014】
本発明により,高温環境で長時間の使用信頼性に優れ,高温度・高電圧下で用いられるコンデンサ用途等に好適な,熱に対して構造安定性に優れるポリプロピレンフィルムが提供される。また,それを用いた金属膜積層フィルムおよびフィルムコンデンサが提供される。」

ウ「【実施例】
【0100】
以下,実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
【0101】
(実施例1)
メソペンタッド分率が0.983,融点が168℃で,メルトフローレート(MFR)が2.6g/10分,冷キシレン可溶部(CXS)が0.8質量%であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂を温度255℃の押出機に供給し溶融させ,濾過フィルターを通過後の樹脂温度が220℃になるよう設定したT型スリットダイよりシート状に溶融押出し,該溶融シートを98℃に保持されたキャスティングドラム上で,エアーナイフにより密着させ冷却固化し未延伸ポリプロピレンフィルムを得た。該未延伸ポリプロピレンフィルムを複数のロール群にて段階的に141℃まで予熱し,そのまま周速差を設けたロール間に通し,長手方向に6.2倍に延伸した。引き続き該フィルムをテンターに導き,フィルム幅手の両端部をクリップで把持したまま168℃の温度(TD延伸温度+7℃)で予熱し,次いで161℃の温度で幅方向に12.5倍延伸した。さらに1段目の熱処理および弛緩処理として幅方向に10%の弛緩を与えながら157℃で熱処理を行ない,さらに2段目の熱処理としてクリップで幅方向把持したまま142℃で熱処理を行った。最後に3段目の熱処理として111℃の熱処理を経てテンターの外側へ導き,フィルム端部のクリップ解放し,次いでフィルム表面(キャスティングドラム接触面側)に25W・分/m^(2)の処理強度で大気中でコロナ放電処理を行い,フィルム厚み2.3μmのフィルムをフィルムロールとして巻き取った。本実施例のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りで,フィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が極めて良好で,コンデンサとしての素子加工性・耐電圧性の評価・信頼性も優れたものであった。
【0102】
(実施例2?6)
溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とした以外は実施例1と同様にして,実施例2では厚み2.3μmのポリプロピレンフィルム,実施例3では厚み2.4μmのポリプロピレンフィルム,実施例4では厚み2.4μmのポリプロピレンフィルム,実施例5では厚み2.3μmのポリプロピレンフィルム,実施例6では厚み6.0μmのポリプロピレンフィルムを得た。
【0103】
各実施例のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りで,実施例2のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が良好で,コンデンサとして加工時に僅かにシワが生じたが,耐電圧が優れ,実使用上の信頼性に問題ないレベルであった。実施例3のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が極めて良好で,コンデンサとしての素子加工性・耐電圧性の評価・信頼性も優れたものであった。実施例4のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が良好で,コンデンサとして加工時に僅かにシワが生じたが,耐電圧性の評価も高く,また,実使用上の信頼性に問題ないレベルであった。実施例5のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が良好で,コンデンサとして加工時に僅かにシワが生じたが,耐電圧性の評価も高く,また,実使用上の信頼性に問題ないレベルであった。実施例6のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が良好で,コンデンサとして加工時が良好,耐電圧性の評価も高く,また,実使用上の信頼性に問題ないレベルであった。
【0104】
(実施例7)
メソペンタッド分率が0.975,融点が166℃で,メルトフローレイト(MFR)が3.0g/10分,冷キシレン可溶部(CXS)が1.7質量%であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂を温度260℃の押出機に供給し溶融させ,濾過フィルターを通過後の樹脂温度が260℃になるよう設定したでT型スリットダイよりシート状に溶融押出し,溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とした以外は実施例1と同様にして,実施例7ではでは厚み2.3μmのポリプロピレンフィルム得た。実施例7のポリプロピレンフィルムは貯蔵弾性率の温度依存性が良好で,コンデンサとして加工時が良好,耐電圧性の評価も高く,また,実使用上の信頼性に問題ないレベルであった。
【0105】
(比較例1)
メソペンタッド分率が0.985,融点が168℃で,メルトフローレイト(MFR)が2.6g/10分,冷キシレン可溶部(CXS)が1.6質量%であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂を温度260℃の押出機に供給し溶融させ,濾過フィルターを通過後の樹脂温度が260℃になるよう設定したでT型スリットダイよりシート状に溶融押出し用い,溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とした以外は実施例1と同様にして,比較例1では厚み2.4μmのポリプロピレンフィルム得た。比較例1のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りである。
【0106】
比較例1のポリプロピレンフィルムはTD予熱温度とTD延伸温度が同一であったため貯蔵弾性率の温度依存性が不十分で,また,TD予熱温度とTD延伸温度が同一であったこと,横延伸後1段目の熱処理温度が低温であったことで,延伸時の歪み除去が十分ではなかったと推察されるが,加熱ロールの搬送工程でシワが発生することがあり,コンデンサ素子にシワが認められることがあった。130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,コンデンサの信頼性は素子形状に変化が認められ実使用で問題となるレベルであった。
【0107】
(比較例2,3)
溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とした以外は実施例1と同様にして,比較例2では厚み2.3μmのポリプロピレンフィルム,比較例3では厚み2.3μmのポリプロピレンフィルムを得た。各比較例のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りである。比較例2のポリプロピレンフィルムは面積延伸倍率が低く,TD予熱温度とTD延伸温度が同一で,熱処理が施されていないため,貯蔵弾性率の温度依存性が不十分で,130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,コンデンサの信頼性は素子形状が大きく変化し破壊しており,耐電圧性の評価も不十分なため実使用できないレベルであった。比較例3のポリプロピレンフィルムは幅方向の延伸倍率が低いため,貯蔵弾性率の温度依存性が不十分で,130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,コンデンサの信頼性は素子形状に変化が認められ,耐電圧性の評価もやや不十分なため実使用で問題となるレベルであった。
【0108】
(比較例4)
メソペンタッド分率が0.968,融点が164℃で,メルトフローレイト(MFR)が3.2g/10分,冷キシレン可溶部(CXS)が1.9質量%であるプライムポリマー(株)製ポリプロピレン樹脂を用い,溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とした以外は実施例1と同様にして,厚み2.4μmのポリプロピレンフィルムを得た。
【0109】
比較例4のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りで,ポリプロピレン原料の立体規則性が低く,CXS量が多いため,貯蔵弾性率の温度依存性が不十分で,130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,コンデンサの信頼性は素子形状が大きく変化し破壊しており,耐電圧性の評価も不十分なため実使用できないレベルであった。
【0110】
(比較例5)
比較例5は特許文献1(国際公開WO2015/146894号パンフレット)に記載の実施例1に記載の方法で製造したポリプロピレンフィルムである。比較例5のポリプロピレンフィルム特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りで,TD予熱温度とTD延伸温度が同一であり,横延伸後1段目の熱処理温度が低温であるため,延伸時の歪み除去が十分でないため加熱ロールの搬送工程でシワが発生することがあり,コンデンサ素子にシワが認められることがあった。130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,コンデンサの信頼性は素子形状が大きく変化し破壊しており実用上の性能に劣るレベルであった。
【0111】
(比較例6)
溶融押出シートを冷却するキャスティングドラムの温度,二軸延伸時の延伸倍率,TD予熱,TD延伸および熱処理条件を表1の条件とし,二軸延伸後にフィルムを140℃に予熱し,1.2倍の再縦延伸を行った以外は実施例1と同様にして ,厚み2.3μmのポリプロピレンフィルムを得た。比較例6のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りであり,幅方向の延伸倍率が低いため,貯蔵弾性率が不十分であり,130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低い。また,MD方向の歪み残っているためと推察されるが,高温環境下でMD方向の熱収縮によって素子が巻き締まり,ショート破壊が発生し,コンデンサの信頼性は素子形状が大きく変化し破壊していた。一方,加工性は問題のないレベルであったが,再縦延伸時にフィルム破れが発生することがあった。
【0112】
(比較例7)
実施例1と同様にして溶融押出シートを得た。得られたシートをオーブン中で140℃,3分間の加熱処理を施して厚み200μmの未延伸フィルムをであった。比較例7のポリプロピレンフィルムの特性およびコンデンサ特性は表1に示す通りであり,二軸延伸していないため,貯蔵弾性率の温度依存性が不十分で,130℃のフィルム絶縁破壊電圧も低く,厚膜のため絶縁破壊電圧の測定許容範囲外であり,またコンデンサ加工が行えなかった。
【0113】
【表1-1】

【0114】
【表1-2】



(4)サポート要件の判断
上記(3)ア及びイの記載から,本件特許発明1は「高温環境で長時間の使用信頼性に優れ,高温度・高電圧下で用いられるコンデンサ用途等に好適な,熱に対して構造安定性に優れるポリプロピレンフィルムを提供すること」を発明が解決しようとする課題としており,「フィルム製膜における熱処理が必ずしも十分ではなく,また原料中に含まれる冷キシレン可溶部(CXS)が多いために結晶化度を高め難いもの」であった場合,「高温度での使用を想定して高い温度での貯蔵弾性率を測定してみると,温度が高くなると貯蔵弾性率が低下する温度依存性が認められる」こと,「立体規則性が低い原料を用い」た場合,「幅方向の延伸倍率および面積延伸倍率が低い故に高温領域での構造安定性が不十分である」こと,「立体規則性が低い原料が用いられ,また,幅方向の延伸倍率および面積延伸倍率が低く,横延伸後の熱処理が施されていない」場合,「高温での貯蔵弾性率が低くなる」こと,「立体規則性が高いポリプロピレン樹脂を用いてはいるが冷キシレン可溶部(CXS)が多いことから全体的に結晶化度が低く,また横延伸前の予熱温度が低く,横延伸後の熱処理温度で徐冷処理が施されていない」場合,分子鎖配向構造の安定化が不足し高温での貯蔵弾性率が低くなる」こと等の考察を踏まえ,ポリプロピレンフィルムの125℃と135℃における貯蔵弾性率の温度依存性が一定以上の値であるフィルムとすることにより上記の課題を解決できることを見出したものであり,その具体的な実施例及び比較例の対比において,「フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係が,
E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7」
を満たす場合に,フィルムコンデンサ特性としての加工性,信頼性及び耐電圧性が優れたものとなることが確認されている(上記(3)ウ)。

そうすると,上記記載に触れた当業者は,「フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係が次式を満たす,ポリプロピレンフィルム。
E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7」とすることにより,上記課題が解決できるものと理解する。

そして,本件特許発明1においては,発明特定事項として,「フィルム長手方向と幅方向の135℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’135(MD+TD))と125℃における固定粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’125(MD+TD))の関係が次式を満たす,ポリプロピレンフィルム。
E’135(MD+TD)/E’125(MD+TD)>0.7」とする点が特定されていることから,当該発明特定事項を含む本件特許発明1が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が上記発明の課題を解決できると認識できると言える。
また,本件特許発明の発明特定事項を全て含む本件特許発明2ないし15についても同様である。

したがって,請求項1ないし15の記載は,特許法36条6項1号に規定する要件に適合し,同法113条4号の規定に該当するものではない。

特許異議申立人は,下記(1)ないし(5)の点に関する記載を根拠に「この分野の技術常識,先行技術を考慮してもポリプロピレンフィルムの収縮特性及び貯蔵弾性率がどのようなものであっても,「高温環境で長時間の使用信頼性に優れ,高温度・高電圧下で用いられるコンデンサーに適したポリプロピレンフィルム」を得られると,推測することも困難である。そうすると,出願時の技術常識に照らしても,請求項1に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとは言えない。」と主張している。
(1)フィルム幅方向の135℃における固体粘弾性測定で求められる貯蔵弾性率について
「この貯蔵弾性率が0.8GPa以上である場合は,高温環境下でフィルム分子鎖が幅方向に高配向および緊張した構造であることを意味し,高電圧がかかる高温環境下でコンデンサとして用いられた場合,特に長時間の高温使用中に素子端部メタリコンと蒸着金属との接触不良を抑制し,耐電圧性を高め,コンデンサ容量減少を抑えたり,ショート破壊を抑えた信頼性の高いコンデンサとすることができる。」(【0020】)
(2)フィルム長手方向と幅方向の130℃における固体粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’130(MD+TD))について
「E’130(MD+TD)の値が1.6GPa未満の場合には,高温環境下で高電圧がかかるコンデンサとして用いられた場合,長い使用履歴の中でフィルムに含まれるポリプロピレンの結晶部の分子鎖の緩和が進行して耐電圧性を低下させ,コンデンサの容量減少やショートによる破壊などの問題を生じ,耐電圧・信頼性の劣ったコンデンサとなる場合がある。」(【0022】)
(3)フィルム長手方向の135℃における熱機械分析装置を用いて求められる熱収縮応力値について
「フィルム長手方向の135℃における熱機械分析装置を用いて求められる熱収縮応力値が2.0MPa以下の場合は,コンデンサ製造工程および使用工程の熱によりフィルム自体の収縮を抑制でき,素子が強く巻き締まらないためフィルム層間の適度な隙間を保持することで自己回復機能(セルフヒーリング)が動作し,急激な容量減少を伴う貫通ショート破壊を抑制し,コンデンサとしての信頼性を高めることができる。」(【0026】)
(4)フィルム幅方向の125℃15分間の加熱処理によって求められる熱収縮率について
「熱収縮率が0.6%以下である場合には,コンデンサ製造工程および使用工程の熱によりフィルム自体の収縮を抑制し,素子端部メタリコンとの接触不良を回避できるため耐電圧性を高め,素子変形による容量低下やショート破壊を防ぐことができる。」(【0030】)
(5)フィルム幅方向の135℃10分間の加熱処理によって求められる熱収縮率について
「熱収縮率が1%以下の場合には,コンデンサ製造工程のメタリコン溶射後のエージング処理において蒸着フィルム電極部とメタリコン電極部の接触不良を防ぎ,設計容量とおりのコンデンサ素子を得ることができ,特に長時間の高温使用中に素子が変形を抑え,容量低下やショート破壊を防ぐことができる。」(【0031】)

上記(1)ないし(5)の点について,それぞれのパラメータの数値が,上記本件特許発明の課題を解決できるものと当業者が認識し得るものであるために必須のものであるか否かを検討する。
(1)について:本件特許明細書において,フィルム幅方向の135℃における固体粘弾性測定で求められる貯蔵弾性率が0.7GPaとなる実施例2及び7が加工性,耐電圧性,信頼性の全ての観点で優れた性能を示すことが記載されていることから(【0113】及び【0114】),当該貯蔵弾性率が0.8GPa以上となることは本件特許発明の課題を解決するための必須の事項ではない。
(2)について:本件特許明細書において,フィルム長手方向と幅方向の130℃における固体粘弾性測定にて求められる貯蔵弾性率の和(E’130(MD+TD))が1.5GPaとなる実施例7が加工性,耐電圧性,信頼性の全ての観点で優れた性能を示すことが記載されていることから(【0113】及び【0114】),当該貯蔵弾性率の和が1.6GPa未満となることが本件特許発明の課題を解決することを妨げるものではなく,当該貯蔵弾性率の和が1.6GPa以上となることは本件特許発明の課題を解決するための必須の事項ではない。
(3)について:本件特許明細書において,フィルム長手方向の135℃における熱機械分析装置を用いて求められる熱収縮応力値が2.1MPaである実施例4及び7が加工性,耐電圧性,信頼性の全ての観点で優れた性能を示すことが記載されていることから(【0113】及び【0114】),当該熱収縮応力値が2.0MPa以下となることは本件特許発明の課題を解決するための必須の事項ではない。
(4)について:本件特許明細書において,フィルム幅方向の125℃15分間の加熱処理によって求められる熱収縮率が0.7%である実施例5が加工性,耐電圧性,信頼性の全ての観点で優れた性能を示すことが記載されていることから(【0114】),当該熱収縮率が0.6%以下となることは本件特許発明の課題を解決するための必須の事項ではない。
(5)について:本件特許明細書において,フィルム幅方向の135℃10分間の加熱処理によって求められる熱収縮率が1.2%である実施例5が加工性,耐電圧性,信頼性の全ての観点で優れた性能を示すことが記載されていることから(【0114】),当該熱収縮率が1.0%以下となることは本件特許発明の課題を解決するための必須の事項ではない。

まとめると,上記(1)ないし(5)のパラメータの数値は,上記本件特許発明の課題を解決するために必須の事項ではないので,これらの事項を有していない本件特許発明1が発明の課題を解決することができると当業者が認識し得る範囲のものではないとは言えない。
また,同様のことは本件特許発明2ないし15についても言える。

したがって,特許異議申立人のかかる主張は失当である。

3 申立理由3(特許法36条4項1号)について
特許法第36条第4項第1号実施可能要件を定めた趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,実質において発明が公開されていないことになり,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解されるところ,本件特許発明は,物の発明であるところ,物の発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為であるから(特許法2条3項1号),物の発明において上記実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な説明において,当業者が,明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用できる程度の記載があることを要する。
そして,本件特許明細書には,ポリプロピレンフィルムの製造方法が【0018】,【0026】,【0031】において開示されており,ポリプロピレンフィルムの原材料については【0041】ないし【0049】において開示されており,また,製造条件についても【0066】において,具体的にその条件が列挙されている。さらに,ポリプロピレンフィルムに金属膜を積層する方法は【0068】ないし【0069】において開示され,金属膜積層フィルムを用いてコンデンサを製造する方法は【0071】ないし【0075】に開示されている。
本件特許明細書の【0100】ないし【0104】においてはさらに詳細な実施例として実施例1ないし7となるポリプロピレンフィルムの製造方法が開示されており,本件特許発明1ないし13に相当するポリプロピレンフィルムは実施例1ないし7のいずれかが該当する。また,この実施例1ないし7のポリプロピレンフィルムを【0068】ないし【0075】の記載に基づいて本件特許発明14の金属膜積層フィルムや本件特許発明15のフィルムコンデンサを得ることも当業者であれば容易に実施することができるものである。
してみると,本件特許発明1ないし15に関して,本件特許明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用できる程度の記載があるといえるから,特許法36条4項1号に規定する要件に適合し,それらの特許は同法113条4項に該当するものではない。

特許異議申立人は,本件特許明細書においてポリプロピレンフィルムを構成する樹脂として具体的に記載されているのは,1)「メソペンタッド分率が0.970以上である」,2)「キシレン中に溶解しているポリプロピレン成分(CXS),冷キシレン可溶部とも言う)が1.5質量%未満である」ポリプロピレンのみであり,これ以外についてどのようなポリプロピレン樹脂を選択し,どのような条件でフィルム化すれば,請求項1に係る発明のポリプロピレンフィルムを得ることができるかについての指針も示されておらず,具体的に記載されるポリプロピレンフィルムとは異なる,ポリプロピレンフィルムを製造するために当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤を行う必要があると主張しているが,上記本件特許明細書の記載や実施例の記載によれば,請求項1ないし15に係る発明を当業者が十分に実施できるものと言え,特許異議申立人のかかる主張は失当である。

第5 むすび
したがって,特許異議の申立ての理由及び証拠によっては,請求項1ないし15に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に請求項1ないし15に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-12-07 
出願番号 特願2019-150261(P2019-150261)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08J)
P 1 651・ 113- Y (C08J)
P 1 651・ 537- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鶴 剛史  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 加藤 友也
神田 和輝
登録日 2020-02-10 
登録番号 特許第6658953号(P6658953)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 ポリプロピレンフィルムおよびこれを用いた金属膜積層フィルム、フィルムコンデンサ  

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