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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  A61K
管理番号 1369025
異議申立番号 異議2020-700737  
総通号数 253 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-01-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-09-28 
確定日 2020-12-18 
異議申立件数
事件の表示 特許第6677688号発明「安定化スルフォラファン」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6677688号の請求項1に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6677688号(以下、「本件特許」という。)についての出願は、2008年(平成20年)1月23日(パリ条約による優先権主張 2007年(平成19年)1月23日 (US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特願2009-547276号の一部を平成25年10月8日に新たな特許出願(特願2013-210752号)とし、その一部を平成28年2月12日に新たな特許出願(特願2016-24446号)とし、その一部を平成29年9月11日に新たな特許出願(特願2017-173723号)としたものであって、令和2年3月17日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、同年4月8日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、同年9月28日に特許異議申立人 植松正巳(以下、「申立人」という。なお、「植」は、原文では、中国語の異体字(木へんの右が、漢字の「十」の下に「且」の内部の横線が更に一本追加された文字)となっているが、この決定では表記できないため、「植」と表記した。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1)がされたものである。

第2 本件発明
本件特許の請求項1に係る発明は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものであると認める。
「【請求項1】
スルフォラファンを安定化するための、スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体を含む組成物であって、
該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する、組成物。」
(以下「本件発明」という。)

第3 申立理由の概要
申立人は、証拠として、以下の甲第1号証?甲第15号証(以下「甲1」等と略記する)を提出するとともに、特許異議申立書(以下「申立書」という。)において、以下の申立理由により、請求項1に係る特許は取り消されるべき旨主張している。

<申立理由(甲3の1を主引例とする進歩性)>
本件発明は、甲3の1、甲7、甲8及び甲10に記載された発明に基いて、本件特許の優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。よって、請求項1に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し取り消されるべきものである。

<証拠>
甲1:特願2017-173723号の審査段階における令和1年6月6日付けの拒絶理由通知書
甲2:特願2017-173723号の審査段階において提出された令和1年12月11日付けの意見書
甲3の1:仏国特許出願公開第2888235号明細書
甲3の2:甲3の1の抄訳
甲4:Carbohydrate Polymers(2014),101,pp.121-135のp.121
甲5:甲4の抄訳
甲6:株式会社シクロケム社の「製品案内 天然型シクロデキストリン CAVAMAX(R)シリーズ 化学修飾シクロデキストリン CAVASOL(R)シリーズ」と題する2016年発行のカタログ
(なお、上記「(R)」は、原文では、上付きの○の中にRと記載されている。)
甲7:服部憲治郎 監修,寺尾啓二 著「食品開発者のためのシクロデキストリン入門 -シクロデキストリンの安全性と解明されつつある機能性-」第1版第1刷、2004年9月23日発行、pp.118-119、「6.ワサビ香気成分(アリルイソチオシアネート、AITC)の安定化」の項目
甲8:Biosci.Biotechnol.Biochem.(2000),64(1),pp.190-193のp.190
甲9:甲8の抄訳
甲10:Biosci.Biotechnol.Biochem.(2004),68(3),pp.671-675のp.671
甲11:甲10の抄訳
甲12:J.Am.Chem.Soc.(1982),104(23),pp.6283-6288のp.6283及びp.6286
甲13:甲12の抄訳
甲14:Carbohydrate Polymers(2018),187,pp.118-125のp.118及びp.122
甲15:甲14の抄訳

第4 甲号証の記載
1.甲3の1の記載及び甲3の1に記載の発明
本件特許の優先日前に公開された甲3の1には、以下の記載がある(下線は合議体が付した。この決定中において以下同様である。また、甲3の1は外国語で作成された文献であるが、以下において、摘記は、合議体による訳文で記載する。なお、読みやすくするために原文を損なわない範囲で体裁を変更した。)。

(1)甲3の1の記載
(3a)特許請求の範囲
「【請求項1】
グルコラファニンを含む粉砕されたアブラナ科の木からスルフォラファンを抽出するための方法であって、以下のステップを含むことを特徴とする方法:
-前記粉砕された材料の加水分解を行う最初ステップ;
-加水分解された粉砕物に存在する炭水化物のほとんどを抽出するステップ;
-加水分解された粉砕物に存在する脂質のほとんどを抽出するステップ;
-前記スルフォラファンを含む水相を水で抽出するステップ。」
・・・
【請求項12】
水による抽出の前記1または複数の段階の終わりに得られるスルフォラファンのマトリックスカプセル化のステップを含むことを特徴とする、請求項1から11のいずれか一項に記載の、スルフォラファンを抽出するための方法。」

(3b)6頁24行?7頁19行
「本発明の別の特徴によれば、この方法は、水による抽出の前記1つまたは複数のステップの終わりに得られるスルフォラファンのマトリックスによるカプセル化のステップを含む。
このステップは、SFの安定性に関連しており、SFの劣化を制限し、抽出収率を最大化するために、工業プロセスの開発で考慮しなければならない重要なパラメーターとして表示される。確かに、SFは非常に不安定な分子である。・・・実験室での作業条件下でのSFの急速な分解は、本発明の枠組み内で実行される様々な操作の間に実証された。同時に、いくつかの研究は、SFが光、酸素、温度に敏感であることを示している(Chiang et al.,1998; Yi Jin et al.,1999)。したがって、本発明による方法を使用して得られた濃縮生成物中のSFの安定性を研究した後、その分解を制限する手段が求められた。
このようにして、マトリックスによるカプセル化により、常温および大気条件下で安定な濃縮SF生成物を得ることが可能になる。
さらに、この技術は、製品を乾燥させ、SFがより安定な粉末形態を得ることができるため、非常に興味深い。
好ましくは、前記マトリックスによるカプセル化ステップは、カプセル化剤としてアラビアガムを使用して実施される。
マルトデキストリンやシクロデキストリンなど、いくつかのカプセル化剤も使用できる。」

(3c)7頁22行?27行
「アカシアガム(アラビアガム)は、乳化剤(E 414)として食品業界で広く使用されている天然の食物繊維である。また、フィルム形成特性により、カプセル化剤としても使用される。
実際、酸素、光、水に対するバリアを形成することにより、有効成分を保護することが可能になる(Dib et al.,2003)。」

(3d)12頁3行?14頁最終行
「以下に説明するテストは、SF抽出物の安定化に関連する。
これらのテストを実施するために、SFで濃縮された抽出物は、定義された割合のアラビアガムを含む水溶液中で均質化される。
次に、混合物を凍結乾燥機で乾燥させる。
工業レベルでは、乾燥工程は一般に噴霧化によって実施されることに留意されたい。
それぞれ35、50、70%のアラビアガムを含む製品に対して3つの安定化試験を連続して実施した。
最初のテストは35%アカシアガムで行われる。生成物は、晶析装置で調製および凍結乾燥される。凍結乾燥後、黄色の粉末が得られる。しかし、ガムは、触ると、SFで飽和しているように見える。実際、SF抽出物の一部はガムによって乾燥されず、晶析装置の壁に付着する。したがって、ガムの比率は十分ではないと思われ、したがって、安定性研究を実施するための均質な粉末を得るために、それを増やす必要があるように思われる。
2番目のテストは50%アラビアガムで実行され、36.05%SFの最終製品を得ることができる。この製品は、通常のエージング(25℃、60%RH)及び加速エージング(40℃、75%RH)条件下で気候チャンバーに配置される。SFアッセイは、サンプルごとに2回ずつ実行される。・・・
・・・
50%のレベルでアカシアガムを添加しても製品は安定しないことに注意すべきである。SFの劣化は、40℃では25℃の約2倍である。それでも、この形態の製品は、溶液中の製品よりも安定している。
最終試験は、70%のアカシアガムを含む抽出物を生成することによって実行される。これにより、22.40%のSFで最終製品を得ることができる。この製品は、上記のような通常条件及び加速劣化条件下で気候室に置かれる。・・・
・・・
70%のアラビアゴムを含む製品もSFの分解を受けるが、50%のアラビアガムでの以前の抽出物よりも程度は低いことが注目される。40℃で1か月以上経過しても、分解は30%を超えない。最初の1週間で弱い分解があった後、SF抽出物は25℃で比較的安定しているように見える。」

(2)引用発明
上記(3a)の請求項1及び12の記載によれば、甲3の1の請求項12には、「グルコラファニンを含む粉砕されたアブラナ科の木からスルフォラファンを抽出するための方法であって、以下のステップを含むことを特徴とする方法:
-前記粉砕された材料の加水分解を行う最初ステップ;
-加水分解された粉砕物に存在する炭水化物のほとんどを抽出するステップ;
-加水分解された粉砕物に存在する脂質のほとんどを抽出するステップ;
-前記スルフォラファンを含む水相を水で抽出するステップ;
-水による抽出で得られるスルフォラファンをマトリックスによりカプセル化するステップ。」
が記載されているといえるところ、甲3の1には、当該請求項12に記載の方法により得られるものとして、以下の発明が記載されていると認められる。

「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン。」(以下「甲3発明」という。)

2.甲7、甲8、甲10及び甲12の記載
本件特許の優先日前に公開された甲7、甲8、甲10及び甲12には、以下の記載がある。
甲8、甲10及び甲12は外国語で作成された文献であるので、以下において、摘記は、合議体が作成した訳文、あるいは、甲9、甲11及び甲13として提出された訳文の記載によった。
なお、甲4、甲6及び甲14は、本件特許の優先日後に公開された文献であって、本件特許の優先日当時における公知技術を示すものではなく、これらの証拠に記載の事項は、進歩性の判断の基礎にすることができないことを付記する。

(1)甲7の記載
・119頁3行?同頁下から4行
「6.ワサビ香気成分(アリルイソチオシアネート、AITC)の安定化

AITCはワサビに含まれる刺激臭と辛みを有する物質である。CDが練りワサビや粉末ワサビの製造に利用されているのは、このAITCのCD包接による安定化がいろいろな意味で非常に優れているからである。


図69を見ると、AITCのCD包接による安定性はα-CDを用いる場合が最も高い。
ここでいう安定化とは、図69にある香気成分AITCの保持だけではない。AITCは空気による酸化や加水分解を受けやすいために不快な臭いに変化する性質があるが、CD包接によってAITCの酸化や加水分解を抑制する効果がある。さらに、包接化することで水分散性も高く、食品素材としての利用性も高くなる。」

(2)甲8の記載
・190頁要約欄
「水溶液中のアリルイソチオシアネート(AITC)の分解は、シクロデキストリン(CD)の存在下で抑制され、その抑制効果は、無し<β-CD<α-CDの順に増加した。・・・立体的要因は、CD空洞へのAITC封入の反応活性にとって重要であり、特に重要なのは、CD空洞のサイズとその活性に関する主な要因であるAITC分子との間の立体特異性である。我々の結果は、含まれるAITC分子の会合の安定性と活性がCDの抑制メカニズムにおける重要な要因であることを示唆している。したがって、これらの要因は両方とも、α-CD-AITCシステムをβ-CD-AITCシステムよりも有利にし、水溶液におけるAITCの分解に対するα-CDの顕著な抑制効果は、包接複合体の形成に起因する可能性がある。

(3)甲10の記載
・671頁タイトル
「水溶液中の有機イソチオシアネートの分解に対するシクロデキストリン類の抑制効果」
・671頁要約
「水溶液中(pH 5.0,Ic= 0.75M)における、シクロデキストリン(CD)と3つの有機イソチオシアネート(ITC)、つまり、アリル-ITC、3-ブテニル-ITC、及び4-ペンテニル-ITCの解離定数(K_(diss))と分子構造の推定のため、1次元及び2次元^(1)H核磁気共鳴(^(1)H NMR)スペクトルを測定した。すべてのITCで、K_(diss)値は、α-CD> β-CD>γ-CDの順に減少し、ITCの3つの棒状の線形分子は、α-CDの最小の空洞に最適に収まった。・・・結果から、α-CD-AITC複合体の分子構造は、AITCのイソチオシアネート基が拡大縁の周りのどこかに位置し、疎水性アリル基がα-CDの疎水性空洞内に含まれていると推定される。」

(4)甲12の記載
・6286頁の表III





第5 申立理由についての当審の判断
1.対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」は、マトリックスとスルフォラファンの2つの成分からなるものであるから、「組成物」であるといえる。
また、上記第4の1.(1)(3b)によれば、スルフォラファンのマトリックスによるカプセル化は「SF(合議体注;スルフォラファン)の安定性に関連」しており、マトリックスによるカプセル化により「常温および大気条件下で安定な濃縮SF生成物を得ることが可能になる」のであるから、甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」は、「スルフォラファンを安定化するため」のものであるといえる。
そうすると、本件発明と甲3発明とは、以下の点で一致し、以下の点で相違する。

<一致点1>
スルフォラファンを安定化するための、スルフォラファンを含む組成物。
<相違点1>
スルフォラファンを含む組成物について、本件発明では「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」を含む組成物であること、及び、「該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する」ものであることが特定されているのに対して、甲3発明では、「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」と特定されており、また、カプセルがマトリックスに対してどの程度のスルフォラファンの配合量を有するかは特定されていない点。

2.判断
ア.本件特許明細書の【0006】の「シクロデキストリンは、・・・疎水性分子と共にホスト-ゲスト複合体を形成できる」なる記載、【0009】の「水溶液中でシクロデキストリンは、中心の中空部分に局在する水分子が完全薬物分子によって置換されるかまたはもっと高い頻度では薬物構造の何らかの親油性部分によって置換されるプロセスを介して多くの薬物と共に複合体を形成する。シクロデキストリンの中空部分に包接された薬物分子は、複合体の希釈もしくは包接薬物が何らかの他の適当な分子(たとえば胃腸管内の食物脂質または胆汁塩)で置換されることによって解離されるか、または、複合体が親油性生体膜(たとえば胃腸管の粘膜)の極めて近傍に局在している場合には薬物が最も高い親和性を有しているマトリックスに転移するであろう。」なる記載、【0042】の、スルフォラファンについての、「シクロデキストリンの相対的に疎水性の中心に複合体化される」なる記載によれば、本件発明の「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」は、アルファシクロデキストリンの中空部分にスルフォラファンが、包接された複合体、つまり、包接複合体の形態であるといえる。

ここで、相違点1のうち、まず、甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」を、「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」とすることを当業者が容易に想到するといえるかについて検討する。

イ.甲3の1には、マトリックスによるカプセル化剤として「アラビアガム」が好ましく、アラビアガムが「フィルム形成特性」により、カプセル化剤として使用される旨の記載(上記第4の1.(1)(3b)、(3c))がされ、アラビアガムをマトリックスによるカプセル化剤として使用してスルフォラファンを被覆し、カプセル化することで、スルフォラファンの分解が抑制できたことを示す具体例も記載されている(同(3d))。
また、甲3の1には、「マルトデキストリンやシクロデキストリンなど、いくつかのカプセル化剤も使用できる」(同(3b))と、包接複合体を形成し得ないマルトデキストリンがシクロデキストリンと並列に記載されている。
そうすると、甲3発明のマトリックスによるカプセル化は、マトリックスをカプセル化剤としてスルフォラファンを被覆することでカプセル化する技術を意図するものといえるから、甲3発明において、甲3の1の記載に基づいてマトリックスとしてシクロデキストリンを採用する場合であっても、シクロデキストリンによりカプセル化されたスルフォラファンは、必ずしも、スルフォラファンがシクロデキストリンにより包接された複合体、つまり、「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」とはならない。

ウ.一方、甲7、甲8及び甲10に、アリルイソチオシアネート、3-ブテニルイソチオシアネート、又は4-ペンテニルイソチオシアネートをシクロデキストリン、特に、アルファシクロデキストリン(α-シクロデキストリン)で包接複合体化することで、これらの化合物の分解を抑制する技術が記載されているとおり(上記第4の2.(1)?(3)参照)、シクロデキストリンが包接能を有すること、及び、シクロデキストリンによる包接により、包接された化合物が安定化されることは本件の優先日当時の技術常識であった。

そして、甲3の1の記載に接した当業者が、斯かる技術常識を考慮して、「カプセル化剤」として記載された「シクロデキストリン」が、「包接」化剤としての役割を有する化合物であることを想起する場合であっても、以下に述べるとおり、当業者は、甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」を、アルファシクロデキストリンにより包接複合体化されたスルフォラファンとすることを動機づけられるとはいえない。

すなわち、本件発明の「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」では、甲3の1に具体的にカプセル化によりスルフォラファンを安定化できたことが示されているアラビアガムのように、フィルム形成特性により物理的にスルフォラファンを覆う場合(上記第4の1.(1)(3c)とは異なり、シクロデキストリンの空洞の内部に、複合化対象(本件発明でいえば、スルフォラファン)が、包接(内包・封入)されて保持される必要がある。そして、シクロデキストリンによる包接では、シクロデキストリンの空洞のサイズや複合化対象分子の立体構造が、複合体形成ができるかという点で重要であり(第4の2.(2)甲8の記載参照)、また、特に、アルファシクロデキストリンはグルコース6分子からなる環状物でその空孔が小さいため、包接される分子が限定されることも従来から知られていた(例えば、甲2に参考資料1として追記されている特開2002-187842号公報の【0021】参照)。
さらに、シクロデキストリンは、外側が親水性、内側が疎水性のドーナツ状構造をしていることが知られていたところ、(前記特開2002-187842号公報の【0020】)、甲10には、アルファシクロデキストリンとアリルイソチオシアネート(AITC)との複合体では、AITCのイソチオシアネート基が拡大縁の周りのどこかに位置し、疎水性のアリル基がアルファシクロデキストリンの疎水性空洞内に含まれていると推定されることが記載されている(第4の2.(3)参照)。
そうすると、甲3の1の記載に接した当業者が、「カプセル化剤」として記載された「シクロデキストリン」が、「包接」化剤としての役割を有する化合物であることを想起する場合であっても、上述した従来技術の知見を有する当業者は、甲7、甲8及び甲10にアルファシクロデキストリンにより包接されたことが示されている3種の末端イソシアネート化合物よりも直鎖の長さが長く、立体的にもより嵩高く大きな分子であり、かつ、イソシアネート基末端の反対側末端に、甲7等に記載される非極性のアルケン構造ではなく、より親水性の高い極性のスルホキシド構造を有するスルフォラファンの場合に、アルファシクロデキストリンの疎水性空洞に包接され、複合体を形成することができることは予測できない。
したがって、甲3の1の「シクロデキストリン」なる記載から、当業者が、甲3発明の「マトリックスによりカプセル化されたスルフォラファン」を、アルファシクロデキストリンにより包接複合体化されたスルフォラファンとすることを動機づけられるとはいえない

なお、申立人が提出した甲12には、Table IIIに、シクロデキストリンと各種有機基質の複合(包接)における相互作用の安定度定数が示されており、スルフォラファンとは、分子の大きさも末端イソシアネート基を有していない点でも異なるアルキルスルホキシド化合物であるDMSO(合議体注;ジメチルスルホキシド)とシクロデキストリンとの安定度定数が、25℃において、10%基質濃度で0.41±0.04、20%基質濃度で0.37±0.04であることが記載されているのみであり、甲12の記載からは、スルフォラファンがアルファシクロデキストリンに包接され複合体を生成できることは理解できない。むしろ、甲12のTable IIIによれば、極性のスルホキシド構造を有するDMSOは他の基質とは異なりシクロデキストリンによって安定化されない、つまり、シクロデキストリンとの包接複合体を形成しないのであるから、甲12から、極性のスルホキシド基を末端付近に有するスルフォラファンが、シクロデキストリンに包接され保持されるとは理解できない。

エ.申立人は、申立書において、甲4にシクロデキストリンが包接によるカプセル化剤として使用できることが明示されているから、甲3の1の「カプセル化(encapsulation)」(7頁18行)は、シクロデキストリンの場合には「包接」を意味するし、シクロデキストリンによる包接による安定化は甲6に示されている旨主張する。しかしながら、甲4及び6は本件特許の優先日より5年以上後に公開された文献であって、これらの文献に記載の内容を優先日当時の技術常識ということはできないから、これらの文献に基づく申立人の主張は採用できない。

オ.以上のとおり、当業者は、甲7、甲8、甲10及び甲12の記載を参酌しても、甲3の1の記載に基づいて、甲3発明のマトリックスによりカプセル化されたスルフォラファンを、スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの包接複合体とすること、すなわち、本件発明の「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」との構成を備えたものとすることを動機づけられるとはいえないし、まして、複合体中のスルフォラファンのアルファシクロデキストリンに対する配合量を検討して「該複合体が、アルファシクロデキストリンに対して、0.01重量%から30重量%のスルフォラファンの配合量を有する」との構成を備えたものとすることを動機付けられるとはいえない。
したがって、当業者は、甲3発明を、本件発明の相違点1に係る構成を備えたものとすることを容易に想到することができたとはいえない。

カ.一方、本件特許明細書の記載(【0108】?【0132】及び【図3】?【図7】)には、スルフォラファンを、アルファシクロデキストリンにより包接複合体化された「スルフォラファンとアルファシクロデキストリンとの複合体」の形態とすることで、スルフォラファンが長期に保存した場合でも安定になるという効果が奏されることが示されており、この効果は、甲3の1、並びに、甲7、甲8、甲10及び甲12の記載からは予測できない効果である。

キ.したがって、本件発明は、甲3発明、すなわち、甲3の1に記載された発明、並びに、甲3の1、甲7、甲8及び甲10の記載に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
よって、請求項1に係る特許について、第29条第2項の規定に違反してされたとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり、特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2020-12-09 
出願番号 特願2017-173723(P2017-173723)
審決分類 P 1 652・ 121- Y (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 山村 祥子  
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 渕野 留香
小川 知宏
登録日 2020-03-17 
登録番号 特許第6677688号(P6677688)
権利者 フアーマグラ・ラブズ・インコーポレイテツド
発明の名称 安定化スルフォラファン  
代理人 特許業務法人川口國際特許事務所  

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