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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08L
管理番号 1370026
異議申立番号 異議2019-700796  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-10-03 
確定日 2020-12-21 
異議申立件数
事件の表示 特許第6493616号発明「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物及びシート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6493616号の請求項1ないし3、5ないし7に係る特許を取り消す。 同請求項4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6493616号(以下「本件特許」という。)の請求項1?7に係る特許についての出願は、平成30年10月30日〔優先権主張:平成29年11月2日(JP)日本国〕に特願2018-203867号として特許出願され、平成31年3月15日に特許権の設定登録がなされ、同年4月3日に特許掲載公報が発行され、その特許に対し、令和元年10月3日に特許異議申立人である宮本邦彦(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。
特許異議の申立て後の手続の経緯は次のとおりである。
令和元年12月 3日付け 取消理由通知
令和2年 2月 3日 意見書(特許権者)
同年 2月21日付け 取消理由通知(決定の予告)
同年 4月16日 上申書(特許権者)
同年 4月28日付け 通知書
同年 5月13日 面接
同年 5月26日 意見書(特許権者)
同年 6月30日付け 審尋
同年 9月3日 回答書(申立人)

第2 本件発明
本件特許の請求項1?7に係る発明(以下「本1発明」?「本7発明」ともいう。)は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1?7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー、および、絶縁性熱伝導フィラーを含むことを特徴とする放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項2】含フッ素エラストマーは、テトラフルオロエチレン、フッ化ビニリデンおよび式(1):
CF_(2)=CF-Rf^(a) (1)
(式中、Rf^(a)は-CF_(3)または-ORf^(b)(Rf^(b)は炭素数1?5のパーフルオロアルキル基))で表されるパーフルオロエチレン性不飽和化合物よりなる群から選ばれる少なくとも1種の単量体に由来する構造単位を含む請求項1記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項3】絶縁性熱伝導フィラーは、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化ケイ素、炭化ケイ素、酸化マグネシウム及び酸化亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種である請求項1または2記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項4】絶縁性熱伝導フィラーの含有量は、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である請求項1?3のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項5】絶縁性熱伝導フィラーが、シランカップリング剤で処理されている請求項1?4のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項6】絶縁性熱伝導フィラーは、粒子径が0.1?200μmである請求項1?5のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。
【請求項7】請求項1?6のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物を成形して得られるシート。」

第3 取消理由の概要
令和2年2月21日付けの取消理由通知(決定の予告)で通知された取消理由の概要は、次の理由1?4からなるものである。

〔理由1〕発明の詳細な説明の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
(あ)本1発明の「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」が、本件特許の出願当時における当業者の技術常識からみて容易に製造ないし入手できるといえる具体的な根拠は見当たらない。
よって、本件特許の請求項1?7に係る発明に係る特許は、同法第36条第4項第1号の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

〔理由2〕特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
(い)本1発明の「121℃におけるムーニー粘度が10以下」という広範な範囲について、その「実施例1」の「3」以外の範囲もの(ムーニー粘度が3を超える範囲のもの及び3未満の範囲のもの)が、単なる憶測ではなく、上記課題を解決できるといえる根拠が見当たらない。
(う)本1発明の「含フッ素エラストマー」という広範な範囲について、その実施例1?2で用いられた「VdF/HFP共重合体=78/22モル%」以外のものが、単なる憶測ではなく、上記課題を解決できるといえる根拠が見当たらない。
(え)本1発明の「絶縁性熱伝導フィラー」という広範な範囲について、その実施例1?2で用いられた「メタクリルシラン処理された酸化アルミニウム」以外のものが、単なる憶測ではなく、上記課題を解決できるといえる根拠が見当たらない。
よって、本件特許の請求項1?7に係る発明に係る特許は、同法第36条第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

〔理由3〕本件特許の請求項1?7に係る発明は、本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された以下の刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
刊行物1:特許第4737088号公報(乙第2号証に同じ。)
よって、本件特許の請求項1?7に係る発明に係る特許は、同法第29条の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

〔理由4〕本件特許の請求項1?7に係る発明は、本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された以下の刊行物1?5に記載された発明に基いて、本件出願日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
刊行物1:特許第4737088号公報(乙第2号証に同じ。)
刊行物2:特開2016-50662号公報
刊行物3:特開2007-158171号公報
刊行物4:特開2016-199666号公報
刊行物5:国際公開第2016/190188号
よって、本件特許の請求項1?7に係る発明に係る特許は、同法第29条の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

第4 当審の判断
1.理由1(実施可能要件)について
(1)本1?本7発明及び本件特許明細書の記載について
本1?本7発明は、上記第2に示したとおりのものである。
また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある。

ア.背景技術についての記載
「【0003】ところで、近年、自動車の電動化やハイブリッド化に伴い、インバータの出力電力量の増加と電力変換効率向上のため、SiCなどの次世代パワー半導体の開発が行われている。出力電力量が増大すると発熱量が増えるため、周辺部材の放熱材料に対しても高耐熱化が要求されている。…
【0007】しかしながら、特許文献1?3のシートや組成物は、価格が高いという問題があった。また、特許文献4の熱伝導材料は、121℃におけるムーニー粘度は最低でも25程度のものしか検討しておらず、柔軟性が充分に満足できるものではなかった。」

イ.発明が解決しようとする課題についての記載
「【0008】本発明は、柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物を提供することを目的とする。」

ウ.発明の効果についての記載
「【0017】本発明の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物は、特定のムーニー粘度を有する含フッ素エラストマーと絶縁性熱伝導フィラーを含有するため、柔軟性と熱伝導性に優れたシートを提供することができる。」

エ.121℃におけるムーニー粘度についての記載
「【0043】含フッ素エラストマーは、121℃におけるムーニー粘度が10以下である。また、8以下が好ましく、5以下がより好ましい。含フッ素エラストマーは、このように極めて低いムーニー粘度を有するので、絶縁性熱伝導フィラーを多量に添加した場合でも柔軟性に優れるとともに、発熱部材との密着性が向上し、放熱効果が大幅に増大する。ここで、ムーニー粘度は、ASTM-D1646およびJIS K6300に準拠して測定した値である。」

オ.絶縁性熱伝導フィラーの含有量についての記載
「【0091】絶縁性熱伝導フィラーの含有量は特に限定されないが、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%が好ましく、70?85体積%がより好ましい。絶縁性熱伝導フィラーの含有量が70体積%未満であると、熱伝導性が低下する傾向があり、90体積%をこえると、ゴムの混練が困難となったり、成形品の硬度が上昇したり、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物のムーニー粘度が上昇し、成形しにくくなる傾向がある。」

カ.実施例1?2及び比較例1についての記載
「【0102】実施例及び比較例で用いた表1に記載の各材料を以下に示す。
〔含フッ素エラストマー〕
・含フッ素エラストマー(1):VdF/HFP共重合体=78/22モル%、
ML1+10(121℃)=3
・含フッ素エラストマー(2):VdF/HFP共重合体=78/22モル%、
ML1+10(121℃)<0.1(測定限界以下)
・含フッ素エラストマー(3):VdF/HFP共重合体=78/22モル%、
ML1+10(121℃)=25
【0103】酸化アルミニウム(昭和電工社製、A50BC、粒子径1-10
0μm、メタクリルシラン処理)
【0104】実施例1、2及び比較例1
表1に示す組成の含フッ素エラストマー組成物1?3を調製した。含フッ素エラストマー組成物は、ラボプラストミルを用い、各含フッ素エラストマー(生ゴム)と酸化アルミニウムとを表1に示す量で配合し、通常の方法で混合した。得られた含フッ素エラストマー組成物1?3を成形して、シートを得た。…
【0111】【表1】



(2)判断
一般に「方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をすることをいい(特許法2条3項2号),物の発明における発明の実施とは,その物を生産,使用等をすることをいうから(同項1号),方法の発明については,明細書にその方法を使用できるような記載が,物の発明については,その物を製造する方法についての具体的な記載が,それぞれ必要があるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用し,又はその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。」(平成22(行ケ)10348号判決参照。)とされているところ、このような観点に基づいて、本件特許が実施可能要件に違反するものであるか否かについて検討する。

本1発明は「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」を発明特定事項とするものであって、上記(1)ウ.(段落0017)の記載にあるように、本1発明は「含フッ素エラストマー」が特定のムーニー粘度を有することにより、その有用性を示すものと解することができる。

そして、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、上記(1)ア.(段落0007)に「121℃におけるムーニー粘度は最低でも25程度のものしか検討しておらず、柔軟性が充分に満足できるものではなかった。」との記載がなされている。
しかしながら、例えば、令和2年2月3日付けの意見書(特許権者)に添付された乙第2号証(特許第4737008号公報)の段落0121、0123及び0131(下記刊行物1の摘記1d)には「ポリマーのムーニー粘度_(1+10)(100℃)」が「7」の「含フッ素エラストマー」を用いて「121℃におけるムーニー粘度ML_(1+10)が3のフルコンパウンド」が得られたことが記載され、同段落0086(摘記1c)には「放熱材として利用」することが記載されているところ、100℃でのムーニー粘度が「7」であれば、それよりも高温の121℃のムーニー粘度が「10以下」になることは明らかであるので、本1発明の「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」を用いた「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物」は、本件特許の優先日(平成29年11月2日)当時の技術水準において普通に知られているといえる。
また、同意見書に添付された乙第6号証(https://www.sifel.jp/products/sifel.html)に対応するサイトの「

」との記載にある「SIFEL8000シリーズ」という2液型の「液状フッ素エラストマー」の市販品は、令和2年9月3日付けの回答書(申立人)に添付された甲第7号証(特開2010-232535号公報)の段落0028の「実施例1…粘度が3Pa・sの液状フッ素化ポリエーテル(信越化学工業株式会社製SIFEL(登録商標)8370)100g、熱伝導性充填剤としての第1の酸化アルミニウム…に混合し…耐熱性放熱シート(試料1)を作製した。」との記載、及び同じく甲第9号証(特開2015-67737号公報)の段落0091の同様な記載にあるように、甲第7号証(平成21年出願)及び甲第9号証(平成25年出願)の出願日以前に市販品として普通に入手可能であったといえるものである。
そして、甲第7号証の上記「粘度が3Pa・sの液状フッ素化ポリエーテル」との記載にある粘度は、同じく甲第5号証(https://www.sifel.jp/products/sifel8000.html)に対応するサイトの「

」との記載からみて23℃付近の粘度と解されるところ、23℃での粘度が「3」程度であれば、それよりも高温の121℃のムーニー粘度が「10以下」になることは明らかであるので、本1発明の「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」を用いた「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物」は、本件特許の優先日以前に入手可能な市販品を用いて、当業者が製造可能になっていたといえる。

したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許の請求項1?7に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものでないとはいえないから、特許法第36条第4項第1号に適合するものでないとはいえない。
よって、上記〔理由1〕には、理由がない。

2.理由2(サポート要件)について
(1)本1?本7発明の解決しようとする課題について
一般に『特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(…)が証明責任を負うと解するのが相当である。…当然のことながら,その数式の示す範囲が単なる憶測ではなく,実験結果に裏付けられたものであることを明らかにしなければならないという趣旨を含むものである。』とされているところ〔平成17年(行ケ)10042号判決参照。〕、上記1.(1)イ.(段落0008)の記載からみて、本1?本7発明の解決しようとする課題は『柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物の提供』にあるものと認められる。

(2)対比・判断
事案に鑑み、まず、本4発明に係る請求項4の記載のサポート要件の適合性を検討する。

本4発明は、本件特許の請求項4に記載された「絶縁性熱伝導フィラーの含有量は、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である請求項1?3のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。」という事項、及び同請求項1に記載された「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー、および、絶縁性熱伝導フィラーを含むことを特徴とする放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。」という事項を発明特定事項とするものである。

ここで、上記1.(1)オ.(段落0091)には「絶縁性熱伝導フィラーの含有量が70体積%未満であると、熱伝導性が低下する傾向があり、90体積%をこえると、ゴムの混練が困難となったり、成形品の硬度が上昇したり、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物のムーニー粘度が上昇し、成形しにくくなる傾向がある。」という「作用機序」についての記載がなされている。
また、令和2年5月26日付けの意見書(特許権者)の第9頁第26行?第10頁第4行においては「熱伝導フィラー…の含有量…たった45体積%…では、…本件発明が課題とする高い放熱特性も得られません。」との主張がなされている。
してみると、上記『柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物の提供』という課題を解決するためには、本4発明の上記「絶縁性熱伝導フィラーの含有量は、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である」という事項を満たす必要があるものと認識される。

さらに、上記1.(1)エ.(段落0043)には「含フッ素エラストマーは、121℃におけるムーニー粘度が10以下である。また、8以下が好ましく、5以下がより好ましい。含フッ素エラストマーは、このように極めて低いムーニー粘度を有するので、絶縁性熱伝導フィラーを多量に添加した場合でも柔軟性に優れるとともに、発熱部材との密着性が向上し、放熱効果が大幅に増大する。」という「作用機序」についての記載がなされている。
してみると、本4発明のように「絶縁性熱伝導フィラーを多量に添加」する場合、上記『柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物の提供』という課題を解決するためには、本4発明の上記「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」という事項も満たす必要があるものと認識される。

なお、上記1.(1)カ.(段落0102?0104及び0111)には、含フッ素エラストマー(1)?(3)を配合してなる実施例1?2及び比較例1の具体例が記載されているところ、
その「熱伝導率」は、何れも「3.0W/m・K」であって、その「熱伝導性」の性能に差が無く、
その「1%分解温度」及び「重量減少率」は、比較例1が「381℃」及び「0.61%」であるのに、実施例2が「349℃」及び「2.53%」であって、その「耐熱性」の性能は、実施例2の方が比較例1に劣るものであるが、
その「アスカー硬度C」のピーク値(及び3秒後の値)は、比較例1が「97(96)」であるのに、実施例1が「80(75)」で、実施例2が「40(6)」であって、その「柔軟性」の性能は、実施例1及び2の方が比較例1に優れるものであるので、
令和2年2月3日付けの意見書(特許権者)の第7頁第19?21行の「本1発明の大きな課題は、柔軟性および熱伝導性であって、ご指摘の耐熱性は、本1発明において必要不可欠な課題でなく、二次的な課題にすぎません。」との主張をも斟酌するに、
実施例1?2及び比較例1の「試験結果」を根拠に、本4発明が、上記『柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物の提供』という課題を解決できると認識できる範囲にないとすることは適切でない。

そうすると、上記1.(1)オ.及びエ.の「作用機序」についての記載を考慮すれば、本4発明の上記「絶縁性熱伝導フィラーの含有量は、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である」という発明特定事項、及び上記「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」という発明特定事項を満たせば、上記『柔軟性および熱伝導性に優れた放熱材料用含フッ素エラストマー組成物の提供』という課題を解決できると当業者が認識できるといえるので、
上記〔理由2〕の(い)の「121℃におけるムーニー粘度が10以下」のものが上記所定の課題を解決できないとはいえず、
上記〔理由2〕の(う)の「VdF/HFP共重合体=78/22モル%」以外のものが上記所定の課題を解決できないとはいえず、
上記〔理由2〕の(え)の「メタクリルシラン処理された酸化アルミニウム」以外のものが上記所定の課題を解決できないとはいえない。

したがって、本4発明は、サポート要件を満たさないとはいえないから、本件特許の請求項4の記載が、特許法第36条第6項第1号に適合するものでないとはいえない。

また、上記〔理由2〕の(い)?(え)の指摘は、上記「絶縁性熱伝導フィラーの含有量は、放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である」という事項を満たす必要があることを指摘するものではないところ、上記〔理由2〕の(い)?(え)の指摘を根拠に、本1?本3及び本5?本7発明がサポート要件を満たさないとすることは、妥当ではない。
よって、上記〔理由2〕には、理由がない。

3.理由3(新規性)及び理由4(進歩性)について
(1)引用刊行物の記載事項
上記刊行物1には、次の記載がある。
摘記1a:請求項1
「【請求項1】(A)フッ化ビニリデンに由来する構造単位および/またはテトラフルオロエチレンに由来する構造単位と少なくとも1種のさらなるモノマーに由来する構造単位とからなり、
(a)数平均分子量(Mn)が30,000?70,000g/モル、
(b)ヨウ素含有量が0.3?1.0重量%、
(c)分子量分布(重量平均分子量Mw/数平均分子量Mn)が1.3以上で4.0未満、かつ
(d)ムーニー粘度(100℃におけるML_(1+10))が2?30である含フッ素エラストマー、
(B)有機過酸化物加硫剤、
(C)含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して0.01?20重量部の多官能性加硫助剤、および
(D)含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して60?300重量部の充填剤
からなる含フッ素エラストマー組成物。」

摘記1b:段落0002及び0008
「【0002】ビニリデンフルオライド-ヘキサフルオロプロピレン(VdF-HFP)系やテトラフルオロエチレン(TFE)-パーフルオロ(アルキルビニルエーテル)系の含フッ素エラストマーは、それらの卓抜した耐薬品性、耐溶剤性、耐熱性を示すことから、過酷な環境下で使用されるO-リング、ガスケット、ホース、ステムシール、シャフトシール、ダイヤフラムなどとして自動車工業、半導体工業、化学工業などの分野において広く用いられている。…
【0008】さらに、含フッ素エラストマーの添加剤としてカーボンブラックなどの充填剤(フィラー)がしばしば用いられるが、フィラーの充填とともに組成物の粘度は上昇し、練り性および成形時の流動性が悪化するという問題があった。特に、導電性や放熱性などの機能を付与するためには多量の充填剤を配合しなければならないが、従来技術では粘度上昇やスコーチ、練り不良などの理由で、加工が非常に困難、または実質的に加工できなかった。この原因としては、従来のフッ素ゴムの粘度が高すぎるため、フィラーを高配合した場合の粘度上昇が著しい、または粘着性が不足しているため、フィラーとの親和性が乏しく、混練りしにくいことなどが挙げられる。」

摘記1c:段落0076、0083、0086?0089及び0102
「【0076】…さらに通常の添加剤である充填剤…を本発明の目的を損なわない限り使用してもよい。…
【0083】さらに本発明の含フッ素エラストマー組成物に用いられる含フッ素エラストマーは、低分子量であるため、充填剤(D)を高配合しても、組成物の粘度上昇を著しく抑制することができ、かつ含フッ素エラストマーが粘着性を有するため、未加硫コンパウンドからフィラーが欠落する現象も大幅に抑制することができるものである
充填剤(D)としては、無機酸化物、カーボン、樹脂などをあげることができ、具体的にはカーボンブラック、オースチンブラック、グラファイト(天然黒鉛、人造黒鉛)、シリカ、シリケート、クレー、ケイソウ土、モンモリロナイト、タルク、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、硫酸バリウム、脂肪酸カルシウム、ポリエチレン、酸化チタン、ベンガラ、窒化ホウ素、窒化アルミニウム、酸化マグネシウム、アルミナ、カーボンナノチューブ、金属繊維、金属粉末、導電性金属酸化物、耐熱エンプラ、PTFEを基にするテトラフルオロエチレンとエチレンからなるエチレン-テトラフルオロエチレン共重合体(ETFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)などのフルオロポリマー、ポリイミドなどの樹脂フィラーなどをあげることができる。…
【0086】コンピュータのCPUや、自動車のエンジン・モーター類などに用いられる放熱材として利用する場合は、酸化マグネシウム、アルミナのような金属酸化物の他に、窒化ホウ素、窒化アルミニウムなどの窒化物、カーボンナノチューブなどが好適に用いられる。
【0087】充填剤(D)の添加量は、含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して、50?300重量部であることが好ましく、60?200重量部であることがより好ましい。充填剤が50重量部未満であると、放熱性で導電性などの特定の機能が充分に発揮できない傾向があり、300重量部以上ではゴムとの混合・練り工程において粘度が著しく上昇するため、成形不良をおこす傾向がある。
【0088】また、本発明の含フッ素エラストマー組成物としては、前記含フッ素エラストマー(A)100重量部、前記有機過酸化物加硫剤(B)0.1?10重量部に、さらに、多官能性加硫助剤(C)0.1?20重量部、充填剤(D)50?300重量部を添加した含フッ素エラストマー組成物が好ましい。
【0089】さらに、本発明の含フッ素エラストマー組成物としては、含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して、前記充填剤(D)の配合量Aが50?300重量部である含フッ素エラストマー組成物であって、該含フッ素エラストマー組成物のムーニー粘度(121℃におけるML_(1+10))が120以下であり0.4A+4以下、かつ、4以上である含フッ素エラストマー組成物であることが高フィラー配合成形物の成形を容易に行える点から好ましい。
【0102】…標準配合物を標準加硫条件で1次プレス加硫および2次オーブン加硫して厚さ2mmのシートとし、JIS-K6251に準じて測定する。」

摘記1d:段落0117?0118、0121、0123及び0131
「【0117】実施例1
参考例1同様の電磁誘導攪拌装置を有する内容積2.5リットルの重合槽に、純水1324gと参考例1で製造したポリマー粒子の水性分散液33.5gと10重量%のパーフルオロオクタン酸アンモニウム水溶液19.1gを仕込み、系内を窒素ガスで充分置換したのち減圧にした。この操作を3回繰り返し、減圧状態で、VdF171gとHFP729gを仕込み、攪拌下に80℃まで昇温した。ついでオクタフルオロ-1,4-ジヨードブタン5.96gと純水15gに溶解したAPS0.068gを窒素ガスにて圧入して重合を開始し、(a)、(b)および(c)の条件で重合を継続し、3.4時間後に攪拌を止め、未反応モノマーを放出して重合を停止した。
(a)重合槽内組成VdF/HFP=36/64(モル%)に対するPeng-Robinson式による臨界温度・臨界圧力計算をAspen Plus Ver.11.1を用いて行ったところ、Tc=87.7℃、Pc=3.05MPaであった。さらに換算温度TR0.95、換算圧力PR0.80による変換を行なうと、T=69.7℃、P=2.44MPaとなり、本実施例の重合条件は、換算温度TR0.95以上かつ換算圧力PR0.80以上で実施している。
(b)VdF/HFP(95/5(モル%))モノマー混合物を連続的に供給し、気相部分の圧力を6MPaに維持した。また、重合終了までに、190gのモノマーを槽内に供給した。
(c)攪拌速度を560rpmで維持した。
(d)重合時間が3時間を過ぎた時点で、純水15gに溶解したAPS0.034gを仕込んだ。
【0118】得られた乳濁液の重量は1899g、ポリマー濃度が28.6重量%であり、ポリマー粒子の数は、2.6×1014個/水1gであった。このポリマー乳濁液を硫酸アルミニウムで凝固、脱水後、130℃の熱風乾燥機で15時間乾燥し、543gのエラストマーを得た。これをGPCで測定した重量平均分子量Mwは9.4万、数平均分子量Mnは4.8万、Mw/Mnは1.9であった。また、19F-NMRで測定した重合体の組成はVdF/HFP=77/23(モル%)で、元素分析によるヨウ素含有量は0.53重量%、100℃におけるムーニー粘度ML_(1+10)は11であった。このエラストマーを標準配合条件1にてロール練りを行い、ムーニー粘度ML_(1+10)が8のフルコンパウンドを得た。…
【0121】実施例3
実施例1で得られた含フッ素エラストマーを標準配合条件2にてロール練りを行った。分散状態は非常に良く、適度に粘着性があるため、未加硫組成物から充填剤はほとんど脱落することがなかった。121℃におけるムーニー粘度ML_(1+10)が18のフルコンパウンドを得た。…
【0123】実施例5
充填剤を酸化アルミニウム(アルミナビーズCB-40A/昭和電工(株)製)にした以外は、実施例3と同様にして、121℃におけるムーニー粘度ML_(1+10)が3のフルコンパウンドを得た。…
【0131】【表2】



上記刊行物2には、次の記載がある。
摘記2a:段落0022
「【0022】…熱伝導フィラーとしては、例えば窒化ホウ素、窒化アルミニウム、アルミナ、窒化珪素、および酸化マグネシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種の絶縁性フィラーが用いられる。」

上記刊行物3には、次の記載がある。
摘記3a:請求項6
「【請求項6】…前記熱伝導用フィラーは、平均粒径が1?200μmである、高熱伝導性シート。」

上記刊行物4には、次の記載がある。
摘記4a:請求項1
「【請求項1】…上記放熱フィラーが、アルミナを主成分とし、シランカップリング剤で表面処理されている摺動部材用樹脂組成物。」

上記刊行物5には、次の記載がある。
摘記5a:段落0024
「【0024】…(A)成分の球状の熱伝導性充填剤としては、…昭和電工(株)から販売されている球状アルミナである「アルミナビース CB(登録商標)」のCBシリーズ(平均粒子径d_(50)=2?71μm)…を使用することができる。」

(2)刊行物1に記載された発明
摘記1aの「(A)…ムーニー粘度(100℃におけるML_(1+10))が2?30である含フッ素エラストマー、…および(D)含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して60?300重量部の充填剤からなる含フッ素エラストマー組成物。」との記載、
摘記1bの「放熱性などの機能を付与するためには多量の充填剤を配合しなければならないが、…フッ素ゴムの粘度が高すぎるため、フィラーを高配合した場合の粘度上昇が著しい、または粘着性が不足している」との記載、
摘記1cの「本発明の含フッ素エラストマー組成物…コンピュータのCPUや、自動車のエンジン・モーター類などに用いられる放熱材として利用する場合は、酸化マグネシウム、アルミナのような金属酸化物の他に、窒化ホウ素、窒化アルミニウムなどの窒化物、カーボンナノチューブなどが好適に用いられる。」との記載、並びに
摘記1dの「実施例5 充填剤を酸化アルミニウム」との記載、及び表2の記載からみて、刊行物1には、
『(A)ムーニー粘度(100℃におけるML_(1+10))が2?30である含フッ素エラストマー、および(D)充填剤(酸化アルミニウム)からなる、放熱材として利用する含フッ素エラストマー組成物。』についての発明(以下「刊1発明」という。)が記載されているといえる。

(3)対比・判断
本1発明と刊1発明とを対比する。
刊1発明の「(A)ムーニー粘度(100℃におけるML_(1+10))が2?30である含フッ素エラストマー」は、刊行物1の段落0131(摘記1d)の表2の「実施例5」の具体例のものの「ポリマーのムーニー粘度_(1+10)(100℃)」が「7」であり、121℃でのムーニー粘度は「7」より更に低くなることから、本1発明の「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」に相当する。
刊1発明の「(D)充填剤(酸化アルミニウム)」は、例えば、刊行物2の段落0022(摘記2a)の「熱伝導フィラー…アルミナ…絶縁性フィラー」との記載、及び甲第7号証(特開2010-232535号公報)の段落0024の「熱伝導性充填材として…電気絶縁性である…酸化アルミニウム…が挙げられる」との記載にあるように「絶縁性」の「熱伝導フィラー」であることが明らかであるから、本1発明の「絶縁性熱伝導フィラー」に相当する。
刊1発明の「放熱材として利用する含フッ素エラストマー組成物」は、本1発明の「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物」に相当する。

してみると、本1発明と刊1発明は『121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー、および、絶縁性熱伝導フィラーを含む放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。』という点において一致し、両者に相違する点はない。
したがって、本1発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

そして、特許権者は、令和2年5月26日付けの意見書(特許権者)の第9頁第25行?第10頁第8行において「5つの実施例のうち、熱伝導フィラーを使用したものとしては実施例5しかなく、含フッ素エラストマー(VdF/HFP共重合体)100部に対して、酸化アルミニウム(アルミナビーズCB-40A)を100部配合しており、その含有量を換算すると、たった45体積%(=((100/2.25)/((100/1.81)+(100/2.25)))×100、含フッ素エラストマーの比重1.81、酸化アルミニウムの比重2.25で換算)にしかなりません。これほど少ない含有量では、流動性が大きく損なわれることはなく、また、本件発明が課題とする高い放熱特性も得られません。よって、この程度の開示しかない刊行物1から、121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマーと絶縁性熱伝導フィラーを組み合わせることにより、流動性を維持したうえで高い放熱特性が得られることは、予測できません。」と主張し、
同12頁第1?2行において「本件特許権者は、少なくとも請求項4に係る本件特許発明は特許性を有していると考えております。」と主張する。
しかしながら、本1発明は、そもそも特許権者が主張する上記「たった45体積%」の場合を包含しているので、本1発明と刊1発明に相違する点は認められず、本1発明は上記のとおり刊行物1に記載された発明であって特許法第29条第1項第3号に該当するものであるし、本件特許の請求項4に記載の発明特定事項を具備していない本1発明に、格別予想外の顕著な効果があるとはいえないので、本1発明に進歩性があるとも認められない。
したがって、本1発明は、刊行物1に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

(4)本2?本7発明について
ア.本4発明の新規性及び進歩性について
事案に鑑み、まず、本4発明について検討する。
本4発明は、本1?本3発明において「絶縁性熱伝導フィラーの含有量」が「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である」ことを更に特徴とするものである。
ここで、本4発明と刊1発明とを対比すると、上記(3)に示した理由と同様な理由により、本4発明と刊1発明は『121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー、および、絶縁性熱伝導フィラーを含む放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。』という点において一致し、次の〔相違点〕において相違する。
〔相違点〕放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中の「絶縁性熱伝導フィラーの含有量」が、前者は「70?90体積%」であるのに対して、後者は「70?90体積%」であるか否か不明である点。

そこで、上記〔相違点〕について検討するに、刊行物1の請求項1(摘記1a)には「(D)含フッ素エラストマー(A)100重量部に対して60?300重量部の充填剤」との記載がなされているものの、当該記載は「重量」基準のものであって、その含有量を「体積%」に換算した場合の値は不明である。
そして、刊行物1?5の全ての記載を精査しても、本4発明の「体積%」の構成に関する記載は見当たらない。
このため、本4発明の「絶縁性熱伝導フィラーの含有量」が「放熱材料用含フッ素エラストマー組成物中、70?90体積%である」という上記〔相違点〕に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易想到であるということはできない。
加えて、本件特許明細書の段落0091の「絶縁性熱伝導フィラーの含有量が70体積%未満であると、熱伝導性が低下する」との記載、及び同段落0043の「絶縁性熱伝導フィラーを大量に添加し…放熱効果が大幅に増大する。」との記載からみて、本4発明は、上記「相違点」に係る構成を具備することにより、格別の効果を奏するに至ったものと認められる。
したがって、本4発明は、刊行物1に記載された発明であるとはいえず、また、刊行物1?5に記載された発明(並びに甲第1?9号証のうちの公知技術)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないので、特許法第29条第1項第3号及び第2項に違反するとはいえない。
よって、本4発明に関し、上記〔理由3〕及び〔理由4〕に理由はない。

なお、令和2年9月3日付けの回答書(申立人)の第6頁第3?5行では「(e)しかしながら、放熱材料用の組成物を検討する上で、高い放熱特性を得るために熱伝導性フィラーをできるだけ多く配合しようとすることは当業者であれば当然に考えることである。」との主張がなされているが、刊行物1の段落0087(摘記1c)には「充填剤(D)の添加量は、…300重量部以上ではゴムとの混合・練り工程において粘度が著しく上昇するため、成形不良をおこす傾向がある。」との記載がなされているので、充填剤の添加量を安直に増量することには「阻害事由」があるといえる。
したがって、この主張は採用できない。

イ.本2?本3及び本5?本7発明について
本2発明は、本1発明において「含フッ素エラストマー」が「テトラフルオロエチレン」や「フッ化ビニリデン」の単量体に由来する構造単位を含むことを更に特徴とするものであるところ、刊行物1の請求項1(摘記1a)の「(A)フッ化ビニリデンに由来する構造単位および/またはテトラフルオロエチレンに由来する構造単位」からなる「フッ素エラストマー」との記載からみて、これらの事項は新たな相違点を形成しないので、本2発明に新規性ないし進歩性はない。
本3発明は、本1?本2発明において「絶縁性熱伝導フィラー」が「酸化アルミニウム、窒化アルミニウム、窒化ホウ素、窒化ケイ素、炭化ケイ素、酸化マグネシウム及び酸化亜鉛からなる群より選択される少なくとも1種である」ことを更に特徴とするものであるところ、刊1発明は「酸化アルミニウム」を用いるものであって、これらの事項は新たな相違点を形成しないので、本3発明に新規性ないし進歩性はない。
本5発明は、本1?本4発明において「絶縁性熱伝導フィラーが、シランカップリング剤で処理されている」ことを更に特徴とするものであるところ、刊行物1の段落0076(摘記1c)の「さらに通常の添加剤である充填剤…を本発明の目的を損なわない限り使用してもよい。」との記載、及び刊行物4の請求項1(摘記4a)の「放熱フィラーが、アルミナを主成分とし、シランカップリング剤で表面処理されている」との記載からみて、これらの事項は新たな相違点を形成しないので、本5発明に新規性ないし進歩性はない。
本6発明は、本1?本5発明において「絶縁性熱伝導フィラー」が「粒子径が0.1?200μmである」ことを更に特徴とするものであるところ、刊行物5の段落0024(摘記5a)の「昭和電工(株)から販売されている球状アルミナである「アルミナビース CB(登録商標)」のCBシリーズ(平均粒子径d50=2?71μm)」との記載からみて、刊行物1の段落0123(摘記1d)の「実施例5」で用いられている「酸化アルミニウム(アルミナビーズCB-40A/昭和電工(株)製)」の粒子径が、本6発明の「0.1?200μm」から逸脱した範囲にないことは明らかであって、これらの事項は新たな相違点を形成しないので、本6発明に新規性ないし進歩性はない。
本7発明は「請求項1?6のいずれかに記載の放熱材料用含フッ素エラストマー組成物を成形して得られるシート。」に関するものであるところ、刊行物1の段落0102の「厚さ2mmのシートとし」との記載、及び刊行物3の請求項6(摘記3a)の「シート」との記載からみて、これらの事項は新たな相違点を形成しないので、本7発明に新規性ないし進歩性はない。
そして、特許権者の令和2年5月26日付けの意見書(特許権者)の第12頁第1?2行における「本件特許権者は、少なくとも請求項4に係る本件特許発明は特許性を有していると考えております。」等の主張によっては、本2?本3及び本5?本7発明に新規性ないし進歩性があるとはいえない。
したがって、本2?本3及び本5?本7発明は、刊行物1に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。
また、本2?本3及び本5?本7発明は、刊行物1?5に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4.取消理由通知において採用しなかった特許異議申立て理由について
(1)申立理由1(実施可能要件)
申立人が主張する申立理由1は、明細書等の記載及び出願時の技術常識に基づいても、当業者が「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー」を作る(実現する)ことはできず、また用いることができないことから、本件特許明細書は実施可能要件違反(特許法第36条第4項第1号)に該当するというものである。
そして、当該理由は、上記第3の〔理由1〕に示したとおり取消理由通知において採用されているから、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由に該当しない。

(2)申立理由2(サポート要件)
申立人が主張する申立理由2は、本件特許明細書において本件発明の作用効果が具体的に立証されているのはわずかに、実施例1,2で使用されている「VdF/HFP共重合体=78/22モル%」の1種類についてだけであるから、本件特許発明1及びこれを引用する本件特許発明2?7はサポート要件違反(特許法第36条第6項第1号)に該当するというものである。
そして、当該理由は、上記第3の〔理由2〕に示したとおり取消理由通知において採用されているから、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由に該当しない。

(3)申立理由3(明確性要件)
申立人が主張する申立理由3は、数平均分子量が3000以下の高分子材料は通常、液状の材料であってエラストマー(弾性体)であるとは考え難いものであるから、本件特許発明1における「エラストマー」の範囲が不明確であり、本件特許発明1?7は明確性要件違反(特許法第36条第6項第2号)に該当するというものである。
しかしながら、令和2年9月3日付けの回答書(申立人)に添付して提出された甲第5号証の「新規製品部サイトHOME>液状フッ素エラストマー>ポッティングゲル用SIFEL8000シリーズ」との記載にある「液状フッ素エラストマー」との用語の記載からみて、液状のエラストマーが技術的に不明確であるとはいえず、そもそも本件特許の請求項1の「121℃におけるムーニー粘度が10以下である含フッ素エラストマー、および、絶縁性熱伝導フィラーを含むことを特徴とする放熱材料用含フッ素エラストマー組成物。」との記載に「液状」や「数平均分子量」といった事項は記載されておらず、当該請求項1の記載中に不明確な記載は見当たらない。
なお、上記回答書の第5頁第12?16行において、申立人は『甲5及び甲6のような硬化(架橋反応)前に室温で液体であって硬化(架橋反応)後にゲル状やエラストマーとなる硬化性の組成物のいずれもが、本件特許発明1における「含フッ素エラストマー」に該当するとなると、態様が大きく異なる多種多様の広範な材料が液体フルオロエラストマーに含まれることとなり、本件特許発明1の要件を明確に把握することが困難である。』と主張するが、本4発明の「含フッ素エラストマー」は「121℃におけるムーニー粘度が10以下」であるものに特定されているので、当該粘度が「10以下」を満たさないものが本4発明の範囲に含まれないことは明確であり、そもそも「多種多様な広範な材料」が含まれることと、特許請求の範囲の記載が明確であるか否かに、関係があるとはいえないので、申立人の上記主張は採用できない。
したがって、申立人の主張及び立証方法によっては、本4発明に係る特許が特許法第36条第6項第2号の規定に違反してなされたものとはいえない。

第6 むすび
以上のとおり、本件特許の請求項1?3及び5?7に係る発明の特許は、特許法第29条の規定に違反する特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。
また、本件特許の請求項4に係る発明の特許は、特許法第36条第4項第1号又は第6項の規定を満たさない特許出願に対してなされたものであるとはいえないから、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものであるとはいえず、また、特許法第29条の規定に違反する特許出願に対してされたものであるとはいえないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものであるとはいえない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2020-11-10 
出願番号 特願2018-203867(P2018-203867)
審決分類 P 1 651・ 121- ZC (C08L)
P 1 651・ 113- ZC (C08L)
P 1 651・ 537- ZC (C08L)
P 1 651・ 536- ZC (C08L)
最終処分 一部取消  
前審関与審査官 中野 孝一  
特許庁審判長 日比野 隆治
特許庁審判官 木村 敏康
蔵野 雅昭
登録日 2019-03-15 
登録番号 特許第6493616号(P6493616)
権利者 ダイキン工業株式会社
発明の名称 放熱材料用含フッ素エラストマー組成物及びシート  
代理人 特許業務法人 安富国際特許事務所  

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