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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
管理番号 1370044
異議申立番号 異議2020-700330  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-05-12 
確定日 2021-01-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6604093号発明「油井管」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6604093号の請求項1?6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
本件の特許第6604093号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?6に係る特許についての出願は、平成27年 9月 1日の出願であって、令和 1年10月25日にその特許権の設定登録がされ、同年11月13日に特許掲載公報が発行され、その後、その請求項1?6(全請求項)に係る特許について、令和 2年 5月12日に特許異議申立人である吉田敦子(以下、「申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、同年 7月20日付けで取消理由が通知され、同年 9月28日受付(書留番号126/832)で特許権者から意見書が提出され、同年10月30日付けで申立人から上申書が提出されたものである。

第2 特許異議の申立てについて
1 本件特許発明
本件特許の請求項1?6に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明6」といい、総称して「本件特許発明」ということがある。)は、本件特許についての出願の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
ステンレス鋼からなり、他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
化学組成が、質量%で、
C:0.001?0.06%、
Si:0.05?0.5%、
Mn:0.01?2.0%、
P:0.03%以下、
S:0.005%未満、
Cr:15.5?18.0%、
Ni:2.5?6.0%、
V:0.005?0.25%、
Al:0.05%以下、
N:0.06%以下、
O:0.01%以下、
Cu:0?3.5%、
Co:0?1.5%、
Nb:0?0.25%、
Ti:0?0.25%、
Zr:0?0.25%、
Ta:0?0.25%、
B:0?0.005%、
Ca:0?0.01%、
Mg:0?0.01%、及び
REM:0?0.05%を含有し、さらに、
Mo:1.4?3.5%、及び
W:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有し、
前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
1.0≦Mo+0.5W≦3.5 (1)
ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。
前記油井管は、
管本体と、
前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、
を備え、
前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、
複数のねじ谷底面と、
前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、
を含む、油井管。
【請求項2】
請求項1に記載に油井管であって、
前記雄ねじ部は、
完全ねじ部と、
前記完全ねじ部よりも前記管本体側に配置される不完全ねじ部と、
を有し、
前記不完全ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、対応する1の荷重フランク面と傾斜面を介して接続される少なくとも1つのねじ山頂面を含み、
前記傾斜面は、管軸に垂直な方向の長さが、前記完全ねじ部のねじ山の高さの6?13%である、油井管。
【請求項3】
請求項2に記載の油井管であって、
前記不完全ねじ部は、管軸方向の長さをLiとして、前記管本体側の端から0.1×Liの距離にある第1位置から、前記管本体側の端から0.5×Liの距離にある第2位置までの応力集中領域を含み、
前記少なくとも1つのねじ山頂面は、前記応力集中領域に配置されている、油井管。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載の油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
前記化学組成が、質量%で、
Cu:0.2?3.5%、及び
Co:0.05?1.5%からなる群から選択された1種又は2種を含有する、油井管。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載の油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.01?0.25%、
Ti:0.01?0.25%、
Zr:0.01?0.25%、及び
Ta:0.01?0.25%からなる群から選択された1種又は2種以上を含有する、油井管。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
前記化学組成が、質量%で、
B:0.0003?0.005%、
Ca:0.0005?0.01%、
Mg:0.0005?0.01%、及び
REM:0.0005?0.05%からなる群から選択された1種又は2種以上を含有する、油井管。」

2 異議申立理由の概要
申立人は、証拠方法として、後記する甲第1?5号証を提出し、以下の理由により、本件特許の請求項1?6に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。

(1)申立理由1(進歩性)
本件特許発明1、4?6は、甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基いて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから、同発明に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、取り消されるべきものである。

(2)申立理由2(実施可能要件)、申立理由3(サポート要件)
本件特許発明1?6の油井管について、本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」という。)には、油井管と鋼板からどのようにして製造するかは記載されておらず、仮に、本件特許発明1?6の油井管がビレット等から製造された鋼管(継目無鋼管)であるとしても、その製造方法(熱間圧延温度や減面率等)は、発明の詳細な説明に記載されておらず、また、発明の詳細な説明の【表4】の記載によれば、圧延率を50%以上としてもβが1.55以上となるものと、1.55未満となるものがあることから、当業者はβを1.55以上とするために試行錯誤を繰り返さなければならない。
したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。
また、本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

(3)申立理由4(明確性要件)
本件特許発明1?6は、特定事項である「対応する1」がどのようなものを指しているのか明確でなく、したがって、本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

<証拠方法>
甲第1号証:国際公開第2010/134498号
甲第2号証:国際公開第2013/146046号
甲第3号証:日本塑性加工学会編、「板圧延-世界をリードする圧延技術-」、コロナ社、1993年2月15日、第13?15頁
甲第4号証:特公平7-69028号公報
甲第5号証:特許第6432683号公報

3 取消理由通知書に記載した取消理由の概要
請求項1?6に係る特許に対して、当審が申立理由2を採用して、令和 2年 7月20日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。

取消理由1(実施可能要件)
本件特許の願書に添付した明細書及び図面(以下、「本件明細書等」という。)の発明の詳細な説明には、ステンレス鋼ないしステンレス鋼板については、請求項1に記載のマトリクス組織に係る特定事項を備えたものを製造する方法が具体的に記載されているのに対して、本件特許発明1?6に係る油井管の製造方法については、「上述の番号1?36の鋼材と同様の化学組成及びマトリクス組織を有する各ステンレス鋼からなる複数の油井管のサンプルを製造した。」(【0171】)と記載されているのみで、この記載からは、ステンレス鋼ないしステンレス鋼板から油井管を製造するための具体的な方法や製造条件等は不明である。
また、本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても、特定のマトリクス組織を備えたステンレス鋼ないしステンレス鋼板を製造することができれば、同様のマトリクス組織を備えた鋼管である油井管も同様に製造できるとはいえない。
したがって、本件特許発明1?6に係る油井管について、本件明細書等の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、当業者がその物をどのように作るかを理解できるとはいえず、その物を作るためには当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるといえる。
よって、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。

4 取消理由についての当審の判断
当審は、令和 2年 9月28日受付の意見書における特許権者の主張、及び令和 2年10月30日付け上申書における申立人の主張を踏まえて検討した結果、上記3の取消理由1は解消したと判断したところ、その理由は以下のとおりである。
なお、上記意見書は取消理由通知に対する指定期間内に提出されたものか否か不明であるが、技術常識を説明するのみなのでこれを採用する。

(1)本件明細書等の記載
本件明細書等には、以下の記載がある(なお、下線は当審が付したものである。また、「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。)。

ア 「【発明が解決しようとする課題】
【0014】
従来、DwCは、比較的深度が浅いサーフェスケーシングを中心に適用されてきた。しかしながら、近年、掘削技術の発達によってより深く掘削することができるようになったため、インターメディエートケーシング又はプロダクションケーシングにもDwCを適用する動きが広まりつつある。
【0015】
これまで、DwCで用いられる油井管としては、API(American Petroleum Institute(アメリカ石油協会))規格の炭素鋼からなるものが主流であった。しかし、油井の深度が深くなると、炭酸ガスや硫化水素等の腐食性ガスが多くなる。DwCで用いられる油井管についても、掘削する深度が深くなるに伴い、高い耐食性が求められるようになる。
【0016】
さらに、DwCを行う際、地中の坑井の屈曲部において、油井管及びこれらを連結するねじ継手に動的な回転曲げが長時間負荷される。そのため、特にねじ継手において、従来はほとんど要求されることがなかった耐疲労性が求められるようになっている。
【0017】
本開示は、高い耐食性及び耐疲労性を有する油井管を提供することを目的とする。」

イ 「【0038】
このように、βが大きくなると、低温靱性に優れる傾向があることが分かった。以上より、βは、前記層状度を指標するものと考えることができる。」

ウ 「【0045】
このステンレス鋼は、βが1.55以上であることで、延性脆性の遷移温度が-30℃以下となる。その結果、このステンレス鋼は、低温靱性に優れる。さらに、このステンレス鋼は、高強度を有し、高温での耐SCC性及び常温での耐SSC性に優れる。」

エ 「【0080】
[製造方法]
本実施形態のステンレス鋼の製造方法の一例を説明する。上述の化学組成を有する鋼素材(スラブ、ブルーム、ビレット等の鋳片又は鋼片)を適切な温度範囲においてなるべく高い圧延率で熱間圧延することにより、βが1.55以上のマトリクス組織が得られる。本例では、ステンレス鋼の製造方法の一例として、ステンレス鋼板の製造方法について説明する。
【0081】
上述の化学組成を有する鋼素材を準備する。素材は、連続鋳造により製造された鋳片であってもよいし、鋳片又はインゴットを熱間加工して製造された板材であってもよい。
【0082】
準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。加熱された素材を熱間圧延して、中間材(熱間圧延後の鋼素材)を製造する。このとき、熱間圧延工程での圧延率40%以上とする。ここで、圧延率(r:%)は、次の式(7)で定義される。
r={1-(熱間圧延後の鋼素材の肉厚/熱間圧延前の鋼素材の肉厚)}×100 (7)
【0083】
熱間圧延時における鋼材温度(圧延開始温度)を1200?1300℃にする。ここでいう鋼材温度とは、素材の表面温度を意味する。素材の表面温度は、例えば、熱間圧延開始時に測定される。素材の表面温度は、素材の軸方向に沿って測定された表面温度の平均である。素材を加熱炉にて、例えば、1250℃の加熱温度で均熱した場合、鋼材温度は実質的に加熱温度に等しくなり、1250℃ になる。さらに、熱間圧延終了時の鋼材温度(圧延終了温度)は、1100℃以上が好ましい。
【0084】
製造工程中、複数の熱間圧延工程が存在する場合、圧延率は、1100?1300℃の鋼材温度の素材に対して連続して実施された熱間圧延工程の累積の圧延率を意味する。
【0085】
熱間圧延時に鋼材温度が1100℃を下回る場合、熱間加工性の低下により鋼材表面に多量の疵が発生することがある。したがって、鋼材の加熱温度は高い方が好ましい。一方、層状度を高めるためには高い圧延率で圧延することが好ましい。
【0086】
熱間圧延後の素板(中間材)に対して焼入れ及び焼戻しを実施する。中間材に焼入れ及び焼戻しを実施することにより、ステンレス鋼板の降伏強度を758MPa以上にすることができる。さらに、マトリクス組織が焼戻しマルテンサイト相を有する。
【0087】
好ましくは、焼入れ工程では、中間材を一旦常温近傍の温度まで冷却する。そして、冷却された中間材を850?1050℃の温度範囲に加熱する。加熱された中間材を、水等で冷却し、焼入れしてステンレス鋼板を製造する。好ましくは、焼戻し工程では、焼入れ後の中間材を650℃以下の温度に加熱する。つまり、焼戻し温度は好ましくは650℃以下である。焼戻し温度が650℃ を超えると、鋼中にオーステナイトが増加し、強度が低下しやすくなるからである。好ましくは、焼戻し工程では、焼入れ後の中間材を500℃を超えた温度に加熱する。つまり、焼戻し温度は好ましくは500℃を超えた温度である。
【0088】
以上の製造工程により、βが1.55以上であるステンレス鋼板が製造される。ステンレス鋼は、鋼板に限定されず、鋼板以外の他の形状であってもよい。好ましくは、素材を1200?125 0℃の温度で所定時間均熱し、その後、圧延率50%以上で圧延終了温度1100℃以上の熱間圧延を実施する。この場合、表面疵の発生を抑えつつ高い層状度をもつステンレス鋼材を得ることができる。」

オ 「【0156】
<1.油井管の材料について>
表2に示す化学組成を有する鋼種A?Vの鋼を溶製し、インゴットを製造した。鋼種A? Vの化学組成は、本実施形態の範囲内である。各インゴットを熱間鍛造して、幅100mm、高さ30mmの板材を製造した。製造された板材を、番号1?36の鋼素材として準備した。
・・・
【0158】
準備された複数の素材を加熱炉で加熱した。加熱された素材を加熱炉から抽出し、抽出後速やかに熱間圧延を実施し、番号1?36の中間材を製造した。熱間圧延時の素材各々の鋼材温度を、表3に示す。本実施例においては、素材を加熱炉にて十分な時間で加熱したため、鋼材温度は加熱温度に等しかった。各番号の熱間圧延での圧延率を、表3に示す。
【0159】
【表3】

【0160】
番号1?36各々の中間材に対して、焼入れ及び焼戻しを実施した。焼入れ温度は、950℃であった。焼入れ温度での保持時間(熱処理時間)は15分であった。水冷により、中間材に焼入れを実施した。焼戻し温度は、番号1、23?30、32、33の中間材が550℃であり、番号2 ?22、31、34?36の中間材が600℃であった。焼戻し温度での保持時間は30分であった。以上の製造工程により、各番号の鋼板を製造した。」

カ 「【0167】
[試験結果]
表4に試験結果を示す。番号1?36の鋼板はいずれも、フェライト相の体積率(α分率)、オーステナイト相の体積率(γ分率)及び焼戻しマルテンサイト相の体積率(M分率)が、本実施形態の範囲内であった。番号1?36の鋼材はいずれも、降伏強度が758MPa以上であり、年間腐食量が0.01mm/Year以下であり、耐SCC性及び耐SSC性が優れた。
【0168】
【表4】

【0169】
番号1、4、7、10、12?16、19?36の各鋼材はいずれも、βが1.55以上であった。これらの鋼材は遷移温度が-30℃以下であり、低温靭性に優れる。
【0170】
また、番号2、3、5、6、8、9、11、17、18の各鋼材はいずれも、βが1.5未満であり、遷移温度が-30℃を上回った。これらの鋼材は低温靭性に劣る。」

キ 「【0171】
<2.油井管の材料と構造との関係について>
上述の番号1?36の鋼材と同様の化学組成及びマトリクス組織を有する各ステンレス鋼からなる複数の油井管のサンプルを製造した。各油井管は、寸法が9-5/8" 53.5#(外径:244.5mm、肉厚:13.8mm)であり、図12に示す基本構造を有する。」

(2)そこで、本件特許発明1?6に係る「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有し、前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であ」るとの特定事項(以下、「特定事項A」という。)を備えた「油井管」を作ることができるか否かについて、以下検討する。

ア 上記(1)ア?キに摘記した記載を参照しても、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載からは、ステンレス鋼ないしステンレス鋼板から油井管を製造するための具体的方法や製造条件等は不明である。

イ この点について、特許権者が令和 2年 9月25日付け意見書に添付して提出した乙第1号証?乙第7号証には、以下の記載がある。
(ア)乙第1号証:日本鉄鋼協会編、「鉄鋼便覧III(2)条鋼・鋼管・圧延共通設備」、第3版、昭和55年11月20日、pp.903-908
「継目無鋼管とは、丸または角断面の素材を用いて継目なく製造された鋼管をいい、主として特殊な配管用鋼管、油井用鋼管、ボイラ熱交換器用鋼管、機械構造用鋼管などに用いられている。」(p.903、「11・1・1 継目無鋼管製造概要」)
「継目無鋼管用素材には丸または角断面の分塊圧延鋳片、連続鋳造鋳片または鋼塊が用いられる。」(p.908、「11・2・1 a.継目無鋼管用素材の特徴と主製造工程」)

(イ)乙第2号証:山田建夫、「継目無鋼管の圧延法」、塑性と加工、第43巻、第503号、2002年12月、pp.1145-1149
「継目無鋼管の圧延工程は加熱したビレットを中空に成形する穿孔、主に肉厚を延伸加工する延伸、外径を定径する定径工程の3段階に分類できる。」(p.1145、「1.はじめに」)

(ウ)乙第3号証:国際公開第2010/50519号
「[0042]3.製造方法
・・・ステンレス鋼管の製造方法の一例としては、まず、上述した合金組成を有するステンレス鋼のビレットを製造する。次に、一般的な継目無鋼管を製造するプロセスによりビレットから鋼管を製造する。」

(エ)乙第4号証:国際公開第2010/134498号
「[0056]4.製造方法
・・・以下、本発明による油井用ステンレス鋼の一例として、油井用ステンレス鋼管の製造方法を説明する。
[0057][S1:鋼素材の準備及び加熱工程]
上述の化学組成を有し、式(1)及び式(2)を満たす鋼素材を準備する。鋼素材は、ラウンドCCにより製造されたビレットであってもよい。
・・・
[0058][S2:熱間加工工程]
続いて、加熱した鋼素材を熱間加工して素管を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施する。具体的には鋼素材を穿孔機により穿孔して素管とする。
・・・
[0062][S3及びS4:焼入れ工程及び焼戻し工程」
熱間加工後、素管を焼入れ及び焼戻しして、0.2%オフセット耐力が758MPa以上となるように調整する。・・・以上の工程により、本発明によるステンレス鋼管が製造される。」

(オ)乙第5号証:国際公開第2011/136175号
「[0055][製造方法]
本発明のステンレス鋼の製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。
[0056]上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよい。・・・
[0057]準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。続いて、加熱した素材を熱間加工して素管を製造する。
・・・
[0060]・・・上述のとおり、高強度油井用ステンレス鋼管は、高強度油井用ステンレス鋼を用いて製造される。」

(カ)乙第6号証:国際公開第2013/146046号
「[0067][製造方法]
油井用ステンレス鋼の製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。
[0068]上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよい。・・・
[0069]準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。続いて、加熱した素材を熱間加工して素管を製造する。
・・・
[0071]熱間加工後の素管を常温まで冷却する。
・・・」

(キ)乙第7号証:三原豊、「継目無鋼管の品質向上に関する塑性加工学的研究」、名古屋大学大学院工学研究科 1986年度博士論文、昭和61年11月、報告番号乙第3149号、第145?148頁
「Appendix 2 マンドレル圧延簡易圧延理論
1)解析における仮定
イ)板の異径、異周速圧延理論を拡張した。・・・」(第145頁第1?3行)

ウ 上記イ(ア)?(カ)の各記載からすると、本件特許についての出願時、丸断面のビレット等から熱間圧延によってステンレス鋼からなる継目無鋼管を製造する技術は、工業的に十分確立されていたものといえる。

エ そして、上記(1)エのとおり、本件明細書等の【0080】?【0088】には、鋼素材(スラブ、ブルーム、ビレット等の鋳片又は鋼片)からステンレス鋼板を製造する方法についての具体的な記載があるのみであるものの、上記ウの事情を考慮すれば、組織の点はともかく、鋼板のみならず、鋼管である油井管自体を製造することは十分可能といえる。

オ また、上記(1)エのとおり、本件明細書等の【0080】?【0088】には、ステンレス鋼板の具体的な製造方法として、所定の化学組成の鋼素材を準備し、これを加熱炉又は均熱炉に装入して加熱し、鋼材温度(圧延開始温度)を1200?1300℃にして圧延率40%以上で熱間圧延して中間材(熱間圧延後の鋼素材)を製造し、該中間材に対して、一旦常温近傍の温度まで冷却した後に850?1050℃の温度範囲に加熱し、これを水等で冷却して焼入れし、その後、650℃以下の温度で焼戻す工程が記載されているところ、本件特許についての出願時の技術常識に照らせば、対象物が鋼板であるか鋼管であるかに拘わらず、上記ステンレス鋼板の具体的な製造条件を参考にして、鋼を構成する元素の化学組成や製造条件(加工条件や熱処理条件)を調整することにより、鋼材の各組織の体積率を調整することは可能であるといえる。

カ さらに、上記(1)エのとおり、本件明細書等の【0080】?【0088】の記載からすると、所定の化学組成の鋼材を適切な温度範囲においてなるべく高い圧延率(40%以上)で熱間圧延することにより、βが1.55以上のマトリクス組織のものを得ることができることが理解でき、このことは、上記(1)オの【表3】、及び上記(1)カの【表4】に、同一の化学組成(鋼種)であれば、圧延率が高くなるほどβの値が大きくなる傾向が見て取れることから、実証されているともいえる。

キ ここで、上記イ(キ)に摘記した乙第7号証の記載を参照するまでもなく、熱間圧延とそれによって得られる鋼の組織との定性的な関係は、対象物が鋼板か鋼管かに依らず、同様のものであることが、当業者には技術常識であるといえる。また、所定の化学組成を有する鋼に対して、所定の条件で加工や熱処理が施されれば、対象物が鋼板か鋼管かに依らず、同様の組織が得られることが通常である。
そうすると、当業者であれば、上記ウの教示にしたがって油井管を製造する際に、本件明細書等におけるステンレス鋼板を製造する方法についての具体的な記載を参考にして、製造条件(加工条件や熱処理条件)を調整することにより、「βが1.55以上」の点も含めステンレス鋼板の場合と同様の組織を有する油井管、すなわち、上記特定事項Aを備えた油井管を製造できることが理解できるといえる。

ク また、仮に、鋼板と鋼管とで鋼素材の寸法、形状が異なるために、所定の組織を得るための熱間圧延、熱処理などの製造条件が異なることがあるとしても、上記(1)エ、オに摘記したステンレス鋼板の製造方法に係る記載、及び上記ウ、オ、カの教示にしたがって、鋼を構成する元素の化学組成や、圧延率等を調整することにより上記特定事項Aを備えた本件特許発明1?6に係る「油井管」を製造することは十分可能であり、当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤が必要であるとはいえない。

(3)なお、申立人は、令和 2年10月30日付け上申書において、要するに、鋼板についての試験結果である上記【表4】と、油井管についての試験結果である【表5A】?【表5F】において、対応する番号のβの値が全く同じであること等を根拠として、「本件特許発明に規定されている油井管のマトリクス組織の体積率およびβの値は、実際に製造される油井管から得られたものに基づいているのではなく、鋼板から得られたデータに基づいています。すなわち、本件特許発明は油井管に係る発明であるにもかかわらず、発明の詳細な説明においては、油井管が特定事項Aに規定する特性を有することを確認しないで、他の発明(鋼板の発明)のデータを借用して、油井管に係る本件特許発明を構築していることにな」る旨主張している(上記上申書第9頁第7行?第10頁第3行)が、上述の【表4】と【表5A】?【表5F】の間で対応する番号のβの値が全く同じであることのみをもって、「本件特許発明に規定されている油井管のマトリクス組織の体積率およびβの値は、実際に製造される油井管から得られたものに基づいているのではなく、鋼板から得られたデータに基づいてい」ると断定することはできず、したがって、上記主張は根拠を欠くものといわざるを得ないので、採用しない。

(4)小括
以上のとおり、本件明細書等の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?6を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから、同発明に係る特許が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。

5 取消理由としなかった異議申立理由について
(1)申立理由1(進歩性)について
ア 各甲号証の記載、及び甲号証に記載された発明
(ア)甲第1号証の記載、及び甲第1号証に記載された発明
a 甲第1号証の記載
本件特許についての出願前に頒布された刊行物である甲第1号証には、「油井用ステンレス鋼、油井用ステンレス鋼管及び油井用ステンレス鋼の製造方法」(発明の名称)について、以下の記載がある。

(a)「[0001] 本発明は、油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管に関する。さらに詳しくは、高温の油井環境やガス井環境(以下、高温環境と称する)で使用される油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管に関する。」

(b)「[0011]・・・本発明の目的は、次の特性を有する油井用ステンレス鋼を提供することである:
・0.2%オフセット耐力で758MPa以上の高強度を有する;
・高温環境で優れた耐食性を有する;そして
・常温で優れた耐SSC性を有する。」

(c)「[0020] 本発明による油井用ステンレス鋼は、以下の化学組成及び組織を有し、758MPa以上の0.2%オフセット耐力を有する。化学組成は、質量%で、C:0.05%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.01?0.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:16.0超?18.0%、Ni:4.0超?5.6%、Mo:1.6?4.0%、Cu:1.5?3.0%、Al:0.001?0.10%、N:0.050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、式(1)及び式(2)を満たす。組織は、マルテンサイト相と、体積率で10?40%のフェライト相とを含む。そして、各々がステンレス鋼の表面から厚さ方向に50μmの長さを有し、10μmピッチで200μmの範囲に一列に配列された複数の仮想線分をステンレス鋼の断面に配置したとき、仮想線分の総数に対するフェライト相と交差する仮想線分の数の割合は85%よりも多い。
Cr+Cu+Ni+Mo≧25.5 (1)
-8≦30(C+N)+0.5Mn+Ni+Cu/2+8.2-1.1(Cr+Mo)≦-4 (2)
ここで、式(1)及び式(2)中の元素記号には、各元素の含有量(質量%)が代入される。
[0021] 0.2%オフセット耐力は、次のとおり定義される。縦軸に応力、横軸にひずみを示す応力-ひずみ曲線グラフにおいて、応力-ひずみ曲線と、その曲線中の直線部分(弾性領域)と平行な仮想直線との交点に相当する応力を、オフセット耐力という。そして、応力-ひずみ曲線の起点と、仮想直線が横軸と交差する点との距離を、オフセット量という。オフセット量が0.2%のオフセット耐力を0.2%オフセット耐力という。
[0022] 好ましくは、上記化学組成は、Feの一部に替えて、V:0.25%以下、Nb:0.25%以下、Ti:0.25%以下、Zr:0.25%以下からなる群から選択された1種又は2種以上を含有する。
[0023] 好ましくは、上記化学組成は、Feの一部に替えて、Ca:0.005%以下、Mg:0.005%以下、La:0.005%以下、Ce:0.005%以下からなる群から選択された1種又は2種以上を含有する。
[0024] 好ましくは、上記組織は、体積率で10%以下の残留オーステナイト相を含む。
[0025] 本発明による油井用ステンレス鋼管は、上記ステンレス鋼を用いて製造される。
[0026] 本発明による油井用ステンレス鋼の製造方法は、以下のS1?S4の工程を備える。
(S1)質量%で、C:0.05%以下、Si:0.5%以下、Mn:0.01?0.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:16.0超?18.0%、Ni:4.0超?5.6%、Mo:1.6?4.0%、Cu:1.5?3.0%、Al:0.001?0.10%、N:0.050%以下を含有し、残部はFe及び不純物からなり、上記式(1)及び式(2)を満たす化学組成を有する鋼素材を加熱する工程、
(S2)鋼素材温度が850?1250℃における鋼素材の減面率が50%以上となるよう、鋼素材を熱間加工する工程、
(S3)熱間加工後、Ac3変態点以上の温度に加熱して焼入れする工程、
(S4)焼入れ後、Ac1変態点以下の温度で焼戻しする工程。
減面率(%)は以下の式(3)で定義される。
減面率=(1-熱間加工後の鋼素材長手方向に垂直な鋼素材断面積/熱間加工前の鋼素材長手方向に垂直な鋼素材断面積)×100 (3)
以上の工程により上述の化学組成及び組織及び耐力を有する油井用ステンレス鋼が製造される。」

(d)「[0043] 2.組織
本発明によるステンレス鋼は、体積率で10?40%のフェライト相を含む組織を有する。組織のフェライト相以外の残部は主としてマルテンサイト相であり、他に、残留オーステナイト相を含む。残留オーステナイト層の量が増えすぎると、高強度化しにくい。そのため、鋼中の好ましい残留オーステナイト相の体積率は10%以下である。」

(e)「実施例
[0064] 表1に示す化学組成の鋼を溶製し、鋳片又は鋼片を製造した。
[表1]

[0065] 表1を参照して、鋼A?X及びAA?AFの化学組成は本発明の化学組成の範囲内であった。また、鋼A?X及びAA?AFの化学組成は式(1)及び式(2)を満たした。
[0066] 一方、鋼BA?BIは本発明の範囲から外れた。具体的には、鋼BA及び鋼BBの化学組成は本発明の範囲内であり、式(1)も満たした。しかしながら、式(2)を満たさなかった。鋼BCの化学組成は本発明の範囲内であり、式(2)も満たした。しかしながら、式(1)を満たさなかった。鋼BDのMo含有量は本発明のMo含有量の下限未満であった。鋼BEのC含有量は本発明のC含有量の上限を超えた。鋼BFのCr含有量及びCu含有量は本発明のCr含有量及びCu含有量の下限未満であった。さらに、式(1)及び式(2)を満たさなかった。鋼BGのNi含有量は本発明のNi含有量の下限未満であった。鋼BHのNi含有量は本発明のNi含有量の下限未満であり、さらに、式(1)を満たさなかった。鋼BIのCu含有量は本発明のCu含有量の下限未満であった。なお、鋼A?X、AA?AF及びBA?BIのAc1変態点は630?710℃の範囲内であり、Ac3変態点は720?780℃の範囲内であった。
[0067] 鋼A?Xと、鋼AA?ADと、鋼AFと、鋼BA?BIとは、30mmの厚さを有する鋳片であった。また鋼AEは191mmの直径を有する中実の丸ビレットであった。なお、鋼S及び鋼AEは複数本準備した。
[0068] 準備した鋳片及び鋼片を用いて表2に示す番号1?44のステンレス鋼板及びステンレス鋼管を製造した。
[表2]

[0069] [ステンレス鋼板の製造]
番号1?29及び番号33?44のステンレス鋼板は以下のとおり製造した。鋼A?X、鋼AA?AD、鋼AF及び鋼BA?BIの鋳片を加熱炉で加熱した。そして、加熱後の鋳片を熱間鍛造及び熱間圧延して、6?14.4mmの厚さと120mmの幅とを有するステンレス鋼板を製造した。熱間加工(熱間鍛造及び熱間圧延)中の鋳片の温度は1000?1250℃であった。熱間加工中の減面率は表2に示すとおりであった。減面率は式(3)に基づいて求めた。番号33?35の減面率は50%未満であった。他の番号の減面率は50%以上であった。
[0070] 製造されたステンレス鋼板を焼入れした。具体的には、980?1250℃の焼入れ温度で15分加熱した後、水冷した。焼入れ温度はいずれの試験番号の鋼もAc3変態点以上であった。そして、焼入れされた鋼板を500?650℃で焼戻しして、0.2%オフセット耐力が758?966MPaになるように調整した。焼戻し温度はいずれの番号の鋼もAc1変態点以下であった。
[0071] [ステンレス鋼管の製造]
番号30?32のステンレス鋼管は以下のとおり製造した。鋼AEの丸ビレットを加熱炉で加熱した後、熱間加工(穿孔機による穿孔とマンドレルミルによる圧延を含む)によりステンレス鋼管(継目無鋼管)を製造した。このとき、熱間加工時のビレット温度は950?1200℃であった。また、熱間加工時における減面率は表2の通りであった。番号32の減面率は50%未満であった。他の番号の減面率は50%を超えた。製造されたステンレス鋼管に対して、上述のステンレス鋼板と同様の条件で焼入れ及び焼戻しを実施して0.2%オフセット耐力が758?966MPaとなるように調整した。」

(f)「[0081] [試験結果]
表2を参照して、番号1?31は、化学組成及び組織が本発明の範囲内であった。そのため、高温耐食性試験で割れ(SCC)が発生せず、腐食速度も0.1g/(m^(2)・hr)未満であった。常温での耐SSC性試験でも割れ(SSC)が発生しなかった。」

b 甲第1号証に記載された発明
上記a(a)?(f)の記載を総合勘案し、特に、表1に示される「鋼AE」を用いて製造された表2の「番号31」のステンレス鋼管に着目すると、甲第1号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.020%、Si:0.24%、Mn:0.10%、P:0.018%、S:0.0009%、Cr:17.01%、Cu:2.48%、Ni:5.06%、Mo:2.53%、Al:0.040%、N:0.0161%、V:0.05%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼AEの丸ビレットを加熱炉で加熱した後、熱間加工時のビレット温度950?1200℃で減面率52.8%の熱間加工によりステンレス鋼管(継ぎ無鋼管)を製造し、製造されたステンレス鋼管に対して、980?1250℃の焼入れ温度で15分加熱した後、水冷し、焼入れされた鋼管を500?650℃で焼戻しして、
フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ27%、3%、70%の金属組織を有し、
0.2%オフセット耐力が905MPaで、
高温耐食性試験で割れ(SCC)が発生せず、腐食速度が0.1g/(m^(2)・hr)未満であり、常温での耐SSC性試験でも割れ(SSC)が発生しない、
油井用ステンレス鋼管。」(以下、「甲1a発明」という。)

同じく、特に、表1に示される「鋼AE」を用いて製造された表2の「番号30」のステンレス鋼管に着目すると、甲第1号証には、次の発明も記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.020%、Si:0.24%、Mn:0.10%、P:0.018%、S:0.0009%、Cr:17.01%、Cu:2.48%、Ni:5.06%、Mo:2.53%、Al:0.040%、N:0.0161%、V:0.05%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼AEの丸ビレットを加熱炉で加熱した後、熱間加工時のビレット温度950?1200℃で減面率57.9%の熱間加工によりステンレス鋼管(継ぎ無鋼管)を製造し、製造されたステンレス鋼管に対して、980?1250℃の焼入れ温度で15分加熱した後、水冷し、焼入れされた鋼管を500?650℃で焼戻しして、
フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ25%、5%、70%の金属組織を有し、
0.2%オフセット耐力が910MPaで、
高温耐食性試験で割れ(SCC)が発生せず、腐食速度が0.1g/(m^(2)・hr)未満であり、常温での耐SSC性試験でも割れ(SSC)が発生しない、
油井用ステンレス鋼管。」(以下、「甲1b発明」という。)

また、同じく、特に、表1に示される「鋼AF」を用いて製造された表2の「番号29」のステンレス鋼板に着目すると、甲第1号証には、次の発明も記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.008%、Si:0.23%、Mn:0.18%、P:0.018%、S:0.0005%、Cr:17.04%、Cu:2.49%、Ni:4.53%、Mo:2.54%、Al:0.041%、N:0.0070%、V:0.05%を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる化学組成を有する鋼AFの鋳片を加熱炉で加熱した後、加熱後の鋳片を1000?1250℃で減面率52%の熱間加工(熱間鍛造及び熱間圧延)によりステンレス鋼板を製造し、製造されたステンレス鋼板に対して、980?1250℃の焼入れ温度で15分加熱した後、水冷し、焼入れされた鋼板を500?650℃で焼戻しして、
フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ33%、5%、62%の金属組織を有し、
0.2%オフセット耐力が893MPaで、
高温耐食性試験で割れ(SCC)が発生せず、腐食速度が0.1g/(m^(2)・hr)未満であり、常温での耐SSC性試験でも割れ(SSC)が発生しない、
ステンレス鋼板。」(以下、「甲1c発明」という。)

(イ)甲第2号証の記載、及び甲第2号証に記載された発明
a 甲第2号証の記載
本件特許についての出願前に頒布された刊行物である甲第2号証には、「油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管」(発明の名称)について、以下の記載がある。

(a)「[0001] 本発明は、油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管に関し、さらに詳しくは、高温の油井環境やガス井環境(以下、高温環境と称する)で使用される油井用ステンレス鋼及び油井用ステンレス鋼管に関する。」

(b)「[0003] 本明細書では、特に断りがない限り、「高温」とは、150℃以上の温度を意味する。本明細書では、元素に関する「%」は、特に断りがない限り、「質量%」を意味する。」

(c)「[0015] 本発明の目的は、優れた高温耐食性を有し、758MPa以上の強度を安定して得ることができる、油井用ステンレス鋼を提供することである。」

(d)「発明を実施するための最良の形態
[0021] 以下、本発明の実施の形態を詳しく説明する。本発明者らは、調査及び検討した結果、次の知見を得た。
[0022] (A)高温環境での耐応力腐食割れ性(耐SCC性)を得るためには、Crの他、Ni、Mo及びCuを含有するのが好ましい。より具体的には、次の式(1)を満たせば、高温環境において、優れた耐SCC性が得られる。
[0023] Cr+4Ni+3Mo+2Cu≧44 (1)
ここで、式(1)中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
[0024] (B)Cr、Ni、Mo及びCu等の合金元素の含有量が増加すれば、高強度が安定して得られにくい。次の式(2)を満たせば、強度のばらつきが抑えられ、758MPa以上の降伏強度が安定的に得られる。
Cr+3Ni+4Mo+2Cu/3≦46 (2)
ここで、式(2)中の各元素記号は、対応する元素の含有量(質量%)が代入される。
[0025] (C)Coは、強度及び耐食性を安定化する。式(1)及び式(2)を満たし、かつ、0.01?1.0%のCoが含有されれば、安定した金属組織が得られ、安定した高強度及び高温環境における優れた耐食性が得られる。」

(e)「[0059] [金属組織]
油井用ステンレス鋼の金属組織は、好ましくは体積率で、10?60%未満のフェライト相と、10%以下の残留オーステナイト相と、マルテンサイト相とを含有する。
[0060] フェライト相:体積率で10%以上60%未満
本実施形態の油井用ステンレス鋼は、フェライト形成元素であるCr及びMo含有量が多い。一方、オーステナイト生成元素であるNi含有量は、高温でのオーステナイトの安定化及び常温でのマルテンサイトの確保の観点から含有されるものの、残留オーステナイトの量が過剰にならない程度に抑制される。したがって、本発明のステンレス鋼は、常温においてマルテンサイト単相組織とならず、常温において少なくともマルテンサイト相とフェライト相とを含む混合組織になる。金属組織中のマルテンサイト相は強度の向上に寄与するが、フェライト相の体積率が高すぎれば、鋼の強度が低下する。したがって、好ましくはフェライト相の体積率は10%以上60%未満である。フェライト相の体積率のより好ましい下限は10%よりも高く、さらに好ましくは12%であり、さらに好ましくは14%である。より好ましいフェライト相の体積率の上限は48%であり、さらに好ましくは45%であり、さらに好ましくは40%である。
・・・
[0062] 残留オーステナイト相:体積率で10%以下
少量の残留オーステナイト相は、著しい強度の低下を招かず、かつ、鋼の靭性を顕著に向上する。しかしながら、残留オーステナイト相の体積率が高すぎれば、鋼の強度が顕著に低下する。したがって、残留オーステナイト相の体積率は10%以下である。強度確保の観点から、より好ましい残留オーステナイト相の体積率は8%以下である。
・・・
[0063] 残留オーステナイト相の体積率が0.5%以上であれば、上記の靭性向上効果が特に有効に得られる。しかしながら、残留オーステナイト相の体積率が0.5%未満であっても、上記効果はある程度得られる。
・・・
[0065] マルテンサイト相:残部
本発明のステンレス鋼の金属組織のうち、上述のフェライト相及び残留オーステナイト相以外の部分は、主として、焼き戻されたマルテンサイト相である。より具体的には、本発明のステンレス鋼の金属組織は、好ましくは、体積率で40%以上のマルテンサイト相を含有する。より好ましいマルテンサイトの体積率の下限は48%であり、さらに好ましくは52%である。マルテンサイト相の体積率は、上述の方法で決定されたフェライト相の体積率及び残留オーステナイト相の体積率を100%から差し引いて求める。」

(f)「[0067] [製造方法]
油井用ステンレス鋼の製造方法の一例として、継目無鋼管の製造方法を説明する。
[0068] 上述の化学組成を有する素材を準備する。素材は、連続鋳造法(ラウンドCCを含む)により製造された鋳片であってもよい。また、造塊法により製造されたインゴットを熱間加工して製造された鋼片でもよい。鋳片から製造された鋼片でもよい。
[0069] 準備された素材を加熱炉又は均熱炉に装入し、加熱する。続いて、加熱した素材を熱間加工して素管を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施する。具体的には、素材を穿孔機により穿孔圧延して素管にする。続いて、マンドレルミルやサイジングミルにより、素管をさらに圧延する。熱間加工として熱間押出を実施してもよいし、熱間鍛造を実施してもよい。
[0070] 熱間加工時、素材温度が850?1250℃における素材の減面率が50%以上となるのが好ましい。本発明の鋼の化学組成の範囲では、素材温度が850?1250℃における素材の減面率が50%以上となるように熱間加工を行なえば、マルテンサイト相と、圧延方向に長く伸びた(例えば50?200μm程度)フェライト相とを含む組織が鋼の表層部分に形成される。フェライト相はCr等をマルテンサイトよりも含有しやすいため、高温でのSCCの進展防止に有効に寄与する。上述のとおり、フェライト相が圧延方向に長く伸びていれば、仮に、高温においてSCCが表面に発生しても、割れの進展過程でフェライト相に到達する確率が高くなる。そのため、高温での耐SCC性が向上する。
[0071] 熱間加工後の素管を常温まで冷却する。冷却方法は、空冷でも水冷でもよい。本発明のステンレス鋼は、空冷でもMs点以下に冷却されればマルテンサイト変態が生じるのでマルテンサイト及びフェライトを含む混合組織とすることが可能である。しかしながら、758MPa以上の高強度、特に862MPa以上の高強度を安定して確保しようとする場合は、熱間製管された素管を空冷後、A_(C3)変態点以上に再加熱して、浸漬法やスプレー法等の水冷を行い焼入するのが好ましい。
・・・
[0073] 焼入れされた素管をA_(C1)点以下で焼戻し、降伏強度を758MPa以上に調整する。焼戻し温度がA_(c1)点を超えると、残留オーステナイトの体積率が急増し、強度が低下する。
[0074] 以上の工程により製造された高強度油井用ステンレス鋼は、758MPa以上の耐力を有するとともに、そこに含有されるCr、Mo、Ni、Cuの効果により、200℃の高温油井環境においても優れた耐食性を有する。」

(g)「実施例
[0075] 表1に示す化学組成のマーク1?28の鋼を溶製し、鋳片を連続鋳造により製造した。
[0076] [表1]

[0077] 表1を参照して、マーク1?20の鋼は、本発明の範囲内であった。一方、マーク21?28の化学組成は、本発明の範囲外であった。
[0078] 各マークの鋳片を分塊圧延機により圧延し、丸ビレットを製造した。各鋼の丸ビレットの直径は232mmであった。そして、各丸ビレットの外面を切削し、丸ビレットの直径を225mmとした。
[0079] 各丸ビレットを加熱炉にて1150?1200℃に加熱した。加熱後、各丸ビレットを熱間圧延した。具体的には、丸ビレットを穿孔機により穿孔圧延して素管を製造した。素管をマンドレルミルで延伸圧延し、さらに縮径して、素管の外径を196.9?200mm、肉厚を15?40mmとした。熱間圧延後の素管の冷却はいずれも自然放冷とした。
[0080] 放冷後の素管に対して、焼入れを実施した。具体的には、素管を熱処理炉に装入して980℃で20分均熱した。均熱後の素管をスプレー法により水冷し、焼入れした。焼入れ後の素管に対して、550℃の焼戻し温度で30分均熱し、焼戻しを実施した。
[0081] 以上の工程により、各マークにおいて、複数種類のサイズの複数の継目無鋼管を製造した。」

(h)「[0095] [調査結果]
表2に試験結果を示す。
[0096] [表2]

[0097] 表2中の「低YS材」欄には、各マークの低YS材を用いた評価試験結果が示され、「高YS材」欄には、高YS材を用いた結果が示される。表2中の「F」(%)は、対応するマークの金属組織中のフェライト相の体積率(%)、「M」はマルテンサイト相の体積率(%)、「A」は残留オーステナイト相の体積率(%)をそれぞれ示す。「耐食性」欄の「SCC」欄及び「SSC」欄中の「NF」は、対応するマークにおいて、SCC又はSSCが観察されなかったことを示す。「F」は、対応するマークにおいて、SCC又はSSCが観察されたことを示す。
[0098] [金属組織及び降伏強度について]
表2を参照して、マーク1?20の継目無鋼管の化学組成は本発明の範囲内であり、かつ、式(1)及び式(2)を満たし、金属組織も本発明の範囲内であった。そのため、各マークの継目無鋼管の降伏強度は低YSにおいてもいずれも758MPa(110ksi)以上であり、110ksi以上の降伏強度を安定して得られた。
[0099] さらに、マーク1?20の継目無鋼管の中で、式(3)の左辺値、即ちF3の値が0.045以下であるマーク1,3、4、11、16、19については低YS材でも125ksi級の降伏強度が得られやすい傾向がみられた。また、F3値が0.060を超えるマーク5、6、8、10、12、13、17では、低YS材において、110ksi級の降伏強度を満足するものの、同じ程度のF2の値でF3値が0.0045以下の場合に比較すると、同程度のF2降伏強度が幾分低くなる傾向が認められた。
[0100] さらに、マーク1?20の継目無鋼管では、-10℃の吸収エネルギが150J以上であり、靭性が高かった。さらに、高温耐食性試験においてSCCが観察されず、常温での耐SSC性試験においても、SSCが観察されなかった。
[0101] なお、腐食速度は、マーク1?28のいずれにおいても、0.10mm/y未満であった。」

b 甲第2号証に記載された発明
上記a(a)?(h)の記載を総合勘案し、特に、表1に示される「マーク11」の鋼を用いて製造された表2の「マーク11」の「低YS材」である継目無鋼管に着目すると、甲第2号証には、次の発明が記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.012%、Si:0.37%、Mn:0.09%、P:0.012%、S:0.0014%、Cr:16.08%、Mo:2.04%、Cu:2.72%、Ni:4.24%、Co:0.110%、Al:0.028%、O:0.0018%、N:0.0077%、V:0.17%、Nb:0.24%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有するマーク11の鋼の鋳片を分塊圧延機により圧延して製造した丸ビレットを加熱炉にて1150?1200℃に加熱した後、熱間圧延して素管を製造し、放冷後の素管に対して焼入れを実施し、550℃で焼戻しを実施して製造された、油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管であって、
フェライト相の体積率、残留オーステナイト相の体積率、及びマルテンサイト相の体積率がそれぞれ35%、2%、63%の金属組織を有し、
降伏強度が882MPaで、
-10℃の吸収エネルギが150J以上であり、靭性が高く、高温耐食性試験においてSCCが観察されず、常温での耐SSC性試験においても、SSCが観察されず、腐食速度が0.10mm/y未満である、
油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管。」(以下、「甲2a発明」という。)

また、同じく、特に、表1に示される「マーク18」の鋼を用いて製造された表2の「マーク18」の「低YS材」である継目無鋼管に着目すると、甲第2号証には、次の発明も記載されていると認められる。

「質量%で、C:0.018%、Si:0.27%、Mn:0.06%、P:0.012%、S:0.0017%、Cr:17.50%、Mo:2.15%、Cu:3.32%、Ni:4.25%、Co:0.152%、Al:0.044%、O:0.0018%、N:0.0095%、V:0.23%、Zr:0.18%、W:0.16%、Ca:0.003%を含有し、残部はFe及び不純物からなる化学組成を有するマーク18の鋼の鋳片を分塊圧延機により圧延して製造した丸ビレットを加熱炉にて1150?1200℃に加熱した後、熱間圧延して素管を製造し、放冷後の素管に対して焼入れを実施し、550℃で焼戻しを実施して製造された、油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管であって、
フェライト相の体積率、残留オーステナイト相の体積率、及びマルテンサイト相の体積率がそれぞれ43%、5%、52%の金属組織を有し、
降伏強度が813MPaで、
-10℃の吸収エネルギが150J以上であり、靭性が高く、高温耐食性試験においてSCCが観察されず、常温での耐SSC性試験においても、SSCが観察されず、腐食速度が0.10mm/y未満である、
油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管。」(以下、「甲2b発明」という。)

(ウ)甲第3号証の記載
本件特許についての出願前に頒布された刊行物である甲第3号証には、圧延による板の巨視的変形について、以下の記載がある。

a 「図2.1 圧延の原理

」(第13頁)

b 「2.1.1 圧延による板の巨視的変形
圧延による板の変形は、・・・ロールによる板厚方向の連続的な圧縮変形である。図2.1に示すように、板は摩擦力の作用によって二つのロールの間に引き込まれ、接触長さ1_(d)にわたり厚さ方向に圧縮されて次第に板厚が減少し、上下ロールの最小間隔の出口を通過して製品板厚となる。板圧延における加工度は、圧延前後の板厚h_(0)、h_(1)から次式で算出される圧下率rで表している。すなわち

」(第13頁第3行?下から2行)

c 「板は厚さ方向の圧縮に応じて圧延方向に伸びるが、圧延後の長さは、圧延前の長さのほぼh_(0)/h_(1)倍と考えてよい。これは厚さ方向の圧縮によって生じる伸びが圧縮方向だけに起こる、すなわち平面ひずみ変形の仮定がほぼ成立することを意味している。」(第13頁下から1行?第14頁第3行)

(エ)甲第4号証の記載
本件特許についての出願前に頒布された加工物である甲第4号証には、「油井管継手」(発明の名称)について、以下の記載がある。

a 「【特許請求の範囲】
【請求項1】雌ネジと雄ネジとが一定のテーパをもち嵌合し合いネジ山頭部が平坦な台形状をなし、ネジ山高さが2.0?3.0mmの高さを有し相互に螺合する継手部材であって、台形状のネジ頭部及び底部のコーナーの曲率半径を0.25?0.55mmの大きさで加工することを特徴とする油井管継手。
【請求項2】雌ネジと雄ネジとが一定のテーパをもち嵌合し合いネジ山頭部が平坦な台形状をなし、ネジ山高さが2.0?3.0mmの高さを有し相互に螺合する継手部材であって、カギ型状のネジ頭部及び底部のコーナーの曲率半径を0.25?0.55mmの大きさで加工することを特徴とする油井管継手。」

b 「第1図において、まず最小許容曲率半径γ_(n)(min)を推定すると、ネジ山高さ2mmの場合を考えて応力集中係数α_(n)は(1)式で表わされる。

上記(1)式は一般式であるが、この式を用いてα_(n)≦2.5を確保するとすれば、ネジ山高さα_(x)2mm、ネジ山ピッチP6.35mmのときγ_(n)≧0.25mmとなる。即ち、0.25mm以下では応力集中が2.5以上となり、疲労亀裂などの発生が危惧される。
しかし、あまりγ_(n)が大きい場合には、第2図において接触部lが十分取れず、接触面でずれが発生すると、ネジは容易にはずれてしまい、十分な強度が確保できない。
そこで、最大許容曲率半径γ_(n)(max)を求めるために、第2図のように荷重面のlの長さを考えた場合、
lμN cosθ≧νσ_(L)(2P)
Nは荷重面に加わる垂直面圧、N2.5σ_(y)ととる。σ_(L)は軸方向に引張った時の応力で、σ_(L)σ_(y)と考える。またνはポアソン比ν=0.3,μは摩擦係数μ0.8と考えて、θ=-3°のカギ状ネジについて接触面長さlを求めると
l≧0.9mm
となる。
さらに第2図において、2γ_(n)+l=dの関係から、γ<0.55mmとなる。
以上の結果から、この場合、最適範囲として
0.25≦γ_(n)≦0.55
が提案できる。ちなみにAPI台形ネジ(Buttress Thread)の場合、第3図のように応力集中係数α_(n)2.46となっている。
以下に厚肉油井管にカギ状ネジ(Hook Thread)を適用した場合の例を示す。」(第2頁右上欄第17行?同頁左下欄下から1行)

c 「[実施例]
第3,4図には径193.7mm、肉厚26mmと、径273.05mm、肉厚26mmの2つの極厚肉油井管にネジ山高さd=2.0mm、ネジピッチ2p=6.35mm、θ=-3°のカギ状ネジに対し、γ_(n)=0.5±0.05mmで加工した場合の例を示した。このパイプは厚肉パイプのため、ネジテーパーを急テーパーにし、ネジの加工数を出来るだけ少なくした。またネジ山高さについては十分高く取れることから2.0mmとし、lを確保できるように考えた。ただし、ネジ山数を減少させると、一つのネジに係る負荷が増すため、ネジせん断条件
Nln≧tσ_(y)
を満たすようにした。ここでN=2.5σ_(y)、tはパイプ肉厚、σ_(y)は降伏応力である。従って完全ネジ山数nについてn>10となるn値で設計した。
効果として、第1表に外径273mm、肉厚26.6mm、L-80材の外圧負荷下での引張破断テストの結果を示した。ネジ強度が十分に伝わることにより、パイプの母管破断が可能となった。同時に外圧下の二軸継手強度の著しい上昇が認められた。
さらに、切削寿命については、第2表に示すように、従来型曲率を用いる限り、カギ形ネジの切削寿命は低いのに対し、本発明の曲率でカギ形ネジを加工すれば切削寿命が著しく向上することがわかる。また、第3表からわかるように、耐ゴーリング性についても本発明のものが従来のものより優れている。」

d 「





e 「【第1図】

【第2図】

【第3図】

【第4図】



イ 本件特許発明1について
(ア)甲第1号証を主引用例とした場合について
(ア-1)本件特許発明1と甲1a発明との対比・判断
a 対比
(a)甲1a発明の「油井用ステンレス鋼管」は、他の油井用ステンレス鋼管と連結して使用されるものであるから、本件特許発明1の「ステンレス鋼からなり、」「他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される」「油井管」に相当する。

(b)甲1a発明に係る「鋼AE」の有する化学組成(質量%)は、加熱処理を経て「油井用ステンレス管」となっても同じであるといえるから、上記「鋼AE」が「C:0.020%」、「Si:0.24%」、「Mn:0.10%」、「P:0.018%」、「S:0.0009%」、「Cr:17.01%」、「Ni:5.06%」、「V:0.05%」、「Al:0.040%」、「N:0.0161%」、「Cu:2.48%」、「Mo:2.53%」を含有し、「残部はFe及び不可避的不純物からなる」点は、本件特許発明1の「前記ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001?0.06%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.01?2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5?18.0%、Ni:2.5?6.0%、V:0.005?0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0?3.5%、Co:0?1.5%、Nb:0?0.25%、Ti:0?0.25%、Zr:0?0.25%、Ta:0?0.25%、B:0?0.005%、Ca:0?0.01%、Mg:0?0.01%、及びREM:0?0.05%を含有し、さらに、Mo:1.4?3.5%、及びW:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、残部がFe及び不純物からな」る点に相当する。
また、甲1a発明に係る「鋼AE」が「Mo:2.53%」を含むもののWを含有しないことからすると、Mo+0.5W=2.53%であるから、この点で、本件特許発明1が「1.0≦Mo+0.5W≦3.5(1)ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。」点と一致する。

(c)甲1a発明の「油井用ステンレス鋼管」が「フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ27%、3%、70%の金属組織を有」する点は、本件特許発明1の「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有」する点に相当する。

(d)そうすると、本件特許発明1と甲1a発明とは、次の点で一致する。
<一致点1a>
「ステンレス鋼からなり、他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
化学組成が、質量%で、
C:0.001?0.06%、
Si:0.05?0.5%、
Mn:0.01?2.0%、
P:0.03%以下、
S:0.005%未満、
Cr:15.5?18.0%、
Ni:2.5?6.0%、
V:0.005?0.25%、
Al:0.05%以下、
N:0.06%以下、
O:0.01%以下、
Cu:0?3.5%、
Co:0?1.5%、
Nb:0?0.25%、
Ti:0?0.25%、
Zr:0?0.25%、
Ta:0?0.25%、
B:0?0.005%、
Ca:0?0.01%、
Mg:0?0.01%、及び
REM:0?0.05%を含有し、さらに、
Mo:1.4?3.5%、及び
W:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有し、
1.0≦Mo+0.5W≦3.5 (1)
ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である、
油井管。」

(e)一方で、本件特許発明1と甲1a発明とは、次の点で相違する。
<相違点1a-1>
本件特許発明1は、「前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。」
のに対して、甲1a発明は、上記式(2)で定義されるβの値が不明である点。

<相違点1a-2>
本件特許発明1は、「油井管」が、「管本体と、前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、を備え、前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」構造を備えているのに対して、甲1a発明の「油井用ステンレス鋼管」がそのような構造を備えているか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記<相違点1a-1>について、以下検討する。
(a)上記ア(ア)aに摘記した記載を含め、甲第1号証には、上記<相違点1a-1>に係る「β」の値についての明記はない。
そこで、更に検討するに、甲1a発明に係る「鋼AE」は、そ「の丸ビレットを加熱炉で加熱した後、熱間加工時のビレット温度950?1200℃で減面率52.8%の熱間加工によりステンレス鋼管(継ぎ無鋼管)を製造し、製造されたステンレス鋼管に対して、980?1250℃の焼入れ温度で15分加熱した後、水冷し、焼入れされた鋼管を500?650℃で焼戻しし」て「油井用ステンレス鋼管」となるものである。
ここで、上記4(1)エに摘記した本件明細書等の【0080】、【0081】の記載からすると、所定の化学組成を有する鋼材を適切な温度範囲でなるべく高い圧延率、より具体的には、40%以上の圧延率で熱間圧延することにより、βが1.55以上のマトリクス組織が得られると考えられるところ、一方で上記4(1)オ、カに摘記した本件明細書等の【表3】、【表4】を参照すると、圧延率(減面率)が、60%で熱間圧延された鋼板番号3、6、9、18であっても、βの値がそれぞれ「1.488」、「1.514」、「1.374」、「1.546」となっており、これを踏まえれば、甲1a発明の「鋼AE」に対して、上記鋼板番号3、6、9、18のものより低い「減面率52.8%の熱間加工」を施しても、βの値が必ず「1.55以上」になるとはいえない。
したがって、上記<相違点1a-1>は、実質的な相違点である。

(b)そして、上記ア(ア)aに摘記した甲第1号証の記載、上記ア(ウ)、(エ)に摘記した甲第3号証、甲第4号証の記載、及び本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても、甲1a発明において、上記<相違点1a-1>に係るβの値を「1.55以上」とする動機付けを何ら見いだせない。

(c)また、上記4(1)カに摘記した本件明細書等の記載からすると、本件特許発明1に含まれる「βが1.55以上」である鋼材は、「降伏強度が758MPa以上であり、年間腐食量が0.01mm/Year以下であり、耐SCC性及び耐SSC性が優れ」、しかも、「遷移温度が-30℃以下であり、低温靭性に優れる」ものであるといえるところ、甲1a発明は、「0.2%オフセット耐力が905MPaで、高温耐食性試験で割れ(SCC)が発生せず、腐食速度が0.1g/(m^(2)・hr)未満であり、常温での耐SSC性試験でも割れ(SSC)が発生しない」ものではあるものの、「遷移温度が-30℃以下であり、低温靭性に優れる」ものであるか否かは不明である。
そうすると、本件特許発明1の効果は、甲1a発明の効果から予測可能な範囲のものとはいえない。

(d)したがって、上記<相違点1a-2>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1a発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(ア-2)本件特許発明1と甲1b発明との対比・判断
a 対比
(a)甲1b発明の「油井用ステンレス鋼管」は、他の油井用ステンレス鋼管と連結して使用されるものであるから、本件特許発明1の「ステンレス鋼からなり、」「他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される」「油井管」に相当する。

(b)甲1b発明に係る「鋼AE」の有する化学組成(質量%)は、加熱処理を経て「油井用ステンレス管」となっても同じであるといえるから、上記「鋼AE」が「C:0.020%」、「Si:0.24%」、「Mn:0.10%」、「P:0.018%」、「S:0.0009%」、「Cr:17.01%」、「Ni:5.06%」、「V:0.05%」、「Al:0.040%」、「N:0.0161%」、「Cu:2.48%」、「Mo:2.53%」を含有し、「残部はFe及び不可避的不純物からなる」点は、本件特許発明1の「前記ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001?0.06%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.01?2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5?18.0%、Ni:2.5?6.0%、V:0.005?0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0?3.5%、Co:0?1.5%、Nb:0?0.25%、Ti:0?0.25%、Zr:0?0.25%、Ta:0?0.25%、B:0?0.005%、Ca:0?0.01%、Mg:0?0.01%、及びREM:0?0.05%を含有し、さらに、Mo:1.4?3.5%、及びW:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、残部がFe及び不純物からな」る点に相当する。
また、甲1b発明に係る「鋼AE」が「Mo:2.53%」を含むもののWを含有しないことからすると、Mo+0.5W=2.53%であるから、この点で、本件特許発明1が「1.0≦Mo+0.5W≦3.5(1)ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。」点と一致する。

(c)甲1b発明の「油井用ステンレス鋼管」が「フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ25%、5%、70%の金属組織を有」する点は、本件特許発明1の「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有」する点に相当する。

(d)そうすると、本件特許発明1と甲1b発明とは、上記(ア-1)a(d)の<一致点1a>と同じ、<一致点1b>で一致する。

(e)一方で、本件特許発明1と甲1b発明とは、次の点で相違する。
<相違点1b-1>
本件特許発明1は、「前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。」
のに対して、甲1b発明は、上記式(2)で定義されるβの値が不明である点。

<相違点1b-2>
本件特許発明1は、「油井管」が、「管本体と、前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、を備え、前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」構造を備えているのに対して、甲1b発明の「油井用ステンレス鋼管」がそのような構造を備えているか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記<相違点1b-1>について検討するに、甲1b発明の減面率が「57.9%」である点を考慮しても、上記(ア-1)bにおいて検討したのと同様であるから、上記<相違点1b-2>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1b発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(ア-3)本件特許発明1と甲1c発明との対比・判断
a 対比
(a)甲1c発明の「油井用ステンレス鋼管」は、他の油井用ステンレス鋼管と連結して使用されるものであるから、本件特許発明1の「ステンレス鋼からなり、」「他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される」「油井管」に相当する。

(b)甲1c発明に係る「鋼AF」の有する化学組成(質量%)は、加熱処理を経て「油井用ステンレス管」となっても同じであるといえるから、上記「鋼AF」が「C:0.008%」、「Si:0.23%」、「Mn:0.18%」、「P:0.018%」、「S:0.0005%」、「Cr:17.04%」、「Ni:4.53%」、「V:0.05%」、「Al:0.041%」、「N:0.0070%」、「Cu:2.49%」、「Mo:2.54%」を含有し、「残部はFe及び不可避的不純物からなる」点は、本件特許発明1の「前記ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001?0.06%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.01?2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5?18.0%、Ni:2.5?6.0%、V:0.005?0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0?3.5%、Co:0?1.5%、Nb:0?0.25%、Ti:0?0.25%、Zr:0?0.25%、Ta:0?0.25%、B:0?0.005%、Ca:0?0.01%、Mg:0?0.01%、及びREM:0?0.05%を含有し、さらに、Mo:1.4?3.5%、及びW:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、残部がFe及び不純物からな」る点に相当する。
また、甲1c発明に係る「鋼AF」が「Mo:2.54%」を含むもののWを含有しないことからすると、Mo+0.5W=2.54%であるから、この点で、本件特許発明1が「1.0≦Mo+0.5W≦3.5(1)ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。」点と一致する。

(c)甲1c発明の「油井用ステンレス鋼管」が「フェライト相体積率、オーステナイト相体積率、及びマルテンサイト相体積率がそれぞれ33%、5%、62%の金属組織を有」する点は、本件特許発明1の「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有」する点に相当する。

(d)そうすると、本件特許発明1と甲1c発明とは、上記(ア-1)a(d)の<一致点1a>と同じ、<一致点1c>で一致する。

(e)一方で、本件特許発明1と甲1c発明とは、次の点で相違する。
<相違点1c-1>
本件特許発明1は、「前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。」
のに対して、甲1c発明は、上記式(2)で定義されるβの値が不明である点。

<相違点1c-2>
本件特許発明1は、「油井管」が、「管本体と、前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、を備え、前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」構造を備えているのに対して、甲1c発明の「油井用ステンレス鋼管」がそのような構造を備えているか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記<相違点1c-1>について検討するに、甲1c発明の減面率が「52%」である点を考慮しても、上記(ア-1)bにおいて検討したのと同様であるから、上記<相違点1c-2>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1c発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(イ)甲第2号証を主引用例とした場合について
(イ-1)本件特許発明1と甲2a発明との対比・判断
a 対比
(a)甲2a発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」は、他の継目無鋼管と連結して使用されるものであるから、本件特許発明1の「ステンレス鋼からなり、」「他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される」「油井管」に相当する。

(b)甲2a発明に係る「マーク11」の有する化学組成(質量%)は、加熱処理を経て「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」となっても同じであるといえるから、上記「マーク11」が「C:0.012%」、「Si:0.37%」、「Mn:0.09%」、「P:0.012%」、「S:0.0014%」、「Cr:16.08%」、「Ni:4.24%」、「V:0.17%」、「Al:0.028%」、「N:0.0077%」、「Cu:2.72%」、「Mo:2.04%」、「Co:0.110%」、「O:0.0018%」、「Nb:0.24%」を含有し、「残部はFe及び不純物からなる」点は、本件特許発明1の「前記ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001?0.06%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.01?2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5?18.0%、Ni:2.5?6.0%、V:0.005?0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0?3.5%、Co:0?1.5%、Nb:0?0.25%、Ti:0?0.25%、Zr:0?0.25%、Ta:0?0.25%、B:0?0.005%、Ca:0?0.01%、Mg:0?0.01%、及びREM:0?0.05%を含有し、さらに、Mo:1.4?3.5%、及びW:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、残部がFe及び不純物からな」る点に相当する。
また、甲2a発明に係る「マーク11」が「Mo:2.04%」を含むもののWを含有しないことからすると、Mo+0.5W=2.04%であるから、この点で、本件特許発明1が「1.0≦Mo+0.5W≦3.5(1)ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。」点と一致する。

(c)甲2a発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」が「フェライト相の体積率、残留オーステナイト相の体積率、及びマルテンサイト相の体積率がそれぞれ35%、2%、63%の金属組織を有」する点は、本件特許発明1の「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有」する点に相当する。

(d)そうすると、本件特許発明1と甲2a発明とは、次の点で一致する。
<一致点2a>
「ステンレス鋼からなり、他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される油井管であって、
前記ステンレス鋼は、
化学組成が、質量%で、
C:0.001?0.06%、
Si:0.05?0.5%、
Mn:0.01?2.0%、
P:0.03%以下、
S:0.005%未満、
Cr:15.5?18.0%、
Ni:2.5?6.0%、
V:0.005?0.25%、
Al:0.05%以下、
N:0.06%以下、
O:0.01%以下、
Cu:0?3.5%、
Co:0?1.5%、
Nb:0?0.25%、
Ti:0?0.25%、
Zr:0?0.25%、
Ta:0?0.25%、
B:0?0.005%、
Ca:0?0.01%、
Mg:0?0.01%、及び
REM:0?0.05%を含有し、さらに、
Mo:1.4?3.5%、及び
W:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、
残部がFe及び不純物からなり、
マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有し、
1.0≦Mo+0.5W≦3.5 (1)
ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である、
油井管。」

(e)一方で、本件特許発明1と甲2a発明とは、次の点で相違する。
<相違点2a-1>
本件特許発明1は、「前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。」
のに対して、甲2a発明は、上記式(2)で定義されるβの値が不明である点。

<相違点2a-2>
本件特許発明1は、「油井管」が、「管本体と、前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、を備え、前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」構造を備えているのに対して、甲2a発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」がそのような構造を備えているか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記<相違点2a-1>について、以下検討する。
(a)上記ア(イ)aに摘記した記載を含め、甲第2号証には、上記<相違点2a-1>に係る「β」の値についての明記はない。
そこで、更に検討するに、甲2a発明に係る「マーク11」は、そ「の鋼の鋳片を分塊圧延機により圧延して製造した丸ビレットを加熱炉にて1150?1200℃に加熱した後、熱間圧延して素管を製造し、放冷後の素管に対して焼入れを実施し、550℃で焼戻しを実施して製造され」、「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」となるものである。
また、上記ア(イ)a(f)に摘記したとおり、甲第2号証の[0070]には、「熱間加工時、素材温度が850?1250℃における素材の減面率が50%以上となるのが好ましい。本発明の鋼の化学組成の範囲では、素材温度が850?1250℃における素材の減面率が50%以上となるように熱間加工を行なえば、マルテンサイト相と、圧延方向に長く伸びた(例えば50?200μm程度)フェライト相とを含む組織が鋼の表層部分に形成される。フェライト相はCr等をマルテンサイトよりも含有しやすいため、高温でのSCCの進展防止に有効に寄与する。上述のとおり、フェライト相が圧延方向に長く伸びていれば、仮に、高温においてSCCが表面に発生しても、割れの進展過程でフェライト相に到達する確率が高くなる。そのため、高温での耐SCC性が向上する。」との記載があるものの、上記「マーク11」を熱間圧延する際の「減面率」は不明である。
ここで、仮に[0070]に記載されるように、上記「マーク11」の熱間圧延が「50%以上」の減面率で実施されるとしても、上記4(1)エに摘記した本件明細書等の【0080】、【0081】の記載からすると、所定の化学組成を有する鋼材を適切な温度範囲でなるべく高い圧延率、より具体的には、40%以上の圧延率で熱間圧延することにより、βが1.55以上のマトリクス組織が得られると考えられる一方で、上記4(1)オ、カに摘記した本件明細書等の【表3】、【表4】を参照すると、圧延率(減面率)が、60%で熱間圧延された鋼板番号3、6、9、18であっても、βの値がそれぞれ「1.488」、「1.514」、「1.374」、「1.546」であることを踏まえれば、甲2a発明の「マーク11」に対して、50%以上の減面率の熱間加工を施しても、βの値が必ず「1.55以上」になるとはいえない。
したがって、上記<相違点2a-1>は、実質的な相違点である。

(b)そして、上記ア(ア)aに摘記した甲第1号証の記載、上記ア(ウ)、(エ)に摘記した甲第3号証、甲第4号証の記載、及び本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても、甲2a発明において、上記<相違点2a-1>に係るβの値を「1.55以上」とする動機付けを何ら見いだせない。

(c)また、上記4(1)カに摘記した本件明細書等の記載からすると、本件特許発明1に含まれる「βが1.55以上」である鋼材は、「降伏強度が758MPa以上であり、年間腐食量が0.01mm/Year以下であり、耐SCC性及び耐SSC性が優れ」、しかも、「遷移温度が-30℃以下であり、低温靭性に優れる」ものであるといえるところ、甲2a発明は、「降伏強度が882MPaで、-10℃の吸収エネルギが150J以上であり、靭性が高く、高温耐食性試験においてSCCが観察されず、常温での耐SSC性試験においても、SSCが観察されず、腐食速度が0.10mm/y未満である」ものではあるものの、「遷移温度が-30℃以下であり、低温靭性に優れる」ものであるか否かは不明である。
そうすると、本件特許発明1の効果は、甲2a発明の効果から予測可能な範囲のものとはいえない。

(d)したがって、上記<相違点2a-2>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2a発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(イ-2)本件特許発明1と甲2b発明との対比・判断
a 対比
(a)甲2b発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」は、他の継目無鋼管と連結して使用されるものであるから、本件特許発明1の「ステンレス鋼からなり、」「他の油井管と直接又はカップリングを介して連結される」「油井管」に相当する。

(b)甲2b発明に係る「マーク18」の有する化学組成(質量%)は、加熱処理を経て「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」となっても同じであるといえるから、上記「マーク18」が「C:0.018%」、「Si:0.27%」、「Mn:0.06%」、「P:0.012%」、「S:0.0017%」、「Cr:17.50%」、「Ni:4.25%」、「V:0.23%」、「Al:0.044%」、「N:0.0095%」、「Cu:3.32%」、「Mo:2.15%」、「Co:0.152%」、「O:0.0018%」、「Zr:0.18%」、「W:0.16%」、「Ca:0.0007%」を含有し、「残部はFe及び不純物からなる」点は、本件特許発明1の「前記ステンレス鋼は、化学組成が、質量%で、C:0.001?0.06%、Si:0.05?0.5%、Mn:0.01?2.0%、P:0.03%以下、S:0.005%未満、Cr:15.5?18.0%、Ni:2.5?6.0%、V:0.005?0.25%、Al:0.05%以下、N:0.06%以下、O:0.01%以下、Cu:0?3.5%、Co:0?1.5%、Nb:0?0.25%、Ti:0?0.25%、Zr:0?0.25%、Ta:0?0.25%、B:0?0.005%、Ca:0?0.01%、Mg:0?0.01%、及びREM:0?0.05%を含有し、さらに、Mo:1.4?3.5%、及びW:0?3.5%を式(1)を満たす範囲で含有し、残部がFe及び不純物からな」る点に相当する。
また、甲2b発明に係る「マーク18」が「Mo:2.15%」及び「W:0.16%」を含有することからすると、Mo+0.5W=2.15+0.08=2.23%であるから、この点で、本件特許発明1が「1.0≦Mo+0.5W≦3.5(1)ここで、Mo,Wは、Mo,Wの含有量(質量%)である。」点と一致する。

(c)甲2b発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」が「フェライト相の体積率、残留オーステナイト相の体積率、及びマルテンサイト相の体積率がそれぞれ43%、5%、52%の金属組織を有」する点は、本件特許発明1の「マトリクス組織が、体積率で、40?70%の焼戻しマルテンサイト相と、10?50%のフェライト相と、1?15%のオーステナイト相とを有」する点に相当する。

(d)そうすると、本件特許発明1と甲2b発明とは、上記(イ-1)a(d)の<一致点2a>と同じ、<一致点2b>で一致する。

(e)一方で、本件特許発明1と甲2b発明とは、次の点で相違する。
<相違点2b-1>
本件特許発明1は、「前記マトリクス組織を100倍の倍率で撮影して得られた1mm×1mmのミクロ組織画像を、肉厚方向をx軸としかつ長さ方向をy軸とするxy座標系に配置し、1024×1024の各画素をグレースケールで表したとき、式(2)で定義されるβが1.55以上であり、
【数1】

ただし、式(2)において、Suは式(3)で定義され、Svは式(4)で定義される。
【数2】

式(3)及び式(4)において、F(u,v)は式(5)で定義される。
【数3】

式(5)において、f(x,y)は座標(x,y)の画素の階調を表す。」
のに対して、甲2b発明は、上記式(2)で定義されるβの値が不明である点。

<相違点2b-2>
本件特許発明1は、「油井管」が、「管本体と、前記管本体の少なくとも一方の端に連続して形成され、外周に形成された雄ねじ部を含み、前記他の油井管のボックス又は前記カップリングのボックスに挿入されるピンと、を備え、前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」構造を備えているのに対して、甲2b発明の「油井用ステンレス鋼から製造された継目無鋼管」がそのような構造を備えているか否か不明である点。

b 相違点についての判断
事案に鑑みて、上記<相違点2b-1>について検討するに、上記(イ-1)bにおいて検討したのと同様であるから、上記<相違点2b-2>について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲2b発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(ウ)まとめ
以上のとおりであるから、本件特許発明1は、甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件特許発明2?6について
上記イ(ウ)のとおり、本件特許発明1が甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、本件特許発明1の特定事項を全て備えた本件特許発明2?6は、同様の理由により、甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 小括
よって、本件特許発明1?6は、甲第1号証?甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(2)申立理由3(サポート要件)について
ア 上記2(2)のとおり、申立理由3は、
「本件特許発明1?6の油井管について、本件特許の願書に添付した明細書の発明の詳細な説明(以下、単に「発明の詳細な説明」という。)には、油井管と鋼板からどのようにして製造するかは記載されておらず、仮に、本件特許発明1?6の油井管がビレット等から製造された鋼管(継目無鋼管)であるとしても、その製造方法(熱間圧延温度や減面率等)は、発明の詳細な説明に記載されておらず、また、発明の詳細な説明の【表4】の記載によれば、圧延率を50%以上としてもβが1.55以上となるものと、1.55未満となるものがあることから、当業者はβを1.55以上とするために試行錯誤を繰り返さなければならない。
したがって、」「本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。」
というものである。

イ そこで、以下検討する。

ウ 上記4(1)アに摘記した本件明細書等の【0017】の記載からすると、本件特許発明が解決しようとする課題は、「高い耐食性及び耐疲労性を有する油井管を提供すること」にあるといえる。

エ そして、上記4(1)イ、ウに摘記した本件明細書等の記載、同じく上記4(1)カに摘記したステンレス鋼板に関する【表4】の試験結果、及び上記4(2)キにおいて検討したとおりの、熱間圧延とそれによって得られる鋼の組織との定性的な関係が、対象物が鋼板か鋼管かに依らず、同様のものであるとの技術常識の存在を総合勘案すると、本件明細書等の発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」は、油井管におけるマトリクス組織に関して上記特定事項Aのように定義される「β」が「1.55以上」である範囲であると認められる。

オ そうすると、上記1のとおり、本件特許発明1?6は、特定事項Aとして、「βが1.55以上であ」る点を備えているから、発明の詳細な説明において、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているとはいえない。

カ したがって、本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものといえるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

(3)申立理由4(明確性要件)について
ア 上記2(3)のとおり、申立理由4は、
「本件特許発明1?6は、特定事項である「対応する1」がどのようなものを指しているのか明確でなく、したがって、本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるとはいえないから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、取り消されるべきものである。」
というものである。

イ そこで、以下検討する。

ウ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1には、「前記雄ねじ部は、管軸を含む平面での断面で見て、複数のねじ谷底面と、前記複数のねじ谷底面に対応して設けられ、各々が、対応する1のねじ谷底面と0.3mm以上の曲率半径を有する円弧面を介して接続される複数の荷重フランク面と、を含む」(以下、「特定事項B」という。)と記載されているから、請求項1及びこれを直接又は間接的に引用する請求項2?6に係る本件特許発明1?6は、いずれも上記特定事項Bを備えたものである。

エ そこで、上記特定事項Bの「対応する1のねじ谷底面」との記載が明確か否かについて検討するに、上記「対応する1のねじ谷底面」とは、「対応する」一つ「の底面」を意味することは、文意から明らかであり、当業者であれば、本件特許発明1?6を明確に把握することができるといえる。

オ したがって、本件特許発明1?6について、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるから、同発明に係る特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえない。

6 むすび
以上のとおりであるから、取消理由及び特許異議の申立ての理由によっては、請求項1?6に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1?6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
異議決定日 2021-01-13 
出願番号 特願2015-172273(P2015-172273)
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C22C)
P 1 651・ 536- Y (C22C)
P 1 651・ 537- Y (C22C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 真明  
特許庁審判長 中澤 登
特許庁審判官 粟野 正明
井上 猛
登録日 2019-10-25 
登録番号 特許第6604093号(P6604093)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 油井管  
代理人 上羽 秀敏  
代理人 小宮山 聰  

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