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審決分類 審判 一部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 一部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 一部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
管理番号 1370045
異議申立番号 異議2020-700780  
総通号数 254 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-02-26 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-12 
確定日 2021-01-26 
異議申立件数
事件の表示 特許第6683097号発明「複層フイルムの製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6683097号の請求項1ないし3に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6683097号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成28年9月30日の出願であって、令和2年3月30日にその特許権の設定登録(請求項の数8)がされ、特許掲載公報が同年4月15日に発行され、その後、その特許に対し、同年10月12日に特許異議申立人 瀧呑安子(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし3)がされたものである。

第2 本件特許発明
本件特許の請求項1ないし3の特許に係る発明は、それぞれ、その特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである(以下、請求項の番号に応じて各発明を「本件特許発明1」などといい、これらを併せて「本件特許発明」という場合がある。)。

「【請求項1】
帯状の基材と、前記基材の面上に形成された塗工層とを備える複層フィルムの製造方法であって、
連続走行する前記基材の前記面に大気圧以上、酸素濃度0.05重量%以上0.55重量%以下かつ水分含有量5mg/m^(3)以下の環境下でコロナ放電処理を行う、放電処理工程と、
前記放電処理工程の後に、前記基材の前記コロナ放電処理された前記面に塗工液を塗布して前記塗工層を形成する、塗布工程と、
を含む複層フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記放電処理工程を、前記環境を形成し得る手段を備えたコロナ放電処理装置を用いて行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記コロナ放電処理を5W・min/m^(2)以上100W・min/m^(2)以下で行う、請求項2に記載の製造方法。」

第3 特許異議申立理由の概要
1 特許異議申立理由の要旨
特許異議申立人が提出した特許異議申立書において主張する特許異議申立理由は、おおむね次のとおりである。

(1) 申立理由1(甲1を根拠とする新規性欠如)
本件特許発明1ないし3は、甲1に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるベきものである。

(2) 申立理由2(甲1を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし3は、甲1に記載された発明に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

(3) 申立理由3(実施可能要件違反)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、その明細書の発明の詳細な説明の記載が、以下の理由で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

・ 本件特許発明1におけるコロナ放電処理時の条件のうち、圧力及び水分含有量について、それらの測定方法が発明の詳細な説明中に記載されておらず、また、コロナ放電処理の分野において、それらの点が当業者にとって自明の事項といえないから、発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明における前記圧力及び水分含有量の条件について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。

2 証拠方法
特許異議申立人は、証拠として、以下の文献等を提出する。
甲1:特公昭57-30854号公報
甲2:特公昭61-35213号公報

第4 当審の判断
当審は、以下に述べるように、申立理由1ないし3には、いずれも理由はないと判断する。

1 申立理由1及び2(甲1を根拠とする新規性進歩性欠如)について
(1) 甲1の記載事項
甲1には、「プラスチツクスの表面処理方法」に関し、以下の事項が記載されている(下線は当審において付した。以下同様。)。

ア 「特許請求の範囲
1 成形されたプラスチツクスの表面を、実質的に窒素と二酸化炭素とからなり、かつ該窒素と二酸化炭素の混合比(N_(2)/CO_(2))が体積比で99.5/0.5 ?50/50の範囲内にある混合気体雰囲気中でコロナ放電処理することを特徴とするプラスチツクスの表面処理方法。」(第1ページ左欄第22ないし28行)

イ 「本発明は、成形されたプラスチツクス、特にフイルム状に成形されたプラスチツク製品の表面処理方法に関するものである。
・・・プラスチツクフイルムの多くは係る印刷インキに対して実用上十分な接着性を有しない。
このためプラスチツク製品の表面を活性化し、接着性を改良する方法として、・・・とりわけ、プラスチツク製品の表面を実質的に酸素を含まない高純度の窒素雰囲気中でコロナ放電処理する方法(以下「NCD処理」と略称する)は、プロセスが簡潔で高能率かつ接着性改良効果が極めて大きいことが知られている。・・・NCD処理されたプラスチツク製品の表面は、接地された金属部材との摩擦によつて容易に帯電し、このため該金属部材に対する見かけの摩擦係数が異常に高くなる。・・・
係る欠点はプラスチツク製品に帯電防止剤を添加することにより軽減されるが、プラスチツクの種類によつては適当な帯電防止剤が選定できなかつたり、帯電防止剤の表面への滲み出しによつて接着性が損われるなどの障害がある。・・・
本発明の目的は、NCD処理法によつて達成される優れた接着性を損うことなく、上記欠点を解消することにある。」(第1ページ左欄第30行ないし第2ページ左欄第7行)

ウ 「さらに本発明法においては、処理雰囲気中に存在する酸素の濃度を全混合気体に対し0.1 vol%以下にすることが極めて望ましいことであり、0.05 vol%以下にすれば処理効果の持続性の点でさらに好ましい。係る酸素の濃度が0.1 vol%を超えると、「コロナ放電」中に生成する酸素ラジカルが処理対象物表面に急速かつ優先的に反応し、表面の劣化が急激に進行するところとなり、接着性の改良効果が極めて劣つたものとなる。酸素以外の気体、例えば一酸化炭素などの気体を少量混合することは差し支えない。」(第3ページ左欄第1ないし11行)

エ 「本発明の方法を実施するための装置の一例を図に示し、以下これについて詳述する。
図において、1は空気の混入を防ぐためのシール構造体である。窒素供給管2および二酸化炭素供給管3より別々に供給された窒素と二酸化炭素は、計量・混合装置4で所定の割合に計量・混合され、導入管5を通つてシール構造体内に導入され、排出口6から外部に排出される。シール構造体内部を均一の気体組成にするために攪拌フアン7を設ける。導入管および排出口それぞれにおける残留酸素濃度を酸素濃度計8で測定し、各々が0.1 vol%以下でかつ同一の濃度を保持するに必要な量の混合気体を導入管より供給し続ける。アンワインダー9から巻き出されるフイルム10は、処理ロール(ロール状電極)11の表面上で本発明の表面処理を施され、移送されてワインダー12で巻き取られる。処理ロール11は接地され、ロール表面は誘電体で被覆されている。ジエネレータ13からの制御された電圧は、高圧ケーブル14を介して対向電極15に印加される。放電は対向電極処理ロールに沿つた被処理フイルムとの間隙で発生する。」(第3ページ左欄第12ないし33行)

オ 「以下に表面処理されたフイルムの評価方法および本発明の実施例を示し、詳細に説明する。
(1) 印刷インキ接着力
フイルムにセロフアン用印刷インキ〔東洋インキ(株)製“CC-ST”白〕を、メタリングバーまたはグラビアコータを用いて、固形分で約3g/m^(2)になるように塗布し、60℃で1分間熱風乾燥する。」(第3ページ左欄第34ないし41行)

カ 「実施例 1
(1) 被処理フイルム基材
常法テンター法によつて製造された厚さ20μmのアイソタクチツクポリプロピレンフイルム〔東レ(株)製“トレフアン”BO T2500〕を用いた。
(2) 表面処理
本発明法による処理、および比較のためにNCD処理と空気雰囲気下のコロナ放電処理(以下ACD処理と略す)を行つた。
A-1 本発明法による処理(1)
下記の条件により処理した。
装 置;図1に示した装置
気体組成;供給気体
窒素90vol%,二酸化炭素10vol%混合気体
残留酸素濃度0.01vol%
相対湿度 0.03%RH以下
電極-フイルム間距離;1.0mm
フイルム移送速度 ;100m/分
ジエネレータ;春日電機(株)製 HF-401(最大出力 4kW、
周波数110kHz,正弦波形)
印加電気エネルギー ;3600ジユール/m^(2)
・・・
それに対し、本発明法により処理されたフイルムは、印刷インキ接着性、アルミニウム蒸着性が極めて優れ、かつ対金属すべり性にも優れておりNCD処理の欠点が解消されている。さらに他の処理方法に比べ、臨界表面張力が極だつて高い。」(第4ページ左欄第2行ないし右欄第26行)

キ 「



(2) 甲1に記載された発明
甲1には、実施例1に係る上記(1)エないしキの記載から、フィルムの表面処理及びその後の印刷インキ接着力の評価に係る以下の発明が記載されていると認める(以下、「甲1発明」という。)。

「シール構造体内に、所定の割合に計量・混合された窒素と二酸化炭素を導入管を通して導入し、排出口を通して外部に排出する工程と、
上記シール構造体内において、アンワインダーから巻き出され、ワインダーで巻き取られるフィルムを、処理ロール(ロール状電極)の表面上で表面処理を施す工程であって、該表面処理は、窒素90vol%と二酸化炭素10vol%の混合気体、残留酸素濃度0.01vol%、相対湿度0.03%RH以下の供給気体中で、印加電気エネルギー3600ジュール/m^(2)で行われる工程と、
該表面処理後のフィルムに、セロファン用印刷インキ〔東洋インキ(株)製“CC-ST”白〕を、メタリングバーまたはグラビアコータを用いて塗布し、熱風乾燥する工程と、
を含む方法。」

(3) 本件特許発明1について
ア 対比
本件特許発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明における「フィルム」は、アンワインダーから巻き出され、ワインダーで巻き取られるものであるから、本件特許発明1の「帯状の基材」に相当し、
甲1発明における表面処理後のフイルムに対するセロファン用印刷インキを塗布し、熱風乾燥する工程は、本件特許発明1の、基材の放電処理面に塗工液を塗布して「塗工層を形成する、塗布工程」に相当するといえるから、甲1発明において、本件特許発明1の「複層フィルム」に対応する物が製造されると認められる。
また、甲1発明の表面処理は、フィルムがアンワインダーから巻き出され、ワインダーで巻き取られる間の処理であるから、フイルムの「連続走行」中の表面処理であり、放電条件及び上記(1)ウの記載から、表面処理は「コロナ放電処理」であると認められる。
そして、甲1発明における表面処理の雰囲気に関し、窒素および二酸化炭素の混合気体は、シール構造体に導入され、排出口を通して外部に排出されるものであるから、シール構造体内は、正圧すなわち「大気圧以上」の圧力下にあると認められる。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、それぞれ次のとおりである。
<一致点>
「帯状の基材と、前記基材の面上に形成された塗工層とを備える複層フィルムの製造方法であって、
連続走行する前記基材の前記面に大気圧以上の環境下でコロナ放電処理を行う、放電処理工程と、
前記放電処理工程の後に、前記基材の前記コロナ放電処理された前記面に塗工液を塗布して前記塗工層を形成する、塗布工程と、
を含む複層フィルムの製造方法。」

<相違点1>
本件特許発明1は、「酸素濃度0.05重量%以上0.55重量%以下」の環境下でコロナ放電処理を行うのに対し、甲1発明は、「残留酸素濃度0.01vol%」で行うものである点。

<相違点2>
本件特許発明1は、「水分含有量5mg/m^(3)以下」の環境下でコロナ放電処理を行うのに対し、甲1発明は、そのように特定されない点。

イ 相違点についての検討
(ア) 新規性に関する検討
まず、相違点1について検討する。
甲1発明における「窒素90vol%と二酸化炭素10vol%の混合気体」に対する「残留酸素濃度0.01vol%」に関し、体積比はモル比に相当するから、モル比を窒素:二酸化炭素:酸素=90:10:0.01と仮定して酸素の重量比を算出すると「0.011重量%」となり、この値は、本件特許発明1の「酸素濃度0.05重量%以上0.55重量%以下」の範囲には含まれない。
よって、相違点1は、実質的な相違点といえ、相違点2の検討を行うまでもなく、本件特許発明1は、甲1に記載された発明ではない。

(イ) 進歩性に関する検討
甲1には「さらに本発明法においては、処理雰囲気中に存在する酸素の濃度を全混合気体に対し0.1vol%以下にすることが極めて望ましいことであり、0.05vol%以下にすれば処理効果の持続性の点でさらに好ましい。係る酸素の濃度が0.1vol%を超えると、「コロナ放電」中に生成する酸素ラジカルが処理対象物表面に急速かつ優先的に反応し、表面の劣化が急激に進行するところとなり、接着性の改良効果が極めて劣ったものとなる。」(上記(1)ウ)との記載があることをふまえると、甲1発明において酸素濃度は、より低い方が好ましいものであるということができる。
そうすると、甲1発明において、その残留酸素濃度を、0.01vol%すなわち0.011重量%から、これよりも大きい値、例えば0.05重量%以上に引き上げる動機付けがなく、むしろ阻害要因があるといえる。
そして、本件特許発明1は、「放電処理環境内の酸素濃度が前記特定の範囲内であり、且つ水分含有量がこの範囲であることにより、放電による不所望な副生成物の発生を抑制することができる。」(段落【0027】)という格別顕著な効果を有するものである。
よって、相違点2について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明から当業者が容易に発明することができたものとはいえない。

(ウ) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書第7ないし9ページにおいて、以下の主張をしている。
甲1の「さらに本発明法においては、処理雰囲気中に存在する酸素の濃度を全混合気体に対し0.1vol%以下にすることが極めて望ましいことであり、0.05vol%以下にすれば処理効果の持続性の点でさらに好ましい。」(上記(1)ウ)との記載に基づいて甲1発明を認定し、当該酸素濃度の点につき、本件特許発明1と甲1発明が一致する。
また、甲1における実施例1の「相対湿度0.03%RH(20℃)」が、本件特許発明1の「水分含有量5mg/m^(3)以下」と一致する可能性が高く、実質的な相違点とはならないし、仮に相違点であるとしても想到容易である。

上記主張を検討する。
上記主張は、甲1発明は0.1vol%以下の酸素濃度と相対湿度0.03%RHの雰囲気を同時に充足するものとする認定に基づくものと解されるが、甲1には、上記の数値範囲の酸素濃度及び水分含有量の数値範囲を同時に充たす記載はなく、実施例1以外において、酸素濃度と相対湿度の両方の条件を同時に制御する記載がない。また、酸素濃度に関し、上記(1)ウの記載は、水分含有量との相関で記載されたものでもない。
よって、請求人の上記主張は、採用できない。

ウ 本件特許発明1についての小括
そうすると、本件特許発明1は、甲1に記載された発明とはいえないし、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4) 本件特許発明2及び3について
本件特許発明1が、甲1に記載された発明ではなく、また、甲1発明から当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないのは上記(3)のとおりであるから、本件特許発明1の特定事項をすべて有し、更に限定する本件特許発明2及び3についても同様であって、本件特許発明2及び3は、甲1に記載された発明ではなく、また、本件特許発明2及び3は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5) 申立理由1及び2のまとめ
したがって、本件特許発明1ないし3は甲1に記載された発明であるから特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないとする申立理由1には理由がない。
また、本件特許発明1ないし3は甲1に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとする申立理由2には理由がない。

3 申立理由3(実施可能要件)について
(1) 実施可能要件の判断基準
実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、製造方法の発明の場合には、その製造方法を使用し、その製造方法により生産した物を使用することができる程度の記載があることを要する。
これを踏まえ、以下検討する。

(2) 発明の詳細な説明の記載
発明の詳細な説明の記載には、おおむね以下のとおりの記載がある。

ア 「【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
コロナ放電処理に際しては、放電により発生した活性物質が化学反応して形成される副生成物が、不所望な異物を発生させることがある。このような異物が発生すると、フィルムを汚染し、得られる製品の品質を低減させる。また、そのような異物は、製造ラインをも汚染するため、より高い頻度での製造ラインの清掃が必要になり、生産の効率を低下させる。
【0006】
従って、本発明の目的は、不所望な異物の発生を抑制し、高品質な複層フィルムを効率的に製造することができる、複層フィルムの製造方法を提供することにある。」

イ 「【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明について実施形態及び例示物等を示して詳細に説明する。・・・
【0012】
[1.製造方法の概要]
・・・
【0013】
[2.放電処理工程]
・・・
【0025】
[2.2.放電処理の操作]
・・・
【0026】
放電処理工程に際しては、コロナ放電処理を行う環境における酸素濃度及び水分含有量を、特定の範囲に調節する。
・・・
【0027】
放電処理環境内の水分含有量、即ち、放電処理環境における気体が含有する水分の量は、5mg/m^(3)以下に調節する。水分含有量は、好ましくは2mg/m^(3)以下であり、理想的にはゼロmg/m^(3)である。放電処理環境内の酸素濃度が前記特定の範囲内であり、且つ水分含有量がこの範囲であることにより、放電による不所望な副生成物の発生を抑制することができる。
・・・
【0029】
好ましい例において、放電処理工程は、チャンバー内へ不活性ガス及び乾燥空気を供給することを含む。不活性ガスの例としては、窒素及びアルゴン等の希ガスが挙げられるが、コストの観点から通常は窒素を用いる。
【0030】
乾燥空気は、空気を乾燥させたものである。乾燥空気としては、その露点が所定の低い値であるものを用いうる。乾燥空気の大気圧化の露点は、好ましくは-20℃以下、より好ましくは-30℃以下としうる。露点-20℃の乾燥空気は、大気圧下の水分含有量が1.07g/m^(3)程度となり、これをチャンバーに導入することにより、チャンバー内の水分量を低い値に容易に調節することができる。
【0031】
乾燥空気は、大気を圧縮器で圧縮し、結露した水分を除去することにより調製しうる。このような調製方法により、有用な乾燥空気を容易に調製でき、且つ圧送のための圧力を空気に付与することができる。乾燥空気の具体例としては、0.76MPaの圧縮下で露点-10℃以下の空気(大気圧下での露点約-34.4℃以下、大気圧下での水分含有量0.314g/m^(3)以下)を用いうる。
・・・
【0035】
Z/W、X/W又はこれらの両方がかかる関係を満たすことにより、チャンバー内の酸素濃度及び水分含有量を、容易に安定して所望の範囲に調節することができる。
・・・また、水分含有量についても、同様の原理により容易に安定して所望の範囲に調節することができる。
・・・
【0037】
チャンバー内の環境の気圧は、大気圧以上、好ましくは大気圧+0.02MPa以上に制御される。それにより、チャンバー内に流入する外気の量を低減し、酸素濃度の低い環境を容易に維持しうる。・・・
【0040】
チャンバー内の酸素濃度は、筺体内の電極131に近接して設けられた酸素濃度計測装置151により測定された値を基準に調節することが好ましい。当該値を基準とすることにより、放電空間の酸素濃度を正確に反映した酸素濃度の値を得て、より適切な酸素濃度の調節を行うことができる。
・・・
【0048】
[5.塗布工程]
・・・
【0049】
塗布工程は、グラビアコーター、ロールコーター、ダイコーター等の、既知の塗布装置により行いうる。・・・図1に示す例においては、当該工程は、塗工装置300及び掻取装置400を用いて行う。」

ウ 「【0081】
[実施例1]
・・・
【0083】
(1-3.複層フィルムの製造)
図1に概略的に示す製造装置10を用いて、複層フィルムの製造を行った。・・・
【0085】
コロナ放電処理装置100としては、図2?図3に概略的に示す装置を用いた。・・・筐体120内のチャンバーへの窒素ガスの導入量は300L/min、乾燥空気の導入量は3L/minとした(乾燥空気体積/不活性ガス体積=0.01)。放電処理中に、チャンバー内の酸素濃度を、酸素濃度計測装置151によりモニターしたところ、気体の導入量の調節等を特に行わなくても、チャンバー内の酸素濃度は安定的に0.2%に保たれた。チャンバー内の気圧は、大気圧以上で、大気圧+0.1MPa以下の範囲に保たれた。また、チャンバー内の環境の水分含有量は0.9mg/m^(3)であった。・・・
【0088】
・・・塗工層が形成された。これにより、基材フィルム及び塗工層を備える複層フィルム90を得た。」

(3) 判断
実施可能要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の【発明を実施するための形態】欄の記載(上記(2)イ)には、本件特許発明1ないし3の各発明特定事項について具体的かつ矛盾なく記載されており、当業者であれば、本件特許発明1ないし3に係る製造方法の発明をどのように実施するのか理解できる。また、上記(2)に示した[実施例1]として、その具体的な実施の形態の記載もあることからすれば、当業者において、発明の詳細な説明の記載内容及び出願時の技術常識に基づき、その製造方法を使用し、かつ、その製造方法により生産した複層フィルムを使用することができる程度の記載があるということができ、使用のために当業者に試行錯誤を要するものともいえない。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる実施可能要件に適合するものといえる。

イ 特許異議申立人の主張の検討
特許異議申立人は、本件特許発明1におけるコロナ放電処理時の条件のうち、圧力及び水分含有量について、それらの測定方法が発明の詳細な説明中に記載されておらず、また、コロナ放電処理の分野において、それらの点が当業者にとって自明の事項といえないから、発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明における前記圧力及び水分含有量の条件について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない旨主張する(特許異議申立書第11ページ)。
しかし、上記アで述べたように、本件特許明細書の【発明を実施するための形態】欄の記載によれば、出願時の技術常識に基づいて過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし3の製造方法を実施することができることは明らかである。
また、圧力及び気体中の水分含有量について計測する手段は、本件特許の出願時において、当業者にとってありふれたものであって、「電極131に近接して設けられた酸素濃度計測装置151」同様、当該手段をチャンバー内の適切な場所に設置すればよいものである。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(4) 申立理由3のまとめ
したがって、本件特許の発明の詳細な説明の記載は、いわゆる実施可能要件を満たすと判断されるから、特許法第36条第4項第1号の規定により特許を受けることができないとする申立理由3には、理由がない。

第5 むすび
したがって、特許異議申立人の主張する特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、請求項1ないし3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に請求項1ないし3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-01-15 
出願番号 特願2016-194580(P2016-194580)
審決分類 P 1 652・ 536- Y (C08J)
P 1 652・ 121- Y (C08J)
P 1 652・ 113- Y (C08J)
最終処分 維持  
前審関与審査官 加賀 直人  
特許庁審判長 須藤 康洋
特許庁審判官 神田 和輝
大畑 通隆
登録日 2020-03-30 
登録番号 特許第6683097号(P6683097)
権利者 日本ゼオン株式会社
発明の名称 複層フィルムの製造方法  
代理人 特許業務法人酒井国際特許事務所  

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