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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない。 A61L
管理番号 1370717
審判番号 不服2019-11506  
総通号数 255 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-03-26 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-09-03 
確定日 2021-01-27 
事件の表示 特願2016-575632「注入用人工インプラント及びその使用方法」拒絶査定不服審判事件〔平成27年9月17日国際公開、WO2015/138858、平成29年3月30日国内公表、特表2017-508587〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2015年3月13日(パリ条約による優先権主張 2014年3月14日 米国(US) 2014年3月27日 米国(US))を国際出願日とする特許出願であって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 2月26日 :手続補正書の提出
平成30年10月15日付け :拒絶理由通知
平成31年 1月17日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 1年 5月24日付け :拒絶査定
令和 1年 9月 3日 :審判請求書の提出

第2 本願発明

本願に係る発明は、平成31年1月17日提出の手続補正書による特許請求の範囲についてした手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?23に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
水性懸濁剤に懸濁した、5?400μmの直径を有する微粒子を含む人工インプラント組成物であって、
前記水性懸濁剤が、変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンを含み、
前記変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンが、変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンの総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分、及び変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンの総重量の70wt%超の重量平均分子量100kDa?258kDaの成分を有し、
前記変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が、1.0?1.6であり、Mwが重量平均分子量であり、Mnが数平均分子量である、
人工インプラント組成物。」

第3 原査定の拒絶の理由

原査定の拒絶の理由3は、本願は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、というものであり、次のとおり指摘している。

「・請求項 1-23
・備考
本願明細書の段落[0005]や段落[0009]、段落[0010]等に記載されているように、本願発明の課題は、注入適性や保存安定性が改善したインプラント組成物を提供することを課題とするものである。
そして、具体的には、変性アテロコラーゲンの100kDa未満の分子量の成分が40%のコラーゲン成分が得られたこと、市販のArtefillを室温に置いておくと250kDa以下のコラーゲン成分が減少し、多分散度が上昇することが示されているだけであり、10wt%未満の重量平均分子(Mw)100,000Da以下の成分、及び70wt%超の重量平均分子量100kDa?258kDaの成分を有する変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンを含み、該コラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が1.0?1.6であれば、人工インプラント組成物として、注入適性や保存安定性に優れていることを具体的に示していない。
そして、組成物の流動性や保存安定性などの物性は、含まれる成分の性質に依存するということが技術常識であるところ、含まれる一部のコラーゲン成分の含有量の低下や多分散度の上昇という現象から、それら組成物の流動性や保存安定性を予測することは不可能であるし、組成物の流動性や保存安定性を改善できる好適な数値範囲を決定することは困難であり、上記コラーゲン成分の条件を満たせば、注入適性や保存安定性に優れたインプラント組成物を得るという課題を解決できるものでもない。
すると、本願請求項1-23に係る発明の範囲にまで拡張ないし一般化するための根拠はなく、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。」
「また、本願発明の特徴である上記コラーゲン成分の条件を満たせば、注入適性や保存安定性に優れたインプラント組成物を得るという課題を解決できるものでもないから、本願請求項1-23に係る発明の範囲にまで拡張ないし一般化するための根拠はなく、発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものと考えられる。」

第4 本願明細書の記載事項等

本願明細書及び図面(以下「本願明細書等」という。)には、以下の事項が記載されている(なお、下線は当審合議体が付した。以下、同じ。)。

「【技術分野】
【0001】
本開示は、注入用人工インプラント及び顔面欠損等の欠損を充填する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軟組織、例えば皮膚の補強は、傷害からの回復、及び美容目的又は支持目的を含む多くの状況で採用され得る。例えば、正常な老化に伴って、皮膚はたるむようになり得る、又はしわ、例えば、ほうれい線、皺、ピッティング及び欠損等が形成され得る。軟組織の補強は、例えばしわやライン等の欠損を矯正し、また老化の影響を相殺するのに利用可能である。副作用を伴わずに、皮膚の不規則性を恒久的に均一化するのが望ましい。軟組織の補強は、コラーゲン、シリコーン、ポリ乳酸、ポリエチレン、ポリ四フッ化エチレン、及びヒドロゲルベースのポリマー組成物等の材料を使用することにより達成される。このような材料は、用途に応じて様々な形態を採り得る。例えば、これらの材料は、濃厚溶液、ゲル、又は懸濁液の形態を採り得、またインプラント又はインプラントを送達するための担体として利用可能である。軟組織の補強用の理想的な材料は、十分に耐久性を有し、また所定の位置に留まるべきであり、インプラント部位から移動してはならない。
【0003】
注入用皮膚充填剤は、皮膚欠損の外観を低減するための非侵襲的介入法として特に望ましい。注入用皮膚充填剤は、周辺の皮膚よりも低い又は深い皮膚欠損内の皮膚を隆起させ、周辺の皮膚と同一レベルまで欠損の充填を引き起こし、欠損の可視性を低減する。
【0004】
米国特許第5,344,452号は、生体適合性を有し、注入部位に恒久的に留まり、実質的に副作用を有さない人工インプラントについて記載する。インプラント組成物は、平滑面を有し、隅角部及び端部を有さない、例えば粉末状の生体適合性固体等の固体粒子、特に微粒子の形態のポリメチルメタクリレート(PMMA)を含む。特定の態様では、インプラント組成物は、生理学的に許容される懸濁剤又は担体、例えば生分解性のゼラチン、水、及び/又はアルコール等を含む。そのような皮膚充填剤は、Artefill(登録商標)として市販されている。
【0005】
米国特許第5,344,452号の組成物は、意図する目的に十分に適するが、例えば注入適性や保存安定性等の物理特性が改善したインプラント組成物を設計するのが望ましい。」

「【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
・・・
【0009】
更なる態様では、注入用人工インプラント組成物の注入適性を改善する方法は、水性懸濁剤に懸濁した、約5?約400μmの直径を有する微粒子を含む注入用人工インプラント組成物を形成するステップを含み、この場合、前記水性懸濁剤は、変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンを含み、前記変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンは、総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分、及び70wt%超の重量平均分子量100kDa?258kDの成分を有し、並びに前記変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が、1.0?1.6であり、Mwは重量平均分子量であり、Mnは数平均分子量である。」

「【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書では、特に軟組織の欠損の補強に役立つ注入用人工インプラント組成物について記載する。1つの態様では、組成物は、コラーゲンを含む。特別な態様では、組成物は、ポリメチルメタクリレート粒子等の微粒子、及びコラーゲンを含む懸濁剤を含み、前記コラーゲンが含有する低分子量ゼラチンの量は、高分子量コラーゲンと比較して、それよりも低い。・・・。コラーゲンが、かなりの分量の低分子量ゼラチン(例えば、100kDa未満又はこれよりかなり小さい)、及び/又は高分子量凝集物を含有するとき、得られるインプラント組成物のゲル強度並びに保存安定性は低下し得ることが、思いがけずに判明した。更に、コラーゲンの低分子量ゼラチン成分は、米国特許第5,344,452号の背景技術に記載されているように、組成物注入時の難しさに関係する。コラーゲンの低分子量成分の量を低減すれば、ヒト対象に注入した際に生ずる可能性のある、人工インプラント組成物に対する免疫応答も低減するものと期待される。
【0011】
理論に拘束されるものではないが、本明細書に記載するような、例えば、60wt%以上の重量平均分子量100kDa又はそれ以上の成分を有する変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンは、水ジャンクション形成(water junction formation)の改善、及びこれまでに実現されなかった、人工インプラントで用いるための後述する物理特性の改善を可能にすると考えられている。特性の改善として、保存バイアル及び/又はシリンジ様送達媒体中での保存期間における、広範囲な温度安定性、流動性が一定の流動学的特性、優れた微粒子懸濁特性、及び均質な微粒子分布の維持が挙げられるが、これらに限定されない。・・・
【0020】
コラーゲン及びゼラチンは、軟組織の補強の分野でこれまでに用いられてきたが、コラーゲン及びゼラチンの分子量が識別されることはほとんどない。一般的に、天然のコラーゲンは、100kDa以下の分画の他に200kDaの分子量分画、更には250,000ダルトンの分子量分画を含む分子量分布を有する。コラーゲンの平均分子量は、約300kDaであるものの、例えばコラーゲン鎖の分解に起因して、個々の調製物は低めの分子量を有する。アテロコラーゲンの平均分子量は、一般的に258kDaである。不可逆ゼラチン(Irreversible gelatine)の平均分子量は、約2,000ダルトンである。別途明記しない限り、本明細書で用いる場合、分子量とは重量平均分子量を意味する。
【0021】
米国特許第5,344,452号の背景技術に記載されているように、皮膚の不規則性を均一にする組成物において有用なゼラチンは生分解性タンパク質であるが、ゼラチンの注入は極めて困難であり得る。Artefill(登録商標)製品では、ウシコラーゲンがゼラチンの替わりに用いられているが、やはりこれも生分解性であり、注入が更により容易なためである。しかし、ウシコラーゲン等のコラーゲンの調製物には、低分子量ゼラチン成分を含む分子量分布が含まれることが発見された。理論に拘束されるものではないが、コラーゲン調製物のゼラチン成分は注入/押出力に伴う課題と関連し、また免疫応答も引き起こすと考えられている。注入適性及び押出力の改善、ゲル強度の改善をもたらす懸濁剤の機能性を改善するため、室温安定性を促進するため、並びに2?8℃を上回り上昇した温度において、微粒子が凝集するのを防止するために、コラーゲン調製物のゼラチン成分を除去すべきである。更に、変性したコラーゲン調製物に見出され得る高分子量の凝集物も、室温安定性の欠如に関係する。
【0022】
ゼラチン(すなわち、低分子量成分)及び高分子量成分は、透析又は粒径排除クロマトグラフィー等の当技術分野において公知の技法によりコラーゲン調製物から除去可能である。1つの実施形態では、コラーゲンはウシ又はブタコラーゲンである。また、コラーゲンは、軽度に架橋されたコラーゲンを含め、グルタルアルデヒドで架橋される。
・・・
【0029】
Artefill(登録商標)製品の1つの欠点として、該製品はウシコラーゲンを含有し、ウシコラーゲン製品に対してアレルギーを有する対象には禁忌であるので、使用する前に皮膚試験を行う必要があることが挙げられる。理論に拘束されるものではないが、本明細書に記載するような人工インプラント組成物で用いられるコラーゲンは、低分子量ゼラチン成分を含まないので、有害なアレルギー反応のリスクは低減していると考えられる。従って、1つの実施形態では、人工インプラント組成物に含まれるコラーゲンに対する感受性を調べる皮膚試験は、使用前において不要である。」

「【0041】
[実施例1]
コラーゲンの特性決定
Optilab(商標)屈折率検出装置と組み合わせたレーザー光散乱、及びQELS測定を用いて、可溶性コラーゲンについて研究し、絶対モル質量モーメント(absolute molar mass moment) (Mn、Mp、Mw、及びMz)、多分散度(Mw/Mn及びMz/Mn)、rms半径モーメント(Rn、Rw、及びRz)、流体力学的容積、及びウシ獣皮からなる製造用出発物質、特にタイプ1コラーゲンの製造プロセスで生ずる凝集性高分子副生成物である凝集物の有無を調べた。先行技術のArtifill(登録商標)コラーゲン試料の試験結果は、多分散度、及び大半の分画が含まれる分子量分布が、試験した試料に応じて、約100Kダルトン(Mw)以下において40?80パーセントとなることを示した。更に、流体力学的半径に関するRz値は、試験したArtifill(登録商標)コラーゲン試料4例のうち3例について低値を示し、3次元空間が高密度で占有されていること、すなわちMwがより高い試験対象試料と更に区別される、低重量平均分子量の影響を認めることができた。試験は、全体的な製品構成の一部をなす一本鎖組成物を更に示唆した。最低Mw成分は、担体ゲル特性の安定性又は強度及び後述する性能に有利な影響を及ぼさない。
【0042】
【表1】

【0043】
【表2】

【0044】
[実施例2]
Artefill(登録商標)の解析
市販のArtefill(登録商標)製品(コラーゲン、微粒子、リドカイン)を、2?8℃の冷蔵温度で保管して、ゲルの均一性及び安定性を維持する。室温保存した際に、ゲル特性の急速な劣化が認められた。本出願の説明の通り、コラーゲンの分子量を制限することにより、広範囲の温度で安定性が改善した製品が実現する。低分子量成分、及び高分子量凝集物を除去することにより、水ジャンクション形成及び物理特性の改善が実現する。
【0045】
人工インプラント組成物の微粒子用の懸濁剤として用いられるコラーゲン調製物について、その改善した特性を確認するために、Artefill(登録商標)の調製に用いられるコラーゲン、並びにポリメチルメタクリレートビーズ、コラーゲン、及びリドカインを含有するArtefill(登録商標)組成物の室温溶液挙動を経時的に分析した。コラーゲンの濃度は、3.5%であったが、また様々な分画の分子量は、Optilab(商標)屈折率検出装置と組み合わせたレーザー光散乱、及びQELS測定を用いて測定した。絶対モル質量モーメント(Mn、Mp、Mw、及びMz)、及び多分散度(Mw/Mn及びMz/Mn)を測定した。結果を表3及び4に提示する。
【0046】
【表3】

【0047】
【表4】

【0048】
表3及び表4では、灰色の影付きの領域は、インプラント組成物の用途として好ましくない特性を有するゲルを表す一方、影付きではない領域は許容されるゲルである。許容されるゲル担体から許容されないゲル担体への変化は、処理工程、充填/仕上げ工程、保存、使用施設(例えば、診療所又は臨床現場等)への輸送期間中、及び/又は意図する臨床活動(例えば、軟組織の補強等)部位に注入する期間中に、シリンジ本体等の密閉容器内において、人工的な、又は生体に由来する一般的に球形の材料の均質な分布を継続、維持する能力と密接に関係する。最終的な目標は、非冷蔵条件(2?8℃を上回る)で性能を提供するのに利用可能なArtefill(登録商標)の特性を、懸濁状態の均質な分布が維持される必要がある、製品のライフサイクルの各段階まで、経時的に識別することであった。
【0049】
表1及び表2(当審注:「表3及び表4」の誤記と思われる。)から容易に観察可能なこととして、多分散度の増大、及び100k超?250k未満の分画の減少により証明されるように、時間と共に、Artefill(登録商標)コラーゲンの分子量は、劇的に変化することが挙げられる。コラーゲンの加水分解速度は室温で増加し、また分解生成物の濃度が増加すると、多分散度の増加、及び100k超?250k未満の分画の減少により証明されるように、凝集物が形成されると考えられている。コラーゲン中に100k未満の分画及び250k超の分画が存在すると、それは、室温でインキュベーションした際に認められるカスケード効果に寄与すると考えられている。試料の多分散度、並びに低分子量及び高分子量分画の量を制限して理想的な懸濁剤を提供することにより、得られる人工インプラント組成物は、現行のArtefill(登録商標)製品と比較してそれよりも改善した室温安定性を示す。特に、許容されるゲル組成物について概説すると、総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分、及び70wt%超の、重量平均分子量100kDa?258kDの成分を有し、この場合、変性アテロコラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が、1.0?1.6であり、Mwは重量平均分子量であり、Mnは数平均分子量である変性アテロコラーゲンは、人工インプラント組成物の微粒子用懸濁剤として利用する場合、安定性及び物理性のいずれについても適する特性を有することが示唆される。」

第5 当審の判断

1 本願発明の発明特定事項の解釈について

本願発明は、「重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分」及び「重量平均分子量100kDa?258kDaの成分」との発明特定事項を有しているが、平均分子量で特定された成分の意味するところが不明瞭である。
しかしながら、本願明細書の【0044】には「低分子量成分、及び高分子量凝集物を除去することにより、水ジャンクション形成及び物理特性の改善が実現する。」と記載され、【0049】には「試料の多分散度、並びに低分子量及び高分子量分画の量を制限して理想的な懸濁剤を提供することにより、得られる人工インプラント組成物は、現行のArtefill(登録商標)製品と比較してそれよりも改善した室温安定性を示す。」と記載されていることからすると、本願発明の上記発明特定事項は、それぞれ、「重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の画分」及び「重量平均分子量(Mw)100kDa?258kDaの画分」を意味するものと解される。
以下では、上記解釈に基づいて、当審の判断を示す。

2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)について

(1)判断の前提

特許法第36条第6項第1号は、特許請求の範囲の記載が適合するものでなければならない要件として、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」(いわゆる「サポート要件」)を規定している。
そして、特許請求の範囲の記載が、同要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と明細書の発明の詳細な説明とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、を検討して判断すべきものである。
そこで、本願発明に係る請求項1の記載が、サポート要件を満たすか否か、以下、検討する。

(2)判断

ア 本願発明の解決しようとする課題について

本願明細書等には、注入用人工インプラントの技術分野(【0001】)における背景技術として、生体適合性を有し、注入部位に恒久的に留まり、実質的に副作用を有さない人工インプラント組成物として、粉末状の生体適合性のポリメチルメタクリレート(PMMA)粒子、生分解性のゼラチン、水、アルコールを含む皮膚充填剤がArtefill(登録商標)として市販されていたことが記載されている(【0002】?【0004】)。
本願明細書等には、上記背景技術の記載に続いて、【0005】に、注入適性や保存安定性等の物理特性が改善したインプラント組成物を設計するのが望ましいことが記載されている。
これらの記載によれば、本願発明の解決しようとする課題は、「注入適性や保存安定性が改善したインプラント組成物を提供すること」であると認められる。

イ 課題を解決するための手段について

本願明細書の発明の詳細な説明において、【課題を解決するための手段】欄以下の【0009】には、注入用人工インプラント組成物の注入適性を改善する方法が、約5?約400μmの直径を有する微粒子を含む注入用人工インプラント組成物を形成するステップを含み、当該組成物が含む変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンは、総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分及び70wt%超の重量平均分子量100kDa?258kDの成分を有し、多分散度が1.0?1.6であること、が記載され、【発明の実施の形態】欄以下の【0010】には、コラーゲンが、100kDa未満のゼラチン、及び/又は高分子量凝集物を含有するとき、得られるインプラント組成物のゲル強度並びに保存安定性は低下し得ることが判明したこと、コラーゲンの低分子量ゼラチン成分は、組成物注入時の難しさに関係することが記載され、【0011】には、60wt%以上の重量平均分子量100kDa又はそれ以上の成分を有する変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンは、水ジャンクション形成(water junction formation)の改善、及び、保存バイアル、シリンジ様送達媒体中での保存期間における、広範囲な温度安定性、流動性が一定の流動学的特性、優れた微粒子懸濁特性、均質な微粒子分布の維持等の物理特性の改善を可能にすると考えられていることが記載されている。そして、コラーゲンの低分子量ゼラチン成分に関して、【0021】には、Artefill(登録商標)製品に用いられるウシコラーゲン等のコラーゲンの調製物のゼラチン成分は注入/押出力に伴う課題と関連し、注入適性及び押出力の改善、ゲル強度の改善をもたらす懸濁剤の機能性を改善するため、室温安定性を促進するため、並びに2?8℃を上回り上昇した温度において、微粒子が凝集するのを防止するために、コラーゲン調製物のゼラチン成分を除去すべきであり、変性したコラーゲン調製物に見出され得る高分子量の凝集物も、室温安定性の欠如に関係することが記載されている。
上記記載によれば、本願明細書には、【課題を解決するための手段】欄に、本願発明の人工インプラント組成物に含まれる変成タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンを規定する次の条件:
「前記変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンが、変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンの総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分、及び変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンの総重量の70wt%超の重量平均分子量100kDa?258kDaの成分を有し、
前記変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が、1.0?1.6であり、Mwが重量平均分子量であり、Mnが数平均分子量である」(以下「コラーゲン分子量条件」という。)
と同じ文言が記載されており(【0009】)、また、【発明の実施の形態】欄には、コラーゲンが低分子量ゼラチンを含有するとき、インプラント組成物のゲル強度及び保存安定性が低下し得ること(【0010】)、60wt%以上の重量平均分子量100kDa又はそれ以上の成分を有する変性タイプIコラーゲン又はアテロコラーゲンは、人工インプラントで用いるための広範囲な温度安定性を可能にすると考えられていること(【0011】)、注入適性及び押し出し力の改善、室温安定性を促進するために、コラーゲン調製物のゼラチン成分を除去すべきこと(【0021】)も一応記載されている。

ウ 課題が解決できると当業者が認識できるといえるかについて

本願明細書には2つの実施例が記載されているところ、実施例1は、主に、先行技術であるArtefillコラーゲン及びゼラチンに関する分析結果を示すものであって、【0042】の【表1】に列記された各試料は、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たすものではなく、【0043】の【表2】には、「本発明の実施例-3.5%変性アテロコラーゲン」という欄が示されているものの、分子量が100kDa未満の割合が40%であって、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たさないものであるうえ、本願発明の課題である注入適性や保存安定性に関するデータは示されていない。そして、【0041】の末文には、「最低Mw成分は、担体ゲル特性の安定性又は強度及び後述する性能に有利な影響を及ぼさない。」と記載されているが、具体的なデータは示されていない。
実施例2は、主に、先行技術であるArtefillコラーゲンに関する分析結果を示すものであって、【0049】に記載されるように、低分子量成分及び高分子量凝集物を除去しないArtefillコラーゲンが、室温保存すると、経時的に、多分散度が増大し、100k超?250k未満の分画が減少することはデータをもって示されているものの、低分子量成分及び高分子量凝集物を除去して本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たすように調製した組成物の経時的なふるまいについてのデータは全く示されていない。
したがって、実施例1及び2の記載からは、当業者が、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たす「変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲン」を含む人工インプラント組成物を使用することにより、本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。

次に、本願明細書において課題解決の理論的な説明がされているか否かについて検討する。本願明細書の【0044】には、「本出願の説明の通り、コラーゲンの分子量を制限することにより、広範囲の温度で安定性が改善した製品が実現する。低分子量成分、及び高分子量凝集物を除去することにより、水ジャンクション形成及び物理特性の改善が実現する。」と記載され、【0049】には、「試料の多分散度、並びに低分子量及び高分子量分画の量を制限して理想的な懸濁剤を提供することにより、得られる人工インプラント組成物は、現行のArtefill(登録商標)製品と比較してそれよりも改善した室温安定性を示す。特に、許容されるゲル組成物について概説すると、総重量の10wt%未満の重量平均分子量(Mw)100,000ダルトン以下の成分、及び70wt%超の、重量平均分子量100kDa?258kDの成分を有し、この場合、変性アテロコラーゲンのMw/Mnとして表される多分散度が、1.0?1.6であり、Mwは重量平均分子量であり、Mnは数平均分子量である変性アテロコラーゲンは、人工インプラント組成物の微粒子用懸濁剤として利用する場合、安定性及び物理性のいずれについても適する特性を有することが示唆される。」と記載されるが、いずれの記載も、所望する結果を述べるにとどまり、理論的な説明といえるものではない(なお、【0010】、【0021】等において引用される米国特許第5,344,452号には、ゼラチンの注入が困難な理由については記載されていない。)。
そして、【0049】には、「コラーゲン中に100k未満の分画及び250k超の分画が存在すると、それは、室温でインキュベーションした際に認められるカスケード効果に寄与すると考えられている。」と記載されるものの、当該記載事項が本願出願当時の技術常識であったということができないことも考慮すると、当該記載に接した当業者が、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たす「変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲン」を含む人工インプラント組成物を使用することにより、本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。

さらに、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たす「変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲン」を含む人工インプラント組成物が、その注入適性や保存安定性が改善されることが本願出願時において当業者において技術常識であったものとも認められない。そうすると、本願出願時における技術常識を参酌しても、当業者が、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たす「変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲン」を含む人工インプラント組成物を使用することにより、本願発明の課題を解決できると認識できるとはいえない。

エ まとめ

したがって、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らしその課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。

3 審判請求書における請求人の主張について

(1)請求人の主張

請求人は、令和1年9月3日提出の審判請求書において、「当業者であれば、本願出願当初明細書の表2の結果を参酌することにより、表2に示す場合より少ない100 kDa以下の成分の割合範囲、及び表2に示す値を含む多分散度の範囲を有する本願請求項に記載の水性懸濁剤が、表2に示す3.5%変性アテロコラーゲンと同様に、人工インプラント組成物の微粒子用懸濁剤として使用する場合、現行のArtefill(登録商標)製品と比較してそれよりも改善した室温安定性を示すと予測し得ると思料する」(5頁下から8?3行)と主張している(主張1)。
また、請求人は、同請求書において、「本願請求項に記載の変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンの100 kDa以下の成分は、参考資料1に記載の3.5 wt%ゼラチンと比較してより限定的である。また、参考資料1の4頁に示すように、本願発明に係る選択されたコラーゲン調製物は、2?8℃で12?24時間インキュベートした場合、10%以下の100 kDa未満の成分しか含まない。同じく4頁に示すように、Bellafill(登録商標)(Artefill(登録商標)に対応、参考資料1の3頁の脚注1参照)コラーゲンは、20?25℃(室温)でインキュベートした場合、多分散度が増加し、258 kDa超の成分が増加したのに対し、本願請求項に記載の変性タイプIコラーゲン又は変性アテロコラーゲンは、同1条件でインキュベートした場合、実質的に同一の状態を維持した(参考資料1:4頁の「5」及び表)。」(6頁5?14行)と主張している(主張2)。

(2)判断

しかしながら、主張1については、上記2(2)で説示したように、本願明細書の【0049】等には、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たすような人工インプラント組成物の注入適性や保存安定性(合議体注:主張1における室温安定性に相当する)に関するデータは示されていないから、当業者が、表2の結果に基づいて、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たすような人工インプラント組成物が、改善した室温安定性を示すと予測し得るとは認められない。

主張2については、上記2(2)で説示したように、本願明細書には、本願発明の「コラーゲン分子量条件」を満たすような人工インプラント組成物に関して、何ら具体的な裏付けがなく、そのような何ら裏付けのない技術事項については、出願後に提出された実験データを参酌することはできない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

第6 むすび

以上のとおり、本願は、請求項1に係る発明について、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-08-18 
結審通知日 2020-08-25 
審決日 2020-09-08 
出願番号 特願2016-575632(P2016-575632)
審決分類 P 1 8・ 537- Z (A61L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 佐々木 大輔  
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 渡邊 吉喜
渕野 留香
発明の名称 注入用人工インプラント及びその使用方法  
代理人 平木 祐輔  
代理人 田中 夏夫  
代理人 花井 秀俊  
代理人 特許業務法人平木国際特許事務所  
代理人 菊田 尚子  
代理人 藤田 節  
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