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審決分類 審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C12N
管理番号 1371527
審判番号 不服2019-5202  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-04-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-04-19 
確定日 2021-03-05 
事件の表示 特願2017- 36293「ウイルスまたは細菌の新規な安定化方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 7月20日出願公開、特開2017-123861〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯

本願は、2012年(平成24年)6月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年6月28日、欧州特許庁、2011年11月14日、欧州特許庁)を国際出願日とする出願である特願2014-517718号の一部を平成29年2月28日に新たな特許出願としたものであって、以降の主な手続は次のとおりである。
平成29年 3月30日 :手続補正書の提出
平成29年12月26日付け:拒絶理由通知書
平成30年 7月 5日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年12月12日付け:拒絶査定
平成31年 4月19日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 2年 3月12日付け:拒絶理由通知書
令和 2年 6月12日 :意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明

本願の請求項1ないし12に係る発明は、令和 2年 6月12日提出の手続補正書の特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された事項により特定されるものと認められるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりのものである。
「【請求項1】
ウイルスを安定化するための方法であって、ここで前記ウイルスの安定化はそれらの感染性および/またはそれらの複製能の少なくとも75%を維持することであり、ウイルスを水溶液に埋め込む段階を含み、その際、水溶液は、
少なくとも3種類の異なるアミノ酸を含み、
さらに、前記水溶液が両親媒性分子を含み、 ここで、前記少なくとも3種類の異なるアミノ酸が、少なくとも3つの異なる下記の群から、それぞれ選択されるものであり:
(a)非極性、脂肪族R基をもつアミノ酸;
(b)極性、非荷電R基をもつアミノ酸;
(c)正に荷電したR基をもつアミノ酸;
(d)負に荷電したR基をもつアミノ酸;および
(e)芳香族R基をもつアミノ酸;
前記水溶液が糖(単数または複数)、シラン類およびタンパク質(単数または複数)を含まない前記方法であって、
さらに少なくとも7日間水溶液中でウイルスを貯蔵する段階を含み、
ここで、前記ウイルスの感染性および/または複製能の少なくとも75%の維持は、前記少なくとも7日間水溶液中でのウイルスの貯蔵する段階後において認められるものであり、
前記ウイルスが、タンパク質キャプシドを含む、エンベロープまたは非エンベロープウイルスからなる群から選択されるものである、前記方法。」

第3 当審の拒絶理由通知書の概要

当審が令和 2年 3月12日付けで通知した拒絶理由のうち、理由2の(3)及び3は、概略、次のとおりのものである。
請求項1の「少なくとも3種類の異なるアミノ酸」に関して、請求項1の(a)?(e)の群に含まれる無数のアミノ酸の多様な組み合わせを包含するものであるが、本願発明の詳細な説明において、ウイルスの「感染性」を維持できることが確認されたものは、実施例1において用いられた保護溶液に含まれるアミノ酸のみである。また、本願発明の詳細な説明には、「実施例1のアミノ酸の組み合わせ」以外のアミノ酸の組み合わせを用いることで、ウイルスの「感染性」を少なくとも7日間にわたり75%維持できることを推認できる、具体的、論理的な説明もない。
そして、請求項1に係る発明のように糖を含まない保護溶液にてウイルスの安定化を行うためにはその保護溶液の組成が重要であるといえること及びアミノ酸がウイルスの安定化に与える影響はその構造により変わり得るものであることを踏まえると、「実施例1のアミノ酸の組み合わせ」以外の「請求項1の(a)?(e)の群に含まれる無数のアミノ酸の多様な組み合わせ」が、ウイルスの「感染性」を少なくとも7日間にわたり75%維持できると合理的に推認することはできないから、本願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。また、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるから、本願発明は発明の詳細な説明に記載したものとはいえず、本願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

第4 本願の発明の詳細な説明の記載

本願の発明の詳細な説明の記載には、以下の記載がある。
1 「【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ウイルスおよび細菌の貯蔵に適切な方法を得るために多数の研究がなされているという事実にもかかわらず、当技術分野で知られている方法に付随する著しい欠点がある;たとえば、それらは動物由来の物質またはほとんど明確にされていない成分の使用を伴ない、困難な調製段階を必要とし、経費集約的であり、かつ最も重要なことに目的とするウイルスまたは細菌の特性を維持しない。したがって、たとえば免疫配合物およびワクチンに使用するためにそのような生物を貯蔵する製剤であって、生存性および/または生物の複製能および/または生物の感染力を失うことなく長期間かつ多様なストレス条件下で貯蔵できるものを提供するという要望が、依然としてある。」 2 「【0021】
本発明による用語“アミノ酸”は、カルボン酸基、アミノ基、および異なるアミノ酸間で変動する側鎖をもつ、有機分子に関する。アミノ酸はタンパク質の必須構築ブロックである。本発明によれば、用語“アミノ酸”は、互いに結合してオリゴマーまたはポリマー、たとえばジペプチド、トリペプチド、オリゴペプチドまたはポリペプチドを形成していない、遊離アミノ酸を表わす。
【0022】
本発明の溶液に含まれるアミノ酸は、天然アミノ酸および人工アミノ酸、またはこれらの天然もしくは人工アミノ酸の誘導体から選択できる。天然アミノ酸は、たとえば20種類のタンパク源アミノ酸、グリシン、プロリン、アルギニン、アラニン、アスパラギン、アスパラギン酸、グルタミン酸、グルタミン、システイン、フェニルアニン、リジン、ロイシン、イソロイシン、ヒスチジン、メチオニン、セリン、バリン、チロシン、トレオニンおよびトリプトファンである。他の天然アミノ酸は、たとえばカルニチン、クレアチン、クレアチニン、グアニジノ酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ホモシステイン、シトルリン、ヒドロキシリジンまたはベータ-アラニンである。
【0023】
人工アミノ酸は、異なる側鎖長および/または側鎖構造をもち、ならびに/あるいはアルファ-C原子とは異なる部位にアミノ基をもつアミノ酸である。アミノ酸の誘導体には、限定ではなくn-アセチル-トリプトファン、ホスホノセリン、ホスホノトレオニン、ホスホノチロシン、メラニン、アルギニノコハク酸、およびその塩類、ならびにDOPAが含まれる。
【0024】
本発明に関して、すべての用語が各アミノ酸の塩類をも含む。本発明によれば、互いに異なる3種類以上のアミノ酸が溶液に含まれる。たとえば、用語“少なくとも3種類の異なるアミノ酸”は、少なくとも4種類の異なるアミノ酸、たとえば少なくとも5、少なくとも6、少なくとも7、少なくとも8、少なくとも9、少なくとも10種類のアミノ酸、またはそれ以上、たとえば少なくとも11、少なくとも12、少なくとも13、少なくとも14、少なくとも15、少なくとも16、少なくとも17、少なくとも18種類の異なるアミノ酸にも関する。この用語はさらに、厳密に3、厳密に4、厳密に5、厳密に6、厳密に7、厳密に8、厳密に9、厳密に10、厳密に11、厳密に12、厳密に13、厳密に14、厳密に15、厳密に16、厳密に17、厳密に18種類の異なるアミノ酸を含む。本明細書中でアミノ酸と言う場合、1分子より多くのそのアミノ酸を意図することは当業者に容易に理解されるであろう。したがって、種々のアミノ酸の記載量は、1タイプのアミノ酸の分子数ではなく異なるタイプのアミノ酸の量を限定することを意図する。したがって、たとえば用語“3種類の異なるアミノ酸”は3種類の異なるタイプのアミノ酸を表わし、その際、それぞれ個々のアミノ酸の量は具体的に限定されない。好ましくは、異なるアミノ酸の数は18種類の異なるアミノ酸を超えない。 」
3 「【0030】
本発明による用語“(a)糖類を含まないかまたは実質的に含まない”は、いずれかのタイプの糖類、すなわち単糖、二糖またはオリゴ糖の形態の炭水化物、および糖アルコールを含まないかまたは実質的に含まない溶液を表わす。ウイルス配合方法に一般に用いられるけれども本発明によれば存在しない糖類の例には、限定ではなくサッカロース、トレハロース、スクロース、グルコース、ラクトース、ソルビトールまたはマンニトールが含まれる。溶液が0.1%(w/v)未満、より好ましくは0.01%(w/v)未満、よりさらに好ましくは0.001%(w/v)未満、最も好ましくは0.0001%(w/v)未満の糖類を含有する場合、その溶液は糖類を実質的に含まないとみなされる。」
4 「【0039】
本発明方法のさらに好ましい態様において、少なくとも3種類のアミノ酸は、下記の群から選択される:(a)非極性、脂肪族R基をもつアミノ酸;(b)極性、非荷電R基をもつアミノ酸;(c)正に荷電したR基をもつアミノ酸;(d)負に荷電したR基をもつアミノ酸;および(e)芳香族R基をもつアミノ酸。
【0040】
天然アミノ酸、ただし天然アミノ酸以外のもの、たとえば人工アミノ酸も、上記の群に分類することができ(Nelson D.L. Cox M.M., “Lehninger Biochemie” (2005), pp. 122-127)、それらから少なくとも3種類のアミノ酸を本発明による溶液のために選択する。
【0041】
より好ましい態様において、少なくとも3種類のアミノ酸は異なる群(a)?(e)から選択される。言い換えると、この好ましい態様において、3種類のアミノ酸が溶液に含まれる場合、その3種類のアミノ酸は少なくとも2つの異なる群から、より好ましくは少なくとも3つの異なる群から、たとえば1つは(a)群から、1つは(b)群から、そして1つは(c)群から選択できる。さらに他の組合わせ、たとえば(b)-(c)-(d)、(c)-(d)-(e)、(e)-(a)-(b)、(b)-(d)-(e)なども本発明において明らかに考慮される。4種類のアミノ酸が溶液に含まれる場合にも同じ考えが適用され、その場合はアミノ酸は(a)?(e)から選択される少なくとも2つの異なる群から、より好ましくは少なくとも3つの異なる群から、最も好ましくは4つの異なる群からのものであるべきである。特に、5種類のアミノ酸が溶液に含まれる場合、アミノ酸は(a)?(e)から選択される少なくとも2つの異なる群から、より好ましくは少なくとも3つの異なる群から、より好ましくは少なくとも4つの異なる群から、最も好ましくは5つの異なる群からのものであるべきである。5種類より多いアミノ酸、たとえば6または7種類のアミノ酸が溶液に含まれる場合にも同じ考えが適用され、その場合これらのアミノ酸は(a)?(e)から選択される少なくとも2つの異なる群から、より好ましくは少なくとも3つの異なる群から、より好ましくは少なくとも4つの異なる群から、最も好ましくは5つの異なる群から選択される。
【0042】
本発明方法のよりさらに好ましい態様において、溶液は下記の各群から選択される少なくとも1種類のアミノ酸を含む:(a)非極性、脂肪族R基をもつアミノ酸;(b)極性、非荷電R基をもつアミノ酸;(c)正に荷電したR基をもつアミノ酸;(d)負に荷電したR基をもつアミノ酸;および(e)芳香族R基をもつアミノ酸。
【0043】
本発明に従って用いる溶液中に各群のアミノ酸が同じ数で存在する必要がないことは、さらに当業者には理解される。むしろ、各群のアミノ酸が少なくとも1種類存在する限り、いかなる組合わせのアミノ酸も選択できる。」
5 「【0046】
本発明方法の他の好ましい態様において、1種類以上のアミノ酸は天然の非タンパク源アミノ酸および合成アミノ酸からなる群から選択される。本発明による用語“非タンパク源アミノ酸”は、自然界ではポリペプチドおよびタンパク質に取り込まれないアミノ酸に関する。非タンパク源アミノ酸は、タンパク源アミノ酸、すなわちL-α-アミノ酸から、翻訳後修飾により誘導できる。そのような非タンパク源アミノ酸は、たとえばランチオニン、2-アミノイソ酪酸、デヒドロアラニン、および神経伝達物質ガンマ-アミノ酪酸である。タンパク源L-アミノ酸のD-鏡像異性体も非タンパク源アミノ酸である。非タンパク源アミノ酸の限定ではないさらに他の例には、カルニチン、クレアチン、クレアチニン、グアニジノ酢酸、オルニチン、ヒドロキシプロリン、ホモシステイン、シトルリン、ヒドロキシリジンまたはベータ-アラニンが含まれる。
【0047】
本明細書中で用いる用語“合成アミノ酸”は、自然界に存在しないアミノ酸に関する。合成アミノ酸の限定ではない例には、(2R)-アミノ-5-ホスホノ吉草酸、D-フェニルグリシンまたは(S)-および(R)-tert-ロイシンが含まれる。」
6 「【0065】
本発明方法の他の好ましい態様において、ウイルスまたは細菌はそれらの感染性および/または複製能を維持する。本明細書中で用いる用語“感染性”は、ウイルスまたは細菌が宿主または宿主細胞において感染を樹立する能力に関する。より具体的には、感染性は、ウイルスまたは細菌が水平伝染する能力、すなわち親から子への伝播ではなく宿主間で伝播する能力である。ウイルスまたは細菌がそれの感染性を維持しているかどうかを判定するための手段は当技術分野で周知であり、それには、限定ではなく、宿主から得られた細胞培養物のウイルス複製に関する検査、PCR分析、動物モデル、および電子光学的分析が含まれる。他の方法を付随する後記の実施例に示す。感染性の量が生物を本発明溶液に埋め込む前のその生物の感染性の少なくとも30%である場合には、ウイルスまたは細菌は本発明によりそれの感染性を維持しているとみなされる。より好ましくは、感染性の量は生物を本発明溶液に埋め込む前のその生物の感染性の少なくとも50%、より好ましくは少なくとも70%、たとえば少なくとも95%、最も好ましくは少なくとも98%である。
【0066】
ウイルスおよび細菌はそれらの遺伝子材料をコピーし、こうしてそれら自身を再生することにより複製する。他の生物と対照的に、ウイルスはそれら自身の代謝をもたないので、複製できるためには宿主細胞を必要とする。その生物が本発明方法の後にそれ自身を再生できれば、複製能は維持されている。好ましくは、本発明方法に最初に用いた生物の少なくとも30%が、その生物を安定化するこの方法の後に再生できる。より好ましくは、本発明の安定化方法に最初に用いた生物の少なくとも50%、より好ましくは少なくとも70%、たとえば少なくとも95%、最も好ましくは少なくとも98%が、その生物を安定化するこの方法の後に再生できる。最も好ましくは、最初に用いた生物のすべて、すなわち100%が、その生物を安定化するこの方法の後に再生できる。ウイルスまたは細菌がそれの複製能を維持しているかどうかを検査するための方法は当技術分野で周知であり、これには主に許容宿主細胞を用いる細胞培養モデルが含まれるが、PCR分析、動物実験、発育鶏卵における複製、電子光学的分析、血球凝集試験、ならびにプラーク力価測定によるウイルス量の測定も含まれる。
【0067】
本発明によれば、本発明による溶液に埋め込まれたウイルスは長期間生存するだけでなく、それらの感染能およびそれらの再生能をも維持することが見出された。本発明方法のさらに好ましい態様において、この方法はさらに、安定化したウイルスまたは細菌をその後、約-90℃?約45℃から選択される温度で貯蔵する段階を含む。より好ましくは、安定化したウイルスまたは細菌をその後、約-90℃?約-70℃、約-30℃?約-10℃、約1℃?約10℃、および約30℃?約43℃から選択される温度で貯蔵する。よりさらに好ましくは、安定化したウイルスまたは細菌をその後、約-85℃?約-75℃、約-25℃?約-150℃、約2℃?約8℃、および約35℃?約40℃から選択される温度で貯蔵する。最も好ましくは、安定化したウイルスまたは細菌をその後、約-80℃、約-20℃、室温、約4℃、および約37℃から選択される温度で貯蔵する。」
7「【0090】
図面は下記のものを示す:
【図1】図1:HSV-1を種々の貯蔵条件(室温、4℃、-20℃、37℃)で本発明の保護溶液の存在下または不存在下に種々の期間(0、7、14、21、28日間)貯蔵した。その後、HSV-1を細胞培養の接種に用い、ウイルス力価を測定した。…」
8 「【0092】
実施例1:液体貯蔵後の感染性の検査
HSV-1を細胞培養で増殖させた。力価測定によりウイルス力価を測定した後、グリチルリチン酸を含む保護溶液または含まない保護溶液の存在下または不存在下での種々の貯蔵条件(室温、4℃、-20℃、37℃)のためにウイルスを異なる試料に分けた。対照としてPBSを用いた。実験設定後の種々の時点(0、7、14、21、28日目)で、HSV-1を細胞培養における接種および力価の測定に適宜用いた。最大観察期間は4週間であった。」
9 「【0104】
実施例5.材料および方法
前記の実施例に用いた保護溶液は、L-アラニン、L-アルギニン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-リジン1塩酸塩、およびL-トリプトファン-を含有する。本発明による種々のアミノ酸、および場合によりグリコシド系賦形剤(この場合はグリチルリチン酸)を約100 g/Lの原液濃度になるように個々に混和することにより、保護用溶液を調製した。最終溶液(1?25 g/L)の固体含量と保護すべき因子の重量:重量(w/w)比は>2:1であった。すべての成分が無毒性であった。アミノ酸は静脈内注入用として承認されている(Fong and Grimley)。グリチルリチン酸は慢性肝炎の治療に静脈内適用するために承認されており、それの安全性は幾つかの臨床試験で十分に記載されている。本発明溶液中にグリチルリチン酸を1?10000μg/mLの範囲で使用できる。
【0105】
ウイルス感染性アッセイ
感染性/不活性化試験のために、アデノウイルス5型、Adenoid 75株(American Type culture collection, ATCC-VR-5)をヒト肺癌細胞系A549(ATTC-CCL-185)で増殖させた。ウイルスの増殖のために、37℃および5% CO_(2)で、5%ウシ胎仔血清(FCS)を補充した最小必須培地(MEM)において細胞を増殖させた。終末点滴定(96ウェルのマイクロタイタープレートにおいて希釈液当たり8ウェル)により、ウェル当たり50μLのウイルス希釈液および50μLのA549細胞(10?15×10^(3)細胞)を用いてウイルス力価を測定した。この実験には、力価1.1×10^(9)の組織培養感染用量(tissue culture infectious dose)(TCID50)/mLを用いた。具体的には、体積50μLのウイルス懸濁液を37℃で無菌ポリスチロールチューブの底において乾燥させた。次いでこの乾燥ウイルスに50μLの保護溶液(20 g/l)を乗せ、再び37℃で乾燥させた。25 kGyまたは40 kGyでのβ線照射の後(対照は照射しなかった)、ウイルス/保護溶液2層を1 mLのMEMに再懸濁した。上記に従ってウイルス力価を再び測定した。培養物を接種の7日後に細胞変性効果(cytopathic effect)(CPE)について観察した。
【0106】
ウイルス対照を同等に、ただしβ線照射せずに処理した。ウイルス力価を、標準偏差を含むTCID50/mLとして表わす。力価低下をβ線照射後のウイルス力価と対照ウイルス力価の差として表わす。
【0107】
統計
すべての実験を少なくとも5回行なった。関連がある場合、データを平均±SEMとして提示する。統計分析をスチューデントのt検定により実施した(GraphPad Prism Program、version 5、GraphPad Software、カリフォルニア州サンディエゴ)。0.05未満のp値を統計的に有意とみなした。」
10 「【図1】



第5 判断

1
上記第4の1及び請求項1の記載によれば、本願発明は、「ウイルスの複製能および/または感染力の少なくとも75%を維持して長期間かつ多様なストレス条件下で貯蔵できるものを提供する」ことを課題としている。
そして、請求項1には、「ウイルスを埋め込む水溶液」について、「水溶液は、少なくとも3種類の異なるアミノ酸を含み」、「少なくとも3種類の異なるアミノ酸が、少なくとも3つの異なる下記の群から、それぞれ選択されるものであり:
(a)非極性、脂肪族R基をもつアミノ酸;
(b)極性、非荷電R基をもつアミノ酸;
(c)正に荷電したR基をもつアミノ酸;
(d)負に荷電したR基をもつアミノ酸;および
(e)芳香族R基をもつアミノ酸;」と記載されており、無数のアミノ酸からなる多種多様な組み合わせの場合が、本願発明には含まれる。
ここで、発明の詳細な説明によれば、「本発明の溶液に含まれるアミノ酸は、天然アミノ酸および人工アミノ酸、またはこれらの天然もしくは人工アミノ酸の誘導体から選択でき」(第4の2参照)、天然アミノ酸にはタンパク質を構成しないアミノ酸も含まれる(第4の5参照)から、上記(a)-(e)のアミノ酸は無数のアミノ酸が候補となるものである。
2
それに対して、発明の詳細な説明に記載された具体的データは、実施例5に記載された保護溶液及びウイルス感染性アッセイを採用したと認められる実施例1においてHSV-1の0日目-28日目までの力価(感染性)を測定したこと(図1)、すなわち、L-アラニン、L-アルギニン、L-グルタミン酸、グリシン、L-ヒスチジン、L-リジン1塩酸塩、およびL-トリプトファンを含有する保護溶液により、HSV-1の感染性が7日後も75%以上維持できたこと(第4の7-10参照。)のみである。そして、当該保護溶液は、(a)群としてアラニン、グリシン、(c)群としてヒスチジン、リジン、アルギニン、(d)群としてグルタミン酸、(e)群としてトリプトファンを含むアミノ酸を含有する保護溶液であると認められる。
しかしながら、このアミノ酸の組み合わせは、上述のとおり請求項1に含まれる多種多様な組み合わせのうちのわずか1つでしかない。それにもかかわらず、発明の詳細な説明には、実施例1のアミノ酸の組み合わせ以外のアミノ酸の組み合わせを用いることで、ウイルスの感染性または複製能を少なくとも75%維持できることを推認できる具体的、論理的な説明がされていない。
3
ここで、本願出願時において、ウイルスを安定化するために、アミノ酸に加えて、糖を添加する方法が広く知られていたこと(必要であれば、特表2009-516519号公報、特表2008-525444号公報、特開平6-65096号公報参照)を踏まえると、請求項1に係る発明のように、糖を含まない保護溶液にてウイルスの安定化を行うためには、その保護溶液の組成が重要であることが技術常識であるといえる。例えば、上記特表2008-525444号公報には、
「【0039】
[実施例1] 力価が1×10^(8)pfu/mLである弱毒化したヘルペスウイルス製剤は、さらなるヒスチジン、プロリン、又はグルコースを含むヒスチジン(0.002%)若しくはグルコースが添加されているプロリン(0.002%)を含有し、23℃、4℃、及び-20℃に維持された。0日、7日、及び21日で、力価をプラークアッセイ法によって測定した。以下の表1は、指定の日数で見出された力価(6uLで×1000(pfu))を示す。
【0040】
【表1】

【0041】
実施例1は、それぞれの実験処理で、対照に比べてそれぞれの温度で生存能力が拡大したことを示した。」と記載されており、この実験結果によれば温度条件によっては糖が含まれないことで糖が含まれるときと比べて7日後のウイルスの力価が75%以下に低下すること、アミノ酸の種類によっても7日後のウイルスの力価には1.3倍?20倍の差が生じることが分かる。
4
ここで、1でも指摘したように、本願発明のアミノ酸には、人工アミノ酸、合成アミノ酸、非タンパク源アミノ酸など、タンパク源となる天然アミノ酸以外の無数のアミノ酸が含まれているところ、3でも指摘したように、アミノ酸の種類によっても7日後のウイルスの生存能力には大きな差が生じる、つまり、アミノ酸がウイルスの安定化に与える影響はその構造により変わり得るものであることを踏まえると、「実施例1のアミノ酸の組み合わせ」以外の「請求項1の(a)?(e)の群に含まれる無数のアミノ酸の多様な組み合わせ」が、ウイルスの「感染性」を少なくとも7日間にわたり75%維持できると合理的に推認することはできない。
5
そうすると、発明の詳細な説明の実施例1、実施例5及び図1の記載だけでは、上述した本件出願時の技術常識を参酌しても、本願発明のアミノ酸の組み合わせの範囲内であれば、「ウイルスの複製能および/または生物の感染力の少なくとも75%を維持して長期間かつ多様なストレス条件下で貯蔵できるものを提供する」という課題を解決できると当業者において認識できる程度に記載しているとはいえない。
したがって、本願は、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものである。
また、「実施例1のアミノ酸の組み合わせ」以外の「請求項1の(a)?(e)の群に含まれる無数のアミノ酸の多様な組み合わせ」が、ウイルスの「感染性」を少なくとも7日間にわたり75%維持できると合理的に推認することはできず、「実施例1のアミノ酸の組み合わせ」以外の「請求項1の(a)?(e)の群に含まれる無数のアミノ酸の多様な組み合わせ」の中から、ウイルスの「感染性」を少なくとも7日間にわたり75%維持できる組み合わせを選択することは当業者の過度の試行錯誤を要するものである。
したがって、本願の発明の詳細な説明は、請求項1-12に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されたものではない。
6
これに対して、請求人は、令和2年6月12日付け意見書において以下の点を主張する。
審判合議体は、平成31年4月19日付提出の審判請求書に記載の追加試験例3?9のいずれにもサッカロースが含まれていることを問題としているが、コントロールとして使用した出荷時保存溶液(original supplier formulation)にも、追加試験例3?9と同量のサッカロースが含まれる。そのような条件下で、追加試験例3?9およびコントロールは全て同濃度のサッカロースを含むものの、コントロールでは、アデノウイルスの感染性の大幅な低下が認められるのに対し、追加試験例3?9では感染性の維持が認められ、ウイルスの感染性維持に対してサッカロースの存在は影響せず、アミノ酸がウイルスの感染性維持に寄与することを示唆するものである。
【図A】

そして、審判合議体が周知として示したいずれの参考文献にも、サッカロースがウイルスの安定化に有効であることの記載も示唆もない。
本願実施例1や5等で示されている通り、本願明細書では、少なくともアラニン、アルギニン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、リジンおよびトリプトファンを含む本発明溶液を用いることで、ウイルスの感染性や複製能を維持できることが実証されています。さらに、前記追加試験例では、25℃での液体保存中におけるアデノウイルスの感染性への各種アミノ酸の影響を評価しています。具体的には、下記表Aのアミノ酸組成を有する組成物3?9中で、アデノウイルスを25℃で3ヶ月間保存し、定期的に感染力価を測定した結果、前記図Aのような結果が得られているのです。すなわち、本願請求項1に記載のアミノ酸の組み合わせを利用すると、組成物3?9の結果からも明らかなように、ウイルスの感染力価は3ヶ月間の液体保存後であってもほぼ完全に保持されるのです。
【表A】

したがって、これらの本願明細書の記載や追加試験結果から、当業者であれば、補正後の請求項1に記載の特定のアミノ酸を含む水溶液を使用することで、様々なウイルスの感染性や複製能を維持できることを明確に理解できる。
7
上記請求人の主張について検討する。
表Aで用いられたアミノ酸は、請求項1に記載の群に分類すると、次のとおりと認められる。

まず、表Aに含まれる各組成物のうち、組成物4,5,7,8は、アミノ酸組成そのものが2つの群からしか選択されていないから、本願発明に包含されないものである。さらに、本願発明は0℃や氷点下等、25℃以外の温度条件で7日間貯蔵することも含まれるところ、他の温度条件でも同様の結果が示される根拠もない。
そして、実施例1の保護溶液のアミノ酸組成及び組成物3,6,9のアミノ酸組成は全て、ヒスチジンを含み、かつ、(b)群のアミノ酸が含まれておらず、タンパク源となる天然アミノ酸以外のアミノ酸を用いた例はない。
また、3及び4で指摘したように、アミノ酸の種類によりウイルスの安定化に差異が生じるといえるところ、図Aや表Aを参照しても、本願発明に包含されるアミノ酸の組み合わせである、ヒスチジンを含まない場合、(b)群のアミノ酸を含む場合、非タンパク源天然アミノ酸や人工アミノ酸、合成アミノ酸を含む場合についてまで、本願の課題が解決できると当業者において認識できるとは到底いえない。
さらに、追加試験例3-9はいずれもサッカロースを含んでおり、そもそも本願発明の範囲に包含されない実施例にすぎない。さらに、いずれの追加試験例も糖の存在を前提とした各種アミノ酸組成によるウイルスの安定性のデータであるから、上記図Aを参照しても、「サッカロースが存在するときに、組成物3-9のアミノ酸組成が添加されることでウイルスの力価がさらに維持される」ことは立証できているとしても、「糖が存在しなくても、組成物3-9のアミノ酸組成の添加によりウイルスの力価がある程度維持できている」ことは何ら立証されていない。
したがって、上記請求人の主張は採用できない。

第6 むすび
以上のことから、この出願は、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。また、この出願は、特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-10-06 
結審通知日 2020-10-07 
審決日 2020-10-20 
出願番号 特願2017-36293(P2017-36293)
審決分類 P 1 8・ 537- WZ (C12N)
P 1 8・ 536- WZ (C12N)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮岡 真衣  
特許庁審判長 長井 啓子
特許庁審判官 山本 晋也
高堀 栄二
発明の名称 ウイルスまたは細菌の新規な安定化方法  
代理人 小野 新次郎  
代理人 山本 修  
代理人 宮前 徹  
代理人 中西 基晴  
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