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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F16C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16C
管理番号 1371688
異議申立番号 異議2020-700127  
総通号数 256 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-04-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-02-28 
確定日 2021-01-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6577184号発明「転がり軸受」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6577184号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。 特許第6577184号の請求項1及び3に係る特許を維持する。 特許第6577184号の請求項2に係る特許についての特許異議申立てを却下する。 
理由 第1 主な手続の経緯
特許第6577184号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成26年12月24日を出願日とする出願であって、令和1年8月30日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、同年9月18日に特許掲載公報が発行され、その後、次のとおりに手続が行われた。
令和2年 2月28日 :特許異議申立人 佐藤武史(以下、「特許異議 申立人」という。)による請求項1ないし3に 係る特許に対する特許異議の申立て
同年 6月26日付け:取消理由通知
同年 8月28日 :特許権者による訂正請求及び意見書の提出
同年10月 7日 :特許異議申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
令和2年8月28日になされた訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の訂正事項1ないし3のとおりである(下線は、訂正箇所について当審が付したものである。)。

(1) 訂正事項1
訂正前の請求項1の、
「前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材を配合してなる組成物(ただし、変性ポリオレフィンを含む樹脂組成物を除く)であり、
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含むことを特徴とする転がり軸受。」との記載を、
「前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物であり
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、
前記ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上であることを特徴とする転がり軸受。」に訂正する。
請求項1の記載を引用する請求項3も同様に訂正する。

(2) 訂正事項2
訂正前の請求項2を削除する。

(3) 訂正事項3
訂正前の請求項3の、
「請求項1または請求項2」との記載を、
「請求項1」に訂正する。

(4)一群の請求項について
本件訂正前の請求項1ないし3は、一群の請求項であり、本件訂正の請求は、それらに対してされたものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否等
(1) 訂正事項1に係る請求項1及び3の訂正について
訂正事項1に係る請求項1の訂正は、
「樹脂組成物」の組成に関し、「ポリアミド樹脂」及び「繊維状補強材」のみを成分とするように、「変性ポリオレフィンを含む樹脂組成物を除く」ものである訂正前の請求項1を、更に限定するものである。
また、「ポリアミド樹脂」の融点に関し、訂正前の請求項2の「融点が310℃以上である」との記載に基づき、当該事項に更に限定するものである。
そして、これらはいずれも特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
訂正事項1に係る本件訂正は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
そして、訂正事項1に係る請求項3の訂正も同様である。

(2) 訂正事項2に係る請求項2の訂正について
訂正事項2は、訂正前の請求項2を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、変更するものではない。

(3) 訂正事項3に係る請求項3の訂正について
訂正事項3に係る請求項3の訂正は、訂正前の請求項3が、訂正前の請求項2をその引用請求項に含んでいた記載であったのを、前記訂正事項2により請求項2を削除したことに伴い、請求項2を引用しないように整合させる、明瞭でない記載の釈明を目的とするものであり、しかも、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正がされた訂正後の請求項1を引用するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
また、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、変更するものではない。

(4) 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-3〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、順に「本件特許発明1」のようにいう。)は、それぞれ、令和2年8月28日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、
前記転がり軸受が、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用される軸受であり、
前記保持器が、樹脂組成物を射出成形してなる転がり軸受用保持器であって、
前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物であり、
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、
前記ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記ポリアミド樹脂が、放射性同位元素である炭素14を含むことを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。」

第4 特許異議申立書に記載した申立理由の概要
令和2年2月28日に特許異議申立人が提出した特許異議申立書に記載した申立理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1-1(甲第1号証を主引用文献とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第1号証に記載された発明及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立理由1-2(甲第2号証を主引用文献とする進歩性)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、甲第2号証に記載された発明及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 申立理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

4 申立理由3(明確性要件)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

5 証拠方法
甲第1号証:特開2013-60495号公報
甲第2号証:国際公開第2011/118441号
甲第3号証:特開2011-153699号公報
甲第4号証:特開2013-36608号公報
甲第5号証:NTN TECHNICAL REVIEW No.82 (2014.10) 44?48頁
「工作機械主軸用高速アンギュラ玉軸受の新樹脂製保持器」
甲第6号証:国際公開第2009/104743号
甲第7号証:特表2014-526584号公報
甲第8号証:特開2013-147646号公報
甲第9号証:特開2012-246420号公報
以下、順に「甲1」のようにいう。

第5 令和2年6月26日付け取消理由通知の概要
本件特許の請求項1ないし3に係る特許に対して、当審が令和2年6月26日付けで特許権者に通知した取消理由は、おおむね次のとおりである。

取消理由1(進歩性)
本件特許の請求項1ないし3に係る発明についての特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

取消理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし3についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

引用文献等
・ 甲1
・ 甲2
・ 甲3
・ 甲6

第6 当審の判断
当審は、以下に述べるように、本件特許は、上記取消理由1、取消理由2及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、取り消すことはできないと判断する。

1 取消理由1(進歩性)について
(1) 甲各号証の記載事項等
ア 甲1の記載事項
甲1には、「ポリアミド樹脂組成物およびそれを成形してなる成形体」に関し、以下の事項が記載されている(下線は当審において付与した。以下同様。)。

(ア) 「【請求項1】
ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂30?99質量部および耐衝撃改良剤1?70質量部を合計100質量部含有するポリアミド樹脂組成物であって、前記ポリアミド樹脂を構成するジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、ジアミン成分が1,8-オクタンジアミン、1,10-デカンジアミン、1,12-ドデカンジアミンのいずれかであり、ポリアミド樹脂中のジアミン単位に対するトリアミン単位が0.3モル%以下であることを特徴とするポリアミド樹脂組成物。
・・・
【請求項5】
さらに、繊維状強化材を含有してなる請求項1?4のいずれかに記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項6】
繊維状強化材がガラス繊維、炭素繊維、金属繊維から選ばれる1種以上であることを特徴とする請求項1?5のいずれかに記載のポリアミド樹脂組成物。
【請求項7】
請求項1?6のいずれかに記載のポリアミド樹脂組成物を成形してなる成形体。」

(イ) 「【0007】
本発明は、耐熱性、耐衝撃性に加えて、ウェルド強度を向上させたポリアミド樹脂組成物を提供することを目的とする。」

(ウ) 「【0026】
本発明で用いるポリアミド樹脂は、ポリアミドを製造する方法として従来から知られている加熱重合法や溶液重合法などの方法を用いて製造することができる。中でも、工業的に有利である点から、加熱重合法が好ましく用いられる。加熱重合法としては、溶融重合法、溶融押出法、固相重合法などが挙げられる。前記ポリアミド樹脂は融点が280℃?340℃と高く、分解温度に近い。よって、生成ポリマーの融点以上の温度で反応させる溶融重合法や溶融押出法は、製品の品質が低下する場合があるため、不適当な場合がある。そのため、生成ポリマーの融点未満の温度での固相重合法が好ましい。」

(エ) 「【0033】
本発明で用いる耐衝撃改良剤は、ポリアミド樹脂の耐衝撃性を改良する成分である。耐衝撃改良剤としては、ポリアミド樹脂の耐衝撃性を改良するものであれば限定されず、オレフィン系重合体、エラストマー、合成ゴム、天然ゴムを挙げることができる。」

(オ) 「【0048】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、ポリアミド樹脂および耐衝撃改良剤100質量部に対し、繊維状強化材10?60質量部含有させることが好ましく、15?55質量部であることがより好ましく、20?50質量部であることがさらに好ましい。繊維状強化材の配合量が10質量部未満では、補強効果が少なく、60質量部を超える場合には、溶融混練時の作業性が低下し、ポリアミド樹脂組成物のペレットを得ることが難しくなる。また、ポリアミド樹脂組成物が得られたとしても、ウェルド強度低下率が増大する。
・・・
【0051】
ポリアミド樹脂組成物を用いて成形を行う方法としては、射出成形法、押出成形法、ブロー成形法等が挙げられるが、本発明で用いるポリアミド樹脂の機械特性、成形性を十分に向上させることができる点で、射出成形法を好ましく用いることができる。」

(カ) 「【0056】
本発明のポリアミド樹脂組成物は、従来より有する機械強度に加えて、成形性に優れているため、自動車部品、電気電子部品、雑貨、土木建築用品等広範な用途に使用できる。
中でも、繊維状強化材により補強されれば、自動車部品、電気電子部品に好適に用いることができる。
自動車部品用途においては、エンジンカバー、エアインテークマニホールド、スロットルボディ、エアインテークパイプ、ラジエタータンク、ラジエターサポート、ラジエターホース、ラジエターグリル、タイミングベルトカバー、ウォーターポンプインレット、ウォーターポンプアウトレット、クーリングファン、ファンシュラウド、エンジンマウント等のエンジン周辺部品、プロペラシャフト、スタビライザーバーリンケージロッド、アクセルペダル、ペダルモジュール、シールリング、ベアリングリテーナー、ギア等の機構部品・・・等で好適に用いることができる。・・・
これら自動車部品、電気電子部品は、主に射出成形、ブロー成形により成形されるため、本発明のポリアミド樹脂組成物を用いた場合には、成形サイクルを短縮し、樹脂劣化物、分解ガスの混入を抑制し、外観に優れた成形体を得ることができる。また、成形サイクルを短縮しているため、量産性に優れ、品質を均一にして大量に生産を行うような部品の成形においては、顕著に優れた成形性を有する。」

(キ) 「【0071】
【表1】

・・・
【0081】
【表2】



イ 甲1に記載された発明
甲1には、特に請求項1ないし7、段落【0048】及び【0051】の記載から、以下の発明が記載されていると認める。

「ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂30?99質量部および耐衝撃改良剤1?70質量部を合計100質量部含有するポリアミド樹脂組成物であって、
前記ポリアミド樹脂を構成するジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、ジアミン成分が1,10-デカンジアミンであり、
繊維状強化材として、ガラス繊維、炭素繊維、金属繊維から選ばれる1種以上を10?60質量部含有させたポリアミド樹脂組成物を射出成形してなる成形体。」(以下、「甲1発明」という。)

ウ 甲2の記載事項
甲2には、「半芳香族ポリアミド、およびその製造方法」に関し、以下の事項が記載されている。

(ア) 「[請求項1]
テレフタル酸成分とジアミン成分とを含み、ジアミン成分が1,8-オクタンジアミン、1,10-デカンジアミン、1,12-ドデカンジアミンのいずれかであり、ポリアミド中のジアミン単位に対するトリアミン単位が0.3モル%以下であることを特徴とする半芳香族ポリアミド。
・・・
[請求項8]
請求項1?4のいずれかに記載のポリアミドを成形してなる成形体。」

(イ) 「[0059]
本発明のポリアミドには、必要に応じてフィラーや安定剤などの添加剤を加えてもよい。添加の方法は、ポリアミドの重合時に添加する、または得られたポリアミドに溶融混練することが挙げられる。添加剤としては、ガラス繊維や炭素繊維のような繊維状補強材、タルク、膨潤性粘土鉱物、シリカ、アルミナ、ガラスビーズ、グラファイトのような充填材、酸化チタン、カーボンブラックなどのような顔料、そのほか、酸化防止剤、帯電防止剤、難燃剤、難燃助剤など周知の添加剤が挙げられる。」

(ウ) 「[0062]
本発明の半芳香族ポリアミドは、耐熱性、機械強度、成形性に優れている。そのため、自動車部品、電気電子部品、摺動部品、チューブ関連部品、家庭用品、金属被覆剤、土木建築用品、コンピュータおよび関連機器の部品、光学機器部品、情報・通信機器部品、精密機器部品等広範な用途に使用できる。例えば、自動車部品としては、シフトレバー、ギアボックス等の台座に用いるベースプレート、シリンダーヘッドカバー、エンジンマウント、エアインテークマニホールド、スロットルボディ、エアインテークパイプ、ラジエータタンク、ラジエータサポート、ラジエータホース、ラジエータグリル、リアスポイラー、ホイールカバー、ホイールキャップ、カウルベントグリル、エアアウトレットルーバー、エアスクープ、フードバルジ、フェンダー、バックドア、フューエルセンダーモジュール、シフトレバーハウジング、プロペラシャフト、スタビライザーバーリンケージロッド、ウインドーレギュレータ、ドアロック、ドアハンドル、アウトサイドドアミラーステー、アクセルペダル、ペダルモジュール、シールリング、ベアリングリテーナー、ギア、ワイヤーハーネス、リレーブロック、センサーハウジング、エンキャプシュレーション、イグニッションコイル、ディストリビューター、ウォーターポンプレンレット、ウォーターポンプアウトレット、サーモスタットハウジング、クーリングファン、ファンシュラウド、オイルパン、オイルフィルターハウジング、オイルフィルターキャップ、オイルレベルゲージ、タイミングベルトカバー、エンジンカバー、燃料タンク、燃料チューブ、フューエルカットオフバルブ、クイックコネクター、キャニスター、フューエルデリバリーパイプ、フューエルフィラーネック、燃料配管用継手、ランプリフレクタ、ランプハウジング、ランプエクステンション、ランプソケット等が挙げられる。電気電子部品としては、コネクタ、LEDリフレクタ、スイッチ、センサー、ソケット、コンデンサー、ジャック、ヒューズホルダー、リレー、コイルボビン、抵抗器、IC、LEDのハウジング等が挙げられる。摺動部品としては、歯車、ギア、アクチュエーター、ベアリングリテーナ、軸受、スイッチ、ピストン、パッキン、ローラー、ベルト等が挙げられる。」

(エ) 「[0070]
(5)成形片の曲げ強度、曲げ弾性率
射出成形機(東芝機械社製、「I100E-i3AS」)を用いて、ポリアミドを金型に充填し、冷却した後、成形片(127mm×12.7mm×3.2mm)を突き出しピンで押し取り出した。シリンダ設定温度は(融点+25℃)、射出圧力は100MPa、射出時間8秒、金型の温度は(融点-185℃)、冷却時間は10秒間とした。作製した成形片を用いて、ASTM D790に従って、曲げ強度および曲げ弾性率を測定した。

(オ) 「[0076]
実施例1
[工程(i)]
ジアミン成分として1,10-デカンジアミン(5050質量部)、平均粒径80μmの粉末状テレフタル酸(4870質量部)、末端封鎖剤として安息香酸(72質量部)、重合触媒として次亜リン酸ナトリウム一水和物(6質量部)をオートクレーブに入れ、100℃に加熱後、ダブルヘリカル型の攪拌翼を用いて回転数28rpmで撹拌を開始し、1時間加熱した。原料モノマーのモル比は、1,10-デカンジアミン:テレフタル酸=50:50であった。この混合物を、回転数を28rpmに保ったまま230℃に昇温し、その後230℃で3時間加熱した。塩と低重合体の生成反応と破砕を同時に行った。反応により生じた水蒸気を放圧後、得られた反応物を取り出した。
[0077]
[工程(ii)]
工程(i)で得られた反応物を、乾燥機中、常圧窒素気流下、230℃で5時間加熱して重合しポリアミドを得た。」

(カ) 「[0089]
樹脂組成、製造条件および特性値を表1に示す。
[0090]
[表1]



(キ) 「[0091]
実施例11
実施例1で得られたポリアミドを、射出成形機(東芝機械社製、「I100E-i3AS」)を用いて、ポリアミドを金型に充填し、冷却した後、成形片(127mm×12.7mm×3.2mm)を突き出しピンで押し取り出した。シリンダ設定温度は(融点+25℃)、射出圧力は100MPa、射出時間8秒、金型の温度は(融点-185℃)、冷却時間は10秒間とした。
実施例12?18、20?21、比較例4?6
用いるポリアミドを表2に示すように変更した以外は、実施例11と同様の操作をおこなって、成形片を作製した。
[0092]
実施例19
実施例1で得たポリアミド70質量部に対して、ガラス繊維(直径10μm、長さ3mm)を30質量部加え、樹脂温度340℃で成形し、成形片を作製した。
[0093]
成形片の樹脂組成、特性値を表2に示す。
[0094]
[表2]

・・・
[0100]
実施例19においては、実施例1で得られたポリアミドにガラス繊維が含有された樹脂組成物から成形片を得た。そのため、機械的強度および耐熱性に顕著に優れるものとなった。」

エ 甲2に記載された発明
甲2の実施例19は、[0070]及び[0091]の記載から、成形片を射出成形にて作製したと認められるから、甲2には、以下の発明が記載されていると認める。

「ジアミン成分として1,10-デカンジアミン(5050質量部)、平均粒径80μmの粉末状テレフタル酸(4870質量部)、末端封鎖剤として安息香酸(72質量部)、重合触媒として次亜リン酸ナトリウム一水和物(6質量部)をオートクレーブに入れ、100℃に加熱後、ダブルヘリカル型の攪拌翼を用いて回転数28rpmで撹拌を開始し、1時間加熱し、原料モノマーのモル比は、1,10-デカンジアミン:テレフタル酸=50:50であり、この混合物を、回転数を28rpmに保ったまま230℃に昇温し、その後230℃で3時間加熱し、塩と低重合体の生成反応と破砕を同時に行い、反応により生じた水蒸気を放圧後、得られた反応物を、乾燥機中、常圧窒素気流下、230℃で5時間加熱して重合して得たポリアミド70質量部に対して、ガラス繊維(直径10μm、長さ3mm)を30質量部加え、樹脂温度340℃で射出成形して得られた成形片。」(以下、「甲2発明」という。)

オ 甲3の記載事項
甲3には、「転がり軸受用部材および転がり軸受」に関し、以下の事項が記載されている。

(ア) 「【0012】
本発明の転がり軸受用部材に使用される上記PPA樹脂が、放射性同位元素である炭素14を含むことを特徴とする。また、本発明の転がり軸受用部材は、上記合成樹脂の射出成形体であることを特徴とする。
【0013】
本発明の転がり軸受は、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備え、上記内輪、上記外輪、上記転動体、および上記保持器から選ばれる少なくとも1つの部材が、本発明の上記合成樹脂の成形体からなる転がり軸受用部材であることを特徴とする。特に上記転がり軸受用部材が保持器であり、この保持器が、冠型保持器であることを特徴とする。」

(イ) 「【0028】
また、上記のPPA樹脂は、ひまし油を出発原料とする11-アミノウンデカン酸を使用した植物性プラスチックとして製造することができる。なお、バイオマス由来原料を用いた植物性プラスチックであるかどうかは、樹脂を構成している炭素について、放射性同位元素である^(14)Cの濃度を測定することで判別できる。^(14)Cの半減期は5730年であることから、1千万年以上の歳月を経て生成されるとされる化石資源由来の炭素には^(14)Cが全く含まれない。このことから樹脂中に^(14)Cが含まれていれば、少なくともバイオマス由来の原料を用いていると判断できる。
【0029】
本発明は、バイオマス由来原料を含むPPA樹脂を用いることで、樹脂製保持器や樹脂製シールなどの転がり軸受用部材の焼却処分に伴う二酸化炭素の排出量を、バイオマス由来原料を用いない現行の該部材の場合よりも低減させることができる。」

カ 甲6の記載事項
甲6には、「転がり軸受用部材および転がり軸受」に関し、以下の事項が記載されている。

(ア) 「請求の範囲
[1]
転がり軸受に用いられる、高分子弾性体または合成樹脂組成物の成形体からなる転がり軸受用部材であって、
該転がり軸受用部材は、内輪、外輪、転動体、保持器、およびシール部材から選ばれた少なくとも一つの部材であり、
前記高分子弾性体または前記合成樹脂組成物を構成する高分子母材は、その製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いていることを特徴とする転がり軸受用部材。
・・・
[4]
前記転がり軸受用部材が保持器であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用部材。
[5]
前記高分子母材は、少なくとも放射性炭素14(^(14)C)が含まれることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用部材。
[6]
前記高分子母材は、ポリアミド類、ポリエステル類、セルロース誘導体類から選ばれた少なくとも一つであることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受用部材。」

(イ) 「[0016]
本発明の転がり軸受は、外周面に転走面を有する内輪と、内周面に転走面を有する外輪と、上記両転走面間に介在する複数の転動体と、該複数の転動体を保持する保持器と、シール部材とを備えた転がり軸受であって、上記内輪、上記外輪、上記転動体、上記保持器、および上記シール部材から選ばれた少なくとも一つの部材は、製造原料の少なくとも一部がバイオマス由来の原料を用いて得られる高分子を主母材とした高分子弾性体もしくは合成樹脂組成物の成形体であることを特徴とする。」

(ウ) 「[0026]
転がり軸受用部材として用いられている高分子母材の炭素元素に着目した場合、その炭素元素は化石資源由来のものとバイオマス由来のものに区分することができる。高分子母材を構成する全炭素元素に占めるバイオマス由来の炭素元素の比率をバイオマス炭素含有率(以後、バイオカーボン度という)として、式(1)により算出することができる。
バイオカーボン度(%)=(バイオマス由来の炭素元素数/高分子母材の全炭素元素数
)×100・・・・・・(1)

本発明で用いる高分子母材としては、バイオカーボン度が0%をこえていれば特に問題はないが、燃焼時の炭酸ガス排出量削減の効果を上げるためには、15%以上のバイオカーボン度が好ましく、この値は高ければ高いほどよい。
[0027]
高分子母材がバイオマス由来の原料から構成されているかどうかは、母材中に含まれる放射性炭素14(以後、^(14)Cともいう)の有無を調べることで判定できる。^(14)Cの半減期は5730年であることから、1千万年以上の歳月を経て生成されるとされる化石資源由来の炭素には^(14)Cが全く含まれない。このことから高分子部材中に^(14)Cが含まれていれば、少なくともバイオマス由来の原料を用いていると判断できる。」

(2) 甲1発明との対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア) 対比
甲1発明における「繊維状強化材」は、その材質及び機能からも、本件特許発明1の「繊維状補強材」に相当し、また、その含有量に関し、甲1発明は、ポリアミド樹脂組成物100質量部に「ガラス繊維、炭素繊維、金属繊維から選ばれる1種以上を10?60質量部含有させた」もの、すなわち樹脂と繊維状強化材合計の9.1?37.5質量%含有させたものであるのに対し、本件特許発明1は、繊維状補強材を配合してなる組成物であって、「ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含む」ものであるから、両者は、繊維状補強材を配合してなる組成物に、ガラス繊維または炭素繊維を「15?35質量%」の範囲で含有させる点で一部重複する。また、甲1発明の、ジカルボン酸成分がテレフタル酸であって、ジアミン成分が1,10-デカンジアミンであるポリアミドは、「融点が310℃以上」との特定事項を有するといえる。
そして、甲1発明の「成形体」は、本件特許発明1の「転がり軸受」における転動体を保持する保持器」と、「ガラス繊維または炭素繊維の繊維状補強材を配合してなる組成物を射出成形して得られた成形体」である限りにおいて相当する。

よって、本件特許発明1と甲1発明は、以下の点で一致する。
<一致点>
「樹脂組成物を射出成形してなる成形体であって、
前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材を配合してなる組成物であり、
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、
前記ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上である成形体。」

そして、以下の点で相違する。
<相違点1>
発明に係る物品に関し、本件特許発明1は、「内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、前記転がり軸受が、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用される軸受」であるのに対し、甲1発明は、用途が特定されない「成形体」の発明である点。

<相違点2>
樹脂組成物の組成に関し、本件特許発明1は、「ポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物」であるのに対し、甲1発明は、「ポリアミド樹脂」及び「繊維状強化材」に加え、「耐衝撃改良剤」を含有する点。

(イ) 判断
a 相違点1について
甲1の段落【0056】に、ポリアミド樹脂組成物の好適な用途として「ベアリングリテーナー」が例示されており、また、例えば甲3の段落【0003】や甲6の段落[0005]に記載されるように、内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受における保持器、すなわちベアリングリテーナーをポリアミド樹脂で形成すること、そして、その成形手段としての射出成形も、甲3の段落【0004】や甲6の段落[0086]に記載されるように、周知の技術といえる。
そして、甲1発明の成形体を「転動体を保持する保持器」として採用し、「内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体」と組み合わせて一般的な転がり軸受となすことは当業者が適宜なし得ることといえる。
しかしながら、当該転がり軸受の用途として、「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転」で用いる点を検討すると、一般的に転がり軸受は適用対象に応じて種々の大きさや使用条件に応じたものが存在するところ、「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転」する転がり軸受用途に、甲1発明の成形体を用いた転がり軸受が適用できることは、甲1及び甲各号証に記載も示唆もなく、技術常識といえるものでもない。
そして、本件特許発明1の転がり軸受は、特定のポリアミド樹脂と繊維状補強材のみを樹脂組成とする転がり軸受用保持器を備えることで、当該保持器を射出成形で製造した際に「ウエルド部の引張強度」において2000N以上の強度を発揮し、かつ、軸受用の保持器として「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転時」においても変形にともなう温度上昇が30℃以下を保つという、甲1発明から想到し得ない格別顕著な効果を奏するものである。
そうすると、上記効果に係る未知の属性により見いだされた「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転時」に用いるという転がり軸受の用途は、特定のポリアミド樹脂と繊維状補強材のみを樹脂組成物から成形された軸受用保持器にとって、従来知られている範囲とは異なる新たなものと解することができる。
よって、当業者にとって、甲1発明の成形体を、転がり軸受用保持器として採用し、得られた転がり軸受を、更に「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転」させる用途のものとすることは、当業者が容易に想到し得たとはいえるものではない。

b 相違点2について
甲1発明の成形体は、「耐熱性、耐衝撃性に加えて、ウェルド強度を向上させ」ること(段落【0007】)を目的として、耐衝撃改良剤を必須の成分として含有するものである。
そうすると、甲1発明において、相違点2に係る、耐衝撃改良剤を含有しないものとすることには、阻害要因がある。

(ウ) 小括
よって、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許の請求項1を引用する請求項3に係る発明であって、本件特許発明1の特定事項をすべて含み、更に限定するものであるから、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 甲1発明に基づく進歩性のまとめ
よって、本件特許発明1及び3は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3) 甲2発明との対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア) 対比
甲2発明は「ポリアミド70質量部に対して、ガラス繊維(直径10μm、長さ3mm)を30質量部加え」たものであってその他の成分を含まないから、本件特許発明1の「樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物」であって、「繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%」含む点で一致する。
また、ポリアミドの融点に関し、甲2発明において用いた実施例1のポリアミドの融点が315℃であることが[表1]に記載されているから、甲2発明は、本件特許発明1の「ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上である」との特定事項を有するといえる。
そして、甲2発明の「成形片」は、本件特許発明1の「転がり軸受けにおける転動体を保持する保持器」と、「ガラス繊維の繊維状補強材を配合してなる組成物を射出成形して得られた成形体」である限りにおいて相当する。

よって、本件特許発明1と甲2発明は、以下の点で一致する。
<一致点>
「樹脂組成物を射出成形してなる成形体であって、
前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物であり、
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、
前記ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上である成形体。」

そして、以下の点で相違する。
<相違点3>
発明に係る物品に関し、本件特許発明1は、「内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、前記転がり軸受が、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用される軸受」であるのに対し、甲2発明は、用途が特定されない「成形体」の発明である点。

(イ) 判断
甲2の段落[0062]に、半芳香族ポリアミドの好適な用途として「ベアリングリテーナー」が記載されているが、上記(2)ア(イ)aにおける相違点1についての検討と同様に、「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転」する転がり軸受に甲2発明を適用することは、当業者が容易に想到し得たとはいえるものではない。

(ウ) 特許異議申立人の主張等について
特許異議申立人は、令和2年10月7日に提出した意見書において、本件特許発明1と甲2発明との対比において、「高速回転には、材料の耐熱性、機械強度が高いことが必要であることは技術常識であり(以下「技術常識2」という。甲3、甲4、甲5)、ポリアミド樹脂成形体からなる転がり軸受用保持器を備える軸受は、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用されること(技術常識1)から、融点が高く、曲げ強度、曲げ弾性率などの機械的強度が優れている甲2発明を、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用される転がり軸受用保持器に用いることは、当業者が容易に想到し得る」と主張する(第5ページ)。
しかしながら、上記(2)ア(イ)及び上記イ(イ)で述べたように、甲2には、「dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転」する転がり軸受における、転動体を保持する保持器用途、並びに、当該用途に起因する変形や射出成形にて製造した際のウェルド部の強度に関する課題について記載も示唆もなされておらず、かつ、上記相違点3に係る特定事項によって、格別顕著な効果を奏するものであるから、特許異議申立人の上記主張には理由がない。

(エ) 小括
よって、本件特許発明1は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、本件特許の請求項1を引用する請求項3に係る発明であって、本件特許発明1の特定事項をすべて含み、更に限定するものであるから、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 甲2発明に基づく進歩性のまとめ
よって、本件特許発明1及び3は、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4) 取消理由1(進歩性)についてのまとめ
したがって、本件特許発明1及び3は、甲1又は甲2に記載された発明を主たる引用発明として当業者が容易に発明をすることができたものとはいえず、取消理由1には理由がない。

2 取消理由2(サポート要件)について
(1) 本件特許明細書の記載
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の記載がある。

ア 「【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、モータ、工作機械などで用いられる転がり軸受の転がり軸受用保持器に関し、特に、所定の樹脂組成物を成形してなる樹脂製の転がり軸受用保持器に関する。」

イ 「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
樹脂製の保持器を組み込んだ転がり軸受を高速回転させる場合、高速回転によって発生する遠心力が保持器に作用する結果、保持器が変形するおそれがある。保持器が変形すると保持器とこの保持器に保持されている玉との摩擦が大きくなり、軸受の発熱を引き起こす原因となる。また、保持器が変形すると軸受外輪との接触も起こり、この接触による摩擦熱によって樹脂が溶融して転がり軸受が回転しなくなる(焼き付く)場合がある。よって、このように高速回転で使用される転がり軸受に組み込まれる樹脂製の保持器は、機械および/または熱的応力により、変形しないことが要求される。
【0005】
しかしながら、合成樹脂はガラス転移温度を境にして、機械的特性が大きく変化し、高温では、強度や弾性率が低下する。特許文献1に記載される一般的な保持器材質であるポリアミド66樹脂やポリアミド46樹脂は、そのガラス転移温度がそれぞれ約50℃、約80℃であり、それをこえる温度では、上述のように、遠心力による変形の発生、保持器と転動体との滑り摩擦による発熱の増大、軸受温度の更なる上昇を経て、保持器と外輪が接触し、焼き付きや保持器破損に至る可能性がある。このため、例えば、dm・n値(転動体のピッチ円径dmと軌道輪回転数nとの積)が60×10^(4)以上(更には80×10^(4)以上)となる高速回転で使用した場合、焼き付きによる損傷や保持器破損を防ぐことが困難であった。また、ポリアミド66樹脂やポリアミド46樹脂は、吸水率が高く、それに伴って保持器寸法が変化するため、吸湿させた状態で寸法管理して使用する必要がある。さらに、保持器の吸湿後の強度および弾性率は吸湿前に比較して大きく低下する。
・・・
【0009】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、dm・n値が80×10^(4)以上となるような、高温、高速条件下においても焼付きや破損を生じない転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供することを目的とする。」

ウ 「【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の転がり軸受用保持器は、樹脂組成物を射出成形してなる樹脂製の保持器である。樹脂材料とする樹脂組成物は、所定のポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに所定量の繊維状補強材(ガラス繊維または炭素繊維)を配合してなる。
【0020】
本発明で用いるポリアミド樹脂は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなり、各成分を構成するジカルボン酸とジアミンとを重縮合して得られる。上記ポリアミド樹脂を構成するジカルボン酸成分は、テレフタル酸を主成分とする。テレフタル酸を主成分とすることで、ポリアミド樹脂の高温剛性などに優れる。また、上記ポリアミド樹脂を構成するジアミン成分は、1,10-デカンジアミンを主成分とする。1,10-デカンジアミンは直鎖状の脂肪族ジアミンである。テレフタル酸および1,10-デカンジアミンは、いずれも化学構造の対称性が高いため、これらを主成分とすることで、高い結晶性のポリアミド樹脂が得られる。
【0021】
本発明では、上記ポリアミド樹脂を構成するジアミン成分について、上述のとおり、炭素数が10である直鎖状の1,10-デカンジアミンを主成分として用いている。主成分とするジアミン成分のモノマー単位の炭素数が10であり、偶数であるので、奇数である場合と比較して、より安定な結晶構造をとり、結晶性が向上する(偶奇効果)。また、主成分とするジアミン成分の炭素数が8以下の場合には、上記ポリアミド樹脂の融点が分解温度を上回るおそれがある。ジアミン成分の炭素数が12以上の場合には、上記ポリアミド樹脂の融点が低くなり、高温、高速条件下で使用する場合に保持器が変形する等のおそれがある。なお、炭素数9、11のジアミンでは、ポリアミド樹脂の上記偶奇効果により、結晶性が不足するおそれがある。
・・・
【0025】
上記ポリアミド樹脂は、その融点が310℃以上であることが好ましい。また、上限は特に限定されないが、成形加工性などを考慮して320?340℃程度とすることが好ましい。融点範囲としては、310?340℃が好ましく、310?330℃がより好ましく、310?320℃が特に好ましい。保持器材料として一般に使用される他のポリアミド樹脂(ポリアミド66樹脂(同267℃)、ポリアミド46樹脂(同295℃)、ポリアミド9T樹脂(同306℃))よりも融点が高く、耐熱性に優れるので、dm・n値が80×10^(4)以上となるような、高温、高速回転で使用されても、保持器の変形、焼付き、破損などを防止できる。なお、融点は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、不活性ガス雰囲気下で、上記ポリアミド樹脂を溶融状態から20℃/分の降温速度で25℃まで降温した後、20℃/分の昇温速度で昇温した場合に現れる吸熱ピークの温度(Tm)として測定できる。
【0026】
上記ポリアミド樹脂は、そのガラス転移温度が130℃以上であることが好ましい。より好ましくは150℃以上である。保持器材料として一般に使用される他のポリアミド樹脂(ポリアミド66樹脂(同49℃)、ポリアミド46樹脂(同78℃)、ポリアミド9T樹脂(同125℃)よりもガラス転移温度が高いので、dm・n値が80×10^(4)以上となるような、高温、高速回転で使用されても、保持器の変形を抑制でき、転動体と保持器の滑り摩擦による発熱を小さくできる。なお、ガラス転移温度は、示差走査熱量計(DSC)を用いて、不活性ガス雰囲気下で、上記ポリアミド樹脂を急冷した後、20℃/分の昇温速度で昇温した場合に現れる階段状の吸熱ピークの中点の温度(Tg)として測定できる(JISK7121)。
【0027】
ベース樹脂とする上記ポリアミド樹脂に配合する繊維状補強材としては、ガラス繊維または炭素繊維を用いる。・・・
【0029】
繊維状補強材としてガラス繊維を用いる場合、その配合量は、樹脂組成物全体に対して15?50質量%とする。繊維状補強材として炭素繊維を用いる場合、その配合量は、樹脂組成物全体に対して10?35質量%とする。ガラス繊維または炭素繊維を上記範囲とすることで、保持器の剛性を高め、高温、高速回転となる条件下でも保持器の変形を小さくし、発熱量を小さくできる。さらに、保持器の形状を射出成形時に無理抜きする形状とする場合や、ウエルド部の十分な強度(引張強度)を確保することを考慮すれば、ガラス繊維を用いる場合は樹脂組成物全体に対して20?35質量%が好ましく、炭素繊維を用いる場合は樹脂組成物全体に対して15?30質量%が好ましい。」

エ 「【0034】
本発明で用いるポリアミド樹脂において、ジカルボン酸成分またはジアミン成分として植物由来の原料を用いてもよい。例えば、ひまし油を出発原料とした1,10-デカンジアミンを使用できる。植物のようなバイオマス由来原料を採用することで、樹脂製保持器の焼却処分に伴う二酸化炭素の実質的な排出量を、バイオマス由来原料を用いない場合よりも低減できる。ここで、バイオマス由来原料を用いた植物性プラスチックであるかどうかは、樹脂を構成している炭素について、放射性同位元素である^(14)Cの濃度を測定することで判別できる。^(14)Cの半減期は5730年であることから、1千万年以上の歳月を経て生成されるとされる化石資源由来の炭素には ^(14)Cが全く含まれない。このことから樹脂中に ^(14)Cが含まれていれば、少なくともバイオマス由来の原料を用いていると判断できる。」

オ 「【0047】
[軸受温度試験]
アンギュラ玉軸受を使用してdm・n値80×10^(4)まで順次回転数を上げていく軸受試験を実施した。実施例および比較例の保持器を組み込み、潤滑剤としてのグリースを封入し、両側に非接触型シールを設けて密封したアンギュラ玉軸受を用いて比較試験を行なった。試験では外輪温度を測定し、その上昇温度が、精度や耐久性を鑑み、30℃までを基準とし、30℃未満を合格、30℃以上温度が上昇したものを不合格とした。結果を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
保持器引張試験に関して、dm・n値が80×10^(4)以上の使用条件から、保持器の破壊強さ(ウエルド部の引張強度)は高強度が要求される。表1に示すように、本発明の実施例からなる保持器は、2000N以上と良好な強度を示した。これに対して、比較例1?5は、いずれも2000N以下であった。
【0050】
軸受温度試験に関して、表1に示すように、各比較例ではdm・n値が70×10^(4)をこえた辺りから外輪温度が急上昇し、30℃以上となった。これに対して、本発明に係る実施例では、dm・n値が80×10^(4)となっても外輪温度の急上昇は見られず、30℃以下を保っていた。」

(2) 本件特許の請求項1についてのサポート要件の判断
ア 上記(1)ア?オの記載、特に段落【0009】の記載から、本件特許発明1の課題は、少なくとも「dm・n値が80×10^(4)以上となるような、高温、高速条件下においても焼付きや破損を生じない転がり軸受用保持器、および該保持器を用いた転がり軸受を提供すること」にあると認められる。

イ 発明の詳細な説明の段落【0019】ないし【0029】には、本件特許発明1のポリアミド樹脂は、テレフタル酸および1,10-デカンジアミンから構成されるため、他の保持器材料に比べ、安定な結晶構造と高いガラス転移温度に起因する高温、高速回転における変形抑制効果及び繊維状補強材のポリアミド樹脂への配合による剛性向上効果について記載されている。
また、段落【0025】には、本件特許発明1のポリアミド樹脂の融点がを310℃以上であることが好ましく、この融点の範囲にすることで、「融点が高く、耐熱性に優れるので、dm・n値が80×10^(4)以上となるような、高温、高速回転で使用されても、保持器の変形、焼付き、破損などを防止できる。」ことが記載されている。

ウ そうすると、本件特許発明1の上記課題は、テレフタル酸と1,10-デカンジアミンとからなるポリアミド樹脂に繊維状補強材のみを配合してなる樹脂組成物であって、樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、前記ポリアミド樹脂の融点が310℃以上であるものを採用することによって解決することは、当業者が認識し得ることであり、しかも、このことは本件特許の請求項1に特定されている事項であるから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であって、本件特許発明1は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである。

エ 特許異議申立人の主張等について
特許異議申立人は、令和2年10月7日に提出した意見書において、概略、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、dm・n値80×10^(4)を越える状況下での評価を行っていない点に基づき、本件特許発明1がいわゆるサポート要件を充足しない旨を主張する。
しかしながら、上記アないしウで述べたように、樹脂組成物を特定することで、本件特許発明1の課題が解決することは、当業者が認識し得ることであるし、dm・n値80×10^(4)を越えた時点で本件特許発明1の課題が解決しないことを示す具体的な証拠に基づいて特許異議申立人は上記主張をするものでもないから、採用できるものではない。

(3) 本件特許の請求項3についてのサポート要件の判断
請求項3は、請求項1の従属項であって、請求項1に係る発明特定事項に加えて更に「ポリアミド樹脂が、放射性同位元素である炭素14を含む」ことを特定するものであるから、請求項3に係る本件特許発明3は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものである。

(4) 取消理由2についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1及び3に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている出願に対してされたものであるから、取消理由2には理由がない。

3 取消理由において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人が主張する申立理由1-1(甲第1号証を主引用文献とする進歩性)、同1-2(甲第2号証を主引用文献とする進歩性)及び同2(サポート要件)は、それぞれ上記取消理由1及び2と同旨である。
そうすると、取消理由(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由は、特許異議申立人が主張する申立理由3である。
これらについて以下検討する。

(1)申立理由3(明確性要件)について
明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
これを踏まえ、以下検討する。

イ 特許請求の範囲の記載
特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。

ウ 判断
(ア) 明確性要件の判断
本件特許の特許請求の範囲には不明確な記載はなく、かつ、本件特許明細書の記載も特許請求の範囲の記載と矛盾するものではないから、当業者の出願時における技術常識を基礎として、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

(イ) 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人1は、特許異議申立書において、以下の点で本件特許の訂正前の請求項1の記載は、いわゆる明確性要件を満たしていない旨主張する。
本件の請求項1には、「転がり軸受」が、下限が「dm・n値が80×10^(4)以上」の高速回転で使用される軸受であることが規定されているが、上限が示されておらず、発明の範囲が不明確となっている。請求項2におけるポリアミド樹脂の融点についても同様に下限値のみ規定されるため、発明が明確でない。
また、本件の特許明細書及び図面には、dm・n値が80×10^(4)以上の場合について全く示されておらず、本件特許発明1の「dm・n値」の上限を把握することはできない。
そこで上記主張を検討する。
本件特許発明1は、数値限定の下限値が特定されることで、本件特許発明1の技術的範囲は明確に特定されるものであるし、数値範囲の上限が文言上、直ちに把握できないからといって、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえないから本件特許発明1について、明確性要件違反との特許異議申立人の上記主張は採用の限りでない。

エ 申立理由3のまとめ
したがって、申立理由3には理由がない。

(2) 取消理由で採用しなかった特許異議申立理由のまとめ
したがって、取消理由で採用しなかった特許異議申立理由には理由がない。

第7 結語
以上のとおりであるから、当審において通知した取消理由及び特許異議申立人が主張する申立の理由によっては、本件特許の請求項1及び3に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1及び3に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件特許の請求項2に係る特許は、本件訂正の請求により削除された。これにより、請求項2に係る特許に対する特許異議申立人による特許異議の申立は、申立の対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪および外輪と、この内・外輪間に介在する複数の転動体と、この転動体を保持する保持器とを備える転がり軸受であって、
前記転がり軸受が、dm・n値が80×10^(4)以上の高速回転で使用される軸受であり、
前記保持器が、樹脂組成物を射出成形してなる転がり軸受用保持器であって、
前記樹脂組成物は、ジカルボン酸成分とジアミン成分とからなるポリアミド樹脂をベース樹脂とし、これに繊維状補強材のみを配合してなる組成物であり、
前記ジカルボン酸成分がテレフタル酸を主成分とし、前記ジアミン成分が1,10-デカンジアミンを主成分とし、
前記繊維状補強材として、前記樹脂組成物全体に対して、ガラス繊維を15?50質量%、または、炭素繊維を10?35質量%含み、
前記ポリアミド樹脂は、融点が310℃以上であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
前記ポリアミド樹脂が、放射性同位元素である炭素14を含むことを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2020-12-21 
出願番号 特願2014-261212(P2014-261212)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (F16C)
P 1 651・ 121- YAA (F16C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 ▲来▼田 優来越本 秀幸  
特許庁審判長 大島 祥吾
特許庁審判官 加藤 友也
大畑 通隆
登録日 2019-08-30 
登録番号 特許第6577184号(P6577184)
権利者 NTN株式会社
発明の名称 転がり軸受  
代理人 和気 光  
代理人 和気 操  
代理人 和気 操  
代理人 寺本 諭史  
代理人 和気 光  
代理人 寺本 諭史  

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