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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 A61M
管理番号 1371974
審判番号 不服2019-14041  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-10-23 
確定日 2021-03-10 
事件の表示 特願2018-512904「溝を有する医療用投与バレルおよびその封止方法」拒絶査定不服審判事件〔平成29年 3月16日国際公開、WO2017/044112、平成30年 9月20日国内公表、特表2018-527095〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、2015年(平成27年)9月11日を国際出願日とする出願であって、その後の手続の概要は、以下のとおりである。
平成30年 4月27日 :手続補正書の提出
平成31年 2月 4日付け:拒絶理由通知
令和 元年 5月10日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 元年 6月25日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。)
令和 元年10月23日 :拒絶査定不服審判の請求、同時に手続補正書の提出

第2 令和元年10月23日にされた手続補正についての補正の却下の決定
[補正の却下の決定の結論]
令和元年10月23日にされた手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1 本件補正について
(1)本件補正により、特許請求の範囲の請求項1?18の記載は、以下のとおり補正された。
(下線は、補正箇所であり、当審が付与したものである。)
「【請求項1】
医療用投与バレルの内部に充填された物質と前記医療用投与バレルの開口近位端を密封するピストンとの間のヘッドスペースを最小限に抑える方法であって、
前記医療用投与バレルは、その内壁に、前記医療用投与バレルの前記開口近位端からその反対側の遠位端に向かう、前記ピストンの長さよりも長い距離だけ延在する長さを画定する少なくとも1つの溝を有し、前記少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にするものであり、
前記方法は、
前記ピストンを内部に受容するように構成された真空エンクロージャを、前記医療用投与バレルの前記開口近位端に封止係合させる工程と、
封止した前記真空エンクロージャおよび前記医療用投与バレルの内部圧力が前記医療用投与バレルの外側の圧力よりも低くなるように、前記封止した前記真空エンクロージャおよび前記医療用投与バレルの内部に対して真空引きを行う工程と、
前記流体が前記ピストンをバイパスすることを可能とする前記少なくとも1つの溝の前記長さに沿って、前記ピストンを前記医療用投与バレルの内部へと物理的に前進させる工程と、
前記医療用投与バレルの前記内壁のうち前記少なくとも1つの溝が存在しない領域の先頭部分に前記ピストンが達したときに前記ピストンの物理的前進を停止させることにより、前記医療用投与バレルの前記内壁を封止係合し、前記ピストンと前記医療用投与バレルの遠位端との間の前記医療用投与バレルの内部を気密封止するとともに、前記ピストンと前記医療用投与バレルの内部に位置する前記物質との間の前記真空引きがなされた状態を維持する工程と、
前記医療用投与バレルにおける前記開口近位端への前記真空エンクロージャの係合を解いて、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記開口近位端との間の部分の前記真空引きがなされた状態を解除することにより、前記ピストンを跨ぐ方向に圧力差を生じさせ、これにより、前記医療用投与バレル内の前記物質に向かって前記ピストンをさらにスライドさせ、前記物質と前記ピストンとの間の前記ヘッドスペースを最小化する工程と、
を含む
医療用投与バレルの封止方法。
【請求項2】
さらに、
前記真空エンクロージャの係合を解く工程の後、前記医療用投与バレル内の前記物質に向かって物理的に前記ピストンをさらに前進させることによって、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記開口近位端との間の部分の圧力を、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレル内部の前記物質との間の部分の圧力と等しくさせる工程を含む
請求項1に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項3】
前記ピストンは、前記医療用投与バレルの前記内壁に摺動可能に封止係合するように前記ピストンから径方向に突出した少なくとも1つの環状リブを含み、
前記停止させる工程において、前記医療用投与バレルの前記内壁のうち前記少なくとも1つの溝が存在しない領域の前記先頭部分に前記少なくとも1つの環状リブが位置したときに前記ピストンの前記物理的前進を停止させて、前記少なくとも1つの環状リブを前記医療用投与バレルの前記内壁に封止係合させることにより、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記遠位端との間の部分の内部を気密封止する
請求項1または2に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項4】
さらに、
前記医療用投与バレルに所定体積の前記物質を充填する工程を含む
請求項1から3のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項5】
前記ピストンは、軸方向に離間した2つの環状リブを含む
請求項1から4のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項6】
前記少なくとも1つの溝の前記長さは、5mmから25mmの範囲内である
請求項1から5のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項7】
前記少なくとも1つの溝の前記長さは、20mmである
請求項1から6のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項8】
前記少なくとも1つの溝は、ほぼ一定の深さを画定する
請求項1から7のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項9】
前記少なくとも1つの溝は、1mmから4mmの範囲内の幅を画定する
請求項1から8のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項10】
開口近位端と、閉口遠位端と、前記開口近位端から前記閉口遠位端に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するとともに前記長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた少なくとも1つの溝と、を有する医療用投与バレルと、
前記医療用投与バレルの内部に充填され、所定の体積を有する物質と、
前記医療用投与バレルの前記内壁に封止係合したピストンと
を備え、
前記少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに、流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にし、
前記ピストンの少なくとも一部は、前記少なくとも1つの溝よりも遠位側に位置し、これにより前記医療用投与バレルの内部の前記物質を封止している
封止済医療用投与バレル。
【請求項11】
前記ピストンは、前記医療用投与バレルの前記内壁に摺動可能に封止係合するように前記ピストンから径方向に突出した少なくとも1つの環状リブを含む
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項12】
前記ピストンは、軸方向に離間した2つの環状リブを含む
請求項11に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項13】
前記少なくとも1つの溝は、5mmから25mmの範囲内の長さを画定する
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項14】
前記少なくとも1つの溝は、20mmの長さを画定する
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項15】
前記少なくとも1つの溝は、0.2mmから0.6mmの範囲内のほぼ一定の深さを画定する
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項16】
前記少なくとも1つの溝は、1mmから4mmの範囲内の幅を画定する
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項17】
前記少なくとも1つの溝の長さは、前記ピストンの長さよりも長くなっている
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項18】
前記少なくとも1つの溝の、ほぼ一定の深さは、0.2mmから0.6mmの範囲内となっている
請求項8に記載の医療用投与バレルの封止方法。」

(2)本件補正前の、令和元年5月10日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?18の記載は、以下のとおりである。
「【請求項1】
医療用投与バレルの内部に充填された物質と前記医療用投与バレルの開口近位端を密封するピストンとの間のヘッドスペースを最小限に抑える方法であって、
前記医療用投与バレルは、その内壁に、前記医療用投与バレルの前記開口近位端からその反対側の遠位端に向かう、前記ピストンの長さよりも長い距離だけ延在する長さを画定する少なくとも1つの溝を有し、前記少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にするものであり、
前記方法は、
前記ピストンを内部に受容するように構成された真空エンクロージャを、前記医療用投与バレルの前記開口近位端に封止係合させる工程と、
封止した前記真空エンクロージャおよび前記医療用投与バレルの内部圧力が前記医療用投与バレルの外側の圧力よりも低くなるように、前記封止した前記真空エンクロージャおよび前記医療用投与バレルの内部に対して真空引きを行う工程と、
前記流体が前記ピストンをバイパスすることを可能とする前記少なくとも1つの溝の前記長さに沿って、前記ピストンを前記医療用投与バレルの内部へと物理的に前進させる工程と、
前記医療用投与バレルの前記内壁のうち前記少なくとも1つの溝が存在しない領域の先頭部分に前記ピストンが達したときに前記ピストンの物理的前進を停止させることにより、前記医療用投与バレルの前記内壁を封止係合し、前記ピストンと前記医療用投与バレルの遠位端との間の前記医療用投与バレルの内部を気密封止するとともに、前記ピストンと前記医療用投与バレルの内部に位置する前記物質との間の前記真空引きがなされた状態を維持する工程と、
前記医療用投与バレルにおける前記開口近位端への前記真空エンクロージャの係合を解いて、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記開口近位端との間の部分の前記真空引きがなされた状態を解除することにより、前記ピストンを跨ぐ方向に圧力差を生じさせ、これにより、前記医療用投与バレル内の前記物質に向かって前記ピストンをさらにスライドさせ、前記物質と前記ピストンとの間の前記ヘッドスペースを最小化する工程と、
を含む
医療用投与バレルの封止方法。
【請求項2】
さらに、
前記真空エンクロージャの係合を解く工程の後、前記医療用投与バレル内の前記物質に向かって物理的に前記ピストンをさらに前進させることによって、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記開口近位端との間の部分の圧力を、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレル内部の前記物質との間の部分の圧力と等しくさせる工程を含む
請求項1に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項3】
前記ピストンは、前記医療用投与バレルの前記内壁に摺動可能に封止係合するように前記ピストンから径方向に突出した少なくとも1つの環状リブを含み、
前記停止させる工程において、前記医療用投与バレルの前記内壁のうち前記少なくとも1つの溝が存在しない領域の前記先頭部分に前記少なくとも1つの環状リブが位置したときに前記ピストンの前記物理的前進を停止させて、前記少なくとも1つの環状リブを前記医療用投与バレルの前記内壁に封止係合させることにより、前記医療用投与バレルのうち前記ピストンと前記医療用投与バレルの前記遠位端との間の部分の内部を気密封止する
請求項1または2に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項4】
さらに、
前記医療用投与バレルに所定体積の前記物質を充填する工程を含む
請求項1から3のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項5】
前記ピストンは、軸方向に離間した2つの環状リブを含む
請求項1から4のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項6】
前記少なくとも1つの溝の前記長さは、5mmから25mmの範囲内である
請求項1から5のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項7】
前記少なくとも1つの溝の前記長さは、20mmである
請求項1から6のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項8】
前記少なくとも1つの溝は、ほぼ一定の深さを画定する
請求項1から7のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項9】
前記少なくとも1つの溝は、1mmから4mmの範囲内の幅を画定する
請求項1から8のいずれか1項に記載の医療用投与バレルの封止方法。
【請求項10】
開口近位端と、閉口遠位端と、前記開口近位端から前記閉口遠位端に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するとともに前記長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた少なくとも1つの溝と、を有する医療用投与バレルと、
前記医療用投与バレルの内部に充填され、所定の体積を有する物質と、
前記医療用投与バレルの前記内壁に封止係合したピストンと
を備え、
前記少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに、流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にし、
前記ピストンの少なくとも一部は、前記少なくとも1つの溝よりも遠位側に位置し、これにより前記医療用投与バレルの内部の前記物質を封止している
封止済医療用投与バレル。
【請求項11】
前記ピストンは、前記医療用投与バレルの前記内壁に摺動可能に封止係合するように前記ピストンから径方向に突出した少なくとも1つの環状リブを含む
請求項10に記載の封止済み医療用投与バレル。
【請求項12】
前記ピストンは、軸方向に離間した2つの環状リブを含む
請求項11に記載の封止済み医療用投与バレル。
【請求項13】
前記少なくとも1つの溝は、5mmから25mmの範囲内の長さを画定する
請求項9から11のいずれか1項に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項14】
前記少なくとも1つの溝は、20mmの長さを画定する
請求項9から13のいずれか1項に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項15】
前記少なくとも1つの溝は、0.2mmから0.6mmの範囲内のほぼ一定の深さを画定する
請求項9から14のいずれか1項に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項16】
前記少なくとも1つの溝は、1mmから4mmの範囲内の幅を画定する
請求項9から15のいずれか1項に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項17】
前記少なくとも1つの溝の長さは、前記ピストンの長さよりも長くなっている
請求項10に記載の封止済医療用投与バレル。
【請求項18】
前記少なくとも1つの溝の、ほぼ一定の深さは、0.2mmから0.6mmの範囲内となっている
請求項8に記載の医療用投与バレルの封止方法。」

2 補正の適否について
本件補正は、本件補正前の請求項10に記載された発明を特定するために必要な事項である「少なくとも1つの溝」について、「長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた」とあったのを「長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた」と限定する補正事項を含むものであって、当該補正事項については、補正前の請求項10に記載された発明と補正後の請求項10に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるから、特許法第17条の2第5項第2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
そこで、本件補正後の請求項10に記載される発明(以下「本件補正発明」という。)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか(特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に適合するか)について、以下、検討する。

(1)本件補正発明
本件補正発明は、前記1の(1)の請求項10に記載された事項により特定されるとおりのものである。

(2)引用文献の記載事項及び引用発明
(2-1)原査定の拒絶の理由で引用された、本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった引用文献である、特開2002-219170号公報(平成14年8月6日出願公開。以下「引用文献」という。)には、図面とともに次の記載がある。(下線は、当審が付与したものである。以下同様。)
ア 「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、プレフィルドシリンジおよびプレフィルドシリンジの製造方法に関する。」
イ 「【0011】
本発明のプレフィルドシリンジ1は、外筒本体部21と、外筒本体部21の先端側に設けられたノズル部22と、外筒本体部21の後端側に設けられたフランジ23とを備える外筒2と、ノズル部22に液密かつ着脱可能に取り付けられたシールキャップ3と、外筒2内に摺動可能に収納され周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とを備えるガスケット4と、外筒2とシールキャップ3とガスケット4により形成される空間内に収納された薬剤8と、ガスケット4の後端に取り付けられたもしくは取り付け可能なプランジャー5とを備えるプレフィルドシリンジである。外筒本体部21は、後端部内面に、外筒本体部21の軸方向に延びる溝9を備え、かつ、溝9は、ガスケット4の先端側環状リブ41を溝9より外筒本体部21の先端側にかつ後端側環状リブ42が溝形成部となる位置に配置した時に、ガスケットの先端側環状リブ41と後端側環状リブ42および外側面40と外筒本体部21間により形成される環状空間11を外部と連通可能とするものであり、さらに、ガスケット4は、ガスケット4の先端側環状リブ41および後端側環状リブ42が、外筒本体部21の溝9より先端側となる位置に収納されており、かつ、外筒本体部21とガスケット4の先端側環状リブ41と後端側環状リブ42および外側面40により形成される環状空間11が常圧空間となっている。」
ウ 「【0015】
溝9は、後述するプレフィルドシリンジの製造方法のガスケット移動工程にて、減圧状態を常圧状態に変更して、ガスケット4の先端側環状リブ41と後端側環状リブ42および外側面40と外筒本体部21間により形成される環状空間11を常圧にするためのものである。図1、図2、図3、図4に示す実施例では、溝9は、外筒本体部21の後端部内面に外筒本体部21基端開口からノズル部22側に向かって形成され軸方向に平行に延びる溝である。溝9は、全体に渡って断面が半円形状に形成されており、先端部は先端方向にテーパー状に縮径している。」
エ 「【0022】
シールキャップ3は、図2、図5および図6に示すようにキャップ状に作製され、ノズル本体部収納部31と、キャップ側螺合部32とを備える。シールキャップ3は、この実施例では、シールキャップ本体とシール部材とからなる。シールキャップ本体は、一端および他端が開口した筒状部材であり、先端側に通液針(図示せず)装着用のテーパー状に拡径する開口部35を備えている。そして、この開口部35とシール部材保持部36間にシール部材34が収納されている。シール部材によりシールキャップの一端は閉塞している。シール部材34は、ノズル部先端開口を液密に密封するためのものである。ノズル部先端開口がシール部材3に当接することによりノズル部22は液密に密封される。また、シール部材34は、通液針により刺通可能な弾性材料により形成されている。」
オ 「【0026】
ガスケット4は、図1、図2に示すようにほぼ同一外径にて延びる本体部と、この本体部に設けられた複数の環状リブを備え、これらリブが、外筒2の内面に液密に接触する。」
カ 「【0037】
最初に、後端部内周面に軸方向に延びる溝9を備える外筒本体部21と、外筒本体部21の先端側に設けられたノズル部22と、外筒本体部21の後端側に設けられたフランジ23とを備える外筒2と、ノズル部22に液密かつ着脱可能に取り付けられたシールキャップ3と、外筒2内に摺動可能に収納され周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42を備えるガスケット4とを備えるプレフィルドシリンジ用注射器を準備する工程を行う。ここで、準備するプレフィルドシリンジ用注射器は、プレフィルドシリンジに用いられる注射器であり上述した通りである。また、この実施例のプレフィルドシリンジの製造方法では、従来より用いられている真空打栓装置を使用する。真空打栓装置としては、例えば、シリンジを内部に収納可能かつ内部を減圧可能な真空チャンバと、外筒本体部内にガスケットを挿入・嵌入するガスケット打栓機構と、シリンジ内に薬剤を充填する薬剤充填機構を備えているものを使用することができる。なお、真空打栓装置については図示しない。」
キ 「【0040】
まず、真空チャンバ内を減圧状態とする。減圧度としては、薬剤8の充填量によるが、最終的にガスケット4を薬剤付近、具体的には、薬剤8が薬液の場合は液面付近まで挿入できる程度に行うことが好ましい。そして、打栓機構を用いてガスケット4を外筒2の基端開口から挿入してガスケット4の先端側環状リブ41が溝(言い換えれば、溝形成部位)9より先端側となり、かつ後端側環状リブ41が溝形成部位上となる位置まで押し込む。
【0041】
この状態において、ガスケット4の先端側環状リブ41のみならず後端側環状リブ42も外筒内周面に接触している。ガスケット4の後端側環状リブ42を外筒2の外方に配置する場合に比べて、ガスケット4は外筒2内により正確に同軸上に配置されるので、ガスケット4の先端側環状リブ41によるシール性が高いものとなる。また、この状態では、先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とガスケット4の側面と外筒内周面との間に形成された空間と外部(真空チャンバ内)は、溝9を介して連通しており、空間の内圧と外圧(真空チャンバ内の内圧)は等しくなっており、ともに減圧状態にある。また、ガスケット4と外筒内周面とシールキャップ3とにより形成された薬剤収納部は、先端側環状リブ41により外部(真空チャンバ内)から隔離されており、減圧状態となっている。」
ク 「【0043】
減圧状態を常圧状態に変更することは、真空チャンバ内の減圧状態を常圧状態に戻すことにより行われる。この圧力変更時に、ガスケット4の先端側環状リブ41と後端側環状リブ42および外側面40と外筒本体部21間により形成される環状空間11は溝9を介して外部(真空チャンバ内)と連通しているため空間の内圧はほぼ瞬時に常圧状態となる。さらに、この圧力変更により、先端側環状リブ41とシールキャップ3によりシールされ減圧状態のままである薬剤収納部分の減圧度に応じて、ガスケット4は、外筒2の先端側に移動する。」
ケ 図9より、「フランジ23」が開口を画定する点、「溝9」が、外筒の後端側から先端側に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するとともに前記長さに沿ってその大部分において一定の幅を画定するように設けられている点が看取される。



(2-2)上記(2-1)ア?ケの記載事項から、引用文献には、次の技術的事項が記載されているものと認められる。
a 引用文献に記載された技術は、プレフィルドシリンジに関するものである(【0001】)。
b プレフィルドシリンジは、外筒本体部21と、外筒本体部21の後端側に設けられ、開口を画定するフランジ23と、外筒本体部21の先端側に設けられ、ノズル部先端開口を液密に密封するためのシール部材34により一端が閉塞しているシールキャップ3が取り付けられたノズル部22と、を備える外筒2と、外筒2内に摺動可能に収納され周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とを備えるガスケット4と、外筒2とシールキャップ3とガスケット4により形成される空間内に収納された薬剤8と、を備えている(【0011】、【0022】、図9)。
c 外筒本体部21は、その内周面の後端部に、外筒本体部21の軸方向に延びる溝9を備える。そして、溝9は、外筒本体部21基端開口からノズル部22側に向かって形成され、外筒の後端側から先端側に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するとともに前記長さに沿ってその大部分において一定の幅を画定するように設けられ、かつ、全体に渡って断面が半円形状に形成されており、先端部は先端方向にテーパー状に縮径していることから、溝9は、その長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように設けられている、ということができる(【0015】、【0037】、図9)。
d ガスケット4は、先端側環状リブ41と後端側環状リブ42により、外筒2の内面に液密に接触している(【0011】、【0026】)。
e シリンジを内部に収納可能かつ内部を減圧可能な真空チャンバにより減圧状態とされた状態で、ガスケット4を外筒2の基端開口から挿入し、ガスケット4の先端側環状リブ41が溝9より先端側となる位置まで押し込んだとき、ガスケット4と外筒内周面とシールキャップ3とにより形成された薬剤収納部は、先端側環状リブ41により真空チャンバ内から隔離され、減圧状態となっており、薬剤収納部分は、先端側環状リブ41とシールキャップ3によりシールされている(【0037】、【0040】?【0041】、【0043】)。

(2-3)上記(2-1)、(2-2)を踏まえると、引用文献には次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「外筒本体部21と、外筒本体部21の後端側に設けられ、開口を画定するフランジ23と、外筒本体部21の先端側に設けられ、ノズル部先端開口を液密に密封するためのシール部材34により一端が閉塞しているシールキャップ3が取り付けられたノズル部22と、を備える外筒2と、外筒2内に摺動可能に収納され周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とを備えるガスケット4と、外筒2とシールキャップ3とガスケット4により形成される空間内に収納された薬剤8と、を備え、
外筒本体部21は、その内周面の後端部に、外筒本体部21の軸方向に延びる溝9を備え、溝9は、外筒本体部21基端開口からノズル部22側に向かって形成され、外筒の後端側から先端側に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するとともに前記長さに沿ってほぼ一定の幅を画定するように設けられており、
ガスケット4は、先端側環状リブ41と後端側環状リブ42により、外筒2の内面に液密に接触し、
シリンジを内部に収納可能かつ内部を減圧可能な真空チャンバにより減圧状態とされた状態で、ガスケット4を外筒2の基端開口から挿入し、ガスケット4の先端側環状リブ41が溝9より先端側となる位置まで押し込んだとき、ガスケット4と外筒内周面とシールキャップ3とにより形成された薬剤収納部は、先端側環状リブ41により真空チャンバ内から隔離され、減圧状態となっており、薬剤収納部分は、先端側環状リブ41とシールキャップ3によりシールされている
プレフィルドシリンジ。」

(3)対比・判断
本件補正発明と引用発明を対比する。
引用発明の「プレフィルドシリンジ」は、その機能からみて、本件補正発明の「封止済医療用投与バレル」に相当するといえる。
また、引用発明の「外筒2」は本件補正発明の「医療用投与バレル」に、以下同様に、「外筒本体部21」の「内周面」は「内壁」に、「溝9」は「少なくとも1つの溝」に、「薬剤8」は「物質」に、「周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とを備えるガスケット4」は「ピストン」に、それぞれ相当する。
引用発明の「外筒本体部21の先端側に設けられ、ノズル部先端開口を液密に密封するためのシール部材34により一端が閉塞しているシールキャップ3が取り付けられたノズル部22」は、その構造からみて、本件補正発明の「医療用投与バレル」の「閉口遠位端」に相当する。
引用発明の「外筒本体部21の後端側に設けられ、開口を画定するフランジ23」は、本件補正発明の「医療用投与バレル」の「開口近位端」に相当する。
引用発明の「外筒2とシールキャップ3とガスケット4により形成される空間内に収納された薬剤8」は、本件補正発明の「医療用投与バレルの内部に充填され、所定の体積を有する物質」に相当する。
引用発明の「外筒2内に摺動可能に収納され周囲に先端側環状リブ41と後端側環状リブ42とを備え」、これら「先端側環状リブ41と後端側環状リブ42により、外筒2の内面に液密に接触」する「ガスケット4」は、本件補正発明の「医療用投与バレルの前記内壁に封止係合したピストン」に相当する。
引用発明の「外筒本体部21は、その内周面の後端部に、外筒本体部21の軸方向に延びる溝9を備え、溝9は、外筒本体部21基端開口からノズル部22側に向かって形成され、」さらに、「外筒の後端側から先端側に向かう所定距離だけ延在する長さを画定する」点は、本件補正発明の「医療用投与バレル」が「開口近位端から前記閉口遠位端に向かう所定距離だけ延在する長さを画定する」「ように内壁に設けられた少なくとも1つの溝」「を有する」点に相当する。
そして、溝の深さおよび幅について、本件補正発明では、「少なくとも1つの溝」は、その「長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように」「設けられている」のに対し、引用発明では、「溝9」は、その「長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように」「設けられ」ている。
引用発明の「プレフィルドシリンジ」は、「内部に収納可能かつ内部を減圧可能な真空チャンバにより減圧状態とされた状態で、ガスケット4を外筒2の基端開口から挿入し、ガスケット4の先端側環状リブ41が溝9より先端側となる位置まで押し込んだとき、ガスケット4と外筒内周面とシールキャップ3とにより形成された薬剤収納部は、先端側環状リブ41により真空チャンバ内から隔離され、減圧状態となって」いるものであり、このように「薬剤収納部」が「減圧状態」となるのは、「ガスケット4を外筒2の基端開口から挿入し」た後、「ガスケット4の先端側環状リブ41が溝9より先端側とな」るまでの間に、ガスケット4の先端側環状リブ41は溝9上に位置している状態にあり、先端側環状リブ41が外筒2の内周面とその全周にわたって密着してはおらず、薬剤収納部と真空チャンバ内とが、溝9を介して流体連通している状態であったことによるものといえる。そして、このように溝9を介して流体連通している状態は、溝9が、流体がガスケット4をバイパスすることを可能にしている状態であるといえる。また、上記のガスケット4の先端側環状リブ41が溝9上に位置している状態は、当該先端側環状リブ41を有するガスケット4についてみると、ガスケット4が溝9に沿って位置している状態であるといえる。
そうすると、このように、引用発明の溝9が、流体がガスケット4をバイパスすることを可能にしており、このとき、ガスケット4が溝9に沿って位置している状態となっている点は、本件補正発明の「少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに、流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にし」ている点に相当するといえる。
また、引用発明において「ガスケット4の先端側環状リブ41が溝9より先端側となる位置まで押し込んだとき、」「薬剤収納部は、」「先端側環状リブ41とシールキャップ3によりシールされている」点は、本件補正発明において「ピストンの少なくとも一部は、前記少なくとも1つの溝よりも遠位側に位置し、これにより前記医療用投与バレルの内部の前記物質を封止している」点に相当する。

そうすると、両者は、
「開口近位端と、閉口遠位端と、前記開口近位端から前記閉口遠位端に向かう所定距離だけ延在する長さを画定するように内壁に設けられた少なくとも1つの溝と、を有する医療用投与バレルと、
前記医療用投与バレルの内部に充填され、所定の体積を有する物質と、
前記医療用投与バレルの前記内壁に封止係合したピストンと
を備え、
前記少なくとも1つの溝は、前記ピストンが前記少なくとも1つの溝に沿って位置しているときに、流体が前記ピストンをバイパスすることを可能にし、
前記ピストンの少なくとも一部は、前記少なくとも1つの溝よりも遠位側に位置し、これにより前記医療用投与バレルの内部の前記物質を封止している
封止済医療用投与バレル。」
である点で一致し、次の点で相違する。

相違点:
溝の深さおよび幅について、本願発明では、「少なくとも1つの溝」は、その「長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように」「設けられている」のに対し、引用発明では、「溝9」は、その「長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように」「設けられ」ている点。

上記相違点について検討する。
上述のとおり、引用発明の溝9は、その先端部で先端方向にテーパー状に縮径している形状であるから、その長さに沿って、ほぼ一定の深さおよび幅を画定するように設けられているといえるものである。
そして、引用発明において、その溝9の深さおよび幅を、その長さに沿って、「ほぼ一定」というレベルを超えてより精密に「一定」の深さおよび幅となるように構成することは、溝により実現されるバイパスの効率など、求められる性能等に応じて、当業者であれば容易になし得ることにすぎない。
なお、請求人は、審判請求書において、「引用文献1の・・・保持リップ(25)は少なくとも1つの溝(9)の深さを不均一にするものである。従って、引用文献1の溝(9)を、深さが一定になるように修正することは、保持リップ(25)の除去を必要とし、引用文献1に示された技術的思想から逸脱してしまう。」と主張する。請求人の主張する「保持リップ(25)」は、その余の主張と併せてみて、ガスケット摺動抑制部25を意味すると考えられるので、それを前提として、以下、記載する。
引用文献の【0017】には、「また、外筒本体部21は、内周面の後端部にガスケット4の摺動を抑制するガスケット摺動抑制部25を備えていてもよい。」と記載され、【0040】には、「外筒2がガスケット摺動規制部25を備える場合には、・・・」と記載されているように、引用文献に開示された発明において、ガスケット摺動抑制部25は、必須の構成ではなく、任意の構成である。そうすると、引用文献には、ガスケット摺動抑制部25を有しないプレフィルドシリンジも開示されており、そのようなガスケット摺動抑制部25を有しないプレフィルドシリンジにおける溝9は、その長さに沿ってほぼ一定の深さを画定するといえるものである。
よって、請求人の上記主張は、採用することができない。
してみると、本件補正発明は、引用発明に基いて当業者が容易に想到し得たものというべきである。
そして、溝をその長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように設けることにより奏される効果は、引用発明から当業者が予測し得る範囲内のものにすぎず、格別顕著なものということはできない。

よって、本件補正発明は、引用発明に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。

3 むすび
本件補正は、特許法第17条の2第6項において準用する同法第126条第7項の規定に違反するので、同法第159条第1項の規定において読み替えて準用する同法第53条第1項の規定により却下すべきものである。
よって、上記補正の却下の結論のとおり決定する。

第3 本願発明について
1 本願発明
本件補正は、前記第2のとおり却下されたので、本願の各請求項に記載の発明は、令和元年5月10日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項10に記載の発明(以下「本願発明」という。)は、前記第2の[理由]1の(2)に記載された事項により特定されるとおりのものである。

2 原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は、本願発明は、引用文献に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない、という理由を含むものである。

3 引用文献
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献の記載事項は、前記第2の[理由]2の(2)に記載したとおりである。

4 対比・判断
本願発明は、前記第2の[理由]2で検討した本件補正発明における「少なくとも1つの溝」について、「長さに沿って一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた」との特定に代えて、「長さに沿ってほぼ一定の深さおよび幅を画定するように内壁に設けられた」と特定したものに相当する。そして、本願発明と本件補正発明との間の上記の相違する点は、本件補正発明と引用発明との相違点に相当する。
そうすると、本件補正発明から上記相違点を除いたものに相当する本願発明は、引用発明である。

第4 むすび
以上のとおり、本願発明は引用発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-09-29 
結審通知日 2020-10-06 
審決日 2020-10-26 
出願番号 特願2018-512904(P2018-512904)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (A61M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 増山 慎也  
特許庁審判長 高木 彰
特許庁審判官 栗山 卓也
和田 将彦
発明の名称 溝を有する医療用投与バレルおよびその封止方法  
代理人 特許業務法人つばさ国際特許事務所  

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