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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1372098
審判番号 不服2019-4144  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-05-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-03-29 
確定日 2021-03-08 
事件の表示 特願2016-528904「ハンチントン病を処置するための方法および組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成27年 5月14日国際公開、WO2015/070212、平成28年12月 1日国内公表、特表2016-537341〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は、平成26年11月11日(パリ条約による優先権主張 平成25年11月11日 米国)を国際出願日とする出願であって、その手続の経緯は以下のとおりである。
平成30年 5月17日付け:拒絶理由通知書
同年 8月17日 :意見書、手続補正書の提出
平成30年11月27日付け:拒絶査定
平成31年 3月29日 :審判請求書、手続補正書の提出
令和 2年 6月 2日付け:拒絶理由通知書
同年 8月31日 :意見書、手続補正書の提出

第2 本願発明
本願の請求項1に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、令和2年 8月31日提出の手続補正書の特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
対象の線条体において、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のレベルを対照と比較して少なくとも100%増加させるための組成物であって、該組成物は、ハンチントン病を治療するための遺伝子抑制因子を含むアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを含み、該遺伝子抑制因子は、転写抑制ドメインに融合された33074と指定されるジンクフィンガータンパク質(ZFP)DNA結合ドメインを含み、該遺伝子抑制因子は、変異ハンチンチン(Htt)遺伝子の発現を抑制し、該対照がハンチントン病を有する非治療対象である、組成物。」

第3 当審が通知した拒絶理由
当審が令和2年 6月 2日付けで通知した拒絶理由は、概略、以下のとおりのものである。

1.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
2.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
3.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。
4.(明確性)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
<引用文献等一覧>
1.特表2010-530239号公報
2.Neuroscience,2004年,Vol.123,pp.967-981
3.Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America,1998年,Vol.95,pp.6480-6485
4.国際公開第2013/130824号
5.Neurotherapeutics,2012年,Vol. 9,pp.270-284(新たに引用された文献)
6.Eur. J. Nucl. Med. Mol. Imaging,2013年10月,Vol.40, Suppl.2,S143
7.J.Neurochem.,2009年,Vol.110,Suppl.2,p.259

第4 当審の判断
当審は、上記第3の当審が通知した拒絶理由の理由1のとおり、本願発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された引用文献1?4に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない、と判断する。

その理由は、以下のとおりである。

1 引用文献に記載された事項

以下、引用文献2?4は英語文献であるため、摘記は、合議体による翻訳文で示す。なお、引用文献4については、翻訳文は、特表2015-509958号公報(以下、「対応公表公報」という。)を参考にしたので、対応箇所も併記する。

(1)引用文献4に記載された事項
引用文献4には、以下の事項が記載されている。
ア「【請求項1】Htt遺伝子に結合する非天然型ジンクフィンガータンパク質であって、前記ジンクフィンガータンパク質は、F1?F4、F1?F5、およびF1?F6と順序付けられた、4つ、5つ、または6つのジンクフィンガードメインを含み、前記ジンクフィンガードメインは、表1Bの単一の列に示される認識ヘリックス領域配列を含む、ジンクフィンガータンパク質。
……
【請求項5】請求項1?4のいずれかに記載のジンクフィンガータンパク質および機能的ドメインを含む、融合タンパク質。
【請求項6】前記機能的ドメインは、転写活性化ドメイン、転写抑制ドメイン、およびヌクレアーゼドメインからなる群から選択される、請求項5に記載の融合タンパク質。
……
【請求項9】請求項1?4に記載の1つ以上のジンクフィンガータンパク質、請求項5または6に記載の1つ以上の融合タンパク質、あるいは請求項7に記載の1つ以上のポリヌクレオチドを含む、医薬組成物。
……
【請求項15】ハンチントン病を治療する方法であって、前記方法は、前記細胞に、請求項5に記載の1つ以上の融合タンパク質をコードする1つ以上のポリヌクレオチドを、治療を必要とする対象に対して投与することを含む、方法。」

イ「[0006]さらに、Httにおけるトリヌクレオチド伸長は、線条体における中型有棘細胞のγアミノ酪酸(GABA)投射ニューロンのニューロン欠損につながり、このニューロン欠損は、新皮質においても生じる。」(対応公表公報の【0006】)

ウ「[0019]なおも別の態様において、本明細書に記載されるポリヌクレオチドのいずれかを含む遺伝子送達ベクターが提供される。ある特定の実施形態において、ベクターは、アデノウイルスベクター(例えば、Ad5/F35ベクター)、組み込み能を有するもしくは組み込み欠損型レンチウイルスベクターを含むレンチウイルスベクター(LV)、またはアデノウイルス随伴ウイルスベクター(AAV)である。故に、少なくとも1つのヌクレアーゼ(ZFNまたはTALEN)をコードする配列および/または標的遺伝子への標的組み込みのためのドナー配列を含む、アデノウイルス(Ad)ベクター、LV、またはアデノウイルス随伴ウイルスベクター(AAV)もまた本明細書に提供される。ある特定の実施形態において、Adベクターは、キメラAdベクター、例えば、Ad5/F35ベクターである。ある特定の実施形態において、レンチウイルスベクターは、インテグラーゼ欠損型レンチウイルスベクター(IDLV)または組み込み能を有するレンチウイルスベクターである。ある特定の実施形態において、ベクターは、VSV-Gエンベロープで、または他のエンベロープでシュードタイピングされる。」(対応公表公報の【0020】)(下線は当審による。以下同様。)

エ「[0028]【図4】(パネルAおよびB)CAG反復に標的を定められたZFPのパネルによるHD患者由来の線維芽細胞株における変異Httの抑制を描写する。0.1ng?3μgの様々なRNA濃度を使用した。図4Aおよび4Bにおいて、各々示される条件の左側のバーは、総計のHtt発現を示し、中央のバーは、線維芽細胞内のHttの発現を示し、このHtt対立遺伝子は、18回CAG反復(「099T(CAG18)」)を含み、伸長した変異Htt対立遺伝子は、45回CAG反復099T(CAG45)を含む。」(対応公表公報の【0026】)

オ「[0090]ある特定の実施形態において、DNA結合ドメインは、Htt遺伝子における(配列特異的様態で)標的部位に結合し、Httの発現を調節する、遺伝子操作されたジンクフィンガータンパク質である。ZFPは、変異Htt対立遺伝子または野生型Htt配列のいずれかに選択的に結合することができる。Htt標的部位は、典型的に、少なくとも1つのジンクフィンガーを含むが、複数のジンクフィンガー(例えば、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、またはそれよりも多いフィンガー)を含む可能性がある。通常、ZFPは、少なくとも3つのフィンガーを含む。ZFPのある特定のものは、4、5、または6個のフィンガーを含む一方で、いくつかのZFPは、8、9、10、11、または12個のフィンガーを含む。3つのフィンガーを含むZFPは、典型的に、9または10ヌクレオチドを含む標的部位を認識し、4つのフィンガーを含むZFPは、典型的に、12?14ヌクレオチドを含む標的部位を認識する一方で、6つのフィンガーを含むZFPは、18?21ヌクレオチドを含む標的部位を認識し得る。ZFPはまた、1つ以上の制御ドメインを含む融合タンパク質であり得、そのドメインは、転写活性化または抑制ドメインであり得る。いくつかの実施形態において、融合タンパク質は、一緒に連結された2つのZFP DNA結合ドメインを含む。これらのジンクフィンガータンパク質はゆえに、8、9、10、11、12個、またはそれよりも多いフィンガーを含むことができる。いくつかの実施形態において、2つのDNA結合ドメインは、1つのDNA結合ドメインが4つ、5つ、または6つのジンクフィンガーを含み、第2のDNA結合ドメインがさらなる4つ、5つ、または5つのジンクフィンガーを含むように、伸長可能な柔軟なリンカーを介して連結される。いくつかの実施形態において、リンカーは、フィンガーアレイが、8、9、10、11、もしくは12個、またはそれよりも多いフィンガーを含む1つのDNA結合ドメインを含むような、標準的なフィンガー間リンカーである。他の実施形態において、リンカーは、柔軟なリンカー等の不定型のリンカーである。DNA結合ドメインは、少なくとも1つの制御ドメインに融合され、「ZFP-ZFP-TF」構造と考えることができる。これらの実施形態の具体的な例は、柔軟なリンカーで連結され、KOX抑制因子に融合された2つのDNA結合ドメインを含む「ZFP-ZFP-KOX」、および2つのZFP-KOX融合タンパク質がリンカーを介して一緒に融合された「ZFP-KOX-ZFP-KOX」と称され得る。」(対応公表公報の【0077】)

カ「[0093]Htt標的化ZFPの具体的な例は、表1Aおよび1Bに開示される。この表における最初の列は、ZFPの内部参照名(番号)であり、表2Aおよび2Bの第1列における同じ名称に対応する。「F」は、フィンガーを指し、「F」の後の番号は、どのジンクフィンガーであるかを指す(例えば、「F1」は、フィンガー1を指す)。
(中略)


(対応公表公報の【0080】)

キ「[0094]これらのタンパク質の標的部位についての配列および箇所は、表2Aおよび2Bに開示される。表2Aおよび2Bは、示されるジンクフィンガータンパク質についての標的配列を示す。ZFP認識ヘリックスが接触している標的部位におけるヌクレオチドは、大文字で示され、接触していないヌクレオチドは、小文字で示される。


(対応公表公報の【0081】)

ク「[0159]Htt抑制ZFP TFまたはTALE TFを治療剤として使用することができる疾患および病態には、ハンチントン病が含まれるが、これらに限定されない。さらに、Httの変異対立遺伝子に特異的なZFNまたはTALENを含む方法および組成物を、ハンチントン病の治療のための治療薬として使用することができる。」(対応公表公報の【0146】)

ケ「実施例1:Htt標的化ジンクフィンガータンパク質転写因子(ZFP-TF)およびZFNの設計および構築
[0163]Httを標的とするジンクフィンガータンパク質を、本質的に米国特許第6,534,261号に記載されるように遺伝子操作した。表1Aおよび1Bは、例となるHtt標的化ZFPのDNA結合ドメインの認識ヘリックスを示す一方で、表2Aおよび2Bは、これらのZFPの標的配列を示す。
……
[0166]ZFP-TFを、核局在化配列、Htt対立遺伝子に標的を定められた遺伝子操作されたジンクフィンガーDNA結合ドメイン(表1Aおよび1B)、およびヒトKOX1タンパク質からのKRAB抑制ドメインを含む融合タンパク質として構築した。図1A、1B、および1Dを参照されたい。設計されたDNA結合ドメインは、3?6つのフィンガーモジュールを含有し、9?18bp配列を認識する(表2Aおよび2B)。ZFP認識ヘリックスが接触している標的部位におけるヌクレオチドは、大文字で示され、接触していないヌクレオチドは、小文字で示される。2つのZFP DNA結合ドメインが柔軟なリンカーで融合され、KRAB抑制ドメインに融合された、ZFP-ZFP-TF分子もまた構築した(図1E)。DNA結合ドメインを表2Aおよび2Bから選定した。」(対応公表公報の【0150】乃至【0152】)

コ「実施例4:Httの対立遺伝子特異的抑制を主導するさらなるCAG標的化ZFP設計。
[0186]図4Aは、CAG18/45 HD線維芽細胞株において、ZFP-TF 30640、30643、30645、および33074(全てがCAG反復に標的を定められ、KRAB抑制ドメインを使用する)を試験した結果を示す。異なる量のZFP mRNAを、Amaxaヌクレオフェクターを使用して、示されるようにトランスフェクトし、変異Htt(右側のバー)、野生型Htt(中央のバー)、および総Htt(両方の対立遺伝子、左側のバー)の発現を、トランスフェクション後24時間時点で上述のように測定した。ZFP 30640、30645、および33074は、3μg?10ngのZFP mRNA用量範囲全体にわたって対立遺伝子特異的抑制を主導する一方で、30643は、30ng以上である用量で両方の対立遺伝子を有意に抑制するように思われ、10ng用量で対立遺伝子選択性を示し始める。
[0187]図4Bは、CAG15/70HD 線維芽細胞株において、ZFP 30643、30648、30657、および30658(全てがCAG反復に標的を定められ、KRAB抑制ドメインを使用する)を試験した結果を示す。異なる量のZFP mRNAを、Amaxaヌクレオフェクターを使用して、示されるようにトランスフェクトし、変異Htt(右側のバー)、野生型Htt(中央のバー)、および総Htt(両方の対立遺伝子、左側のバー)の発現を、トランスフェクション後24時間時点で上述のように測定した。前の図で試験されたZFP(30640、30645、および33074)と比較して、これらのZFPは、より低い用量で変異Htt特異的抑制を主導する。これらの結果は、インビボで(例えば、HD患者の脳内で)達成され得るZFP発現レベルに依存して、変異Httの対立遺伝子特異的抑制が適切なZFP設計を使用して達成され得ることを示唆する。」(対応公表公報の【0173】【0174】)

サ「

」(【図4A】【図4B】)

シ「実施例9:CAG標的化抑制因子は、R6/2マウスにおける変異Htt導入遺伝子を抑制する
[0193]R6/2マウス(約120回CAG反復を有する変異ヒトHttエクソン1の導入遺伝子を担持する、Mangiarini et al,(1996)Cell 15:197を参照されたい)に、CMVプロモーターによって主導されるZFP 30640-KOXまたはGFPのいずれかをコードする組替えAAV2/6の3e10ベクターゲノムの定位的な両側線条体注射を与えた。マウスに5週齢時点で注射し、分子分析のために8週齢時点で屠殺した。左および右線条体を各半球から切り離し、急速冷凍した。変異Htt導入遺伝子の抑制を評価するために、総RNAをTRIzol Plus(Life Technologies)により各線条体から抽出し、続いてHigh Capacity RT(Life Technologies)を使用してcDNA合成を行った。その後、R6/2導入遺伝子発現をqPCRによって測定し、3つの参照遺伝子(Atp5b、Eif4a2、UbC)の幾何平均に対して、Bennらによって以前に記載されたように正規化した((2008)Molecular Neurodegeneration:3,17)。我々は、4つのZFP処理線条体において、4つのGFP処理対照線条体と比べて変異Htt導入遺伝子の統計的に有意な抑制(P<0.001)を観察した(図9)。平均R6/2抑制は、GFP処理対照の64.9%であった。線条体の完全な網羅が単回の定位的な注射を使用しては達成されなかったこと、およびAAV2/6がニューロン細胞に優先的に形質導入することから、観察された抑制(約35%)の倍率は、AAVベクターにより形質導入された細胞内の実際の抑制を過小評価する可能性が高い。」(対応公表公報の【0180】)

(2)引用文献1に記載された事項
引用文献1には、以下の事項が記載されている。
ア 「【請求項1】相補的なセンスおよびアンチセンス領域を含み、
-アンチセンス領域が、ヒトハンチンチン転写産物に相補的な15から19以下の連続したヌクレオチドを有し、前記ヌクレオチドが、配列番号1?3からなる群より選択される配列によりコードされ、
-センスおよびアンチセンス領域が、互いに相補的で二重鎖を形成する少なくとも15の連続したヌクレオチドを有し、
-二本鎖短干渉核酸分子が、内因性野生型および外因性ヒト変異ハンチンチン遺伝子の発現を、前記ハンチンチン遺伝子の両方を発現している非ヒト哺乳動物の細胞において阻害する、
単離された二本鎖短干渉核酸分子。
……
【請求項19】
ハンチントン病の予防または治療用医薬品の製造のための、請求項1?12のいずれか1項に記載の短干渉核酸分子または前記短干渉核酸分子をコードする請求項15もしくは16に記載の発現ベクターの使用。」

イ 「【0013】
試験された少なくとも3つのshRNA(sihtt1.1(エクソン2)、sihtt3(エクソン2)およびsihtt6(エクソン4))は、ラットおよびマウスモデルにおいて85%以上のDARPP-32発現の回復およびhtt封入体(inclusions)の完全に近い除去とともに、ハンチントン病の病変を劇的に減少させた。CNSにおける高い形質導入効率および転移ベクターの3'LTRにおけるH1-shRNA発現カセットの組み込みにより得られる強い遺伝子発現レベルを導くレンチウイルスベクターの使用は、アプローチの有効性に寄与する。さらに、このアプローチが、9ヶ月まで持続したsihttの発現となったことが示された。このタイプの長期間の送達が、HDのような慢性神経変性疾患の順調な治療に必須であろう。」

ウ 「【0014】
…… -DOX/+DOX動物において得られる結果は、ハンチントン病症状の発症後のsihtt治療の開始は、線条体マーカーDARPP-32の発現の喪失の顕著な減少およびhtt封入体の不完全な除去により評価されるように、ポリQ毒性の減少にまだ有効であることを示した。」

エ 「【0076】
2)結果
82のCAG反復を有するヒトhttのN末端断片を過剰発現するラット(htt171-82Q;de Almeidaら, J. Neurosci., 2002, 22, 3473-3483)を用いて、siRNA発現により変異httの線条体レベルおよびハンチントン病の病変の進行が減少したかどうかを評価した(図2および11)。注射の2ヶ月後、注射されていない線条と比較して、ヒトhtt171-82Qの発現により、DARPP-32発現の典型的な喪失(DARP-32の乏しい領域の断面積の平均値= 0.68 mm^(2)±0.05)が誘導された(図2A&2B)。sihtt1.1、3および6のレンチウイルスによる発現により、このDARPP-32発現の喪失はほとんど完全に妨げられた(病変面積は、それぞれ0.06 mm^(2)±0.01、0.10 mm^(2)±0.05および0.03 mm^(2)±0.01)(図2A&2B;図11A)。……」

(3)引用文献2に記載された事項
引用文献2には、以下の事項が記載されている。
ア「拡張されたポリグルタミンをコードするCAGリピートを伴うハンチンチン(HD)をコードする遺伝子の単一コピーの遺伝的形質は、神経機能障害、神経変性、及びハンチントン病(HD)の症状の進行をもたらす。我々は、ホスホジエステラーゼ(PDE)多重遺伝子ファミリーの2つのメンバーの定常状態のmRNAレベルが、年齢が一致する野生型同腹子と比較してR6トランスジェニックHDマウスの線条体で経時的に減少することを発見した。運動症状の進行に先立って、R6/1及びR6/2HDマウスの線条体においてホスホジエステラーゼ10A(PDE10A)のmRNA及びタンパク質レベルが減少する。」(Abstract第1行乃至第11行)

イ「

図3 WT、R6/1、R6/2HDマウスの線条体におけるPDE10A mRNAのレベルの比較。 ……
合議体訳 OPTICAL DENSITY:光学密度」

ウ「

図6 WT、R6/1、R6/2HDマウスの線条体におけるPDE10Aタンパク質のレベルの比較。 …… 」

エ「さらに、トランスジェニックマウスのR6ラインはヒトハンチンチン遺伝子が、まだ定義されていない染色体領域に組み込まれているため、導入遺伝子がPDE10Aの制御領域もしくはコード領域に組み込まれてその発現を破壊している可能性もあった。サザンブロット解析はPDE10A遺伝子がR6/2マウスにおいて破壊されていないことを示唆した(データ示さず)。」(第972頁右欄第13行乃至第20行)

(4)引用文献3に記載された事項
引用文献3には、以下の事項が記載されている。
ア「ドーパミン受容体、ムスカリン性コリン受容体を含みγアミノ酪酸受容体を含まない、HDにおいて影響を受けることが明らかな他の神経伝達物質受容体もR6/2マウスにおいて減少する。D1様及びD2様ドーパミン受容体結合は、8週齢及び12週齢のR6/2マウスの脳において対照群の1/3まで大幅に減少する。」(Abstractの第16行乃至第21行)

イ「In situ hybridizationは、4週齢で線条体におけるmGluR1、D_(1)DAR、D_(2)DAR mRNAシグナルの減少が統計的に有意であること、及び、4週齢で減少傾向があるとともに8週齢で大脳皮質におけるmGluR2 mRNA発現の減少が統計的に有意であることを示していた(表3、図2)。」(第6483頁右欄第11行乃至第16行)

ウ「

表3 インシチュハイブリダイゼーションが示すコントロール及びトランスジェニックR6/2マウスにおけるmRNAレベル
値はコントロールマウスの皮質におけるシグナルのパーセンテージとして表されるフィルム光学密度(OD)を表す(平均±標準誤差,n=6-8マウス/グループ)。D_(1)及びD_(2) ドーパミン受容体のmRNAについては、値はコントロールマウスの線条体におけるシグナルのパーセンテージとして表されるフィルムODを表す。

合議体訳 ISH probe:ISHプローブ
Striatum:線条体
Cortex:皮質
Control:コントロール
Transgenic:トランスジェニック
D1 dopamine:D1 ドーパミン
D2 dopamine:D2 ドーパミン」(表3)

2 引用文献4に記載された発明
上記摘記事項、特に1(1)シの記載からみて、引用文献4には、以下の発明が記載されているといえる。
「線条体において変異体Htt導入遺伝子を抑制するための組成物であって、ZFP 30640-KOXをコードする組替えAAV2/6の3e10ベクターゲノムを含む組成物」
(以下、「引用発明」という。)

3 対比
本願発明と引用発明とを対比する。

引用発明における「KOX」は、上記1(1)オ及び1(1)ケの記載からみて、本願発明における「転写抑制ドメイン」に相当する。
また、引用発明における「AAV2/6の3e10ベクターゲノム」は、本願発明における「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター」に相当する。 さらに、本願明細書には「いくつかの実施形態において、遺伝子抑制因子は、そのゲノムDNA中の、または転写物形態(例えば、mRNA)の、ハンチンチン遺伝子に特異的に結合する。……特定の実施形態では、遺伝子抑制因子は、ゲノム中の他の遺伝子への結合と比較してハンチンチン遺伝子のコード部分および/または非コード部分に特異的に結合する、ZFP、TALEまたはCasのDNA結合ドメインである。」(【0030】の上から第10行乃至第16行)と記載されており、遺伝子抑制因子としてハンチンチン遺伝子に特異的に結合するDNA結合ドメインであるZFPが記載されている。この記載をふまえると、引用発明の「ZFP 30640-KOX」は、DNA結合ドメインの1種であるZFP30640と転写抑制ドメインが融合したものであるから、本願発明の「遺伝子抑制因子」に相当する。
そして、本願発明の「ハンチントン病を治療するための遺伝子抑制因子」は「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター」に含まれるものであるから、技術常識を参照すると蛋白質ではなく遺伝子であると解される(本願の段落【0025】及び上記1(1)ウも参照)。

そうすると、引用発明は、「線条体において変異体Htt導入遺伝子を抑制するための組成物であって、「遺伝子抑制因子」に相当する「ZFP 30640-KOX」をコードする、「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター」に相当する「組替えAAV2/6の3e10ベクターゲノム」を含む組成物」であり、当該ZFP 30640はハンチンチン遺伝子に特異的に結合するものであるから、本願発明と引用発明は、「遺伝子抑制因子を含むアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを含む組成物であって、該遺伝子抑制因子は、転写抑制ドメインに融合された、Htt遺伝子を標的としたジンクフィンガータンパク質(ZFP)DNA結合ドメインを含み、該遺伝子抑制因子は、変異ハンチンチン(Htt)遺伝子の発現を抑制する組成物」である点において一致し、以下の点において相違する。

<相違点1>
本願発明では、「ジンクフィンガータンパク質(ZFP)DNA結合ドメイン」が「33074と指定される」のに対して、引用発明では「ZFP30640」である点。

<相違点2>
本願発明では「遺伝子抑制因子」が「ハンチントン病を治療するための遺伝子抑制因子」であるのに対して、引用発明ではそのような事項が特定されない点。

<相違点3>
本願発明では「対象の線条体において、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のレベルを対照と比較して少なくとも100%増加させるための組成物であって、該対照がハンチントン病を有する非治療対象である、組成物」と特定するのに対して、引用発明ではそのような事項が特定されない点。

4 判断
そこで、上記相違点について検討する。

(1)相違点1について
引用文献4においては、33074が30640と同じ表1Bにそのアミノ酸配列が記載されており、その標的配列が表2Bに記載されている(上記1(1)ア、カ、キ)。また、上記1(1)ケ?サに記載のように、転写抑制ドメインであるKRABとZFP30640もしくはZFP33074との融合タンパク質である、30640-KRABと33074-KRABについて、18回CAG反復を含むHtt対立遺伝子及び45回CAG反復を含む変異Htt対立遺伝子を含む(上記1(1)エ、コ参照)、CAG18/45 HD線維芽細胞において、変異Httの発現を抑制することが具体的に開示されており、さらに、上記1(1)サを参照すると、10ngという低用量において33074-KRABは30640-KRABよりも変異Httの発現を抑制することが読み取れるから、引用発明において、より効率的に変異Htt遺伝子の発現を抑制することを期待して、ZFP30640に代えて、33074と指定されるジンクフィンガータンパク質(ZFP)DNA結合ドメインを用いることは当業者が容易に想到し得ることである。

(2)相違点2について
「遺伝子抑制因子」と、「ハンチントン病を治療するための遺伝子抑制因子」とは「物」として区別がつかないものであるからこの点相違しないものの、仮にそうでなくとも、上記1(1)ア、クに記載のように、遺伝子抑制因子はハンチントン病を治療するために用いられるものであるから、引用発明における遺伝子抑制因子を「ハンチントン病を治療するための遺伝子抑制因子」とすることは当業者が容易になし得ることである。

(3)相違点3について
一般に、ある疾患に対する治療効果を当該疾患の公知の指標(例えば、マーカーのmRNAレベル等。)に基づいて評価するとともに、その疾患を治療する際に、当該指標をできるだけ正常値付近の値にしようとすることは、当業者が当然に想起し得た事項である。
また、引用文献4には、Httにおけるトリヌクレオチド伸長により線条体における中型有棘細胞のγアミノ酪酸投射ニューロンの欠損が生じることが記載されており(上記1(1)イ)、 ZFP 30640-KOXまたはGFPのいずれかをコードする組替えAAV2/6の3e10ベクターゲノムを線条体に注射したことからみて(上記1(1)シ)、当業者は当然に線条体に着目したといえる。
そうすると、引用文献1?3には、ハンチントン病モデルマウスにおいて線条体におけるDARPP-32(引用文献1(1(2)イ、エ)、PDE10a(引用文献2(1(3)ア?ウ)、DRD1及びDRD2(引用文献3(1(4)ア?ウ))の発現が下方制御されることが記載されているから、これらマーカーについて検討することは当業者が容易に想到し得ることである。そして、引用文献4には、ZFP30640-KOXが変異Httの発現を抑制することが記載されており(1(1)サ)、引用文献2及び引用文献3にはハンチントン病モデルマウス(R6/2)において、PDE10aはそのタンパク質レベルで10%以下、DRD1及びDRD2はそのmRNAレベルで40%未満以下と、発現が著しく低減することが記載されているから(上記1(3)ウ、1(4)ウ)、変異Httの発現の抑制により、線条体におけるニューロン欠損が解消し、線条体においてDARPP-32、PDE10a、DRD1及びDRD2の遺伝子発現が100%以上増大することを十分予測し得、引用発明の組成物を「対象の線条体において、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のレベルを対照と比較して少なくとも100%増加させるための組成物であって、該対照がハンチントン病を有する非治療対象である、組成物」とすることは当業者が容易に想到し得ることである。

(4)効果について
上記(3)に記載のとおり、変異Httの発現の抑制により、線条体においてDARPP-32、PDE10a、DRD1及びDRD2の遺伝子発現が100%以上増大することを十分予測し得ることであり、本願発明は格別の効果を奏するものとは認められない。

(5)請求人の主張について
請求人は令和2年8月31日提出の意見書において、以下のア?エの点を主張している。
ア 「引用文献2は、PDE10Aが信頼のおけるHDのバイオマーカーであることを教示しておらず;PDE10Aの低下が疾患と相関すること(および/またはPDE10Aのレベルを増加させることでHDを治療すること)を示していません。より具体的には、サザンブロット解析により、PDE10A遺伝子がR6/2マウスにおいて破壊されていなかったこと(データ示さず)、R6/2マウスがPDE10Aを発現することが示唆されています(972頁右欄18?20行)。」との主張。
イ 「引用文献3は、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のレベルがHDのマーカーであることを教示しておらず、mGlu R1-5、NMDA-R1、D_(1)、D_(2)およびβ-アクチンを含む様々なmRNAレベルを調べています(6484頁、表3)。加えて、引用文献3は、バイオマーカーレベルとHDの間の直接的な相関関係を教示していません。」との主張。
ウ 引用文献3の「特定の神経伝達物質受容体が顕著な影響を受けたが、他のものは影響を受けなかった。どの受容体が影響を受けそうかの単純な予測因子は存在しなかった。多くのGタンパク質連結型受容体(mGluR1、mGLuR2、mGluR3、D_(1)、D_(2)およびmACh)が減少したが、他のGタンパク質連結型受容体(mGluR5およびGABAB)は影響を受けなかった。イオンチャネル連結型受容体のうち、AMPAとカイニン酸受容体は減少したが、NMDA受容体は有意に変化しなかった。」及び「おそらく、発現が変化した遺伝子は、一般的な転写因子と共通した認識部位を有する。受容体、特に、mGluR、DARおよびmAChRの変更された体は、すべて線条体において高発現されるものであるが、これらは、さらなるHDの病理学および症候学的な特徴につながり得る。」との記載を挙げて「引用文献3の著者らは、どの受容体(またはそのサブユニット)が疾患を担い得るのか、そして当然ながら、どの受容体(またはそのサブユニット)がHttの遺伝子抑制因子の標的とされるのかを推測することはできないと述べています。」との主張。
エ 「引用文献はいずれも、補正後の請求項に記載のように、線条体においてPDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のすべてのレベルを少なくとも100%増加させることについて論じていません。」
との主張。

そこで、上記主張について検討する。
主張アについて
請求人は、引用文献2には、サザンブロット解析により、PDE10a遺伝子がR6/2マウスにおいて破壊されていないことが記載されていることを根拠に、PDE10aは信頼のおけるハンチントン病のバイオマーカーではないことやPDE10aの低下が疾患と相関しない旨主張するが、請求人が指摘する引用文献2の記載は、R6マウスがヒトハンチンチン遺伝子の一部をどこの部位かわからない染色体上に含むものであるところ、PDE10Aの制御領域もしくはコーディング領域に前記ヒトハンチンチン遺伝子の一部が組み込まれて当該領域が破壊されることによりPDE10Aの発現レベルが下がった可能性はないかを確認するために、DNAを検出するサザンブロット法を行った結果、PDE10A遺伝子がR6/2マウスにおいて破壊されていなかったことを示したに過ぎない(上記1(3)エ参照)。そして、引用文献2には、R6/2マウスにおいてはPDA10Aの発現を示すmRNA及び蛋白質の量が線条体において低減しており疾患との相関性が提示されている以上、請求人による上記主張は採用できない。

主張イ及びウについて
請求人は、引用文献3には、本願発明で規定した「PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2」の全てのレベルがハンチントン病のマーカーであることを教示しておらず、引用文献3では他の遺伝子のmRNAも調べている旨主張するが、引用文献3では、ハンチントン病モデルマウスにおける線条体でのDRD1及びDRD2の発現低下について具体的に明らかにされており(上記1(4)ウ)、バイオマーカーであるDRD1、DRD2とハンチントン病に相関関係があることは上記1(4)ウの記載から明らかであるから、これらに着目することは当業者が容易になし得ることである。
さらに、請求人は「引用文献3の著者らは、どの受容体(またはそのサブユニット)が疾患を担い得るのか、そして当然ながら、どの受容体(またはそのサブユニット)がHttの遺伝子抑制因子の標的とされるのかを推測することはできないと述べています。」と主張しているものの、疾患の原因因子のみならず、疾患により引き起こされる事象により発現が変動する遺伝子及び蛋白質もマーカーとして使用できるものであるから、DRD1、DRD2がハンチントン病を担っているか否かにかかわらず、ハンチントン病モデルマウスでの発現の低下が示されている以上、有用なマーカーとしてその発現レベルに着目することは当業者が容易になし得ることである。
そして、上記(3)で説示したとおり、DARPP-32については引用文献1に、PDE10aについては引用文献2に、ハンチントン病モデルマウスの線条体におけるこれらの発現が下方制御されることが記載されている。
したがって、請求人による上記主張は採用できない。

主張エについて
請求人は、いずれの引用文献にも、線条体において、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のすべてのレベルを少なくとも100%増加させることを論じていない旨主張するが、上記(3)で説示したとおり、引用発明の組成物を「対象の線条体において、PDE10a、DARPP-32、DRD1およびDRD2のレベルを対照と比較して少なくとも100%増加させるための組成物であって、該対照がハンチントン病を有する非治療対象である、組成物」とすることは当業者が容易に想到し得ることであり、請求人による上記主張は採用できない。

(6)まとめ
したがって、本願発明は、引用発明及び引用文献1?4の記載された事項に基いて、当業者が容易になし得たものである。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明は、引用発明及び引用文献1?4に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

 
別掲
 
審理終結日 2020-10-02 
結審通知日 2020-10-05 
審決日 2020-10-23 
出願番号 特願2016-528904(P2016-528904)
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 新熊 忠信  
特許庁審判長 岡崎 美穂
特許庁審判官 冨永 みどり
西村 亜希子
発明の名称 ハンチントン病を処置するための方法および組成物  
代理人 飯田 貴敏  
代理人 山本 健策  
代理人 石川 大輔  
代理人 森下 夏樹  
代理人 山本 秀策  

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