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審決分類 審判 全部無効 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1372176
審判番号 無効2018-800028  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-05-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2018-03-07 
確定日 2021-01-29 
事件の表示 上記当事者間の特許第5551658号発明「パロノセトロン液状医薬製剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第5551658号の請求項1?9、11?16、18に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第5551658号の特許請求の範囲の請求項1?18に係る発明についての出願(以下、「本件特許出願」という。)は、平成16年1月30日(パリ条約による優先権主張 2003年1月30日(US)アメリカ合衆国)を国際出願日として出願された特願2006-501686号の一部を平成23年7月28日に新たな特許出願として出願され、平成26年5月30日に特許権の設定登録がなされた。

これに対して、平成28年10月27日付けでニプロ株式会社を請求人とする特許無効審判(無効2016-800125号)が請求され、それに対して、
「特許第5551658号の特許請求の範囲を平成29年11月22日付け訂正請求書(第2回)に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔3-8〕、〔9-14〕、〔16〕、〔17〕について訂正することを認める。
特許第5551658号の請求項10、17に係る発明についての審判請求を却下する。
特許第5551658号の請求項1?9、11?16に係る発明についての審判請求は、成り立たない。
審判費用は、請求人の負担とする。」
を結論とする審決が平成30年1月5日付けでなされ、確定した。

これに対して、請求人 ニプロ株式会社から、平成30年3月6日付けの審判請求書によって、上記請求項1?9、11?16及び18に係る発明についての特許を無効とすることについて、本件特許無効審判が請求され、これに対して被請求人から、平成30年7月23日付けで審判事件答弁書が提出された。そして、平成30年12月6日に行われた第1回口頭審理において、請求人からは平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書に沿って第1回口頭審理調書に記載のとおりの陳述がなされ、被請求人からは平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書に沿って第1回口頭審理調書に記載のとおりの陳述がなされた。
その後、請求人から平成30年12月20日付け上申書が提出され、被請求人から平成31年1月10日付け上申書が提出された。
その後、当審からの平成31年2月18日付け審決の予告に対し、被請求人は平成31年4月12日付け上申書を提出し、特許法第164条の2第2項に規定する訂正請求は行わない旨を述べた。

参加人 大鵬薬品工業株式会社は、平成30年11月16日提出の参加申請書により、特許法第148条第3項の規定により被請求人側に参加することを申請し、平成31年2月14日付け参加許否の決定により参加が認められた。
参加人 共和クリティケア株式会社は、平成31年2月13日提出の参加申請書により、特許法第148条第1項の規定により請求人側に参加することを申請し、令和元年5月27日付け参加許否の決定により参加が認められた。
参加人 高田製薬株式会社は、平成31年2月13日提出の参加申請書により、特許法第148条第1項の規定により請求人側に参加することを申請し、令和元年5月27日付け参加許否の決定により参加が認められた。

第2 本件特許発明
本件特許第5551658号の特許請求の範囲の請求項1?18に係る発明(以下、順に、「本件特許発明1」?「本件特許発明18」といい、本件特許発明1?本件特許発明9、本件特許発明11?16及び本件特許発明18を合わせて「本件特許発明ともいう。」)は、上記特許無効審判(無効2016-800125号)に係る特許審決公報に掲載された特許訂正明細書に記されたとおり、本件特許請求の範囲の請求項1?18に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
a)0.01?0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
b)薬学的に許容される担体
を含む、嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液であって、
当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む、前記溶液。
【請求項2】
前記マンニトールが、10.0mg/ml?80.0mg/mlの濃度である、請求項1記載の溶液。
【請求項3】
a)0.03?0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
b)薬学的に許容される担体
を含む、嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する、5mlの体積でバイアルに充填された、癌化学療法誘起吐き気及び嘔吐(CINV)治療用溶液。
【請求項4】
前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩が、0.05mg/mlの濃度である、請求項3記載の溶液。
【請求項5】
パロノセトロン塩酸塩を含む、請求項3記載の溶液。
【請求項6】
前記pHが4.0?6.0である、請求項3記載の溶液。
【請求項7】
前記pHが4.5?5.5である、請求項3記載の溶液。
【請求項8】
前記薬学的に許容される担体がキレート剤を含む、請求項3記載の溶液。
【請求項9】
a)0.01?0.02mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
b)薬学的に許容される担体
を含む、嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する、癌化学療法誘起吐き気及び嘔吐(CINV)治療用静脈投与用溶液。
【請求項10】
(削除)
【請求項11】
パロノセトロン塩酸塩を含む、請求項9記載の溶液。
【請求項12】
前記pHが4.0?6.0である、請求項9記載の溶液。
【請求項13】
前記pHが4.5?5.5である、請求項9記載の溶液。
【請求項14】
前記薬学的に許容される担体がキレート剤を含む、請求項9記載の溶液。
【請求項15】
a)0.01?0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び
b)薬学的に許容される担体
を含む、pHが4.0?6.0の嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液。
【請求項16】
a)0.01?0.2mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;
b)10?100ミリモルのクエン酸緩衝液;及び
c)0.005?1.0mg/mlのEDTA
を含む、嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液。
【請求項17】
(削除)
【請求項18】
パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む容器の充填方法であって、
a)1以上の殺菌蓋なし容器を提供すること;
b)非-無菌環境でパロノセトロンの溶液で当該容器を充填すること;
c)当該充填容器を密閉すること;及び
d)当該密閉された充填容器を殺菌すること
を含み、
ここで、(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することを特徴とする、前記方法。」

第3 当事者の主張及び提出した証拠方法
3-1.請求人の主張する無効理由及び提出した証拠方法
請求人が提出した審判請求書、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書及び平成30年12月20日付け上申書によれば、請求人は、「特許第5551658号の特許請求の範囲の請求項1?9、11?16及び18に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする、」との審決を求め、その理由として、以下の無効理由1?3を主張し、証拠方法として、甲第1号証?甲第28号証を提出している。

無効理由1
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?9、11?16及び18に係る発明は、発明の詳細な説明に記載されたものではないから、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

無効理由2
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?9及び11?15に係る発明は、明確でないから、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

無効理由3
本件特許の特許請求の範囲の請求項1?9、11?16及び18に係る発明は、発明の詳細な説明においてこれらの請求項に係る発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、本件特許は、特許法第123条第1項第4号に該当し、無効とすべきである。

(証拠方法)
甲第1号証:平成17年(行ケ)第10042号判決、知的財産高等裁判所、平成17年11月11日判決言渡
甲第2号証:特許・実用新案審査基準 第II部 第2章 第2節 サポート要件
甲第3号証:平成3年2月15日薬審第43号「医薬品の製造(輸入)承認申請に際して添付すべき安定性試験成績の取扱いについて(通知)」
甲第4号証:安定性データの評価に関するガイドラインについて、医薬審発第0603004号、平成15年6月3日
甲第5号証:「安定性データの評価に関するガイドライン(案)」について、大薬協発第196号、平成14年6月7日
甲第6号証:特願2011-165212号に係る平成23年8月26日付け手続補正書
甲第7号証:特願2011-165212号に係る平成25年5月7日付け拒絶理由通知書
甲第8号証:特願2011-165212号に係る平成25年11月14日付け手続補正書
甲第9号証:特願2011-165212号に係る平成25年11月14日付け意見書
甲第10号証:「注射薬調剤」、162頁?167頁、矢後和夫監修、平成14年3月31日、株式会社じほう
甲第11号証:TANG, J. et al., ANESTHESIA & ANALGESIA, 1998, Vol. 87, No.2, p.462-467
甲第12号証:Current Opinion in Investigation Drugs, 2002, 3(10): 1502-1507
甲第13号証:特開平3-176486号公報
甲第14号証:無効2016-800125号に係る平成29年8月22日付け審決の予告
甲第15号証:特許・実用新案審査基準 第II部 第2章 第3節 明確性要件
甲第16号証:平成28年(行ケ)第10005号判決、知的財産高等裁判所、平成29年1月18日判決言渡
甲第17号証:特許・実用新案審査基準 第II部 第1章 第1節 実施可能要件
甲第18号証:平成28年(行ケ)第10216号判決、知的財産高等裁判所、平成29年10月13日判決言渡
(以上、審判請求書に添付。)

甲第19号証:吉岡澄江著、「医薬品の安定性」、141頁?146頁、株式会社南江堂、1995年2月15日)
甲第20号証:Chem. Pharm. Bull., Vol. 38, No. 6, p.1757-1759, (1990)、及びその抄訳
甲第21号証:脇山尚樹著、「医薬品の安定性と有効期間」、Materials Life、Vol. 3、No. 2、p104?109、1991年
甲第22号証:新村出編、「広辞苑 第六版」、1639頁、株式会社岩波書店、2008年1月11日
甲第23号証:「南山堂 医学大辞典 豪華版」18版、1336頁、1833頁、株式会社南山堂、1998年1月16日
甲第24号証:津田恭介、野上寿編集代表、医薬品開発基礎講座IX、「製剤設計法(2)PHYSICAL PHARMACY ≪下≫」、291頁、株式会社地人書館、昭和46年2月1日
甲第25号証:村田敏郎編集、「薬剤学 改訂第3版」、102頁、110?111頁、株式会社南江堂、1990年4月1日
甲第26号証:村田敏郎 外2名編集、「薬剤学 改訂第5版」、52頁?53頁、株式会社南江堂、1997年4月25日
甲第27号証:後藤茂編集、「薬学生のための物理薬剤学」、234頁?241頁、株式会社廣川書店、平成元年5月15日
甲第28号証:「新しい図解薬剤学 第2版」、76頁?78頁、株式会社南山堂、1997年7月25日
(以上、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書に添付。)

以下、甲第1号証?甲第28号証をそれぞれ順に、「甲1」、「甲2」、……、「甲28」と表記する。

4-2.被請求人の主張及び提出した証拠方法
被請求人が提出した平成30年7月23日付け審判事件答弁書、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書及び平成31年1月10日付け上申書によれば、被請求人は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする、」との審決を求め、その理由として、本件特許には、上記無効理由は存在しない旨を主張し、証拠方法として、乙第1号証?乙第19号証を提出している。

(証拠方法)
乙第1号証:米国特許第5,202,333号明細書及びその抄訳
乙第2号証:特開2011-236242号公報
乙第3号証:特許無効審判(無効2016-800125)の審決
乙第4号証:特許無効審判(無効2016-800125)の審理過程で被請求人が提出した平成29年11月22日付け上申書
乙第5号証:実験成績証明書(報告者 大鵬薬品工業株式会社 時光義徳、報告日 平成29年2月28日)
乙第6号証:平成25年(行ケ)10250号判決、知的財産高等裁判所、平成27年4月28日判決言渡
乙第7号証:平成21年(行ケ)第10033号判決、知的財産高等裁判所、平成22年1月28日判決言渡
乙第8号証:米国FDA(米国食品医薬品局)に被請求人が提出した書面(提出日:2002年9月26日)及びその抄訳
乙第9号証:「RS-25259-197 RS-25259-007 Preformulation Book」、表紙、INDEX、A1-1頁、C1-19?C1-20頁、1993年、並びにその抄訳
乙第10号証:「最新製剤学」初版、廣川書店、平成12年4月25日
乙第11号証:「最新製剤学」第3版、廣川書店、平成24年2月20日
乙第12号証:安全性試験ガイドラインの改定について、医薬審発第565号、平成13年5月1日
乙第13号証:第十七改正日本薬局方医薬品各条 原案作成要領実務ガイド 2012年2月、目次、第56頁、第113頁、
乙第14号証:「南山堂 医学大辞典」18版4刷、1833頁、南山堂、2001年9月10日
乙第15号証:医薬品添加物事典、目次、17?18頁、38?39頁、130?131頁、日本医薬品添加剤協会 編集、1994年1月14日
乙第16号証:「医薬品の品質確保」、表紙、289頁及び奥付、株式会社エル・アイ・シー、2002年6月10日
(以上、平成30年7月23日付け審判事件答弁書に添付。)

乙第17号証:Stability of Pharmaceutical Products, Patrick B O'Donnell, et al., Remington The Science and Practice of Pharmacy 21ST EDITION, pp.1025-1036(2005) 及びその抄訳
乙第18号証:「RS-25259-197 ForむぁちおんBook for Intravenous Dosage Forms」、表紙、i?ii頁、13?21頁、1995年、並びにその抄訳
乙第19号証:報告書(大鵬薬品工業株式会社 分析科学研究所、2018年11月13日付け)
(以上、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書に添付。)

以下、乙第1号証?乙第19号証をそれぞれ順に、「乙1」、「乙2」、……、「乙19」と表記する。

第4 当審の判断
1.無効理由1について
(1)請求人の主張の要点
請求人が主張する無効理由1の要点は、以下のとおりである。

ア 本件特許発明1について
本件特許発明1の課題は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供にあるといえる。(審判請求書30頁26行?31頁3行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書2頁9行?6頁12行)

本件特許発明1は、所定濃度のパロノセトロン及び担体を含み、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」なる発明特定事項を備えた発明である。
しかし、本件特許発明1の発明特定事項に対応する発明の詳細な説明の記載は、特許請求の範囲の記載と同様の内容を示したにすぎず、当業者が出願時の技術常識に照らし、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」と認識できるものではない。(審判請求書31頁4行?32頁11行)

「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」の発明特定事項に関して、発明の詳細な説明の段落【0017】に記載はあるものの、特許請求の範囲の記載と同様の内容を示したに過ぎない当該記載をもって、本件特許発明1により貯蔵安定性に係る課題を解決できると認識することはできない。
本件特許明細書には、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」の発明特定事項により特定される効果が、本件特許発明1に特定された課題解決手段によって具体的に得られることを示した実施例が記載されていない。
医薬品の安定性について、本件特許の出願当時の技術常識としては、所定期間の貯蔵安定性は、その期間を超える期間で試験が必要とされていた。医薬品の安定性を確かめるには、指定された実測期間で試験を行う必要があり、実測期間から推論するにしても外挿により2倍程度であることが知られていた。
しかるに、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、医薬品としての溶液の保存安定性について具体的に確認した試験結果は、「4℃で14日間」あるいは「23℃で48時間」であって、「少なくとも24ケ月」に比して極めて短期間で行われたデータが開示されるだけである。
また、一般に、医薬品の有効成分の安定性、特に、溶液中での長期にわたる安定性は、有効成分の名称や化学構造等から直ちに理解できるといえないのが技術常識であり、この事情は、パロノセトロンを含む製剤にも当てはまることである。
以上のことから、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」との発明特定事項によって特定される具体的な効果は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載から認識することは困難である。
そして、本件特許発明1の医薬品としての溶液について具体的な保存安定性が本件出願当時の当業者にとって技術常識であると認識できる記載も見出せない。(審判請求書32頁12行?37頁23行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書6頁13行?32頁17行)

本件特許発明1は、「b)薬学的に許容される担体」及び「当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む」なる発明特定事項を備えている。
担体に関する発明特定事項を有する意義は、本件特許明細書段落【0020】及び段落【0034】によると、パロノセトロン製剤の安定性を向上させるものとして記載されている。しかし、当該記載は、マンニトールを単独で含むときの作用を示唆するものではない。
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、マンニトールを含む担体と、本件特許発明1に係る溶液の貯蔵安定性に関する課題を解決できる手段と、の関係を認識することができない。また、作用機序や実施例の記載を含めた具体的な開示がなく、上記の関係が本件特許の出願当時の当業者にとって技術常識であったと認識できる記載も見出せない。
よって、本件特許発明1における「薬学的に許容される担体」、「当該薬学的に許容される担体はマンニトールを含む」の各発明特定事項によって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」の提供に関する課題を解決できることは、発明の詳細な説明の記載から当業者が認識することができるものではない。(審判請求書37頁24行?39頁23行)

本件特許発明1は、パロノセトロン濃度を「0.01?0.2mg/ml」の範囲に特定した発明である。
一般に、医薬用組成物は、その使用目的からして、品質面の評価を必要とされるから、安定性の課題を当然に伴うものである。また、医薬品の安定性に影響を及ぼす因子として、活性成分の濃度が考慮されるべき因子の一つであることは、当業者の技術常識である。
さらに、パロノセトロン溶液に関して、本件特許発明1で規定された低濃度の溶液は、すでに知られていた。
本件特許発明1は、医薬品の安定性というすでに知られていた課題に対して、公知の低濃度のパロノセトロン溶液における「0.01?0.2mg/ml」なる特定のパロノセトロンの濃度範囲において、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる特異的な効果を見い出した発明であると解するのが相当である。
ここで、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載を見ると、本件特許発明1に規定するパロノセトロンの濃度範囲において臨界的な意味を持つことを示す記載はない。
また、パロノセトロン溶液の安定性に対してどのような因子が影響を与えるのかについては、具体的な知見としての技術常識は知られていない。一般に、医薬の有効成分の安定性、特に、溶液中での長期に亘る安定性は有効成分の名称、化学構造から直ちに理解できるといえないのが技術常識である。
したがって、発明の詳細な説明の記載からは、本件特許発明1がパロノセトロン濃度範囲の全部に亘って安定性に関する課題を解決できるものとは当業者には認識できないというべきである。(審判請求書39頁24行?50頁12行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書32頁18行?35頁19行)

以上のことから、本件特許発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものではなく、また、当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでない。
よって、本件特許発明1は、サポート要件を満たすものではない。(審判請求書50頁13?18行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書35頁20行?37頁11行)

イ 本件特許発明2について
本件特許発明2は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液の提供を課題とする発明であるところ、本件特許発明1における構成要件のマンニトールにつき、「前記マンニトールが10.0mg/ml?80.0mg/mlの濃度である」を規定した発明である。
このマンニトール濃度については、本件特許明細書の段落【0030】に「代わりの実施態様では、本製剤は、約0.02mg/mL?約1.0mg/mLの濃度、約0.03mg/mL?約0.2mg/mLの濃度で、最も好ましくは約0.05mg/mlの濃度でパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を含む。」と記載されるだけであり、本件特許発明1について述べたように、発明の詳細な説明には、マンニトールが単独で担体に含まれる場合の効果及び作用について認識できる程度の記載がないから、マンニトールの濃度範囲を規定したとしても、当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものとなるとはいえない。
よって、本件特許発明2は、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。(審判請求書50頁19行?51頁11行)

ウ 本件特許発明3について
本件特許発明3は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、そのパロノセトロン濃度は本件特許発明1と比べて、パロノセトロン濃度範囲における下限値が「0.03mg/ml」に減縮された点で相違するだけである。発明の詳細な説明において、上記の濃度範囲に対応する記載は、段落【0030】に見出せるが、本件特許発明1について述べた理由と同様に、この濃度範囲が貯蔵安定性に関して臨界的意義を有する数値範囲であることを認識できない。よって、本件特許発明3がそのパロノセトロン濃度範囲の全部に亘って安定性に関する課題を解決できると当業者が認識できるものではない。
本件特許発明3は、担体の種類が特定されていないから、担体に関して本件特許発明1よりも広い範囲を包含している。よって、本件特許発明1について述べた理由に基づいて、本件特許発明3の担体に関する発明特定事項によって発明の課題を解決できると認識できないことは明らかである。
本件特許発明3の貯蔵安定性は、本件特許発明1と比べて、「5mlの体積でバイアルに充填された、癌化学療法誘起吐き気及び嘔吐(CINV)治療用」を特定した点で相違するだけである。発明の詳細な説明の段落【0004】、段落【0021】及び段落【0031】の記載に対応すると考えられるが、これらの段落における記載は従来から知られた一般的な記載にとどまり、発明の詳細な説明には、これらの特定事項によって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」との効果をもたらすことを示す記載を見出せない。そうすると、本件特許発明1の貯蔵安定性について上述した理由と同様に、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明ではない。
以上のことから、本件特許発明3は、サポート要件を満たすものではない。(審判請求書51頁13行?52頁25行)

エ 本件特許発明4、5について
本件特許発明4は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、本件特許発明3においてパロノセトロン濃度を「0.05mg/ml」に特定した発明である。発明の詳細な説明の段落【0030】の記載が対応し、それ以外にも実施例の段落【0040】、【0043】、【0044】、【0046】において、「0.05mg/mL」の数値が記載されている。
本件特許発明5は、本件特許発明3において、「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩」を「パロノセトロン塩酸塩」に特定した発明であり、発明の詳細な説明において段落【0028】の記載や、実施例の段落【0039】?【0051】における記載が対応すると考えられる。
しかし、上記で述べたように、発明の詳細な説明の記載からは、本件特許発明3の溶液によって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」の効果が具体的に得られることを認識できない。そうすると、本件特許発明4においてパロノセトロン濃度を「0.05mg/ml」に特定したり、本件特許発明5においてパロノセトロンを「パロノセトロン塩酸塩」に特定したとしても、その事情は変わらない。
また、明細書の実施例において0.05mg/mLの数値や、パロノセトロン塩酸塩が記載されているとしても、その記載に対応する具体例は、担体を含む溶液ではなく、さらには、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」を裏付ける長期間で保存した試験結果でもない。
よって、本件特許発明4、5は、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できるものではないから、いずれもサポート要件を満たさない。(審判請求書53頁2行?54頁1行)

オ 本件特許発明6、7について
本件特許発明6、7は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、それぞれ、本件特許発明3において、「前記pHが4.0?6.0である」、「前記pHが4.5?5.5である」と特定した発明であり、発明の詳細な説明において、段落【0019】、【0032】の記載や、実施例1の段落【0039】の記載が対応すると考えられる。
しかし、本件特許発明3について述べたように、発明の詳細な説明の記載からは、本件特許発明3の溶液によって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」の効果が具体的に得られることを認識できない。そうすると、本件特許発明6、7において溶液のpH範囲を特定したとしても、その事情は変わらない。
また、明細書の実施例1において「パロノセトロン塩酸塩がpH5.0で最も安定である」(段落【0039】)との記載があるとしても、実施例1の具体例は、担体を含む溶液ではなく、さらには、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」を裏付ける長期間で保存した試験結果でもない。
よって、本件特許発明6、7は、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明ではないから、いずれもサポート要件を満たさない。(審判請求書54頁2?20行)

カ 本件特許発明8について
本件特許発明8は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、本件特許発明3において、担体を「前記薬学的に許容される担体がキレート剤を含む、」と特定した発明であり、発明の詳細な説明において、段落【0020】、【0034】の記載や、実施例4の段落【0043】、実施例5の段落【0045】におけるEDTAの記載が対応すると一応考えられる。
しかし、本件特許発明3について述べたように、発明の詳細な説明の記載からは、本件特許発明3の溶液によって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」の効果が具体的に得られることを認識できない。そうすると、本件特許発明8において、担体がキレート剤を含むものであると特定したとしても、その事情は変わらない。
さらに、明細書の段落【0020】及び【0034】の記載は、キレート剤を単独で含むことを記載したものではない。
また、明細書の実施例4、5に記載された製剤Iと製剤IIは、成分表を例示するに止まり、これらの製剤が「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」を裏付ける長期間で保存した試験結果を示すものではない。
よって、本件特許発明8は、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明ではないから、サポート要件を満たさない。(審判請求書54頁21行?55頁15行)

キ 本件特許発明9について
本件特許発明9は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、そのパロノセトロン濃度及び担体は、本件特許発明1と差異がなく、本件特許発明1について述べたように、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明特定事項ではない。
本件特許発明9の貯蔵安定性は、本件特許発明3と比べて「5mlの体積でバイアルに充填された」の事項を除いて差異がなく、本件特許発明3について述べたように、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明特定事項ではない。
よって、本件特許発明9は、サポート要件を満たさない。(審判請求書55頁17行?5610行)

ク 本件特許発明11?14について
本件特許発明11?14は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、本件特許発明9において、それぞれ、「パロノセトロン塩酸塩を含む」、「前記pHが4.0?6.0である」、「前記pHが4.5?5.5である」、「前記薬学的に許容される担体がキレート剤を含む」と特定した発明であり、それらは、本件特許発明5?8が本件特許発明3を特定した発明特定事項と差異がない。
よって、本件特許発明5?8について述べた理由と同様に、本件特許発明11?14は、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明ではないから、いずれもサポート要件を満たさない。(審判請求書56頁11?23行)

ケ 本件特許発明15について
本件特許発明15は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、そのパロノセトロン濃度及び担体は、本件特許発明1と差異がなく、そのpHは、本件特許発明6、7及び本件特許発明12と差異がなく、その貯蔵安定性は、本件特許発明1と差異がない。
そうすると、本件特許発明1、本件特許発明6、7及び本件特許発明11?14について述べたように、本件特許発明15は、発明の詳細な説明の記載により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明特定事項ではない。
よって、本件特許発明15は、サポート要件を満たさない。(審判請求書56頁24行?57頁19行)

コ 本件特許発明16について
本件特許発明16は、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液のパロノセトロン製剤の提供を課題とする発明であるところ、そのパロノセトロン濃度及び貯蔵安定性は、本件特許発明1と差異がない。
クエン酸緩衝液について、本件明細書の実施例2?7についての記載を検討しても、クエン酸緩衝液によるパロノセトロン安定性との関係が示されておらず、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」との関係を認識できる記載を本件明細書において見出すことができない。
EDTAは、本件特許明細書に、「薬学的に許容される担体」に含まれる「キレート剤及びマンニトール」における「キレート剤」として例示された物質であるが、実施例2、4?7の記載を検討しても、パロノセトロン製剤において担体としてEDTAを単独で配合する態様は、本件特許明細書に開示されていない。さらに、EDTAにより「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」という課題を解決できると認識することは困難である。
したがって、本件特許発明16は、発明の詳細な説明により、発明の課題を解決できると当業者が認識できる発明ではない。
よって、本件特許発明16は、サポート要件を満たさない。(審判請求書57頁20行?61頁5行)

サ 本件特許発明18について
本件特許発明18は、無効2016-800125号において削除された請求項17に係る発明と同様の理由により、本件特許出願時の技術常識に照らして、発明の詳細な説明の記載を以て、本件特許発明18によって当該パロノセトロン溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有し、その課題を解決できるものであると、当業者が認識できるものとはいえない。
また、本件特許発明18の構成要件を個別にみても、本件特許発明18は、本件特許発明1?9、11?16についての上述した理由と同様に、発明の詳細な説明の記載からは、その課題を解決できると認識できないから、サポート要件を満たしていないといえる。(審判請求書61頁6行?66頁24行)

(2)判断
ア 本件特許発明1?9、11?16について
本件特許発明1?9、11?16はいずれも「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする物の発明である。

本件特許明細書の発明の詳細な説明には以下の記載がある。
「【発明の概要】
【0012】
従って、向上した安定性及びそれによって保存安定性が向上したパロノセトロン製剤が求められている。この向上した安定性を有する製剤の製造を促進する5-HT_(3)受容体アンタゴニスト及びその薬学的に許容される担体の好適な濃度範囲も求められている。
【0013】
本発明の目的は、嘔吐を抑制及び/又は減少させるための、医薬安定性が向上したパロノセトロン塩酸塩製剤を提供することである。
【0014】
本発明の別の目的は、パロノセトロン塩酸塩を含む製剤を安定化する許容される濃度範囲を提供することである。
【0015】
本発明の更なる目的は、長期間の保存を可能にするパロノセトロン製剤を提供することである。
【0016】
本発明の目的はまた、最終殺菌を可能にするパロノセトロン製剤を提供することである。」(特許公報4頁42行?5頁8行)

この記載は、本件特許発明の目的を記したものにとどまり、パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を示す記載ではなく、この記載を以て、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16が、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間について、
「【0017】
発明の要約
発明者は、パロノセトロンを用いる嘔吐の治療及び抑制のための驚くべき効果的かつ多用途の製剤を支持する一連の発見をした。これらの製剤は、室温で24ケ月を越える期間、保存安定的であり、従って冷蔵することなく保存することができ、及び非-無菌な最終殺菌処理を用いて製造され得る。」(特許公報5頁9?14行)、及び
「【0037】
更に実施態様は、パロノセトロン製剤が簡便に保存又は製造される改良法に関する。特に、本発明者らは、本発明の製剤が室温で長期間製品を保存できる、ことを発見した。従って、更に別の実施態様では、本発明は、以下を含むパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む1個又はそれ以上の容器を保存する方法を提供する:a)当該1個又はそれ以上の容器を含む部屋を提供すること;b)約10、15又は20℃より高い部屋の温度を維持すること;及びc)当該部屋で1ケ月、3ケ月、6ケ月、1年、18ケ月、24ケ月又はそれ以上(しかし、好ましくは36ケ月を越えない)、当該容器を保存すること、ここで、(i)パロノセトロン又はその薬学的塩は約0.01mg/mL?約5.0mg/mLの濃度で存在する、(ii)本溶液のpHは約4.0?約6.0であり、(iii)本溶液は約0.01?約5.0mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩、約10?約100ミリモルのクエン酸緩衝液及び約0.005?約1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)本溶液はキレート剤を含み、又は(v)本溶液は約10?約100 ミリモルのクエン酸緩衝液を含む。」(特許公報8頁25?37行)
との記載がある。
しかし、いずれの記載もパロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を文言上記載したものにとどまるものであって、パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載を以て、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16が、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、パロノセトロン製剤の安定性の向上について、
「【0019】
本発明者は、製剤のpH及び/又は賦形剤濃度を調整することによって、パロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報5頁22?24行)、
「【0020】
本発明者は、マンニトール及びキレート剤の添加がパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報5頁30?32行)、
「【0032】
本発明者は、製剤のpH及び/又は賦形剤濃度を調整することによって、パロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報7頁20?22行)、及び
「【0034】
本発明者は、マンニトール及びキレート剤の添加がパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。従って、更に別の実施態様においては、本発明は、a)パロノセトロン又は薬学的に許容される塩及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。ここで、当該薬学的に許容される担体はキレート剤及びマンニトールを含む。同様に、別の実施態様では、本発明は、a)パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩及びb)薬学的に許容される担体を混合することを含む薬学的に安定なパロノセトロン溶液の製剤化方法を提供する。ここで、当該薬学的に許容される担体はキレート剤及びマンニトールを含む。キレート剤は好ましくはEDTAであり、様々な実施態様においてキレート剤は、約0.005?約1.0mg/mL又は約0.05mg/mL?約1.0mg/mL又は約0.3?約0.7mg/ml、最も好ましくは約0.5mg/mlの濃度で存在する。様々な実施態様では、マンニトールは約10.0mg/ml?約80.0mg/ml、約20.0mg/mL?約60.0mg/ml、又は約40.0?約45.0mg/mlの濃度で存在する。
【0035】
注射可能製剤は、その中の水が主な賦形剤である水溶液として典型的には製剤化される。経口製剤は、香料、着色剤又は粘性剤の添加により、一般的には注射可能製剤とは異なる。天然又は合成甘味剤は、特にマンニトール、ソルビトール、ショ糖、サッカリン、アスパルテーム、アセルサルファーメ(acelsulphame)K又はシクラメートを含む。これらの薬剤は一般的に、マンニトールが単に等張剤として働く発明の実施態様のいくつかに記載されたマンニトールの41.5mg/ml濃度に比較して、甘味剤として使用される場合には100mg/ml又は250mg/mlの過剰濃度で存在する。
【0036】
本発明の製剤は、注射可能でかつ経口液状製剤での使用に特に適しているが、本溶液が代わりの用途を有していてもよいことは理解されるだろう。例えば、それらは、他の医薬剤形の調製における中間体として使用することができる。同様に、鼻腔内又は吸入を含む他の投与経路を有していてもよい。注射可能製剤は筋肉内、静脈又は皮下を含む任意の経路をとってもよい。
【0037】
更に実施態様は、パロノセトロン製剤が簡便に保存又は製造される改良法に関する。特に、本発明者らは、本発明の製剤が室温で長期間製品を保存できる、ことを発見した。従って、更に別の実施態様では、本発明は、以下を含むパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む1個又はそれ以上の容器を保存する方法を提供する:a)当該1個又はそれ以上の容器を含む部屋を提供すること;b)約10、15又は20℃より高い部屋の温度を維持すること;及びc)当該部屋で1ケ月、3ケ月、6ケ月、1年、18ケ月、24ケ月又はそれ以上(しかし、好ましくは36ケ月を越えない)、当該容器を保存すること、ここで、(i)パロノセトロン又はその薬学的塩は約0.01mg/mL?約5.0mg/mLの濃度で存在する、(ii)本溶液のpHは約4.0?約6.0であり、(iii)本溶液は約0.01?約5.0mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩、約10?約100ミリモルのクエン酸緩衝液及び約0.005?約1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)本溶液はキレート剤を含み、又は(v)本溶液は約10?約100 ミリモルのクエン酸緩衝液を含む。」(特許公報7頁48行?8頁37行)
との記載がある。
しかし、これらの記載は、pH及び/又は賦形剤濃度の調整、マンニトール及びキレート剤の添加によりパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができることを発見したと述べてはいるものの、パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を具体的に確認したことは述べていない。したがって、いずれの記載もパロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載を以て、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例1?5について
「【0039】
実施例1: pHの安定
パロノセトロン塩酸塩を含む製剤に与えるpHの効果を決定する、すなわち80℃、pH 2.0、5.0、7.4及び10.0での安定性を測定するために試験を行った。結果は、パロノセトロン塩酸塩がpH 5.0で最も安定であることを示した。
【0040】
実施例2: 濃度範囲の安定
実験的設計ソフトウェアを用いて製剤最適化研究を行った。パロノセトロン塩酸塩(0.05 mg/mL?5.0mg/mL)、クエン酸緩衝液(0?80mM)及びEDTA(0?0.10%)の好適な濃度範囲を調査するために24ロットの医薬品を分析した。EDTA及びクエン酸緩衝液のレベルは、最適製剤に基いて選択し、EDTA 0.05%及びpH 5.0の20 mM クエン酸緩衝液で製剤化されることが判った。この研究の結果は、パロノセトロン濃度が化学的安定性及び最も低いパロノセトロン濃度で見られる最大の安定性における重要な要素でもあることを示した。
【0041】
実施例3: 等張剤
クエン酸緩衝液中のパロノセトロン塩酸塩製剤は、a)塩化ナトリウム又はb)マンニトールを含めて調製した。マンニトールを含むパロノセトロン塩酸塩製剤は、より優れた安定性を示した。等張溶液に求められるマンニトールの最適レベルは4.15%であることが判った。
【0042】
実施例4: 製剤 I
以下は、薬物の静脈製剤又はその他の液剤に有用なパロノセトロンを含む代表的な医薬製剤である。
【0043】
【表2】

【0044】
実施例5: 製剤 II
以下は、薬物の静脈製剤又はその他の液剤に有用なパロノセトロンを含む代表的な医薬製剤である。
【0045】
【表3】

」(特許公報9頁1行?10頁16行)
との記載がある。
しかし、いずれの記載もパロノセトロン製剤を安定に保存できる期間を当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載を以て、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例6について
「【0046】
実施例6: デキサメタソン非存在下でのパロノセトロンの安定性
パロノセトロン塩酸塩の物理的及び化学的安定性を、5μg/mL及び30μg/mL濃度の5%デキストロース注射剤、0.9%塩化ナトリウム注射剤、5%デキストロースの0.45%塩化ナトリウム注射剤、及び5%デキストロースの乳化リンガー注射剤で試験した。混合物を暗闇で4℃で14日間及び蛍光灯下で23℃で48時間評価した。
【0047】
パロノセトロン塩酸塩の試験試料を5及び30μg/mLの濃度で塩化ポリビニル(PVC)製輸液バッグ中で調製した。物理的及び化学的安定性の評価は、最初、及び4℃で1、3、5、7及び14日間保存後、及び23℃で1、4、24及び48時間後に採取した試料で行った。標準的な室内照明での視覚観察により及び高-強度単方向光ビームを用いて、物理的安定性を評価した。更に、濁度及び粒子含量は電子的に測定した。薬物の化学的安定性を高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析技術が示す安定性を用いて評価した。
【0048】
全ての試料は試験中物理的に安定であった。本溶液は透明性を維持し、粒子負荷及びヘイズレベルにほとんど又は全く変化が認められなかった。更に、パロノセトロン塩酸塩は、全試験期間中、いずれかの温度で任意の試料においてほとんど又は全く損失しなかった。」
との記載があり、実施例7について
「【0049】
実施例7 デキサメタソン存在下でのパロノセトロンの安定性
塩化ポリビニル(PVC)製ミニバッグ中でデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)10 mgもしくは20 mgの5%デキストロース注射剤又は0.9%塩化ナトリウム注射剤と混合したパロノセトロン塩酸塩0.25 mgの物理的及び化学的安定性、並びに塩化ポリビニル(PVC)製シリンジ中でデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)3.3 mgの5%デキストロース注射剤又は0.9%塩化ナトリウム注射剤と、4℃で暗闇にて14日間及び23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間暴露して混合したパロノセトロン塩酸塩0.25 mgの物理的及び化学的安定性を試験した。
【0050】
パロノセトロン塩酸塩 5μg/mLとデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)0.2mg/mL及び0.4mg/mLとの混合試験試料は、各輸液の塩化ポリビニル(PVC)製ミニバッグ中で調製した。更に、パロノセトロン塩酸塩 25μg/mLとデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)0.33mg/mLとを含む各輸液は、20mLのポリプロピレン製シリンジ中で10mLの試験溶液として調製した。物理的及び化学的安定性の評価は、最初、及び4℃で1、3、7及び14日間保存後、及び23℃で1、4、24及び48時間後に採取した試料で行った。標準的な室内照明
での視覚観察により及び高-強度単方向光ビームを用いて、物理的安定性を評価した。更に、濁度及び粒子含量は電子的に測定した。薬物の化学的安定性を高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析技術が示す安定性を用いて評価した。
【0051】
全ての試料は試験中物理的に適合した。本溶液は、透明性を維持し、粒子負荷及びヘイズレベルにほとんど又は全く変化が認められなかった。更に、パロノセトロン塩酸塩は、全試験期間中、いずれかの温度で任意の試料においてほとんど又は全く損失しなかった。」(特許公報10頁17行?11頁7行)
との記載がある。

実施例6についての記載及び実施例7についての記載から、実施例6及び実施例7はいずれも、パロノセトロン塩酸塩を含む溶液を、まず4℃で暗闇にて14日間保存後、23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間曝露して、その間のパロノセトロン塩酸塩の物理的及び化学的安定性を評価したものと認められる。
ここで、本件特許出願の原出願日である平成16年1月30日以前に頒布されたことの明らかな甲3に「なお、有効期間の設定は、原則として長期保存試験の成績に基づいて行うこととし、例えば1年間の有効期間を設定するためには、原則として1年を超える期間の成績が必要である。」(別紙1 安定性試験成績の取扱いにおける一般的留意事項1頁10?11行)と記載され、同甲4に「ある項目の長期データ及び加速データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合には、原薬又は製剤が提示したリテスト期間又は有効期間にわたって、その項目の判定基準内に十分留まることは明白であると考えられる。このような状況では、通常、統計解析を行う必要はないと考えれるが、統計解析を省略することの妥当性を示さなければならない。…(中略)…。長期データがカバーする期間を超えたリテスト期間又は有効期間の外挿をすることができる。長期データがカバーする期間の2倍までのリテスト期間又は有効期間を提示できるが、長期データがカバーする期間を12ヵ月以上超えてはならない。」(安定性データの評価に関するガイドライン 2.4.1.1 長期データ及び加速データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合)と記載されていることから、医薬品組成物を安定に保存できる期間を確認するためには、原則としてその期間を超える期間の成績が必要であり、長期データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合には外挿をすることができるが、その提示期間は当該長期データがカバーする期間の2倍までであり、しかも長期データがカバーする期間を12ヵ月以上超えてはならないことが、本件特許出願の原出願時における技術常識であったと認められる。
上記のとおり、実施例6及び実施例7はいずれも、パロノセトロン塩酸塩を含む溶液を、まず4℃で暗闇にて14日間保存後、23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間曝露したものであって、その期間は14日間に48時間を足した合計16日間であるから、これらの記載も、パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を含む溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有するものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載を以て、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の他の記載を検討しても、パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を含む溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有するものであることを具体的に示す記載はなく、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるという根拠となる記載は見出せない。

さらに、甲1?甲28及び乙1?乙19の記載を検討しても、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものであるという根拠となる本件特許出願の原出願時の技術常識を見出すこともできない。

したがって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする本件特許発明1?9、11?16は、pH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、実質的に発明の詳細な説明に記載したものではない。

イ 本件特許発明18について
本件特許発明18は「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む容器の充填方法」という方法の発明であって、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ことを発明特定事項とするものである。

上記アに示した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載はいずれも、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することを、具体的に示すものではない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の他の記載を検討しても、「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することを、具体的に示す記載はなく、「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することの根拠となる記載も見出せない。

さらに、甲1?甲28及び乙1?乙19の記載を検討しても、当業者が本件特許出願の原出願時の技術常識に照らし「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有することの根拠となる本件特許出願の現出願時の技術常識を見出すことも出来ない。

したがって、「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む容器の充填方法」という方法の発明であって、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ことを発明特定事項とする本件特許発明18は、実質的に発明の詳細な説明に記載したものではない。

ウ 被請求人の主張についての検討
(ア)無効理由1についての被請求人の主張の要点
無効理由1についての被請求人の主張の要点は、以下のとおりである。
本件特許の主たる目的(すなわち、当該特許発明が解決すべき課題)は、製造された後、投与されるまでの間に非常に高い貯蔵安定性を有するパロノセトロン含有液体医薬組成物を提供することにあり、特許発明が解決すべき課題とは、当然のことながら、従来技術によっては解決できなかった課題である。したがって、本件特許発明が解決すべき課題としての「高い貯蔵安定性を有するパロノセトロン含有液体医薬組成物を提供すること」とは、「従来技術では達成できなかった高い貯蔵安定性を有するパロノセトロン含有液体医薬組成物を提供すること」を意味する。このことは、明細書の記載から明らかである。本件特許発明が解決すべき課題としての貯蔵安定性は、数量的に特定されるべきものではなく、定性的なものである。
本件明細書には、全体にわたって、一貫して、本件特許発明の主たる課題が、製造された後、投与されるまでの間に非常に高い貯蔵安定性を有するパロノセトロン含有液体医薬組成物を提供することにあることが明らかにされている。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書2頁22行?5頁21行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書3頁19行?5頁8行)
本件特許明細書の実施例6及び実施例7においては、濃度5μg/mL、25μg/mL及び30μg/mLでのパロノセトロンの貯蔵安定性、すなわち、物理的安定性および化学的安定性が評価されており、4℃にて14日間、及び23℃にて48時間(合計16日間)行われた試験の結果、
・パロノセトロン塩酸塩は、全試験期間中、いずれの温度においても、ほとんど又は全く損失しなかったこと、及び
・全ての試料は試験中物理的に安定であったこと、すなわち水溶液の透明性が維持され、粒子負荷及びヘイズレベルに変化が認められなかったこと、
が確認されている。
16日間の貯蔵安定性が実験的に確認されており、且つ、乙5から明らかなとおり、パロノセトロンは、長期データ等が経時的な変化及び変動をほとんど示さないのであるから、出願時の当業者の技術常識を勘案すれば、1ヶ月を超える貯蔵安定性が許容される。なお、甲4における、長期データ等が経時的な変化及び変動をほとんど示さないとは「事実」の問題であるから、乙5の実験が後付け実験であっても、「長期データがカバーする期間の2倍までのリテスト期間又は有効期間を、12カ月を超えない範囲で提示することができる」との規定は適用できる。
本件特許出願前にはパロノセトロンの水溶液中での貯蔵安定性を示す期間が知られていなかったのであるから、少なくとも、実施例6又は実施例7の結果により、サポート要件が充足されていることが明らかであり、出願時の当業者の技術常識に照らせば、なおさら、サポート要件が充足されていることが明らかである。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書5頁22行?18頁1行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書5頁9行?7頁12行)
仮に、本件明細書において実験的に確認される貯蔵期間が「14日間」だとしても、特許請求の範囲に記載の「少なくとも24ケ月」なる限定は、「独占的、排他的な権利」の範囲を減縮するものであり当該範囲を拡張するものではないから、「一般公衆からその自由利用の権利を奪う」ことはあり得ない。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書18頁2行?25頁17行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書7頁13行?13頁28行)
したがって、特許請求の範囲に記載されていても、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」は、課題を解決するための手段ではなく、サポート要件の充足性の判断の対象とならない。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書25頁18?22行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書13頁29行?14頁5行)
仮に「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」が解決課題であると解しても、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる記載はサポート要件を充足している。
実施例4は、米国FDA(米国食品医薬品局)に提出した書面(関連部分を乙8として提出)における安定性試験の内容を抜粋・再掲したものであり、明細書の段落【0017】及び【0037】において数値により表現された貯蔵安定性の程度は、発明者/出願人の予測や期待を表現したものではなく、実験により得られたものであることは明らかである。
(平成30年7月23日付け審判事件答弁書25頁24行?30頁19行)
本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0017】や段落【0037】の記載を勘案すれば、実施例5の製剤IIの組成物が「室温で24ケ月を超える期間」の安定性を有すると当業者が認識することは明らかである。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書25頁24行?30頁29行)
実施例1は、パロノセトロン塩酸塩を含む製剤の安定性に対するpHの効果を知るための実験であり、外国での医薬の承認などのために資料を得るための予備試験として、本件特許の優先日である1993年2月に報告された実験の80℃での結果(乙9)の抜粋・再掲であるから、実施例1は、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」に関するサポート要件の充足を示している。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書31頁1行?39頁25行)

(イ)被請求人の主張についての判断
本件特許発明1?9、11?16は、前記アに示したとおり、いずれも「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする物の発明であり、本件特許発明18は、前記イに示したとおり、「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む容器の充填方法」という方法の発明であって、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ことを発明特定事項とするものである。

したがって、本件特許発明にいう貯蔵安定性は数量的に特定されるものではなく定性的なものであるとする被請求人の主張は、特許請求の範囲に記載された「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」という発明特定事項を無視するものであって、受け入れられない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例6及び実施例7はいずれも、パロノセトロン塩酸塩を含む溶液を、まず4℃で暗闇にて14日間保存後、23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間曝露したものであって、その期間は14日間に48時間を足した合計16日間であり、これらの記載により、当業者がパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を含む溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有するものであると認識できるとは認められず、本件特許発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に実質的に記載したものでないことは、前記ア及びイに示したとおりである。

また、特許請求の範囲に記載の「少なくとも24ケ月」なる限定は「独占的、排他的な権利の範囲を減縮するものであり「一般公衆からその自由利用の権利を奪う」ことはあり得ないとする被請求人の主張は、本件特許明細書がサポート要件を満たすものであることを主張するものとは認められない。

また、明細書のサポート要件の存在は、被請求人が証明責任を負うと解するのが相当であるところ、本件特許発明を発明の詳細な説明に実質的には記載せず、本件特許出願の原出願時の当業者の技術常識を参酌しても、特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないのに、特許出願後に実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を記載外で補足することによって、その内容を特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張ないし一般化し、明細書のサポート要件に適合させることは、発明の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反し許されないというべきである。
したがって、本件特許明細書に記載された実施例4が米国FDAに提出した書面における安定性試験の内容を抜粋・再掲したものであり、同実施例1は外国での医薬の承認などのために資料を得るための予備試験の結果の抜粋・再掲であることの証拠として、被請求人の提出する乙8、乙9は、本件特許明細書がサポート要件を満たすことの根拠とはなり得ない。

以上のとおり、無効理由1についての被請求人の主張は受け入れられない。

エ 小括
以上ア?ウにより、本件特許発明1?9、11?16及び18についての特許は無効理由1によって、無効とすべきものである。

2.無効理由2について
(1)請求人の主張の要点
請求人が主張する無効理由2の要点は、以下のとおりである。

ア 本件特許発明1?9、11?15に係る溶液は、いずれも、「薬学的に許容される担体」を有するが、本件特許の請求項及び明細書には、担体について定義がされていない。本件特許明細書の記載からは、本件特許発明の溶液において含有される成分として、当該担体の意味内容や範囲を明確に理解できない。(審判請求書68頁5行?71頁4行)

イ 担体に関する発明特定事項は、本件特許発明3?7、9、11?13、15では「担体」と記載されている。
本件特許明細書の記載によっては、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」に含まれる成分として、「担体」がいかなる構成要素を意味するのか明確に理解できない。そのため、「担体」と表記するだけでは、本件特許発明3?7、9、11?13、15の内容や範囲を明確に理解できない。(審判請求書71頁12?17行)

ウ 担体に関する発明特定事項は、本件特許発明1?2では「担体はマンニトールを含む」と記載されている。
本件特許明細書の記載からは、「担体はマンニトールを含む」との実施態様により、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」の効果が得られることを具体的に認識できない。よって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」に含まれる成分として、「担体はマンニトールを含む」がいかなる構成要素を意味するのか明確に理解できない。そのため、「担体はマンニトールを含む」と表記するだけでは、本件特許発明1?2の内容や範囲を明確に理解できない。(審判請求書71頁18?26行)

エ 担体に関する発明特定事項は、本件特許発明8、14では「担体がキレート剤を含む」と記載されている。
本件特許明細書の記載からは、「担体がキレート剤を含む」との実施態様により、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性」の効果が得られることを具体的に認識できない。よって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」に含まれる成分として、「担体がキレート剤を含む」がいかなる構成要素を意味するのか明確に理解できない。そのため、「担体はマンニトールを含む」と表記するだけでは、本件特許発明1?2の内容や範囲を明確に理解できない。(審判請求書72頁1?9行)

オ よって、本件特許は、その特許請求の範囲に記載された発明が明確でない。(審判請求書72頁10?19行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書38頁3行?47頁2行)

(2)判断
本件特許発明1?9、11?15は、いずれも「薬学的に許容される担体」を含むことを、その発明特定事項としている。
本件特許明細書には、「担体」についての定義は見当たらない。
しかし、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
「「薬学的に許容される」とは、一般的に安全で非-毒性であり及び生物学的にもその他の点でも望まし医薬組成物の調製に有用であることを意味し、動物用途及びヒト医薬用途に許容されることを含む。」(段落【0027】)との記載があり、また、
「一つの実施態様では、本発明は、a)約0.01 mg/mL?約5 mg/mLのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。」(段落【0018】)、及び「別の実施態様においては、本発明は、約4.0?約6.0のpHの、a)パロノセトロン又は薬学的に許容される塩;及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。」(段落【0019】)との記載、並びに
「更に別の実施態様では、本発明は、a)パロノセトロン又は薬学的に許容される塩及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。ここで、当該薬学的に許容される担体はキレート剤及びマンニトールを含む。」(段落【0020】)、「一つの実施態様においては、本発明は、約0.01mg/mL?約5mg/mLのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。同様に、別の実施態様では、本発明は、約0.01mg/mL?約5mg/mLのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を、薬学的に許容される担体と混合することを含む薬学的に安定なパロノセトロン溶液の製剤化方法を提供する。」(段落【0030】)、「別の実施態様では、本発明は、約4.0?約6.0のpHの、a)パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減じるための薬学的に安定な溶液を提供する。同様に、別の実施態様では、本発明は、約4.0?約6.0のpHの、パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩;及び薬学的に許容される担体を混合することを含むパロノセトロンの薬学的に安定な溶液の製剤化方法を提供する。」(段落【0032】)、及び「更に別の実施態様においては、本発明は、a)パロノセトロン又は薬学的に許容される塩及びb)薬学的に許容される担体を含む嘔吐を抑制又は減ずるための薬学的に安定な溶液を提供する。ここで、当該薬学的に許容される担体はキレート剤及びマンニトールを含む。同様に、別の実施態様では、本発明は、a)パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩及びb)薬学的に許容される担体を混合することを含む薬学的に安定なパロノセトロン溶液の製剤化方法を提供する。ここで、当該薬学的に許容される担体はキレート剤及びマンニトールを含む。」(段落【0034】)
との記載があることから、「薬学的に許容される担体」が、一般に安全で非毒性であり及び生物学的にも望ましい医薬組成物の調製に有用であるものであり、かつ、本件特許発明1?9、11?15の溶液にパロノセトロン又は薬学的に許容される塩とともに含まれるものであること、及び、パロノセトロン又は薬学的に許容される塩とともに混合されることで本件特許発明1?9、11?15の溶液が得られるものであることも明らかである。
さらに、本件特許発明1?9、11?15の溶液に関して、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、
「本発明は、注射可能で経口医薬の調製に特に有用なパロノセトロンの保管期間安定な溶液に関する。」(段落【0001】)、及び「注射可能製剤は、その中の水が主な賦形剤である水溶液として典型的には製剤化される。経口製剤は、香料、着色剤又は粘性剤の添加により、一般的には注射可能製剤とは異なる。天然又は合成甘味剤は、特にマンニトール、ソルビトール、ショ糖、サッカリン、アスパルテーム、アセルサルファーメ(acelsulphame)K又はシクラメートを含む。」(段落【0035】)
との記載があって、本件特許発明1?9、本件特許発明11?15の溶液は、水が主な賦形剤である水溶液として製剤化されることが示されていることから、
「薬学的に許容される担体」とは「一般に安全で非毒性であり及び生物学的にもその他の点でも望ましい水溶液」であることは明確であり、その示すものの範囲も明確である。

以上のとおり、本件特許発明1?9、11?15についての特許に対する無効理由2は、理由がない。

3.無効理由3について
(1)請求人の主張の要点
請求人が主張する無効理由3の要点は、以下のとおりである。

ア 本件特許発明1?9、11?16の「溶液」に係る発明は、いずれも「嘔吐を抑制又は減少させるための、少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」という点に医薬用途発明としての有用性があるといえる。また、本件特許発明18の「容器の充填方法」に係る発明は、「溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」という点に医薬用途発明としての有用性があるといえる。(審判請求書74頁18行?75頁3行)

イ 安定性に関する発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?9、11?16の「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」、及び本件特許発明18の「溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」を実施できるとする根拠になり得ない。
医薬品の安定性については、所定期間の貯蔵安定性には、その期間を超える期間での試験が必要とされていたのが、本件特許の出願当時の技術常識であり、また、本件特許の優先日当時、パロノセトロンを含む溶液製剤の貯蔵安定性は24ケ月を下回ることが技術常識であったといえる。
かかる技術常識に照らし、本件特許発明1?9、11?16、18に係る所定濃度の「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩」、「薬学的に許容される担体」等の構成要件によって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」との効果が得られることは、当業者が認識することも把握することもできない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、
「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」を備える本件特許発明1?9、11?16、18について、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえないから、本件特許発明1?9、11?16、18は、実施可能要件を満たしていない。(審判請求書75頁4行?77頁27行)

ウ 「担体を含む」とされた本件特許発明3?7、9、11?13、15、「担体はマンニトールを含む」とされた本件特許発明1?2、「担体がキレート剤を含む」と記載された本件特許発明8、14について、いずれも、どのような「担体」を用いれば、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を得ることができるのか、発明の詳細な説明の記載において、当業者は理解することも把握することもできない。(審判請求書78頁1行?80頁3行)

エ よって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?9、11?15について、「物の発明について明確に説明されている」ものでもなく、「その物を作れる」ように記載されておらず、また「そのものを使用できる」ようにも記載されていないから、本件特許発明1?9、11?15について当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。(審判請求書80頁4?16行、平成30年11月22日付け口頭審理陳述要領書48頁3行?73頁5行)

(2)判断
ア 本件特許発明1?9、11?16について
特許法第36条第4項第1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
本件特許発明1?9、11?16はいずれも「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを発明特定事項とする物の発明であるから、実施可能要件を満たすためには、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することができる程度のものでなければならない。

本件特許明細書の発明の詳細な説明には、本件特許発明におけるパロノセトロン製剤の貯蔵安定性について、
「【0017】
発明の要約
発明者は、パロノセトロンを用いる嘔吐の治療及び抑制のための驚くべき効果的かつ多用途の製剤を支持する一連の発見をした。これらの製剤は、室温で24ケ月を越える期間、保存安定的であり、従って冷蔵することなく保存することができ、及び非-無菌な最終殺菌処理を用いて製造され得る。」(特許公報5頁9?14行)、及び
「【0037】
更に実施態様は、パロノセトロン製剤が簡便に保存又は製造される改良法に関する。特に、本発明者らは、本発明の製剤が室温で長期間製品を保存できる、ことを発見した。従って、更に別の実施態様では、本発明は、以下を含むパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む1個又はそれ以上の容器を保存する方法を提供する:a)当該1個又はそれ以上の容器を含む部屋を提供すること;b)約10、15又は20℃より高い部屋の温度を維持すること;及びc)当該部屋で1ケ月、3ケ月、6ケ月、1年、18ケ月、24ケ月又はそれ以上(しかし、好ましくは36ケ月を越えない)、当該容器を保存すること、ここで、(i)パロノセトロン又はその薬学的塩は約0.01mg/mL?約5.0mg/mLの濃度で存在する、(ii)本溶液のpHは約4.0?約6.0であり、(iii)本溶液は約0.01?約5.0mg/mlのパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩、約10?約100ミリモルのクエン酸緩衝液及び約0.005?約1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)本溶液はキレート剤を含み、又は(v)本溶液は約10?約100 ミリモルのクエン酸緩衝液を含む。」(特許公報8頁25?37行)
との記載がある。
しかし、いずれの記載も本件特許発明におけるパロノセトロン又はその薬学的に許容される塩を含む溶液が「少なくとも24ケ月の保存安定性を有するものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載によって、当業者が本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することはできない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例1?5について
「【0039】
実施例1: pHの安定
パロノセトロン塩酸塩を含む製剤に与えるpHの効果を決定する、すなわち80℃、pH 2.0、5.0、7.4及び10.0での安定性を測定するために試験を行った。結果は、パロノセトロン塩酸塩がpH 5.0で最も安定であることを示した。
【0040】
実施例2: 濃度範囲の安定
実験的設計ソフトウェアを用いて製剤最適化研究を行った。パロノセトロン塩酸塩(0.05 mg/mL?5.0mg/mL)、クエン酸緩衝液(0?80mM)及びEDTA(0?0.10%)の好適な濃度範囲を調査するために24ロットの医薬品を分析した。EDTA及びクエン酸緩衝液のレベルは、最適製剤に基いて選択し、EDTA 0.05%及びpH 5.0の20 mM クエン酸緩衝液で製剤化されることが判った。この研究の結果は、パロノセトロン濃度が化学的安定性及び最も低いパロノセトロン濃度で見られる最大の安定性における重要な要素でもあることを示した。
【0041】
実施例3: 等張剤
クエン酸緩衝液中のパロノセトロン塩酸塩製剤は、a)塩化ナトリウム又はb)マンニトールを含めて調製した。マンニトールを含むパロノセトロン塩酸塩製剤は、より優れた安定性を示した。等張溶液に求められるマンニトールの最適レベルは4.15%であることが判った。
【0042】
実施例4: 製剤 I
以下は、薬物の静脈製剤又はその他の液剤に有用なパロノセトロンを含む代表的な医薬製剤である。
【0043】
【表2】

【0044】
実施例5: 製剤 II
以下は、薬物の静脈製剤又はその他の液剤に有用なパロノセトロンを含む代表的な医薬製剤である。
【0045】
【表3】

」(特許公報9頁1行?10頁16行)
との記載がある。
しかし、いずれの記載も本件特許発明1?9、11?16に係る溶液が「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載によって、当業者が本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することはできない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、実施例6について
「【0046】
実施例6: デキサメタソン非存在下でのパロノセトロンの安定性
パロノセトロン塩酸塩の物理的及び化学的安定性を、5μg/mL及び30μg/mL濃度の5%デキストロース注射剤、0.9%塩化ナトリウム注射剤、5%デキストロースの0.45%塩化ナトリウム注射剤、及び5%デキストロースの乳化リンガー注射剤で試験した。混合物を暗闇で4℃で14日間及び蛍光灯下で23℃で48時間評価した。
【0047】
パロノセトロン塩酸塩の試験試料を5及び30μg/mLの濃度で塩化ポリビニル(PVC)製輸液バッグ中で調製した。物理的及び化学的安定性の評価は、最初、及び4℃で1、3、5、7及び14日間保存後、及び23℃で1、4、24及び48時間後に採取した試料で行った。標準的な室内照明での視覚観察により及び高-強度単方向光ビームを用いて、物理的安定性を評価した。更に、濁度及び粒子含量は電子的に測定した。薬物の化学的安定性を高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析技術が示す安定性を用いて評価した。
【0048】
全ての試料は試験中物理的に安定であった。本溶液は透明性を維持し、粒子負荷及びヘイズレベルにほとんど又は全く変化が認められなかった。更に、パロノセトロン塩酸塩は、全試験期間中、いずれかの温度で任意の試料においてほとんど又は全く損失しなかった。」
との記載があり、実施例7について
「【0049】
実施例7 デキサメタソン存在下でのパロノセトロンの安定性
塩化ポリビニル(PVC)製ミニバッグ中でデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)10 mgもしくは20 mgの5%デキストロース注射剤又は0.9%塩化ナトリウム注射剤と混合したパロノセトロン塩酸塩0.25 mgの物理的及び化学的安定性、並びに塩化ポリビニル(PVC)製シリンジ中でデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)3.3 mgの5%デキストロース注射剤又は0.9%塩化ナトリウム注射剤と、4℃で暗闇にて14日間及び23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間暴露して混合したパロノセトロン塩酸塩0.25 mgの物理的及び化学的安定性を試験した。
【0050】
パロノセトロン塩酸塩 5μg/mLとデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)0.2mg/mL及び0.4mg/mLとの混合試験試料は、各輸液の塩化ポリビニル(PVC)製ミニバッグ中で調製した。更に、パロノセトロン塩酸塩 25μg/mLとデキサメタソン(リン酸ナトリウムとして)0.33mg/mLとを含む各輸液は、20mLのポリプロピレン製シリンジ中で10mLの試験溶液として調製した。物理的及び化学的安定性の評価は、最初、及び4℃で1、3、7及び14日間保存後、及び23℃で1、4、24及び48時間後に採取した試料で行った。標準的な室内照明
での視覚観察により及び高-強度単方向光ビームを用いて、物理的安定性を評価した。更に、濁度及び粒子含量は電子的に測定した。薬物の化学的安定性を高速液体クロマトグラフ(HPLC)分析技術が示す安定性を用いて評価した。
【0051】
全ての試料は試験中物理的に適合した。本溶液は、透明性を維持し、粒子負荷及びヘイズレベルにほとんど又は全く変化が認められなかった。更に、パロノセトロン塩酸塩は、全試験期間中、いずれかの温度で任意の試料においてほとんど又は全く損失しなかった。」(特許公報10頁17行?11頁7行)
との記載がある。

実施例6についての記載及び実施例7についての記載から、実施例6及び実施例7はいずれも、パロノセトロン塩酸塩を含む溶液を、まず4℃で暗闇にて14日間保存後、23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間曝露して、その間のパロノセトロン塩酸塩の物理的及び化学的安定性を評価したものと認められる。
ここで、本件特許出願の原出願日である平成16年1月30日以前に頒布されたことの明らかな甲3に「なお、有効期間の設定は、原則として長期保存試験の成績に基づいて行うこととし、例えば1年間の有効期間を設定するためには、原則として1年を超える期間の成績が必要である。」(別紙1 安定性試験成績の取扱いにおける一般的留意事項1頁10?11行)と記載され、同甲4に「ある項目の長期データ及び加速データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合には、原薬又は製剤が提示したリテスト期間又は有効期間にわたって、その項目の判定基準内に十分留まることは明白であると考えられる。このような状況では、通常、統計解析を行う必要はないと考えれるが、統計解析を省略することの妥当性を示さなければならない。…(中略)…。長期データがカバーする期間を超えたリテスト期間又は有効期間の外挿をすることができる。長期データがカバーする期間の2倍までのリテスト期間又は有効期間を提示できるが、長期データがカバーする期間を12ヵ月以上超えてはならない。」(安定性データの評価に関するガイドライン 2.4.1.1 長期データ及び加速データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合)と記載されていることから、医薬品組成物を安定に保存できる期間を確認するためには、原則としてその期間を超える期間の成績が必要であり、長期データが経時的な変化及び変動をほとんど示さない場合には外挿をすることができるが、その提示期間は当該長期データがカバーする期間の2倍までであり、しかも長期データがカバーする期間を12ヵ月以上超えてはならないことが、本件特許出願の原出願時における技術常識であったと認められる。
上記のとおり、実施例6及び実施例7はいずれも、パロノセトロン塩酸塩を含む溶液を、まず4℃で暗闇にて14日間保存後、23℃で標準的な研究室の蛍光灯に48時間曝露したものであって、その期間は14日間に48時間を足した合計16日間であるから、これらの記載も、本件特許発明1?9、11?16に係る溶液が「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載によって、当業者が本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することはできない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、パロノセトロン製剤の安定性の向上について、
「【0019】
本発明者は、製剤のpH及び/又は賦形剤濃度を調整することによって、パロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報5頁22?24行)、
「【0020】
本発明者は、マンニトール及びキレート剤の添加がパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報5頁30?32行)、
「【0032】
本発明者は、製剤のpH及び/又は賦形剤濃度を調整することによって、パロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報7頁20?22行)、及び
「【0034】
本発明者は、マンニトール及びキレート剤の添加がパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができる、ことを更に発見した。」(特許公報7頁48?50行)
との記載がある。
しかし、これらの記載は、pH及び/又は賦形剤濃度の調整、マンニトール及びキレート剤の添加によりパロノセトロン製剤の安定性を向上させることができることを発見したと述べてはいるものの、パロノセトロン製剤を安定に保存できる期間については述べていない。したがって、本件特許発明1?9、11?16におけるpH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、いずれの記載も、本件特許発明1?9、11?16に係る溶液が「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載ではなく、これらの記載によって、当業者が本件特許発明?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することはできない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の他の記載を検討しても、本件特許発明1?9、11?16におけるpH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、本件特許発明1?9、11?16に係る溶液が「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものであることを当業者が理解できるような裏付けなどと共に具体的に示す記載はなく、当業者が本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することができるという根拠となる記載は見出せない。

さらに、甲1?甲28及び乙1?乙19の記載を検討しても、本件特許発明1?9、11?16におけるpH、マンニトール、キレート剤についての特定の有無に関わらず、当業者が本件特許出願の原出願時の技術常識に照らし本件特許発明1?9、11?16に係る「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」を生産し、使用することができるという根拠となる本件特許出願の原出願時の技術常識を見出すこともできない。

したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明1?9、11?16を実施する程度に明確かつ十分に記載されていない。

イ 本件特許発明18について
本件特許発明18は「パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液をその中に含む容器の充填方法」という方法の発明であって、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ことを発明特定事項とするから、実施可能要件を満たすためには、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液が少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液を、生産できる程度に記載されていなければならない。

しかし、上記アに示した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載はいずれも、
「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」であって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものを、当業者が生産する方法を示すものではない。

また、本件特許明細書の発明の詳細な説明の他の記載を検討しても、「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」を「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」にすることができることを示す記載はなく、「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」であって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものを、当業者が生産することができるという根拠となる記載も見出せない。

さらに、甲1?甲28及び乙1?乙19の記載を検討しても、当業者が本件特許出願の原出願時の技術常識に照らし「(i)前記パロノセトロン又はその薬学的塩が0.01mg/ml?0.2mg/mlの濃度で注射製剤中に存在し、(ii)当該溶液のpHが4.0?6.0であり、(iii)当該溶液が0.005?1.0mg/mlのEDTAを含み、(iv)当該溶液がマンニトールを含み、そして(v)当該溶液が10?100ミリモルのクエン酸緩衝液を含む、前記パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩の溶液」であって「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ものを生産することができるという根拠となる本件特許出願の原出願時の技術常識を見出すこともできない。

したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本件特許発明18の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていない。

ウ 被請求人の主張について
(ア)無効理由3についての被請求人の主張の要点
無効理由3についての被請求人の主張の要点は、以下のとおりである。
「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」は、組成物自体の構成要素ではなく、効果ないしは結果である。その他の用語の意味は当業者が容易に且つ明確に理解することができるので、「物の発明」について明確に記載されていることは、すべての請求項に関して充足している。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書65頁5行?70頁16行)
すべての請求項について成分の材料は周知であり、入手可能であり、液体医薬の製造の技術分野において、成分材料を、液体に「含む」ようにすることは周知又は慣用技術に過ぎない。「その物を作れる」を「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する液体を作れる」と解する場合、そのような液体は、当該液体中のパロノセトロンの濃度を「0.01?0.2mg/ml」にすれば得られるので、「その物を作れる」ように記載されていることは、すべての請求項に関して充足している。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書70頁17行?71頁5行)
本件特許発明の対象は医薬組成物としての「溶液」であるから、「どのように作り」は周知・慣用技術に過ぎず、また「どのように使用するか」は実施例などにより具体的に記載される必要はない。
また、「用途発明」とは「物の未知の属性を発見し、その属性に基づき新たな用途を発見して創作される発明」であるとされる。この意味において、本件特許発明の、医薬用途発明としての「溶液」の発明は用途発明ではないから、用途を裏付ける実施例は必要ない。
ちなみに、本件特許発明の医薬組成物としての「溶液」の用途は、「嘔吐を抑制又は減少させる」こと、あるいは「癌化学療法誘起吐き気及び嘔吐(CINV)嘔吐を抑制又は減少させる」ことであり、パロノセトロン又はその薬学的に許容される塩が上記の用途に有用であることは本件の出願前から知られていたことであるから、本件特許発明は、「物の未知の属性を発見し、その属性に基づき新たな用途を発見して創作される発明」(すなわち、医薬の用途発明)ではない。
本件特許発明の医薬組成物としての「溶液」の構成部分各々の働き(役割または作用)は発明の詳細な説明の記載から明らかであり、「その物を使用できる」ように記載されていることは、充足されている。
上記の説明から明らかなとおり、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる記載の有無に拘わらず、あるいは当該記載の属性を「溶液」が有するか否かに拘わらず、実施可能要件は充足されている。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書71頁7行?73頁7行)
しかしながら、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる記載は実施可能要件の充足を否定するものでないことを、念のために述べる。
本件特許発明の「液体」が、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる性質を有することを、当業者が、発明の詳細な説明の記載から認識することはサポート要件に関して述べたとおり明らかであり、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」液体は、当該液体中のパロノセトロンの濃度を「0.01?0.2mg/ml」にすることにより容易に得られる。
本件出願前において、「貯蔵安定性」の測定方法は、その実験、分析、試料の調整を含めて技術常識であり、当業者は、何らの「当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤、複雑高度な実験等」を必要としないで、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」ことを確認することができる。
より具体的には、例えば、本件明細書に記載の実施例6及び実施例7の実験の継続期間を「少なくとも24ケ月」となるように継続すれば、何らの「試行錯誤や複雑高度な実験等」を必要としないで、「少なくとも24ケ月」を確認することができる。
さらに、当業者は、乙5で使用した実験方法を何らの「試行錯誤、複雑高度な実験等」を伴わないで計画して、行うことができ、それを行えば、乙5で得られた「36箇月」にわたる貯蔵安定性が必然的に確認できる。
以上のとおり、「少なくとも24ケ月」の実施可能要件が充足されている。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書73頁8行?78頁6行)
請求項18に係る方法に関する部分の各段階は極めてありふれたものであり、実施例や具体的な説明がなくても、当業者が容易に実施することができる。
したがって、請求項18に係る発明も、他の請求項の発明と同様、実施可能要件を充足する。(平成30年7月23日付け審判事件答弁書78頁7行?79頁13行)

(イ)判断
特許法第36条第5項には「第二項の特許請求の範囲には、請求項に区分して、各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならない。」と規定されているところ、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、請求項3、請求項9、請求項15、請求項16、請求項18には「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」との事項が記載されており、請求項2は請求項1を引用して記載されており、請求項4?8は請求項3を引用して記載されており、請求項11?14は請求項9を引用して記載されていることから、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」は本件特許発明1?9、11?16、18の発明を特定するために特許出願人が必要と認める事項、すなわち発明特定事項である。
したがって、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」なる記載の有無に拘わらず、あるいは当該記載の属性を「溶液」が有するか否かに拘わらず、実施可能要件は充足されているとする被請求人の主張は、「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」との発明特定事項を無視するものであって、受け入れられない。

また、たとえ、被請求人の主張するように、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?9、11?16、18に係る溶液に関する発明特定事項のうち「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する」以外の発明特定事項を満たす溶液を当業者が生産、使用することができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、別途、その溶液の貯蔵安定性を測定すれば「少なくとも24ケ月の貯蔵安定性を有する溶液」であることを当業者は確認することができるとしても、そのような記載は、本件特許発明1?9、11?16、18に係る溶液に関する発明特定事項すべてを満たす溶液を当業者が生産することができる程度に明確かつ十分に記載したものとは、同視できないものである。

以上のとおり、無効理由3についての被請求人の主張は受け入れられない。

エ 小括
以上ア?ウにより、本件特許発明1?9、11?16及び18についての特許は無効理由3によって、無効とすべきものである。

第5 むすび
以上のとおり、本件特許発明1?9、11?16及び18についての特許は無効理由1、無効理由3により、無効にすべきものである。

審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、参加によって生じた費用を含めて被請求人の負担とする。

よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2019-05-28 
結審通知日 2019-05-31 
審決日 2019-06-11 
出願番号 特願2011-165212(P2011-165212)
審決分類 P 1 113・ 536- Z (A61K)
P 1 113・ 537- Z (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 横山 敏志清水 紀子  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 前田 佳与子
村上 騎見高
登録日 2014-05-30 
登録番号 特許第5551658号(P5551658)
発明の名称 パロノセトロン液状医薬製剤  
代理人 青木 篤  
代理人 室伏 良信  
代理人 北村 明弘  
代理人 中村 和美  
代理人 福本 積  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 渡辺 陽一  
代理人 藍原 誠  
代理人 今村 正純  
代理人 新山 雄一  
代理人 今村 正純  
代理人 福本 積  
代理人 青木 篤  
代理人 室伏 良信  
代理人 中村 和美  
代理人 藍原 誠  

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