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審決分類 |
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B 審判 査定不服 1項3号刊行物記載 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) H05B |
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管理番号 | 1372260 |
審判番号 | 不服2019-15226 |
総通号数 | 257 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2021-05-28 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-11-13 |
確定日 | 2021-03-18 |
事件の表示 | 特願2018-146971「近赤外線と遠赤外線を併用する有機電子素子の製造方法及び有機電子素子の製造装置」拒絶査定不服審判事件〔令和2年2月6日出願公開,特開2020-21707〕について,次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は,成り立たない。 |
理由 |
第1 事案の概要 1 手続等の経緯 特願2018-146971号(以下「本件出願」という。)は,平成30年8月3日を出願日とする特許出願であって,その手続等の経緯の概要は,以下のとおりである。 平成31年 4月12日付け:拒絶理由通知書 令和 元年 6月18日付け:意見書 令和 元年 8月 5日付け:拒絶査定 令和 元年11月13日付け:審判請求書 令和 2年 8月28日付け:拒絶理由通知書 令和 2年10月30日付け:意見書 令和 2年10月30日付け:手続補正書 2 本願発明 本件出願の請求項1?請求項10に係る発明は,令和2年10月30日にした手続補正後の特許請求の範囲の請求項1?請求項10に記載された事項によって特定されるとおりのものであるところ,その請求項1及び請求項9に係る発明は,以下のとおりのものである。 「【請求項1】 有機電子素子の製造方法であって, 所定の機能を有する機能層用の塗布液をプラスチック基板の一方の主面側に塗布して塗布膜を形成する塗布膜形成工程と, 赤外線加熱炉内で前記塗布膜に赤外線を照射して前記塗布膜を加熱硬化させることによって,前記機能層を形成する加熱工程と,を含み, 前記加熱工程では,前記塗布膜が形成された前記プラスチック基板の前記一方の主面側から複数の近赤外線ランプにより近赤外線を照射すると共に,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から複数の遠赤外線ヒータにより遠赤外線を照射する,有機電子素子の製造方法。」 「【請求項9】 プラスチック基板と,前記プラスチック基板上に設けられた機能層と,を有する有機電子素子の製造装置であって, 前記プラスチック基板の一方の主面側に,所定の機能を有する機能層用の塗布液を塗布して塗布膜を形成する塗布装置と, 前記塗布装置によって形成された前記塗布膜に赤外線を照射して,前記塗布膜を加熱硬化させる赤外線加熱炉と,を備え, 前記赤外線加熱炉は,前記塗布膜が形成されている前記プラスチック基板の前記一方の主面側から近赤外線を照射する複数の近赤外線ランプと,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から遠赤外線を照射する複数の遠赤外線ヒータと,を有し, 前記複数の近赤外線ランプ及び前記複数の遠赤外線ヒータは,それぞれ前記赤外線加熱炉内で前記プラスチック基板の長手方向に所定の間隔で配置されている,有機電子素子の製造装置。」 3 当合議体が通知した拒絶の理由 令和2年8月28日付け拒絶理由通知書において当合議体が通知した拒絶の理由は,以下のとおりである。 理由1:(新規性)本件出願の請求項1及び請求項9に係る発明は,本件出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。 引用文献1:特開2016-31816号公報 理由2:(進歩性)本件出願の請求項1及び請求項9に係る発明は,本件出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基づいて,本件出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 引用文献1:特開2016-31816号公報(上記の引用文献1) 理由3:(明確性要件)本件出願の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるということができないから,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。 第2 進歩性についての当合議体の判断 1 引用文献1の記載及び引用発明 (1) 引用文献1の記載 当合議体が通知した拒絶の理由において引用された引用文献1(特開2016-31816号公報)は,本件出願の出願前に日本国内又は外国において電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明が記載されたものであるところ,そこには,以下の記載がある。なお,下線は当合議体が付したものであり,引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。 ア 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 少なくとも第1物質及び第2物質を含む対象物に赤外線を放射して,該対象物中の少なくとも前記第1,第2物質を赤外線処理する赤外線処理方法であって, (a)赤外線吸収スペクトルにおける,前記第1物質の赤外線の吸収ピークである第1吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第1吸収領域と,前記第2物質の赤外線の吸収ピークであり前記第1吸収ピークとは波長の異なる吸収ピークである第2吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第2吸収領域とのうち,前記第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程と, (b)前記工程(a)のあと,前記第1吸収領域と前記第2吸収領域とのうち,前記第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程と, を含む赤外線処理方法。」 イ 「【技術分野】 【0001】 本発明は,赤外線処理方法に関する。 【背景技術】 【0002】 従来より,塗膜などの対象物に赤外線を放射して乾燥などの処理を行うことが知られている。 …省略… 【発明が解決しようとする課題】 【0004】 しかしながら,上述した特許文献1に記載の赤外線ヒーターを用いた乾燥処理では,水素結合の切断以外の処理を併せて行う場合については考慮されていなかった。 …省略… 【0005】 本発明はこのような課題を解決するためになされたものであり,対象物に含まれる2つの物質に優先順位を持たせて赤外線のエネルギーを投入することを主目的とする。 …省略… 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明は,上述した主目的を達成するために以下の手段を採った。 【0007】 本発明の赤外線処理方法は, 少なくとも第1物質及び第2物質を含む対象物に赤外線を放射して,該対象物中の少なくとも前記第1,第2物質を赤外線処理する赤外線処理方法であって, (a)赤外線吸収スペクトルにおける,前記第1物質の赤外線の吸収ピークである第1吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第1吸収領域と,前記第2物質の赤外線の吸収ピークであり前記第1吸収ピークとは波長の異なる吸収ピークである第2吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第2吸収領域とのうち,前記第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程と, (b)前記工程(a)のあと,前記第1吸収領域と前記第2吸収領域とのうち,前記第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程と, を含むものである。 【0008】 …省略…ここで,「赤外線処理」には,蒸発,乾燥,脱水などの物理変化をさせる処理や,イミド化などの化学反応をさせる処理,昇温などの温度変化をさせる処理などを含む。 …省略… 【図面の簡単な説明】 【0012】 【図1】赤外線処理装置10の縦断面図。 …省略… 【図4】変形例の赤外線処理装置110の断面図。 【図5】変形例の赤外線処理装置210の断面図。」 ウ 「【発明を実施するための形態】 【0013】 次に,本発明の実施形態について,図面を用いて説明する。図1は,本発明の赤外線処理方法を実行する赤外線処理装置10の縦断面図である。…省略…赤外線処理装置10は,シート80上に塗布された対象物としての塗膜82に赤外線を放射して塗膜82の赤外線処理(本実施形態では熱処理)を行うものであり,炉体11と,近赤外線ヒーター30と,遠赤外線ヒーター60と,コントローラー90と,を備えている。また,赤外線処理装置10は,炉体11の前方(図1の左側)に設けられたロール21と,炉体11の後方(図1の右側)に設けられたロール25と,を備えている。この赤外線処理装置10は,塗膜82が上面に形成されたシート80を,ロール21,25により連続的に搬送して熱処理を行う,ロールトゥロール方式の熱処理炉として構成されている。 …省略… 【0014】 炉体11は,塗膜82の熱処理を行う処理空間12を形成するものである。 …省略… 【0015】 近赤外線ヒーター30は,炉体11内の第1処理空間12aを通過する塗膜82に対して主に近赤外線(波長0.7μm?3.5μmの赤外線)を放射する装置である。近赤外線ヒーター30は,第1処理空間12a内に前後方向に等間隔に複数(本実施形態では5個)並べられている。近赤外線ヒーター30は,いずれも長手方向が左右方向に沿うように取り付けられている。 …省略… 【0021】 遠赤外線ヒーター60は,炉体11内の第2処理空間12bを通過する塗膜82に対して主に遠赤外線(波長が3.5μm?1000μmの赤外線)を放射する装置である。遠赤外線ヒーター60は,第2処理空間12b内に前後方向に等間隔に複数(本実施形態では5個)並べられている。遠赤外線ヒーター60は,略平板状の形状をしており,いずれも長手方向が左右方向に沿うように取り付けられている。 …省略… 【0022】 塗膜82は,赤外線処理装置10での熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものである。…省略…本実施形態では,塗膜82は,テトラベンゾポルフィリン前駆体と,水と,有機溶媒としてのアセトンと,を含む液体とした。…省略…本実施形態では,シート80は,表面にITO電極パターンが形成されたガラスシートとした。シート80の膜厚は,ローラー21やローラー25に巻き付けることができる範囲であればよく,例えば数十μmである。 …省略… 【0023】 コントローラー90は,CPUを中心とするマイクロプロセッサーとして構成されている。このコントローラー90は,電力供給源50からフィラメント32へ供給される電力の大きさを調整するための制御信号を電力供給源50へ出力して,近赤外線ヒーター30の各々のフィラメント32の発熱量を個別に制御する。同様に,コントローラー90は,遠赤外線ヒーター60の発熱体に供給する電力を調整する制御信号を図示しない遠赤外線ヒーター60用の電力供給源に出力して,遠赤外線ヒーター60の温度を個別に制御する。 …省略… 【0024】 …省略…コントローラー90はロール21,25を回転させ,所定の速度でシート80の搬送を開始する。これにより,ロール21からシート80が巻き外されていく。また,シート80は開口17から炉体11内に搬入される直前に図示しないコーターによって上面に塗膜82が塗布される。 …省略… 【0027】 そして,第1処理空間12a内で行う工程(a)は,第1吸収領域(波長領域AA)と,第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち,第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射して,塗膜82中の水を蒸発させる工程である。ここで,「第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する」とは,塗膜82に放射される第1吸収領域内の波長の赤外線の放射強度が,塗膜82に放射される第2吸収領域内の波長の赤外線の放射強度よりも高くなるようにすることを意味する。 …省略… 【0030】 第2処理空間12b内で行う工程(b)は,第1吸収領域(波長領域AA)と,第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち,第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射して,塗膜82中のアセトンを蒸発させる工程である。ここで,「第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する」とは,塗膜82に放射される第2吸収領域内の波長の赤外線の放射強度が,塗膜82に放射される第1吸収領域内の波長の赤外線の放射強度よりも高くなるようにすることを意味する。 …省略… 【0033】 このように,本実施形態では,工程(a)と工程(b)とで塗膜82に放射する赤外線を異ならせることにより,第1処理空間12aで塗膜82中の水を優先的に蒸発させた後に,第2処理空間12bでアセトンを蒸発させるのである。なお,先に水を蒸発させて塗膜82内のアセトンの濃度を高めることにより,塗膜82内でのテトラベンゾポルフィリン前駆体からの置換基の脱離や,テトラベンゾポルフィリンへの結晶化が促進されると考えられている。その結果,塗膜82から効率よくp型有機半導体層を作製することができると考えられている。 …省略… 【0040】 上述した実施形態では,工程(a),(b)で第1,第2物質を蒸発させるものとしたが,これに限らず,赤外線により第1物質,第2物質にエネルギーを投入して赤外線処理するものであればよい。「赤外線処理」には,蒸発,乾燥,脱水などの物理変化をさせる処理や,イミド化などの化学反応をさせる処理,昇温などの温度変化をさせる処理などが含まれる。また,第1物質を蒸発させ,第2物質は化学反応させるなど,第1物質の赤外線処理と第2物質の赤外線処理とが異なる態様であってもよい。 …省略… 【0046】 …省略…図4は,バッチ炉として構成した変形例の赤外線処理装置110の断面図である。赤外線処理装置110の炉体111は,前端面113に炉体出入口117を有している。炉体出入口117は,台座184上に載置するシート80及び塗膜82の搬出入口となるものである。炉体出入口117の前方には気密扉である炉体扉119が取り付けられている。炉体111の内部の空間である処理空間112には,近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60が交互に複数配置されている。この赤外線処理装置110では,台座184に載置された塗膜82の熱処理を行う際に,近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えて使用することで,上述した工程(a),(b)を行うことができる。 …省略… 【0047】 また,図5の赤外線処理装置210を用いて工程(a),(b)を行ってもよい。図5の赤外線処理装置210では,近赤外線ヒーター30が炉体111の天井付近に複数配置され,遠赤外線ヒーター60が炉体111の底部付近に複数配置されている。また,赤外線処理装置210は,台座184を処理空間112内で上下に移動させる昇降機構270を備えている。この赤外線処理装置210でも,図4の赤外線処理装置110と同様に近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えることで,上述した工程(a),(b)を行うことができる。また,昇降機構270によって近赤外線ヒーター30及び遠赤外線ヒーター60と塗膜82との距離を変更できる。そのため,近赤外線ヒーター30や遠赤外線ヒーター60から塗膜82に放射する赤外線のピーク波長を変更せずに,塗膜82への赤外線の放射強度を調整することができる。なお,台座184は,遠赤外線ヒーター60から塗膜82への赤外線の放射を妨げないように,遠赤外線ヒーター60からの赤外線の透過率が高い材料で形成したり,メッシュ状としたりすればよい。 【0048】 上述した実施形態では,塗膜82は熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものとしたが,これに限られない。赤外線により第1物質と第2物質とを赤外線処理するものであれば,本発明の赤外線処理方法はどのような技術分野に用いてもよい。」 エ 図1 オ 図4 カ 図5 (2) 引用発明 ア 引用装置発明 引用文献1の【0047】,【0048】及び【図5】からみて,引用文献1には,次の発明が記載されている(以下「引用装置発明」という。)。なお,ここで言及する「引用方法発明」とは,次のイに記載のものである。 「 近赤外線ヒーター30が炉体111の天井付近に複数配置され,遠赤外線ヒーター60が炉体111の底部付近に複数配置され, 台座184を処理空間112内で上下に移動させる昇降機構270を備えている赤外線処理装置210であって, 近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えることで,引用方法発明の工程(a)及び工程(b)を行うことができ,昇降機構270によって近赤外線ヒーター30及び遠赤外線ヒーター60と塗膜82との距離を変更できるため,近赤外線ヒーター30や遠赤外線ヒーター60から塗膜82に放射する赤外線のピーク波長を変更せずに,塗膜82への赤外線の放射強度を調整することができ, 台座184は,遠赤外線ヒーター60から塗膜82への赤外線の放射を妨げないように,遠赤外線ヒーター60からの赤外線の透過率が高い材料で形成し, 塗膜82は,熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものである, 赤外線処理装置210。」 イ 引用方法発明 引用文献1の【0047】でいう「工程(a),(b)」とは,引用文献1の【請求項1】あるいは【0007】に記載の工程のことである。そうしてみると,引用文献1には,次の発明も記載されている(以下「引用方法発明」という。)。なお,ここで言及する「引用装置発明」とは,前記アに記載のものである。 「 少なくとも第1物質及び第2物質を含む対象物に赤外線を放射して,対象物中の少なくとも第1物質及び第2物質を赤外線処理する赤外線処理方法において, 引用装置発明の赤外線処理装置210の近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えることで,工程(a)及び工程(b)を行い, ここで,工程(a)は, 赤外線吸収スペクトルにおける,第1物質の赤外線の吸収ピークである第1吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第1吸収領域と,第2物質の赤外線の吸収ピークであり第1吸収ピークとは波長の異なる吸収ピークである第2吸収ピークの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域である第2吸収領域とのうち,第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程であり, 工程(b)は, 工程(a)のあと,第1吸収領域と第2吸収領域とのうち,第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程であり, 対象物は,熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となる塗膜82である, 赤外線処理方法。」 2 請求項9について (1) 対比 本件出願の請求項9に係る発明(以下「本願発明9」という。)と引用装置発明を対比すると,以下のとおりである。 ア 製造装置 引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,「近赤外線ヒーター30が炉体111の天井付近に複数配置され,遠赤外線ヒーター60が炉体111の底部付近に複数配置され」,「台座184は,遠赤外線ヒーター60から塗膜82への赤外線の放射を妨げないように,遠赤外線ヒーター60からの赤外線の透過率が高い材料で形成し」たものである。また,引用装置発明が前提とする「塗膜82は,熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものである」。 ここで,「有機薄膜太陽電池」は技術的にみて,有機電子素子であり,また,「p型有機半導体層」は,その文言が意味するとおり「p型有機半導体」として機能する層である。加えて,「有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層」が,基板上に設けられるものであることは,当業者に自明である。 そうしてみると,引用装置発明の「p型有機半導体層」は,本願発明9の「機能層」に相当する。また,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,本願発明9の,「プラスチック基板と,前記プラスチック基板上に設けられた機能層と,を有する」とされる,「有機電子素子の製造装置」に相当する。 (当合議体注:基板の材質(プラスチック)は,物としての製造装置の構成を左右するものとは認められないが,仮に,これを相違点としても,「有機薄膜太陽電池」の基板としての「プラスチック基板」は,当業者における自明な一選択肢にすぎない。) イ 赤外線加熱炉 引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,前記アで述べた構成を具備する。 前記アで述べた構成からみて,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,「塗膜82」に赤外線を照射して,「塗膜82」を加熱させる炉といえる。 そうしてみると,引用装置発明の「塗膜82」は,本願発明9の「塗布膜」に相当する。また,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,本願発明9の,「塗布膜に赤外線を照射して,前記塗布膜を加熱硬化させる」とされる,「赤外線加熱炉」にも相当する。 (当合議体注:「硬化」は,物としての製造装置の構成を左右するものとは認められないが,仮に,これを相違点としても,「有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となる」とされる,「塗膜82」の「熱処理」によってもたらされる自明な現象にすぎない。) ウ 近赤外線ランプ及び遠赤外線ヒータ 引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,前記アで述べた構成を具備する。 前記アで述べた構成からみて,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,「炉体111の天井」側(「台座184」の上側)から近赤外線を照射する複数の「近赤外線ヒーター30」と,「炉体111の底部」側(「台座184」の下側)から遠赤外線を照射する複数の「遠赤外線ヒーター60」とを有するといえる。また,引用装置発明の「近赤外線ヒーター30」は,その「近赤外線」とされる波長からみて,近赤外線ランプということもできる。 そうしてみると,引用装置発明の「近赤外線ヒーター30」及び「遠赤外線ヒーター60」は,それぞれ本願発明9の「近赤外線ランプ」及び「遠赤外線ヒータ」に相当する。また,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,本願発明9の「赤外線加熱炉」における,「前記塗布膜が形成されている前記プラスチック基板の前記一方の主面側から近赤外線を照射する複数の近赤外線ランプと,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から遠赤外線を照射する複数の遠赤外線ヒータと,を有し」という要件を満たす。 (当合議体注:「前記塗布膜が形成されている前記プラスチック基板の前記一方の主面側」及び「前記一方の主面とは反対側の他方の主面側」という構成は,物としての製造装置の構成を左右するものとは認められないが,仮に,これを相違点としても,引用装置発明の模式図である図5の「近赤外線ヒーター30」,「塗膜82」,「シート80」,「台座184」及び「遠赤外線ヒーター60」の位置関係から理解される構成にすぎない。) エ 配置 引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,前記アで述べた構成を具備する。 前記アで述べた構成からみて,引用装置発明の「炉体111の天井付近に複数配置され」た「近赤外線ヒーター30」及び「炉体111の底部付近に複数配置され」た「遠赤外線ヒーター60」は,いずれも,装置の設計者が意図した所定の間隔で配置されたものと考えられる(当合議体注:図5からも確認できる事項である。)。 そうしてみると,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,本願発明9の「赤外線加熱炉」における,「前記複数の近赤外線ランプ及び前記複数の遠赤外線ヒータは,それぞれ前記赤外線加熱炉内で前記プラスチック基板の長手方向に所定の間隔で配置されている」という要件を満たす。 (当合議体注:「前記プラスチック基板の長手方向に」という構成は,物としての製造装置としての構成を左右するものとは認められないが,仮に,これを相違点としても,引用装置発明の「赤外線処理装置210」の「炉体111」(,「処理空間112」及び「台座184」)を,図5の矢印でいう前後に長いものとして設計し,前後が長手方向である矩形の「シート80」を収納することは,「有機薄膜太陽電池」の形状に応じて当業者が設計可能な事項にすぎない。) (2) 一致点及び相違点 ア 一致点 本願発明9と引用装置発明は,次の構成で一致する。 「 プラスチック基板と,前記プラスチック基板上に設けられた機能層と,を有する有機電子素子の製造装置であって, 塗布膜に赤外線を照射して,前記塗布膜を加熱硬化させる赤外線加熱炉と,を備え, 前記赤外線加熱炉は,前記塗布膜が形成されている前記プラスチック基板の前記一方の主面側から近赤外線を照射する複数の近赤外線ランプと,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から遠赤外線を照射する複数の遠赤外線ヒータと,を有し, 前記複数の近赤外線ランプ及び前記複数の遠赤外線ヒータは,それぞれ前記赤外線加熱炉内で前記プラスチック基板の長手方向に所定の間隔で配置されている,有機電子素子の製造装置。」 イ 相違点 本願発明9と引用装置発明は,次の点で相違する。 (相違点1) 「有機電子素子の製造装置」が,本願発明9は,「前記プラスチック基板の一方の主面側に,所定の機能を有する機能層用の塗布液を塗布して塗布膜を形成する塗布装置」を備え,「塗布膜」が,本願発明9は,「前記塗布装置によって形成された」ものであるのに対して,引用装置発明は,これが明らかではない点。 (3) 判断 引用文献1の【0024】には,「シート80は開口17から炉体11内に搬入される直前に図示しないコーターによって上面に塗膜82が塗布される。」と記載されている。この記載は,引用装置発明とは異なる態様(図1の態様)のものであるが,引用文献1の【0024】の記載に接した当業者ならば,引用装置発明の「赤外線処理装置210」の前段階の処理装置として,「有機薄膜太陽電池」の基板の上面側に,「p型有機半導体」としての機能を有する「p型有機半導体層」用の塗布液を塗布して「塗膜82」を形成する「コーター」の存在に気付くといえる。そして,これらは「p型有機半導体」の製造装置と総称することができる。 そうしてみると,相違点1に係る本願発明9の構成は,引用文献1に実質的に記載されたものということができるから,本願発明9は,引用文献1に記載された発明である。 仮にそうでないとしても,引用装置発明の「赤外線処理装置210」の前段階の処理装置として,「有機薄膜太陽電池」の基板の上面側に,「p型有機半導体」としての機能を有する「p型有機半導体層」用の塗布液を塗布して「塗膜82」を形成する「コーター」を設け,これらを「有機薄膜太陽電池」の製造装置としてシステム化することは,引用文献1の【0024】の記載に接した当業者が,容易に想到し得た事項といえる。 念のため,本願発明9の「赤外線加熱炉」が,近赤外線及び遠赤外線を同時照射する装置であると限定解釈して検討しても,結論は変わらない。 すなわち,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,「近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えることで,引用方法発明の工程(a)及び工程(b)を行うことができ」るものである。また,「工程(a)」は,「第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程」である。しかしながら,引用文献1の【0027】には,「ここで,「第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する」とは,塗膜82に放射される第1吸収領域内の波長の赤外線の放射強度が,塗膜82に放射される第2吸収領域内の波長の赤外線の放射強度よりも高くなるようにすることを意味する。」と記載されている。そうしてみると,引用装置発明でいう「オンオフを切り替える」及び「赤外線を選択的に放射する」は,通常の日本語の意味よりも広く解釈されるべきであり,引用装置発明の「赤外線処理装置210」は,近赤外線と遠赤外線を同時照射することも可能なように設計された装置である(このような理解は,【0023】に記載のコントローラ90の制御とも整合する。)。 (4) 発明の効果について 発明の効果に関して,本件出願の明細書の【0018】には,「本発明の一側面によれば,歩留まりの向上を図ることができる。」と記載されている。また,この効果に対応する,物としての「有機電子素子の製造装置」の構成は,「赤外線加熱炉」の構成にあると認められる(相違点1に係る本願発明9の構成ではない。)。 そうしてみると,上記【0018】の効果は,引用装置発明も奏する効果である。 さらに進んで検討する。 上記【0018】に記載の効果は,「前記プラスチック基板の前記一方の主面側から複数の近赤外線ランプにより近赤外線を照射すると共に,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から複数の遠赤外線ヒータにより遠赤外線を照射する」こと(以下「同時照射」という。)により得られる効果と認められる。 しかしながら,本願発明9の「赤外線加熱炉」は,近赤外線及び遠赤外線を同時照射する装置に限られるものではない。したがって,上記【0018】に記載の効果は,本願発明9の効果であると認めることができない。 したがって,本願発明9の効果は,引用装置発明も奏する効果である。 (5) 請求人の主張について 請求人は,令和2年10月30日付け意見書の(3)B:において,引用装置発明では,近赤外線と遠赤外線の照射の順序が特定されている,また,引用文献1には,遠赤外線による乾燥処理及び近赤外線による架橋処理を併せて行うことが可能なものであることについては,一切開示も示唆もされていと主張する。 しかしながら,本願発明9と引用装置発明との関係においては,請求人が主張する事項は,相違点を形成しない(物としての構成において違いが認められない)ものである。また,前記(3)で述べたとおり,引用文献1の【0027】及び【0023】の記載からは,引用装置発明の「赤外線処理装置210」において,遠赤外線と近赤外線を同時照射することも可能であることが,示唆されている。 (6) 小括 本願発明9は,引用文献1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 3 請求項1について (1) 対比 請求項1に係る発明(以下「本願発明1」という。)と引用方法発明を対比すると,両者は,以下の点で相違する。 (相違点A) 「有機電子素子の製造方法」が,本願発明1は,「所定の機能を有する機能層用の塗布液をプラスチック基板の一方の主面側に塗布して塗布膜を形成する塗布膜形成工程」を含み,「加熱工程」が,「赤外線加熱炉内で前記塗布膜に赤外線を照射して前記塗布膜を加熱硬化させることによって,前記機能層を形成する」工程であるのに対して,引用方法発明は,上記の下線を付した工程を具備するとは特定されていない点。 (相違点B) 「加熱工程」が,本願発明1は,「前記塗布膜が形成された前記プラスチック基板の前記一方の主面側から複数の近赤外線ランプにより近赤外線を照射すると共に,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から複数の遠赤外線ヒータにより遠赤外線を照射する」ものであるのに対して,引用方法発明は,上記の下線を付した構成を具備するか,一応,明らかではない点。 (2) 判断 ア 相違点Aについて 引用文献1の【0024】には,「シート80は開口17から炉体11内に搬入される直前に図示しないコーターによって上面に塗膜82が塗布される。」と記載されている。この記載は,引用方法発明とは異なる態様(図1の態様)のものであるが,引用文献1の【0024】の記載に接した当業者ならば,引用方法発明の「工程(a)」に先立つ構成として,「p型有機半導体」としての機能を有する「p型有機半導体層」用の塗布液を「有機薄膜太陽電池」の基板の上面側に塗布して「塗膜82」を形成する工程を設けるといえる。また,プラスチック基板は,「有機薄膜太陽電池」の基板の素材として当業者における自明な一選択肢にすぎない。 そうしてみると,引用方法発明において,相違点Aに係る本願発明1の構成を採用することは,当業者が容易に発明をすることができた事項である。 イ 相違点Bについて 引用方法発明の「工程(a)」は,「第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する工程」である。しかしながら,引用文献1の【0027】の記載を考慮すると,前記2(3)で述べたとおり,引用方法発明でいう「赤外線を選択的に放射する」は,通常の日本語の意味よりも広く解釈されるべきであるから,引用方法発明は,実質的に,相違点Bに係る本願発明1の構成を具備するものと理解される。 (3) 発明の効果について 本願発明1の効果は,引用方法発明も奏する効果である。 (4) 小括 本願発明1は,引用文献1に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。 第3 明確性要件についての当合議体の判断 請求項9には, 「 プラスチック基板と,前記プラスチック基板上に設けられた機能層と,を有する有機電子素子の製造装置であって, 前記プラスチック基板の一方の主面側に,所定の機能を有する機能層用の塗布液を塗布して塗布膜を形成する塗布装置と, 前記塗布装置によって形成された前記塗布膜に赤外線を照射して,前記塗布膜を加熱硬化させる赤外線加熱炉と,を備え, 前記赤外線加熱炉は,前記塗布膜が形成されている前記プラスチック基板の前記一方の主面側から近赤外線を照射する複数の近赤外線ランプと,前記一方の主面とは反対側の他方の主面側から遠赤外線を照射する複数の遠赤外線ヒータと,を有し, 前記複数の近赤外線ランプ及び前記複数の遠赤外線ヒータは,それぞれ前記赤外線加熱炉内で前記プラスチック基板の長手方向に所定の間隔で配置されている,有機電子素子の製造装置。」 と記載されている(下線は当合議体が付した。)。 しかしながら,「製造装置」という物としてみたときに,上記下線を付した事項によって特定される構成が,多義的である。 例えば,「基板」が「プラスチック基板」であるという事項は,製造装置が「プラスチック基板」を取り扱うに適した構成を具備するものと,一応,理解することができるが,それが何なのかは,明細書及び図面の記載や当業者の出願当時における技術常識を考慮しても,多義的である(例えば,「基板」が「ガラス基板」であることを前提として設計された「製造装置」を実施する第三者に不足の不利益を及ぼす程度にまで,不明確である。)。また,本願発明9は,「近赤外線ランプ及び前記複数の遠赤外線ヒータ」が,「前記赤外線加熱炉内で前記プラスチック基板の長手方向に所定の間隔で配置されている」ものであるが,「プラスチック基板の長手方向」は,「プラスチック基板」の形状によって変わると考えられるから,この構成も,明細書及び図面の記載や当業者の出願当時における技術常識を考慮しても,一義的であるとはいえない(例えば,プラスチック基板を載置する台が正方形である「製造装置」を実施する第三者に不足の不利益を及ぼす程度にまで,不明確である。)。 そうしてみると,本願発明9は明確であるということができないから,本件出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。 第4 まとめ 以上のとおり,本願発明1及び本願発明9は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶されるべきものである。 また,本願発明9は明確であるということができないから,本件出願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないから,本願は拒絶されるべきものである。 よって,結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2020-12-25 |
結審通知日 | 2021-01-05 |
審決日 | 2021-01-28 |
出願番号 | 特願2018-146971(P2018-146971) |
審決分類 |
P
1
8・
537-
WZ
(H05B)
P 1 8・ 121- WZ (H05B) P 1 8・ 113- WZ (H05B) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 小久保 州洋、三笠 雄司 |
特許庁審判長 |
里村 利光 |
特許庁審判官 |
樋口 信宏 井口 猶二 |
発明の名称 | 近赤外線と遠赤外線を併用する有機電子素子の製造方法及び有機電子素子の製造装置 |
代理人 | 阿部 寛 |
代理人 | 阿部 寛 |
代理人 | 三上 敬史 |
代理人 | 長谷川 芳樹 |
代理人 | 長谷川 芳樹 |
代理人 | 清水 義憲 |
代理人 | 三上 敬史 |
代理人 | 清水 義憲 |