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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 発明同一  A61K
審判 全部申し立て 特39条先願  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
管理番号 1372650
異議申立番号 異議2019-700763  
総通号数 257 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-05-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-26 
確定日 2021-01-18 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6489727号発明「海産魚類に寄生する微胞子虫及び粘液胞子虫による疾患の治療剤」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6489727号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕、〔11、13?20〕、〔12、21?27〕について訂正することを認める。 特許第6489727号の請求項1、2、4?12、14?27に係る特許を維持する。 特許第6489727号の請求項3、13に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6489727号(以下「本件特許」という。)に係る特願2018-542624号(PCT/JP2017/034901)は、平成29年9月27日(優先権主張 平成28年9月27日)を国際出願日とする特許出願であって、平成31年3月8日にその特許権の設定登録(請求項の数20)がなされ、同年同月27日に特許掲載公報が発行され、その後、令和1年9月26日に特許異議申立人山口雅行(以下「申立人A」という。)、及び、同年同月27日に特許異議申立人中嶋和昭(以下「申立人B」という。)により、請求項1?20に係る本件特許について特許異議の申立てがなされたものである。その後の主な手続の経緯は、次のとおりである。

令和1年12月 5日付け 取消理由通知書
令和2年 2月 3日 面接(特許権者)
同年 2月 7日 訂正請求書及び意見書の提出
同年 4月20日 意見書の提出(申立人A)
同年 4月22日 意見書の提出(申立人B)
同年 6月10日付け 取消理由通知書(決定の予告)
同年 8月 4日 面接(特許権者)
同年 8月17日 訂正請求書及び意見書の提出
同年11月 5日 意見書の提出(申立人A)
同年11月 6日 意見書の提出(申立人B)

なお、令和2年2月7日になされた訂正の請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和2年8月17日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、当該訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?27について訂正することを求めるものであって、その内容は以下のとおりである。

(1)一群の請求項1?10についての訂正
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「べこ病又は粘液胞子虫症の治療剤」と記載されているのを、「べこ病の治療剤」に訂正する。また同項の「粘液胞子虫症の原因寄生虫が、クドア(Kudoa)属に属する粘液胞子虫である」との記載を削除する。
請求項1の記載を引用する請求項2、4?10も同様に訂正する。

イ 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3を削除する。

ウ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4の「請求項1ないし3いずれかの治療剤」との記載を「請求項1または2の治療剤」に訂正する。

エ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7の「請求項1ないし6いずれかの治療剤」との記載を「請求項1、2、および4ないし6いずれかの治療剤」に訂正する。

オ 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8の「請求項1ないし7いずれかの治療剤」との記載を「請求項1、2、および4ないし7いずれかの治療剤」に訂正する。

カ 訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9の「請求項1ないし8いずれかの治療剤」との記載を「請求項1、2、および4ないし8いずれかの治療剤」に訂正する。

キ 訂正事項7
特許請求の範囲の請求項10の「請求項1ないし9いずれかの治療剤」との記載を「請求項1、2、および4ないし9いずれかの治療剤」に訂正する。

(2)一群の請求項11?20についての訂正
ア 訂正事項8
特許請求の範囲の請求項11に「べこ病又は粘液胞子虫症の治療方法」と記載されているのを、「べこ病の治療方法」に訂正する。また、同項の「粘液胞子虫症の原因寄生虫が、クドア(Kudoa)属に属する粘液胞子虫である」との記載を削除する。また、同項の「経口投与することにより」との記載を「3日以上連続の投与期間で経口投与することにより」と訂正する。
請求項11の記載を引用する請求項14?20も同様に訂正する。

イ 訂正事項9
特許請求の範囲の請求項12に引用先である請求項11の記載を加筆し独立請求項とし、「有効成分であるアルベンダゾールを、1日当たり10?30mg/kg魚体重を経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫であり、海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている、前記治療方法。」に訂正する。

ウ 訂正事項10
特許請求の範囲の請求項13を削除する。

エ 訂正事項11
特許請求の範囲の請求項14の「請求項11ないし13いずれかの治療方法」との記載を「請求項11の治療方法」に訂正する。

オ 訂正事項12
特許請求の範囲の請求項17の「請求項11ないし16いずれかの治療方法」との記載を「請求項11、および14ないし16いずれかの治療方法」に訂正する。

カ 訂正事項13
特許請求の範囲の請求項18の「請求項11ないし17いずれかの治療方法」 との記載を「請求項11、および14ないし17いずれかの治療方法」に訂正する。

キ 訂正事項14
特許請求の範囲の請求項19の「請求項11ないし18いずれかの治療方法」との記載を「請求項11、および14ないし18いずれかの治療方法」に訂正する。

ク 訂正事項15
特許請求の範囲の請求項20の「請求項11ないし19いずれかの治療方法」との記載を「請求項11、および14ないし19いずれかの治療方法」に訂正する。

ケ 訂正事項16
特許請求の範囲の請求項14から削除した請求項12に従属する部分を新たに訂正後の請求項21とし「海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項12の治療方法。」と記載するように訂正する。

コ 訂正事項17
特許請求の範囲の請求項14から削除した請求項12に従属する部分に従属する請求項15の部分を新たに訂正後の請求項22とし「スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項21の治療方法。」と記載するように訂正する。

サ 訂正事項18
特許請求の範囲の請求項14から削除した請求項12に従属する部分に従属する請求項15の部分に従属する請求項16の部分を新たに訂正後の請求項23とし「ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriolaquinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriolarivoliana)、Seriola carpenteri、Seriolafasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyropsbleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargussarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnusthynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthysolivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombuspentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombusarsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項22の治療方法。」と記載するように訂正する。

シ 訂正事項19
特許請求の範囲の請求項17から削除した請求項12に従属する部分及び請求項12に従属する請求項14ないし16の部分を新たに訂正後の請求項24とし「有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項12、および21ないし23いずれかの治療方法。」と記載するように訂正する。

ス 訂正事項20
特許請求の範囲の請求項18から削除した請求項12に従属する部分及び請求項12に従属する請求項14ないし17の部分を新たに訂正後の請求項25とし「有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項12、および21ないし24いずれかの治療方法。」と記載するように訂正する。

セ 訂正事項21
特許請求の範囲の請求項19から削除した請求項12に従属する部分及び請求項12に従属する請求項14ないし18の部分を新たに訂正後の請求項26とし「有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項12、および21ないし25いずれかの治療方法。」と記載するように訂正する。

ソ 訂正事項22
特許請求の範囲の請求項20から削除した請求項12に従属する部分及び請求項12に従属する請求項14ないし19の部分を新たに訂正後の請求項27とし「稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始することを特徴とする請求項12、および21ないし26いずれかの治療方法。」と記載するように訂正する。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)一群の請求項1?10についての訂正
ア 訂正事項1について
訂正事項1は、請求項1の「べこ病又は粘液胞子虫症の治療剤」を「べこ病の治療剤」に限定し、同項の「粘液胞子虫症の原因寄生虫が、クドア(Kudoa)属に属する粘液胞子虫である」との記載を削除するものである。
したがって、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。)に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
訂正後の請求項1を引用しており、実質的に訂正されることになる請求項2、4?10についての訂正も、同様である。

イ 訂正事項2について
訂正事項2は、請求項3を削除するものである。
したがって、訂正事項2は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

ウ 訂正事項3?7について
訂正事項3?7は、訂正事項2によって請求項3が削除されたため、訂正後の請求項4、7?10において請求項3との引用関係を解消し、引用する請求項の数を減少させるものである。
したがって、訂正事項3?7は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)一群の請求項11?20についての訂正
ア 訂正事項8について
(ア)訂正事項8は、請求項11の「べこ病又は粘液胞子虫症の治療方法」を「べこ病の治療方法」に限定し、同項の「粘液胞子虫症の原因寄生虫が、クドア(Kudoa)属に属する粘液胞子虫である」との記載を削除するものであり、また、請求項18に記載の投薬期間の下限に基づいて投薬期間を「3日以上の投与期間で」に特定して「経口投与」を限定するものである。
したがって、訂正事項8は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。
訂正後の請求項11を引用しており、実質的に訂正されることになる請求項14?20についての訂正も、同様である。

(イ)申立人Aの主張について
申立人Aは、本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には、実施例及び図1の記載から「3日」、「6日」又は「10日」の3種しか存在せず、1日1回であり、請求項18の「3?10日間」には連続の投与期間であるかどうかを規定しておらず、また、訂正事項8に係る本件訂正は、その連続期間の上限及び投与頻度を規定していないから、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものではない旨を主張する(令和2年11月5日提出の意見書1頁)。

しかし、本件明細書には「本発明の治療剤又は寄生虫駆除剤の投与量は、例えば、…の範囲で投与する。投与期間は1?20日間、好ましくは3?10日間とする。」(【0029】)と記載され、「1?20日間、好ましくは3?10日間」が連続の投与期間を意味していることは明らかであり、投与期間の上限を制限する記載はない。
また、本件明細書には「本発明の治療剤又は寄生虫駆除剤は1日量を1回で投与しても、数回に分けて投与してもかまわない。」(【0031】)と記載され、1日当たりの投与回数を1回に制限する記載はない。
そうすると、訂正事項8の「3日以上連続の投与期間で」において投与期間の上限及び1日当たりの投与回数を規定していないからといって、当該訂正事項が新たな技術的事項を導入したものとはいえない。
したがって、申立人Aの上記主張は採用できない。

イ 訂正事項9、16?22について
(ア)訂正事項9は、請求項12に、引用先である請求項11の記載を加筆し独立請求項となるよう訂正し、さらに、本件明細書【0035】の表の記載に基づいて「海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている」と追記し、特許請求の範囲を減縮しようとするものである。
また、訂正事項16?22は、請求項12が独立請求項となるように訂正されたことに伴い、請求項14?20から削除した請求項12を直接的又は間接的に従属する部分を、新たに訂正後の請求項12を引用する請求項21?27とするものである。
したがって、訂正事項9、16?22は、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること、及び、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(イ)申立人Aの主張について
申立人Aは、(i)「海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている」の根拠となる本件明細書の実施例1の投与条件は、「40mg/kg魚体重/日」であり、請求項12が規定している「1日当たり10?30mg/kg魚体重」の範囲外であること等から、訂正事項9に係る本件訂正は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものとはいえないので、特許法第120条の5第9項が引用する同法126条第5項の要件を充足せず不適法である、(ii)訂正事項12において、請求項17が引用する請求項11は、「3日以上連続の投与期間で」との記載を付加して訂正されており、一方、請求項17においては、「有効成分の投与期間が1?20日間である」と記載されており、記載される範囲が矛盾しており、特許法第120条の5第9項が準用する同法第126条第4項の要件を充足せず、不適法である、(iii)訂正事項16?22については、不適法な請求項12を直接的又は間接的に引用しており、特許法第120条の5第9項が準用する同法126条第5項の要件を充足せず不適法である、旨を主張する(令和2年11月5日提出の意見書2頁)。

そこで、上記主張(i)?(iii)について検討する。
(a)上記主張(i)及び(iii)について
訂正事項9の「海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている」の根拠は、本件明細書の実施例1における【0035】の【表1】に記載された「飼育試験時平均水温」である。
そして、本件明細書【0029】における「本発明の治療剤又は寄生虫駆除剤の投与量は、例えば、いずれの魚においても1日当たり魚体重1kgに対して5mg?100mgであり、好ましくは10?50mg、10?40mgの範囲で経口投与する。」という記載から、上記「飼育試験時平均水温」は、実施例1の「40mg/kg魚体重/日」という投与条件下に限らず、少なくとも「魚体重1kgに対して5mg?100mg」の範囲の投与条件下でも飼育可能な平均水温であるといえる。
したがって、訂正事項9は、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであるから、訂正事項9、及び訂正事項9に係る訂正後の請求項12を直接的又は間接的に引用する訂正事項16?22は、いずれも特許法第120条の5第9項において準用する同法126条第5項の要件を満たすので適法である。

(b)上記主張(ii)について
請求項17の「有効成分の投与期間が1?20日間」には、請求項17が引用する請求項11の「3日以上連続の投与期間」に含まれない「投与期間が1?2日間」が含まれるが、請求項17は請求項11を引用している以上、請求項17においては、請求項11に含まれない「投与期間が1?2日間」は含まれないことは明らかであるので、請求項11と請求項17の記載が矛盾しているとはいえない。
なお、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第4項の要件とは、「4 願書に添付した明細書又は図面の訂正をする場合であって、請求項ごとに第一項の規定による請求をしようとするときは、当該明細書又は図面の訂正に係る請求項の全て(前項後段の規定により一群の請求項ごとに第一項の規定による請求をする場合にあっては、当該明細書又は図面の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全て)について行わなければならない。」というものであり、請求項11と請求項17の記載が矛盾しているとの主張と当該要件とは関係がない。

(c)以上のとおり、申立人Aの上記主張(i)?(iii)はいずれも採用できない。

ウ 訂正事項10について
訂正事項10は、請求項13を削除するものである。
したがって、訂正事項10は、特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正であって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

エ 訂正事項11?15について
訂正事項11?15は、訂正後の請求項14、17?20において引用する請求項の数を減少させるものである。
したがって、訂正事項11?15は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、本件明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり、また、特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

なお、本件訂正は、訂正前に引用関係を有する、請求項1?10、及び、請求項11?20という一群の請求項ごとにされたものである。
そして、訂正後の請求項12と、訂正後の請求項12を引用する訂正後の請求項21?27については、当該請求項についての訂正が認められる場合には、一群の請求項の他の請求項とは別の訂正単位とすることを求めている。

(3)独立特許要件について
本件特許異議の申立ては、訂正前の全ての請求項に対してされているので、本件訂正に関して、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項に規定する要件(独立特許要件)は課されない。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1?10〕、〔11、13?20〕、〔12、21?27〕について訂正することを認める。

第3 訂正発明
上記第2のとおり本件訂正は認められたので、本件特許の請求項1、2、4?12、14?27に係る発明は、訂正特許請求の範囲の請求項1、2、4?12、14?27に記載された事項により特定される、次のとおりのものである(以下、請求項の番号に従い、「訂正発明1」等といい、これらをまとめて「訂正発明」ということがある。訂正箇所に下線を付した。)。

「【請求項1】
アルベンダゾールを有効成分として、1日当たり、有効成分を10?40mg/kg魚体重経口投与することを特徴とする、海産魚類のべこ病の治療剤であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置するための前記治療剤。
【請求項2】
1日当たり有効成分を10?30mg/kg魚体重経口投与することを特徴とする、請求項1の治療剤。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項1または2の治療剤。
【請求項5】
スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項4の治療剤。
【請求項6】
ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriolaquinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriolarivoliana)、Seriola carpenteri、Seriolafasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyropsbleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargussarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnusthynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthysolivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツ ヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombuspentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombusarsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項5の治療剤。
【請求項7】
有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項1、2、および4ないし6いずれかの治療剤。
【請求項8】
有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項1、2、および4ないし7いずれかの治療剤。
【請求項9】
有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項1、2、および4ないし8いずれかの治療剤。
【請求項10】
稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始するための請求項1、2、および4ないし9いずれかの治療剤。
【請求項11】
有効成分であるアルベンダゾールを、1日当たり10?40mg/kg魚体重を3日以上連続の投与期間で経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、前記治療方法。
【請求項12】
有効成分であるアルベンダゾールを、1日当たり10?30mg/kg魚体重を経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫であり、海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている、前記治療方法。
【請求項13】
(削除)
【請求項14】
海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項11の治療方法。
【請求項15】
スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項14の治療方法。
【請求項16】
ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriolaquinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriolarivoliana)、Seriola carpenteri、Seriolafasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyropsbleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargussarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnusthynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthysolivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombuspentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombusarsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項15の治療方法。
【請求項17】
有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項11、および14ないし16いずれかの治療方法。
【請求項18】
有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項11、および14ないし17いずれかの治療方法。
【請求項19】
有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項11、および14ないし18いずれかの治療方法。
【請求項20】
稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始することを特徴とする請求項11、および14ないし19いずれかの治療方法。
【請求項21】
海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項12の治療方法。
【請求項22】
スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項21の治療方法。
【請求項23】
ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriolaquinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriolarivoliana)、Seriola carpenteri、Seriolafasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyropsbleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargussarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnusthynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthysolivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombuspentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombusarsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項22の治療方法。
【請求項24】
有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項12、および21ないし23いずれかの治療方法。
【請求項25】
有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項12、および21ないし24いずれかの治療方法。
【請求項26】
有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項12、および21ないし25いずれかの治療方法。
【請求項27】
稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始することを特徴とする請求項12、および21ないし26いずれかの治療方法。」

第4 取消理由の概要
令和2年2月7日提出の訂正請求書により訂正された請求項1、2、4?12、14?20に係る特許に対して、当審が令和2年6月10日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)は、概要、次のとおりである。

(1)取消理由1(拡大先願:特許法第29条の2)
請求項1、2、4?12、14?20に係る発明は、本件特許出願の日前の特許出願であって、本件特許出願後に特許掲載公報の発行若しくは出願公開の発行がされた特願2017-47531号(以下「先願1」という。特開2017-186306号公報(甲A6)又は特許第6343796号公報(甲B1))の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり、しかも、本件特許出願の発明者が本件特許出願前の特許出願に係る上記の発明をした者と同一ではなく、また本件特許出願の時において、その出願人が上記特許出願の出願人と同一でもないから、請求項1、2、4?12、14?20に係る特許は、特許法第29条の2の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(2)取消理由2(先願:特許法第39条第1項)
請求項11、12、14?20に係る発明は、本件特許出願の日前の特願2017-47531号(先願1。特許第6343796号公報(甲B1))に係る発明と同一であるから、請求項11、12、14?20に係る特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
(3)取消理由3(先願:特許法第39条第1項)
請求項1、2、4?12、14?20に係る発明は、本件特許出願の日前の特願2018-79953号(以下「先願2」という。特許第6565075号公報(甲A2、甲B2))に係る発明と同一であるから、請求項1、2、4?12、14?20に係る特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

<甲号証等一覧>
先願1:特願2017-47531号(出願日 平成29年3月13日)
(原出願。特開2017-186306号公報(甲A6)、特許第6343796号公報(甲B1)参照)

先願2::特願2018-79953号(遡及出願日 平成29年3月13日)
(分割出願。特許第6565075号公報(甲A2、甲B2)参照)

甲A3:特願2016-187723号の優先権証明書

甲B3(甲A9):「水産用医薬品の使用について 第29報」、平成28年1月31日、農林水産省

なお、申立人Aが提出した甲号証については甲A〇、申立人Bが提出した甲号証については甲B〇と記載する。


第5 当審の判断
1 優先権主張の効果について
本件特許に係る特願2018-542624号の優先権主張の基礎とされた特願2016-187723号(以下「優先基礎出願」という。)の出願当初の明細書及び特許請求の範囲(甲A3の一部。以下「優先基礎出願の当初明細書等」という。)には、ベンゾイミダゾール系薬剤であるアルベンダゾールを有効成分として含有するブリ属の魚類に寄生する微胞子虫であるミクロスポリジウム・セリオレの駆除剤及び駆除方法が記載され、微胞子虫であるミクロスポリジウム・セリオレは、べこ病の原因であることが記載されている。
優先基礎出願の当初明細書等には、微胞子虫の「駆除剤」及び「駆除方法」が、べこ病の「治療剤」及び「治療剤」に相当するのか、あるいは、べこ病の「予防剤」及び「予防方法」に相当するのかについて、具体的な定義は記載されていない。
一方、実施例において確認されているのは、べこ病が発症しなかったこと、すなわち、べこ病を予防したことである。
そうすると、優先基礎出願の当初明細書等に記載された微胞子虫の「駆除剤」及び「駆除方法」は、べこ病の「治療剤」及び「治療方法」ではなく、べこ病の「予防剤」及び「予防方法」を実質的に意味することは明らかである。
そして、優先基礎出願の出願日(本件優先日)当時、べこ病の予防効果があれば、べこ病に対する治療効果があることを合理的に推認できるという技術常識があったとはいえない。
したがって、優先基礎出願の当初明細書等には、べこ病の「治療剤」及び「治療方法」の発明が記載されていたとはいえない。

よって、訂正発明1、2、4?12、14?27に係るべこ病の治療剤及び治療方法の発明は、優先権主張の利益を享受することができないので、これらの発明についての特許要件の判断の基準日は、本件特許の国際出願日である平成29年9月27日となる。

2 取消理由1(拡大先願:特許法第29条の2)について
(1)特願2017-47531号(先願1)に記載された発明
本件特許出願の日前の特許出願であって、本件特許出願後に特許掲載公報の発行若しくは出願公開の発行がされた特願2017-47531号(特開2017-186306号公報(甲A6)又は特許第6343796号公報(甲B1))の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「先願1の当初明細書等」という。)に記載された事項について、以下検討する。

先願1の当初明細書等の請求項1、2、4、5、7、19には、次のとおり記載されている。
「【請求項1】 下記の一般式(I)で表され、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物、その薬学的に許容される塩及び魚介類の体内での代謝により下記一般式(I)で表される化合物を生成する化合物からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む魚介類の微胞子虫の防除用組成物。

【請求項2】 前記一般式(I)で表される化合物が、下記の式(1)から(10)で表される化合物のいずれかである請求項1記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。


「【請求項4】 前記魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である請求項3記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。
【請求項5】 前記微胞子虫が、Microsporidium属に属する微胞子虫である請求項1から4のいずれか1項記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。」
「【請求項7】 経口投与剤である請求項1から6のいずれか1項に記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物。」
「【請求項19】 請求項7又は8記載の魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与することにより魚介類の微胞子虫を駆除する請求項17記載の魚介類の微胞子虫の防除方法。」

上記各請求項の記載によれば、先願1の当初明細書等の請求項1、2、4、5、7を引用する請求項19には、次のとおりの防除方法が記載されている。
「下記の式(1)から(10)で表される化合物(当審注:構造式省略)のいずれかである、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む、魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、
その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与し、前記単回又は複数回の経口投与をすることにより魚介類の微胞子虫の駆除を行う、魚介類の微胞子虫の防除方法であって、
前記微胞子虫が、Microsporidium 属に属する微胞子虫であり、
前記魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である、防除方法。」

また、上記の防除方法に対応する防除用組成物も記載されているといえる。

したがって、先願1の当初明細書等には、次の発明が記載されていると認められる。

「下記の式(1)から(10)で表される化合物のいずれかである、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含み、
その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与し、前記単回又は複数回の経口投与をすることにより魚介類の微胞子虫の駆除を行う、魚介類の微胞子虫の防除用組成物であって、
前記微胞子虫が、Microsporidium 属に属する微胞子虫であり、
前記魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である、魚介類の微胞子虫の防除用組成物。

」(以下「先願1-1発明」という。)

「下記の式(1)から(10)で表される化合物のいずれかである、魚介類の筋肉又は臓器への微胞子虫の感染を予防し、かつ/又は魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む、魚介類の微胞子虫の防除用組成物を、
その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与し、前記単回又は複数回の経口投与をすることにより魚介類の微胞子虫の駆除を行う、魚介類の微胞子虫の防除方法であって、
前記微胞子虫が、Microsporidium 属に属する微胞子虫であり、
前記魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である、防除方法。

」(以下「先願1-2発明」という。)

(2)訂正発明1について
ア 訂正発明1と先願1-1発明とを対比する。
先願1の当初明細書等の【0008】【0009】の記載によれば、先願1-1発明の「式(3)」「で表される化合物」は、訂正発明1の「アルベンダゾール」に相当する。
また、先願1の当初明細書等の実施例2(【0093】?【0097】)には、アルベンダゾールを、外観からベコ病シストが認められたもの(ベコ病を発症したもの)を選別したモジャコ(ブリの稚魚)に対し、6回/週の投与間隔、50mg/kg(魚体重1kgあたり50mg)の投与量で経口投与(展着剤とともに給餌)する投薬試験を行ったところ、21日間の投薬終了後の結果では、ベコ病の感染割合が低くなり、対照区と比較して危険率1%未満で有意な差が認められたことが記載されている。先願1の当初明細書等の【0003】によれば、ブリ類のベコ病の原因は、微胞子虫Microsporidiumseriolaeであるから、実施例2においては、Microsporidium seriolaeである微胞子虫が原因であるベコ病が発症したモジャコにおいて、アルベンダゾールにより、感染割合が低くなったこと、すなわち、ベコ病が治療されたことが記載されている。そうすると、先願1-1発明の「魚介類の微胞子虫の防除用組成物」は、微胞子虫が原因の魚介類の「ベコ病の治療剤」であることが理解できる。
したがって、先願1-1発明の「Microsporidium属に属する微胞子虫」について「魚介類の筋肉又は臓器中での微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又は魚介類の体内から微胞子虫を駆除する活性を有する化合物からなる群より選択される1又は複数を有効成分」を含む「魚介類の微胞子虫の防除用組成物」は、訂正発明1の「海産魚類のべこ病の治療剤であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置するための前記治療剤」に相当する。
そうすると、訂正発明1と先願1-1発明との一致点及びの相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「アルベンダゾールを有効成分とする、海産魚類のべこ病の治療剤であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置するための前記治療剤。」
<相違点>
アルベンダゾールの投与量が、訂正発明1においては、「1日当たり、有効成分を10?40mg/kg魚体重経口投与」であるのに対し、先願1-1発明においては、「用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与」である点。

イ 判断
(ア)本件特許出願日当時における「用量」についての当業者の理解
「用量」とは、一般に、「薬剤の一回ないし一日の使用分量」を意味する用語である(広辞苑 第五版、1998年発行、「用量」の項)。
また、農林水産省が発行した「水産用医薬品の使用について 第29報」である甲B3(甲A9)には、「『用量』とは、医薬品の1回または1日の使用量のことです。経口投与では1日に水産動物の体重1kg当たりに与える量、薬浴法では水に溶かす量で示しています。」(2頁下から6?5行)と記載され、「VI 承認されている水産用医薬品」の項には、「表1の『用量』には、特に断りのない場合、魚体重1kg当たり1日に投与する有効成分の量で、投与できる最大量を記載しています。」(9頁5?6行)と記載され、表1には用量が「mg/kg・日」という単位を用いて記載されている。
上記記載は、甲B3(甲A9)においては、経口投与法の場合、1日に水産動物の体重1kg当たりに与える量を、「mg/kg・日」という単位を用いて記載しているが、一般に、水産動物に経口投与する場合の「用量」といえば、必ず1日の使用量を意味するわけではなく、1回の使用量を意味することもあり得ると当業者は理解していたといえる。

(イ)先願1-1発明における「有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与」との記載の「用量」が、1回の使用量と1日の使用量のいずれを意味するのかについて検討する。
上記記載は、投与の頻度について「単回」又は「複数回」と記載していることから、「用量」は、各回当たりの量すなわち1回の使用量を意味していると解するのが自然である。
また、先願1の当初明細書等の【0051】には、「複数回投与する場合、各回毎の用量を変化させてもよく」と記載されており、この記載における「用量」は、1回の使用量を意味することは明らかである。
さらに、先願1の当初明細書等の実施例2においては、50mg/kgを6回/週の投与間隔で投与したことが記載されており(【0093】)、この記載も1回当たり50mg/kgを投与したことを意味すると解することが自然である。
そして、このような理解は、上記(ア)に示した本件特許出願日当時における「用量」についての当業者の理解とも齟齬しない。
そうすると、先願1-1発明における「用量が20mg/kg以上400mg/kg以下」とは、1回当たりの経口投与量を意味すると認められる。

(ウ)上記相違点は、経口投与量について、訂正発明1は、1日当たり「10?40mg/kg」という狭い範囲で特定するものであるのに対し、先願1-1発明は、1回当たり「20mg/kg以上400mg/kg以下」という広い範囲で特定し、「単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回」という回数及び間隔を特定するものであって、技術的に異なる経口投与量を特定するものであるから、上記相違点は、実質的な相違点であるといえる。
仮に、先願1の当初明細書等の実施例2における「6回/週」が、1日1回を6日間連続し7日目は投与しないという投与スケジュールであったとしても、1日当たりの投与量は50mgであるから、上記実施例2の投与量は訂正発明1の条件を満たさない。

このように、先願1-1発明において1日1回経口投与した場合には 両発明の経口投与量が、実施の形態において一部重なるところがあるとしても、そのことをもって、両発明の経口投与量が、同一の技術事項を意味するものであるということはできない。
したがって、上記相違点は、実質的な相違点である。

ウ 以上によれば、訂正発明1は、先願1の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえないから、その特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであるとはいえない。

(3)訂正発明2、4?10について
訂正発明2は、訂正発明1において「1日当たりの有効成分を10?30mg/kg魚体重経口投与」と特定したものであり、訂正発明4?10は、訂正発明1又は2における有効成分の経口投与量の発明特定事項を備えるものである。
したがって、訂正発明1と同様の理由により、訂正発明2、4?10と先願1-1発明とは、有効成分の経口投与量において相違し、当該相違点は実質的な相違点である。
以上によれば、訂正発明2、4?10は、先願1の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえないから、その特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであるとはいえない。

(4)訂正発明11、12、14?27について
ア 対比
訂正発明11、12、14?27と先願1-2発明とを対比すると、少なくとも次の一致点において一致し、少なくとも次の相違点において相違している。

<一致点>
「有効成分であるアルベンダゾールを、経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、前記治療方法。」
<相違点>
アルベンダゾールの投与量が、訂正発明11においては「1日当たり10?40mg/kg魚体重を」「経口投与」、訂正発明12においては「1日当たり10?30mg/kg魚体重を経口投与」と特定され、訂正発明14?27においても、訂正発明11又は12と同じ投与量が特定されているのに対し、先願1-2発明においては、「用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与」と特定されている点。

イ 判断
上記(2)に示したものと同様の理由により、上記のアルベンダゾールの投与量に関する相違点は、実質的な相違点である。
したがって、訂正発明11、12、14?27は、先願1の当初明細書等に記載された発明と同一であるとはいえないから、その特許は、特許法第29条の2の規定に違反してなされたものであるとはいえない。

(5)申立人の主張について
ア 申立人Aは、甲A9の記載から、「用量」とは、経口投与法では1日に水産動物の体重1kg当たりに与える量を意味するから、甲6Aの「用量」(当審注:先願1-1発明及び先願1-2発明における「用量」と同じ)は、1日に水産動物の体重1kg当たりに与える量を意味することは当業者には明らかであり、また、甲A6【0051】【0052】の記載は、必要であれば、1日当たりの用量を1日の間に数回に分けて投与することも想定されるものである旨を主張する(申立書31頁、令和2年4月20日提出の意見書3頁)。
しかしながら、先願1-1発明及び先願1-2発明における「用量」は、1回に与える量であると解されることは、上記(2)イに説示したとおりであるから、申立人Aの上記主張は採用できない。

イ 申立人Aは、令和2年11月5日提出の意見書において、参考文献として先願3A:特願2017-119986号(特開2019-1781号公報;出願日 平成29年6月19日)を新たに提示し、訂正発明1、2、4?12、14?27は、先願3Aに記載された発明(特許法第29条の2)である旨を主張する(意見書11?16頁)。

しかしながら、特許法第115条第2項において、「特許異議申立書の補正は、その要旨を変更するものであってはならない。ただし、第百十3条に規定する期間が経過する時又は第百二十条の五第一項の規定による通知がある時のいずれか早い時までにした前項三号に掲げる事項についてする補正は、この限りでない。」と規定されているところ、新たに提示した先願3Aに基づく上記主張は、時機に遅れたもので、申立理由の要旨を変更するものであるから、当該追加の証拠及び主張は採用できない。

ウ 申立人Bは、本件請求項1に係る発明は1日当たりの投与量、甲B1では1回当たりの投与量で特定している点が相違するが、甲B1の投与量を1日当たりに換算すると「0.11mg/kg以上1600mg/kg」となり、また、甲B3の表1の記載より、水産用医薬品の魚体重1kg当たり1日の経口投与量が10?50mg/kg・日の範囲内であることは、周知、慣用技術であり、本件請求項1に係る発明の1日当たりの投与量は、甲B1に記載の1回当たりの投与量を、周知、慣用技術で置換したもので、それ自体が特段の技術的意義を有するものではないので、本件請求項1に係る発明と甲B1に記載の発明とは実質同一の発明である旨を主張する(申立書17頁)。

しかしながら、医薬品や適応症ごとに投与量は異なるものであり、甲B3の表1にも、スルフォモノメトキシシン200mg/kg・日、プラジクアンテル150mg等、経口投与量が10?50mg/kg・日の範囲からはずれるものも記載されている。
そして、アルベンダゾールのべこ病に対する経口投与量が10?50mg/kg・日であることが周知、慣用技術であったとはいえない。
したがって、訂正発明1は、甲B1に記載の1回当たりの投与量を、周知、慣用技術で置換したものとはいえず、申立人Bの上記主張は採用できない。

エ 申立人Bは、先願1の「用量」のうち、「mg/kg」という単位を付して記載された数値が単回当たりの用量を意味するとしても、当該数値が1日当たりの用量を規定する場合を包含していることは明白であるから、相違は、実質的な相違点とはいえない旨を主張する(令和2年11月6日提出の意見書2頁)。

しかしながら、訂正発明1が、先願1-1発明に包含される場合があるとしても、上記(2)イに説示したとおり、相違点は実質的な相違点である。

(6)小括
以上によれば、取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由1により、訂正発明1、2、4?12、14?27に係る特許を取り消すことはできない。

3 取消理由2(先願:特許法第39条第1項)について
(1)特願2017-47531号(先願1)に係る発明
本件特許出願の日前の先願1(特願2017-47531号(特許第6343796号公報(甲B1))の請求項7、8、10を引用する請求項12には、次の発明が記載されていると認められる。

「スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の感染を予防し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の筋肉又は臓器中でのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除する方法であって、
下記の式(1)から(10)で表される化合物及びその薬学的に許容される塩からなる群より選択される1又は複数を有効成分として含む組成物をスズキ目又はカレイ目に属する魚介類に投与する工程を含む魚介類の微胞子虫の防除方法であり、
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)、スズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類であり、
前記スズキ目又はカレイ目に属する魚介類への投与が経口投与であり、
その有効成分の用量が20mg/kg以上400mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で、単回又は複数回経口投与することによりスズキ目又はカレイ目に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除する、方法。
【化2】

」(以下「先願1特許発明」という。)

(2)訂正発明11、12、14?27について
訂正発明11、12、14?27と先願1特許発明との一致点及び相違点は、取消理由1において示したものと同じである。
そして、取消理由1において示したとおり、アルベンダゾールの投与量に関する相違点は、実質的な相違点である。
したがって、訂正発明11、12、14?27は、先願1特許発明と同一ではないから、その特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものではない。

(3)小括
以上によれば、取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由2により、訂正発明11、12、14?27に係る特許を取り消すことはできない。

4 取消理由3(先願:特許法第39条第1項)について
(1)特願2018-79953号(先願2)に係る発明
ア 本件特許出願の日前の先願2(特願2018-79953号(特許第6565075号公報(甲A2、甲B2))の請求項3、6、8を引用する請求項9には、次の発明が記載されていると認められる。

「 スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類のMicrosporidium属に属する微胞子虫によるベコ病を治療するための経口投与用治療剤組成物であって、
アルベンダゾール及びその薬学的に許容される塩の一方又は双方を有効成分として含み、
前記スズキ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)又はスズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)に属する魚類であり、カレイ目に属する魚介類が、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類であり、
有効成分の用量が20mg/kg以上50mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回経口投与する、魚介類のベコ病の経口投与用治療剤組成物。」(以下「先願2-1特許発明」という。)

イ 先願2の請求項11、14を引用する請求項17には、次の発明が記載されていると認められる。

「 スズキ目(Perciformes)又はカレイ目(Pleuronectiformes)に属する魚介類の筋肉又は臓器へのMicrosporidium属に属する微胞子虫の増殖を抑制し、かつ/又はスズキ目又はカレイ目に属する魚介類の体内からMicrosporidium属に属する微胞子虫を駆除することにより魚介類ベコ病を治療する方法であって、
アルベンダゾール及びその薬学的に許容される塩の一方又は双方を有効成分として含む組成物を、その有効成分の用量が20mg/kg以上50mg/kg以下となるよう、単回或いは6時間以上180日以下の間隔で複数回、スズキ目又はカレイ目に属する魚介類に経口投与する工程を含む魚介類の微胞子虫の治療方法であり、
前記スズキ目に属する魚介類が、スズキ目サバ科(Scombridae)マグロ属(Thunnus)、スズキ目アジ科(Carangidae)ブリ属(Seriola)又はスズキ目タイ科(Sparidae)マダイ属(Chrysophrys)に属する魚類であり、カレイ目に属する魚介類が、カレイ目ヒラメ科(Paralichthyidae)ヒラメ属(Paralichthys)又はカレイ目カレイ科(Pleuronectidae)マツカワ属(Verasper)に属する魚類である、方法。」(以下「先願2-2特許発明」という。)

(2)訂正発明1、2、4?12、14?27に係る発明について
訂正発明1、2、4?10と先願2-1特許発明との一致点及び相違点、及び、訂正発明11、12、14?27と先願2-2特許発明との一致点及び相違点は、取消理由1において示したものと同じである。
そして、取消理由1において示したとおり、アルベンダゾールの投与量に関する相違点は、実質的な相違点である。
したがって、訂正発明1、2、4?10は、先願2-1特許発明と同一ではなく、また、訂正発明11、12、14?27は、先願2-2特許発明と同一ではないから、その特許は、特許法第39条第1項の規定に違反してなされたものではない。

(3)小括
以上によれば、取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由3により、訂正発明1、2、4?12、14?27に係る特許を取り消すことはできない。

5 取消理由通知(決定の予告)において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)特許法第36条第6項第1号及び同条第4項第1号について
申立人Aは、(i)実施例1は、べこ病の予防効果を確認した試験にすぎず、治療効果を確認した試験ではないし、実施例7の表9の試験結果をt検定したところ、対照区と各々試験区間に有意な差はなく「治療剤」又は「治療方法」としての効果を裏付けていない、(ii)実施例8は、粘液胞子虫症の予防効果を確認する試験であり、粘液胞子虫症の治療効果を確認した試験ではないから、設定登録時の請求項1?20に係る発明は、特許法第36条第6項第1号の規定に違反して特許されたものである、旨を主張する(申立書31?39、61頁)。

しかしながら、本件訂正により、粘液胞子虫症については削除されたので、上記(ii)の点は、理由がない。
また、(i)の点については、本件明細書の実施例7の表9の記載から、アルベンダゾールを投与すると、対照区と比べて明らかに発症率、発症魚のシスト数、シスト長さが減少していることから、訂正発明が、「べこ病の経口投与薬剤、当該薬剤による駆除方法を提供する」(【0010】)という課題を解決できることは明らかであり、当該課題が解決できるというためには、t検定で有意差があるという確実な試験結果までは必要とされない。また、同様の理由により、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、訂正発明を実施可能な程度に明確かつ十分に記載されている。
したがって、申立人Aが主張する上記の異議申立理由によっては、訂正発明に係る特許を取り消すことはできない。

(2)特許法第36条第4項第1号について
申立人Aは、本件明細書の実施例7には、ブリの稚魚を用いて実験した結果しか記載されておらず、当該実験結果のみをもとに、設定登録時の請求項1?20に係る発明の多種類の「海産魚類」に適用することにまで、拡張ないし一般化することはできない旨を主張する(申立書61?62頁)。

しかしながら、微胞子虫によるべこ病の治療薬は、ある特定の魚のみに効果を奏するとの技術常識があったとはいえないから、本件明細書の実施例において、アルベンダゾールにより、微胞子虫によるべこ病をブリの稚魚において治療することができたという結果から、他の魚においても、アルベンダゾールが同様に微胞子虫によるべこ病を治療できることを当業者であれば理解できる。
したがって、申立人Aが主張する上記の異議申立理由によっては、訂正発明に係る特許を取り消すことはできない。

6 令和2年11月5日提出の意見書で初めて主張された異議申立理由について
申立人Aは、(i)訂正発明9は、「有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける」ことが特定され、引用する訂正発明1は、連続して投与する期間が3日以上であることを特定しておらず、請求項9が追加された当時の意見書に訂正の根拠として記載された図1には、投与しない期間が10日又は17日間は、連続して投与した期間3日又は10日間の後において実施されているのみであるから、連続して投与する期間を特定しない請求項1を引用する請求項9の部分は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものではない、(ii)訂正発明10、20は、「稚魚を生け簀導入後、9?23日後に投与を開始する」ことは、沖出し半日+馴致22.5日のような期間も包含し、べこ病の原因寄生虫に感染するかどうか不明なものも含むものとなり、感染していない稚魚に対しての「治療剤」及び「治療方法」を含むものとなっているから、発明の詳細な説明に記載したものではないことは明らかである、旨を主張する(令和2年11月5日提出の意見書3?4頁)。

しかしながら、申立人Aの上記主張は、時機に遅れた主張であり、また、上記5(1)に示した特許異議申立理由(特許法第36条第6項第1号違反)を実質的に変更するものであるから、申立人Aの上記主張は採用できない。

第6 むすび
以上のとおり、本件訂正後の請求項1、2、4?12、14?27に係る特許を、取消理由通知書(決定の予告)又は特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によって取り消すことはできない。
また、請求項3及び13に係る特許は、本件訂正により削除された。これにより、申立人A及びBによる、請求項3及び13に係る特許についての特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルベンダゾールを有効成分として、1日当たり、有効成分を10?40mg/kg魚体重経口投与することを特徴とする、海産魚類のべこ病の治療剤であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置するための前記治療剤。
【請求項2】
1日当たり有効成分を10?30mg/kg魚体重経口投与することを特徴とする、請求項1の治療剤。
【請求項3】
(削除)
【請求項4】
海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項1または2の治療剤。
【請求項5】
スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項4の治療剤。
【請求項6】
ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriola quinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriola rivoliana)、Seriola carpenteri、Seriola fasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyrops bleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargus sarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnus thynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthys olivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombus pentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombus arsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項5の治療剤。
【請求項7】
有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項1、2、および4ないし6いずれかの治療剤。
【請求項8】
有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項1、2、および4ないし7いずれかの治療剤。
【請求項9】
有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項1、2、および4ないし8いずれかの治療剤。
【請求項10】
稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始するための請求項1、2、および4ないし9いずれかの治療剤。
【請求項11】
有効成分であるアルベンダゾールを、1日当たり10?40mg/kg魚体重を3日以上連続の投与期間で経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫である、前記治療方法。
【請求項12】
有効成分であるアルベンダゾールを、1日当たり10?30mg/kg魚体重を経口投与することにより、原因寄生虫が寄生した海産魚類を処置することを含む、海産魚類のべこ病の治療方法であって、べこ病の原因寄生虫が、ミクロスポリジウム(Microsporidium)属に属する微胞子虫であり、海産魚類が平均水温19.6℃?22.4℃で飼育されている、前記治療方法。
【請求項13】
(削除)
【請求項14】
海産魚類が、スズキ目、カレイ目又はフグ目の魚類である、請求項11の治療方法。
【請求項15】
スズキ目の魚類が、ブリ属、タイ科又はマグロ属に属する魚類であり、カレイ目の魚類がヒラメ科に属する魚類であり、フグ目に属する魚類がフグ科に属する魚類である、請求項14の治療方法。
【請求項16】
ブリ属に属する魚類が、ブリ(Seriola quinqueradiata)、カンパチ(Seriola dumerili)、ヒラマサ(Seriola lalandi)、ヒレナガカンパチ(Seriola rivoliana)、Seriola carpenteri、Seriola fasciata、ミナミカンパチ(Seriola hippos)、Seriola peruana、及びSeriola zonataのいずれかであり、タイ科に属する魚類が、ミナミクロダイ(Acanthopagrus sivicolus)、タイワンダイ(Argyrops bleekeri Oshima)、キダイ(Dentex tumifrons)、チダイ(Evynnis tumifrons)、マダイ(Pagrus major)、クロダイ(Acanthopagrus schlegelii)、及びヘダイ(Rhabdosargus sarba、Sparus sarba)のいずれかであり、マグロ属に属する魚類が、クロマグロ(Thunnus orientalis)、タイセイヨウクロマグロ(Thunnus thynnus)、ミナミマグロ(Thunnus maccoyii)、メバチマグロ(Thunnus obesus)、ビンナガマグロ(Thunnus alalunga)、キハダマグロ(Thunnus albacares)、コシナガマグロ(Thunnus tonggol)、及びタイセイヨウマグロ(Thunnus atlanticus)のいずれかであり、ヒラメ科に属する魚類が、ヒラメ(Paralichthys olivaceus)、カリフォルニアハリバット(Paralichthys californicus)、ナツヒラメ(Paralichthys dentatus)、タマガンゾウビラメ(Pseudorhombus pentophthalmus)、ガンゾウヒラメ(Pseudorhombus cinnamoneus)、メガレイ(Pseudorhombus dupliciocellatus)、テンジクガレイ(Pseudorhombus arsius)、及びアラメガレイ(Tarphops oligolepis)のいずれかであり、フグ科に属する魚類がトラフグ(Takifugu rubripes)又はマフグ(Takifugu porphyreus)である、請求項15の治療方法。
【請求項17】
有効成分の投与期間が1?20日間である、請求項11、および14ないし16いずれかの治療方法。
【請求項18】
有効成分の投与期間が3?10日間である、請求項11、および14ないし17いずれかの治療方法。
【請求項19】
有効成分の投与後に10?17日間の投与しない期間を設ける、請求項11、および14ないし18いずれかの治療方法。
【請求項20】
稚魚を生け簀導入後、9?23日目に投与を開始することを特徴とする請求項11、および14ないし19いずれかの治療方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-01-05 
出願番号 特願2018-542624(P2018-542624)
審決分類 P 1 651・ 4- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
P 1 651・ 161- YAA (A61K)
P 1 651・ 537- YAA (A61K)
最終処分 維持  
前審関与審査官 鳥居 福代  
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 前田 佳与子
藤原 浩子
登録日 2019-03-08 
登録番号 特許第6489727号(P6489727)
権利者 黒瀬水産株式会社 日本水産株式会社
発明の名称 海産魚類に寄生する微胞子虫及び粘液胞子虫による疾患の治療剤  
代理人 小野 新次郎  
代理人 山本 修  
代理人 中西 基晴  
代理人 宮前 徹  
代理人 寺地 拓己  
代理人 一宮 維幸  
代理人 小野 新次郎  
代理人 寺地 拓己  
代理人 中西 基晴  
代理人 宮前 徹  
代理人 中西 基晴  
代理人 宮前 徹  
代理人 山本 修  
代理人 山本 修  
代理人 一宮 維幸  
代理人 寺地 拓己  
代理人 小野 新次郎  
代理人 一宮 維幸  

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