ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K |
---|---|
管理番号 | 1373041 |
審判番号 | 不服2019-8034 |
総通号数 | 258 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2021-06-25 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2019-06-17 |
確定日 | 2021-04-08 |
事件の表示 | 特願2018-21200「神経前駆細胞を用いた細胞治療における移植補助剤」拒絶査定不服審判事件〔平成30年5月17日出願公開、特開2018-76385〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本願は、2013年(平成25年)11月14日(国内優先権主張 平成25年5月16日)を国際出願日とする特願2015-516878号の一部を、平成30年2月8日に新たな特許出願としたものであって、出願後の主な手続の経緯は次のとおりである。 平成30年10月30日付け 拒絶理由通知 平成31年 3月 5日 意見書の提出 平成31年 3月29日付け 拒絶査定 令和 1年 6月17日 審判請求書及び手続補正書の提出 令和 2年 9月24日付け 拒絶理由通知(当審による) 令和 2年11月27日 意見書の提出 第2 本願発明 本願の請求項1?3に係る発明は、令和1年6月17日提出の手続補正書によって補正された特許請求の範囲の請求項1?3に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。 「【請求項1】 バルプロ酸を有効成分として含有する、神経前駆細胞移植後のドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤。」 第3 当審が通知した拒絶理由 令和2年9月24日付けで当審が通知した拒絶理由(理由1)の概要は、次のとおりである。 [理由1](進歩性) 本願の請求項1?3に係る発明は、その優先日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である下記の引用文献1に記載された発明、同文献に記載された事項及び周知技術に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 上記拒絶理由においては、以下の引用文献1?3が引用されている。 1.佐俣文平,吉川達也,小倉綾,高橋淳,「バルプロ酸投与による中脳 ドパミン神経細胞の成熟と保護作用」,第12回 日本再生医療学会 総会プログラム・抄録,日本再生医療学会雑誌,2013年2月28 日,12巻,増刊号,301頁,演題M-4-1 2.大隅典子,「脳に内在する神経幹細胞の活性化」,学術の動向,20 09年,14巻,8号,30?35頁 3.田中順一,福田隆浩,「パーキンソン病における黒質の細胞変性に ついて」,日本内科学会雑誌,平成6年4月10日,83巻,4号, 528?532頁 第4 引用文献等の記載事項及び引用発明 1 引用文献1の記載事項 引用文献1は、本願発明者(高橋淳)らの学会発表(ポスター)の要旨であり、同文献には、以下の摘記1a?1eの事項が記載されている。なお、下線は当審が付したものである(以下、本審決中の下線について同じ。)。 ・摘記1a(本文1?6行) 「パーキンソン病では中脳腹側の黒質に存在するドパミン神経細胞の脱落変性が生じ、その投射先である線条体のドパミンレベルが低下する。それにより種々の運動障害を中心とする諸症状が出現する。パーキンソン病治療の方法のひとつとして幹細胞移植治療が注目されているが、ドパミン神経細胞の生存性が極めて低いといった問題点がある。」 ・摘記1b(本文7?12行) 「我々はパーキンソン病を対象とした幹細胞移植治療の臨床応用を目指しているが、ドパミン神経細胞の生存率を高めるためにはホスト脳環境の至適化も重要であると考えている。そこで、神経細胞の保護作用が報告され、既に臨床で使用されているバルプロ酸(VPA)、ゾニサミド(ZNS)、エストラジオール(E2)の3薬剤に注目し、ドパミン神経細胞の生着に対する効果を検証した。」 ・摘記1c(本文13?17行) 「マウスiPS細胞からSFEB変法で神経誘導を行い、初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞をソーティングにより得た。ソート後の細胞に3種の薬剤を加えin vitroで培養すると、VPAとE2を加えた群でドパミン神経細胞マーカー(TH)陽性細胞の増加が認められた。」 ・摘記1d(本文17?20行) 「さらにソート後の細胞を腹腔内投与で薬剤処置したラットへ移植すると、移植後28日目でコントロール群に対しVPAを処置した群で移植細胞の生着率向上が示唆された。」 ・摘記1e(本文21?23行) 「これらの結果から、VPAにはドパミン神経細胞の成熟と保護効果が期待できると考えられる。今後はVPAがヒトiPS細胞でも同様の効果を発揮できるのかを調べる必要がある。」 2 引用文献2の記載事項 引用文献2には、次の摘記2の事項が記載されている。 ・摘記2(34頁左欄下から7行?同頁右欄4行) 「DHA含有、ARA含有および対照となる餌を作製してもらい、母乳を介して仔ラットに生後2日目から4週間にわたって多価不飽和脂肪酸を与えた。すると、とくにARAを摂取した仔ラットの海馬において増殖細胞数が約30%増加するとともに、神経前駆細胞のマーカーであるグリア細胞線維性酸性たんぱく質(glial fibrillary acidic protein:GFAP)やポリシアル化神経細胞接着分子(polysialic acid-neural cell adhesion molecule:PSA-NCAM)の発現が増加することが分かった^((9))。」 3 引用文献3の記載事項 引用文献3には、次の摘記3の事項が記載されている。 ・摘記3(530頁左欄下から3行?同頁右欄4行) 「パーキンソン病では黒質のドーパミン神経細胞の脱落が線条体のドーパミン量の減少をもたらすことはよく知られている.ドーパミン神経細胞のマーカーであるチロシン水酸化酵素(TH)の抗体を用いた免疫組織化学では黒質緻密帯のチロシン水酸化酵素陽性の色素神経細胞の数が対照の約30%に減少し,やはり外側部で著明である.」 4 参考文献の記載事項 請求人が令和2年11月27日提出の意見書に添付して提出した参考文献「Stem Cells,2010,vol.28,pp.501-512」には、以下の摘記4a?4cの事項が記載されている。なお、同文献は英語で記載されているため、当審による訳文で摘記する。 ・摘記4a(502頁左欄2?6行、15?19行) 「パーキンソン病(PD)は最も一般的な運動障害であり、無動症、硬直、振戦を示す。運動症状に最も関連する神経病理は中脳の黒質にあるドパミン(DA)ニューロンの進行性変性である。・・・。しかし、DAニューロンは、細胞が発達の初期の段階(例えば、ラット胚の11.5?12.5日)の中脳腹側に由来する場合にのみ、培養された神経前駆細胞(NPC)から効率的に生成される[3,4]。」 ・摘記4b(502頁左欄25?29行、47?51行) 「中脳DAニューロンは、複数の因子の作用を伴う複雑なプロセスを通じて胚性中脳の底板から発生する。これらの因子にはソニックヘッジホッグ(SHH)、線維芽細胞成長因子8(FGF8)、Lmx1a、Foxa1/2などの細胞型特異化因子が含まれる。・・・。 Foxa2(翼状ヘリックス/フォークヘッド・ボックス・A2:HNF3beta)は、中枢神経系(CNS)において神経板の腹側で最初に発現する転写因子である。同因子は、続いて神経管の底板で発現し、次いで中脳腹側で広く発現する[11-13]。」 ・摘記4c(501頁「ABSTRCT」左欄4?9行、11?16行、右欄9? 13行) 「・・・。孤立した核内受容体であるNurr1は、インビトロにおいて非ドパミン作動性NPCからのDAニューロンの分化を促進する転写因子として報告されている。しかし、Nurr1のみでは、完全なニューロンの成熟も中脳DAニューロンに特異的に見られるタンパク質の発現も誘導しない。・・・。ここで我々は、中脳DAニューロン発達における役割が最近明らかになったフォークヘッド転写因子であるFoxa2が、Nurr1と相乗的に協力し、DA表現型の獲得、中脳特異的遺伝子発現、及び、ニューロンの成熟を誘導することを示す。・・・。一貫して、Nurr1及びFoxa2で形質導入されたNPCの移植によって、中脳型のDAニューロンが豊富な移植片が生成された一方、増殖する細胞の数は減少し、ラットPDモデルにおける運動障害は有意に逆転した。」 5 引用文献1に記載された発明 上記1の摘記1dに記載された「ソート後の細胞」は、同摘記1cに記載された「マウスiPS細胞からSFEB変法で神経誘導を行い、初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞をソーティングして得た」ものであり、同摘記1bの記載から「VPA」は「バルプロ酸」の略語であることは明らかであるから、同摘記1a?1e、特に同摘記1dの記載によれば、引用文献1には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 ≪引用発明≫ 「バルプロ酸を有効成分として含有する、マウスiPS細胞由来である初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞のラットへの移植後の移植細胞の生着率向上剤。」 第5 対比・判断 1 本願発明と引用発明との対比 本願発明と引用発明とを対比する。 引用文献1の摘記1cに記載された「初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)」は、神経前駆細胞のマーカーとして本願優先日前に周知のものであり(例えば、摘記2を参照。)、本願明細書の【0021】においても、「PSA-NCAM、CD24及びCorin等の神経前駆細胞又は神経細胞に特異的に発現するマーカー分子」と記載されているから、引用発明における「マウスiPS細胞由来である初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞」は、本願発明における「神経前駆細胞」に相当する。 また、引用発明における「ラットへの移植後」は、本願発明における「移植後」に相当する。 そして、本願明細書の【0047】に「神経前駆細胞(NPC)」と記載され、同【0053】には「VPAは移植したNPCの神経細胞への分化を促進することが示唆された。」と記載され、同【0054】には「VPA又はZNSの全身投与によって、移植した神経前駆細胞から分化したドパミン作動性ニューロンの残存率が向上することが示唆された。」と記載されているから、本願発明における「ドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤」は、移植後の神経前駆細胞に作用するものと認められる。一方、引用発明において、「移植細胞」は、「マウスiPS細胞由来である初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞」であると認められるところ、上記のとおり、当該細胞は本願発明における「神経前駆細胞」に相当するから、引用発明における「移植細胞の生着率向上剤」も、移植後の神経前駆細胞に作用するものといえる。 そうすると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりであると認められる。 <一致点> 「バルプロ酸を有効成分として含有する、神経前駆細胞移植後の神経前駆細胞に作用する剤。」 <相違点> 移植後の神経前駆細胞に作用する剤が、本願発明では「ドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤」であるのに対し、引用発明では「移植細胞の生着率向上剤」である点。 2 判断 (1)相違点について 上記相違点について検討する。 引用文献1には、ソート後の初期神経細胞マーカー(PSA-NCAM)陽性細胞にバルプロ酸を加えてインビトロで培養すると、ドパミン神経細胞マーカー(TH)陽性細胞の増加が認められたことが記載されている(摘記1c)。ここでいう「ドパミン神経細胞マーカー(TH)」とは、ドパミン神経細胞のマーカーとして本願優先日前に周知の「チロシン水酸化酵素(チロシンヒドロキシラーゼ)(TH)」のことであると解され(例えば、摘記3を参照。)、TH陽性細胞の増加は、ドパミン神経細胞、即ちドパミン作動性ニューロンの分化誘導の向上を示したものと認められる。 引用文献1に示された、上記のバルプロ酸によるドパミン作動性ニューロンの分化誘導の向上は、インビトロでの作用ではあるが、引用文献1には、インビボでの試験に関して、「バルプロ酸(VPA)・・・に注目し、ドパミン神経細胞の生着に対する効果を検証した。」と記載され(摘記1b)、さらに、「これらの結果から、VPAにはドパミン神経細胞の成熟と保護効果が期待できると考えられる。」とも記載されているところ(摘記1e)、上記のインビトロでの作用も考慮すれば、ここでいう「ドパミン神経細胞の成熟と保護」における「成熟」とは、インビボでの神経前駆細胞の移植後のドパミン作動性ニューロンの「分化誘導」のことを意味し、同「保護」とは同移植後のドパミン作動性ニューロンを「生着」させることを意味するものと認められ、バルプロ酸にはそれらの効果が期待できることが理解できるといえる。 そうすると、引用文献1の記載から、バルプロ酸の処置によって、インビボでの移植後の神経前駆細胞それ自体の生着率の向上に限らず、当該移植後の神経前駆細胞からドパミン作動性ニューロンへの分化誘導も期待できると理解できるから、そのような引用文献1の記載に接した当業者にとって、バルプロ酸の処置により神経前駆細胞の移植後に当該細胞がドパミン作動性ニューロンに分化誘導されることを、THをはじめとするドパミン神経細胞のマーカー等の発現についての試験を行うなどして実際に確認する動機付けは十分にあり、その結果として、引用発明の「移植細胞の生着率向上剤」を、「ドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤」とすることは、容易になし得たことである。 (2)本願発明の効果について 本願明細書の【0038】?【0055】に、【実施例】として、iPS細胞由来の神経前駆細胞をラットに移植した場合のバルプロ酸の投与の影響に関する試験を含む幾つかの試験及びそれらの結果が記載されている。 具体的には、SFEB法によってマウスiPS細胞から誘導した9日目の神経前駆細胞のSDラットの線条体への移植後4週間目の移植片において、成熟神経細胞のマーカーであるNeuNが陽性(NeuN^(+))である細胞の割合が、バルプロ酸を移植2日前から毎日投与した群では、コントロールと比較して有意に増加したことから、バルプロ酸は移植された神経前駆細胞の神経細胞への分化を促進することが示唆された旨が記載されている(【0052】?【0053】及び【図6】(B)を参照。)。 また、ドパミン作動性ニューロンの特異的マーカーであるチロシンヒドロキシラーゼ(TH)が陽性(TH^(+))である細胞の数、及び、THとともに中脳マーカーであるFOXA2が同時に陽性(TH^(+)FOXA2^(+))である細胞の数が、バルプロ酸投与群では、コントロールと比較して有意に多かったことから、バルプロ酸の投与によって移植した神経前駆細胞から分化したドパミン作動性ニューロンの残存率が向上することが示唆された旨が記載されている(【0054】及び【図7】(B)(C)を参照。)。 しかしながら、上記(1)で説示したように、引用文献1には、神経前駆細胞であるマウスiPS細胞由来のPSA-NCAM陽性細胞を、バルプロ酸を加えてインビトロで培養すると、ドパミン神経細胞マーカー(TH)陽性細胞が増加したことが記載されていることに加えて、インビボでの実験結果に基づく同文献の記載からは、バルプロ酸にはインビボでの移植後の神経前駆細胞からのドパミン作動性ニューロンへの分化誘導も期待できることが理解できる。 そうすると、バルプロ酸を処置したラットに移植された神経前駆細胞において、周知の成熟神経細胞のマーカーであるNeuN(例えば、特開2004-236607号公報の【0018】、特開2007-284410号公報の【0049】及び再公表特許2007/010989号の【0046】を参照。)やドパミン作動性ニューロン特異的マーカーであるTHをはじめとする神経細胞のマーカーが陽性である細胞の数が増加することは、当業者が予測し得ることであって、その増加の程度も予測し得ない格別顕著なものとは認められない。 また、引用発明はパーキンソン病を対象とした幹細胞移植治療の臨床応用を目的したものであって(摘記1a)、パーキンソン病が中脳の黒質に存在するドパミン作動性ニューロンの脱落変性に起因する疾病であることは本願優先日前に当業者に周知であったから(例えば、摘記1a、摘記3及び摘記4aを参照。)、当業者ならば、バルプロ酸を処置したラットに移植された神経前駆細胞について、中脳腹側で広く発現する中脳マーカーとして周知であるFOXA2(例えば、摘記4a?4cを参照。)が発現する細胞の数が増加することも確認することは、容易になし得たことであって、その増加の程度も予測し得ない格別顕著なものとは認められない。 3 請求人の主張について (1)請求人の主張の概要 請求人は、令和2年11月27日提出の意見書において、概略、以下のア?ウの主張をしている。 ア 引用文献1には、移植した細胞の生着率が向上したことが記載されているのに留まり、移植した細胞がドパミン作動性ニューロンに分化したか否かは記載されていない。また、引用文献1には、神経細胞の分化に関して、インビトロでの実験結果が記載されているが、インビボでの実験結果については記載も示唆もされていない。 神経細胞の技術分野では、インビトロでの実験結果から必ずしもインビボでの実験結果を類推又は予測できない。実際、本願明細書の【0048】?【0049】及び【図3】(B)に示すとおり、インビトロでは、PSA-NCAM陽性細胞をエストラジオール(E2)の存在下で培養して得た細胞では、TH陽性細胞の割合がコントロールの細胞(E2なし)に対し約2倍にまで増加した一方で、同【0052】及び【図7】(B)に示すとおり、インビボでは、神経前駆細胞(NPC)をSDのラット線条体に移植しE2を投与したSDラットの移植片では、コントロールと比較して移植片当たりのTH陽性細胞の割合に有意な増加はなかった。 したがって、本願発明における「移植後のドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤」(相違点)は、分化についてインビトロでの実験結果のみを言及している引用文献1から容易に想到し得るものではない。 (上記意見書の2頁6?13行、2頁下から9行?3頁7行) イ 引用文献1における「VPAにはドパミン神経細胞の成熟と保護効果が期待できると考えられる」との記載から必ずしも本願発明の「移植後のドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上」の作用を予測できるわけではない。 例えば、ゾニサミド(ZNS)を投与した場合では、移植片中の神経前駆細胞(NPC)から新たな神経細胞(成熟神経細胞への分化マーカーであるNeuN陽性細胞)への分化の割合は、コントロールと同程度であった(本願の【図6】(B))のに対し、移植片中の中脳ドパミン作動性ニューロン(TH^(+)FOXA2^(+))の割合は、コントロールよりも顕著に増加した(本願の【図7】(B)(C))。 これらの結果から、ZNSの投与による、神経前駆細胞(NPC)の神経細胞への分化の効率と、移植後の中脳ドパミン作動性ニューロンの残存率とは、互いに独立した関係にある(本願明細書の【0054】)といえる。 したがって、この観点からも、本願発明に係る「移植後のドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上剤」(相違点)は、引用文献1から容易に想到し得るものではない。 (上記意見書の3頁8?26行) ウ 本願実施例において、インビトロ(本願の【図4】(A))及びインビボ(本願の【図7】(C))での実験結果として示したとおり、VPAの投与により分化した神経細胞に存在するTH^(+)FOXA2^(+)細胞の割合は、コントロールよりも顕著に増加している。 FOXA2は中脳で発現しており、FOXA2を発現させた細胞の移植がラットPD(パーキンソン病)モデルにおいて症状の改善に有効であることが知られている(添付した参考文献を参照)。 そうすると、TH^(+)FOXA2^(+)細胞の割合が増加するという本願発明によれば、パーキンソン病の治療により有効であるという効果も得られる。 引用文献1には、TH^(+)細胞が記載されているに過ぎず、また引用文献2及び3にも当該効果に関する記載や示唆はない。 したがって、本願発明による効果は、引用文献1?3からは予測できない顕著な効果といえる。 (上記意見書の3頁27?38行) (2)請求人の主張についての判断 しかしながら、請求人の上記主張ア?ウは、いずれも採用できない。その理由は以下のとおりである。 ア 上記主張アについて 請求人が指摘する、エストラジオール(E2)を用いた場合にはTH陽性細胞がインビトロでは有意に増加してもインビボの移植片では有意な増加がなかったことは、本願明細書に記載された一実験結果に過ぎず、本願優先日前の公知事実でないから、進歩性の判断において考慮することはできない。また、神経細胞のインビトロでの分化誘導の向上の実験結果からはインビボでの実験結果が全く類推又は予測できないともいえない。なお、引用文献1にも、インビトロではバルプロ酸(VPA)やエストラジオール(E2)を加えた群ではドパミンTH陽性細胞の増加が認められたことが記載されている(摘記1c)一方で、インビボでの移植実験については、E2への言及はなく、VPAについてのみ記載されている(摘記1d?1e)ことは、本願明細書における上記実験結果の記載と矛盾するものでもない。 そして、上記2(1)で説示したように、引用文献1には、分化についてインビトロでの実験結果のみが記載されているわけではなく、インビボでの実験結果に基づく同文献の記載からは、バルプロ酸にはインビボでの移植後の神経前駆細胞からのドパミン作動性ニューロンへの分化誘導も期待できることが理解できるから、当業者にとってバルプロ酸の当該作用を実際に確認する動機付けは十分にあるというべきである。 イ 上記主張イについて 請求人は、ゾニサミド(ZNS)を投与した場合における、移植後の神経前駆細胞(NPC)の神経細胞への分化の効率と、移植後の中脳ドパミン作動性ニューロンの残存率とは、互いに独立した関係にある旨を主張する。 しかしながら、それは、本願明細書に記載されたバルプロ酸(VPA)とは別異の化合物であるゾニサミド(ZNS)についての実験結果に基づいた考察であって、本願優先日前の公知事実でないため、進歩性の判断において考慮することはできない。 そして、引用文献1の記載から、バルプロ酸の処置により、インビボでの移植後の神経前駆細胞がドパミン作動性ニューロンに分化誘導することについて、当業者が実際に確認する動機付けが十分にあるといえることは、上記2(1)で説示したとおりであって、本願明細書に記載の移植後のドパミン作動性ニューロンの分化誘導向上の実際の効果が、予測し得ない格別顕著なものとはいえないことも、上記2(2)で説示したとおりである。 ウ 上記主張ウについて 上記2(1)及び(2)でも説示したように、引用文献1の記載に接した当業者にとって、バルプロ酸を処置したラットに移植された神経前駆細胞のドパミン作動性ニューロンへの分化誘導を、THをはじめとする神経細胞のマーカーの発現について試験を行うなどして実際に確認する動機付けは十分にあるといえる。その際に、中脳マーカーであるFOXA2の発現も確認の対象に加えることは、当業者が容易になし得たことであって、それらのマーカーの発現の程度も予測し得ない格別顕著なものとは認められない。 また、引用発明はパーキンソン病を対象とした幹細胞移植治療の臨床応用を目的したものであって(摘記1a)、パーキンソン病は中脳の黒質に存在するドパミン作動性ニューロンの脱落変性に起因するものである(例えば、摘記1a、摘記3及び摘記4aを参照。)。そして、上記2(2)で説示したとおり、バルプロ酸の処置によって移植後の神経前駆細胞においてドパミン作動性ニューロン特異的マーカーであるTH及び中脳マーカーであるFOXA2等の神経細胞マーカーが陽性である細胞の数が増加することは予測し得ることであるから、パーキンソン病の治療により有効となることも、当業者ならば予測し得ることであるといえる。 第6 むすび 以上のとおりであるから、本願請求項1に係る発明は、引用文献1に記載された発明、同文献に記載された事項及び周知技術に基いて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。 したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2021-01-26 |
結審通知日 | 2021-02-02 |
審決日 | 2021-02-16 |
出願番号 | 特願2018-21200(P2018-21200) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
WZ
(A61K)
|
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 磯部 洋一郎 |
特許庁審判長 |
藤原 浩子 |
特許庁審判官 |
穴吹 智子 井上 典之 |
発明の名称 | 神経前駆細胞を用いた細胞治療における移植補助剤 |
代理人 | 阿部 寛 |
代理人 | 坂西 俊明 |
代理人 | 長谷川 芳樹 |
代理人 | 吉住 和之 |
代理人 | 清水 義憲 |