ポートフォリオを新規に作成して保存 |
|
|
既存のポートフォリオに追加保存 |
|
PDFをダウンロード |
審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 B23K 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 B23K |
---|---|
管理番号 | 1373800 |
異議申立番号 | 異議2021-700055 |
総通号数 | 258 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-06-25 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-01-18 |
確定日 | 2021-05-13 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6726370号発明「フラックスフリーろう付用アルミニウムブレージングシート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6726370号の請求項1?9に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6726370号(以下、「本件特許」という。)の請求項1?9(以下、それぞれ「本件特許請求項1」?「本件特許請求項9」という。)に係る特許についての出願は、2019年(平成31年)1月23日に国際出願され、令和2年6月30日にその特許権の設定登録がされ、同年7月22日に特許掲載公報が発行され、その後、令和3年1月18日に、その請求項1?9(全請求項)に係る特許に対し、特許異議申立人である黒野美穂(以下「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件特許発明 本件特許の請求項1?9に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」?「本件特許発明9」といい、これらをまとめて「本件特許発明」ということがある。また、本件特許の願書に添付した明細書及び図面を「本件特許明細書」及び「本件特許図面」という。)は、それぞれ特許請求の範囲の請求項1?9に記載された事項により特定される、次のとおりのものと認める。 「【請求項1】 少なくとも心材及びろう材の二層以上の複層構造を有するアルミニウムブレージングシートであって、質量%で、Mgを0.01?2.0%、Siを1.5?14.0%、Biを0.005?1.5%含有するAl-Si-Mg-Bi系ろう材が前記心材の片面または両面にクラッドされて最表面に位置し、前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれるMg-Bi系化合物が、表層面方向の観察において、円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm2視野あたり10個よりも多く存在し、かつ、5.0μm以上の径を有するものが10000μm2視野あたり2個未満であり、さらに、ろう材に含まれるBi単体の粒子は、表層面方向の観察において、円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm2視野あたり5個未満であることを特徴とするアルミニウムブレージングシート。 【請求項2】 前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれるSi粒子は、表層面方向の観察において、円相当径で0.8μm以上の径をもつものの数の内、円相当径で1.75μm以上の径のものの数が25%以上であることを特徴とする請求項1に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項3】 前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれるSi粒子は、円相当径で1.75μm以上の径をもつものの面積率が対表面積で0.1?1.5%の範囲であることを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項4】 前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれるMgとBiの原子濃度比が、Mg/Bi=1.5以上であることを特徴とする請求項1?3のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項5】 前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる不純物中で、Caが質量ppmで100ppm以下である請求項1?4のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項6】 前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に、さらに、質量%で0.1?9.0%のZnを含有する請求項1?5のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項7】 前記心材が、質量%で、Si:0.05?1.2%、Mg:0.01?2.0%、Mn:0.1?2.5%、Cu:0.01?2.5%、Fe:0.05?1.5%、Zr:0.01?0.3%、Ti:0.01?0.3%、Cr:0.01?0.5%、Bi:0.005?1.5%およびZn:0.1?9.0%の内1種または2種以上を含有する請求項1?6のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項8】 前記心材が、質量%で、Si:0.05?1.2%、Mg:0.01?2.0%を含有し、さらにMn:0.1?2.5%、Cu:0.01?2.5%、Fe:0.05?1.5%、Zr:0.01?0.3%、Ti:0.01?0.3%、Cr:0.01?0.5%、Bi:0.005?1.5%およびZn:0.1?9.0%の内1種または2種以上を含有する請求項1?6のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。 【請求項9】 前記心材に犠牲材がクラッドされ、前記犠牲材が質量%で、Zn:0.1?9.0%を含有し、さらに、Si:0.05?1.2%、Mg:0.01?2.0%、Mn:0.1?2.5%、Fe:0.05?1.5%、Zr:0.01?0.3%、Ti:0.01?0.3%、Cr:0.01?0.5%、Bi:0.005?1.5%の内1種または2種以上を含有する請求項1?8のいずれか1項に記載のアルミニウムブレージングシート。」 なお、本件特許請求項1記載の「μm2」は、以下、第4 1.(2)でも検討するとおり、「μm^(2)」の軽微な誤記といえるため、以下の本件特許発明では、そのように読み替える。 第3 特許異議の申立ての理由の概要 申立人は、証拠方法として、次の甲第1号証?甲第2号証を提出し、以下の申立理由1?3により、本件特許請求項1?9に係る特許は取り消されるべきものである旨を主張している。 甲第1号証:特開2014-50861号公報 甲第2号証:特開2018-196896号公報 1.申立理由1(明確性要件) 特許異議申立書3.(4)ウ.(2)14?22頁 本件特許発明1?9については、 (1)Mg-Bi系化合物及びBi単体粒子の特定方法が定義されていない点 (2)「Mg-Bi系化合物」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義を理解することができない点 (3)「Bi単体粒子」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義を理解することができない点 において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから、本件特許の請求項1?9に係る特許は、同法113条4号に該当する。 なお、特許異議申立書3.(4)ウ.(2)(iv)22頁に記載された「これらの理由により、本件特許発明1及びこれを引用するすべての請求項に係る本件特許発明2?9は、特許法36条6項1号の明確性要件を具備していない。」は、「これらの理由により、本件特許発明1及びこれを引用するすべての請求項に係る本件特許発明2?9は、特許法36条6項2号の明確性要件を具備していない。」の誤記と認め、そのように読み替える。 2.申立理由2(サポート要件) 特許異議申立書3.(4)ウ.(3)23?26頁 本件特許発明1?9については、 (1)構成元素、Mg-Bi系化合物及びBi単体粒子に関し、本件特許明細書に「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている点 において、特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1?9に係る特許は、同法113条4号に該当する。 なお、特許異議申立書3.(4)ウ.(3)(v)26頁に記載された「したがって、上記A2要件?A4要件を含む本件特許発明1は、『発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲』を超えているといえ、特許法36条6項2号に規定されるサポート要件に違反している。」は、「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えているといえ、特許法36条6項1号に規定されるサポート要件に違反している。」の誤記と認め、そのように読み替える。 3.申立理由3(実施可能要件) 特許異議申立書3.(4)ウ.(4)26?27頁 本件特許発明1?9については、 (1)上記1.(1)のMg-Bi系化合物及びBi単体粒子の特定方法が定義されていないとの申立理由1の主張を踏まえ、作製後のブレージングシートにおけるろう材の構成を一義的に把握することができないから本件特許発明は実施することができない点 (2)本件特許発明の実施に必要な製造条件を理解することができない点 において、発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから、本件特許の請求項1?9に係る特許は、同法113条4号に該当する。 第4 当審の判断 当審は、以下に述べるとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すことはできないと判断した。 1.申立理由1(明確性要件)について (1)明確性要件についての判断手法 特許請求の範囲の記載が、明確性要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 (2)本件特許発明に関する明確性要件判断 上記(1)の判断手法を踏まえ、本件特許発明に関する特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合しているか否かについて検討する。 ア.本件特許請求項1記載の「前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれるMg-Bi系化合物が、表層面方向の観察において、円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm2視野あたり10個よりも多く存在し、かつ、5.0μm以上の径を有するものが10000μm2視野あたり2個未満であり、」との「Mg-Bi系化合物」に関する特定内容、及び「ろう材に含まれるBi単体の粒子は、表層面方向の観察において、円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm2視野あたり5個未満である」との「Bi単体の粒子」に関する特定内容は、いずれも「μm2」なる記載が「μm^(2)」の軽微な誤記とは認められるものの、「Mg-Bi系化合物」及び「Bi単体の粒子」に関する特定内容の記載について、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものであるとはいえない。 イ.次に、本件特許明細書又は本件特許図面の「Mg-Bi系化合物」及び「Bi単体の粒子」に関する記載と、本件特許請求項1における「Mg-Bi系化合物」及び「Bi単体の粒子」に関する記載とで、互いの内容に相反する点はなく、かつ、詳細には以下(3)ア.(ア)において検討するように、本件特許明細書記載の「EPMAの全自動粒子解析」及び「TEM」により、「Mg-Bi系化合物」及び「Bi単体粒子」を十分な精度で測定し、これらを一義的に特定することも可能と判断されるから、本件特許明細書又は本件特許図面との関係において、かえって本件特許請求項1の記載が第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものであるともいえない。 ウ.以上のことから、本件特許発明1?9はいずれも明確である。 (3)申立人の主張について ア.Mg-Bi系化合物及びBi単体粒子の特定方法について (ア)申立人は、非常に微細な粒子である「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」とを正確に区別して大きさを把握することは容易ではなく、測定者による測定条件の設定次第によって結果が左右され、真実の状態を一義的に判断できない場合があるとし、本件特許明細書には、これら粒子で所定粒子径のものの数をカウントするための測定について、単なる「EPMAの全自動粒子解析」及び「TEM」への言及がなされているのみで、化学成分組成の判断を左右する特定の条件設定を前提とした測定方法が示されていない、特にEPMAについては、本発明を完成させる際に用いた分析方法・分類ソフトなどを明確に記載してなく、また、TEMについては、あくまでも、顕微鏡を意味するものであり、どのように元素分析を行うのか明確に記載していないから、本件特許発明は明確でない旨を主張する。(特許異議申立書14?19頁) (イ)しかしながら、TEMで微細な粒子を観察しつつ、元素分析できる装置を併用して粒子の情報を解析することは、たとえば、当審における職権調査により発見した特開2016-100064号公報の【0075】に「なお、活物質粒子1A-1FのNiの原子濃度等の組成は、例えば、TEM-EDX、TEM-EELS等によって測定することができる。」と記載され、同特開2012-53954号公報の【0031】に「また、実際にどの程度イオンが侵入しているかについては、断面TEM-EELS、TEM-EDXマッピング等の手法によって測定できる。」と記載されているように、本件特許に係る出願の出願時において周知の技術的事項であったと判断される。 そして、本件特許明細書の記載に触れた当業者であれば、明らかに元素分析が必要な場面において、単にTEMへの言及がなされているのみであっても、EELSやEDXなどの元素分析できる装置を併用して元素分析を行えばよいことについて、当然に理解ができるものといえる。 この点、特許異議申立書18頁において、「電子エネルギー損失分光(EELS)検出器もしくはエネルギー分散型X線分光(EDS)検出器をTEMに組合わせることが必要であると思われる。」と述べられていることとも符合する。 また、本件特許明細書【0026】には、「円相当径0.01?5.0μm径未満のMg-Bi系化合物」を特定する手順として、「EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた全自動粒子解析を行うと共に、さらに、1μm以下の微細な化合物を測定するため、TEM(透過型電子顕微鏡)で観察し、円相当径0.01?5.0μm径未満のMg-Bi系化合物粒子数をカウントする」ことが記載されている。 上記記載によれば、「EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた全自動粒子解析」だけでは精度良く解析仕切れない、特に微細な1μm径以下の粒子の解析については、TEMを用いた測定を用いて補完しているものと理解することができる。そして、EPMA(電子線マイクロアナライザ)を用いた全自動粒子解析では、通常の測定条件を採用し、その設定範囲において1μm径程度の大きさの粒子までであれば、比較的精度良く大きさ及び化学成分組成の分析を行うことができると理解できる。 この点、特許異議申立書17頁において、「分析深さは、EPMAの場合は1μm程度が一般的である」と説明されている点とも整合する。 そうすると、本件特許発明の「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」とで所定粒子径のものの数をそれぞれカウントすることは、本件特許明細書の記載に基づいて十分に行うことができるものであって、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものとはいえない。 これに対して、申立人の主張は、単に「Mg-Bi系化合物」や「Bi単体粒子」を不十分な精度でしか測定できず、これらを一義的に特定できるとまでいえない一般的な可能性を指摘するに留まり、技術常識を踏まえてもなお、明らかにそれらを測定することができない具体的理由を主張するものではない。 よって、申立人の主張は採用できない。 イ.「Mg-Bi系化合物」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義 (ア)申立人は、本件特許発明は、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Mg-Bi系化合物」について、「円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多く存在し、かつ、5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり2個未満であり、」との、「円相当径5.0μm径」を境にした10000μm^(2)視野あたりの粒子数の規定を有することを挙げ、例えば4.9μm径のMg-Bi系化合物であれば10000μm^(2)視野あたり上限なく存在が許容される一方、例えば5μm径のMg-Bi系化合物であれば10000μm^(2)視野あたり1個しか許容されないことになるが、4.9μm径のMg-Bi系化合物と5μm径のMg-Bi系化合物とでは両者の体積もそう大きな差異はなく、それぞれの1個が最終的な所望の効果に及ぼす影響に大きな差異があるとは考えられないことに鑑みると、そのような「円相当径5.0μm径」を境にした上記規定の技術的意義を理解することはできない旨を主張する。(特許異議申立書19?21頁) (イ)しかしながら、本件特許発明の、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Mg-Bi系化合物」に関する「円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多く存在し、かつ、5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり2個未満であり、」との上記規定は、上記(2)で述べたとおり、上記(1)の明確性要件についての判断手法に照らし、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものとはいえないし、そこに、上記(ア)で申立人が主張するような「Mg-Bi系化合物」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義に関する判断が影響するとはいえない。 よって、申立人の主張は明確性要件に関する主張として当を得たものでなく、採用できない。 (ウ)また、申立人が主張をするように、上記規定の技術的意義を理解することができないのかという点についても念のために検討しておくと、「円相当径5.0μm径」を境にした上記規定は、 a.一方の「円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多く存在し」との発明特定事項部分は、本件特許明細書【0026】に「微細なMg-Bi系化合物が分散することで、ろう付昇温過程で化合物が溶融した際に、Biが材料表面に均一に濃縮し易くなり、緻密な酸化皮膜の成長が抑制される。上記化合物が10個以下であると、緻密な酸化皮膜の抑制効果が不十分となりろう付性が低下する。」と説明されるとおりの技術的意義を有し、 b.他方の「5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり2個未満であり、」との発明特定事項部分は、本件特許明細書【0027】に「粗大なMg-Bi系化合物は、ろう付昇温過程で溶融し難く材料表面にBiが均一に濃化しにくいため、酸化皮膜成長の抑制効果が低い。また、粗大な化合物ができることで5.0μm未満の微細なMg-Bi化合物の生成が減るため、酸化皮膜成長の抑制効果が低下する。」と説明されるとおりの技術的意義を有するものと理解できる。 これに対して、申立人は、本件特許発明の上記規定を満たす例として、さも発明の技術的意義が理解できないかのような極端な条件を選択した例を提示しているが、これらa.及びb.の発明特定事項部分を合わせた上記規定は、溶融しやすさ、しにくさの観点からMg-Bi系化合物の大きさ「円相当径5.0μm径」を境界の目安として選択した規定であると理解され、その技術的意義が不明確なものともいえない。 ウ.「Bi単体粒子」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義 (ア)申立人は、本件特許発明が、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Bi単体粒子」について、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満である」との規定を有し、かつ、その目的が、本件特許明細書【0028】記載のように、「ろう付前のろう材中で単体Biが殆ど存在しないように材料を作製すること」にあることを挙げた上で、かかる規定は、10000μm^(2)視野あたり、例えば4.9μm径のものであれば5個以上無限に存在してもよい内容と解され、これが、「ろう付前のろう材中で単体Biが殆ど存在しない」という結果を意味するとは、当業者には理解できないし、本件特許明細書の表1及び表2には、10000μm^(2)視野あたりのBi単体粒子の個数については、5μm径以上のものに限定することなく、それよりも小さい粒子も含めた個数が記載されていることからみて、本件特許発明1は、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Bi単体粒子」が、粒径に関わらず10000μm^(2)視野あたり5個未満と規定すべきであるとして、「円相当径5.0μm径以上」の「Bi単体粒子」の所定視野あたりの数を制限する上記規定の技術的意義を理解することはできない旨を主張する。(特許異議申立書21?22頁) (イ)しかしながら、本件特許発明の、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Bi単体粒子」について、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満である」との上記規定は、上記(2)で述べたとおり、上記(1)の明確性要件についての判断手法に照らし、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確なものとはいえないし、そこに、上記(ア)で申立人が主張するような「Bi単体粒子」の「円相当径5.0μm径」の技術的意義に関する判断が影響するとはいえない。 よって、申立人の主張は明確性要件に関する主張として当を得たものでなく、採用できない。 (ウ)また、申立人が主張をするように、上記規定の技術的意義を理解することができないのかという点についても念のために検討しておくと、アルミニウムブレージングシートの表層面方向の観察における「Bi単体粒子」について、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満である」という上記規定は、本件特許明細書【0028】に「前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる円相当径で5.0μm径以上のBi単体の粒子が、ろう付前の表層面方向の観察において、10000μm^(2)視野あたり5個未満とすることで酸化などによるBiの消耗が殆どなく、Bi添加によるろう付性向上効果が大きくなる。」と説明されるとおりの技術的意義を有するものと理解できる。 また、本件特許明細書の表1及び表2に記載された、10000μm^(2)視野あたりのBi単体粒子の個数については、粒子径によらずカウント対象にしている理由も特に説明されてなく、通常であれば、本件特許発明に対応して「円相当径で5.0μm以上の径」を有するものを対象にカウントしていると解するのが自然と思われる。しかしながら、もし仮に、粒子径によらずカウント対象としているものであるとしても、本件特許発明に対応して存在が制限されることになる「円相当径で5.0μm以上の径」を有する粒子の数は、これら表1及び表2に記載された10000μm^(2)視野あたりのBi単体粒子の個数よりも少なくなるはずであり、特に表1に記載された実施例は、全ての例において「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満である」との特定が満たされる。 これに対して、申立人は、本件特許発明の上記規定を満たす例として、さも発明の技術的意義が理解できないかのような極端な条件を選択した例を提示しているが、上記規定は、酸化などによるBiの消耗のしやすさの観点からBi単体粒子の大きさ「円相当径5.0μm径」を下限目安として選択した規定であると理解され、その技術的意義が不明確なものともいえない。 (3)まとめ したがって、申立理由1(明確性要件)によっては、本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。 2.申立理由2(サポート要件)について (1)サポート要件についての判断手法 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 (2)本件特許発明に関するサポート要件判断 上記(1)の判断手法を踏まえ、本件特許発明に関する特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しているか否かについて検討する。 ア.本件特許発明は、所定の化学成分組成及び所定の粒子分布のAl-Si-Mg-Bi系ろう材が心材の片面または両面にクラッドされて最表面に位置するアルミニウムブレージングシートに関するものである。 イ.本件特許明細書の記載(【0005】?【0008】)によれば、本件特許発明の課題は、「フラックスフリーにおいて良好な接合性が得られるフラックスフリーろう付用アルミニウムブレージングシートを提供すること」であると認められる。 ウ.本件特許明細書の記載(【0007】、【0009】?【0010】、【0020】?【0022】、【0026】?【0028】)によれば、本件特許発明の課題は、上記(ア)のアルミニウムブレージングシートのAl-Si-Mg-Bi系ろう材における所定の化学成分組成及び所定の粒子分布が、以下の要件を満たすことによって解決できるとされている。 要件(ア):「質量%で、Mgを0.01?2.0%、Siを1.5?14.0%、Biを0.005?1.5%含有する」Al-Si-Mg-Bi系ろう材であること。 なお、要件(ア)の技術的意義については、 a.【0020】の記載により、Mgが、Al酸化皮膜(Al_(2)O_(3))を還元分解する効果が十分発揮され、かつ、ろう付雰囲気中の酸素と反応して接合を阻害するMgOの生成が抑えられ、材料が硬く脆く素材製造が困難ならないような割合を選択しているものであることを理解することができ、 b.【0021】の記載により、Siが、ろう付時に溶融ろうを形成し、接合部のフィレットを形成する効果が十分発揮され、かつ、効果が飽和せず、材料が硬く脆く素材製造が困難にならないような割合を選択しているものであることを理解することができ、 c.【0022】の記載により、Biが、ろう付昇温過程で材料表面に濃化し、緻密な酸化皮膜の成長を抑制する効果が十分発揮され、かつ、効果が飽和せず、材料表面でBiの酸化物が生成し易くなり接合が阻害されることのないような割合を選択しているものであることを理解することができる。 要件(イ):Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる「Mg-Bi系化合物」が、表層面方向の観察において、「円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多」いこと。 なお、要件(イ)の技術的意義については、 a.上記1.(3)イ.(ウ)a.でも述べたように、【0026】の記載により「微細なMg-Bi系化合物が分散することで、ろう付昇温過程で化合物が溶融した際に、Biが材料表面に均一に濃縮し易くなり、緻密な酸化皮膜の成長が抑制される。上記化合物が10個以下であると、緻密な酸化皮膜の抑制効果が不十分となりろう付性が低下する。」と説明されるとおりの内容を理解することができる。 要件(ウ):Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる「Mg-Bi系化合物」が、表層面方向の観察において、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり2個未満」であること。 なお、要件(ウ)の技術的意義については、 a.上記1.(3)イ.(ウ)b.でも述べたように、【0027】の記載により「粗大なMg-Bi系化合物は、ろう付昇温過程で溶融し難く材料表面にBiが均一に濃化しにくいため、酸化皮膜成長の抑制効果が低い。また、粗大な化合物ができることで5.0μm未満の微細なMg-Bi化合物の生成が減るため、酸化皮膜成長の抑制効果が低下する。」と説明されるとおりの内容を理解することができる。 要件(エ):Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる「Bi単体粒子」が、表層面方向の観察において、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満」であること。 なお、要件(エ)の技術的意義については、 a.上記1.(3)ウ.(ウ)でも述べたように、【0028】の記載により「前記Al-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる円相当径で5.0μm径以上のBi単体の粒子が、ろう付前の表層面方向の観察において、10000μm^(2)視野あたり5個未満とすることで酸化などによるBiの消耗が殆どなく、Bi添加によるろう付性向上効果が大きくなる。」と説明されるとおりの内容を理解することができる。 エ.そして、本件特許明細書には、各種のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートの具体例が記載されているところ(供試材No.1?80について示す【表1】?【表9】を含む【0071】?【0086】)、これらのうち実施例とされる供試材No.1?60のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートは、いずれも上記ウ.の要件(ア)?(エ)すべてを満たし、かつ、ろう付性(接合率及びフィレット長さ)に優れた結果が得られている一方で、比較例とされる供試材61?72のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートは、少なくとも上記ウ.の要件(ア)?(エ)のいずれかを満たしておらず、そもそもアルミニウムブレージングシートが製作できないか、製作できたとしてもろう付性(【0071】接合率及びフィレット長さを確認)が不良であるかの、いずれかの結果が得られるのみとなっている。 さらにこれらの実施例・比較例の結果は、上記ウ.の要件(ア)?(エ)の摘記箇所になお書きした、各要件(ア)?(エ)それぞれの技術的意義に関する本件特許明細書の説明内容とも矛盾するものでもなく、各要件(ア)?(エ)の技術的意義に関する本件特許明細書の説明内容には信憑性があるといえる。 オ.そうすると、供試材No.1?60以外の場合であっても、上記ウ.の要件(ア)?(エ)すべてを満たすAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートであれば、供試材No.1?60の場合と同様に、ろう付性(接合率及びフィレット長さ)に優れ、当業者は、本件特許発明の課題を解決できると認識できる。 カ.以上のとおり、本件特許明細書の記載を総合すれば、上記ウ.の要件(ア)?(エ)すべてを満たすAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートに関する本件特許発明は、本件特許明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであって、当業者が発明の詳細な説明の記載により本件特許発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。 以上のとおりであるから、本件特許発明1?9について、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであり、サポート要件に適合するものである。 (3)申立人の主張について ア.本件特許明細書開示内容の上記(2)ウ.の要件(ア)?(エ)への拡張一般化 (ア)申立人は、上記(2)ウ.の要件(イ)に関し、本件特許明細書【0026】には、「微細なMg-Bi系化合物が分散することで、ろう付昇温過程で化合物が溶融した際に、Biが材料表面に均ーに濃縮し易くなり、緻密な酸化皮膜の成長が抑制される。」という効果が得られることが記載されてはいるものの、上記要件(イ)は、円相当径が下限の0.01μmのMg-Bi系化合物のみで満たされる場合と、上限に近い円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物のみで満たされる場合とで、同じ個数であっても、表面被覆率及び体積には著しい差異があり、これらが同じ作用効果を発揮するとは当業者でも技術常識から理解することはできないとし、本件特許明細書に記載された実施例においては、「円相当径5μm未満のMg-Bi系化合物」の総数が記載されているものの、具体的な円相当径の分布についての記載はなく、円相当径0.01μm径のMg-Bi系化合物が10個より多くあれば所望の作用効果が発揮され課題を解決できること、及び円相当径4.9μm径のMg-Bi系化合物が10個より多くあれば所望の作用効果が発揮され課題を解決できること、を認識することは困難である旨を主張する。(特許異議申立書23?24頁) なお、このような主張がなされる特許異議申立書23?24頁では、10000μm^(2)視野あたり、所定範囲の径を満たすMg-Bi系化合物が10個あれば、上記要件(イ)を具備する前提において説明がなされているものの、このような内容は、10000μm^(2)視野あたり、所定範囲の径を満たすMg-Bi系化合物が「10個よりも多」いことが特定される上記要件(イ)と整合していない。したがって、ここでの申立人の主張は、10000μm^(2)視野あたり、所定範囲の径を満たすMg-Bi系化合物が10個より多い場合に上記要件(イ)を具備する前提でなされていると読み替えて、内容認定を行っている。 (イ)また、申立人は、上記(2)ウ.の要件(ウ)に関し、これを満たす円相当径5.0μmのMg-Bi系化合物と、上記(2)ウ.の要件(イ)を満たす円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物とでは、面積被覆率に大きな差異はないものの、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのMg-Bi系化合物は2個未満しか許容されないが、円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物は10個より多く許容されるという技術的根拠は、当業者が技術常識に照らしても理解できないと主張する。 またそれと併せて、本件特許明細書に記載された実施例においては、「円相当径5μm未満のMg-Bi系化合物」の総数及び「円相当径5μm以上のMg-Bi系化合物」の総数は記載されているものの、具体的な円相当径の分布についての記載はなく、「円相当径5μm未満のMg-Bi系化合物」の総数については、数十個存在する例が示されているが、円相当径が5μmに近い粒子も当然含まれている可能性があるとする。そして、かかる記載内容に基づいて、上記要件(ウ)を具備することが課題解決につながるかは当業者であっても理解できない旨も主張する。(特許異議申立書24頁) なお、このような主張がなされる特許異議申立書24頁では、上記要件(ウ)及び(イ)について、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのMg-Bi系化合物は1個しか許容されないが、円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物は10個以上でも許容される前提において説明がなされているものの、10000μm^(2)視野あたりの個数は平均値として必ずしも整数になるとは限らないと考えられるから、このような内容は、「5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり2個未満」と特定される上記要件(ウ)、及び「円相当径で0.01μm以上5.0μm未満の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多」いと特定される上記要件(イ)と正確に整合しているものでない。したがって、ここでの申立人の主張は、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのMg-Bi系化合物は2個未満しか許容されないが、円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物は10個より多く許容される前提でなされていると読み替えて、内容認定を行っている。 (ウ)また、申立人は、上記(2)ウ.の要件(エ)に関し、これを満たす円相当径5.0μmのBi単体粒子と、上記要件(エ)を満たさない円相当径4.9μmのBi単体粒子とでは、面積被覆率に大きな差異はないものの、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのBi単体粒子は5個未満に制限される要件内容と、円相当径4.9μmのBi単体粒子は上限なく許容される要件内容とで比べると大きな差異が生じるから、上記要件(エ)の技術的根拠は、当業者が技術常識に照らしても理解できない旨を主張する。 またそれと併せて、本件特許明細書に記載された実施例においては、「Bi単体粒子」の総数が記載されているものの、粒径の記載は全くなく、円相当径5μmを超えるものなのか5μm以下のものなのも不明であるとする。そして、かかる記載内容に基づいて、上記要件(エ)を具備することが課題解決につながるかは当業者であっても理解できない旨も主張する。(特許異議申立書24?25頁) なお、このような主張がなされる特許異議申立書24?25頁では、上記要件(エ)について、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのBi単体粒子は4個までしか許容されない前提であるかのような説明がなされているものの、10000μm^(2)視野あたりの個数は平均値として必ずしも整数になるとも限らず、このような内容は、「円相当径で5.0μm以上の径を有するものが10000μm^(2)視野あたり5個未満である」と特定される上記要件(エ)と正確に整合しているものでない。したがって、ここでの申立人の主張は、10000μm^(2)視野あたり、円相当径5.0μmのMg-Bi系化合物は2個未満しか許容されないが、円相当径4.9μmのMg-Bi系化合物は10個より多く許容される前提でなされていると読み替えて、内容認定を行っている。 (エ)さらに、申立人は、上記(2)ウ.の要件(ア)は、そこに規定のない元素を無制限に添加できるオープン形式の規定であるものの、Ca、Fe、Mnなど、多量に添加した場合に課題解決できるか当業者であっても理解できない元素もあり、少なくとも、Si、Mg、Bi以外に添加する元素があるのであれば、その上限値も含めて規定しクローズ形式の規定にしなければ、一般化された範囲が広すぎて、当業者であっても課題解決できるかどうかを認識することができない旨を主張する。(特許異議申立書25頁) (オ)そして、申立人は、上記(ア)?(エ)の主張をまとめ、本件特許明細書における発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲は、これらの要件(ア)?(エ)まで拡げて一般化することはできず、本件特許発明1?9はサポート要件に違反している旨を主張する。(特許異議申立書25?26頁) なお、このようなまとめの主張がなされる特許異議申立書25?26頁において、サポート要件に違反していると記載されているのは本件特許発明1のみとなっているが、特許異議申立書27頁(5)(イ)には、サポート要件違反の主張のむすびとして「本件特許発明1?9は、発明の詳細な説明に記載された範囲のものではない。」と記載されていることから、特許異議申立書25?26頁のまとめの主張は、本件特許発明1?9がサポート要件に違反していることを実質主張していると読み替えて、内容認定を行っている。 (カ)しかしながら、上記(ア)?(オ)の申立人の主張は、いずれも、上記(2)エ.の「各要件(ア)?(エ)それぞれの技術的意義に関する本件特許明細書の説明内容には信憑性があるといえる。」との判断を覆すに足る内容のものでない。申立人は、本件特許発明の各要件(ア)?(エ)を満たす例として、さも課題解決につながるとも理解できないように印象付ける極端な条件を選択した例を提示しているが、当業者であれば、各要件(ア)?(エ)それぞれの技術的意義に関する本件特許明細書の説明内容を理解した上で、それら各要件(ア)?(エ)を満たす適切な条件選択をした上で課題解決を図ることができる。 よって、申立人の主張は採用できない。 (3)まとめ したがって、申立理由2(サポート要件)によっては、本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。 3.申立理由3(実施可能要件)について (1)実施可能要件についての判断手法 物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから、物の発明について、発明の詳細な説明の記載が、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり、実施可能要件を満たすといえるためには、発明の詳細な説明には、当業者がその物を製造することができ、かつ、その物を使用することができる程度に明確かつ十分に記載されている必要がある。 (2)本件特許発明に関する実施可能要件判断 上記(1)の判断手法を踏まえ、本件特許発明について、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合しているか否かについて検討する。 ア.本件特許発明は、所定の化学成分組成及び所定の粒子分布状態のAl-Si-Mg-Bi系ろう材が心材の片面または両面にクラッドされて最表面に位置するアルミニウムブレージングシートに関するものである。 イ.また、本件特許請求項1?9のいずれかに記載の各発明特定事項について、本件特許明細書には、アルミニウムブレージングシートのAl-Si-Mg-Bi系ろう材に関し、化学成分組成を構成する各化学成分の構成割合(【0020】?【0025】)、Mg-Bi系化合物が円相当径で、0.01?5.0μm径未満のものが10000μm^(2)視野あたり10個よりも多いとの粒子分布状態(【0026】)、Mg-Bi系化合物が円相当径で、5.0μm径以上のものが10000μm^(2)視野あたり2個未満との粒子分布状態(【0027】)、Bi単体粒子が円相当径で5.0μm径以上のものが10000μm^(2)視野あたり5個未満との粒子分布状態(【0028】)、円相当径0.8μm以上のSi粒子のうち円相当径が1.75μmのものの数が25%以上との粒子分布状態(【0029】)、円相当径1.75μm以上のSi粒子の面積率が対表面積で0.1?1.5%との粒子分布状態(【0030】)、化学成分組成におけるMgとBiの原子濃度比(Mg/Bi)が1.5以上との関係(【0031】)の各事項について、また、アルミニウムブレージングシートの心材に関し、化学成分組成を構成する各化学成分の構成割合(【0033】?【0042】)の各事項について、さらに、アルミニウムブレージングシートに犠牲材が設けられる場合の犠牲材に関し、化学成分組成を構成する各化学成分の構成割合(【0044】?【0052】)の各事項について、それぞれ具体的な説明がなされている。 ウ.また、本件特許明細書には、各種のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートの具体例が記載されているところ(供試材No.1?80について示す【表1】?【表9】を含む【0071】?【0086】)、これらのうち実施例とされる供試材No.1?60のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートは、【表7】に「狙い外」として示される製法K?Oのいずれかではなく、「狙い範囲」として示される製法A?Jいずれかが適用されるものとして記載されており、かつ、そのいずれもが、少なくとも本件特許発明1のアルミニウムブレージングシートの要件は満たしており、中には供試材No.33のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートのように、本件特許発明1?9すべてのアルミニウムブレージングシートの要件を満たすものもある。そして、上記(イ)で挙げた本件特許請求項1?9のいずれかに記載の各発明特定事項に関連する各粒子分布状態の制御にどのような製法条件が影響するかについて、具体的には、 (ア)【0058】に、「本発明では、ろう付前時点で微細なMg-Bi化合物を分散させるため、ろう材の鋳造時に高い溶湯温度から急冷することでMgとBiを鋳塊内で過飽和に固溶させる。具体的には、溶湯温度を700℃以上とすることでMgとBiの固溶度を高めることができる。」と説明(【表7】の「ろう材」の「鋳造条件溶湯温度(℃)」に関連)され、 (イ)同じく【0058】に、「得られたアルミニウム合金鋳塊に対しては、所定条件で均質化処理を行う。均質化処理温度が低いと粗大なMg-Bi化合物が析出し、ろう付前時点で本発明のMg-Bi化合物の分布状態が得られにくくなるため、処理温度400℃以上で1?10時間行うことが望ましい。」と説明(【表7】の「ろう材」の「均質化条件温度,時間(℃、h)」に関連)され、 (ウ)【0059】に、「鋳造時の凝固速度や均質化処理の温度と時間、熱間圧延時の最大圧延率等によってSi粒子の大きさや面積率を制御することができる。」と説明(かかる条件の一部は【表7】の「ろう材」の「鋳造条件溶湯温度(℃)」及び「均質化条件温度,時間(℃、h)」に関連)され、 (エ)【0061】に、「熱延時所定の温度域での圧延時間を満たすことで、本発明で定義する所定サイズのMg-Bi化合物の析出を動的ひずみが入る環境下で促進する。具体的には、熱延時の材料温度が400?500℃の間の圧延時間を10min以上とすることで微細なMg-Bi化合物の析出を促進する。」と説明(【表7】の「熱間圧延条件」の「400?500℃の圧延時間(min)」に関連)され、 (オ)【0062】に、「熱延開始から終了までの相当ひずみを制御することで、鋳造時に生成した粗大なMg-Bi晶出物を破砕し微細化することができる。具体的には、式(1)で示す相当ひずみεが、ε>5.0となるようにスラブ厚みや仕上げ厚みを調整することでMg-Bi晶出物が十分に微細化される。 ε=(2/√3)ln(t_(0)/t) ・・・式(1) t_(0):熱延開始厚み(スラブ厚み) t :熱延仕上げ厚み」と説明(【表7】の「熱間圧延条件」の「相当ひずみε」に関連)され、 (カ)【0063】に、「熱延の仕上げ温度が高く、動的ひずみがない状態が維持されることや、熱延後の冷却速度が遅くなると、結晶粒界などに本発明が目的とするよりも粗大なMg-Bi化合物が析出するため、熱延仕上げ温度を所定温度まで低くし、一定以上の冷却速度を確保することで粗大なMg-Bi化合物の析出を抑制する。具体的には、熱延仕上げ温度を250?350℃とし、仕上げ温度から200℃までの冷却速度を-20℃/hrよりも早く制御することで粗大なMg-Bi化合物の析出を抑制する。」と説明(【表7】の「熱間圧延条件」の「仕上げ温度(℃)」及び「冷却速度(℃/h)」に関連)され、 (キ)同じく【0063】に、「冷間圧延では、例えば、75%以上の総圧下率で冷間圧延を行い、温度300?400℃にて中間焼鈍を行い、その後圧延率40%の最終圧延を行うことができる。冷間圧延では、Mg-Bi化合物が破砕され微細化がある程度進む」と説明され、 (ク)【0064】に、「さらに、本発明ではAl-Si-Mg-Bi系ろう材に含まれる円相当径で5.0μm径以上のBi単体の粒子が、ろう付前の表層面方向の観察において、10000μm^(2)視野あたり5個未満とすることが望ましい。本材料を得るには、合金のMgとBiの配合比率や、鋳造時の溶湯温度と冷却速度、および、均質化処理条件を適正に組み合わせることで調整することができる。」「例えば、ろう材に配合するMgとBiの混合比を原子濃度比で1.5以上にすることでMg-Bi化合物の生成を促進することができる。また、鋳造では冷却速度を10℃/secよりも遅くすることでMg-Bi化合物の生成を促進することができる。さらに、均質化処理では、400℃以上の高温で行うことで鋳塊内でのMg-Bi化合物の生成を促進することができる。」と説明(かかる条件の一部は【表7】の「ろう材」の「鋳造条件溶湯温度(℃)」及び「均質化条件温度,時間(℃、h)」に関連)されており、これら説明対象には、【表7】に提示された製法条件もすべて含まれている。 そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載に触れた当業者は、実施例とされる供試材No.1?60のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用したアルミニウムブレージングシートの中から適当なものを選んで製造することで、本件特許発明を実施することが可能であるし、また、実施例の供試材の製法条件を参考に、通常の創作能力の発揮の範囲の設計変更により、実施例とされる供試材以外のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用した本件特許発明のアルミニウムブレージングシートも製造できると考えられる。そして、そのように製造された本件特許発明のアルミニウムブレージングシートは、そのまま支障なく使用することができると考えられる。 以上によれば、当業者が、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、本件特許発明に係るアルミニウムブレージングシートを製造し、使用することができるといえる。 以上のとおりであるから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件特許発明1?9について、実施可能要件を満たすものである。 (3)申立人の主張について ア.「Mg?Bi系化合物」と「Bi単体粒子」とを一義的に特定できない発明の実施 (ア)申立人は、上記1.(3)ア.(ア)の「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」との特定方法が明確でないとの主張を踏まえ、結局、作製後のブレージングシートにおけるろう材の構成を一義的に把握することができないから、本件特許発明は実施することができない旨を主張する。(特許異議申立書26頁) (イ)しかしながら、当業者であれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された供試材No.1?60の製法をもとに、本件特許発明のブレージングシートを製造し、使用することができることは、上記(1)で検討したとおりである。 そして、申立人による上記(ア)の主張は、申立人による上記1.(2)ア.(ア)の「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」との特定方法が明確でないとの主張が、上記1.(2)ア.(イ)で検討したとおり採用できないことで、そもそもその前提を欠くものであるし、かつ、上記(1)の結果を覆せるような具体的理由を開示するものでもない。 よって、申立人の主張は採用できない。 イ.本件特許発明の実施に必要な製造条件 (ア)申立人は、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下a.?c.の点で、具体的にどのような条件を制限することによって本件特許発明を得ることができるのかを当業者が理解できるような記載がなされていない旨を主張する。(特許異議申立書26?27頁) a.【表1】に記載の供試材No.1と【表2】に記載の供試材No.61とを比べてみると、両者は、Mgの含有率が前者が0.01wt%であるのに対し、後者が0.005wt%であって、その他の化学成分はいずれもSiが7.5wt%、Biが0.3wt%で同じである。化学成分の違いだけからいえば、Mg含有率が半分の後者の方がMg-Bi系化合物の析出がしにくいと考えられる。これにもかかわらず、5μm以上のMg-Bi系化合物は、後者の方が多くなっており、所望の粒径分布が得られていない。 b.【表7】に示された製造方法における供試材No.61のBを見てみると、【0058】?【0065】に記載された推奨される条件をすべて満たしており、これにもかかわらず、粗大なMg-Bi系化合物が所定量以上析出してしまっている。そうすると、【0058】?【0065】に記載された推奨される条件以外の条件が影響していることが考えられる。 c.【0060】?【0063】には、クラッド材の熱間圧延の重要性について記載があるものの、クラッド材になる前のろう材のみの熱間圧延の条件については全く記載がない。【0059】においては、ろう材の熱間圧延の条件がSi粒子径に影響することの記載がある一方で、熱間圧延の条件については一切記載がない。本件特許発明においては、「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」の粒径分布を正確に制御することが重要であるところ、これに影響しうる、ろう材の熱間圧延条件をどのように記載すべきか記載がなければ、当業者であっても製造することは困難である。 なお、特許異議申立書27頁1行記載の「学成分」は「化学成分」の誤記であり、また、27頁10行記載の「本件特許明細【0060】」は「本件特許明細書【0060】」の誤記であると認める。 (イ)しかしながら、以下a.?c.に検討するとおり、上記(ア)a.?c.の申立人の主張は、いずれも具体的な根拠を欠くものである。 a.【表1】に記載の供試材No.1と【表2】に記載の供試材No.61とは、両者でMgの含有率が異なるのみならず、供試材No.1では製法Eが用いられているのに対し、供試材No.61では製法Bが用いられており、互いに採用される製法が異なっている。そして、Mg-Bi系化合物の析出のしやすさは、どのような製法が採用されたかにも影響されると考えられるから、このような製法の違いを考慮することなく、化学成分のMg含有率の違いだけをもとに、供試材No.61のほうが供試材No.1よりMg-Bi系化合物の析出がしにくく、5μm以上のMg-Bi系化合物が少ないはずとの考えに基づく上記(ア)a.の申立人の主張は、具体的な根拠を欠くものである。 なお、供試材No.1で用いられる製法Eは、供試材No.61で用いられる製法Bよりも、【表7】の熱間圧延条件において、400?500℃の圧延時間(min)が長く、相当ひずみεが大きく、仕上げ温度(℃)が低く、冷却速度(℃/h)が速くなっており、【0061】?【0063】の記載によると、これらの点では、製法Eのほうが製法Bよりも粗大なMg-Bi化合物の析出を抑制するに有利な条件になっていると考えられるから、化学成分のMg含有率の違いの点では、供試材No.1より供試材No.61のほうが、5μm以上のMg-Bi系化合物が少なくなりそうにみえたとしても、このような製法の違いに起因して、供試材No.1より供試材No.61のほうが、5μm以上のMg-Bi系化合物が多くなる結果となることに、何ら不自然な点も見出せない。 b.本件特許発明は、上記(2)ア.で述べたとおり、所定の化学成分組成及び所定の粒子分布状態のAl-Si-Mg-Bi系ろう材が心材の片面または両面にクラッドされて最表面に位置するアルミニウムブレージングシートに関するものであって、供試材No.61に用いられる製法Bそのものを発明特定事項として含むものではない。また、本件特許明細書の発明の詳細な説明にも、当該製法Bを採用することのみで本件特許発明が必ず実施できるような説明もなされていない。 当該製法Bは、供試材No.3など実施例に対応する供試材に採用されていることからして、本件特許発明を実施するにあたり推奨される製法とはいえるものの、供試材No.61のように適用される化学成分組成との組み合わせ如何によっては、本件特許発明を実施できない場合もあると解するのが相当であり、このように解することに関し、本件特許明細書の発明の詳細な説明の内容とも何ら矛盾するところはない。また、当業者であれば、製法Bが採用された供試材No.3など実施例に対応する供試材の化学成分組成の内容を参考にして、通常の創作能力の発揮の範囲の設計変更により、製法Bが採用された供試材以外の化学成分組成のAl-Si-Mg-Bi系ろう材を使用した本件特許発明のアルミニウムブレージングシートも製造できると考えられる。 そして、上記(ア)b.の申立人の主張は、本件特許明細書の発明の詳細な説明において、【0058】?【0065】に記載された推奨される条件以外に、どのような条件の開示が不足しているかについて具体的に述べているものでもないし、以上の検討内容より、粗大なMg-Bi系化合物が所定量以上析出してしまっている供試材No.61に製法Bが採用されていることを以て、【0058】?【0065】に記載された推奨される条件以外の条件が影響していると推定できる相応の理由も見出せないことからしても、具体的な根拠を欠くものである。 c.上記(ア)c.の申立人の主張のとおり、本件特許発明においては、「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」の粒径分布を正確に制御することが重要であり、ろう材の熱間圧延条件も、かかる制御に影響する可能性はあるものの、当業者が、【0061】?【0063】及び【表7】の熱間圧延条件に関する記載内容を参考に、本件特許発明のような「Mg-Bi系化合物」と「Bi単体粒子」の粒径分布を実現するに支障が出ないようなろう材の熱間圧延条件を選択することは、通常の創作能力の発揮の範囲の設計的事項といえる。 そして、申立人の主張は、このような事情を考慮してもなお、本件特許発明の実施に過度な試行錯誤が必要といえる具体的理由を示しているものでなく、具体的な根拠を欠くものである。 よって、申立人の主張は採用できない。 (3)まとめ したがって、申立理由3(実施可能要件)によっては、本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。 第5 むすび 以上のとおり、特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては、本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件特許の請求項1?9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-04-23 |
出願番号 | 特願2019-565039(P2019-565039) |
審決分類 |
P
1
651・
536-
Y
(B23K)
P 1 651・ 537- Y (B23K) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 鈴木 毅 |
特許庁審判長 |
粟野 正明 |
特許庁審判官 |
市川 篤 井上 猛 |
登録日 | 2020-06-30 |
登録番号 | 特許第6726370号(P6726370) |
権利者 | 三菱アルミニウム株式会社 |
発明の名称 | フラックスフリーろう付用アルミニウムブレージングシート |
代理人 | 松沼 泰史 |
代理人 | 細川 文広 |
代理人 | 大浪 一徳 |
代理人 | 寺本 光生 |