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審決分類 |
審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 G02C 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 G02C |
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管理番号 | 1374186 |
審判番号 | 不服2020-8788 |
総通号数 | 259 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許審決公報 |
発行日 | 2021-07-30 |
種別 | 拒絶査定不服の審決 |
審判請求日 | 2020-06-24 |
確定日 | 2021-05-13 |
事件の表示 | 特願2017- 2193「累進屈折力レンズ」拒絶査定不服審判事件〔平成30年 7月19日出願公開、特開2018-112633〕について、次のとおり審決する。 |
結論 | 本件審判の請求は、成り立たない。 |
理由 |
第1 手続等の経緯 特願2017-2193号(以下「本件出願」という。)は、平成29年1月10日を出願日とする特許出願であって、その手続等の経緯の概要は、以下のとおりである。 令和元年 9月30日付け:拒絶理由通知書 令和元年11月27日付け:意見書、手続補正書 令和2年 4月23日付け:拒絶査定(以下「原査定」という。) 令和2年 6月24日付け:審判請求書 令和2年 6月24日付け:手続補正書 第2 補正の却下の決定 [補正の却下の決定の結論] 令和2年6月24日にした手続補正(以下「本件補正」という。)を却下する。 [理由] 1 本件補正の内容 (1) 本件補正前の特許請求の範囲 本件補正前の(令和元年11月27日にした手続補正後の)特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。 「 【請求項1】 物体側屈折面と眼球側屈折面とを有し、 該眼球側屈折面に、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部とが形成された累進屈折力レンズであって、 前記眼球側屈折面の前記遠用部に凹曲面が、前記近用部に眼球側に膨らんだ凸曲面が形成されるとともに、 前記眼球側屈折面は、遠用度数及び近用度数の測定基準点を含むレンズ中央領域と、該レンズ中央領域よりも径方向外側に位置しレンズ端にまで至る周辺領域とに区画され、 前記遠用部及び近用部の前記レンズ中央領域は、所定の度数に対応した球面を備え、 前記レンズ中央領域を除く前記遠用部及び近用部の前記周辺領域は、それぞれ下記非球面の式(1)で規定されている面を備えており、かつ該遠用部と近用部とは下記非球面の式(1)で用いられる非球面係数の値が異なっていることを特徴とする累進屈折力レンズ。 【数1】 ここでZ:眼球側屈折面のサグ値、X:光軸からの距離、R:頂点曲率半径、k:円錐定数、An:非球面係数、n:正の整数」 (2) 本件補正後の特許請求の範囲 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである。 なお、下線は補正箇所を示す。 「 【請求項1】 物体側屈折面と眼球側屈折面とを有し、 該眼球側屈折面に、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部とが形成され、遠用度数としてプラス度数が処方された累進屈折力レンズであって、 前記眼球側屈折面の前記遠用部に凹曲面が、前記近用部に眼球側に膨らんだ凸曲面が形成されるとともに、 前記眼球側屈折面は、遠用度数及び近用度数の測定基準点を含むレンズ中央領域と、該レンズ中央領域よりも径方向外側に位置しレンズ端にまで至る周辺領域とに区画され、 前記遠用部及び近用部の前記レンズ中央領域は、所定の度数に対応した球面を備え、 前記レンズ中央領域を除く前記遠用部及び近用部の前記周辺領域は、それぞれ下記非球面の式(1)で規定されている面を備えており、かつ該遠用部と近用部とは下記非球面の式(1)で用いられる非球面係数の値が異なっていることを特徴とする累進屈折力レンズ。 【数1】 ここでZ:眼球側屈折面のサグ値、X:光軸からの距離、R:頂点曲率半径、k:円錐定数、An:非球面係数、n:正の整数」 (3) 本件補正の内容 本件補正は、本件補正前の請求項1に係る発明を特定するために必要な事項である「遠用部」を、「遠用度数としてプラス度数が処方された」ものに限定して、本件補正後の請求項1に係る発明とするものである。また、この補正は、本件出願の出願当初の明細書の【0026】の記載に基づくものである。そして、本件補正前の請求項1に係る発明と、本件補正後の請求項1に係る発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は、同一である。 そうしてみると、本件補正は、特許法17条の2第3項の規定に適合するものであり、また、同条5項2号に掲げる事項(特許請求の範囲の減縮)を目的とするものといえる。 そこで、本件補正後の請求項1に係る発明(以下「本件補正後発明」という。)が、同条6項において準用する同法126条7項の規定に適合するか(特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか)について、以下、検討する。 2 独立特許要件についての判断 (1) 引用文献1の記載 原査定の拒絶の理由において引用された引用文献1(特開2011-70234号公報)は、本件出願の出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物であるところ、そこには、以下の記載がある。 なお、下線は当合議体が付したものであり、引用発明の認定や判断等に活用した箇所を示す。 ア 「【特許請求の範囲】 【請求項1】 物体側と眼球側の2つの屈折面を有し、前記眼球側の屈折面が、相対的に遠方を見るための屈折力をもつ遠用部と、相対的に近方を見るための屈折力をもつ近用部と、これらの中間の距離を連続的に見るための屈折力をもつ中間部とを有する累進屈折力レンズにおいて、 前記遠用部の眼球側の屈折面が凹形状を有し、前記近用部の眼球側の屈折面の少なくとも一部において、面の主経線の一方又は両方が凸形状である凸面領域を有することを特徴とする累進屈折力レンズ。 【請求項2】 請求項1に記載の累進屈折力レンズにおいて、 前記凸面領域の主経線の最大面屈折力が絶対値で2ディオプトリーを超えないことを特徴とする累進屈折力レンズ。 【請求項3】 請求項1又は2記載の累進屈折力レンズにおいて、 前記累進屈折力レンズの幾何学中心から半径25mmの内側における前記凸面領域の占める面積割合は、30%以下であることを特徴とする累進屈折力レンズ。」 イ 「【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は、主として老視を補正するための眼鏡に使用される累進屈折力レンズに関する。 【背景技術】 【0002】 累進屈折力レンズは、屈折力の異なる2つの視野部分と、これらの間で屈折力が累進的に変わる視野部分とを備えたレンズであり、これらの視野部分に境目がなく外観的に優れ、さらに、1つのレンズで異なる屈折力の視野を得ることができる。このため、老視などの視力の補正機能を備えた眼鏡レンズとして多く用いられている。 【0003】 図3に、累進屈折力レンズの一般的な構造を示す。図3(a)は正面図、図3(b)は縦方向の断面図である。累進屈折力レンズ100は、相対的に遠方を見るための視野部分である遠用部2が上方に設けられ、相対的に近方を見るために遠用部2と異なる屈折力を備えた視野部分が近用部3として遠用部2の下方に設けられている。そして、これら遠用部2と近用部3が、遠方と近方の中間距離の物を見るために連続的に変化する屈折力を備えた視野部分である中間部(累進部)4によって滑らかに連絡されている。 【0004】 眼鏡用に用いられる単板のレンズにおいては、眼球側の屈折面11と、物体側の屈折面12の2つの面によって眼鏡レンズに要求される全ての性能、例えば、ユーザーの度数に合った頂点屈折力、乱視を矯正するための円柱屈折力、老視を補正するための加入屈折力、さらには斜位を矯正するためのプリズム屈折力などを付与する必要がある。このため、従来の累進屈折力レンズにおいては、これら遠用部2、近用部3および中間部4を構成するために連続的に変化する屈折力を与える累進屈折面が物体側の屈折面12に形成され、眼球側の屈折面11は乱視矯正用の屈折面などとして用いられている。 【0005】 このような物体側の屈折面12に累進屈折面を有する外面累進屈折力レンズでは、像のゆがみが大きくなる。そのため、初めて累進屈折力レンズを使用する人や、別の設計の累進屈折力レンズから掛け替える人の中には、違和感を感じる場合がある。 【0006】 外面累進屈折力レンズのこのような像の倍率の変化によるゆがみの発生を押さえるために、最近では特許文献1に示されているように、累進屈折面を眼球側の屈折面11に配置した内面累進屈折力レンズと呼ばれるものも製品化されるようになった。内面累進屈折力レンズ100では、図3(b)に示すように、物体側屈折面12は球面又は回転軸対称の非球面である。眼球側屈折面11には、遠用部2、近用部3、中間部4を有する累進屈折面が設けられ、累進屈折面にトーリック面、さらにはレンズの軸外収差を補正するための補正非球面要素を合成した複雑な曲面が使われている。更に、この内面累進屈折力レンズ100を薄くするための技術が特許文献2に記載されている。 ・・・中略・・・ 【発明が解決しようとする課題】 【0008】 しかしながら、内面累進屈折力レンズは、内面側で加入屈折力を得るような曲面にするために、遠用部の面屈折力は近用部の面屈折力より加入屈折力分大きな値に設定しなければならない。更に、内面累進屈折力レンズは、遠用部に必要な遠用屈折力を確保する必要がある。例えば、遠用部がプラス処方を有する場合には、プラス処方に応じ、物体側屈折面の面屈折力を大きくする必要がある。そのため、遠用部にプラス処方を有する内面累進屈折力レンズは、外面累進屈折力レンズより物体側の屈折面の凸面の出っ張りが大きくなる。このように、内面累進屈折力レンズは、像のゆがみといった光学性能面では有利であるが、レンズの薄さや外観等の面では欠点を有している。前述した特許文献2で示されているような薄型化技術が提案されているが、不十分である。 【0009】 本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、眼球側の屈折面に累進屈折面を有する内面累進屈折力レンズにおけるレンズの薄さや外観等の面での欠点を解決できる内面累進屈折力レンズを提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0010】 上記目的を達成するため、本発明は、第1に、物体側と眼球側の2つの屈折面を有し、前記眼球側の屈折面が、相対的に遠方を見るための屈折力をもつ遠用部と、相対的に近方を見るための屈折力をもつ近用部と、これらの中間の距離を連続的に見るための屈折力をもつ中間部とを有する累進屈折力レンズにおいて、前記遠用部の眼球側の屈折面が凹形状を有し、前記近用部の眼球側の屈折面の少なくとも一部において、面の主経線の一方又は両方が凸形状である凸面領域を有することを特徴とする累進屈折力レンズを提供する。 【0011】 この内面累進屈折力レンズは、眼球側の屈折面における近用部の領域に眼球側に凸となっている凸面領域を設けた構造を有する。近用部に凸面領域を設けたことにより、眼球側の遠用部を、所定の加入屈折力を得る際に、小さな曲率の凹面とすることができる。更に遠用部に必要な屈折力を確保するための物体側の屈折面の曲率を、眼球側の小さな曲率に合わせて小さくすることができる。従って、近用部に凸面領域を設けたことにより、浅いベースカーブとなり、その結果、外観が良好で薄くすることが可能となる。 【0012】 本発明は、第2に、上記第1の累進屈折力レンズにおいて、前記凸面領域の主経線の最大面屈折力が絶対値で2ディオプトリーを超えないことを特徴とする累進屈折力レンズを提供する。 【0013】 近用部に凸面領域を設けたことにより、外観が良好で薄い内面累進屈折力レンズを実現することができる。その反面、ベースカーブが浅くなることにより、非点収差が増加し、その結果、光学性能が劣化してしまう、という問題点が生じる。この問題点は設計技術の進歩により克服することが可能になった。そして、本願は、更に凸面領域の凸の程度を制限することにより、このような光学性能の劣化を最小限とすることができる。 【0014】 本発明は、第3に、上記第1又は第2の累進屈折力レンズにおいて、前記累進屈折力レンズの幾何学中心から半径25mmの内側における前記凸面領域の占める面積割合は、30%以下であることを特徴とする累進屈折力レンズを提供する。 【0015】 凸面領域の占める面積割合を制限することにより、浅いベースカーブとしたことによる光学性能の劣化を最小限とすることができる。」 ウ 「【発明を実施するための形態】 【0017】 以下、本発明の累進屈折力レンズの実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。 【0018】 図1は、本発明の累進屈折力レンズの概念を示すもので、(a)は正面図、(b)は縦方向の断面図である。この累進屈折力レンズ1は、メニスカスレンズであり、その凹面形状である眼球側の屈折面11に累進屈折面が設けられ、凸面形状である物体側の屈折面12は例えば球面又は回転軸対称の非球面に形成されている内面累進屈折力レンズである。眼球側の屈折面11に設けられている累進屈折面は、相対的に遠方を見るための屈折力をもつ遠用部2と、相対的に近方を見るための屈折力をもつ近用部3と、これらの中間の距離を連続的に見るための屈折力をもつ中間部4とを有する。眼球側の屈折面11には、累進屈折面の他に、乱視を矯正するための屈折力として例えば円柱屈折力、斜位を矯正するためのプリズム屈折力、収差を補正するための非球面などが付与される。 【0019】 本発明の累進屈折力レンズ1は、このような内面累進屈折力レンズにおいて、遠用部2の屈折面が眼球側に凹形状を有する。言い換えれば、遠用部2の屈折面が有する曲率半径の中心が、その屈折面よりも眼球側に存在する。また、近用部3の屈折面の少なくとも一部において、面の主経線の一方又は両方が眼球側に凸である、言い換えれば近用部3の屈折面のある一点の面の主経線の一方又は両方の曲率半径の中心がその屈折面よりも物体側に存在する凸面領域31を有する。この凸面領域31は、面屈折力の符号を物体側に凸の形状をプラス、眼球側に凸の形状をマイナスとした場合、平均面屈折力がマイナスである領域である。 【0020】 この凸面領域31は、図1(b)に示すように、遠用部2を含んでメニスカスレンズの凹面形状となっている眼球側の屈折面11にあって、近用部3の領域で眼球側へ凸形状となっている。凸面領域31を面の主経線の一方又は両方が眼球側へ凸形状であると定義したのは、内面累進屈折力レンズでは累進屈折面と乱視矯正のためのトーリック面とが合成された屈折面となる場合があり、この合成屈折面における凸面領域では、面の主経線の一方がトーリック面により眼球側に向かって凹になり、面の主経線の他方が眼球側に向かって凸になる場合があるからである。眼球側に凸になっているというためには、面の主経線の少なくとも一方が眼球側に凸になっている必要がある。なお、面の主経線とは、JIS規格(JIS/T7330:2000年10月18日刊行:日本工業標準調査会)に規定される通り、面上の一点での最大曲率と最小曲率の存在する経線をいう。 【0021】 近用部に眼球側に凸の凸面領域31を設けたことにより、眼球側11の屈折面の遠用部2において所定の加入屈折力を得るために小さな曲率の凹面とすることができ、更に遠用部2に必要な遠用屈折力を確保するための物体側の屈折面12の曲率を眼球側の遠用部2の小さな曲率に合わせて小さくすることができる。近用部3に凸面領域31を設けたことにより、ベースカーブとよばれる物体側の屈折面12を浅くすることができ、そのために外観が良好で薄くすることが可能となる内面累進屈折力レンズ1を実現することができる。 【0022】 近用部に凸面領域を設けることにより浅いベースカーブとすることができることを具体的に説明する。内面累進屈折力レンズでは、物体側(外面)の面屈折力(ベースカーブ)D1と眼球側(内面)の遠用部面屈折力D2fと近用部面屈折力D2n、レンズの処方度数を構成する遠用度数S、加入度数Adの間にはつぎの関係がある。 S=D1-D2f Ad=D2f-D2n ここで、これらの屈折力を表す単位はディオプトリー(D)であり、面屈折力D1,D2f,D2nのそれぞれの符号は、物体側に凸(眼球側に凹)の場合を+、物体側に凹(眼球側に凸)の場合を-とする。 【0023】 従来の内面累進屈折力レンズでは、近用部面屈折力D2nは D2n≧0 (D) であった。即ち、近用部全体が凹面か一部が平面である。 このため遠用度数が+で高加入度の場合、次の式で示されるように、ベースカーブは遠用度数Sと加入度数Adと近用部面屈折力D2nの和となるため、内面累進屈折力レンズの場合、ベースカーブが外面に累進面をもつレンズ(外面累進レンズ)にくらべ、深くならざるを得なかった。 D1=S+D2f=S+Ad+D2n その結果、外観上出っ張った感じになり見た目が悪いという問題があった。また中心厚も厚くなるという問題もあった。 【0024】 これに対して、近用部に凸面領域を設けると、近用部面屈折力D2nはマイナスとなり、その結果、物体側(外面)の面屈折力(ベースカーブ)D1を浅くすることができる。 【0025】 図2を参照して実際に数字で説明する。図2(a)に本発明の内面累進屈折力レンズ、図2(b)に従来の眼球側の屈折面が全面的に凹面である内面累進屈折力レンズを示す。両レンズは、処方度数の遠用度数Sは3.50D、加入度数Adは2.00Dと共通である。図2(b)に示す従来の内面累進屈折力レンズでは、近用部面屈折力D2nを例えば平面に近い+0.50D(凹面)と設定する。これにより、遠用部面屈折力D2fは加入度数Ad2.00Dを加算して2.50Dとなり、物体側面屈折力(ベースカーブ)D1は、遠用部面屈折力D2fに遠用度数S3.50Dを加算して6.00Dとなり、深いベースカーブとなる。 【0026】 図2(a)に示す本発明の内面累進屈折力レンズにおいては、近用部の凸面領域の近用部面屈折力D2nは、物体側に凹となっているため、例えば-1.50D(眼球側に凸)と設定できる。遠用部面屈折力D2fは加入度数Ad2.00Dを加算して0.50Dとなり、物体側面屈折力(ベースカーブ)D1は、遠用部面屈折力D2fに遠用度数S3.50Dを加算して4.00Dとなり、浅いベースカーブとなる。 【0027】 このように、本発明の内面累進屈折力レンズは、近用部に凸面領域を設け、ベースカーブを浅くすることができるため、レンズ外観の向上、薄型化が可能となった。ところが、その反面、ベースカーブを浅くすると、非点収差が増加し、眼球側の屈折面全体が凹面の従来の内面累進屈折力レンズと比較して光学性能が劣ることが認められる。また、凹面で構成される眼球側の屈折面に眼球側に凸の凸面領域を設けると、遠用部では加入度分だけ凹になるため、眼球側の屈折面が凹凸の入り交じった複雑な面となり、面形状創成加工、鏡面研磨加工が困難になるという問題点が発生する。 ・・・中略・・・ 【0031】 本発明の内面累進屈折力レンズには、種々の設計のタイプが含まれる。例えば、用途別の設計では、遠用視野と近用視野の両方をバランスよく配置し、累進帯長を10?16mm程度にして近方視時の目の回旋がし易いように設計されたいわゆる遠近タイプがある。また、1m前後の中間領域から手元までの視野を重視したいわゆる中近タイプ、特に手元での視野を重視したいわゆる近近タイプとがあり、これらの中近タイプや近近タイプでは中間視での広い視野を実現するために累進帯長が19?25mm程度と長く設計されている。前述した凸面領域の面積割合は、このような中近タイプや近近タイプのように主要部が近用部の場合にも当てはまる。また、歪曲収差と非点収差の分布の設計では、遠用部と近用部を広くし、狭い累進部に収差を集中させた収差集中型と、遠用部と近用部を狭くし、累進部を広くして中間部における収差を拡散させた収差分散型とに大別することができる。本発明はそのようなタイプが異なる設計にも対応可能である。」 エ 「【実施例】 【0035】 (実施例1) 遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D、加入度数Adが2.00D、遠用度数Sが3.50D、物体側の屈折面の屈折力(ベースカーブ)D1が4.50Dで、眼球側の屈折面の近用部に眼球側に凸の凸面領域を有する内面累進屈折力レンズを設計した。レンズ素材の屈折率は1.66であり、以下の実施例及び比較例は全て同じ屈折率のレンズ素材を用いた。この設計では、従来の全面凹面の内面累進屈折力レンズの近用部に単に凸面領域を設け、ベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正することは行わなかった。 【0036】 このような設計では、レンズが直径70mmの円形であり、物体側屈折面の幾何学中心と眼球側屈折面の幾何学中心とを結ぶ線を中心線とすると、物体側屈折面の幾何学中心と物体側屈折面の外縁との中心線方向の距離である出っ張りh(図1(b)参照)は4.2mm、中心線間の距離である中心厚t(図1(b)参照)は4.4mmとなった。 【0037】 この設計の右目用(近用部が輻輳を加味して鼻側へ変位している)の内面累進屈折力レンズの眼球側の屈折面の面屈折力分布を図5に示す。図5には、一点鎖線で示す水平垂直線の交点の幾何学中心から半径25mmの円が示されている。この円の内側における凸面領域の占める面積割合は、21%である。 【0038】 また、眼球側の屈折面の非点収差分布を図6に示す。さらにこのレンズを装用し遠用部、中間部、近用部のそれぞれの目的距離のものを見たときの眼に作用する実際の非点収差分布(以下、目視収差分布と称す)を図7に、レンズの幾何学中心点を原点とした眼球側の屈折面の座標値を図8にそれぞれ示す。 【0039】 (実施例2) 遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D、加入度数Adが2.00D、遠用度数Sが3.50D、物体側の屈折面の屈折力(ベースカーブ)D1が4.50Dで、眼球側の屈折面の近用部に眼球側に凸の凸面領域を有する内面累進屈折力レンズを設計した。この設計では、ベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正する非球面を付加する設計を行った。 【0040】 このような設計では、レンズが直径70mmの円形であるとすると、物体側屈折面の幾何学中心と物体側屈折面の外縁との中心線方向の距離の出っ張りhは4.2mm、中心厚tは4.1mmとなった。非球面を付加したことにより、中心厚tが実施例1より0.3mm薄くなった。 【0041】 この設計の右目用の内面累進屈折力レンズの眼球側の屈折面の面屈折力分布を図9に示す。図9には、一点鎖線で示す水平垂直線の交点の幾何学中心から半径25mmの円が示されている。この円の内側における凸面領域の占める面積割合は、17%である。また、眼球側の屈折面の非点収差分布を図10に、目視収差分布を図11に、レンズの幾何学中心点を原点とした眼球側の屈折面の座標値を図12にそれぞれ示す。 【0042】 実施例1の眼球側の屈折面の非点収差分布を示す図6と、実施例2の眼球側の屈折面の非点収差分布を示す図10とを比較すると、実施例2では眼球側の屈折面にベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正する非球面を付加しているため、実施例2の方が非点収差が増加している。しかし、実施例1の目視収差を示す図7と実施例2の目視収差を示す図11とを比較すると、実施例2の方が全体の非点収差が良く補正されていることが認められる。」 ・・・中略・・・ 【0046】 実施例1、実施例2、比較例の処方度数は同一であり、遠用度数Sが3.50D、加入度数Adが2.00Dである。実施例1の目視収差を示す図7と、実施例2の目視収差を示す図11と、比較例の目視収差を示す図15とを比較して説明する。単に凸面領域を設けてベースカーブを浅くしただけの実施例1の図7では、従来の内面累進屈折力レンズの図15と比較して目視収差が大きく劣化している。これに対して、眼球側の屈折面にベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正する非球面を付加している実施例2の図11では、従来の内面累進屈折力レンズの図15と同程度の目視収差を有し、光学性能が大幅に向上していることが認められる。」 オ 「【図1】 」 カ 「【図7】 」 (2) 引用発明 引用文献1の【0039】?【0042】には、実施例2として「内面累進屈折力レンズ」が記載され、当該レンズの(非点)収差については【0042】に記載されている。 また、「屈折力」について、引用文献1には、「屈折力を表す単位はディオプトリー(D)であり、面屈折力D1,D2f,D2nのそれぞれの符号は、物体側に凸(眼球側に凹)の場合を+、物体側に凹(眼球側に凸)の場合を-とする。」(【0022】)と記載されている。 以上によれば、引用文献1には、次の「内面累進屈折力レンズ」の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。 「遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D、加入度数Adが2.00D、遠用度数Sが3.50D、物体側の屈折面の屈折力(ベースカーブ)D1が4.50Dで、眼球側の屈折面の近用部に眼球側に凸の凸面領域を有する内面累進屈折力レンズにおいて、 眼球側の屈折面にベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正する非球面を付加しているため、全体の非点収差が良く補正されている、 内面累進屈折力レンズ。 ここで、屈折力を表す単位はディオプトリー(D)であり、面屈折力D1,D2f,D2nのそれぞれの符号は、物体側に凸(眼球側に凹)の場合を+、物体側に凹(眼球側に凸)の場合を-とする。」 (3) 対比 本件補正後発明と引用発明を対比する。 ア 累進屈折力レンズ 引用発明の「内面累進屈折力レンズ」は、「遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D、加入度数Adが2.00D、遠用度数Sが3.50D、物体側の屈折面の屈折力(ベースカーブ)D1が4.50Dで、眼球側の屈折面の近用部に眼球側に凸の凸面領域を有する」。 ここで、「累進屈折力レンズ」に関する技術常識を考慮すると、引用発明の「物体側の屈折面」、「眼球側の屈折面」、「遠用部」及び「近用部」は、それぞれ本願補正後発明における、「物体側屈折面」、「眼球側屈折面」、「遠方視に対応する」とされる「遠用部」及び「近方視に対応する」とされる「近用部」に相当する。また、引用発明の「遠用部」と「近用部」との間に、本願補正後発明において「これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する」とされる、「累進部」があることは自明である(当合議体注:引用発明の「内面累進屈折力レンズ」という用語や、引用文献1の【0002】?【0003】の記載からも確認できる事項である。)。 そして、引用発明は、上記の処方による「内面累進屈折力レンズ」であるから、引用発明の「内面累進屈折力レンズ」は、本願補正後発明の「物体側屈折面と眼球側屈折面とを有し」、「該眼球側屈折面に、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部とが形成され、遠用度数としてプラス度数が処方された」とされる、「累進屈折力レンズ」に相当する。 (当合議体注:引用発明の「内面累進屈折力レンズ」とは、その文言が意味するとおり、屈折力が累進的に変化する面が内面に処方されたレンズのことであり、この点については、引用文献1の【0006】の記載からも確認される。) イ 凹曲面及び凸曲面 引用発明の「内面累進屈折力レンズ」は、「遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D」であり、「ここで、屈折力を表す単位はディオプトリー(D)であり、面屈折力D1,D2f,D2nのそれぞれの符号は、物体側に凸(眼球側に凹)の場合を+、物体側に凹(眼球側に凸)の場合を-とする」。 上記構成からみて、引用発明の「内面累進屈折力レンズ」は、本願補正後発明の「累進屈折力レンズ」における、「前記眼球側屈折面の前記遠用部に凹曲面が、前記近用部に眼球側に膨らんだ凸曲面が形成される」という要件を満たす。 (4) 一致点及び相違点 上記(3)によれば、引用発明と本願補正後発明とは、以下の点で一致ないし相違する。 ア 一致点 本件補正後発明と引用発明は、次の構成で一致する。 「物体側屈折面と眼球側屈折面とを有し、 該眼球側屈折面に、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部とが形成され、遠用度数としてプラス度数が処方された累進屈折力レンズであって、 前記眼球側屈折面の前記遠用部に凹曲面が、前記近用部に眼球側に膨らんだ凸曲面が形成された、 累進屈折力レンズ。」 イ 相違点 本件補正後発明と引用発明は、以下の点で相違する。 (相違点) 「眼球側屈折面」が、本願補正後発明は、「遠用度数及び近用度数の測定基準点を含むレンズ中央領域と、該レンズ中央領域よりも径方向外側に位置しレンズ端にまで至る周辺領域とに区画され」、「前記遠用部及び近用部の前記レンズ中央領域は、所定の度数に対応した球面を備え」、「前記レンズ中央領域を除く前記遠用部及び近用部の前記周辺領域は、それぞれ下記非球面の式(1)で規定されている面を備えており、かつ該遠用部と近用部とは下記非球面の式(1)で用いられる非球面係数の値が異なっている」とされているのに対して、引用発明は、「遠用部面屈折力D2fが1.00D、近用部面屈折力D2nが-1.00D」、「眼球側の屈折面にベースカーブが浅くなったことによる非点収差の増加を補正する非球面を付加している」と特定されるにとどまる点。 (5) 判断 引用発明の「非球面」は、「非点収差の増加を補正する」ために「眼球側の屈折面に」「付加」されたものであるところ、非点収差が、光軸近傍の領域よりも径方向外側からレンズ端までの周辺領域において著しく大きくなることは、光学分野における技術常識である(この点は、非球面が付加されていない実施例1の累進屈折力レンズの収差図(引用文献1の図7)からも理解できる事項である。)。また、眼鏡レンズの技術分野において、レンズの中央領域を球面とし、周辺領域に非球面を付加することは、例えば、米国特許出願公開第2005/0206840号明細書([0018]?[0020]等)及び特開2000-66148号公報(請求項8を引用する請求項10、【0080】?【0082】及び第5実施例(【0109】?【0112】【表10】等)に例示されるように、普通に採用されている設計である。 以上によれば、引用発明の「内面累進屈折力レンズ」の「非球面」を、「非点収差」が顕著となる周辺領域に付加し、中心領域は、処方された度数に応じた球面のままとすることは、上記技術常識を心得た当業者が容易に想到し得ることである。そして、引用発明の「近用部」及び「遠用部」の処方度数が異なるからには、それに応じた非球面が付加されることは必然である(当合議体注:なお、本願補正後発明の「非球面の式(1)」は、例えば、特開2006-30316号(原査定の「引用文献2」)の【0011】及び【0018】等に記載された普通のものであり、累進屈折力レンズのレンズ中央近傍に位置する「近用部」及び「遠用部」の処方度数が異なるからには、それぞれに「測定基準点」を設けることもまた当業者の随意である。)。 (6) 発明の効果について 本件補正後発明の効果について、本件出願の明細書の【0018】には、「遠視矯正用の処方がなされた場合であっても、レンズ中心厚を薄くし得て、且つ非点収差の増大を抑制することが可能な内面累進屈折力レンズを提供することができる。」と記載されている。 しかしながら、このような効果は、引用発明が具備する効果である。 あるいは、引用文献1から、上記技術常識を心得た当業者が予測可能な範囲内のものである。 (7) 請求人の主張について 令和2年6月24日付け審判請求書において、請求人は、概略、「遠用度数及び近用度数の測定基準点に非球面成分が付加されないように、周辺領域にだけ限定的に式(1)で規定される非球面を設ける」ことにより、「遠用部及び近用部の測定基準点における測定値のばらつきを防止する」という効果を主張している。 しかしながら、度数測定ポイントに非球面設計を施さないことによる効果は、例えば、特開2000-66148号公報(請求項8を引用する請求項10、【0080】?【0082】)に記載されているように、本件出願前に公知であって、非球面設計を施さない領域を(「近用部」及び「遠用部」を含む)中心領域としたとしても、それによる相乗効果が生じるわけでもないから、当業者が予想し得る範囲を超えるものとまではいえない。 以上のとおりであるから、請求人の主張は、採用できない。 (8) 小括 本件補正後発明は、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができない。 3 補正の却下の決定のむすび 本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。 よって、前記[補正の却下の決定の結論]のとおり決定する。 第3 本願発明について 1 本願発明 以上のとおり、本件補正は却下されたので、本件出願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、前記「第2」[理由]1(1)に記載された事項によって特定されるとおりのものである。 2 原査定の拒絶の理由 原査定の拒絶の理由は、本願発明は、本件出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である引用文献1(特開2011-70234号公報)に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、という理由を含むものである。 3 引用文献の記載及び引用発明 引用文献1の記載及び引用発明は、前記「第2」[理由]2(1)及び(2)に記載したとおりである。 4 対比及び判断 本願発明は、前記「第2」[理由]2で検討した本件補正後発明から、前記「第2」[理由]1(3)で述べた「遠用度数としてプラス度数が処方された」という限定を除いたものである。また、本願発明の構成を全て具備し、これにさらに当該限定を付したものに相当する本件補正後発明は、前記「第2」[理由]2(3)?(8)で述べたとおり、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて、本件出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本願発明も、引用文献1に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 第4 むすび 以上のとおり、本願発明は、特許法29条2項の規定により、特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本件出願は拒絶されるべきものである。 よって、結論のとおり審決する。 |
審理終結日 | 2021-03-05 |
結審通知日 | 2021-03-09 |
審決日 | 2021-03-24 |
出願番号 | 特願2017-2193(P2017-2193) |
審決分類 |
P
1
8・
121-
Z
(G02C)
P 1 8・ 575- Z (G02C) |
最終処分 | 不成立 |
前審関与審査官 | 菅原 奈津子、後藤 慎平 |
特許庁審判長 |
樋口 信宏 |
特許庁審判官 |
里村 利光 関根 洋之 |
発明の名称 | 累進屈折力レンズ |
代理人 | 安藤 敏之 |
代理人 | 上田 千織 |
代理人 | 飯田 昭夫 |
代理人 | 並河 伊佐夫 |
代理人 | 江間 路子 |