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審決分類 審判 査定不服 5項独立特許用件 特許、登録しない。 H01L
審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 H01L
管理番号 1374366
審判番号 不服2020-11739  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-08-24 
確定日 2021-05-20 
事件の表示 特願2017-188175「高出力素子」拒絶査定不服審判事件〔平成31年 4月25日出願公開、特開2019- 67786〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
本願は,平成29年9月28日の出願であって,その手続の経緯は以下のとおりである。

令和元年6月19日付け :拒絶理由通知書
令和元年10月17日 :意見書,手続補正書の提出
令和2年1月7日付け :拒絶理由通知書(最後)
令和2年3月13日 :意見書,手続補正書の提出
令和2年5月15日付け :補正却下,拒絶査定
令和2年8月24日 :審判請求書,手続補正書の提出


第2 令和2年8月24日にされた手続補正についての補正却下の決定
[補正却下の決定の結論]
令和2年8月24日に提出された手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)を却下する。

[理由]
1.本件補正の内容
ア 本件補正は,本件補正前の令和元年10月17日の手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1?6を本件補正後の請求項1?4とする補正を含むものであって,本件補正前の請求項1及び本件補正後の請求項1は次のとおりである。(下線は補正箇所を示す。)
(ア)本件補正前の請求項1
「【請求項1】
第1の窒化物半導体層と,
前記第1の窒化物半導体層上に形成された第2の窒化物半導体層と,
前記第2の窒化物半導体層上に形成され,Al元素を含有した第3の窒化物半導体層と,
を具備し,
前記第2の窒化物半導体層は,InN層と,GaN層が交互に積層された多重量子井戸層
であることを特徴とする,高出力素子。」

(イ)本件補正後の請求項1
「【請求項1】
第1の窒化物半導体層と,
前記第1の窒化物半導体層上に形成され,且つ,前記第1の窒化物半導体層と直接的に接する第2の窒化物半導体層と,
前記第2の窒化物半導体層上に形成され,Al元素を含有した第3の窒化物半導体層と,
を具備し,
前記第1の窒化物半導体層はGaN層であり,
前記第2の窒化物半導体層は,InN層とGaN層が交互に積層され,且つ,その最上層と最下層がInN層である多重量子井戸層であり,
前記第2の窒化物半導体層では,前記InN層の膜厚は10nm以下であり,
前記第2の窒化物半導体層では,前記InN層と前記GaN層のペア数は100以下であり,
前記第3の窒化物半導体層はAlGaN層であることを特徴とする,高出力素子。」


イ そして,請求項1に対する本件補正は以下の補正事項をその内容とするものである。
(補正事項1a)本件補正前の請求項1の「前記第1の窒化物半導体層上に形成された第2の窒化物半導体層」を,本件補正後の請求項1の「前記第1の窒化物半導体層上に形成され,且つ,前記第1の窒化物半導体層と直接的に接する第2の窒化物半導体層」に補正すること。
(補正事項1b)本件補正前の請求項1に,「前記第1の窒化物半導体層はGaN層であり」との事項を付加すること。
(補正事項1c)本件補正前の請求項1の「前記第2の窒化物半導体層は,InN層と,GaN層が交互に積層された多重量子井戸層」を,本件補正後の請求項1の「前記第2の窒化物半導体層は,InN層とGaN層が交互に積層され,且つ,その最上層と最下層がInN層である多重量子井戸層」に補正すること。
(補正事項1d)本件補正前の請求項1に,「前記第2の窒化物半導体層では,前記InN層の膜厚は10nm以下であり」との事項を付加すること。
(補正事項1e)本件補正前の請求項1に,「前記第2の窒化物半導体層では,前記InN層と前記GaN層のペア数は100以下であり」との事項を付加すること。
(補正事項1f)本件補正前の請求項1に,「前記第3の窒化物半導体層はAlGaN層である」との事項を付加すること

ウ また,本件補正のうち,補正前の請求項2?6を補正後の2?4とする補正は,以下の補正事項2?6を含むものである。
(補正事項2)本件補正前の請求項2の「前記InN層の膜厚が10nm以下であり、かつ前記GaN層の膜厚が20nm以下であることを特徴とする、
請求項1に記載の高出力素子。」
を,本件補正後の請求項2の
「前記第2の窒化物半導体層では、前記GaN層の膜厚が20nm以下であることを特徴とする、
請求項1に記載の高出力素子。」
に補正すること。
(補正事項3)本件補正前の請求項3を削除すること。
(補正事項4)本件補正前の請求項4を削除すること。
(補正事項5)本件補正前の請求項5を本件補正後の請求項3とし,本件補正前の「請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の」を本件補正後の「請求項1または請求項2に記載の」に補正すること。
(補正事項6)本件補正前の請求項6を本件補正後の請求項4とし,本件補正前の「請求項5に記載の」を本件補正後の「請求項4に記載の」に補正すること。

2.新規事項追加の有無及び補正目的の適否について
上記補正事項1a?1f及び補正事項2?6について,新規事項追加の有無及び補正目的の適否を検討する。

ア 補正事項1aは,本件補正前の請求項1の「前記第1の窒化物半導体層上に形成された第2の窒化物半導体層」との事項に,「前記第1の窒化物半導体層と直接的に接する」との限定を付加するものであるから,特許請求の範囲の限定的減縮に該当する。そして,補正事項1aは本願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下「当初明細書等」という。)の段落0010及び段落0030?0031の記載に基づくものである。
イ 補正事項1bは,本件補正前の請求項1の「第1の窒化物半導体層」が「GaN層」であるとの限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項1bは当初明細書等の段落0010の記載に基づくものである。
ウ 補正事項1cは,本件補正前の請求項1の「多重量子井戸構造」について「その最上層と最下層がInN層である」との限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項1cは当初明細書等の図2に基づくものである。
エ 補正事項1dは,本件補正前の請求項1の「InN層」について「前記InN層の膜厚は10nm以下」との限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項1dは当初明細書等の段落0022に基づくものである。
オ 補正事項1eは,本件補正前の請求項1の「多重量子井戸構造」について「前記InN層と前記GaN層のペア数は100以下であり」との限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項1eは当初明細書等の段落0022の記載に基づくものである。
カ 補正事項1fは,本件補正前の請求項1の「第3の窒化物半導体層」が「AlGaN層」であるとの限定を付加するものであり,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項1fは当初明細書等の段落0010の記載に基づくものである。
キ 補正事項2は,補正前の請求項2の「前記InN層の膜厚が10nm以下であり」との事項が補正後の請求項1における限定事項として記載されることに連動して,補正後の請求項2においては削除したものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。そして,補正事項2は当初明細書等に記載された事項の範囲内でしたものである。
ク 補正事項3?6は,補正前の請求項3,4の削除と,それに伴う請求項番号及び引用請求項の変更をその内容とするものであり,請求項の削除を目的とするものである。そして,補正事項3?6は当初明細書等に記載された事項の範囲内でしたものである。

以上ア?クのとおり,上記補正事項1a?1f及び補正事項2?6は,特許法17条の2第3項の規定に適合し,同法17条の2第5項1号及び2号に掲げる事項を目的とするものに該当する。

3.独立特許要件について
上記2.のとおり,請求項1に対する本件補正は特許法17条の2第5項第2号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とする補正を含んでいる。そこで,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載されている事項により特定される発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるか否かについて,以下で更に検討する。

3.1 本件補正後の請求項1に係る発明
本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明1」という。)は,本件補正により補正された特許請求の範囲の請求項1(上記1.(イ))に記載されたとおりのものである。

3.2 引用例の記載
(1)引用例1の記載と引用発明1
ア 原査定の拒絶の理由に引用文献2として引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である,特開2003-197646号公報(以下「引用例1」という。)には,図4,6とともに,次の記載がある。

「【0004】GaN系化合物を用いたHEMT構造としては,n型にドープしたAlGaN電子供給層に,GaNチャネル層をヘテロ接合したものが多く試みられているが,GaN層中の電子は,理論的に見積もられる有効質量が大きいため,電子移動度を思ったほど大きくできない欠点があり,素子の高速化という観点からは問題が残る。そこで,GaNに代えて,電子の有効質量がより小さいInGaNによりチャネル層を構成することが,電子移動度の向上ひいては素子の高速化を図る観点においてより有利であると考えられる。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,MOVPEやMBE等の気相成長法によりInGaN層を成長する場合,層中に高濃度の点欠陥が発生しやすく,また,組成不均一が生じやすい欠点がある。その結果,得られるInGaN層は,理論的に予測される電子移動度が高いにも拘わらず,結果的に電子散乱の影響が顕著となり,十分な特性が得られない問題がある。
【0006】本発明の課題は,InGaN層をチャネル層として用いるとともに,点欠陥や組成不均一の影響を顕著に軽減でき,ひいてはその特性上の高い可能性を十分有効に引き出して大出力・高速化が可能な電界効果トランジスタを提供することにある。」
「【0021】また,図4に示すHEMT2においては,チャネル層が多重量子井戸構造を有するMQW(Multiple Quantum Well)チャネル層119とされている。該MQWチャネル層119においては,前記した三角ポテンシャル構造の代わりに,図6に示すような複数のInGaN井戸層119aにより2DEG層が形成される。井戸層119aの両側には,該井戸層119aとの間にポテンシャル障壁を形成するために,井戸層119aよりもバンドギャップの大きい化合物半導体からなる障壁層119bが形成される。障壁層119bは,井戸層119aにおける電子閉じ込め効果を向上させるため,例えばGaNあるいはAlGaNにて構成するのがよい。
【0022】井戸層119aは,十分な電子閉じ込め効果を実現するために,その厚さt1を10nm以下,望ましくは3nm以下に調整することが望ましい。そして,InGaN井戸層119aが,多重量子井戸構造の採用によりこの程度まで薄層化されると,InGaN成長時の問題である欠陥発生や組成変動の影響が軽減され,電子散乱を生じにくくすることができる。従って,InGaN特有の高電子移動度の効果が有効に引き出され,より高速化に対応できる電界効果トランジスタが実現できる。ただし,井戸層119aの厚さt1を5nm未満とすることは,量子井戸構造を実現するのに好適なバンド構造を得るための結晶構造の維持が困難となるため,好ましくない。」
引用例1の図4として,以下の図面が示されている。


引用例1の図6として,以下の図面が示されている。


イ 以上の摘記を整理すると,引用例1には以下の事項が記載されているものと理解できる。
a n型にドープしたAlGaN電子供給層と,InGaN層をチャネル層としたGaN系HEMT構造とすること。(段落0004)
b InGaN層をチャネル層として用いるとともに,InGaN層の点欠陥や組成不均一の影響を顕著に軽減して,大出力・高速化が可能な電界効果トランジスタを提供すること(段落0005,0006)
c バッファ層102,MQWチャネル層119及びn-AlGaN電子供給層110が下からこの順に積層されたHEMTであること(段落0021,図4)
d MQWチャネル層119がバッファ層102上に,バッファ層と接して形成されていること。(図4)
e MQWチャネル層119が,InGaN井戸層119aとGaN障壁層119bが交互に積層された多重量子井戸構造であること(段落0021,図4)
f InGaN井戸層119aの厚さが10nm以下であること(段落0022)

ウ 上記a?fによれば,引用例1には次の発明(以下「引用発明1」という。)が記載されているものと認められる。
「バッファ層102と,
前記バッファ層102上に,前記バッファ層と接して形成されたMQWチャネル層119と,
前記MQWチャネル層119上に積層されたn-AlGaN電子供給層110と,
を備え,
前記MQWチャネル層119が,InGaN井戸層119aとGaN障壁層119bが交互に積層された多重量子井戸構造であり,
前記InGaN井戸層119aの厚さが10nm以下である,
大出力・高速化が可能なGaN系HEMT。」

エ また,引用例1には次の技術的事項が記載されているものと理解できる。
a InGaN層を成長する場合,層中に高濃度の点欠陥が発生しやすく,また,組成不均一が生じやすいこと。(段落0005)
b InGaN井戸層119a多重量子井戸構造の採用により薄層化されると,InGaN成長時の問題である欠陥発生や組成変動の影響が軽減され,電子散乱を生じにくくすることができること。(段落0022)

(2)引用例2の記載
ア 原査定の拒絶の理由に引用文献1として引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である,特開平11-204778号公報(以下「引用例2」という。)には,次の記載がある。

「【0023】図2は,In組成xによる2次元電子ガスの移動度の変化を示した図である。x=1を除くすべての組成で電子移動度の増大は見られない。これは,In_(x)Ga_(1-x)N(0<x<1)混晶において,現状では均一な組成分布をもつ膜が得られないことに起因しており,その結果,合金散乱が大きくなるためにInGaAsの場合のような移動度の増加が見られない。しかしながら,格子不整を考えた材料選択では不利であるが,x=1のInNは特異な移動度増大を示し,本発明においてチャネル材料として極めて優れていることが初めて見いだされた。次に,InNのチャネル層厚としてどのくらいの厚さまで許されるかを,2次元電子ガスの移動度の点から調べた。ヘテロ界面において2次元電子ガスが形成される領域としては,数十nm程度である。したがって厚さの上限としては,歪みによる結晶性の低下に起因した電子散乱が,2次元電子ガスの運動にどれだけ影響するかによる。
【0024】図3は,チャネル層厚と電子移動度との相関を示す。図3に示した結果から,チャネル層厚100nm以上で急激に移動度が低下しており,これ以上の厚さでは結晶の乱れが大きく影響していることが分かる。
【0025】(実施例2)図4は,本発明の第2の実施例である窒化物系HFETの概要を示す断面図である。11は(0001)6H-SiC基板,12はアンドープGaNバッファ層(キャリア濃度5×10^(16)cm^(-3),膜厚2μm),13はアンドープAlN障壁層(膜厚20nm),14はアンドープInN/GaNチャネル層(膜厚1/1nm×lO周期),15はアンドープGaNキャップ層(キャリア濃度5×10^(16)cm^(3),膜厚10nm),7はPt/Auゲート電極,8はTi/Alソース/ドレイン電極である。
【0026】層構造の結晶成長方法としては,MOVPE,MBE法などを用いることができる。作製方法は実施例1とほぼ同様である。同一の層構造を用いてホール測定を行った結果,室温における移動度2100cm^(2)/Vsおよび77Kにおける移動度8500cm^(2)/Vsを確認した。
【0027】ゲート長さ1μm,ソースドレイン間距離5μmのFETを作製し,その特性を評価した結果,室温において,最大発振周波数fmax=18GHz,トランスコンダクタンスgm=150mS/mm,温度250℃においてgm=120mS/mmであった。
【0028】InN単層の代わりにInN/GaN多層構造を用いた場合,チャネル層のバンドギャップが大きくなり,窒化物系HFETの温度特性が向上する。InN/GaNの場合,InNに比べ最高動作温度がさらに50℃高くなっていた。
【0029】多層構造の層厚としては,ソース電極から供給された電子がすべてのInN層に供給されることが必要であり,そのためには多層構造の中にミニバンドが形成される必要がある。これは,多層構造中にミニバンドがない場合,各InN層が孤立し,すべてのInN層がチャネルとして働かなくなるためである。したがって,各層の層厚はミニバンドが形成されるように十分に薄くなければならない。
【0030】図5は,(a)n_(AlN)=n_(InN)および(b)n_(GaN)=n_(InN)(ここでnは分子層数)としたときの伝導帯におけるミニバンドを現わしたものである。図から明らかなように,ミニバンドが形成されるためには,InN/GaNでは分子層数を9以下にする必要があり,InN/AlNでは分子層数を5以下にする必要がある。しかしながら,障壁層(GaNおよびAlN)の厚みが薄くなればなるほどより厚い井戸層でもミニバンドが形成され,例えばGaN層厚が1分子層の場合,InN層厚20分子層でもミニバンドは形成される。」

イ 上記によれば,引用例2には次の技術的事項が記載されているものと理解できる。
a 窒化物系HFETのチャネル層をアンドープInN/GaNチャネル層(膜厚1/1nm×10周期)構造とすることにより,室温における移動度2100cm^(2)/Vsおよび77Kにおける移動度8500cm^(2)/Vsという特性が得られること。(段落0025,0026)
b チャネル層にInN単層の代わりにInN/GaN多層構造を用いた場合,窒化物系HFETの最高動作温度がInNに比べ最高動作温度が50℃高くなること。(段落0028)
c In_(x)Ga_(1-x)N(0<x<1)混晶において,現状では均一な組成分布をもつ膜が得られないため,合金散乱が大きくなり移動度の増加が見られないこと。(段落0023)
d 格子不整を考えた材料選択では不利であるが,x=1のInNは特異な移動度増大を示し,チャネル材料として極めて優れていること。(段落0023)
e InNチャネル層は層厚100nm以上で結晶の乱れが大きく影響し急激に移動度が低下すること(段落0024)

ウ また,引用例2には次の記載がある。
「【0041】導電性SiC基板上のアンドープのGaNバッファ層を用いたHFET構造の場合,動作温度が低温において,キャリアがバッファ層や基板へと分散するため,移動度の増大が見られない。したがって,GaNをバッファ層として用いる場合,GaNバッファ層の少なくとも一部分を半絶縁性にすることが必要である。
【0042】本発明では,ドーバントとしてCr,Ti,Fe,Au,V,Nbを添加することで半導体中に深い準位を形成し,半絶縁性窒化物半導体を得る事が可能となる。その結果,基板へのキャリアの流入を防ぐことが可能となり,移動度の増大が見られる。」

(3)引用例3の記載
原査定の拒絶の理由に引用文献4として引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である,特開2017-139390号公報(以下「引用例3」という。)には,次の記載がある。
「【0017】
本実施の形態における半導体装置について,図1に基づき説明する。本実施の形態における半導体装置は,基板10の上に,窒化物半導体層をエピタキシャル成長させることにより形成されている。具体的には,基板10の上に,エピタキシャル成長により順次積層された核形成層21,バッファ層22,組成傾斜層23,電子走行層24,電子供給層25により形成されている。これにより,電子走行層24における電子走行層24と電子供給層25との界面近傍には,2DEG24aが生成される。電子供給層25の上には,ゲート電極31,ソース電極32及びドレイン電極33が形成されている。尚,本願においては,電子走行層24を第1の半導体層と記載し,電子供給層25を第2の半導体層と記載する場合がある。」
【0021】
バッファ層22は,バッファ層22よりも上に形成される電子走行層24の転位密度を低くし,結晶性を良好にするために形成する。本実施の形態においては,バッファ層22はi-GaNにより形成されており,膜厚は1000nm程度である。バッファ層22の膜厚は,あまり厚すぎるとピンチオフ性能が低下するため,2000nm以下であることが好ましい。尚,バッファ層22の膜厚を厚くした場合においては,ピンチオフ性能確保のために,核形成層21にアクセプタ不純物であるFeやC等をドーピングしてもよい。」

(4)引用例4の記載
原査定の拒絶の理由に引用文献6として引用された,本願の出願前に日本国内において頒布された刊行物である,特開2016-134612号公報(以下「引用例4」という。)には,次の記載がある。
「【0026】
基板110は,例えばSi基板である。または,サファイア基板,SiC基板,ZnSe基板,ZnO基板等その他の基板を用いてもよい。バッファ層120は,基板110の上に形成されている。バッファ層120は,例えば,AlNまたはGaNである。」
「【0032】
2.HEMT素子2-1.HEMT素子の構造 図2は,本実施形態のHEMT素子200を示す概略構成図である。HEMT素子200は,高電子移動度トランジスタである。HEMT素子200は,第1の積層体100の積層構造を有している。図2に示すように,HEMT素子200は,基板110と,バッファ層120と,下地層230と,チャネル層240と,バリア層250と,ソース電極S1と,ゲート電極G1と,ドレイン電極D1と,を有している。」

3-3 補正発明1と引用発明1の対比
補正発明1と引用発明1とを比較する。
ア 引用発明1における「バッファ層102」,「MQWチャネル層119」及び「n-AlGaN電子供給層110」は,いずれも「GaN系HEMT」の構成要素である。そうすると,引用発明1における上記「バッファ層102」「MQWチャネル層119」及び「n-AlGaN電子供給層110」は,補正発明1における「第1の窒化物半導体層」,「第2の窒化物半導体層」及び「第3の窒化物半導体層」にそれぞれ相当する。
イ 引用発明1における「MQWチャネル層119」は「前記バッファ層102上に,前記バッファ層と接して形成された」層であるから,補正発明1の「第2の窒化物半導体層」と引用発明1の「MQWチャネル層119」は,ともに「前記第1の窒化物半導体層上に形成され,且つ,前記第1の窒化物半導体層と直接的に接する」点で一致する。
ウ 補正発明1における「第3の窒化物半導体層」と引用発明1における「n-AlGaN電子供給層」は,ともに「AlGaN層」であり「Al元素を含有」している点で一致する。
エ 補正発明1の「第2の窒化物半導体層」と引用発明1の「MQWチャネル層119」は,ともに「多重量子井戸構造」である点で一致する。
オ バンドギャップからみて,補正発明1の「InN層」及び「GaN層」が,多重量子井戸層構造における「井戸層」及び「障壁層」であることは技術的に明らかである。そうすると,引用発明1における「GaN障壁層119b」は補正発明1における「GaN層」に相当する。また,引用発明1における「InGaN井戸層119a」は補正発明1における「InN層」に対応する。
カ 上記オに加え,引用発明1の「InGaN」と補正発明1の「InN」は,ともにIn_(x)Ga_(1-x)N(0<x≦1)系半導体である点で共通する。そうすると,補正発明1と引用発明1は,ともに「In_(x)Ga_(1-x)N(0<x≦1)系半導体層とGaN層が交互に積層され」た「多重量子井戸層」を備える点で共通する。
キ 上記カから,引用発明1における「前記InGaN井戸層119aの厚さが10nm以下である」ことは,補正発明1における「前記InN層の膜厚は10nm以下である」ことに対応し,両者はともに,「In_(x)Ga_(1-x)N(0<x≦1)系半導体層の膜厚は10nmである」点で共通する。
ク 引用発明1の「GaN系HEMT」は「大出力・高速化が可能」なトランジスタであるから,補正発明1の「高出力素子」に相当する。

以上のア?クによれば,補正発明1と引用発明1の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
<一致点>
「第1の窒化物半導体層と,
前記第1の窒化物半導体層上に形成され,且つ,前記第1の窒化物半導体層と直接的に接する第2の窒化物半導体層と,
前記第2の窒化物半導体層上に形成され,Al元素を含有した第3の窒化物半導体層と,
を具備し,
前記第2の窒化物半導体層は,In_(x)Ga_(1-x)N(0<x≦1)系半導体層とGaN層が交互に積層された多重量子井戸層であり,
前記第2の窒化物半導体層では,前記In_(x)Ga_(1-x)N(0<x≦1)系半導体層の膜厚は10nm以下であり,
前記第3の窒化物半導体層はAlGaN層であることを特徴とする,高出力素子。」である点。
<相違点1>
補正発明1では「第1の窒化物半導体層はGaN層」であるのに対し,引用発明1では,「バッファ層」が「GaN層」であることが特定されていない点。
<相違点2>
補正発明1では「多重量子井戸構造」が「InN層とGaN層が交互に積層され」たものであるのに対し,引用発明1では「InGaN井戸層119aとGaN障壁層119bが交互に積層された」ものである点。
<相違点3>
補正発明1では「多重量子井戸構造」の「最上層と最下層がInN層である」のに対し,引用発明1では,そのことが特定されていない点。
<相違点4>
補正発明1では「InN層の膜厚は10nm以下」であるのに対し,引用発明1では「InGaN井戸層119aの厚さが10nm以下」である点。
<相違点5>
補正発明1では「前記InN層と前記GaN層のペア数は100以下」であるのに対し,引用発明1では,「InGaN井戸層119aとGaN障壁層119b」のペア数が特定されていない点。

3.4 相違点についての判断
(1)相違点2について
事案に鑑み,はじめに相違点2について検討する。
ア 引用例2には,窒化物系HFETのチャネル層として,アンドープInN/GaNチャネル層(膜厚1/1nm×l0周期)構造が記載されている(段落0025,上記3.2(2)イのa)。ここで,窒化物系HFETとGaN系HEMTが本質的に同じ構造であることは,技術常識である。
イ また,当該チャネル層構造により,室温における移動度2100cm^(2)/Vsおよび77Kにおける移動度8500cm^(2)/Vsという特性が得られること,InN単層の場合と比べてHFETの最高動作温度が50℃高くなることが記載されている(上記3.2(2)イのa,b)。上記の移動度は,技術常識(Siの電子移動度が約1400cm^(2)/Vs)に照らしても比較的高い移動度であるといえる。
ウ 一方,引用例1の目的は,大出力,高速化の可能な電界効果トランジスタを提供することであるから(段落0006),チャネル層の移動度をより高く,動作温度をより高くする動機が存在する。
エ 加えて,引用例1には,InGaN層を成長する場合,層中に高濃度の点欠陥が発生しやすく,また,組成不均一が生じやすいことが記載されているところ(段落0005,上記3.2(1)エのa),引用例2にも,In_(x)Ga_(1-x)N(0<x<1)混晶において,現状では均一な組成分布をもつ膜が得られないため,合金散乱が大きくなり移動度の増加が見られない旨が記載されている(段落0023,上記3.2(2)イのc)。そうすると,引用例1と引用例2は,InGaN層をチャネル層に用いる際の課題認識の点で共通する。
オ さらに,引用例1には,InGaN井戸層119a多重量子井戸構造の採用により薄層化されると,InGaN成長時の問題である欠陥発生や組成変動の影響が軽減され,電子散乱を生じにくくすることができることが記載されているところ(段落0022,上記3.2(1)エのb),引用例2にも,InNチャネル層は層厚100nm以上で結晶の乱れが大きく影響し急激に移動度が低下する(段落0024,上記3.2(2)イのe)との記載から,InN層を100nmより薄くすることで結晶の乱れの影響を抑制できることが示唆されていると理解できる。引用例2に具体的に記載されたアンドープInN/GaNチャネル層も,InN層とGaN層の厚さがいずれも1nmであり,薄層化されているといえる。そうすると,引用例1と引用例2は,薄層化により結晶の乱れによる影響を低減するという,課題解決の方向性の点でも共通する。
カ したがって,引用発明1において引用例2に記載された公知のチャネル層構造を採用し,「InGaN井戸層」を「InN井戸層」に変更することは,当業者が容易に想到し得たことである。

審判請求人は,審判請求書において以下のように述べ,引用文献2(引用例1と同じ文献)に基づいて補正発明1のInN/GaN多重量子井戸層を想到することはたとえ当業者でも容易でないと主張している。
「引用文献2の段落[0014]には,「InGaNの組成を,InN混晶比をxとして,In_(x)Ga_(1-x)Nとしたとき,電子移動度の顕著な向上を図るためには,xを0.05以上とすることが望ましい。他方,xが0.5を超えることは,n型AlGaN電子供給層110(構成要件Hに相当)との格子不整合が甚だしくなり,性能低下を招くので好ましくない。」と記載されているからである。このようにInN井戸層を用いたMQWチャネル層119を実現するためには,xの値は性能低下を招く“1”に設定する必要がある。したがって,引用文献2に基づいて,本願の新請求項1に係る発明の「GaN層直上のInN/GaN多重量子井戸層」中のInN/GaN多重量子井戸層を想到することはたとえ当業者でも容易なことではないと思料する。」(第9頁第3段落)
しかしながら,引用文献2(引用例1)の段落0014の記載は,単層のInGaN層をチャネル層とした実施例(図1)に対する記載であり,多重量子井戸構造をチャネル層とした場合の実施例(図4)に対する記載ではない。仮にそうでないとしても,引用例2には,InNが格子不整を考えた材料選択では不利であるが,特異な移動度増大を示し,チャネル材料として極めて優れていることが記載されているところ(段落0023,上記3.2(2)イのd),上記の格子不整に伴う結晶の乱れの影響を抑制する具体的方策として100nmより薄層のInN層を用いることが記載され,さらに,1nmのInN層及びGaN層による多重量子井戸であれば十分な移動度が確保できることも記載されていることは,上記イ,オで述べたとおりである。
したがって,引用発明1において,引用例2に記載された多重量子井戸構造を適用することが,審判請求人が指摘する引用文献2(引用例1)の段落0014の記載により阻害されると認めることはできない。上記審判請求人の主張は採用できない。

(2)相違点3について
多重量子井戸構造において,最上層と最下層をそれぞれ井戸層とするか障壁層とするかは,当業者が適宜選択すべき設計事項である。また,引用例1の段落0021に「複数のInGaN井戸層119aにより2DEG層が形成される。」と記載されているとおり,井戸層に対応して2DEGが形成されることも,当業者に認識された事項であるから,井戸層を増やすことの効果も,当業者であれば直ちに察知し得たことであるといえる。
そうすると,引用発明1において多重量子井戸構造の最上層と最下層を井戸層とすることは,当該井戸層の材料組成を問わず当業者が適宜なし得たことであり,上記(1)のとおり井戸層をInN層に変更した場合でも,同様に適宜なし得たことであるといえる。また,その効果も当業者の予測の範囲内のものである。

(3)相違点4について
上述のとおり,引用例2には,井戸層となるInN層の膜厚が1nmであることが記載(段落0025)され,結晶性の乱れによる影響を抑制するために単層のInNチャネル層において100nmより薄い厚さとすることが記載(段落0024)されている。
一方,引用発明1において,井戸層であるInGaN層の膜厚は「10nm以下」と規定されている。
そうすると,引用発明1において引用例2記載の多重量子井戸構造を採用し,InGaN井戸層をInN井戸層に変更した際,膜厚をInGaN層と同様に「10nm以下」とすることは,当業者が自然になし得たことであるといえる。

(4)相違点5について
多重量子井戸構造のペア数は当業者の設計事項であり,引用例1の段落0021に記載のとおり,井戸層に対応して2DEG層が形成されることも当業者の認識の範囲内の事項であるから,引用発明1において井戸層と障壁層のペア数を100以下の所定の数とすることも,井戸層の材料組成を問わず適宜なし得たことであり,上記(1)のとおり井戸層をInN層とした際に,「前記InN層と前記GaN層のペア数」を100以下とすることも,格別の困難無くなし得たことである。また,その効果も当業者の予測の範囲内のものである。

(5)相違点1について
上記3.2(2)ウ,(3),(4)で摘記した,引用例2の段落0041?0042,引用例3の段落0017,0021,及び,引用例4の0026,0032の記載によれば,GaN系HEMTのバッファ層としてGaN層を用いることは,当業者の周知技術であると理解できる。
そうすると,GaN系HEMTである引用発明1における材料の特定されていない「バッファ層102」として,上記周知のGaN層を用いることは,当業者が容易になし得たことである。

(6)小括
したがって,補正発明1は,引用例2に記載された技術的事項及び引用例2?4に示される周知技術に照らし,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

3.5 独立特許要件についてのまとめ
上記3.4のとおり,補正発明1は引用発明1及び引用例2?4から当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。

4.補正却下の決定についてのまとめ
したがって,本件補正は,特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に適合しないものであるから,特許法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
よって,上記補正却下の決定の結論のとおり決定する。


第3 本願発明について
1.本願発明
令和2年8月24日付けの手続補正は上記のとおり却下されたので,本願の請求項1?6に係る発明は,令和元年10月17日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定されるものであり,その内の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,上記第2,1.アの(ア)に本件補正前の請求項1として摘記したとおりのものである。

2.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由は,この出願の請求項1?6に係る発明は,本願の出願前に頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の引用文献1又は2に記載された発明及び引用文献1?6に記載された事項に基づいて,その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

引用文献1.特開平11?204778号公報(引用例2)
引用文献2.特開2003-197646号公報(引用例1)
引用文献3.特開2017-17311号公報
引用文献4.特開2017-139390号公報(引用例3)
引用文献5.特開2013-4735号公報
引用文献6.特開2016-134612号公報(引用例4)

3.引用文献の記載
原査定の拒絶の理由で引用された引用文献1?2,4,6の記載は,上記第2の3.2に引用例1?4に記載された事項として摘記したとおりである。

4.対比・判断
上記第2の2.で検討したように,補正発明1は,本件補正前の請求項1について,上記第2の1.イに示した補正事項1a?1fの点を限定したものである。
そうすると,本願発明の構成要件をすべて含み,これをさらに限定したものである補正発明1が,上記第2の3.で示した理由のとおり,引用例2(引用文献1)に記載された技術的事項及び引用例2?4(引用文献1,4,6)の周知技術に照らし引用発明1(引用文献2に記載された発明)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明も,同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものである。

5.本願発明についての結論
上記4.のとおり,本願発明は,引用発明1並びに引用文献1に記載の技術的事項及び引用文献1,4,6に示される周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。


第4 結言
以上のとおりであるから,本願は,他の請求項に係る発明について検討するまでもなく,拒絶をすべきものである。
よって,結論のとおり審決する。


 
審理終結日 2021-03-10 
結審通知日 2021-03-16 
審決日 2021-03-30 
出願番号 特願2017-188175(P2017-188175)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (H01L)
P 1 8・ 575- Z (H01L)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 恩田 和彦  
特許庁審判長 加藤 浩一
特許庁審判官 ▲吉▼澤 雅博
小川 将之
発明の名称 高出力素子  
代理人 特許業務法人スズエ国際特許事務所  
代理人 特許業務法人スズエ国際特許事務所  
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