• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない。 C07K
管理番号 1374460
審判番号 不服2020-5925  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-07-30 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2020-04-30 
確定日 2021-05-27 
事件の表示 特願2015- 60030「遺伝子組換え動物血清アルブミン、ヘモグロビン-遺伝子組換え動物血清アルブミン複合体、人工血漿増量剤及び人工酸素運搬体」拒絶査定不服審判事件〔平成28年10月13日出願公開、特開2016-179951〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯・本願発明
本願は平成27年3月23日の出願であって、令和2年1月30日付け拒絶査定に対して令和2年4月30日に拒絶査定審判が請求されると同時に手続補正書が提出された。
本願の請求項1?14に係る発明は、令和2年4月30日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1?14に記載されたものであり、そのうち、請求項2に係る発明(以下、「本願発明」という。)は、請求項2に記載された次のとおりのものと認める。
「【請求項2】
コアとしてのヘモグロビンと、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合されたシェルとしての遺伝子組換え動物血清アルブミンと、
を有し、
前記遺伝子組換え動物血清アルブミンが、ヒトを除く哺乳類動物の血清アルブミンであり、ピキア属酵母由来の細胞を宿主細胞として、遺伝子組換えにより産生される遺伝子組換え動物血清アルブミンであり、
(a)質量分析(MALDI-TOFMS)により得られる分子量が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり、
(b)等電点電気泳動法により得られる等電点が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり、
(c)円偏光二色性スペクトル分析により得られるαへリックス含量が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり、
前記遺伝子組換え動物血清アルブミンの由来となる動物に用いられ、
前記遺伝子組換え動物血清アルブミンの由来となる動物がイヌ又はネコであり、
前記遺伝子組換え動物血清アルブミンを平均して3つ有する
ことを特徴とする、ヘモグロビン-遺伝子組換え動物血清アルブミン複合体。」


第2 拒絶査定の概要
令和2年1月30日付け拒絶査定は、本願の請求項1?15に係る発明は、引用文献4に記載された発明及び周知技術(引用文献1,3,5?9)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである、との理由を含むものである。
(引用文献)
1.J. Lab. Clin. Med., 2004, Vol. 143, No. 2, pp. 115-124
3.特開平5-38287号公報
4.国際公開第2012/117688号
5.J. Allergy Clin. Immunol., 1999, Vol. 104, No. 6, pp. 1223-1230
6.特表昭63-500614号公報
7.特表2013-509170号公報
8.J. Allergy Clin. Immunol., 2000, Vol. 105, No. 2, pp. 279-285
9.特開2008-43285号公報


第3 当審の判断
1.引用文献の記載
(1)引用文献4
拒絶査定で引用文献4として引用された本願の出願日前に頒布された刊行物又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった文献である国際公開第2012/117688号には次の記載がある。下線は当審が付した。
ア 「[請求項1] コアとしてのヘモグロビンと、前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合されたシェルとしてのアルブミンと、を有することを特徴とするヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項2] 前記ヘモグロビンにおける前記架橋剤との結合部位がリシンであることを特徴とする請求項1に記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項3] 前記アルブミンにおける前記架橋剤との結合部位がシステイン34であることを特徴とする請求項1又は2に記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項4] 前記ヘモグロビンと前記架橋剤との結合がアミド結合であり、前記アルブミンと前記架橋剤との結合がジスルフィド結合及びスルフィド結合のいずれかであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項5] 前記アルブミンの数が1個?7個であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項6] 前記ヘモグロビンが、ヒトヘモグロビン、ウシヘモグロビン、組換えヒトヘモグロビン、及び分子内架橋ヘモグロビンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。
[請求項7] 前記アルブミンが、ヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン、及び組換えヒト血清アルブミンからなる群から選択される少なくとも1種である請求項1から6のいずれかに記載のヘモグロビン-アルブミン複合体。 」(特許請求の範囲)
イ 「[0031] 前記アルブミンとしては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、ヒト血清アルブミン、ウシ血清アルブミン、組換えヒト血清アルブミン、などが挙げられる。
・・・・
[0034] -組換えヒト血清アルブミン-
前記組換えヒト血清アルブミンとしては、通常の遺伝子組換え操作、培養操作により産生したものである限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
なお、近年、日本では世界に先駆け、ピキア酵母を宿主とした組換えヒト血清アルブミンの量産体制が確立し、その臨床利用が開始されている。」
ウ 「[0043] (実施例1)
-調製例1:メルカプトヒト血清アルブミン(HSA-SH)の調製-
まず、メルカプト分率が約25%と低いヒト血清アルブミン(HSA)におけるシステイン(Cys-34)の残基を全てチオール基に還元しておくために、以下の操作を行った。
まず、サンプル瓶(30mL容量)にヒト血清アルブミン(920μM)1.3mLを入れ、リン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS、10mM、pH7.4)10.7mLで希釈し、0.1mM(12mL)のヒト血清アルブミン溶液を調製した。
次に、エッペンドルフチューブ(2mL容量)にジチオスレイトール(Dithiothreitol)(DTT、和光純薬社製)12.3mgを入れ、軽く脱気した後、別途脱気したリン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)1mLを加えて溶解し、ジチオスレイトール(DTT)溶液(80mM)1mLを調製した。
ヒト血清アルブミン溶液(12mL)にジチオスレイトール(DTT)水溶液30μL(ジチオスレイトール/ヒト血清アルブミン(DTT/HSA)=2(mol/mol))を加えてよく振とうし、室温で40分間静置した。
その溶液12.0mLを数本の遠心濃縮器(Sartorius Stedim Biotech社製、VIVA SPIN 20、限外分子量5kDa)に分け入れ、それぞれをリン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS、10mM、pH7.4)で希釈後、遠心分離機(BECKMAN COULTER社製、Allegra X-15R Centrifuge)を用いて、4000rpm、30分間、4℃の条件で、約1.0mLまで濃縮した。
さらに、リン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)19mLを添加し、同条件で約1.0mLまで濃縮した。
この希釈/濃縮操作を3回繰り返すことにより余剰のジチオスレイトール(DTT)を除去することができた。
最後に数本のチューブ内の試料をサンプル瓶(8mL容量)にまとめ、リン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)で全容量を2.4mLに調整した結果、メルカプトヒト血清アルブミン(HSA-SH)濃度は0.5mMとなった。
チオール基とジスルフィド結合の交換反応を利用して、ヒト血清アルブミン(HSA)のメルカプト分率を定量した。2,2'-ジチオピリジン(2,2'-Dithiopyridine)(2,2'-DTP)は遊離チオール(SH)基と反応し、2-チオピリジノン(2-Thiopyridinone)(2-TP)を生じるので、ヒト血清アルブミン(HSA)に2,2'-ジチオピリジン(2,2'-DTP)を加え、生成した2-チオピリジノン(2-TP)の量を測ることにより、システイン34(Cys-34)におけるチオール(SH)基の量が定量できた。
エッペンドルフチューブ(2mL容量)に2,2'-ジチオピリジン(2,2'-DTP)2.2mgを入れ、リン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)1mLを加えてよく振とうし、2,2'-ジチオピリジン(2,2'-DTP)溶液(10mM)1mLを調製した。
まず、分光用石製セル(1cm)にリン酸緩衝生理食塩水溶液(PBS)2.7mLを加え、紫外可視吸収(UV-Vis.)スペクトル(190nm-700nm)を紫外可視分光光度計(商品名:紫外可視分光光度計8454、Agilent社製)を用いて測定した(ブランク)。
次に、石英セルに、メルカプトヒト血清アルブミン(HSA-SH)(500μM)0.3mLを加えてよく振とうし(10倍希釈となる。ヒト血清アルブミン(HSA)濃度=50μM)、紫外可視吸収スペクトル測定を行った。
続いて、2,2'-ジチオピリジン(2,2'-DTP)溶液(10mM)0.075mLを添加し(ジチオピリジン/ヒト血清アルブミン(DTP/HSA)=5(mol/mol))、よく振とうした。
30分間静置した後、紫外可視吸収スペクトル測定を行った。342nmの吸光度と2-チオピリジノン(2-TP)のモル吸光係数(ε342=8.1×103M-1cm-1)から、ピリジルジチオ基の濃度を算出した。ヒト血清アルブミン(HSA)濃度で割ることにより、ヒト血清アルブミンのメルカプト分率(還元型システイン34の割合)を算出したところ、約80%?100%であった。」
エ 「[0046](実施例2)
実施例1における調製例2で、スクシンイミジル-6[3-(2-ピリジルジチオ)プロピオンアミド]ヘキサノエート(Succinimidyl-6[3-(2-pyridyldithio)propionamido]hexanoate)(SPDPH、PIERCE社製)の代わりに、スルホスクシンイミジル-6[3-(2-ピリジルジチオ)プロピオンアミド]ヘキサノエート(Sulfosuccinimidyl-6[3-(2-pyridyldithio)propionamido]hexanoate)(SSPDPH、PIERCE社製)を用いた以外は、実施例1における調製例1及び2と同様な方法に従って、ヒトヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SSPDPH)を調製した。ピリジルジチオ基の濃度を算出し、ヒトヘモグロビン(Hb)濃度との比率からヒトヘモグロビン1分子当たりのピリジルジチオ基の本数を決定したところ、7?8本であった。
引き続き、実施例1における調製例3でヒトヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SPDPH)の代わりにヒトヘモグロビン-架橋剤結合体(Hb-SSPDPH)を用いた以外は、実施例1における調製例3と同様な方法に従って、ヒトヘモグロビンにヒト血清アルブミンが1、2、3、4つ結合したヘテロクラスター((Hb/HSA1)SSPDPH、(Hb/HSA2)SSPDPH、(Hb/HSA3)SSPDPH、(Hb/HSA4)SSPDPH)を合成し、それぞれを単離した。」
オ 「産業上の利用可能性
[0063] 本発明のヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とする人工酸素運搬体は、生体内に投与する場合も安全度の高い輸血代替物として利用できる。加えて、移植臓器又は組織の保存液、再生組織の培養液、腫瘍の抗癌治療増感剤、術前血液希釈液、人工心肺などの体外循環回路の補填液、移植臓器の灌流液、虚血部位への酸素供給液(心筋梗塞、脳梗塞、呼吸不全、など)慢性貧血治療剤、液体換気の灌流液としても利用できる。また、ガス吸着剤、酸化還元触媒、酸素酸化反応触媒、酸素添加反応触媒として利用した場合、従来の血清アルブミン-ヘム錯体と比較して、酸素化体が安定であるため、精密に酸素供給量を制御できる。
また、本発明のヘモグロビン-アルブミン複合体を有効成分とする人工酸素運搬体を稀少血液型患者、動物の手術、などにも適用することができる。」

(2)引用文献3
「【0005】酵母での蛋白質生産においては生産された蛋白質に付加された糖鎖が動物由来の場合と構造が異なっており、そのために本来の活性を示さなかったりあるいは動物に抗原性を与えたりする場合があるが、血清アルブミンはヒト、ラット、ウシで見る限りN-グリコシル化サイトを欠いており、そのような問題は生じないと考えられる。宿主酵母としては、Saccharomyces cerevisiae、 Kluyveromyces lactis、 Pichis pastoris が良く知られており、それぞれに独自の宿主-ベクター系が確立されている。中でも Pichis pastorisは特に分泌発現に適したものである。」

(3)引用文献8
「第2に、動物(イヌ、ネコ、ウマ、ブタ、及びウシ)のアルブミンは配列、構造及び機能がヒト血清アルブミンと非常に類似しており、耐性が誘発されるのでなく、免疫系によってアレルゲンとして認識される。」279頁右欄下から16?11行)

(4)引用文献9
「【0014】
天然の(野生型)アルブミンは単純蛋白質であるので、真核細胞による糖鎖修飾を受け得る部分アミノ酸配列を有しない。」


2.引用発明
上記1.(1)ア?ウより、引用文献4には次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されていると認められる。
「コアとしてのヘモグロビンと、前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合されたシェルとしてのアルブミンと、を有するヘモグロビン-アルブミン複合体であって、
前記アルブミンにおける前記架橋剤との結合部位がシステイン34であり、
還元型システイン34の割合が約80%?100%であり
前記アルブミンの数が1個?7個であり、
前記アルブミンがピキア酵母を宿主とした組換えヒト血清アルブミンである、前記ヘモグロビン-アルブミン複合体。」

3.対比
本願発明と引用発明を対比すると、引用発明の「ピキア酵母を宿主とした組換えヒト血清アルブミン」は、本願発明の「ヒトを除く哺乳類動物」由来であって「動物がイヌ又はネコ」であり、「ピキア属酵母由来の細胞を宿主細胞として、遺伝子組換えにより産生される遺伝子組換え血清アルブミン」である「遺伝子組換え動物血清アルブミン」と、「ピキア属酵母由来の細胞を宿主細胞として、遺伝子組換えにより産生される遺伝子組換え血清アルブミン」である点で共通すると認められる。
したがって、両者は、
「コアとしてのヘモグロビンと、
前記ヘモグロビンに架橋剤を介して結合されたシェルとしての遺伝子組換え血清アルブミンと、
を有し、
前記遺伝子組換え血清アルブミンが、ピキア属酵母由来の細胞を宿主細胞として、遺伝子組換えにより産生される遺伝子組換え血清アルブミンである、ヘモグロビン-遺伝子組換え血清アルブミン複合体。」である点で一致し、以下の点で相違すると認められる。

(相違点1)
遺伝子組換え血清アルブミンの由来が、本願発明では「ヒトを除く哺乳類動物」であって「動物がイヌ又はネコ」に特定され、また、「遺伝子組換え動物血清アルブミンの由来となる動物に用いられ」と記載され、複合体が由来動物に用いられることが特定されているのに対して、引用発明では遺伝子組換え血清アルブミンの由来がヒトであり、複合体はヒトに用いられる点。

(相違点2)
遺伝子組換え血清アルブミンについて、本願発明では、
「(a)質量分析(MALDI-TOFMS)により得られる分子量が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり、
(b)等電点電気泳動法により得られる等電点が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり、
(c)円偏光二色性スペクトル分析により得られるαへリックス含量が、前記遺伝子組換え動物血清アルブミンと、血液由来の動物血清アルブミンとで同一であり」と記載され、遺伝子組換え血清アルブミンが、血液由来の血清アルブミンと、質量分析による分子量、等電点電気泳動法による等電点、及び円偏光二色性スペクトル分析によるαへリックス含量において同一であることが特定されているのに対して、引用発明では特定されていない点。

(相違点3)
複合体が有する組換え血清アルブミンの数を、本願発明では「平均して3つ有する」と特定しているのに対して、引用発明では「1個?7個」である点。

4.判断
(相違点1)について
引用文献4には、ヒトだけでなくウシのような哺乳動物の複合体を作成することや、複合体を動物の手術時の輸血代替物として使用することについても開示されているところ、イヌやネコは、ヒトやウシと同様に、手術時に輸血が必要となる場合があることは技術的に明らかであるから、引用発明において、「ピキア酵母を宿主とした組換えヒト血清アルブミン」に替えて、「ピキア酵母を宿主とした組換えイヌ血清アルブミン」や「ピキア酵母を宿主とした組換えネコ血清アルブミン」を調製し、これらを用いた複合体を作成すること、そうして作成された複合体をイヌやネコに用いることは当業者が容易になし得ることである。

(相違点2)について
血清アルブミンは糖鎖修飾を持たないことが周知である(例えば引用文献3、9)から、血清アルブミンは、血液由来であっても組み換え由来であっても、分子量やアミノ酸配列に基づく立体構造、等電点などにおいて相違しないと考えられる。このことについては、本願明細書の<遺伝子組換え動物血清アルブミンの評価>の項にも、ピキア酵母を宿主とした組換えイヌ血清アルブミンは、血液由来のものと、質量分析による分子量、等電点電気泳動法による等電点、及び円偏光二色性スペクトル分析によるαへリックス含量において同一であることが記載されているとおりである。
一方、上記(相違点1)について で検討したとおり、ピキア酵母を宿主とした組換えイヌ血清アルブミンや組換えネコ血清アルブミンを調製することは、当業者が容易になし得ることであるところ、相違点2に係る、血液由来の血清アルブミンと、質量分析による分子量、等電点電気泳動法による等電点、及び円偏光二色性スペクトル分析によるαへリックス含量において同一であることは、ピキア酵母を宿主とした組換えイヌ血清アルブミンや組換えネコ血清アルブミンであれば自ずと満足される性質であると認められる。
したがって、相違点2は相違点1と同様に当業者が容易になし得ることである。

(相違点3)について
引用文献4の実施例2には、ヘモグロビンにヒト血清アルブミンが1、2、3、4つ結合したヘテロクラスターを合成し、それぞれを単離したことが記載されており、引用発明において血清アルブミンの数を1、2、3、4つ有する複合体を合成し、そこから血清アルブミンが例えば3つ結合した複合体を単離して得ることは当業者が適宜なし得るといえ、血清アルブミンが3つ結合した複合体は、「平均して3つ有する」ものに該当する。
ここで、引用文献4の実施例2に記載の複合体は、ヘモグロビンにヒトの血清アルブミンが結合したものであるが、イヌやネコなどの動物由来の血清アルブミンもヒト血清アルブミンと構造が類似するものであり(例えば引用文献8)、血清アルブミンが糖鎖修飾を持たないこと(例えば引用文献3、9)を考慮すると、ヒトの血清アルブミンと動物由来の血清アルブミンの間の構造の類似は、組み換え動物血清アルブミンの場合も同様であると考えられるから、ヘモグロビンに組み換え動物血清アルブミンを1、2、3、4つ結合した複合体を合成することができるといえる。
そうすると、上記(相違点1)について で検討したとおり、引用発明において、「ピキア酵母を宿主とした組換えヒト血清アルブミン」に替えて、「ピキア酵母を宿主とした組換えイヌ血清アルブミン」や「ピキア酵母を宿主とした組換えネコ血清アルブミン」を用いることは当業者が容易になし得ることであり、その際に、ヘモグロビンにイヌやネコの遺伝子組換え血清アルブミンが1、2、3、4つ結合した複合体を合成し、これらを単離して、イヌやネコの遺伝子組換え血清アルブミンが3つ結合したものを得ることも当業者が適宜なし得ることである。

そして、本願発明において、引用文献4及び周知技術から予測できない効果が奏されたとも認められない。

5.審判請求人の主張について
審判請求人は審判請求書において、本願発明(請求項2に係る発明、本願発明2)について概ね次の点を主張している。

引用文献4には、単にアルブミン数が1?4個の複合体を「合成し、単離した」ことが記載されているだけであり、「安全で大量生産可能」とするためにはどのような個数が最適かといったことも何ら記載も示唆もされていない。
本願発明2のヘモグロビン-アルブミン複合体は、副作用が少なく、使用が容易であり、従って、「安全で大量生産可能な、ヘモグロビン-遺伝子組換え動物血清アルブミン複合体、人工血漿増量剤及び人工酸素運搬体を提供することができる」(本願明細書[0023])という有利な効果を有しており、当該効果は、本願発明2の複合体がアルブミンを「平均して3つ有する」という発明特定事項を備えるがために得られる格別な効果である。
複合体中のアルブミンが平均して2つ以下と少ない場合には、複合体の血管透過性が上がるため、複合体を投与した際に複合体中のヘモグロビンが血管中の一酸化窒素(NO)に結合することにより血管収縮が起こり、血圧が上昇する等の副作用が起こる可能性が高まり、アルブミンが平均して4つ以上と多い場合には、粘度が高くなり、製品として使用しにくいものとなる。

そこで、上記主張について検討する。
本願明細書の実施例の項には、複合体が有するアルブミンの数に関して、実施例3に「rCSA/HbBv比は3.0となり、HbBvにrCSAが平均3つ結合したウシヘモグロビン-遺伝子組換えイヌ血清アルブミン複合体[(HbBv-rCSA平均3)SMCC]であることがわかった。」、実施例12に「rCSA/HbBv比は3.0となり、HbBvにrCSAが平均3つ結合したウシヘモグロビン-遺伝子組換えイヌ血清アルブミン複合体[(HbBv-rCSA平均3)SPDPH]が得られた。」と記載されているものの、複合体がアルブミンを「平均して3つ有する」ことで何らかの格別な効果が奏されたことが示されているとは認められない。
むしろ、実施例4?11、実施例13?16には、引用文献4の実施例と同様に、ヘモグロビンにアルブミンが1,2,3,4つ結合した複合体を合成してそれぞれを単離したことが記載されており、審判請求人が主張する「安全で大量生産可能」とするためにはどのような個数が最適かといったことが本願明細書に示されているとはいえない。
したがって、審判請求人の主張は採用できない。
なお、審判請求人が主張する「アルブミンが平均して2つ以下と少ない場合」や「アルブミンが平均して4つ以上と多い場合」の複合体の欠点については、本願明細書に記載された事項ではなく、また、何らかの具体的な証拠に基づくものでもないから採用できない。

また、審判請求人は本願の請求項1に係る発明に関して、
「血清アルブミンの種類による還元化の違いについて、本願発明者らは、鋭意研究の結果、イヌ又はネコの血清アルブミンでは、システイン34だけでなく、αヘリックス構造の安定化に重要なジスルフィド結合(S-S結合)を形成している他のシステインも、ヒト血清アルブミンと比べて還元化剤により還元されやすく、上記ジスルフィド結合が切断されやすいという性質を見出しました。これは、本願発明者らにより初めて認識し得た知見です。システインの還元化にこのような違いが生じる原因としては、種による血清アルブミンの構造の違いが挙げられます。」、
「上記種による還元化の違いを鑑みて、本願では、イヌ及びネコの遺伝子組換え血清アルブミンに対して、還元化剤であるジチオスレイトール(DTT)を0.5倍モル量加えて反応させています(本願明細書の段落[0089]参照)。このDTT量を、例えば、引用文献4の段落[0043]に記載のヒト血清アルブミンにおけるのと同じ2倍モル量にしてイヌ及びネコの遺伝子組換え血清アルブミンを還元化処理した場合には、システイン34以外のシステインも多く還元されてジスルフィド結合が切断され、アルブミンの立体構造が破壊されてしまい、本願発明1のイヌ及びネコの遺伝子組換え血清アルブミンは得られません。
より詳細には、イヌ、ネコ、及びヒトの血清アルブミンにDTTを加えると、まずシステイン34の酸化体(他の低分子メルカプト化合物とジスルフィド結合を形成している)が選択的に還元されます。更に過剰の還元剤を加えると、上記17個のジスルフィド結合を形成しているシステインが徐々に還元されていきます。上述したように、イヌ、ネコ、及びヒトの血清アルブミンにおいて、17個のジスルフィド結合の周辺の分子環境はそれぞれ異なるため、個々のジスルフィド結合の還元されやすさ(反応性)は相違します。」、
「従って、イヌ又はネコの遺伝子組換え血清アルブミンにおいては、システイン34以外のシステインも還元化されて不安定な立体構造となったものが存在しないようにしつつ、引用文献4に記載のヒト血清アルブミンと同様の100%に近い高メルカプト分率のものを安定して効率よく生産するのは困難であり、還元剤量を極めて微妙に調節する等の必要が生じます。本願発明1のメルカプト分率が60%?80%であるイヌ又はネコの遺伝子組換え血清アルブミンは、こうした問題を解決すべく本願発明者が鋭意検討し、システイン34のみが還元化されたイヌ又はネコの遺伝子組換え血清アルブミンの安定で効率的な生産と、高いメルカプト分率とのバランスを図った結果得られたものであり、それが、「安全で大量生産可能であるとともに血液由来の動物血清アルブミンと代替可能な、遺伝子組換え動物血清アルブミンを提供することができる」(本願明細書[0023])という本願の効果に繋がっています。」とも主張している。

しかし、引用文献4には、架橋剤によりヘモグロビンと結合する血清アルブミンの部位がシステイン34であり、血清アルブミンにおける還元型システイン34の割合を約80%?100%とすることが記載されているところ、この割合は請求項1に係る発明に特定される60?80%と「80%」の点で重複しており、もし、引用文献4に具体的に記載された反応条件では、システイン34以外のシステインも還元されることでイヌやネコの遺伝子組換え血清アルブミンが不安定な立体構造となるなどして、該血清アルブミンがその機能を正常に保つことができなかったとしても、血清アルブミンとしての機能が正常に保持されていなければ複合体を人工血漿増量剤等として使用できないことは明らかであるから、当業者であれば還元反応の条件を検討することによりイヌやネコの遺伝子組換え血清アルブミンの機能を正常に保ったままで還元型システイン34の割合を約80%?100%とすることができるといえるから、上記審判請求人の主張も採用できない。

6.小括
本願発明は引用文献4に記載された発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。


第4 むすび
以上のとおり、本願の請求項2に係る発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
よって、結論のとおり審決する。

 
審理終結日 2021-03-17 
結審通知日 2021-03-23 
審決日 2021-04-07 
出願番号 特願2015-60030(P2015-60030)
審決分類 P 1 8・ 121- Z (C07K)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 川合 理恵  
特許庁審判長 森井 隆信
特許庁審判官 高堀 栄二
中島 庸子
発明の名称 遺伝子組換え動物血清アルブミン、ヘモグロビン-遺伝子組換え動物血清アルブミン複合体、人工血漿増量剤及び人工酸素運搬体  
代理人 鈴木 治  
代理人 杉村 光嗣  
代理人 杉村 憲司  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ