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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A63B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A63B
管理番号 1374909
異議申立番号 異議2019-700283  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-04-10 
確定日 2021-04-12 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6402261号発明「高速での空力抵抗の増加を伴う低コンプレッションスリーピースゴルフボール」の特許異議申立事件について,次のとおり決定する。 
結論 特許第6402261号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,〔6,7〕について訂正することを認める。 特許第6402261号の請求項1,5,6,7に係る特許を維持する。 特許第6402261号の請求項2ないし4に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6402261号の請求項1ないし7に係る特許についての出願は,平成28年3月28日(優先権主張 平成27年9月3日 米国,平成27年4月17日 米国)を国際出願日とする国際特許出願であって,平成30年9月14日にその特許権の設定登録がされ,平成30年10月10日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立て以後の経緯は,次のとおりである。
平成31年4月10日 : 特許異議申立人平川弘子(以下,単に「異議申立人」という。)による請求項1ないし7に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 1年 6月28日 : 取消理由通知書
令和 1年10月 1日 : 意見書
令和 1年10月 1日 : 訂正請求書
令和 1年12月26日 : 取消理由通知書(決定の予告)
令和 2年 3月 2日 : 意見書
令和 2年 3月 2日 : 訂正請求書
令和 2年 4月 8日 : 意見書(特許異議申立人が提出)
令和 2年 7月 7日 : 取消理由通知書(決定の予告)
令和 2年10月 7日 : 意見書
令和 2年10月 7日 : 訂正請求書
令和 2年11月20日 : 意見書(特許異議申立人が提出)

なお,令和1年10月1日付け,及び令和2年3月2日付けの訂正の請求は,特許法第120条の5第7項に規定するとおり,取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否についての判断
令和2年10月7日付け訂正の請求について
1 一群の請求項〔1-5〕,〔6,7〕に係る訂正の内容(下線部は,当審で付した。以下同じ。)
(1)訂正事項1
請求項1の「1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアと」を,
「1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」と,訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項5も同様に訂正する。)
(2)訂正事項2
請求項1の「前記ゴルフボールが,1.65よりも大きな総合衝突率(AI_(R))を有し」を,
「前記ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し」と,訂正する。
(請求項1の記載を引用する請求項5も同様に訂正する。)
(3)訂正事項3
請求項2を削除する。
(4)訂正事項4
請求項3を削除する。
(5)訂正事項5
請求項4を削除する。
(6)訂正事項6
請求項6の「1.565インチ未満の範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアと」を,
「1.565インチ未満の範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」と,訂正する。
(請求項6の記載を引用する請求項7も同様に訂正する。)
(7)訂正事項7
請求項6の「前記ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きな相対衝突率(RI_(R))を有し」を,
「前記ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し」と,訂正する。
(8)訂正事項8
請求項6の「RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))であり」を,
「RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))であり」と,訂正する。
(請求項6の記載を引用する請求項7も同様に訂正する。)

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,コアに含まれる物質を付加して限定したものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,コアが訂正事項1に係る物質を含むものである点については,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面を「本件特許明細書等」という。)における発明の詳細な説明の段落【0042】に「コア12は,少なくとも60のムーニー粘度を有するランタニド触媒ポリブタジエンおよびネオジム触媒ポリブタジエン,ジアクリル酸亜鉛,酸化亜鉛,ステアリン酸亜鉛,ペプタイザー,ならびに過酸化物から形成されることが好ましい」,同段落【0068】に「このコアは,単一ピースまたは複数の層であってもよい。コアは,60ムーニー品種の高シスネオジム触媒ゴムを用いて構成されることが好ましい。コアは,その主架橋剤としてDymalinkという商標名のZDAを含有し,ペンタクロロチオフェノールを含む」と記載されているとおりである。
したがって,訂正事項1による訂正の内容は,上記のとおり本件特許明細書等に記載されたものであるから,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,ゴルフボールの総合衝突率(AI_(R))に関し,その数値範囲を,訂正前の「1.65よりも大き」い,から,「1.66よりも大きく1.71以下」と,狭くしたものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,訂正事項2に係る数値範囲の上限を「1.71」,下限を「1.66」とする点については,本件特許明細書等における発明の詳細な説明の段落【図14】において,本件特許発明に係る実施例の「クロームソフトプロトタイプ」の総合衝突率(AI_(R))が「1.71」であり,比較例にあたる「クロームソフト」の総合衝突率(AI_(R))が「1.66」であることが読み取れるとおりである。
したがって,訂正事項2による訂正の内容は,上記のとおり本件特許明細書等に記載されたものであるから,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである

(3)訂正事項3ないし5について
訂正事項3ないし5は,請求項の削除であるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,請求項の削除であるため,訂正事項3ないし5は,本件特許明細書等に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである。

(4)訂正事項6について
訂正事項6は,コアに含まれる物質を付加して限定したものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,コアが訂正事項6に係る物質を含むものである点については,本件特許明細書等における発明の詳細な説明の段落【0042】に「コア12は,少なくとも60のムーニー粘度を有するランタニド触媒ポリブタジエンおよびネオジム触媒ポリブタジエン,ジアクリル酸亜鉛,酸化亜鉛,ステアリン酸亜鉛,ペプタイザー,ならびに過酸化物から形成されることが好ましい」,同段落【0068】に「このコアは,単一ピースまたは複数の層であってもよい。コアは,60ムーニー品種の高シスネオジム触媒ゴムを用いて構成されることが好ましい。コアは,その主架橋剤としてDymalinkという商標名のZDAを含有し,ペンタクロロチオフェノールを含む」と記載されているとおりである。
したがって,訂正事項6による訂正の内容は,上記のとおり本件特許明細書等に記載されたものであるから,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである

(5)訂正事項7について
訂正事項7は,ゴルフボールの相対衝突率(RI_(R))に関し,その数値範囲を,訂正前の「2.40よりも大き」い,から,「2.40よりも大きく2.71以下」と,狭くしたものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして,訂正事項7に係る数値範囲の上限を「2.71」とする点については,本件特許明細書等における図面の【図18】において,本件特許発明に係る実施例の「クロームソフトプロトタイプ」の相対衝突率(RI_(R))が「2.71」であることが読み取れるとおりである。
したがって,訂正事項7による訂正の内容は,上記のとおり本件特許明細書等に記載されたものであるから,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである

(6)訂正事項8について
訂正事項8の具体的な内容は,訂正前の「RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))」における乗算記号の「×」を,除算記号である「÷」と訂正して,「RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))」するものである。
ここで,訂正前の「相対衝突率(RI_(R))」を定義した「(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))」は,請求項1において「(CT_(150)/CT_(75))×(CA_(150)/CA_(75))」と定義されている「総合衝突率(AIR)」と同じ式であって,異なる衝突率が,同じ式で定義されることから,少なくともいずれかの衝突率に誤りがあるといえる。
また,「総合衝突率(AI_(R))」と「相対衝突率(RI_(R))」とが,「総合(的)」が「個々のものを一つにまとめるさま」,「相対(的)」が「物事が他との比較において,そうであるさま」の意味であることを踏まえると,「総合衝突率(AI_(R))」が乗算記号の「×」を用いた「(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))」で定義されることは妥当と考えられるが,「相対衝突率(RI_(R))」が,乗算記号の「×」を用いた「(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))」で定義されることに誤りがあることは,当業者にとって明らかであって,「相対衝突率(RI_(R))」を除算記号である「÷」を用いた「(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))」で定義することは,本件特許明細書等の段落【0065】において,「(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))」と定義されているとおり妥当と考えられる。
とすれば,「相対衝突率(RI_(R))」を,「総合衝突率(AI_(R))」と同じ式で定義した訂正前の「RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))×(CT_(150)/CT_(75))」が,誤記であることは,当業者にとって明らかであり,これを,本件の発明の詳細な説明にも記載され,技術的にも妥当性のある「(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))」とした訂正事項8は,誤記の訂正を目的とするものである。
そして,訂正事項8による訂正の内容は,上記のとおり本件特許明細書等に記載されたものであるから,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内でするものであり,特許請求の範囲を変更又は拡張するものでないことは明らかである。

(7)独立特許要件について
請求項1ないし7に係る訂正については,特許異議の申立てがされているため,訂正後の特許請求の範囲に記載された事項により特定される発明が,特許出願の際独立して特許を受けることができるかについての判断を要しない。

(8)小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって,特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-5〕,〔6,7〕について訂正することを認める。

3 訂正後の本件特許発明
本件訂正請求により訂正された請求項1ないし7に係る発明(以下,本件訂正請求により訂正された請求項1に係る発明を「本件特許発明1」といい,項番に従い「本件特許発明5」などという。)は,訂正特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
ゴルフボールであって, 1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと,
前記コアを覆うように配置され,アイオノマーの混合物で構成されたマントル層であって,0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有し,少なくとも60のショアD硬度を有するマントル層と,
前記マントル層を覆うように配置されたカバーであって,70?95の範囲のショアA硬度を有する熱可塑性ポリウレタン材料で構成され,0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有するカバーと
から本質的になり,
前記カバーが,前記コアよりも大きな比重を有し,
前記ゴルフボールのPGAコンプレッションが,75以下であり,
前記ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し,
AI_(R)=(CT_(150)/CT_(75))×(CA_(150)/CA_(75))であり,
CT_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり,CT_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり,CA_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積であり,CA_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積である,前記ゴルフボール。
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】(削除)
【請求項5】
前記コアが多層コアである,請求項1に記載のゴルフボール。
【請求項6】
ゴルフボールであって, 1.565インチ未満の範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと,
前記コアを覆うように配置され,アイオノマーの混合物で構成されたマントル層であって,0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有し,少なくとも60のショアD硬度を有するマントル層と,
前記マントル層を覆うように配置されたカバーであって,70?95の範囲のショアA硬度を有する熱可塑性ポリウレタン材料で構成され,0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有するカバーと
から本質的になり,
前記カバーが,前記コアよりも大きな比重を有し,
前記ゴルフボールの直径が,少なくとも1.68インチであり,
前記ゴルフボールのPGAコンプレッションが,75以下であり,
前記ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し,
RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))であり, CT_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり,CT_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり,CA_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積であり,CA_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積である,前記ゴルフボール。
【請求項7】
前記コアが多層コアである,請求項6に記載のゴルフボール。」

4 取消理由通知に記載した取消理由について
(1)令和2年7月7日付け取消理由(予告)について
ア 取消理由の要旨
(ア)請求項1,3,5ないし7に係る特許は,その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。
イ 当審の判断
(ア)請求項1及び請求項6に「高シスネオジム触媒ポリブタジエン」とあるが,「高シス」の「高」が,どのような技術的な構成を限定しようとしているのか理解できず,請求項1及び請求項6に記載された発明は,明確ではないとした点について。
出願人が提出した乙第1号証(「ゴムの工業的合成法 第1回 ブタジエンゴム 曽根 卓男」日本ゴム協会誌,第88巻第5号(2015))には以下の記載がある。
「一般に,BRは重合法(ミクロ構造)の違いで分類される。配位アニオン重合で製造しシス含有量が90%以上のBRを高cis-BRと,アニオン重合で製造しシス含有量が40%以下と低い低BRを低cis-BRとそれぞれ呼んでいる。」(「2.ブタジエンゴムとは」,39頁左欄6行?9行)
「触媒として使われる金属化合物には,(中略)Ndを使用した希土類金属系がある。これら触媒はミクロ構造に影響を及ぼし,シス含有量は,Ti系が90?93%,Co系とNi系が96?98%,そして,Nd系の97?99%と順に高くなる。」(「4.3 高cis-BR」,40頁右欄27行?32行)
上記記載から,当該技術分野において,シス含有量が90%以上のBRを「高cis-BR」と,定義していたことは明らかである。
また,出願人が提出した乙第2号証(特表2003-420626号公報)には以下の記載がある。
「【請求項2】 前記第1のポリブタジエンゴムが少なくとも90%のシス-1.4ポリブタジエンを内含する,請求項1記載のゴルフボール。
【請求項3】 前記第1のポリブタジエンゴムが少なくとも95%のシス-1.4ポリブタジエンを内含する,請求項2記載のゴルフボール。」。
「【0034】
好ましい実施態様の組成物中で使用するための第1の特定のポリブタジエンは好ましくは,シス-1,4結合を含む,好ましくは約90%のシス-1,4ポリブタジエン含有率をもつ,そして最も好ましくは少なくとも約95%のシス-1,4ポリブタジエン含有率をもつ重合体鎖の大部分の画分を含有する。」
上記記載から,約90%のシス-1,4ポリブタジエン含有率のポリブタジエン,つまり「高cis-BR」と定義されるポリブタジエンがゴルフボールに用いられていたことが理解できる。
以上のことから,本件特許発明1及び6における,「高シスネオジム触媒ポリブタジエン」の「高シス」は,上述のとおり,技術常識に照らせば,「シス含有量が90%以上」のことであることが当業者にとって明らかであり,当該事項が本件特許明細書等には明記されないとしても,それをもって,本件特許発明1及び6に係る請求項1及び6の記載が,第三者に不測の不利益をもたらすほど不明確なものとはいえない。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(ア)に係る取消理由は解消した。

(イ)請求項1及び6に「少なくとも60のムーニー粘度」とあるが,「ムーニー粘度」がどのような試験によって測定されたものであるのかが特定されておらず,請求項1及び6に記載された発明は,明確ではないとした点について。
出願人が提出した乙第2ないし6号証には以下の記載がある。
A 乙第2号証(特表2003-520626号公報:発明の名称「軟質コア付きゴルフボール」)
「【0024】本発明の組成物の中で使用するための第1の好ましいポリブタジエン樹脂は,比較的超高のムーニー粘度を有する。「ムーニー単位」は,生又は未加硫のゴムの可塑性を測定するために使用される任意の単位である。ムーニー単位での可塑性は,212°F(100℃)の温度でゴムを含有し毎分2回の回転数で回転する容器の中のディスク上で任意の尺度で測定されたトルクに等しい。
【0025】ムーニー粘度の測定値,すなわちムーニー粘度〔ML1+4(100℃〕は,本書に参考として内含されているASTM D-1646規格に従って定義される。ASTM D-1646では,ムーニー粘度は真の粘度ではなく,せん断応力の一範囲全体にわたるせん断トルクの尺度であると述べられている。ムーニー粘度の測定値は,本書に参考として内含されているVanderbiltRubberHandbook,第13版(1990年),565?566ページにも記述されている。一般に,212°Fで測定されるポリブタジエンゴムのムーニー粘度は,約25?約65である。ムーニー粘度を測定する計器は,MonsantoMooneyViscosimeter,ムーニー粘度2000型といったような,市販のものである。もう1つの市販されている装置は,株式会社島津製作所によって製造されているムーニー粘度計である。」

B 乙第3号証(特表2008-523952号公報:発明の名称「ゴルフボール」)
「【0041】ムーニー粘度の測定,即ち,ムーニー粘度[ML1+4(100℃)]は,ここにおいては参照によって組み込まれた,規格ASTM D-1646に従って定義される。ASTM D-1646において,そのムーニー粘度が,真の粘度ではないが,しかし,剪断する応力の範囲にわたる剪断するトルクの尺度であることは,述べられたことである。また,ムーニー粘度の測定は,ここにおいてはまた参照によって組み込まれた,VanderbiltRubberHandbook,13thEd.,(1990),pages565-566に記載されたものである。一般に,ポリブタジエンゴムは,約25から約65までの,212°Fで測定された,ムーニー粘度を有する。ムーニー粘度を測定するための機器は,MonsantoMooneyViscometer,ModelMV200のような商業的に入手可能なものである。別の商業的に入手可能なデバイスは,ShimadzuSeisakushoLtd.によって作られたムーニー粘度計である。」

C 乙第4号証(特表2003-529387号公報:発明の名称「ネオジム及びコバルトで合成された高分子量のブタジエンゴムの配合物から形成されたゴルフボールコア」)
「【0019】ムーニー粘度の測定値,すなわちムーニー粘度〔ML1+4(100℃〕は,本書に参考として内含されているASTM D-1646規格に従って定義される。ASTM D-1646では,ムーニー粘度は真の粘度ではなく,せん断応力の一範囲全体にわたるせん断トルクの尺度であると述べられている。ムーニー粘度の測定値は,本書に参考として内含されているVanderbiltRubberHandbook,第13版(1990年),565?566ページにも記述されている。一般に,212°Fで測定されるポリブタジエンゴムのムーニー粘度は,約25?約65である。ムーニー粘度を測定する計器は,MonsantoMooneyViscometer,MV2000型といったような,市販のものである。もう1つの市販されている装置は,株式会社島津製作所によって製造されているムーニー粘度計である。)

D 乙第5号証(特開2009-219871号公報:発明の名称「多層ゴルフボール」)
「【0046】センタおよび外側コア層を形成するのに適切な付加的な材料は,米国特許第7,300,364号に開示されたコア組成物を含み,その内容は参照してここに組み入れる。例えば,センタおよびコアの適切な材料は有機脂肪酸およびその塩,金属カチオン,または双方の組み合わせで中和されたHNPを含む。有機脂肪酸およびその塩により中和したHNPに加えて,コア組成物は,少なくとも約40の弾力性インデックス(resillienceindex)を有する少なくとも1つのゴム材料を含んでよい。好ましくは,弾力性インデックスは少なくとも約50である。したがって,弾力性ゴルフボールを製造するポリマーはこの発明に好適であり,これに限定されないが,テキサス州オレンジのBayer社から商業的に入手できるCB23,CB22や,イタリアのEnichem社から商業的に入手できるBR60やオハイオ州アクロンのGoodyear社から商業的に入手できる1207Gを含む。さらに,非加硫ゴム,例えば,ポリブタジエンは,この発明にしたがって準備されたゴルフボールにおいて,約40および約80の間のムーニー粘度を有し,より好ましくは約45から約65,最も好ましくは約45から約55の間のムーニー粘度を有する。ムーニー粘度は典型的にはASTM-D1646に従って測定される。

E 乙第6号証(特開2011-136160号公報:発明の名称「射出成形可能な組成物及びそれから製造されたゴルフボール」)
「【0181】ゴルフクラブで打撃後のゴルフボールの初速は,米国ゴルフ協会(“USGA”)によって規制されている。USGAは,規定のゴルフボールは初速が250フィート/秒±2%又は255フィート/秒を超えないことを求めている。USGAの初速制限は,ボールが飛びうる最終距離(280ヤード±6%)に関連しており,反発係数(“COR”)とも関連している。反発係数は,二つの物体間の直接衝撃後の相対速度対衝撃前の相対速度の比率である。結果として,CORは0?1の間で変動し得,1は完全弾性衝突に相当し,0は完全塑性又は完全非弾性衝突に相当する。ボールのCORは,クラブ打撃後のボールの初速及び飛距離に直接影響するので,ゴルフボール製造業者は,ゴルフボールの設計及び試験に関してこの特性に関心を持っている。CORを測定するための一つの従来技術は,ゴルフボール又はゴルフボールの部分組立品(サブアセンブリ),空気砲,及び静止スチールプレートを使用する。スチールプレートは約100ポンド又は約45キログラムの重量の衝撃面を提供する。ボール速度を測定する1対の弾道ライトスクリーン(ballisticlightscreen)を,間隔をあけて空気砲とスチールプレートの間に配置する。ボールは,空気砲からスチールプレートに向け,50ft/s?180ft/secの試験速度範囲にわたって発射される。ボールがスチールプレートに向かって飛ぶと,それが各ライトスクリーンを活性化し,各ライトスクリーンにおける時間が測定される。これは,ボールの入射速度(incomingvelocity)に比例する入射時間を提供する。ボールはスチールプレートに当たり,ライトスクリーンを通って跳ね返ってくる。これで再度ライトスクリーン間の通過に要した時間が測定される。これは,ボールの出射速度(outgoingvelocity)に比例する出射通過時間を提供する。反発係数は,出射通過時間の入射通過時間に対する比率によって計算できる。COR=Tout/Tin
“ムーニー”粘度は,生ゴム又は未加硫ゴムの可塑性を測定するために使用される単位である。ムーニー単位における可塑性は,100℃の温度のゴムを含有し,毎分2回転で回転する容器中の円板にかかる,任意目盛で測定されたトルクに等しい。ムーニー粘度の測定は,ASTM D-1646に従って規定されている。」
乙2ないし6号証に記載されたゴルフボールのコア材料等のムーニー粘度の測定は,いずれも「ASTM D-1646規格」に従い測定される点が記載されており,当該技術分野において,コア材料等のムーニー粘度の測定に「ASTM D-1646規格」が用いられることが,きわめて一般的であることが理解できる。
以上のことから,本件特許発明1における,「コア材の測定方法」は,上述のとおり,技術常識に照らせば,「ASTM D-1646規格」が用いられることが当業者にとって明らかであり,当該事項が本願の本件特許明細書等には明記されないとしても,それをもって,本件特許発明1及び6に係る請求項1及び6の記載が,第三者に不測の不利益をもたらすほど不明確なものとはいえない。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(イ)に係る取消理由は解消した。

(ウ)請求項1及び6に「主架橋剤としてジアクリル酸亜鉛を含有し」とあるが,「主架橋剤」の「主」が,どのような技術的な構成を限定しようとしているのか理解できず,請求項1及び6に記載された発明は,明確ではないとした点について。
訂正事項1及び6により,「主架橋剤」と言う語句は削除された。
そして,発明の詳細な説明の段落【0042】に「コア12は,少なくとも60のムーニー粘度を有するランタニド触媒ポリブタジエンおよびネオジム触媒ポリブタジエン,ジアクリル酸亜鉛,酸化亜鉛,ステアリン酸亜鉛,ペプタイザー,ならびに過酸化物から形成されることが好ましい」と記載のとおり,コアがジアクリル酸亜鉛を含んで形成される点が記載されている。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(ウ)に係る取消理由は解消した。

(エ)請求項1及び6に「少なくとも60のムーニー粘度を有する高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み」とあるが,ここでの「少なくとも」が,何を修飾しているのかが不明である。現在の記載は「60のムーニー粘度を有する高シスネオジム触媒ポリブタジエン」が含有されていればよいということを限定しているにすぎず,60以下のムーニー粘度を有する高シスネオジム触媒ポリブタジエンや,「60のムーニー粘度を有する高シスネオジム触媒ポリブタジエン」であっても,ゴルフボールの特性に影響を与えない程度の微量を含有するものも包含しており,当該発明特定事項が,どのようなものを技術的に特定しようとしているのか理解できず,請求項1及び6に記載の発明は,明確ではないとした点について。
訂正事項1及び6により,当該箇所は「高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である」と訂正され,この訂正により「少なくとも」がムーニー粘度の数値である「60」の修飾語であることが明確になった。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(エ)に係る取消理由は解消した。

(オ)請求項3に「前記コアがジアクリル酸亜鉛をさらに含む」とあるが,請求項3が引用する請求項1には,コアが「主架橋剤としてジアクリル酸亜鉛」を含有することが記載されており,請求項3と請求項1の双方に記載される「ジアクリル酸亜鉛」同士の関係が理解できず,請求項1及び請求項3に記載された発明は,明確ではないとした点について。
訂正事項4により,請求項3は削除された。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(オ)に係る取消理由は解消した。

(カ)請求項3及び5は請求項1を引用し,請求項7は請求項6を引用するものであるから,上記(ア)ないし(エ)と同様の理由により,請求項3,5,7に記載された発明は,明確ではないとした点について。
上記(ア)及び(イ)で検討したとおり,請求項1及び6に係る取消理由は解消した。
また,上述のとおり,請求項3は削除された。
そして,請求項5及び7の取消理由は,請求項5及び7が,請求項1又は6を引用していたことによるものであるところ,その請求項1又は6に係る取消理由が解消されたのであるから,連動して請求項5及び7の取消理由も解消されることとなる。
したがって,当審が令和2年7月7日に特許権者に通知した取消理由において指摘した上記(カ)に係る取消理由は解消した。

ウ 小括
上述のとおりであるから,本件特許発明1,5,6,7は明確である。
したがって,請求項1,5,6,7に係る特許は,その特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものということはできない。

(2)令和1年12月26日付け取消理由について
ア 取消理由の要旨
(ア)「本件の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1,3,5ないし7に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認められず,請求項1,3,5ないし7に係る特許は,特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してなされたものである。」
(イ)「請求項1,3,5ないし7に係る特許は,その特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,取り消されるべきものである。」

イ 当審の判断
(ア)特許法第36条第4項第1号について
A 請求項1において,何によって,ゴルフボールが1.65よりも大きな総合衝突率(AI_(R))を有するものになるかについては,不明であるから,本件特許発明1において,請求項1に記載された他の数値限定や材料と,総合衝突率(AI_(R))との関連が理解できないとした点について
訂正事項1及び2によって,コアについて以下のとおり数値や材料が限定された。
「1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」,
「前記ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し」。
そして,この訂正により,本件特許発明1は,【0062】ないし【0068】及び【図14】に記載される「クロームソフトプロトタイプ」に対応するものであることが明確化され,ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有することに関し,請求項1に記載された数値限定や材料と,総合衝突率(AI_(R))との関連について,当業者が理解できるものとなり,本件の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

B 請求項6において,何によって,ゴルフボールが2.40よりも大きな相対衝突率(RI_(R))を有するものになるかについては,不明であるから,本件特許発明6において,請求項6に記載された他の数値限定や材料と,相対衝突率(RI_(R))との関連が理解できないとした点について
訂正事項6及び7によって,コアについて以下のとおり数値や材料が限定された。
「1.565インチ未満の範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」,
「前記ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RIR)を有し」。
そして,この訂正により,本件特許発明6は,【0062】ないし【0068】及び【図14】及び【図18】に記載される「クロームソフトプロトタイプ」に対応するものであることが明確化され,ゴルフボールが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有することに関し,請求項6に記載された数値限定や材料と,相対衝突率(RI_(R))との関連について,当業者が理解できるものとなり,本件の発明の詳細な説明は,当業者が請求項6に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

C 当業者が請求項5及び7に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められないとした点について
当業者が請求項5及び7に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとしたことは,請求項5及び7が請求項1及び6を引用することに起因するものであって,請求項5及び7に記載される発明特定事項によって特定される発明が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないとしたものではない。
そして,上記A及びBで検討したとおり,本件の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1及び6に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められるものであるから,請求項5及び7についても,当業者が請求項6に係る発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているものと認められる。

(イ)特許法第36条第6項第1号について
A 請求項1において,ゴルフボールが1.65よりも大きな総合衝突率(AIR)を有することによる臨界的意義と,数値限定において上限を定めないことに関し,請求項1に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載されたものではないとした点について
訂正事項1及び2によって,コアについて以下のとおり数値や材料が限定された。
「1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」,
「前記ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し」。
そして,この訂正により,本件特許発明1は,総合衝突率(AI_(R))は上限を有するものとなり,かつ【0062】ないし【0068】及び【図14】に記載される「クロームソフトプロトタイプ」に対応するものであることが明確化され,さらに,【0066】に記載される「表面における接触時間によって測定されるボール速度を犠牲にすることなく,接触面積を増大させることによって「知覚される感触」を本質的に改善する。」と言う臨界的意義を有することが明確となった。
したがって,本件特許発明1は発明の詳細な説明に記載された発明であると認められる。

B 請求項6において,ゴルフボールが2.40よりも大きな相対衝突率(RIR)を有することによる臨界的意義と,数値限定において上限を定めないことに関し,請求項1に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載されたものではないとした点について
訂正事項6及び7によって,コアについて以下のとおり数値や材料が限定された。
「1.565インチ未満の範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有するコアであって,前記コアは,高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である,前記コアと」,
「前記ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し」。
そして,この訂正により,本件特許発明6は,相対衝突率(RI_(R))は上限を有するものとなり,かつ【0068】及び【図14】及び【図18】に記載される「クロームソフトプロトタイプ」に対応するものであることが明確化され,さらに,【0066】に記載される「表面における接触時間によって測定されるボール速度を犠牲にすることなく,接触面積を増大させることによって「知覚される感触」を本質的に改善する。」と言う臨界的意義を有することが明確となった。
したがって,本件特許発明6は発明の詳細な説明に記載された発明であると認められる。

C 請求項5及び7に係る発明は発明の詳細な説明に記載された発明でないとした点について
請求項5及び7に係る発明は発明の詳細な説明に記載された発明でないとしたことは,請求項5及び7が請求項1及び6を引用することに起因するものであって,請求項5及び7に記載される発明特定事項によって特定される発明が発明の詳細な説明に記載された発明でないとしたものではない。
そして,上記A及びBで検討したとおり,請求項1及び6は発明の詳細な説明に記載された発明であると認められるものであるところ,請求項5及び7についても,発明の詳細な説明に記載された発明であると認められる。

(ウ)異議申立人の意見について
異議申立人は,令和2年11月20日付け意見書において,訂正の請求により限定された「ゴルフボールが,1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し(請求項1)」,「ゴルフボールの前記コアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し(請求項6)」に関し,このような数値限定を有するゴルフボールが,具体的にどのようにして作製したか,本件特許の発明の詳細な説明に一切記載がなく,本件の発明の詳細な説明は,当業者が本件特許発明1及び6を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認められない旨の主張を行っているので,念のため検討する。
上記(ア)及び(イ)で検討したとおり,本件特許発明1及び6に係るゴルフボールは,特にコアについて数値や材料が限定され,所定の数値範囲の総合衝突率や相対衝突率を有することが特定されていることにより,有為な臨界的意義を有する,本件特許明細書等に記載の「クロームソフトプロトタイプ」と称されるものであることが明らかとなった。
したがって,本件特許明細書等における発明の詳細な説明は,当業者が本件特許発明1及び6を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていると認めざるを得ず,異議申立人の上記主張が,このような数値限定を有するゴルフボールを作製できない具体的な理由を挙げるものではなく,請求項に記載された発明特定事項をすべて含むゴルフボールが,技術的に作製が不可能であるという明確な事情もないことを踏まえると,本件特許明細書等における発明の詳細な説明の記載,並びに当該技術分野の一般常識から,当業者が実施できないとまではいえない。

(エ)小括
上述のとおりであるから,請求項1,5,6,7に係る特許は,その特許請求の範囲の記載が,特許法第36条第4項第1号,及び特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものということはできない。

5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
特許異議申立人は,特許異議申立書において,訂正前の特許請求の範囲に関し,請求項1ないし5に記載の発明は,甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて,或いは,甲第6号証に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない,と主張している。
ここで,上記主張につき,(1)甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明することができたとするもの,(2)甲第6号証に記載された発明に基づいて容易に発明することができたとするもの,に分けて検討する。
(1)甲第1号証ないし甲第5号証に記載された発明に基づいて容易に発明することができたとするもの
ア 各甲号証に記載された発明及び技術事項
(ア)甲第1号証(特表2000-505679号公報)
甲第1号証には以下記載がある。
A 「(a)1.18未満の比重を有するコア;
(b)カバー層;及び
(c)約1.2より大きい比重を有する,コア及びカバー層の間のマントル層を含有するゴルフボール。」(特許請求の範囲 請求項1)
B 「ボール圧縮が63である実施例9」(18ページ表2続き(なお「2」は,原文ではローマ数字))
C 「本発明の別の好ましい態様において,マントル層は,熱可塑性コポリエーテルエステル又はコポリエステルエステルブロックコポリマー,動的に加硫処理した熱可塑性エラストマー,官能化スチレン-ブタジエンエラストマー,熱可塑性ポリウレタン又はメタロセンポリマーである第一可塑性物質及び熱可塑性ポリウレタン,熱可塑性ポリエーテルエステル又はポリエーテルアミド等の材料,熱可塑性アイオノマー樹脂,熱可塑性ポリエステル,他の動的に加硫処理したエラストマー,他の官能化スチレン-ブタジエンエラストマー,他のメタロセンポリマー又はそれらの混合物である第二熱可塑性物質の混合物である。」(21ページ5行?12行)
D 「本発明の別の好ましい態様において,カバー層は,内層及び外層を含有する。カバーの内層は,熱可塑性エラストマー又は熱可塑性ラバー等の熱可塑性材料,或いは熱硬化性ラバー又は熱硬化性エラストマー材料のいずれかである。内側のカバー層として使用するのに適当な材料の例としては,ポリエーテル又はポリエステル熱可塑性ウレタン並びに熱硬化性ポリウレタンがあげられる。好ましい熱可塑性材料は,融点が約178?約205°Fの熱可塑性ウレタンである。好ましい熱硬化性材料は,ラバーベースのキャスタブルウレタンである。カバーの外層は,エラストマー又は熱可塑性ラバー等の熱可塑性プラスチック材料,或いは熱硬化性材料のいずれかである。外層に適当な材料としては,ウレタン,弾性率の低いアイオノマー及びEPDM及びブチルラバー等の他の”弾力性を失っている(dead)”が耐久性のある材料があげられる。」(23ページ21行?24ページ3行)
E 「特に,本発明のマントル層の厚さは,約0.025インチ?約0.125インチである。マントル層の厚さは約0.04インチ?約0.10インチであるのが好ましい。マントル層の厚さは,約0.06インチであるのが最も好ましい。同様に,本発明のコア直径は,約1.25インチ?約1.51インチである。」(24ページ26行?25ページ1行)
F ボール圧縮が74である実施例2(26ページ表4(なお「4」は,原文ではローマ数字))
G コアは約35?約60のショアーD硬度及びボールの圧縮が約90未満となるよう60未満の圧縮を有する。コア圧縮は,ボール圧縮を約80以下にするのに十分低いのが最も好ましい。(28ページ9行?12行)
以上のことより,甲第1号証には以下の甲1発明が記載されている。
「1.18未満の比重を有するコア,
カバー層及び,
約1.2より大きい比重を有する,コア及びカバー層の間のマントル層を含有するゴルフボールであって,
前記コアの直径が,約1.25インチ?約1.151インチであり,
熱可塑性アイオノマー樹脂の混合物で構成されたマントル層の厚さが,約0.025インチ?約0.125インチであり,
熱可塑性ウレタンからなる前記カバーの比重が約1.2より大きく,ボール圧縮は約80以下であるゴルフボール」

(イ)甲第2号証(特表2006-102507号公報)
甲第2号証には以下記載がある。
A 「【請求項1】
内側カバー層,外側カバー層およびコアを少なくとも含む多層ゴルフボールであって,
上記内側カバー層は,スチレンブロックコポリマーおよびトランス-ポリイソプレンのブレンドを含む非アイオノマー材料であり,
少なくとも0.805の反発係数を有することを特徴とする多層ゴルフボール。
【請求項2】
上記コアの反発係数は0.815より大きい請求項1記載の多層ゴルフボール。」(特許請求の範囲 請求項1及び2)
B 「【0064】
1実施例において,カバーの損失正接は,典型的には,-30°Cから20°Cで,約0.16から約0.075である。1実施例では,ボール上のカバー層の複素弾性率は-30°Cから20°Cで約1000から約2800Kgf/cm2である。1実施例では,カバー材料の比重は約1から約2であり,好ましくは約1.1から約1.4である。好ましい1実施例では,カバー材料の比重は約1.10から約1.25である。
【0065】
外側カバー層の材料硬度は,ASTM D2240-00により測定した場合に,約20から約60ショアDとすべきであり,好ましくは約30から約50ショアDであり,さらに好ましくは約45ショアDである。外側カバー材料の硬度をゴルフボール表面で直接に測定したときには,その値は材料硬度より大きな値になりがちである。外側カバーの硬度は,ゴルフボール表面で測定した場合,好ましくは約45から約60ショアDである。内側カバー層の材料硬度は好ましくは約50から約70ショアDであり,より好ましくは約60から約65ショアDである。
【0066】
上述したとおり,コアは,(a)熱硬化性材料,例えば,ポリブタジエン,ZDA,過酸化物およびシス-トランス触媒,または(c)熱可塑性材料,例えば,十分に中和された高度中和ポリマーの一方から製造でき,コアの直径が少なくとも約1.55インチで圧縮が約85未満で,CORが0.815より大きくなるようになっている。」
C 「【0094】
[実験例]
得られたゴルフボールの反発係数(coefficiente of restitu
tion)は典型的には約0.7より大きく,好ましくは,約0.75より大きく,より
好ましくは,約0.78より大きい。ゴルフボールのAtti圧縮(以前,PGA圧縮と
呼ばれていた)は典型的には少なくとも約40であり,好ましくは約50から120であ
り,より好ましくは約60から100である。」
以上のことより,甲第2号証には以下の甲2記載事項が記載されている。
「熱硬化性材料である,ポリブタジエン,ZDA,過酸化物およびシス-トランス触媒,から製造され,コアの直径が少なくとも約1.55インチで圧縮が約85未満で,CORが0.815より大きくなるゴルフボールのコア」

(ウ)甲第3号証(特開2009-520号公報)
甲第3号証には以下記載がある。
A 「【請求項1】
圧縮が50未満であり,ショアC硬度が80未満の内側コア層と,
ショアC硬度が80以上であり比重が1.11以上である外側コア層と,
カバーとを有し,
上記内側コア層の硬度が上記外側コア層の硬度より小さく,かつ上記外側コア層の比重が上記内側コア層の比重より大きいか,等しいゴルフボール。」
B 「【0044】
カバー層15は外側コア13を包囲する。カバー層15は当業者に知られている任意の材料を含んでよく,これは熱可塑性または熱硬化性材料を含み,好ましくはカバー層はつぎのような任意の適切な材料を含んでよい。
(1)ポリウレタン,例えば,ポリオールおよびジイソシアネートまたはポリイソシアネートから準備されたもの,米国特許第5,334,673号,同第6,506,851号,同第6,867,279号,および同第6,960,630号に開示されるもの。これらの内容は参照してここに組み入れる。
(2)ポリ尿素,例えば米国特許第5,484,870号,および同第6,835,794号,ならびに米国特許出願第60/401,047号に開示されたもの。これらの内容は参照してここに組み入れる。
(3)ポリウレタン-尿素ハイブリッド,ブレンド,またはコポリマー。これはウレタンまたは尿素セグメントを有する。
(4)アイオノマー組成物。これは部分的に,または高度に中和されたポリマー組成物,例えば,米国特許第6,653,382号,同第6,756,436号,同第6,894,098号,同第6,919,393号,および同第6,953,820号に開示されるものであり,その内容は参照してここに組み入れる。
【0045】
ポリウレタンおよびポリ尿素の外側カバー層材料は熱硬化性でも熱可塑性でもよい。熱硬化性材料は,通常の鋳造,または反応性射出成型技術を用いてゴルフボール層として形成できる。熱可塑性材料は,通常の圧縮または射出成型技術によりゴルフボール層として形成できる。光安定性,鋳造可能ポリ尿素およびポリウレタンは好ましい外側カバー材料である。」
C 「【0063】
他の実施例において,カバー層15の厚さは約0.02インチから約0.05インチである。この実施例の具体的な側面では,カバー層15は鋳造可能なポリウレタンまたは鋳造可能なポリ尿素から形成された1つの層を含む。この実施例の他の具体的な側面では,カバー層15は鋳造可能なポリウレタンまたは鋳造可能なポリ尿素から形成された1つの層を含み,そのショアD硬度は約65未満,または60未満,または約45から約60である。この実施例の他の具体的な側面では,カバー層15は,部分的または十分に中和されたアイオノマー組成物から形成された1つ層を含む。この実施例のさらに他の具体的な側面では,カバー層15は,部分的または十分に中和されたアイオノマー組成物から形成された1つ層を含み,そのショアD硬度は約65未満,または60未満,または下限が約50または約57で,上限が約60または約65の範囲である。
【0064】
ゴルフボール10は,単一のカバー層を具備するように図示されるけれども,2またはそれ以上のカバー層を具備してゴルフボール10のスピンおよびフィーリングを微調整してよい。したがって,他の実施例では,カバー層15は内側カバー層および外側カバー層を有する。この実施例の具体的な側面では,内側カバー層は部分的または十分に中和されたアイオノマー組成物から形成され,その厚さは,好ましくは約0.015インチから約0.100インチ,または約0.20インチから約0.50インチであり,さらに好ましくは,その厚さは,約0.035インチである。内側カバー層のショアD硬度は,好ましくは約60から約80,より好ましくは約65から約75,最も好ましくは約66から約69である。この実施例の他の具体的な側面では,外側カバー層のショアD硬度は,好ましくは,65以上,65より大きく,または60以上,または60より大きく,この外側カバー層は鋳造可能なポリウレタンまたはポリ尿素組成物から形成され,好ましくはその厚さは約0.015から約0.040インチ,または約0.030インチから約0.040インチ,または約0.20インチから約0.35インチである。」
以上のことより,甲第3号証には以下の甲3記載事項が記載されている。
「部分的または十分に中和されたアイオノマー組成物から形成された1つ層を含み,カバー層の厚さは約0.02インチから約0.05インチ,カバー層のショアD硬度は約65未満,または60未満,または下限が約50または約57で,上限が約60または約65の範囲であるゴルフボール。」

(エ)甲第4号証(特開2006-297108号公報)
甲第4号証には以下記載がある。
A 【請求項1】
ジエンゴム,6部以上の量の金属脂肪酸塩,シス-トランス触媒,および1.2部以下の量の有機ペルオキシド開始剤を有する組成物から製造されたソリッドコアと,
カバーとを有することを特徴とするゴルフボール。
B 図1から,いずれのゴルフボールのコアも0.800以上のCORであることが見て取れる。
以上のことより,甲第4号証には以下の甲4記載事項が記載されている。
「CORが0.800以上のゴルフボールのコア」

(オ) 甲第5号証(特開2008-161676号公報)
甲第5号証には以下記載がある。
A 「【請求項1】
コアと最外層カバーと,これらの間に配置される中間層とを有するゴルフボールにおいて,上記中間層が,オレフィン-不飽和カルボン酸2元ランダム共重合体のナトリウムイオン中和物(I)とオレフィン-不飽和カルボン酸2元ランダム共重合体のマグネシウムイオン中和物(II)とをブレンドした樹脂材料を主成分として形成されてなり,その材料硬度がショアD硬度で55?70,中間層の厚さが0.5?2.5mmであると共に,上記最外層カバーが非アイオノマー系樹脂材料を主成分として形成されてなり,その材料硬度がショアD硬度で35?60,カバーの厚さが0.5?2.0mmであることを特徴とするゴルフボール。」
B 「【0038】
本発明では,最外層カバーは非アイオノマー系樹脂を主材料として形成されるものである。非アイオノマー系材料としては,ポリエステル系エラストマー,ポリアミド系エラストマー,ポリウレタン系エラストマー又はその混合物から選択される熱可塑性樹脂を好適に用いることができ,特に,ポリウレタン系エラストマーが最適である。
【0039】
上記外層カバー材料であるポリウレタン系エラストマーについては,特に制限はないが,特に,量産性の点から熱可塑性ポリウレタンを用いることが好ましい。また,本発明において,下記の(A)及び(B)成分を主成分とするカバー成形材料(C)を採用することが好適に採用される。」
以上のことより,甲第5号証には以下の甲5記載事項が記載されている。
「熱可塑性ポリウレタンを主成分として形成されてなり,その材料硬度がショアD硬度で35?60,カバーの厚さが0.5?2.0mmの最外層カバーを有するゴルフボール」

なお,甲第7号証(デュポン社製技術資料)は,JIS-C硬度とショアA/D小どの関係(換算)に関する資料であり,甲第8号証(Science and Golf 4(なお「4」は,原文ではローマ数字))は,Atti圧縮と100kg荷重圧縮,及びAtti圧縮と100kg?130kg荷重圧縮との関係に関する資料である。

イ 対比及び判断
(ア)請求項1について
A 対比
本願発明1と甲1発明とを比較すると,両者は以下の相違点において相違する。
(A)相違点1
本願発明1のコアは「少なくとも0.780のCORを有する」のに対して,甲1発明のコアはその点が不明である点。
(B)相違点2
本願発明1のコアは「高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である」のに対して,甲1発明のコアはその点が不明である点。
(C)相違点3
本願発明1のマントル層は「少なくとも60のショアD硬度を有する」のに対して,甲1発明のマントル層はその点が不明である点。
(D)相違点4
本願発明1のカバーは「70?95の範囲のショアA硬度を有する」のに対して,甲1発明のカバーはその点が不明である点。
(E)相違点5
本願発明1のゴルフボールのPGAコンプレッションは「75以下」であるのに対して,甲1発明のボール圧縮は「約80以下」である点。
(F)相違点6
本願発明1のゴルフボールは「1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し,
AIR=(CT_(150)/CT_(75))×(CA_(150)/CA_(75))であり,
CT_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり,CT_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり,CA_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積であり,CA_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積である」のに対して,甲1発明のゴルフボールは,その点が不明である点。

B 判断
事案に鑑み,相違点6について検討すると,相違点6に係る本件特許の発明特定事項は,甲第2号証ないし甲第5号証において記載も示唆もなく,当該技術分野における設計的事項であるとも認められない。
また,本件特許は相違点6に係る本件特許の発明特定事項により,【0066】に記載される「表面における接触時間によって測定されるボール速度を犠牲にすることなく,接触面積を増大させることによって「知覚される感触」を本質的に改善する。」と言う顕著な効果を奏するものである。
したがって,他の相違点について検討するまでもなく,請求項1に係る発明は,引用発明1,引用文献2ないし5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求項1に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

(イ)請求項5について
請求項5は,本件特許発明1である請求項1に係る発明を直接的に引用しており,本件特許発明1が引用発明1,引用文献2ないし5に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない以上,本件特許発明1に新たな発明特定事項を付加して限定した請求項5に係る特許も,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
なお,上記取消理由の対象となっていた本件特許発明2ないし4に係る請求項2ないし4は,令和2年10月7日付け訂正請求により,削除された。

(2)甲第6号証に記載された発明に基づいて容易に発明することができたとするもの
ア 甲第6号証(特開2002-85588号公報)に記載された発明
甲第6号証には以下記載がある。
(ア)「【請求項1】ソリッドコアと,これを被覆する内外2層のカバーを有するマルチピースソリッドゴルフボールにおいて,上記ソリッドコアの294N(30kgf)荷重負荷時の変形量が1.1mm以上であり,コア表面のJIS-C硬度とコア中心のJIS-C硬度差(コア表面-コア中心)が15より大きく,上記内層カバーが下記成分(a)?(c),
(a)オレフィン-不飽和カルボン酸ランダム共重合体,オレフィン-不飽和カルボン酸-不飽和カルボン酸エステルランダム共重合体若しくはこれら共重合体の金属イオン中和物,又は,これら共重合体,中和物の混合物 100質量部,
(b)分子量が280以上の脂肪酸又はその誘導体 5?80質量部,
(c)上記(a),(b)成分中の酸基を中和することができる塩基性無機金属化合物 0.1?10質量部
を必須成分として配合する樹脂組成物にて形成されたものであると共に,内層カバーのショアD硬度が45?65であり,上記外層カバーのショアD硬度が35?55であり,上記内層カバーより外層カバーが軟らかく形成され,かつディンプル体積にディンプル直径の平方根を乗じることによって得られるディンプル弾道体積の総和が530?750であることを特徴とするマルチピースソリッドゴルフボール。」
(イ)「【請求項5】 外層カバーが,熱可塑性ポリウレタン系エラストマーと,イソシアネート化合物との反応生成物を主材として形成された請求項3記載のマルチピースソリッドゴルフボール。」
(ウ)「【請求項8】 内層カバーが,上記(a)?(c)の必須成分100質量部に対して,オレフィン系エラストマー又はポリエステル系エラストマーを100質量部以下配合してなる樹脂組成物にて形成された請求項1乃至7のいずれか1項記載のマルチピースソリッドゴルフボール。」
(エ)「【請求項11】 ソリッドコアの比重が1.0?1.3であり,内層カバーの比重が0.8?1.5であり,外層カバーの比重が0.9?1.3である請求項1乃至10のいずれか1項記載のマルチピースソリッドゴルフボール。」
(オ)「【0014】上記ゴム組成物は,公知の方法で加硫・硬化させてソリッドコアを製造することができるが,その直径は30mm以上,好ましくは33mm以上,更に好ましくは35mm以上であり,上限として40mm以下,好ましくは39mm以下,更に好ましくは38mm以下とすることが好ましい。」
(カ)「【0054】なお,上記内層カバーの厚さは0.5mm以上,より好ましくは0.9mm以上,更に好ましくは1.1mm以上であり,上限としては3.0mm以下,より好ましくは2.5mm以下,更に好ましくは2.0mm以下であることが推奨される。
【0055】また,本発明の内層カバーは,適正化されたショアD硬度を有するものであるが,ショアD硬度については,後述する。」
(キ)「【0070】本発明の外層カバーは,上述した材料のいずれを使用する場合であっても,比重が調整されることが好ましく,通常0.9以上,好ましくは0.95以上,更に好ましくは1.0以上,上限として1.3以下,好ましくは1.25以下,更に好ましくは1.22以下であることが好ましい。
【0071】上記外層カバーの厚さは,0.5mm以上,好ましくは0.9mm以上,更に好ましくは1.1mm以上,上限として2.5mm以下,好ましくは2.3mm以下,更に好ましくは2.0mm以下であることが推奨される。
【0072】この場合,上記内層カバー及び外層カバーの合計厚さ(カバー全体の厚さ)は,通常1.0mm以上,好ましくは1.5mm以上,更に好ましくは2.0mm以上,上限としては5.5mm以下,好ましくは4.5mm以下,更に好ましくは3.5mm以下とすることが推奨される。」
(ク)「【0073】本発明においては,上記内層カバーと,外層カバーとのショアD硬度との適正化が要求され,内層カバーの場合,ショアD硬度が45以上,特に47以上,更に49以上,好ましくは50以上,更に好ましくは52以上,最も好ましくは54以上であり,また上限としては65以下,特に63以下,好ましくは61以下,更に好ましくは60以下,より好ましくは59以下,より更に好ましくは58以下,最も好ましくは57以下とすることが必要である。内層カバーが軟らかすぎると反発性が低下し,逆に硬すぎると打感が硬くなる。
【0074】一方,外層カバーのショアD硬度は35以上,好ましくは38以上,より好ましくは40以上,更に好ましくは42以上であり,また55以下,好ましくは53以下,より好ましくは52以下,更に好ましくは50以下であることが必要である。外層カバーが軟らかすぎるとスピンがかかりすぎ,飛距離が低下する。逆に硬すぎると打感が硬くなり,スピン性能も低下してしまう。」
(ケ)「【0092】本発明のゴルフボールは,通常,上記カバー上に更に塗装を施すことによって製品とされるが,本発明のゴルフボールは,ボールに荷重980N(100kg)をかけたときの圧縮変形量(以下,100kgf硬度という)が通常2.0mm以上,好ましくは2.2mm以上,更に好ましくは2.5mm以上,上限として4.0mm以下,好ましくは3.7mm以下,更に好ましくは3.5mm以下であることが推奨される。100kgf硬度が小さすぎると打感が硬くなる傾向となり,逆に大きすぎると耐久性及び反発性が低下するおそれがある。」
(コ)表2から,コアはペンタクロロチオフェノール亜鉛塩を含むことが看て取れる。
以上のことより,甲第6号証には以下の甲6発明が記載されている。
「ソリッドコアと,これを被覆する内外2層のカバーを有するマルチピースソリッドゴルフボールにおいて
外層カバーが,熱可塑性ポリウレタン系エラストマーと,イソシアネート化合物との反応生成物を主材として形成され,
内層カバーが,必須成分100質量部に対して,オレフィン系エラストマー又はポリエステル系エラストマーを100質量部以下配合してなる樹脂組成物にて形成され,
ペンタクロロチオフェノール亜鉛塩を含むソリッドコアの直径は30mm以上,好ましくは33mm以上,更に好ましくは35mm以上であり,上限として40mm以下,好ましくは39mm以下であり,
内層カバーは厚さが0.5mm?3.00mm,ショアD硬度が45?65であり,上記外層カバーは厚さが0.5mm?2.5mm,ショアD硬度が35?55であって,
ソリッドコアの比重が1.0?1.3,外層カバーの比重が0.9?1.3であるゴルフボール。」

イ 対比及び判断
(ア)請求項1について
A 対比
本願発明1と甲6発明とを比較すると,両者は以下の相違点において相違する。
(A)相違点1
本願発明1のコアは「1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し,少なくとも0.780のCORを有する」のに対して,甲6発明のコアの直径は「30mm?40mm(1.17インチ?1.51インチ)」であり,CORについては不明である点。
(B)相違点2
本願発明1のコアは「高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み,ジアクリル酸亜鉛を含有し,且つ,ペンタクロロチオフェノールを含み,前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である」のに対して,甲6発明のコアはその点が不明である点。
(C)相違点3
本願発明1のマントル層は「0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有し,少なくとも60のショアD硬度を有」しているのに対して,甲6発明は,内層カバーであって,厚さは「0.5mm?3.00mm(0.020インチ?1.179インチ)」であり,ショアD硬度は「45?65」である点。
(D)相違点4
本願発明1のカバーは「70?95の範囲のショアA硬度を有する熱可塑性ポリウレタン材料で構成され,0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有する」のに対して,甲6発明は外層カバーであって,ショアD硬度が「35?55」,材料は「熱可塑性ポリウレタン系エラストマーと,イソシアネート化合物との反応生成物を主材として形成」されたものであり,厚さは「0.5mm?2.5mm(0.020インチ?0.098インチ)」である点。
(E)相違点5
本願発明1のゴルフボールのPGAコンプレッションは「75以下」であるのに対して,甲6発明のゴルフボールのPGAコンプレッションは不明である点。
(F)相違点6
本願発明1のゴルフボールは「ゴルフボールのコアが,2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し,
RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))であり,
CT_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり,CT_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり,CA_(150)が,150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積であり,CA_(75)が,75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積である」のに対して,甲6発明のゴルフボールはその点が不明である点。
B 判断
事案に鑑み,相違点6について検討すると,相違点6に係る本件特許の発明特定事項は,甲第6号証において記載も示唆もなく,当該技術分野における設計的事項であるとも認められない。
また,本件特許は相違点6に係る本件特許の発明特定事項により,【0066】に記載される「表面における接触時間によって測定されるボール速度を犠牲にすることなく,接触面積を増大させることによって「知覚される感触」を本質的に改善する。」と言う顕著な効果を奏するものである。
したがって,他の相違点について検討するまでもなく,請求項1に係る発明は,引用発明6に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,請求項1に係る特許は特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。

(イ)請求項5について
請求項5は,本件特許発明1である請求項1に係る発明を直接的に引用しており,本件特許発明1が引用発明6に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでない以上,本件特許発明1に新たな発明特定事項を付加して限定した請求項5に係る特許も,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではない。
なお,上記取消理由の対象となっていた本件特許発明2ないし4に係る請求項2ないし4は,令和2年10月7日付け訂正請求により,削除された。

6 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1,5,6,7に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1,5,6,7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
本件特許発明2に係る請求項2,本件特許発明3に係る請求項3及び本件特許発明4に係る請求項4は,令和2年10月7日付け訂正請求により,削除されたため,請求項2ないし4に係る申立ては,申立ての対象が存在しないものとなり,特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。

よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゴルフボールであって、
1.50インチ?1.60インチの範囲の直径を有し、少なくとも0.780のCORを有するコアであって、前記コアは、高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み、ジアクリル酸亜鉛を含有し、且つ、ペンタクロロチオフェノールを含み、前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である、前記コアと、
前記コアを覆うように配置され、アイオノマーの混合物で構成されたマントル層であって、0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有し、少なくとも60のショアD硬度を有するマントル層と、
前記マントル層を覆うように配置されたカバーであって、70?95の範囲のショアA硬度を有する熱可塑性ポリウレタン材料で構成され、0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有するカバーと
から本質的になり、
前記カバーが、前記コアよりも大きな比重を有し、
前記ゴルフボールのPGAコンプレッションが、75以下であり、
前記ゴルフボールが、1.66よりも大きく1.71以下の総合衝突率(AI_(R))を有し、
AI_(R)=(CT_(150)/CT_(75))×(CA_(150)/CA_(75))であり、
CT_(150)が、150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり、CT_(75)が、75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触時間であり、CA_(150)が、150フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積であり、CA_(75)が、75フィート/秒の衝突速度におけるゴルフボール接触面積である、前記ゴルフボール。
【請求項2】(削除)
【請求項3】(削除)
【請求項4】(削除)
【請求項5】
前記コアが多層コアである、請求項1に記載のゴルフボール。
【請求項6】
ゴルフボールであって、
1.565インチ未満の範囲の直径を有し、少なくとも0.780のCORを有するコアであって、前記コアは、高シスネオジム触媒ポリブタジエンを含み、ジアクリル酸亜鉛を含有し、且つ、ペンタクロロチオフェノールを含み、前記高シスネオジム触媒ポリブタジエンのムーニー粘度が少なくとも60である、前記コアと、
前記コアを覆うように配置され、アイオノマーの混合物で構成されたマントル層であって、0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有し、少なくとも60のショアD硬度を有するマントル層と、
前記マントル層を覆うように配置されたカバーであって、70?95の範囲のショアA硬度を有する熱可塑性ポリウレタン材料で構成され、0.025インチ?0.040インチの範囲の厚さを有するカバーと
から本質的になり、
前記カバーが、前記コアよりも大きな比重を有し、
前記ゴルフボールの直径が、少なくとも1.68インチであり、
前記ゴルフボールのPGAコンプレッションが、75以下であり、
前記ゴルフボールの前記コアが、2.40よりも大きく2.71以下の相対衝突率(RI_(R))を有し、
RI_(R)=(CA_(150)/CA_(75))÷(CT_(150)/CT_(75))であり、
CT_(150)が、150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり、CT_(75)が、75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触時間であり、CA_(150)が、150フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積であり、CA_(75)が、75フィート/秒の衝突速度におけるコア接触面積である、前記ゴルフボール。
【請求項7】
前記コアが多層コアである、請求項6に記載のゴルフボール。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-30 
出願番号 特願2017-552021(P2017-552021)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A63B)
P 1 651・ 536- YAA (A63B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 谷垣 圭二  
特許庁審判長 尾崎 淳史
特許庁審判官 吉村 尚
藤田 年彦
登録日 2018-09-14 
登録番号 特許第6402261号(P6402261)
権利者 キャラウェイ・ゴルフ・カンパニ
発明の名称 高速での空力抵抗の増加を伴う低コンプレッションスリーピースゴルフボール  
代理人 小林 浩  
代理人 新井 剛  
代理人 新井 剛  
代理人 小林 浩  

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