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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C07C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C07C
管理番号 1374979
異議申立番号 異議2021-700207  
総通号数 259 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-07-30 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-02-25 
確定日 2021-06-29 
異議申立件数
事件の表示 特許第6751086号発明「高度不飽和脂肪酸エチルエステルの新規製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6751086号の請求項1?8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6751086号の請求項1?8に係る特許についての出願は、2016年5月30日(優先権主張2015年6月1日(JP)日本国)を国際出願日とする出願であって、令和2年8月17日に特許権の設定登録がされ、令和2年9月2日にその特許公報が発行され、令和3年2月25日に、その請求項1?8に係る発明の特許に対し、特許異議申立人 中嶋 美奈子(以下「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。

第2 本件発明
特許第6751086号の請求項1?8に係る発明(以下「本件発明1」?「本件発明8」といい、まとめて「本件発明」ということがある。)は、特許請求の範囲の請求項1?8に記載された事項によって特定される以下のとおりのものである。

「【請求項1】
高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法であって、以下の(1)?(4):
(1)(a)過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、ここで、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、および、
(b)工程(a)で提供された該混合物と銀塩の水溶液とを接触させる工程;
(2)(a)過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、ここで、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、および、
(b)工程(a)で提供された該混合物と銀塩の水溶液とを混合する工程;
(3)(a)該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程、および、
(b)工程(a)で過酸化物価が低減された該混合物と銀塩の水溶液とを接触させる工程;ならびに、
(4)(a)該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程、および、
(b)工程(a)で過酸化物価が低減された該混合物と銀塩の水溶液とを混合する工程、
からなる群から選択される工程を包含する方法。
【請求項2】
前記高度不飽和脂肪酸誘導体が高度不飽和脂肪酸エチルエステルである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記高度不飽和脂肪酸エチルエステルが18:3ω3、18:3ω6、18:4ω3、20:4ω6、20:5ω3、22:5ω3、および、22:6ω3からなる群から選択される、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記銀塩の水溶液が硝酸銀水溶液である、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記POV低下剤が、酸性白土、活性白土、活性炭、および、ケイ酸からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
さらに、
(c)前記混合物に抗酸化剤を添加する工程
を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(c)が前記工程(b)の前に行われる、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記工程(b)が、窒素ガス環境下および光遮断環境下からなる群から選択される条件下で行われる、請求項1に記載の方法。」

第3 申立理由の概要及び証拠方法
特許異議申立人は、証拠方法として以下の甲第1号証?甲第11号証を提出して、以下の申立理由を主張している。

(証拠方法)
甲第1号証:特開2010-64974号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:オレオサイエンス、第1巻、第6号、(2001)、p.657?665(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特開昭58-109444号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特開平8-38050号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特開2006-45274号公報(以下「甲5」という。)
甲第6号証:特開昭57-149400号公報(以下「甲6」という。)
甲第7号証: Advances in lipid methodology, Volume 5, (2012), p.68-79 (以下「甲7」という。)
甲第8号証:特願2017-521690号(本件特許の出願番号)における令和2年6月19日提出の意見書(以下「甲8」という。)
甲第9号証:本件特許明細書の表3(実施例3)と表4(比較例1)、及び表1(実施例1)の収量(%)、EPAエチルエステル濃度(%)、及びDHAエチルエステル濃度(%)をプロットしたグラフ(以下「甲9」という。)
甲第10号証:特開平8-100191号公報(以下「甲10」という。)
甲第11号証:特開平9-137182号公報(以下「甲11」という。)

(申立理由の概要)
申立理由1(進歩性)
本件発明1?8は、本件優先日前に日本国内又は外国において、頒布された甲1に記載された発明及び甲1?甲11に記載された技術的事項に基いて、本件優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、本件発明1?8に係る特許は、同法第29条第2項の規定に違反してなされたものであり、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものである。

申立理由2(サポート要件)
本件発明1?8は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、本件発明1?8に係る特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件発明1?8に係る方法は、工程(b)の回数や、銀塩が再使用されたものであるか否かについて何ら限定されていないので、工程(b)を1回のみ行う場合や再使用でない銀塩を使用する場合、「銀塩の劣化抑制」という本件発明の効果を達成することができない場合を包含するものであるから、本件発明1?8は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではない。

第4 当審の判断

1 申立理由1(進歩性)について

(1)甲1?甲11の記載

ア 甲1の記載
甲1a「【請求項1】
高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物を銀塩の水溶液と接触せしめ、高度不飽和脂肪酸の誘導体を取得する方法において、上記銀塩水溶液を繰り返し使用するにあたり、上記銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を、銀1g当り0.2meq以下とすることを特徴とする、高度不飽和脂肪酸誘導体の取得方法。」

甲1b「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、銀錯体法による高度不飽和脂肪酸誘導体の精製方法において、銀塩水溶液の再利用の効率を上げることにより、高度不飽和脂肪酸誘導体の安価な提供を実現するものである。
・・・・・
【0011】
本発明において、高度不飽和脂肪酸とは、炭素数が16以上、かつ分子内に二重結合を2個以上有した不飽和脂肪酸を意味し、例えば、ドコサヘキサエン酸(C22:6、DHA)、エイコサペンタエン酸(C20:5、EPA)、アラキドン酸(C20:4、AA)、ドコサペンタエン酸(C22:5、DPA)、ステアリドン酸(C18:4)、リノレン酸(C18:3)、リノール酸(C18:2)等が挙げられる。本発明の取得方法で得られる高度不飽和脂肪酸の誘導体とは、脂肪酸が遊離型でないものをいい、例えば、高度不飽和脂肪酸のメチルエステル、エチルエステル等のエステル型誘導体、アミド、メチルアミド等のアミド型誘導体、脂肪アルコール型誘導体、トリグリセライド、ジグリセライド、モノグリセライド等が挙げられる。
【0012】
本発明の取得方法で使用する銀塩は、不飽和脂肪酸中の不飽和結合と錯体を形成しうる銀塩であればいずれも使用することができ、例えば、硝酸銀、過塩素酸銀、酢酸銀、トリクロロ酢酸銀、トリフルオロ酢酸銀等が挙げられる。これらの銀塩を、好ましくは15%以上、より好ましくは20%以上、さらに好ましくは40%以上の濃度となるように水に溶解して銀塩水溶液とし、高度不飽和脂肪酸誘導体の取得に使用する。また、銀塩水溶液中の銀塩濃度は、飽和濃度を上限とすればよい。
・・・・・
【0016】
本発明の取得方法において、銀塩水溶液に接触せしめる前の脂肪酸の誘導体の混合物の酸価を5以下にすることが好ましい。それによって、上記処理後の銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量が上昇しにくくなり、上記銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量が銀1g当り0.2meq以下となるよう管理しやすくなる。したがって、上記銀塩水溶液を効率よくリサイクルすることが可能となる。
【0017】
さらに、本発明の取得方法において、脂肪酸の誘導体の混合物を銀塩水溶液に接触せしめる前に酸価を5以下にする手段として、上記混合物と吸着剤とを接触せしめることができる。上記吸着剤としては、例えば、活性炭、活性アルミナ、活性白土、酸性白土、シリカゲル、ケイソウ土、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム等が挙げられ、これらのうちの一種または二種以上を使用することができる。
【0018】
上記の脂肪酸の誘導体の混合物と、上記吸着剤との接触方法は、特に限定されるものではないが、例えば、該混合物中に上記吸着剤を投入し、撹拌する方法や、上記吸着剤を充填したカラムに上記混合物を通液する方法等が挙げられる。・・・・」

甲1c「【0034】
〔実施例2〕
以下の方法により、脂肪酸エチルエステルの混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得した。
まず、硝酸銀350kgに蒸留水350kgを加え、攪拌・溶解した。この硝酸銀水溶液700kgに、脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価5.98、POV2.1、EPAエチルエステルの濃度44.3%、DPAエチルエステルの濃度5.1%)150kgを混合し、10℃で20分間攪拌した。その後二層分離するまで1時間放置した。この上層を捨て、下層のみを分取し、水1000Lを添加して、60℃で20分間攪拌した。その後二層分離するまで1時間放置した。この上層を分取し、高度不飽和脂肪酸エチルエステルの濃縮物を得た。また、別途硝酸銀を含有する下層を取り、下層に対して10%量の酸化アルミニウムを添加し、60℃にて20分間攪拌後、ろ過により酸化アルミニウムを除去した。この酸化アルミニウム処理後の下層の遊離脂肪酸含量を測定した。この酸化アルミニウム処理後の下層は、その後濃縮・濃度調整を行い、再度高度不飽和脂肪酸エチルエステルの取得に使用した。この操作を繰り返し、10バッチを処理した結果を表2に示す。得られた取得物(EPAエチルエステルの濃度80?84%)は、いずれも、POV、酸価、風味等の品位が良好だった。
【0035】
【表2】



イ 甲2の記載
甲2a「油脂成分の試験・分析法」(標題)

甲2b「1・4 過酸化物価(Peroxide Value;PV)
酸価と共に油脂類の酸化変質度を知る基本的な指標である過酸化物価は油脂の酸化第一次生成物である脂質ヒドロペルオキシド量を定量するものである。」(658頁左欄下から14?11行)

ウ 甲3の記載
甲3a「1.発明の名称
エイコサペンタエン酸又はそのエステル、ドコサヘキサエン酸又はそのエステルの分離精製法」(1頁左下欄2?5行)

甲3b「EPA,DHA等は主に医薬品・食品関係で使用されるため、食用油脂と同等もしくはそれ以上にPOVは低くなければならない。
POVを低下させる方法として、通常は活性炭,酸性白土処理等による過酸化物の吸着や分解、又は過酸化物を含む油脂を加熱して分解する等の方法が知られている。」(2頁右下欄2?8行)

エ 甲4の記載
甲4a「【請求項1】 a)ポリオールをアルコキシル化する工程、b)当該アルコキシル化ポリオールを過剰の飽和または不飽和脂肪酸でエステル化する工程、及びc)当該エステル化したアルコキシル化ポリオールを精製する工程を包含する改良された酸化および風味安定性を有するエステル化されたアルコキシル化ポリオールを製造するあたり、抗酸化剤を当該アルコキシル化ポリオールまたは当該脂肪酸に加えることを特徴とする、上記製造方法。」

甲4b「【0002】
【従来の技術】油脂の品質は加水分解または酸化により時とともに劣化するものである。劣化の可能性を低減するために、油の回収や加工処理において、加水分解や酸化を触媒する因子を除去あるいは最少にするための工程が実施されている。
・・・・・
【0003】
・・・・・市販の天然および合成抗酸化剤をでき上った油に加え、酸化分解から守ることは可能である。市販の抗酸化剤の例としては、天然トコフエロール、没食子酸プロピル、ブチル化ヒドロキアニソール(BHA)、ブチル化ヒドロキシトルエン(BHT)および第三級ブチルヒドロキノン(TBHQ)が挙げられる。
・・・・・
【0008】・・・・・驚くべきことに、脂肪酸でエステル化したプロポキシル化グリセロールを包含する脂肪代替物の合成途中で抗酸化剤を添加すると、改良された酸化および風味安定性の最終製品が得られるということが見出された。合成の初期段階で抗酸化剤を加えるということは、実際の生産過程で分解に対して油を保護することにより保護効果が早く現れることになると考えられる。
・・・・・
【0018】合成過程で抗酸化剤を含有することはより低いパーオキシド価(PV)をもたらす。これは、存在するパーオキシドの量を脂肪キログラム当りのパーオキシドの酸素をミリ当量で示した測定値である。パーオキシド、特に過酸化水素は比較的不安定な化合物で、風味低下の原因となる広範な分解化合物の生成の前駆体として作用する。トコフエロールのような抗酸化剤は、遊離のパーオキシド・ラジカルを取り去り、酸化反応の遊離ラジカル連鎖を阻止し、風味低下の発生を非常に遅らせる助けをする。」

甲4c「【0020】・・・・・
〔実施例1〕本明細書に引用する米国特許第4,983,329号に記載の方法にしたがって1 H ;Uのエステル化されたプロポキシル化グリセロール(EPG-1)を合成した。EPG-1は1200ppmの混合トコフエロール(0.24%テノックスGT-1、イーストマン・ケミカル・プロダクツ、キングスポート、テネシー)の存在下に合成した。トコフエロールは脂肪酸によるエステル化に先立ってストリップしたプロポキシル化グリセロールに加えられた。混合物は240℃(465°F)に加熱され、窒素ガスは水を除去するのに必要な最少の割合で通した。
【0021】EPG-1は実験室で物理的に精製した。EPG-1は2つのサンプル、EPG-1AとEPG-1Bに分けた。EPG-1Bは物理的精製に引続き活性炭処理に付した。この処理は0.1%ダルコKB(アメリカン・ノリット社、ジャクソンビル、フロリダ)活性炭を油中で混合し、濾過助剤の層を通して濾過することから成立っていた。第1図は本願の実施例1および2の実験方法を明確に示すものである。油は8オンスのガラスびん中で軽く栓をし室温で室内蛍光灯の下で保存した。経時的にサンプリングを行って、風味、色およびオキシ-インデックスを評価測定した。結果を第1表に示す。
・・・・・
【0023】
【表1】



オ 甲5の記載
甲5a「【請求項1】
高度不飽和脂肪酸を10重量%以上含有する油脂を脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭及び/又は白土により脱色することを特徴とする油脂の精製方法。」

甲5b「【背景技術】
【0002】
近年脂質栄養学の研究が進み、EPAやDHAなどの高度不飽和脂肪酸(高度不飽和脂肪酸)の摂取が動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、痴呆症などの生活習慣病の予防に有効であることが数多くの報告から明らかとなっている。前記のように高度不飽和脂肪酸は健康維持に必要である一方で、多くの二重結合を含んでいるため酸化が非常に速く、保存中に過酸化脂質が形成され易い欠点がある。しかし、生体内では逆に、高度不飽和脂肪酸が多く存在すると酸化防止に関連する酵素活性が高まると言われている。
【0003】
過酸化脂質とはヒドロぺルオキシ基(-OOH)を有する脂質であり、熱・光・遷移金属の作用で容易に脂質のフリーラジカルとなり、そのフリーラジカルは新たな過酸化脂質とフリーラジカルを形成する。この様に過酸化脂質は自触媒的にラジカル連鎖反応を引き起こし、その結果、油脂中の過酸化脂質は急激に増大することになる。過酸化脂質の含量は過酸化物価(POV)として評価される。そして過酸化脂質のフリーラジカルは、活性酸素と同様に遺伝子の損傷や細胞の老化など、生体への悪影響を及ぼすため、過酸化脂質の発生を抑制する酸化防止は、特に精製魚油などの高度不飽和脂肪酸含有油脂を取り扱う上で重要な課題である。このような油脂の酸化には鉄分や銅などの金属類が強く関与しており、これらの物質を有効に除去することにより油脂の酸化を抑制することができる。」

甲5c「【0026】
(実施例1)
ドコサヘキサエン酸21.0重量%、エイコサペンタエン酸6.5重量%を含有する高度不飽和脂肪酸含有油脂(マグロ油、POV≒8.3)を通常の方法により脱酸を行い(本実験に使用したマグロ油はガム質が少ないため脱ガム操作は行っていない)、脱酸後の油脂100重量部に対して真空下90℃で1.0重量部のフィチン酸(築野ライスファインケミカルズ(株)製フィチン酸含量約50%)を添加し、30分攪拌した。攪拌は約260rpmで行った。攪拌後、活性炭(二村化学工業(株)社製太閤活性炭S)2重量部と白土(水沢化学(株)製ガレオンアースNFX)2重量部を添加し、30分攪拌した後ろ過を行い、活性炭及び白土を除いた。その後通常の方法に従い脱臭(210℃、1時間)を行った。脱臭直後及び30℃で7日間静置後の精製油脂のPOVを評価し、結果を表1にまとめた。
【0027】
【表1】



カ 甲6の記載
甲6a「従来、海産動物の油脂又は肝油から長鎖高度不飽和脂肪酸を分離精製する一般的な方法として、○1尿素付加体法,○2真空蒸留法,○3銀イオン・クロマトグラフイー法,○4薄層クロマトグラフィー法及び○5ガスクロマトグラフイー法が知られている。」(2頁右上欄11?16行)(決定注:○数字は、丸付き数字を表す。以下同様。)

キ 甲7の記載(当審による翻訳文で示す。)
甲7a「微量のヒドロペルオキシドが銀イオンと不可逆的に反応し得るため、酸化脂質をAg-HPLCで分析すべきではなく、また移動相にエーテルを使用すべきではない。」(75頁2?4行)

ク 甲8の記載
甲8a「本願発明の特徴である
・銀塩処理前に、POV低下剤によって出発材料のPOVを「1以下」とし、
・その後、銀塩処理を行う、
ことによって銀塩の劣化抑制という本願発明の優れた効果が奏されることは、本願発明の実施例3(表3)と比較例1(表4)を比較することによって、一層明らかになります。

これら両者の比較を容易にするために、表3(実施例3)と表4(比較例1)の収量(%)、EPAエチルエステル濃度(%)、およびDHAエチルエステル濃度(%)をプロットして比較したグラフを甲第1号証として提出します。

甲第1号証では、精製バッチを繰り返した場合に、POVを1に低下させた表3(実施例3)のほうが、POVを15のまま低下させなかった表4(比較例1)と比較して、
・目的物質の収量が変化しない、
・EPAエチルエステル濃度が変化しない、そして
・DHAエチルエステル濃度が変化しない
ことが理解できます。すなわち、POVを1に低下させた表3(実施例3)のほうが、POVを15のまま低下させなかった表4(比較例1)と比較して銀塩の劣化が抑制されています。」

ケ 甲9の記載
甲9a「



コ 甲10の記載
甲10a「【請求項1】 エイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸を含有する天然油脂から得られた脂肪酸混合物、またはそれらの脂肪酸混合物の低級アルコールエステルを、含水アルコ-ルの存在下で尿素と反応させ、飽和脂肪酸および低度不飽和脂肪酸、または飽和脂肪酸および低度不飽和脂肪酸の低級アルコールエステルを尿素の包摂化合物として除去した後、高真空において精留することを特徴とするエイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸、またはエイコサペンタエン酸および/またはドコサヘキサエン酸のエステルの精製方法。」

甲10b「【0024】
【参考例】イワシを煮て、浮上してきた油を回収し、これをイワシ原油とした。イワシ原油100kg(EPA純度16.0%,DHA純度7.0%)に、10%水酸化ナトリウム溶液2.3リットルを加え、90℃の温度にて数秒間撹拌し、次いで遠心分離し、油部分を回収した。この操作により遊離脂肪酸が中和され除去される。次いで、油部分を、90℃の湯を用いて水洗した。水洗後、活性白土を1?2%となるように油部分へ添加し、110℃の温度にて撹拌する。この吸着操作により、脱臭・脱色が行われる。最後に、この油部分を濾過し、白土を除いた。その結果、精製イワシ油95kgが得られた。この精製イワシ油95kgを、エタノール28リットルおよび濃度99%の水酸化ナトリウムフレーク0.5kgの混合液中へ入れ、温度25℃?30℃で5時間撹拌し、エステル交換反応を行った。反応終了後、脱塩し、更にその他の不溶性不純物を除去するため、50℃の温水20リットルを加え、反応液を5分間撹拌し、水洗し、油層を回収した。この操作を5回繰り返した。その結果、イワシ油脂肪酸エチルエステル90kgが得られた。」

サ 甲11の記載
甲11a「【請求項1】 炭素数18以上で二重結合数3以上の高度不飽和脂肪酸を含有する油脂100重量部を、融剤を加えて焼成したケイソウ土からなる粉粒体の0.1重量部以上に、5?80℃の条件で10分間以上接触させることからなる高度不飽和脂肪酸含有油脂の精製方法。」

甲11b「【0032】〔実施例1〕食用油脂の精製工程で行われる通常の脱酸処理と脱色処理をしたPUFA含有油脂であるカツオ油(DHA25%、EPA6%含有)1000gを2リットルビーカーに入れ、表1のケイソウ土(A)を50g添加して40℃で1時間攪拌(接触処理)した。このような接触処理後に、ろ過してケイソウ土を分離し、ろ別した油脂について3Torrの減圧下で水蒸気を吹き込む水蒸気蒸留法によって215℃で1時間脱臭処理した。
【0033】脱臭処理後の油脂の脂肪酸組成中のDHA含有量をガスクロマトグラフィーによって測定したところ、DHA23.5%、EPA5.8%であった。
【0034】この油脂の保存後の臭気と過酸化物を調べるため、前記脱臭処理後の油脂100gにミックストコフェロール(エーザイ社製)を3000ppm添加し、これを200ミリリットルのすり合わせ付き合い口瓶に入れ、60℃で30時間保存した後に臭気の官能検査と過酸化物価を測定した。」

(2)甲1に記載された発明
甲1は、「高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物を銀塩の水溶液と接触せしめ、高度不飽和脂肪酸の誘導体を取得する方法において、上記銀塩水溶液を繰り返し使用するにあたり、上記銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を、銀1g当り0.2meq以下とすることを特徴とする、高度不飽和脂肪酸誘導体の取得方法」(甲1a)に関し記載するものであって、その具体例として、実施例2(甲1c)には、脂肪酸エチルエステルの混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得した方法が記載されている。

そうすると、甲1には、
「以下の方法により、脂肪酸エチルエステルの混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得する方法;
まず、硝酸銀350kgに蒸留水350kgを加え、攪拌・溶解し、この硝酸銀水溶液700kgに、脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価5.98、POV2.1、EPAエチルエステルの濃度44.3%、DPAエチルエステルの濃度5.1%)150kgを混合し、10℃で20分間攪拌し、その後二層分離するまで1時間放置し、この上層を捨て、下層のみを分取し、水1000Lを添加して、60℃で20分間攪拌し、その後二層分離するまで1時間放置し、この上層を分取し、高度不飽和脂肪酸エチルエステルの濃縮物を得、また、別途硝酸銀を含有する下層を取り、下層に対して10%量の酸化アルミニウムを添加し、60℃にて20分間攪拌後、ろ過により酸化アルミニウムを除去し、この酸化アルミニウム処理後の下層の遊離脂肪酸含量を測定し、この酸化アルミニウム処理後の下層を、その後濃縮・濃度調整を行い、再度高度不飽和脂肪酸エチルエステルの取得に使用し、この操作を繰り返し、10バッチを処理する。」の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

(3)本件発明1について

ア 甲1発明との対比

(ア)甲1発明の「脂肪酸エチルエステルの混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得する方法」について、甲1発明の「脂肪酸エチルエステルの混合物」は、EPAやDHAを含有するから、「高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物」といえ、当該「混合物」「から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得する方法」とは、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを単独で取得する方法であるから、精製する方法といえる。
そうすると、甲1発明の「脂肪酸エチルエステルの混合物から、高度不飽和脂肪酸エチルエステルを取得する方法」は、本件発明1の「高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法」に相当する。

(イ)甲1発明の「硝酸銀水溶液・・に、脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価5.98、POV2.1、EPAエチルエステルの濃度44.3%、DPAエチルエステルの濃度5.1%)・・を混合し、・・攪拌し」)(決定注:下線は当審が付与。以下同様。)は、EPAエチルエステルやDPAエチルエステルといった高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸エチルエステルの混合物と、硝酸銀塩の水溶液とを、混合・撹拌して接触させており、本件発明1の(1)?(4)の各工程(b)における工程(a)からの混合物が、上位概念でみれば高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物といえるから、本件発明1の(1)の「(b)工程(a)で提供された該混合物と銀塩の水溶液とを接触させる工程」、(2)の「(b)工程(a)で提供された該混合物と銀塩の水溶液とを混合する工程」、(3)の「(b)工程(a)で過酸化物価が低減された該混合物と銀塩の水溶液とを接触させる工程」又は(4)の「(b)工程(a)で過酸化物価が低減された該混合物と銀塩の水溶液とを混合する工程」とは、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程である点で共通する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法であって、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程を含有する方法」である点で一致し、以下の点で相違する。

相違点:高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、本件発明1では、「(a)過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、ここで、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程」又は「(a)該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程」があるのに対し、甲1発明では、そのような工程がない点

イ 判断

(ア)相違点について

a 甲1には、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、又は、該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程を有することの記載や示唆はなされていない。

本件発明1は、銀塩の水溶液と接触又は混合させる、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法である銀錯体法において、高度不飽和脂肪酸誘導体の精製における収率等を向上させる課題の下、原料である高度不飽和脂肪酸エチルエステルの脂質過酸化物、脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物が、銀塩水溶液に結合するため、銀塩水溶液の処理能力の低下を引き起こすと推定し、原料中の脂質過酸化物、脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物を除去することが重要であると考え、原料である高度不飽和脂肪酸エチルエステルの過酸化物価を低減するか、あるいは、低い過酸化物価を有する原料高度不飽和脂肪酸エチルエステルを提供することにより、銀塩水溶液の劣化を抑制することができることを見出し、課題を解決した発明である(【0006】?【0007】)。

他方、甲1発明は、銀錯体法において、銀塩水溶液の再利用の効率を上げることにより、高度不飽和脂肪酸誘導体の安価な提供を実現させる課題の下、その解決方法として、銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を、銀1g当り0.2meq以下とすることにより課題を解決した発明であって(甲1b)、甲1には、その銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を銀1g当り0.2meq以下になるよう管理しやすく、銀塩水溶液を効率よくリサイクルすることを可能とするために、銀塩水溶液に接触せしめる前の脂肪酸誘導体の混合物の酸価を5以下にすること、その手段として、該混合物と吸着剤とを接触させること、吸着剤として、甲1発明で用いられている酸化アルミニウムの他、活性炭、活性アルミナ、活性白土、酸性白土、シリカゲル等があることが記載されているに留まる(甲1b)。
このように、甲1発明は、銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を、銀1g当り0.2meq以下とすることによって課題を解決できた発明であって、銀塩水溶液に接触せしめる前の脂肪酸誘導体の混合物のPOVが1以下であることについて着目したところはない。
それ故、甲1発明においては、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、又は、該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程を有するようにする動機付けがあるとは認められない。

b また、甲2?11には、以下に示すように、甲1発明のような、銀錯体法による高度不飽和脂肪酸誘導体の精製方法において、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、又は、該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程を有することを導き出す記載や示唆を認めることができない。

甲2には、「油脂成分の試験・分析法」(甲2a)において、過酸化物価は酸価と共に油脂類の酸化変質度を知る基本的な指標であることが記載されている(甲2b)。

甲3には、「エイコサペンタエン酸又はそのエステル、ドコサヘキサエン酸又はそのエステルの分離精製法」(甲3a)において、EPA、DHA等は主に医薬品・食品関係で使用されるため、食用油脂と同等もしくはそれ以上にPOVは低くなければならないこと、POVを低下させる方法として、通常は活性炭,酸性白土処理等による過酸化物の吸着や分解、又は過酸化物を含む油脂を加熱して分解する等の方法が知られていることが記載されている(甲3b)。

甲4には、油脂は酸化等により劣化するもので、劣化の可能性を低減するために、油の加工処理では、酸化を触媒する因子を除去又は最少にする工程が実施されること、抗酸化剤を含有することはより低いパーオキシド価(PV)をもたらすこと、PVは存在するパーオキシドの量を脂肪キログラム当りのパーオキシドの酸素をミリ当量で示した測定値であること、パーオキシド、特に過酸化水素は、風味低下の原因となる広範な分解化合物の生成の前駆体として作用し、抗酸化剤は、遊離のパーオキシド・ラジカルを取り去り、酸化反応の遊離ラジカル連鎖を阻止し、風味低下の発生を遅らせる助けをすることが記載されている(甲4b)。
さらに、実施例1に、エステル化されたプロポキシル化グリセロール(EPG-1)を合成後、精製で活性炭処理に付し、その結果が示されている第1表には、精製されたEPG-1のPVは0.2?11.1で、PVが0.2、8.6及び11.1のものは、風味欄に記載がなく、PVが2.9、6.4、4.8、3.2、3.7及び11.4のものは、果実風及びペンキ風、バター風又は水っぽい風味と記載されており(甲4c)、PVと風味には相関関係がみられない。
それ故、当該表1の記載より、PVが特定の数値以上又は特定の数値以下の場合に、風味に問題が有る又は無いということはできないと理解される。ましてや、PVを「1以下」とすることについては、記載も示唆もされていないといえる。

甲5には、過酸化脂質の含量は過酸化物価(POV)として評価されること、過酸化脂質の発生を抑制する酸化防止は、特に精製魚油などの高度不飽和脂肪酸含有油脂を取り扱う上で重要な課題であること(甲5b)、さらに、高度不飽和脂肪酸含有油脂を脱酸処理後、フィチン酸と接触させ、その後活性炭と白土により脱色し精製した油脂のPOVを評価したところ、評価結果の示されている表1には、POVが0.95?1.25のものは風味が良好であるが、POVが1.69?3.10のものはやや生臭い又は生臭いと記載されている(甲5c)。
当該表1の記載より、POVが0.95?1.25であれば風味が良好であり、POVがそれ以上に高いと風味が悪いことは理解されるものの、POVが1を超える1.25でも風味が良好であることから、POVを「1以下」とすることについては、記載や示唆はなされていないと理解される。

甲6には、海産動物の油脂から長鎖高度不飽和脂肪酸を分離精製する一般的な方法として、尿素付加体法、真空蒸留法、銀イオン・クロマトグラフィー法、薄層クロマトグラフィー法及びガスクロマトグラフィー法が知られていることが記載されている(甲6a)。

甲7には、ヒドロペルオキシドは銀イオンと不可逆的に反応し得ることが記載されている(甲7a)。

甲8は、特願2017-521690号(本件特許の出願番号)における令和2年6月19日に提出された意見書であって、ここには、本件発明の技術的特徴である、銀塩処理前にPOV低下剤によって出発材料のPOVを「1以下」とし、その後銀塩処理を行うことによって、銀塩の劣化抑制という効果が奏されることは、本件明細書の実施例3(出発材料のPOVを1に低下させたもの。表3)と比較例1(出発材料のPOVを15のまま低下させなかったもの。表4)とを比較して、目的物質の収量が変化しない、EPAエチルエステル濃度が変化しない、及び、DHAエチルエステル濃度が変化しないことから理解される、ということが記載されている(甲8a)。

甲9には、本件明細書の実施例3(出発材料のPOVを1に低下させたもの)の表3と比較例1(出発材料のPOVを15のまま低下させなかったもの)の表4及び表1(実施例1)の、収量(%)、EPAエチルエステル濃度(%)及びDHAエチルエステル濃度(%)をプロットしたグラフが示されている。

甲10には、イワシ原油に活性白土を添加して精製イワシ油を得たこと、該精製イワシ油にエステル交換反応を行い、イワシ油脂肪酸エチルエステルを得たことが記載されている(甲10b)。

甲11には、高度不飽和脂肪酸含有油脂の精製方法において、高度不飽和脂肪酸含有油脂をケイソウ土で処理した後、抗酸化剤であるトコフェノールを添加したことが記載されている(甲11a、甲11b)。

c 以上のとおり、甲1発明に甲1?11の記載を組み合わせたとしても、甲1発明において、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、又は、該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程を有するようにすることについては、甲1?11のいずれにも記載も示唆もなく、本件優先日当時の技術常識であったとも認められず、他に動機付けられるものもない。

したがって、甲1発明において、本件発明1の相違点に係る構成を採用することは、当業者といえども、甲1?11の記載から容易に想到し得る技術的事項であるとはいえない。

(イ)本件発明1の効果について
本件発明1の効果は、本件明細書の段落【0010】の記載、並びに、実施例3(【0036】?【0039】)及び比較例1(【0040】?【0043】)の記載より理解されるように、銀塩の水溶液と接触させる又は混合する、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法において、銀塩水溶液の劣化を抑制しつつ、高度不飽和脂肪酸及び/又はその誘導体を精製する方法を提供できることであり、そのような効果は、甲1?11の記載から当業者が予測し得たものとはいえない。

(ウ)特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、特許異議申立書18頁6行?21頁末行において、甲2?5の記載を指摘し、過酸化物価(POV)が油脂類の酸化変質度を知る基本的な指標であること、過酸化物価は脂質ヒドロペルオキシド量を定量するものであること、高度不飽和脂肪酸誘導体含有油脂におけるPOVの低下が重要であることは、本件優先日当時、当業者の技術常識であること、甲1及び甲6の記載を指摘し、銀イオンを用いた高度不飽和脂肪酸誘導体の分離精製方法(銀錯体法)は周知技術であること、甲7の記載を指摘し、過酸化物であるヒドロペルオキシドが銀イオンと不逆的に反応することが知られていたこと、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する混合物の過酸化物価の具体的な値の設定は、当業者の設計事項であり、甲4及び甲5の記載を指摘し、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物のPOVを「1以下」とすることは、当業者であれば容易になし得たことである旨主張する。

しかしながら、前記(ア)bで述べたように、甲4及び甲5に、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物のPOVを「1以下」とすることについて、記載も示唆もされているとは認められないし、前記(ア)aで述べたように、甲1発明においては、高度不飽和脂肪酸誘導体を含有する脂肪酸の誘導体の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する工程の前に、過酸化物価が1以下である該混合物を提供する工程であって、該混合物の過酸化物価はPOV低下剤によって調整される工程、又は、該混合物をPOV低下剤と接触させることによって該混合物の過酸化物価を1以下に低減する工程を有するようにする動機付けがあるとは認められない。
したがって、特許異議申立人の前記主張は認められない。

(エ)小括
したがって、本件発明1は、甲1に記載された発明及び甲1?11に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとはいえない。

(4)本件発明2?8について
本件発明2?8は、本件発明1をさらに限定した発明である。
したがって、本件発明2?8は、本件発明1と同様の理由により、甲1に記載された発明及び甲1?11に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないとはいえない。

(5)小括
以上より、本件発明1?8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してなされたものではないから、同法第113条第2号の規定により取り消されるべきものではない。

2 申立理由2(サポート要件)について

(1)特許法第36条第6項第1号の判断の前提について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものとされている。
以下、この観点に立って、判断する。

(2)発明の詳細な説明の記載

ア 背景技術に関する記載
「【背景技術】
【0002】
高度不飽和脂肪酸とは、二重結合を多く含む脂肪酸の総称である。高度不飽和脂肪酸およびその誘導体、特に、魚油由来のイコサペンタエン酸やドコサペンタエン酸の生体機能が注目され、医薬としての高純度イコサペンタエン酸を始めとして、それらの需要がますます高まりつつある。そのため、より簡便な、より経済的な、より高純度な、および/または、より高収率な高度不飽和脂肪酸エチルエステルの新規製造方法、もしくは、高度不飽和脂肪酸エチルエステルの新規精製法が求められている。
【0003】
高度不飽和脂肪酸の精製方法のひとつとして、高度不飽和脂肪酸およびその誘導体が銀イオンと錯体を形成して水溶性となるという特性を利用した、銀錯体法が知られている(特許文献1?4)。特許文献1?4には、高度不飽和脂肪酸およびその誘導体の精製に使用した銀塩を再利用することが可能であると記載されてはいるが、銀塩は非常に劣化しやすい性質をもっている。劣化した銀塩を使用して高度不飽和脂肪酸およびその誘導体を精製すると、不純物の混入や風味の劣化などが生じ、良好な精製品を得ることができない。したがって、銀塩を再利用することは現実的には非常に困難であり、工業的に高度不飽和脂肪酸およびその誘導体を精製する場合、都度新たな銀塩水溶液を調製する必要があり、精製コストが非常に高価になるという問題があった。
【0004】
良好な品位の高度不飽和脂肪酸およびその誘導体を安価に提供するために、銀塩水溶液を長期間繰り返して再利用することを可能にする技術として、再利用する銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を一定値以下とする方法が開発された(特許文献5)。この方法は、銀塩水溶液を遊離脂肪酸低下剤に接触せしめることにより、銀塩水溶液中の遊離脂肪酸含量を、銀1g当り0.2meq以下に管理することを特徴とする方法である。しかしながら、発明者らが明らかにし、以下に記載したように、原料の酸価のみに着目し過酸化物価について留意しない場合、原料の過酸化物が、硝酸銀水溶液中の硝酸銀劣化を引き起こし、製造収率の低下等を引き起こし得る。以下に示すように発明者らは、原料の過酸化物が、硝酸銀水溶液中の硝酸銀劣化を引き起こし、製造収率の低下等を引き起こすことを明らかにし、そして、原料中の過酸化物価を10以下に規定することで硝酸銀劣化を低減することを特徴とする本発明を完成した。特許文献5は、原料の品質に関して酸価を記載するものの、過酸化物価については記載していない。原料の品質の指標である酸価は、過酸化物価と相関するものではない。そのため、特許文献5に記載の発明では、原料の過酸化物が硝酸銀水溶液中の硝酸銀劣化を引き起こし、製造収率の低下等を引き起こすという問題が生じ得る。」

イ 発明が解決しようとする課題、課題を解決するための手段、及び、発明の効果に関する記載
「【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物(例えば、原料)から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する際に、混合物の過酸化物価を低下させることによって、高度不飽和脂肪酸誘導体の精製・製造における収率などを向上させることを、本発明の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、原料である高度不飽和脂肪酸エチルエステルの過酸化脂質が、銀塩水溶液の劣化に重大な影響を与えることを見出し、本発明を完成させた。理論に拘束されることは望まないが、本発明者らは、脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物が銀塩水溶液に結合するため、銀塩水溶液の処理能力の低下を引き起こすと推定した。そこで、本発明者らは、原料中の脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物を除去することが重要であると考え、原料である高度不飽和脂肪酸エチルエステルの過酸化物価を低減するか、あるいは、低い過酸化物価を有する原料高度不飽和脂肪酸エチルエステルを提供することにより、銀塩水溶液(例えば、硝酸銀)の劣化を抑制することができることを見出し、本発明の新規製造方法・新規精製方法を完成した。
・・・・・
【発明の効果】
【0010】
本発明によって、銀塩の水溶液を用いる高度不飽和脂肪酸および/またはその誘導体の製造・精製において、銀塩水溶液の劣化を抑制しつつ、高度不飽和脂肪酸および/またはその誘導体を製造・精製する方法が提供される。」

ウ 過酸化物価(POV)の実施の態様に関する記載
「【0015】
本明細書において使用される用語「過酸化物価」とは、「POV」と互換可能に使用され、油脂の自動酸化の初期に生じる一次生成物である過酸化物の量を表す。理論に拘束されることは望まないが、混合物(原料油脂)に含まれる過酸化脂質のために銀塩(例えば、硝酸銀)の劣化が起こると考えられる。すなわち、硝酸銀などの銀塩と過酸化脂質が反応することで、硝酸銀などの銀塩が変質されていくと思われる。また、混合物(原料油脂)に過酸化物が存在する場合、過酸化物は不安定なため、分解しアルデヒドを生成する。アルデヒドは、一般的に毒性があるため、アルデヒドの発生を抑えることも重要である。本発明の精製方法において使用される混合物(例えば、原料油脂)のPOVは、14以下、13以下、12以下、11以下、10以下、9以下、8以下、7以下、6以下、5以下、4以下、3以下、2以下、1以下、または、0.5以下である。「過酸化物価(POV)」は、ヨウ化カリウムを試料と反応させ、油脂中のヒドロペルオキシドによってヨウ化カリウムから遊離するヨウ素を滴定することにより測定することができる。より詳細には、2003年版基準油脂分析試験法((社)日本油化学会編纂)に記載されるとおりである。
【0016】
本明細書において使用される用語「酸価」とは、脂肪酸に含まれているカルボン酸の指標であり、試料1g中に含まれている遊離脂肪酸を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数をいう。酸価の測定法は、2003年版基準油脂分析試験法((社)日本油化学会編纂)に記載されるとおりである。
【0017】
「過酸化物価」は「酸価」とは直接的には関係しない。過酸化物価は、酸化が進行し、過酸化物が生成することで値が高くなっていく。ただし、過酸化物は不安定なため、経時的に分解していく。また、混合物の酸価が低い場合であっても、過酸化物価(POV)が高いこともある。例えば、POV低下剤に試料を接触させた場合に、必ずしもPOVが10以下となるわけではない。それゆえ、POVを10以下であることを確認するためには、POVの測定が必要となる。たとえ、酸価が5以下であっても、必ずしもPOVが10以下となるわけではなく、むしろ、POVが10を超える場合が多い。また、特許文献5では、酸価を5以下にするだけでは銀塩水溶液の劣化防止において十分な結果が得られず、そのため、遊離脂肪酸含量を銀1g当たり0.2meq以下とすることが必須であった。
【0018】
理論に拘束されることは望まないが、本発明の一つの局面においては、原料中の脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物を除去することによって、銀塩水溶液の処理能力の低下を抑制する。原料中の脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物を除去する手法としては、代表的には、「POV低下剤」処理による過酸化物価の低下が挙げられるがこれに限定されない。原料から脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物が除去される限り、過酸化物価が低下しなくても銀塩水溶液の処理能力の低下を抑制し、本発明の所期の効果を奏することができる。
本明細書において使用される用語「POV低下剤」とは、「過酸化物価(POV)」を低下させる作用を有する薬剤をいう。POV低下剤としては、例えば、酸性白土、活性白土、活性炭、および、ケイ酸が挙げられるがこれらに限定されない。ケイ酸(シリカともいう)としては、例えば、ゲル化したケイ酸であるシリカゲルを利用することが可能である。本発明において、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物の過酸化物価を10以下とする方法としては、例えば、混合物と「POV低下剤」とを接触させるか、混合物と「POV低下剤」とを混合するか、混合物中に「POV低下剤」を投入して撹拌するか、あるいは、「POV低下剤」を充填したカラムに混合物を通液する方法等が挙げられるがこれらに限定されない。」

エ 実施例の記載
「【0036】
実施例3(POV 15の原料を活性白土でPOV1に低減した原料を使用)
以下の方法により、脂肪酸エチルエステル混合物から高度脂肪酸エチルエステルを取得した。
【0037】
まず、脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価 0.5、POV 15、EPAエチルエステル純度 45.3%(脂肪酸組成面積%)、DHAエチルエステル純度 6.8%)1kgに活性白土10gを加え、窒素雰囲気下、50℃にて30分間攪拌した。その後、活性白土を濾過にて除去し、POVを測定したところ、1.0であった。この脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価0.6、POV 1.0)20gを、硝酸銀50gに蒸留水50gを加え攪拌・溶解した硝酸銀水溶液100gと混合し、10℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置し、二層に分離させた。この上層を捨て、下層のみを分取し、シクロヘキサン200gを添加して、40℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置し、二層に分離させた。この上層を分取し、高度不飽和脂肪酸エチルエステルの濃縮物を得た。また、別途硝酸銀を含有する下層を取り、遊離脂肪酸含量を測定した。この硝酸銀を含有する下層は、再度高度不飽和脂肪酸エチルエステルの精製に使用した。上記反応は、窒素雰囲気下実施した。この操作を繰り替えした。
【0038】
【表3】

【0039】
上記混合物10バッチを処理した結果を上記の表3に示した。この結果は、過酸化物価を15から1.0に低下させることによって優れた効果が奏されたことを実証する。
【0040】
比較例1(実施例3のPOV低減前のPOV15の原料を使用)
以下の方法により、脂肪酸エチルエステル混合物から高度脂肪酸エチルエステルを取得した。
【0041】
脂肪酸エチルエステルの混合物(酸価 0.5、POV 15、EPAエチルエステル純度 45.3%(脂肪酸組成面積%)、DHAエチルエステル純度 6.8%)20gを、硝酸銀50gに蒸留水50gを加え攪拌・溶解した硝酸銀水溶液100gと混合し、10℃で60分間攪拌した。その後、30分間静置し、二層に分離させた。この上層を捨て、下層のみを分取し、シクロヘキサン200gを添加して、40℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置し、二層に分離させた。この上層を分取し、高度不飽和脂肪酸エチルエステルの濃縮物を得た。また、別途硝酸銀を含有する下層を取り、遊離脂肪酸含量を測定した。この硝酸銀を含有する下層は、再度高度不飽和脂肪酸エチルエステルの精製に使用した。上記反応は、窒素雰囲気下実施した。この操作を繰り替えした。
【0042】
【表4】

【0043】
上記混合物10バッチを処理した結果を上記の表4に示した。表3(過酸化物価を15から1.0に低下させた場合)の結果と比較すると、表4の結果は、過酸化物価を15から1.0に低下させることによって本願発明の優れた効果が確認されたことを実証する。」

(3)本件発明の解決しようとする課題について
発明の詳細な説明の、背景技術の記載(【0002】?【0004】)、発明が解決しようとする課題の記載(【0006】)、発明の効果の記載(【0010】)、並びに、実施例3(【0036】?【0039】)及び比較例1(【0040】?【0043】)の記載等からみて、本件発明1?8の解決しようとする課題は、銀塩の水溶液と接触させる、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法において、銀塩水溶液の劣化を抑制しつつ、当該精製における収率を向上させる方法を提供することであると認める。

(4)特許請求の範囲の記載
前記第2に記載したとおりである。

(5)判断

ア 発明の詳細な説明の、実施例3(【0036】?【0039】)には、本件発明1?8の実施例として、銀塩の水溶液と接触させる又は混合する、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法において、当該混合物を銀塩の水溶液と接触させる又は混合する前に、当該混合物を過酸化物価(POV)低下剤である活性白土と接触させることによって、当該混合物の過酸化物価(POV)を1.0に低減させ、その混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する(10バッチ繰り返し)ことにより、比較例1(【0040】?【0043】)である、過酸化物価(POV)を1.0に低減させる前の混合物と銀塩の水溶液とを接触させる又は混合する(10バッチ繰り返し)場合よりも、1?10バッチ全てにおいて、それぞれ精製した高度不飽和脂肪酸誘導体の収量(%)は高かったことが、具体的に示されている[表3(【0038】)及び表4(【0039】)参照]。

イ 本件発明1?8の「過酸化物価が1以下である該混合物」及び「該混合物の過酸化物価を1以下に低減」について、発明の詳細な説明には、一般的な実施の態様の記載として、「【0015】・・「過酸化物価」とは、「POV」と互換可能に使用され、油脂の自動酸化の初期に生じる一次生成物である過酸化物の量を表す。・・混合物(原料油脂)に含まれる過酸化脂質のために銀塩(例えば、硝酸銀)の劣化が起こると考えられる。すなわち、硝酸銀などの銀塩と過酸化脂質が反応することで、硝酸銀などの銀塩が変質されていくと思われる。・・本発明の精製方法において使用される混合物(例えば、原料油脂)のPOVは・・1以下・・である。」、及び、「【0007】・・本発明者らは、脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物が銀塩水溶液に結合するため、銀塩水溶液の処理能力の低下を引き起こすと推定した。そこで、本発明者らは、原料中の脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物を除去することが重要であると考え、原料である高度不飽和脂肪酸エチルエステルの過酸化物価を低減するか、あるいは、低い過酸化物価を有する原料高度不飽和脂肪酸エチルエステルを提供することにより、銀塩水溶液(例えば、硝酸銀)の劣化を抑制することができることを見出し、本発明の新規製造方法・新規精製方法を完成した」と記載されている。
それ故、本件発明1?8において、「過酸化物価が1以下である該混合物」又は「該混合物の過酸化物価を1以下に低減」したものであれば、該混合物中の脂質過酸化物および/または脂質過酸化物の酸化生成物および/または脂質過酸化物の分解物が除去されているといえ、当該混合物を銀塩の水溶液と接触させる又は混合する工程で、該混合物に含まれる過酸化脂質のために銀塩の劣化(銀塩水溶液の処理能力の低下)が起こらないと理解される。これは、該混合物を銀塩の水溶液と接触させる又は混合する工程の1バッチ目から生じる効果で、当該工程を1回のみ行う場合や再使用でない銀塩を使用する場合にも生じる効果であると理解され、そのことは、実施例3と比較例1の比較結果より理解できるといえる。

ウ そうすると、この実施の態様の記載より理解できること、及び、実施例3に記載されているように、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法を実施すれば、1?10バッチ全てにおいて、該混合物に含まれる過酸化脂質のために銀塩の劣化(銀塩水溶液の処理能力の低下)は起こらず、精製した高度不飽和脂肪酸誘導体の収率(%)は高くなることとを考慮に入れると、銀塩の水溶液と接触させる又は混合する、高度不飽和脂肪酸誘導体を含む混合物から高度不飽和脂肪酸誘導体を精製する方法において、当該混合物を銀塩の水溶液と接触させる又は混合する前に、当該混合物を過酸化物価(POV)低下剤と接触させることによって、当該混合物の過酸化物価(POV)を1.0に低減させれば、該混合物を銀塩の水溶液と接触させる又は混合する工程を1回のみ行う場合や再使用でない銀塩を使用する場合にも、該混合物に含まれる過酸化脂質のために銀塩の劣化(銀塩水溶液の処理能力の低下)が起こらず、銀塩水溶液の劣化を抑制しつつ、当該精製における収率を向上させる方法を提供し得ると、当業者は理解できるといえ、本件発明1?8の前記課題を解決し得ると認識できるといえる。

(6)まとめ
したがって、本件発明1?8は発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものである。
よって、本件発明1?8に係る特許は、特許法第36条第6項に規定する要件を満たすものであるから、同法第113条第4号の規定により取り消すことができない。

第5 むすび
以上のとおりであるから、特許異議申立ての理由及び証拠によっては、本件発明に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-06-18 
出願番号 特願2017-521690(P2017-521690)
審決分類 P 1 651・ 537- Y (C07C)
P 1 651・ 121- Y (C07C)
最終処分 維持  
前審関与審査官 池上 佳菜子山本 吾一  
特許庁審判長 村上 騎見高
特許庁審判官 齊藤 真由美
関 美祝
登録日 2020-08-17 
登録番号 特許第6751086号(P6751086)
権利者 備前化成株式会社
発明の名称 高度不飽和脂肪酸エチルエステルの新規製造方法  
代理人 山本 秀策  
代理人 森下 夏樹  

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