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審決分類 審判 全部無効 証拠  H04M
審判 全部無効 利害関係、当事者適格、請求の利益  H04M
審判 全部無効 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H04M
審判 全部無効 2項進歩性  H04M
審判 全部無効 特174条1項  H04M
管理番号 1375392
審判番号 無効2017-800069  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-08-27 
種別 無効の審決 
審判請求日 2017-05-16 
確定日 2021-06-01 
事件の表示 上記当事者間の特許第5033756号「実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置」の特許無効審判事件についてされた平成31年 1月17日付け審決に対し、知的財産高等裁判所において審決取消しの判決(平成31年(行ケ)第10049号、令和 元年12月11日判決言渡)があったので、さらに審理のうえ、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 本件特許の経緯
1.本件特許第5033756号(以下「本件特許」という。)は,2002年5月13日(優先権主張外国庁受理 2001年5月15日 台湾,2001年9月25日 米国)を国際出願日とする特願2002-590620号(WALL, Corbett(ウォール,コーベット)を出願人とし,平成17年5月27日に出願人がウォール,コーベットとプロント・ワールドワイド・リミテッドに名義変更された)の一部を新たな特許出願として平成20年10月15日に出願した特願2008-266432号が,平成24年7月6日に設定登録されたものである。

2.本件無効審判は,平成29年5月16日に,グーグル インコーポレイテッドを請求人(以下,単に「請求人」という。)として,「特許第5033756号の請求項1ないし7についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決を求めるものである。

3.請求人は,平成29年6月9日付けで上申書を提出した。

4.請求人は,平成29年7月4日付けで審判請求書の手続補正書を提出した。

5.本件特許は,平成29年7月24日に,特定承継による,特許権者(以下,「被請求人」という。)をウォール,コーベットとする特許権の移転の受付がなされた。

6.請求人は,平成29年10月4日に,グーグル エルエルシーに名称変更された。

7.被請求人は,平成29年10月17日付けで答弁書を提出した。

8.被請求人は,平成29年11月6日付けで手続補正書を提出した。

9.請求人及び被請求人は平成29年11月22日付け,平成29年12月21日付け,平成29年12月25日付け,平成30年1月19日付けで口頭審理における審理事項を通知され,請求人は,平成30年1月15日付けで平成29年11月22日付けの審理事項に対する口頭審理陳述要領書を提出し,平成30年1月29日付けで平成30年1月19日付けの審理事項に対する口頭審理陳述要領書2を提出し,被請求人は平成30年1月12日付けで平成29年11月22日付けの審理事項に対する口頭審理陳述要領書を提出し,平成30年1月25日付けで平成30年1月19日付けの審理事項に対する口頭審理陳述要領書(2)を提出し,平成30年1月29日付けで平成30年1月19日付けの審理事項に対する口頭審理陳述要領書(3)を提出した。

10.平成30年1月29日に口頭審理を行った。

11.被請求人は,平成30年1月30日付け,同年2月14日付けで上申書を提出した。

12.請求人は,平成30年2月13日付けで上申書を提出した。

13.平成31年1月17日付けで,本件の請求項1-7に係る発明についての特許を無効とする旨の審決をした。

14.被請求人は,平成31年4月11日に上記審決を取り消す旨の訴えを知的財産高等裁判所に提起した(平成31年(行ケ)第10049号)。

15.知的財産高等裁判所は,令和元年12月11日に,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡した。(令和2年9月15日判決確定。)

16.令和2年11月17日付けで,本件無効審判の審理再開を通知した。

第2 本件発明
本件特許第5033756号の請求項1ないし7に係る特許発明は,特許第5033756号公報の特許請求の範囲の請求項1ないし7に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
ハンドヘルド装置であって,
操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイスと,
操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイスと,
無線トランスミッタと,
前記少なくとも1つの出力デバイス,前記少なくとも1つの入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記可視的ラスター・ディスプレイを通じて表示させ,
前記出力デバイスを通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバー又は(b)取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ,
操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記無線トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。
【請求項2】
請求項1記載のハンドヘルド装置において,第1のコンテンツが可視的コンテンツを含み,且つ第2のコンテンツがオーディオ・コンテンツを含むハンドヘルド装置。
【請求項3】
請求項1記載のハンドヘルド装置において,前記ハンドヘルド装置がセルラーフォンであるハンドヘルド装置。
【請求項4】
請求項2記載のハンドヘルド装置において,第2のコンテンツは前記スイッチ配列の起動に対応するハンドヘルド装置。
【請求項5】
請求項4記載のハンドヘルド装置において,第2のコンテンツは前記少なくとも一つの入力デバイスは複数の操作ボタンを含むハンドヘルド装置。
【請求項6】
請求項5記載のハンドヘルド装置において,前記プログラムは更に,操作者が受信者へメッセージを送信可能にさせるように構成されているハンドヘルド装置。
【請求項7】
請求項6記載のハンドヘルド装置において,第2のコンテンツは,操作者による前記スイッチ配列の起動の表示を含むハンドヘルド装置。」

第3 請求人の主張の概要
請求人は,「特許第5033756号の請求項1ないし7についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」を請求の趣旨とし,証拠方法として甲第1号証ないし甲第26号証(後記「6.証拠方法」参照。)を提出し,無効理由1ないし5を主張している。

1.無効理由1
請求項1ないし7に係る発明(以下,「本件発明1」ないし「本件発明7」という。)は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしておらず,よって同法第123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

2.無効理由2
本件発明1ないし7が,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたから,同法第123条第1項第1号に該当し,無効とすべきものである。

3.無効理由3
本件発明4ないし7は,特許法第36条第6項第2号の要件を満たさないものであるから,同法123条第1項第4号に該当し,無効とすべきものである。

4.無効理由4
本件発明1ないし7は,甲第1号証に記載の発明及び周知技術等に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

5.無効理由5
本件発明1ないし7は,甲第3号証に記載の発明及び周知技術等に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法第123条第1項第2号に該当し,無効とすべきである。

6.証拠方法
甲第1号証 国際公開第00/72303号
甲第2号証 特表2003-500700号公報
甲第3号証 特開平8-185192号公報
甲第4号証 特許請求の範囲(特願2008-266432号)
甲第5号証 拒絶理由通知書(特願2008-266432号)
甲第6号証 手続補正書(特願2008-266432号)
甲第7号証 意見書(特願2008-266432号)
甲第8号証 東京地裁平成28年(ワ)第39789号の訴状訂正申立書
甲第9号証 特開平6-149411号公報
甲第10号証 特開2000-305698号公報
甲第11号証 特開平7-177561号公報
甲第12号証 特開平10-149309号公報
甲第13号証 特開2000-322359号公報
甲第14号証 米国特許公報第5426594号明細書
甲第15号証 特開平7-325568号公報
甲第16号証 特開平8-76749号公報
甲第17号証 特開平10-254434号公報
甲第18号証 特開2001-100742号公報
甲第19号証 特開平11-94930号公報
甲第20号証 特開2001-100723号公報
甲第21号証 特開2000-134298号公報
甲第22号証 「広辞苑」第六版(884頁,1082頁,1831頁,及び1967頁)
甲第23号証 特開平6-52662号公報
甲第24号証 カラオケ歴史年表(抜粋)(http://www.karaoke.or.jp/03nenpyo/)
甲第25号証 特開2001-86233号公報
甲第26号証 アルファベットインコーポレイテッドの役員の証明書

第4 被請求人の主張の概要
被請求人は,「本件審判の請求は成り立たない,審判費用は請求人の負担とする,との審決を求める。」を答弁の趣旨とし,証拠方法として乙第1号証ないし乙第10号証(後記「4.証拠方法」参照。)を提出するとともに,以下のとおり主張している。

1.請求人適格について
請求人は,特許法第123条第2項に定める「利害関係人」に該当しないので,本件特許無効審判を請求することができない。

2.無効理由1ないし5について
無効理由1ないし5は,いずれもその理由がない。

3.甲第23号証乃至甲第25号証について
甲第23号証から甲第25号証は,特許法第131条の2第1項に違反するから,却下されるべきである。

4.証拠方法
乙第1号証 岩波国語辞典 第7版 440頁
乙第2号証 特許庁 標準技術集「双方向動画像通信技術」 URL:http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/bidirectional_video/mokuji.htm
乙第3号証 特許庁 標準技術集「双方向動画像通信技術」 URL:http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/bidirectional_video/24_4.htm
乙第4号証 東芝レビュー Vol.57No.6,26-29頁,井田孝他「顔チャットシステム」
乙第5号証 東京地方裁判所平成28年(ワ)第39789号 判決
乙第6号証 知的財産高等裁判所平成29年(ネ)第10100号 控訴理由書
乙第7号証 「オランダ・アムステルダムとのインターネットジャズセッション」URL:https://www.cisco.com/c/m/ja_jp/news/newsletter/mail/0312/expo.html
乙第8号証 電子情報通信学会技術研究報告 Vol.105No.470,p5-8,遠峰高史他「インターネット・メトロノームを用いた遠隔協調演奏環境の実現」
乙第9号証 weblio英和辞典・和英辞典「handheldとは」
乙第10号証 日本弁理士会 月刊パテント2009年7月号(Vol.62No.8)48-57頁,宍戸充「公知技術の組合わせと進歩性

第5 当審の判断
1.被請求人が主張する請求人適格について
平成26年法律第36号による特許法の改正により,特許無効審判は「利害関係人」のみが請求できるものとされ(123条2項),代わりに,「何人も」申立てをすることができる(113条柱書)特許異議の申立制度が導入されたことにより,現在においては,特許無効審判を請求できるのは,特許を無効にすることについて私的な利害関係を有するもののみに限定されたものと解さざるを得ない。
しかしながら,特許権侵害を理由に民事責任や刑事責任を追及されるおそれのある関係にある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益を有することは明らかである。
これを本件についてみると,前記「第1」の「1.」のとおり,本件特許は,2002年(平成14年)5月13日を国際出願日とする特許出願の一部を分割して特許出願され,平成24年7月6日に特許権の設定登録を受け,現在も存続しているものである。そして,請求人は,インターネット上のサービスの提供を行う会社であって,被請求人と一定の競業関係にあるといえるから,過去又は将来の行為を理由に,本件特許権侵害に係る民事上又は刑事上の責任を追及されるおそれのある関係にある者に当たるということができる。更に言えば,請求人は,被請求人が提起した本件特許権の侵害を理由とする不当利得返還請求訴訟(別件特許権侵害訴訟)において,グーグル合同会社と共同して被疑侵害品を開発した旨主張されている(甲第8号証)のであるから,被請求人から本件特許権の侵害を問題にされるおそれがあることは明らかである。
以上によれば,本件審判の請求人は,本件特許権を無効にすることについて利害関係を有するものと認められる。

2.被請求人が特許法第131条の2第1項違反を主張する甲第23号証乃至甲第25号証について
甲第23号証については,「本件特許の優先日当時,複数のオーディオデータそれぞれにタイムコードを付加して,そのうちの一つのタイムコードを基準に他のタイムコードを合わせることで,複数のオーディオを同期することは,周知技術であったこと」を立証しようとする証拠であって(証拠説明書(2)),具体的には,甲1発明の「f-1」の構成に関し,「甲2の段落【0127】の記載では,サーバがどのような処理を行っているのか明らかではない」という平成29年11月22日付けの審理事項通知に対して,甲第1号証に同期の方法が記載されていないのは,サーバが複数のオーディオを同期することが周知技術であるからであって,本件発明1においてはサーバがどのような処理を行うかは問題ではない旨の主張(平成30年1月15日付け口頭審理陳述要領書12-13頁)を行うにあたり,周知技術であることの証拠として提出した証拠である。
すなわち,審判請求書における甲1発明には「f-1」の構成が記載されているとの主張(審判請求書30-31頁)がなされており,該主張が正しいことを立証しようとするための周知技術として甲第23号証を提出するものであるから,主要事実を変更するものではない。

甲第24号証および甲第25号証については,「本件特許の優先日当時,カラオケの機能を持つハンドヘルド装置は,周知技術であったこと」を立証しようとする証拠であって(証拠説明書(2)),具体的には,甲3発明の端末機をハンドヘルド装置にすることに関し,「甲3発明の『端末機をハンドヘルド装置にすること』が設計事項」であるか否かの主張について,設計事項の証拠として提出した証拠である。
すなわち,審判請求書における甲3発明との相違点1の検討として,「操作部を備えたハンドヘルド装置を利用してコンテンツを入出力する技術」は証拠を挙げるまでもなく優先日当時の周知技術であるとの主張(審判請求書50頁)がなされており,該周知技術の認定が正しいことの「証拠」として甲第24号証および甲第25号証を提出するものであるから,主要事実を変更するものではない。

よって,甲第23号証乃至甲第25号証については,特許法第131条の2第1項に違反するものではない。

3.請求人が主張する無効理由1から5について
3-1.無効理由1(サポート要件)について
(1)請求人は,「本件発明1では,「操作者により決定された関係に従って」,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」と規定されている。
しかしながら,本件明細書には,「操作者により決定された関係」についての記載が全くないから,発明の詳細な説明を見た当業者において,本件発明1が「モバイル装置を用いる音楽又は動画のようなコンテンツの形成及び分配を与える」(段落【0005】)という課題を解決できると認識できるものではない。」(審判請求書12頁)旨主張している。

(2)特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号特別部判決)。
上記の観点に立って,本件について検討する。
本件発明1の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」の記載によれば,「操作者により決定された関係」に従うと,「第1のコンテンツの提示」に「第2のコンテンツ」が「時間的に重なる」のであるから,「操作者により決定された関係」の「関係」とは「時間的に重なる関係」すなわち「時間的関係」を含んでいる。
よって,本件発明1の「操作者により決定された関係」とは,「操作者により決定された時間的関係」を含んでいるといえる。
一方,本件特許の
明細書段落【0006】「操作者が指示及び第1のコンテンツの表現の提示を受けるハンドヘルド装置を使用し,このハンドヘルド装置を介して少なくとも1つの受信者の識別と,操作者により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツとを与え,遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と受信者の識別とを与え,」,
明細書段落【0034】「ステップ116は操作者がバックグラウンド・ミュージックを聞きながら,例えば歌うことを可能とする。これは操作者に,操作者コンテンツをバックグラウンド・ミュージックの提示に時間的に重畳させ,この重畳の時間的関係を制御させることを可能にする」
明細書段落【0050】「装置10は,スイッチの起動に応答して音を生成し,この音を聴覚出力トランスデューサ23を通じて操作者へ示す。これは操作者に,装置10で形成された音楽を聞かせて,バックグラウンド・ミュージックの提示と,操作者によって形成された音楽との間の時間的関係を制御する。」
の記載によれば,「第1のコンテンツ」(バックグラウンド・ミュージック)と「第2のコンテンツ」(操作者によって形成された音楽)とが「時間的関係」を保って配置されることは明らかである。そして,該「時間的関係」は,操作者により「はっきりと決め」られる,すなわち「決定」されることも自明である。
したがって,「操作者により決定された時間的関係」は,発明の詳細な説明に記載されているといえる。
上記によれば,本件発明1の「操作者により決定された関係」に含まれる「操作者により決定された時間的関係」が発明の詳細な説明に記載されているから,本件発明1の「操作者により決定された関係」は,明細書に記載されているといえる。
そして,遠隔サーバーが,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」を少なくとも単独の受信者が受信するように,送信させることにより,本件発明1の「モバイル装置を用いる音楽又は動画のようなコンテンツの形成及び分配を与える」という課題を解決できるのであるから,本件発明1は,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
したがって,本件発明1-7についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしており,同法第123条第1項第4号には該当しない。
以上のとおりであるから,「操作者により決定された関係」についての記載が全くないとの請求人の主張は,上述のとおりであるから理由がない。

3-2.無効理由2(新規事項)について
(1)請求人は,「本件明細書には,「操作者により調節された時間的関係」とは異なる,「操作者により決定された関係」についての記載が全くない。よって,請求項1(及び従属項に係る本件発明2?7)について,「操作者により決定された関係に従って」とする補正は,新たな技術的事項を導入するものである」(審判請求書12-13頁)旨主張している。

(2)審判事件答弁書8頁15?17行,平成30年1月25日付けの口頭審理陳述要領書(2)の7頁10?27行に主張するように,本件発明1の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」の記載によれば,「操作者により決定された関係」に従うと,「第1のコンテンツの提示」に「第2のコンテンツ」が「時間的に重なる」のであるから,「操作者により決定された関係」の「関係」とは「時間的に重なる関係」すなわち「時間的関係」である。
よって,本件発明1の「操作者により決定された関係」とは,「操作者により決定された時間的関係」であるといえる。
一方,「操作者により決定された関係」について,願書に最初に添付した明細書には,
段落【0006】「操作者が指示及び第1のコンテンツの表現の提示を受けるハンドヘルド装置を使用し,このハンドヘルド装置を介して少なくとも1つの受信者の識別と,操作者により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツとを与え,遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と受信者の識別とを与え,」,
段落【0034】「ステップ116は操作者がバックグラウンド・ミュージックを聞きながら,例えば歌うことを可能とする。これは操作者に,操作者コンテンツをバックグラウンド・ミュージックの提示に時間的に重畳させ,この重畳の時間的関係を制御させることを可能にする」,
段落【0050】「装置10は,スイッチの起動に応答して音を生成し,この音を聴覚出力トランスデューサ23を通じて操作者へ示す。これは操作者に,装置10で形成された音楽を聞かせて,バックグラウンド・ミュージックの提示と,操作者によって形成された音楽との間の時間的関係を制御する。」
の記載があるから,「操作者により決定された時間的関係」に従うことが記載されている。
そうすると,「操作者により決定された関係に従って」とする補正は,願書に最初に添付した明細書に記載されており,新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって,本件発明1-7についての特許は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしている補正をした特許出願に対してされたから,同法第123条第1項第1号には該当しない。

3-3.無効理由3(明確性)について
(1)本件発明4
(1-1)請求人は,「本件特許の請求項4には,「第2のコンテンツは前記スイッチ配列の起動に対応するハンドヘルド装置。」との文言が記載されている。
ここにおいて,「第2のコンテンツは」に対応する述語としては「前記スイッチ配列の起動に対応する」又は「ハンドヘルド措置」のみが考えられる。しかし,仮に当該述語が「前記スイッチ配列の起動に対応する」だとすると,前記スイッチ配列の起動に対応する「第2のコンテンツ」が何を意味するのであるか,請求項の記載及び本件明細書の記載から理解することができない。また,当該述語が「ハンドヘルド装置」だとすると日本語として意味不明であり,このような記載を理解できる説明は本件特許明細書に存在しない。」(審判請求書13-14頁)と主張している。

(1-2)本件発明4の「第2のコンテンツ」が「ハンドヘルド装置」でないことは明らかであるから,「第2のコンテンツは前記スイッチ配列の起動に対応する」について検討する。

(1-3)本件発明4のハンドヘルド装置は,本件発明2のハンドヘルド装置を前提とし,さらに本件発明2のハンドヘルド装置は,本件発明1のハンドヘルド装置を前提としている。そして,本件発明1のハンドヘルド装置は,「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイス」を備えていることから,本件発明4の「前記スイッチ配列」は,「操作者から入力を受け」て,「起動」すると解される。

(1-4)ここで,
明細書段落【0050】「装置10は,スイッチの起動に応答して音を生成し,この音を聴覚出力トランスデューサ23を通じて操作者へ示す。これは操作者に,装置10で形成された音楽を聞かせて,バックグラウンド・ミュージックの提示と,操作者によって形成された音楽との間の時間的関係を制御する。」,
明細書段落【0051】「好ましくは,音がバックグラウンド・ミュージックの特性に応じて変化して,スイッチの配列における任意のスイッチの起動が,装置10に所望の音楽規則に従う音を生成させる。」
の記載(下線は当審が付与。)によれば,本件明細書には,「スイッチ配列が起動」することにより「所望の音楽規則に従う音」すなわち「第2のコンテンツ」を生成させることが記載されている。

(1-5)そうすると,本件発明4の「第2のコンテンツは前記スイッチ配列の起動に対応する」について上述した本件発明1,2の記載事項および本件明細書の記載を参酌すれば,「第2のコンテンツは前記スイッチ配列の起動に対応して入力される」ことと解されるから,本件発明4は明確であり,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

(2)本件発明5
(2-1)請求人は,「本件特許の請求項5には,「第2のコンテンツは前記少なくとも一つの入力デバイスは複数の操作ボタンを含むハンドヘルド装置。」との文言が記載されている。
ここにおいて,「第2のコンテンツは」に対応する述語としては,「複数の操作ボタンを含む」又は「ハンドヘルド装置」のみが考えられるところ,いずれにしても,日本語として意味不明である。また,このような記載を理解できる説明は本件特許明細書に存在しない。」(審判請求書14頁)と主張している。

(2-2)本件発明5の「第2のコンテンツ」が「ハンドヘルド装置」でないことは明らかであるから,「第2のコンテンツは前記少なくとも一つの入力デバイスは複数の操作ボタンを含む」について検討する。

(2-3)本件発明5のハンドヘルド装置は,本件発明4のハンドヘルド装置を前提としており,本件発明4のハンドヘルド装置は,本件発明2のハンドヘルド装置を前提とし,さらに本件発明2のハンドヘルド装置は,本件発明1のハンドヘルド装置を前提としている。そして,本件発明1のハンドヘルド装置は,「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくともひとつの入力デバイス」を備えており,本件発明5のハンドヘルド装置において,「少なくとも一つの入力デバイスは複数の操作ボタンを含」んでいる。したがって,本件発明5の「複数の操作ボタン」は,「操作者から入力を受け」て「起動」すると解される。

(2-4) ここで,
明細書段落【0048】「操作者は,MusicDIY処理を,例えば装置10の少なくとも1つのボタンを押すことにより開始する。(中略)好ましくは,スイッチ21の配列における少なくとも1つのスイッチを起動するようにボタンを押し下げることにより,触覚入力を設けることができる。」,
明細書段落【0050】「ステップ115においてシステムは,選択されたバックグラウンド・ミュージックの演奏を,SongMailにおいてなされたように,聴覚出力トランスデューサを通じて与えるが,MusicDIYについては,操作者は聴覚入力トランスデューサを通じて聴覚コンテンツを直接与えない代わりに,音楽機器の再生と同様な方式でスイッチ21の配列の少なくとも1つのスイッチを起動することにより聴覚的コンテンツを間接的に与える。装置10は,スイッチの起動に応答して音を生成し,この音を聴覚出力トランスデューサ23を通じて操作者へ示す。これは操作者に,装置10で形成された音楽を聞かせて,バックグラウンド・ミュージックの提示と,操作者によって形成された音楽との間の時間的関係を制御する。」
の記載(下線は当審が付与。)によれば,本件明細書には,「聴覚的コンテンツ」すなわち「第2のコンテンツ」が,スイッチの配列の少なくとも1つのスイッチを起動することにより与えられることが記載されている。

(2-5)そうすると,本件発明5の「第2のコンテンツは前記少なくとも一つの入力デバイスは複数の操作ボタンを含む」は,上述した本件発明1,2,4の記載及び本件明細書の記載を参酌すれば,「第2のコンテンツは複数の操作ボタンを含む前記少なくとも一つの入力デバイスによって入力される」ことと解されるから,本件発明5は明確であり,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

(3)本件発明7
(3-1)請求人は,「本件特許の請求項7には,「第2のコンテンツは,操作者による前記スイッチ配列の起動の表示を含む」との文言が記載されている。
しかし,前記スイッチ配列の起動の表示を含む「第2のコンテンツ」が何を意味するのであるかは,請求項の記載及び本件明細書の記載から理解することができない。」(審判請求書14頁)と主張している。

(3-2)本件発明7は,本件発明6のハンドヘルド装置を前提としており,本件発明6のハンドヘルド装置は本件発明5のハンドヘルド装置を前提としており,本件発明5のハンドヘルド装置は本件発明4のハンドヘルド装置を前提としており,本件発明4のハンドヘルド装置は,本件発明2のハンドヘルド装置を前提とし,さらに本件発明2のハンドヘルド装置は,本件発明1のハンドヘルド装置を前提としている。
よって,本件発明7の「前記スイッチ配列の起動」は「操作者から入力を受け」てなされると解される。

(3-3)ここで,
明細書段落【0050】「スイッチ21の配列における少なくとも1つのスイッチを起動することにより聴覚的コンテンツを間接的に与える。装置10は,スイッチの起動に応答して音を生成し,この音を聴覚出力トランスデューサ23を通じて操作者へ示す」
の記載(下線は当審が付与。)によれば,本件明細書には,「スイッチの起動」により,生成した「音」すなわち「第2のコンテンツ」を操作者に「示す」すなわち「表示」することが記載されているといえる。

(3-4)そうすると,本件発明7の「第2のコンテンツは,操作者による前記スイッチ配列の起動の表示」について,上述した本件発明1,2,4-6の記載事項及び本件明細書の記載を参酌すれば,「第2のコンテンツは,操作者による前記スイッチ配列の起動に対して入力され,表示される」ことと解されるから,本件発明7は明確であり,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしている。

(4)小括
したがって,本件発明4-7についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしているから,同法第123条第1項第4号には該当しない。

3-4.無効理由4(進歩性)について
(1)請求人は,「本件発明は,甲1号証(国際公開00/72303号公報)に記載の発明及び周知技術等に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」(審判請求書10,14-41頁)旨主張している。
そこで,まず,本件発明1について検討する。

(2)本件発明1について
ア.本件発明1
本件発明1は,特許第5033756号公報の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。(上記「第2」を再掲。)

「ハンドヘルド装置であって,
操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイスと,
操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイスと,
無線トランスミッタと,
前記少なくとも1つの出力デバイス,前記少なくとも1つの入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記可視的ラスター・ディスプレイを通じて表示させ,
前記出力デバイスを通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバー又は(b)取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ,
操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記無線トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。」

イ.甲第1号証
(ア)甲第1号証には,次の記載(下線は当審が付与。当審訳として,ファミリ文献の甲第2号証を参考にした。)がある。

(ア-1)「The device described in this document is an electronic, voice-controlled musical instrument. It is in essence an electronic kazoo. The player hums into the mouthpiece, and the device imitates the sound of a musical instrument whose pitch and volume change in response to the player's voice.
(中略)
In its simplest configuration, the instrument resembles a kind of horn, and is for convenience called the HumHorn throughout this document. However, the shape and appearance of the instrument can be fashioned by the manufacturer to match the sound of any traditional instrument, if desired; or its shape can be completely novel. The functional requirements of the HumHorn’s physical design are only:
・That it be hand-held;
・That it have a mouthpiece - where the player's voice enters;
・That it have one or more speakers - where the sound is produced; and
・That it have a body - where the electronics and batteries are stored and where finger-actuated controls can be placed.」(6頁1行-7頁20行)
(当審訳:
本明細書で説明する装置は,電子的音声制御式楽器である。これは,本質的に,電子的カズーである。演奏者は,マウスピース内にハミングし,そしてこの装置は,演奏者の声に応じてそのピッチとボリュームが変化する楽器のサウンドを模倣する。
(中略)
最も単純な構成の場合,楽器は,ある種のホーンと似ており,便宜上,本明細書の全体を通してこれをハムホーン(HumHorn)と呼ぶ。しかしながら,製作者は,必要に応じて,楽器の形状と外観を,任意の伝統的な楽器のサウンドに一致させるように作ることができるし,あるいは,その形状を,全く新規にすることも出来る。ハムホーンの物理的設計の機能要件は,以下のみである。
・携帯型であること。
・演奏者の声が入るマウスピースを有すること。
・サウンドが生成される1つまたは複数のスピーカを有すること。
・回路とバッテリが格納されかつ指操作式制御部を配置することができる本体を有すること。)
(甲第2号証【0015】-【0018】を参考。)

(ア-2)「The HumHorn is a hand-held music synthesizer whose output is controlled by the human voice. Figure 1 diagrams the functionality of the HumHorn. The player 10 sings or hums into the mouthpiece 14 of the instrument 12. In response, the HumHorn produces the sound at the output 13 of a musical instrument that closely follows in both pitch and volume the nuances of the player's voice. The player can choose which instrument the HumHorn should imitate, and is given the impression of playing the chosen instrument merely by singing.」(19頁5-12行)
(当審訳:
ハムホーンは,出力が人間の声によって制御される携帯型音楽シンセサイザである。図1は,ハムホーンの機能を示す。演奏者10は,楽器12のマウスピース14内に歌うかまたはハミングする。これに応じて,ハムホーンは,楽器の出力13に,ピッチとボリュームが両方とも演奏者の声のニュアンスに厳密に従う音を生成する。演奏者は,ハムホーンがどの楽器を模倣するかを選択することができ,選択した楽器を単に歌うのみで演奏するという印象が与えられる。)(甲第2号証【0035】)

(ア-3)「The HumHorn itself can resemble any known or novel instrument. One possible configuration is shown in Figure 2. In this model, the mouthpiece 5 leads directly to the microphone 9. The loudspeaker resides in a double-cone section 3 from which a channel leads through the central housing 11 to a bell section 7 where the sound is transmitted. Thus, the housing imparts an acoustic quality to the sound produced. The electronics and batteries are contained in the central housing, which also holds several finger-actuated controls: both push buttons 1b and selection switches 1a. These controls allow the player to alter synthesizer parameters, such as instrument selection, volume, or octave.
The logical structure of the HumHorn is diagrammed in Figure 3. The microphone 30 sends an analog signal to an analog-to-digital converter (ADC) 31, which samples the signal at a fixed frequency, preferably 22,050 Hz. The ADC converts one sample at a time and sends it to a band-pass filter 32 (which smoothes the signal by removing frequencies that are too high or too low). Each filtered sample is then sent to the signal-analysis module (SAM) 33 where it is analyzed within the context of the preceding samples. After analyzing the sample, the SAM passes the following information to the synthesizer 38:
・Whether the synthesizer should be playing a note or not, and if so:
・The current frequency,
・The current volume (loudness); and
・Whether the conditions for a new note attack have been detected.
Besides this information from the SAM, the synthesizer also receives input from the finger-actuated controls 37. These control values can modify a variety of synthesizer parameters, including (but not limited to):
・The current instrument (sound source) to imitate;
・The offset from the player's voice, i.e. whether to play the synthesized note at the same pitch as it is sung, or to play it at a specified interval above or below this pitch;
・Whether the synthesizer should always play the exact frequency detected by the SAM (continuous pitch tracking) or instead play the nearest note to that frequency in a specified musical mode (discrete pitch tracking);
・The musical mode to use for discrete pitch tracking, e.g. chromatic, major, minor, blues; and
・Whether the current pitch is the tonic (first note) in the given musical mode.
An output sample is then produced by the synthesizer according to all information passed in, and this output sample is fed to a digital-to-analog converter (DAC) 34. The DAC produces an analog output signal from a stream of digital output samples that it receives. This signal is sent to an amplifier 35 before being transmitted by the loudspeaker 36.」(19頁31行-21頁20行)
(当審訳:
ハムホーン自体は,既知または新規の如何なる楽器に似ていてもよい。図2に,1つの可能な構成を示す。このモデルでは,マウスピース5が,マイクロフォン9に直接つながっている。スピーカは,チャネルが中央ハウジング11を通って,サウンドが伝播されるベル部分7につながるダブルコーン部分3の中にある。したがって,このハウジングは,生成されるサウンドに音響的品質を与える。電子回路とバッテリは,中央ハウジング内に収容され,中央ハウジングは,また,たとえば押しボタン1bや選択スイッチ1aのいくつかの指操作式制御部を保持する。これらの制御部により,演奏者は,楽器選択,ボリューム,オクターブなどのシンセサイザのパラメータを変更することができる。
図3は,ハムホーンの論理構成を示す。マイクロフォン30は,アナログ信号をアナログ・デジタル変換器(ADC)31に送り,ADC31は,一定の周波数,好ましくは22,050Hzで信号をサンプリングする。ADCは,一度に1つのサンプルを変換し,それをバンドパス・フィルタ32(これは,高すぎる周波数または低すぎる周波数を除去することによって信号を平滑化する)に送る。フィルタにかけられた各サンプルは,次に,信号解析モジュール(SAM)33に送られる,そこで,それより前のサンプルの文脈内で解析される。サンプルを解析した後,SAMは,シンセサイザ38に,次のような情報を渡す。
・シンセサイザが,ノートを演奏しているか否か。演奏している場合は,
・現在の周波数。
・現在のボリューム(ラウドネス)。
・新しいノート・アタックの状態を検出したか否か。
シンセサイザは,SAMからのこの情報の他に,指操作式制御部37から入力を受け取る。このような制御値は,次のもの(但し,これらに制限されない)を含む様々なシンセサイザ・パラメータを修正することができる。
・模倣する現在の楽器(音源)
・演奏者の声からのオフセット。すなわち,合成ノートを,歌われているノートと同じピッチで演奏するか,合成ノートをそのピッチよりも上または下の指定した音程で演奏するか否か。
・シンセサイザは,SAM(連続的ピッチ追跡)によって検出された正確な周波数を常に演奏すべきか,そうではなく,指定された音階(不連続的ピッチ追跡)でその周波数に最も近いノートを演奏すべきか。
・不連続ピッチ追跡に使用する音階,たとえば,半音階,長調,短調,ブルース。
・現在のピッチが,所与の音階における主音(第1のノート)か否か。
次に,出力サンプルは,渡されたすべての情報に従ってシンセサイザによって生成される。また,この出力サンプルは,デジタル-アナログ変換器(DAC)34に送られる。DACは,受け取ったデジタル出力サンプルのストリームから,アナログ出力信号を生成する。この信号は,増幅器35に送られた後,スピーカ36によって伝播される。)(甲第2号証【0037】-【0040】)

FIG.2


FIG.3


(当審訳:
【図3】

)

(ア-4)「The remainder of this document provides a detailed discussion of the components outlined above. The software components (those from Figure 3) are described first. Hardware components are described second.
Software Components
The discussion below first describes the filter. Next, the discussion describes the core software component, the SAM, which consists of three sub-modules: the frequency-detection module (FDM), the play and attack decision module (PADM), and the loudness-tracking module (LTM). Thereafter, the discussion describes the sound synthesizer module (SSM).」(21頁22-32行)
(当審訳:
本明細書の残りの部分は,以上概説した構成要素の詳細を考察する。最初,(図3の)ソフトウエア構成要素について説明する。次に,ハードウェア構成要素について説明する。
ソフトウエアの構成要素
以下の考察では,最初に,フィルタについて説明する。次に,周波数検出モジュール(FDM),演奏およびアタック決定モジュール(PADM),およびラウドネス追跡モジュール(LTM)の3つのサブモジュールからなるコア・ソフトウエア構成要素,すなわちSAMについて説明する。次に,サウンド・シンセサイザ・モジュール(SSM)について説明する。)(甲第2号証【0041】-【0042】)

(ア-5)「The Signal-Analysis Module (SAM)
The signal-analysis module (SAM) takes the current sample as input 40 and produces as output the four pieces of information described above: note on/off 41 , frequency 42, loudness 43, and attack 44. The relationship between SAM's three sub-modules is diagrammed in Figure 4. The input sample is available to all three sub-modules. The FDM 45 calculates both the frequency of the input signal as well as a measure of this calculation's reliability. The former is sent on to the SSM 38 (Fig.3), while the latter is used by the PADM 46. The PADM also makes use of the loudness value computed by the LTM 47. These components and their relationships are described in the following sections.」(22頁17-28行)
(当審訳:
信号解析モジュール(SAM)
信号解析モジュール(SAM)は,入力40として現行サンプルを取得し,出力として,前述の4つの情報,すなわちノート・オン/オフ41,周波数42,ラウドネス43およびアタック44を生成する。図4に,SAMの3つのサブモジュールの関係を示す。入力サンプルは,3つすべてのサブモジュールが,利用可能である。FDM 45は,入力信号の周波数を計算し,またこの計算の信頼性の基準も計算する。前者は,SSM 38(図3)に送られ,後者は,PADM 46によって使用される。PADMは,LTM 47によって計算されたラウドネス値も使用する。これらの構成要素およびそれらの関係については,次の節で説明する。)(甲第2号証【0044】)

FIG.4


(当審訳:
【図4】

)

(ア-6)「The internal structure of the SSM 38 is displayed in Figure 16. The SSM consists of two primary components: the Message Processor (MP) 160, and the Sound Generator (SG) 161. The pitch-conversion and volume-conversion boxes are minor functions that are described below. The MP takes the information generated by the SAM and FAC and produces messages, which it sends to the SG. The most striking part of the SSM is the asynchronous relationship between the Message Processor and the Sound Generator. The MP receives signals from the SAM at regular intervals, preferably 8,000Hz, 11,025Hz, or 22,050Hz, and the SG produces sound samples at regular intervals, preferably at the same rate. However, messages are not sent from the MP to the SG at regular intervals. Instead, messages are sent only when the output from the SG needs to be altered.」(42頁16-27行)
(当審訳:
図16には,SSM 38の内部構造が示されている。SSMは,メッセージ・プロセッサ(MP)160とサウンド・ジェネレータ(SG)161の2つの主構成要素からなる。ピッチ変換ボックスとボリューム変換ボックスは,後に説明される相対的に重要でない機能である。MPは,SAMおよびFACによって生成された情報を取得し,そしてSGに送るメッセージを生成する。SSMの最も特徴的な部分は,メッセージ・プロセッサとサウンド・ジェネレータの間の非同期関係である。MPは,SAMから,好ましくは8,000Hz,11,025Hzまたは22,050Hzの規則的な間隔で信号を受け取り,そしてSGは,好ましくは同じ割合で,サウンド・サンプルを規則的な間隔で生成する。しかしながら,メッセージは,MPからSGに規則的な間隔で送られない。そうではなく,メッセージは,SGからの出力を変更する必要があるときにのみ送られる。
SGは,楽器からのサウンドのノートを一度に1つ生成する。これにより,自動的かつ他の支援なしに,要求されたノートを要求されたボリュームで演奏する要求された楽器を模倣する出力信号,すなわち一連の出力サンプル,を生成することが可能になる。ノートの演奏が開始されると,そのノートは,停止されるまで演奏を続ける。MPは,SGに,ノートを開始または終了するように伝えるメッセージを送る。ノートが演奏されている間,MPは,ノートのピッチとボリュームを変更するメッセージを送ることができる。MPは,また,模倣している楽器をSGに伝えるメッセージを送ることができる。)(甲第2号証【0092】-【0093】を参照。)

FIG.16


(当審訳:
【図16】

)

(ア-7)「Pseudo code for the Message Processor is shown in Figure 17. In line 2, the pitch is modified to reflect the pitch scale of the SG as well as the current octave variable. The SG is assumed to have a linear pitch scale discretized into half-step intervals, which correspond to the traditional notes on a keyboard. This is the system used by the MIDI protocol. The starting note in the scale is arbitrary and depends on the SG. The value synthesizer_offset is the difference between a pitch on the mathematically derived pitch scale, as described in Equation 0, and the corresponding pitch for the SG. This is a constant offset for all pitches. For the MIDI protocol, the frequency 440Hz corresponds to the 69th note on the keyboard. In this case, the synthesizer offset is 12 log_(2 )(440) - 69, or about 36.38 (just over three octaves).」(45頁28行-46頁6行)
(当審訳:
図17には,メッセージプロセッサの擬似コードが示されている。第2行で,ピッチは,SGのピッチ・スケールならびに現行のオクターブ変数を反映するように修正される。SGは,鍵盤上の伝統的なノートに対応する半音間隔で分散された線形ピッチ・スケールを有するものと仮定されている。これは,MIDIプロトコルによって使用されるシステムである。スケールにおける開始ノートは,任意であり,かつSGに依存する。値synthesizer_offsetは,式0に示される数学的に導出されたピッチ・スケールと,SGの対応するピッチとの差である。これは,すべてのピッチに対する一定のオフセットである。MIDIプロトコルの場合,周波数440Hzは,鍵盤上の69番目のノートに対応する。この場合,シンセサイザ・オフセットは,12 log_(2)(440)-69,すなわち,約36.38(3オクターブを少し超える)である。)(甲第2号証【0100】を参考。)

(ア-8)「Hardware Components
The Humhorn consists of the following hardware components, each either custom built or off the shelf:
1) A housing for containing all of the following components as well as batteries;
2) A microphone;
3) One or more speakers;
4) Electronics, including:
a) An ADC,
b) One or more chips for executing the:
i) SAM,
ii) MP, and
iii) SG;
c) A DAC,
d) An amplifier, and
e) a volume control,
5) Finger-actuated control switches, buttons, and dials; and
6) Optionally a small display for helping the player to choose parameters and/or to indicate which parameters are set.」(49頁11行-50頁12行)
(当審訳:
ハードウェアの構成要素
ハムホーンは,それぞれ注文品または既製品の次のようなハードウェア構成要素からなる:
1)以下の構成要素ならびにバッテリを全て収容するハウジング;
2)マイクロフォン;
3)1つまたは複数のスピーカ;
4)以下のものを含む電子回路:
a)ADC
b)以下のものを実行するための1つまたは複数のチップ:
i)SAM
ii)MP,および
iii)SG;
c)DAC
d)増幅器,および
e)ボリューム制御
5)指操作式制御スイッチ,ボタンおよびダイヤル;そして
6)オプションとして,演奏者がパラメータを選択しおよび/またはどのパラメータが設定されているかを示すことが出来る小型ディスプレイ。」(甲第2号証【0108】を参考。)

(ア-9)「Network Extensions
The following ideas are related to HumBand^(TM) technology, in particular, the use of the HumBand^(TM) in relation to the Internet, for example, as an Internet appliance.」(56頁10-14行)
(当審訳:
ネットワーク拡張
以下の概念は,HumBand^(TM)技術に関係し,特に,たとえばインターネット装置として,インターネットに関するHumBand^(TM)の使用に関係する。)(甲第2号証【0120】)

(ア-10)「Group interactive musical performance via web/chat-like service
To use this service, one becomes a member of an online group after one logs in with name and password to the HumJam.com web site. Each person in the group is at any particular time either an audience member or a performer.
Audience Member: As a member of the audience, one may comment and discuss upon a performance in real time, during the performance. There may be special symbols or auditory icons that have particular meanings and that can be sent to the performer. For example, applause, bravo's, catcalls, laughter, cheers, and whistling, that the performer hears. In addition, each audience member may participate in a round of voting to express his subjective opinion as to the quality of the performance.
Performer: The performer is attracted to the session because of his innate hidden desire to perform live in front of an audience. This is exciting and fun, and due to the anonymity of the Internet as well as the vocal disguise provided by the HumBand^(TM), it is also less intimidating than an on-stage performance. Imagine performing for a crowd of tens or hundreds (or even thousands!) in the secluded comfort of your home. During the performance, the HumBand^(TM) instrument is connected via an interface directly to the Internet so that the performance can be transmitted live via the HumJam.com web site. The performer receives live feedback from the audience members, and at the end of the performance may receive a rating by said members.
Voting is performed for three purposes:
・To increase/decrease level of performance group. When someone's rank (through voting) has increased to a great enough level, one may then participate in a performance group at a higher-ranked level. At that level, one performs for an audience of equally ranked performers. For example, say that entry level is rank 1. At rank 1, everyone may play and everyone may vote. Those with sufficiently high votes can move up to rank 2. At rank 2, one is only judged by others who have reached rank 2 or higher.」(56頁25行-57頁26行)
(当審訳:
ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏
このサービスを使用するために,人は,HumJam.comウェブ・サイトに,名前とパスワードを用いてログインした後,オンライン・グループのメンバになる。グループ内のそれぞれの人は,如何なる特定の時刻において,視聴者または演奏者の何れかである。
視聴者:聴衆のメンバーとして,パフォーマンスの間に,パフォーマンスについて実時間で批評し議論することができる。特定の意味を有しかつ演奏者に送ることができる特殊な記号または聴覚アイコンを設けることも出来る。その例には,演奏者が聞く拍手喝采,ブラボーの叫び,野次,笑い,喝采および口笛がある。さらに,各視聴者は,パフォーマンスの質に関してその視聴者の主観的意見を表現するために,一回りの投票に参加することができる。
演奏者:演奏者は,聴衆の前で生で演奏したいという演奏者固有の密かな望みのため,セッションに魅力を感じる。これは,刺激的でかつ楽しく,インターネットの匿名性ならびにHumBand^(TM)によって提供される偽装した音声により,舞台上のパフォーマンスよりも恐怖が少ない。自分の家の隔離された快適さの中で,数十または数百(あるいは数千)の観客のために演奏する状況を想像してみる。パフォーマンスの間,HumBand^(TM)楽器は,インターネットにインタフェースを介して直接接続され,これにより,パフォーマンスは,HumJam.comウェブ・サイトを介して生で送信させることができる。演奏者は,視聴者から生のフィードバックを受け取り,パフォーマンスの終わりに,そのメンバによる格付けを受け取ることができる。
投票は,以下の3つの目的に対して行われる:
・演奏グループのレベルを上げ/下げする。(投票による)ある人のランクが,十分に高いレベルまで上げられると,その人は,より高い格付けレベルの演奏グループに参加することができる。その人は,そのレベルで,等しく格付けされた演奏者の聴衆に対し演奏する。たとえば,エントリ・レベルが,ランク1であるとする。ランク1では,誰でも演奏することができ,誰でも投票することができる。十分に多くの票を得た人は,ランク2に移ることができる。ランク2では,その人は,ランク2またはそれ以上のランクに達した他の人のみから評価される。)(甲第2号証【0121】-【0122】を参考。)

(ア-11)「An international endeavor. Such interactive performances would be one of the only online examples of true, unhindered, international communications because music breaks cultural/linguistic barriers. The Internet and HumBand^(TM) could usher in a kind of immediate international communication never seen before.
Technical Issues
Each performer and audience member is able to participate via his Internet-capable HumBand^(TM). All performers send information via their HumBand^(TM). All audience members listen to these performances via their HumBands^(TM)/PCs/PC headphones/HumBand^(TM) headphones/ or other HumBand-codec enabled appliance.
The performer plays along with an accompaniment provided by the HumJam.com HumServer^(TM). The server sends the accompaniment information via the HumBand codec to the performer. The accompaniment is played on any enabled appliance The HumBand codec is very similar to MIDI, but perhaps optimized for voice-control.
The performer plays in synch with this accompaniment and his signal is sent via this same codec back to the server. The server only then broadcasts the performance to the audience. For the audience, the performer and accompaniment are in perfect synchrony. There is no latency issue. This is because the server receives the performer's signal and is able to combine it with the accompaniment, properly timed such that the resulting signal reproduces the performance as heard by the performer. Thus, though there is a slight delay, the performance is nonetheless broadcast live and is full fidelity.
Audience members send their comments and votes to the server, which tallies, organizes, and distributes them.
Multi-performer jam sessions
This scenario is hindered mostly by the latency issue. In particular, there is a noticeable time delay between when a performer sends a signal via the Internet and when it arrives. For most forms of communication, this limited latency is not deleterious because synchrony is never required. A delay of 200 ms between the transmission of a communication and its receipt is hardly noticeable. However, if multiple parties are attempting to synchronize a sound, such a delay makes this impossible. Each performer waits to hear the other's signal to synchronize. This delay additionally increases the delay at the other end. The effect snowballs and no form of synchrony can be maintained.
To eliminate this cascade (snowball) effect, and to mitigate the general latency problem, but not eliminate it entirely, a central server - a conductor - can send a steady pulse, e.g. a metronome tick, to all parties, timed such that each party receives the signal simultaneously. Each performer can then time his performance to match this pulse and expect a slight delay from the other performers, gradually (or perhaps quickly) learning to ignore and adapt to this slight delay. The pulse is effectively the accompaniment. Software at the performer's site can account for this delay upon the conclusion of the piece, and can replay for each performer, the sound of the whole performance without the delays.」(58頁15行-60頁7行)
(当審訳:
国際的な試み。音楽は,文化/言語の障壁を取り除くから,このような対話式パフォーマンスは,真の妨げのない国際コミュニケーションのオンラインの最良の例の1つになる。インターネットとHumBand^(TM)は,これまで決して見られなかった一種の将来の国際コミュニケーションの先触れとなる可能性がある。
技術的問題
演奏者と視聴者はそれぞれ,インターネット対応のHumBand^(TM)を介して参加することができる。すべての演奏者は,情報を自分のHumBand^(TM)を介して送信する。すべての視聴者は,そのようなパフォーマンスを,自分のHumBands^(TM)/PCs/PCヘッドホン/HumBand^(TM)ヘッドホン/または他のHumBandコーデック使用可能装置を介して聴く。
演奏者は,HumJam.com HumServer^(TM)によって提供される伴奏に沿って演奏する。サーバは,伴奏情報をHumBandコーデックを介して演奏者に送信する。伴奏は,使用可能な任意の装置で演奏される。HumBandコーデックは,MIDIときわめて似ているが,おそらく音声制御に最適化されている。
演奏者は,この伴奏と同期して演奏し,そして彼の信号は,この同じコーデックを介してサーバに送られる。次に,サーバは,そのパフォーマンスを,聴衆に同報通信するのみである。聴衆に対しては,演奏者と伴奏は,完全に同期している。待ち時間の問題はない。その理由は,サーバが,演奏者の信号を受け取り,かつサーバの得た信号が,演奏者が聞くようにパフォーマンスを再生できるように,その信号を,適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせることができるからである。したがって,わずかな遅延があるが,それでもなお,パフォーマンスは,生で同報通信され,かつ忠実度は十分である。
視聴者は,コメントと票をサーバに送り,サーバは,それを計数し,とりまとめ,分類する。
複数演奏者のジャム・セッション
このシナリオは,たいてい,待ち時間の問題によって妨げられる。とりわけ,演奏者がインターネットを介して信号を送る時刻と,その信号が到着する時刻の間には大きな時間遅延がある。ほとんどの通信形態の場合,同時性は必要とされないため,この限られた待ち時間は有害ではない。通信の送信とその受信の間の200ミリ秒の遅延は,ほとんど目立たない。しかしながら,複数の参加者が,サウンドを同期させようとする場合,それは,このような遅延によって不可能になる。それぞれの演奏者は,同期をとるために他の当事者の信号が聞こえるのを待つ。この遅延は,さらに,他方の側での遅延を増大させる。この効果は,雪だるま式に増え,同時性の形を維持することができない。
このカスケード(雪玉)効果をなくすため,また一般の待ち時間の問題を完全になくさないまでも緩和するために,中央サーバ(指揮者)は,各参加者が,同時に信号を受け取るように時間合わせをした安定パルス,たとえばメトロノーム・チックを,すべての参加者に送ることができる。次に,各演奏者は,このパルスと合うように自分のパフォーマンスを調整し,また他の演奏者からのわずかな遅延を予想し,徐々に(あるいは,おそらく迅速に),このわずかな遅延を無視しかつそれに適応することを学習する。パルスは,実際には,伴奏である。演奏者の側のソフトウェアは,1曲の終わりにこの遅延を考慮することができ,各演奏者ごとに,演奏全体のサウンドを遅延なしに繰り返すことができる。)(甲第2号証【0124】-【0130】を参考。)

(ア-12)「Song email, “HumMail^(TM)”
One can record and send single- or multi-part songs that one has recorded on one's HumBand^(TM) through email to friends, who can play the songs on their own HumBands^(TM).
Song downloads
Performances can be downloaded from the site, different pieces played by various interesting and/or famous performers. Because the information downloaded is much more precise, containing far greater subtlety and nuance, than typical MIDI performances, one can expect greater realism and appeal.
Accompaniment downloads
The accompaniment sections of many, many different pieces could be made available such that one could download them (low bandwidth) into one's HumBand^(TM) and then play along with them.
Composition chain letters
Just as one can download an accompaniment, one can receive an accompaniment by email, add a track to it, and send it on, a sort of “serial jamming.” Alternatively, incomplete pieces could be uploaded to the site to allow others to jam with and possibly contribute to as well.」(60頁15行-61頁10行)
(当審訳:
歌の電子メール「HumMail^(TM)」
自分のHumBand^(TM)に単一または複数パートの歌を記録し,それを電子メールによって友人に送り,その友人が,友人自身のHumBand^(TM)でその歌を再生することができる。
歌のダウンロード
様々な魅力的および/または有名な演奏者によって演奏された様々な曲の演奏を,サイトからダウンロードすることができる。ダウンロードされる情報は,一般のMIDI演奏よりもかなり正確で,はるかに高い繊細さとニュアンスを有するため,より高い現実感と魅力が期待できる。
伴奏のダウンロード
自分のHumBand^(TM)にダウンロード(低帯域幅)して,それと共に演奏することができるように,多数の異なる曲の伴奏セクションが利用可能である。
作曲の連鎖手紙
伴奏をダウンロードすることができるのとまったく同じように,電子メールで伴奏を受け取り,トラックをそれに追加し,これを一種の「連続ジャミング」で送ることができる。これに代えて,不完全な曲をサイトにアップロードし,他の人が,その曲とジャムし,場合によってはその曲に寄与できるようにすることもできる。)(甲第2号証【0132】-【0135】を参考。)

(イ)サーバが演奏者の信号を視聴者に送信する実施態様
請求人は,「演奏」を送るにあたって,サーバが演奏者の信号を聴衆に送信する実施態様(甲1-1発明)と,電子メールによって友人に送信する実施態様(甲1-2発明),の2つの実施態様をそれぞれ別の引用発明として認定しているから,まず,サーバが演奏者の信号を聴衆に送信する実施態様に基づく発明を検討し,次に電子メールで友人に送信する実施態様に基づく発明を検討する。

(イ-1) 前記(ア-2)によれば,演奏者は楽器のマウスピース内に歌うかハミングすることで,演奏するのであって,前記(ア-3)によれば,マウスピースはマイクロフォンに直接つながっているから,「演奏」は「マイクロフォンを通じて演奏者から受け取」っているといえる。

(イ-2) 前記(ア-3)によれば,「押しボタン1bや選択スイッチ1aのいくつかの指操作式制御部」は,「演奏者」が「楽器選択,ボリューム,オクターブなどのシンセサイザのパラメータを変更する」のであるから,「押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部」が「演奏者から入力を受け」ていることは明らかである。

(イ-3) 前記(ア-9)によれば,ハムホーンのネットワーク拡張がHumBand^(TM)であるから,HumBand^(TM)楽器はハムホーンの構成を有しているといえ,前記(ア-10)によれば,HumBand^(TM)楽器は,インターネットにインタフェースを介して直接接続されるから,「インターネットに直接接続されるインターフェース」を有しているといえる。

(イ-4) 前記(ア-8)によれば,「小型ディスプレイ」は,「演奏者がパラメータを選択」するためであって,「パラメータを選択」することは「操作」することであり,また,「どのパラメータが選択されているか」は「操作に関する情報」といえるから,「ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報を小型ディスプレイを通して表示させ」ているといえる。
また,ハムホーンは,1つまたは複数のスピーカを有している。

(イ-5) 前記(ア-11)によれば,サーバは,伴奏情報を演奏者に送信し,演奏者は,提供される伴奏に沿って演奏し,伴奏は,使用可能な任意の装置で演奏されるものであり,ここで,伴奏の「提供」とは「提示」といえるから,「演奏者へ,サーバから与えられる伴奏を提示させ」ているといえ,伴奏の提示がスピーカを通じて行われることは,技術常識に照らして明らかである。
さらに,HumBand^(TM)楽器の演奏者は,この伴奏と同期して演奏しているから,「伴奏に同期する演奏をスピーカを通じて演奏者から受け取」っているといえる。
そして,演奏の受け取りが,マイクロフォンを通じて行われることは前記(イ-1)に記載したとおりであり,サーバへの送信が,インターフェースを通じて行われることは,技術常識に照らして明らかである。

(イ-6) 前記(ア-11)によれば,「HumBand^(TM)楽器」の「演奏者」は,この「伴奏」と同期して演奏し,「彼の信号」は,「サーバ」に送られる。
ここで,「彼」が「演奏者」であることは明らかであるから,「彼の信号」は「演奏者の信号」といえる。
そして,サーバはその「パフォーマンス」を聴衆に同報通信しているから,「演奏者の信号」を「サーバ」に送ると「サーバ」が「パフォーマンス」を聴衆に同報通信する。
ここで,聴衆に同報通信することにより,聴衆が「パフォーマンス」を受信することは,技術常識に照らして明らかである。
これらの一連の処理を「HumBand^(TM)楽器」を主体として表現すると,「HumBand^(TM)楽器」は,「前記HumBand^(TM)楽器から前記サーバに対して「演奏者の信号」を送ると共に,このサーバが「パフォーマンス」を聴衆が受信するように,「パフォーマンス」を同報通信させる」といえる。

(イ-7) 前記(ア-4)によれば,「ハムホーン」が,「ソフトウェア」と「ハードウェア」で構成されていることから,「ハムホーン」のネットワーク拡張である「HumBand^(TM)楽器」も,「ソフトウェア」と「ハードウェア」で構成されていることは明らかであり,また,「ソフトウェア」が「ハードウェア」を用いて,各種制御を実行することは技術常識であるから,上記(イ-4)(イ-5)(イ-6)の処理,すなわち「ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報をディスプレイを通じて表示させ」ており,「伴奏に同期する演奏を通じて演奏者から受け取」り,「前記HumBand^(TM)楽器から前記サーバに対して前記演奏を送ると共に,このサーバがパフォーマンスを聴衆が受信するように,前記パフォーマンスを送信させる」の処理の主体が「ソフトウェア」であることは自明である。
また,前記(ア-4)によれば,SAMとSSMは「コア・ソフトウェア構成要素」であり,前記(ア-6)によれば,SSMはMPとSGから構成され,前記(ア-8)によれば,電子回路は,SAM,MP,SGを実行するためのチップを含むから,ソフトウェアが,SAM,MP,SGを含む電子回路で実行可能であることは明らかである。

(イ-8) したがって,甲第1号証には次の発明(以下,「引用発明1」という。)が記載されていると認める。

「HumBand^(TM)楽器であって,
ハムホーンのネットワーク拡張がHumBand^(TM)であって,
演奏者へ出力を提示する小型ディスプレイと,1つまたは複数のスピーカと,
演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部と,マイクロフォンと,
インターネットに直接接続されるインターフェースと,
SAM,MP,SGおよびボリューム制御を含む電子回路と,
前記電子回路で実行可能なソフトウェアとを備え,そのソフトウェアは,
ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報を小型ディスプレイを通して表示させ,
前記スピーカを通じて演奏者へ,サーバから与えられる伴奏を提示させ,
前記伴奏に同期する演奏者の信号を前記マイクロフォンを通じて演奏者から受け取り,
前記インターフェースを通じて,前記HumBand^(TM)楽器から前記サーバに対して前記演奏者の信号を送ると共に,このサーバが,パフォーマンスを聴衆が受信するように,前記パフォーマンスを同報通信させるように構成されている
HumBand^(TM)楽器。」

(ウ)電子メールで友人に送信する実施形態
(ウ-1) 上記(イ-2)(イ-3)(イ-4)の事項については,同様である。

(ウ-2) 前記(ア-12)によれば,HumBand^(TM)は「電子メールで伴奏を受け取」れ,トラックをそれに追加して電子メールで送るから,送信する電子メールは「トラックが追加された伴奏」であって,送信する先が自分以外であることは自明なので,「他の人に送る」といえる。

(ウ-3) 前記(ア-12)によれば,「歌を記録」して,電子メールによって「友人」に送り,「友人」が「友人自身のHumBand^(TM)でその歌を再生することができる」といえる。なお,「歌」を電子メールで送信する場合は,伴奏については何も記載されていないことから,友人自身のHumBand^(TM)では,歌のみを再生すると解される。

(ウ-4) 前記(ア-4)によれば,「ハムホーン」は,ソフトウェアとハードウェアで構成されているから,ソフトウェアが,上記(ウ-3)と(ウ-4)の動作,すなわち「ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報をディスプレイを通じて表示させ」ており,「自分のHumBand^(TM)に電子メールで伴奏を受け取り,トラックを追加し,電子メールで他の人に送」っているから,他の人に送る電子メールは,「トラックが追加された伴奏」であるといえる。
あるいは,ソフトウェアが上記(ウ-3)と(ウ-5)の動作,すなわち「ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報をディスプレイを通じて表示させ」ており,「自分のHumBand^(TM)に歌を記録し,歌を電子メールで友人に送」っているといえる。
また,「ソフトウェア構成要素」は,SAMとSSMであって,前記(ア-6)によれば,SSMはMPとSGから構成されているから,該「ソフトウェア」が,SAM,MP,SGを含む電子回路で実行可能であることは明らかである。

(ウ-5) 請求人は,甲第1号証(62頁9行?63頁4行)に記載される「Control-software downloads」を引用して,スピーカ,小型ディスプレイ等の動作を制御する電子回路で実行可能なソフトウェアが記載されている旨主張しているが,「制御ソフトウェア」は,エコーや装飾音など,「演奏」に対する音響処理を行うことが記載されているだけであるから,「Control-software」は,「スピーカ,小型ディスプレイ等」の動作を制御するソフトウェアであるとはいえない。

(ウ-6) 請求人は,審判請求書の30-31頁において,複数パートの歌を記録して友人に送ることができる記載と,伴奏の提示に同期して行った演奏を電子メールで友人に送信することができる記載を根拠として,「演奏」を送り(e-2),「伴奏の提示と演奏が組み合わされた楽曲」を受信する(f-2)ことが記載されている旨主張している。
しかし,前記(ア-12)には,「歌」を記録する場合は,伴奏を電子メールでダウンロードすることは記載されておらず,友人は「歌」のみを再生するだけである一方,
「トラックが追加された伴奏」を電子メールで受け取る場合は,「トラックが追加された伴奏」を送ることが記載されているだけであって,「追加されたトラック」だけを電子メールで送ることは記載されていない。
したがって,サーバに対して「歌(演奏)」を送信し,「歌(演奏)が追加された伴奏」を友人が受信すること,すなわち,サーバに対して「歌(演奏)」を送信(e-2)して,「伴奏の提示と歌(演奏)が組み合わされた楽曲」を電子メールとして友人が受信(f-2)する構成は,記載されているとはいえない。
したがって,請求人が主張する「電子メールで友人に送信する実施形態」については,さらに前記(ウ-1)(ウ-2)(ウ-3)(ウ-4)(ウ-6)に基づく実施形態と,前記(ウ-1)(ウ-2)(ウ-3)(ウ-5)(ウ-6)に基づく実施形態,の2つの実施形態を分けて各々発明を認定する。

(ウ-7) 前記(ウ-1)(ウ-2)(ウ-3)(ウ-4)(ウ-6)に基づく実施形態によれば,甲第1号証には,次の発明(以下,「引用発明2」という。)が記載されていると認める。

「HumBand^(TM)であって,
演奏者へ出力を提示する小型ディスプレイと,1つまたは複数のスピーカと,
演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部と,マイクロフォンと,
インターネットに直接接続されるインターフェースと,
SAM,MP,SGおよびボリューム制御を含む電子回路と,
前記電子回路で実行可能なソフトウェアとを備え,そのソフトウェアは,
ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報を小型ディスプレイを通じて表示させ
自分のHumBand^(TM)に電子メールで伴奏を受け取り,トラックを追加し,トラックが追加された伴奏を電子メールで他の人に送る
HumBand^(TM)。」

(ウ-8) また,前記(ウ-1)(ウ-2)(ウ-3)(ウ-5)(ウ-6)に基づく実施形態によれば,甲第1号証には次の発明(以下,「引用発明3」という。)が記載されていると認める。

「HumBand^(TM)であって,
演奏者へ出力を提示する小型ディスプレイと,1つまたは複数のスピーカと,
演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部と,マイクロフォンと,
インターネットに直接接続されるインターフェースと,
SAM,MP,SGおよびボリューム制御を含む電子回路と,
前記電子回路で実行可能なソフトウェアとを備え,そのソフトウェアは,
ハムホーンを演奏者が操作する際に,演奏者を支援するように,その操作に関する情報を小型ディスプレイを通して表示させ,
自分のHumBand^(TM)に歌を記録し,歌を電子メールで友人に送り,友人自身のHumBand^(TM)でその歌を再生することができる
HumBand^(TM)。」

ウ.対比と判断
(ア)本件発明1と引用発明1の対比と判断
(ア-1)本件発明1の構成
本件発明1と引用発明1を対比する前に,まず,本件発明1の構成について検討する。

「そのプログラムは,(中略)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」の発明特定事項について検討する。

a. まず,上記「前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」は,その記載からみて,「プログラム」の処理を特定するためのものであり,また,「プログラム」は,「ハンドヘルド装置」が備えるものであることは明らかである。
次に,「前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送る」と,「この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」とに分けて検討をすすめる。

b. 「前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送る」については,「ハンドヘルド装置」の「プログラム」が,「前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子とを送る」という処理を行わせることを規定していると解される。

c. 次に「この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」については,「プログラム」が「この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」という処理を行わせることを規定していると解される。
ここで,「前記更なる表現を送信させる」の「させる」とは「(使役の意)するようにしむける。」[株式会社岩波書店 広辞苑第六版]であるから,「ハンドヘルド装置」が,「遠隔サーバー」に対して,「前記更なる表現を送信」するようにしむけることであると解し得る。
そして,「前記更なる表現」が,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」を示すことは明らかである。
つまり,該「更なる表現」は,「第1のコンテンツ及び第2のコンテンツ」を表し,「第1のコンテンツ」と「第2のコンテンツ」は「前記操作者により決定された前記関係を保って配置」されており,「前記関係」とは,「操作者により決定された関係」であって,前記「3.(2)」で述べたように,「操作者により決定された時間的関係」である。
そうすると,「第1のコンテンツ」と「第2のコンテンツ」は,「操作者により決定された時間的関係」で「配置」される,すなわち,「第1のコンテンツ」と「第2のコンテンツ」が重ねられるものである。
上記によれば,「更なる表現」とは,「第1のコンテンツの表現」とも「第2のコンテンツの表現」とも異なる「新たな表現」,すなわち,「前記操作者により決定された時間的関係で第1のコンテンツと第2のコンテンツが重ねられる新たな表現」と解し得る。
結局,「この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」は,「ハンドヘルド装置のプログラム」が,「遠隔サーバー」に対して,「前記操作者により決定された時間的関係で第1のコンテンツと第2のコンテンツが重ねられる新たな表現」を「少なくとも単独の受信者」に送信するようにしむけることと解し得る。
そして,上記の解釈は,本件明細書【0031】【0036】【0044】等の実施態様の記載にも符合する。

(ア-2)対比
a. 引用発明1の「ソフトウェア」は,本件発明1の「プログラム」に相当し,引用発明1の「電子回路」は,該電子回路でソフトウェアが実行可能であるから,本件発明1の「処理回路」に含まれる。

b. 本件発明1の「ハンドヘルド装置」について,明細書段落【0011】に「ポータブルコンピュータ(ハンドヘルドコンピュータ)を含む」と記載され,更に「ハンドヘルド」とは,乙第9号証によれば,「片手で持てる」「携帯」という意味である。
一方,引用発明1の「HumBand^(TM)楽器」について,ネットワーク拡張した「ハムホーン」が「HumBand^(TM)」であって,前記イ.(ア-1)に記載されるように,「ハムホーン」は「携帯型」であるから,「HumBand^(TM)楽器」は「携帯型」であるといえる。
したがって,引用発明1の「HumBand^(TM)楽器」は,本件発明1の「ハンドヘルド装置」に含まれる。

c. 引用発明1の「演奏者」は,HumBand^(TM)楽器を操作して,演奏するから,本件発明1の「操作者」に相当する。

d. 引用発明1の「ハムホーンを操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報」を表示させる「小型ディスプレイ」と,「1つまたは複数のスピーカ」とは,ともに「出力デバイス」であるから,本件発明1の「操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイス」とは,「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」である点で共通する。

e. 引用発明1の「押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部」は「押しボタン1bや選択スイッチ1a」で構成され,前記イ.(ア-3)のFig.2を参照すればそれらは配列されて構成されていることが読み取れるから,「スイッチ配列」を含んでいるといえ,また,「マイクロフォン」を含めて「入力デバイス」であることは明らかである。
したがって,引用発明1の「演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部」と「マイクロフォン」は,「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイス」であるといえる。

f. 引用発明1の「インターネットに直接接続されるインターフェース」が,「サーバ」に「演奏」を送信するから,「演奏」をインターネットを介して「サーバ」に送信するための手段,すなわち「トランスミッタ」を含むことは,技術常識に照らして明らかである。
そうすると,引用発明1の「インターフェース」と,本件発明1の「無線トランスミッタ」とは,「トランスミッタ」で共通する。

なお,請求人は,I/Rポートが無線トランスミッタに相当する旨主張しているが,甲第1号証のI/Rポートは,同じ部屋の中にある楽器間の無線ネットワーキングを可能にするためであって,I/Rポートを通じて「遠隔サーバー」に対してデータを送信しない。
一方,本件発明1は「前記無線トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子」とを送るから,本件発明1の「無線トランスミッタ」は「遠隔サーバー」に対してデータを送信するための無線トランスミッタである。
したがって,甲第1号証のI/Rポートは,本件発明1の「無線トランスミッタ」に相当しない。

g. 引用発明1の「サーバ」は,「HumBand^(TM)楽器」から「インターネット」を介して接続される位置関係にあるから,「HumBand^(TM)楽器から空間的に離散したサーバー」といえるので,引用発明1の「サーバ」は,本件発明1の「遠隔サーバー」に相当し,引用発明1の「伴奏」は,「サーバ」から提供されるものであるから,引用発明1の「伴奏」は,本件発明1の「第1のコンテンツ」に含まれる。
そうすると,引用発明1の「前記スピーカを通じて演奏者へ,前記サーバから与えられる伴奏を提示させ」は,本件発明1の「前記出力デバイスを通じて操作者は,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ」に含まれる。

h. 引用発明1の「前記伴奏に同期する演奏者の信号」は,「伴奏」と同期という時間的関係で「伴奏」に重なるものと解され,前記イ.(ア-11)の「演奏者がこの伴奏と同期して演奏し」の記載から,同期という時間的関係は,演奏者によって決定されているといえるから,引用発明1の「前記伴奏に同期する演奏者の信号」は,本件発明1の「演奏者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」に含まれる。
そうすると,引用発明1の「前記伴奏に同期する演奏者の信号を前記マイクロフォンを通じて演奏者から受け取り」と本件発明1の「演奏者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」とは,「演奏者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」で共通する。

i. 前記h.によれば,「演奏者の信号」は,「第2のコンテンツ」に含まれるから,引用発明1の「前記HumBand^(TM)楽器から前記サーバに対して前記演奏者の信号を送る」は,本件発明1の「前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送る」に含まれる。

j. 本件発明1の「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」については,前記ウ.(ア-1)で述べたように,「前記操作者により決定された時間的関係で第1のコンテンツと第2のコンテンツが重ねられる新たな表現」と解釈し得る。

他方,引用発明1の「パフォーマンス」の技術的意義について,前記イ.(ア-11)の「すべての視聴者は,そのようなパフォーマンスを,自分のHumBands^(TM)/PCs/PCヘッドホン/HumBand^(TM)ヘッドホン/または他のHumBandコーデック使用可能装置を介して聴く。」と,「聴衆に対しては,演奏者と伴奏は,完全に同期している。待ち時間の問題はない。その理由は,サーバが,演奏者の信号を受け取り,かつサーバの得た信号が,演奏者が聞くようにパフォーマンスを再生できるように,その信号を,適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせることができるからである。」の記載に基づいて検討する。
まず,「視聴者」については,前記イ.(ア-10)に「視聴者(audience member)」は,「聴衆(audience)のメンバー」であると記載されているから,「聴衆(audience)」と「視聴者(audience member)」の関係は,それぞれの「視聴者(audience member)」の集合体が「聴衆(audience)」であり,「聴衆(audience)」の各メンバーが「視聴者(audience member)」であると解される。
そうすると,「パフォーマンス」は,「視聴者」の集合体である「聴衆」が聴くものであって,「演奏者が聴くように,伴奏に適切に時間を合わせた演奏者の信号と伴奏との組み合わせ」であるといえる。
ここで,前記イ.(ア-11)の「次に,サーバは,そのパフォーマンスを,聴衆に同報通信するのみである。聴衆に対しては,演奏者と伴奏は,完全に同期している。待ち時間の問題はない。その理由は,サーバが,演奏者の信号を受け取り,かつサーバの得た信号が,演奏者が聞くようにパフォーマンスを再生できるように,その信号を,適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせることができるからである。」の記載によれば,該「伴奏に適切に時間を合わせた演奏者の信号と伴奏との組み合わせ」に関し,「サーバ」自身が,受け取った「演奏者の信号」を「適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせ」る処理をしていることが明らかである。
そして,「演奏者がこの伴奏と同期して演奏し」と記載されているから,「演奏者が聴くように,伴奏に適切に時間を合わせ」とは「伴奏」と「演奏者の信号」とを同期させることであり,その同期という時間的関係は演奏者によって決定されているといえる。
また,「演奏者の信号と伴奏との組み合わせ」とは,「演奏者の信号」と「伴奏」とが重ねられた,「演奏者の信号の表現」,「伴奏の表現」のいずれとも異なる「新たな表現」といえる。
以上によれば,「視聴者」が聴く対象となる「パフォーマンス」とは,「演奏者により決定された同期という時間的関係で伴奏と演奏者の信号とが重ねられる新たな表現」といえる。
さらに,「演奏者が聴くよう」に「パフォーマンスを再生」できるようにすることによって「待ち時間の問題は無い」のであるから,「完全に同期」とは,「演奏者」が決定した「伴奏との時間的関係」と「完全に同期」している,すなわち「操作者により決定された時間的関係」を「保って」いると解される。
上記によれば,前記(ア-1)c.の検討の結果もふまえると,引用発明1の「パフォーマンス」は,本件発明1の「前記操作者により決定された関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」に含まれる。

合議体は,平成29年11月22日付けの審理事項通知書の「第4」「3」「イ」「イ-2」において,甲第2号証の【0127】の記載と【0130】の関係について説明を要請し,請求人が,甲第2号証の【0130】は,複数の演奏者がいる場合の構成であって,1人の演奏者が伴奏と同期して演奏する場合である【0127】とは関係が無い(平成30年1月15日付けの口頭審理陳述要領書13頁)と主張した。
これに対し,合議体は,平成30年1月19日付けの審理事項通知書の「第5」「3」「キ」において,請求人の,甲第2号証の【0127】の記載と【0130】は関係無い,との主張に対する被請求人の意見を聞いたところ,【0130】の記載と【0127】の記載とは密接な関係がある(平成30年1月25日の口頭審理陳述要領書(2)18-20頁)と主張した。
そこで,甲第2号証の【0127】の記載と【0130】について検討すると,甲第2号証の【0127】は,甲第1号証の58頁15行?59頁15行に記載されるAn international endeavorの項目に関する記載である一方,【0130】は,甲第1号証の59頁17行?60頁7行に記載されるMulti-performer jam sessionsの項目に関する記載である。
そして,前記イ.(ア-11)に記載したように,甲第1号証の58頁15行?59頁15行に記載されるAn international endeavorには,「サーバ」自身が,受け取った「演奏者の信号」を「適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせ」ることにより,「完全に同期して」いて「待ち時間の問題はない」ことが記載されている一方,59頁17行?60頁7行に記載されるMulti-performer jam sessionsには,中央サーバが各参加者が,同時に信号を受け取ることができるように時間合わせをした伴奏を,すべての参加者に送ることができ,各演奏者は,この伴奏と合うように自分のパフォーマンスを調整し,また他の演奏者からのわずかな遅延を予想し,このわずかな遅延を無視しかつそれに適応することを学習することで,雪玉効果を無くす,また一般の待ち時間の問題を完全になくさないまでも緩和することができることが記載されている。
つまり,甲第2号証の【0127】には,「完全に同期して」いて「待ち時間の問題はない」ための方法が記載されている一方,【0130】は,「待ち時間の問題を完全になくさないまでも緩和する」ための方法が記載されているのであるから,【0127】と【0130】には,別の方法が記載されていると認められる。

また,被請求人は,甲第1号証には,HumServer^(TM)が「完全に同期された伴奏及び演奏を,聴衆が受信するように構成」する旨の技術的開示がない(答弁書19頁)と主張しているが,上記に述べたように,甲第1号証には,その詳細は記載されていないものの,「サーバ」自身が,受け取った「演奏者の信号」を「適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせ」る処理をすることが記載されている。
一方,本件発明1では,「更なる表現」を「少なくとも単独の受信者が受信する」ための「遠隔サーバー」の処理の具体的な内容に関する技術的事項については,特段特定されていない。
したがって,甲第1号証のHumServer^(TM)が,「適切に時間を合わせた伴奏に組み合わせ」るための処理の詳細が記載されていないからといって,引用発明1のサーバの処理が,本件発明1の遠隔サーバーの処理と異なるとはいえないから,被請求人の主張は採用できない。

k. 上記j.によれば,引用発明1の「前記パフォーマンス」は,本件発明1の「前記更なる表現」に含まれ,また,技術常識に照らして,引用発明1の「同報通信」が,本件発明1の「送信」に含まれることは明らかである。
そうすると,引用発明1の「このサーバが,パフォーマンスを聴衆が受信するように,前記パフォーマンスを同報通信させる」は,本件発明1の「この遠隔サーバーが,前記演奏者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させる」に含まれる。

l. したがって,本件発明1と引用発明1は,

「ハンドヘルド装置であって,
操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイスと,
操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイスと,
トランスミッタと,
前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記ディスプレイを通じて表示させ,
前記出力デバイスを通じて操作者は,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ
操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。」

で一致し,下記の点で相違する。

相違点1-1
一致点の「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」の「ディスプレイ」に関し,本件発明1は,「可視的ラスター・ディスプレイ」であるのに対し,引用発明1は「小型ディスプレイ」である点。

相違点1-2
一致点の「トランスミッタ」に関し,本件発明1は,「無線トランスミッタ」であるのに対し,引用発明1は無線である記載がない点。

相違点1-3
一致点の「前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現を送る」に関し,本件発明1は,「第2のコンテンツの表現」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子」とを送るのに対し,引用発明1は,そのような特定がない点。
これに伴い,一致点の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に関し,本件発明1は,「第2のコンテンツ」に加えて「少なくとも単独の受信者の識別子を入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」るのに対し,引用発明1は,「少なくとも単独の受信者の識別子を前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」ることについて,記載されていない点。

(ア-3)判断
相違点1-1について
甲第9号証の【0002】,甲第10号証の【0006】,甲第11号証の【0017】に記載されるように,ディスプレイとして,可視的ラスター・ディスプレイとして知られるLCDディスプレイは,周知のディスプレイであるから,引用発明1の「小型ディスプレイ」として,「可視的ラスター・ディスプレイ」を用いることは,当業者が容易に想到しうることである。

相違点1-2について
甲第18号証の【0010】-【0012】に記載されるように,電子楽器とサーバとを無線を用いて接続することは周知技術(以下,「周知技術1」という。)であるから,引用発明1に周知技術1を適用して,HumBand^(TM)楽器とサーバとを無線で接続することは,当業者が容易に想到しうることである。
その場合,「トランスミッタ」として,「無線トランスミッタ」を用いることは,当然の設計変更にすぎない。

相違点1-3について
a. 「少なくとも単独の受信者の識別子」の意義
(a)本件特許の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「ハンドヘルド装置」が,同装置に備わる「入力デバイス」を通じて,「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」と共に,「操作者から受け取」るものであり,同装置に備わる「無線トランスミッタを通じて,」同装置「から空間的に離間した遠隔サーバー」に送られ,「この遠隔サーバーが」,「操作者により決定された関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」を,当該「少なくとも単独の受信者」「が受信するように」「送信」するものであることを理解できる。

(b)次に,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」は,モバイル装置を用いる音楽又は動画のようなコンテンツの形成及び分配を目的とするものであり(【0005】),本件発明1の構成を採用することにより,ハンドヘルド装置の操作者において,同装置を用いて,遠隔サーバーに対し,同人により制御された時間的関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツの表現を与え,前記遠隔サーバーにより,前記時間的関係に従って配置された第1のコンテンツと第2のコンテンツとを表すメッセージを形成し,このメッセージを,前記操作者が指定した少なくとも1つの受信者に対して分配することができるという効果を奏するものである旨(【0032】?【0036】,【0041】,【0043】,【0044】)が記載されており,この点に本件発明1の技術的意義があると認められる。

(c)以上の本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり,ハンドヘルド装置の操作者が,同装置に前記識別子を入力することで,当該識別子により識別される特定の者を,前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものであり,これにより,受信者は,特段の操作を要することなく,上記表現を受信することができるものと解される。
また,本件明細書の「本発明の実施形態」には,操作者が少なくとも1つの受信者を識別する方法として,「1つの電話番号を特定する」方法,「遠隔サーバーに記憶された電話番号又はeメール・アドレスのリストから1つの受信者を選択する」方法があり,当該遠隔サーバーにおいて,上記方法によって指定された受信先に対し,適宜な送達方法により上記更なる表現を送信することが記載されており(【0043】,【0044】),このことも,上記解釈を裏付けるものといえる。

b. 甲第1号証の開示事項
前記イ.(ア-11)のとおり,甲第1号証には,演奏者と視聴者(聴衆)はそれぞれ,インターネット対応のHumBand^(TM)を介して,演奏グループに参加することができ,演奏者はすべて,情報を自分のHumBand^(TM)を介して送信し,視聴者はすべて,そのような演奏を,自分のHumBands^(TM)を介して聴くことが記載されている。
そして,前記イ.(ア-10)のとおり,甲第1号証には,「このサービス(ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏)を使用するために,人は,HumJam.comウェブ・サイトに,名前とパスワードを用いてログインした後,オンライン・グループのメンバになる。」と記載されていることから,引用発明1のHumBand^(TM)楽器において,「パフォーマンス」の「聴衆」となるには,HumJam.comウェブ・サイトに,名前とパスワードを用いてログインし,所定のランクのオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。一方,甲第1号証には,かかる方法のほかに,HumBand^(TM)楽器において,「パフォーマンス」の「聴衆」となる方法は記載されておらず,その示唆もない。
そうすると,仮に,被告の主張するとおり,甲第1号証において,「演奏者」が「演奏グループ」(オンライン・グループ)の「ランク」を「HumBand^(TM)楽器」に入力して,自己の参加する「ランク」を選択できることが開示されているとしても,甲第1号証の記載からは,かかる選択によって,当該「ランク」に格付けされた者が当然に「パフォーマンス」の「聴衆」と指定されるものではなく,「聴衆」となるには,上記のような方法で所定のランク
のオンライン・グループのメンバになる必要があることを理解できる。

c. 相違点の容易想到性
前記a.のとおり,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」とは,「遠隔サーバー」が送信する「操作者により決定された…更なる表現」を受信する者を識別するための情報であり,ハンドヘルド装置の操作者が,同装置に前記識別子を入力することで,当該識別子により識別される特定の者を,前記更なる表現を受信する者として指定できる機能を有するものと解される。
一方,前記b.のとおり,甲第1号証に記載された「ランク」は,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子」により実現している機能を果たすものではないから,これに相当するものとはいえない。
そして,演奏者から受け取った信号と伴奏とを組み合わせたパフォーマンスを,サーバにアクセスしている聴衆に同報通信する構成により,「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」を実現した引用発明1において,「少なくとも単独の受信者の識別子」を,演奏者に入力させる構成を採用する動機付けとなる記載は,甲第1号証には見当たらず,また,かかる構成を採用することが,「ウェブ/チャット型サービスによるグループ対話式音楽演奏」における周知技術であるとも認められない。
したがって,相違点1-3に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到できたものであるとは認められない。

したがって,本件発明1は,引用発明1および周知技術1より容易に発明をすることができたものではない。

(イ)本件発明1と引用発明2の対比と判断
(イ-1)対比
a. 前記(ア-2)a.の記載と同様に,引用発明2の「ソフトウェア」は,本件発明1の「プログラム」に相当し,引用発明2の「電子回路」は,「処理回路」に含まれる。

b. 前記(ア-2)b.の記載と同様に,引用発明2の「HumBand^(TM)」は,本件発明1の「ハンドヘルド装置」に含まれる。

c. 前記(ア-2)c.の記載と同様に,引用発明2の「演奏者」は,本件発明1の「操作者」に相当する。

d. 前記(ア-2)d.の記載と同様に,引用発明2の「ハムホーンを操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報」を表示させる「小型ディスプレイ」および「1つまたは複数のスピーカ」と,本件発明1の「操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイス」とは,「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」である点で共通する。

e. 前記(ア-2)e.の記載と同様に,引用発明2の「演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部」と「マイクロフォン」は,「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイス」であるといえる。

f. 前記(ア-2)f.の記載と同様に,引用発明2の「インタフェース」と,本件発明1の「無線トランスミッタ」とは「トランスミッタ」で共通する。

g. 「伴奏を電子メールで受け取って,トラックを追加する」とは,伴奏を提示し,伴奏にあわせて演奏を行い,トラックを追加することであること,「伴奏」の「提示」がスピーカを通じて演奏者に対して行われることは明らかであり,スピーカは「出力デバイス」に含まれる。
また,「電子メール」は,メールサーバから受け取り,メールサーバに対して送信することが技術常識であり,さらに,「メールサーバ」は,演奏者から空間的に離間していることは明らかであるから,「遠隔サーバー」であるといえる。
ここで,引用発明2の「伴奏」は,「メールサーバ」から提供されるものであるから,本件発明1の「第1のコンテンツ」に含まれる。
したがって,引用発明2は,「前記スピーカを通じて操作者へ,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる伴奏を提示させ」ているといえるから,本件発明1の「前記出力デバイスを通じて操作者は,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ」に含まれる。

h. また,引用発明2の「追加されたトラック」が,伴奏に対して,演奏者により決定された時間的関係を有することは自明である。
さらに,前記イ.(イ)(イ-1)に記載したように,「演奏」は「マイクロフォンを通じて演奏者から受け取」るのであって,「マイクロフォン」は,本件発明1の「入力デバイス」に含まれるから,演奏は,入力デバイスを通じて演奏者から受け取るといえる。
つまり,引用発明2の「追加されたトラック」は,伴奏,すなわち第1のコンテンツの提示に時間的に重なるものであって,入力デバイスを通じて演奏者,すなわち操作者から受け取らせるものであるから,本件発明1の「第2のコンテンツ」に含まれる。
また,電子メールで他の人に送信するにあたり,他の人のメールアドレスが必要であることは技術常識であって,該「他の人のメールアドレス」は受信者を示すから「受信者の識別子」に含まれる。
ここで,「他の人のメールアドレス」が入力デバイスから入力されることは明らかである。
したがって,引用発明2は,「演奏者により決定された関係に従って伴奏の提示に時間的に重なる追加されたトラックと,他の人のメールアドレスとを前記入力デバイスを通じて演奏者から受け取らせ」ているといえるから,本件発明1の「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に含まれる。

i. 引用発明2の「トラックが追加された伴奏」は,「伴奏」と「追加された」「トラック」が一体となったものであり,甲第1号証の「and send it on, a sort of “serial jamming.”」の記載からみて,「追加された」「トラック」は,伴奏に対して,演奏者により決定された時間的関係を有するものと解される。
そうすると,引用発明2の「トラックが追加された伴奏」は,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンスを表す表現」といえるから,引用発明2の「トラックが追加された伴奏」と,本件特許発明1の「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンスを表す更なる表現」とは,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンスを表す表現」である点で一致する。

j. 一方,引用発明2は,「トラックが追加された伴奏」を電子メールでメールサーバに送信するから,「メールサーバ」に対して「トラックが追加された伴奏」と「他の人のメールアドレス」とを送っているといえ,送信がインターフェースを通じて,すなわち「トランスミッタを通じて」行われることは明らかである。
ここで,メールサーバは,受信したデータをそのまま送信するから,HumBand^(TM)がメールサーバに「トラックが追加された伴奏」を送ることは,HumBand^(TM)が,メールサーバが「トラックが追加された伴奏」を受信者が受信するように,「トラックが追加された伴奏」を送信させるようにしむけているといえる。
したがって,引用発明2は,「前記インタフェースを通じて,前記HumBand^(TM)からメールサーバに対してトラックが追加された伴奏と受信者のメールアドレスを送ると共に,このメールサーバが,トラックが追加された伴奏を前記受信者が受信するように,前記トラックが追加された伴奏を送信させ」ているといえる。

k. したがって,本件発明1と引用発明2は,
「ハンドヘルド装置であって,
操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイスと,
操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイスと,
トランスミッタと,
前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記ディスプレイを通じて表示させ,
前記出力デバイスを通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ,
操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記表現を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。」
で一致し,下記の点で相違する。

相違点2-1
一致点の「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」の「ディスプレイ」に関し,本件発明1は,「可視的ラスター・ディスプレイ」であるのに対し,引用発明2は「小型ディスプレイ」である点。

相違点2-2
一致点の「トランスミッタ」に関し,本件発明1は,「無線トランスミッタ」であるのに対し,引用発明2は無線である記載がない点。

相違点2-3
一致点の「遠隔サーバー」に送信させる「表現」に関し,本件発明1は,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」であるのに対し,引用発明2は,「トラックが追加された伴奏」である点。

(イ-2)判断
相違点2-1について
前記(ア-3)の「相違点1-1について」に記載したのと同様の理由により,当業者が容易に想到しうることである。

相違点2-2について
前記(ア-3)の「相違点1-2について」に記載したのと同様の理由により,当業者が容易に想到しうることである。

相違点2-3について
前記(ア-1)c.に記載したように,特許発明1の「更なる表現」とは「新たな表現」であると解される。
特許発明1の「遠隔サーバー」は,ハンドヘルド装置が遠隔サーバーに対して送信した「第2のコンテンツの表現」を受信し,「遠隔サーバー」において「異なるコンテンツを形成・合成」するという「組み合わせる作業」を行うことにより「新たな表現」を送信すると解される。
一方,メールサーバは,受信したメールの内容をそのまま転送するのであって,「異なるコンテンツを形成・合成」するという「組み合わせる作業」は行わないのが技術常識であることを考慮すれば,引用発明2のメールサーバは,受信したメールの内容をそのまま送信し,「異なるコンテンツを形成・合成」するという「組み合わせる作業」は行わない。
つまり,引用発明2の「メールサーバ」は「新たな表現」,すなわち「更なる表現」を送信することはできない。

したがって,本件発明1は,引用発明2より容易に発明をすることができたとはいえない。

(ウ)本件発明1と引用発明3の対比と判断
(ウ-1)対比
a. 前記(ア-2)a.の記載と同様に,引用発明3の「ソフトウェア」は,本件発明1の「プログラム」に相当し,引用発明3の「電子回路」は,「処理回路」に含まれる。

b. 前記(ア-2)b.の記載と同様に,引用発明3の「HumBand^(TM)」は,本件発明1の「ハンドヘルド装置」に含まれる。

c. 前記(ア-2)c.の記載と同様に,引用発明3の「演奏者」は,本件発明1の「操作者」に相当する。

d. 前記(ア-2)d.の記載と同様に,引用発明3の「ハムホーンを操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報」を表示させる「小型ディスプレイ」および「1つまたは複数のスピーカ」と,本件発明1の「操作者へ出力を提示する可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイス」とは,「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」である点で共通する。

e. 前記(ア-2)e.の記載と同様に,引用発明3の「演奏者から入力を受ける押しボタン1bや選択スイッチ1aの指操作式制御部」と「マイクロフォン」は,「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイス」であるといえる。

f. 前記(ア-2)f.の記載と同様に,引用発明3の「インタフェース」と,本件発明1の「無線トランスミッタ」とは「トランスミッタ」で共通する。

g. 引用発明3の「電子メールで送る」とは,受信者のメールアドレスを含む「電子メール」を「メールサーバ」に送り,該メールサーバが,該「電子メール」を受信者のメールアドレスに対して送信するようにしむけること,であることは技術常識であるから,引用発明3の「歌を電子メールで友人に送る」とは,「メールサーバに対して友人のメールアドレスと歌を送ると共に,このメールサーバが,歌を友人が受信するように,歌を送信させる」ようにしむけているといえる。
また,「メールサーバ」は,演奏者から空間的に離間していることは明らかであるから「遠隔サーバー」であるといえ,「友人のメールアドレス」は受信者を示すから「受信者の識別子」に含まれる。

h. 引用発明3は「自分のHumBand^(TM)に歌を記録」しているから,「自分のHumBand^(TM)」がマイクロフォンから歌を受け取っていることは技術常識に照らして明らかであり,「友人のメールアドレス」についても,入力デバイスから受け取ることは明らかである。
また,「歌」はメールサーバに対して送信されるから,引用発明3の「歌」と,本件発明1の「第2のコンテンツ」は,「入力コンテンツ」である点で共通する。

i. したがって,本件発明1と引用発明3は,
「ハンドヘルド装置であって,
操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイスと,
操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む入力デバイスと,
トランスミッタと,
前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記トランスミッタの動作を制御する処理回路と,
前記処理回路で実行可能なプログラムとを備え,そのプログラムは,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記ディスプレイを通じて表示させ,
入力コンテンツと,受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記トランスミッタを通じて,前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して入力コンテンツの表現と受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,所定の情報を前記受信者が受信するように,前記所定の情報を送信させるように構成されているハンドヘルド装置。」
で一致し,下記の点で相違する。

相違点3-1
一致点の「操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力デバイス」の「ディスプレイ」に関し,本件発明1は,「可視的ラスター・ディスプレイ」であるのに対し,引用発明3は「小型ディスプレイ」である点。

相違点3-2
一致点の「トランスミッタ」に関し,本件発明1は,「無線トランスミッタ」であるのに対し,引用発明3は無線である記載がない点。

相違点3-3
本件発明1は,「前記出力デバイスを通じて操作者へ(a)ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔サーバー又は(b)取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ」るのに対し,引用発明3は,サーバ又は取り外し可能なメモリ・デバイスから与えられるコンテンツがなく,よって提示もされない点。
それに伴い,一致点の「入力コンテンツ」に関し,本件発明1は,「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」であるのに対し,引用発明3は,「歌」が「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる」かどうか記載がない点。

相違点3-4
一致点の「遠隔サーバー」に送信させる対象とする「所定の情報」に関し,本件発明1は,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」であるのに対し,引用発明3は,「歌」である点。

(ウ-2)判断
相違点3-1について
前記(ア-3)の「相違点1-1について」に記載したのと同様の理由により,当業者が容易に想到しうることである。

相違点3-2について
前記(ア-3)の「相違点1-2について」に記載したのと同様の理由により,当業者が容易に想到しうることである。

相違点3-3について
引用発明3は,「自分のHumBand^(TM)」に「歌を記録」し,「歌」を電子メールで友人に送るものであるが,伴奏に合わせて歌うことは周知慣用の事項であって,前記「イ.甲第1号証」(ア-12)に記載されるように,HumBand^(TM)は伴奏を電子メールで受け取ることが可能であるから,電子メールで受け取った伴奏に合わせて「歌を記録」するようにすることは,当業者が容易に想到しうることである。
ここで,「伴奏に合わせて歌う」とは,「伴奏」と「歌」のタイミングを演奏者が決定して歌うことであるから,電子メールで受け取った「伴奏」に対する「歌」のタイミングは,演奏者が決定すること,すなわち,「歌」が「伴奏」に対して「時間的に重なる」こと,といえる。
したがって,引用発明3のHumBand^(TM)において,演奏者から受け取る「歌」を,「演奏者により決定された関係に従って,伴奏と時間的に重なる歌」とすること,つまり,「操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツ」を演奏者から受け取ることは,当業者が容易に想到しうることである。

相違点3-4について
引用発明3は,自分のHumBand^(TM)に歌を記録し,それを電子メールによって友人に送るのであって,その結果,友人は,友人自身のHumBand^(TM)でその歌を再生することができるものである。
そうすると,引用発明3において,演奏者が友人に送る電子メールは,「歌」であり,友人が受信して再生するのも該「歌」であること,つまり,メールサーバが演奏者から受信する電子メールは「歌」であり,メールサーバが友人に対して送信する電子メールも「歌」であること,は明らかである。
メールサーバは,受信したメールの内容をそのまま転送するのが技術常識であるから,HumBand^(TM)がメールサーバに「歌」を送ることは,HumBand^(TM)が,メールサーバが「歌」を受信者が受信するように,「歌」を送信させるようにしむけているといえる。
つまり,引用発明3の「自分のHumBand^(TM)」は,メールサーバに対して,「歌」を送信し ,メールサーバに対して,「歌」を送信させるようにしむけているだけであって,「演奏者により決定された時間的関係を保って配置された伴奏及び歌を表す更なる表現」で送信させるようにしむけてはいない。

なお,前記「相違点2-3について」で記載した「伴奏」を電子メールで受け取った場合について,電子メールでメールサーバに送信するのは「歌」の他に,「歌が追加された伴奏」とする可能性もあると考えられる。
しかし,「歌が追加された伴奏」を電子メールで送信する場合は,引用発明2における「追加されたトラック」が「歌」である場合であるから,前記(イ)で検討したとおりである。

したがって,当業者といえども容易に想到しうることではない。

(エ)小括
したがって,本件発明1は,引用発明1,2及び3のいずれからも容易に発明をすることができたものではない。
したがって,本件発明1は,甲第1号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(3)本件発明2ないし7について
本件発明2ないし7は,前記「第2」のとおり本件発明1の従属発明であり,本件発明1をさらに限定したものである。
したがって,本件発明2ないし7と引用発明1とは,少なくとも前記(2)ウ.(ア-2)の相違点1-1ないし1-3の点で相違するから,前記(2)ウ.(ア-3)の「相違点1-3について」と同様の理由により,本件発明2ないし7は,引用発明1から容易に発明をすることができたものではない。
さらに,本件発明2ないし7と引用発明2とは,少なくとも前記(2)ウ.(イ-1)の相違点2-1ないし2-3の点で相違するから,前記(2)ウ.(イ-2)の「相違点2-3について」と同様の理由により,本件発明2ないし7は,引用発明2から容易に発明をすることができたものではない。
加えて,本件発明2ないし7と引用発明3とは,少なくとも前記(2)ウ.(ウ-1)の相違点3-1ないし3-4の点で相違するから,前記(2)ウ.(ウ-2)の「相違点3-4について」と同様の理由により,本件発明2ないし7は,引用発明3から容易に発明をすることができたものではない。
以上によれば,本件発明2ないし7は,甲第1号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(4)小括(無効理由4について)
本件発明1-7は,甲第1号証に記載された発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではなく,その特許は,同法第123条第1項第2号に該当しない。
したがって,無効理由4は理由がない。

3-5.無効理由5(進歩性)について
(1)本件発明1について
ア.本件発明1
本件発明1については,前記「第2 本件発明」において記載したとおりである。

イ.甲第3号証
(ア)甲第3号証には,次の記載(下線は当審が付与。)がある。
(ア-1)「【0001】
【産業上の利用分野】本発明はセンターに蓄積された演奏シーケンスデータを通信回線を介して複数の端末機側に送出し,複数の端末機側で画像データ及び演奏シーケンスデータとを生成してカラオケ演奏及び歌詞表示を行うと共に,複数の端末機同士の間で画像と音声とを相互に送受しつつカラオケを実行することが可能なカラオケシステムに関する。」

(ア-2)「【0006】なお,最近では通信カラオケと称して通信回線を利用してホストコンピュータ(センター)からカラオケ装置(端末機)にデータを転送して演奏を行うカラオケシステムも存在する。この種の通信カラオケにおいては,数百枚のCDを用意する必要はなくなる。従って,端末機がコンパクトになる等の利点を有している。」

(ア-3)「【0020】この図2において,使用者の近傍に配置されてカラオケを実行する端末機100が後述する通信回線301aを介して交換局300と繋がっている。また,同様にしてカラオケを実行する端末機200が通信回線301bを介して交換局300と繋がっている。ここで,端末機100及び端末機200は通信型のカラオケ端末機であり,通常の通信カラオケのみならず,後述するように複数の端末機同士でも同時にカラオケを実行可能なものである。尚,実際には,更に多数の端末機が通信回線を介して交換局300と繋がっているが,ここでは端末機100と端末機200のみについて説明を行なう。
【0021】交換局300は通信回線301を介してセンターや端末機を相互に接続する交換処理(回線交換)を実行するものである。本実施例における交換局300は,3箇所(若しくはそれ以上)で同時にデータの交換が可能に構成されたものであることが要求される。尚,この交換局300は,端末機相互間や端末機?センター間で発呼から切断まで個々の呼(Call)により占有される通信回線を設定するものである。尚,この交換局300における交換モードとしては,回線交換若しくはパケット交換のいずれの交換モードであっても構わない。」

(ア-4)「【0023】センター400は複数のカラオケ用の曲のデータをデータファイルとして格納しており,端末機からの要求にしたがってデータファイルを送出するように構成されている。このセンター400は通信回線301cを介して交換局300と繋がっている。
【0024】尚,以下の実施例では,この交換局300及び通信回線301a,301b,301cがディジタル通信回線網であるものとして説明を行なうが,可能であればアナログの通信回線網であっても構わない。また,通信回線301a,301b,301cは有線回線の場合を例にして説明を行なうが,可能であれば無線や光通信等であっても構わないものとする。
【0025】次に,端末機100の内部構成について図1を参照して詳細に説明する。尚,端末機200や図示されていない他の端末機についても同様な構成であるものとする。
【0026】図1において,回線制御部101は通信回線301aに対して回線制御を行うと共にデータの変復調を行なうもので,モデム部やNCU部を有している。制御部102は端末機100全体を統括的に制御する制御手段であり,後述する操作部102からの指示やセンター400からのタイミングデータ等により各種制御を実行する。
【0027】操作部103はカラオケ実行のための各種操作(選曲,他の端末機の呼び出し等)を行なうための指示入力部や簡単なディスプレイ部を備えた入力手段であり,操作された結果を制御部102に伝達する。復号化部104はセンター400から送られて来るデータを復号化処理して演奏シーケンスデータと文字データとタイミングデータとを分離し,タイミングデータについては制御部102に供給し,演奏シーケンスデータMIDI演奏部105に供給し,文字データについてはキャラクタ発生部109に供給するものである。
【0028】MIDI演奏部105は演奏シーケンスデータ(MIDIデータ)を受けて演奏を実行するシーケンサであり,演奏音声信号を発生する。音声コーデック106は他の端末機200からの音声データを復号化処理してアナログ音声信号に変換すると共に,マイク107から入力されたカラオケ音声を符号化して他の端末機200に伝送するものである。尚,この音声コーデック106は,ハウリング防止のためにハイブリッド回路等を有することが望ましい。アンプ108はMIDI演奏部105からの演奏音声信号と音声コーデック106で復号化処理された他の端末機200からのカラオケ音声とマイク107からの使用者のカラオケ音声とを増幅する増幅手段であり,増幅された信号をスピーカ109に供給する。」

(ア-5)「【0034】まず,端末機100の操作部103において使用者からのリクエストを受け付ける。このリクエストとして,曲番号の他に,他の端末機200と同時カラオケを実行する場合には他の端末機200の電話番号等を受け付ける。
【0035】このリクエストを制御部102が処理し,回線制御部101に通知する。尚,回線制御部101は,約1曲分の容量の受信バッファ,回線制御用の制御プロセッサ(回線CPUと言う),CRC(巡回冗長検査)のチェックを行うCRC判別部,変復調や回線接続/切断を行うモデム(NCU)を有しているとする。従って制御部102からのリクエストの通知は回線制御部101内の回線CPUが受け付けてモデム部,NCU部に通知する。
【0036】そして,使用者からの同時カラオケのリクエストは回線制御部101のモデムから送出要求として通信回線301aを介してセンター400に伝送される。また,同時に回線制御部101は交換局300を介して他の端末機200を呼び出す(図4,図5S1)。
【0037】例えば,回線制御部101が交換局300に対して他の端末機200の呼び出し番号(電話番号,ダイヤルイン番号,サブアドレス番号等)を通知し,これを受けた交換局300が他の端末機200を呼び出すようにする。」

(ア-6)「【0039】センター400側の回線制御部は送出要求を受け,回線制御部内の回線CPUがこれを処理し,この送出要求を制御部に伝達する。従って,センター400は送出要求(使用者のリクエスト)に応じた曲データ(演奏シーケンスデータ+文字データ)をデータ蓄積部から読み出す。そして,読み出された曲データにタイミングデータを付加して符号化処理して通信回線301cを介して端末機100と端末機200とに送出する。尚,この符号化処理によりデータ容量も圧縮され,数百キロバイト程度であった演奏シーケンスデータ及び文字データが百キロバイト程度に圧縮した状態で端末機100,200に送出される(図4,図5S2)。
【0040】ここで,端末機100の回線制御部101は通信回線301aを介してセンター400からのデータを受信し,回線制御部101内のバッファ(以下,受信バッファとも言う)に蓄える(図5S3)。この受信バッファは,約1曲分若しくはそれ以上のデータ容量を有しているものとする。このような容量の受信バッファとし,必要に応じて演奏中にも読み出しが可能なように(受信中にも演奏開始が可能なように)構成されている。
【0041】また,端末機200についても同様にして通信回線301bを介してセンター400からのデータを受信し,回線制御部101内のバッファ(以下,受信バッファとも言う)に蓄える(図5S3′)。
【0042】この回線制御部101の受信バッファ内のデータは復号化部104に供給され,復号化処理して演奏シーケンスデータと文字データとタイミングデータとを分離する。そして,タイミングデータについては制御部102に供給し,演奏シーケンスデータMIDI演奏部105に供給し,文字データについてはキャラクタ発生部109に供給する。ここで制御部102はタイミングデータを解読して指示されたタイミングでMIDI演奏部105とキャラクタ発生部109に指示を与え,カラオケ演奏を実行させる。従って,センター400から指示されたタイミングでカラオケ演奏が開始する(図5S4)。」

(ア-7)「【0044】このとき,端末機100のマイク107から入力された音声(端末機100の使用者の歌声)はアンプ108で増幅され通常のカラオケと同様にスピーカ109から再生されると共に,音声コーデック106で符号化処理されて通信回線301aを介して他の端末機200に伝達される(図5S5)。同様にして,他の端末機200のマイクから入力された音声(端末機200の使用者の歌声)は通信回線301bを介して端末機100側に伝達され(図5S5′),音声コーデック106で復号化処理されてアンプ108で増幅されスピーカ109から再生される。従って,端末機100のスピーカ109からは,カラオケの伴奏としてのMIDI演奏,使用者の歌声,そして他の端末機200で歌われた歌声が同時に出力されている。」

【図1】


【図4】


【図5】


(イ)引用発明4
(イ-1) 前記(ア-4)及び図1によれば,端末機100は,カラオケ実行のための各種操作を行うための指示入力部や簡単なディスプレイ部を備えた入力手段である操作部103と,スピーカ109と,マイク107とを備えており,「指示入力部」は,「カラオケ実行のための各種操作を行うため」のものであるから,使用者から入力を受ける指示入力部であるといえる。

(イ-2) 前記(ア-4)によれば,端末機100が繋がっている通信回線301aは,無線であってもよいから,無線である通信回線301aといえる。

(イ-3) 前記(ア-4)によれば,端末機100の制御部102は,「端末機100全体を統括的に制御」するから,端末機100全体を統括的に制御する制御部102といえる。

(イ-4) 前記(ア-4)によれば,「簡単なディスプレイ部」は,「カラオケ実行のための各種操作を行うため」のものであるから,使用者が操作する際に,使用者を支援するように,その操作に関する情報を簡単なディスプレイ部に表示し」ているといえる。

(イ-5) 前記(ア-5)(ア-6)及び図4によれば,センター400から交換局300を介して受信する演奏シーケンスデータに基づいてカラオケ演奏を実行し,演奏シーケンスデータより得られた演奏音声信号をスピーカ109から使用者へ出力するから,「前記スピーカ109を通じて,使用者へセンター400から交換局300を介して与えられる演奏シーケンスデータに基づいてカラオケ演奏し」ているといえる。

(イ-6) 前記(ア-5)によれば,使用者からのリクエストは,指示入力部や簡単なディスプレイ部を備える操作部103により行われるから,「他の端末機200の呼び出し番号」は,指示入力部から入力するといえる。

(イ-7) 前記(ア-7)によれば,カラオケ演奏が開始されて,端末機100のマイク107から使用者の歌声が入力されるものであり,また,カラオケにおいて,カラオケ演奏に合わせて歌声が入力されることが技術常識であることを考慮すると,「カラオケ演奏に合わせた使用者の歌声を端末機100のマイク107から入力し」ているといえる。

(イ-8) 前記(ア-5)(ア-7)及び図4によれば,入力された他の端末機200の呼び出し番号と端末機100のマイク107から入力された使用者の歌声は,回線制御部101を介して交換局300を介して他の端末機200に伝達されるから,「前記回線制御部101を介して,交換局300に対して,使用者の歌声と他の端末機200の呼び出し番号を送ると共に,交換局300が使用者の歌声を他の端末機200が受信するように,使用者の歌声を送信する」ように構成しているといえる。

(イ-9) 上記によれば,
「端末機100であって,
カラオケ実行のための各種操作を行うための簡単なディスプレイ部と,スピーカ109と,
使用者から入力を受ける指示入力部と,マイク107と,
無線である通信回線301aの回線制御部101と,
端末機100全体を統括的に制御する制御部102とを備え,
端末機100を使用者が操作する際に,使用者を支援するように,その操作に関する情報を簡単なディスプレイ部に表示し,
前記スピーカ109を介して,使用者へセンター400から交換局300を介して受信する演奏シーケンスデータに基づいてカラオケ演奏し,
他の端末機200の呼び出し番号を前記指示入力部から入力すると共に,カラオケ演奏に合わせた使用者の歌声を端末機100のマイク107から入力し,
前記回線制御部101を介して,交換局300に対して,使用者の歌声と他の端末機200の呼び出し番号を送ると共に,この交換局300が,使用者の歌声を他の端末機200が受信するように,使用者の歌声を送信するように構成されている端末機100。」
の発明が記載されていると認める。(以下,「引用発明4」という。)

ウ.本件発明1と引用発明4の対比と判断
(ア)対比
a. 引用発明4の「端末機100」と,本件発明1の「ハンドヘルド装置」とは,「端末装置」である点で共通する。

b. 引用発明4の「使用者」は,端末機100に入力する者であるとともに,出力の対象となる者であるから,本件発明1の「操作者」に相当する。

c. 引用発明4の「簡単なディスプレイ部」は,「その操作に関する情報」を表示するディスプレイであるから,引用発明4の「簡単なディスプレイ部と,スピーカ109」と,本件発明1の「可視的ラスター・ディスプレイを含む少なくとも一つの出力デバイス」とは,「ディスプレイを含む出力手段」で共通する。

d. 引用発明4の「指示入力部」と,本件発明1の「操作者から入力を受けるスイッチ配列を含む少なくとも一つの入力デバイス」は「使用者から入力を受ける入力手段」で共通する。

e. 引用発明4の「回線制御部101」は,無線である通信回線301aに対して送受信を行うから,本件発明1の「無線トランスミッタ」に相当する。

f. 引用発明4の「制御部102」は,「端末機100の全体を統括的に制御」するものであるから,「簡単なディスプレイ部」「指示入力部」「マイク107」「回線制御部101」を制御しているといえる。
そうすると,引用発明4の「端末機100の全体を統括的に制御する制御部102」と,本件発明1の「前記少なくとも1つの出力デバイス,前記少なくとも1つの入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する処理回路」とは,「前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する制御手段」で共通する。

g. 本件発明1の「第1のコンテンツ」,「第2のコンテンツ」に関し,明細書【0034】に「システムは,選択されたバックグラウンド・ミュージックの演奏を聴覚出力トランスデューサ23を通じて提示し,操作者から聴覚入力トランスデューサ22を通じて操作者コンテンツを受け取る。ステップ116は操作者がバックグラウンド・ミュージックを聞きながら,例えば歌うことを可能とする。」と記載されているから,
引用発明4の「演奏シーケンスデータ」は,本件発明1の「第1のコンテンツ」に,
引用発明4の「使用者の歌声」は,本件発明1の「第2のコンテンツ」に,
それぞれ相当する。

h. 引用発明4の「交換局300」は,端末機100から空間的に離間して配置されたものであることは明らかであり,かつ,端末機100は,交換局300から演奏シーケンスデータを受信するから,引用発明4の「交換局300」は,本件発明1の「遠隔サーバ」に含まれる。
したがって,引用発明4の「前記スピーカ109を介して,使用者へセンター400から交換局300を介して受信する演奏シーケンスデータに基づいてカラオケ演奏」は,本件発明1の「前記出力デバイスを通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔装置から与えられる第1のコンテンツの表現を提示」に含まれる。

i. 引用発明4の「他の端末機200の呼び出し番号」は,本件発明1の「単独の受信者の識別子」に含まれる。
そうすると,引用発明4の「他の端末機200の呼び出し番号を前記指示入力部から入力する」は,本件発明1の「少なくとも単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ」に含まれる。

j. 引用発明4の「端末機100」が「交換局300」に「送信させる」対象となる「使用者の歌声」と,本件発明1の「ハンドヘルド装置」が「遠隔サーバー」に「送信させる」対象となる「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」とは,「所定のデータ」である点で共通する。
そうすると,引用発明4の「交換局300に対して,使用者の歌声と他の端末機200の呼び出し番号を送ると共に,この交換局300が,使用者の歌声を他の端末機200が受信するように,使用者の歌声を送信するように構成」と,本件発明1の「この遠隔サーバーが,前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現を前記少なくとも単独の受信者が受信するように,前記更なる表現を送信させるように構成」とは,「この遠隔サーバーが,所定のデータを前記単独の受信者が受信するように,前記所定のデータを送信させるように構成」で共通する。

k. したがって,本件発明1と引用発明4とは,

「端末装置であって,
操作者へ出力を提示するディスプレイを含む出力手段と,
操作者から入力を受ける入力手段と,
無線トランスミッタと,
前記出力デバイス,前記入力デバイス及び前記無線トランスミッタの動作を制御する制御手段とを備え,
前記制御手段により,
前記ハンドヘルド装置を操作者が操作する際に,操作者を支援するように,その操作に関する情報を前記ディスプレイを通じて表示させ,
前記出力手段を通じて操作者へ,(a)前記ハンドヘルド装置から空間的に離間した遠隔装置から与えられる第1のコンテンツの表現を提示させ,
操作者により決定された関係に従って第1のコンテンツの提示に時間的に重なる第2のコンテンツと,単独の受信者の識別子とを前記入力デバイスを通じて操作者から受け取らせ,
前記無線トランスミッタを通じて,前記端末装置から空間的に離間した遠隔サーバーに対して第2のコンテンツの表現と単独の受信者の識別子とを送ると共に,この遠隔サーバーが,所定のデータを前記単独の受信者が受信するように,前記所定のデータを送信させるように構成されている端末装置。」

で一致し,下記の点で相違する。

相違点4-1
一致点の「端末装置」に関し,本件発明1は「ハンドヘルド装置」であるのに対し,引用発明4は「端末機100」である点。

相違点4-2
一致点の「操作者から入力を受ける入力手段」に関し,本件発明1は「スイッチ配列」を含むのに対し,引用発明4の「指示入力部」がスイッチ配列を含むか否か特定がない点。

相違点4-3
一致点の「ディスプレイを含む出力手段」に関し,本件発明1は,「可視的ラスター・ディスプレイ」であるのに対し,引用発明4の「簡単なディスプレイ部」は「可視的ラスター」について特定がない点。

相違点4-4
一致点の「制御手段」として,本件発明1は,「処理回路」と,「処理回路で実行可能なプログラム」を備えるのに対し,引用発明4の「制御部102」の具体的な構成については特定されていない点。

相違点4-5
一致点の「遠隔サーバー」に送信させる対象とする「所定のデータ」が,本件発明1では,「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」であるのに対し,引用発明4では,「使用者の歌声」だけで,「演奏シーケンスデータ」は含まれない点。

(イ)判断
相違点4-1について
本件発明1の「ハンドヘルド装置」について,明細書段落【0101】に「図1はハンドヘルドテレホン」と,明細書段落【0011】に「セルラーフォンは,装置10として使用し得る装置の一例」と記載され,更に「ハンドヘルド」とは,乙第9号証によれば,「片手で持てる」「携帯」の意味であるから,本件発明1の「ハンドヘルド装置」には,携帯電話が含まれることは明らかである。
そして,甲第24号証には,「2000年」に「携帯電話を使ったカラオケサービスが登場。」と記載され,
甲第25号証(公開日 平成13年3月30日)には,段落【0030】に「図1に本発明に係る携帯電話の第1実施形態を示す。」,段落【0050】に「上記第1実施形態では,インターネット機能処理の実行中におけるバックライト処理について説明したが,これに限らず,以下のように,カラオケ機能の実行中において,バックライト処理を実施してもよい。」等と記載されているように,本件特許の優先日当時,「カラオケ機能を携帯電話で実施すること。」は周知技術である。
そして,引用発明4の「端末機100」は「無線」で通信接続されているものであること,また,(ア-2)で「端末機がコンパクトになる」ことが利点であることが示唆されていることを考慮すると,引用発明4の「端末機100」に上記周知技術を適用し,引用発明4の「端末機100」を「携帯電話」,すなわち「ハンドヘルド装置」とすることは,当業者が容易に想到し得たものである。

相違点4-2について
各種電子機器の入力手段として,スイッチ配列を設けることは,常套手段であるから,引用発明4の「指示入力部」がスイッチ配列を含むように構成することは,当業者が容易に想到し得たものである。

相違点4-3について
甲第9号証の【0002】,甲第10号証の【0006】,甲第11号証の【0017】に記載されるように,ディスプレイとして,可視的ラスター・ディスプレイとして知られるLCDディスプレイは,周知のディスプレイであるから,引用発明4の「簡単なディスプレイ部」として,「可視的ラスター・ディスプレイ」を用いることは,当業者が容易に想到しうることである。

相違点4-4について
各種制御回路を,処理回路と処理回路で実行可能なプログラムで構成することは,常套手段であるから,引用発明4の「制御部102」が,処理回路と処理回路で実行可能なプログラムを備え,当該プログラムを通じて制御を行うようにすることは,当業者が容易に想到しうることである。

相違点4-5について
前記6.(2)ウ.(ア-1)に記載したように,本件発明1は,「ハンドヘルド装置」が「遠隔サーバー」へ,「第2のコンテンツの表現と少なくとも単独の受信者の識別子」を送ることが,同時に,遠隔サーバーに対しては「前記操作者により決定された前記関係を保って配置された第1のコンテンツ及び第2のコンテンツを表す更なる表現」を「少なくとも単独の受信者」に送信するようにしむけることであり,「サーバに対して送信する情報」と,「サーバが受信者へ送信するようにしむける情報」は異なると解される。
一方,引用発明4の「演奏シーケンスデータ」に関し,前記(ア-6)及び図4,図5によれば,「演奏シーケンスデータ」は,センター400から符号化処理により圧縮されたデータとして,交換局300を介して端末機100と端末機200に送出され,S3’において端末機100のバッファに蓄えられたものを復号化部104で復号化処理してカラオケ演奏している。
他方,「使用者の歌声」に関し,前記(ア-7)及び図4,図5によれば,「使用者の歌声」は,S5’において,交換局300を介して他の端末機200に伝達され,音声コーデック106で復号化処理して,カラオケの伴奏と使用者の歌声が同時に出力されるものである。
そうすると,「演奏シーケンスデータ」と「使用者の歌声」は,それぞれ交換局300から端末機200に送信される点で共通するものの,「演奏シーケンスデータ」は,S3’において端末機200で受信され,復号化部104で復号されるのに対し,「使用者の歌声」は端末機100が受信した「演奏シーケンスデータ」による「カラオケ演奏」に合わせて入力され,S5’において端末機200へ送信され,音声コーデック106で復号されることから,「演奏シーケンスデータ」と「使用者の歌声」とは,相互に独立したデータとして,交換局300が送信するものであることは明らかである。
したがって,引用発明4において,交換局300が送信する「演奏シーケンスデータ」すなわち「第1のコンテンツ」と,「使用者の歌声」すなわち「第2のコンテンツ」は,相互に独立したデータであって,端末機100が交換局300に対して「操作者により決定された重畳についての時間的関係を保った状態」で送信するようにしむけていない。
また,交換局300は,受信したデータをそのまま送信するから,「交換局300に対して送信する情報」と,「交換局300が受信者へ送信するようにしむける情報」とは同じであって,異なっていない。
したがって,当業者といえども容易に想到しうるものではない。

エ.小括
したがって,本件発明1は,引用発明4より容易に発明をすることができたとはいえない。

(2)本件発明2ないし7について
本件発明2ないし7は,前記「第2」に記載されたとおり本件発明1の従属発明であり,本件発明1をさらに限定したものである。
したがって,本件発明2ないし7と引用発明4とは,少なくとも前記(1)ウ.(ア)の相違点4-1ないし4-5の点で相違するから,前記(1)ウ.(イ)の「相違点4-5について」と同様の理由により,本件発明2ないし7は,引用発明4から容易に発明をすることができたものではない。
以上によれば,本件発明2ないし7は,甲第3号証に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものではない。

(3)小括(無効理由5について)
本件発明1-7は,引用発明4により容易に発明をすることができたものではないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものとはいえず,その特許は同法第123条第1項第2号には該当しない。
したがって,無効理由5を理由として,本件発明1-7を無効とすることはできない。

第6 まとめ
無効理由1について
本件発明1-7についての特許は,特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしており,同法第123条第1項第4号には該当しないから,無効理由1は,理由がない。

無効理由2について
本件発明1-7についての特許は,特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしている補正をした特許出願についてされたから,同法第123条第1項第1号には該当しないから,無効理由2は,理由がない。

無効理由3について
本件発明4-7についての特許は,特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしており,同法第123条第1項第4号には該当しないから,無効理由3は,理由がない。

無効理由4について
本件発明1-7は,甲第1号証に記載された発明および周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではなく,その特許は,同法第123条第1項第2号に該当しないから,無効理由4は理由がない。

無効理由5について
本件発明1-7は,引用発明4により容易に発明をすることができたものではないから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではなく,その特許は同法第123条第1項第2号には該当しないから,無効理由5は理由がない。

審判に関する費用については,特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により,請求人が負担すべきものとする。
よって,結論のとおり審決する。
 
別掲
 
審理終結日 2020-12-24 
結審通知日 2021-01-05 
審決日 2021-01-21 
出願番号 特願2008-266432(P2008-266432)
審決分類 P 1 113・ 121- Y (H04M)
P 1 113・ 55- Y (H04M)
P 1 113・ 537- Y (H04M)
P 1 113・ 02- Y (H04M)
P 1 113・ 06- Y (H04M)
最終処分 不成立  
前審関与審査官 宮崎 賢司  
特許庁審判長 佐藤 智康
特許庁審判官 丸山 高政
谷岡 佳彦
登録日 2012-07-06 
登録番号 特許第5033756号(P5033756)
発明の名称 実時間対話型コンテンツを無線交信ネットワーク及びインターネット上に形成及び分配する方法及び装置  
代理人 小林 英了  
代理人 木村 広行  
代理人 大野 聖二  
代理人 野村 吉太郎  
代理人 祝谷 和宏  

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