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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 取り消して特許、登録 F02B
管理番号 1375618
審判番号 不服2021-852  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-08-27 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2021-01-21 
確定日 2021-07-20 
事件の表示 特願2017-25117「内燃機関」拒絶査定不服審判事件〔平成30年8月23日出願公開、特開2018-131942、請求項の数(3)〕について、次のとおり審決する。 
結論 原査定を取り消す。 本願の発明は、特許すべきものとする。 
理由 第1.手続の経緯
この出願(以下、「本願」という。)は、平成29年2月14日の出願であって、令和2年3月19日付け(発送日:同年3月24日)で拒絶の理由が通知され、令和2年5月20日に意見書の提出及び手続補正がされ、令和2年10月27日付け(発送日:同年11月4日)で拒絶査定(以下、「原査定」という。)がされ、これに対し、令和3年1月21日に拒絶査定不服審判が請求され、同時に手続補正がされたものである。


第2.本願発明
本願の請求項1ないし3に係る発明は、令和3年1月21日に補正された特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、請求項1ないし3に係る発明(以下、「本願発明1ないし3という。」)は、次のとおりである。

【請求項1】
ピストン頂面に頂面側に開口する燃焼室が設けられたピストンと、
前記燃焼室に燃料を噴射するインジェクタとを備え、
前記ピストンは、前記燃焼室の中央部に設けられた突起部と、前記燃焼室の開口縁を構成するリップ部と、前記突起部の周囲を取り囲むように設けられるとともに前記インジェクタから前記リップ部に向けて噴射された燃料噴霧を前記突起部に向かって案内する湾曲部とを含み、
前記突起部の前記湾曲部との接続部には、前記インジェクタから噴射されて前記湾曲部に沿って前記突起部へ向かって流れる燃料噴霧を前記突起部の壁面から剥離させて前記突起部と燃料噴霧との間に空気層を形成するための剥離用段部が設けられており、
前記剥離用段部は、底面と側面とからなり、
前記剥離用段部の前記湾曲部側には、前記湾曲部に沿って流れる燃料噴霧の流れ方向に突出する環状の微小凸部が設けられており、前記微小凸部は前記底面からシリンダヘッドに向かって突出する、内燃機関。
【請求項2】
前記剥離用段部の前記底面は前記ピストンの中心軸に近づくにつれて前記ピストンの頂面から遠ざかるように傾斜している、請求項1に記載の内燃機関。
【請求項3】
前記突起部は、前記インジェクタの複数の噴口に対応する複数の前記剥離用段部と、前記ピストンの周方向に沿って隣りあう前記剥離用段部の間を仕切る壁部とを有する、請求項1または2に記載の内燃機関。


第3.原査定の拒絶の理由
原査定の拒絶の理由の概要は以下のとおりである。

1.(新規性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができない。
2.(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

記 (引用文献等については引用文献等一覧参照)
・請求項 1
・理由1及び2
・引用文献等 1

・請求項 2
・理由1及び2
・引用文献等 1

・請求項 3
・理由2
・引用文献等 1及び2

<引用文献等一覧>
1.特開平9-41975号公報
2.実願平1-58639号(実開平2-149826号)のマイクロフィルム


第4.引用文献、引用発明
1.原査定の拒絶の理由に引用した特開平9-41975号公報(以下、「引用文献1」という。)には、「直噴式ディーゼルエンジンの燃焼室」の発明に関して、以下の事項が記載されている(下線は当審にて付与。2.及び3.についても同様。)。
(1)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、直噴式ディーゼルエンジンの燃焼室に関する。」

(2)「【0008】以上の事情を考慮して創案された本発明の目的は、燃焼室の壁面に沿って流れる噴射燃料への空気導入を積極的に向上できる直噴式ディーゼルエンジンの燃焼室を提供することにある。」

(3)「【0015】図示するように、直噴式ディーゼルエンジンのピストン50の頂面51には、開口部52の直径が側壁53の最大内径よりも絞られ、且つ底壁54の中央に隆起部55を形成してなる所謂リエントラント型の燃焼室56が凹設されている。
【0016】側壁53は、円形の開口部52から所定深さ鉛直に形成された鉛直部57と、鉛直部57に繋げて深さ方向に徐々に拡径して形成された助走部58と、助走部58に繋げて径方向外方へ急激に拡径して形成された側凹部59とから構成されている。他方、底壁54は、側凹部59に繋げて形成された案内部60と、案内部60に繋げて形成された底凹部61と、底凹部61に繋げて形成された隆起部55とから構成されている。
【0017】助走部58は、その前半側58aが凸状に形成されており、後半側58bが凹状に形成されている。助走部58の後半側58bは、その延長線63が案内部60に滑らかに接する形状に形成されている。助走部58と側凹部59とは、段差部64を介して接続され、案内部60と底凹部61とは、段差部65を介して接続されている。
【0018】隆起部55は、円柱状に形成されており、円形の開口部52の中心に配置されている。また、助走部58には、鉛直部57との接続部近傍に向けて、燃料噴射ノズル66から燃料が噴射されるようになっている。また、この燃焼室56には、図示しない吸気ポート(スワールポート)で生成されたスワールが導かれ、そのスワールが隆起部55の周りを周回するようになっている。」

(4)「【0020】次に、上記燃焼室56に噴射された燃料の流れを説明する。
【0021】燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、助走部58の始端側に当たって助走部58に沿って流れ、ある程度の慣性がついた後、助走部58の終端に接続された側凹部59の段差部64にて、側壁53から剥離する。これにより、燃料は、十分な運動エネルギをもって側壁53から剥離し、その剥離領域67にて十分な空気導入がなされる。
【0022】その後、燃料(噴霧)は、案内部60に沿って流れ、底凹部61の段差部65にて底壁54から剥離する。これにより、燃料(噴霧)には、再度空気導入がなされ、空気導入が更に増加する。ここで、側壁53から底壁54に導かれた燃料(噴霧)は、その途中で運動エネルギが低下するものの、隆起部55の周囲を流れるスワールに流されて運動エネルギを回復するので、底凹部61における剥離領域68での空気導入が活発となる。
【0023】また、上記段差部64,65は、円周状に形成されているため、スワールを阻害することはなく、スモークを却って悪化させることはない。このように、この燃焼室56における空気導入は、従来の領域7,8は勿論のこと更に領域67,68でも行われるため、空気導入箇所が増えた分だけスモークを減らすことができる。」

(5)「【0025】別の実施例を図3に示す。この実施例は、本発明を所謂ザウラー型の燃焼室に適用したものであり、燃焼室の側壁53と底壁54との形状が前実施例(リエントラント型)と僅かに異なる点を除いては同様の構成となっているため、詳しい説明は割愛する。なお、この燃焼室の隆起部55は、案内部60と繋がって円錐状になっている。」

(6)「【0026】
【発明の効果】以上説明したように本発明に係る直噴式ディーゼルエンジンの燃焼室によれば、燃焼室の壁面に沿って流れる噴射燃料への空気導入を向上することができ、スモークの発生を抑えることができる。」

(7)「【図1】



(8)「【図3】



(9)上記(3)に摘記した段落【0015】の記載及び上記(4)に摘記した段落【0021】の記載から、頂面51に、開口部52の直径が側壁53の最大内径よりも絞られ、且つ底壁54の中央に隆起部55を形成してなる所謂リエントラント型の燃焼室56が凹設されたピストン50と、「燃焼室56に燃料を噴射する燃料噴射ノズル66とを備えた、直噴式ディーゼルエンジンが把握される。
また、上記(3)に摘記した段落【0016】及び【0017】の記載から、側壁53は、円形の開口部52から所定深さ鉛直に形成された鉛直部57と、鉛直部57に繋げて深さ方向に徐々に拡径して形成された助走部58と、助走部58に繋げて径方向外方へ急激に拡径して形成された側凹部59とから構成され、底壁54は、側凹部59に繋げて形成された案内部60と、案内部60に繋げて形成された底凹部61と、底凹部61に繋げて形成された隆起部55とから構成され、助走部58と側凹部59とは、段差部64を介して接続され、案内部60と底凹部61とは、段差部65を介して接続されていることが把握される。
そして、上記(4)に摘記した段落【0021】及び【0022】の記載から、燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、助走部58の始端側に当たって助走部58に沿って流れ、ある程度の慣性がついた後、助走部58の終端に接続された側凹部59の段差部64にて、側壁53から剥離し、その剥離領域67にて十分な空気導入がなされ、その後、燃料(噴霧)は、案内部60に沿って流れ、底凹部61の段差部65にて底壁54から剥離することが把握される。

(10)以上を踏まえると、引用文献1には、次の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる。

《引用発明》
「頂面51に、開口部52の直径が側壁53の最大内径よりも絞られ、且つ底壁54の中央に隆起部55を形成してなる所謂リエントラント型の燃焼室56が凹設されたピストン50と、
燃焼室56に燃料を噴射する燃料噴射ノズル66とを備え、
側壁53は、円形の開口部52から所定深さ鉛直に形成された鉛直部57と、鉛直部57に繋げて深さ方向に徐々に拡径して形成された助走部58と、助走部58に繋げて径方向外方へ急激に拡径して形成された側凹部59とから構成され、底壁54は、側凹部59に繋げて形成された案内部60と、案内部60に繋げて形成された底凹部61と、底凹部61に繋げて形成された隆起部55とから構成されており、
助走部58と側凹部59とは、段差部64を介して接続され、案内部60と底凹部61とは、段差部65を介して接続されており、燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、助走部58の始端側に当たって助走部58に沿って流れ、ある程度の慣性がついた後、助走部58の終端に接続された側凹部59の段差部64にて、側壁53から剥離し、その剥離領域67にて十分な空気導入がなされ、その後、燃料(噴霧)は、案内部60に沿って流れ、底凹部61の段差部65にて底壁54から剥離する、直噴式ディーゼルエンジン。」

(11)さらに、上記(5)に摘記した段落【0025】の記載から、上記引用発明を所謂ザウラー型の燃焼室に適用し、隆起部55が案内部60と繋がって円錐状になっているものが把握され、上記(8)に摘記した【図3】の図示内容から、段差部65がピストン50の頂面51に向かって突出している様子が把握されることを踏まえると、引用文献1には、上記引用発明に加え、次の事項(以下、「引用文献1事項」という。)が記載されているといえる。

《引用文献1事項》
「上記引用発明を、所謂ザウラー型の燃焼室に適用したものは、隆起部55が案内部60と繋がって円錐状になっており、段差部65がピストン50の頂面51に向かって突出していること。」

2.原査定の拒絶の理由に引用した実願平1-58639号(実開平2-149826号)のマイクロフィルム(以下、「引用文献2」という。)には、「ピストン」の考案に関して、以下の事項が記載されている。
(1)「2.実用新案登録請求の範囲
ピストンキャビティ中央部に中央突起部を形成し且つキャビティ壁面に燃料噴霧の数に応じた部分エントラント壁面を有するものにおいて、中央突起部の形状を上面から見て多角柱状とし、該多角柱の壁面を凹面状に形成し、さらに部分リエントラント壁面に中央突起部のコーナが向くように形成したピストン。」(明細書1頁4ないし11行)
(2)「本考案は直接噴射式ディーゼルエンジンの燃焼室形状に関する。」(明細書1頁14ないし15行)
(3)「ピストンキャビティBの壁面Aには噴霧の数と同数の部分リエントラント壁面3xが設けられている。図において燃料弁ノズル1はピストンの中央上方部分に配設され、噴霧2が前記各部分リエントラント壁面3xに向けて噴射され且該壁面3xに中央突起部のコーナ5aが対向して構成されている。又3aは部分リエントラント壁面のエッジ部である。中央突起5の形状は、壁面が凹面状に形成された多角柱(第1図では四角柱)となっている。なおキャビティ内にはスワール4が生起されている。」(明細書4頁5ないし15行)
(4)「〔考案の効果〕
本考案のピストンは前記のとおり形成したので、部分リエントラント壁面3xに衝突した混合気aは、中央突起部5の壁面5bが凹面となっているため、そのスペースで空気と燃料の混合気が充分に形成され、該混合気aは空気スワール方向へ転回するため、効率の良い安定した燃焼が可能となる。」(明細書5頁3ないし10行)
(5)「


(6)「


(7)以上を踏まえると、引用文献2には、次の事項(以下、「引用文献2事項」という。)が記載されているといえる。

《引用文献2事項》
「ピストンキャビティ中央部に中央突起部を形成し且つキャビティ壁面に燃料噴霧の数に応じた部分エントラント壁面を有する直接噴射式ディーゼルエンジンにおいて、効率の良い安定した燃焼を可能とするために、中央突起部の形状を上面から見て多角柱状とし、該多角柱の壁面を凹面状に形成し、さらに部分リエントラント壁面に中央突起部のコーナが向くように形成すること。」

3.当審において見いだされた、本願の出願前に日本国内又は外国において、頒布された実願昭63-24210号(実開平1-127931号)のマイクロフィルム(以下、「追加文献」という。)には、「内燃機関の燃焼室壁構造」の考案に関して、以下の事項が記載されている。
(1)「2.実用新案登録請求の範囲
燃料の噴射開始位置より遠去かるほど燃料の噴射主流軸線より遠去かる方向へ階段状に傾斜し、その階段状部の段差エッジは前記燃料の噴射主流軸線を横切る方向に延在していることを特徴とする内燃機関の燃焼室壁構造。」(明細書1頁4ないし9行)
(2)「本考案は、内燃機関の燃焼室壁構造に係り、特に直噴型ディーゼル機関の如き燃料噴射式の内燃機関の燃焼室壁構造に係る。」(明細書1頁12ないし14行)
(3)「〔考案が解決しようとする課題〕
本考案もまた、液体燃料の霧化及び気化の促進を図り、燃料の自己着火が良好に行われるようにして燃焼の改善を図り、従来のものよりスモークの発生及び未燃焼成分の排出量の低減に関し、より優れた燃料噴射式内燃機関のための新しい燃焼室壁構造を提供することを目的としている。」(明細書2頁19行ないし3頁5行)
(4)「ピストン窪み18の底壁22は、燃料の噴射開始位置、即ちピストン中心軸線より遠去かるほど燃料の噴射主流軸線Aに対し遠去かる方向へ階段状をなして傾斜しており、その階段状部の段差状エッジ24は前記燃料の噴射主流軸線Aを横切る方向に延在している。」(明細書5頁6ないし11行)
(5)「燃料噴射ノズル20の各噴口より噴射される燃料の噴霧はピストン中心軸線位置よりピストン径方向外方へ進むことによりピストン窪み18の階段状の底壁22の段差エッジ24をなめるようにして進み、これによりその燃料噴霧は、段差エッジ24から剥離し、乱流を生じて燃焼室内方へ飛散するようになる。」(明細書6頁5ないし11行)
(6)「また第4図に示された実施例に於ては、その段差エッジ24の反り具合により燃料噴射ノズル20の各噴口よりの燃料噴霧に偏流作用が与えられ、これにより燃料噴霧がより一層燃焼室窪み18の内方へ向かう乱流が多く生じるようになり、燃料の霧化がより一層改善されるようになる。」(明細書8頁3ないし8行)
(7)「


(8)「


(9)以上を踏まえると、追加文献には、次の事項(以下、「追加文献事項」という。)が記載されているといえる。

《追加文献事項》
「直噴型ディーゼル機関において、液体燃料の霧化及び気化の促進を図るために、ピストン窪み18の底壁22を、燃料の噴射開始位置、即ちピストン中心軸線より遠去かるほど燃料の噴射主流軸線Aに対し遠去かる方向へ階段状をなして傾斜させ、その階段状部の段差状エッジ24を、前記燃料の噴射主流軸線Aを横切る方向に延在させ、その段差エッジ24の反り具合により、燃料噴霧により一層燃焼室窪み18の内方へ向かう乱流を多く生じさせ、燃料の霧化をより一層改善すること。」


第5.対比、判断
1.本願発明1について
(1)対比
引用発明の「直噴式ディーゼルエンジン」は、その構成、機能、技術的意義からみて、本願発明1の「内燃機関」に相当し、同様に、「頂面51」は「ピストン頂面」に、「燃料噴射ノズル66」は「インジェクタ」に、おのおの相当する。
そして、引用発明の「燃焼室56」は、「開口部52」により、「頂面51」の側に開口するものである。
ゆえに、引用発明の「頂面51に、開口部52の直径が側壁53の最大内径よりも絞られ、且つ底壁54の中央に隆起部55を形成してなる所謂リエントラント型の燃焼室56が凹設されたピストン50」は、本願発明1の「ピストン頂面に頂面側に開口する燃焼室が設けられたピストン」に相当し、引用発明の「燃焼室56に燃料を噴射する燃料噴射ノズル66」は、本願発明1の「前記燃焼室に燃料を噴射するインジェクタ」に相当する。

引用発明の「隆起部55」は、燃焼室56の底壁54の中央に形成したものであるから、本願発明1の「突起部」に相当する。
また、引用発明の「鉛直部57」は、円形の開口部52から所定深さ鉛直に形成されたものであり、燃焼室56の開口縁を構成するものであることが明らかであるから、本願発明1の「リップ部」に相当する。
さらに、引用発明は、「燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、助走部58の始端側に当たって助走部58に沿って流れ」、「その後、燃料(噴霧)は、案内部60に沿って流れる」ことを踏まえると、引用発明の「鉛直部57に繋げて深さ方向に徐々に拡径して形成された助走部58」、「助走部58に繋げて径方向外方へ急激に拡径して形成された側凹部59」、「側凹部59に繋げて形成された案内部60」及び「案内部60に繋げて形成された底凹部61」は、「隆起部55」の周囲を取り囲むように設けられるとともに「燃料噴射ノズル66」から「助走部58」に向けて噴射された燃料噴霧を「隆起部55」に向かって案内するものといえるから、本願発明1の「湾曲部」に相当する。
そして、引用発明の「隆起部55」、「助走部58」、「側凹部59」、「案内部60」及び「底凹部61」は、「ピストン50」に含まれるものであることが明らかである。
ゆえに、引用発明の「側壁53は、円形の開口部52から所定深さ鉛直に形成された鉛直部57と、鉛直部57に繋げて深さ方向に徐々に拡径して形成された助走部58と、助走部58に繋げて径方向外方へ急激に拡径して形成された側凹部59とから構成され、底壁54は、側凹部59に繋げて形成された案内部60と、案内部60に繋げて形成された底凹部61と、底凹部61に繋げて形成された隆起部55とから構成されており」と、本願発明1の「前記ピストンは、前記燃焼室の中央部に設けられた突起部と、前記燃焼室の開口縁を構成するリップ部と、前記突起部の周囲を取り囲むように設けられるとともに前記インジェクタから前記リップ部に向けて噴射された燃料噴霧を前記突起部に向かって案内する湾曲部とを含み」とは、「前記ピストンは、前記燃焼室の中央部に設けられた突起部と、前記燃焼室の開口縁を構成するリップ部と、前記突起部の周囲を取り囲むように設けられるとともに前記インジェクタから噴射された燃料噴霧を前記突起部に向かって案内する湾曲部とを含み」の限りにおいて一致する。

引用発明の「段差部65」は、「案内部60」と「底凹部61」とを接続するものであって、案内部60に沿って流れる燃料(噴霧)を、底壁54から剥離するものであり、本願発明1の「剥離用段部」に相当する。
ゆえに、引用発明の「助走部58と側凹部59とは、段差部64を介して接続され、案内部60と底凹部61とは、段差部65を介して接続されており、燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、助走部58の始端側に当たって助走部58に沿って流れ、ある程度の慣性がついた後、助走部58の終端に接続された側凹部59の段差部64にて、側壁53から剥離し、その剥離領域67にて十分な空気導入がなされ、その後、燃料(噴霧)は、案内部60に沿って流れ、底凹部61の段差部65にて底壁54から剥離する」と、本願発明1の「前記突起部の前記湾曲部との接続部には、前記インジェクタから噴射されて前記湾曲部に沿って前記突起部へ向かって流れる燃料噴霧を前記突起部の壁面から剥離させて前記突起部と燃料噴霧との間に空気層を形成するための剥離用段部が設けられており」とは、「前記突起部の前記湾曲部との接続部には、前記インジェクタから噴射されて前記湾曲部に沿って前記突起部へ向かって流れる燃料噴霧を壁面から剥離させる剥離用段部が設けられている」限りにおいて一致する。

以上を踏まえると、本願発明1と引用発明との一致点、相違点は、以下のとおりである。
《一致点》
ピストン頂面に頂面側に開口する燃焼室が設けられたピストンと、
前記燃焼室に燃料を噴射するインジェクタとを備え、
前記ピストンは、前記燃焼室の中央部に設けられた突起部と、前記燃焼室の開口縁を構成するリップ部と、前記突起部の周囲を取り囲むように設けられるとともに前記インジェクタから噴射された燃料噴霧を前記突起部に向かって案内する湾曲部とを含み、
前記突起部の前記湾曲部との接続部には、前記インジェクタから噴射されて前記湾曲部に沿って前記突起部へ向かって流れる燃料噴霧を壁面から剥離させる剥離用段部が設けられている、内燃機関。

《相違点》
本願発明1では、インジェクタから噴射された燃料噴霧は、「リップ部に向けて噴射され」、「剥離用段部」は、「底面と側面とからなり」、「突起部の壁面から剥離させて前記突起部と燃料噴霧との間に空気層を形成するための」ものであり、「前記剥離用段部の前記湾曲部側には、前記湾曲部に沿って流れる燃料噴霧の流れ方向に突出する環状の微小凸部が設けられており、前記微小凸部は前記底面からシリンダヘッドに向かって突出する」のに対し、引用発明では、燃料噴射ノズル66から噴射された燃料(噴霧)は、「助走部58の始端側に当た」り、「段差部64にて、側壁53から剥離し、その剥離領域67にて十分な空気導入がなされ」るものの、段差部65が底面と側面とからなること及び隆起部55の壁面から剥離させて隆起部55と燃料(噴霧)との間に空気層を形成するためのものであることを規定しておらず、また、「環状の微小凸部」を有していない点。

(2)判断
上記相違点について検討する。
引用文献1には、引用発明の「段差部65」について、「燃料噴霧の流れ方向に突出する環状の微小凸部」に相当するものを設けることが記載されておらず、また、このことを示唆する記載もない。
引用文献1事項、すなわち、「上記引用発明を、所謂ザウラー型の燃焼室に適用したものは、隆起部55が案内部60と繋がって円錐状になっており、段差部65がピストン50の頂面51に向かって突出していること。」は、引用発明を所謂ザウラー型の燃焼室に適用すると、結果的に、段差部65がピストン50の頂面51に向かって突出することになることを示すものにすぎず、段差部65に、案内部60に沿って流れる燃料噴霧の流れ方向に突出する微小凸部を設けることを動機付けないし示唆するものではない。
また、引用文献2事項、すなわち、「ピストンキャビティ中央部に中央突起部を形成し且つキャビティ壁面に燃料噴霧の数に応じた部分エントラント壁面を有する直接噴射式ディーゼルエンジンにおいて、効率の良い安定した燃焼を可能とするために、中央突起部の形状を上面から見て多角柱状とし、該多角柱の壁面を凹面状に形成し、さらに部分リエントラント壁面に中央突起部のコーナが向くように形成すること。」は、引用発明と同じリエントラント型の燃焼室に関するものであるが、引用発明において、燃料噴霧の流れ方向に突出する微小凸部を段差部65に設けることを動機付けないし示唆するものではない。
さらに、追加文献事項、すなわち、「直噴型ディーゼル機関において、液体燃料の霧化及び気化の促進を図るために、ピストン窪み18の底壁22を、燃料の噴射開始位置、即ちピストン中心軸線より遠去かるほど燃料の噴射主流軸線Aに対し遠去かる方向へ階段状をなして傾斜させ、その階段状部の段差状エッジ24を、前記燃料の噴射主流軸線Aを横切る方向に延在させ、その段差エッジ24の反り具合により、燃料噴霧により一層燃焼室窪み18の内方へ向かう乱流を多く生じさせ、燃料の霧化をより一層改善すること。」は、リエントラント型の燃焼室に関する引用発明とは、異なるタイプの燃焼室構造に係るものであるから、引用発明において、燃料噴霧の流れ方向に突出する微小凸部を段差部65に設けることを動機付けないし示唆するものではない。
してみると、引用発明において、引用文献1事項、引用文献2事項及び追加文献事項を考慮することにより、上記相違点に係る本願発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。

そして、本願発明1は、上記相違点に係る発明特定事項を備えることにより、本願明細書の段落【0039】に記載された「微小凸部18が設けられることで、湾曲部7から微小凸部18に向かって矢印4cで示す方向に燃料噴霧が流れる。そのため、燃料噴霧は側面17および底面16から大きく離れることになる。燃焼後半の燃料噴霧21を燃焼室10a内の酸素と十分に反応させて燃焼させることができる。その結果、スートの発生を抑制できる。」という格別な作用効果を奏するものである。

(3)小括
したがって、本願発明1は、引用発明であるとはいえず、引用発明に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないし、引用発明、引用文献1事項、引用文献2事項及び追加文献事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

2.本願発明2及び3について
本願発明2及び3は、本願発明1の発明特定事項の全てを発明特定事項とし、さらに、技術的な限定を加える事項を発明特定事項として備えるものであるから、上記本願発明1についての判断と同様の理由により、本願発明2は、引用発明であるとはいえず、本願発明2及び3は、引用発明、引用文献1事項、引用文献2事項及び追加文献事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明することができたものとはいえない。


第6.むすび
以上のとおり、本願発明1及び2は引用発明であるとはいえず、本願発明1ないし3は、引用発明及び引用文献1事項、引用文献2事項及び追加文献事項に基いて、その出願前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって、原査定の理由によっては、本願を拒絶することはできない。
また、他に本願を拒絶すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり審決する。

 
審決日 2021-06-30 
出願番号 特願2017-25117(P2017-25117)
審決分類 P 1 8・ 121- WY (F02B)
最終処分 成立  
前審関与審査官 小笠原 恵理  
特許庁審判長 佐々木 正章
特許庁審判官 金澤 俊郎
渡邊 豊英
発明の名称 内燃機関  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  
代理人 特許業務法人深見特許事務所  

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