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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 2項進歩性  H01M
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  H01M
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  H01M
管理番号 1375870
異議申立番号 異議2019-700702  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-08-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-09-05 
確定日 2021-05-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6482716号発明「電気化学セル用金属部材、及びこれを用いた電気化学セル組立体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6482716号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。 特許第6482716号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6482716号(請求項の数6。以下「本件特許」という。)についての出願は,平成30年10月18日(優先権主張 平成30年 6月12日)に出願され,平成31年 2月22日にその特許権の設定の登録がされ,同年 3月13日に特許掲載公報が発行された。
その後,本件特許の全ての請求項に係る特許に対し,令和1年 9月 5日差出で,特許異議申立人 亀崎伸宏(以下「申立人」という。)より特許異議の申立てがされ,同年12月25日付けで取消理由通知がされ,これに対し,意見書提出期間後である令和 2年 3月 9日差出で意見書及び訂正請求書が提出され(このうち,訂正請求書による手続については,同年 5月11日付けで手続却下の決定がされた。),同年11月27日付けで取消理由通知(決定の予告)がされ,これに対し,令和 3年 1月19日差出で意見書及び訂正請求書(以下,この訂正請求書による訂正請求を「本件訂正請求」という。)が提出されたものである。
なお,本件訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)について,期間を指定して申立人に意見を求めたが,意見書の提出はなかった。

第2 本件訂正の適否についての判断
1 本件訂正の内容(下線は訂正箇所を示す。以下同じ。)
(1)訂正事項1
訂正前の請求項1に
「前記凹部内に配置され、前記コーティング膜に接続されるアンカー部」
と記載されているのを,
「前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって構成されるアンカー部」
に訂正する。

(2)訂正事項2
訂正前の請求項3に
「前記複数の凹部内にそれぞれ配置され、前記コーティング膜にそれぞれ接続されており、前記アンカー部を含む複数のアンカー部」
と記載されているのを,
「前記複数の凹部内にそれぞれ充填され、前記コーティング膜にそれぞれ接続されており、前記アンカー部を含む複数のアンカー部」
に訂正する。

2 訂正の目的の適否,新規事項の有無,及び,特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は,「前記凹部内に充填され」との記載により,訂正後の請求項1に係る発明における「アンカー部」が凹部の全体に埋設されている旨を明らかにするとともに,「前記コーティング膜と異なる材料によって構成される」との記載により,訂正後の請求項1に係る発明における「アンカー部」の構成材料を限定するものであるから,「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また,訂正事項1における「前記凹部内に充填され」との記載は,願書に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。)の段落【0108】,【0109】,図11,12を根拠とするものであり,また,「前記コーティング膜と異なる材料によって構成される」との記載は,本件明細書等の段落【0070】,【0077】,【0079】の記載及び図9,11,12を根拠とするものであるといえるから,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
そして,訂正事項1は,上記各記載によって訂正後の請求項1に係る発明を限定するものであり,発明のカテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張ないし変更するものでない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は,「前記複数の凹部内にそれぞれ充填され」との記載により,訂正後の請求項3に係る発明における「複数のアンカー部」が複数の凹部それぞれの全体に埋設されている旨を明らかにするものであるから,「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものである。
また,訂正事項2における上記記載は,本件明細書等の段落【0067】?【0069】,【0080】,【0081】,【0108】,【0109】及び図9?12を根拠とするものであるといえるから,本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正である。
そして,訂正事項2は,上記各記載によって訂正後の請求項3に係る発明を限定するものであり,発明のカテゴリーや対象,目的を変更するものではないから,実質上特許請求の範囲を拡張ないし変更するものでない。

3 一群の請求項について
訂正前の請求項1?6について,請求項2?6はそれぞれ請求項1を引用するものであり,また,請求項4?6はそれぞれ請求項3を引用するものであって,訂正事項1及び2によって記載が訂正される請求項1及び3に連動して訂正されるものであるから,訂正前の請求項1?6は一群の請求項である。
そして,本件訂正に関しては,特定の請求項に係る訂正事項について別の訂正単位とする求めもないから,本件訂正請求は,訂正後の請求項〔1?6〕を訂正単位とする訂正の請求をするものである。

4 独立特許要件について
訂正前の全ての請求項1?6に対して特許異議の申立てがされている本件においては,特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない旨の要件は適用されない。

5 訂正の適否についてのまとめ
以上のとおり,本件訂正は,特許法第120条の5第2項第1号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項で準用する第126条第5項及び第6項の規定に適合するので,訂正後の請求項〔1?6〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2で検討したとおり,本件訂正請求は適法なものである。よって,本件特許に係る発明は,訂正特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される,次のとおりのものである。
「【請求項1】
電気化学セルに接合される金属部材であって、
クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜と、
を備え、
前記基材は、
主面と及び側面に連なり、前記基材の外側に向かって湾曲する湾曲面と、
前記湾曲面に形成される凹部と、
前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって構成されるアンカー部と、
を有する、
電気化学セル用金属部材。
【請求項2】
前記凹部の開口は、前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に向かって延びる、
請求項1に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項3】
前記基材は、
前記湾曲面にそれぞれ形成され、前記凹部を含む複数の凹部と、
前記複数の凹部内にそれぞれ充填され、前記コーティング膜にそれぞれ接続されており、前記アンカー部を含む複数のアンカー部と、
を有する、
請求項1又は2に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項4】
前記複数の凹部は、前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に並んでいる、
請求項3に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項5】
前記アンカー部は、クロムよりも平衡酸素圧の低い元素を含む酸化物を含有する、
請求項1乃至4のいずれかに記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項6】
電気化学セルと、
前記請求項1乃至5のいずれかに記載の電気化学セル用金属部材と、
前記金属部材を前記電気化学セルに接合する導電性接合材と、
を備える、
電気化学セル組立体。」

第4 申立理由及び取消理由の概要
1 申立人が主張する特許異議の申立ての理由の概要
(1)申立理由1(進歩性:取消理由として不採用。)
訂正前の請求項1?6に係る発明は,甲第1号証に記載された発明及び周知技術(甲第2?5号証)に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その発明についての特許は,同法第113条第2号に該当する。

(2)申立理由2(サポート要件:取消理由として不採用。)
訂正前の請求項1?6に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものでなく,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第1号の規定に適合しないから,その発明についての特許は,同法第113条第4号に該当する。

(3)申立理由3(明確性:取消理由3として一部採用。)
訂正前の請求項1?6に係る発明は明確でなく,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないから,その発明についての特許は,同法第113条第4号に該当する。

(4)申立理由4(実施可能要件:取消理由として不採用。)
訂正前の請求項1?6に係る発明について,発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなく,特許法第36条第4項第1号の規定に適合しないから,その発明についての特許は,同法第113条第4号に該当する。

2 当審が通知した取消理由の概要
(1)取消理由1(新規性:職権で追加。)
訂正前の請求項1,3,6に係る発明は,甲第2号証に記載された発明であり,特許法第29条第1項第3号に該当するから,その発明についての特許は,同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(2)取消理由2(進歩性:職権で追加。)
訂正前の請求項1,3,6に係る発明は,甲第2号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから,その発明についての特許は,同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

(3)取消理由3(明確性:申立理由3を一部採用,一部職権で追加。)
訂正前の請求項1?6に係る発明は明確でなく,特許請求の範囲の記載が特許法第36条第6項第2号の規定に適合しないから,その発明についての特許は,同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

(4)取消理由4(委任省令要件:職権で追加。決定の予告では不採用。)
訂正前の請求項1?6に係る発明について,発明の詳細な説明の記載は,特許法第36条第4項第1号の規定による委任省令で定められるところにより記載されたものではないから,その発明についての特許は,同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

3 引用文献
甲第1号証:特許第6188181号公報(以下「甲1」という。)
甲第2号証:特開2006-92837号公報(以下「甲2」という。)
甲第3号証:特開2016-12565号公報(以下「甲3」という。)
甲第4号証:特開2015-183252号公報(以下「甲4」という。)
甲第5号証:特開2007-299556号公報(以下「甲5」という。)

第5 当審の判断
当審は,検討の結果,当審が通知した取消理由1?4(上記第4の2)は解消しており,また,申立人による申立理由1?4(上記第4の1)は採用することができないため,本件特許を取り消すことはできないと判断する。詳細は次のとおりである。

1 新規性(取消理由1),進歩性(取消理由2,申立理由1)について
(1)引用文献の記載及び引用発明
ア(ア)甲1は,「合金部材、セルスタック及びセルスタック装置」(発明の名称)に係るものであって,次の記載がある(下線は当審が付し,…は省略を示す。以下同じ。)。

「【請求項1】
表面に凹部を有し、クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記凹部内に配置され、クロムよりも平衡酸素圧の低い元素の酸化物を含有するアンカー部と、
前記表面を覆い、前記アンカー部に接続される酸化クロム膜と、
前記酸化クロム膜の少なくとも一部を覆う被覆膜と、
を備える合金部材。」

「【請求項7】
燃料電池セルと、
請求項1乃至5のいずれかに記載の合金部材と、
を備え、
前記合金部材は、前記燃料電池セルの基端部を支持するマニホールドである、
セルスタック装置。」

「【0014】
[セルスタック装置100]
図1は、セルスタック装置100の斜視図である。セルスタック装置100は、マニホールド200と、セルスタック250とを備える。
【0015】
[マニホールド200]
図2は、マニホールド200の斜視図である。マニホールド200は、「合金部材」の一例である。
【0016】(略)
【0017】
マニホールド200は、天板201と、容器202とを有する。天板201は、平板状に形成される。容器202は、コップ状に形成される。天板201は、容器202の上方開口を塞ぐように配置される。」

「【0021】
[セルスタック250]
図3は、セルスタック装置100の断面図である。セルスタック250は、複数の燃料電池セル300と、複数の集電部材301とを有する。
【0022】(略)
【0023】
各燃料電池セル300の基端部は、マニホールド200の挿入孔203に挿入されている。各燃料電池セル300は、接合材101によって挿入孔203に固定されている。燃料電池セル300は、挿入孔203に挿入された状態で、接合材101によってマニホールド200に固定されている。接合材101は、燃料電池セル300と挿入孔203の隙間に充填される。接合材101としては、例えば、結晶化ガラス、非晶質ガラス、ろう材、及びセラミックスなどが挙げられる。
【0024】?【0025】(略)
【0026】
隣接する2つの燃料電池セルは、集電部材301によって電気的に接続されている。集電部材301は、接合材102を介して、隣接する2つの燃料電池セル300それぞれの基端側に接合される。接合材102は、例えば、(Mn,Co)_(3)O_(4)、(La,Sr)MnO_(3)、及び(La,Sr)(Co,Fe)O_(3)などから選ばれる少なくとも1種である。」

「【0052】
[マニホールド200の詳細構成]
次に、マニホールド200の詳細構成について、図面を参照しながら説明する。図6は、図2のP-P断面図である。図7は、図6の領域Aの拡大図である。
【0053】(略)
【0054】
天板201は、基材210と、酸化クロム膜211と、被覆膜212と、アンカー部213とを有する。容器202は、基材220と、酸化クロム膜221と、被覆膜222と、アンカー部223とを有する。
【0055】(略)
【0056】
容器202の構成は、天板201の構成と同様であるため、以下においては、図7を参照しながら、天板201の構成について説明する。
【0057】(略)
【0058】
基材210は、Cr(クロム)を含有する合金材料によって構成される。このような金属材料としては、Fe-Cr系合金鋼(ステンレス鋼など)やNi-Cr系合金鋼などを用いることができる。基材210におけるCrの含有割合は特に制限されないが、4?30質量%とすることができる。
【0059】
基材210は、表面210aと凹部210bとを有する。表面210aは、基材210の外側の表面である。凹部210bは、表面210aに形成される。凹部210bは、穴状であってもよいし、溝状であってもよい。
【0060】
凹部210bの個数は特に制限されないが、表面210aに広く分布していることが好ましい。また、凹部210bどうしの間隔は特に制限されないが、均等な間隔で配置されていることが特に好ましい。これによって、後述するアンカー部213によるアンカー効果を、酸化クロム膜211全体に対して均等に発揮させることができるため、基材210から被覆膜212が剥離することを特に抑制できる。
【0061】?【0064】(略)
【0065】
酸化クロム膜211は、アンカー部213に接続される。酸化クロム膜211は、基材210の表面210aとアンカー部213の表面213aとを覆うように配置される。酸化クロム膜211は、基材210の表面210aの少なくとも一部を覆っていればよいが、表面210aの略全面を覆っていてもよい。酸化クロム膜211は、アンカー部213の表面213aの少なくとも一部を覆っていればよいが、表面213aの略全面を覆っていることが好ましい。酸化クロム膜211は、基材210の凹部210bの開口を塞ぐように形成される。酸化クロム膜211の厚みは、0.5?10μmとすることができる。
【0066】
被覆膜212は、酸化クロム膜211の少なくとも一部を覆う。詳細には、被覆膜212は、酸化クロム膜211のうちセルスタック装置100の運転中に酸化剤ガスと接触する領域の少なくとも一部を覆う。被覆膜212は、酸化クロム膜211のうち酸化剤ガスと接触する領域の全面を覆っていることが好ましい。被覆膜212の厚みは特に制限されないが、例えば3?200μmとすることができる。
【0067】?【0068】(略)
【0069】
アンカー部213は、基材210の凹部210b内に配置される。アンカー部213は、凹部210bの開口部付近において被覆膜212に接続される。アンカー部213が凹部210bに係止されることによってアンカー効果が生まれて、被覆膜212の基材210に対する密着力を向上させることができる。その結果、被覆膜212が基材210から剥離することを抑制できる。
【0070】
アンカー部213は、凹部210bの内表面の少なくとも一部と接触していればよいが、凹部210bの内表面の略全面と接触していることが好ましい。
【0071】
アンカー部213は、Cr(クロム)よりも平衡酸素圧の低い元素の酸化物(以下、「低平衡酸素圧酸化物」という。)を含有する。すなわち、アンカー部213は、Crよりも酸素との親和力が大きく酸化しやすい元素の酸化物を含有する。そのため、セルスタック装置100の運転中、被覆膜212を透過してくる酸素をアンカー部213に優先的に取り込むことによって、アンカー部213を取り囲む基材210が酸化することを抑制できる。これにより、アンカー部213の深さが幅よりも大きい形態を維持することができるため、アンカー部213によるアンカー効果を長期間に亘って得ることができる。その結果、被覆膜212が基材210から剥離することを長期間に亘って抑制することができる。」

「【0077】
[マニホールド200の製造方法]
マニホールド200の製造方法について、図面を参照しながら説明する。なお、容器202の製造方法は、天板201の製造方法と同様であるため、以下においては、天板201の製造方法について説明する。
【0078】
まず、図8に示すように、基材210の表面210aに凹部210bを形成する。例えばサンドブラストを用いることによって、楔状の凹部210bを効率的に形成することができる。この際、研磨剤の粒径を調整したり、又は、適宜ローラーで表面を均したりすることによって、凹部210bの深さL及び幅Wを調整することができる。」

「【0084】
上記実施形態では、本発明に係る合金部材をマニホールド200に適用することとしたが、これに限られるものではない。本発明に係る合金部材は、セルスタック装置100及びセルスタック250の一部を構成する部材として用いることができる。例えば、本発明に係る合金部材は、隣接する2つの燃料電池セル300を電気的に接続する集電部材301などにも好適に用いることができる。」

「【図6】


「【図7】


「【図8】



(イ)以上の摘示よりみて,甲1には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲1発明」という。)。

「表面に凹部を有し、クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記凹部内に配置され、クロムよりも平衡酸素圧の低い元素の酸化物を含有するアンカー部と、
前記表面を覆い、前記アンカー部に接続される酸化クロム膜と、
前記酸化クロム膜の少なくとも一部を覆う被覆膜と、
を備える合金部材であって、
燃料電池セルの基端部を支持するマニホールドである、合金部材。」

イ(ア)甲2は,「燃料電池用集電部材及びその製造方法、並びにこれを用いた燃料電池セルスタック、燃料電池」(発明の名称)に係るものであって,次の記載がある。

「【請求項7】
Crを含有する合金からなる集電本体のエッジ部分を面取りした後、該集電本体の表面にペロブスカイト型構造を除く周期律表第4周期金属元素の単一元素酸化物または前記周期律表第4周期金属元素とCrとの複合酸化物からなるCr拡散防止層を設けることを特徴とする燃料電池用集電部材の製造方法。」

「【0017】
さらに本発明は、Crを含有する合金からなる集電本体のエッジ部分を面取りした後、該集電本体の表面にペロブスカイト型構造を除く周期律表第4周期金属元素の単一元素酸化物または前記周期律表第4周期金属元素とCrとの複合酸化物からなるCr拡散防止層を設けることを特徴とする燃料電池用集電部材の製造方法である。このように、エッジ部分を面取りすることにより、表面全体に亘って確実にCr拡散防止層を形成することができる。」

「【0021】
本発明の集電部材20における集電本体201としては、導電性及び耐熱性の高いCrを10?30wt%含有する合金、例えばFe-Cr系金属、Ni-Cr系金属等が採用される。ここで、集電部材20の形状としては、例えば耐熱性合金の板を櫛刃状に加工し、隣り合う刃を交互に反対側に折り曲げ、図1に示すような形状にしたもの、あるいはメッシュ状のものなどが挙げられるが特に限定はされない。
【0022】
そして、この集電本体201に含まれるCrの拡散を防止するために、集電本体201の表面にはペロブスカイト型構造を除く周期律表第4周期金属元素の単一元素酸化物または前記周期律表第4周期金属元素とCrとの複合酸化物からなるCr拡散防止層202が設けられている。上記単一元素酸化物またはCrとの複合酸化物からなるCr拡散防止層は、緻密に形成されるとともに、後述のようにCrを捕捉する効果を有している。ここで、周期律表第4周期の金属元素としては、Fe、Ni、Co等が好ましく採用できる。このとき、この金属元素の単一元素酸化物としてはFe_(2)O_(3)、NiO、Co_(3)O_(4)等が挙げられ、この金属元素とCrとの複合酸化物としてはFeCr_(2)O_(4)、CoCr_(2)O_(4)、NiCr_(2)O_(4)、CoCrO_(4)、Co_(2)CrO_(4)等が挙げられる。」

「【0027】
尚、Cr拡散防止層202の形成にあたり、メッキに比べて安価なディッピングが採用されやすい。ここで、図1に示すような形状の集電部材20を作成する場合、櫛刃状部分の加工にあたり通常エッチング処理やカッターによる押し切りなどを施すが、これらの方法によってはエッジ部分が形成されてしまい、ディッピングによりCr拡散防止層を設けようとするとこのエッジ部分にうまくCr拡散防止層が形成されないおそれがある。そこで、Cr拡散防止層を設ける前処理として、エッジ部分にはサンドブラストや超音波加工機などによりC面やR面等の面取り処理が施されるのが好ましい。」

「【0062】
また集電部材は、まず、厚さ0.4mmのFe-Cr系耐熱性合金の板を櫛刃状に加工し、隣り合う刃を交互に反対側に折り曲げ、図1に示す形状の集電本体を作成し、サンドブラスト機にて集電本体の角部を面取りした。その後、Fe_(2)O_(3)、Co_(3)O_(4)またはNiの粉末とアクリル系バインダーと希釈材としてのトルエンとを重量比で3:2:1.5になるように調合し、Cr拡散防止層の原料(原料1)を作製した。…そして、原料1を前記形状の集電本体にディッピングした。その後、130℃で1時間、500℃で2時間脱バインダー処理した後、1050℃で2時間、炉内で焼付を行った。…」

(イ)以上の摘示よりみて,甲2には,次の発明が記載されているといえる(以下「甲2発明」という。)。

「燃料電池用集電部材であって、
Crを含有する合金からなる集電本体のエッジ部分を面取りした後、該集電本体の表面にペロブスカイト型構造を除く周期律表第4周期金属元素の単一元素酸化物または前記周期律表第4周期金属元素とCrとの複合酸化物からなるCr拡散防止層を設けている、燃料電池用集電部材。」

ウ 甲3?5には,各々,次の記載がある。
(ア)甲3は,「導電部材およびセルスタックならびにモジュール、モジュール収容装置」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。

「【図面の簡単な説明】
【0012】
…【図4】(a)は図3(b)に示す燃料電池用集電部材の集電片を拡大して示す拡大断面図、…である。…
【0013】(略)
【0014】
そして、これらの燃料電池セル3の複数個を1列に配列し、隣接する燃料電池セル3間に燃料電池用集電部材(導電部材)4(以下、単に集電部材4という)を配置することで、燃料電池セル3同士を電気的に直列に接続してなるセルスタック2が構成されている。」

また,甲3の図4(a)から,燃料電池用集電部材の集電片の断面角部が湾曲していることが看取される。

「【図4】



(イ)甲4は,「セルスタックおよび電解モジュールならびに電解装置」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。

「【図面の簡単な説明】
【0011】
…【図4】(a)は図3(b)に示す集電部材の導電片を拡大して示す断面図、…である。…
【0012】(略)
【0013】
そして、燃料電池セル3の複数個を1列に配列し、隣接する燃料電池セル3間に集電部材(導電部材)4が配置されている。燃料電池セル3と集電部材4とは、詳しくは後述するが、導電性接合材13を介して接合されており、それにより、複数個の燃料電池セル3を、集電部材4を介して電気的および機械的に接合して、セルスタック2を構成している。」

また,甲4の図4(a)から,燃料電池用集電部材の集電片の断面角部が湾曲していることが看取される。

「【図4】



(ウ)甲5は,「燃料電池の集電構造」(発明の名称)に関するものであって,次の記載がある。

「【0020】
燃料電池用集電部材20は、Crを含有する耐熱性合金からなり、図1に示すように、左右の平板201間に渡された複数のストライプ状の橋202を、交互に反対側に折り曲げてなる構成を有する。燃料電池用集電部材20は、図2に示すように、エッジ部分が例えば強酸系のエッチング液を用いたエッチング等が施され、丸められている。他の方法により面取りされて丸められても良い。図2(a)は、橋202の4隅のエッジ部分202eが丸められ、図2(b)は、平板201の外側のエッジ部分201eが丸められている様子を示す。さらに、平板201の内側の角等、その他のエッジ部分がさらに丸められていることが望ましい。このように構成することによって、エッジ部分で発生しやすい異常酸化を抑えることができ、Crの外部への拡散を抑制することができる。」

「【図2】



(2)甲1発明からの進歩性(申立理由1)について
ア 請求項1に係る発明について
(ア)請求項1に係る発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「合金部材」は,「燃料電池セルの基端部を支持する」「マニホールド」であって,セルに接合されるといえるから,請求項1に係る発明の「電気化学セルに接合される金属部材」に相当する。
そして,甲1発明の「合金部材」が備える「クロムを含有する合金材料によって構成される基材」は,請求項1に係る発明の「金属部材」が備える「クロムを含有する合金材料によって構成される基材」に相当する。
さらに,甲1発明の「酸化クロム膜」及び「被覆膜」は,いずれも請求項1に係る発明の「基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜」に相当する。
また,甲1発明の「凹部」は,基材上に形成されるという限りにおいて,請求項1に係る発明の「凹部」に相当する。
そして,甲1発明の「前記凹部内に配置され、クロムよりも平衡酸素圧の低い元素の酸化物を含有するアンカー部」は,基材表面を覆う酸化クロム膜が接続されていることよりみて,請求項1に係る発明の「前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって構成されるアンカー部」に相当する。

(イ)よって,請求項1に係る発明と甲1発明とは,次の一致点,相違点を有する。

(一致点)
「電気化学セルに接合される金属部材であって、
クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜と、
を備え、
前記基材は、
凹部と、
前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって構成されるアンカー部と、
を有する、
電気化学セル用金属部材。」である点。

(相違点1)
請求項1に係る発明では,基材が「主面と及び側面に連なり、前記基材の外側に向かって湾曲する湾曲面」と「前記湾曲面に形成される凹部」を有するのに対し,甲1発明では,基材が,上記「湾曲面」及び「凹部」を有するかどうか明らかでない点。

(ウ)上記相違点1について検討する。
a 請求項1に係る発明において,湾曲面は,基材の主面と及び側面に連なり,その外側に向かって湾曲することで,基材の外側に突出するように形成されるため,屈曲するように連なる場合に比べて,セルスタックの作動/非作動が繰り返されたときに基材の角部に応力が集中することを抑制できるというものである(願書に添付された明細書(以下「本件特許明細書」という。)段落【0066】)。
また,請求項1に係る発明において,凹部は,アンカー部が該凹部に係止されることによって,アンカー部が接続されるコーティング膜にアンカー効果が生じ,基材に対するコーティング膜の密着力が向上し,コーティング膜が基材から剥離することを抑制できるところ,特に,凹部が湾曲部に形成されているため,セルスタック装置の作動/非作動が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させることができるというものである(本件特許明細書段落【0068】)。

b 他方,甲1には,合金部材が備える基材について,応力集中を抑制するための湾曲部を設けることは記載されておらず,したがって,湾曲部に凹部を設けることについても何ら記載も示唆もされていない。特に,甲1における合金部材は,燃料電池の基端部を支持するマニホールドとして構成されるものであるところ,マニホールドの詳細構成(甲1段落【0052】?【0076】,図6)を参照しても,湾曲部を設けることは何ら記載されていない。また,マニホールドの製造方法として,基材の表面にサンドブラストを用いることによって,楔状の凹部を効率的に形成する旨(甲1段落【0078】)が記載されているものの,凹部の形成部位としては「基材の表面」というに止まり,湾曲面を設けることは依然として不明であるし,まして,湾曲面に凹部を形成することについては,何ら記載も示唆もされていない。

c なお,甲1には,合金部材を集電部材などにも好適に用いることができる旨(甲1段落【0084】),また,甲2?甲5には,金属部材としての集電部材の角部に湾曲部を設ける旨(甲2:段落【0062】,甲3:図4(a),甲4:図4(a),甲5:段落【0020】,図2),各々記載されているが,これら各記載を総合してもなお,集電部材に凹部を設けた湾曲面を形成することは,何ら示唆されていない。

d 仮に,金属部材に凹部を設けた湾曲面を設けることが想到できたとしても,請求項1に係る発明は,当該湾曲面の凹部にアンカー部を充填形成することによって,セルスタック装置の作動/非作動が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させるという,格別の効果を奏するものであり,当該効果は,応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力向上について言及されていない甲1ないし甲5からは予測できないものである。

(エ)したがって,請求項1に係る発明は,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

イ 請求項2?6に係る発明について
請求項2?6に係る発明は,いずれも,請求項1に係る発明を更に技術的に特定したものであるから,甲1発明との対比において,少なくとも,上記ア(イ)と同様の相違点を有する。
したがって,上記ア(ウ)と同様の理由により,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)甲2発明からの新規性,進歩性(取消理由1,2)について
ア 請求項1に係る発明について
(ア)本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「燃料電池用集電部材」は,請求項1に係る発明の「電気化学セルに接合される集電部材」に相当する。
甲2発明の「Crを含有する合金からなる集電本体」は,請求項1に係る発明の「クロムを含有する合金材料によって構成される基材」に相当する。
甲2発明の「Cr拡散防止層」は,集電本体の表面に設けられるものであり,請求項1に係る発明の「前記基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜」に相当する。
そして,甲2発明では「集電本体のエッジ部分を面取り」するものであり,面取り処理によりR面を設けたものは,技術常識によれば,当該R面とは曲率半径Rの曲面であるから,請求項1に係る発明の「主面と及び側面に連なり,前記基材の外側に向かって湾曲する湾曲面」を備えているといえる。

(イ)よって,請求項1に係る発明と甲2発明とは,次の一致点,相違点を有する。

(一致点)
「電気化学セルに接合される金属部材であって、
クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜と、
を備え、
前記基材は、
主面と及び側面に連なり、前記基材の外側に向かって湾曲する湾曲面と、
を有する、
電気化学セル用金属部材。」である点。

(相違点2)
請求項1に係る発明では,「前記湾曲面に形成される凹部」及び「前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって形成されるアンカー部」を有するのに対し,甲2発明では,「集電本体のエッジ部分を面取り」した部分における「凹部」及び「アンカー部」の有無が明らかでない点。

(ウ)上記相違点2について検討する。
甲2は,エッジ部分にうまくCr拡散防止層が形成されない問題を解決するため,R面の面取り処理を施しているものであり(甲2段落【0027】),実施例でも,面取り処理した集電本体にCr拡散防止層の原料をディッピングし,脱バインダー及び焼き付け処理することによりCr拡散防止層を形成している(段落【0062】)。
そうすると,甲2発明において「集電本体のエッジ部分を面取り」した部分における「凹部」の有無が明らかでないところ,仮に凹部があるとしても,そこにCr拡散防止層の原料が侵入して形成される「アンカー部」は,コーティング膜と同じ材料であって,「コーティング膜と異なる材料によって形成される」ものではない。
よって,上記相違点2は実質的な相違点であるから,請求項1に係る発明は,甲2に記載された発明であるということはできない。

(エ)上記相違点2について,更に検討する。
a 請求項1に係る発明において,凹部は,アンカー部が該凹部に係止されることによって,アンカー部が接続されるコーティング膜にアンカー効果が生じ,基材に対するコーティング膜の密着力が向上し,コーティング膜が基材から剥離することを抑制できるところ,特に,凹部が湾曲部に形成されているため,セルスタック装置の作動/非作動が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させることができるというものである(本件特許明細書段落【0068】)。

b 他方,甲2には,集電本体に対するCr拡散防止層の密着力を向上させるために集電本体に凹部及びアンカー部を備えることについては,明示的な言及はされていない。むしろ,甲2では,Cr拡散防止層の表面が平滑であることから,集電部材と接合材が剥離してしまうおそれがあるので,Cr拡散防止層の外側に導電性セラミックス層を設けることにより,導電性セラミックス層がアンカー効果を有する旨(甲2段落【0028】)が記載されており,集電部材(上のCr拡散防止層)と接合材との密着力向上について言及されているのであるから,応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力の向上とは異なるものである。

c なお,甲2のほか,甲3?甲5にも,金属部材としての集電部材の角部に湾曲部を設ける旨(甲3:図4(a),甲4:図4(a),甲5:段落【0020】,図2),各々記載されているが,これら各記載を総合してもなお,集電部材に設けた湾曲面にコーティング膜と異なる材料によって形成される凹部を形成することは,何ら記載も示唆もされていない。

d 仮に,金属部材に凹部を設けた湾曲面を設けることが想到できたとしても,請求項1に係る発明は,当該湾曲面の凹部にコーティング膜と異なる材料によって形成されるアンカー部を充填形成することによって,セルスタック装置の作動/非作動が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させるという,格別の効果を奏するものであり,当該効果は,応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力向上について言及されていない甲1ないし甲5からは予測できないものである。

(オ)したがって,請求項1に係る発明は,甲2に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものではない。

イ 請求項3,6に係る発明について
請求項3,6に係る発明は,いずれも,請求項1に係る発明を更に技術的に特定したものであるから,甲2発明との対比において,少なくとも,上記ア(イ)と同様の相違点を有する。
したがって,上記ア(ウ),(エ)と同様の理由により,甲2に記載された発明ではなく,同発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(4)新規性(取消理由1),進歩性(取消理由2,申立理由1)についてのまとめ
以上のとおり,請求項1,3,6に係る発明は,甲2に記載された発明ではなく,当該発明から当業者が容易に発明できたものでもないから,当審が通知した取消理由1,2は解消した。
上記に加え,請求項1ないし6に係る発明は,甲1に記載された発明に基いて当業者が容易に発明できたものではないから,申立理由1を採用することはできない。

2 記載要件(取消理由3,4,申立理由2?4)について
(1)明確性(取消理由3,申立理由3)について
ア 「凹部」について
凹部とは,一般には,凹んでいる部分のことであり,本件特許明細書においては,マニホールドを構成する基材の表面に形成され(段落【0060】),そこにアンカー部が係止されることで,アンカー効果(段落【0071】)が生まれるような部分であるといえる。
よって,当業者であれば,マニホールドを構成する基材の表面において,そこにアンカー部が係止されることで,アンカー効果が生まれる程度に凹んでいる部分が「凹部」であると理解することができるから,その外延は明確であるといえる。

イ 「アンカー部」について
本件訂正により,請求項1?6には「アンカー部」が「凹部」に「充填され」ていることが特定され,「凹部」と「アンカー部」とがほぼ同じ大きさ及び同じ形状であることが明らかにされた。
そして,当業者であれば,「アンカー部」とは,「凹部」に係止されることによって,「アンカー部」が接続されたコーティング膜を基材に固定する機能(すなわち,アンカー効果)を発揮するものであると理解することができるから,その外延は明確であるといえる。

ウ 「複数の凹部」が「湾曲面の延在方向に並んでいる」について
請求項4における「前記複数の凹部は、前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に並んでいる」との記載に関して,本件特許明細書段落【0083】の「延在方向と垂直な方向D1に2以上の凹部302bが並ぶことを排除しない。」との記載は,同段落の「複数の凹部302bが延在方向D1に一直線上に配置される場合だけでなく、複数の凹部302bが全体として延在方向D1に広がるように配置される場合をも含むことを意味する。」との記載を受けた記載であるから,特許権者が釈明するとおり,延長方向と垂直な方向にのみ2以上の凹部が並んでいる配置形態は包含されていない(令和 2年 3月 9日差出の意見書第3頁)といえる。

エ 「湾曲面」について
発明の詳細な説明によれば,湾曲面は,基材の主面と及び側面に連なり,その外側に向かって湾曲することで,基材の外側に突出するように形成されるため,屈曲するように連なる場合に比べて,セルスタックの作動/非作動が繰り返されたときに基材の角部に応力が集中することを抑制できるというものである(段落【0066】)。
そうすると,当業者であれば,上記のような湾曲面の技術的意義も踏まえながら湾曲面の曲率などを設定することができるから,あらゆる角部の表面が「湾曲面」に該当するということはなく,その意義は明確であるといえる。

(2)委任省令要件(取消理由4)について
ア 「アンカー部」について
「アンカー部302cを取り囲む基材本体302aが酸化」すると,どのようにして「アンカー部302cが肥大化する」のか,また,「酸素をアンカー部302cが優先的に取り込む」ことで,どのようにして「アンカー部302cの形状を保つことができるのかについては,特許権者が釈明するとおり,アンカー部が低平衡酸素圧酸化物を含有する場合,低平衡酸素圧酸化物はクロムを含有する基材本体に比べて酸素を取り込みやすいため,コーティング膜を透過した酸素は,低平衡酸素圧酸化物に取り込まれること,また,低平衡酸素圧酸化物の酸化が進行すると,アンカー部の外延(当審注:「外縁」の誤記と認める。以下同じ。)は基材の凹部によって拘束されているため,高密度化したアンカー部が形成されること,その後,アンカー部の酸化が更に進行しても,アンカー部の外延は基材の凹部によって当方的に拘束されているためアンカー部は相似拡大し,元のアンカー部の形状と略同じであることにより,アンカー部の酸化度合いに関わらずアンカー部の形状を保つことができ,アンカー効果を長期間に亘って維持することができるものと解される(同意見書第4?5頁)。
したがって,発明の詳細な説明には,アンカー部がクロムよりも平衡酸素圧の低い元素(低平衡酸素圧元素)の酸化物を含有することに関して,請求項5,6に係る発明の技術上の意義を理解するために必要な事項が記載されているといえる。

(3)サポート要件(申立理由2)について
ア 「アンカー部」(および凹部)の形状について
発明の詳細な説明によれば,発明が解決しようとする課題は,コーティング膜の剥離を抑制可能な電気化学セル用金属部材、及びこれを用いた電気化学セル組立体を提供することである(段落【0005】)。
そして,本件訂正により,請求項1?6には「アンカー部」が「凹部」に「充填され」ていることが特定され,「凹部」と「アンカー部」とが同じ大きさ及び同じ形状であることが明らかにされたところ,発明の詳細な説明には,そのような「アンカー部」が「凹部」に係止されることによって,「アンカー部」が接続されたコーティング膜にアンカー効果が生じ,基材に対するコーティング膜の密着力が向上するため,コーティング膜が基材から剥離することを抑制でき,特に,セルスタック装置の動作/非動作が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させることができる旨が記載されている(段落【0068】)。
したがって,当業者であれば,発明の詳細な説明に記載された「アンカー部」は,「凹部」に充填・係止されることによってアンカー効果を生じ,基材に対するコーティング膜の密着力を向上させるものであると理解することができるから,請求項1?6に記載された「アンカー部」は発明の詳細に記載された範囲を超えるものではない。

イ 「凹部の開口の形状」について
本件訂正により,請求項1?6には「アンカー部」が「凹部」に「充填され」ていることが特定され,「凹部」と「アンカー部」とが同じ大きさ及び同じ形状であることが明らかにされたところ,発明の詳細な説明には,そのような「アンカー部」が「凹部」に係止されることによって,「アンカー部」が接続されたコーティング膜にアンカー効果が生じ,基材に対するコーティング膜の密着力が向上するため,コーティング膜が基材から剥離することを抑制でき,特に,セルスタック装置の動作/非動作が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させることができる旨が記載されている(段落【0068】)。
したがって,当業者であれば,発明の詳細な説明に記載された「アンカー部」として,「凹部」の開口の形状が「前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に向かって延びる」場合には,そのような「凹部」と同じ大きさ及び形状を有する「アンカー部」がいわゆる板状になることを理解することができるから,請求項1?6に記載された「アンカー部」は発明の詳細に記載された範囲を超えるものではない。

ウ 「アンカー部」の構成材料について
発明の詳細な説明によれば,発明が解決しようとする課題は,コーティング膜の剥離を抑制可能な電気化学セル用金属部材、及びこれを用いた電気化学セル組立体を提供することである(段落【0005】)。
そして,発明の詳細な説明には,コーティング膜に接続される「アンカー部」が基材の湾曲面に形成される「凹部」に係止されることによって,「アンカー部」が接続されたコーティング膜にアンカー効果が生じ,基材に対するコーティング膜の密着力が向上するため,コーティング膜が基材から剥離することを抑制でき,特に,セルスタック装置の動作/非動作が繰り返されたときに応力が集中しやすい角部におけるコーティング膜の密着力を向上させることができる旨が記載されている(段落【0068】)。
他方,アンカー部が含有する「低平衡酸素圧元素」について,発明の詳細な説明には,Crの平衡酸素圧より低い低平衡酸素圧元素の酸化物が記載されるとともに,Crよりも酸素との親和力が大きくて酸化しやすい低平衡酸素圧元素の酸化物を含有することにより,コーティング膜を透過してくる酸素をアンカー部に優先的に取り込むことができ,コーティング膜の剥離を長期間に亘って抑制できることが記載されている(段落【0070】)。
そうすると,長期間に亘る剥離抑制効果はともかく,発明が解決しようとする課題(コーティング膜の剥離を抑制可能な電気化学セル用金属部材・電気化学セル組立体の提供)に徴し,「アンカー部」の構成材料が特定されていなくとも,アンカー効果によりコーティング膜の密着力を向上させることができる旨を一応は理解することができるといえるから,請求項1?6に記載された「アンカー部」は発明の詳細に記載された範囲を超えるものではない。

(4)実施可能要件(申立理由4)について
ア 「アンカー部」の形成方法について
発明の詳細な説明には,アンカー部の形成方法の一例として,アンカー部用のペーストを凹部に埋設した後,基材に被覆膜用のペーストを塗布して熱処理することによって,被覆膜を形成しながら,さらに熱処理することによって,基材と被覆膜との間に酸化クロム膜を析出させることが記載されている(段落【0109】)。
ここで,アンカー部用のペーストからアンカー部が形成された旨の明示がなくとも,熱処理を経た後に「アンカー部」が形成されていることは明らかであるといえるから,発明の詳細な説明には,アンカー部の形成方法が明確かつ十分に記載されているといえる。

(4)記載要件(取消理由3,4,申立理由2?4)についてのまとめ
以上のとおり,請求項1?6に係る発明は明確であり,かつ,経済産業省令で定めるところにより記載されたものとなっているから,当審が通知した取消理由3,4は解消した。
そして,請求項1?6に係る発明は,発明の詳細な説明に記載されたものであり,特許を受けようとする発明が明確であって,かつ,発明の詳細な説明の記載は,当業者が請求項1?6に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものとなっているから,申立理由2?4を採用することはできない。

第6 むすび
以上のとおり,当審が通知した取消理由,及び,特許異議申立書に記載した申立理由によっては,請求項1ないし6に係る特許を取り消すことはできず,また,他に請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気化学セルに接合される金属部材であって、
クロムを含有する合金材料によって構成される基材と、
前記基材の少なくとも一部を覆うコーティング膜と、
を備え、
前記基材は、
主面と及び側面に連なり、前記基材の外側に向かって湾曲する湾曲面と、
前記湾曲面に形成される凹部と、
前記凹部内に充填され、前記コーティング膜に接続されており、前記コーティング膜と異なる材料によって構成されるアンカー部と、
を有する、
電気化学セル用金属部材。
【請求項2】
前記凹部の開口は、前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に沿って延びる、
請求項1に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項3】
前記基材は、
前記湾曲面にそれぞれ形成され、前記凹部を含む複数の凹部と、
前記複数の凹部内にそれぞれ充填され、前記コーティング膜にそれぞれ接続されており、前記アンカー部を含む複数のアンカー部と、
を有する、
請求項1又は2に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項4】
前記複数の凹部は、前記湾曲面の平面視において、前記湾曲面の延在方向に並んでいる、
請求項3に記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項5】
前記アンカー部は、クロムよりも平衡酸素圧の低い元素を含む酸化物を含有する、
請求項1乃至4のいずれかに記載の電気化学セル用金属部材。
【請求項6】
電気化学セルと、
前記請求項1乃至5のいずれかに記載の電気化学セル用金属部材と、
前記金属部材を前記電気化学セルに接合する導電性接合材と、
を備える、
電気化学セル組立体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-04-26 
出願番号 特願2018-197007(P2018-197007)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (H01M)
P 1 651・ 113- YAA (H01M)
P 1 651・ 121- YAA (H01M)
P 1 651・ 536- YAA (H01M)
最終処分 維持  
前審関与審査官 守安 太郎  
特許庁審判長 池渕 立
特許庁審判官 平塚 政宏
土屋 知久
登録日 2019-02-22 
登録番号 特許第6482716号(P6482716)
権利者 日本碍子株式会社
発明の名称 電気化学セル用金属部材、及びこれを用いた電気化学セル組立体  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  
代理人 新樹グローバル・アイピー特許業務法人  

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