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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08L
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08L
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08L
管理番号 1375877
異議申立番号 異議2020-700621  
総通号数 260 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-08-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-19 
確定日 2021-07-01 
異議申立件数
事件の表示 特許第6651161号発明「エポキシ樹脂組成物」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6651161号の請求項1ないし8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
(1)特許異議申立の経緯
特許第6651161号(請求項の数8。以下、「本件特許」という。)は、令和1年8月22日(優先権主張:令和1年8月21日(日本国))を国際出願日とする出願であって、令和2年1月24日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は、令和2年2月19日である。)。
その後、令和2年8月19日に、本件特許の請求項1?8に係る特許に対して、特許異議申立人である三谷富子(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがされたものである。
手続の経緯は以下のとおりである。
令和2年 8月19日 特許異議申立書
同年12月 3日付け 取消理由通知書
令和3年 1月21日 面接(特許権者)
同年 2月 5日 上申書(特許権者)
同年 同月10日付け 通知書
同年 3月 8日 意見書(特許権者)

(2)証拠方法
ア 申立人が提出した証拠方法は、以下のとおりである。
甲第1号証:国際公開第2018/229583号
甲第2号証:エポキシ樹脂用硬化剤(潜在性硬化剤)フジキュアー 固形タイプ、株式会社T&K TOKAのウエブページ、令和2年8月18日(印刷日)(https://www.tk-toka.co.jp/product/jushi/epoxy/detail/files/fujicure_solid.pdf)
甲第3号証:特表2020-500234号公報
甲第4号証:エポキシ樹脂技術協会 創立30周年記念出版編集委員会編、「総説 エポキシ樹脂 基礎編II」、エポキシ樹脂技術協会、2003年11月19日初版発行、第122?125頁
甲第5号証 特開2015-59174号公報
甲第6号証:Cardura^(TM) E10P Glycidyl Esterのカタログ、HEXION社のウエブページに掲載、令和2年8月18日(印刷日)(https://www.hexion.com/docs/default-source/versatic-acids/epcd-hxn-526.pdf?sfvrsn=8e4a9fa_9)
甲第7号証:国際公開第2015/060439号
甲第8号証:特開2013-221091号公報
甲第9号証:特開2015-131772号公報
(以下、「甲第1号証」?「甲第9号証」を「甲1」?「甲9」という。)

イ 特許権者が提出した証拠方法は以下のとおりである。
乙第1号証:化学大辞典編集委員会編、「化学大辞典2 縮刷版」昭和53年9月10日縮刷版第22刷発行、共立出版株式会社、第523?524頁
乙第2号証:岩谷一希、「実験成績証明書」、令和3年3月5日
乙第3号証:大澤善次郎著、「入門 高分子科学」、1998年3月25日第3版発行、株式会社裳華房、第153?155頁
乙第4号証:岩谷一希、「実験成績証明書」、令和3年3月5日
(以下、「乙第1号証」?「乙第4号証」を「乙1」?「乙4」という。)

第2 特許請求の範囲の記載
特許第6651161号の特許請求の範囲の記載は、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?8に記載される以下のとおりのものである。(以下、請求項1?8に記載された事項により特定される発明を「本件発明1」?「本件発明8」といい、まとめて「本件発明」ともいう。また、本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)

「【請求項1】
エポキシ樹脂組成物であって、下記成分(A)?(D):
(A)少なくとも1種の、チオール基を3つ以上有する多官能チオール化合物を含むチオール系硬化剤;
(B)少なくとも1種の2官能エポキシ樹脂;
(C)少なくとも1種の芳香族単官能エポキシ樹脂を含む架橋密度調節剤;及び
(D)硬化触媒
を含み、
成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)が1.15以上、1.45以下であり、
周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、
損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲にある硬化物を与える、エポキシ樹脂組成物。
【請求項2】
成分(A)が、3官能又は4官能のチオール化合物を含む、請求項1記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項3】
成分(B)及び(C)についてのエポキシ官能基当量の合計の、成分(A)についてのチオール官能基当量に対する比(〔エポキシ官能基当量〕/〔チオール官能基当量〕)が、0.70以上、1.10以下である、請求項1又は2記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項4】
成分(C)と成分(A)のモル数比(C)/(A)が、0.55以上、1.65以下である、請求項1?3いずれか1項記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項5】
成分(C)が芳香族単官能エポキシ樹脂を含む、請求項1?4いずれか1項記載のエポキシ樹脂組成物。
【請求項6】
請求項1?5のいずれか1項記載のエポキシ樹脂組成物を含む封止材。
【請求項7】
請求項1?5のいずれか1項記載のエポキシ樹脂組成物、又は請求項6に記載の封止材を硬化させることにより得られる硬化物。
【請求項8】
請求項7記載の硬化物を含む電子部品。」

第3 特許異議申立理由及び取消理由の概要
1 取消理由通知の概要
当審が取消理由通知で通知した取消理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)取消理由1(実施可能要件)発明の詳細な説明は、概略、下記の点で、当業者が本件の請求項1?8に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件請求項1?8に係る発明の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件明細書の段落【0050】の記載並びに実施例及び比較例の記載をみても、本件発明のエポキシ樹脂組成物について、損失弾性率(E’’)の極大温度が20℃以上、55℃以下の範囲である硬化物を与えるものとするには、本件明細書に、当業者が過度の試行錯誤をすることなく、製造することができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(2)取消理由2(サポート要件)本件の特許請求の範囲の請求項1?8の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、概略、下記の点で、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件の請求項1?8に係る発明の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

本件発明のプル強度が高い硬化物を与えるという課題を解決したことは、本件明細書の実施例における校正プル強度の値により確認しているということができるが、段落【0068】に記載された実測プル強度の値から校正プル強度の値に換算するための式の技術的な意味が明らかでなく、校正プル強度の値が技術的に合理的であると理解できないので、校正プル強度の値のみから、本件発明の課題が解決できたと認識することはできない。

そうすると、上記課題であるプル強度が高い硬化物を与えるという課題を解決したことは、実測プル強度の値により確認することになるが、本件明細書に記載のうち本件発明の具体例である実施例1、3、4及び7は、比較例3よりも実測プル強度の値が小さいものであり、本件発明の課題を解決できないことは明らかであるから、本件発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない。

2 特許異議申立理由
申立人がした申立理由の概要は、以下に示すとおりである。
(1)申立理由1
本件発明1?8は、本件優先日前に頒布された以下の刊行物である甲第1号証に記載された発明及び甲第2?9号証に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
よって、本件発明1?8の特許は、同法第29条の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号の規定により取り消すべきものである。

(2)申立理由2
本件の特許請求の範囲の請求項1?7の記載は、同各項に記載された特許を受けようとする発明が、発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえないから、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
よって、本件発明1?7の特許は、同法第36条第6項に規定する要件を満たさない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。
そして、具体的な理由は、上記取消理由2と同旨である。

(3)申立理由3
本件明細書の発明の詳細な説明は、概略、下記の点で、当業者が本件発明1?7の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから、発明の詳細な説明の記載が特許法第36条第4項第1号に適合するものではない。
よって、本件発明1?7の特許は、同法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し取り消されるべきものである。

発明の詳細な説明の記載をみても、申立理由2と同様に、校正プル強度では本件発明1?7が奏する効果を明確に理解することができないから、発明の詳細な説明には、当業者であっても本件発明1?7を使用できる程度に明確かつ十分に記載されていない。

第4 当審の判断
当審は、当審が通知した取消理由1及び2、並びに申立人が申し立てた申立理由1?3よっては、いずれも、本件発明1?8に係る特許を取り消すことはできないと判断する。
その理由は以下のとおりである。

1 取消理由について
(1)取消理由1について
ア 特許法第36条第4項第1号について
特許法第36条第4項は、「前項第三号の発明の詳細な説明の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定され、その第1号において、「経済産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、明確かつ十分に記載したものであること。」と規定している。
特許法第36条第4項第1号は、発明の詳細な説明のいわゆる実施可能要件を規定したものであって、物の発明では、その物を作り、かつ、その物を使用する具体的な記載が発明の詳細な説明にあるか、そのような記載が無い場合には、明細書及び図面の記載及び出願時の技術常識に基づき、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されていなければならないと解される。
よって、この観点に立って、本件の実施可能要件の判断をする。

イ 特許請求の範囲の記載について
上記「第2」に記載したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載について
本件明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されている。
(a)「【背景技術】
・・・
【0003】
このような電子部品用の接着剤や封止材に用いられるエポキシ樹脂組成物(以降、単に「硬化性組成物」と称する場合がある)は一般に、エポキシ樹脂及び硬化剤を含む。エポキシ樹脂は、種々の多官能エポキシ樹脂(2個以上のエポキシ基を有するエポキシ樹脂)を含む。硬化剤は、エポキシ樹脂中のエポキシ基と反応する官能基を2個以上有する化合物を含む。このような硬化性組成物のうち、チオール系硬化剤を硬化剤として用いるものは、0℃?-20℃といった低温条件下でも適度に短時間で硬化することが知られている。チオール系硬化剤は、2個以上のチオール基を有する化合物、即ち多官能チオール化合物を含む。このような硬化性組成物の例として、特許文献1に開示されるものを挙げることができる。
【0004】
エポキシ樹脂組成物は、その組成に応じて種々の特性を有する硬化物を与える。この点、硬化性組成物の使用目的等によっては、ガラス転移点(T_(g))が高いことが、好ましくない場合がある。例えば、この硬化性組成物を用いて、各々異なる材料で作られた2つの部品を接合する場合である。
【0005】
各々異なる材料で作られた2つの部品が接着剤で互いに接合されてなる組み立て物の周囲の温度が変化すると、それらの部品には各々、その材料の熱膨張係数に応じて熱応力が発生する。この熱応力は、熱膨張係数の違いにより均一でないため相殺されず、組み立て物の変形をもたらす。この変形に伴う応力が特に部品の接合部、即ち接着剤の硬化物に作用し、場合によっては硬化物にクラック等を発生させてしまう。このようなクラックは、特に硬化物がもろく、柔軟性に乏しいときに生じやすい。したがって、異なる材料で作られた部品を接合するための接着剤には、部品の熱膨張による組み立て物の変形に追従できる程度の柔軟性(低い弾性率)が、硬化後に必要である。そのためには、硬化物のT_(g)が適度に低いことが要求される。
・・・
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記した特許文献1に記載されたエポキシ樹脂組成物は、T_(g)が十分に低く優れた低温硬化性を示すものの、プル強度が低いという問題があることを本発明者らは見出した。電子部品には耐落下衝撃性が求められることがあるが、耐落下衝撃性を高めるためには、接着剤のプル強度を向上させることが望ましい。
本発明は上記のような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、低温条件下でも短時間で硬化して、ガラス転移点(T_(g))が低く、プル強度が高い硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物、それを含む封止材を提供することにある。本発明の他の目的は、前記エポキシ樹脂組成物又は封止材を硬化させて得られる硬化物を提供することにある。本発明の更に他の目的は、前記硬化物を含む電子部品を提供することにある。」

(b)「【0031】
(3)架橋密度調節剤(成分(C))
本発明において用いる架橋密度調節剤(成分(C))は、少なくとも1種の芳香族単官能エポキシ樹脂を含む限り特に制限はない。単官能エポキシ樹脂は、エポキシ基を1個有するエポキシ樹脂であり、・・・単官能エポキシ樹脂は、脂肪族単官能エポキシ樹脂と芳香族単官能エポキシ樹脂に大別される。揮発性の観点から、成分(C)は、エポキシ当量が180?400g/eqであることが好ましい。本発明では、粘度と低揮発性の観点から、成分(C)は芳香族単官能エポキシ樹脂を含むことが好ましい。さらに、成分(C)は実質的に芳香族単官能エポキシ樹脂であることがより好ましい。
【0032】
成分(C)に含まれる芳香族単官能エポキシ樹脂の例としては、フェニルグリシジルエーテル、クレジルグリシジルエーテル、p-s-ブチルフェニルグリシジルエーテル、スチレンオキシド、p-tert-ブチルフェニルグリシジルエーテル、o-フェニルフェノールグリシジルエーテル、p-フェニルフェノールグリシジルエーテル、N-グリシジルフタルイミド等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。・・・脂肪族単官能エポキシ樹脂の例としては、n-ブチルグリシジルエーテル、2-エチルヘキシルグリシジルエーテル、α-ピネンオキシド、アリルグリシジルエーテル、1-ビニル-3,4-エポキシシクロヘキサン、1,2-エポキシ-4-(2-メチルオキシラニル)-1-メチルシクロヘキサン、1,3-ビス(3-グリシドキシプロピル)-1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン、ネオデカン酸グリシジルエステル等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。」

(c)「【0038】
エポキシ樹脂に対しチオール系硬化剤が過剰であるエポキシ樹脂組成物は、初期T_(g)(硬化直後のT_(g))の低い硬化物を与える。しかし、このようにエポキシ樹脂に対しチオール系硬化剤が過剰である場合は、エポキシ基と反応せず、未反応のまま硬化物中に残るチオール基が多くなる。本発明者らは、特許文献1にて、耐熱試験後にT_(g)の変化が小さい組成物を開示したが、その後、そのような組成物では、耐湿信頼性試験(特に85℃85%の環境下で100時間)においては、試験後に、過剰のチオール基同士による新たな架橋が生じてしまう可能性があることを見出した。この架橋の進行は、チオール系硬化剤に対してエポキシ樹脂が過剰なときに比べれば穏やかであるものの、T_(g)の上昇をもたらす。本発明のある態様においては、このため、前記成分(B)及び(C)についてのエポキシ官能基当量の合計の、前記成分(A)についてのチオール官能基当量に対する比(〔エポキシ官能基当量〕/〔チオール官能基当量〕)は、0.70以上、1.10以下であることが好ましく、0.75以上、1.10以下であることがより好ましく、0.80以上1.05以下であることが特に好ましい。このような硬化性組成物においては、その未反応チオール基を減少させる前記成分(C)に含まれるエポキシ基が存在するので、それらの間での反応の結果、未反応チオール基の大半が消失する。前記成分(B)に含まれる多官能エポキシ樹脂は、前記成分(A)に含まれる多官能チオール化合物2分子を連結させて、ポリマー鎖を延長させるか、又はポリマー鎖間の架橋を形成する機能を有する。しかし、前記成分(C)に含まれる単官能エポキシ樹脂はそのような機能を有しないので、前記成分(A)と(C)の間での反応により、硬化物のT_(g)を上昇させる新たな架橋が生じることを抑制できる。したがって、このような硬化性組成物が与える硬化物は、新たな架橋を形成しうる官能基の含有量が少ないため、硬化後に長時間経過しても、新たな架橋の形成に伴うT_(g)の上昇がほとんど認められない。
【0039】
本発明のある態様においては、前記成分(B)及び(C)についてのエポキシ官能基当量の合計の、前記成分(A)についてのチオール官能基当量に対する比(〔エポキシ官能基当量〕/〔チオール官能基当量〕)が、0.70以上、1.10以下であると、同組成物中のエポキシ基とチオール基の両者について、エポキシ基とチオール基の間の反応に関与するものが一定以上の割合となるので、得られる硬化物の特性が適切なものとなる。前記の比が0.70未満であると、エポキシ基に対しチオール基が過剰であるため、未反応のまま硬化物中に残るチオール基が多くなり、そのようなチオール基間の反応に伴う硬化物のT_(g)上昇が抑制されにくくなる。一方、前記の比が1.10超であると、チオール基に対しエポキシ基が過剰であるため、エポキシ基とチオール基の間の反応に加え、過剰なエポキシ基間の反応(ホモ重合)が進行する。この結果、得られる硬化物にはこれら両方の反応による分子間架橋が形成されるので、架橋密度が高くなりすぎ、T_(g)が上昇する。あるいは、80℃で1時間といった、低温硬化が困難となる。
・・・
【0050】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲にある硬化物を与える。損失弾性率は、物体の動的弾性率を複素数で表した複素弾性率の虚数部にあたり、動的挙動中における粘弾性の消失エネルギーを示すものである。本明細書においては、損失弾性率は、特に断りのない限り、周波数10Hz、昇温速度3℃/分、ひずみ振幅5.0μm、引張法にて動的粘弾性測定(DMA)で測定した値を意味する。
当業者であれば、本発明のエポキシ樹脂組成物を構成する成分(A)?(D)等の量を適宜調節して、この組成物の与える硬化物が所定の損失弾性率を有するように調整できる。また、損失弾性率の測定方法は公知であり、当業者であれば、従来の動的粘弾性測定装置を用いて、損失弾性率を容易に測定することができる。
【0051】
上記のように、本発明のエポキシ樹脂組成物が与える硬化物では、このような損失弾性率(E”)が極大となる温度が、20℃以上、55℃以下の範囲にある。この温度が上記の範囲にないエポキシ樹脂組成物では、硬化物のプル強度、即ち耐落下衝撃性が十分向上しない。
本発明のエポキシ樹脂組成物は、損失弾性率が極大となる温度が、好ましくは20℃以上、50℃以下、より好ましくは20℃以上、45℃以下の範囲にある硬化物を与える。」

(d)「【0052】
硬化物の動的粘弾性特性を以上のようなものにするという観点から、本発明のエポキシ樹脂組成物において、成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)は、好ましくは1.15以上、1.45以下である。
また同じ理由で、本発明のエポキシ樹脂組成物において、成分(C)と成分(A)のモル数比(C)/(A)は、0.55以上、1.65以下である。
前記成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)の関係は、チオール基を3つ以上有するチオール化合物を含む成分(A)の架橋点を減らし、例えばチオール基を4つ有するチオール化合物であれば2官能チオール化合物や3官能チオール化合物であるかのように使用することを意味する。前記の比が1.15未満であると、架橋成分である多官能エポキシ樹脂が少なすぎるため、得られる硬化物が、高温下で溶融してしまうといった熱可塑性樹脂のような性質を示すおそれがある。一方、前記の比が1.45超であると、架橋成分である多官能エポキシ樹脂が多すぎるため、得られる硬化物には成分(A)と(B)の反応による分子間架橋が過剰に形成されて、架橋密度が高くなりすぎ、プル強度が小さくなるおそれがある。
前記成分(C)と成分(A)のモル数比(C)/(A)の関係は、前記成分(C)に含まれるエポキシ基の数(量)に対し、前記成分(A)のチオール基が適度に過剰であることを意味する。この関係を満足することにより、成分(A)と(B)の反応により形成される架橋の密度が適切なものとなる硬化物が得られるので好ましい。
前記成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)、および、成分(C)と成分(A)のモル数比(C)/(A)の関係を満たすことにより、成分(B)と反応しなかった成分(A)のチオール基が成分(C)と反応し、硬化物中に残る未反応チオール基が少なくなるため、得られる硬化物の特性が適切なものとなる。
・・・
【0055】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、低温条件下でも短時間で硬化して、T_(g)が低い硬化物を与える。本発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物は、T_(g)が65℃以下であることが好ましく、60℃以下であることがより好ましく、50℃以下であることがさらに好ましい。また、密着性の観点から、硬化物のT_(g)は、30℃以上であることが好ましく、32℃以上であることがより好ましい。本発明において、T_(g)は、動的熱機械測定装置(DMA)を用いて、-20℃?110℃の範囲、周波数1?10Hz、昇温速度1?10℃/min、ひずみ振幅5.0μm、引張法で求めることができる。好ましい周波数は10Hz、好ましい昇温速度は3℃/minである。T_(g)は、損失弾性率(E”)/貯蔵弾性率(E’)から求められる損失正接(tanδ)のピーク温度から求められる。」

(e)「【実施例】
【0058】
以下、本発明について、実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお以下の実施例において、部、%は、断りのない限り質量部、質量%を示す。
【0059】
実施例1?9、比較例1?3
表1?2に示す配合に従って、3本ロールミルを用いて所定の量の各成分を混合することにより、エポキシ樹脂組成物を調製した。表1?2において、各成分の量は質量部(単位:g)で表されている。
【0060】
・チオール系硬化剤(成分(A))
実施例及び比較例において、成分(A)として用いた化合物は、以下の通りである。
(A-1):1,3,4,6-テトラキス(2-メルカプトエチル)グリコールウリル(商品名:TS-G、四国化成工業株式会社製、チオール当量:100)
(A-2):トリメチロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオネート)(商品名:TMMP、SC有機化学株式会社製、チオール当量:133)
(A-3):ペンタエリスリトールテトラキス(3-メルカプトプロピオネート)(商品名:PEMP、SC有機化学製、チオール当量:122)
【0061】
・エポキシ樹脂(成分(B))
実施例及び比較例において、成分(B)として用いた化合物は、以下の通りである。
(B-1):ビスフェノールF型エポキシ樹脂(商品名:YDF-8170、新日鐵住金株式会社製、エポキシ当量:159)
(B-2):ビスフェノールF型エポキシ樹脂・ビスフェノールA型エポキシ樹脂混合物(商品名:EXA-835LV、DIC株式会社製、エポキシ当量165)
(B-3):ジシクロペンタジエン型エポキシ樹脂(商品名:EP4088L、株式会社ADEKA製、エポキシ当量165)
(B-4):1,4-シクロヘキサンジメタノールジグリシジルエーテル(商品名:CDMDG、昭和電工株式会社製、エポキシ当量:133)
(B-5):1,3-ビス(3-グリシドキシプロピル)-1,1,3,3-テトラメチルジシロキサン(商品名:TSL9906、モメンティブ・パフォーマンス・マテリアルズ・ジャパン合同会社製、エポキシ当量:181)
【0062】
・架橋密度調節剤(成分(C))
実施例及び比較例において、成分(C)として用いた化合物は、以下の通りである。
(C-1):p-tert-ブチルフェニルグリシジルエーテル(商品名:ED509S、株式会社ADEKA製、エポキシ当量:205)
(C-2):フェニルグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX141、ナガセケムテックス株式会社製、エポキシ当量:151)
(C-3):2-エチルヘキシルグリシジルエーテル(商品名:デナコールEX121、ナガセケムテックス株式会社製 、エポキシ当量:187)
【0063】
・硬化触媒(成分(D))
実施例及び比較例において、成分(D)として用いた化合物は、以下の通りである。
(D-1)アミン-エポキシアダクト系潜在性硬化触媒(商品名:ノバキュアHXA9322HP、旭化成株式会社製)
【0064】
前記潜在性硬化触媒(D-1)は、微粒子状の潜在性硬化触媒が、エポキシ樹脂(ビスフェノールA型エポキシ樹脂とビスフェノールF型エポキシ樹脂の混合物(エポキシ当量:170))に分散されてなる分散液(潜在性硬化触媒/ビスフェノールA型エポキシ樹脂とビスフェノールF型エポキシ樹脂の混合物=33/67(質量比))の形態で提供される。表1?2の(D-1)は、潜在性硬化触媒を含む分散液の質量部である。この分散液を構成するエポキシ樹脂は、成分(B)の一部をなすものとして扱われる。よって表1?2の「(B)/(A)(モル数比)」の(B)には、(D-1)中のエポキシ樹脂の量が含まれている。
【0065】
・その他の成分(成分(E))
実施例及び比較例において、成分(E)として用いた化合物は、以下の通りである。
(E-1):シリカフィラー1(商品名:SE2300、平均粒径0.6μm、株式会社アドマテックス製)
(E-2):シリカフィラー2(商品名:SO-E5、平均粒径2.0μm、株式会社アドマテックス製)
【0066】
実施例及び比較例においては、エポキシ樹脂組成物を硬化させて得られる硬化物の特性を、以下のようにして測定した。
(硬化物の作製)
実施例1?9及び比較例1?3の樹脂組成物を、各々80℃で120分間加熱することにより、硬化物を得た。
【0067】
〈硬化物の損失弾性率(E”)〉
日本工業規格JIS C6481のT_(g)の測定法を利用して行った。具体的には、まず、厚さ3mmのガラス板の表面にテフロン(登録商標)シートを貼り、その上に、硬化した際の膜厚が400±150μmとなるようにスペーサー(耐熱テープを重ねたもの)を2箇所に配置した。次に、スペーサー間に樹脂組成物を塗布し、気泡を巻き込まないように、表面にテフロン(登録商標)シートを貼った別のガラス板で挟み込み、80℃で120分間硬化させて硬化物を得た。最後に、この硬化物をテフロン(登録商標)シートを貼ったガラス板から剥がした後、カッターで所定寸法(10mm×40mm)に切り取り、試験片を得た。なお、切り口はサンドペーパーで滑らかにした。この硬化物を、動的熱機械測定装置(DMA)(セイコーインスツル社製)を用いて、-20℃?110℃の範囲、周波数10Hz、昇温速度3℃/min、ひずみ振幅5.0μm、引張法で、硬化物の損失弾性率(E”)を測定し、E”が極大となる温度(℃)を求めた。結果を表1?2に示す。
【0068】
〈硬化物の実測プル強度及び校正プル強度〉
たて20mm×よこ20mm×厚さ1.6mmのアルミナ板上に、スペーサー(150μm厚の耐熱テープ)を2箇所に配置した。次に、スペーサー間に、1mgの樹脂組成物を塗布した。塗布した樹脂組成物に接するように、スペーサーの上に、9mm□の正方形の光沢ニッケルめっきで処理された厚板(2.5g)を載せた。その後、80℃で120分間、加熱硬化することにより、試験体を得た。この試験体の厚板上部に湿気硬化型接着剤を用いてナットを貼りあわせ、プル強度測定の際に厚板とナットの間で剥離が生じないようにするため、12時間放置して厚板とナットを十分に接合した。その後、接着面が水平になるように、アルミナ板を精密荷重測定器(アイコーエンジニアリング製、型番:1605HTP)に固定したのちに、ナットの輪に紐を通し、この紐をジグに取り付け、23℃において、鉛直方向に12mm/分の速度で、引っぱり荷重を加えた。アルミナ板と厚板とが分断されるまでに加えた最大荷重を、アルミナ板と厚板の接着面積で割った値を、実測プル強度とした(N=6)。単位は、N/mm^(2)である。さらに、この実測プル強度から、実施例1及び2の比較から導出された下記式を用いて校正プル強度を求めた。単位は、N/mm^(2)である。結果を表1?2に示す。
校正プル強度=実測プル強度/((100-成分(E)含有量(wt%)×1.2)/100)
【0069】
本発明のエポキシ樹脂組成物は、必要に応じて成分(E)(フィラー)を添加して用いることができるが、実施例1と2の比較から分かるように、成分(E)(フィラー)の含有量が増加すると硬化物の実測プル強度は減少する傾向にある。上記校正プル強度は、このような成分(E)の影響を相殺したプル強度である。
【0070】
【表1】

【0071】
【表2】

【0072】
表1?2より明らかなように、実施例1?9のいずれにおいても、硬化後のプル強度(特に校正プル強度)は満足な値であった。
これに対し、硬化物のE”が極大となる温度が所定の範囲にない比較例1?2及び成分(C)を含まない比較例3では、硬化後のプル強度が不十分であった。比較例3からわかるように、所定の組成を有していないエポキシ樹脂組成物では、硬化物のE”が極大となる温度が所定の範囲にあっても、硬化後のプル強度が十分向上しない。
表1?2の校正プル強度とE”のピーク温度(極大値)との関係を図1に示した。図1において、IとIIの直線の関係より、成分(A)のチオール官能基当量に対する成分(C)のエポキシ官能基当量が多くなるにつれ、プル強度が高くなることがわかる。」

エ 令和3年3月8日に提出した意見書の記載について
令和2年12月3日に通知した取消理由に対して、令和3年3月8日に提出した意見書には、以下の事項が記載されている。
(意見書1)「まず、本件発明1の成分(C)は、「架橋密度調節剤」という名の通り、エポキシ樹脂組成物の硬化物内の架橋密度を調節する役割を担います。その作用機構は 本件明細書段落 【0038】?【0039】等に詳細に記載されている通りです。中でも特に、「前記成分(C) に含まれる単官能エポキシ樹脂はそのような機能を有していないので、前記成分(A)と(C)の間での反応により、硬化物のT_(g)を上昇させる新たな架橋が生じることを抑制できる。」(本件明細書段落【0038】)という記載から、成分(C)の割合が増加すれば、硬化物中の架橋密度が低下する結果、そのT_(g)も低下する一方、逆に成分(C)の割合が減少すれば、硬化物中の架橋密度が上昇する結果、そのT_(g)も上昇する関係にあることは明らかです。・・・架橋密度調節剤である成分(C)の割合を適宜調節することで、硬化物が所望のT_(g)を有するように調節することができるのは明らかです。
・・・
したがって、本件明細書を参考にすれば、当業者が日常的に行う検討及び実験の範囲内で、所望のT_(g)を有する硬化物を与えるエポキシ組成物を容易に調製することができます。このような材料メーカーから提供される情報を参考にすれば、場合によれば一度で、そうでなくても数度の試行錯誤を行うのみで、硬化物のT_(g)を所望に近い値に調節することが可能です。」(第4頁第9行?第6頁第20行)

(意見書2)「本件発明において、T_(g)は動的熱機械測定装置(DMA)を用いて測定した、損失弾性率(E’’)/貯蔵弾性率(E’)から求められる損失正接(tanδ)のピーク温度から求められます(本件明細書段落【0055】)。
・・・
この技術常識は、本件明細書段落【0055】にも反映されています。具体的には、段落【0055】には、「本発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物は、T_(g)が65℃以下であることが好ましく」及び「硬化物のT_(g)は、30℃以上であることが好ましく」と記載されています。したがって、本件明細書には、本件発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物のT_(g)は、同硬化物の損失弾性率 (E’’)のピーク温度範囲(本件発明の請求項1、「20℃以上、55℃以下」)より約10℃高くなることが記載されています。」(第7頁第1?19行)

(意見書3)「このような技術常識を勘案すると、上記で検討した方法により、所望のT_(g)を有する硬化物を与えるエポキシ組成物のみならず、所望の損失弾性率(E’’)のピーク温度を有する硬化物を与えるエポキシ組成物を調製することは容易であることが分かります。これは、本件発明の定義及び測定条件のもとでは、損失弾性率(E’’)のピーク温度がT_(g)より約10℃程度低くなることを勘案すればより明らかです。
これは、例えば、材料メーカーの提供する情報を参考にしつつ、本件明細書の教示に従って、成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)を1.15以上1.45以下の範囲としたうえで、架橋密度調節剤である成分(C)の割合を適宜調節することによって達成可能です。より具体的には、エポキシ樹脂組成物を調製し、その硬化物の損失弾性率(E’’)のピーク温度が所望の値より高ければ成分(C)の割合を増やし、逆に、硬化物の損失弾性率(E’’)のピーク温度が所望の値より低ければ成分(C)の割合を増やすことで、硬化物の損失弾性率(E’’)のピーク温度を所望の値に近づけることができます。
・・・
このように、当業者が所望の損失弾性率(E’’)のピーク温度を有する硬化物を与えるエポキシ組成物を調製することは容易です。したがって、損失弾性率(E’’)のピーク温度が20℃以上55℃以下という広い範囲内に入るような硬化物を与えるエポキシ組成物を調製できることはなおさら容易です。」(第9頁第5行?第10頁第6行)

オ 乙第2号証の記載
乙第2号証には、以下の事項が記載されている。
(乙2a)「5.実験内容
上記特許の明細書に記載の通り実施例1?9の硬化物を作製した。
その後、同明細書段落【0055】の記載に従い、各硬化物のガラス転移温度T_(g)を測定した。

6.実験結果
以下の表に、実施例1?9の硬化物のガラス転移温度T_(g)(単位:℃)を示す。また、上記特許の明細書表1及び表2に記載の損失弾性率(E’’)が極大となる温度(単位:℃)、及び両者の差もあわせて記載する。

以上より、実施例1?9の硬化物に関して、ガラス転移温度T_(g)と損失弾性率(E’’)が極大となる温度の比較から、すべての実施例において、前者は後者よりも約10℃高いことが確認された。」(第1頁中段?第2頁第2行)

カ 判断
取消理由1の概要は、上記「第3 1(1)」で示したとおり、本件明細書の段落【0050】の記載並びに実施例及び比較例の記載をみても、本件発明のエポキシ樹脂組成物について、損失弾性率(E’’)の極大温度が20℃以上、55℃以下の範囲である硬化物を与えるものとするには、本件明細書に、当業者が過度の試行錯誤をすることなく、製造することができる程度に記載されているとはいえないというものである。
そこで、この点について検討する。

本件発明1は、エポキシ樹脂組成物の発明であり、概略、成分(A)?(D)を含み、成分(B)と成分(A)とのモル数比が特定され、そして、エポキシ樹脂組成物を硬化した硬化物の損失弾性率(E’’)が極大となる温度が、20℃以上55℃以下の範囲により特定される発明である。

本件発明1のうち、損失弾性率(E’’)が極大となる温度が、20℃以上55℃以下の範囲である硬化物を製造する方法について、発明の詳細な説明の段落【0050】には、「当業者であれば、本発明のエポキシ樹脂組成物を構成する成分(A)?(D)等の量を適宜調節して、この組成物の与える硬化物が所定の損失弾性率を有するように調整できる。また、損失弾性率の測定方法は公知であり、当業者であれば、従来の動的粘弾性測定装置を用いて、損失弾性率を容易に測定することができる。」と記載され(摘記(c))、同【0058】以降の実施例においては、成分(A)?(D)について具体的な化合物を具体的な配合量で混合して、エポキシ樹脂組成物を調製し、硬化物の損失弾性率(E’’)を測定して、損失弾性率(E’’)が極大となる温度を求め、その温度が20℃以上55℃以下となる具体例が記載されている(実施例1?9、比較例3)(摘記(e))。

また、同【0055】には、本発明のエポキシ樹脂組成物の硬化物は、T_(g)が65℃以下であること、30℃以上であることが好ましいことが記載されている(摘記(d))。この硬化物のT_(g)は、硬化物の損失弾性率(E’’)が極大となる温度が、20℃以上55℃以下であることからすれば、硬化物の損失弾性率(E’’)が極大となる温度の10℃程度高い温度であることが読み取れる。この点について、特許権者は、令和3年3月8日に乙2を提出し、ここには本件明細書に記載された実施例1?9のT_(g)が記載され、このT_(g)の値は、損失弾性率(E’’)が極大となる温度の10℃程度高いことが確認でき、上記本件明細書の記載と符合するということができる。
そして、本件明細書の段落【0038】には、エポキシ樹脂組成物中の「成分(B)に含まれる多官能エポキシ樹脂は、前記成分(A)に含まれる多官能チオール化合物2分子を連結させて、・・・ポリマー鎖間の架橋を形成する機能を有する。しかし、前記成分(C)に含まれる単官能エポキシ樹脂はそのような機能を有しないので、前記成分(A)と(C)の間での反応により、硬化物のT_(g)を上昇させる新たな架橋が生じることを抑制できる。」ことが記載されている(摘記(c))。また、特許権者も、意見書において、成分(C)の割合が増加すれば、硬化物中の架橋密度が低下する結果、そのT_(g)も低下する旨の説明しており(意見書1参照)、一定の合理性があるといえる。

そうすると、エポキシ樹脂組成物を硬化した硬化物の損失弾性率(E’’)が極大となる温度が、20℃以上55℃以下の範囲とするためには、上記意見書における説明に従い、本件明細書に記載された実施例を参考にしつつ上記記載のうち、硬化物のT_(g)を硬化物の損失弾性率(E’’)が極大となる温度の10℃程度高い温度であるという目安のもと、硬化物のT_(g)を、エポキシ樹脂組成物の成分(C)の配合量を増減することで調整して製造することができるから、当業者であれば、過度の試行錯誤を行うことなく製造することができるということができる。
よって、本件明細書の発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなされているものと認められる。

また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?8も同様である。

キ まとめ
したがって、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、特許法第36条第4項第1号に適合するものであるといえ、取消理由1によっては、本件発明の特許を取り消すことはできない。

(2)取消理由2について
取消理由2は、申立理由2と同旨なので、併せて検討する。

ア 特許法第36条第6項第1号について
特許法第36条第6項は、「第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。」と規定し、その第1号において「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」と規定している。同号は、明細書のいわゆるサポート要件を規定したものであって、特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
以下、この観点に立って検討する。

イ 特許請求の範囲の記載
上記「第2」に記載したとおりである。

ウ 発明の詳細な説明の記載
上記「第4 1(1)ウ」に記載したとおりである。

エ 令和3年3月8日に提出した意見書の記載について
令和2年12月3日に通知した取消理由に対して、令和3年3月8日に提出した意見書には、以下の事項が記載されている。
(意見書4)「まず、本件明細書段落【0068】には、この式が「実施例1及び2の比較から導出された」換算式であることが記載されています。さらに、段落【0069】からは、成分(E)(フィラー)の含有量が増加すると硬化物の実測プル強度は減少する傾向にあることに鑑み、この成分(E)の影響を校正により取り除いたものが校正プル強度であるとの説明がされています。
具体的に実施例1及び2を検討すると、両者の実測プル強度は異なりますが、両者は樹脂成分(表1の成分(A-3)、(B-1)、(B-4)、(C-1)及び(D-1))の構成比率は同一で、フィラー(表1の成分(E-2))の量が異なるのみです。このため、両者のプル強度の差は、確かにフィラーの含有量の差に起因すると結論付けることができます。換算によりフィラーからの影響を除去した校正プル強度が算出できれば、フィラー含有量が様々に異なる実施例中の物性をより適切に比較できることは、当業者であれば理解することができます。」(第11頁第2?15行)

(意見書5)「ここで、本件明細書段落【0068】に記載の式を再掲すると、
校正プル強度=実測プル強度/((100-成分(E)含有量(wt%)×1.2/100)
となりますが、上式の右辺の分母を払って整理をすると、以下の式が得られます。

この変形結果からも明らかなように、ご指摘の式は、フィラーの含有量が0である場合のプル強度(校正プル強度)に、1より小さい換算係数を乗ずることで、フィラーを含有した場合のプル強度を計算するものといえ、校正プル強度と実測プル強度を相互に換算する式です。また、この校正式は、フィラーの存在の影響はフィラー含有量に線形依存するとした、最も単純かつ最も多用されるモデルであることも明らかです。」(第11頁第16行?第12頁第4行)

(意見書6)「取消理由通知書の上記箇所では係数が1.2である意味が明らかでないとされていますので、ここで比例係数をαと表すことにします。さらに、成分(E)含有量(wt%)をxとして問題の式を表し直すと以下のようになります。

上で検討したとおり、実施例1及び2はフィラー以外の成分の構成比率は同一ですので、両者の校正プル強度(フィラーが0であったときのプル強度)は一致します。このため、実施例1及び2に関して、実測プル強度をそれぞれY_(1)及びY_(2)、校正プル強度をそれぞれY_(1)’及びY_(2)’、成分(E)含有量(wt%)をそれぞれx_(1)及びx_(2)とおくと、

という関係が成立します。
ここで、本件明細書段落【0068】及び【0069】の説明に従い、実施例1及び2の実験値(x_(1)、Y_(1))=(55,7.54)及び (x_(2)、Y_(2))=(30,14.45)を上式に代入し、αについて解くと、
α=(原文では、ほぼ等しいの意味の記号であり、「=」の左上と右下に「・」が付されている記号である。)1.2
が求まります。これが、取消理由通知書においてご指摘があった係数です。」(第12頁第5?最下行)

(意見書7)「ご参考までに、本件の実施例1及び2に加え、これらからフィラー含有量のみを変化させた硬化物に関して、プル強度(実測プル強度)を測定した実験成績証明書を乙第4号証として提出いたします。乙第4号証から、これらの硬化物に関して、プル強度(実測プル強度)はフィラー の含有量に線形に依存することは明らかです。」(第13頁第12?16行)

オ 乙第4号証の記載
乙第4号証には、以下の事項が記載されている。
(乙4a)「5.実験内容
成分(E-2)シリカフィラー2の含有量を、それぞれ0%、10%、20%及び40%とした以外は、上記特許の実施例1と同様に硬化物を作製した。同様に、成分(E-2)シリカフィラー2の含有量を30%(実施例1と同一の組成)及び55%(実施例2と同一の組成)とした硬化物も作製した。
その後、同明細書段落【0068】の記載に従い、各硬化物のプル強度(実測プル強度)を測定した。

6.実験結果
以下の表に、各フィラー量の硬化物のpull強度(実測プル強度)を示す。また、上記特許の実施例1及び2の結果もあわせて記載する。

以上のデータを以下のグラフにも示す。なお、グラフ中には、上記特許明細書段落【0068】に記載の式に対応する直線もあわせて表示した。

以上より、実施例1及び2並びにこれらからフィラー含有量のみを変化させた硬化物に関して、プル強度(実測プル強度)はフィラーの含有量に線形に依存することが確認された。」(第1頁下から10行?第2頁下から2行)

カ 本件発明の課題について
本件発明の課題は、本件明細書の段落【0007】及び明細書全体の記載からみて、低温条件下でも短時間で硬化して、ガラス転移点(T_(g))が低く、プル強度が高い硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物、それを含む封止材、硬化物及び電子部品を提供することであると認める。

キ 判断
取消理由2の概要は、上記「第3 1(2)」で示したとおり、本件発明のプル強度が高い硬化物を与えるという課題を解決したことは、本件明細書の実施例における校正プル強度の値により確認しているということができるが、段落【0068】に記載された実測プル強度の値から校正プル強度の値に換算するための式の技術的な意味が明らかでないから、校正プル強度の値が技術的に合理的であると理解できないので、校正プル強度の値のみから、本件発明の課題が解決できたと認識することはできない、そうすると、上記課題であるプル強度が高い硬化物を与えるという課題を解決したことは、実測プル強度の値により確認することになるが、本件明細書に記載のうち、本件発明の具体例である実施例1、3、4及び7は、比較例3よりも実測プル強度の値が小さいものであり、本件発明の課題を解決できないことは明らかであるから、本件発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえない、というものである。

そこで、実測プル強度の値から校正プル強度の値に換算するための式の技術的な意味について検討する。

本件明細書の段落【0069】には、「本発明のエポキシ樹脂組成物は、必要に応じて成分(E)(フィラー)を添加して用いることができるが、実施例1と2の比較から分かるように、成分(E)(フィラー)の含有量が増加すると硬化物の実測プル強度は減少する傾向にある。上記校正プル強度は、このような成分(E)の影響を相殺したプル強度である。」と記載され、同【0068】には、「この実測プル強度から、実施例1及び2の比較から導出された下記式を用いて校正プル強度を求めた。単位は、N/mm^(2)である。結果を表1?2に示す。
校正プル強度=実測プル強度/((100-成分(E)含有量(wt%)×1.2)/100)」と記載されている。

そして、この式の算出方法は、令和3年3月8日に提出した意見書によれば、フィラーの存在の影響はフィラー含有量に線形依存することを前提とした一般式に、実施例1及び2におけるフィラーの含有量と実測プル強度を代入して、係数αを算出したものであるといえ、令和3年3月8日に提出した乙4をみれば、さらにシリカフィラーの配合量と実測プル強度とは線形依存関係にあることが確認できるから、上記式は、合理的なものと理解できる。

上記の検討によれば、実測プル強度の値から校正プル強度の値に換算するための式の技術的な意味は、エポキシ樹脂組成物中に存在するフィラーの含有量の影響を合理的に差し引いた値であると理解することができる。

そうすると、本件発明の課題であるプル強度が高い硬化物を与えることは、実施例においては校正プル強度の値により確認することに合理性があり、本件明細書の表1及び表2によれば、実施例1?3、5、6、8及び9は、比較例1?3よりも校正プル強度の値が大きく課題を解決できることがデータにより確認できる。そして、発明の詳細な説明の段落【0051】における「上記のように、本発明のエポキシ樹脂組成物が与える硬化物では、このような損失弾性率(E”)が極大となる温度が、20℃以上、55℃以下の範囲にある。この温度が上記の範囲にないエポキシ樹脂組成物では、硬化物のプル強度、即ち耐落下衝撃性が十分向上しない。」(摘記(c))をみた当業者であれば、本件発明1の全体にわたり本件発明の課題を解決できると認識できる。

よって、本件発明1が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。

また、本件発明1を直接又は間接的に引用する本件発明2?8も同様である。

ク まとめ
したがって、本件特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第1号に適合するものであるといえ、取消理由2によっては、本件発明の特許を取り消すことはできない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立人がした申立理由について
(1)申立理由1について
ア 各甲号証の記載
(ア)甲1
甲1には以下の事項が記載されている。なお、以下の甲1の記載事項は、申立人が提出したその日本語訳である甲1の訳文に基づいて当審が作成した。
(1a)「請求項1
1分子あたり少なくとも2つのエポキシド基を有するエポキシ樹脂を含むエポキシ樹脂成分と、少なくとも2つの1級チオール基を有するポリチオール化合物を含むチオール成分と、下記一般式(II)を有するシラン官能化接着促進剤と:
(X)_(m)-Y-(Si(R^(2))_(3))_(n)
式中、
Xはエポキシまたはチオール基であり、
Yは脂肪族基であり、
mおよびnは独立して1?3であり、
各R^(2)は独立してアルコキシ基である、
エポキシ樹脂を硬化させるための窒素含有触媒と、
を含み、前記エポキシ樹脂成分および/または前記チオール成分は、円筒形マンドレル曲げ試験によってクラックを生じない、および/または引張弾性率および伸長試験によって少なくとも100%の引張伸長を有する硬化ポリマー材料を提供するように選択される、硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物。」(特許請求の範囲の請求項1)

(1b)「概要
本開示は、硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物を提供する。硬化性エポキシ/チオール系は、硬化するとシリコーン表面への良好な接着性、および特定の実施形態では良好な可撓性を有する硬化したポリマー材料(例えば、接着性ポリマー材料)を提供する。」(第1頁下から第10?6行)

(1c)「したがって、本開示の硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物は、温度に敏感な接着用途、特に電子産業、例えば、携帯電話の組み立ておよびプラスチックと金属部品の接着における使用に適している。また、自動車や航空宇宙産業など、部品の接着に使用することもできる。」(第9頁第11?15行)

(1d)「したがって、硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物から調製された硬化ポリマー材料は、シリコーン上のコーティングなどの可撓性コーティングとして機能することができる。例えば、硬化したポリマー材料は、感圧性シリコーン接着剤のバリアコートとして機能することができる。特に、硬化したポリマー材料は、シリコーンテープ(例えば、シリコーンマスキングテープ)中のシリコーンバッキング層と感圧性シリコーン接着剤との間の結合層として有効であり得る。硬化した高分子材料は、シリコーン基板への優れた接着性と、感圧性シリコーン接着剤からの可塑剤の移動に対する優れたバリア特性を示す。」(第9頁下から第4行?第10頁第4行)

(1e)「特定の実施形態では、好ましいエポキシ樹脂成分は柔軟である。これにより、エポキシ樹脂成分は、チオール成分(柔軟であるかどうかにかかわらず)と組み合わされて硬化すると、円筒形マンドレル曲げ試験によってクラックが発生しないか、および/または引張弾性率および伸長試験によって少なくとも1 0 0 %の引張伸長を有する硬化ポリマー材料を提供する。このような柔軟性は、柔軟性のあるエポキシ化合物および/または反応性の単官能希釈剤によって提供することができる。柔軟なエポキシ化合物には、線状または環状の脂肪族骨格構造に基づくものが含まれる。また、エポキシ化合物の柔軟性は、反応部位間の側鎖長および/または分子量を増加させることによって増加させることができる。
線状または環状脂肪族構造に基づくエポキシ化合物は柔軟性を提供し、HEMOXY 71、EPON 872、およびEPONEX 1510(すべて Momentive Speciality Chemicals, Inc.(オハイオ州コロンバス))の商品名で入手可能なものを含む。これらには、ポリエーテルのジグリシジルエーテルが含まれる。その例としては、Olin Epoxy Co.(ミズーリ州セントルイス)から商品名 DER 732およびDER 736で入手可能なもの、Momentive Speciality Chemicals, Inc. から入手可能なHELOXY 84、EMS- Griltech(Domat/Ems、スイス)から入手可能なGRILONIT F 713 が含まれる。カシューナッツオイルやその他の天然油をベースにしたエポキシも柔軟性を提供する。その例としては、Cardolite(Monmouth Junction、ニュージャージー)からNC513およびNC514の商品名で入手可能なものや、Momentive Speciality Chemicals, Inc.から入手可能なHELOXY 505がある。ペンダント脂肪族基を有するビスフェノールAのジグリシジルエーテルに基づくエポキシも柔軟性を提供できる。その一例は、ハンツマン(テキサス州ザ ウッドランズ)から商品名 ARALDITE PY 4122 で入手可能なビスフェノールAのアルキル官能化ジグリシジルエーテルである。」(第16頁第17行?第17頁第6行)

(1f)「エポキシ樹脂成分は、多くの場合、材料の混合物である。例えば、エポキシ樹脂は、硬化前に所望の粘度または流動特性を提供する混合物であるように選択することができる。例えば、エポキシ樹脂のなかには、単官能性または特定の多官能性エポキシ樹脂を含む反応性希釈剤があり得る。反応性希釈剤は、少なくとも2つのエポキシ基を有するエポキシ樹脂の粘度よりも低い粘度を有するはずである。通常、反応性希釈剤の粘度は250mPa・s未満である必要がある。反応性希釈剤は、エポキシ/チオール樹脂組成物の粘度を低下させる傾向があり、飽和した分岐骨格または飽和または不飽和の環状骨格のいずれかをしばしば有する。好ましい反応性希釈剤は、様々なモノグリシジルエーテルのように、ただ1つの官能基(すなわち、オキシラン基)を有する。
いくつかの例示的な単官能性エポキシ樹脂としては、(C6-C28)アルキルグリシジルエーテル、(C6-C28)脂肪酸グリシジルエステル、(C6-C28)アルキルフェノールグリシジルエーテル、およびそれらの組み合わせが挙げられる。単官能性エポキシ樹脂が反応性希釈剤である場合、そのような単官能性エポキシ樹脂は、エポキシ樹脂成分の合計に基づいて最大50部の量で使用されるべきである。そのような希釈剤の例は、Hexion Inc. (オハイオ州コロンバス)からカージュラ ElOPグリシジルエステルの商品名で入手可能な、高度に分岐したClO異性体の合成飽和モノカルボン酸であるバーサチック酸10のグリシジルエステルである。エポキシ樹脂中のこのような単官能希釈剤成分を使用して、本開示の硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物から製造される硬化材料の柔軟性を高めることができる。」(第17頁第12行?最下行)

(1g)「チオール成分
チオールは、炭素結合スルフヒドリルまたはメルカプト(-C-SH)基を含む有機硫黄化合物である。適切なポリチオールは、1分子あたり2つ以上のチオール基を有し、エポキシ樹脂の硬化剤として機能する多種多様な化合物から選択される。
適切なポリチオールの例としては、トリメチロールプロパントリス(ベーターメルカプトプロピオネート)、トリメチロールプロパントリス(チオグリコレート)、ペンタエリスリトールテトラキス(チオグリコレート)、ペンタエリスリトールテトラキス(ベーターメルカプトプロピオネート)、ジペンタエリスリトールポリ(ベーターメルカプトプロピオネート)、エチレングリコールビス(ベーターメルカプトプロピオネート)、(Cl-C12)アルキルポリチオール(例えば、ブタン-1, 4-ジチオールおよびヘキサン-1, 6-ジチオール)、(C6-Cl2)芳香族ポリチオール(例えば、p-キシレンジチオールおよび1, 3, 5-トリス(メルカプトメチル)ベンゼン)が挙げられる。必要に応じて、ポリチオールの組み合わせを使用できる。」(第18頁第10?21行)

(1h)「実施例
・・・
材料

・・・
」(第43頁第11行?第45頁中段)

(1i)「硬化阻害剤の溶解性
硬化阻害剤の溶解性は、BYK Gardner (ミッドランド州シルバースプリング)のBYK GARDNER HAZE-GARD PLUSを使用して、光透過率および透明度によって評価した。測定中、装置は空気に対して参照された。未硬化の樹脂の透過率および透明度を測定するために、平均厚さが0.039インチ(0.99mm)の2つのきれいなガラス顕微鏡スライドの間にテフロンスペーサーを取り付け、スペーサーが光学測定領域の外側でおよそ0.072インチ(1.83 mm)のギャップを生じさせ、当該ギャップに硬化阻害剤を含む樹脂が配置されるようにした。また、測定領域の外側に取り付けられたクランプを使用して、ガラス片をスペーサーにしっかりと固定し、ギャップの間隔がスペーサーの厚さに制限されるようにした。透過率、ヘイズ、透明度について、各サンプルを5回ずつ独立して測定した。平均透過率および平均透明度が報告された。透明度については、80%、85%、90%、さらには95%以上の値を持つことが望ましい。透過率については、80%、85%、さらには90%以上の値を持つことが望ましい。」(第47頁第13行?27行)

(1j)「実施例
硬化阻害剤の溶解性の評価
硬化阻害剤であるl-ベンジル-5-フェニルバルビツール酸(BPBA)の溶解特性を次のように評価した。表Aに示す材料および量(重量部)および以下の手順を使用して、混合物を調製した。材料をFlacktek Inc.(ランドラム、SC)のMAX 60SPEEDMIXER カップに追加し、Flacktek Inc. (ランドラム、SC) の DAC 600 FVZ SPEEDMIXERを使用して、毎分2,250回転(rpm)で30秒間混合し、続いて1,000 ワットの市販の電子レンジで20秒間加熱した。次に、サンプルをDAC 600 FVZ SPEEDMIXERで2,250rpmで2分間再混合し、FlackTek Inc.のDAC 600.2 VAC-P SPEEDMIXERを使用して脱気した。脱気サイクルは次のとおりである。1)サンプルを大気圧、1,000rpm で20秒間混合する。2)真空引きして最終圧力を30 Torr (4キロパスカル)に下げながら、サンプルを1,500rpmで2分間混合する。3)大気圧に排気しながら、サンプルを1,000rpmで20秒間混合する。得られたサンプルについて、上記の「硬化阻害剤の溶解性」試験方法で説明したように、透過率および透明度を評価した。結果を下記の表Aに示す。さらに、不溶性物質の存在について、サンプルを肉眼で評価した。

高い透過率および透明度の値は、不溶性成分のない均一溶液であることを示している。上記の表Aの結果は、置換バルビツール酸誘導体が5重量%もの高いレベルで、示されている樹脂組成物に可溶であったことを示している。比較すると、非置換のバルビツール酸サンプルは、視認可能な不溶性物質を含むことに加えて、透過率および透明度が有意に低下していた。」(第48頁第4行?第49頁第5行)

(1k)「エポキシ樹脂組成物C,DおよびE、並びに比較エポキシ樹脂組成物B及びC (CR-B及びCR-C)
以下の表4に示される材料および量を使用して、一液型エポキシ樹脂接着組成物を調製した。FXR 1081を除く材料を、FlackTek, Inc.(Landrum、SC) 製のMAX60 SPEEDMIXERカップに入れ、FlackTek, Inc.(Landrum、SC)製のDAC 600 FVZ SPEEDMIXERを使用して、1,500rpmで1分間混合した。次に、各混合物にFXR1081を加え、さらに1,500rpmで1分間混合して、未硬化のエポキシ樹脂接着剤組成物を得た。

」(第50頁下から2行?第51頁表4まで)

(1l)「実施例8および実施例9
以下の表6および表7に示される材料および量を使用して、二液型室温硬化工ポキシ樹脂接着組成物を調製し、パートA(ベース成分)およびパートB(促進剤成分)として提供した。材料を、FlackTek, Inc.(Landrum、SC) 製のMAX60 SPEEDMIXERカップに入れ、FlackTek, Inc.(Landrum、SC)製のDAC 600 FVZ SPEEDMIXERを使用して、1,500rpmで1分間混合した。これらの促進剤成分とベース材料とはいずれも、別々に調製した。

上記のベース成分および促進剤成分を70:30/ベース:促進剤(w:w)の比率で混合し、次いでエポキシ樹脂組成物AおよびC、並びに比較エポキシ樹脂組成物Aについて記載したのと同様の手法を用いて、シリコーンゴム基板の剥離シートのコロナ処理された表面にナイフコートして、シリコーンゴム1を用いた剥離接着強度試験用のサンプルを調製した。実施例8では室温にて24時間硬化させて固形フィルムを得た後、80℃にて30分間、後硬化させた。一方、実施例9では室温にて24時間硬化させたのみであった。上述した「T-剥離接着強度」、「引張弾性および引張伸び」および「円筒マンドレル曲げ」試験の方法に従って、硬化したエポキシ樹脂組成物の剥離接着強度、引張特性およびクラック耐性を評価した。結果を下記の表8および表9に示す。双方の実施例で、シリコーン基板に対する優れた接着が見られた。

」(第52頁第4行?第53頁表9まで)

(イ)甲3
甲3には以下の事項が記載されている。
(3a)「【0077】
CSR(コアシェルゴム)分散体は、約187のエポキシ当量を有する60%の液体のビスフェノールAのグリシジルエーテル中、ポリブタジエンゴムコアを有する40%のコア-シェルゴム粒子の分散体である。それは、商品名Kane Ace(商標)MX-150の下でKaneka Americasにより販売されている。」

(ウ)甲5
甲5には以下の事項が記載されている。
(5a)「【特許請求の範囲】【請求項1】 (A)分子中にエポキシ基を2個以上有するエポキシ樹脂、(B)化学式(I)で示されるトリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートおよび(C)固体分散型アミンアダクト系潜在性硬化促進剤を含有するエポキシ樹脂組成物。
【化1】



(5b)「【0010】 高耐熱性のエポキシ樹脂硬化物を得ることができる、常温において無臭または低臭気のエポキシ樹脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】【0011】 本発明者らは、硬化剤として化学式(I)で示されるトリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートを配合したエポキシ樹脂組成物とすることにより所期の目的を達成し得ることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。」

(5c)「【実施例】
【0032】
以下、本発明を実施例および比較例によって具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例および比較例において使用した主原料は、以下のとおりである。
【0033】
[主原料]
・1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレート(米国特許第3676440号明細書に記載の方法に従って合成した)
・1,3,5-トリス(3-メルカプトプロピル)イソシアヌレート(特開2012-153794号公報に記載の方法に従って合成した)
・1,3,5-トリス(3-メルカプトブチリルオキシエチル)-1,3,5-トリアジン-2,4,6(1H,3H,5H)-トリオン(昭和電工社製、商品名「カレンズMT NR1」、化学式(III)参照、以下チオール化合物(1)と云う)
・トリメチロールプロパン トリス(3-メルカプトプロピオネート)(SC有機化学社製、商品名「TMMP」、化学式(IV)参照、以下チオール化合物(2)と云う)
・エポキシ樹脂(三菱化学社製、商品名「JER828」)
・固体分散型アミンアダクト系潜在性硬化促進剤(味の素ファインテクノ社製、商品名「アミキュアPN-23」、以下潜在性硬化促進剤と云う)
【0034】
【化3】

【0035】
【化4】

【0036】
また、実施例および比較例において行った評価試験は、以下のとおりである。
・・・
【0038】
[ガラス転移温度の測定]
示差走査熱量計(エスアイアイ・ナノテクノロジー社製、型番「EXSTAR 6000」)を使用して、エポキシ樹脂組成物の硬化物のガラス転移温度(Tg)を測定した。
測定操作は、次のとおりである。即ち、エポキシ樹脂組成物を、10℃/minの昇温速度にて30℃から270℃まで加熱して硬化させた。続いて、生成した硬化物を、-50℃/minの降温速度にて270℃から10℃まで冷却し、次いで、10℃/minの昇温速度にて10℃から100℃へ加熱して、硬化物のガラス転移温度を測定した。
【0039】
〔実施例1〕
100重量部のエポキシ樹脂に対して、58重量部の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートと、3重量部の潜在性硬化促進剤を混合して、エポキシ樹脂組成物を調製した。
このエポキシ樹脂組成物について評価試験を行ったところ、得られた試験結果は表1に示したとおりであった。
【0040】
〔比較例1〕
58重量部の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートの代わりに、66重量部の1,3,5-トリス(3-メルカプトプロピル)イソシアヌレートを使用した以外は、実施例1と同様にして、エポキシ樹脂組成物を調製し評価試験を行った。
得られた試験結果は、表1に示したとおりであった。
【0041】
〔比較例2〕
58重量部の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートの代わりに、107重量部のチオール化合物(1)を使用した以外は、実施例1と同様にして、エポキシ樹脂組成物を調製し評価試験を行った。
得られた試験結果は、表1に示したとおりであった。
【0042】
〔比較例3〕
58重量部の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートの代わりに、75重量部のチオール化合物(2)を使用した以外は、実施例1と同様にして、エポキシ樹脂組成物を調製し評価試験を行った。
得られた試験結果は、表1に示したとおりであった。
【0043】
【表1】

【0044】
本発明の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートを配合したエポキシ樹脂組成物の硬化物は、1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートの類縁体である1,3,5-トリス(3-メルカプトプロピル)イソシアヌレートを配合したエポキシ樹脂組成物や、チオール化合物(1)とチオール化合物(2)を各々配合したエポキシ樹脂組成物の硬化物に比べて、ガラス転移点(Tg)が高く、耐熱性が優れていると認められる。
また、本発明の1,3,5-トリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートを配合したエポキシ樹脂組成物は、1,3,5-トリス(3-メルカプトプロピル)イソシアヌレートを配合したエポキシ樹脂組成物や、チオール化合物(1)とチオール化合物(2)を各々配合したエポキシ樹脂組成物とは異なって、不快臭(硫黄臭)を発することがなく、取り扱い時における特段の臭気対策を要することがないものと認められる。」

イ 甲1に記載された発明
甲1には、その特許請求の範囲の請求項1に、「1分子あたり少なくとも2つのエポキシド基を有するエポキシ樹脂を含むエポキシ樹脂成分と、少なくとも2つの1級チオール基を有するポリチオール化合物を含むチオール成分と、下記一般式(II)を有するシラン官能化接着促進剤と:
(X)_(m)-Y-(Si(R^(2))_(3))_(n)
式中、
Xはエポキシまたはチオール基であり、
Yは脂肪族基であり、
mおよびnは独立して1?3であり、
各R^(2)は独立してアルコキシ基である、
エポキシ樹脂を硬化させるための窒素含有触媒と、
を含み、前記エポキシ樹脂成分および/または前記チオール成分は、円筒形マンドレル曲げ試験によってクラックを生じない、および/または引張弾性率および伸長試験によって少なくとも100%の引張伸長を有する硬化ポリマー材料を提供するように選択される、硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物。」が記載されている(摘記(1a))。

甲1には、その具体例として、実施例のエポキシ樹脂組成物Cは、材料として、EPON828を43.25重量%、Z6040を2.00重量%、BPBA溶液を3.00重量%、CE10Pを8.00重量%、FXR1081を7.00重量%及びTMPMPを36.75重量%からなることが記載されている(摘記(1k))。

そうすると、甲1には、実施例のエポキシ樹脂組成物Cに着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「EPON828を43.25重量%、Z6040を2.00重量%、BPBA溶液を3.00重量%、CE10Pを8.00重量%、FXR1081を7.00重量%及びTMPMPを36.75重量%からなる硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物」(以下「甲1発明1」という。)

また、甲1には、その具体例として、実施例のエポキシ樹脂組成物8は、ベース成分が、PY4122を65.0重量%、MX150を18.5重量%、Z6040を2.8重量%及びCE10Pを13.7重量%からなり、促進剤成分が、TMPMPを96.5重量%及びK54を3.5重量%からなり、ベース成分および促進剤成分を70:30(重量比)で混合したことが記載されている(摘記(1l))。

そうすると、甲1には、実施例のエポキシ樹脂組成物8に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「ベース成分が、PY4122を65.0重量%、MX150を18.5重量%、Z6040を2.8重量%及びCE10Pを13.7重量%からなり、促進剤成分が、TMPMPを96.5重量%及びK54を3.5重量%からなり、ベース成分および促進剤成分を70:30(重量比)で混合した硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物」(以下「甲1発明2」という。)

さらに、甲1には、その具体例として、実施例のエポキシ樹脂組成物9は、ベース成分が、PY4122を65.0重量%、MX150を18.5重量%、Z6040を2.8重量%及びCE10Pを13.7重量%からなり、促進剤成分が、TMPMPを96.5重量%及びDBUを3.5重量%からなり、ベース成分および促進剤成分を70:30(重量比)で混合したことが記載されている(摘記(1l))。

そうすると、甲1には、実施例のエポキシ樹脂組成物9に着目すると、以下の発明が記載されていると認められる。
「ベース成分が、PY4122を65.0重量%、MX150を18.5重量%、Z6040を2.8重量%及びCE10Pを13.7重量%からなり、促進剤成分が、TMPMPを96.5重量%及びDBUを3.5重量%からなり、ベース成分および促進剤成分を70:30(重量比)で混合した硬化性エポキシ/チオール樹脂組成物」(以下「甲1発明3」という。)

ウ 対比・判断
(ア)本件発明1について
a 甲1発明1との対比
(a)エポキシ樹脂組成物の成分について
甲1発明1のEPON828は、エポキシ当量が185?192g/当量である二官能性ビスフェノールA/エピクロロヒドリン由来の液体エポキシ樹脂であることが記載されている(摘記(1h))から、本件発明1の(B)2官能エポキシ樹脂に相当する。
甲1発明1のBPBAは、1-ベンジル-5-フェニルバルビツール酸であり、EPON 828中の5重量%溶液として用いたと記載されている(摘記(1h))から、残りの95重量%は、EPON828であるといえる。BPBAのうちのEPON828は、二官能性ビスフェノールA/ エピクロロヒドリン由来の液体エポキシ樹脂であると記載されている(摘記(1h))から、本件発明1の(B)2官能エポキシ樹脂に相当する。
甲1発明1のCE10Pは、高度に分岐したClO異性体合成飽和モノカルボン酸であるバーサチック酸のグリシジルエステルであることが記載され(摘記(1h))、単官能エポキシ樹脂であるから、本件発明1の芳香族単官能エポキシ樹脂と(C)単官能エポキシ樹脂の限りにおいて一致する。
甲1発明1のFXR1081は、潜在的なエポキシ硬化剤および硬化促進剤でありと記載されており(摘記(1h))、エポキシ硬化剤はエポキシ樹脂の硬化触媒であることは明らかであるから、本件発明1の(D)硬化触媒に相当する。
甲1発明1のTMPMPは、トリメチロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオネート)であり三官能性ポリチオール硬化剤と記載されているから(摘記(1h))、本件発明1の(A)チオール基を3つ以上有する多官能チオール化合物を含むチオール系硬化剤に相当する。

(b)エポキシ樹脂組成物の成分の割合について
ここでは、便宜上、エポキシ樹脂組成物を100gとした場合における成分(A)と成分(B)のモル数を算出することにより、甲1発明1における下記の成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)を算出する。

i 成分(A)のモル数について
甲1発明1のTMPMPのモル数を検討する。TMPMPは、分子量が399である3官能チオール化合物と記載され(摘記(1h))、甲1発明1を100gとした場合に、36.75g(=100g×0.3675)配合されているから、TMPMPのモル数は、0.0921(=36.75g÷399)と算出される。

ii 成分(B)のモル数について
(i)EPON828として配合される成分について
まず、EPON828として配合される配合量を算出すると、甲1発明1を100gとした場合に、43.26g(=100g×0.4326)と算出される。
(ii)BPBAに含まれるEPON828について
次に、BPBAに含まれるEPON828の配合量を算出すると、甲1発明1を100gとした場合に、BPBAは3g(=100g×0.03)配合され、EPON828は、そのBPBAのうち95重量%含むから、2.85g(=3×0.95)と算出される。
両者を併せると、甲1発明1における成分(B)の配合量は、46.11g(=43.26+2.85)と算出される。
そうすると、EPON828のエポキシ当量が185?192と記載されている(摘記(1h))から、成分(B)のモル数は、0.1201?0.1246(=46.11g/(185×2?192×2)と算出される。

iii 成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)について
上記iとiiから、甲1発明1におけるモル数比(B)/(A)は1.30?1.35(=(0.1201?0.1246)÷0.0921)と算出される。

このように、甲1発明1の成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)は、本件発明1と一致する。

そうすると、本件発明1と甲1発明1とでは、
「エポキシ樹脂組成物であって、下記成分(A)?(D):
(A)少なくとも1種の、チオール基を3つ以上有する多官能チオール化合物を含むチオール系硬化剤;
(B)少なくとも1種の2官能エポキシ樹脂;
(C)少なくとも1種の単官能エポキシ樹脂;及び
(D)硬化触媒
を含み、
成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)が1.15以上、1.45以下である、
エポキシ樹脂組成物。」で一致し、次の点で相違する。

(相違点1)成分(C)である単官能エポキシ樹脂が、本件発明1では、少なくとも1種の芳香族単官能エポキシ樹脂を含み架橋密度調節剤であるのに対して、甲1発明1ではバーサチック酸のグリシジルエステルである点

(相違点2)エポキシ樹脂組成物が与える硬化物が、本件発明1では、周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲であるのに対して、甲1発明1では、明らかでない点

b 甲1発明2及び3との対比
(a)エポキシ樹脂組成物の成分について
甲1発明2及び3のPY4122は、大部分(少なくとも60重量%)が2,2'-[(1-メチルエチリデン)ビス[4,1-フェニレンオキシ[1-(ブトキシメチル)エチレン)]オキシメチレン]ビスオキシランである、柔軟な二官能性ビスフェノールAベースのエポキシ樹脂であることが記載されている(摘記(1h))から、本件発明1の(B)2官能エポキシ樹脂に相当する。
甲1発明2及び3のMX150は、多目的ビスフェノールA型エポキシ樹脂と記載されており(摘記(1h))、甲3には、ビスフェノールAのグリシジルエーテルであると記載されている(摘記(3a))から、2価のエポキシ樹脂であることは明らかであり、本件発明1の(B)2官能エポキシ樹脂に相当する。
甲1発明2及び3のCE10Pは、高度に分岐したClO異性体合成飽和モノカルボン酸であるバーサチック酸のグリシジルエステルであることが記載され(摘記(1h))、単官能エポキシ樹脂であるから、本件発明1の芳香族単官能エポキシ樹脂と(C)単官能エポキシ樹脂の限りにおいて一致する。
甲1発明2及び3のTMPMPは、トリメチロールプロパントリス(3-メルカプトプロピオネート)であり三官能性ポリチオール硬化剤と記載されているから(摘記(1h))、本件発明1の(A)チオール基を3つ以上有する多官能チオール化合物を含むチオール系硬化剤に相当する。
甲1発明2のK54は、2,4,6-トリ(ジメチルアミノメチル)フェノール、硬化触媒と記載されている(摘記(1h))から、本件発明1の(D)硬化触媒に相当する。
甲1発明3のDBUは、1,8-ジアザビシクロ(5.4.0)ウンデカ-7-エン、硬化触媒と記載されている(摘記(1h))から、本件発明1の(D)硬化触媒に相当する。

(b)エポキシ樹脂組成物の成分の割合について
ここでは、便宜上、エポキシ樹脂組成物を100gとした場合における成分(A)と成分(B)のモル数を算出することにより、甲1発明2及び3における下記の成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)を算出する。
また、甲1発明2及び3では、エポキシ樹脂組成物のうち、ベース成分および促進剤成分を70:30(重量比)で混合しているので、この混合比も加えて算出する。

i 成分(A)のモル数について
甲1発明2及び3のTMPMPのモル数を検討する。TMPMPは、分子量が399である3官能チオール化合物と記載され(摘記(1h))、甲1発明2及び3を100gとした場合に、28.95g(=100g×0.965×(30/100))配合されているから、TMPMPのモル数は、0.07256(=28.95g÷399)と算出される。

ii 成分(B)のモル数について
(i)PY4122について
甲1発明2及び3を100gとした場合に、45.5g(=100g×0.65×(70/100))と含まれると算出され、モル数は、0.05833?0.07268(=45.5÷(313×2?390×2))と算出される。
(ii)MX150について
MX150は、甲3には、約187のエポキシ当量を有する60%の液体ビスフェノールAのグリシジルエーテルであると記載されている(摘記(3a))から、甲1発明2及び3を100gとした場合に、7.77g(=100g×0.185×(60/100)×(70/100))含まれると算出され、モル数は、0.02078(=7.77÷(187×2))と算出される。
(iii)合計量
両者を併せると、甲1発明2及び3における成分(B)のモル数は、0.07911?0.09346(=(0.05833?0.07268)+0.02078)と算出される。

iii 成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)について
上記iとiiから、甲1発明2及び3におけるモル数比(B)/(A)は1.090?1.289(=(0.07911?0.09346)÷0.07256)と算出される。

このように、甲1発明2及び3の成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)は、本件発明1と一致する。

そうすると、本件発明1と甲1発明2及び3とでは、
「エポキシ樹脂組成物であって、下記成分(A)?(D):
(A)少なくとも1種の、チオール基を3つ以上有する多官能チオール化合物を含むチオール系硬化剤;
(B)少なくとも1種の2官能エポキシ樹脂;
(C)少なくとも1種の単官能エポキシ樹脂;及び
(D)硬化触媒
を含み、
成分(B)と成分(A)のモル数比(B)/(A)が1.15以上、1.45以下である、
エポキシ樹脂組成物。」で一致し、次の点で相違する。

(相違点1’)成分(C)である単官能エポキシ樹脂が、本件発明1では、少なくとも1種の芳香族単官能エポキシ樹脂を含む架橋密度調節剤であるのに対して、甲1発明2及び3ではバーサチック酸のグリシジルエステルである点

(相違点2’)エポキシ樹脂組成物が与える硬化物が、本件発明1では、周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲であるのに対して、甲1発明2及び3では、明らかでない点

c 判断
上記a及びbで述べたように、相違点1と相違点1’(以下では、相違点1と相違点1’を併せて「相違点1」という。)は同じであり、相違点2と相違点2’(以下では、相違点2と相違点2’を併せて「相違点2」という。)は同じであるので、併せて判断する。
事案に鑑み、相違点2について検討する。

本件発明1は、低温条件下でも短時間で硬化して、ガラス転移点(T_(g))が低く、プル強度が高い硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物を提供することを発明の課題とし(本件明細書の段落【0007】参照)、上記「第2」で示したとおり、概略、成分(A)?(D)を含むエポキシ樹脂組成物であって、周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲にある硬化物を与えるとする特定事項を含むものであり、この特定事項について、この温度が上記の範囲にないエポキシ樹脂組成物では、硬化物のプル強度、即ち耐落下衝撃性が十分向上しないことが記載されている(本件明細書の段落【0051】)。
そして、本件明細書の段落【0058】以降に記載された具体例においては、この温度が20℃以下である比較例1及び2は、校正プル強度の値が低かったことが、また、成分(C)を含まない比較例3は、この温度が本件発明1で特定される範囲を満たしていても校正プル強度の値が低かったことが記載されている(本件明細書の段落【0071】の【表2】及び【0072】)。
このように、本件発明1において、成分(A)?(D)を含むエポキシ樹脂組成物であって、周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、損失弾性率(E”)が極大となる温度が20℃以上、55℃以下の範囲にある硬化物を与えると特定することにより、低温条件下でも短時間で硬化して、ガラス転移点(T_(g))が低く、プル強度が高い硬化物を与えるエポキシ樹脂組成物を提供するという課題を解決できることが具体的なデータとともに確認できる。

一方、甲1発明1?3は、硬化した材料は、シリコーン表面への良好な接着性、および良好な可撓性を有することを課題とし(摘記(1b)参照)、甲1には、これらの課題が解決できたことが具体的なデータとともに記載されている(摘記(1k)参照)。
しかしながら、甲1には、エポキシ樹脂硬化物の周波数10Hz、昇温速度3℃/分、引張法によるDMA測定において、損失弾性率(E”)が極大となる温度は記載されておらず、また、上記「1(1)エ」で示したように、T_(g)が硬化物の損失弾性率(E”)が極大となる温度より10℃程度高いことが述べられているから、損失弾性率(E”)が極大となる温度と関係するT_(g)について検討しても、甲1にはT_(g)の値も記載されていない。

また、甲5には、高耐熱性のエポキシ樹脂硬化物を得ることを目的として、特許請求の範囲に「(A)分子中にエポキシ基を2個以上有するエポキシ樹脂、(B)化学式(I)で示されるトリス(2-メルカプトエチル)イソシアヌレートおよび(C)固体分散型アミンアダクト系潜在性硬化促進剤を含有するエポキシ樹脂組成物。

」が記載され、その実施例において、甲5の特許請求の範囲に記載されたエポキシ樹脂組成物の具体例である実施例1では、硬化物のTgが75℃であることが記載されているとともに、チオール化合物が甲5の特許請求の範囲に記載されている以外の化合物である下記の化学式(III)で示される1,3,5-トリス(3-メルカプトブチリルオキシエチル)-1,3,5-トリアジン-2,4,6(1H,3H,5H)-トリオン

又は、化学式(IV)で示されるトリメチロールプロパン トリス(3-メルカプトプロピオネート)

を用い、硬化物のTgが36℃、又は32℃であることが記載されている。

このように、甲5には、高耐熱性のエポキシ樹脂硬化物が記載され、Tgが75℃の実施例が記載される一方、Tgが36℃又は32℃の比較例が記載されているとはいうことができる。しかしながら、これらの記載から、甲1発明1?3のガラス転移温度(T_(g))が36℃、又は32℃であるとはいえないし、また、甲1発明1?3において相違点2とすることが動機づけられるともいえない。

そうすると、甲1及び甲5の記載から、甲1発明1?3において相違点2を本件発明1とする動機づけがあるとはいえない。

d 小括
よって、相違点1について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1に記載された発明及び他の甲号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(イ)本件発明2?8について
本件発明2?8は、本件発明1を直接的又は間接的に引用して限定した発明であるから、本件発明2?8は、上記「(ア)」で示した理由と同じ理由により、甲1に記載された発明及び他の甲号証に記載された技術的事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものといえない。

エ まとめ
以上のとおりであるから、申立理由1によっては、本件発明1?8に係る特許を取り消すことはできない。

(2)申立理由3について
ア 申立人がする申立理由3について
申立人がする申立理由3は、上記「第3 2(3)」で示したとおりであり、発明の詳細な説明の記載をみても、本件発明1?7が奏する効果を明確に理解することができないから、発明の詳細な説明には、当業者であっても本件発明1?7を使用できる程度に明確かつ十分に記載されていない、というものである。

イ 判断
上記「第4 1(2)キ」で述べたとおり、本件発明1?7が奏するプル強度に関する具体的な効果は、段落【0058】以降の実施例で示される「校正プル強度」であることに合理性があり、明確に理解できるといえる。
そうすると、発明の詳細な説明には、当業者が本件発明1?7を使用できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。

ウ まとめ
以上のとおりであるから、申立理由3によっては、本件発明1?7に係る特許を取り消すことはできない。

第5 むすび
したがって、当審が通知した取消理由及び特許異議申立の申立理由によっては、本件発明1?8に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2021-06-21 
出願番号 特願2019-547729(P2019-547729)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (C08L)
P 1 651・ 121- Y (C08L)
P 1 651・ 537- Y (C08L)
最終処分 維持  
前審関与審査官 久保 道弘  
特許庁審判長 杉江 渉
特許庁審判官 佐藤 玲奈
佐藤 健史
登録日 2020-01-24 
登録番号 特許第6651161号(P6651161)
権利者 ナミックス株式会社
発明の名称 エポキシ樹脂組成物  
代理人 特許業務法人 津国  
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