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審決分類 審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  B62D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B62D
審判 全部申し立て 2項進歩性  B62D
審判 全部申し立て 特許請求の範囲の実質的変更  B62D
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  B62D
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  B62D
審判 全部申し立て 特120条の4、2項訂正請求(平成8年1月1日以降)  B62D
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  B62D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B62D
管理番号 1376740
異議申立番号 異議2020-700223  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-04-01 
確定日 2021-07-06 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6583557号発明「車体用構造体」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6583557号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1-5]について訂正することを認める。 特許第6583557号の請求項1,3ないし5に係る特許を維持する。 特許第6583557号の請求項2に係る特許についての申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6583557号の請求項1?5に係る特許についての出願は,2018年 3月 1日(優先権主張2017年 3月 2日,日本国)を国際出願日とする出願であって,令和 1年 9月13日にその特許権の設定登録がされ,令和 1年10月 2日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は,次のとおりである。
令和 2年 4月 1日付け: 特許異議申立人中川賢治(以下,「申立人」という。)による請求項1?5に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 2年 8月 4日付け: 取消理由通知書
令和 2年10月 2日付け: 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和 2年11月24日付け: 申立人による意見書の提出
令和 3年 1月21日付け: 取消理由通知書(決定の予告)
令和 3年 3月17日付け: 特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和 3年 4月26日付け: 申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和 3年 3月17日の訂正の請求(以下,「本件訂正請求」という。)による訂正は,特許第6583557号(以下「本件特許」という。)の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1?5について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。訂正前の請求項1?5は,請求項2?5が,訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから,本件訂正は,一群の請求項1?5について請求されている。なお,訂正箇所に下線を付した。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,平坦な接合面で抵抗スポット溶接および接着剤で接合された車体用構造体であって」と記載されているのを,「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された車体用構造体であって」に訂正する。
(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「1.0≦100×As/Aw≦50 (1)」と記載されているのを,「2.6≦100×As/Aw≦50 (1)」に訂正する。
(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計をAs」と記載されているのを,「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAs」に訂正する。
(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項1に「抵抗スポット溶接および接着剤で接合された接合面の面積が,下記式(1)の関係を満たす車体用構造体。」と記載されているのを,「抵抗スポット溶接および接着剤で接合された接合面の面積が,下記式(1)の関係を満たし,重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,下記式(2)の関係を満たす車体用構造体。
2.6≦100×As/Aw≦50 (1)
60≦100×Tw/T0 (2)」に訂正する。
(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項2を削除する。
(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項3に「請求項1または2に記載の車体用構造体。」と記載されているのを,「請求項1に記載の車体用構造体。」に訂正する。
(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項4に「請求項1?3のいずれか一項に記載の車体用構造体。」と記載されているのを,「請求項1または3に記載の車体用構造体。」に訂正する。
(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項5に「質量%で,C:0.02?0 . 3 %,Si:0.01?5%,M n : 0.5?10%を含有する高強度鋼板」と記載されているのを,「質量%で,C:0.02?0.3%,S i : 0.01?5%,M n : 0.5?10%を含有し,引張強度TSが590MPa以上とする高強度鋼板」に訂正する。
(9)訂正事項9
特許請求の範囲の請求項5に「請求項1?4のいずれか一項に記載の車体用構造体。」と記載されているのを,「請求項1,3,または4に記載の車体用構造体。」に訂正する。

2.訂正要件についての判断
(1)訂正事項1
ア.訂正の目的について
訂正事項1は,「抵抗スポット溶接および接着剤で接合された」の記載を「抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された」に訂正し,その記載内容を明確にするものであるから,特許法120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ.願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下「本件明細書等」という。また,願書に添付した明細書を「本件明細書」という。)に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲の接着剤とで接合されたに限定することについて,本件明細書等の図7(b)および図8?図10には,抵抗スポット溶接と該抵抗スポッ卜溶接の抵抗スポット溶接部周囲の接着剤とで接合された車体用構造体が記載され,また本件明細書の段落【0030】には,「シートセパレーションが生じる際,抵抗スポット溶接部周囲の接着剤がはく離するため,接着剤による接合強度が著しく低下する。」と記載され,本件明細書の段落【0040】には,「なお,発生する抵抗発熱や加熱により接着剤が揮発して,得られる車体構造体に形成されるナゲット30の周囲近傍には,接着剤が存在しない領域が生じる場合もあるが本発明の効果は得られる。」と記載されているから,「抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された」にする訂正事項1による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項1は,「抵抗スポット溶接および接着剤で接合された」の文言が,抵抗スポット溶接と該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲の接着剤とで接合された部位を対象とすることを明らかにするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項1による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(2)訂正事項2
ア.訂正の目的について
訂正事項2は,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計As,および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された接合面の面積の合計Awの関係を示す,上記式(1)の下限値を「1.0」から「2.6」に限定するものであるから,特許法120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
上記式(1)の下限値を2.6に限定することについて,本件明細書の段落【0048】の表1のNo. 1?3(本発明例)には,「100×As/Aw(%)」の値として2.6が記載されているから,上記式(1)の下限値を2.6にする訂正事項2による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項2は,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計As,および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された接合面の面積の合計Awの関係を示す,上記式(1)の下限値を「1.0」から「2.6」に限定するものであるから,訂正事項2による訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,特許渋第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(3)訂正事項3
ア.訂正の目的について
訂正事項3は,「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計をAs」の記載を「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAs」に訂正し,その記載内容を明確にするものであるから,特許法120条の5第2項ただし書第3号に規定する明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAsに限定するごとについて,本件明細書等の図7(b)および図8?図10には,抵抗スポット溶接と該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲の接着剤とで接合された車体用構造体が記載され,また本件明細書の段落【0030】には,「シートセパレーションが生じる際,抵抗スポッ卜溶接部周囲の接着剤がはく離するため,接着剤による接合強度が著しく低下する。」と記載され,本件明細書の段落【0040】には,「なお,発生する抵抗発熱や加熱により接着剤が揮発して,得られる車体構造体に形成されるナゲット30の周囲近傍には,接着剤が存在しない領域が生じる場合もあるが本発明の効果は得られる。」と記載されているから,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面とする訂正事項3による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項3は,「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計をAs」の文言が,周囲を接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接で接合された接合面を対象とすることを明らかにするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項3による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(4)訂正事項4
ア.訂正の目的について
訂正事項4は,重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,上記式(2)の関係を満たすものに限定するものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとし,上記式(2)を満たすものに限定することについて,本件明細書の段落【0018】には,「[2] 重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,下記式(2)の関係を満たす[1]に記載の車体用構造体。60≦100×Tw/T0 (2)」と記載され,本件明細書の段落【0030】には「また,重ね合わせられた鋼板の総板厚をT0(mm)とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTw(mm)としたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,上記式(2)の関係を満たすことで,本発明の効果である耐衝突特性をより有効に得ることができる。」と記載されているから,上記式(2)を満たすものにする訂正事項4による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項4は,重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとの関係を示す,上記式(2)を満たすものに限定するものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項4による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。
(5)訂正事項5
ア.訂正の目的について
訂正事項5は,請求項2を削除するものであるから,当該訂正事項5は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項5は,請求項2を削除するというものであるから,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,訂正事項5による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由に記載したとおり,訂正事項5は,請求項2を削除するというものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項5による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(6)訂正事項6
ア.訂正の目的について
訂正事項6は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項3において請求項1または2を引用していたものを請求項2を引用しないものとするものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項6は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項3において請求項2を引用しないものとするものであるから,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,訂正事項6による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由に記載したとおり,訂正事項6は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項3において請求項2を引用しないものとするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項6による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(7)訂正事項7
ア.訂正の目的について
訂正事項7は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項4において請求項?3のいずれか1項を引用していたものを請求項2を引用しないものとするものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項7は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項4において請求項2を引用しないものとするものであるから,訂正事項7による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由に記載したとおり,訂正事項7は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項4において請求項2を引用しないものとするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項7による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(8)訂正事項8
ア.訂正の目的について
訂正事項8は,高強度鋼板を,「引張強度TSが590MPa以上の高強度鋼板」に限定するものであるから,特許法120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
高強度鋼板の引張強度TSを590MPa以上に限定することについて,本件明細書の段落【0034】には,「『高強度』とは,引張強度TSが590MPa以上である場合をいう。」と記載されているから,高強度鋼板を引張強度TSが590MPa以上とする訂正事項8による訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,特許法第120条条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項8は,高強度鋼板から「引張強度TSが590MPa以上の高強度鋼板」に限定するものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項8による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項の規定に適合するものである。
(9)訂正事項9
ア.訂正の目的について
訂正事項9は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項5において請求項1?4のいずれか1項を引用していたものを請求項2を引用しないものとするものであるから,特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
イ.本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であること
上記ア.の理由から明らかなように,訂正事項9は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項5において請求項2を引用しないものとするものであるから,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてした訂正であり,訂正事項9による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。
ウ.実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更する訂正ではないこと
上記ア.の理由に記載したとおり,訂正事項9は,訂正事項5により請求項2を削除することに伴って,請求項5において請求項2を引用しないものとするものであるから,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものには該当せず,訂正事項9による訂正は,特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(10)小括
以上のとおりであるから,本件訂正請求による訂正は,特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり,かつ,同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって,特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項[1-5]について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
上記「第2」で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件訂正請求により訂正された請求項1?5に係る発明(以下,「本件発明1?5」という。)は,訂正特許請求の範囲の請求項1?5に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。
【請求項1】
重ね合わせられた複数枚の鋼板が,平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された車体用構造体であって,
前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAsとし,接着剤で接合された接合面の面積の合計をAwとしたとき,抵抗スポット溶接および接着剤で接合された接合面の面積が,下記式(1)の関係を満たし,
重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,下記式(2)の関係を満たす車体用構造体。
2.6≦100×As/Aw≦50 (1)
60≦100×Tw/T0 (2)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
重ね合わせられた複数枚の鋼板のうち少なくとも1枚の鋼板が,天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面八ット形状の鋼板であり,
該断面ハット形状の鋼板は,フランジにて他の鋼板と抵抗スポット溶接および接着剤で接合されており,
フランジの抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,立壁から12mm以内に位置している請求項1に記載の車体用構造体。
【請求項4】
重ね合わせられた複数枚の鋼板が,天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板,および,該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板であり,
端部が,ヘム構造である請求項1または3に記載の車体用構造体。
【請求項5】
重ね合わせられた複数枚の鋼板のうち少なくとも1枚の鋼板が,質量%で,
C:0.02?0.3 %,
Si: 0.01?5%,
Mn : 0.5?10%
を含有し,引張強度TSが590MPa以上とする高強度鋼板である請求項1,3または4に記載の車体用構造体。」

第4 取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由について
1.取消理由の概要
請求項1?5に係る特許に対して,当審が令和 3年 1月21日付けの取消理由通知(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の要旨は,次のとおりである。
請求項1に係る発明は,引用文献1に記載された発明(引用発明)である。そうすると,請求項1に係る特許は,特許法第29条第1項第3号の規定に違反してされたものである。
また,請求項1に係る発明は,引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。そうすると,請求項1に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
さらに,請求項2,3に係る発明は,引用発明,引用文献2,3に記載された技術的事項に例示される周知技術に基いて,請求項4に係る発明は,引用発明,引用文献2?5に記載された技術的事項に例示される各周知技術に基いて,請求項5に係る発明は,引用発明,引用文献2?6に記載された技術的事項に例示される各周知技術に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。そうすると,請求項2?5に係る特許は,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって,請求項1?5に係る特許は,特許法第113条第2号に該当し,取り消されるべきものである。

引用文献等一覧
引用文献1:自動車技術会 シンポジウムテキスト 1994年 No.9408 新世代を担う構造接着技術-Part2 公益社団法人自動車技術会,3.5 片ハット接着部材の衝突試験 -ウエルドボンド部材の台車衝突試験結果-,岸本 泰秀,ほか4名,p.75-78

引用文献2:Weld World (2013)57,RESEARCH PAPER,”Structural performance of adhesive and weld-bonded joints in AHSS”,Sullivan Smith,他2名,(米),国際溶接学会(IIW),2012年,p.147-156

引用文献3:WELDINF JOURNAL February2012,(米),“Adhesive Placement in Weld-Bonding Multiple Stacks of Steel Sheets”,J.SHEN,他3名,American Welding Society,2012年,Volume91,Number2,p.59-66

引用文献4:特開平5-380号公報

引用文献5:特開平5-147151号公報

引用文献6:特開平10-273752号公報
上記1?6の刊行物等(以下それぞれ「引用文献1?6」という。)は,それぞれ順に,申立人が提出した,甲第1号証,甲第3号証,甲第4号証,甲第7号証,甲第8号証,甲第9号証である。

2.引用文献の記載事項等
(1)引用文献1
(1-1)記載事項
引用文献1には次の図面及び説明文が記載されている(下線は当審で付した。以下同様。)
ア 第75ページ左欄第2?15行
「車両衝突時の安全性向上に対しては,発生荷重の最大値を下げて搭乗者が受ける損害値を低減すること,更に変形を制御して安全な空間を確保することが必要である。これらを実現するために,ボックスビーム構造体からなる主強度部材の材質・板厚・スポット溶接間隔等に対して種々の工夫がなされている。‘90に「自動車構造接着技術特設委員会」において,ウエルドボンド継手を車体構造に採用した場合の効果について検討し車体強度部材をウエルドボンド継手によって構成することで,変形強度を増大させ上述した対策と同様の衝突安全性能の向上が期待できることについて述べた。
今回は,接着剤利用継手の衝撃試験方法検討の一環として再度片ハット箱型断面単一部材の衝突試験を行い,接着剤の有無,接着剤種類,接着剤塗布範囲などの諸要素と衝突特性との関係についての基礎的試験を行った。」

イ 第75ページ左欄第17?19行
「一般的な車体強度部材を模して,板厚1.6mmの高強度鋼板(HT440)を用い図1に示す形状および寸法の片ハット箱型断面単一部材を作製した。」

ウ 第75ページ左欄第20?30行
「両端面にはそれぞれ板厚9mmの端板(SS400)を溶接した。ハット材は油面状態でフランジ面には,ヤング率の一桁異なる2種類の一液加熱硬化型エポキシ系接着剤を塗布した後,平板(HT440,板厚1.6mm)をスポット溶接(電極形状;DRφ6.0-R40,電流;7.5kA 通電時間; 16Hz,加圧力;2,400N(250kgf),散り発生なくナゲット径;6.0mm)した後(接着部厚さは平均0.15mm),温度170℃で20分間保持して接着剤を硬化させた。
スポット溶接時,および両端板への溶接時に,その近傍部の接着剤が焼失するが,試験結果への影響は充分に少ないものと判断した。」

エ 第75ページ右欄第2?8行
「試験条件は,スポット溶接(以下SP)と3種類のウエルドボンド;高弾性型接着剤E6973を全面塗布したもの{以下WB(高)}と低弾性型接着剤E6005を全面塗布したもの{以FWB(低)}およびE6973を部分塗布したもの{以下WB(部分)とし,図2に塗布範囲を示す。}の4種類の試験体とし,いずれもスポット溶後間隔は75mm,衝突設定速度はV=35km/hの単1条件とした。」

オ 以下の「図1」及び「図2」が掲載されている。
【図1】


【図2】


(1-2)認定事項
引用文献1には,「片ハット箱型断面単一部材」(記載事項イ)と平板(記載事項ウ)とを含む車体用の「ボックスビーム構造体」(記載事項ア及び図1)が記載されているところ,上記(1-1)の各記載事項から,次のことが認定できる。
ア 記載事項イ,ウから,片ハット箱型断面単一部材及び平板は鋼板により作製されるものであり,図1において,片ハット箱型断面単一部材は,天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の板材であり,平板は前記フランジのフランジ面に重ねられたものであること。

イ 記載事項ウから,スポット溶接は電流を用いた溶接であるから,抵抗スポット溶接であり,片ハット箱型断面単一部材のフランジのフランジ面と,平板の前記フランジ面に重ねられた部分とは,前記フランジ面に接着剤を塗布した後に抵抗スポット溶接により溶接されること。

ウ 記載事項ウ,エから,接着剤が前記フランジ面の全面または部分に塗布され,抵抗スポット溶接時,および両端板への溶接時に溶接部近傍部の接着剤は焼失するが,試験結果への影響は充分に少ないこと。

エ 記載事項ウから,抵抗スポット溶接のナゲット径は6.0mmであり,図1,2から,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合における抵抗スポット溶接の数は16箇所であり,前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合における接着剤塗布範囲内にある抵抗スポット溶接箇所の数は12箇所であること。
そして,16箇所の抵抗スポット溶接の面積は,下記式から452.4mm^(2)であること。

16箇所の抵抗スポット溶接の面積
=(6.0mm/2)^(2)×3.14×16箇所=452.4mm^(2)

また,12箇所の抵抗スポット溶接の面積は,下記式から339.12mm^(2)であること。

12箇所の抵抗スポット溶接の面積
=(6.0mm/2)^(2)×3.14×12箇所=339.12mm^(2)

オ 図1から,2つのフランジ面のうち手前側の大きさは,幅20mm及び長さ500mmであり,図2に示される平面図から,片ハット箱型断面単一部材の2つのフランジのフランジ面は同一形状であり,前記フランジ面の接着剤無塗布部の長さは120mmである。
そして,溶接時に溶接部近傍部の接着剤の焼失はないことを前提とした際に,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合における接着剤が硬化した部分の面積の合計は,下記式から19547.6mm^(2)であること。

接着剤が硬化した部分の面積の合計
=20mm×500mm×2-452.4mm^(2)
=19547.6mm^(2)

また,同様に前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合における接着剤が硬化した部分の面積の合計は,下記式から14860.88mm^(2)であること。

接着剤が硬化した部分の面積の合計
=20mm×(500-120)mm×2-339.12mm^(2)
=14860.88mm^(2)

カ 前記平坦な接合面おける抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計は,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合は,452.4mm^(2)であり,前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合は,339.12mm^(2)である。
そして,上記エ,オから,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合における,接着剤が硬化した部分の面積の合計に対する周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の比に100をかけた値は,下記式から2.31であること。

100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積/接着剤が硬化した部分の面積の合計
=100×452.4/19547.6
=2.31

及び,前記フランジ面の部分に接着剤が塗布されたものにおける,接着剤が硬化した部分の面積の合計に対する周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の比に100をかけた値は,下記式から2.28であること。

100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積/接着剤が硬化した部分の面積の合計
=100×339.12/14860.88
=2.28

(1-3)引用文献1に記載された発明
上記(1-1)及び(1-2)に基づいて,本件発明1の発明特定事項に倣って整理すると,引用文献1には次の発明が記載されていると認められる(以下「引用発明」という。)。
<引用発明>
「鋼板により作製される片ハット箱型断面単一部材と,前記片ハット箱型断面単一部材のフランジのフランジ面に重ねられた鋼板により作製される平板とを含む車体用のボックスビーム構造体であって,
前記フランジ面と,前記平板の前記フランジ面に重ねられた部分は,前記フランジ面に接着剤を塗布した後に抵抗スポット溶接により溶接されるものであり,
溶接時に溶接部近傍部の接着剤の焼失はないことを前提とした上で,100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の合計/接着剤が硬化した部分の面積の合計が,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合には2.31,前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合には2.28である
車体用のボックスビーム構造体。」

(2)引用文献2
(2-1)記載事項
引用文献2には,次の事項が記載されている(当審で翻訳した訳文を併記する。後述する引用文献3も同様。)。
ア 第147ページ右欄第12?13行
「In steel components, structural adhesives are usually combined with resistance spot-welding (weld-bonding).」
[鋼部品では,構造接着剤がしばしば抵抗スポット溶接と組み合わせられる(ウエルドボンディング)。]

イ 第152ページ左欄第1?5行
「For the experimental investigation three materials were used, a typical automotive HSLA grade and three common AHSS materials (see Table 1).The materials were chosen to represent very typical higher strength components found in many auto bodies.」
[実験的検討のために,3つの材料が用いられた。典型的な自動車HSLAグレード,及び3つの通常のAHSS材料である(表1参照)。これらの材料は,車体構造体に多く用いられる非常に典型的な高強度材料である。]

ウ 以下の「表1」及び「図7」が掲載されている。

Table 1 Materials used in the investigation
[表1 検討で用いられる材料]

Fig.7 Spot-weld microstructure and position of hardness points
[図7 スポット溶接の微細構造と硬化点の位置]

(2-2)認定事項
上記(2-1)の各記載事項から,次のことが認定できる。

ア 記載事項ア,イから,車体構造体として,構造接着剤と抵抗スポット溶接を組み合わせて高強度鋼板が接合されること。

イ 記載事項ウにおけるFig.7の右側の写真には,抵抗スポット溶接と接着とを組み合わせて,重ね合わせた高強度鋼板を接合した部分(DP800 4√t spot weld-bond)の断面写真が示されている。抵抗スポット溶接部の板厚は,重ね合わせた高強度鋼板の総板厚より,小さいことが認められる。

(2-3)引用文献2に記載された技術的事項
上記(2-1),(2-2)より,引用文献2には次の技術的事項が記載されているものと認める。
「構造接着剤と抵抗スポット溶接を組み合わせて,重ね合わせた高強度鋼板が接合され,抵抗スポット溶接部の板厚は,重ね合わせた高強度鋼板の総板厚より小さい車体構造体」

(3)引用文献3
(3-1)記載事項
引用文献3には,次の事項が記載されている。

ア 第61ページ左欄第43?45行
「weld-bonding type III represents a joints with two adhesive layers between three sheets.」
[溶接接合タイプIIIは,3枚の鋼板の間に2つの接着層を有する接合部である。]


イ 以下の「図12」」が掲載されている。


Fig.12-Effect of adhesive placement on the weld size.・・・D- weld-bonding type III.
[図12 溶接サイズにおける接着剤の配置の影響・・・D-溶接接合タイプIII]

(3-2)引用文献3に記載された技術的事項
上記(3-1)より,引用文献3には次の技術的事項が記載されているものと認める。
「3枚の鋼板の間に2つの接着層を有する溶接接合部について,溶接部の板厚は,重ね合わせた鋼板の総板厚より小さい接合部」

(4)引用文献4
引用文献4には,次の事項が記載されている。
「【0002】
【従来の技術】一般に,自動車のエンジンフード,トランクリッド,バックドアなどのアウタパネルとインナパネルのアッセンブリは,アウタパネルの内面に補剛用のインナパネルを接合した構造となっており,その周縁部にはアウタパネルでインナパネルを抱持するクリンチング部が形成されている。このクリンチング部は,アウタパネルの周縁部を内側に折曲形成したフランジによってインナパネルの周縁部を抱持したもので,接着や溶接等の手段を用いて相互に固定されている。」

(5)引用文献5
引用文献5には,次の事項が記載されている。
「【0002】
【従来の技術】ドアパネルなど自動車パネルでは,アウターパネルがインナーパネルの縁部を挟み込むように折り返され接着されてなるヘミング構造が採用されている。アウターパネルとインナーパネルの一方にペースト状接着剤をビード状に塗布して2枚のパネルを貼り合わせた後,ヘムフランジ加工を施し,ついでスポット溶接している。この後,洗浄してから電着塗装を行い,ついで塗膜の加熱乾燥中に同時に接着剤を硬化させている。」

(6)引用文献6
引用文献6には,次の事項が記載されている。
ア 「【0003】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,優れた耐衝突安全性と成形性を兼備した自動車用高強度鋼板及びその製造方法を提供することを目的とするものである。」

イ 「【0057】
【実施例】表1に示す化学成分の鋼を鋳造して得た鋼片を用い,鋼番1?15及び鋼番23?33については,表2に示す製造条件で熱延鋼板を製造し,鋼番16?22については,表2に示す製造条件で得られた熱延鋼板をさらに表3に示す製造条件により冷延鋼板を製造した。得られた鋼板の板厚は鋼番1?4が=1.8mm,鋼番5?6及び鋼番23?33が=1.4mm,鋼番7?10が=2.2mm,鋼番11?15が=1.2mm,鋼番16?22が=1.0mmである。また,得られた鋼板のミクロ組織を表4に,鋼板の耐衝突安全性及び成形性を表5に示す。なお,表1?表5において,本発明例が鋼番1?7,鋼番11?12,鋼番15?17及び鋼番23?33であり,比較例が鋼番8?10,鋼番13?14及び鋼番18?22である。」

以下の表が記されている。
【表1】


3.当審の判断
(1)本件発明1について
ア.対比
本件発明1と引用発明とを対比すると,
(ア)後者の「鋼板により作製される片ハット箱型断面単一部材」と「鋼板により作製される平板」は,「前記片ハット箱型断面単一部材のフランジのフランジ面」に鋼板により作製される平板」が「重ねられ」ることから,「鋼板により作製される片ハット箱型断面単一部材」と「鋼板により作製される平板」は,前者の「重ね合わせられた複数枚の鋼板」に相当する。
(イ)後者の「前記フランジ面と,前記平板の前記フランジ面に重ねられた部分」は,「前記フランジ面に接着剤を塗布した後に抵抗スポット溶接により溶接されるものであ」ることから,「前記フランジ面と,前記平板の前記フランジ面に重ねられた部分」は,前者の「平坦な接合面」に相当し,前者の「平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された」ものに相当する。
(ウ)上記(ア),(イ)より,「鋼板により作製される片ハット箱型断面単一部材と,前記片ハット箱型断面単一部材のフランジのフランジ面に重ねられた鋼板により作製される平板とを含む車体用のボックスビーム構造体」は,本件発明1の「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された車体用構造体」に相当する。
以上によれば,本件発明1と引用発明とは,次の点で一致する。
<一致点>
「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された車体用構造体。」である点。
そして,以下の各点で相違すると認められる。
<相違点1>
本件発明1は,「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面であって,周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAsとし,接着剤で接合された接合面の面積の合計をAwとしたとき,抵抗スポット溶接および接着剤で接合された接合面の面積が,下記式(1)の関係を満たし」,下記式(1)は「2.6≦100×As/Aw≦50 (1)」であるのに対して,引用発明は,「溶接時に溶接部近傍部の接着剤の焼失はないことを前提とした上で,100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の合計/接着剤が硬化した部分の面積の合計が,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合には2.31,前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合には2.28である」点。
<相違点2>
本件発明1は,「重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし,抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき,抵抗スポット溶接点のうち半数以上が,下記式(2)の関係を満た」し,下記式(2)は,「60≦100×Tw/T0 (2)」であるのに対して,引用発明は,そのような特定はなされていない点。
(2)判断
上記相違点1について検討する。
ア 上記(1)イより, 引用発明の「前記フランジ面と,前記平板の前記フランジ面に重ねられた部分」は,本件発明1の「平坦な接合面」に相当することから,引用発明の「100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の合計/接着剤が硬化した部分の面積の合計」は,本件発明1の「前記平坦な接合面における,抵抗スポット溶接で接合された接合面の面積の合計をAsとし,接着剤で接合された接合面の面積の合計をAwとしたとき」の「100×As/Aw」に相当する。
イ 引用発明は,「100×周囲が接着剤で囲まれた抵抗スポット溶接の面積の合計/接着剤が硬化した部分の面積の合計」の値,すなわち本件発明1の「100×As/Aw」の値が,前記フランジ面に接着剤を全体塗布した場合には2.31,前記フランジ面に接着剤を部分塗布した場合には2.28であることから,本件発明1の「2.6≦100×As/Aw≦50」の数値範囲に含まれるものではない。
ウ 引用発明は,「溶接時に溶接部近傍部の接着剤の焼失はないことを前提とした」ものであるが,当該焼失により,接着剤が硬化した部分の面積が減少したとしても,溶接時の溶接部近傍部における接着剤の焼失は限定的であって,100×As/Awの値が2.31や2.28より若干大きくなるものと認められるが,2.6以上50以下の数値範囲に含まれるものとはいえない。
エ 上記ア?ウから,上記相違点1は実質的な相違点である。
よって,上記相違点2を検討するまでもなく,本件発明1は,引用発明ではなく,新規性がある。
オ そして,「2.6≦100×As/Aw≦50」の数値範囲を定めた点については,引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また,As/Awを考慮すること,さらに「2.6≦100×As/Aw≦50」の数値範囲を定めた点については,引用文献2?6のいずれにも記載されていないから,本件発明1は,引用発明,引用文献2?6に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
カ そして,本件発明1は,上記相違点1により耐衝突特性に優れた車体用構造体を提供することができるという作用効果を奏する。
キ 小括
したがって,上記相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は引用発明ではなく,本件発明1は引用発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
また,本件発明1は,引用発明,引用文献2?6に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明3?5について
本件発明3?5は,本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定して発明を特定するものであるから,本件発明1と同様の理由により,本件発明3?5は,引用発明ではなく,引用発明または引用発明,引用文献2?6に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1.甲第1号証?甲第9号証に基づく進歩性(特許法第29条第2項)について
(特に,甲第1号証,甲第2号証に基づく進歩性について)
(1)本件発明1について
ア.甲第2号証の記載事項
(ア)「【請求項2】金属製部材の点接合部に予め接着剤を塗布した後に点接合することを特徴とする衝突特性に優れた接合構造部材の製造方法。」
(イ)「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は,接合構造部材,なかでも自動車車体のメンバに関わるもので,フロントサイドメンバ,フードリッチレインフォース,イクステンションメンバ,リアサイドメンバ,サイドシル,クロスメンバなどの接合構造部材の製造方法に関する。」
(ウ)「【0019】点接合とは,ほとんどの場合,スポット溶接が該当するが,リベット,ボルト,メカニカルクリンチやプロジェクション溶接による方法も該当する。」
(エ)「【0027】〔発明1〕及び〔発明2〕ともに,上記したように点接合部の周囲を含むが,この“点接合部の周囲”としては,点接合部のまわりを“少なくとも5mmの幅でふちどる部分”とすることが望ましい。
【0028】ここで,“幅5mmのふちどり”とは,たとえば,“孔あきコイン”の“孔”を“点接合部”とし,“孔でない部分”を点接合部の“周囲”,すなわち“ふち”とするとき,孔あきコインの外半径から孔の半径を差し引いた残りの長さが5mmであることをさす。“少なくとも”であるから,最低でもこの長さが5mmはあり,通常はそれ以上の長さであることが望ましい。
【0029】高周波焼入れ,もしくはレーザー焼入れする範囲,又は接着剤を充填する範囲が,点接合部及びその周囲の幅5mm未満の場合では,衝突のエネルギー吸収が不十分であり,人体への影響を和らげる域にまでにならない。
【0030】点接合部の周囲の幅の上限はとくに限定しないが,高周波焼入れの場合は,通常の高周波焼入れ装置の範囲を考慮して,この幅は20mm程度以下であることが望ましい。」
これらの事項からみて,甲第2号証には,以下の技術が記載されているといえる。
「金属製部材の点接合部に予め接着剤を塗布した後に点接合する,自動車車体のメンバに関わる接合構造部材の製造方法であって,点接合とは,スポット溶接が該当し,点接合部のまわりを少なくとも5mmの幅でふちどる部分とし,点接合部の周囲の幅は20mm程度以下であることが望ましい技術。」
イ.判断
しかしながら,甲第2号証では,スポット溶接がなされる点接合部の半径の大きさについて考慮されていないから,点接合部の半径と点接合部の周囲の幅との比を調整しようとする技術思想があるものとは認められない。
申立人は,スポット溶接がなされる点接合部の半径を引用文献1(甲第1号証)に合わせて6mmと仮定して,計算して 「2.6≦100×As/Aw≦50」の数値範囲に該当すると主張しているが,上述したとおり,甲第2号証には,点接合部の半径と点接合部の周囲の幅との比を調整しようとする技術思想が認められないから,引用発明に引用文献2に記載された技術を適用しても,相違点に係る本件発明1の構成には,至らない。
また,申立人の提出した,その他の証拠(甲第5号証,甲第6号証)を検討しても「2.6≦100×As/Aw≦50」の数値範囲とすることについては記載されていない。
よって,本件発明1は,甲第1?9号証の記載に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2)本件発明3?5について
本件発明3?5は,本件発明1の発明特定事項をすべて含み,さらに限定して発明を特定するものであるから,本件発明1と同様の理由により,本件発明3?5は,甲第1?9号証に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
2.明確性(特許法第36条第6項第2号)について
申立人は,異議申立書第30ページ2行?8行おいて以下のように主張する。
「本件特許請求の範囲の請求項4は,『重ね合わせられた複数枚の鋼板が,天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板,および,該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板であり,端部が,ヘム構造である請求項1?3のいずれか一項に記載の車体用構造体。』というものであるが,ここで『端部が,ヘム構造である』という記載で意味する『端部』とはどこの部分を示しているのか明らかではない。」
本件発明4は,以下のとおりである。
「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板,および,該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板であり,端部が,ヘム構造である請求項1または3に記載の車体用構造体。」
本件明細書には,図6の説明として「図6は,ヘム構造のパターン例を示す断面図である。」との記載があり,また,【0033】には「また,本発明の車体用構造体1は,断面ハット形状の鋼板10のフランジ13の端部や鋼板20の端部の形状を,図6に示すように,ヘム構造とすることで,本発明の効果をより有効に得ることができる。」との記載がある。
本件発明4は,「重ね合わせられた複数枚の鋼板が,」「天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板,」および,「該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板であり」との記載を受けて,その後に「端部」が「ヘム構造である」とされている。
そうすると,「端部」の対象となるのは,「天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板」または「該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板」であることは明らかであり,そして,それらの「端部」であるから「断面ハット形状の鋼鈑」の「外側へ延びるフランジ」の端の部分または「前記天井部に対向する鋼板」の端の部分であることは技術常識からして明らかである。
そして,上記「端部」の理解は,段落【0033】の「また,本発明の車体用構造体1は,断面ハット形状の鋼板10のフランジ13の端部や鋼板20の端部の形状を,図6に示すように,ヘム構造とすることで,本発明の効果をより有効に得ることができる。」との記載及び図6の図示内容と合致している。
そうすると,本件発明4の記載,及び,本件発明4を引用する本件発明5の記載は明確であり,特許法第36条第6項第2号の規定に適合している。

第6 異議申立人の意見書について
令和2年11月24に付け意見書の第8頁1行?最下行,令和3年4月26日付け意見書の第8ページ24行?28行において,甲第3号証のFig.5の「Crash box」において,
100×As/Awは少なくとも3.30であったと主張する。
しかしながら,甲第3号証には,「鋼部品では,構造接着剤がしばしば抵抗スポット溶接と組み合わされる(ウエルドボンディング)」との記載があるが,Fig.5の「Crash box」において,接着剤の塗布領域については何ら開示がないから,また,そもそも抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合しているか否かも不明であるから,申立人の上記意見書による意見は採用できない。

第7 むすび
以上のとおりであるから,取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては,本件請求項1,3-5に係る特許を取り消すことはできない。
また,他に本件請求項1,3-5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
そして,請求項2に係る特許は,訂正により削除されたため,本件特許の請求項2に対して,申立人がした特許異議申立てについては,対象となる請求項が存在しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わせられた複数枚の鋼板が、平坦な接合面で抵抗スポット溶接および該抵抗スポット溶接の抵抗スポット溶接部周囲を接着剤で接合された車体用構造体であって、
前記平坦な接合面における、抵抗スポット溶接で接合された接合面であって、周囲が前記接着剤で囲まれた前記接合面の面積の合計をAsとし、接着剤で接合された接合面の面積の合計をAwとしたとき、抵抗スポット溶接および接着剤で接合された接合面の面積が、下記式(1)の関係を満たし、
重ね合わせられた複数枚の鋼板の総板厚をT0とし、抵抗スポット溶接で接合された抵抗スポット溶接部の板厚をTwとしたとき、抵抗スポット溶接点のうち半数以上が、下記式(2)の関係を満たす車体用構造体。
2.6≦100×As/Aw≦50 (1)
60≦100×Tw/T0 (2)
【請求項2】
(削除)
【請求項3】
重ね合わせられた複数枚の鋼板のうち少なくとも1枚の鋼板が、天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板であり、
該断面ハット形状の鋼板は、フランジにて他の鋼板と抵抗スポット溶接および接着剤で接合されており、
フランジの抵抗スポット溶接点のうち半数以上が、立壁から12mm以内に位置している請求項1に記載の車体用構造体。
【請求項4】
重ね合わせられた複数枚の鋼板が、天井部と該天井部の端から同じ側へ曲げられた立壁と該立壁の先端から外側へ延びるフランジとを有する断面ハット形状の鋼板、および、該断面ハット形状の鋼板の前記天井部に対向する鋼板であり、
端部が、ヘム構造である請求項1または3に記載の車体用構造体。
【請求項5】
重ね合わせられた複数枚の鋼板のうち少なくとも1枚の鋼板が、質量%で、
C:0.02?0.3%、
Si:0.01?5%、
Mn:0.5?10%
を含有し、引張強度TSが590MPa以上とする高強度鋼板である請求項1、3または4に記載の車体用構造体。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-06-24 
出願番号 特願2018-526274(P2018-526274)
審決分類 P 1 651・ 832- YAA (B62D)
P 1 651・ 851- YAA (B62D)
P 1 651・ 113- YAA (B62D)
P 1 651・ 841- YAA (B62D)
P 1 651・ 855- YAA (B62D)
P 1 651・ 121- YAA (B62D)
P 1 651・ 537- YAA (B62D)
P 1 651・ 853- YAA (B62D)
P 1 651・ 854- YAA (B62D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 川村 健一  
特許庁審判長 島田 信一
特許庁審判官 出口 昌哉
藤井 昇
登録日 2019-09-13 
登録番号 特許第6583557号(P6583557)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 車体用構造体  
復代理人 岡田 香織  
代理人 熊坂 晃  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 森 和弘  
復代理人 岡田 香織  
代理人 熊坂 晃  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 森 和弘  
代理人 坂井 哲也  
代理人 坂井 哲也  

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