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審決分類 |
審判 全部申し立て 2項進歩性 C25B |
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管理番号 | 1376751 |
異議申立番号 | 異議2021-700282 |
総通号数 | 261 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-09-24 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2021-03-16 |
確定日 | 2021-07-28 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6760942号発明「塩化水素の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6760942号の請求項1?2に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 特許第6760942号(以下,「本件特許」という。)の請求項1?2に係る特許についての出願(以下,「本願」という。)は,2016年(平成28年)7月25日(優先権主張平成27年8月10日)を国際出願日とする出願であって,令和2年9月7日に特許権の設定登録がされ,同年9月23日に特許掲載公報が発行されたものである。 その後,令和3年3月16日に,本件特許の請求項1?2に係る特許に対して,特許異議申立人である大矢真紀子(以下「申立人」という。)により特許異議の申立てがされたものである。 第2 本件発明 本件特許の請求項1?2に係る発明は,本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1?2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,順に「本件発明1」?「本件発明2」といい,これらを総合して「本件発明」という。また,本件特許の願書に添付した明細書を「本件明細書」という。下線は,当審が付したものである。以下同様)。 「【請求項1】 pHが3以上5以下の無機塩化物水溶液を電気分解して塩素と水素を得る電気分解工程と、 前記電気分解工程で得られた塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る反応工程と、 前記反応工程で得られた粗塩化水素を脱水する脱水工程と、 前記脱水工程で得られた、脱水された粗塩化水素を圧縮して液化し、その液状の粗塩化水素を蒸留により精製する蒸留工程と、を備え、 前記脱水工程は、前記反応工程で得られた粗塩化水素を水に吸収させて塩酸とし、その塩酸から放散させた塩化水素を脱水する工程である塩化水素の製造方法。 【請求項2】 前記反応工程で反応させる塩素と水素のモル比が1:1.25?1:1.6である請求項1に記載の塩化水素の製造方法。」 第3 申立理由の概要 申立人は,証拠方法として,下記2の甲第1?4号証(以下,順に「甲1」?「甲4」という。)を提出して,以下の申立理由1により,本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すべきものである旨主張している。 1 申立理由1(進歩性) 本件発明1?2は,甲1に記載された発明及び甲2?4に記載された事項に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の請求項1?2に係る特許は,同法113条2号に該当する。 2 証拠方法 ・甲1 「ソーダ技術ハンドブック 2009」,日本ソーダ工業会発行,発行日:2009年(平成21年)6月30日,表紙,p.296?299,奥付ページ,写し ・甲2 特表2013-545704号公報 ・甲3 欧州特許出願公開第2481837号明細書及び訳文 ・甲4 特開平5-105408号公報 第4 当審の判断 以下に述べるように,特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。 1 申立理由1(進歩性)について (1)甲1?4の記載事項,甲1に記載された発明 ア 甲1(ソーダ技術ハンドブック 2009)の記載事項 本願の優先日前に頒布された刊行物である甲1には,以下の記載がある。 (ア)「 」 (イ)「 」 (ウ)「 」 (エ)「 」 (オ)「 」 イ 甲1に記載された発明 上記ア(オ)に摘記した「(2)塩化水素の高純度化」の項目の「高純度塩化水素の製造は、前項の高純度塩酸と同様に、まず合成塩酸などを放散させて高純度の塩化水素ガスを生成させる」との記載について,上記「合成塩酸」は,上記ア(イ)に摘記した図4.24と同様に,H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得,上記塩化水素を吸収水に吸収させることにより合成塩酸としたものであることは自明である。 そして,上記ア(ア)?(オ)の記載事項を総合勘案し,特に,「(2)塩化水素の高純度化」及び図4.25に着目すると,甲1には,次の発明が記載されていると認められる。 「H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得る工程と,上記塩化水素を吸収水に吸収させることにより合成塩酸とし,上記合成塩酸を放散させて高純度の塩化水素ガスを生成させ,次に,加熱に伴う蒸気圧分の水蒸気や塩化水素に同伴するミストを除去・精製する乾燥工程と,乾燥させた塩化水素ガスを圧縮・液化させて液体塩化水素を得,その後,蒸留を行い,液体塩化水素に含まれていた不純物をさらに除去・高度精製し,高純度液体塩化水素を生産する工程とを備える,高純度液体塩化水素製造プロセス。」(以下,「甲1発明」という。) ウ 甲2(特表2013-545704号公報)の記載事項 本願の優先日前に頒布された刊行物である甲2には,以下の記載がある。 (ア)「【請求項1】 原料である粗水素と粗塩素を99.999%以上の純度でそれぞれ精製する段階; 前記精製された水素と塩素を1,200ないし1,400℃の範囲の温度で反応させて塩化水素を合成するが、前記水素は塩素に比べてモル比で過剰に投入する段階; 前記塩化水素を圧縮させて液状に変換する段階;及び 分別蒸留を通して塩化水素の精製及び余剰水素を分離する段階とを含む高純度塩化水素の製造方法。」 (イ)「【0005】 塩化水素の合成は、通常塩水の電気分解により生成された粗塩素(crude Cl_(2))と粗水素(crude H_(2))を1,200?1,300℃の高温で反応させて行われる。 【化1】 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0006】 前記化1によって得られたHClガスを冷却して水に吸収させると、35?37%の塩酸が生産される。従来の無水塩酸の製造は、前記塩酸を用いた湿式法により行われる。つまり、35?37%の塩酸を蒸発管で加熱させ、塩化水素ガスを発生させ、これを脱水・乾燥・精製冷却させた後、圧縮冷却をして液化塩化水素を製造する。このような従来の製造方法は、高温で塩酸を取り扱うことにより、装置のメンテナンスコストが非常にかかり、多量のスチームを使用することにより、エネルギーコストも余分に必要となる問題点を抱えている。 【0007】 [化1]で生成されたHClガスをすぐ圧縮して冷却させることができれば、一層手軽に無水塩化水素を生産することができるだろう。しかし通常、塩水の電気分解の工程で発生する粗水素(crude H_(2))には多量の水分が含まれており、一般的な電解槽で生産された粗塩素(crude Cl_(2))には、酸素(O_(2))、窒素(N_(2))、炭酸ガス(CO_(2))、水(H_(2)O)及び金属成分などが含まれ、純度が99.8%程度に落ちる。 前記不純物の中で、塩化水素の圧縮及び液化工程の妨げになるのは水分と酸素であり、水分は直接、酸素は塩化水素の合成過程で水に変わり、圧縮機などの設備稼働を困難にする。これに従い、原料中の水分と酸素だけを除去すると、塩化水素の圧縮機使用に問題がないため、3N級以下の低純度塩化水素の製造は可能になる。 【0008】 しかし、半導体製造工程などに使用される高純度塩化水素(99.999%以上)の製造のためには、水分と酸素だけでなく、他の不純物も除去しなければならず、特に、炭酸ガスは、一旦塩化水素ガスと混ざると、分離がほとんど不可能なため、前記のように生産性及びコスト面で不利な湿式法に依存せざるを得なかった。 本発明は、前述したような問題点を解決するためのもので、高純度の塩化水素を製造するにおいて、塩酸から始まる既存の湿式工程に代替できる、より簡単で、経済的な乾式高純度塩化水素の製造方法及びシステムを提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0009】 本発明は、前記目的を達成するために、原料である粗水素と粗塩素を99.999%以上の純度でそれぞれ精製する段階;前記精製された水素と塩素を1,200ないし1,400℃の範囲の温度で反応させて塩化水素を合成するが、前記水素は塩素に対してモル比で過剰に投入する段階;前記塩化水素を圧縮させて液状に変換する段階;及び分別蒸留を通して塩化水素の精製及び余剰水素を分離する段階とを含む高純度塩化水素の製造方法を提供する。 前記本発明の高純度塩化水素の製造方法で、前記水素の精製は、塩水の電気分解工程により生じる粗水素を触媒及び吸着剤を使用して水分と酸素を除去し、前記塩素の精製は、粗塩素ガスを1次吸着で水分を除去し、1次低温蒸留で金属成分を除去した後、2次低温蒸留でガス成分を除去する過程からなる。」 (ウ)「【0030】 本発明の高純度塩化水素製造システムにおいて、原料である塩素と水素は、FCV(流量比例制御弁)によって調節される。前記水素と塩素の反応において、水素は塩素に対して過量で添加することが望ましい。水素と塩素の反応で塩化水素を製造する反応は、理論上1:1のmol比(モル比)で反応させなければいけないが、未反応出発物質として塩素が残存する場合、塩化水素との分離が容易ではなく、塩素の毒性のために反応システムの損傷を招く恐れがある。したがって、水素と塩素の反応時に前記水素は、塩素に対して理論量比10mol%ないし20mol%の範囲で過量になるようにすることが望ましい。」 エ 甲3(欧州特許出願公開第2481837号明細書)の記載事項 本願の優先日前に頒布された刊行物である甲3には,以下の記載がある。 (なお,当審訳は,申立人が甲3に付した訳文に基づく。) (ア)「[0001] The present invention relates to methods of producing a chlorine gas, an aqueous alkali metal hypochlorite solution and liquid chlorine. More specifically, the present invention relates to a method of producing a chlorine gas and liquid chlorine having a lower bromine content than that obtained in the conventional chlor-alkali processes (particularly membrane and mercury based processes).」 (当審訳:[0001]本発明は,塩素ガス,アルカリ金属次亜塩素酸水溶液および液体塩素を製造する方法に関する。より具体的には,本発明は,従来の塩素アルカリプロセス(特に膜および水銀ベースのプロセス)で得られるものよりも低い臭素含有量を有する塩素ガスおよび液体塩素を製造する方法に関する。) (イ)「[0002] Conventionally, an electrolysis of an alkali metal chloride solution, typically sodium chloride and potassium chloride solution, denoted also as brine, has been performed for the purpose of producing chlorine, sodium or potassium hydroxide, and hydrogen. Since the raw material in such processes usually contains alkali metal bromides as impurities, chlorine generated therefrom is contaminated with bromine. The bromine impurity in chlorine is less and less tolerated, especially in water treatment applications. This is because, in certain water treatment processes, bromine is at least partially converted to alkali metal bromate which is a known health hazard. Another application which requires chlorine with low bromine content is the production of various chlorinated organic compounds.」 (当審訳:[0002]従来,アルカリ金属塩化物溶液,典型的には塩化ナトリウムおよび塩化カリウム溶液(ブラインとも呼ばれる)の電気分解は,塩素,水酸化ナトリウムまたは水酸化カリウム,および水素を製造する目的で行われてきた。このような工程の原料には,通常,不純物としてアルカリ金属臭化物が含まれているため,そこから発生する塩素は臭素で汚染されています。塩素中の臭素不純物は,特に水処理用途では,ますます許容されなくなります。これは,特定の水処理プロセスでは,臭素が少なくとも部分的にアルカリ金属臭素酸塩に変換されるためです。これは,既知の健康被害です。低臭素含有量の塩素を必要とする別の用途は,さまざまな塩素化有機化合物の製造です。) (ウ)「[0007] The present invention is directed towards the provision of a method of producing chlorine with low bromine content. The present invention relates to a method for producing a chlorine gas, which method includes the steps of (a)electrolyzing brine to produce gaseous chlorine, alkali metal hydroxide and hydrogen, (b)separating gaseous chlorine from the electrolyte (anolyte in the case of the membrane process),・・・」 (当審注;「・・・」は記載の省略を表す。以下同様。) (当審訳:[0007]本発明は,低臭素含有量の塩素を製造する方法の提供に向けられている。本発明は,塩素ガスを製造するための方法に関する。 (a)ブラインを電気分解して,ガス状の塩素,アルカリ金属水酸化物 ,および水素を生成します。 (b)電解質(膜プロセスの場合は陽極液)からガス状塩素を分離しま す。・・・) (エ)「[0014] Without being bound by any particular theory, it is believed that the main sources of elemental bromine are chemical reactions taking place in the depleted brine treatment loop rather than the electrochemical cells.. It is further believed that the content of bromine in the main chlorine product can be further minimized by adjusting the pH of the electrolyte (anolyte in the case of the membrane process). While the general operating pH range in the electrolyzers is typically about 3.1 to about 5.5, it is preferred to adjust the pH upward to the range about 3.5 to about 5.5, most preferably about 3.9 to about 5.5.・・・」 (当審訳:[0014]特定の理論に拘束されることなく,元素の臭素の主な供給源は,電気化学セルではなく,枯渇したブライン処理ループで発生する化学反応であると考えられています。さらに,主塩素生成物中の臭素の含有量は,電解質(膜プロセスの場合は陽極液)のpHを調整することによってさらに最小限に抑えることができると考えられています。電解槽の一般的な動作のpH範囲は,典型的には約3.1から約5.5であるが,pHを約3.5から約5.5,最も好ましくは約3.9から約5.5の範囲に上方に調整することが好ましい。・・・) オ 甲4(特開平5-105408号公報)の記載事項 本願の優先日前に頒布された刊行物である甲4には,以下の記載がある。 (ア)「【請求項2】 水素ガスと塩素ガスとの混合ガスを反応させて塩酸を生成する合成法において、 水素ガスの供給量を理論上必要とされる供給量の1.2倍?1.5倍程度とすることを特徴とする塩酸の合成方法。」 (イ)「【0003】この塩酸は、工業的には例えば水素ガスと塩素ガスとの混合ガスを反応させる合成法や、芳香族炭化水素の塩素化反応を利用した副生塩酸法などの方法により生成されるが、副生塩酸法は副生塩酸の純度が低いことから、高純度の塩酸を得るためには通常合成法が採用されている。この合成法により塩酸を生成する装置としては、混合ガスを燃焼させる燃焼部と加熱反応により生成した塩化水素ガスを吸収液に吸収させる吸収・冷却部とを上下に設けて一体構造とした、いわゆる1塔型合成装置と、これらを別々に設けて別体構造とした、いわゆる2塔型合成装置とがあり、通常いずれの装置においても水素ガスと塩素ガスとの反応温度を1000℃付近に設定して運転している。」 (ウ)「【0009】 【作用】水素ガスと塩素ガスとを、例えば各々反応前に冷却して、塩酸を生成するために理論上必要とされる体積比で例えば1塔型合成装置の燃焼部の燃焼室内に供給し、この混合ガスを燃焼バ-ナで加熱して、反応温度を例えば800℃付近で反応させるか、あるいは水素ガスの供給量を理論上必要とされる供給量の1.2倍?1.5倍程度に設定して、反応温度を1000℃程度で反応させることにより、フリ-塩素の含有量が少ない塩酸を生成することができる。」 (エ)「【0024】 【表1】 」 (2)本件発明1と甲1発明との対比と判断 ア 本件発明1について 本件発明1と甲1発明とを対比する。 (ア)甲1発明における「Cl_(2)」,「H_(2)」は,それぞれ,本件発明1における「塩素」,「水素」に相当する。甲1発明における「H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得る工程」の段階の「塩化水素」は,上記(1)イの工程順のとおり,その後の工程における操作(蒸留等)において高度精製する前の粗い塩化水素であるという意味で,「粗」な「塩化水素」であるから,「粗塩化水素」であるといえる。また,上記塩化水素を得る工程においては,H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得ているのであるから,H_(2)とCl_(2)との間に何らかの反応が起こっていることは自明であり,上記工程は「反応工程」であるといえる。 (イ)よって,甲1発明における「H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得る工程」は,本件発明1における上記「反応工程」と,「塩素と水素から,粗塩化水素を得る反応工程」である限りで共通する。 (ウ)甲1発明における「吸収水」,「合成塩酸」は,それぞれ,本件発明1における「水」,「塩酸」に相当する。甲1発明における「上記塩化水素を吸収水に吸収させることにより合成塩酸とし,」の「上記塩化水素」は,上記(1)イの工程順のとおり甲1発明における「H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得る工程」により得られた塩化水素であって,また,上記(ア)と同様に検討すると,「粗塩化水素」であるといえる。甲1発明の「乾燥工程」における「加熱に伴う蒸気圧分の水蒸気や塩化水素に同伴するミストを除去・精製する」ことは,上記粗塩化水素から,水蒸気やミスト(すなわち,水の一形態)を除去(すなわち,脱すること)しているのであるから,本件発明の「脱水」に相当する。 (エ)よって,甲1発明における「上記塩化水素を吸収水に吸収させることにより合成塩酸とし,上記合成塩酸を放散させて高純度の塩化水素ガスを生成させ,次に,加熱に伴う蒸気圧分の水蒸気や塩化水素に同伴するミストを除去・精製する乾燥工程」は,本件発明1における上記「脱水工程」に相当する。 (オ)甲1発明の「乾燥させた塩化水素ガスを圧縮・液化させて液体塩化水素を得」との段階における「乾燥させた塩化水素ガス」は,上記(ア),(ウ)と同様に検討すると,「脱水された粗塩化水素ガス」であるといえ,また,上記「液体塩化水素」は,その後の蒸留において高度精製する前の粗い塩化水素であるという意味で,「粗」な「塩化水素」であるから,「液状の粗塩化水素」であるといえる。 (カ)よって,甲1発明における「乾燥させた塩化水素ガスを圧縮・液化させて液体塩化水素を得,その後,蒸留を行い,液体塩化水素に含まれていた不純物をさらに除去・高度精製し,高純度液体塩化水素を生産する工程」は,本件発明1における上記「蒸留工程」に相当する。 (キ)甲1発明における「高純度液体塩化水素製造プロセス」は,本件発明1における「塩化水素の製造方法」に相当する。 (ク)以上によれば,本件発明1と甲1発明とは,次の点で一致する。 [一致点] 塩素と水素から,粗塩化水素を得る反応工程と, 前記反応工程で得られた粗塩化水素を脱水する脱水工程と, 前記脱水工程で得られた,脱水された粗塩化水素を圧縮して液化し,その液状の粗塩化水素を蒸留により精製する蒸留工程と, を備え, 前記脱水工程は,前記反応工程で得られた粗塩化水素を水に吸収させて塩酸とし,その塩酸から放散させた塩化水素を脱水する工程である塩化水素の製造方法である点。 (ケ)一方で,本件発明1と甲1発明とは,以下の点で相違する。 [相違点1] 反応工程について,本件発明1では,「塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る」のに対して,甲1発明では,「塩素と水素から,粗塩化水素を得る」反応であるものの,上記反応の具体的な条件は特定されておらず,塩素に対する水素のモル比及び反応温度が,本件発明1の上記モル比及び温度の範囲内であるかどうか不明である点。 [相違点2] 本件発明1では,上記反応工程の前に,「pHが3以上5以下の無機塩化物水溶液を電気分解して塩素と水素を得る電気分解工程」を備えており,かつ,反応工程において反応させる塩素と水素が「前記電気分解工程により得られた」ものであるのに対して,甲1発明では,上記電気分解工程について何も特定されておらず,反応工程の前に,前記電気分解工程を備えるかどうか不明であり,更に,反応工程において反応させる塩素と水素が「前記電気分解工程により得られた」ものであるかどうか不明である点。 (コ)事案に鑑みて,まず上記[相違点1]について検討する。 a 甲1発明への甲2の記載事項の適用について 上記(1)ウ(ア)のとおり,甲2の【請求項1】には,「前記精製された水素と塩素を1,200ないし1,400℃の範囲の温度で反応させて塩化水素を合成するが、前記水素は塩素に比べてモル比で過剰に投入する段階」が記載されている。 しかしながら,以下(a)?(b)のとおり,甲1発明へ甲2の記載事項の適用することを阻害する要因が存在しており,甲1発明において,反応工程を「塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る」ようにすることが,甲2の記載事項から動機付けられるとはいえない。 (a)上記(1)ウ (イ)のとおり,甲2には,「従来の無水塩酸の製造は、前記塩酸を用いた湿式法により行われる。つまり、35?37%の塩酸を蒸発管で加熱させ、塩化水素ガスを発生させ、これを脱水・乾燥・精製冷却させた後、圧縮冷却をして液化塩化水素を製造する。このような従来の製造方法は、高温で塩酸を取り扱うことにより、装置のメンテナンスコストが非常にかかり、多量のスチームを使用することにより、エネルギーコストも余分に必要となる問題点を抱えている。」(【0006】)と記載されている。 (b)ここで,上記(1)イのとおり,甲1発明は,「H_(2)とCl_(2)から塩化水素を得る工程と,上記塩化水素を吸収水に吸収させることにより合成塩酸とし,上記合成塩酸を放散させて高純度の塩化水素ガスを生成させ,次に,加熱に伴う蒸気圧分の水蒸気や塩化水素に同伴するミストを除去・精製する乾燥工程と,乾燥させた塩化水素ガスを圧縮・液化させて液体塩化水素を得,その後,蒸留を行い,液体塩化水素に含まれていた不純物をさらに除去・高度精製し,高純度液体塩化水素を生産する工程とを備える,高純度液体塩化水素製造プロセス。」であるが,下線部の工程は,甲2において,上記問題を抱えているとしている従来の製造方法の湿式法に他ならず,甲2が問題視する上記湿式法を含む甲1発明へ,甲2の記載事項を適用することができるとはいえない。 b 甲3の記載事項について 甲3には,粗塩化水素を得る反応工程における塩素に対する水素のモル比及び温度について,何も記載されておらず,甲1発明において,反応工程を「塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る」ようにすることが,甲3の記載事項から動機付けられるとはいえない。 c 甲1発明への甲4の記載事項の適用について 上記(1)オ(ウ)のとおり,甲4に「【作用】水素ガスと塩素ガスとを、例えば各々反応前に冷却して、塩酸を生成するために理論上必要とされる体積比で例えば1塔型合成装置の燃焼部の燃焼室内に供給し、この混合ガスを燃焼バ-ナで加熱して、反応温度を例えば800℃付近で反応させるか、あるいは水素ガスの供給量を理論上必要とされる供給量の1.2倍?1.5倍程度に設定して、反応温度を1000℃程度で反応させることにより、フリ-塩素の含有量が少ない塩酸を生成することができる。」(【0009】)と記載されており,「高純度液体塩化水素製造プロセス」である甲1発明の上記反応工程への当該記載事項の適用を阻害する要因も見当たらない。 しかしながら,以下(a)?(c)のとおり,本件発明1は,甲1発明及び甲2?4の記載事項からは,当業者が予測することができない格別顕著な効果を奏するものであり,甲1発明において,甲4の記載事項を考慮して,反応工程について,「塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る」と特定することを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 (a)上記相違点の事項に関連する効果について,甲2?4の記載事項を確認すると,以下(b)のとおりである。 (b)上記(1)ウ(ウ)のとおり,甲2には,「水素と塩素の反応で塩化水素を製造する反応は、理論上1:1のmol比(モル比)で反応させなければいけないが、未反応出発物質として塩素が残存する場合、塩化水素との分離が容易ではなく、塩素の毒性のために反応システムの損傷を招く恐れがある。したがって、水素と塩素の反応時に前記水素は、塩素に対して理論量比10mol%ないし20mol%の範囲で過量になるようにすることが望ましい。」(【0030】)と記載されている。甲3には,粗塩化水素を得る反応工程における塩素に対する水素のモル比及び温度について,何も記載されておらず,したがって,上記モル比及び温度の各数値範囲を特定することにより奏される効果についても何も記載されていない。甲4には,上記cのとおり,フリ-塩素の含有量が少ない塩酸を生成することができることが記載されている(【0009】)。 (c)その一方で,本件明細書等の【0015】,【0017】,【実施例】の記載からすると,本件発明1は,「塩素と水素を、塩素に対して水素をモル比で過剰量用いて1000℃以上1500℃以下で反応させて、粗塩化水素を得る」ことによって,二酸化炭素の濃度を低くすることができるという,甲2?4の上記効果から予測できない有利な効果を奏するものといえる。 (サ)以上のとおり,上記[相違点1]について,甲2?甲4の記載事項を参照しても,当業者が容易に想到することができたとはいえないから,上記[相違点2]について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明及び甲2?4に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 イ 本件発明2について 本件発明2は,本件発明1を引用するものであるが,上記ア(サ)で述べたとおり,本件発明1が,甲1発明及び甲2?4に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない以上,本件発明2についても同様に,甲1発明及び甲2?4に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3)まとめ 以上のとおり,本件発明1?2は,甲1に記載された発明及び甲2?4に記載された事項に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,同発明に係る特許が,特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。 第5 むすび 以上のとおり,特許異議申立書に記載した特許異議申立ての理由によっては,本件特許の請求項1?2に係る特許を取り消すことはできない。 また,他に請求項1?2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって,結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-07-12 |
出願番号 | 特願2017-534162(P2017-534162) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(C25B)
|
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 中西 哲也 |
特許庁審判長 |
平塚 政宏 |
特許庁審判官 |
祢屋 健太郎 粟野 正明 |
登録日 | 2020-09-07 |
登録番号 | 特許第6760942号(P6760942) |
権利者 | 昭和電工株式会社 |
発明の名称 | 塩化水素の製造方法 |
代理人 | 田中 秀▲てつ▼ |
代理人 | 森 哲也 |