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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1376779
異議申立番号 異議2020-700029  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-01-17 
確定日 2021-07-12 
異議申立件数
事件の表示 特許第6543920号発明「ポリマー微粒子」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6543920号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6543920号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし3に係る特許についての出願は、平成26年11月28日を出願日とする出願であって、令和1年6月28日にその特許権の設定登録(請求項の数3)がされ、特許掲載公報が同年7月17日に発行され、その後、その特許に対し、令和2年1月17日に特許異議申立人 鈴木幸子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされた。
当審から、令和2年4月3日付けで取消理由が通知され、特許権者から、同年6月3日に意見書が提出され、同年9月7日付けで取消理由<決定の予告>が通知され、特許権者から、同年11月4日に意見書が提出され、令和3年1月8日付けの審尋に対して、異議申立人から、同年同月28日に回答書が提出されたものである。

第2 本件発明

本件特許の請求項1ないし3に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいう。)は、それぞれ、本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1ないし3に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる脂肪族ポリエステルからなるポリマー微粒子であって、アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下であるポリマー微粒子。
【請求項2】
脂肪族ポリエステルが、式(1):[-CHR_(1)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(1)はC_(n)H_(2n+1)で表されるアルキル基を表し、n=1?15の整数であり、R_(2)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位と、式(2):[-CHR_(2)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(2)はC_(m)H_(2m+1)で表されるアルキル基を表し、m=1?15の整数であり、R_(1)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位を含む脂肪族ポリエステルである請求項1記載のポリマー微粒子。
【請求項3】
ポリマー微粒子の平均粒子径が1?1000μmである請求項1または2記載のポリマー微粒子。」

第3 当審の取消理由<決定の予告>の概要

令和2年9月7日付けで通知した取消理由<決定の予告>の概要は、次の理由を含むものである。

取消理由2-1(進歩性) 本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲1に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

取消理由2-8(進歩性) 本件特許の請求項1ないし3に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲8に記載された発明に基づいて、本件特許の出願前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。


甲1 : 米国特許出願公開第2014/0026916号明細書
甲8 : 国際公開第2012/105140号

第4 取消理由<決定の予告>についての当審の判断

当審は、以下に述べるように、取消理由<決定の予告>で通知した上記取消理由2-1及び2-8には理由があると判断する。

1 甲1及び8の記載事項等
(1)甲1の記載事項
甲1には以下の記載がある。原文の摘記は省略し、訳文のみ記載する。下線については、当審において付与したものである。以下同じ。

ア 「概要 ここでは、ポリヒドロキシアルカノエートのマイクロビーズを角質除去剤、化粧品、練り歯磨きなどのパーソナルケア製剤に組み込むことにより、水系の汚染を低減する方法について説明する。適切なポリヒドロキシアルカノエートのマイクロビーズは生分解性であり、平均サイズが400ミクロン未満であり、水生環境で急速に沈む。」(ABSTRACT)

イ 「[0007]化粧品やクレンザーで使用されるマイクロビーズは、最終的には廃水流になる。通常、廃水システムの微細および非常に微細なスクリーンは、200μm未満のマイクロプラスチックを適切に除去しないため(EPA 2003)、市販の化粧品やトイレタリーからの多くのプラスチック製マイクロビーズが処理プラントの消化タンクを通過したり、潜在的に蓄積したり、他の下水粒子状物質で凝集したりする。消化タンク内の合成固形物の蓄積の潜在的な結果の1つは、バイオソリッドの土壌改良剤としての再利用が拒否される(EPA 2003)。ポリエチレンとポリプロピレンの相対密度が1.0未満であるため、マイクロビーズは特に懸念される。その結果、マイクロビーズが雨水、下水、および腐敗系を通って浮遊し、河口および海洋生態系への支流に流れ込む可能性がある(Gregory 1996; Browne et al.2011)。」

ウ 「[0010]1つの解決策は、生分解性のマイクロビーズを含む、分解性のマイクロビーズを使用することである。例えば、ポリ乳酸(「PLA」)などの生体高分子は、陸生堆肥化システムおよび人体で分解できるが、残念ながら水生システムでは日常的に分解できない。PLAマイクロビーズは、医薬品のカプセル化剤として使用されているほか、皮膚の深層に注入されるFDA承認の化粧品(SculptraTM、Sanofi Aventisから入手可能)として使用され、マイクロビーズの周囲にコラーゲン沈着が形成される際の顔の外観を改善する。我々の経験では、ポリカプロラクトン(「PCL」)は海洋環境で生分解することがわかっている。しかし、PCLの低い耐熱性と高い柔軟性/粘着性により、PCLマイクロビーズは、化粧品およびトイレタリー製品に望ましくない。」

エ 「[0014]本明細書では、人体表面の洗浄または保護に有用な製品を処方し、製品を体表面に適用するようにユーザーに指示することを含む、水質汚染を低減する方法についても説明する。この製品は、平均サイズが400ミクロン未満のPHAマイクロビーズを含む。そして、前記PHAマイクロビーズは、水生環境で急速に沈む。」

オ 「[0031]本明細書で使用されるパーソナルケア配合物は、個人の衛生および/または美化に有用な人体への適用を意図した製品を指す。パーソナルケア製品には、リップクリーム、クレンジングパッド、コロン、綿パッド、消臭剤、アイライナー、リップグロス、口紅、ローション、化粧料、洗口液、ポマード、香水、シャンプー、コンディショナー、シェービングクリ-ム、スキンクリーム、日焼け止め、ウェットワイプ、歯磨き粉が含まれるが、これらに限定されない。」

カ 「[0035]PHAポリマーは、糖と脂質の細菌発酵によって自然界で生産される真のバイオポリマーである。これらは線状ポリエステルであり、このファミリー内で150種類以上のモノマーを組み合わせて、さまざまな特性を持つポリマーを提供できる。いくつかの一般的なPHAポリマーには、ポリ-3-ヒドロキシブチレート、ポリ-4-ヒドロキシブチレート、ポリヒドロキシバレレート、ポリ-3-ヒドロキシヘキサノエート、および、P(3HB-co-4HB)として知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-4-ヒドロキシブチレート);PHBVとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-バレレート);PHBHとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート)、を含むそれらのコポリマーが含まれる。Procter and Gambleで開発され現在Meredian Inc.から市販されているNodaxクラスのPHAポリマーには、PHBHと、3-ヒドロキシブチレートモノマーユニットと、長い側鎖を持つ他の3-ヒドロキシアルカノエートモノマーユニットを含む他のPHAコポリマーが含まれている。」

キ 「[0053]PHAは、水生環境やその他の環境で生分解することが知られている(たとえば、レビューのためにJendrossekおよびHandrick 2002参照)。例えば、本発明者らは、射出成形されたPHAのパネルは、海洋環境中で劣化することを実証した(米国特許出願公開第20120160351号A1を参照されたい)。・・・」

ク 「[0063]本発明の方法に有用なパーソナルケア製剤は、例えば、スキンケア、リップケア、制汗剤、消臭剤、化粧品、オーラルケア、またはヘアケア製品であり、顔、首、手、腕、口、髪、または体の他の部分に使用される。パーソナルケア配合物は、例えば、保湿剤、コンディショナー、練り歯磨き、老化防止化合物、スキンライトナー、日焼け止め、日焼け止め、シェーピング製剤、口紅、ファンデーション、マスカラ、アフターシェーブ、およびそれらの組み合わせとして使用されてもよい。」

ケ 「[0076]・・・
例1
PHAマイクロビーズの生産
[0077]およそ1gのPHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)を75mLのジクロロメタンに溶解し、不溶性の微粒子をろ過により除去した。およそ10mLのPHA/ジクロロメタン溶液を30mLのメチルセルロースの2%水溶液と混合し、Virtis ホモジナイザーを使用して混合物を3分間均質化した。得られたエマルジョンに水40mLを加え、混合物を約45分間撹拌して、ジクロロメタンを蒸発させ、PHAマイクロビーズを生成した。PHAマイクロビーズを遠心分離により分離し、次いで収集し、乾燥させた。HIROX KH-7700 デジタル顕微鏡で撮影されたPHAマイクロビーズの代表的な画像は、図1?3に示される。図1は、350倍の倍率でのPHAマイクロビーズのHIROX画像を示す。図2は、2800倍の倍率でのPHAマイクロビーズのHIROX画像を示し、選択されたPHAマイクロビーズの直径の測定量を含む。図3は、2000倍の倍率でのPHAマイクロビーズのHIROX画像を示す。図2のL2からL5でマークされた粒子のサイズは4.1μmから9.2μmの範囲である。
[0078]上記の実験条件のバリエーションを使用してPHAマイクロビーズを作成し、水とジクロロメタンの相対濃度、メチルセルロースの濃度、および蒸発フェーズ中の撹拌速度を変更して、さまざまなサイズのマイクロビーズを生成した。」


(2)甲1に記載された発明
甲1の上記(1)アないしケの記載、特に、上記(1)クにおいての化粧品用途の言及と上記(1)ケにおいて具体的に記載されている例1のマイクロビーズから、甲1には、次のとおりの発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「およそ1gのPHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)を75mLのジクロロメタンに溶解し、不溶性の微粒子をろ過により除去し、およそ10mLのPHA/ジクロロメタン溶液を30mLのメチルセルロースの2%水溶液と混合し、Virtis ホモジナイザーを使用して混合物を3分間均質化し、得られたエマルジョンに水40mLを加え、混合物を約45分間撹拌して、ジクロロメタンを蒸発させ、PHAマイクロビーズを生成して得られた粒子であって、サイズは4.1μmから9.2μmの範囲である、化粧品に使用可能な粒子。」

(3)甲1に記載の技術事項
甲1の「ポリヒドロキシアルカノエートのマイクロビーズを角質除去剤、化粧品、練り歯磨きなどのパーソナルケア製剤に組み込むことにより、水系の汚染を低減する方法について」(上記(1)ア)、「化粧品やトイレタリーからの多くのプラスチック製マイクロビーズ が処理プラントの消化タンクを通過したり、潜在的に蓄積したり、他の下水粒子状物質で凝集したりする。・・・その結果、マイクロビーズが雨水、下水、および腐敗系を通って浮遊し、河口および海洋生態系への支流に流れ込む可能性がある」(上記(1)イ)、「ポリ乳酸(「PLA」)などの生体高分子は、陸生堆肥化システムおよび人体で分解できるが、残念ながら水生システムでは日常的に分解できない。」(上記(1)ウ)、「・・・いくつかの一般的なPHAポリマーには、・・・PHBVとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-バレレート);PHBHとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート)、を含むそれらのコポリマーが含まれる。」(上記(1)カ)、「PHAは、水生環境やその他の環境で生分解することが知られている」(上記(1)キ)との記載から、甲1には、以下の技術事項が認められる。

<甲1に記載の技術事項>
「ポリ乳酸(「PLA」)は、陸生堆肥化システムおよび人体で分解できるが、水生システムでは日常的に分解できないため、PHBVやPHBHなどのPHAマイクロビーズを利用することでマイクロビーズによる水質汚染を低減できること。」

(4)甲8の記載事項
甲8には以下の記載がある。

ア 「請求の範囲
[請求項1] ポリ乳酸系樹脂(A)およびポリ乳酸系樹脂とは異なるポリマー(B)をエーテル系有機溶媒(C)に溶解させることにより、前記ポリ乳酸系樹脂(A)を主成分とする溶液相と、前記ポリ乳酸系樹脂とは異なるポリマー(B)を主成分とする溶液相との2相に相分離する系を形成する溶解工程と、前記相分離する系に剪断力を加えてエマルションを形成するエマルション形成工程と、前記ポリ乳酸系樹脂(A)の溶解度がエーテル系有機溶媒(C)よりも小さい貧溶媒を前記エマルションに接触させることによりポリ乳酸系樹脂微粒子を析出させる微粒子化工程とを有することを特徴とするポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項2] 前記エーテル系有機溶媒(C)の沸点が100℃以上である、請求項1に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項3] 前記エーテル系有機溶媒(C)がジエチレングリコールジメチルエーテルである、請求項2に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項4] 前記ポリ乳酸系樹脂とは異なるポリマー(B)が、ポリビニルアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリエチレンオキサイド、ポリエチレングリコールのいずれかである、請求項1?3のいずれかに記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項5] 前記貧溶媒が水である、請求項1?4のいずれかに記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項6] 前記ポリ乳酸系樹脂(A)の融解エンタルピーが5J/g以上である、請求項1?5のいずれかに記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項7] 前記貧溶媒の接触温度が、前記ポリ乳酸系樹脂(A)の結晶化温度以上である、請求項6に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項8] 前記ポリ乳酸系樹脂(A)の融解エンタルピーが5J/g未満である、請求項1?5のいずれかに記載のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法。
[請求項9] 数平均粒子径が1?90μmであり、アマニ油吸油量が90ml/100g以上であることを特徴とするポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項10] 融解エンタルピーが5J/g以上であるポリ乳酸系樹脂を用いてなる、請求項9に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項11] 粒子径分布指数が1?2である、請求項9または10に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項12] 真球度が90以上であり、粒子径分布指数が1?2であることを特徴とするポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項13] 融解エンタルピーが5J/g未満であるポリ乳酸系樹脂を用いてなる、請求項12に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項14] 数平均粒子径が1?100μmであり、アマニ油吸油量が70ml/100g未満である、請求項12または13に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子。
[請求項15] 請求項9?14のいずれかに記載のポリ乳酸系樹脂微粒子を用いてなる化粧品。」

イ 「[0003] 一方、近年の環境問題への関心が高まるなか、環境負荷の低減の目的のため、非石油原料由来の材料を使用することが求められるようになっており、化粧品、塗料などポリマー微粒子が使用される分野も例外ではない。これら非石油原料由来ポリマーの代表的なものとしては、ポリ乳酸が挙げられる。」

ウ 「[0025] 本発明のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法により、簡便にポリ乳酸系樹脂微粒子を製造することが可能となり、さらには、吸油性や吸湿性に優れた多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子や、滑り性の良好な表面が平滑な真球形状のポリ乳酸系樹脂微粒子など、用途に応じた所望の形態のポリ乳酸系樹脂微粒子を製造することが可能となる。本発明により得られたポリ乳酸系樹脂微粒子は、ファンデーション、口紅、男性化粧品用スクラブ剤などの化粧品用材料、フラッシュ成形用材料、ラピッドプロトタイピング・ラピッドマニュファクチャリング用材料、プラスティックゾル用ペーストレジン、粉ブロッキング材、粉体の流動性改良材、潤滑剤、ゴム配合剤、研磨剤、増粘剤、濾剤および濾過助剤、ゲル化剤、凝集剤、塗料用添加剤、吸油剤、離型剤、プラスティックフィルム・シートの滑り性向上剤、ブロッキング防止剤、光沢調節剤、つや消し仕上げ剤、光拡散剤、表面高硬度向上剤、靭性向上材等の各種改質剤、液晶表示装置用スペーサー、クロマトグラフィー用充填材、化粧品ファンデーション用基材・添加剤、マイクロカプセル用助剤、ドラッグデリバリーシステム・診断薬などの医療用材料、香料・農薬の保持剤、化学反応用触媒およびその担持体、ガス吸着剤、セラミック加工用焼結材、測定・分析用の標準粒子、食品工業分野用の粒子、粉体塗料用材料、電子写真現像用トナーなどに好適に使用することができる。」

エ 「[0101] 本発明における多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子の特徴は、数平均粒子怪が小さく、表面が多孔質な形状である点であり、その細孔内に、油分や水分を多量に保持することが可能であるため、親油性、親水性の向上を図ることができ、さらには、粒子径が小さいため、従来の孔質を有する微粒子では達成できない滑らかさを付与することが可能であるという点である。このような多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子は、化粧品などの、吸油性や平滑性の両立が要求される分野等において、好適に使用される。
[0102] 上記多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子の数平均粒子径については、用途に応じて、適正な数平均粒子径の範囲を決定することができる。例えば、化粧品などの用途においては、数平均粒子径が小さいほうが滑らかさが向上するため、数平均粒子径の上限値としては、通常90μm以下であり、好ましい態様によれば、50μm以下であり、より好ましい態様によれば、30μm以下である。また、化粧品などに使用した場合、数平均粒子径が小さすぎると粒子同士の凝集が起こりやすくなるため、数平均粒子径の下限値としては、通常1μm以上であり、1μm超が好ましく、2μm以上がより好ましく、3μm以上が最も好ましい。」

オ 「[0108] 本発明における多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子の孔質の存在量は、直接的に測定することは難しいが、間接指標として、日本工業規格などに定められている顔料試験方法であるのアマニ油吸油量(精製あまに油法 JIS K5101)を指標とすることができる。
[0109] 特に化粧品、塗料などでの用途では、アマニ油吸油量がより高い方が好ましく、アマニ油吸油量の下限値としては、好ましくは、90ml/100g以上、より好ましくは、100ml/100g以上、さらに好ましくは、120ml/100g以上、特に好ましくは、150ml/100g以上、著しく好ましくは、200ml/100g以上、最も好ましくは、300ml/100g以上である。アマニ油吸油量の上限値については、1000ml/100g以下であることが好ましい。」

カ 「[0127] このように、粒子径が小さく、吸油量が高い本発明の多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子や、真球形状で、粒子径分布が狭い本発明の平滑表面のポリ乳酸系樹脂微粒子は、産業上、各種用途で、極めて有用かつ実用的に利用することが可能である。具体的には、洗顔料、サンスクリーン剤、クレンジング剤、化粧水、乳液、美容液、クリーム、コールドクリーム、アフターシェービングローション、シェービングソープ、あぶらとり紙、マティフィアント剤などのスキンケア製品添加剤、ファンデーション、おしろい、水おしろい、マスカラ、フェイスパウダー、どうらん、眉墨、マスカラ、アイライン、アイシャドー、アイシャドーベース、ノーズシャドー、口紅、グロス、ほおべに、おはぐろ、マニキュア、トップコートなどの化粧品またはその改質剤、シャンプー、ドライシャンプー、コンディショナー、リンス、リンスインシャンプー、トリートメント、ヘアトニック、整髪料、髪油、ポマード、ヘアカラーリング剤などのヘアケア製品の添加剤、香水、オーデコロン、デオドラント、ベビーパウダー、歯磨き粉、洗口液、リップクリーム、石けんなどのアメニティ製品の添加剤、トナー用添加剤、塗料などのレオロジー改質剤、医療用診断検査剤、自動車材料、建築材料などの成形品への機械特性改良剤、フィルム、繊維などの機械特性改良材、ラピッドプロトタイピング、ラピッドマニュファクチャリングなどの樹脂成形体用原料、フラッシュ成形用材料、プラスティックゾル用ペーストレジン、粉ブロッキング材、粉体の流動性改良材、潤滑剤、ゴム配合剤、研磨剤、増粘剤、濾剤および濾過助剤、ゲル化剤、凝集剤、塗料用添加剤、吸油剤、離型剤、プラスティックフィルム・シートの滑り性向上剤、ブロッキング防止剤、光沢調節剤、つや消し仕上げ剤、光拡散剤、表面高硬度向上剤、靭性向上材等の各種改質剤、液晶表示装置用スペーサー、クロマトグラフィー用充填材、化粧品ファンデーション用基材・添加剤、マイクロカプセル用助剤、ドラッグデリバリーシステム・診断薬などの医療用材料、香料・農薬の保持剤、化学反応用触媒およびその担持体、ガス吸着剤、セラミック加工用焼結材、測定・分析用の標準粒子、食品工業分野用の粒子、粉体塗料用材料、電子写真現像用トナーなどに用いることができる。」

キ 「[0143](6)アマニ油吸油量の測定
ポリ乳酸系樹脂微粒子の多孔度の指標である、吸油性の評価にあたっては、日本工業規格(JIS規格)JIS K5101″顔料試験方法 精製あまに油法″を用いた。ポリ乳酸系樹脂微粒子約100mgを時計皿の上に精秤し、精製アマニ油(関東化学株式会社製)をビュレットで1滴ずつ徐々に加え、パレットナイフで練りこんだ。試料の塊ができるまで滴下-練りこみを繰り返し、ペーストが滑らかな硬さになった点を終点とした。滴下に使用した精製アマニ油の量から吸油量(ml/100g)を算出した。」

(5)甲8に記載された発明
ポリ乳酸系樹脂は脂肪族ポリエステルであるから、甲8には、上記(4)のア?キの記載からみて、特に化粧品の用途に用いられる樹脂微粒子として、以下の発明(以下、「甲8発明」という。)が記載されていると認める。

「ポリ乳酸系樹脂である脂肪族ポリエステルからなる樹脂微粒子であって、数平均粒子径が1μm以上90μm以下であり、アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下である化粧品用の樹脂微粒子。」

2 取消理由2-1(甲1に基づく進歩性)
(1)本件発明1と甲1発明との対比・判断
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」は、甲1の段落[0035](上記1(1)カ)の記載から、本件発明1の「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる脂肪族ポリエステル」と、「脂肪族ポリエステル」の限りにおいて相当する。
甲1発明の「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」から製造されたサイズが「4.1μmから9.2μmの範囲」である「粒子」は、本件発明1の「ポリマー微粒子」に相当する。

そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
「脂肪族ポリエステルからなるポリマー微粒子。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点1-1>
ポリマー微粒子を構成する脂肪族ポリエステルに関し、本件発明1は、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる」と特定するのに対し、甲1発明は、「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」である点。
<相違点1-2>
ポリマー微粒子に関し、本件発明1は、「アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下である」と特定するのに対し、甲1発明は、そのような特定がない点。

以下、相違点について検討する。
相違点1-1について
甲1発明の粒子の原料である「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」が具体的にどのような構造のPHAであるかは特定されないが、甲1の「PHAポリマーは、糖と脂質の細菌発酵によって自然界で生産される真のバイオポリマーである。これらは線状ポリエステルであり、このファミリー内で150種類以上のモノマーを組み合わせて、さまざまな特性を持つポリマーを提供できる。いくつかの一般的なPHAポリマーには、ポリ-3-ヒドロキシブチレート、ポリ-4-ヒドロキシブチレート、ポリヒドロキシバレレート、ポリ-3-ヒドロキシヘキサノエート、および、P(3HB-co-4HB)として知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-4-ヒドロキシブチレート);PHBVとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-バレレート);PHBHとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート)、を含むそれらのコポリマーが含まれる。」(段落[0035]、上記1(1)カ)の記載から、甲1発明の「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」として、例示されている「ポリ-3-ヒドロキシブチレート、ポリ-4-ヒドロキシブチレート、ポリヒドロキシバレレート、ポリ-3-ヒドロキシヘキサノエート、および、P(3HB-co-4HB)として知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-4-ヒドロキシブチレート);PHBVとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-バレレート);PHBHとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート」(これらは全て、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」である。)を利用し、相違点1-1に係る本件発明1の発明特定事項を満足するものとすることは、当業者が適宜なし得たことである。

相違点1-2について
甲8には、「多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子は、化粧品などの、吸油性や平滑性の両立が要求される分野等において、好適に使用される」(段落[0101]、上記1(4)エ)とされ、樹脂粒子の孔質の存在量の間接指標として定められているアマニ油吸油量について、化粧品の用途に利用する場合に特に好ましくは120ml/100g以上であること、また、1000ml/100g以下であることが好ましい旨記載されている(段落[0108]、[0109]、上記1(4)オ、以下、「甲8に記載の技術事項」という。)。
そうすると、「PHAペレット」から製造されたサイズが「4.1μmから9.2μmの範囲」である「粒子」(ポリマー微粒子)について、該粒子は、吸油性や平滑性が粒子に求められる化粧品(上記1(4)エ参照。)に使用可能なものであるから、甲8の記載に基づいて、その評価をアマニ油吸油量で行い、その範囲を120ml/100g以上1000ml/100g以下の多孔質粒子として、相違点1-2に係る本件発明1の発明特定事項とすることは、当業者が適宜なし得たことである。
そして、そのことによる効果について検討しても、格別のものであるとはいえない。
すなわち、本件特許明細書には、アマニ油吸油量に関して、「本発明におけるポリマー微粒子は、多孔質であることが特徴であるが、多孔質であることを直接的な指標にとして規格化することは難しいので、間接指標として日本工業規格で定められている顔料試験方法であるアマニ油吸油量(精製あまに油法 JIS K5101)を指標とする。特に化粧品、塗料などでの用途では、アマニ油吸油量がより高い方が好ましく、好ましくは100ml/100g以上、より好ましくは120ml/100g以上、さらに好ましくは150ml/100g 以上、特に好ましくは200ml/100g以上、著しく好ましくは250ml/100g以上、最も好ましくは300ml/100g以上である。上限は特にないが、1000ml/100g以下である。」(段落【0025】、【0026】)の記載がある。しかしながら、ただひとつの具体的な実施例として示されるものは、アマニ油吸油量439ml/100gのものだけであって、その微粒子の効果についてはなにも確認されていないし、アマニ油吸油量の範囲と効果との相関は示されていないし自明でもない。

以上のとおりであるから、本件発明1は、甲1発明及び甲8に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2と甲1発明との対比・判断
本件発明2と甲1発明とを対比すると、本件発明2と甲1発明とは、上記(1)の一致点で一致し、上記の相違点1-2に加えて、相違点1-1をさらに限定する以下の点で相違する。

<相違点1-3>
ポリマー微粒子を構成する脂肪族ポリエステルに関し、本件発明2は、「式(1):[-CHR_(1)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(1)はC_(n)H_(2n+1)で表されるアルキル基を表し、n=1?15の整数であり、R_(2)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位と、式(2):[-CHR_(2)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(2)はC_(m)H_(2m+1)で表されるアルキル基を表し、m=1?15の整数であり、R_(1)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位を含む脂肪族ポリエステルである」と特定するのに対し、甲1発明は、「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」である点。

以下、相違点について検討する。
相違点1-2は、上記(1)での検討のとおりである。
相違点1-3について
甲1発明の「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」が具体的にどのような樹脂であるかは不明であるが、甲1の段落[0035](上記1(1)カ)にはPHAに包含される具体的な樹脂として、相違点1-3に係る特定のモノマー成分が共重合された脂肪族ポリエステル樹脂に該当するPHBVとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-バレレート)及びPHBHとして知られるポリ(3-ヒドロキシブチレート-co-3-ヒドロキシヘキサノエート)が例示されているから、甲1発明の「PHAペレット(Metabolix in Lowell、Mass.から入手)」における「PHA」として、これらの樹脂を利用しようとすることに困難性はない。
そして、そのことにより格別の効果が奏されるとも認められない。
よって、本件発明2は、甲1発明及び甲8に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3と甲1発明との対比・判断
本件発明3において、新たに特定する「ポリマー微粒子の平均粒子径が1?1000μmである」点は、甲1発明との対比において、新たな相違点とはならない。
そうすると、本件発明3と甲1発明の一致点及び相違点は、上記(1)又は(2)のとおりであり、相違点についての判断も上記(1)又は(2)のとおりであるから、本件発明3は、甲1発明及び甲8に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)特許権者の主張の検討
特許権者は、令和2年6月3日提出の意見書において、おおむね以下のア及びイの点を主張する。
ア 甲8の「本発明のポリ乳酸系樹脂微粒子の製造方法により、簡便にポリ乳酸系樹脂微粒子を製造することが可能となり、さらには、吸油性や吸湿性に優れた多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子や、滑り性の良好な表面が平滑な真球形状のポリ乳酸系樹脂微粒子など、用途に応じた所望の形態のポリ乳酸系樹脂微粒子を製造することが可能となる。本発明により得られたポリ乳酸系樹脂微粒子は、・・・男性化粧品用スクラブ剤などの化粧品用材料、・・・などに好適に使用することができる。」(0025段落)、「数平均粒子径が1?90μmであり、アマニ油吸油量が90ml/100g以上であることを特徴とするポリ乳酸系樹脂微粒子。」(請求項9)、「数平均粒子径が1?100μmであり、アマニ油吸油量が70ml/100g未満である、請求項12または13に記載のポリ乳酸系樹脂微粒子。」(請求項14)の記載から、アマニ油吸油量が90ml/100g以上であるポリ乳酸系樹脂微粒子も、アマニ油吸油量が70ml/100g未満であるポリ乳酸系樹脂微粒子も、スクラブ剤などの化粧品用として有用であることが記載されているといえるので、甲1と甲8を組み合わせることができたとしても、本件発明1の発明特定事項とすることにはならない。
イ アマニ油吸油量は、粉末の油分に対する濡れやすさを表す特性であって、粒子の粒度や形状(物理的な要因)と粒子を構成している樹脂のアマニ油との親和性といった表面の分子状態(化学的な要因)とが影響するので、表面の分子状態が大きく異なると予想されるから、甲8記載のポリ乳酸系樹脂におけるアマニ油吸油量の値を、甲1発明における特定の脂肪族ポリエステルのアマニ油吸油量の好適な範囲を定めるために参考にすることはできない。

また、特許権者は、令和2年11月4日提出の意見書において、意見書に添付した実験成績証明書に基づき、おおむね以下の主張をしている。
ウ アマニ油吸油量としての「120ml/100g以上1000ml/100g以下」という数値範囲に臨界的な意義がある。

以下、上記主張について検討する。
主張アについて
甲8の段落[0025]における用途の例示である「男性化粧品用スクラブ剤などの化粧品用材料」はその他多数の例示の中の一例にすぎず、請求項9及び14においての「アマニ油吸油量」の特定は用途まで特定するものではない。
そして、段落[0126]には「特に、上記表面平滑なポリ乳酸系樹脂微粒子をトナーなどの用途で使用する場合、アマニ油吸油量がより低い方が基材に均質に融着するため好ましい。アマニ油吸油量の上限値としては、70ml/100g未満が好ましく、65ml/100g未満がより好ましく、60ml/100g未満がさらに好ましい。また、その下限値は、30ml/100gであることが好ましい。」との記載があることから、請求項14において特定しているアマニ油吸油量が70ml/100g未満との数値のポリマー微粒子は、トナーなどの用途で使用する場合と考えるのが自然である。
してみれば、特許権者が主張するように甲8に「アマニ油吸油量が70ml/100g未満であるポリ乳酸系樹脂微粒子も、スクラブ剤として有用であることが記載されている」とまでは言えないし、甲8には、上記(1)の相違点1-2において検討したとおり、スクラブ剤を含む化粧品用途において、アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下が好ましいことが記載されているから、甲1発明に甲8に記載の技術事項を組み合わせることで、本件発明1を想到するに至るものである。
したがって、主張アは採用できない。
主張イについて
甲1発明は、化粧品に使用可能な樹脂微粒子であるので、多種多様な化粧品ごとに求められる孔質の存在量が存在することは明らかであるから、求められる化粧品の性能等に応じ、甲8に例示されているようなアマニ油吸油量を参考とすることはできるといえる。
なお、甲8におけるアマニ油吸油量は、本件発明1と同様に、官能基の種類を問わない材料における孔質の存在量の間接指標として定められている(段落[0108])ものであって、甲8においては、特に化粧品、塗料などの用途においての好ましい範囲として120以上1000以下が記載されていて、その好ましい範囲の記載(段落[0109])は、本件特許明細書における段落【0026】と全く同じである。
したがって、主張イは採用できない。
主張ウについて
実験成績証明書に記載されているスクラブ用途における洗浄評価(特に、黒色マジックの汚れ落ち具合に係る肌の洗浄テスト)に係る発明の効果が、本件特許明細書の段落【0042】及び【0043】に記載されている数々の用途においてもその境界値において顕著な差異として認識できる程度の記載は本件特許明細書にはなく、また、これを推論できる記載も見当たらない。そうすると、実験成績証明書は、明細書に記載の効果を確認している等の特段の事情があるとは認められないので、本件特許出願の後に補充した実験結果を参酌することはできない。
したがって、主張ウは採用できない。

以上のとおりであって、特許権者の主張はいずれも採用できない。

3 取消理由2-8(甲8に基づく進歩性)
(1)本件発明1と甲8発明との対比・判断
本件発明1と甲8発明とを対比する。
甲8発明の「ポリ乳酸系樹脂である脂肪族ポリエステル」は、本件発明1の「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる脂肪族ポリエステル」と、「脂肪族ポリエステル」の限りにおいて相当する。

そうすると、本件発明1と甲8発明とは、
「脂肪族ポリエステルからなるポリマー微粒子であって、アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下であるポリマー微粒子。」
の点で一致し、以下の点で相違している。

<相違点8-1>
脂肪族ポリエステルに関し、本件発明1は、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる脂肪族ポリエステル」と特定するのに対し、甲8発明は、「ポリ乳酸系樹脂からなる脂肪族ポリエステル」との特定である点。

以下、相違点について検討する。
相違点8-1について
甲8発明は、甲8の段落[0003]の記載(上記1(4)イ)からみて、各種用途に利用されているポリマー微粒子において、近年の環境問題への関心が高まるなか、環境負荷の低減の目的のため、非石油原料由来の材料を使用することが求められるようになってきているとの前提のもとになされた発明といえる。
ここで、甲1には、上記1(3)の甲1に記載の技術事項として「ポリ乳酸(「PLA」)は、陸生堆肥化システムおよび人体で分解できるが、水生システムでは日常的に分解できないため、PHBVやPHBHなどのPHAマイクロビーズを利用することでマイクロビーズによる水質汚染を低減できること」が記載されているから、より環境負荷を低減させるべく、甲8発明において、脂肪族ポリエステルとして利用されている「ポリ乳酸系樹脂」に替えて、より環境負荷の小さい「PHA」として甲1に例示されている「PHBV」又は「PHBH」を利用して、相違点8-1に係る本件発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
そして、そのことによる効果について検討しても、格別のものであるとはいえない。
よって、本件発明1は、甲8発明及び甲1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2と甲8発明との対比・判断
本件発明2と甲8発明とを対比すると、上記(1)での対比と同様であるから、本件発明2と甲8発明とは、上記(1)の一致点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点8-2>
脂肪族ポリエステルに関し、本件発明2は、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル、脂肪族ジカルボン酸および/またはそのエステル形成性誘導体と脂肪族ジオールから得られる脂肪族ポリエステルおよびラクトンから得られる脂肪族ポリエステルからなる群から選ばれる脂肪族ポリエステルであって、かつ、式(1):[-CHR_(1)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(1)はC_(n)H_(2n+1)で表されるアルキル基を表し、n=1?15の整数であり、R_(2)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位と、式(2):[-CHR_(2)-CH_(2)-CO-O-](式中、R_(2)はC_(m)H_(2m+1)で表されるアルキル基を表し、m=1?15の整数であり、R_(1)とは同一ではない。)で示される繰り返し単位を含む脂肪族ポリエステルである」と特定するのに対し、甲8発明は、「ポリ乳酸系樹脂からなる脂肪族ポリエステル」と特定される点。

以下、相違点について検討する。
相違点8-2について
上記相違点8-1と同様に、甲1に記載の技術事項に基づいて、甲8発明において、脂肪族ポリエステルとして利用されている「ポリ乳酸系樹脂」に替えて、より環境負荷の小さい「PHA」として例示されている「PHBV」又は「PHBH」を利用して、相違点8-2に係る本件発明1の発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
そして、そのことにより格別の効果が奏されるとも認められない。
よって、本件発明2は、甲8発明及び甲1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3と甲8発明との対比・判断
本件発明3が特定する「ポリマー微粒子の平均粒子径が1?1000μmである」点について、「平均粒子径」は、体積平均粒子径を意味するので(本件特許明細書の段落【0167】)、甲8における数平均粒子径とは直接対比できないが、粒子径分布指数(体積平均粒子径/数平均粒子径)が本件特許明細書に記載の実施例1と同程度である3.2程度であるとすれば、甲8発明との対比において、新たな相違点とはならない。
また、上記平均粒子径の点が、実質的な相違点であったとしても、甲8には、「上記多孔質形状のポリ乳酸系樹脂微粒子の数平均粒子径については、用途に応じて、適正な数平均粒子径の範囲を決定することができる。」(上記1(4)ロ)と記載されているから、化粧品用のポリマー微粒子である甲8発明において、その平均粒子径を適宜調整することは当業者が容易に想到し得たことである。
そうすると、本件発明3と甲8発明の一致点及び相違点は、上記(1)又は(2)のとおり、又は、前段の平均粒子径に係る相違点をさらに追加するものであり、相違点についての判断も上記(1)、(2)のとおりであるから、本件発明3は、甲8発明及び甲1に記載の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)特許権者の主張の検討
特許権者は、令和2年6月3日提出の意見書において、おおむね以下の2点を主張する。
ア 甲8には、アマニ油吸油量が90ml/100g以上であるポリ乳酸系樹脂微粒子、アマニ油吸油量が70ml/100g未満のポリ乳酸系微粒子のいずれもが、スクラブ剤などの化粧品材料などに使えることが記載されており、「アマニ油吸油量が120ml/100g以上1000ml/100g以下である」点で一致するとすることはできない。
イ 本件発明1のアマニ油吸油量は濡れやすさを表す指標であり、粉体の粒度や形状だけでなく、その表面の分子状体により変動するアマニ油との親和性が影響するから、粒子表面の分子状態、すなわち、表面の官能基の密度や分子の立体構造が異なれば、濡れやすさは変化する。甲8発明と本件発明はポリマー素材が異なり、炭素数が異なることで、表面の分子状態が異なり、アマニ油との親和性が異なると考えられることから、当業者が、ポリ乳酸樹脂からなる微粒子のアマニ油吸油量の値を参考にして、炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステルからなる粒子のアマニ油吸油量を120ml/100g以上1000ml/100g以下とすることが容易であるとはいえない。

また、特許権者は、令和2年11月4日提出の意見書において、以下の主張をしている。
ウ 本件発明1は、請求項1に記載の「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」を採用することにより、段落【0012】及び【0014】に記載のように、環境負荷が低減されるだけでなく洗顔料用のスクラブとしての効果を得ることができる。確かに、甲8には、環境負荷を低減することや化粧品への用途が好適である旨が記載されているが、これは、脂肪族ポリエステルとして利用されている「ポリ乳酸系樹脂」としての素材の適用がされているにすぎず、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシであるカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」を選択することにより、環境負荷が低減されるだけでなく、洗顔料用のスクラブとしての効果に優れることを示唆する記載は一切なく、アマニ油吸油量は、粒子とアマニ油の濡れやすさの指標であって、「ポリ乳酸系樹脂」は常温以上のガラス転移点であるのに対して「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」は、常温以下のガラス転移点であり、破断伸度も「ポリ乳酸系樹脂」と比較して大きく向上することから、スクラブ剤としての肌の汚れを落とす際に、肌と密着して肌の汚れ成分である皮脂などが除去しやすくなることが予想され、また、炭素数が増加することによる効果として、肌の汚れ成分である皮脂などの油性成分との親和性が高くなり除去が容易になると考えられる。

以下、上記主張について検討する。
主張アについて
甲8において、アマニ油吸油量が70ml/100g未満が好ましいのは、トナーなどの用途(甲8の段落[0126])であって、化粧品用途ではない。また、甲8には、「化粧品・塗料などの用途では、アマニ油吸油量がより高い方が好ましく」との記載の後に、「90ml/100g以上」との例示があるが、「さらに好ましくは」として「120ml/100g」の記載があることから、甲8に記載の発明として「アマニ油吸油量として120ml/100g以上」のものを認定することはでき、甲8発明との対比においてこの点を一致点とすることは妥当である。
したがって、主張アは採用できない。
主張イについて
本件特許明細書において、「アマニ油吸油量」は樹脂粒子の多孔質であることの間接指標として利用されているものであって(本件特許明細書の段落【0025】)、濡れやすさの指標として利用されているものではないから、特許権者の主張は、その前提において誤っており、採用できない。
なお、仮に、本件特許において「アマニ油吸油量」が濡れやすさの指標であったとしても、甲8発明の「アマニ油吸油量」は、「吸油性や平滑性の両立が要求される」「化粧品」分野において、好適に使用されるポリマー微粒子の孔質の存在量の間接指標であるから、同じ用途であれば、ポリ乳酸系樹脂であれ、「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」であれ、いずれのポリマー微粒子においても参照され得るものといえる。
さらに、本件発明1の「炭素数4以上の2官能脂肪族ヒドロキシカルボン酸から得られる脂肪族ポリエステル」には、数々の官能基及び炭素数のものが包含されているから、本件発明1で特定する特定のアマニ油吸油量において、必ずしも特許権者の主張する効果が奏されるとはいえないものである。
したがって、主張イは採用できない。
主張ウについて
甲8には、ポリ乳酸系樹脂のポリマー微粒子が、化粧品用途に利用でき、樹脂粒子の孔質の存在量の間接指標としてのアマニ油吸油量の望ましい範囲が本件発明1と同様に記載されているから、本件発明1と甲8発明との対比において、アマニ油吸油量による化粧品用途での効果は、甲8発明においても奏されており、相違点8-1に係る効果は、甲1に記載の技術事項からみて当業者が予測し得たものである。
また、本件発明1は用途が特定されていない単なる「ポリマー微粒子」であって、洗顔料用のスクラブ用とは特定されていないから、たとえ、主張ウで述べる特定用途における効果が甲8発明において奏されないとしても、本件発明1が格別の効果を奏するということはできない。
なお、本件特許明細書において、特許権者が意見書に添付した実験成績証明書に基づいてその効果を追試によって示す対象となる記載はなされていないから、その主張はそもそも失当である。
したがって、主張ウは採用できない。

以上のとおりであって、特許権者の主張はいずれも採用できない。

第5 むすび

以上のとおり、本件発明1ないし3は、甲1又は甲8のそれぞれに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の請求項1ないし3に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

よって、結論のとおり決定する。


 
異議決定日 2021-05-28 
出願番号 特願2014-241029(P2014-241029)
審決分類 P 1 651・ 121- Z (C08J)
最終処分 取消  
前審関与審査官 大村 博一  
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大畑 通隆
大島 祥吾
登録日 2019-06-28 
登録番号 特許第6543920号(P6543920)
権利者 東レ株式会社
発明の名称 ポリマー微粒子  

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