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審決分類 審判 全部申し立て 特174条1項  D07B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  D07B
審判 全部申し立て 2項進歩性  D07B
管理番号 1376788
異議申立番号 異議2020-700449  
総通号数 261 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-09-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-25 
確定日 2021-03-25 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6631979号発明「ワイヤーロープ」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6631979号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1?4について訂正することを認める。 特許第6631979号の請求項1?4に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6631979号の請求項1?4に係る特許についての出願は、2016年(平成28年)5月11日を国際出願日とする特願2016-563867号の一部を平成30年5月16日に新たな特許出願としたものであって、令和元年12月20日に特許権の設定登録がされ、令和2年1月15日に特許掲載公報が発行された。その特許についての本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年6月25日:特許異議申立人古川安航(以下「申立人」という。)による特許異議の申立て
令和2年9月15日付け:取消理由通知
令和2年11月12日:特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和2年11月19日:特許権者による訂正請求書を補正対象書類とする手続補正書の提出
令和2年12月22日:申立人による意見書の提出
第2 訂正の請求についての判断
1 訂正の内容
令和2年11月12日提出の訂正請求書による訂正の請求は、「特許第6631979号の特許請求の範囲を、本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを求める。」というものであり、その訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は以下のとおりである。
(訂正事項)
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1に
「ステンレス鋼またはタングステンの側線であり」とあるのを、
「ステンレス鋼の側線であり」に訂正する。(請求項1を直接的又は間接的に引用する請求項2?4についても同様に訂正する。)
ここで、訂正前の請求項1?4は、請求項2?4が、訂正の請求の対象である請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する関係にあるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項〔1?4〕について請求されている。
2 訂正の適否
(1)訂正の目的
上記訂正事項は、請求項1において、本件訂正前の「側線」について、「ステンレス鋼またはタングステン」であったものから、タングステンであるものを削除したものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮に該当するものである。
(2)願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
上記訂正事項は、上記(1)のとおりであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第5項に適合するものである。
(3)実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないこと
上記訂正事項は、上記(1)のとおりであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことは明らかであるから、特許法第120条の5第9項の規定によって準用する第126条第6項に適合するものである。
(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第4項、並びに同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正後の請求項〔1?4〕について訂正することを認める。
第3 本件特許発明
上記のとおり本件訂正は認められたから、本件特許の請求項1?4に係る発明(以下「本件発明1?4」という。)は、本件訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1?4に記載された事項により特定される、次のとおりのものである。
「【請求項1】
複数の金属素線を巻回して形成されたワイヤーロープにおいて、
前記複数の金属素線のうちの1本が、前記ワイヤーロープの中心に配置されたステンレス鋼の芯線であり、
他の前記複数の金属素線が、前記芯線の外側に配置され、それぞれが前記芯線に接触する、ステンレス鋼の側線であり、
前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有することを特徴とするワイヤーロープ。
【請求項2】
前記芯線及び前記複数の側線の断面を円形としたことを特徴とする請求項1に記載のワイヤーロープ。
【請求項3】
前記芯線の断面を円形とし、前記複数の側線の断面を略台形状としたことを特徴とする請求項1に記載のワイヤーロープ。
【請求項4】
請求項3に記載のワイヤーロープを複数本撚って形成したことを特徴とするワイヤーロープ。」
第4 当審の判断
1 取消理由の概要
令和2年9月15日付け取消理由通知の概要は、以下のとおりである。
(1)(進歩性)本件特許の請求項1?4に係る発明は、本件特許出願前に日本国内において、頒布された下記の甲第1号証に記載された発明及び周知の事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1?4に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。
(2)(実施可能要件)本件特許は、明細書の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
(3)(新規事項)本件特許は、下記の点で特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものである。

<引用文献等>
甲第1号証:特開昭57-195948号公報
甲第2号証:特開平10-305308号公報
甲第3号証:特開2000-256792号公報
甲第4号証:特開2004-124342号公報
甲第5号証:実願昭54-63212号(実開昭55-163528号)のマイクロフィルム
甲第6号証:実願昭53-9339号(実開昭54-112947号)のマイクロフィルム
(1)(実施可能要件)について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「側線」について、「ステンレス鋼」を使用すること(【0025】)が記載されているが、当該「ステンレス鋼」が「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」ものでないことは記載されていない。
そうすると、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」ものでない「側線」とは、どのようなものであるのか記載されておらず、当該「側線」が実施できる程度に記載されていない。
ゆえに、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が請求項1?4に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでない。
(2)(新規事項)について
ア 請求項1記載の発明は、平成30年5月16日の手続補正により「前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」と補正された。
イ しかし、本件特許に係る出願の願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「当初明細書等」という。)には、当該事項は明記されておらず、また、「側線」が「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」ものでないことも記載されていない。
ウ したがって、当該補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてされたものでない。
なお、上記取消理由は、異議申立の理由を全て含んでいる。
2 令和2年9月15日付け取消理由についての判断
(1)本件発明1の進歩性について
ア 甲第1号証の記載
甲第1号証には、図面と共に以下の記載がある。
・「2.特許請求の範囲
(1) 複数本の素線により、芯条の周囲に側条を撚り付けてなるワイヤロープにおいて、各側条を構成する素線の硬さあるいは引つ張り強さを、芯条を構成する素線のそれより実質的に大にして、ワイヤロープのばね定数を大にする材質の配置構成。
(2) 側条における素線の硬さあるいは引つ張り強さと、芯条における素線の硬さあるいは引つ張り強さとの比が1.2?1.9である、特許請求の範囲第1項記載のワイヤロープのばね定数を大にする材質の配置構成。
(3) 芯条と側条とが、各々単数の素線でなる、特許請求の範囲第1項または同第2項記載のワイヤロープのばね定数を大にする材質の配置構成。
(4) 芯条と側条とが、各々複数の素線により構成されている、特許請求の範囲第1項または同第2項記載のワイヤロープのばね定数を大にする材質の配置構成。
(5) 芯条にステンレススチール鋼細線を、側条にタングステン細線を、各適用した特許請求の範囲第1項,同第2項,同第3項,同第4項のいずれかに記載のワイヤロープ。」(1ページ左欄4行?右欄6行)
・「3.発明の詳細な説明
この発明は、ワイヤロープに関し、特に、芯条の硬さ、引つ張り強さより側条の硬さ、引つ張り強さが大となるように材質配置して、ワイヤロープのばね定数を大きくし、駆動、伝動の目的に用いて強度、耐久性の大なるワイヤロープを提供する。」(1ページ右上欄7?13行)
・「実施例
図に示したのは、この発明を適用した7×19の構成のワイヤロープ断面である。すなわち、芯条2も側条6も、ともに19本の素線1からなる。しかし、図示はしないが、1本の素線で芯条とし6本の素線で側条とすることもあり得る。
(イ)第1実施例
ロープ構成 7×19
素線径、 0.08mm
ロープ径、 1.2mm
まず、芯条2の素線1として、SUS304のステンレススチール鋼線に、80%以上の冷間伸線加工を施して0.08mm径の細線とする。また、側条6の素線1として、0.08mm径のSUS304のステンレススチール鋼線に40?50%の伸線加工を施した後に、溶融亜鉛メツキを施して、熱処理効果と表面に軟質金属である亜鉛による潤滑性を施し、然る後、さらに80%以上の伸線加工して、0.08mm径の細線とする。これらにより、上記径のワイヤロープを得て、そのばね定数を測定したところ、荷重6kpfにおける値は、28kgf/mm/200mmであつた。
これに対し、芯条と側条との素線に、双方同じ80%以上の冷間加工を施して0.08mm径として1.2mm径のワイヤロープにしたもののばね定数は、荷重6kqf/mmにおける値は21kgf/mm/200mmでしかなかつた。
(ロ)第2実施例
ロープ構成 7×19
素線径 0.08mm
ロープ径 1.2mm
芯条2に、SUS304のステンレススチール鋼線に80%以上の伸線加工を施して0.08mm径の素線1として適用する。側条3には、ヤング率E_(2)=32,000kgf/mm^(2)のタングステン線を配置して1.2mm径のワイヤロープとしたところ6kgfにおける値は38kgf/mm/200mmであつた。
これに対し、芯条2の素線1として、ヤング率E=32,000kgf/mm^(2)で0.08mm径のタングステン線を配置し、側条3の素線1として80%の伸線加工を施して0.08mm径としたSUS304のステンレススチール鋼細線を配置してなる1.2mm/径のワイヤロープは、荷重6kgfにおける値は、26kgf/mm/200mmであつた。
このように、第1実施例も第2実施例も、ともに高いばね定数を示すワイヤロープとなり、耐久性富む特性となつた。」(2ページ左下欄17行?3ページ右上欄3行)
イ 甲1発明1を主引用発明とした場合
(ア)甲1発明1
甲第1号証の第1実施例に着目すると、甲第1号証には、以下の発明(以下「甲1発明1」という。)が記載されている。
「19本の素線1からなる芯条2と19本の素線1からなる側条3とからなる7×19のワイヤロープであって、
芯条2の素線1は、SUS304のステンレススチール鋼線に80%以上の冷間伸線加工した0.08mm径の細線であり、
側条3の素線は、0.08mm径のSUS304のステンレススチール鋼線に40?50%の伸線加工を施した後に、溶融亜鉛メツキを施し、さらに80%以上の伸線加工した、0.08mm径の細線であるワイヤロープ。」
(イ)対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
ア 甲1発明1の「19本の素線1からなる芯条2と19本の素線1からなる側条3とからなる7×19のワイヤロープ」は、19本の側条3を卷回していることが明らかであるから、本件発明1の「複数の金属素線を巻回して形成されたワイヤーロープ」に相当する。
イ 甲1発明1の「SUS304のステンレススチール鋼線に80%以上の冷間伸線加工した0.08mm径の細線であ」る「素線1」からなる「芯条2」は、本件発明1の「前記ワイヤーロープの中心に配置されたステンレス鋼の芯線」に相当する。
ウ 甲1発明1の「0.08mm径のSUS304のステンレススチール鋼線に40?50%の伸線加工を施した後に、溶融亜鉛メツキを施し、さらに80%以上の伸線加工した、0.08mm径の細線である」「素線」からなる「側条3」は、本件発明1の「ステンレス鋼の側線」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明1とは、以下の点で一致し、その余の点で相違する。
<一致点>
「 複数の金属素線を巻回して形成されたワイヤーロープにおいて、
前記ワイヤーロープの中心に配置されたステンレス鋼の芯線であり、
ステンレス鋼の側線であるワイヤーロープ。」
<相違点1>
本件発明1は、「前記複数の金属素線のうちの1本が、」芯線であり、「他の前記複数の金属素線が、前記芯線の外側に配置され、それぞれが前記芯線に接触する、」側線であるのに対して、甲1発明1は、19本の素線1からなる芯条2と19本の素線1からなる側条3とからなる7×19のワイヤロープである点。
<相違点2>
本件発明1は、「前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」のに対して、甲1発明1は、芯条2の素線1として冷間伸線加工を施した細線を用い、側条3の素線1として伸線加工等を施した細線を用いている点。
(ウ)判断
ここで、上記相違点について検討する。
<相違点1について>
甲第1号証(2頁右下欄1?2行)には、1本の素線で芯線とし、6本の素線で側条とすることが記載されており、甲1発明1において、当該記載に従って、上記相違点1に係る本件発明1の事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
<相違点2について>
甲第2号証(【0009】)の記載から、金属素線の形成において伸線加工を行うと、中心に比して表層の方が硬くなることは周知であるから、甲1発明1の冷間伸線加工を施した細線を用いた芯条2は、本件発明1の「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」「芯線」に相当する。
また、甲1発明1の側条3は、伸線加工が施されているから、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有するものである。
そして、甲第1号証に記載されたワイヤーロープは、各側条を構成する素線の硬さあるいは引っ張り強さを、芯条を構成する素線のそれより実質的に大にする(請求項1、1頁右欄8?13行等)ものである。
そうすると、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有さないステンレス鋼が周知であるとしても、甲1発明1の伸線加工等が施された側条3を、同じステンレススチール鋼線である芯条3より硬さあるいは引っ張り強さが実質的に大であって、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有さないステンレス鋼とすることを、当業者が容易に想到し得たとする理由はない。
さらに、本件発明1は、上記相違点2に係る事項を有することで、耐久性がさらに向上するもの(【0017】)であるから、単なる設計的事項であるともいえない。
(エ)小括
したがって、本件発明1は、甲1発明1に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。
ウ 甲1発明2を主引用発明とした場合
(ア)甲1発明2
甲第1号証の第2実施例に着目すると、甲第1号証には以下の発明(以下「甲1発明2」という。)が記載されている。
「19本の素線1からなる芯条2と19本の素線1からなる側条3とからなる7×19のワイヤロープであって、
芯条2の素線1は、SUS304のステンレススチール鋼線に80%以上の伸線加工した0.08mm径の素線であり、
側条3の素線は、ヤング率E_(2)=32,000kgf/mm^(2)のタングステン線であるワイヤロープ。」
(イ)対比
本件発明1と甲1発明2とを対比すると、以下の点で相違し、その余の点で一致する。
<相違点3>
本件発明1は、「前記複数の金属素線のうちの1本が、」芯線であり、「他の前記複数の金属素線が、前記芯線の外側に配置され、それぞれが前記芯線に接触する、」側線であるのに対して、甲1発明2は、19本の素線1からなる芯条2と19本の素線1からなる側条3とからなる7×19のワイヤロープである点。
<相違点4>
本件発明1は、「ステンレス鋼の側線であり、」「前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」のに対して、甲1発明2は、芯条2に伸線加工を施した素線1を用い、側条3にタングステン線を用いている点。
(ウ)判断
ここで、上記相違点について検討する。
<相違点3について>
甲第1号証(2頁右下欄1,2行)には、1本の素線で芯線とし、6本の素線で側条とすることが記載されており、甲1発明2において、当該記載に従って、上記相違点3に係る本件発明1の事項とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
<相違点4について>
甲第1号証に記載されたワイヤーロープは、各側条を構成する素線の硬さあるいは引っ張り強さを、芯条を構成する素線のそれより実質的に大にする(請求項1、1頁右欄8?13行等)ものである。
そうすると、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有さないステンレス鋼が周知であるとしても、甲1発明2のタングステン線を、ステンレススチール鋼線である芯条3より硬さあるいは引っ張り強さが実質的に大であって、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有さないステンレス鋼とすることを、当業者が容易に想到し得たとする理由はない。
さらに、本件発明1は、上記相違点4に係る事項を有することで、耐久性がさらに向上するもの(【0017】であるから、単なる設計的事項であるともいえない。
(エ)小括
したがって、本件発明1は、甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。
(2)本件発明2?4の進歩性について
本件発明2?4は、本件発明1の発明特定事項を全て含むものであり、l本件発明1が上記(1)イ(エ)及びウ(エ)のとおり、甲1発明1又は甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上、本件発明2?4も、甲1発明1又は甲1発明2に基いて当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとはいえない。
(3)実施可能要件について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、【0025】に、「側線」について、「ステンレス鋼」を使用することが記載されているが、当該「ステンレス鋼」が「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」ものでないことは記載されていない。また、【0055】には、「一方、金属素線23a、23b及び23cは、断面全体における硬度が略一定である。」と記載されており、「特殊金属素線」(その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する金属素線)以外の素線として、断面全体における硬度が略一定である金属素線が記載されている。
そうすると、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有するものでないステンレス鋼、例えば、断面全体における硬度が略一定であるステンレス鋼は例を挙げるまでもなく周知であるから、本件特許明細書の第1実施形態及び第2実施形態(【0023】?【0038】)において、側線5、15として、周知である、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有するものでないステンレス鋼を用いることで本件発明を実施することに困難性はない。
したがって、本件特許明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるから。本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるとはいえない。
(4)新規事項について
ア 請求項1記載の発明は、平成30年5月16日の手続補正により「前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」と補正された。
イ しかし、当初明細書等には、当該事項は明記されていない。
ウ そこで、当初明細書等に記載されている事項について検討する。
当初明細書等の【0001】?【0025】を参照すると、本件発明は、複数の金属素線からなるワイヤーロープに関するものであって、従来、複数の金属素線を撚り合わせて構成されたワイヤーロープは、通常、繰り返し折り曲げされることから、そのような使用状態において耐久性に富むことが求められており、そのため、ワイヤーロープ内にグリスや潤滑油を充填して耐久性を向上させていた。しかし、グリスを充填していることから、患者の体内に挿入される医療装置で使用することができず、医療装置で使用する為に、グリスを使用せずに耐久性を向上させたワイヤーロープの開発が望まれていたことを課題とするものである。そして、本件発明は、複数の金属素線を巻回して形成されたワイヤーロープにおいて、前記複数の金属素線の内、少なくとも1本の特殊金属素線は、その断面における外周の硬度が、その断面における中心の硬度よりも高くすることで、内部にグリスを使用せずに医療装置に使用可能であって、耐久性を向上させるものと理解される。
そうすると、本件発明の「側線」は、従来ワイヤーロープに使用されていた金属素線が使用できると理解されるところ、甲第3号証(【0001】、【0036】の「C断面の高度差」の欄等)及び乙第1号証(特開平6-184965号公報、【請求項1】、【0001】等)を参照すると、そのような金属素線として、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布のもの、同程度の硬度分布のもの、低い硬度分布のものが使用されていたといえる。
さらに、当初明細書等の【0055】には、「一方、金属素線23a、23b及び23cは、断面全体における硬度が略一定である。」と記載されており、「特殊金属素線」(その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する金属素線)以外の素線として、断面全体における硬度が略一定である金属素線が記載されている。
以上のことから、当初明細書等には、「側線」として、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布のもの、同程度の硬度分布のもの、低い硬度分布のものを使用することが記載されているといえる。
(4)上記「前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」との補正は、「側線」が「その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有する」ものでないもの、すなわち、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも低い硬度分布のもの及び同程度の高度分布のものに特定するものであるところ、上記(3)のとおり、当初明細書等には、「側線」として、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布のもの、同程度の高度分布のもの、低い高度分布のものが記載されていたのであるから、当該補正は、当初明細書等に記載された事項の範囲内においてされたものである。
(5)したがって、本件特許は、特許法第17条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してされたものであるとはいえない。
第5 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由によっては、本件発明1?4に係る特許を取り消すことはできない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の金属素線を巻回して形成されたワイヤーロープにおいて、
前記複数の金属素線のうちの1本が、前記ワイヤーロープの中心に配置されたステンレス鋼の芯線であり、
他の前記複数の金属素線が、前記芯線の外側に配置され、それぞれが前記芯線に接触する、ステンレス鋼の側線であり、
前記複数の金属素線のうち前記芯線のみが、その断面における外周の硬度がその断面における中心の硬度よりも高い硬度分布を有することを特徴とするワイヤーロープ。
【請求項2】
前記芯線及び前記複数の側線の断面を円形としたことを特徴とする請求項1に記載のワイヤーロープ。
【請求項3】
前記芯線の断面を円形とし、前記複数の側線の断面を略台形状としたことを特徴とする請求項1に記載のワイヤーロープ。
【請求項4】
請求項3に記載のワイヤーロープを複数本撚って形成したことを特徴とするワイヤーロープ。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-03-15 
出願番号 特願2018-94523(P2018-94523)
審決分類 P 1 651・ 536- Y (D07B)
P 1 651・ 55- Y (D07B)
P 1 651・ 121- Y (D07B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 斎藤 克也  
特許庁審判長 石井 孝明
特許庁審判官 藤井 眞吾
佐々木 正章
登録日 2019-12-20 
登録番号 特許第6631979号(P6631979)
権利者 朝日インテック株式会社
発明の名称 ワイヤーロープ  
代理人 高橋 良文  
代理人 特許業務法人有古特許事務所  
代理人 高橋 良文  

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