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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61K
審判 全部無効 1項3号刊行物記載  A61K
管理番号 1377026
審判番号 無効2019-800035  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2021-10-29 
種別 無効の審決 
審判請求日 2019-04-15 
確定日 2021-07-14 
訂正明細書 有 
事件の表示 上記当事者間の特許第6283440号発明「逆流性食道炎の再発抑制剤」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 特許第6283440号の特許請求の範囲を令和2年4月17日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。 特許第6283440号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。 審判費用は、被請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
本件特許第6283440号は、平成29年4月4日に特願2017-74712号(優先権主張 平成28年10月27日)として出願され、平成30年2月2日に特許権の設定登録がされたものである。
その後の、主な手続の経緯は次のとおりである。

平成31年 4月15日 審判請求書及び甲第1?21号証の提出
令和 1年 7月18日 参加申請書
(大原薬品工業株式会社、特許法第148
条第1項の規定により請求人側に参加する
ことを申請)
同年 7月29日 審判事件答弁書及び乙第1?5号証の提出
同年 8月 8日 参加申請に対する意見書(請求人)の提出
同年 8月27日付け 参加許否の決定(参加を許可)
同年10月 3日付け 審理事項通知書
同年11月29日 口頭審理陳述要領書(請求人)の提出
同年11月29日 口頭審理陳述要領書(被請求人)の提出
同年12月13日 口頭審理
令和 2年 2月 6日付け 審決の予告
同年 4月17日 訂正請求書、上申書及び乙第6の1?3号 証、乙第7?11号証の提出
同年 5月26日 弁駁書の提出


第2 訂正請求について
1 訂正の内容
令和2年4月17日に提出された訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)は、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、請求項1?6からなる一群の請求項について訂正しようとするものであって、その内容は、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を1日2回、4週間以上投与され、
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、
前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾール、ラベプラゾールのプロドラッグ、又はそれらの薬学上許容される塩若しくは溶媒和物であることを特徴とする、逆流性食道炎の再発抑制剤。」
と記載されているのを、
「ラベプラゾールナトリウムを有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、4週間以上投与されることを特徴とする、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。」
に訂正する。
請求項1を引用する請求項2?6についても同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に、
「維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を、少なくとも8週間、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量の倍量を1日2回投与、又は前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量を1日2回投与されている、請求項1に記載の逆流性食道炎の再発抑制剤。」
と記載されているのを、
「維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されている、請求項1に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。」
に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3?6に記載されている「逆流性食道炎の再発抑制剤」を、「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」に訂正する。

2 訂正の適否
(1)訂正事項1について
ア 訂正の目的
訂正事項1は、請求項1において、
(i)「ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤」を「ラベプラゾールナトリウム」に訂正し、
(ii)「プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤」及び「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾール、ラベプラゾールのプロドラッグ、又はそれらの薬学上許容される塩若しくは溶媒和物」を「ラベプラゾールナトリウム10mg」に訂正し、
(iii)「逆流性食道炎の再発抑制剤」を「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」に訂正するものであり、
いずれも、そして全体としても、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無
上記(i)の「ラベプラゾールナトリウム」が「ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤」であること、上記(ii)の「ラベプラゾールナトリウム10mg」が「プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤」及び「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾール、ラベプラゾールのプロドラッグ、又はそれらの薬学上許容される塩若しくは溶媒和物」の一態様であることは、訂正前の請求項1、願書に添付した明細書の【0002】、【0003】、【0018】、【0021】及び実施例に記載されている。
上記(iii)の「逆流性食道炎の再発抑制剤」が「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であることは、訂正前の請求項1、願書に添付した明細書の【0003】、【0006】、【0010】、【0035】?【0037】及び実施例に記載されている。
したがって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項1は、上記アのとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正の目的
訂正事項2は、請求項2において、
(i) 「ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤」を「ラベプラゾールナトリウム」に訂正し、
(ii)「少なくとも8週間」を「8週間」に訂正し、
(iii)「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量の倍量を1日2回投与、又は前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量を1日2回投与」を「ラベプラゾールナトリウムを、」「20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与」に訂正し、
(iv)「逆流性食道炎の再発抑制剤」を「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」に訂正するものであり、
いずれも、そして全体としても、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無
上記(i)?(iii)の維持療法を行う前の治療期において、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されていることは、願書に添付した明細書の【0003】、【0046】に記載されている。
上記(iv)の「逆流性食道炎の再発抑制剤」が「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であることは、訂正前の請求項1、願書に添付した明細書の【0003】、【0006】、【0010】、【0035】?【0037】及び実施例に記載されている。
したがって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項2は、上記アのとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正の目的
訂正事項3は、請求項3?6において「逆流性食道炎の再発抑制剤」を、「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」に訂正するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項追加の有無
「逆流性食道炎の再発抑制剤」が「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であることは、訂正前の請求項1、願書に添付した明細書の【0003】、【0006】、【0010】、【0035】?【0037】及び実施例に記載されている。
したがって、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。

ウ 特許請求の範囲の実質拡張・変更の有無
訂正事項3は、上記アのとおり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。

(4)独立特許要件について
全請求項に対して特許無効審判が請求されているので、特許法第134条の2第9項で読み替えて準用する特許法第126条第7項の独立特許要件に関する規定は適用されない。

3 小括
以上によれば、本件訂正は、特許法第134条の2第1項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する特許法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
よって、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。


第3 本件発明
前記第2のとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1?6に係る発明は、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1?6に記載された事項により特定される、次のとおりのものであると認める(以下、請求項の番号に従い「本件発明1」?「本件発明6」といい、まとめて「本件発明」ともいう。)。

「【請求項1】
ラベプラゾールナトリウムを有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、4週間以上投与されることを特徴とする、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項2】
維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されている、請求項1に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項3】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食道粘膜の炎症が、ロサンゼルス分類でGradeBより重症である、請求項1又は2に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項4】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、食道裂孔ヘルニアを併発している、請求項1?3のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項5】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、逆流性食道炎の罹病期間が1年以上である、請求項1?4のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項6】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである、請求項1?5のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。」


第4 当事者の主張及び証拠方法
1 請求人の主張及び証拠方法
請求人は、請求の趣旨を
「特許第6283440号発明の特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された発明についての特許を無効とする
審判費用は被請求人の負担とする
との審決を求める。」とし、証拠方法として甲第1号証?甲第21号証(以下「甲1」等という。)を提出するとともに、以下の無効理由1?4を主張する。
なお、参加人は、具体的な主張はしていない。

[無効理由1](甲1に基づく新規性欠如)
本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲1に記載された発明と同一の発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、当該発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。
[無効理由2](甲2に基づく新規性欠如)
本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲2に記載された発明と同一の発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、当該発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。
[無効理由3](甲1に基づく進歩性欠如)
本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲1に記載された発明に技術常識を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、当該発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。
[無効理由4](甲2に基づく進歩性欠如)
本件特許の請求項1?6に係る発明は、甲2に記載された発明に技術常識を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、当該発明に係る特許は、同法第123条第1項第2号に該当し無効とすべきものである。

[証拠方法]
・甲1:Webページ「ClinicalTrials.gov archive」の出力物
(NCT02135107,H28.9.28版,URL:https://clinicaltrials.gov/ct2/history/NCT02135107?V_6=View#StudyPageTop)(抄訳添付)
・甲2:Webページ「一般財団法人日本医薬情報センター臨床試験情報」の出力物(JapicCTI-142540,H28.8.29改訂版,URL:https://www.clinicaltrials.jp/cti-user/trial/Show.jsp)
・甲3:平成29年11月20日提出の意見書(出願番号:特願2017-74712)
・甲4:財団法人日本消化器病学会編,「患者さんと家族のための胃食道逆流症(GERD)ガイドブック」,平成22年12月1日,4-6頁
・甲5:日本消化器病学会雑誌 第99巻臨時増刊号(総会),平成14年3月20日,A371
・甲6:論説「Sleep Disturbances and Refractory Gastroesophageal Reflux Disease Symptoms in Patients Receiving Once-Daily Proton Pump Inhibitors and Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole Treatment」,Digestion,平成25年9月5日,88巻,145-152頁(抄訳添付)
・甲7:論説「The effects of dose and timing of esomeprazole administration on 24‐h, daytime and night-time acid inhibition in healthy volunteers」,Alimentary Pharmacology and Therapeutics,平成22年9月28日,32巻,1249-1256頁(抄訳添付)
・甲8:論説「Rabeprazole 10 mg twice daily is superior to 20 mg once daily for night-time gastric acid suppression」,Alimentary Pharmacology and Therapeutics,平成16年,19巻,113-122頁(抄訳添付)
・甲9:審査報告書(国立医薬品食品衛生研究所長,平成15年4月24日付け)
・甲10:論説「逆流性食道炎の維持療法(長期投与)におけるパリエット(R)錠の安全性と有効性の検討」,薬理と治療,平成21年10月20日,37巻10号,829-845頁
・甲11:論説「Influences of CYP2C19 Polymorphism on Recurrence of Reflux Esophagitis during Proton Pump Inhibitor Maintenance Therapy」,Hepato-Gastroenterology,平成21年5月-6月,56巻91-92号,703-706頁(抄訳添付)
・甲12:論説「Rabeprazole 10 mg versus 20 mg in preventing relapse of gastroesophageal reflux disease: a meta-analysis」,Chinese Medical Journal,平成25年,126巻16号,3146-3150頁(抄訳添付)
・甲13:再審査報告書(独立行政法人医薬品医療機器総合機構,平成21年9月24日付け)
・甲14:審査報告書(独立行政法人医薬品医療機器総合機構,平成22年11月8日付け)
・甲15:「これからの臨床試験 医薬品の科学的評価?原理と方法」,株式会社朝倉書店,平成11年10月1日,3-4頁
・甲16:「医薬品情報学?基礎・評価・応用?」,株式会社南山堂,平成17年10月5日,69-70頁
・甲17:日本臨床薬理学会編,「臨床薬理学 第2版」,株式会社医学書院,平成15年4月1日,66-68頁
・甲18:「パリエット(R)錠5mg パリエット(R)錠10mg」添付文書,エーザイ株式会社(平成28年4月改訂第28版)
・甲19:論説「Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole for Reflux Esophagitis Patients Refractory to Standard Once-Daily Administration of PPI: The Japan-Based TWICE Study」,The American Journal of GASTROENTEROLOGY,平成24年3月20日(published online),107巻4号,522-530頁(抄訳添付)
・甲20:論説「Risk factors for relapse of erosive GERD during long-term maintenance treatment with proton pump inhibitor:a prospective multicenter study in Japan」,Journal of Gastroenterology,平成22年7月6日,45巻,1193-1200頁(抄訳添付)
・甲21:論説「Long‐term treatment of gastro‐oesophageal reflux disease patients with frequent symptomatic relapses using rabeprazole: on‐demand treatment compared with continuous treatment」,Alimentary Pharmacology and Therapeutics,平成17年,21巻,805-812頁(抄訳添付)

なお、上記における「(R)」は、「〇の中にR」である。以下、同様。

2 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、答弁の趣旨を「本件審判の請求は成り立たない、審判費用は請求人の負担とする、との審決を求める。」とし、証拠方法として乙第1号証?乙第11号証(以下「乙1」等という。)を提出するとともに、本件特許には、請求人が主張する無効理由はいずれも存在しない旨を主張する。

[証拠方法]
・乙1:医薬品インタビューフォーム「プロトンポンブ阻害剤 パリエット(R)錠5mg パリエット(R)錠10mg パリエット(R)錠20mg <ラベプラゾールナトリウム製剤>」,エーザイ株式会社 EAファーマ株式会社(2016年4月改訂第22版)表紙,目次及び第1頁
・乙2:「プロトンポンブ阻害剤 パリエット(R)錠5mg パリエット(R)錠10mg <ラベプラゾールナトリウム製剤>」添付文書,エーザイ株式会社 EAファーマ株式会社(2016年4月改訂第28版)
・乙3:「プロトンポンブ阻害剤 パリエット(R)錠5mg パリエット(R)錠10mg <ラベプラゾールナトリウム製剤>」添付文書,エーザイ株式会社 EAファーマ株式会社(2017年9月改訂第30版)
・乙4:Webページ「臨床試験情報(Japic Clinical Trials Information)」の出力物(URL:https://www.clinicaltrials.jp/cti-user/common/Top.jsp),一般財団法人日本医薬情報センター,2019年7月以前
・乙5:Clinical Development Success Rates 2006-2015 , Biomedtracker, Amplion(2016)及びその抄訳
<以上、審判事件答弁書に添付>

・乙6の1:「臨床試験の一般指針」PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)(平成10年(1998)4月21日)
・乙6の2:Webページ「PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)」の出力物(URL:https://www.pmda.go.jp/int-activities/int-harmony/ich/0030.html),令和2年2月20日出力
・乙6の3:General Considerations for Clinical Trials(1997年7月17日),International Conference on Harmonisation of Technical Requirements for Registraion of Pharmaceuticals for Human Use,ICH Harmonised Tripartite Guideline
・乙7:「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される新医薬品の治験段階において 安全性を評価するために必要な症例数と投与期間について」,平成7年5月24日薬審第592号 厚生省薬務局審査課長通知
・乙8:「プロトンポンプ・インヒビター オメプラール(R)錠10 オメプラール(R)錠20」添付文書,アストラゼネカ株式会社(2015年1月改訂第26版)
・乙9:「プロトンポンプ・インヒビター 処方箋医薬品 タケプロン(R)カプセル15 タケプロン(R)カプセル30」添付文書,武田薬品工業株式会社(2015年8月改訂第23版)
・乙10:「プロトンポンプ・インヒビター ネキシウム(R)カプセル10mg ネキシウム(R)カプセル20mg」添付文書,アストラゼネカ株式会社 第一三共株式会社(2016年2月改訂第9版)
・乙11:「カリウムイオン競合型アシッドブロッカー -プロトンポンプインヒビター 処方箋医薬品 タケキャブ(R)錠10mg タケキャブ(R)錠20mg」添付文書,武田薬品工業株式会社 大塚製薬株式会社(2016年3月改訂第3版)
<以上、令和2年4月17日提出の上申書に添付>

第4 主な証拠の記載事項
1 甲1(Webページ「Clinicaltrials.gov archive」の出力物,NCT02135107,H28.9.28版)
甲1は、本件優先日前に、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、米国のClinicaltrials.govが公開したものであり、次のとおり記載されている。原文は英文なので和訳を示す。

(甲1ア)表題
「NCT02135107試験
日付:2016年9月28日(第6版)」

(甲1イ)試験の識別
「固有のプロトコルID: E3810-J081-311
簡易な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg 1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試験
正式な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg 1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試験 」

(甲1ウ)試験状況
「記録バージョン 2016年9月
総合状況 完了
試験開始 2013年9月
一次完了 2016年5月(実績)
試験終了 2016年6月(実績)
最初の提出 2014年3月24日
QC基準に適合する最初の提出 2014年5月7日
最初の提出 2014年5月9日(見積)
QC基準に適合する、提出された最終更新 2016年9月28日
提出された最終更新 2016年9月30日(見積)」

(甲1エ)スポンサー
「スポンサー エーザイ
責任当事者 スポンサー 」

(甲1オ)試験の内容
「概要 本研究の目的は、PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg 1日1回及び1日2回投与の有効性と安全性を評価することである。
詳細な説明 これは無作為化多施設並行群間二重盲検試験であり、52週間にわたるE3810 10mg 1日2回投与の有効性及び安全性を検討する。内視鏡的に確認した52週目の非再発率を主要評価項目とし、これはE3810 10mg 1日2回52週間の有効性及び安全性を調査する無作為化多施設並行群間二重盲検試験により検討する。」

(甲1カ)(患者の)状態
「(患者の)状態 胃食道逆流症 」

(甲1キ)試験デザイン
「試験の種類 介入試験
主目的 治療
試験のフェーズ 第III相
介入試験モデル 並行群間比較試験
群数 4
マスキング 二重 対象患者、調査者
割付 無作為化
被験者数 317(実績) 」

(甲1ク)治療群及び介入試験
「治療群 割り当てられた介入
試験:A群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 10mgを1日2回(非盲検)、
維持療法期間中は10mgを1日1回(二重盲検)経口投与する。
試験:B群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 10mgを1日2回、
維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。

試験:C群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 20mgを1日2回、
維持療法期間中は10mgを1日1回経口投与する。

試験:D群 薬剤:E3810
治療期間中はE3810 20mgを1日2回、
維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。」

(甲1ケ)評価項目
「主要評価項目
1 維持療法52週目後の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)による非再発率
E3810 10mgを1日2回52週間投与し、その有効性及び安全性を検討する維持療法期を通じて、52週目における内視鏡的に確認された非再発率を検討する。
[時間枠:52週目]

副次評価項目
2 維持療法12週目および24週目の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)による非再発率
12週目および24週目
3 無作為化から疾患の再発までの期間
52週目まで
4 維持療法期間中の胸やけの発生率(日中/夜間)
維持療法期間の0週目に日中及び夜間の胸やけを認めなかった被験者について、維持療法期間の各評価期間における胸やけの発生率をX2検定を用いて、E3810 10mg1日1回投与群とE3810 10mg1日2回投与群との比較を行う。日中と夜間の胸やけ、夜間の睡眠障害も同様に比較する。
[時間枠:52週目まで]
(以下、省略) 」

(甲1コ)適格
「基準 適合基準
以下の基準をすべて満たす被験者を本治験の対象とする。
1.胃食道逆流症と診断され、内視鏡検査で粘膜病変(びらん、潰瘍)が認められた患者
2.PPIを1日1回8週間投与しても内視鏡検査で回復が認められなかった患者
(以下、省略) 」

2 甲2(Webページ「一般財団法人日本医薬情報センター臨床試験情報」の出力物,JapicCTI-142540,H28.8.29改訂版)
甲2は、本件優先日前に、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、JapicCTIが公開したものであり、次のとおり記載されている。

(甲2ア)更新履歴
「最新登録日 2016/08/29」
「更新日 2016/08/29 改訂 概要(日本語)/revised summary(JA)」

(甲2イ)基本情報
「JapicCTI-No. JapicCTI-142540」

(甲2ウ)試験名
「試験の名称
PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法におけるE3810 10mg1日2回投与の有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験」

(甲2エ)試験に用いる薬剤等
「一般名称等 E3810
薬剤:試験薬剤INN Rabeprazole Sodium

用法・用量、使用方法 E3810の10mg1日1回 」
「一般名称等 E3810
薬剤:試験薬剤INN Rabeprazole Sodium

用法・用量、使用方法 E3810の10mg1日2回 」

(甲2オ)試験の概要
「試験のフェーズ フェーズ3/phase3

予定試験期間 2013/09/11?2016/08/31
目標症例数 400
試験の概要 PPI抵抗性逆流性食道炎患者にE3810 10mg1日1回又は10mg1日2回投与した際の維持療法における有効性及び安全性を検証する。
試験のデザイン 二重盲検比較試験

適格基準 (1)治療期登録時の内視鏡検査で粘膜障害(びらん,潰瘍)を有する逆流性食道炎と診断された患者

評価項目・方法:主要な評価項目
維持療法期52週時の内視鏡検査所見(ロサンゼルス分類[改変2])による非再発率
内視鏡検査所見による評価

試験の現状 試験完了/completed」

(甲2カ)試験実施組織
「試験実施者 エーザイ株式会社」

(甲2キ)その他
「試験実施地域:日本
試験の目的 :PPI抵抗性逆流性食道炎患者にE3810 10mg1日1回又は10mg1日2回投与した際の維持療法における有効性及び安全性を検証する。
試験の現状 :終了
関連ID名称:ClinicalTrials.gov ID
関連ID番号:NCT02135107
関連ID名称:Other Study ID Number
関連ID番号:E3810-J081-311 」

3 甲4
甲4には、次のとおり記載されている。

(甲4ア)「胃食道逆流症(GERD)ガイドブック」(表題)

(甲4イ)「GERDは、逆流性食道炎があるものと、食道炎ははっきりしないものの逆流によっておこる胸焼けがあるものとの両方を含みます。」(4頁4?5行)

(甲4ウ)「内視鏡で食道炎がみとめられるものが『逆流性食道炎』で、ひどい胸やけがあるものの内視鏡で食道炎が確認できないものを『非びらん性胃食道逆流症』とよびます。…非びらん性胃食道逆流症は英語では『non-erosive reflux disease』とよび、その頭文字をとってNERD(ナード)とよぶこともあります。」(4頁下から6?末行)

4 甲10
甲10には、次のとおり記載されている。

(甲10ア)「そこで、われわれはパリエット(R)錠10mgの製造販売後の適正使用情報を把握する目的で、再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法に対し、製造販売後の使用実態下における安全性・有効性の検討を目的とした特定使用成績調査を実施した。」(830頁左欄25?29行)

(甲10イ)「1 対象
再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎患者[ロサンゼルス分類(改)^(3))<以下LA分類(改)>で、GradeA?D]で、本剤を含む治療剤で内視鏡的に治癒[LA分類(改)でGradeO]を確認した後、長期の維持療法が必要と判断された患者を対象とした。」(830頁左欄下から2行?右欄4行)

(甲10ウ)「調査薬はパリエット(R)錠10mgとした。投与方法は、再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法の用法・用量である『1日1回10mgを経口投与する。』とした。
なお、投与期間および観察期間は6ヵ月以上、最長2年間とした。」(830頁右欄17?22行)

(甲10エ)「逆流性食道炎の維持療法に関してPPIの常用量、PPIの半量投与、H_(2)RAの効果を検討したメタアナリシスでは、PPI常用量6カ月以上投与で再発率は約20%、PPI半量投与での再発率は約30%^(6))である。…
本調査では、1468例を収集し解析した結果、パリエット(R)錠10mgは長期間投与においても、忍容性があり、かつ再発防止への貢献に寄与することが確認された。」(839頁右欄下から3?末行、841頁右欄1?9行)

5 甲11
甲11には、次のとおり記載されている。原文は英文なので訳文を示す。
(甲11ア)「CYP2C19遺伝多型について、ホモ接合体高代謝群(homoEM)、ヘテロ接合体高代謝群(heteroEM)及び低代謝群(PM)が知られている。(703頁左欄下から13?10行)

(甲11イ)「本研究において、PPI維持療法中のGERD症状の再発は、PPI及びCYP2C19遺伝子型に有意に依存的であったが、性別と年齢には依存していなかった。」(704頁の考察、1?4行)

(甲11ウ)「ラベプラゾール群における再発は、CYP2C19ホモ接合体EM患者で観察され(10人中2人、46歳と54歳)、28人のヘテロ接合体EM患者と7人のPM患者では観察されなかった。」(705頁左欄最終段落4?8行)

(甲11エ)「結論として、CYP2C19遺伝多型は,日本人患者におけるPPI維持療法中の再発率に影響していた。」(705頁右欄最終段落1?3行)

6 甲15
甲15には、次のとおり記載されている。

(甲15ア)「臨床試験(とくに無作為化臨床試験)は、考案された新しい治療法や予防法に対して適切な評価を行うことを目標としており、科学的な臨床医学を支える重要な役割を担っている。」(2頁5?7行)

(甲15イ)「医薬品の開発は、客観的・科学的評価を充分に行いながら段階的に進められる。非臨床試験による品質、毒性、薬理などの充分な確認の後に、人における臨床試験が実施される。多くの場合、第I相、第II相および第III相試験という相を形成して、それぞれの相の目的を達成しながら段階的に臨床開発が進められる。…
第I相試験は医薬品候補物質(以下、候補物質)が初めて人に使用される試験であり、人における安全性の確保が主目的である。患者に使用される前に、患者のモデルとして原則として健康男子志願者を被験者として実施される。…
第II相試験において初めて候補物質がある疾患又は症候をもつ患者に使用され、安全性とともに有効性の検討がなされる。…第II相試験の目標は、適応症および用法・用量を確定することである。
第III相試験は、候補物質の適応症に対する臨床的有用性の評価と位置づけを検証することを目的とした市販前の最終段階の試験である。…
以上のような段階的に実施される市販前の臨床試験によって適応症に対する定められた用法・用量での候補物質の有効性や安全性がかなりの精度で保証され、市販が許可されることになる。」(3頁4行?4頁12行)

7 甲16
甲16には、次のとおり記載されている。

(甲16ア)「2)臨床試験(治験)
臨床試験は通常第I相から第IV相へと段階的に進められていく.このうち承認申請に必要なデータを収集するために行われる臨床試験である第I相から第III相までを「治験」と呼ぶ.…
c)第III相試験(PhaseIII)(検証的試験が最も代表的な試験)
第II相までに得られた有効性と安全性の成績および用法・用量設定資料に基づき、治療上の有用性と安全性を多数の患者を対象にして検討する. 通常、無作為化二重盲検比較試験が行われる.」(69頁20行?70頁下から9行)

8 甲17
甲17には、次のとおり記載されている。

(甲17ア)「第III相(最も代表的な試験:検証的試験)
(1)(合議体注:〇の中に1)目的
第III相の主たる目的は、第II相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群における有効性と安全性の成績を検証することである。
(2)(合議体注:〇の中に2)被験者と試験担当医師
第III相においては有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者が対象となる。」(68頁左欄20行?27行)

9 甲18
甲18には、次のとおり記載されている。

(甲18ア)「逆流性食道炎の治療においては、通常、成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与するが、病状により1回20mgを1日1回経口投与することができる。なお、通常、8週間までの投与とする。また、プロトンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合、1回10mg又は1回20mgを1日2回、さらに8週間経口投与することができる。ただし、1回20mg1日2回投与は重度の粘膜障害を有する場合に限る。
再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては、通常、成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。」(1頁右欄下から10行?2頁左欄2行)

(甲18イ)「(4)逆流性食道炎の維持療法については、再発・再燃を繰り返す患者に対し行うこととし、本来、維持療法の必要のない患者に行うことのないよう留意すること。」(2頁右欄4?7行)

10 甲19
甲19には、次のとおり記載されている。原文は英文なので和訳を示す。
(甲19ア)「標準的な1日1回のPPI投与に抵抗性の逆流性食道炎患者における1日2回のラベプラゾール投与の効果:日本人TWICE研究

目的:逆流性食道炎患者のおよそ10%が、8週間の1日1回のプロトンポンプ阻害剤(PPI)の標準的な投与によって治癒しない。そのため、1日2回投与がしばしば抵抗性逆流性食道炎患者に適用されるが、1日2回のPPI投与による治癒を内視鏡的に確認した報告はこれまでにない。本研究は、日本において、常用量PPI治療に抵抗性の逆流性食道炎患者らにおける、ラベプラゾールナトリウム20mg1日1回投与と比較した、ラベプラゾール20mg1日2回又は10mg1日2回投与による8週間の治療の有効性と安全性を評価することを目的とする。
方法:常用量PPI治療を少なくとも8週間受けたことのある、内視鏡的に確認された抵抗性逆流性食道炎患者(ロサンゼルス分類グレードA-D)は、無作為に二重盲検法により、8週間、ラベプラゾールを20mg、10mg1日2回投与されるグループと、20mgを1日1回投与されるグループ(対照群)とに分けられた。一次主要有効性評価項目は、8週間後の内視鏡的に確認される治癒率とした。」(表題、要約の「目的」と「方法」の項)

(甲19イ)「表1 患者数の統計とベースライン特性(…)
項目 20mg1日1回 10mg1日2回 20mg1日2回
(n=110) (n=111) (n=111)
逆流性食道炎の期間(年)
1年未満 13(11.8) 16(14.4) 22(19.8)
1年から5年 53(48.2) 49(44.1) 44(39.6)
5年以上 44(40.0) 46(41.4) 45(40.5)
」(524頁表1)

11 甲20
甲20には、次のとおり記載されている。原文は英文なので和訳を示す。

(甲20ア)「欧州及び米国の研究では、『治療前の重症度』『若年』『非喫煙』及び『中等度/重度の逆流』の4つの因子が再発リスクの高さと関連していた。別の研究では、『GERD治療前の自覚症状の重症度』が予後因子であることが示唆されたがH.pylori感染状態との相関は認められなかった。」(1197頁右欄末行?1198頁右欄6行)

(甲20イ)「本研究における単変量解析結果により、日本人患者においては、食道裂孔ヘルニア、過去のびらん性GERDの重症度(グレードC又はD)、H.pylori陰性、胃粘膜萎縮がない、非喫煙、身長150cm未満の女性といった条件が、再発リスクの高さに関連していることが示唆された。」(1198頁右欄6?12行)

(甲20ウ)「食道裂孔ヘルニアの患者では,食道に逆流した胃酸がヘルニア嚢内に停滞し、食道に繰り返し逆流することが報告されており、また、食道からの胃酸のクリアランスが低いことから、食道裂孔ヘルニアの患者では食道裂孔ヘルニアのない患者よりも再発が起こりやすいと考えられている。」(1198頁右欄2段落目1?8行)

(甲20エ)「結果として、『GERDの重症度:グレードC又はD』又は『胃粘膜委縮なし』、又は『H.pylori陰性』のいずれかの患者において、食道への酸逆流は、これらの状態のない患者よりも一貫して高いレベルにとどまっており、再発の可能性を高めると考えられている。」(1199頁左欄2?7行)


第5 当審の判断
1 無効理由1(甲1に基づく新規性欠如)について
(1)本件発明の特徴
本件明細書には、本件発明の特徴について、おおむね次のとおり記載されている。

本発明は、プロトンポンプ阻害剤(以下「PPI」ということがある。)抵抗性逆流性食道炎患者に対し、維持療法期に服用されるベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤に関する(【0001】)。
プロトンポンプ阻害剤による治療は疾患の根本治療では無いため、食道粘膜障害の治癒後に薬物治療を中止すると、多くは食道粘膜障害や胸やけなどの症状が再発・再燃するため、食道粘膜障害を治癒した後も、酸分泌抑制剤の投与を継続し、再発を抑制すること(維持療法)が重要とされており、現在承認され、一般的に行われている維持療法は、プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与する方法である(【0004】)。
しかし、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の場合、プロトンポンプ阻害剤の倍量投与やその分割投与によって治療されたとしても、その後の維持療法を現在承認されている用法・用量(常用量1日1回)で行った場合に得られる再発抑制効果は十分といえなかった(【0006】)。
そこで、本発明は、プロトンポンプ阻害剤の常用量による治療終了後にプロトンポンプ阻害剤抵抗性を示した逆流性食道炎患者に対する維持療法期において再発抑制のために投与される逆流性食道炎の再発抑制剤において、ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、従来よりも再発抑制効果が有意に優れている逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することを目的とし(【0007】)、ラベプラゾールナトリウムを、再発抑制剤として現在承認されている用量(10mg)を、1日2回、4週間以上服用することにより、従来の1日1回服用した場合に比べて、再発抑制効果が有意に高いことを見出し、本発明を完成させた(【0008】)。
そして、有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験(実施例1:1日2回投与群N=181)の結果、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与する方法は、従来の維持療法(10mgを1日1回52週間投与)と比較して、顕著に優れた再発抑制効果が得られ、安全性プロファイルは大きく異ならないと判断され、忍容性が認められたことから(【0044】?【0067】)、本発明は、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する再発抑制を目的とした維持療法のための治療剤として非常に優れるという効果を奏する(【0010】)。

(2)本件優先日当時の技術常識
ア 平成28年4月に改訂された、ラベプラゾールナトリウム製剤であるパリエット(R)錠の添付文書である甲18には、治療期の処置について、「逆流性食道炎の治療においては、通常、成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与」をし、「プロトンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合」には、「1回10mg」「を1日2回、さらに8週間経口投与することができる」と記載されている(摘記(甲18ア))。
上記「プロトンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合」とは、PPI抵抗性逆流性食道炎の場合であると解され、その場合には、治療期に10mgを1日2回投与するものといえる。他方、通常は10mgを1日1回投与すると記載されているから、PPI抵抗性ではない逆流性食道炎の治療期の常用量は、10mgを1日1回投与するものであると解される。

イ また、甲18には、再発・再燃を繰り返す患者に対して行うのは維持療法であり、維持療法期の処置について、「通常、成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回投与する経口投与する」と記載されている(摘記(甲18ア)(甲18イ))。
また、パリエット(R)錠の製造販売後の調査に関する文献である甲10にも、再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法の対象となる患者については、「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎患者」「で、本剤を含む治療で内視鏡的に治癒」「を確認した後、長期の維持療法が必要と判断された患者」と記載されている(摘記(甲10ア)(甲10イ))。
甲18及び甲10のいずれにも、維持療法の対象となる患者が、PPI抵抗性か否かについて特定されていないものの、少なくとも通常の患者であるPPI抵抗性ではない患者を含むものと解される。

ウ 上記ア及びイによれば、本件優先日当時、ラベプラゾールナトリウムについては、以下の事項が技術常識となっていたといえる。

(技術常識a)ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量について
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期には、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与し、また、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、8週間投与すること。

(技術常識b)ラベプラゾールナトリウムの維持療法期における用法・用量について
PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期には、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与すること。

(3)甲1に記載された発明
甲1は、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、本件優先日(平成28年10月27日)より前の平成28年9月18日にClinicalTrials.govが公開したものであり、固有のプロトコルIDが「E3810-J081-311」の第III相臨床試験に関するものである(摘記(甲1ア)?(甲1エ)(甲1キ))。
甲1には、試験の名称が「PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg 1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試験 」であり、主要評価項目が「E3810 10mgを1日2回52週間投与し、その有効性及び安全性を検討する維持療法期を通じて、52週目における内視鏡的に確認された非再発率を検討する」ことであると記載されている(摘記(甲1イ)(甲1ケ))。
また、被験者の適合基準には、「1.胃食道逆流症と診断され、内視鏡検査で粘膜病変(びらん、潰瘍)が認められた患者」と記載されていることから(摘記(甲1コ))、当該患者は、胃食道逆流症のうち逆流性食道炎を有する患者である(摘記(甲4ア)?(甲4ウ)参照)。
さらに、甲1には、4つの治療群(A群?D群)のうち、B群は、「治療期間中はE3810 10mgを1日2回、維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与」することが記載されている(摘記(甲1ク))。
そうすると、甲1には、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。

「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における、E3810 10mg1日2回投与の有効性と安全性を検討するための第III相臨床試験に供されるE3810であって、
前記第III相臨床試験は、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に、維持療法期間中、E3810 10mgを1日2回52週間投与するものであり、
前記患者は、治療期間中はE3810 10mgを1日2回投与された患者である、E3810。」

(4)本件発明1について
ア 対比
甲1発明の「PPI抵抗性逆流性食道炎患者」は、本件発明1の「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者」に相当する。
甲1発明の患者は、「維持療法期間」を通じてE3810を投与されるところ、維持療法期間における患者は、その前の治療期において治癒した者であることは当業者において自明であるから、甲1発明の患者は、本件発明1の「維持療法を行う前の治療により治癒した」患者に相当する。
また、甲1と同じ「E3810-J081-311」の臨床試験に関する甲2において、E3810は、Rabeprazole Sodium(ラベプラゾールナトリウム)であることが記載されているから(摘記(甲2エ)(甲2キ))、甲1発明の「E3810 10mgを1日2回52週間投与」とは、本件発明1の「ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、4週間以上投与」に相当する。
そして、両発明における患者に投与する時期は、いずれも「維持療法期」であるといえる。
そうすると、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して、維持療法期に、10mgを1日2回、4週間以上投与される、ラベプラゾールナトリウム」
<相違点1>
本件発明1は、「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする、「維持療法のために」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であるのに対して、甲1発明は、「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における」「有効性と安全性を検討するための第III相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウム(E3810)」である点。

イ 検討
甲1発明は、上記(3)及び(4)アのとおり、第III相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムであり、甲1には、第III相の臨床試験計画が記載されているのみで、当該計画を実施した結果、すなわち、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対して維持療法期間中ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与した場合の結果については、全く記載されていない。
また、本件優先日当時、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与することについて、何らかの技術常識があったとはいえない。
そうすると、甲1の記載及び本件優先日当時の技術常識からは、甲1発明に係る第III相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムを、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の再発抑制剤として用いることができることが、明らかであるとはいえないから、相違点1は、実質的な相違点である。
したがって、本件発明1は、甲1発明と同一ではない。

(5)本件発明2?6について
本件発明2?6は、本件発明1を引用して更に限定した発明であるから、上記(4)の本件発明1と同様の理由により、甲1発明と同一ではない。

(6)請求人の主張について
ア 請求人は、甲1には,少なくとも以下の発明(請求人が主張する甲1発明)が開示されているものと認められるとし、新規性の検討において問題となるのは,客観的構成として同一かどうかということであり、当該物の有効性や安全性が期待されているか等は全く無関係であって、このことは、たとえば、知財高裁平成19年3月1日判決・裁判所HP(平成17年(行ケ)第10818号)「タキソール事件」の裁判例でも明確に確認されているところである旨を主張する(審判請求書29頁下から6行?30頁末行、34頁3行?35頁8行)。
また、請求人は、仮に、新規性を否定する上で、従来技術につき有効性及び安全性が期待されていることが必要であると考えるとしても、甲5?14などの記載に基づく技術常識及び甲1の試験が第III相試験であることによれば、甲1記載の臨床試験は、有効性及び安全性が当然に期待されているものであるから、「請求人が主張する甲1発明」につき有効性や安全性が確認されていないことを理由に、「請求人が主張する甲1発明」と本件特許発明との同一性を否定することはできない旨を主張する(審判請求書35頁9行?37頁13行)。
[請求人が主張する甲1発明]
「1)
a:ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、
b:維持療法を行う前に治療を経た、治療前において内視鏡検査で粘膜病変が認められたPPI抵抗性の胃食道逆流症患者に対する維持療法のために、
c:プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤であるE3810を
d-1:1日2回
d-2:52週間投与され、
e:前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、
f:前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾールナトリウムであることを特徴とする
g:治療前において内視鏡検査で粘膜病変が認められた胃食道逆流症の再発抑制剤。
2)
h:前記治療期において、
i:前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性胃食道逆流症患者は、
j:ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤であるE3810を、
k:治療期間中は、
l:前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量の倍量を1日2回投与、又は前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量を1日2回投与されている
m:aないしg記載の胃食道逆流症の再発抑制剤。
3)
n:前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性胃食道逆流症患者が、治療前において内視鏡検査で粘膜病変が認められた患者である、
о:m又はhないしm記載の胃食道逆流症の再発抑制剤。」

しかしながら、上記(4)イに説示したとおり、甲1には、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法における有効性及び安全性を確認するための第III相臨床試験計画が記載されているものの、当該計画に則ってラベプラゾールナトリウムを投与した場合の結果については全く記載されていない。
そして、請求人が根拠とする、甲5?14から把握される技術常識や、第III相臨床試験を行う段階に至っていることから、当該計画を遂行した場合に有効性や安全性について当業者であればある程度の期待を抱くことがあるとしても、そのことをもっても、甲1に、ラベプラゾールナトリウムをPPI抵抗性逆流性食道炎患者の再発抑制剤として用いることが明らかであるように記載されていることとはならない。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

イ 請求人は、審決予告が認定している〈相違点1〉は、甲1は、「有効性と安全性を検討するための第III相臨床試験」が記載されてはいるが、「投与の結果」(効果)が記載されていない、という認定であるところ、本件発明1の発明特定事項と比較した場合、文言上、かかる「有効性」や「安全性」はなんら発明特定事項を構成しておらず、医薬用途発明と、その製造販売承認における臨床試験での有効性や安全性の立証の必要性とは、全く別のものであり、被請求人はその観点を混同しているものである旨主張する(弁駁書11頁下から4行?12頁13行)。

しかしながら、上記(4)イにおいては、医薬用途発明が記載されていると認定するためには、医薬品の製造販売承認における臨床試験での有効性や安全性の立証が必要であるとしたものではない。
したがって、請求人の上記主張を検討しても、上記(4)イに説示した判断に影響しない。

(7)小括
以上によれば、本件発明1?6は、甲1発明と同一ではなく、甲1に記載された発明とはいえない。
したがって、本件発明1?6に係る特許は、無効理由1によって無効とすることはできない。

2 無効理由2(甲2に基づく新規性欠如)について
(1)甲2に記載された発明
甲2は、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、本件優先日(平成28年10月27日)より前の平成28年8月29日にJapicCTIが公開したものであり、関連ID番号「E3810-J081-311」が甲1のプロトコルIDと同じである、第III相臨床試験に関するものである(摘記(甲2オ)?(甲2キ))。
甲2には、E3810は、Rabeprazole Sodium(ラベプラゾールナトリウム)であることが記載されている(摘記(甲2エ))。
また、甲2には、試験名称が「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法におけるE3810 10mgを1日2回投与の有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験」であり、主要な評価項目が「維持療法期52週時の内視鏡所見(ロサンゼルス分類[改変2])による非再発率」であることが記載されている(摘記(甲2ウ)(甲2オ))。
そうすると、甲2には、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。

「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与の有効性及び安全性を検討するための第III相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムであって、
前記第III相臨床試験は、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に、維持療法期間中、10mgを1日2回52週間投与するものである、ラベプラゾールナトリウム。」

(2)本件発明1について
ア 対比
上記1(4)アの説示を考慮すると、本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して、維持療法期に、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、4週間以上投与される、ラベプラゾールナトリウム」
<相違点1’>
本件発明1は、「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする、「維持療法のために」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であるのに対して、甲2発明は、「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における」「有効性及び安全性を検討するための第III相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウム」である点。

イ 検討
相違点1’は、上記1(4)アに説示した相違点1と実質的に同じであり、上記1(4)イに説示したものと同様の理由により、相違点1’は実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲2発明と同一ではない。

(3)本件発明2?6について
本件発明2?6は、本件発明1を引用して更に限定した発明であるから、上記(2)の本件発明1と同様の理由により、甲2発明と同一ではない。

(4)請求人の主張について
請求人は、甲2には、少なくとも以下の発明が開示されているのと認められるとし、本件特許発明は、甲2に記載された発明であるから、新規性を欠き、また、甲2の有効性や安全性が確認されていないことによって物の発明としての同一性が否定されないことや、有効性や安全性が当然に期待されたこと等は、甲1について述べたところと同様である旨を主張する(審判請求書38頁1行?42頁8行)。
[請求人が主張する甲2発明]
「1)
a:ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし、
b:PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、
c:プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤であるE3810を
d-1:1日2回
d-2:52週間投与され、
e:前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の常用量が10mgであり、
f:前記ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が、ラベプラゾールナトリウムであることを特徴とする
g:逆流性食道炎の再発抑制剤。
2)
n:前記PPI阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、治療期登録時の内視鏡検査で粘膜病変が認められた患者である、
о:aないしg記載の逆流性食道炎の再発抑制剤。」

しかしながら、上記1(6)に説示したものと同様の理由により、請求人の上記主張は採用できない。

(5)小括
以上によれば、本件発明1?6は、甲2発明と同一ではなく、甲2に記載された発明とはいえない。
したがって、本件発明1?6に係る特許は、無効理由2によって無効とすることはできない。

3 無効理由3(甲1に基づく進歩性欠如)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とは、上記1(4)アに説示した相違点1において相違する。

イ 検討
(ア)相違点1について
a 甲1に記載の臨床試験計画が第III相であることについて
医薬品の開発における、治験・臨床研究については、事前に当該情報を適切に公開することで、その透明性を確保し、被験者保護と治験・臨床研究の質が担保されているところ、甲1は、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、アメリカ国立衛生研究所(NIH)のアメリカ国立医学図書館(NLM)が提供する臨床試験登録・公開サイトであるClinicalTrials.govが公開したものである(答弁書7頁下から10行?8頁5行参照)。
摘記(甲15ア)?(甲17ア)によれば、臨床試験における第III相の主たる目的は、第II相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対症患者群における有効性と安全性の成績を検証することであり、有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者を対象とすることが、本件優先日当時の技術常識であった。
そうすると、甲1発明の第III相臨床試験における患者は、当該試験を行う前に得られた情報から、「維持療法期間中、ラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者であることが理解できる。

b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について
上記1(2)ウの技術常識a及びbに照らすと、PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者においては、維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回)を治療期の用量・用量と同じとして、再発抑制を図っていたものと解される。
また、本件優先日当時、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合、治療期の用法・用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが、維持療法期の用法・用量は明らかではなかった。

c 甲1発明は、PPI抵抗性逆流性食道炎患者において、維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)を、治療期の用法・用量と同じとしたものである。
上記a及びbを併せ考慮すれば、PPI抵抗性逆流性食道炎患者において、維持療法期の用法・用量を、治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第III相臨床試験に供される甲1発明のラベプラゾールナトリウムは、本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを、当業者が容易に予測できたものといえる。

d そうすると、甲1発明のラベプラゾールナトリウムを、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い、相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。

(イ)効果について
本件明細書の実施例1において、有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験(1日2回投与群N=181)の結果、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与する方法は、従来の維持療法(10mgを1日1回52週間投与)と比較して、顕著に優れた再発抑制効果が得られ、安全性プロファイルは大きく異ならないと判断され、忍容性が認められたことが示されている。
PPI抵抗性の患者の逆流性食道炎を治療できない用法・用量である「10mg1日1回」よりも、治療できる用法・用量である「10mg1日2回」の方が再発抑制においても優れた効果があることは、当業者の予測の範囲内である。
また、ラベプラゾールナトリウムの製造販売承認されていた用法・用量は、(i)逆流性食道炎の治療においては10mgを1日1回投与を8週間まで、維持療法においては10mgを1日1回投与する、(ii)PPI抵抗性逆流性食道炎の治療(PPIによる治療で効果が不十分な場合)においては、10mgを1日2回、重度の粘膜障害を有する場合には20mgを1日2回、さらに8週間投与できる、というものであったことを考慮すると(甲18)、本件発明1が、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、4週間程度あるいはそれ以上の期間、10mgを1日2回投与しても安全性が過度に損なわれることがないことは、当業者が予測し得たものといえる。
そうすると、本件発明1の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。

(ウ)したがって、本件発明1は、甲1発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲1発明とは、相違点1に加え、次の相違点2において更に相違する。

<相違点2>
本件発明2は、「維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対し、甲1発明は、「治療期間中はラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回投与された」ことを特定している点。

イ 検討
(ア)相違点1について
上記(1)イ(ア)のとおりである。

(イ)相違点2について
本件発明2と甲1発明とは、「ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与」されている点で重複一致し、その投与期間について、本件発明2は「8週間」と特定しているのに対し、甲1発明は、特定していない点で相違するものといえる。
しかしながら、1(2)ウの技術常識aのとおり、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、8週間投与することが、本件優先日当時の技術常識となっていた。
そうすると、甲1発明において、治療期にラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、8週間投与した患者とし、相違点2に係る本件発明2の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
相違点1及び2を併せ考慮しても、本件発明2の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明2は、甲1発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3について
ア 対比
本件発明3と甲1発明とは、相違点1及び2に加え、次の相違点3において更に相違する。

<相違点3>
本件発明3は、「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食道粘膜の炎症が、ロサンゼルス分類でGradeBより重症である」と特定しているのに対し、甲1発明は、当該特定をしていない点。

イ 検討
(ア)相違点1及び2について
上記(2)イ(ア)及び(イ)のとおりである。

(イ)相違点3について
摘記(甲20ア)?(甲20エ)によれば、本件優先日当時、「食道裂孔ヘルニア」や「過去のびらん性GERDの重症度(グレードC又はD)」などの条件が、再発リスクの高さに関連していることは、周知であった。
そうすると、甲1発明において、治療期の治癒前の食道粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGradeBより重傷な患者である、GradeC又はDの患者とし、相違点3に係る本件発明3の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
本件明細書の実施例1の表6において、内視鏡所見がロサンゼルス分類でGrade B?Dの被験者群では、非再発率の群間差(1日1回投与群と1日2回投与群との差)が30%以上と大きく、1日1回投与群よりも、1日2回投与群の方が再発抑制効果が顕著であったことが示されている(【0058】【0059】)。
しかし、上記(イ)に説示したように、びらん性GERDの重症度(すなわちロサンゼルス分類のGrade)が再発リスクの高さに関係していることは周知であるから、重症度が高いほど、有効成分を多くしないと再発することは、当業者の予測の範囲内であった。
本件明細書の表6に示されるように、GradeAの患者は10mgを1日1回投与することで、すでにある程度の再発抑制効果が得られていることから非再発率の群間差が小さいのに対し、GradeB・C・Dは、10mgを1日1回投与することでは再発抑制効果が不十分であるが、10mgを1日2回投与することで十分に再発抑制効果が得られるから非再発率の群間差が大きいことは、当業者が予測可能な程度のものにすぎない。
そうすると、相違点1?3を併せ考慮しても、本件発明3の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明3は、甲1発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件発明4について
ア 対比
本件発明4と甲1発明とは、相違点1?3に加えて、次の相違点4において更に相違する。

<相違点4>
本件発明4は、「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、食道裂孔ヘルニアを併発している」と特定しているのに対し、甲1発明は、当該特定をしていない点。

イ 検討
(ア)相違点1?3について
上記(3)イ(ア)及び(イ)のとおりである。

(イ)相違点4について
摘記(甲20ア)?(甲20エ)によれば、本件優先日当時、「食道裂孔ヘルニア」や「過去のびらん性GERDの重症度(グレードC又はD)」などの条件が、再発リスクの高さに関連していることは、周知であった。
そうすると、甲1発明の患者を、食道裂孔ヘルニアを併発している患者とし、相違点4に係る本件発明4の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
相違点1?4を併せ考慮しても、本件発明4の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明4は、甲1発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)本件発明5について
ア 本件発明5と甲1発明とは、相違点1?4に加え、次の相違点5において更に相違する。

<相違点5>
本件発明5は、「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、逆流性食道炎の罹病期間が1年以上である」と特定しているのに対し、甲1発明は、当該特定をしていない点。

イ 検討
(ア)相違点1?4について
上記(4)イ(ア)及び(イ)のとおりである。

(イ)相違点5について
摘記(甲19ア)及び(甲19イ)によれば、PPI抵抗性逆流性食道炎患者において、罹患期間が1年以上である患者は一般的であった。
そうすると、甲1発明の患者を、罹患期間が1年以上である者に特定し、相違点5に係る本件発明5の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
相違点1?5を併せ考慮しても、本件発明5の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明5は、甲1発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(6)本件発明6について
ア 対比
本件発明6と甲1発明とは、相違点1?5に加え、次の相違点6において更に相違する。

<相違点6>
本件発明6は、「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである」と特定しているのに対し、甲1発明は、当該特定をしていない点。

イ 検討
(ア)相違点1?5について
上記(5)イ(ア)及び(イ)のとおりである。

(イ)相違点6について
摘記(甲11ア)?(甲11エ)のとおり、CYP2C19ホモ接合体EM(高代謝)患者は、ヘテロ接合体EM患者やPM(低代謝)患者に比べて、再発しやすいことは周知であった。
そうすると、甲1発明の患者を、CYP2C19ホモ接合体EM患者とし、相違点6に係る本件発明6の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
相違点1?6を併せ考慮しても、本件発明6の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明6は、甲1発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(7)被請求人の主張について
ア 被請求人は、甲1に記載された試験は、有効性・安全性が明らかでなかったからこそ、計画され、実施されたのであり、また、第III相試験に入ってから承認に至るものは約半数にすぎないから(乙5)、第III相試験が計画されたこと自体を、有効性及び安全性が当然に期待されていたという根拠にすることはできない旨を主張する(答弁書19頁下から10?5行、22頁6?12行、25頁下から11?4行)。

しかしながら、医薬の用途発明においては、医薬品の製造販売が承認されるために必要な大規模な臨床試験によって具体的に証明された厳密な有効性及び安全性を備えることは必要とはされていないので、第III相試験に入ってから承認に至るものは約半数にすぎないことは、甲1発明が、本件発明の医薬の用途発明に必要とされる程度の有効性が期待できるか否かに、何ら影響しない。
したがって、被請求人の上記主張は採用できない。

イ 被請求人は、本件発明が、有効性及び安全性データ等の薬理試験の結果又はそれと同等の記載がいっさい存在しない甲1から、当業者が容易に発明できたものでないことは明らかである旨を主張する(答弁書23頁下から3?末行)。

しかしながら、甲1自体に、有効性及び安全性データ等の薬理試験の結果又はそれと同等の記載が存在しないとしても、甲1が第III相臨床試験に関するものであること、及び、少なくともPPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の場合は、治療期と同じ用法・用量を維持療法期においても採用していること等を併せ考慮すれば、本件発明は当業者が容易に発明をすることができたものであることは、上記(1)イに説示したとおりである。
したがって、被請求人の上記主張は採用できない。

ウ 被請求人は、PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のための逆流性食道炎の再発抑制剤(本件発明)を開発するには、有効性及び安全性を有意に確認することができる患者数を確保して、臨床試験を実施するかという問題を解決しなければならないが、甲1に記載された臨床試験計画には、それを実施するために、上述した問題をどのように解決するかという方策については、記載も示唆もされていない旨を主張する(答弁書24頁15行?25頁16行)。

しかしながら、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の特定の仕方や維持療法における有効性及び安全性の確認手法は、本件優先日当時、既に確立されていたものであるから、臨床試験を実施すること自体に、当業者が解決できない問題があったとはいえない。
したがって、被請求人の上記主張は採用できない。

エ 被請求人は、PPI抵抗性の患者に対して、ラベプラゾール10mg1日2回投与(本件発明)が、ラベプラゾール10mg1日1回投与に比べて、有意に効果が高く、しかし、同時に安全であることは、当業者の予測を超えた結果である旨を主張する(答弁書23頁末行?24頁4行)。

しかしながら、被請求人が主張する上記の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできないことは、上記(1)イ(イ)に説示したとおりである。

これに対し、被請求人は、甲9に記載されるように、ラベプラゾール1日1回投与による維持療法においては、10mgと20mgの間に用量依存性は認められていないから、「維持療法期においても、1日1回投与より1日2回投与の方が再発防止に効果的であり、10mg1日2回投与の有効性は当然に期待されていた」とはいえない旨を主張する(答弁書16頁15?27行)。

被請求人が指摘する甲9は、ラベプラゾールナトリウムに関する国立医薬品食品衛生研究所長による審査報告書であり、H_(2)受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者を対象とした第III相臨床試験において、維持療法期としてラベプラゾールナトリウム10mg又は20mgを投与したところ、非再発率に用量間の差は認められなかったことが記載されている(甲9:3頁の審査結果の欄参照)。しかしながら、甲9に記載された第III相臨床試験が対象とした患者は、H_(2)受容体拮抗薬抵抗性の患者であって、PPI抵抗性の患者に限定されているわけではない。このようにPPI抵抗性ではない患者を含む場合においては、10mgで既に十分な再発抑制作用があったから、10mgと20mgとで用量依存性がないとされたとも解される。
そうすると、本件発明とは対象となる患者が異なる甲9の記載をもって、PPI抵抗性の患者においても、10mgと20mgとで用量依存性がないと直ちにはいえない。

したがって、被請求人の上記主張は、いずれも採用できない。

オ 被請求人は、甲1に記載された臨床試験計画概要(甲1計画)は、第III相試験として計画されたものであるが、当該試験に対応する第II相試験はなく、審決の予告において前提とされている「第II相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群における有効性と安全性の成績を検証する」試験には該当しないから、甲1計画による第III相臨床試験における患者が、「当該試験を行う前に得られた情報から、維持療法期間中、ラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回52週間投与の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者」であると判断できる根拠は、何らない旨を主張する(上申書7頁下から4行?8頁6行)。

しかしながら、審決の予告及び本件審決において説示した「当該試験を行う前に得られた情報から」とは、単に第II相試験で得られた結果のみを意味するわけではなく、甲1発明の第III相臨床試験を行う前に得られた情報の全てを意味するから、第II相試験が行われていなかったとしても、上記判断には影響しない。

そして、被請求人は、甲1計画による試験が第II相試験でなく、第III相試験とされた理由として、(i)甲1計画における用法・用量は、既にラベプラゾールナトリウムによる治療に採用されていた用法・用量であるから、第II相の重要な目的である「第III相で行われる試験の用法・用量を決定するための試験は必要ではなかった」こと、(ii)逆流性食道炎患者に対する維持療法は、「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される」ものであり、しかも一旦治癒した患者に長期に投与する「長期投与を意図した医薬品についての投与期間を延長した試験」であるから、有効性・安全性を評価するために、相当数の症例が必要と考えられ、第II相として実施する場合に比べて、より多くの患者(被験者)を対象とすべきであったこと、が推測されると主張する(上申書9頁12行?下から4行)。

被請求人が推測するように、仮に、第II相試験が行われずに第III相試験が行われたのであれば、第III 相試験を行う前に得られた情報から、第II相試験を行う必要がなく、いきなり多くの患者を対象とした第III相試験を計画しても、その有効性や安全性がある程度期待されていたからであると理解できる。
したがって、被請求人の上記主張は、当合議体の判断を左右するものではない。

カ 被請求人は、医薬品の開発における、治験・臨床研究については、作成した試験計画を事前に適切に公開することが、事実上義務化されている現在の状況において、単に第III相試験としての臨床試験計画が公開されたことをもって、一律に医薬発明の進歩性を否定することは極めて不合理であり、到底容認できない旨を主張する(上申書12頁6?13行)。

しかしながら、上記(1)?(6)の判断は、本件優先日当時の技術常識も併せ考慮したのであって、単に第III相試験としての臨床試験計画が公開されたことのみをもって、本件発明に係る医薬発明の進歩性を否定したものではないから、被請求人の上記主張はその前提を欠く。

キ 被請求人は、本件優先日当時には、逆流性食道炎の治療薬として様々なPPIが知られていたから(乙8?11)、特定の一種の薬についての用法・用量を、公知事実としてではなく、上記1(2)において技術常識として直ちに認定することは、通常の審査・審判における進歩性判断の手法とは乖離しており、適切ではない旨を主張する(上申書13頁下から6行?15頁13行)。

しかし、本件発明は、ラベプラゾールナトリウムを有効成分とする、PPI抵抗性逆流性食道炎に関する医薬発明であるから、本件発明の進歩性を検討するに当たり、ラベプラゾールナトリウムについて当業者に広く知られている事実を技術常識として認定することに、特段不適切な点はない。

ク 被請求人は、医薬用途発明といっても様々なレベルの発明があり、平成28年(行ケ)第10107号判決により、医薬用途発明においては「臨床効果を確認する必要がある」場合があることが明らかになったところ、ラベプラゾール10mgの1日2回を「長期間」投与する維持療法の場合に求められる安全性は少なくとも既存の維持療法の用法用量(PPIの常用量1日1回投与)と同程度の高い安全性が必要となり、漫然と投与を継続することは慎むよう注意喚起がなされており(乙2、乙3)、また、現に食道粘膜の炎症を治癒する「治療における有効性」に比べて、投与開始の時点では、食道粘膜の炎症がない対象者に炎症の再発を防ぐ「再発防止剤における有効性」を予測することはいっそう困難であることから、本件発明1は、「臨床効果を確認する必要がある医薬用途発明」に相当するということができ、甲1の記載だけでは本件発明1の医薬用途発明を予測することはできない旨を主張する(上申書17頁11行?18頁下から8行)。

しかしながら、本件発明に係る「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」と、被請求人が提示する上記判決における「乳癌再発の予防用ワクチン」とは、対象とする病気も有効成分の作用機序も全く異なるものであるから、本件において同様な判断をすべき根拠とはならない。
また、被請求人が挙げる「高い安全性」についての乙2、乙3はいずれも、市販されたラベプラゾールナトリウムに関する添付文書であり、被請求人が主張する「高い安全性」とは、医薬品の製造販売が認可されるために必要な「高い安全性」をいうものと解される。
さらに、現に食道粘膜の炎症を治癒する用法・用量であれば、投与開始の時点では、食道粘膜の炎症がない対象者において炎症の再発を防ぐことができるという有効性を予測することに、格別な困難性は見出せない。
したがって、本件発明1は、「臨床効果を確認する必要がある医薬用途発明」に相当するとの請求人の上記主張は、根拠に乏しい。

ケ 被請求人は、審決の予告の無効理由3及び4についての内容は、請求人が主張していたものと適用条文及び証拠こそ同じであるものの、甲1の試験が第III相試験であることを理由としている点を除き、請求人がこれまでに主張していた引用発明、一致点及び相違点の認定、効果についての判断が相違しているから、審決の予告の内容は、特許法第153条第1項に規定する当業者又は参加人が申し立てない理由について審理した事項に該当するから、仮に、審決の予告に示された認定・判断を維持するのであれば、あらためて、特許法第153条第2項に基づいた通知がされることが必要である旨を主張する(上申書36頁15行?40頁14行)。

しかしながら、特許法第153条第2項にいう「当事者又は参加人が申し立てない理由」とは、新たな無効理由の根拠法条の追加や主要事実又は引用例の追加等、不利な結論を受ける当事者にとって不意打ちとなり、あらかじめ通知を受けて意見を述べる機会を与えなければ著しく不公平となるような重大な理由をいうものであって、特定の引用例に基づいて当該発明が容易に想到できるか否かの判断の過程における引用発明、一致点や相違点の認定は、上記「当事者の申し立てない理由」には当たらないと解される。
審決の予告及び審決における甲1に記載された発明、一致点及び相違点の認定が審判手続における請求人の主張するそれと異なっていたとしても、そのことをもって直ちに同項に違反するものではなく、また、特許無効審判の判断の過程において、請求人の主張に拘束されるものではない。
そして、審決の予告及び審決で用いた主引用例は請求人の主張するものと同じであり、また、審決の予告及び審決において認定した技術常識は、請求人が提出した甲号証に基づいて認定したものであるから、被請求人に対して不意打ちとなりあらかじめ通知を受けて意見を述べる機会を与えなければ著しく不公平となるとはいえない。
したがって、被請求人の上記主張は採用できない。

(8)小括
上記のとおり、本件発明1?6は、甲1発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1?6に係る特許は、無効理由3によって無効とすべきものである。

4 無効理由4(甲2に基づく進歩性欠如)について
(1)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲2発明とは、上記2(2)アに説示したとおり、相違点1’において相違する。

イ 検討
(ア)相違点1’について
a 甲2に記載された臨床試験計画が第III相であることについて
医薬品の開発における、治験・臨床研究については、事前に当該情報を適切に公開することで、その透明性を確保し、被験者保護と治験・臨床研究の質が担保されているところ、甲2は、エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を、一般財団法人日本医薬情報センター(JAPIC)が運用する臨床試験情報JapicCTIが公開したものである(答弁書7頁下から10行?8頁5行参照)。
摘記(甲15ア)?(甲17ア)によれば、臨床試験における第III相の主たる目的は、第II相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対症患者群における有効性と安全性の成績を検証することであり、有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者を対象とすることが、本件優先日当時の技術常識であった。
そうすると、甲2発明の第III相臨床試験における患者は、当該試験を行う前に得られた情報から、「維持療法期間中、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者であることが理解できる。

b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について
上記1(2)ウの技術常識a及びbに照らすと、PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者においては、維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回)を治療期の用量・用量と同じとして、再発抑制を図っていたものと解される。
また、本件優先日当時、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合、治療期の用法・用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが、維持療法期の用法・用量は明らかではなかった。

c 甲2には、甲2発明における患者の治療期の用法・用量がどのようなものであったかについて記載されていない。しかし、上記1(2)ウの技術常識aによれば、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回であったことから、甲2発明における患者も、当然、治療期の用法・用量がラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回であった患者を含むものと想定される。
そうすると、甲2発明は、PPI抵抗性の患者の維持療法期において、治療期と同じ用法・用量を継続し、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与する場合を含むものと解される。
上記a及びbを併せ考慮すれば、PPI抵抗性の患者において、維持療法期の用法・用量を、治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第III相臨床試験に供される甲2発明のラベプラゾールナトリウムは、本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを、当業者が容易に予測できたものといえる。

d そうすると、甲2発明のラベプラゾールナトリウムを、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い、相違点1’に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。

(イ)効果について
上記3において説示したように、本件発明1の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。

(ウ)したがって、本件発明1は、甲2発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2について
ア 本件発明2と甲2発明とは、相違点1’に加え、以下の相違点2’において相違する。

<相違点2’>
本件発明2は、「維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対し、甲2発明は、当該特定をしていない点。

イ 検討
(ア)相違点1’について
上記(1)イ(ア)のとおりである。

(イ)相違点2’について
上記1(2)ウの技術常識aのとおり、PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、8週間投与することが、本件優先日当時の技術常識となっていた。
そうすると、甲2発明において、治療期にラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、8週間投与した患者とし、相違点2’に係る本件発明2の発明特定事項を採用することは、当業者が適宜なし得た事項にすぎない。

(ウ)効果について
上記3において説示したように、本件発明2の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明2は、甲2発明及び技術常識に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3?6について
ア 対比
本件発明3?6と甲2発明との、相違点1’及び2’以外の相違点は、本件発明3?6と甲1発明との相違点である相違点3?6と同じである。

イ 検討
(ア)相違点1’及び2’について
上記(2)イ(ア)及び(イ)のとおりである。

(イ)相違点3?6について
甲2発明において、相違点3?6に係る本件発明3?6の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到することができたといえる。

(ウ)効果について
上記3において説示したように、本件発明3?6の効果は、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。

(エ)したがって、本件発明3?6は、甲2発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)被請求人の主張について
被請求人は、甲1と甲2に記載された内容は実質的に同内容であるとして、無効理由4については無効理由3と同じ内容を主張する(答弁書8頁2?7行)。
しかしながら、上記3(7)に説示したものと同様に、無効理由4についての被請求人の主張も採用できない。

(5)小括
以上によれば、本件発明1?6は、甲2発明及び技術常識(周知技術を含む)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本件発明1?6に係る特許は、無効理由4によって無効とすべきものである。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1?6に係る特許は、無効理由1及び2によって無効とすることはできず、無効理由3及び4によって無効とすべきものである。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項で準用する民事訴訟法第61条の規定により、参加によって生じた費用を含めて、被請求人の負担とする。

よって、結論のとおり審決する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラベプラゾールナトリウムを有効成分とし、維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために、ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回、4週間以上投与されることを特徴とする、プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項2】
維持療法を行う前の治療期において、前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は、ラベプラゾールナトリウムを、8週間、20mgを1日2回投与、又は10mgを1日2回投与されている、請求項1に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項3】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食道粘膜の炎症が、ロサンゼルス分類でGradeBより重症である、請求項1又は2に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項4】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、食道裂孔ヘルニアを併発している、請求項1?3のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項5】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、逆流性食道炎の罹病期間が1年以上である、請求項1?4のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
【請求項6】
前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が、シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである、請求項1?5のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
審理終結日 2020-06-23 
結審通知日 2020-06-26 
審決日 2020-07-09 
出願番号 特願2017-74712(P2017-74712)
審決分類 P 1 113・ 113- ZAA (A61K)
P 1 113・ 121- ZAA (A61K)
最終処分 成立  
前審関与審査官 深草 亜子  
特許庁審判長 滝口 尚良
特許庁審判官 渡邊 吉喜
藤原 浩子
登録日 2018-02-02 
登録番号 特許第6283440号(P6283440)
発明の名称 逆流性食道炎の再発抑制剤  
代理人 守安 智  
代理人 竹林 則幸  
代理人 結田 純次  
代理人 竹林 則幸  
代理人 結田 純次  
代理人 森田 ひとみ  
代理人 大住 洋  
代理人 千葉 あすか  
代理人 森田 ひとみ  
代理人 守安 智  
代理人 謝 卓峰  
代理人 小松 陽一郎  

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