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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  B66B
管理番号 1377770
異議申立番号 異議2020-700201  
総通号数 262 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-10-29 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-03-24 
確定日 2021-07-09 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6585151号発明「エレベータ装置及び診断方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6585151号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1、〔2?7〕、8について訂正することを認める。 特許第6585151号の請求項1ないし8に係る特許を取り消す。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6585151号の請求項1ないし8に係る特許についての出願は、平成29年12月11日に出願され、令和1年9月13日にその特許権の設定登録がされ、令和1年10月2日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許について、特許異議申立人角田朗(以下「特許異議申立人」という。)により、請求項1ないし8に係る特許に対する特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年 3月24日 :特許異議申立人による特許異議の申立て
令和2年 6月26日付け:取消理由通知書
令和2年 8月28日 :特許権者による訂正請求書及び意見書の提出
令和2年 9月23日付け:手続補正指令書(方式)
令和2年10月12日 :特許権者による手続補正書(方式)の提出
令和2年12月18日 :特許異議申立人による意見書の提出
令和3年 1月29日付け:取消理由通知書(決定の予告)

なお、上記取消理由通知書(決定の予告)に対して、特許権者は応答しなかった。

第2 訂正の請求についての判断
1 訂正の内容
令和2年10月12日に適法にされた手続補正により補正された令和2年8月28日提出の訂正請求書による訂正(以下「本件訂正」という。)の内容は、以下の(1)ないし(3)のとおりである(下線部は訂正箇所を示す。)。

(1)特許請求の範囲の請求項1に係る訂正
ア 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、
「昇降路を、レールに沿って昇降する移動体と、
前記移動体に設けられ、地震によって停止した前記移動体の水平方向の加速度を検出するセンサと、
前記センサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記センサの検出結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
と記載されているものを、
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体と、
前記移動体に設けられ、地震によって停止した前記移動体の水平方向の加速度を検出するセンサと、
前記センサの検出結果と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
に訂正する。

(2)特許請求の範囲の請求項2ないし7に係る訂正
ア 訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2に、
「昇降路を、第1のレールに沿って昇降するかごと、
前記かごに設けられ、地震によって停止した前記かごの水平方向の加速度を検出する第1のセンサと、
前記第1のセンサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、前記かごを昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記第1のセンサの検出結果が、前記第1の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
と記載されているものを、
「昇降路に設けられた第1のレールに、上下方向に複数の第1のガイドシューを介して取り付けられ、前記第1のレールに沿って昇降するかごと、
前記かごに設けられ、地震によって停止した前記かごの水平方向の加速度を検出する第1のセンサと、
前記第1のセンサの検出結果と、前記かごの質量と、に基づいて、前記第1のガイドシューを介して前記第1のレールに作用する第1の作用力を演算する演算手段と、
前記第1の作用力が、設計水平震度と前記第1のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、前記かごを昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記第1の作用力が、前記第1の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
に訂正する。請求項2を直接又は間接的に引用する請求項3ないし7についても同様に訂正する。

イ 訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3に、
「前記かごを昇降させるモータと、
前記昇降路を、第2のレールに沿って昇降するカウンタウエイトと、
一端が前記かごに固定されるとともに他端が前記カウンタウエイトに固定され、前記モータの回転軸に巻回されるワイヤと、
前記カウンタウエイトに設けられ、地震によって停止した前記カウンタウエイトの水平方向の加速度を検出する第2のセンサと、
を備え、
前記判断手段は、前記第2のセンサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる第2の基準値より小さい場合には、前記診断運転が可能であると判断し、前記第2のセンサの検出結果が、前記第2の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する請求項2に記載のエレベータ装置。」
と記載されているものを、
「前記かごを昇降させるモータと、
前記昇降路に設けられた第2のレールに、上下方向に複数の第2のガイドシューを介して取り付けられ、前記沿って昇降するカウンタウエイトと、
一端が前記かごに固定されるとともに他端が前記カウンタウエイトに固定され、前記モータの回転軸に巻回されるワイヤと、
前記カウンタウエイトに設けられ、地震によって停止した前記カウンタウエイトの水平方向の加速度を検出する第2のセンサと、
を備え、
前記演算手段は、前記第2のセンサの検出結果と、前記カウンタウエイトの質量と、に基づいて、前記第2のガイドシューを介して前記第2のレールに作用する前記第2の作用力を演算し、
前記判断手段は、前記第2の作用力が、設計水平震度と前記第2のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第2の基準値より小さい場合には、前記診断運転が可能であると判断し、前記第2の作用力が、前記第2の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する請求項2に記載のエレベータ装置。」
に訂正する。請求項3を直接又は間接的に引用する請求項4ないし7についても同様に訂正する。

ウ 訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5に、
「前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な請求項2乃至4のいずれか一項に記載のエレベータ装置。」
と記載されているものを、
「前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な請求項3に記載のエレベータ装置。」
に訂正する。請求項5を引用する請求項6及び7についても同様に訂正する。

(3)特許請求の範囲の請求項8に係る訂正
ア 訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8に、
「昇降路を、レール沿って昇降する移動体が、地震によって停止したときの前記移動体の水平方向の加速度を検出する工程と、
前記加速度が、設計水平震度を用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記加速度が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する工程と、
を含む診断方法。」
と記載されているものを、
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体が、地震によって停止したときの前記移動体の水平方向の加速度を検出する工程と、
前記加速度と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する工程と、
前記作用力が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記作用力が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する工程と、
を含む診断方法。」
に訂正する。

2 訂正の要件
(1)特許請求の範囲の請求項1に係る訂正について
ア 訂正事項1について
(ア)訂正の目的の適否
訂正事項1は、訂正前の請求項1における「昇降路を、レールに沿って昇降する移動体」を、
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体」として、
上下方向に複数のガイドシューをレールと移動体の間に介していることを具体的に特定するものである。
また、訂正事項1は、訂正前の請求項1における「前記センサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる基準値より小さい場合には、」を、
「前記センサの検出結果と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、」として、
「判断手段」における基準値を求めるための事項として、ガイドシューそれぞれの加重比を特定するものであり、該基準値との比較対象の作用力が、センサの検出結果と移動体の質量とに基づくものであることを特定するものである。
更に、訂正事項1において、訂正前の請求項1における「前記センサの検出結果が、前記基準値以上である場合には、」を、
「前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、」とした点についても上記と同様である。
よって、訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、上記(ア)のとおり、訂正前の請求項1に係る発明を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(ウ)新規事項追加の有無
移動体について、願書に添付した明細書の段落【0013】には、「図2に示されるように、かご31は、ガイドシュー31aを介して、ガイドレール21,22に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、段落【0014】には、「図2に示されるように、カウンタウエイト32も、ガイドシュー32aを介して、ガイドレール23,24に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、図2からは、ガイドシュー31a、32aが、いずれも上下方向の2箇所に設けられていることが看取される。
また、作用力について、段落【0033】には、「作用力Fは、移動体の等価質量をm、加速度センサ51,52からの出力によって算出される加速度をaとすると、以下の式(1)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0034】には、「F=m×a …(1)」と記載されているとともに、段落【0036】には、「エレベータ装置10では、加速度センサ51からの出力信号は電圧信号Svである。このため、CPU81は、電圧信号Svの値vを、比例関数f(v)へ代入することにより加速度aを求め、求めた加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。一方、加速度センサ52からの無線による出力信号は、デジタル信号Sdである。このため、CPU81は、このデジタル信号Sdに示される加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。」と記載されている。
同様に、演算手段について、段落【0062】には、「上記実施形態では、例えば、制御ユニット80のCPU81が、ガイドレール21?24に作用する作用力Fを演算する演算手段として機能し、自動診断運転を行うか否かを判断する判断手段として機能する。」と記載されている。
更に、基準値について、段落【0042】には、「基準値Pは、設計水平震度をk、移動体の等価質量をm、重力加速度をg、移動体の上下ガイドシューの加重比をεとすると、次式(2)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0043】には、「P=k×m×g×ε …(2)」と記載されている。
そして、判断手段について、段落【0041】には、「次に、CPU81は、時系列的に記録された演算結果としての作用力F21(t)?F24(t)の解析を行う(ステップS107)。具体的には、作用力F21(t)?F24(t)と、各作用力に応じて設定された基準値Pとを比較する。」と記載されており、段落【0048】には、「作用力F21(t)?F24(t)に対応する基準値P21?P24は、予め補助記憶部83に記憶されている。CPU81は、作用力F21(t)?F24(t)と基準値P21?P24とを比較する。」と記載されているとともに、段落【0049】には、「図7は、作用力F21(t)の一例を示す図である。図7に示されるように、作用力F21(t)の波形は、図6に示される電圧信号Svの波形と相似形状になる。CPU81は、作用力F21(t)と基準値P21とを比較する。同様に、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較する。そして、いずれかの作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24以上である場合には(ステップS108:No)、CPU81は、自動診断運転を実施することが不可能であると判断し、エレベータ装置10の運転の停止を継続する(ステップS111)。次に、解析結果と、エレベータ装置10のオペレータによる点検が必要であることを、ネットワーク120を介して、例えば外部の管理センターなどへ通知する(ステップS113)。これにより、管理センターなどの外部機関へ、時系列的に記憶された作用力F22(t)?F24(t)などの情報が送信される。」との記載があり、段落【0050】には、「一方、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較した結果、すべての作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24より小さい場合には(ステップS108:Yes)、自動診断運転を実施することが可能であると判断し、自動診断運転を実施する(ステップS109)。」と記載されている。
よって、訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

(2)特許請求の範囲の請求項2ないし7に係る訂正について
ア 訂正事項2について
(ア)訂正の目的の適否
訂正事項2は、訂正前の請求項2における「昇降路を、第1のレールに沿って昇降するかご」を、
「昇降路に設けられた第1のレールに、上下方向に複数の第1のガイドシューを介して取り付けられ、前記第1のレールに沿って昇降するかご」として、
上下方向に複数の第1のガイドシューを第1のレールとかごの間に介していることを具体的に特定するものである。
また、訂正事項2は、訂正前の請求項2における「第1の前記センサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、」を、
「前記第1のセンサの検出結果と、前記かごの質量と、に基づいて、前記第1のガイドシューを介して前記第1のレールに作用する第1の作用力を演算する演算手段と、
前記第1の作用力が、設計水平震度と前記第1のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、」として、
「判断手段」における第1の基準値を求めるための事項として、第1のガイドシューそれぞれの加重比を特定するものであり、該第1の基準値との比較対象の第1の作用力が、第1のセンサの検出結果とかごの質量とに基づくものであることを特定するものである。
更に、訂正事項2において、訂正前の請求項2における「前記第1のセンサの検出結果が、前記第1の基準値以上である場合には、」を、
「前記第1の作用力が、前記第1の基準値以上である場合には、」とした点についても上記と同様である。
よって、訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は、上記(ア)のとおり、訂正前の請求項2に係る発明を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(ウ)新規事項追加の有無
かごについて、願書に添付した明細書の段落【0013】には、「図2に示されるように、かご31は、ガイドシュー31aを介して、ガイドレール21,22に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、図2からは、ガイドシュー31aが、上下方向の2箇所に設けられていることが看取される。
また、第1の作用力について、段落【0033】には、「作用力Fは、移動体の等価質量をm、加速度センサ51,52からの出力によって算出される加速度をaとすると、以下の式(1)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0034】には、「F=m×a …(1)」と記載されているとともに、段落【0036】には、「エレベータ装置10では、加速度センサ51からの出力信号は電圧信号Svである。このため、CPU81は、電圧信号Svの値vを、比例関数f(v)へ代入することにより加速度aを求め、求めた加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。一方、加速度センサ52からの無線による出力信号は、デジタル信号Sdである。このため、CPU81は、このデジタル信号Sdに示される加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。」と記載されている。
同様に、演算手段について、段落【0062】には、「上記実施形態では、例えば、制御ユニット80のCPU81が、ガイドレール21?24に作用する作用力Fを演算する演算手段として機能し、自動診断運転を行うか否かを判断する判断手段として機能する。」と記載されている。
更に、第1の基準値について、段落【0042】には、「基準値Pは、設計水平震度をk、移動体の等価質量をm、重力加速度をg、移動体の上下ガイドシューの加重比をεとすると、次式(2)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0043】には、「P=k×m×g×ε …(2)」と記載され、段落【0044】には、「なお、移動体がかご31の場合には、mは、かご31の質量であり、移動体がカウンタウエイト32である場合には、mは、カウンタウエイト32の質量である。」と記載されている。
そして、判断手段について、段落【0041】には、「次に、CPU81は、時系列的に記録された演算結果としての作用力F21(t)?F24(t)の解析を行う(ステップS107)。具体的には、作用力F21(t)?F24(t)と、各作用力に応じて設定された基準値Pとを比較する。」と記載されており、段落【0048】には、「作用力F21(t)?F24(t)に対応する基準値P21?P24は、予め補助記憶部83に記憶されている。CPU81は、作用力F21(t)?F24(t)と基準値P21?P24とを比較する。」と記載されているとともに、段落【0049】には、「図7は、作用力F21(t)の一例を示す図である。図7に示されるように、作用力F21(t)の波形は、図6に示される電圧信号Svの波形と相似形状になる。CPU81は、作用力F21(t)と基準値P21とを比較する。同様に、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較する。そして、いずれかの作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24以上である場合には(ステップS108:No)、CPU81は、自動診断運転を実施することが不可能であると判断し、エレベータ装置10の運転の停止を継続する(ステップS111)。次に、解析結果と、エレベータ装置10のオペレータによる点検が必要であることを、ネットワーク120を介して、例えば外部の管理センターなどへ通知する(ステップS113)。これにより、管理センターなどの外部機関へ、時系列的に記憶された作用力F22(t)?F24(t)などの情報が送信される。」との記載があり、段落【0050】には、「一方、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較した結果、すべての作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24より小さい場合には(ステップS108:Yes)、自動診断運転を実施することが可能であると判断し、自動診断運転を実施する(ステップS109)。」と記載されている。
よって、訂正事項2は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

イ 訂正事項3について
(ア)訂正の目的の適否
訂正事項3は、訂正前の請求項3における「昇降路を、第2のレールに沿って昇降するカウンタウエイト」を、
「昇降路に設けられた第2のレールに、上下方向に複数の第2のガイドシューを介して取り付けられ、前記昇降するカウンタウエイト」として、
上下方向に複数の第2のガイドシューを第2のレールとカウンタウエイトの間に介していることを具体的に特定するものである。
また、訂正事項3は、訂正前の請求項3における「前記判断手段は、前記第2のセンサの検出結果が、設計水平震度を用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、」を、
「前記演算手段は、前記第2のセンサの検出結果と、前記カウンタウエイトの質量と、に基づいて、前記第2のガイドシューを介して前記第2のレールに作用する第2の作用力を演算し、
前記判断手段は、前記第2の作用力が、設計水平震度と前記第2のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第2の基準値より小さい場合には、」として、
「判断手段」における第2の基準値を求めるための事項として、第2のガイドシューそれぞれの加重比を特定するものであり、該第2の基準値との比較対象の第2の作用力が、第2のセンサの検出結果とカウンタウエイトの質量とに基づくものであることを特定するものである。
更に、訂正事項3において、訂正前の請求項3における「前記第2のセンサの検出結果が、前記第2の基準値以上である場合には、」を、
「前記第2の作用力が、前記第2の基準値以上である場合には、」とした点についても上記と同様である。
よって、訂正事項3は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項3は、上記(ア)のとおり、訂正前の請求項3に係る発明を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(ウ)新規事項追加の有無
カウンタウエイトについて、願書に添付した明細書の段落【0014】には、「図2に示されるように、カウンタウエイト32も、ガイドシュー32aを介して、ガイドレール23,24に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、図2からは、ガイドシュー32aが、いずれも上下方向の2箇所に設けられていることが看取される。
また、第2の作用力については、段落【0033】、【0034】、【0036】の各記載が、演算手段については、段落【0062】の記載が、第2の基準値については、段落【0042】、【0043】、【0044】の各記載が、判断手段については、段落【0041】、【0048】、【0049】、【0050】の各記載がそれぞれ訂正の根拠であることは、上記訂正事項2の場合と同様である。
よって、訂正事項3は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

ウ 訂正事項4について
(ア)訂正の目的の適否
訂正事項4は、訂正前の請求項5において、請求項2乃至4のいずれか一項を引用していたものを、請求項2及び請求項4の引用関係を解消して請求項3のみを引用するものとする訂正である。
よって、訂正事項4は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項4は、上記(ア)のとおり、請求項の引用関係を一部解消して減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(ウ)新規事項追加の有無
訂正事項4は、上記(ア)のとおり、請求項の引用関係を一部解消して減縮するものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

(3)特許請求の範囲の請求項8に係る訂正について
ア 訂正事項5について
(ア)訂正の目的の適否
訂正事項5は、訂正前の請求項8における「昇降路を、レールに沿って昇降する移動体」を、
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体」として、
上下方向に複数のガイドシューをレールと移動体の間に介していることを具体的に特定するものである。
また、訂正事項5は、訂正前の請求項8における「前記加速度が、設計水平震度を用いて求められる基準値より小さい場合には、」を、
「前記加速度と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する工程と、
前記作用力が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、」として、
「判断手段」における基準値を求めるための事項として、ガイドシューそれぞれの加重比を特定するものであり、該基準値との比較対象の作用力が、加速度と移動体の質量とに基づくものであることを特定するものである。
更に、訂正事項5においては、訂正前の請求項8における「前記加速度が、前記基準値以上である場合には、」を、
「前記作用力が、前記基準値以上である場合には、」とした点についても上記と同様である。
よって、訂正事項5は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(イ)特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項5は、上記(ア)のとおり、訂正前の請求項8に係る発明を減縮するものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第6項の規定に適合するものである。
(ウ)新規事項追加の有無
移動体について、願書に添付した明細書の段落【0013】には、「図2に示されるように、かご31は、ガイドシュー31aを介して、ガイドレール21,22に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、段落【0014】には、「図2に示されるように、カウンタウエイト32も、ガイドシュー32aを介して、ガイドレール23,24に摺動可能に設けられる。」と記載されている。また、図2からは、ガイドシュー31a、32aが、いずれも上下方向の2箇所に設けられていることが看取される。
また、作用力について、段落【0033】には、「作用力Fは、移動体の等価質量をm、加速度センサ51,52からの出力によって算出される加速度をaとすると、以下の式(1)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0034】には、「F=m×a …(1)」と記載されているとともに、段落【0036】には、「エレベータ装置10では、加速度センサ51からの出力信号は電圧信号Svである。このため、CPU81は、電圧信号Svの値vを、比例関数f(v)へ代入することにより加速度aを求め、求めた加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。一方、加速度センサ52からの無線による出力信号は、デジタル信号Sdである。このため、CPU81は、このデジタル信号Sdに示される加速度aを上記式(1)へ代入することで作用力Fを求める。」と記載されている。
同様に、演算する工程について、段落【0062】には、「上記実施形態では、例えば、制御ユニット80のCPU81が、ガイドレール21?24に作用する作用力Fを演算する演算手段として機能し、自動診断運転を行うか否かを判断する判断手段として機能する。」と記載されている。
更に、基準値について、段落【0042】には、「基準値Pは、設計水平震度をk、移動体の等価質量をm、重力加速度をg、移動体の上下ガイドシューの加重比をεとすると、次式(2)を用いて求めることができる。」と記載されており、段落【0043】には、「P=k×m×g×ε …(2)」と記載されている。
そして、判断する工程について、段落【0041】には、「次に、CPU81は、時系列的に記録された演算結果としての作用力F21(t)?F24(t)の解析を行う(ステップS107)。具体的には、作用力F21(t)?F24(t)と、各作用力に応じて設定された基準値Pとを比較する。」と記載されており、段落【0048】には、「作用力F21(t)?F24(t)に対応する基準値P21?P24は、予め補助記憶部83に記憶されている。CPU81は、作用力F21(t)?F24(t)と基準値P21?P24とを比較する。」と記載されているとともに、段落【0049】には、「図7は、作用力F21(t)の一例を示す図である。図7に示されるように、作用力F21(t)の波形は、図6に示される電圧信号Svの波形と相似形状になる。CPU81は、作用力F21(t)と基準値P21とを比較する。同様に、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較する。そして、いずれかの作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24以上である場合には(ステップS108:No)、CPU81は、自動診断運転を実施することが不可能であると判断し、エレベータ装置10の運転の停止を継続する(ステップS111)。次に、解析結果と、エレベータ装置10のオペレータによる点検が必要であることを、ネットワーク120を介して、例えば外部の管理センターなどへ通知する(ステップS113)。これにより、管理センターなどの外部機関へ、時系列的に記憶された作用力F22(t)?F24(t)などの情報が送信される。」との記載があり、段落【0050】には、「一方、CPU81は、作用力F22(t)?F24(t)と対応する基準値P22?P24とをそれぞれ比較した結果、すべての作用力F21(t)?F24(t)が対応する基準値P22?P24より小さい場合には(ステップS108:Yes)、自動診断運転を実施することが可能であると判断し、自動診断運転を実施する(ステップS109)。」と記載されている。
よって、訂正事項5は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項において準用する同法第126条第5項の規定に適合するものである。

3 小括
上記2のとおり、訂正事項1ないし5に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
また、上記2(1)ないし(3)のとおり、訂正事項1ないし5に係る訂正は、一群の請求項ごとに当該請求をしているものであるから、特許法第120条の5第4項の規定に適合するものである。
そして、本件特許異議の申立てにおいては、訂正前のすべての請求項1ないし8について特許異議の申立てがされているため、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。
よって、訂正事項1?5に係る訂正は、訂正の要件を満たしている。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1 、〔2?7〕、8について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
上記第2のとおり本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1ないし8に係る発明(以下「本件発明1」ないし「本件発明8」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1ないし8に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

[本件発明1]
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体と、
前記移動体に設けられ、地震によって停止した前記移動体の水平方向の加速度を検出するセンサと、
前記センサの検出結果と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
[本件発明2]
「昇降路に設けられた第1のレールに、上下方向に複数の第1のガイドシューを介して取り付けられ、前記第1のレールに沿って昇降するかごと、
前記かごに設けられ、地震によって停止した前記かごの水平方向の加速度を検出する第1のセンサと、
前記第1のセンサの検出結果と、前記かごの質量と、に基づいて、前記第1のガイドシューを介して前記第1のレールに作用する第1の作用力を演算する演算手段と、
前記第1の作用力が、設計水平震度と前記第1のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、前記かごを昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記第1の作用力が、前記第1の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」
[本件発明3]
「前記かごを昇降させるモータと、
前記昇降路に設けられた第2のレールに、上下方向に複数の第2のガイドシューを介して取り付けられ、前記沿って昇降するカウンタウエイトと、
一端が前記かごに固定されるとともに他端が前記カウンタウエイトに固定され、前記モータの回転軸に巻回されるワイヤと、
前記カウンタウエイトに設けられ、地震によって停止した前記カウンタウエイトの水平方向の加速度を検出する第2のセンサと、
を備え、
前記演算手段は、前記第2のセンサの検出結果と、前記カウンタウエイトの質量と、に基づいて、前記第2のガイドシューを介して前記第2のレールに作用する前記第2の作用力を演算し、
前記判断手段は、前記第2の作用力が、設計水平震度と前記第2のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第2の基準値より小さい場合には、前記診断運転が可能であると判断し、前記第2の作用力が、前記第2の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する請求項2に記載のエレベータ装置。」
[本件発明4]
「前記判断手段による判断結果を、ネットワークへ出力する通信手段を備える請求項2又は3に記載のエレベータ装置。」
[本件発明5]
「前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な請求項3に記載のエレベータ装置。」
[本件発明6]
「前記昇降路の内壁又は、前記かごの下面に設けられ、前記第2のセンサからの無線信号を受信するアンテナを備える請求項5に記載のエレベータ装置。」
[本件発明7]
「前記判断手段によって、前記診断運転が可能であると判断された場合に、前記かごを昇降させて前記診断運転を行う制御手段を備える請求項2乃至6のいずれか一項に記載のエレベータ装置。」
[本件発明8]
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体が、地震によって停止したときの前記移動体の水平方向の加速度を検出する工程と、
前記加速度と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する工程と、
前記作用力が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記作用力が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する工程と、
を含む診断方法。」

第4 取消理由通知(決定の予告)について
当審が令和3年1月29日付け取消理由通知書(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の要旨は、以下のとおりである。

(進歩性)本件特許の請求項1ないし8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において頒布された引用文献2に記載された発明及び引用文献3ないし5に記載の技術的事項に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1ないし8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

<引用文献等一覧>
2.特開平10-17232号公報
3.一般財団法人日本建築設備・昇降機センター、「第4部 昇降機耐震設計・施工指針2016年版」、昇降機技術基準の解説 2016年版、2016年11月25日、第4.1-1頁ないし第4.5-7頁、第4.9-14頁ないし第4.9-16頁
4.特開2015-224119号公報
5.一般財団法人日本建築設備・昇降機センター、「第4部 昇降機耐震設計・施工指針2016年版」、昇降機技術基準の解説 2016年版、2016年11月25日、第4.6.1頁ないし第4.6-6頁

なお、引用文献2ないし4は、特許異議申立書における甲第2ないし4号証である。また、引用文献5は、特許異議申立人が令和2年12月18日に提出した意見書に添付された参考資料1である。

第5 当審の判断
1 引用文献2に記載の事項
引用文献2には、図面とともに次の事項が記載されている(下線は当審が付した。以下同様。)。
「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はエレベータの地震感知装置に係わり、特に、地震時のエレベータ機器の振動を用いてその損傷を予測診断するエレベータの地震感知装置に関する。」
「【0007】
【発明の実施の形態】以下、本発明の実施の形態を図面によって説明する。図1は本発明の一実施の形態によるエレベータの地震感知装置を採用したエレベータの構成図で、昇降路の上部の機械室に設けられた巻上機6の綱車7に主ロープ11を掛け、この主ロープ11の一端をガイドレール3に沿って昇降する乗りかご1に連結し、その他端をガイドレール4に沿って昇降する釣り合いおもり2に連結している。機械室に設置された制御盤8と乗りかご1と釣り合いおもり2とには、加速度検出手段5がそれぞれ取り付けられており、設定値以上の加速度を検知したとき、地震感知装置30が作動するように構成されている。」
「【0009】次に、図1に示した地震感知装置30の動作を、図5のフローチャートと共に説明する。地震が発生すると、図5のフローチャートに示すように、ステップS1で乗りかご1、釣り合いおもり2および制御盤8に取り付けられた加速度検出手段5が出力した加速度を地震検知手段16に取り込む。この地震検知手段16は、ステップS2で設定値以上の加速度が出力されていないか常に監視しており、設定値以上の加速度であったときには、エレベータ停止指令回路15を介して制御盤8に停止信号を送り、ステップS3で直ちにエレベータを停止させる。これと共に、ステップS4で地震時の乗りかご1、釣り合いおもり2および制御盤8の加速度データをバッファ12に記憶させると共に、演算手段13によって既にバッファ12に記憶してある加速度データからガイドレール3,4および制御盤8に作用する力および変位を算出する。
【0010】ここで、ガイドレール3に作用する応力は、図2および図3の昇降路の横断面図および縦断面図に示すように、乗りかご1に加わった力がガイドシュー9を介してガイドレール3にX方向のPX2とY方向のPY2の力として作用するが、これは乗りかご1に設けた加速度検出手段5で検出したX方向の加速度データαX1と、Y方向の加速度データαY1から算出できる。まず乗りかご1に作用する応力PX1,PY1は次の式(1)で表すことができる。
【0011】
PX1(PY1)=m1・αX1(αY1)/g …………(1)
この式(1)で、m1は乗りかご1の重量、gは重力加速度を示しており、X方向およびY方向に働く応力σXおよびσYは、次の式(2)で表すことができる。
【0012】
σX(σY)=7・β・PX2(PY2)・L/(40・ZX(ZY))…………(2)
この式(2)で、βは荷重低減率、Lはレールブラケット21の間隔、Zはガイドレール3の断面係数を表している。ガイドシュー9の1個当たりに作用する力は、X方向にはPXを二分力した値、Y方向にはPYを4分力した値が作用するので、PX2,PY2は次の式(3),式(4)で表すことができる。
【0013】
PX2=PX1/2 …………(3)
PY2=PY1/4 …………(4)
従って、これら式(2)?式(4)からガイドレール3に作用する応力σXおよびσYは、式(5)および式(6)で表すことができる。
【0014】
σX=7・β・m1・αX1・L/(2・40・ZX・g)…………(5)
σY=7・β・m1・αY1・L/(4・40・ZY・g)…………(6)
またガイドレール3のX方向の変位δXとY方向の変位δYは、式(7)で表すことができる。
【0015】
δX(δY)=11・β・PX2(PY2)・L^(3)/(960・E・1X(1Y))…………(7)
この式(7)で、Eはガイドレール3のヤング率、Iはガイドレール3の断面二次モーメントを示しており、この式(7)および式(3),式(4)よりガイドレール3の変位は次の式(8),式(9)で表すことができる。
【0016】
δX=11・β・m1・αX1・L^(3)/(2・960・E・I・g)…………(8)
δY=1・β・m1・αY1・L^(3)/(2・960・E・I・g)…………(9)
式(5),式(6),式(8),式(9)において、m1,β,I,z,E,Lは既知定数であり、予め演算手段13に記憶させておく。
【0017】また、釣り合いおもり2のガイドレール4に作用する応力、変位も同様にして求めることができる。さらに図4は制御盤8の断面図を示しており、地震のとき制御盤8はPX3,PZ3の力を受ける。」
「【0021】上述のようにして演算手段13で求めたガイドレール3の変位δX,δYは、図5に示すステップS5で被害判定手段18によって予め記憶したガイドレール3の許容応力と比較して、ガイドレール3の曲がりの被害が発生したかを判定する。また被害判定手段18は、演算手段13によって求めたガイドレール3の変位δX,δYと、予め記憶したガイドレール3とガイドシュー9の掛かり代Lを比較し、乗りかご1がガイドレール3から外れる被害が発生したかを判定する。さらに被害判定手段18は、演算手段13によって求めた、制御盤を倒す方向に働くモーメントMeと、制御盤を復元する方向に働くモーメントMfを比較し、Me>Mfであれば制御盤8が転倒すると判定する。これらステップS5での比較によって許容値を超えてエレベータに被害ありと判定した場合、ステップS6で、被害伝達手段20からエレベータ保守会社に被害を伝達する。その後、ステップS7でエレベータ保守会社から派遣されたエレベータの保守員がエレベータの点検および修復を行なう。この間、エレベータを動かすと二次災害の起こる恐れがあるため、エレベータの保守員が手動によって地震感知装置30のリセットを行なわない限りエレベータが動かないようにしている。しかし、エレベータの点検および修復が終了した後に地震感知装置30のリセットを行なうと、ステップS8でエレベータを平常運転に復帰させることができる。
【0022】このように、地震時のエレベータ機器の加速度データからエレベータ機器に作用する力や変位を演算手段13で算出し、求めた変位とエレベータ機器の許容値を比較してエレベータ機器の被害を判定する被害判定手段18を設け、この被害判定手段18により求めた変位が許容値を超えたときエレベータ機器が被害を受けたと判定するようにしたため、被害判定手段18によりエレベータ機器に被害が発生していないと判定した地震に対して、エレベータに被害が発生したか否か人海戦術によって確認する必要がなく、迅速かつ高効率にエレベータの復旧を行なうことができる。
【0023】従って、ステップS5でエレベータ機器の許容値の方が算出値よりも大きい場合、図1に示した自動復帰手段14から制御盤8に平常運転への復帰指令を与えるようにすることができる。しかし、ここでは信頼性を一層向上するために、ステップS5での比較によってエレベータ機器に作用した応力および変位が許容値の範囲内にあると判定した場合、図6に示したフローチャートに従うようにしている。つまり、エレベータに被害がないと判定したとしても、エレベータ機器や建屋の老朽化などの要因によって許容値以下の力でエレベータ機器が破損する可能性があるため、再度エレベータ機器に被害がないことを確認するようにしている。具体的にはステップS9で自動低速運転手段19を作動させ、制御盤8に指令を与えてエレベータを低速運転させ、ステップS10で、加速度検出手段5によって乗りかご1、釣り合いおもり2および制御盤8の加速度を検出するようにしている。このステップS10で得られた振動データと、予め記憶しているエレベータ正常時の振動データを、次のステップS11で振動判定手段17によって比較して、エレベータ機器に被害が発生していないかを判定する。その結果、エレベータに被害なしと判定した場合は、ステップS12で自動復帰手段14によりエレベータを平常運転に復帰させる。しかし、ステップS11でエレベータに被害ありと判定した場合は、ステップS13でエレベータ停止指令回路15によってエレベータを停止させる。その後、ステップS14で、被害伝達手段20からエレベータ保守会社に被害を伝達し、ステップS15でエレベータ保守会社から派遣されたエレベータの保守員がエレベータの点検および修復を終了してから地震感知装置をリセットして、ステップS16でエレベータを平常運転に復帰させる。」

2 引用文献2に記載の技術的事項
引用文献2には、上記1及び図1ないし6の記載から、次の<2-1>ないし<2-11>のとおりの技術的事項が記載されているものと認めることができる。
<2-1>地震時のエレベータ機器の振動を用いてその損傷を予測診断するエレベータの地震感知装置(段落【0001】)。
<2-2>乗りかご1及び釣り合いおもり2は、それぞれガイドシュー9、10を介してガイドレール3、4に取り付けられ、該ガイドレール3、4に沿って昇降する(段落【0007】、【0009】、【0010】、図1、図2)。
<2-3>ガイドシュー9、10は、それぞれ上下に一対設けられている(段落【0012】、【0013】、【0017】、図3)。
<2-4>地震が発生すると、乗りかご1及び釣り合いおもり2にそれぞれ設けられた加速度検出手段5は加速度を検出し、地震検知手段16において設定値以上の加速度を検出すると、地震検知手段16は、エレベーター停止指令回路15を介して制御盤8に停止信号を送り、ステップS3でエレベータを停止させる(段落【0009】、図5)。
<2-5>エレベータ停止後に、ステップS4で地震時の乗りかご1及び釣り合いおもり2の加速度データからガイドレール3、4に作用する力及び変位を算出する(段落【0009】、図5)。
<2-6>乗りかご1及び釣り合いおもり2にそれぞれ設けられた加速度検出手段5は、X方向及びY方向の加速度データαX1及びαY1を検出する(段落【0010】)。
<2-7>地震感知装置30の演算手段13は、乗りかご1に設けた加速度検出手段5で検出したX方向及びY方向の加速度データαX1及びαY1と、乗りかご1の重量m1と、に基づいて、ガイドシュー9を介してガイドレール3にX方向及びY方向の力として作用する応力σX及びσYを算出する(段落【0011】、【0012】、【0013】、【0014】)。
<2-8>引用文献2の段落【0021】に記載の「演算手段13で求めたガイドレール3の変位δX,δYは、図5に示すステップS5で被害判定手段18によって予め記憶したガイドレール3の許容応力と比較して、ガイドレール3の曲がりの被害が発生したかを判定する。」のうち下線部分の「変位δX,δY」について、比較対象が「許容応力」となっており、異なる対象を相互に比較している記載となっている。ここで、上記抜粋部分に続いて「また被害判定手段18は、演算手段13によって求めたガイドレール3の変位δX,δYと、予め記憶したガイドレール3とガイドシュー9の掛かり代Lを比較し、乗りかご1がガイドレール3から外れる被害が発生したかを判定する。」として「変位δX,δY」と掛かり代Lとを比較していること、図5のステップS4において、「エレベーター機器に作用する応力、変位を算出」と記載されていることから、前者の「変位δX,δY」は、正しくは『応力σX,σY』を示すものと記載されているべきものと理解することができる。すなわち、段落【0021】の上記適記箇所は、正しくは「演算手段13で求めたガイドレール3の応力σX,σYは、図5に示すステップS5で被害判定手段18によって予め記憶したガイドレール3の許容応力と比較して、ガイドレール3の曲がりの被害が発生したかを判定する。」と記載されたものと理解することができる。
上記を踏まえると、ステップS5で、演算手段13で求めたガイドレール3にX方向及びY方向に働く応力σX及びσYを被害判定手段18によって予め記憶したガイドレール3の許容応力と比較して、ガイドレール3の曲がりの被害が許容値を超えて発生したか被害判定手段18において判定し、被害ありと判定した場合、ステップS6で、被害伝達手段20からエレベータ保守会社に被害を伝達し、ステップS7で、エレベータの保守員が点検及び修復を行うものとし、エレベータの保守員が手動によって地震感知装置30のリセットをするまでエレベータが動かないようにする(段落【0021】、図1、図5)。
<2-9>同様に、上記<2-8>を考慮すると、ステップS5で、演算手段13で求めたガイドレール3にX方向及びY方向に働く応力σX及びσYを、被害判定手段18によって予め記憶したガイドレール3の許容応力と比較して、ガイドレール3の曲がりの被害が許容値を超えて発生したか被害判定手段18において判定し、算出値が許容値の範囲内の場合、ステップS9で、自動低速運転手段19を作動させ、ステップS10で、乗りかご1及び釣り合いおもり2の加速度を加速度検出手段5によって検出し、エレベータに被害がないかを確認する(段落【0021】、【0023】、図5、図6)。
<2-10>乗りかご1の重量m1を釣り合いおもり2の重量m2に置き換えることで、同様にガイドレール4に作用する応力を求めることができる(段落【0017】)。

3 引用文献2に記載の発明
上記2の事項を総合して整理すると、引用文献2には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認めることができる。
[引用発明]
「昇降路に設けられたガイドレール3、4に、上下方向に一対のガイドシュー9、10を介して取り付けられ、前記ガイドレール3、4に沿って昇降する乗りかご1及び釣り合いおもり2と、
前記乗りかご1及び釣り合いおもり2に設けられ、地震によって停止した前記乗りかご1及び釣り合いおもり2のX方向及びY方向の加速度αX1及びαY1を検出する加速度検出手段5と、
前記加速度検出手段5の検出結果と、前記乗りかご1の重量m1及び釣り合いおもり2の重量m2と、に基づいて、前記ガイドシュー9及び10を介して前記ガイドレール3及び4に作用するX方向及びY方向の応力σX及びσYを演算する演算手段13と、
前記演算手段13の演算結果が、予め記憶したガイドレール3及び4の許容応力の範囲内の場合には、エレベータに被害がないかを確認する自動低速運転が可能であると判定し、前記演算手段13の演算結果が、前記許容応力よりも大きい場合には、エレベータが動かないように判定する被害判定手段18を備え、
前記演算手段13の演算結果が、前記許容応力よりも大きい場合には、前記被害判定手段18が被害伝達手段20からエレベータ保守会社に被害を伝達し、
前記演算手段13の演算結果が、前記許容応力の範囲内の場合には、自動低速運転手段19を作動させる、
エレベータの地震感知装置30を備えるエレベータ。」

4 本件発明1ないし8について
(1)本件発明1
ア 対比
引用発明の「昇降路」は、本件発明1の「昇降路」に相当し、同様に引用発明の「ガイドレール3、4」は、本件発明1の「レール」に相当する。
引用発明の「上下方向に一対のガイドシュー9、10」は、本件発明1の「上下方向に複数のガイドシュー」に相当する。
引用発明の「乗りかご1」又は「釣り合いおもり2」は、本件発明1の「移動体」に相当するから、引用発明の「乗りかご1の重量m1」又は「釣り合いおもり2の重量m2」は、本件発明1の「移動体の質量」に相当する。
引用発明の「X方向及びY方向」は、図2から本件発明1の「水平方向」に相当するから、引用発明の「X方向及びY方向の加速度αX1及びαY1」は、本件発明1の「水平方向の加速度」に相当する。
引用発明の「加速度検出手段5」は、本件発明1の「センサ」に相当する。
引用発明の「前記ガイドレール3及び4に作用するX方向及びY方向の応力σX及びσY」は、本件発明1の「前記レールに作用する作用力」に相当する。
引用発明の「演算手段13」は、本件発明1の「演算手段」に相当する。
引用発明の「エレベータに被害がないかを確認する自動低速運転」は、本件発明1の「前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転」に相当する。
そうすると、引用発明の「予め記憶したガイドレール3又は4の許容応力」は、本件発明1の「設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値」との対比において、前記自動低速運転(診断運転)を実施する判定(判断)に用いる「診断運転可否判断の基準値」である限りにおいて共通すると言える。
そして、引用発明の「前記演算手段13の演算結果が、予め記憶したガイドレール3又は4の許容応力の範囲内の場合には、エレベータに被害がないかを確認する自動低速運転が可能であると判定し、前記演算手段13の演算結果が、前記許容応力よりも大きい場合には、エレベータが動かないように判定する」ものは、本件発明1の「前記演算手段の演算結果が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する」ものとの対比において、「前記演算手段の演算結果が、診断運転可否判断の基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する」ものである点で共通すると言える。
引用発明の「被害判定手段18」は、本件発明1の「判断手段」に相当する。
引用発明の「エレベータの地震感知装置30を備えるエレベータ」は、本件発明の「エレベータ装置」に相当する。

そうすると、両者の一致点及び相違点は、次のとおりである。
<一致点>
「昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体と、
前記移動体に設けられ、地震によって停止した前記移動体の水平方向の加速度を検出するセンサと、
前記センサの検出結果と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果が、診断運転可否判断の基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。」

<相違点1>
本件発明1は、「設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値」を用いて診断運転が可能又は不可能であると判断しているのに対し、引用発明の「予め記憶したガイドレール3又は4の許容応力」が、設計水平震度及び上下一対のガイドシュー9又は10それぞれの加重比を用いて求められているものか不明である点。

イ 判断
上記相違点1について、検討する。
引用文献5の第4.6-1には、以下の記載がある。
「6.1 レールへの作用荷重
地震力によってかご又は釣合おもりからレールに作用する荷重は次の式により求める。
P_(x)=F_(h)・ε=KH(m_(0)+αm_(l))g・ε(N)・・・(6-1-1)
P_(y)=1/2F_(h)・ε=1/2KH(m_(0)+αm_(l))g・ε(N)・・・(6-1-2)
ここで、P_(x):レールのX方向の荷重(N)
P_(y):レールのY方向の荷重(N)
F_(h):設計用水平地震力(N)
KH:設計用水平震度
m_(0):かご又は釣合おもりの質量(kg)
m_(l):かごの積載量(kg)
ε:上下ガイドシューの加重比率:0.6
g:重力加速度:9.8(m/s^(2))
α:積載質量の水平動等価質量係数(表5-1による)
(1)確認事項
レール及びレール支持部材の設計に際しては5章で定められた設計用水平震度において、かご又は釣り合いおもりからレールに作用する荷重を求め、レール及びその支持部材に発生する応力度が許容応力度以下であることを確認する。」
「(2)レールへの作用荷重
・・・(中略)・・・
2)上下ガイドシューの荷重比率εについて
かご又は釣合おもりに作用する地震力は、上・下のガイドシューを介してレールに伝わるが、その荷重比率εの値は、重心の偏りを考慮して図6-1-2に示すように原則として下側ガイドシューで0.6とする。ただし、釣合おもりにあっては重心の位置に応じて最小0.5まで変更できるものとする。」
また、引用文献3の第4.1-2には、次の記載がある。
「(1)エレベーターの耐震性能の目標
・・・(中略)・・・
そこで、稀に発生する地震に対しては、かご、釣合おもりの昇降案内機器の運行限界の耐力評価方法を規定するとともに、地震時管制運転の取り込みで運行限界を補い、自動診断で仮復旧できる機能に対応できることを目標とする。」
加えて、引用文献3の第4.3-1には、次の記載がある。
「(1)昇降機機器の構造強度規定
表3-1に建築物の耐震設計の目標性能に対する昇降機の耐震設計目標の位置付けを示す。昇降機の耐震性能を建築物の耐震性能と関連付け、昇降機の耐震限界耐力を次のとおり確保する。
1)建築物の損傷限界耐力を評価する際と同等の設計用震度において、エレベーター運行に関わる機器の強度と変形が、それぞれ許容応力度と許容たわみ量の範囲内であることを計算により確認することで、エレベーターの運行限界耐力を確保する。」
ここで、引用文献5と引用文献3とは、上記引用文献等一覧にも記載のとおり、ともに同じ「昇降機技術基準の解説 2016年版」の「第4部 昇降機耐震設計・施工指針2016年版」の異なる部分であり、地震時に管制運転による自動診断でエレベーターの運行を仮復旧できる機能に対応する点で、引用発明と技術分野が共通し、且つ課題も共通であるといえる。
引用文献5及び引用文献3の上記記載からは、かご又は釣合おもりのレールは、「設計用水平震度KH」及び「上下ガイドシュー荷重比率ε」を用いて算出されたレールに作用するX方向及びY方向の荷重に応じて、地震時の運行限界耐力を確保する技術的事項が記載されているものといえる。ここで、「上下ガイドシュー荷重比率ε」は、本件発明1における「上下方向に複数のガイドシューそれぞれの加重比」に相当する技術的事項である。
そして、引用発明において、ガイドレール3又は4の許容応力の設定に際し、「設計用水平震度KH」及び「上下ガイドシュー荷重比率ε」を用いてその値を求めることで本件発明1の相違点1に係る構成とすることは、上記引用文献5及び引用文献3に記載の技術的事項を適用することで、当業者が容易に想到し得たこととといえる。

ウ 小括
以上によれば、本件発明1は、引用発明、ならびに、引用文献3及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(2)本件発明2
本件発明2は、本件発明1において「移動体」を「かご」に特定したものである。引用発明の「乗りかご1」は、本件発明2の「かご」に相当し、同様に引用発明の「乗りかご1の重量m1」は、本件発明2の「かごの質量」に相当するものである。
そうすると、本件発明2は、引用発明との間で、上記相違点1と同様の相違点を有するものであり、新たな相違点を有しない。
したがって、本件発明2は、上記本件発明1と同様に、引用発明、ならびに、引用文献3及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(3)本件発明3
本件発明3は、本件発明2を減縮したものであって、本件発明1に係る「移動体」としてさらに「カウンタウエイト」を追加して特定したものである。引用発明の「釣り合いおもり2」は、本件発明3の「カウンタウエイト」に相当し、同様に引用発明の「釣り合いおもり2の重量m2」は、本件発明3の「カウンタウエイトの質量」に相当するものである。
そうすると、本件発明3は、引用発明との間で、上記相違点1と同様の相違点を有するものであり、新たな相違点を有しない。
したがって、本件発明3は、上記本件発明1及び2と同様に、引用発明、ならびに、引用文献3及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(4)本件発明4
本件発明4は、本件発明2又は3を減縮するものであって、「前記判断手段による判断結果を、ネットワークへ出力する通信手段を備える」点を追加して特定するものである。
この点について、引用文献2の段落【0021】には、被害判定手段18が、エレベータに被害ありと判定した場合、被害伝達手段20からエレベータ保守会社に被害を伝達することが記載されている。
すなわち、引用発明の「被害伝達手段20」は、本件発明4における「通信手段」に相当する。
そうすると、本件発明4は、引用発明との間で、上記相違点1を有するものであり、新たな相違点を有しない。
したがって、本件発明4は、上記本件発明2又は3と同様に、引用発明、ならびに、引用文献3及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)本件発明5
本件発明5は、本件発明3を減縮するものであって、「前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な」点を追加して特定するものである。
すなわち、本件発明5と引用発明とは、上記相違点1を有するとともに、次の相違点2を有するものである。

<相違点2>
本件発明5が「前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な」ものであるのに対し、引用発明は係る構成を備えていない点。

上記相違点2について検討する。
引用文献4の段落【0020】、【0023】、【0024】及び図1、2には、エレベータのカウンタウェイト装置3に設けられ、加速度センサ7cと、無線装置7dと、制御装置7eとを含む異常検出装置7であって、制御装置7eは、異常検出に対応した情報を無線装置7dに無線で送信させる異常検出装置7が記載されている。
そして、引用発明において、引用文献4に記載の技術的事項を適用して、釣り合いおもり2に取り付けた加速度検出手段5を、被害判定手段18を備える地震感知装置30と無線通信可能とすることは、当業者が容易に想到し得たことである。
したがって、本件発明5は、引用発明、及び、引用文献3ないし引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(6)本件発明6
本件発明6は、本件発明5を減縮するものであり、「前記昇降路の内壁又は、前記かごの下面に設けられ、前記第2のセンサからの無線信号を受信するアンテナを備える」点を追加して特定するものである。
すなわち、本件発明6と引用発明とは、上記相違点1及び上記相違点2を有するとともに、次の相違点3を有するものである。

<相違点3>
本件発明6が「前記昇降路の内壁又は、前記かごの下面に設けられ、前記第2のセンサからの無線信号を受信するアンテナを備える」ものであるのに対し、引用発明は係る構成を備えていない点。

上記相違点3について検討する。
引用文献4の段落【0011】、【0024】及び図1、2には、無線装置7dから送信された異常検出に対応した情報を、昇降路に設けられた制御盤に、受信させることが記載されている。
そして、引用発明において、引用文献4に記載の技術的事項を適用する際、釣り合いおもり2に取り付けた加速度検出手段5からの無線信号を被害判定手段18を備える地震感知装置30へ中継するためのアンテナを、昇降路の内壁や乗りかご1の下面に設けることは、当業者が適宜なし得た設計事項にすぎない。
したがって、本件発明6は、引用発明、及び、引用文献3ないし引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(7)本件発明7
本件発明7は、本件発明2ないし本件発明6のいずれかを減縮するものであり、「前記判断手段によって、前記診断運転が可能であると判断された場合に、前記かごを昇降させて前記診断運転を行う制御手段を備える」点を追加して特定するものである。
この点について、引用文献2の段落【0023】には、エレベータ機器の許容応力が算出値よりも大きい場合、エレベータに被害がないと判定したとしても、再度エレベータ機器に被害がないことを確認するために、自動低速運転手段19を作動させることが記載されている。
すなわち、引用発明の「自動低速運転手段19」は、本件発明7における「制御手段」に相当する。
そうすると、本件発明7は、引用発明との間で、上記相違点1乃至相違点3を有するものであり、新たな相違点を有しない。
したがって、本件発明7は、引用発明、ならびに、引用文献3乃至引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(8)本件発明8
本件発明8は、本件発明1とカテゴリが異なるだけであり、本件発明1と同等の技術的特徴を備えるものであるから、本件発明1と同様の理由により、引用発明に係る診断方法の発明、ならびに、引用文献3及び引用文献5に記載された技術的事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

第6 むすび
当審は、上記第5で検討したとおり、令和3年1月29日付けの取消理由通知書(決定の予告)により取消理由を通知し、期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが、特許権者は応答しなかった。
そして、上記の取消理由は妥当なものと認められるので、本件発明1ないし8に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体と、
前記移動体に設けられ、地震によって停止した前記移動体の水平方向の加速度を検出するセンサと、
前記センサの検出結果と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する演算手段と、
前記演算手段の演算結果が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記演算手段の演算結果が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。
【請求項2】
昇降路に設けられた第1のレールに、上下方向に複数の第1のガイドシューを介して取り付けられ、前記第1のレールに沿って昇降するかごと、
前記かごに設けられ、地震によって停止した前記かごの水平方向の加速度を検出する第1のセンサと、
前記第1のセンサの検出結果と、前記かごの質量と、に基づいて、前記第1のガイドシューを介して前記第1のレールに作用する第1の作用力を演算する演算手段と、
前記第1の作用力が、設計水平震度と前記第1のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第1の基準値より小さい場合には、前記かごを昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記第1の作用力が、前記第1の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する判断手段と、
を備えるエレベータ装置。
【請求項3】
前記かごを昇降させるモータと、
前記昇降路に設けられた第2のレールに、上下方向に複数の第2のガイドシューを介して取り付けられ、前記沿って昇降するカウンタウエイトと、
一端が前記かごに固定されるとともに他端が前記カウンタウエイトに固定され、前記モータの回転軸に巻回されるワイヤと、
前記カウンタウエイトに設けられ、地震によって停止した前記カウンタウエイトの水平方向の加速度を検出する第2のセンサと、
を備え、
前記演算手段は、前記第2のセンサの検出結果と、前記カウンタウエイトの質量と、に基づいて、前記第2のガイドシューを介して前記第2のレールに作用する第2の作用力を演算し、
前記判断手段は、前記第2の作用力が、設計水平震度と前記第2のガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる第2の基準値より小さい場合には、前記診断運転が可能であると判断し、前記第2の作用力が、前記第2の基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する請求項2に記載のエレベータ装置。
【請求項4】
前記判断手段による判断結果を、ネットワークへ出力する通信手段を備える請求項2又は3に記載のエレベータ装置。
【請求項5】
前記第2のセンサは、前記判断手段と無線通信が可能な請求項3に記載のエレベータ装置。
【請求項6】
前記昇降路の内壁又は、前記かごの下面に設けられ、前記第2のセンサからの無線信号を受信するアンテナを備える請求項5に記載のエレベータ装置。
【請求項7】
前記判断手段によって、前記診断運転が可能であると判断された場合に、前記かごを昇降させて前記診断運転を行う制御手段を備える請求項2乃至6のいずれか一項に記載のエレベータ装置。
【請求項8】
昇降路に設けられたレールに、上下方向に複数のガイドシューを介して取り付けられ、前記レールに沿って昇降する移動体が、地震によって停止したときの前記移動体の水平方向の加速度を検出する工程と、
前記加速度と、前記移動体の質量と、に基づいて、前記ガイドシューを介して前記レールに作用する作用力を演算する工程と、
前記作用力が、設計水平震度と前記ガイドシューそれぞれの加重比とを用いて求められる基準値より小さい場合には、前記移動体を昇降させて異常診断を行う診断運転が可能であると判断し、前記作用力が、前記基準値以上である場合には、前記診断運転が不可能であると判断する工程と、
を含む診断方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-05-28 
出願番号 特願2017-237015(P2017-237015)
審決分類 P 1 651・ 121- ZAA (B66B)
最終処分 取消  
前審関与審査官 須山 直紀  
特許庁審判長 田村 嘉章
特許庁審判官 尾崎 和寛
杉山 健一
登録日 2019-09-13 
登録番号 特許第6585151号(P6585151)
権利者 東芝エレベータ株式会社
発明の名称 エレベータ装置及び診断方法  
代理人 富田 祥弘  
代理人 富田 祥弘  

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