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審決分類 |
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 A61K 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備 A61K 審判 全部申し立て 2項進歩性 A61K |
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管理番号 | 1377830 |
異議申立番号 | 異議2020-700679 |
総通号数 | 262 |
発行国 | 日本国特許庁(JP) |
公報種別 | 特許決定公報 |
発行日 | 2021-10-29 |
種別 | 異議の決定 |
異議申立日 | 2020-09-10 |
確定日 | 2021-09-13 |
異議申立件数 | 1 |
事件の表示 | 特許第6662970号発明「DPP IVインヒビターの使用」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 |
結論 | 特許第6662970号の請求項1及び2に係る特許を維持する。 |
理由 |
第1 手続の経緯 本件特許(特許第6662970号)に係る特許出願(特願2018-173352号)は、2007年5月3日(パリ条約による優先権主張外国庁受理:2006年5月4日、欧州特許庁(EP))を国際出願日として出願した特願2009-508347号の一部を、平成22年4月26日に新たな特許出願とした特願2010-100899号の一部を、平成27年6月16日に新たな特許出願とした特願2015-121087号の一部を、平成29年3月21日に新たな特許出願とした特願2017-54231号の一部を、平成30年9月18日に新たな特許出願としたものであり、令和2年2月17日に設定の登録(請求項の数:2)がなされ、同年3月11日に特許掲載公報が発行されたものである。 その後、令和2年9月10日に、本件請求項1及び2に係る特許に対し、特許異議申立人 岡田健太郎(以下、「申立人」という。)により、特許異議の申立てがなされ、当審は令和2年11月26日付けで取消理由を通知し、特許権者は令和3年2月26日に意見書を提出し、当審は令和3年4月1日付けで取消理由(決定の予告)を通知し、特許権者は令和3年6月30日に意見書を提出した。 第2 本件各発明及び本件明細書の記載 1 本件各発明 本件特許の請求項1及び2に係る発明は、それぞれ本件特許の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1及び2に記載された事項により特定される以下のとおりのものである。(請求項1、2に係る発明を、それぞれ「本件発明1」、「本件発明2」、まとめて、「本件各発明」ともいう。) 【請求項1】 1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチンまたはその治療的に活性な塩の、心不全の患者におけるタイプ2糖尿病の治療用の薬物の調製のための使用であって、5mgの1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチンが経口的に前記患者に投与される、前記使用。 【請求項2】 1日1回経口投与するための、5mgの用量で1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチンを含む、心不全の患者におけるタイプ2糖尿病を治療するための薬物。 2 本件明細書の記載 下線は合議体による。以下同様。 (1)技術分野 【0001】 本明細書は、生理的な機能障害の治療のため及び潜在的に危険な状態にある患者におけるこのような機能障害の発生リスクを減少させるために選択した、DPP IVインヒビターの使用を記載する。さらに、上記DPP IVインヒビターを他の活性物質と合わせて使用することを記載し、これを用いることにより向上した治療成果が達成できる。これら用途を対応する薬剤の調製のために使用しても良い。 (2)背景技術 【0002】 名称CD26でも知られる酵素DPP-IVは、タンパク質のジペプチドのN末端でプロリン又はアラニングループの開裂を促進するセリンプロテアーゼである。これによりDPP-IVインヒビターは、ペプチドGLP-1を含んだ生物活性ペプチドの血漿レベルに影響し、糖尿病の治療を大いに促進する分子である。 30歳以下の年少者で主に発生するタイプ1の糖尿病は、自己免疫性の疾患として分類される。対応する遺伝傾向を有しかつ種々の要因の影響下で、B-細胞の破壊に続いて膵島炎が起こり、これにより膵臓はもしあったとしても最早多くのインシュリンを製造できなくなる。 【0003】 タイプ2の糖尿病は、自己免疫性疾患としては分類されず、血漿1dl当たり125mgのグルコースを超える空腹時血糖レベルで現れる;血液グルコース値の測定は、通常の医療解析における標準的な方法である。空腹時血糖レベルが血漿1dl当たり99mgグルコースの最大通常レベルを超えるが、糖尿病に関係する血漿1dl当たり125mgのグルコースの閾値を超えない場合、前糖尿病が疑われる。これは病的な空腹時グルコース(障害のある空腹時グルコース)とも言われる。前糖尿病の他の兆候は、耐糖能の障害、即ち経口の耐糖能試験に従って空の胃袋に75mgのグルコースを摂取した後2時間の血漿1dl当たり140-199mgのグルコースの血糖レベルである。 耐糖能試験を行った場合、糖尿病患者の血糖レベルは、75gのグルコースが空の胃袋に摂取された後2時間の血漿1dl当たり199mgのグルコースを超えるであろう。耐糖能試験において、75gのグルコースが10-12時間の絶食後に試験される患者に対して経口投与され、血糖レベルがグルコースを摂取する直前、摂取した1及び2時間後に記録される。健康な患者において、血糖レベルはグルコース摂取前の血漿1dl当たり60から99mg、摂取後1時間の血漿1dl当たり200mg以下、2時間後の血漿1dl当たり140mg以下であろう。2時間後の値が140から199mgである場合、これは異常な耐糖能又はいくつかの場合において耐糖能障害として見なされる。 【0004】 糖尿病の治療の観察において、HbA1c値、ヘモグロビンB鎖の非酵素的なグリケーション(glycation)の生成物は非常に重要なものである。その構造は実質的に血糖レベルと赤血球の寿命に依存するため、“血糖値の記憶(blood sugar memory)”と言う意味のHbA1cは4-12週間前の平均血糖レベルを反映する。そのHbA1cレベルが長期間に亘りより集中的な糖尿病治療によって良好に制御された(即ち6.5より低い試料中の合計ヘモグロビン)糖尿病の患者は、糖尿病性の細小血管障害から顕著により良好に守られる。糖尿病の有効な治療は、1.0-1.5%のそれらのHbA1cレベルにおける平均的な向上を糖尿病患者に与える事ができる。HbA1Cレベルにおけるこの削減は、全ての糖尿病患者を望まれる目標範囲<6.5%、好ましくは<6%のHbA1cにするには十分ではない。 インシュリン抵抗性が検出できる場合、これは前糖尿病の複合的な代謝疾患の存在の特に顕著な兆候である。従って、グルコース恒常性を維持するために、ある人は他の人の2-3倍のインシュリンを必要とするかもしれない。インシュリン抵抗性を決定する最も確実な方法は、オイグリセミック高インシュリン血症クランプ試験である。インシュリンとグルコースの割合は、組み合わせられたインシュリン-グルコース導入技術に従って決定される。グルコース吸収が調査されたバックグラウンドポピュレーション(background population)の第一四分位数(WHO定義)よりも低い場合、インシュリン抵抗性であることがわかる。クランプ試験よりも幾分簡単なものは、いわゆる最小のモデルであり、これにおいて静脈の耐糖能試験の間、血液中のインシュリンとグルコース濃度が定期的な間隔で測定され、これらからインシュリン抵抗性が計算される。他の測定方法は数学的なHOMAモデルである。インシュリン抵抗性は空腹時の血漿グルコース濃度及び空腹時のインシュリン濃度を用いて計算される。この方法において、肝臓のインシュリン抵抗性と末梢のインシュリン抵抗性を区別できない。これら方法は日々行うインシュリン抵抗性の評価のためにはあまり適切ではない。一般に、他のパラメーターが毎日の臨床業務においてインシュリン抵抗性を評価するために使用される。好ましくは、患者のトリグリセリド濃度が使用され、例えば増加したトリグリセリドレベルはインシュリン抵抗性の存在と著しく相互に関係する。 【0005】 少し簡単にするために、これらが以下の特性の少なくとも2つを有する場合、実際に人はインシュリン抵抗性であると推測される: 1)太りすぎ又は肥満 2)高血圧 3)異常脂質血症(血液中の合計脂質の異常な含有量) 4)異常な耐糖能又はタイプ2の糖尿病であると診断された者の少なくとも一人の近親血縁者。 太りすぎはこの場合、肥満度指数(BMI)が25から30kg/m^(2)であることを意味し、BMIは体重(kg)と身長(m)の2乗の商である。顕性肥満において、BMIは30 kg/m^(2)以上である。 インシュリン抵抗性の上記定義から、特に高血圧が患者に見出される場合、血圧降下剤がその治療に対して適切かつ望ましいことがすぐにわかる。 【0006】 糖尿病患者の同様の指標は、メタボリックシンドロームに関する条件を満たすかどうかであり、この指標の主な特徴がインシュリン抵抗性である。ATP IHINCEPガイドライン(Executive Summary of the Third Report of the National Cholesterol Education Program (NCEP) in the Journal of the American Medical Association 285:2486-2497, 2001)によると、メタボリックシンドロームは患者が以下の特徴の少なくとも3つを有する場合に存在する: 1)男性における>40インチ又は102cm及び女性における>35インチ又は94cmのウェスト測定として定義される腹部の肥満 2)トリグリセリドレベル>150mg/dl 3)男性におけるHDLコレステロールレベル<40mg/dl 4)>130/>85mmHgの高血圧 5)>110mg/dlの空腹時の血糖値 【0007】 メタボリックシンドロームのこの定義は、特に患者が高血圧を有することがわかった場合、血圧降下がメタボリックシンドロームを治療するために適切であることを直ちに示す。 150mg/dlより高いトリグリセリド血液レベルも、前糖尿病の存在を示す。この疑念はHDLコレステロールに対する低い血液レベルにより確認される。女性において血漿1dl当たり55mgより少ないレベルが過剰に低いと認識されるのに対して、男性において血漿1dl当たり45mgよりも低いレベルが過度に低いと認識される。血液中のトリグリセリド及びHDLコレステロールが、医療解析における標準的な方法により決定でき、例えばThomas L (Editor): "Labor und Diagnose“, TH-Books Verlagsgesellschaft mbH, Frankfurt/Main, 2000で記載される。空腹時の血糖レベルが血漿1dl当たり99mgのグルコースを超える場合に、前糖尿病の疑念が更に確認される。 用語妊娠性糖尿病(妊娠性糖尿病)は、妊娠の間に発生する糖の疾患の形態を意味し、通常誕生後にすぐに終わる。妊娠性糖尿病は、妊娠の24週から28週目に行うスクリーニング試験により診断される。これは通常、血糖レベルが50gのグルコース溶液の投与後1時間で測定される単純な試験である。この1時間のレベルが140mg/dlより高い場合、妊娠性糖尿病が疑われる。最終的な確認は、75gのグルコースで標準的な耐糖能試験により得られる。 【0008】 高血糖は、過度に高いグルコースレベルが空腹状態(<100mg/dlの通常のレベルと比較した、100-125mg/dlの増加したグルコースレベル又は>125mg/dlの糖尿病-高血糖レベル)か又は空腹ではない状態(>180mg/dlの上昇したグルコースレベル)における血液で測定される機能障害を表す。 アドレナリン作動性の食後の症状(adrenergic postprandial syndrome)(反応性低血糖症)により、臨床医学者は、偏って高いインシュリンレベルが、急速に消化された炭化水素と食後に残存する高いインシュリンレベルの間の不均衡により起こる血糖レベル(低血糖症)の低下を招く機能障害を意味する。 用語糖尿病性足病変は、糖尿病により起こる足の障害をいい、その主な原因は不十分な代謝制御に陥る多発性神経障害である。糖尿病性足病変は、糖尿病の現存するケースにおける典型的な障害(例えば潰瘍)の発生により診断される。 用語糖尿病により誘発される潰瘍(diabetes-associated ulcer)は、糖尿病に罹患した患者における潰瘍性の炎症性の皮膚の異常である。糖尿病により誘発される潰瘍は、典型的な既往歴及び健康診断(例えば足の検査)により診断される。 【0009】 糖尿病患者がHDLコレステロールの減少を伴うか又は伴わずに、合計コレステロールの増加、又はより典型的には糖尿病性高脂血症において、血漿トリグリセリドの増加に苦しめられる場合に、用語糖尿病性高脂血症が使用される。 合計コレステロールは上昇しないが、HDLコレステロールとLDLコレステロールの分布が変わる、即ち患者のHDLコレステロールレベルが過度に低い(例えば女性の<55mg/dl、及び男性の<45mg/dl)場合に、用語糖尿病性異常脂質血症が使用される。 患者の症状か又は客観的所見が、心臓が必要な放出拍出量(ejection output)を達成できなくなる事を示す場合、用語心不全が使用される。自覚症状は、例えばストレス下で又は休息時での呼吸困難であろう。客観的所見は、超音波による心臓の減少した放出拍出量(減少した放出容積)、X線による肺の鬱血、及び/又は歩ける距離の減少を含む。 いくつかの選択したDDP IVインヒビターは、特に前糖尿病、耐糖能障害(障害のある耐糖能)、病的な空腹時グルコース(障害のある空腹時グルコース)、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1の糖尿病(膵臓からのインシュリンの残りの分泌を維持するための)、妊娠性糖尿病(妊娠性糖尿病)、高血糖症、アドレナリン作動性の食後の症状(反応性低血糖症)又は心不全から選択される医学的又は生理学的な機能障害であると診断された患者の治療上の処置のための薬物の調製に特に適している。 【0010】 これらの薬物は、治療にかかわらず患者が障害のあるグルコース代謝、上昇したHbA1c値、障害のある空腹時グルコース値、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症又は糖尿病性異常脂質血症に罹患するであろうこと、及び治療にかかわらずインシュリン治療が必要となるか又は大血管性の合併症を起こすことのリスクを減少させるためにも使用されるであろう。 この種の大きな血管の合併症の例は、心筋梗塞、急性冠症候群、不安定狭心症、安定狭心症、出血性又は虚血性脳卒中、末梢動脈閉塞障害(peripheral arterial occlusive disease)、心筋症、左心不全、右心不全、全心不全(global heart insufficiency)、心拍障害及び血管再狭窄である。これらの大血管性の合併症は当業者に知られており、及び標準的なテキストに詳細に記載されている。 更に前記物質は、ランゲルハンス島又はβ細胞を移植した後の細胞の活力及び分泌の能力を向上させ、それにより移植後の好ましい結果を確実とするために適切である。前記物質は、特定された物質を従来の単離又は貯蔵媒体に適切な濃度の1nmol/lから1μmol/l、好ましくは1nmol/lから100nmol/lの濃度で添加することにより、ランゲルハンス島又はβ細胞の単離及び移植相の間使用しても良い。これは移植される材料の品質における改良をもたらす。品質における改良は、特に添加された量、好ましくは1-100nmol/lの濃度のGLP-1(グルカゴン様ペプチド1)と組み合わせて得られる。対応する単離又は貯蔵媒体、及び使用する媒体に対してDPP IVインヒビターを添加することによるランゲルハンス島又はβ細胞の活力及び分泌能力を向上する対応した方法が、本発明のさらなる目的である。 (3)発明が解決しようとする課題 【0011】 生理的な機能障害の治療のため及び潜在的に危険な状態にある患者における機能障害の発生リスクを減少させるために選択した、DPP IVインヒビターの使用を記載する。 対応する単離又は貯蔵媒体、及び使用する媒体に対してDPP IVインヒビターを添加することによるランゲルハンス島又はβ細胞の活力及び分泌能力を向上する対応した方法が、本発明のさらなる目的である。 (4)DPP IVインヒビター 【0013】 特に好ましいDPP IVインヒビターは、以下の化合物及びこれらの治療的に活性な塩である: ・1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン(cf. WO 2004/018468, Example 2(142)) 【化3】 ![]() 【0017】 これらのDDP IVインヒビターは構造的に類似するDPP IVインヒビターから区別され、それはこれらが好ましい薬理学的な特性、レセプター選択性及び好ましい副作用特性と優秀な効能及び長く持続する効果を組み合わせ、又は他の医薬活性物質と組み合わせた場合に予想外の治療の利点又は改良をもたらすためである。これらの調製は記載した公報に開示されている。 異なる代謝機能障害は多くの場合同時に発生するため、多くの異なる活性原理の組み合わせがかなり頻繁に現れる。従って、診断された機能障害によって、DPP IVインヒビターを他の高糖尿病物質から選択した活性物質、特に血液中の血糖レベル又は脂質レベルを低下させ、血液中のHDLレベルを上げ、血圧を下げ又はアテローム性動脈硬化又は肥満の治療で指示される活性物質と組み合わせた場合、改良した治療の結果が得られるであろう。 【0018】 DPP IVインヒビターの要求される投与量は、静脈投与される場合は0.1mgから10mg、好ましくは0.25mgから5mgであり、経口投与される場合は0.5mgから100mg、好ましくは2.5mgから50mgであり、各場合において一日1?4回投与される。この目的のため、化合物、任意で他の活性物質と組み合わせても良い化合物は、1以上の不活性な通常のキャリアー及び/又は希釈剤、例えばトウモロコシデンプン、ラクトース、グルコース、微結晶セルロース、ステアリン酸マグネシウム、ポリビニルピロリドン、クエン酸、酒石酸、水、水/エタノール、水/グリセロール、水/ソルビトール、水/ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、セチルステアリルアルコール、カルボキシメチルセルロース又は脂肪物質、例えば固い脂肪又はこれらの適切な混合物と合わせて処方して、従来のガレヌス製剤、例えば錠剤、被覆錠剤、カプセル、粉末、懸濁液又は坐剤を形成しても良い。 従って、本発明のDPP IVインヒビターは、先行技術に記載されたような許容された製剤賦形剤を用いて当業者により処方される。このような賦形剤の例は、希釈剤、結合剤、キャリアー、フィラー、滑剤、流動剤(flow agent)、血漿抑制剤、錠剤分解物質、可溶化剤、着色剤、pH調整剤、界面活性剤及び乳化剤である。 (5)具体的実施態様 【0036】 本発明の具体的実施態様をいくつか以下に例示する。 〔1〕式(I)又は式(II)のDPP IVインヒビター及びその1の塩の使用であって; ・・・ 前糖尿病、耐糖能障害、病的な空腹時グルコース、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1糖尿病、妊娠性糖尿病、高血糖症、アドレナリン作動性の食後の症状及び心不全から選択される生理的な機能障害であると診断された患者を治療処理するため、又は移植されたランゲルハンス島又はβ細胞を有する患者を治療処理するための薬物を調製するための使用。 〔2〕式(I)又は式(II)のDPP IVインヒビター及びその1の塩の前糖尿病又は顕性タイプ2糖尿病であると診断された患者の治療のための薬物を調製するための使用であって; ・・・ 医薬組成物を用いることによって、治療にかかわらず障害のあるグルコース代謝、治療にかかわらず上昇したHbA1c値、治療にかかわらず障害のある空腹時グルコース値、インシュリン治療の必要性、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症又は大血管性の合併症のリスクを減少させることを特徴とする使用。 〔3〕大血管性の合併症が、心筋梗塞、急性冠症候群、不安定狭心症、安定狭心症、出血性又は虚血性脳卒中、末梢動脈閉塞障害(peripheral arterial occlusive disease)、心筋症、左心不全、右心不全、全心不全(global heart insufficiency)、心拍障害及び血管再狭窄から選択される、前記〔2〕に記載の使用。 〔4〕医薬組成物を、前糖尿病、耐糖能障害又は病的な空腹時グルコースであると診断された患者の治療処理のために使用することを特徴とする、前記〔1〕の使用。 〔5〕医薬組成物を、糖尿病性高脂血症又は糖尿病性異常脂質血症であると診断された患者の治療処理のために使用する、前記〔1〕に記載の使用。 〔6〕医薬組成物を、妊娠性糖尿病の治療処理のために使用する、前記〔1〕に記載の使用。 〔7〕医薬組成物を、高血糖症又はアドレナリン作動性の食後の症状を治療処理するために使用する、前記〔1〕に記載の使用。 〔8〕医薬組成物を、心不全の治療処理のために使用する、前記〔1〕に記載の使用。 〔9〕医薬組成物を用いることによって、HbA1c値のさらなる上昇、空腹時グルコースの悪化及びインシュリン治療に対する要求のリスクを削減させる、前記〔2〕に記載の使用。 〔10〕式(I)又は式(II)のDPP IVインヒビター及びその1の塩の使用であって; ・・・ 他の抗糖尿病薬;血糖レベルを下げる活性物質;血液中の脂質レベルを下げる活性物質;血液中のHDLレベルを上昇させる活性物質;血圧を下げる活性物質;アテローム性動脈硬化又は肥満の治療において適応とされる活性物質から選択される活性物質との薬物の組み合わせを調製するための使用。 〔11〕DPP IVインヒビターと他の抗糖尿病薬又は血圧を低下させる活性物質の薬物の組み合わせを調製する、前記〔10〕に記載の使用。 〔12〕DPP IVインヒビターとメトホルミン、ミグリトール、アトルバスタチン、バルサルタン又はテルミサルタンの薬物の組み合わせを調製する、前記〔10〕に記載の使用。 〔13〕薬物の組み合わせを、前糖尿病、耐糖能障害、病的な空腹時グルコース、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1糖尿病、妊娠性糖尿病、心不全、高血糖症及びアドレナリン作動性の食後の症状から選択される生理的な機能障害であると診断された患者を治療処理するために使用する、前記〔10〕に記載の使用。 〔14〕媒体が、ランゲルハンス島又はβ細胞の活力及び分泌能力を向上するために1nmol/lから1μl/lのDPP IVインヒビターを含む、ランゲルハンス島又はβ細胞用の単離又は貯蔵媒体。 〔15〕DPP IVインヒビター及びその1の塩の構造が式(I)又は式(II)で記載される前記〔14〕の媒体; ・・・ 〔16〕ランゲルハンス島又はβ細胞の単離及び移植相の間、DPP IVインヒビターを1nmol/lから1μmol/lの濃度で単離及び貯蔵媒体に添加する、ランゲルハンス島又はβ細胞の活力及び分泌能力を向上する方法。 〔17〕患者が前糖尿病、耐糖能障害、病的な空腹時グルコース、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1糖尿病、妊娠性糖尿病、心不全、高血糖症及びアドレナリン作動性の食後の症状から選択された生理的な機能障害であると診断されていることを特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた患者の治療方法又は移植されたランゲルハンス島又はβ細胞を有する患者の治療方法。 〔18〕治療が、治療にかかわらず障害のあるグルコース代謝、治療にかかわらず上昇したHbA1c値、治療にかかわらず障害のある空腹時グルコース値、インシュリン治療の必要性、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症又は大血管性の合併症のリスクを削減する事を特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた前糖尿病又はタイプ2糖尿病患者の治療方法。 〔19〕患者が心不全に罹患していることを特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた患者の治療方法。 (6)実施例 【0039】 実施例3: タイプ2糖尿病の治療 グルコース代謝状況(glucose metabolic situation)における急速な改善の発生に加えて、本発明の活性物質を用いたタイプ2糖尿病に罹患した患者の治療は長期間の代謝状況における悪化を防ぐ。これは、長期間、例えば1-6年の間本発明の活性物質又は本発明の活性物質の組み合わせで患者を治療し、次いで他の抗糖尿病薬で治療した患者と比較することで観察できる。空腹時グルコース及び/又はHbA1c値における増加が無いか又はほんのわずかに増加したことが観察される場合、他の抗糖尿病薬で治療した患者と比較して治療が成功したことの証拠が存在する。他の薬物で治療された患者と比較して、本発明の活性物質又は本発明の活性物質の組み合わせで治療された患者の顕著により少ないパーセンテージが、グルコース代謝ポジション(glucose metabolic position)における、付加的な経口の抗糖尿病薬を用いて、又はインシュリンを用いて、又はインシュリン類似体を用いて、又は他の抗糖尿病薬(例えばGLP-1類似体)を用いた治療が指示されるポイントへの悪化(例えばHbA1c値を>6.5%又は>7%まで増加させること)に耐える場合に、治療の成功のさらなる証拠が得られる。 【0045】 実施例9: 微小血管又は大血管性の合併症の予防 本発明の活性物質又は本発明の活性物質の組み合わせを用いたタイプ2糖尿病又は前糖尿病患者の治療は、微小血管の合併症(例えば、糖尿病性神経障害、糖尿病性網膜症、糖尿病性ネフロパチー、糖尿病性足病変、糖尿病性潰瘍)又は大血管性の合併症(例えば、心筋梗塞、急性冠症候群、不安定狭心症、安定狭心症、脳卒中、末梢動脈閉塞障害、心筋ミオパチー、心不全、心拍障害、血管再狭窄)を予防し又は減少させる。タイプ2糖尿病又は前糖尿病に罹患した患者は、長期間、例えば1-6年間、本発明の活性物質又は本発明の活性物質の組み合わせを用いて治療され、及び他の抗糖尿病薬又はプラセボを用いて治療された患者と比較される。他の抗糖尿病薬又はプラセボを用いて治療された患者と比較した治療の成功の証拠は、より少ない数の単一若しくは多数の合併症において見いだす事ができる。大血管性の事象、糖尿病性足病変及び/又は糖尿病性潰瘍の場合において、数は既往歴及び種々の試験方法によりカウントされる。糖尿病性網膜症の場合において、治療の成功は、コンピューター制御された照明及び眼のバックグラウンドの評価又は他の眼科の方法により決定される。糖尿病性神経障害の場合において、既往歴及び臨床試験に加えて、神経伝導速度を例えばキャリブレーティッドチューニングフォーク(calibrated tuning fork)を用いて測定できる。糖尿病性ネフロパチーについては、以下のパラメーターを試験の開始時、試験の間及び試験後に調査しても良い;アルブミンの分泌、クレアチニンの浄化値、血清クレアチニン値、血清クレアチニン値が2倍になるまで要する時間、透析が必要とされるまでに要する時間。 【0047】 実施例11: DPP IVインヒビターフィルム被覆錠剤 顆粒化溶液を調製するため、コポビドンを精製水に室温で溶解させる。DPP IVインヒビター、マンニトール、α化デンプン及びトウモロコシデンプンを適切なミキサー中で混合し、プレミックスを調製する。プレミックスを顆粒化溶液で湿らせ、次いで高い剪断速度のミキサー中で顆粒化させる。湿らせた顆粒を1.6mmメッシュサイズのふるいを通してふるいにかける。顆粒を、2-4%の乾燥値における損失が得られるまで、流動床乾燥器で約60℃で乾燥させる。最終的な混合物を圧縮して、錠剤コアを形成する。 適切なミキサー中で、ヒドロキシプロピルメチル-セルロース、ポリエチレングリコール、タルク、二酸化チタン及び酸化鉄を室温で精製水中に懸濁させ、錠剤コーティングのための懸濁液を調製する。錠剤コアを、3%の質量増加が得られるまでこの懸濁液で被覆させる。例えば、以下の錠剤組成物がこの方法で得られるであろう; 【0048】 【表1】 ![]() 【0055】 実施例18: 心不全に罹患した患者におけるDPP IVインヒビター-BNP/BNP誘導ペプチド又はBNP融合ペプチドの組み合わせた治療 急性心不全に罹患した患者を治療するため、本発明のDPP IVインヒビターを、遊離した組み合わせか又は錠剤中に固定した組み合わせで、心不全に好ましく影響する物質と組み合わせても良い。DPP IVインヒビターの治療効量(例えば0.1から100mgの投与量)を、異なる投与量のACE-インヒビター(例えば2.5mgから15mgラミプリル)、AT1-レセプター-アンタゴニスト(例えば、20mgから160mgテルミサルタン)、βブロッカー(例えば50mgから200mgメトプロロール)、組み合わせたα/βブロッカー(例えば、3.25mgから100mgカルベジロール)、利尿薬(例えば12.5mgから25mgヒドロクロロチアジド)、ミネラルオコルチコイドレセプターアンタゴニスト(例えば25mgから100mgエプレレノン;及び/又はB-タイプナトリウム利尿ペプチド(BNP)(例えば、0.01μg/kg/minネシリチドに続くボーラスとしての2μg/kg))、BNP誘導ペプチド又はBNP融合生成物と組み合わせても良い。BNPとDPP IVインヒビターの組み合わせは、インビボにおけるフルレングスのBNP(1-32)のより高い濃度をもたらす。このような特定の組み合わせの臨床効果は、臨床試験で試験できる。治療は1日から6年継続する。組み合わせが急性心不全の治療において有効であることの証拠は、他の治療と比較して組み合わせが臨床状況において顕著な向上(より高い心臓の放出拍出量及び/又は肺の鬱血の逆転、及び/又は肺動脈楔入圧の逆転及び/又は急性心不全で起こる死亡の減少)をもたらす事実において見出すことができる。 【0056】 実施例19: 心不全に罹患した患者におけるDPP IVインヒビターを用いた治療 本発明のDPP IVインヒビターは慢性心不全に罹患した患者を治療するために使用しても良い。この治療は、インビボにおいて内生のフルレングスのBNP(1-32)のより高い濃度をもたらす。この治療の臨床効果は、臨床試験で試験される。治療は2週間から6年継続する。組み合わせが慢性心不全の治療に効果的であることの証拠は、本発明のDPP IVインヒビターが、異なる治療又はプラセボと比較して臨床状態において顕著な向上(少ない頻度の急性心不全を原因とする入院、より長い距離を歩く能力、エルゴメトリックス(ergometrics)におけるより高い耐負荷性、より高い心臓の放出拍出量及び/又は肺の鬱血及び/又は心不全で起こる死亡の減少)をもたらすことの事実において見出すことができる。 (7)本件各発明の特徴 上記(1)?(6)の記載から、本件各発明の特徴は以下のとおりである。 ア 生理的な機能障害の治療のため及び潜在的に危険な状態にある患者におけるこのような機能障害の発生リスクを減少させるために選択した、DPP IVインヒビターの使用に関する。(【0001】) イ 酵素DPP-IVは、タンパク質のジペプチドのN末端でプロリン又はアラニングループの開裂を促進するセリンプロテアーゼである。これによりDPP-IVインヒビターは、ペプチドGLP-1を含んだ生物活性ペプチドの血漿レベルに影響し、糖尿病の治療を大いに促進する分子である。(【0002】) ウ いくつかの選択したDPP IVインヒビターは、心不全から選択される医学的又は生理学的な機能障害であると診断された患者の治療上の処置のための薬物の調製に特に適している。 これらの薬物は、治療にかかわらず大血管性の合併症を起こすことのリスクを減少させるためにも使用されるであろう。 この種の大きな血管の合併症の例は、左心不全、右心不全、全心不全である。これらの大血管性の合併症は当業者に知られており、及び標準的なテキストに詳細に記載されている。(【0009】、【0010】) エ 生理的な機能障害の治療のため及び潜在的に危険な状態にある患者における機能障害の発生リスクを減少させるために選択した、DPP IVインヒビターの使用を課題とする。(【0011】) オ 特に好ましいDPP IVインヒビターは、以下の化合物及びこれらの治療的に活性な塩である: ・1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン(【0013】) カ これらのDPP IVインヒビターは構造的に類似するDPP IVインヒビターから区別され、それはこれらが好ましい薬理学的な特性、レセプター選択性及び好ましい副作用特性と優秀な効能及び長く持続する効果を組み合わせ、又は他の医薬活性物質と組み合わせた場合に予想外の治療の利点又は改良をもたらすためである。(【0017】) 第3 当審が通知した取消理由の概要 当審が令和3年4月1日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)の概要は、以下のとおりである。 (進歩性:甲2の2に記載された発明を主引用発明)本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の引用文献に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件の請求項1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきものである。 <引用文献一覧> 申立人が証拠方法として提出した各甲号証を、それぞれ「甲1(の1)」等と表記する。 甲2の2:特表2006-503013号公報(平成18年1月26日公表、取消理由(決定の予告)の引用文献一覧の1) 甲5:日薬理誌、2005年、125巻、6号、379?384頁、https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/125/6/125_6_379/_article/-char/ja/(取消理由(決定の予告)の引用文献一覧の2) 文献A:Diabetes Care, 2003, Vol.26, No.8, p.2433-2441(当審が職権で提示した文献であって、甲3の「文献」欄に「5)」と記載された文献。取消理由(決定の予告)の引用文献一覧の3) 第4 取消理由についての当審判断 1 引用文献の記載について (1)甲2の2には、以下の事項が記載されている。 ア 「本発明は、以下の一般式Iで表される新規な置換されたキサンチン: ![]() その互変異性体、立体異性体、混合物、プロドラッグおよびその塩、特に無機または有機の酸または塩基との生理的に許容される塩に係り、これらは特に、酵素:ジペプチジルペプチダーゼ-IV(DPP-IV)の活性に及ぼす阻害作用を含む、薬理的に有益な諸特性を持ち、またこれらの製造、高いDPP-IV活性と関連した、またはこのDPP-IV活性を減じることによって、予防もしくは軽減できる疾患または状態、特にタイプIまたはタイプII真性糖尿病を予防もしくは治療するためのその使用、一般式(I)の化合物またはその生理的に許容されるその塩を含む薬理組成物並びにその製法に関するものである。・・・」(【0001】?【0003】) イ 「既に上で述べたように、本発明による一般式Iの化合物および生理的に許容されるその塩は、有益な薬理的諸特性、特に酵素DPP-IVに対する阻害作用を持つ。 これら新規化合物の生物学的特性は、以下のようにして検討した: これら物質およびその対応する塩の、DPP-IV活性を阻害する能力は、ヒト結腸癌細胞系Caco-2の抽出液を、該DPP-IV源として使用する、設定されたテストによって立証できる。DPP-IV発現を誘発するために、該細胞の分化を、「腸管細胞系Caco-2の高められた発現(Increased expression of intestinal cell line Caco-2)」と題する、Reiher等の論文(Proc. Natl. Acad. Sci., 1993, 90: 5757-5761)に記載されたように実施した。該細胞抽出液は、バッファー(10mM Tris-HCl、0.15mMのNaCl、0.04t.i.u.のアプロチニン、0.5%のノニデット(Nonidet)-P40、pH8.0)中に可溶化された細胞から、4℃にて30分間、35,000gにて遠心分離処理することにより得た。 このDPP-IVアッセイは、以下のようにして行った: 最終濃度100μMの、50μlの基質溶液(AFC;AFCは、アミド-4-トリフルオロメチルクマリンである)を、黒色のマイクロタイタープレートに入れた。20μlのアッセイバッファー(夫々最終濃度50mMのTris-HCl、pH7.8、50mMのNaCl、1%のDMSO)を、ピペットで秤取り、これに加えた。この反応は、30μlの可溶化したCaco-2タンパク(最終濃度:ウエル当たり、0.14μgのタンパク)を添加することにより開始させた。検討すべきテスト物質は、典型的には予め希釈して20μlとして添加したが、結果としてアッセイバッファーの体積を、それに応じて減らした。この反応は、周囲温度にて60分間インキュベートすることにより行った。次いで、蛍光を、ビクター1420マルチラベルカウンタ(Victor 1420 Multilabel Counter)を用いて、励起波長405nmおよび発光波長535nmにて測定した。ブランクの読み(活性0%に相当)を、如何なるCaco-2タンパクも含まない、混合物(所定体積をアッセイバッファーで置換)について得、コントロール値(活性100%に相当)は、物質を全く添加してない混合物について得た。IC_(50)値で表した、問題とするテスト物質の能力は、各場合に対して11個の測定点からなる用量/活性曲線から算出した。 【表1】 ![]() 本発明によって製造される化合物は、例えば実施例2(80)の化合物10mg/kgを経口経路でラットに投与した場合に、この動物における如何なる挙動変化も検出されなかったことから、十分に許容性をもつものである。 これら化合物のDPP-IV活性を阻害する能力から、本発明による一般式Iの化合物および対応する製薬上許容されるその塩は、該DPP-IV活性の阻害によって影響される可能性のある全てのこれら状態または疾病を治療するのに適したものである。従って、本発明の化合物は、疾患または状態、例えばタイプIおよびタイプII真性糖尿病、糖尿病性合併症(例えば、網膜症、ネフロパシーまたはニューロパシー)、代謝性アシドーシスまたはケトーシス、反応性低血糖、インシュリン耐性、代謝性症候群(metabolic syndrome)、様々な器官の脂肪異常(dyslipidaemias)、関節炎、アテローム性動脈硬化症および関連疾患、肥満、同種移植片移植およびカルシトニン-誘発性オステオポローシスの予防並びに治療のために適したものであると予想される。」(【0037】-【0040】) 「このような効果を達成するのに必要な用量は、静脈内経路による場合、便宜上1?100mgなる範囲、好ましくは1?30mgなる範囲、また経口経路による場合には、1?1000mgなる範囲、好ましくは1?100mgなる範囲であり、何れの場合にも1日当たり1?4回投与する。」(【0043】) ウ 「最終的な化合物の製造: ・・・ 以下の化合物を、実施例2と同様にして得る: (1)・・・」(【0151】、【0152】) 「(142)1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン(塩化メチレン中で、5-6Mのイソプロパノール性塩酸を使用して実施):融点:198-202℃;マススペクトル(ESI^(+)):m/z=473[M+H]^(+) ・・・」(【0178】) (2)甲5には、以下の事項が記載されている。 ア 「インクレチンは,栄養素の刺激により腸管から分泌され,膵β細胞でのグルコース刺激によるインスリン分泌を増強させるホルモンの総称である.その中で,血糖調節因子として最も注目されているのが,グルカゴン様ペプチド-1(glucagon-like peptide-1,GLP-1;GLP-1(7-36)amideあるいはGLP-1(7-37))である.GLP-1は腸管に存在するL細胞から分泌されるが,速やかにジペプチジルペプチダーゼ-IV(dipeptidyl peptidase-IV,DPP-IV)により不活化される.GLP-1は,グルコース依存的なインスリン分泌の亢進ばかりではなく,グルカゴンの分泌抑制,胃排泄の抑制,膵β細胞の保護および増殖作用にも関与する.さらに,視床下部に作用して摂食を抑制し,結果として体重増加を抑制する.これら一連の作用は,2型糖尿病の治療において非常に望ましい.そのため,GLP-1作用増強をターゲットとした創薬は,次世代の2型糖尿病治療薬として注目されている.中でも,内因性GLP-1の半減期を延長させ,GLP-1作用増強を狙ったDPP-IV阻害薬の臨床開発が多くの製薬メーカーによって実施されている.最近,DPP-IV阻害薬であるLAF237が,忍容性および安全性に優れ,2型糖尿病患者の空腹時血糖および食後高血糖を改善させることが報告された.以上のことより,DPP-IV阻害薬は,GLP-1の多様な作用をもたらす新しいタイプの経口糖尿病治療薬として期待されている.」(要約) イ 「GLP-1は生体内では,速やかにジペプチジルペプチダーゼ-IV(dipeptidyl peptidase-IV,DPP-IV)により不活化される(血中半減期は1分以下).このため,GLP-1作用増強に基づく2型糖尿病治療薬の開発ストラテジーとしては,○1持続的なGLP-1注入,○2DPP-IV耐性GLP-1アナログ,○3DPP-IV阻害薬の3つが候補として考えられる.○1および○2の方法は,臨床において2型糖尿病治療薬としての有用性が明らかにされているが,ペプチド製剤であるので,その投与経路は皮下あるいは静脈内投与に限定される.一方,○3のDPP-IV阻害薬は,経口投与によるGLP-1作用の増強を可能にする.DPP-IV阻害薬は,食事摂取により分泌されるGLP-1の作用増強を介してグルコース濃度依存的なインスリン分泌を亢進するため,低血糖などの副作用を引き起こすリスクも低く,食後の高血糖管理の上では理想的な薬剤になりうると考えられる.本稿では,GLP-1の薬理作用と2型糖尿病治療薬としてのDPP-IV阻害薬開発の現状とその可能性について概説する.」(379頁右欄下から8行?380頁左欄11行、注:丸数字を表記できないため、○の中に1の丸数字を「○1」のように表記する。) ウ 「4. DPP-IVと糖尿病 DPP-IV欠損マウスやDPP-IV欠損ラットでは,対照動物と比較して,有意な血中GLP-1の増加と良好な耐糖能が観察され,さらに,高脂肪食負荷によるインスリン抵抗性および肥満の進展抑制が認められた(13-15).2型糖尿病患者においては,腸管からのGLP-1分泌の低下が報告されており,GLP-1の作用減弱が2型糖尿病の発症・進展に関与することが示唆されている(2,3).そのため,経口投与によって内因性のGLP-1の増加を可能とするDPP-IV阻害薬は,2型糖尿病の治療に有効なアプローチであると考えられる.これまでに,多くのDPP-IV阻害薬が報告されている(図3). 5. 糖尿病治療薬としてのDPP-IV阻害薬の可能性 5-1. 非臨床試験 P32/98,NVP-DPP728あるいは,valine-pyrrolidideの単回投与によるDPP-IVの阻害は,耐糖能障害モデルであるZucker fa/faラットや高脂肪食負荷マウスの耐糖能を改善する.いずれのモデルにおいても,耐糖能改善に付随してDPP-IV阻害によるGLP-1増加とグルコース依存的なインスリン分泌増強作用が観察されている. 慢性投与実験では,P32/98の12週間投与によって,Zucker fa/faラットの末梢におけるインスリン感受性の亢進,絶食時血糖の低下,膵β細胞のグルコース感受性の亢進がもたらされている(16).さらに,持続的DPP-IV阻害薬であるFE999011を2型糖尿病モデル動物であるZucker Diabetic Fattyラット(6.5週齢)に約4週間投与した実験においては,糖尿病の進展抑制がもたらされた.さらに,血中の遊離脂肪酸や中性脂肪の低下が観察されており,糖代謝のみならず脂質代謝も改善することが示された(17). 一方,2型糖尿病の急速な病態進行および重度の糖尿病に対するDPP-IV阻害薬の有効性には否定的な報告もある.上述したFE999011の場合と異なり,LAF237を6週齢のZucker Diabetic Fattyラットに3週間投与した実験では,初回投与では耐糖能を改善したが,糖尿病が進行した3週間後ではその作用は認められない(18).さらには,valine-pyrrolidideによる耐糖能改善効果は,6週齢のdb/dbマウスでは観察されるが,23週齢においては認められない(19).このように,病態モデル動物を用いたDPP-IV阻害薬の薬効発現には病態の進行度が大きく関与する可能性が示唆された. 5-2. 臨床試験 現在,多くの製薬メーカーが臨床開発を行っている.ノバルティス社の開発したNVP-DPP728は,健康成人において,食後のGLP-1の増加と食後血糖の低下をもたらした(20).さらに,2型糖尿病患者におけるNVP-DPP728の150mg(1日2回)および100mg(1日3回)の4週間投与は,空腹時血糖低下,食後血糖の改善およびHbA1cの低下をもたらした.NVP-DPP728は忍容性もよく,副作用としては,一過性の軽度な掻痒や鼻咽喉炎などであった.体重については変化を認めなかった.この試験において,DPP-IV阻害薬の糖尿病治療における有用性および安全性の高さが初めて明示された(21).その後,ノバルティス社は1日1回服用を可能にするため,NVP-DPP728よりも作用持続の長いLAF237の開発を進めている.2型糖尿病患者におけるLAF237の100mg(1日1回)4週間投与試験では,食後のGLP-1増加,空腹時血糖値の低下,食後血糖値の低下,HbA1c低下およびグルカゴン値の抑制が顕著に認められた.しかし,血糖が低下したにも関わらず,インスリン値の変化は認められなかった.これは,グルカゴン値の低下が糖代謝改善に大きく寄与したことを示唆している.LAF237は,目立った副作用はなく忍容性も優れていた.体重に対する影響は認められなかった(22).メルク社が開発中であるMK-0431については,2型糖尿病患者において,食後のGLP-1増加とインスリン値増加,グルカゴン値の低下および食後高血糖改善効果が報告されている(23).体重に対する作用は,今後の臨床試験の中で明らかになるものと思われる.」(381頁右欄下から2行?383頁左欄17行) エ 「 ![]() 」(図3) オ 「6.結語 DPP-IV阻害薬は、2型糖尿病患者の食後高血糖改善作用、空腹時血糖低下およびHbAlc低下などの優れた糖代謝改善作用を有することが明らかとなりつつある。」(383頁右欄下から10行?下から6行) (3)文献Aには、以下の事項が記載されている。翻訳文は当審による。 ア 「心不全:頻度が高いが、忘れ去られ、時として致死的な、糖尿病の合併症」(表題) イ 「心不全(HF)は、一般的かつ深刻な糖尿病の併発疾患である。・・・ ・・・ 10,000人近くの2型糖尿病患者を対象とした最近の健康維持機構の研究では、その対象の12%がHFを患っていた(2)。・・・さらに、参加時にHFを患っていなかった8,000人を超える糖尿病患者についても、年間3.3%の割合でHFが発症した。」(2433頁左欄1行?右欄3行) 2 DPP-IV阻害剤と2型糖尿病とに関する技術常識について 2005年に発行された甲5には、GLP-1作用増強に基づく2型糖尿病薬の開発ステージとして、○1持続的なGLP-1注入、○2DPP-IV耐性GLP-1アナログ、○3DPP-IV阻害薬の3つが候補として考えられており、○1、○2は臨床において有用性が明らかにされているが、○3についても「新しいタイプ」の2型糖尿病薬として期待されていることが記載されている。 また、甲5には、DPP-IV阻害薬についての具体的な知見として、以下の事項が記載されている。 (i)valine-pyrrolidine、P32/98、NVP-DPP728、LAF237、MK0431等の多くのDPP-IV阻害薬が報告されていること。 (ii)P32/98、NVP-DPP728、valine-pyrrolidine、FE999011について、2型糖尿病動物モデル等を用いて糖尿病の進展抑制がもたらされたこと。 (iii)多くの製薬メーカーが臨床開発を行っており、NVP-DPP728、LAF237、MK0431について、2型糖尿病患者における血糖値の低下等を示したことが報告されていること。 そうすると、甲5の記載によれば、本件特許の優先日(2006年5月4日)又は本件特許の原出願日(2007年5月3日)当時、DPP-IV阻害薬は、「新しいタイプ」の2型糖尿病薬として期待されており、幾つかのDPP-IV阻害薬が、臨床試験においても2型糖尿病薬として有用であることが確認されつつあったことが認められる。 しかしながら、in vitroの実験系においてDPP-IV阻害活性を有する化合物であれば、どのような構造の化合物であっても、直ちに2型糖尿病薬として有用であることが技術常識となっていたといえるに足りる根拠は見いだせない。 3 甲2の2に記載された発明について (1)甲2の2には、一般式Iで表される新規な置換されたキサンチンは、DPP-IV阻害作用を有しており、表1には、一般式Iに含まれる46個の化合物について、in vitroアッセイにおけるDPP-IV阻害活性のIC_(50)値が記載され、実施例2(142)の化合物である「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン」のIC_(50)値は1nMであったことが記載されている(【0037】?【0039】、【0178】)。 また、一般式Iに含まれる、実施例2(142)の化合物とは異なる実施例2(80)の化合物をラットに経口投与した場合に、如何なる挙動変化も検出されなかったことから、実施例2(80)の化合物が十分に許容性をもつものであることが記載されている(【0040】)。 さらに、一般式Iの化合物は、DPP-IV活性の阻害によって影響される可能性のある全てのこれら状態または疾病、例えばタイプI及びタイプII真性糖尿病、糖尿病合併症、様々な器官の脂肪異常、関節炎等の予防並びに治療のために適したものであることが予想されることが記載されている(【0040】)。 そうすると、甲2の2には、実施例2(142)の化合物は、DPP-IV阻害活性を有すること、すなわち、DPP-IV阻害剤であることは記載されていると認められる。 (2)しかしながら、甲2の2には、一般式Iに含まれる、実施例2(142)の化合物とは異なる実施例2(80)の化合物をラットに経口投与した場合に如何なる挙動変化も検出されなかったことから、一般式Iの化合物は十分に許容性をもつ可能性があること、すなわち、単に、安全である可能性が示されているにとどまり、一般式Iの化合物におけるいずれの化合物についても、タイプII真性糖尿病に有効であることを動物モデル等で具体的に確認した結果は記載されていない。 (3)上記2のとおり、本件特許の優先日(2006年5月4日)当時、DPP-IV阻害薬は、「新しいタイプ」の2型糖尿病薬として期待されており、幾つかのDPP-IV阻害薬が、臨床試験においても2型糖尿病薬として有用であることが確認されつつあったことが認められるものの、in vitroの実験系においてDPP-IV阻害活性を有する化合物であれば、どのような構造の化合物であっても、直ちに2型糖尿病薬として有用であることが技術常識となっていたといえない。 (4)そうすると、甲2の2には、実施例2(142)の化合物を含む、タイプII真性糖尿病(当審注:2型糖尿病と同義)の治療又は予防薬が記載されているとはいえない。 (5)したがって、甲2の2には、以下の発明(「甲2発明」という。)が記載されているといえる。 「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)-キサンチン(以下、「化合物A」ということがある。)を含む、DPP-IV阻害剤。」 4 本件発明2と甲2発明との対比及び判断 事案に鑑みて、本件発明1の前に本件発明2を検討する。 (1)本件発明2と甲2発明とを対比するに、両者は化合物Aを含む点で共通しており、前者の「心不全患者におけるタイプ2糖尿病を治療するための薬物」と後者の「DPP-IV阻害剤」とは、「剤」である点で共通する。 そうすると、両者は、 「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン(化合物A)を含む、剤。」 である点で一致する一方、以下の点で相違する。 <相違点> 「剤」が、本件発明2では「1日1回経口投与するための、5mgの用量で化合物Aを含む、心不全の患者におけるタイプ2糖尿病を治療するための薬物」であるのに対し、甲2発明では「DPP-IV阻害剤」であり、患者に対して治療するためのものであることが特定されていない点。 (2)相違点について、以下検討する。 甲2の2(上記1(1))は、DPP-IVに対する阻害作用を持つ化合物Aの阻害活性IC_(50)が1nMであること、一般式Iの化合物はDPP-IV活性の阻害によって影響される可能性のある全てのこれら状態または疾病、例えばタイプII真性糖尿病の予防並びに治療に適したものであることが記載されているが、化合物Aが実際にタイプII糖尿病を治療できたことを示す具体的な試験結果等は記載されていない。 上記2のとおり、本件特許の優先日(2006年5月4日)当時、DPP-IV阻害薬は、「新しいタイプ」の2型糖尿病薬として期待されており、幾つかのDPP-IV阻害薬が、臨床試験においても2型糖尿病薬として有用であることが確認されつつあったことが認められる。 しかしながら、in vitroの実験系においてDPP-IV阻害活性を有する化合物であれば、どのような構造の化合物であっても、直ちに2型糖尿病薬として有用であることが技術常識となっていたといえるに足りる根拠は見いだせない。 そうすると、甲2発明において、DPP-IV阻害剤である化合物Aを、何らの実験も行わずに、タイプ2糖尿病を治療できるものとはいえないし、また、文献A(上記1(3))に記載されるとおり、タイプ2糖尿病患者には心不全を併発した患者も想定されるとしても、「心不全の患者」に、「5mgの用量で」化合物Aを、「1日1回経口投与」することで、糖尿病を治療できることを、当業者が容易に想到することができたとはいえない。 したがって、相違点に係る本件発明2の発明を特定する事項は、当業者が容易に想到することではない。 (3)以上のとおり、本件発明2は、甲2の2に記載された発明、甲5、文献Aに記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 5 本件発明1と甲2発明との対比及び判断 本件発明1と甲2発明とを対比するに、両者は 「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン(化合物A)を含む、剤。」 である点で一致する一方、以下の点で相違する。 <相違点’> 「剤」が、本件発明1では「心不全の患者におけるタイプ2糖尿病の治療用の薬物の調製のための使用であって、5mgの用量の化合物Aが経口的に前記患者に投与される、前記使用」に供されるものであるのに対し、甲2発明は「DPP-IV阻害剤」であり、患者に対して治療するためのものであることが特定されず、その上、薬物の調製のための使用に供されることも特定されていない点。 以下、上記相違点’について検討する。 上記相違点’は、上記相違点と同じ点(甲2発明が「DPP-IV阻害剤」であって、患者に対して治療するためのものであることが特定されないこと)、さらに、甲2発明において薬物の調製のための使用に供されることも特定されていない点をも含むものである。 上記相違点で検討したとおり、甲2発明において、DPP-IV阻害剤である化合物Aを、何らの実験も行わずに、タイプ2糖尿病を治療できるものとはいえないし、また、タイプ2糖尿病患者には心不全を併発した患者も十分想定されるとしても、「心不全の患者」に、「5mg」の化合物Aを「経口的に」投与することで、糖尿病を治療できることを、当業者が容易に想到することができたとはいえないから、甲2発明において薬物の調製のための使用に供されることが特定されていない点を検討するまでもなく、相違点’に係る本件発明1の発明を特定する事項は、当業者が容易に想到することではない。 したがって、本件発明1は、甲2の2に記載された発明、甲5、文献Aに記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 第5 特許異議申立書に記載した申立理由の概略 [申立理由1](進歩性:甲1の1に記載された発明を主引用発明)本件特許の請求項1及び2に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許の請求項1及び2に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第1項第2号に該当し、取り消されるべきものである。 <証拠方法> 甲1の1:History of Changes for Study: NCT00309608, Efficacy and Safety of BI 1356 BS in Combination With Metformin in Patients With type 2 Diabetes, first posted: April 3, 2006, U. S. National Library of Medicine, https://clinicaltrials.gov/ct2/history/NCT00309608?V_1=View 甲1の2:Efficacy and Safety o BI 1356 BS (Linagliptin) in Combination With Metformin in Patients With type 2 Diabetes, U. S. National Library of Medcine, https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT00309608 甲2の1:国際公開第2004/018468号 甲2の2:特表2006-503013号公報 甲3 :糖尿病、2016年、59(8)、550?553頁 甲4の1:本件特許の出願日(2018年9月18日)の特許請求の範囲 甲4の2:令和1年8月29日付け拒絶理由通知書 甲4の3:令和1年12月23日提出意見書 甲4の4:令和1年12月23日提出手続補正書 甲5:日薬理誌、2005年、125巻、6号、379?384頁、https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/125/6/125_6_379/_article/-char/ja/ 甲6:Clinical Study Synopsis for Public Disclosure, https://trials.boehringeringelheim.com/public/trial_results_documents/1218/1218.1_12181U5272COpdf.pdf#page=1(合議体注:前記URLでは表記されないが、「Clinical Study Synopsis for Public Disclosure」で検索、表示可能。) 甲7:トラゼンタ錠 5mg CTD 第2部 資料概要 2.4 非臨床試験の概要、日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社(発行日不明) [申立理由2](実施可能要件)本件特許は、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第1項第4号に該当し、取り消されるべきものである。 [申立理由3](サポート要件)本件特許は、特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第1項第4号に該当し、取り消されるべきものである。 第6 特許異議申立書に記載したその他の申立理由についての当審の判断 1 申立理由1(進歩性)について (1)甲1の1の記載事項及び甲1の1に記載された発明 甲1の1には以下の事項が記載されている。(訳文は申立人による。) ア 「試験の変更履歴: NCT00309608 2型糖尿病患者におけるメトホルミンとの併用によるBI 1356 BSの有効性及び安全性 ClinicalTrials. govの最新バージョン(2014年6月24日)」(1/10頁1?3行) イ 「試験NCT00309608試験 提出日: 2006年3月31日(v1) 試験識別 独自プロトコールID:1218.6 簡略タイトル:2型糖尿病患者におけるメトホルミンとの併用によるBI 1356 BSの有効性及び安全性 公式タイトル:非盲検のグリメピリド治療群を含む、メトホルミン療法にも拘わらず血糖値コントロールが不十分な2型糖尿病患者のアドオン療法としての12週間にわたるBI 1356 BS (1mg、5mg、10mgを1日1 回経口投与)の有効性および安全性を試験する、ランダム化、二重盲検、プラセボ対照群、および5種の並行試験 ・・・ 試験の詳細 概要:本試験の目的は、HbA1cレベルが目標に達していない、2型糖尿病患者において、プラセボ群と比較して、12週間メトホルミンと併用投与されたBI 1356 BSの各用量(1mg、5mg、または10mgを1日1回服用)の有効性、安全性、忍容性を確認することである。さらに、比較のために、メトホルミンのアドオン療法として、グリメピリドを使用した非盲検治療群の試験を含む。本試験では、BI 1356 BSのバイオアベイラビリティーと有効性に係る要因(性別、年齢、体重、人種など)の影響について試験する。 詳細な説明:本ランダム化され、二重盲検、およびプラセボ対照群を含む5つの並行グループの試験では、メトホルミンのアドオン療法として、プラセボ対照群に対し、BI 1356 BSの3種の用量を比較する。さらに、グリメピリドを用いた非盲検の治療群が含まれる。基準を満たす2型糖尿病患者が本試験に組み込まれる予定である。ランダム化治療群は、BI 1356 BSの用量群およびプラセボ群で二重盲検となる(すなわち、各患者は、一種の活性成分による治療、および、他の代替活性成分による治療あるいは3種のプラセボ群にそれぞれ適合する、2種のプラセボ治療を受ける)。 5か国で最大500人までの患者が試験に登録され、375人の患者が無作為に試験治療(各治療グループに75人)に割り付けられ試験が完了する。 試験仮説: プラセボに対するBI 1356 BSによる治療の優位性は、ベースラインからのHbA1cの変化の比較によって評価される。 比較: プラセボ グリメピリド コンディション コンディション:2型糖病 キーワード: 試験デザイン 試験タイプ:介入 主要目的:治療 試験フェーズ:フェーズ2 介人試験モデル:並行割り付け 群数: マスキング:ダブル(マスクされた役割は未指定) 割り当て:ランダム 登録:375 群及び介入 介入の詳細: 薬物:BI 1356 BS 薬物:グリメピリド 評価項目 主要評価項目: 1.本試験の主要評価項目は、ベースラインから12週目までのHbA1cの変化である。 副次的評価項目: 2.副次的評価項目は、ベースラインと比較した12週間の治療後の空腹時血漿グルコースの変化、および絶対的な有効性反応の発生、つまり治療中のHbA1Cが7.0 %以下である。」(4/10頁1行?7/10頁9行) ウ 上記ア、イから、甲1の1には以下の発明(甲1発明)が記載されていると認められる。 「2型糖尿病患者におけるメトホルミンとの併用によるBI 1356 BSの有効性及び安全性を確認するためのフェーズ2試験に供されるBI 1356 BSであって、 前記フェーズ2試験は、2型糖尿病患者に12週間メトホルミンと併用投与されたBI 1356 BSを5mg1日1回経口投与するものである、BI 1356 BS。」 (2)本件発明2と甲1発明との対比及び判断 事案に鑑みて、本件発明1の前に本件発明2を検討する。 本件発明2と甲1発明とを対比すると、本件発明2の化合物Aと甲1発明のBI 1356 BSは化合物という限りにおいて一致するから、 「1日1回経口投与するための、5mgの用量で化合物を含む、タイプ2糖尿病患者に投与するための化合物。」である点で一致するが、以下の点で相違する。 <相違点A> 本件発明2では化合物が「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン」であって「心不全の患者におけるタイプ2糖尿病を治療するための薬物」とされているのに対し、甲1発明では化合物が「BI1356 BS」であって「2型糖尿病患者における有効性及び安全性を確認するためのフェーズ2試験に供される」ものとされている点。 相違点Aについて検討する。 甲1の1は、本件各発明の特許権者であるベーリンガー・インゲルハイム社のBI 1356 BSの臨床試験計画であるが、BI 1356 BSが実際に「心不全患者におけるタイプ2糖尿病の治療薬」として使用できるかは、臨床試験計画の評価項目だけでは不明であり、そもそも、甲1の1には、BI 1356 BSがどのような化合物であるのかが記載されておらず、当然、BI 1356 BSが本件発明2の化合物Aであることは記載されていない。 甲2の2(上記第4の1(1))は、同じく本件各発明の特許権者であるベーリンガー・インゲルハイム社の出願の特表公報であって、一般式Iの化合物はDPP-IV阻害作用があり、タイプII真性糖尿病等の治療に適していることが記載されている。仮に、【0039】の表1の「化合物(実施例番号)」欄において、DPP-IV阻害効果が最高値(IC_(50)[nM]の結果が1)の化合物に着目したとしても、「2(142)」「2(80)」「2(99)」「2(132)」「2(148)」「2(150)」の6つの化合物があり、その他の箇所を検討しても一般式Iの化合物とBI 1356 BSとの関係は記載も示唆もされていない。 甲6は、同じく本件各発明の特許権者であるベーリンガー・インゲルハイム社によるBI 1356 BSのフェーズ1の治験にかかる報告で、報告日は2005年8月17日で公知日は不明であるが、仮に公知日が本件特許の優先日前であるとしても、ここには、健康な男性ボランティアに、BI 1356 BSを含む溶液又は錠剤を投与した際に、血漿中のDPP-IV活性を阻害したことが記載されているにすぎず、BI 1356 BSが本件発明2の化合物Aであるとする手掛かりはない。 以上を踏まえて検討すると、甲1の1の記載からBI 1356 BSが「心不全患者におけるタイプ2糖尿病の治療薬」として使用できるとはいえないし、甲1の1記載のBI 1356 BSが本件発明2の化合物Aであるとすることはできず、また、BI 1356 BSとして本件発明2の化合物Aを想定する動機付けもない。 したがって、甲1発明において、相違点Aに係る本件発明2の発明を特定する事項とすることは、当業者が容易に想到することではない。 (3)本件発明1と甲1発明との対比及び判断 本件発明1と甲1発明とを対比すると、 「5mgの化合物が経口的にタイプ2糖尿病患者に投与される、化合物。」である点で一致するが、以下の点で相違する。 <相違点A’> 本件発明1では化合物が「1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチンまたはその治療的に活性な塩」であって「心不全の患者におけるタイプ2糖尿病の治療用の薬物の調製のための使用」に供されるのに対し、甲1発明では化合物が「BI1356 BS」であって「2型糖尿病患者のフェーズ2試験に供される」ものであり、「薬物の調製のための使用」に供されることは特定されていない点。 以下検討すると、相違点A’は、上記相違点Aと同じ点(甲1発明では化合物が「BI1356 BS」であって「2型糖尿病患者のフェーズ2試験に供される」ものとされていること、さらに、甲1発明において「薬物の調製のための使用」に供されることも特定されていない点を含むものである。 上記相違点Aで検討したとおり、BI 1356 BSが「心不全患者におけるタイプ2糖尿病の治療薬」として使用できるとはいえないし、甲1の1記載のBI 1356 BSが本件発明1の化合物Aであるとすることはできず、また、BI 1356 BSとして本件発明1の化合物Aを想定する動機付けもないから、甲1発明において「薬物の調製のための使用」に供されることが特定されていない点を検討するまでもなく、甲1発明において、相違点A’に係る本件発明1の発明を特定する事項は、当業者が容易に想到することではない。 (4)申立人の主張について、 申立人は、概略、以下のとおり主張している。 ア 本件発明1及び2について 相違点Aに関し、甲2の1はベーリンガー・インゲルハイム社によるII型糖尿病の治療薬である「BI 1356 BS」にかかる治験(フェーズ2)を説明した文献であるところ、「BI 1356 BS」はDPP-IV阻害剤であり(甲6)、DPP-IV阻害剤については、ベーリンガー・インゲルハイム社が物質特許を出願しており、その中で最も効果がある化合物としてリナグリプチンを挙げている(甲2の1、35、36頁表の2(142))。このような状況からすれば、甲1の1記載の「BI 1356 BS」としてリナグリプチンを想定することは極めて容易といえる(最大でも6つの化合物の中からの選択に過ぎない。)。 また、本件特許の出願経過において、リナグリプチンがII型糖尿病に効果があることは明細書に記載するまでもない周知事項であることを前提とする認定がなされている。このことからすれば、ベーリンガー・インゲルハイム社が行う、有望な化合物が対象であるはずのII型糖尿病のフェーズ2の治験対象とされる化合物としてベーリンガー・インゲルハイム社が開発した有望な化合物であるリナグリプチンを想定することは、容易であるといえる。 イ 上記アについて検討すると、上記(2)、(3)のとおり、甲1の1、甲2の1(当審注:甲2の2と同等の内容)、甲6のいずれの記載事項によっても、甲1の1記載のBI 1356 BSが本件発明1及び2の化合物Aであるとすることはできず、BI 1356 BSとして本件発明1及び2の化合物Aを想定する動機付けもない。 したがって、申立人の主張を採用することができない。 (5)以上のとおり、本件発明1及び2は、甲1の1に記載された発明、並びに、甲2の1、甲2の2、甲3、甲4の1、甲4の2及び甲5?7に記載された事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 2 申立理由2(実施可能要件)、申立理由3(サポート要件)について (1)申立理由2(実施可能要件)について ア 本件明細書には、化合物Aと心不全の患者におけるタイプ2糖尿病の治療や用量に関して、以下のとおり記載されている。 (ア)「いくつかの選択したDDP IVインヒビターは、特に前糖尿病、耐糖能障害(障害のある耐糖能)、病的な空腹時グルコース(障害のある空腹時グルコース)、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1の糖尿病(膵臓からのインシュリンの残りの分泌を維持するための)、妊娠性糖尿病(妊娠性糖尿病)、高血糖症、アドレナリン作動性の食後の症状(反応性低血糖症)又は心不全から選択される医学的又は生理学的な機能障害であると診断された患者の治療上の処置のための薬物の調製に特に適している。」(【0009】) (イ)「これらの薬物は、治療にかかわらず患者が障害のあるグルコース代謝、上昇したHbA1c値、障害のある空腹時グルコース値、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症又は糖尿病性異常脂質血症に罹患するであろうこと、及び治療にかかわらずインシュリン治療が必要となるか又は大血管性の合併症を起こすことのリスクを減少させるためにも使用されるであろう。 この種の大きな血管の合併症の例は、心筋梗塞、急性冠症候群、不安定狭心症、安定狭心症、出血性又は虚血性脳卒中、末梢動脈閉塞障害(peripheral arterial occlusive disease)、心筋症、左心不全、右心不全、全心不全(global heart insufficiency)、心拍障害及び血管再狭窄である。これらの大血管性の合併症は当業者に知られており、及び標準的なテキストに詳細に記載されている。」(【0010】) (ウ)「特に好ましいDPP IVインヒビターは、以下の化合物及びこれらの治療的に活性な塩である: ・1-[(4-メチル-キナゾリン-2-イル)メチル]-3-メチル-7-(2-ブチン-1-イル)-8-(3-(R)-アミノ-ピペリジン-1-イル)キサンチン」(【0013】) (エ)「DPP IVインヒビターの要求される投与量は、静脈投与される場合は0.1mgから10mg、好ましくは0.25mgから5mgであり、経口投与される場合は0.5mgから100mg、好ましくは2.5mgから50mgであり、各場合において一日1?4回投与される。」(【0018】) (オ)「本発明の具体的実施態様をいくつか以下に例示する。 ・・・ 〔2〕式(I)又は式(II)のDPP IVインヒビター及びその1の塩の前糖尿病又は顕性タイプ2糖尿病であると診断された患者の治療のための薬物を調製するための使用であって; ・・・ 医薬組成物を用いることによって、治療にかかわらず障害のあるグルコース代謝、治療にかかわらず上昇したHbA1c値、治療にかかわらず障害のある空腹時グルコース値、インシュリン治療の必要性、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症又は大血管性の合併症のリスクを減少させることを特徴とする使用。 〔3〕大血管性の合併症が、心筋梗塞、急性冠症候群、不安定狭心症、安定狭心症、出血性又は虚血性脳卒中、末梢動脈閉塞障害(peripheral arterial occlusive disease)、心筋症、左心不全、右心不全、全心不全(global heart insufficiency)、心拍障害及び血管再狭窄から選択される、前記 〔2〕に記載の使用。 ・・・ 〔17〕患者が前糖尿病、耐糖能障害、病的な空腹時グルコース、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症、新たに診断されたタイプ1糖尿病、妊娠性糖尿病、心不全、高血糖症及びアドレナリン作動性の食後の症状から選択された生理的な機能障害であると診断されていることを特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた患者の治療方法又は移植されたランゲルハンス島又はβ細胞を有する患者の治療方法。 〔18〕治療が、治療にかかわらず障害のあるグルコース代謝、治療にかかわらず上昇したHbA1c値、治療にかかわらず障害のある空腹時グルコース値、インシュリン治療の必要性、顕性タイプ2糖尿病、糖尿病性足病変、糖尿病が誘発する潰瘍、糖尿病性高脂血症、糖尿病性異常脂質血症又は大血管性の合併症のリスクを削減する事を特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた前糖尿病又はタイプ2糖尿病患者の治療方法。 〔19〕患者が心不全に罹患していることを特徴とする、DPP IVインヒビターを用いた患者の治療方法。(【0036】) (カ)また、実施例には、具体的な試験結果はないものの、実施例3にはタイプ2糖尿病の治療、実施例9には微小血管又は大血管性の合併症の予防、実施例18には心不全に罹患した患者におけるDPP IVインヒビター-BNP/BNP誘導ペプチド又はBNP融合ペプチドの組み合わせた治療、実施例19には心不全に罹患した患者におけるDPP IVインヒビターを用いた治療に関し、それぞれ、その試験方法が記載されている。 イ 上記(ア)?(カ)の記載からすれば、(i)DPP IV阻害剤はタイプ2糖尿病、心不全である機能障害であると診断された患者の治療に使用されるものであること、(ii)タイプ2糖尿病における心不全の合併症を起こすリスクを減少させるためにも使用されること、(iii)特に好ましいDPP IV阻害剤は、化合物Aであること、(iv)化合物Aによる、心不全の合併症のリスクを削減する、DPP IV阻害剤を用いたタイプ2糖尿病患者の治療方法、(v) DPP IV阻害剤の要求される投与量は、経口投与される場合は、好ましくは2.5mgから50mgであり、一日1?4回投与されることが、本件明細書に記載されているといえる。 ここで、本件明細書においては、実際に、心不全の患者に化合物A5mgを経口的に投与することで、タイプ2糖尿病の治療ができることを確認していない。 しかし、本件明細書の上記記載事項(i)?(v)と、本件特許の原出願日(2007年5月3日)当時、DPP IV阻害剤が、新しいタイプの経口糖尿病薬として期待されていたところであったこと(甲5)、及び、タイプ2糖尿病患者には心不全を併発した患者も想定されること(文献A(上記1(3))が知られる状況にあったことを併せ見ると、化合物A5mgを経口的に投与することが心不全の患者においてタイプ2糖尿病の治療に有用であることを十分に理解することができるといえる。また、本件特許の原出願日当時には、DPP IV阻害剤がタイプ2糖尿病、心不全患者の治療に使用できないとする、特段の事情も存在しない。 したがって、当業者は、本件発明1及び2に係る発明を実施することができるといえる。 ウ 申立人の主張について (ア)申立人は、概略、以下のとおり主張している。 本件発明1及び2は化合物Aを「心不全の患者におけるタイプ2糖尿病の治療用」などに用いる発明とされているところ、本件明細書には、このような患者に対する本件発明の効果を具体的に確認できる記載はない。 したがって、本件発明の請求項に係る糖尿病療法が、実際にそのような用途に使用し得るかどうかを当業者が予測することができないから、実施可能要件を充足しない。 (イ)この点について検討すると、上記イのとおり、化合物Aによる、心不全の合併症のリスクを削減する、DPP IV阻害剤を用いたタイプ2糖尿病患者の治療方法が、本件明細書に記載されているといえ、本件特許の原出願日当時、DPP IV阻害剤が、新しいタイプの経口糖尿病薬として期待され、タイプ2糖尿病患者には心不全を併発した患者も十分想定される。 したがって、申立人の主張を採用することができない。 エ 以上のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、本件発明1及び2に係る発明を当業者が実施することができる程度に記載されているといえるから、本件特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしている。 (2)申立理由3(サポート要件)について ア 上記第2の2(7)からみて、本件各発明に対応する「生理的な機能障害」は、心不全の患者におけるタイプ2糖尿病のことと認められるから、本件各発明の課題は、「心不全の患者におけるタイプ2糖尿病を治療するための薬物」を提供することと認められる。 イ 上記(1)イのとおり、当業者は、本件明細書には、化合物Aによる、心不全の合併症のリスクを削減する、DPP IV阻害剤を用いたタイプ2糖尿病患者の治療方法が、本件明細書に記載されていると認識し、本件特許の原出願日当時、DPP IV阻害剤が、新しいタイプの経口糖尿病薬として期待され、タイプ2糖尿病患者には心不全を併発した患者も十分想定されるといえるから、本件各発明の課題が解決できると認識することができる。 ウ 本件請求項1及び2に係る発明は「発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲」を超えている旨の申立人の主張については、上記イのとおりであるから、採用することができない。 エ したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、本件各発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲内のものといえ、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であるから、本件特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしている。 第7 むすび 当審で通知した取消理由(決定の予告)及び特許異議申立書に記載した申立理由によっては、本件請求項1及び2に係る特許を取り消すことはできない。 また、他に本件請求項1及び2に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。 よって、結論のとおり決定する。 |
異議決定日 | 2021-09-01 |
出願番号 | 特願2018-173352(P2018-173352) |
審決分類 |
P
1
651・
121-
Y
(A61K)
P 1 651・ 537- Y (A61K) P 1 651・ 536- Y (A61K) |
最終処分 | 維持 |
前審関与審査官 | 深草 亜子 |
特許庁審判長 |
藤原 浩子 |
特許庁審判官 |
原田 隆興 穴吹 智子 |
登録日 | 2020-02-17 |
登録番号 | 特許第6662970号(P6662970) |
権利者 | ベーリンガー インゲルハイム インターナショナル ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング |
発明の名称 | DPP IVインヒビターの使用 |
代理人 | 山崎 一夫 |
代理人 | 市川 さつき |
代理人 | 服部 博信 |
代理人 | 田中 伸一郎 |
代理人 | 滝澤 敏雄 |
代理人 | 須田 洋之 |