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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B32B
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B32B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B32B
管理番号 1379785
異議申立番号 異議2020-700794  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-10-15 
確定日 2021-09-17 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6680412号発明「表面処理鋼板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6680412号の明細書、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1?7]について訂正することを認める。 特許第6680412号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6680412号の請求項1?7に係る特許についての出願は、令和元年5月27日(優先権主張 平成30年5月25日)を国際出願日とする出願であって、令和2年3月24日にその特許権の設定登録がされ、同年4月15日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。

令和2年10月15日 :特許異議申立人小林喜一(以下、「申立人」という。)による請求項1?7に係る特許に対する特許異議の申立て
令和3年1月12日付け:取消理由通知
令和3年3月18日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求(以下、この訂正請求を「本件訂正請求」といい、この訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)
令和3年5月14日 :申立人による意見書の提出

第2 本件訂正の適否
1.本件訂正の内容
本件訂正の内容は、訂正箇所に下線を付して示すと、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「前記防錆剤が、P、V及びMgの少なくとも1種であり、」と記載されているのを、「前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2?7も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1に「前記塗膜中のP、V及びMgの合計の平均濃度が、」と記載されているのを、「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2?7も同様に訂正する)。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項1に「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であることを特徴とする、」と記載されているのを、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であり、前記塗膜の平均厚さが、3?15μmであることを特徴とする、」に訂正する(請求項1の記載を直接的又は間接的に引用する請求項2?7も同様に訂正する)。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項2に「前記塗膜中のP、V及びMgの合計の平均濃度が、」と記載されているのを、「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、」に訂正する(請求項2の記載を直接的又は間接的に引用する請求項3?7も同様に訂正する)。

(5)訂正事項5
明細書の段落【0090】の【表1】の備考の欄において、試料No.8及び9について「実施例」と記載されているのを、「参考例」に訂正する。

2.一群の請求項について
訂正前の請求項1?7について、訂正前の請求項2?7は、それぞれ訂正前の請求項1を直接的又は間接的に引用しているものであって、訂正事項1?3によって訂正される請求項1に連動して訂正されるものであるから、訂正前の請求項1?7に対応する訂正後の請求項[1?7]は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

3.訂正の適否について
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1は、訂正前の請求項1における「防錆剤」について、選択的に記載された発明特定事項である「Mg」を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げられた特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 当該訂正は、選択的に記載された発明特定事項を削除するものであるから、新規事項を追加するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 当該訂正は、訂正前の請求項1における「防錆剤」について、上記のような選択的に記載された発明特定事項を削除するものであって、発明のカテゴリーや発明特定事項を変更するものではなく、実質上、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(2)訂正事項2について
ア 訂正事項2は、訂正前の請求項1における「塗膜中」の「防錆剤」の「平均濃度」について、選択的に記載された発明特定事項である「Mg」を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げられた特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 当該訂正は、選択的に記載された発明特定事項を削除するものであるから、新規事項を追加するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 当該訂正は、訂正前の請求項1における「塗膜中」の「防錆剤」の「平均濃度」について、上記のような選択的に記載された発明特定事項を削除するものであって、発明のカテゴリーや発明特定事項を変更するものではなく、実質上、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(3)訂正事項3について
ア 訂正事項3は、訂正前の請求項1における「塗膜」について、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μmである」ことを直列的に付加して減縮するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号に掲げられた特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 当該訂正は、願書に添付した明細書の段落【0030】及び【0031】に記載されているから、新規事項を追加するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 当該訂正は、訂正前の請求項1における「塗膜」について、上記のような発明特定事項を直列的に付加するものであって、発明のカテゴリーや発明特定事項を変更するものではなく、実質上、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(4)訂正事項4について
ア 訂正事項4は、訂正前の請求項2における「塗膜中」の「防錆剤」の「平均濃度」について、選択的に記載された発明特定事項である「Mg」を削除することで請求項1の発明特定事項と整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号の特許請求の範囲の減縮、又は同条同項ただし書き第3号に掲げられた明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 当該訂正は、選択的に記載された発明特定事項を削除するものであるから、新規事項を追加するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 当該訂正は、訂正前の請求項1における「塗膜中」の「防錆剤」の「平均濃度」について、上記のような選択的に記載された発明特定事項を削除するものであって、発明のカテゴリーや発明特定事項を変更するものではなく、実質上、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

(5)訂正事項5について
ア 訂正事項5は、訂正事項1に係る訂正に伴い、訂正後の請求項1?7に係る発明の技術的範囲から外れた「実施例」を「参考例」に訂正するものであって、特許請求の範囲の記載と明細書の記載とを整合させるものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書き第3号に掲げられた明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。

イ 当該訂正は、訂正後の請求項1?7に係る発明の技術的範囲から外れた「実施例」を「参考例」とするものであるから、新規事項を追加するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。

ウ 当該訂正は、訂正後の請求項1?7に係る発明の技術的範囲から外れた「実施例」を「参考例」とするものであって、発明のカテゴリーや発明特定事項を変更するものではなく、実質上、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではないことが明らかであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。

4.本件訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1?5は、特許法第120条の5第2項ただし書き第1号又は第3号に掲げられた事項を目的とするものであり、同条第4項並びに第9項で準用する同法第126条第4項ないし第6項の規定に適合するものである。
したがって、特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1?7]について訂正することを認める。

第3 本件訂正後の発明
本件訂正請求により訂正された請求項1?請求項7に係る発明(以下、各々「本件発明1」?「本件発明7」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1?請求項7に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%であり、
前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であり、
前記塗膜の平均厚さが、3?15μmであることを特徴とする、表面処理鋼板。
【請求項2】
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、5?15%であることを特徴とする、請求項1に記載の表面処理鋼板。
【請求項3】
前記塗膜が光輝顔料をさらに含み、前記光輝顔料が、アルミニウム及び酸化物の少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の表面処理鋼板。
【請求項4】
前記酸化物が、アルミナ、シリカ、マイカ、ジルコニア、チタニア、ガラス、又は酸化亜鉛であることを特徴とする、請求項3に記載の表面処理鋼板。
【請求項5】
前記光輝顔料が、Rh、Cr、Ti、Ag、及びCuの少なくとも1種をさらに含むことを特徴とする、請求項3又は4に記載の表面処理鋼板。
【請求項6】
前記塗膜中の前記光輝顔料の平均濃度が、質量%で、5?15%であることを特徴とする、請求項3?5のいずれか1項に記載の表面処理鋼板。
【請求項7】
前記バインダー樹脂が、ポリエステル樹脂であることを特徴とする、請求項1?6のいずれか1項に記載の表面処理鋼板。」

第4 取消理由の概要
当審が令和3年1月12日付けで特許権者に通知した取消理由(以下、単に「取消理由通知」という。)の概要は、次のとおりである。

○理由1(サポート要件)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。

○理由2(実施可能要件)
本件特許は、明細書の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。

○理由3(新規性)
本件特許の請求項1、2に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された以下の甲第3号証又は甲第4号証に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができない。

○理由4(進歩性)
本件特許の請求項1?7に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において頒布された以下の甲第1号証?甲第4号証に記載された発明、甲第1号証甲?甲第3号証に記載された事項、甲第2号証?甲第3号証に例示される周知技術、甲第5号証?甲第8号証に例示される周知技術に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献一覧>
甲第1号証:特開2004-285468号公報
甲第2号証:特開2007-284710号公報
甲第3号証:特開2015-105404号公報
甲第4号証:国際公開第2018/083784号
甲第5号証:特開2006-159435号公報
甲第6号証:特開2003-118033号公報
甲第7号証:国際公開第2017/164234号
甲第8号証:特開2004-082120号公報

なお、上記甲第1号証?甲第8号証は、各々特許異議申立書(以下、「申立書」という。)に添付された甲第1号証?甲第8号証であり、甲第1号証?甲第8号証の各々に記載された事項を、各々甲1記載事項?甲8記載事項という。また、甲第1号証?甲第4号証に記載された発明を、各々甲1発明?甲4発明という。

第5 当審の判断
1.理由1(サポート要件)について
(1)Zn系合金めっき層の組成について
ア 本件特許に係る発明の発明が解決しようとする課題は、「Zn系合金めっき鋼板において、耐食性に優れた表面処理鋼板を提供すること」(段落【0014】)である。
そして、発明の詳細な説明の段落【0029】には、上記の課題を解決するために「・・・pH3.0?5.0の酸性の塗料をZn系合金めっき層の表面に塗布すると、その酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去し、Zn系合金めっき層の表面付近で、イオンの状態の防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応する。その結果、塗料を硬化させた後に、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域を形成することができる。・・・」と記載されている。

イ 一方、発明の詳細な説明の段落【0022】には、上記Zn系合金めっき層について、「・・・Zn系合金めっき層は、少なくともAlとMgとを含有するZn-Al-Mg合金めっき層であってもよく、さらにSiを含有するZn-Al-Mg-Si合金めっき層であってもよい。これらの各含有量(濃度)は、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、Si:0?2%であり、残部がZn及び不純物である。・・・」と記載されている。

ウ また、上記「Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域」について、発明の詳細な説明の段落【0037】には、「塗膜中に防錆剤としてPが含まれる場合、特に加工部耐食性を向上させることができる。・・・このように塗膜中にPが含まれることで加工部耐食性が向上する理由は、PがZn系合金めっき層の表面と反応してリン酸塩層を形成して加工部を不動態化させる効果、P自身が難溶性塗膜を形成し腐食因子に対するバリア性を発揮する効果、及び、Pが下地金属板から溶出した金属イオンを補足し、金属イオンとともに難溶性の化合物を形成し、バリア性を発揮する効果を有するためであると考えられる。・・・」、段落【0038】には、「また、塗膜中に防錆剤としてVが含まれる場合、特に端面部耐食性を向上させることができる。・・・このように塗膜中にVが含まれることで端面部耐食性が向上する理由は、端面部において、塗膜から溶出したVとZn系合金めっき層から溶出したZnやAlとが反応し腐食生成物を形成し、Zn系合金めっき層の表層を不動態化させることで腐食の進行を抑制することができるためである。・・・」と記載されている。

エ さらに、発明の詳細な説明には、「前述のようにpH3.0?5.0の酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去するため、本発明における塗膜中に含まれる防錆剤の成分(例えばP)と、Zn系合金めっき層に含まれる成分(例えばZn)は、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近で反応して、その界面付近の領域で反応生成物(例えばZnとPとを含む反応生成物)を形成する。この反応生成物の存在する領域においては、その他の領域と同様に塗膜中に均一に分散している防錆剤の成分と、反応生成物を構成する防錆剤の成分との両方が存在している。そのため、本発明に係る表面処理鋼板では、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域で、防錆剤(例えばP)が他の領域に比べて濃化して存在している。」(段落【0046】)と記載されている。

オ そして、発明の詳細な説明の段落【0090】の【表1】には、実施例として、試料No.3?7、10?21、25?36に「Zn:86質量%、Al:11質量%、Mg:3質量%」、「Zn:85.6質量%、Al:11質量%、Mg:3質量%、Si:0.4質量%」、「Zn:85質量%、Al:11質量%、Mg:3質量%、Si:1質量%」、「Zn:84.5質量%、Al:11質量%、Mg:3質量%、Si:1.5質量%」、「Zn:52質量%、Al:40質量%、Mg:8質量%」の組成を有するめっき層に対して、防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を設けることが記載されている。

カ それに対して、本件発明1の「Zn系合金めっき層の化学組成」に係る発明特定事項は、「質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%」であるから、Al、Mg、Siの配合が最も多い場合、本件発明1は「Zn:28質量%」のような組成を含み得るものである。

キ そこで、Zn-Al-Mg合金系めっき層と防錆剤に含まれるP、Vとによる防錆剤の濃化について検討すると、上記ウ、エに示したとおり、「pH3.0?5.0の酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去するため、本発明における塗膜中に含まれる防錆剤の成分(例えばP)と、Zn系合金めっき層に含まれる成分(例えばZn)は、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近で反応して、その界面付近の領域で反応生成物(例えばZnとPとを含む反応生成物)を形成する。」ものであるから、上記界面付近での反応の結果としてリン酸亜鉛(Zn_(3)(PO_(4))_(2))が生成される場合、ZnとPとの比は、Zn:P=3:2となる。

ク 一方、本件発明1は、「塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%であり」、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるから、Zn:P=3:2であることを勘案すると、塗膜中の防錆剤P、Vの平均濃度である3質量%に対して、反応するZnが最低でも2.25倍程度あれば、界面付近の防錆剤P、Vの濃度が上記平均濃度に対して1.5倍になるものと解される。
そして、本件発明1の「塗膜」は、「防錆剤とバインダー樹脂を含む」ものであるからZn合金系めっき層と単純に比較することはできないが、「防錆剤とバインダー樹脂を含む」塗膜における防錆剤の平均濃度3質量%に対して、本件特許の請求項1に係る発明の「Zn系合金めっき層」の化学組成におけるZnの含有量は、計算上、28質量%以上であるから、前記Zn合金系めっき層には、「界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5倍以上」とするのに十分なZnが含まれていると解される。

ケ してみると、上記オのように、実施例がZn=52質量%以上のZn系合金めっき層のみ記載されていたとしても、上記ウ、エに示した発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、Zn系合金めっき層の化学組成においてZnが28質量%程度であっても本件特許の効果が同様に奏され、上記課題を解決することができることを当業者が理解できるから、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明である。
本件発明2?7についても同様である。

(2)塗膜の厚さ及び平均濃度について
ア 本件発明1の発明特定事項は、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるとともに、本件訂正により「前記塗膜の平均厚さが、3?15μmである」ことが特定された。

イ 一方、発明の詳細な説明には、段落【0030】に「塗膜の平均厚さは、特に限定されないが、例えば、3?15μmであることができる。このような範囲の塗膜の平均厚さであることで、塗膜が下地のZn系合金めっき層の腐食を十分に抑制するバリアとしての役割を果たし、本発明に係る表面処理鋼板に十分な耐食性を提供することができる。・・・」と記載されている。

ウ また、発明の詳細な説明の段落【0042】には、「本明細書で使用される場合、「塗膜中の防錆剤の平均濃度」は以下の方法で決定される。・・・その直線上で塗膜の厚さを11等分して、11個の領域に分割する。そして、その領域の中から最もZn系合金めっき層に近い領域を除いた塗膜中の10個の領域で防錆剤の濃度、すなわち、例えばP、V、Mgの元素の濃度の合計を測定して、それらの測定値を平均化して決定される。・・・」と記載されている。

エ してみると、発明の詳細な説明では、最低3μmの塗膜を11等分したときの「最もZn系合金めっき層に近い領域」に「イオンの状態の防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応」した「反応生成物が濃化した領域」が存在し、塗膜中の1/11の「反応生成物が濃化した領域」における防錆剤の濃度が、残りの10/11の塗膜中の防錆剤の濃度に対して「1.5?5.0倍」となっているものと解される。

オ したがって、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるとともに、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μmである」ことを発明特定事項とする本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であることが明らかである。
本件発明2?7についても同様である。

(3)まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?7は、発明の詳細な説明に記載された発明であるから、特許法第36条第6項第1号の規定に適合するものである。

2.理由2(実施可能要件)について
ア 発明の詳細な説明の段落【0034】には、「・・・防錆剤(典型的にP及び/又はV)が塗膜中に含まれる。・・・「防錆剤」とは防錆剤を構成する防錆機能を発揮する元素、例えばP元素、V元素、Mg元素を意味する。・・・Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近の濃化領域では、防錆剤の成分(例えばP、Vなど)とZn系合金めっき層中の成分との反応生成物を形成しており、この反応生成物の存在する領域が腐食因子のバリア領域として作用する。・・・」と記載されるとともに、段落【0037】?段落【0039】に、P、V及びMgの防錆剤源がそれぞれ例示されている。

イ しかしながら、Pの防錆剤源であるリン酸類及び有機リン酸類など、又はVの防錆剤源であるバナジン酸などが、めっき層中のZnと反応して塗膜とめっき層の界面付近にリン酸亜鉛などの反応生成物が形成されるものと解されるが、Mgの防錆剤源である硝酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、酢酸マグネシウムなどがZn系合金めっき層中の成分とが反応しても、P及びVの防錆剤源とは異なる機序により反応するから、反応生成物はMg化合物にならないものと解される。

ウ さらに、発明の詳細な説明の段落【0022】?【0025】を参酌すると、塗膜が塗布されるZn系合金めっき層の化学組成には、成分としてMgが含まれるものであるが、技術常識を参酌しつつ発明の詳細な説明を見ても、当該Zn系合金めっき層の成分のMgと、防錆剤源に含まれるMgとを、区別して、塗膜中のMg濃度を計測することはできない。

エ 一方、本件発明1は、本件訂正により、「防錆剤」及び「塗膜」中の「防錆剤」の「平均濃度」について、選択的に記載された発明特定事項である「Mg」が削除された。
よって、本件特許の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されていることが明らかである。

オ したがって、本件特許の発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件に適合するものである。

3.理由3(新規性)、理由4(進歩性)について
3-1 甲第3号証を主引用例とした場合
(1)甲第3記載事項及び甲3発明
甲第3号証には、以下の事項が記載されている。

ア「【請求項1】
亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面を金属表面処理剤を用いて処理する方法であって、
鋼板の表面に亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層を形成させる工程と、
前記めっき層形成工程に続いて金属表面処理剤を用いて前記めっき層の表面を処理する工程とを含み、
前記亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層が、Al:4.0?10質量%,Mg:1.0?10質量%およびZnを含むめっき層であり、
前記金属表面処理剤が、
ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、
バナジウム化合物(B)、
チタンを含む金属フルオロ錯体化合物(C)、
リン酸基及び/又はホスホン酸基を含有する有機リン化合物(Da)、
無機リン化合物(Db)、
水性アクリル樹脂(E)、
硬化剤としてオキサゾリン基含有ポリマー(F)を含有し、
前記水性アクリル樹脂(E)の酸価が300mgKOH/g以上であり、かつ
前記水性アクリル樹脂(E)の前記金属表面処理剤に対する含有量が樹脂固形分の濃度として100ppm?30,000ppmであり、
前記オキサゾリン基含有ポリマー(F)の前記金属表面処理剤に対する含有量が固形分の濃度として50ppm?5,000ppmであり、
かつ前記ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)の金属元素換算の質量の合計と水性アクリル樹脂(E)、オキサゾリン基含有ポリマー(F)の固形分との質量比が(A+B+C)/(E+F)=10/1?1/1であり、
前記金属表面処理剤のpHが3?6である、
亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面を金属表面処理剤を用いて処理する方法。
【請求項2】
前記水性アクリル樹脂(E)と前記硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)の固形分の質量比がE/F=20/1?2/3である、請求項1に記載の亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面を金属表面処理剤を用いて処理する方法。
【請求項3】
前記有機リン化合物(Da)と前記無機リン化合物(Db)の質量比が、リン元素換算で、Da/Db=5/1?1/2である、請求項1または2に記載の亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面を金属表面処理剤を用いて処理する方法。
・・・」

イ「【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板のクロムフリー金属表面処理剤による表面処理方法ならびに該表面処理方法によって得られる化成皮膜処理亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板に関する。」

ウ「【0014】
本発明のめっき鋼板は、溶融Zn-Al-Mgめっき浴を用いて製造された亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板である。後述するように、本発明の化成処理液はフッ素化合物を含有するが、化成処理によってめっき鋼板のめっき層表面にAlおよびMgのフッ化物を含む反応層が形成され、化成皮膜とめっき層表面との密着力をより高められる。
【0015】
鋼板の表面に亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層を形成させる工程は公知の方法で得てよいが、アルミニウムを4.0?10質量%、マグネシウムを1.0?10質量%およびZnを含む合金めっき浴を用いた溶融めっき法で製造されることが好ましい。また、外観および耐食性に悪影響を与えるZn11Mg2相の生成・成長を抑制するためにTi、B、Ti-B合金またはTi、B含有化合物をめっき浴に添加することがより好ましい。・・・」

エ「【0017】
本発明の金属表面処理剤は、ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)及び無機リン化合物(Db)、水性アクリル樹脂(E)、硬化剤としてオキサゾリン基含有ポリマー(F)を含有し、金属化合物(A)、(B)、(C)と水性アクリル樹脂(E)、硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)とが特定の質量比であるクロムフリーの水性金属表面処理剤である。
【0018】
金属フルオロ錯体化合物(C)から遊離したフッ素イオンが、金属材料の表面をエッチングすることで表面近傍のpHが上がり、金属フルオロ錯体のアニオンがジルコニウム化合物(A)から生じるジルコニル([Zr=O]^(2+))カチオンおよびエッチングにより溶出した金属基材由来の金属カチオンと反応して表面に析出し、耐食性に優れ、かつ当該金属材料との密着性の高い皮膜が形成される。バナジウム化合物(B)を含有させることで、耐食性が向上した皮膜を形成でき、有機リン化合物(Da)及び無機リン化合物(Db)を両方含有させることで、耐食性を向上させることができる。
そして、固形分酸価が300mgKOH/g以上の水性アクリル樹脂(E)、硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)を金属化合物(A)、(B)、(C)に対し特定の質量比で含有させることにより、金属材料との密着性、樹脂皮膜との密着性、耐食性をさらに向上させるものである。」

オ「【0025】
本発明の金属表面処理剤は、リン酸基及び/又はホスホン酸基を含有する有機リン化合物(Da)及び無機リン化合物(Db)の両方を含有することで、耐食性をより向上させることができる。
【0026】
そのような有機リン化合物(Da)としては、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸、エチレンジアミンテトラメチレンホスホン酸、アミノトリメチレンホスホン酸、フェニルホスホン酸、オクチルホスホン酸などのホスホン酸類及びその塩が挙げられる。これら有機リン化合物を組み合わせて用いることも可能である。これらのうち、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、2-ホスホノブタン-1,2,4-トリカルボン酸、アミノトリメチレンホスホン酸が好ましい。
【0027】
そのような無機リン化合物(Db)としては、リン酸、亜リン酸などのリン酸類及びその塩、ピロリン酸、トリポリリン酸などの縮合リン酸及びその塩が挙げられる。・・・
【0028】
有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)の含有量は、それぞれ、処理剤中の含有量として0.01?10質量%であることが好ましく、0.1?8質量%であることがより好ましく、0.3?6質量%であることがさらに好ましい。
・・・
前記の濃度範囲で有機リン化合物(Da)を含有することで、キレート効果により処理剤中にバナジウム化合物(B)を安定して溶解させることが可能となる。また、処理剤が前記の濃度範囲で無機リン化合物(Db)を含有することにより、エッチングにより溶出した金属カチオンと効率よく耐食性に優れる皮膜を形成させることが可能となる。さらには、有機リン化合物(Da)と無機リン化合物(Db)とが前記質量比で処理剤中に存在することにより、耐食性と耐水性との両立を図ることができる。
【0029】
本発明の金属表面処理剤として用いる水性アクリル樹脂(E)は、エチレン性不飽和二重結合を有する単量体を重合させたカルボキシル基を複数個有する、固形分酸価が300mgKOH/g以上の重合体である。また、質量平均分子量は1,000以上1,000,000以下であることが好ましい。・・・」

カ「【0035】
本発明の金属表面処理剤のpHは、3?6であることを要する。pHが6より上であるとエッチング不足となり、金属材料と化成皮膜との密着性が不十分となる。一方、pHが3を下回るとエッチング過多となり、鋼板の外観(パウダー性)が不良となる。ここで、パウダー性不良とは、化成処理後の鋼板が粉をふいたような外観となり、手やロール等で擦ることで容易に皮膜が脱落してしまう状態のことを言う。」

キ「【実施例】
【0046】
以下本発明について実施例を挙げてさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
〔製造例1〕
アクリル樹脂(1)の調製
イオン交換水775部を、加熱・攪拌装置付き4ツ口ベッセルに仕込み、攪拌・窒素還流しながら、内容液を80℃に加熱した。次いで、加熱、攪拌、窒素還流を行いながら、アクリル酸160部、アクリル酸エチル20部及びメタクリル酸2-ヒドロキシエチル20部の混合モノマー液、並びに、過硫酸アンモニウム1.6部及びイオン交換水23.4部の混合液を、それぞれ滴下漏斗を用いて、3時間かけて滴下した。滴下終了後、加熱、攪拌、窒素還流を2時間継続した。加熱・窒素還流を止め、溶液を攪拌しながら30℃まで冷却し、200メッシュ櫛にて濾過して、無色透明の水溶性アクリル樹脂(1)水溶液を得た。得られたアクリル樹脂(1)水溶液は、不揮発分20%、樹脂固形分酸価623mgKOH/g、樹脂固形分水酸基価43mgKOH/g、質量平均分子量8400であった。なお、前記不揮発分は、得られたアクリル樹脂(1)水溶液2gを150℃のオーブンにて1時間加熱後の残存質量から求めた値である。
【0048】
〔製造例2〕
アクリル樹脂(2)の調製
アクリル樹脂のモノマー組成を、アクリル酸30部、アクリル酸エチル70部、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル100部としたことのほかは、製造例1と同様の手順にて、アクリル樹脂合成を行った。合成樹脂をベッセル中で冷却中、約60℃近傍で液が白濁したため、攪拌しながら中和剤として25%アンモニア28.3部を添加した。30℃まで冷却し、淡赤褐色のアクリル樹脂(2)水溶液を得た。得られたアクリル樹脂(2)水溶液は、不揮発分19.4%、樹脂固形分酸価117、樹脂固形分水酸基価216、質量平均分子量11,600であった。
【0049】
〔製造例3?37〕
水に、ジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)、水性アクリル樹脂(E)及び硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)を下記表2?4に示した所定量加え(比較例では無添加成分ある場合あり)、総量を1000質量部として金属表面処理剤1?35を調製した。
【0050】
(試験板)
板厚0.5mmの冷延鋼板を原板として、下記の表1に示すめっき組成を有する溶融Zn-Al-Mg合金めっき鋼帯を製造し、それぞれの鋼帯を切断して210mm×300mmのめっき鋼板を準備した。めっき付着量は、片面あたり60g/m^(2)とした。
【0051】
【表1】

【0052】
[実施例1?30および比較例1?11]
(脱脂・表面処理)
上記めっき鋼板を、アルカリ脱脂剤(日本ペイント社製、サーフクリーナー155)を用いて60℃で2分間スプレー脱脂し、水洗後、80℃で乾燥した。続いて、上記の製造例にて調製した金属表面処理剤を、下記表5?7記載の乾燥皮膜量(0.2g/m^(2))となるように固形分濃度を調整した後、脱脂した上記めっき鋼板にバーコーターで塗布し、熱風循環型オーブンを用いて金属基材の到達温度が80℃となるよう乾燥させ、化成皮膜が形成された試験板を作製した。
【0053】
(樹脂皮膜層形成)
試験板表面にエポキシ系接着剤を塗布し、塩化ビニルフィルムを貼り合わせ、ラミネート鋼板を得た。」

ク 段落【0054】の【表2】には、製造例3(V:5.5質量%、P:5.2質量%)、製造例4(V:6.4質量%、P:5.2質量%)、製造例5(V:3.5質量%、P:8.3質量%)、製造例6(V:8.31質量%、P:6.34質量%)、製造例10(V:3.88質量%、P:8.16質量%)、製造例11(V:8.94質量%。P:4.14質量%)、製造例14(V:7.06質量%、P:4.07質量%)が記載されている。

以上の摘記事項ア?キ及び認定事項クから、甲第3号証には、以下の甲3発明が記載されている。

(甲3発明)
「鋼板の表面に亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層を形成させた亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面に、ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)、水性アクリル樹脂(E)及び硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)を含有する化成皮膜を有し、
亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層は、アルミニウムを4.0?10質量%、マグネシウムを1.0?10質量%およびZnを含み、Siを0.001?2.0質量%でさらに含み、
前記化成皮膜中のV及びPの平均濃度が、質量%で、14.4%、11.6%、11.8%、14.7%、12.0%、13.1%、11.1%であり、
化成皮膜が乾燥皮膜量0.2g/m^(2)である、
化成皮膜処理亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板。」

(2)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲3発明とを対比する。
甲3発明の「鋼板」は、本件発明1の「鋼板」に相当するから、甲3発明の「鋼板の表面に」「形成された」「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層」は、本件発明1の「鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層」に相当する
甲3発明の「ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)」は、密着性及び耐食性の向上した皮膜を形成するものであるから、本件発明1の「防錆剤」に相当し、同様に甲3発明の「水性アクリル樹脂(E)及び硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)」は、本件発明1の「バインダー樹脂」に相当する。そして、甲3発明の「化成皮膜」は、「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板の表面」に形成され、「ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)、水性アクリル樹脂(E)及び硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)を含有」するものであるから、本件発明1の「塗膜」に相当する。
甲3発明のめっき層は、成分が「アルミニウムを4.0?10質量%、マグネシウムを1.0?10質量%およびZnを含み、Siを0.001?2.0質量%でさらに含」むものであるから、本件発明1の「Zn系合金めっき層の化学組成」の範囲内に含まれ、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%」に一致する。
甲3発明の「化成皮膜」が「ジルコニル基を含むジルコニウム化合物(A)、バナジウム化合物(B)、金属フルオロ錯体化合物(C)、有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)、水性アクリル樹脂(E)及び硬化剤であるオキサゾリン基含有ポリマー(F)を含有する」ことは、「バナジウム化合物(B)」及び「有機リン化合物(Da)、無機リン化合物(Db)」に着目すると、本件発明1の「前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であ」ることに相当する。
甲3発明の「前記化成皮膜中のV及びPの平均濃度が、質量%で、14.4%、11.6%、11.8%、14.7%、12.0%、13.1%、11.1%であ」ることは、V及びPの合計の平均濃度が本件発明1の範囲内にあるから、本件発明1の「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%であ」ることに相当する。
そして、甲3発明の「化成皮膜処理亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板」は、本件発明1の「表面処理鋼板」に相当する。
してみると、本件発明1と甲3発明とは、次の<一致点>で一致し、<相違点1、2>で相違する。

<一致点>
「鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%である、表面処理鋼板。」

<相違点1>
本件発明1では、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるのに対して、甲3発明では、化成皮膜中におけるV及びPの平均濃度が濃い領域が存在するか否か不明な点。

<相違点2>
本件発明1では、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μm」であるのに対して、甲3発明では、化成皮膜が乾燥皮膜量0.2g/m^(2)である点。

(イ)判断
上記相違点1について検討する。
甲第3号証の段落【0014】の「本発明の化成処理液はフッ素化合物を含有するが、化成処理によってめっき鋼板のめっき層表面にAlおよびMgのフッ化物を含む反応層が形成され、化成皮膜とめっき層表面との密着力をより高められる。」との記載、及び【0018】の「金属フルオロ錯体化合物(C)から遊離したフッ素イオンが、金属材料の表面をエッチングすることで表面近傍のpHが上がり、金属フルオロ錯体のアニオンがジルコニウム化合物(A)から生じるジルコニル([Zr=O]^(2+))カチオンおよびエッチングにより溶出した金属基材由来の金属カチオンと反応して表面に析出し、耐食性に優れ、かつ当該金属材料との密着性の高い皮膜が形成される。」との記載を参酌すると、甲3発明の「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき」と「化成皮膜」との界面では、「金属フルオロ錯体のアニオンとジルコニルカチオンとの反応析出物」及び「金属フルオロ錯体のアニオンと金属基材、すなわちめっき層表面由来の金属カチオンとの反応析出物」が優先的に析出するものと認められ、リンやバナジウムが濃化するものとは認められない。
してみると、本件発明1は、甲3発明ではないことが明らかであり、また、相違点2について検討するまでもなく、甲3発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。

イ 本件発明2?7について
本件発明2?7も、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、甲3発明に基いて当業者が容易に発明することができた発明とはいえない。

3-2 甲第4号証を主引用例とした場合
(1)甲第4記載事項及び甲4発明
甲第4号証には、以下の事項が記載されている。

ア「[0001] 本発明は、表面に皮膜を有する表面処理鋼板に関する。」

イ「[0005]本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐結露白化性および耐食性を有する表面処理鋼板を提供することを課題とする。」

ウ「[0006]本発明者は、上記課題を解決するために、鋭意検討した。本発明者らは、まず、皮膜を構成する成分について検討を行い、P、Ti、V、Siおよびポリウレタン樹脂を含む処理薬剤を用いて形成した皮膜が耐結露白化性および耐食性を向上させることを見出した。」

エ「[0016]1.1 鋼板
本実施形態において、表面1aにめっき層2の形成される鋼板1としては、特に限定されるものではない。例えば、鋼板1として、極低C型(フェライト主体組織)、Al-k型(フェライト中にパーライトを含む組織)、2相組織型(例えば、フェライト中にマルテンサイトを含む組織、フェライト中にベイナイトを含む組織)、加工誘起変態型(フェライト中に残留オーステナイトを含む組織)、微細結晶型(フェライト主体組織)等、いずれの型の鋼板を用いても良い。」

オ「[0020]1.2 めっき層
めっき層2は、亜鉛を含み、鋼板1の片面または両面の表面に形成されている。亜鉛を含むめっき層とは、純亜鉛系めっき層と、亜鉛含有量が40質量%以上の亜鉛合金めっき層とを包含する意味である。亜鉛合金めっき層としては、例えば、55%Al-Zn合金めっき層、5%Al-Zn合金めっき層、Al-Mg-Zn合金めっき層、Ni-Zn合金めっき層などが挙げられる。」

カ「[0022]1.3 皮膜
皮膜3は、めっき層2上に形成されている。
皮膜3は、図1に示すように、平均粒径20?200nmのポリウレタン樹脂からなる樹脂粒子を含む第1成分31(樹脂成分)と、第1成分31を除く第2成分32とからなる。皮膜3の断面における第1成分31の面積率は35?80%である。第2成分32は、りん(P)とチタン(Ti)とバナジウム(V)とシリコン(Si)とを含む。皮膜3中にはPがリン酸換算で2.5?7.5質量%含まれている。皮膜3中には、第1成分31および第2成分32が略均一に分散している。
[0023] 皮膜3は、皮膜3に含まれる各成分を所定の割合で含む水系表面処理薬剤を、めっき層2上に塗布し、乾燥させることにより得られる。以下に、本実施形態の皮膜3が形成されるメカニズムを説明する。
[0024] 皮膜3に含まれる各成分を所定の割合で含む水系表面処理薬剤をめっき層2上に塗布すると、水系表面処理薬剤中のりん(P)がめっき層2の表面に沈着し、第1成分31(樹脂成分)が自己整合的に略均一に分散された塗膜が形成される。これは、水系表面処理薬剤と、水系表面処理薬剤中のりんが沈着しためっき層2との表面エネルギーのバランスと、水系表面処理薬剤中に存在する第1成分31の比重のバランスとが適正であることによるものと推定される。そして、水系表面処理薬剤を塗布して得られた塗膜を乾燥させると、塗膜中における第1成分31の略均一な分散状態を維持したまま、第1成分31および隣接する第1成分31、31間に存在する第2成分32が略均一に配置された皮膜3が形成されると推定される。」

キ「[0040]皮膜3の厚みは、150?900nmであることが好ましいがこれに限定されるものではない。皮膜3の厚みが150?900nmであると、皮膜3による耐食性向上効果が顕著となり、より一層優れた耐食性が得られる。」

ク「[0096]<pH>
水系表面処理薬剤のpHは、2.0?6.5であることが好ましい。水系表面処理薬剤のpHが6.5以下であると、シランカップリング剤(C)の分散安定性が良好となる。水系表面処理薬剤のpHが2.0以上であると、水系表面処理薬剤の取扱いが容易であるとともに、水系表面処理薬剤が設備にダメージを与えることを防止でき、好ましい。水系表面処理薬剤のpHは、例えば、酢酸、ギ酸等の揮発性の酸を水系表面処理薬剤に添加することにより、調整できる。」

ケ「[0099]2.2 皮膜の形成方法
本実施形態では、このようにして得られた水系表面処理薬剤を、めっき層2上に塗布することにより塗膜を形成する。めっき層2上に水系表面処理薬剤を塗布する方法としては、ロールコータを用いることが好ましい。ロールコータを用いて塗布する場合、周速比を調節することで膜厚を容易に制御できるとともに、優れた生産性が得られる。
[0100] 本実施形態では、水系表面処理薬剤をめっき層上に塗布して塗膜を形成してから乾燥を開始するまで、0.1?10秒間保持する。塗膜の状態で0.1秒間以上、より好ましくは0.2秒間以上保持することにより、塗膜中の第1成分31が自己整合的に略均一に安定して分散する。なお、塗膜を形成してから乾燥を開始するまでの時間を10秒間超えにしても塗膜中の第1成分31が均一に分散する効果は向上せず、生産性が低下する。また、塗膜を形成してから開始するまでの時間が長時間にわたると第1成分31同士の凝集、偏在が起こる傾向にある。したがって、塗膜の状態で保持する時間を10秒間以下とすることが好ましく、5秒間以下とすることがより好ましい。
[0101] 次に、所定の時間保持した塗膜を乾燥させる。塗膜を乾燥させる際の温度は、水系表面処理薬剤中の揮発性成分であるカチオン性ポリウレタン樹脂およびカチオン性フェノール樹脂のカウンターアニオンおよび酢酸成分(G)が揮発する温度となるように選択する。具体的には、塗膜を乾燥させる際の最高到達板温(PMT)が60?150℃の範囲内となるようにすることが好ましい。塗膜を乾燥させる際の乾燥方法としては、例えば、熱風乾燥、誘導加熱または炉内乾燥が挙げられる。
[0102] 塗膜を乾燥させることにより塗膜中の揮発性成分が揮発すると、塗膜中のpHが上昇する。これにより、第1成分31が略均一に分散している状態を維持したまま、めっき層2と、チタンのアセチルアセトン錯体(D)と、加水分解によりシラノール化したシランカップリング剤(C)と、カチオン性ポリウレタン樹脂と、カチオン性フェノール樹脂とが反応する。その結果、めっき層2の表面と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、シロキサン化合物、チタン化合物が、アイオノマ結合、メタロキサン結合又はシロキサン結合による強固なネットワークを形成し、そこにバナジウム化合物とオレフィン系ワックスとが固定され、第1成分31および第2成分32が略均一に分散している皮膜3が形成される。」

コ「[0115](両面にめっき層を有する鋼板)
・・・
[0116]- GA
・・・
- SD
スーパーダイマ(登録商標)、新日鐵住金株式会社製、亜鉛-アルミニウム-マグネシウム-シリコン合金めっき鋼板、板厚0.8mm、片面のめっき付着量60g/m^(2)
・・・」

サ「【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の表面に形成された亜鉛を含むめっき層と、前記めっき層上に形成された皮膜とを有し、
前記皮膜が、平均粒径20nm以上200nm以下のポリウレタン樹脂からなる樹脂粒子を含む樹脂成分と、PとTiとVとSiとを含み、
前記皮膜中にPをリン酸換算で2.5質量%以上7.5質量%以下含み、
前記皮膜の断面における前記樹脂成分の面積率が35%以上80%以下であり、
前記皮膜中に前記樹脂粒子が分散しており、かつ、前記樹脂粒子の重心間距離の最大値が、当該樹脂粒子の平均粒径の3.0倍以下である、表面処理鋼板。
・・・
【請求項6】
前記皮膜中にSiをSiO_(2)換算で10質量%以上40質量%以下、
Tiを1.7質量%以上2.4質量%以下、
Vを0.70質量%以上0.90質量%以下含み、
TiとVとの質量比(Ti/V)が2.1以上2.9以下である、請求項1?請求項5のいずれか一項に記載の表面処理鋼板。」

シ 皮膜中のPの濃度は、リン酸換算で2.5質量%以上7.5質量%であるから、計算上、0.79質量%?2.37質量%と認められる。また、皮膜中のSiの濃度は、SiO_(2)換算で10質量%以上40質量%以下であるから、計算上、4.67質量%?18.70質量%と認められる。
そして、皮膜中のVの濃度が0.70質量%以上0.90質量%以下、Tiの濃度が1.7質量%以上2.4質量%以下であるから、皮膜中のPとTiとVとSiとの合計の濃度は、7.86質量%?23.91質量%であり、皮膜中のPとVの合計濃度は、1.49質量%?3.72質量%と認められる。

以上の摘記事項ア?サ、認定事項シから、甲第4号証には、以下の甲4発明が記載されている。

(甲4発明)
「鋼板と、前記鋼板の表面に形成された亜鉛を含むめっき層と、前記亜鉛を含むめっき層上に形成された皮膜とを有し、前記皮膜が、ポリウレタン樹脂からなる樹脂成分と、PとTiとVとSiとを含み、
亜鉛を含むめっき層は、約11%のアルミニウム、約3%のマグネシウム、微量のシリコンからなる亜鉛を含む合金からなるめっき層であり、
Pは白錆の発生を抑制し、Ti及びVは、腐食抑制作用を有する成分であり、シリコン(Si)は、耐食性、耐結露白化性および耐スタック白化性を向上させ、、
皮膜中のPとVとの平均濃度が1.49?3.27質量%であり、
皮膜の厚みが150?900nmである、表面処理鋼板。」

(2)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲4発明とを対比する。
甲4発明の「鋼板」は、本件発明1の「鋼板」に相当し、甲4発明の「前記鋼板の表面に形成された」「約11%のアルミニウム、約3%のマグネシウム、微量のシリコンからなる亜鉛を含む合金からなるめっき層であ」る「亜鉛を含むめっき層」は、本件発明1の「前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層」に相当する。
甲4発明の「ポリウレタン樹脂からなる樹脂成分」は、本件発明1の「バインダー樹脂」に相当し、甲4発明の「白錆の発生を抑制」する「P」、「腐食抑制作用を有する成分であ」る「Ti及びV」及び「耐食性、耐結露白化性および耐スタック白化性を向上させ」る「Si」は、それぞれが奏する作用に着目すると、本件発明1の「防錆剤」に相当するから、甲4発明の「記亜鉛を含むめっき層上に形成され」「ポリウレタン樹脂からなる樹脂成分と、PとTiとVとSiとを含」む「皮膜」は、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜」に相当する。
甲4発明の「亜鉛を含むめっき層は、約11%のアルミニウム、約3%のマグネシウム、微量のシリコンからなる亜鉛を含む合金からなるめっき層であ」ることは、その化学組成が本件発明1の範囲内にあるから、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%であ」ることに相当する。
甲4発明の「皮膜」は、その成分中の「PとTiとVとSi」が「P及びV」を含むものであるから、本件発明1の「防錆剤が、P及びVの少なくとも1種」である点と一致する。
甲4発明の「皮膜中のPとVとの平均濃度が1.49?3.27質量%」であることは、本件発明1の「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%」の範囲内である「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?3.27%」の範囲で一致している。
そして、甲4発明の「表面処理鋼板」は、本件発明1の「表面処理鋼板」に相当する。
してみると、本件発明1と甲4発明とは、次の<一致点2>で一致し、<相違点3、4>で相違する。

<一致点2>
「鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?3.27%である、表面処理鋼板。」

<相違点3>
本件発明1では、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるのに対して、甲4発明では、皮膜中におけるP及びVの平均濃度が濃い領域が存在するか否か不明な点。

<相違点4>
本件発明1では、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μm」であるのに対して、甲4発明では、皮膜の厚みが150?900nmである点。

(イ)判断
上記相違点3について検討する。
甲第4号証の段落[0102]の記載を参酌すると、甲4発明においては、皮膜とめっき層との界面において、樹脂やシロキサン化合物やチタン化合物がめっき層に結合して強固なネットワークが形成されるとともに、皮膜中に各成分が均一に分散していることが前提となっており、甲4発明において、めっき層と皮膜との界面で、界面から10nm離れた位置における前皮膜中の防錆剤の濃度が、皮膜中の防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍となることはないと認められる。
してみると、本件発明1は、甲4発明ではないことが明らかであり、また、相違点4について検討するまでもなく、甲4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。

イ 本件発明2?7について
本件発明2?7も、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、甲4発明に基いて当業者が容易に発明することができた発明とはいえない。

3-3 甲第1号証を主引用例とした場合
(1)甲第1記載事項及び甲1発明
甲第1号証には、以下の事項が記載されている。

ア「【請求項1】
鋼板の表面に亜鉛系めっき層を有し、該めっき層上に、金属塩とめっき金属との反応物と、該金属塩の1?50質量%の樹脂とを含む表面処理被膜を有し、該表面処理被膜は、厚さ0.02?3μmの前記反応物が主体の層を有し、該反応物が主体の層に、表面処理被膜中の樹脂の20vol%以上が含まれることを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板。
・・・
【請求項3】
請求項1または2において、金属塩は、Al,Mn,Mg,VおよびZnから選ばれる少なくとも1種または2種以上の金属の、りん酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩および水酸化物からなる群より選ばれる1種又は2種以上であることを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板。
【請求項4】
亜鉛系めっき鋼板を、金属塩と該金属塩の1?50質量%の樹脂とを含み、かつpHが1?4および遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20である処理液で処理し、金属塩の量として0.05?3.0g/m^(2)の固形物を付着させることを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法。
・・・」

イ「【0001】
【発明の属する技術分野】
この発明は、表面処理亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法に関するものであり、特にクロムおよびクロム化合物を含まない処理液を用いて製造され、クロメート処理鋼板に匹敵する耐食性、導電性および加工性を有する表面処理亜鉛系めっき鋼板およびその製造方法に関するものである。」

ウ「【0023】
【発明の実施の形態】
以下、この発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、詳細に説明する。
まず、表面処理を施す亜鉛系めっき鋼板は、電気亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛-ニッケルめっき鋼板、溶融亜鉛めっき鋼板、亜鉛-アルミ溶融めっき鋼板などであり、亜鉛を含有するめっきが施された鋼板であれば特に制限されることはない。
【0024】
この発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板は、上記の亜鉛系めっき鋼板のめっき層表面に、金属塩と亜鉛系のめっき金属との反応物および樹脂を含む表面処理被膜を有する。
この表面処理被膜は、鋼板表面に施した亜鉛系めっき層の表層部のめっき金属と金属塩との反応物を主体として含み、この反応物は、強力なイオン結合、すなわち金属塩の解離イオンとめっき層中の金属イオンとの結合により、亜鉛系めっき層との間で強固な密着状態を形成する結果、優れた耐食性を有するものとなっている。
・・・
【0026】
ちなみに、金属塩とめっき金属との反応物を主体とする層は、金属塩の解離イオンがめっき層の表面から内部へと侵入してめっき金属と反応することにより形成されるから、その厚さは、金属塩の解離イオンがめっき層表面(反応物を有する層が形成される前のめっき層表面)からめっき層内部へ侵入した深さと同等である。よって、この反応物を有する層の厚さは、例えばGDS(Glow Discharge Spectroscopy:グロー放電分光法)等を用いた金属塩成分の深さ方向分析により測定することができる。
【0027】
この金属塩としては、Al、Mn、Mg、VおよびZnから選ばれる1種または2種以上の金属の、りん酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩および水酸化物からなる群より選ばれる1種又は2種以上を用いることが好ましい。より好ましくは、Mg、MnおよびVの金属の無機塩と、亜鉛の無機塩とを併用、あるいはMg,MnおよびVの金属の水酸化物と、亜鉛の水酸化物とを併用するとよい。」

エ「【0029】
さらに、表面処理被膜は、金属塩および亜鉛系のめっき金属との反応物のほか、樹脂を含むことを特徴とする。ここで、樹脂は、金属塩と亜鉛系めっき金属との反応物を主体として有する層と完全に分離して層を形成しているのではなく、この反応物を主体として有する層中に所定量の樹脂が存在している必要がある。金属塩と亜鉛系めっき金属が反応して強固に結合している層中に樹脂が存在することにより、樹脂と亜鉛めっき層との密着性も強固なものとなり、鋼板を加工した後にも表面処理被膜の剥離が生じないため、加工後外観は良好なものとなる。なお、めっき金属には、加熱処理等によりめっき層中に拡散した鋼板の成分元素類も含まれる。
【0030】
すなわち、本発明に従う表面処理被膜では、金属塩とめっき金属との反応物と、樹脂とが明確な境界をもって積層しているわけではなく、金属塩とめっき金属との反応物を主体として有する層中に、樹脂が層厚方向に徐々に濃度を高めるような濃度分布を持って存在している。つまり、樹脂はめっき層側からその比率を徐々に増大させながら、金属塩と亜鉛系めっき金属との反応物と共存している状態である。
【0031】
図1に、MgおよびMnの各リン酸塩と、樹脂(ポリエチレン樹脂エマルション)とを、樹脂/金属塩=0.1として混合した表面処理液を、電気亜鉛めっき鋼板に塗布して乾燥させて表面処理被膜を形成させた本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、GDSを用いて表面からの金属塩の金属成分(Mg,Mn)と樹脂成分(C)とめっき金属(Zn)の深さ方向分析を実施し、各深さでの各元素の信号強度(存在量)を測定した例を示す。ここで、この分析は理学社製[RF-GDS3860]を用いて、アノード径4mm、20WおよびArガス流量300cc/分の条件にて行った。なお、図1から鉄換算のスパッター速度を基に、スパッタリング時間と深さとを対応づけることができ、金属塩とめっき金属との反応物を主体として有する層(以下「中間層」とも呼ぶ)の厚さを求めることもできる。
【0032】
図1において、スパッタリング時間0秒の時が、表面処理亜鉛系めっき鋼板の最表面を指す。スパッタリング時間がおよそ35s以下の深さ領域においては、金属塩の金属成分(Mg,Mn)はめっき金属(Zn)と共存していることがわかる。また、この深さ領域において樹脂成分(C)ピークは金属塩の金属成分(以下、単に金属塩成分と呼ぶこともある)のピークよりも表層側に存在するものの、金属塩成分(Mg,Mn)とも共存している。このように、金属塩と樹脂との反応物と、樹脂とが共存している層が形成されているのである。
【0033】
ここに、この発明における反応物を主体として有する層(中間層)は、各元素の信号強度(存在量)の測定結果(例えば図1)において、各金属塩成分のピークのうちで最大のピークを有する金属のピークに着目し、その最大値のある位置からめっき層方向に該最大ピークの強度が1/10となる位置までと定義する。
【0034】
発明者らは、樹脂と金属塩とを有する表面処理液を亜鉛系めっき鋼板に適用して表面処理被膜を形成させる場合に、付着させた樹脂のうち、金属塩とめっき金属との反応物を有する層(中間層)の中に存在する樹脂の比率を多くすることによって、鋼板の加工性、加工後外観、加工後耐食性が向上するという知見を得た。そこで、以下のような方法で、これらの特性を向上させ得る要素として、樹脂、さらに金属塩とめっき金属との反応物との存在状態について評価した。
【0035】
図2に、金属塩成分、樹脂成分、めっき金属塩成分の深さ方向のGDS分析の一例を示す。この図で説明すれば、中間層は、各金属塩成分のピークのうちで最大のピークを有する金属のピークに着目し、その最大値のある位置からめっき層方向に該最大ピークの強度が1/10となる位置までと定義する。いま、樹脂の全体量は、炭素強度の全ピーク面積を求めることにより数値化できる。同様に、中間層に含まれる樹脂量は、中間層側の炭素量、すなわち金属塩成分の最大ピークよりも深層側にある炭素量を、チャート上の面積(図2中斜線部分の面積)から求めて数値化できる。したがって、中間層の樹脂比率を樹脂全体に占める体積比率として表すことができる。そして、この比率が、加工後外観におよぼす影響を調査したところ、樹脂の中間層に占める割合が20vol%以上の場合に、加工後にも表面処理被膜の剥離が生じることなく、加工後外観が非常に優れた表面処理亜鉛系めっき鋼板が得られることがわかった。従って、本発明では、表面処理被膜中の樹脂の20vol%以上が、中間層に含まれることが必要である。」

オ「【0042】
樹脂は、さらに水分散性樹脂を含有することにより、加工性、加工後耐食性をより良好とすることが可能となる。特に、水分散性樹脂には、低pH(酸性水溶液(pH:1?4)中で安定で、均一分散しうる特性)に優れるものが好ましい。これは、後述するように、表面処理被膜を形成させるにあたり、処理液として低pHのものを用いる必要があるためである。・・・水分散性樹脂としては、さらに酸性水溶液(pH=1?4)中で安定であり、均一に分散することができる樹脂も使用可能である。例えば、従来金属材料の表面処理に使用されているポリエステル系、アクリル系、ウレタン系が挙げられる。これらは2種以上併用することもできる。」

カ「【0049】
[pH:1?4]
表面処理液のpHが1未満である場合は亜鉛系めっき層が溶解してしまい、めっき層の薄膜化やめっき金属と金属塩との反応物の再溶解が発生してしまい、耐食性向上が得られない場合があるため、pHは1以上の範囲に規制する。一方、pHが4を超えると、めっき金属と金属塩との反応物が形成されなくなり、耐食性が著しく低下する。よって、処理液のpHは1?4とする。このために、前記したように処理液中の水分散性樹脂としては、低pH安定性に優れたものが好ましい。・・・」

キ「【0060】
【実施例】
実施例1
下記に示す亜鉛系めっき鋼板a?fに、表1に示す金属塩および樹脂A?Eまたは水分散性樹脂F?Iを表1に記載した割合で含有する水性表面処理液をスプレー塗布し、リンガー絞りにて塗装した。その後5秒で鋼板温度が60℃となるように加熱して、表面処理被膜を形成した。処理液の条件や得られた被膜の性状なども表1に併せて示した。
【0061】

(亜鉛系めっき鋼板a?f)
鋼板a:電気亜鉛めっき鋼板(板厚;1mm、Zn20g/m^(2))
鋼板b;電気亜鉛-ニッケルめっき鋼板(板厚1mm、Zn-Ni20g/m^(2)、Ni;12mass%)
鋼板c;溶融亜鉛めっき鋼板(板厚;1mm、Zn60g/m^(2))
鋼板d;合金化溶融亜鉛めっき鋼板(板厚;1mm、Zn60g/m^(2)、Fe;10mass%)
鋼板e;亜鉛-5%アルミニウムめっき鋼板(板厚;1mm、60g/m^(2)、Al;5mass%)
鋼板f;亜鉛-55%アルミニウムめっき鋼板(板厚;1mm、60g/m^(2)、Al;55mass%)
【0062】
(樹脂A?I)
ここで、樹脂A?Hの数値は共重合体の重合単位の重合比率である。
樹脂A;アクリル酸/マレイン酸=90/10(分子量2万)
樹脂B;アクリル酸/イタコン酸=70/30(分子量5万)
樹脂C;メタアクリル酸/マレイン酸=80/20(分子量2.5万)
樹脂D;メタアクリル酸/イタコン酸=60/40(分子量2.5万)
樹脂E;リン酸変性アクリル樹脂
樹脂F;エポキシ変性ウレタン樹脂(分子量2.5万)
樹脂G;ウレタン樹脂エマルション
樹脂H;アクリル樹脂エマルション
樹脂I;ポリエチレン樹脂エマルション」

ク「【0069】
【表1】


ケ「【0071】
実施例2
実施例1で用いた亜鉛系めっき鋼板a?fに、表3に示すように、金属塩、水分散性樹脂J?Mおよび潤滑剤N?Oを含有する水性の表面処理液をスプレー塗布し、リンガー絞りにて塗布面を平坦にし、次いで5秒で鋼板温度が60℃となるように加熱して表面処理被膜を形成させ、試験片を作製した。処理液の条件や得られた被膜の性状なども表3に併せて示した。
【0072】
(水分散性樹脂)
樹脂J:ウレタン樹脂エマルション(Tg80℃、分散粒子径0.2?0.4μm)
ここで、Tgはガラス転移温度である(以下同じ。)。
樹脂K:アクリル樹脂エマルション(Tg70℃、分散粒子径0.3?0.4μm)
樹脂L:ポリエチレン樹脂エマルション(Tg80℃、分散粒子径0.1?0.2μm)
樹脂M:アクリル樹脂エマルション(Tg30℃、分散粒子径0.1?0.2μm)
(潤滑剤)
潤滑剤N:ポリエチレンワックス(軟化温度110℃)
潤滑剤O:フッ素系ワックス(軟化温度160℃)
各試験片について、実施例1の場合と同様の方法で表面処理被膜中の樹脂の金属塩に対する質量比率(mass%)、被膜中樹脂の中間層に存在する比率(%)、中間層膜厚(μm)を求めた。この結果を表1に併記する。
・・・」

コ「【0073】
【表3】



サ「【図1】



シ「【図2】



ス 甲第1号証の【請求項1】及び【請求項3】の記載から、Mn及びZnのりん酸塩に着目すると、Mnのリン酸塩の場合、Pの濃度が17.3?11.6質量%、Znのリン酸塩の場合、Pの濃度が15.9?10.7質量%になるものと認められる。

以上の摘記事項ア?サ、認定事項スから、甲第1号証には、以下の甲1発明が記載されている。

(甲1発明)
「鋼板の表面に亜鉛系めっき層を有し、該めっき層上に、金属塩とめっき金属との反応物と、該金属塩の1?50質量%の樹脂とを含む表面処理被膜を有し、該表面処理被膜は、厚さ0.02?3μmの前記反応物が主体の層を有し、
金属塩は、Al,Mn,Mg,VおよびZnから選ばれる少なくとも1種または2種以上の金属の、りん酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩および水酸化物からなる群より選ばれる1種又は2種以上であり、
金属塩が、Mnのりん酸塩の場合、りんの濃度は17.3?11.6質量%であり、Znのりん酸塩の場合、りんの濃度は15.9?10.7質量%である、表面処理亜鉛系めっき鋼板。」

(2)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「鋼板」は、本件発明1の「鋼板」に相当し、甲1発明の「鋼板」がその「表面に」「有し」ている「亜鉛系めっき層」は、「亜鉛(Zn)」を含む「めっき層」の限りにおいて、本件発明1の「前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層」と一致する。
甲1発明の「表面処理被膜」は、「該めっき層上に」形成されたものであって、「金属塩とめっき金属との反応物と、該金属塩の1?50質量%の樹脂とを含む」ものである。
ここで、甲第1号証の段落【0024】に「鋼板表面に施した亜鉛系めっき層の表層部のめっき金属と金属塩との反応物を主体として含み、この反応物は、強力なイオン結合、すなわち金属塩の解離イオンとめっき層中の金属イオンとの結合により、亜鉛系めっき層との間で強固な密着状態を形成する結果、優れた耐食性を有するものとなっている。」との記載から、甲1発明の「金属塩とめっき金属との反応物と、該金属塩の1?50質量%の樹脂」は、表面処理被膜の耐食性を向上させるものである。
そして甲1発明の「金属塩」は、「Al,Mn,Mg,VおよびZnから選ばれる少なくとも1種または2種以上の金属の、りん酸塩、硝酸塩、炭酸塩、硫酸塩、酢酸塩および水酸化物からなる群より選ばれる1種又は2種以上」であって、「Mnのりん酸塩の場合、りんの濃度は17.3?11.6質量%であり、Znのりん酸塩の場合、りんの濃度は15.9?10.7質量%である」から、当該「Mnのりん酸塩」又は「Znのりん酸塩」に含まれる「りん」(P)成分が、本件発明1の「防錆剤」に相当し、同様に「該金属塩の1?50質量%の樹脂」が本件発明1の「バインダー樹脂」に相当する。
すると、甲1発明の「Mnのりん酸塩」又は「Znのりん酸塩」に含まれる「りん」(P)成分は、本件発明1の「防錆剤が、P及びVの少なくとも1種」である点と一致する。
甲1発明の「金属塩が、Mnのりん酸塩の場合、りんの濃度は17.3?11.6質量%であり、Znのりん酸塩の場合、りんの濃度は15.9?10.7質量%である」あることは、本件発明1の「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%」の範囲内である「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、10.7?15.0%」の範囲で一致している。
そして、甲1発明の「表面処理亜鉛系めっき鋼板」は、本件発明1の「表面処理鋼板」に相当する。
してみると、本件発明1と甲1発明とは、次の<一致点3>で一致し、<相違点5?8>で相違する。

<一致点3>
鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZnを含むめっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、10.7?15.0%である、表面処理鋼板。

<相違点5>
本件発明1では、「Znを含むめっき層」が「Zn系合金めっき層」であるのに対して、甲1発明では、「亜鉛系めっき層」である点。

<相違点6>
本件発明1では、「前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%」であるのに対して、甲1発明では、前記亜鉛系めっき層は、亜鉛-アルミ溶融めっきであるが、その化学組成は不明な点。

<相違点7>
本件発明1では、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるのに対して、甲1発明では、亜鉛系めっき層と表面処理被膜との界面から10nm離れた位置における前記表面処理被膜中の金属塩の濃度が不明な点。

<相違点8>
本件発明1では、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μm」であるのに対して、甲1発明では、該表面処理被膜が厚さ0.02?3μmの前記反応物が主体の層を有するものであるが、表面処理被膜自体の厚さは不明な点。

(イ)判断
事案に鑑み、上記相違点7について検討する。
甲第1号証の段落【0031】?【0035】の記載を参酌しつつ【図1】及び【図2】を見ると、甲1発明については、「表面処理被膜」と「めっき層」との界面近傍においては、金属塩成分の濃度が小さく、当該界面近傍から表面処理被膜の表層に向かって徐々に金属塩成分の濃度が増加し、表面処理被膜の最表層において再び金属塩成分の濃度が低下しているものと認められる。
そうすると、甲1発明の「めっき層」と「表面処理被膜」との「界面から10nm離れた位置における表面処理被膜中の防錆剤の濃度」は、表面処理被膜全体と比較して小さくなっていることが明らかであり、表面処理被膜中の防錆剤の濃度を「1.5?5.0倍」となる蓋然性はなく、また、当業者であっても、甲1発明から容易に発明をすることはできないというべきである。
してみると、本件発明1は、相違点5、6、8について検討するまでもなく、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。

イ 本件発明2?7について
本件発明2?7も、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、甲1発明に基いて当業者が容易に発明することができた発明とはいえない。

3-4 甲第2号証を主引用例とした場合
(1)甲第2記載事項及び甲2発明
甲第2号証には、以下の事項が記載されている。

ア「【請求項1】
下記(a)?(d)の成分を含有する水溶液であって、pHが1?4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20であることを特徴とする亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤。
(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300?1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5?100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10?300質量部(固形分)
・・・
【請求項4】
亜鉛系めっき鋼板の表面に、請求項1?3のいずれかに記載の表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有し、該表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02?3μmの下層部を有することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板。
【請求項5】
亜鉛系めっき鋼板の表面に、請求項1?3のいずれかに記載の表面処理剤を固形分付着量が0.05?3.0g/m^(2)となるように塗布し、乾燥することにより表面処理皮膜を形成することを特徴とする表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法。」

イ「【技術分野】
【0001】
この発明は、亜鉛系めっき鋼材に優れた耐食性を付与することができるクロムフリーの表面処理剤と、この表面処理剤により処理された表面処理亜鉛系めっき鋼板に関するものである。」

ウ「【0021】
上述した有機樹脂は、さらに水分散性樹脂を含有することにより、加工性、加工後耐食性をより良好なものとすることができる。水分散性樹脂としては、特に、低pH酸性水溶液(pH:1?4)中で安定であり、均一分散し得るものが好ましい。・・・pH1?4の酸性水溶液中で安定であり、均一に分散することができる水分散性樹脂としては、例えば、従来金属材料の表面処理に使用されているポリエステル系、アクリル系、ウレタン系が挙げられる。これらは2種以上併用することもできる。」

エ「【0031】
本発明の表面処理剤は、上述した各成分を溶媒である水に溶解または分散させることにより得られるものであり、通常、固形分濃度が5?25mass%程度の水溶液である。・・・
本発明の表面処理剤は、そのpHを1?4、遊離酸度を0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20とする必要がある。表面処理剤のpHが1未満ではめっき金属が過剰に溶解してめっき層の薄膜化を生じたり、めっき金属とリン酸イオンとの反応物の再溶解が発生してしまい、耐食性向上が得られない場合がある。一方、pHが4を超えると、めっき金属とリン酸イオンとの反応物が形成されなくなり、耐食性が著しく低下する。・・・」

オ「【0033】
以下、本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板について、詳細に説明する。
本発明の表面処理亜鉛系めっき鋼板は、亜鉛系めっき鋼板の表面に、上述した表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有する。
本発明で用いる亜鉛系めっき鋼板の種類に特別な制限はないが、例えば、亜鉛めっき鋼板・・・Zn-Al-Mg合金めっき鋼板(例えば、Zn-6%Al-3%Mg合金めっき鋼板、Zn-11%Al-3%Mg合金めっき鋼板)、さらには、これらのめっき鋼板のめっき皮膜中に金属酸化物、ポリマーなどを分散した亜鉛系複合めっき鋼板(例えば、Zn-SiO_(2)分散めっき鋼板)などを用いることができる。」

カ「【0035】
亜鉛系めっき鋼板の表面に形成された表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02?3μmの下層部xを有する。」

キ「【0038】
ここで、本発明における表面処理皮膜の「下層部x」とは、図1に示すようなGDSの測定結果において、表面処理剤由来の金属成分(上述した(a)の成分,図1ではMg,Mn)の信号強度がピークとなる深さ位置P1から、同信号強度が前記ピーク値の1/10となる深さ位置P2(概ね、この深さ位置P2がめっき面との界面であると考えられる)までとする。前記深さ位置P1以深の領域は、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と金属塩(ii)を主体とし、且つ有機樹脂が共存している層であり、この層が耐食性や潤滑性に大きく寄与すると考えられるからである。
【0039】
本発明における表面処理皮膜は、強力なイオン結合によって生じた反応物(i)と金属塩(ii)を主体とする下層部xが亜鉛系めっき層との間で強固な密着状態を形成する結果、優れた耐食性を発現すると考えられる。このような強固な密着状態を達成するために、前記下層部xは0.02?3μmの厚さを有する必要がある。この下層部xの厚さが0.02μm未満であると、めっき層と表面処理皮膜との結合が不十分になって耐食性が劣化する。一方、3μmを超えると、曲げ加工などの加工を行った際に下層部xの剥離が生じ易くなり、表面処理皮膜の密着性が劣化してプレス成形性が悪化する。また、その結果、加工後の外観も低下する。以上の観点から、下層部xのより好ましい厚さは0.1?1.5μmである。後述するように、この下層部xの厚さは表面処理剤の塗布量により調整することができる。」

ク「【0040】
次に、表面処理亜鉛系めっき鋼板の製造方法について説明する。・・・
通常、表面処理剤はロールコート、スプレー塗装、刷毛塗り、カーテンフローなどの塗装方式で亜鉛系めっき鋼板の表面に塗布される。ここで、表面処理剤を固形分付着量が0.05?3.0g/m^(2)となるよう塗布することにより、下層部xの厚さを0.02?3μmとすることができる。また、下層部xの厚さを0.1?1.5μmとするには、表面処理剤を固形分付着量が0.3?1.5g/m^(2)となるよう塗布することが好ましい。
【0041】
このような表面処理剤を塗布した後、これを乾燥させるが、この乾燥工程では鋼板を50?100℃に加熱して表面処理剤を乾燥させるのが好ましい。加熱温度(鋼板温度)が50℃以上であれば皮膜中の水分が残存し難くなるので、耐食性が向上する。一方、加熱温度(鋼板温度)が100℃以下であれば、リン酸のオルソ化が抑制されるため、表面処理剤の遊離酸度が維持され易く、やはり耐食性が向上する。加熱手段としては、熱風炉、ドライヤー、高周波加熱炉、赤外線加熱炉などを用いることができる。」

ケ「【図1】



以上の事実から、甲第2号証には、以下の甲2発明が記載されている。

(甲2発明)
「亜鉛系めっき鋼板の表面に、
(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300?1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5?100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10?300質量部(固形分)
の成分を含有する水溶液であって、pHが1?4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20である亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有し、該表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有する厚さが0.02?3μmの下層部を有する、
表面処理亜鉛系めっき鋼板。」

(2)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「鋼板」は、本件発明1の「鋼板」に相当し、「めっき」とは「金属の薄層を他の物(主として金属)の表面にかぶせること。また、その方法を用いたもの。」(広辞苑第7版、株式会社岩波書店)ものであるから、甲2発明の「Zn-11%Al-3%Mg合金めっき」である「亜鉛系めっき」からなる薄層は、本件発明1の「前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層」に相当する。
甲2発明の「表面処理被膜」は、亜鉛系めっき鋼板の表面に、「pHが1?4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20である亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成」されたものであって、「めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし、且つ有機樹脂(iii)を含有」するものである。
ここで、甲第2号証の段落【0039】の「本発明における表面処理皮膜は、強力なイオン結合によって生じた反応物(i)と金属塩(ii)を主体とする下層部xが亜鉛系めっき層との間で強固な密着状態を形成する結果、優れた耐食性を発現すると考えられる。」との記載から、表面処理被膜中の成分である「リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)」、「Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)」、「有機樹脂(iii)」は、表面処理被膜の耐食性を向上させるものである。
甲2発明の「有機樹脂(iii)」は、本件発明1の「バインダー樹脂」に相当する。
甲2発明の「(a)Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属イオン
(b)リン酸:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して300?1500質量部(固形分)
(c)有機樹脂:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して5?100質量部(固形分)
(d)アミンおよびその誘導体、アミノポリカルボン酸、アミノ酸の中から選ばれる1種以上:前記(a)の金属イオン100質量部(固形分)に対して10?300質量部(固形分)の成分を含有する水溶液であって、pHが1?4、遊離酸度が0.1規定水酸化ナトリウム換算で3?20である亜鉛系めっき鋼材用の表面処理剤を塗布し、乾燥することにより形成された表面処理皮膜を有し、該表面処理皮膜は、めっき層に接して、リン酸イオンとめっき金属との反応物(i)と、Al、Mn、Mg、V、Znの中から選ばれる1種以上の金属を含む金属塩(ii)とを主体とし」たことは、「(b)リン酸」が奏する作用に着目すると、本件発明1の「前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であ」ることに相当する。
甲2発明の「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層は、アルミニウムを4.0?10質量%、マグネシウムを1.0?10質量%およびZnを含み、Siを0.001?2.0質量%でさらに含」むことは、その化学組成が、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層の化学組成」の範囲内にあるから、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%であ」ることに相当する。
そして、甲2発明の「表面処理亜鉛系めっき鋼板」は、本件発明1の「表面処理鋼板」に相当する。
してみると、本件発明1と甲2発明とは、次の<一致点4>で一致し、<相違点9?11>で相違する。

<一致点4>
鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種である、表面処理鋼板。

<相違点9>
本件発明1では、「前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%」であるのに対して、甲2発明では、P及びVの合計の平均濃度は不明な点。

<相違点10>
本件発明1では、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるのに対して、甲2発明では、亜鉛系めっき層と表面処理被膜との界面から10nm離れた位置における前記表面処理被膜中の金属塩の濃度が不明な点。

<相違点11>
本件発明1では、「前記塗膜の平均厚さが、3?15μm」であるのに対して、甲2発明では、表面処理皮膜は、厚さが0.02?3μmの下層部を有するものであるが、表面処理被膜自体の厚さは不明な点。

(イ)判断
事案に鑑み、上記相違点10について検討する。
甲第2号証の段落【0038】、【0040】の記載を参酌しつつ【図1】を見ると、甲2発明については、「表面処理被膜」と「めっき層」との界面近傍においては、Pの濃度が小さく、当該界面近傍から表面処理被膜の表層に向かって徐々にPの濃度が増加し、表面処理被膜の最表層近傍においてP成分の濃度が最も高くなっているものと認められる。
そうすると、甲2発明の「めっき層」と「表面処理被膜」との「界面から10nm離れた位置における表面処理被膜中の防錆剤の濃度」は、表面処理被膜全体と比較して小さくなっていることが明らかであり、表面処理被膜中の防錆剤の濃度を「1.5?5.0倍」となる蓋然性はなく、また、当業者であっても、甲2発明から容易に発明をすることはできないというべきである。
してみると、本件発明1は、相違点9、11について検討するまでもなく、甲2発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明とはいえない。

イ 本件発明2?7について
本件発明2?7も、本件発明1の「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」と同一の構成を備えるものであるから、本件発明1と同じ理由により、甲2発明に基いて当業者が容易に発明することができた発明とはいえない。

3-5 まとめ
以上のとおりであるから、本件発明1?7は、甲3発明又は甲4発明ではないから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当しない。
また、本件発明1?7は、甲1発明?甲4発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明ではないから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない発明ではない。

4.申立人の主張について
(1)申立人の主張の概要
申立人は、令和3年5月14日に提出した意見書において、サポート要件及び実施可能要件について、概略、以下のように主張している。

ア 訂正後の請求項1がいわゆる「オープンクレーム」であること
(ア)訂正後の請求項1には、「Zn系合金メッキ層」と記載されているだけであり、Al、Si、Mg以外はすべて、Znであるとは記載されておらず、訂正後の請求項1は、Al、Zn、Si、Mg以外の元素を含み得るいわゆる「オープンクレーム」である。
本件特許発明1で特定されているZn系合金メッキ層の組成は、「Znの含有量が28質量%」という組成や、「Al:0.01質量%、Mg:0.001質量%、Zn:99.989質量%」のような態様はもちろんのこと、さらに広範な組成範囲を包含するものである。

(イ)「合金は、通常、その構成(成分及び組成範囲等)から、そのような特性を有するか予測することは困難であり、また、ある成分の含有量を増減したり、その他の成分を更に添加したりすると、その特性が大きく変わるものであって、合金の成分又は組成範囲が異なれば、同じ製造方法により製造したとしても、その特性は異なることが通常であると解される。」ことが技術常識である。(平成24年(行ケ)第10151号)
これに対して、意見書の主張内容を勘案したとしても、本件特許明細書には、いわゆる「オープンクレーム」である訂正後の請求項1に係る発明である本件特許発明1について、サポート要件を満たすと認めるに足る記載はない。

イ Zn含有量について
(ア)本件特許明細書の表1に記載されためっき化学組成は、Zn、Al、Mg、に加えて、Siを含有する態様のみ(試料No1、29、31?34)であり、それ以外の元素を含有することは記載されていない。
そのため、本件特許発明1に規定されたZn系合金めっき層の化学組成は、めっき層の成分組成を任意元素として含み得ないもの(いわゆるクローズクレーム)へと限定すべきことはいうまでもなく、本件特許の発明の詳細な説明の中でその効果を実証できている試料No1、29、31?34及びこれら近傍の範囲に限定されるべきである。

(イ)Zn系合金めっき層の組成がZn:28%のような場合に、Zn:99.989%の場合と同様の効果が奏されることは、当業者の技術常識をもとにしても自明ではなく、本件特許の発明の詳細な説明にも、同様の効果が得られる根拠となる記載はない。さらに、本件特許明細書に開示された実施例を参照した場合でもZn系合金めっき層のZn濃度の最低値は52%であり、28%はその約半分の濃度でしかないことから、技術常識に基づいても同様の効果を奏することを理解できるものではない。
Zn系合金めっき層におけるZn含有量が効果において大きな差を生じさせるのは明らかであり、特許権者による「Zn系合金めっき層が、Zn:28質量%のような組成であったとしても、本発明の効果が同様に奏され所定の課題を解決することができることは、本件特許の発明の詳細な説明に記載された作用・メカニズムからすれば自明である」という主張は妥当ではないと解される。

(2)当審の判断
ア Zn系合金めっき層の組成について
訂正後の請求項1には、「Zn系合金めっき層」について、「前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%であり」と記載されているから、文言解釈上、Zn、Al、Mg、及びSiを除いて、不可避不純物以外に他の成分が「含まれる」と解する余地はない。
また、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の段落【0022】には、上記「Zn系合金めっき層」について、「Zn系合金めっき層は、少なくともAlとMgとを含有するZn-Al-Mg合金めっき層であってもよく、さらにSiを含有するZn-Al-Mg-Si合金めっき層であってもよい。これらの各含有量(濃度)は、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、Si:0?2%であり、残部がZn及び不純物である。」と記載されており、上記の解釈は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の記載とも整合するものである。
してみると、訂正後の請求項1に係る発明がオープンクレームであるとする申立人の上記主張を採用することはできない。

イ Zn含有量について
(ア)本件特許に係る発明の解決しようとする課題は、「Zn系合金めっき鋼板において、耐食性に優れた表面処理鋼板を提供すること」(段落【0014】)である。
そして、発明の詳細な説明の段落【0029】には、上記の課題を解決するために「pH3.0?5.0の酸性の塗料をZn系合金めっき層の表面に塗布すると、その酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去し、Zn系合金めっき層の表面付近で、イオンの状態の防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応する。その結果、塗料を硬化させた後に、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域を形成することができる。」と記載されているから、本件発明1の効果は、「Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域を形成」することによって奏されるものと解される。

(イ)そこで、Zn-Al-Mg合金系めっき層と防錆剤に含まれるP、Vとによる防錆剤の濃化について検討すると、上記1.(1)ウ、エに示したとおり、「pH3.0?5.0の酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去するため、本発明における塗膜中に含まれる防錆剤の成分(例えばP)と、Zn系合金めっき層に含まれる成分(例えばZn)は、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近で反応して、その界面付近の領域で反応生成物(例えばZnとPとを含む反応生成物)を形成する。」ものであるから、上記界面付近での反応の結果としてリン酸亜鉛(Zn_(3)(PO_(4))_(2))が生成される場合、ZnとPとの比は、Zn:P=3:2となる。

(ウ)一方、本件発明1は、「塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%であり」、「前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍」であるから、Zn:P=3:2であることを勘案すると、塗膜中の防錆剤P、Vの平均濃度である3質量%に対して、反応するZnが最低でも2.25倍程度あれば、界面付近の防錆剤P、Vの濃度が上記平均濃度に対して1.5倍になるものと解される。
そして、本件発明1の「塗膜」は、「防錆剤とバインダー樹脂を含む」ものであるからZn合金系めっき層と単純に比較することはできないが、「防錆剤とバインダー樹脂を含む」塗膜における防錆剤の平均濃度3質量%に対して、本件特許の請求項1に係る発明の「Zn系合金めっき層」の化学組成におけるZnの分量は、計算上、28質量%以上であるから、前記Zn合金系めっき層には、「界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5倍以上」とするのに十分なZnが含まれていると解される。

(エ)してみると、実施例がZn=52質量%以上のZn系合金めっき層のみ記載されていたとしても、上記1.(1)ウ、エに示した明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌すれば、Zn系合金めっき層の化学組成においてZnが28質量%程度であっても本件特許の効果が同様に奏され、上記課題を解決することができると当業者が理解できるものであって、申立人の上記主張を採用することはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、本件発明1?7に係る特許は、特許法第36条第6項第1号及び同法同条第4項第1号の規定に適合するものであって、同法第113条第4号に該当しない。
また、本件発明1?7に係る特許は、特許法第29条第1項第3号の発明ではなく同法同条第2項の規定により特許を受けることができない発明でもないから、同法第113条第2号に該当しない。
したがって、当審が通知した取消理由並びに特許異議の申立ての理由及び証拠によっては、本件発明1?7に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件発明1?7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】
表面処理鋼板
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性に優れた表面処理鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
家電用、建材用、自動車用などに使用される耐食性に優れた様々なめっき鋼板が知られている。例えば、溶融亜鉛めっきなどにより鋼板上に亜鉛めっき層を形成した亜鉛めっき鋼板が知られている。このように亜鉛めっき層を鋼板上に設けると、例えば亜鉛めっき鋼板が傷ついて鋼板が露出した場合でも、鋼板を構成する鉄より腐食しやすい亜鉛が先に腐食して保護皮膜を形成し、そしてその保護皮膜により鋼板の腐食を防止することができる。したがって、亜鉛めっき鋼板は耐食性を要求される様々な用途に展開されている。
【0003】
しかしながら、亜鉛めっき鋼板などの種々のめっき鋼板の表面は、周辺環境によって劣化する場合がある。例えば、大気中に含まれる塩分等の電解質や、高温多湿環境下において存在する酸素、水分によってめっき層が酸化し、白錆を生成するという問題がある。白錆の生成は、外観均一性が損なわれるおそれがあるため、亜鉛めっき鋼板にはより高い耐食性が要求されている。
【0004】
亜鉛めっき鋼板の耐食性をさらに高めた技術としてZn-Al-Mg系合金めっき等を施したZn系合金めっき鋼板が知られている。
【0005】
しかしながら、このようなZn系合金めっき鋼板においても、更なる耐食性の向上が要求されており、特に、酸素等の腐食因子が合金めっき層に到達するのを防ぐことにより、優れた耐食性を担保するような技術が要求されている。そして、このような合金めっき鋼板に加工を施した場合においても、優れた耐食性を維持できることが要求されている。
【0006】
特許文献1では、鋼板と、鋼板の表面に形成されたZn-Al-Mg系合金めっき層と、合金めっき層上に形成されたアルミニウムを含む皮膜とを含む、耐食性に優れた亜鉛めっき鋼板が開示されている。
【0007】
また、特許文献2では、金属板等に少なくとも一層の塗膜層を有する表面処理金属板であって、最表面に形成された塗膜層が、アニオン性官能基を有する有機樹脂と、Liなどから選ばれる少なくとも1種のカチオン性金属元素とを含有し、塗膜層の外表面に近い領域にカチオン性金属元素が濃化していることを特徴とする表面処理金属板が開示されており、このような表面処理鋼板は、耐食性を低下させることなく、耐アルカリ性、耐溶剤性を向上させることができることが教示されている。
【0008】
さらに、特許文献3では、特定の有機ケイ素化合物と、ヘキサフルオロ金属酸と、特定のカチオン性基を有するウレタン樹脂と、バナジウム化合物と、水性媒体を含む塗装鋼板用下地処理組成物が開示されており、このような組成物を使用することで、鋼板上に耐軒下耐食性を有する下地処理層を形成することができることが教示されている。
【0009】
特許文献4?6では、亜鉛系めっき鋼板上に、例えばバナジウム系の防錆顔料を含む樹脂皮膜を有する塗装鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】国際公開第2015/075792号
【特許文献2】特開2009-248460号公報
【特許文献3】特開2014-214315号公報
【特許文献4】特開2005-015834号公報
【特許文献5】特開2013-194145号公報
【特許文献6】特開2001-003181号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献1に記載の亜鉛めっき鋼板では、鋼板上にZn-Al-Mg-Si合金めっき層を設け、主にこの合金めっき層により亜鉛めっき鋼板の耐食性を担保している。また、特許文献1では、合金めっき層上の皮膜中に防錆剤をさらに添加することができることが教示されているが、皮膜中の防錆剤の濃度分布やその制御方法については必ずしも十分な検討がなされていない。したがって、特許文献1に記載の亜鉛めっき鋼板には、耐食性の向上について依然として改善の余地がある。
【0012】
また、特許文献2に記載の発明は、耐食性を低下させることなく、主に耐アルカリ性、耐溶剤性を向上した塗膜を有する表面処理金属板に関するものである。そして、塗膜層中のカチオン性金属元素の濃化の程度については必ずしも十分な検討がなされておらず、したがって、特許文献2に記載の表面処理金属板においても、耐食性の向上について依然として改善の余地がある。
【0013】
さらに、特許文献3に記載の組成物中において、耐食性を向上させるためにバナジウム化合物を使用しているが、この組成物を用いて得られた下地処理層中のバナジウム化合物の濃度分布については必ずしも十分な検討がなされておらず、耐食性の向上について依然として改善の余地がある。特許文献4?6に記載の発明においても同様に、皮膜中のバナジウム化合物等の防錆顔料の濃度分布については必ずしも十分な検討がなされておらず、耐食性の向上について依然として改善の余地がある。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題点に鑑み、Zn系合金めっき鋼板において、耐食性に優れた表面処理鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、耐食性に優れた表面処理鋼板を得るためには、Zn系合金めっき層上に形成される塗膜中に防錆剤を含め、かつ、当該Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度を、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5倍以上5.0倍以下にすることが重要であることを見出した。すなわち、本発明によれば、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域では、他の領域に比べて防錆剤が濃化して存在している。そのため、この防錆剤の濃化領域により、酸素等の腐食因子が塗膜を通過してZn系合金めっき層を腐食するのを抑制することができる。すなわち、この防錆剤の濃化領域が、塗膜中において下地のZn系合金めっき層のためのバリア領域としての役割を果たすことができる。また、このようなバリア領域は、本発明に係る表面処理鋼板に加工を施した後でも十分にその役割を果たすことができる。したがって、このような塗膜を有する本発明に係る表面処理鋼板は、極めて優れた耐食性を提供することが可能となる。
【0016】
本発明は、上記知見を基になされたものであり、その主旨は以下のとおりである。
(1)
鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であることを特徴とする、表面処理鋼板。
(2)
前記防錆剤が、P、V及びMgの少なくとも1種を含むことを特徴とする、(1)に記載の表面処理鋼板。
(3)
前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度が、質量%で、3?15%であることを特徴とする、(1)又は(2)に記載の表面処理鋼板。
(4)
前記塗膜が光輝顔料をさらに含み、前記光輝顔料が、アルミニウム及び酸化物の少なくとも1種を含むことを特徴とする、(1)?(3)のいずれか1つに記載の表面処理鋼板。
(5)
前記酸化物が、アルミナ、シリカ、マイカ、ジルコニア、チタニア、ガラス、又は酸化亜鉛であることを特徴とする、(4)に記載の表面処理鋼板。
(6)
前記光輝顔料が、Rh、Cr、Ti、Ag、及びCuの少なくとも1種をさらに含むことを特徴とする、(4)又は(5)に記載の表面処理鋼板。
(7)
前記塗膜中の前記光輝顔料の平均濃度が、質量%で、5?15%であることを特徴とする、(4)?(6)のいずれか1つに記載の表面処理鋼板。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、Zn系合金めっき層上に形成される塗膜中に防錆剤が含まれ、かつ、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置での防錆剤の濃度が、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5倍以上5.0倍以下である。すなわち、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域で、防錆剤が他の部分に比べて濃化して存在する。そのため、その防錆剤の濃化領域が、酸素等の腐食因子に対するZn系合金めっき層のためのバリア領域の役割を果たし、その結果、耐食性に優れた表面処理鋼板を提供することができる。また、本発明によれば、本発明に係る表面処理鋼板に加工を施した場合においても優れた耐食性を維持することが可能となる。
【0018】
また、本発明によれば、Zn系合金めっき層上の塗膜中に光輝顔料が含まれる場合がある。そのような場合、その光輝顔料の金属的外観により、本発明に係る表面処理鋼板の輝度が向上し、意匠性に優れた表面処理鋼板を提供することができる。さらに、光輝顔料が塗膜中に含まれる場合、例えばZn系合金めっき層の亜鉛の酸化などでZn系合金めっき層が黒く変色(以下、黒変と記載)しても、塗膜中に含まれる光輝顔料によってその黒変を見えなくすることができ、すなわち塗膜の外観上の変化を抑制し、意匠性に優れた表面処理鋼板を提供することができる。
【0019】
さらに、本発明によれば、塗膜を形成する際にpH3.0?5.0の酸性塗料を用いるため、Zn系合金めっき層の表面上の酸化被膜が適切に除去され、Zn系合金めっき層と塗膜とが化学的に結合することにより、加工時に優れた密着性を有することが可能となる。また、本発明によれば、塗料を上記pHにすることで、防錆剤が安定的に溶解した状態の塗料を作製することができ、アルカリ性の塗料に比べて優れた貯蔵安定性を有することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[表面処理鋼板]
本発明の表面処理鋼板は、鋼板、鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及びZn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、及びSi:0?2%であり、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の防錆剤の濃度が、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であることを特徴とする。以下、本発明に係る表面処理鋼板の構成要件について説明する。
【0021】
<鋼板>
本発明における鋼板(めっき原板)としては、特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板などの一般的な鋼板を使用することができる。鋼種も、特に限定されず、例えばAlキルド鋼、Ti、Nbなどを含有した極低炭素鋼、及びこれらにP、Si、Mnなどの元素を含有した高張力鋼などを使用することが可能である。本発明における鋼板の板厚は、特に限定されないが、例えば、0.25?3.5mmであればよい。
【0022】
<Zn系合金めっき層>
本発明におけるZn系合金めっき層は鋼板上に形成されている。このZn系合金めっき層は鋼板の片面に形成されていても、両面に形成されていてもよい。Zn系合金めっき層は、少なくともAlとMgとを含有するZn-Al-Mg合金めっき層であってもよく、さらにSiを含有するZn-Al-Mg-Si合金めっき層であってもよい。これらの各含有量(濃度)は、質量%で、Al:0.01?60%、Mg:0.001?10%、Si:0?2%であり、残部がZn及び不純物である。以下、Zn系合金めっき層の化学組成について単に「%」と記した場合は、「質量%」を意味するものとする。
【0023】
Zn系合金めっき層のAl含有量が0.01%未満ではAlを含有したことによるめっき鋼板の耐食性向上効果が十分に発揮されず、60%超では耐食性を向上させる効果が飽和する。したがって、Al含有量は、0.01%以上、例えば、0.1%以上、0.5%以上、1%以上、3%以上又は5%以上であってよく、また、60%以下、例えば、55%以下、50%以下、40%以下又は30%以下であってよい。好ましいAl含有量は1?60%であり、より好ましくは5?60%である。
【0024】
Zn系合金めっき層のMg含有量が0.001%未満ではMgを含有したことによるめっき鋼板の耐食性向上効果が十分に発揮されない場合がある。一方、10%超ではめっき浴中にMgが溶解しきれずに酸化物として浮遊し(一般にドロスと呼ばれる)、このめっき浴で亜鉛めっきするとめっき表層に酸化物が付着して外観不良を起こし、あるいは、めっきされない部分(一般的に不めっきと呼ばれる)が発生するおそれがある。したがって、Mg含有量は、0.001%以上、例えば、0.01%以上、0.1%以上、0.5%以上、1%以上又は2%以上であってよく、また、10%以下、例えば、8%以下、6%以下、5%以下又は4%以下であってよい。Mg含有量は、好ましくは1?5%であり、より好ましくは1?4%である。
【0025】
Zn系合金めっき層のSi含有量は、下限は0%であってもよいが、Zn系合金めっき層の耐食性をより向上させるためには、0.001%?2%としてもよい。Si含有量は、例えば、0.005%以上、0.01%以上、0.05%以上、0.1%以上又は0.5%以上であってもよく、また、1.8%以下、1.5%以下又は1.2%以下であってもよい。Si含有量は、好ましくは0.1?2%であり、より好ましくは0.5?1.5%である。
【0026】
本発明におけるZn系合金めっき層は、溶融めっきや蒸着めっきなどの公知のめっき方法により形成することができる。例えば、Zn系合金めっき層の厚さは1?30μmであればよい。
【0027】
<塗膜>
本発明における塗膜はZn系合金めっき層上に形成されている。塗膜中には、防錆剤とバインダー樹脂とを含む。表面処理鋼板の輝度を向上させるために、好ましくは、さらに塗膜中に光輝顔料を含むとよい。本発明に係る表面処理鋼板における塗膜中では、防錆剤は、微細な化合物(例えば、P化合物やV化合物)として存在している。このように防錆剤を塗膜中で微細な化合物として存在させ、かつ、上述したように塗膜とZn系合金めっき層との界面領域に防錆剤の濃化領域を形成するために、本発明における塗膜を形成するための塗料には、例えばpH3.0?5.0の酸性の塗料を用いることが有効である。なお、防錆剤は塗膜中でミクロに分散しているため、通常の分析方法では、塗膜中において、微細な防錆剤と、塗膜を形成するバインダー樹脂とを明確に区別して特定するのは困難であり、塗膜中では、防錆剤とバインダー樹脂とが同じ領域に分布しているように観測される。したがって、本発明において、塗膜中に「防錆剤を含む」とは、上記微細な化合物を構成する防錆機能を発揮する元素、例えばP、V、Mgの元素を塗膜中に含むことを意味する。よって、後述する防錆剤の「濃度」とは、例えばP、V、Mgの元素の濃度(含有量)の合計を意味し、その単位は質量%とする。
【0028】
このように本発明における塗膜を形成するための塗料を例えばpH3.0?5.0の酸性とすることで、防錆剤の成分が塗料中で溶解した状態で存在することが可能となる。すなわち、本発明に係る防錆剤の成分は、化合物の状態(すなわち固形成分)として塗料中に含まれるわけではなく、イオンの状態(すなわち溶解成分)として塗料中に含まれる。したがって、このような塗料をZn系合金めっき層の表面に塗布して硬化させると、形成された塗膜中で、防錆剤を略均一に微細な化合物として存在させることが可能となる。
【0029】
また、pH3.0?5.0の酸性の塗料をZn系合金めっき層の表面に塗布すると、その酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去し、Zn系合金めっき層の表面付近で、イオンの状態の防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応する。その結果、塗料を硬化させた後に、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域を形成することができる。したがって、塗膜中においてこのような反応生成物が存在する領域では、防錆剤として、塗膜中で略均一に存在している微細な化合物だけでなく上記のように形成された反応生成物も存在するため、防錆剤(例えば、P、V、Mg)が他の領域に比べて濃化しており、その結果、この濃化領域が塗膜中において腐食因子の侵入を防ぐバリア領域として作用する。したがって、pH3.0?5.0の酸性の塗料を用いて製造された本発明に係る表面処理鋼板は、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に防錆剤の濃化領域を有し、極めて高い耐食性を提供することができる。
【0030】
塗膜の平均厚さは、特に限定されないが、例えば、3?15μmであることができる。このような範囲の塗膜の平均厚さであることで、塗膜が下地のZn系合金めっき層の腐食を十分に抑制するバリアとしての役割を果たし、本発明に係る表面処理鋼板に十分な耐食性を提供することができる。また、塗膜の平均厚さが上述の範囲であれば、このような塗膜を有する本発明に係る表面処理鋼板に加工を加えても塗膜に亀裂等が入らず、加工性にも優れた塗膜を提供することが可能となる。
【0031】
塗膜の平均厚さが3μm未満であると、下地のZn系合金めっき層の腐食の進行を十分に抑制するためには厚さが不十分である場合があり、したがって本発明に係る表面処理鋼板の耐食性が不十分になるおそれがある。一方、塗膜の平均厚さが15μm超であると、塗膜の厚さを増やすことによる耐食性の増加の効果が小さくなり、硬化にも時間を要することとなり、コスト面で不利になるおそれがある。また、塗膜が厚すぎると塗膜を有する鋼板に曲げ等の加工を施した際に塗膜に亀裂を生じるおそれがあり、本発明に係る表面処理鋼板の加工性が低下するおそれがある。塗膜の平均厚さは、例えば、3μm以上、4μm以上、又は5μm以上であってよく、また、12μm以下又は10μm以下であってよい。したがって、塗膜の平均厚さは、好ましくは3μm以上12μm以下であり、より好ましくは5μm以上10μm以下である。
【0032】
本発明に係る塗膜の「平均厚さ」は、当業者に公知の任意の方法で決定することができる。例えば、塗膜を有する鋼板の断面を観察し、Zn系合金めっき層と塗膜との界面上の5か所の任意の位置から、それぞれの塗膜の表面までの最短の距離を測定(すなわち界面と垂直方向に距離を測定)して、それらの測定値を平均化することで決定することができる。
【0033】
(バインダー樹脂)
本発明の塗膜の成分として使用されるバインダー樹脂は、酸性の溶媒中で使用可能な樹脂であれば特に限定されないが、例えば、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、又はアクリル樹脂であるとよい。バインダー樹脂の硬化剤としては、酸性の溶媒中で使用可能であり、上記のバインダー樹脂を硬化させることができるものであれば特に限定されないが、例えば、メラミン樹脂、イソシアネート樹脂、又はエポキシ樹脂などを使用することができる。好ましくは、本発明におけるバインダー樹脂はポリエステル樹脂であり、硬化剤はメラミン樹脂である。また、ポリエステル樹脂は、-20?70℃のガラス転移温度Tgと、3000?30000の平均分子量を有するものが好ましい。バインダー樹脂がウレタン樹脂の場合、Tgは0?50℃、数平均分子量は5000?25000のものが好ましい。バインダー樹脂がアクリル樹脂の場合、Tgは0?50℃、数平均分子量は3000?25000のものが好ましい。
【0034】
(防錆剤)
本発明に係る表面処理鋼板の耐食性を向上させるために、防錆剤(典型的にP及び/又はV)が塗膜中に含まれる。本発明における防錆剤は、上述したように、塗膜中で略均一に微細な化合物として存在しているが、本発明においては、「防錆剤」とは防錆剤を構成する防錆機能を発揮する元素、例えばP元素、V元素、Mg元素を意味する。このように塗膜中に微細な化合物として存在する防錆剤は水に可溶であるため、塗膜が例えば湿潤環境下に晒された場合、塗膜中の防錆剤が水に溶解して防錆剤の成分が溶出し、Zn系合金めっき層の腐食を抑制する防錆機能を発揮することができる。また、上述したように、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近の濃化領域では、防錆剤の成分(例えばP、Vなど)とZn系合金めっき層中の成分との反応生成物を形成しており、この反応生成物の存在する領域が腐食因子のバリア領域として作用する。したがって、本発明に係る表面処理鋼板は、防錆剤が塗膜中に微細な化合物として存在し、かつ、Zn系合金めっき層と塗膜との界面領域に防錆剤の濃化領域を有するため、優れた耐食性を有している。
【0035】
本発明に係る防錆剤を含む塗膜を形成するための塗料中に添加することができる化合物(以下、防錆剤源と記載)としては、酸性の塗料に溶解することができる任意の化合物を用いることができる。このような酸性の塗料中で溶解している防錆剤は、カチオンインヒビターと称される場合がある。
【0036】
本発明における防錆剤源としては、例えば、P(リン)化合物、V(バナジウム)化合物、及びMg(マグネシウム)化合物が挙げられる。好ましくは、本発明における塗膜中に、P及びVが単独で又は組み合わせて含まれる。より好ましくは、塗膜中に、P単独か又はPとVとの組み合わせが含まれる。
【0037】
塗膜中に防錆剤としてPが含まれる場合、特に加工部耐食性を向上させることができる。加工部耐食性とは、塗膜を有する鋼板に加工(例えば曲げ加工)を施した場合の、その加工部での耐食性を意味する。このように塗膜中にPが含まれることで加工部耐食性が向上する理由は、PがZn系合金めっき層の表面と反応してリン酸塩層を形成して加工部を不動態化させる効果、P自身が難溶性塗膜を形成し腐食因子に対するバリア性を発揮する効果、及び、Pが下地金属板から溶出した金属イオンを補足し、金属イオンとともに難溶性の化合物を形成し、バリア性を発揮する効果を有するためであると考えられる。本発明におけるPを含む防錆剤源としては、特に限定されないが、例えば、オルトリン酸、メタリン酸、ピロリン酸、三リン酸、四リン酸等のリン酸類、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム等のアンモニウム塩、Na、Mg、Al、K、Ca、Mn、Ni、Zn、Fe等との金属塩、アミノトリ(メチレンホスホン酸)、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、エチレンジアミンテトラ(メチレンホスホン酸)、ジエチレントリアミンペンタ(メチレンホスホン酸)等のホスホン酸類及びそれらの塩、フィチン酸等の有機リン酸類及びそれらの塩等を挙げることができる。これらの防錆剤源は、本発明における塗膜を形成するための塗料中に、単独で又は組み合わせて添加することができる。
【0038】
また、塗膜中に防錆剤としてVが含まれる場合、特に端面部耐食性を向上させることができる。端面部耐食性とは、例えば塗膜を有する鋼板に加工(例えば切断加工)を施した場合の、その端面部での耐食性を意味する。このように塗膜中にVが含まれることで端面部耐食性が向上する理由は、端面部において、塗膜から溶出したVとZn系合金めっき層から溶出したZnやAlとが反応し腐食生成物を形成し、Zn系合金めっき層の表層を不動態化させることで腐食の進行を抑制することができるためである。本発明におけるVを含む防錆剤源としては、五酸化バナジウム、メタバナジン酸HVO_(3)、メタバナジウム酸アンモニウム、オキシ三塩化バナジウムVOCl_(3)、三酸化バナジウムV_(2)O_(3)、二酸化バナジウム、オキシ硫酸バナジウムVOSO_(4)、バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(OC(=CH_(2))CH_(2)COCH_(3))_(3)、バナジウムアセチルアセトネートV(OC(=CH_(2))CH_(2)COCH_(3))_(3)、三塩化バナジウムVCl_(3)などが挙げられる。これらの防錆剤源は、本発明における塗膜を形成するための塗料中に、単独で又は組み合わせて添加することができる。
【0039】
本発明におけるMgを含む防錆剤源としては、硝酸マグネシウムMg(NO_(3))_(2)、硫酸マグネシウムMgSO_(4)、酢酸マグネシウムMg(CH_(3)COO)_(2)などが挙げられる。これらの防錆剤源は、本発明における塗膜を形成するための塗料中に、単独で又は組み合わせて添加することができる。Mgは前記V同様に端面部耐食性を向上させることができる。端面部耐食性が向上する理由もV同様と考えられる。
【0040】
塗膜中の防錆剤の平均濃度は、質量%で、3?15%であることができる。なお、上述したように、「防錆剤の平均濃度」とは、塗膜中の例えばP、V、Mgの元素の濃度(質量%)の合計に基づくものである。このような範囲の塗膜中の防錆剤の平均濃度であることで、塗膜全体に十分な防錆剤が存在するため、本発明に係る表面処理鋼板に十分な耐食性を提供することが可能となる。また、上述のように塗膜とZn系合金めっき層との界面付近に防錆剤が濃化しても、その他の領域で防錆剤の濃度が不足することなく、塗膜全体、すなわち本発明に係る表面処理鋼板において、十分な耐食性を提供することができる。
【0041】
塗膜中の防錆剤の平均濃度が、質量%で、3%未満であると、塗膜全体での防錆剤の濃度が不足し、防錆剤の効果による耐食性の向上が限定的になり、十分な耐食性を得ることができなくなるおそれがある。一方、塗膜中の防錆剤の平均濃度が15%超であると、防錆剤の添加による耐食性向上の効果が飽和し、コスト的に好ましくない。塗膜中の防錆剤の平均濃度は、質量%で、5%以上、7%以上、又は10%以上であってもよく、したがって、好ましくは5%以上15%以下、より好ましくは7%以上15%以下、さらに好ましくは10%以上15%以下である。
【0042】
本明細書で使用される場合、「塗膜中の防錆剤の平均濃度」は以下の方法で決定される。まず、塗膜を有する鋼板の断面をTEMで観察し、塗膜の表面上で無作為に選択した位置から、塗膜の表面に垂直な方向(厚さ方向)にZn系合金めっき層へ向けて直線を引く。次いで、その直線上で塗膜の厚さを11等分して、11個の領域に分割する。そして、その領域の中から最もZn系合金めっき層に近い領域を除いた塗膜中の10個の領域で防錆剤の濃度、すなわち、例えばP、V、Mgの元素の濃度の合計を測定して、それらの測定値を平均化して決定される。各位置での防錆剤の濃度の測定は、SEMやTEMに付属のエネルギー分散型X線分光器(EDS)を用いて元素分析することで求められる。
【0043】
本発明においては、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度が、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5倍以上5.0倍以下である。すなわち、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域に防錆剤が濃化している。このように塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域で、防錆剤を他の部分に比べて濃化させると、その防錆剤の濃化領域が酸素等の腐食因子に対するZn系合金めっき層のためのバリア領域として作用することが可能となる。そのため、腐食因子がZn系合金めっき層に浸食するのを最小限に抑制でき、表面処理鋼板が極めて優れた耐食性を有することができる。また、上記のような防錆剤の濃化領域により、表面処理鋼板に加工を施した後であっても十分に耐食性を維持することが可能となる。
【0044】
この値が1.5倍未満であると、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層側との界面付近において、腐食因子が通過してZn系合金めっき層を腐食するのを抑制するバリア領域としての効果が弱まり、腐食因子がZn系合金めっき層に到達する場合があり、塗膜が十分な耐食性を提供できない場合がある。一方、この値が5.0倍超であると、防錆剤の濃化領域における濃化の程度が高すぎるために、表面処理鋼板を加工した際に防錆剤の濃化領域で塗膜が凝集破壊する場合がある。そうすると、加工密着性が低下し、その結果、加工部での耐食性が維持できなくなり耐食性が不十分となるおそれがある。Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度は、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.7倍以上、2.0倍以上、又は2.2倍以上であってよく、また、4.8倍以下、4.5倍以下、4.2倍以下、4.0倍以下又は3.5倍以下であってよく、好ましくは2.0倍以上4.5倍以下、より好ましくは2.0倍以上4.0倍以下、さらに好ましくは2.5倍以上4.0倍以下である。
【0045】
「Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度」は、TEM-EDSを用いて、塗膜を有する鋼板の断面から決定される。具体的には、観察された断面のTEM画像から、無作為に選択したZn系合金めっき層と塗膜との界面から垂直な方向に塗膜の表面に向かって10nm離れた5か所の位置でTEM-EDSにより防錆剤の濃度(すなわち、例えばP、V、Mgの元素の合計濃度)を測定し、それらの測定値を平均化して決定される。
【0046】
前述のようにpH3.0?5.0の酸性の塗料がZn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を除去するため、本発明における塗膜中に含まれる防錆剤の成分(例えばP)と、Zn系合金めっき層に含まれる成分(例えばZn)は、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近で反応して、その界面付近の領域で反応生成物(例えばZnとPとを含む反応生成物)を形成する。この反応生成物の存在する領域においては、その他の領域と同様に塗膜中に均一に分散している防錆剤の成分と、反応生成物を構成する防錆剤の成分との両方が存在している。そのため、本発明に係る表面処理鋼板では、塗膜中であって、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域で、防錆剤(例えばP)が他の領域に比べて濃化して存在している。
【0047】
このような反応生成物が存在する領域は、当業者に公知の元素分析方法を使用して測定することができる。具体的には、例えば防錆剤としてPが含まれる場合、塗膜の表面からZn系合金めっき層に向けて塗膜の表面に垂直な方向に、すなわち厚さ方向に元素分析を行うと、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近に防錆剤の成分としてのPが濃化している領域を測定することができる。さらに、このように測定されたPの濃化領域を、当業者に公知の原子間の結合エネルギーを測定する方法で分析することで、防錆剤成分のPと、Zn系合金めっき層の成分のZnやAlとの反応生成物を測定することができる。
【0048】
(光輝顔料)
本発明に係る表面処理鋼板において、上述した防錆剤に加え、意匠性を向上させるために、光輝顔料が塗膜中に含まれると好ましい。本明細書で使用される場合、「光輝顔料」とは、表面で光が反射する顔料を意味する。なお、光輝顔料には、塗膜を作製するための酸性塗料中で溶解せず、塗料に添加した状態のまま塗膜中に含まれるものを用いる。したがって、本発明において、塗膜中に「光輝顔料を含む」とは、以下で説明する金属単体、酸化物又は合金などを塗膜中に含むことを意味し、塗膜中においては、光輝顔料と、塗膜を形成するバインダー樹脂とを明確に区別して特定することが可能である。よって、後述する光輝顔料の「濃度」とは、以下で説明する金属単体、酸化物又は合金などとしての合計濃度を意味する。
【0049】
意匠性を向上させる理由としては、Zn系合金めっき鋼板を建材用や屋外家電用に使用した製品は、一般的に、使用者等から見える場所で使用されることが多いため、このようなZn系合金めっき鋼板は良好な視覚的品質(外観)を有することが好ましいためである。特に、光輝顔料がZn系合金めっき層に近い意匠の場合、塗膜厚のむらが目立ち難かったり、疵が目立ち難かったりする。そのため、塗膜厚を薄くすることができ、経済的に好ましい。
【0050】
そこで、上述したような光輝顔料を塗膜中で使用することで、その金属的外観(例えばシルバー色)により表面処理鋼板の輝度を向上させることができ、外観に優れた高い意匠性を有する表面処理鋼板を提供することが可能となる。さらに、光輝顔料がZn系合金めっき層と同一又は類似の色調を有する場合は、塗膜が傷ついた際に傷による外観の変化を目立ちにくくすることができ、したがって耐傷付性を向上させることができ、長期に本発明に係る表面処理鋼板の優れた外観を維持することができる。
【0051】
そして、光輝顔料が塗膜中に含まれることにより、本発明における表面処理鋼板を、塗膜の表面に垂直な方向から観察した場合に、光輝顔料により下地のZn系合金めっき層を見えなくすることができる。このようにすると、例えば、Zn系合金めっき層に含まれるZnが空気中の酸素等の影響で酸化されて、酸素が欠乏したZn酸化物を形成し、Zn系合金めっき層が黒変した場合であっても、その黒変を光輝顔料により見えなくすることが可能となり、本発明に係る表面処理鋼板の意匠性を維持することが可能となる。
【0052】
本発明における光輝顔料としては、本発明で用いるpH3.0?5.0の酸性の塗料中で使用できる、すなわちこのpH範囲で溶解しないものであれば特に限定されないが、例えば、アルミニウム又は酸化物を使用することができる。酸化物の例としては、限定されないが、例えば、アルミナ、シリカ、マイカ、ジルコニア、チタニア、ガラス、酸化亜鉛などが挙げられる。これらの顔料は、シリカなどの金属酸化物でコーティングされており、金属的外観(メタリック外観とも称される)を有する。これらは、塗膜中において単独で又は組み合わせて使用することができる。
【0053】
本発明における光輝顔料として、上述のアルミニウム又は酸化物の他に、高い輝度を提供できる金属を塗膜中にさらに添加することができる。このような金属の例としては、高い輝度を有する金属であり、酸性の塗料中で使用できるものであれば特に限定されないが、例えば、Rh(ロジウム)、Cr(クロム)、Ti(チタン)、Ag(銀)、及びCu(銅)などの金属単体、Zn-Cu(黄銅)などの合金などが挙げられる。これらの金属は、塗膜中で単独で又は組み合わせて使用することができる。このような高い輝度を提供できる金属を塗膜中に含めることで、塗膜の金属的外観をより高めることが可能となり、したがって本発明に係る表面処理鋼板の輝度をさらに向上でき、表面処理鋼板の意匠性をさらに向上させることができる。
【0054】
本発明における光輝顔料の平均粒径は、特に限定されないが、例えば、1μm以上30μm以下の範囲であることができる。光輝顔料の平均粒径が1μm以上30μm以下の範囲であることで、輝度のムラが発生することなく、耐食性を維持したまま十分な意匠性を提供することが可能となる。光輝顔料の平均粒径が1μm未満であると、本発明における塗膜を形成するための塗料中で均一に分散させることが難しくなり、形成された塗膜の色調にムラが発生し十分な意匠性を担保できない場合がある。一方、光輝顔料の平均粒径が30μm超であると、光輝顔料が塗膜の表面から突出し、その突出した部分から腐食因子が侵入するおそれがあり、耐食性が劣化するおそれがある。さらに、そのような突出した部分が存在すると均一な外観を有することが難しくなり、意匠性が不十分になるおそれがある。光輝顔料の平均粒径は、2μm以上又は3μm以上であってよく、また、25μm以上以下、20μm以下又は15μm以下であってよく、好ましくは3μm以上25μm以下、より好ましくは3μm以上20μm以下、さらに好ましくは3μm以上15μm以下である。
【0055】
本明細書で使用される場合は、本発明に係る光輝顔料についての「平均粒径」は、例として、以下の方法で決定することができる。塗膜の表面に対して垂直方向から電界放出型電子プローブマイクロアナライザー(Field Emission-Electron Prove Micro Analyzer:FE-EPMA)により光輝顔料を構成する元素のマッピング像を求める。マッピング像の測定範囲の面積は20mm×20mm以上とする。得られたマッピング像から測定範囲内に存在する光輝顔料の輪郭を特定し、その輪郭で囲まれる合計の面積Sを求める。また、測定範囲内に存在する光輝顔料の個数Nを求める。そして、求めた面積Sが、断面が直径(粒径)Dを有する円形であるN個の光輝顔料により構成されていると仮定し、光輝顔料の平均粒径を[D=2×(S/(πN))^(0.5)]の式から求める。
【0056】
本発明における光輝顔料の形状は、任意の形状のものを使用することができるが、例えば、球状、楕円状、針状、扁平状、薄板状、鱗片状などであることができる。好ましくは、光輝顔料の形状は鱗片状であることができる。本発明における光輝顔料の形状が鱗片状であると、光輝顔料によって効果的に下地のZn系合金めっき層を見えなくすることができ、すなわち効果的にZn系合金めっき層の黒変による製品の外観上の変化を抑制でき、極めて意匠性に優れた表面処理鋼板を提供することが可能となる。
【0057】
塗膜中の光輝顔料の平均濃度は、例えば、質量%で、5?15%であることができる。このような範囲の塗膜中の光輝顔料の平均濃度であることで、塗膜の加工性を損なうことなく、本発明に係る表面処理鋼板に均一な金属的外観を提供することが可能となり、意匠性に優れた表面処理鋼板を提供することができる。塗膜中の光輝顔料の平均濃度が、5%未満だと、塗膜中の光輝顔料が不足し、十分な金属的外観を提供できず、輝度が不十分となり、十分な意匠性を提供できなくなる場合がある。一方、塗膜中の光輝顔料の平均濃度が15%超であると、光輝顔料の添加による輝度の向上が飽和するため、コスト的に好ましくない。また、塗膜中に光輝顔料が多く存在することで、相対的に塗膜を構成するバインダー樹脂の割合が低下し、加工した際に塗膜に亀裂が入るなど加工性が低下するおそれがある。好ましくは、塗膜中の光輝顔料の平均濃度は5%以上12%以下、より好ましくは6%以上10%以下である。
【0058】
本明細書で使用される場合、「塗膜中の光輝顔料の平均濃度」とは公知の方法で求めることができる。例えばグロー放電発光表面分析装置(Glow Discharge Optical Emission Spectrometry:GD-OES)を用いて測定することができる。具体的には、光輝顔料の種類、すなわち光輝顔料の具体的な化合物が判明している場合は、まず塗膜を表面からZn系合金めっき層に向かってスパッタリングし、光輝顔料を構成する主要な元素について、深さ方向の濃度プロファイルを1.0μmごとに測定する。その後、測定した主要な元素の濃度の平均値を求め、既知の着色顔料の化合物の分子量に基づいて測定した濃度を換算し、塗膜中の光輝顔料の平均濃度を求める。また、塗膜を機械的または化学的に剥離し、塗膜の全体質量を測定する。その後、剥離した塗膜に含まれる光輝顔料濃度を分析により測定する。剥離した塗膜中の光輝顔料の濃度の分析方法としては、例えば誘導プラズマ発光分析(Inductively Coupled Plasma:ICP)や蛍光X線分析を用いることができる。光輝顔料の種類、すなわち光輝顔料の具体的な化合物が不明である場合は、塗膜の断面(塗膜の表面と垂直な面)に対してFE-EPMAにより、光輝顔料を構成する元素を分析することで光輝顔料の種類を特定した後に、上記のように「塗膜中の光輝顔料の平均濃度」を測定することができる。光輝顔料が合金である黄銅の場合、CuとZnの含有量(濃度)の合計を塗膜中の光輝顔料の平均濃度とする。
【0059】
本発明における塗膜中には、必要に応じて、本発明における防錆剤及び光輝顔料以外の顔料や骨材などを添加することができる。また、ポリエチレンワック又はPTFEワックスのようなワックス、アクリル樹脂ビーズ又はウレタン樹脂ビーズのような樹脂ビーズ、並びにフタロシアニンブルー、フタロシアニングリーン、メチルオレンジ、メチルバイオレット、又はアリザリンのような染料等を塗膜中に添加することができる。これらを添加することで塗膜の強度を高めたり、塗膜に所望の色を付与できたりするためより好ましい。これらの添加量は、本発明における塗膜にとって不利にならないよう、適宜決定すればよい。
【0060】
特に、本発明における塗膜、したがって本発明に係る表面処理鋼板に所望の色を付与するために、着色剤として染料を使用することができる。染料は単独で使用してもよく、複数の染料を組み合わせて使用してもよい。また、染料を着色顔料と併用してもよい。本発明における塗膜中で使用できる染料の種類としては、特に限定はされないが、公知の染料を使用することができ、例えば、フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーン、メチルオレンジ、メチルバイオレット、又はアリザリンを使用することができる。
【0061】
[表面処理鋼板の製造方法]
本発明に係る表面処理鋼板の製造方法を以下で説明する。本発明に係る表面処理鋼板は、例えば、鋼板上に形成されたZn系合金めっき層上に、少なくとも防錆剤とバインダー樹脂とを含むpH3.0?5.0の酸性の塗料を塗布し、加熱して塗料を硬化させることで製造することができる。
【0062】
<Zn系合金めっき層の形成>
鋼板としては、任意の板厚及び化学組成を有するものを使用することができる。例えば、板厚0.25?3.5mmの冷延鋼板を使用することができる。また、Zn系合金めっき層は、例えば、400?550℃のZn-Al-Mg溶融めっき浴又はZn-Al-Mg-Si溶融めっき浴を用いて5?30μmの厚さで形成することができる。
【0063】
<塗料の調製>
塗料は、例えば、溶媒に分散させたバインダー樹脂と、硬化剤とを混合して、次いで、その混合物中に所定量の防錆剤源と、任意選択で光輝顔料とを分散させることで得ることができる。混合の順序は異なってもよい。バインダー樹脂としては、特に限定されないが、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂又はアクリル樹脂などを使用することができ、硬化剤としてはメラミン樹脂などを使用することができる。また、溶媒としては酸性のものを使用し、防錆剤源としてはその酸性溶媒中に溶解するもの、例えばP化合物、V化合物、Mg化合物又はそれらの2種以上を用いることができる。一方、光輝顔料としては、酸性溶媒中で溶解しない顔料から適宜選択することができる。バインダー樹脂と硬化剤との比は適宜決定することができるが、例えば、1:1?9:1の範囲であることができる。
【0064】
本発明における塗膜を得るために使用する塗料のpHは、3.0以上5.0以下であることが重要である。塗料のpHをこのような範囲にすることで、防錆剤源を塗料中で溶解させることができるだけでなく、このような塗料をZn系合金めっき層に塗布した場合に、Zn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を適切に除去できる。そうすると、Zn系合金めっき層の表面付近で、イオンの状態の防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応し、その結果、塗料を硬化させた後に、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に、反応生成物が濃化した領域を形成することが可能となる。塗料のpHが3.0未満であると、防錆剤の濃化領域における濃化の程度が高くなりすぎ、表面処理鋼板を加工した際に防錆剤の濃化領域で塗膜が凝集破壊する場合がある。そうすると、加工密着性が低下し、その結果、加工部での耐食性が維持できなくなり耐食性が不十分となるおそれがある。さらに塗料中にZnが溶出し塗料の貯蔵安定性が低下するおそれがある。一方、塗料のpHが5.0超であると、Zn系合金めっき層の表面上の酸化被膜を十分に除去できず、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域に防錆剤が十分に濃化しないおそれがある。さらに、pHがアルカリ性、すなわち7.0超となると、塗料作成時に塗料が固化(ゲル化)し、塗料としての貯蔵安定性に欠け使用上の問題が発生する。塗料のpHは、3.2以上又は3.5以上であってもよく、また、4.8以下又は4.5以下であってもよい。塗料のpHは好ましくは3.2?4.8、より好ましくは3.5?4.5である。なお、塗料を硬化させて塗膜になった後はpHを測定することはできない。
【0065】
塗料のpHは、原材料の溶媒等の製造ロットにより変化する場合がある。このため、酸又はアルカリ水溶液を用いてpHを調整する必要がある。より具体的には、塗料の調合後のpHを測定し、目標とするpHに応じて、pH値を下げる場合は硝酸、塩酸又は硫酸を用いればよく、pH値を上げる場合は水酸化ナトリウム水溶液等を使用することができる。これらの酸又はアルカリ水溶液は、pH調整に使用する前に希釈して使用することが好ましい。
【0066】
<塗膜の形成>
次いで、得られた塗料をZn系合金めっき層上に塗膜が所定の厚さになるように塗布し、焼付け、硬化させる。塗料の塗布方法は、特に限定されず、当業者に公知な任意の塗布方法により行うことができ、例えばロールコーターなどで行えばよい。焼付けは、塗料が硬化する任意の加熱条件で行うことができ、例えば、5?70℃/秒の加熱速度で180?230℃の鋼板温度になるように加熱する。
【0067】
上述したとおり、本発明に係る表面処理鋼板においては、例えばP、V又はMgを含む防錆剤は、塗膜中で微細な化合物として存在している。このような構成にするために、本発明に係る表面処理鋼板の製造方法では、防錆剤をイオンの状態で塗料中に存在させるために、酸性の溶媒に防錆剤源(例えばP化合物、V化合物又はMg化合物)を溶解させ、本発明における塗膜を形成するための塗料を調製している。本発明者らは、このような製造方法を用いると以下のような点で有利であることを見出した。
【0068】
例えば、本発明とは異なり、防錆顔料が塗膜中に固形成分(例えば粉末)として含まれるような場合、形成される塗膜中で防錆顔料を均一に分布させるために、その塗膜を形成するための塗料中で防錆顔料を均一に分散させることが必要となると考えられる。その上、このような製造方法では、塗料中に防錆顔料を多く添加すると、塗料中で防錆顔料を均一に分散させるのが難しくなったり、さらに、形成された塗膜の主成分の樹脂の割合が低下し塗膜が脆くなったりするおそれがあり、塗膜中への防錆顔料の添加量には上限があると考えられる。また、このような塗料は、防錆顔料を分散させて塗料を調製した後に使用まで塗料を保管している間に、分散状態が悪化して、結果として、防錆顔料が均一に分布した塗膜を得られないなどの問題がある。
【0069】
さらに、例えば、本発明とは異なり、防錆剤源としてアルカリ性の溶媒に溶解する化合物を使用して、塗膜用のアルカリ性の塗料を調製した場合については、その化合物の添加量を増やしていくと、その防錆剤源が十分に溶解されず塗料中に固形物が生じる場合がある。また、塗料の保管中に塗料が固まる(ゲル化する)ことがあり、塗料を保管する上での塗料の貯蔵安定性の問題がある。また、アルカリ性の塗料をZn系合金めっき層上に塗布しても、Zn系合金めっき層上の酸化被膜を十分に除去することはできないと考えられる。
【0070】
一方、本発明においては、酸性の塗料と、防錆剤源としてその塗料に溶解する化合物とを使用し、酸性の塗料中にその化合物を溶解させている。そのため、防錆剤の成分を塗料中で均一に分散させることについて、粉末の防錆顔料を使用した場合のような制限は存在しない。したがって、このような製造方法では、粉末等の防錆顔料を含む塗料に比べて、防錆剤を均一に分散させた状態で、多くの防錆剤を塗料中に添加することができる。また、本発明における塗膜を形成するためのpH3.0?5.0の酸性の塗料は、防錆剤源を塗料中に多く添加した場合でも、アルカリ性の塗料に比べて塗料が固まりにくく塗料の貯蔵安定性に優れている。以上のように、本発明における塗膜を形成するための塗料は、塗料の貯蔵安定性を有しながら多くの防錆剤源を添加することができ、結果として、塗膜中に高濃度の防錆剤が含まれる塗膜を形成することが可能となる。したがって、このような塗料を用いて塗膜を形成することで、極めて優れた耐食性を有する表面処理鋼板を形成することが可能となる。
【0071】
さらに、上述したように、本発明者らは、このようなpH3.0?5.0の酸性の塗料をZn系合金めっき層上に塗布すると、Zn系合金めっき層の表面に形成されていた酸化被膜がその塗料により除去され、防錆剤の成分とZn系合金めっき層中の成分とが反応し、その結果、塗膜とZn系合金めっき層との界面付近の領域において防錆剤とZn系合金めっき層中の金属との反応生成物(例えば、PとZnとの反応生成物)が形成されることを見出した。この酸化被膜の除去は、Zn系合金めっき層上に塗布する本発明で使用される塗料が酸性であることに起因している。そして、酸化被膜の除去により、Zn系合金めっき層の酸化被膜下の活性金属が露出し、その活性金属が塗膜中の防錆剤の成分と反応することで、上記反応生成物が形成される。このように生成された反応生成物が存在する領域では、他の領域に比べて防錆剤が濃化している。したがって、この濃化領域が、腐食因子がZn系合金めっき層に侵入するのを防止するバリア領域として作用することで、本発明に係る表面処理鋼板が極めて高い耐食性を有することが可能となる。
【0072】
本発明に係る表面処理鋼板、すなわち、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度が、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5倍以上5.0倍以下である表面処理鋼板は、pH3.0?5.0の酸性の塗料を使用し、さらに製造時の様々なパラメータ、例えば、塗料中の防錆剤の種類、防錆剤の添加量、塗料の温度、塗料を硬化させる際の加熱温度及び加熱時間、バインダー樹脂と硬化剤の比、合金めっき層への前処理などを適切に調整することで、製造することができる。すなわち、所定量の防錆剤の成分と任意選択で光輝顔料とを含むpH3.0?5.0の酸性の塗料を用い、このようなパラメータを適切に調整することで、塗膜中の防錆剤の濃化の程度を調整することが可能となり、したがって、本発明に係る表面処理鋼板を製造することが可能となる。
【0073】
さらに、Zn系合金めっき層の酸化被膜が除去されて、Zn系合金めっき層の活性金属と塗料中の成分とが反応することで、Zn系合金めっき層と塗膜との間に強力な化学的な結合が生じるため、Zn系合金めっき層と塗膜間で優れた密着性を有する表面処理鋼板を得ることが可能となる。より詳細には、特定の理論に束縛されるものではないが、塗料中の防錆剤の成分が反応して水酸化物を形成し、その水酸化物の官能基が樹脂と反応して不可逆的なかつ化学的な結合をもたらすことで、結果としてZn系合金めっき層と塗膜との間で密着性が向上する。このような密着性は、例えば塗膜の形成に中性やアルカリ性の塗料を用いた場合では達成できず、したがって、塗膜の形成のためにpH3.0?5.0の酸性の塗料を使用した場合は、中性やアルカリ性の塗料を使用した場合に比べて密着性が向上する。
【0074】
上述したような製造方法を用いることで、本発明に係る表面処理鋼板を製造することができる。すなわち、鋼板、鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及びZn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度が、塗膜中の防錆剤の平均濃度の1.5倍以上5.0倍以下である表面処理鋼板を製造することができる。
【実施例】
【0075】
本例では、塗膜中の防錆剤の平均濃度及び濃度分布、光輝顔料の平均濃度、防錆剤及び光輝顔料の種類、バインダー樹脂の種類、並びにZn系合金めっき層の化学組成を様々に変更して製造した表面処理鋼板について、それらの耐食性、輝度、加工密着性及び貯蔵安定性を評価した。なお、本発明に係る表面処理鋼板について、以下で幾つかの例を挙げてより詳細に説明する。しかしながら、以下で説明される特定の例によって特許請求の範囲に記載された本発明の範囲が制限されることは意図されない。
【0076】
<表面処理鋼板の試料の作製>
(Zn系合金めっき層の形成)
厚さ1mmの冷延鋼板を、化学組成がAl:約11%、Mg:約3%、及びZn:約86%の約450℃の溶融めっき浴に3?5秒間浸漬し、冷延鋼板上に約10μmの厚さのZn-11%Al-3%Mg合金めっき層を形成した。また、溶解めっき浴の組成を変更し、同様の手順で冷延鋼板上に約10μmの厚さのZn-1%Al-1%Mg合金めっき層及びZn-40%Al-8%Mg合金めっき層を形成した。あるいは、厚さ1mmの冷延鋼板を、化学組成がAl:約11%、Mg:約3%、Si:約1%、及びZn:約85%の約450℃の溶融めっき浴に3?5秒間浸漬し、冷延鋼板上に約10μmの厚さのZn-11%Al-3%Mg-1%Si合金めっき層を形成した。また、溶解めっき浴の組成を変更し、同様の手順で冷延鋼板上に約10μmの厚さのZn-11%Al-3%Mg-0.4%Si合金めっき層及びZn-11%Al-3%Mg-1.5%Si合金めっき層を形成した。
【0077】
(塗料の調製)
酸性の溶媒中にバインダー樹脂としてポリエステル樹脂(分子量:16,000;ガラス転移点:10℃)及びポリウレタン樹脂(分子量:10000;ガラス転移点:20℃)をエマルジョンとして分散させ、試料No.3?21及び25?36で使用した塗料については、硝酸又は水酸化ナトリウムを用いてpHが3.0?5.0になるように調整した。その中にイミノ基型メラミン樹脂を混合した。ポリエステル樹脂とメラミン樹脂との濃度の比は100:20であった。次いで、その混合物中に、防錆剤源及び光輝顔料を添加して塗料を調製した。なお、試料No.1、2及び24で使用した塗料については、pHが5.0超となるように調整し、試料No.22及び23で使用した塗料については、pHが3.0未満となるように調整した。各試料で使用した塗料のpHを表1に示す。そして、No.25については光輝顔料を添加しなかった。防錆剤としてP、V及びMgを含む試料についての防錆剤源としては、それぞれ、オルトリン酸、五酸化バナジウム及び硫酸マグネシウムを使用した。光輝顔料としては、表1に記載のものを使用した。
【0078】
塗料中への防錆剤源の添加量は、得られた塗膜の断面に基づきTEM-EDSを用いて測定した場合に、所望の塗膜中の防錆剤の平均濃度(3%、5%、10%、13%又は15%)が得られるように適宜調整した。また、光輝顔料の濃度は、GD-OESで用いて測定した場合に平均濃度が10%又は5%になるように適宜調整した。
【0079】
(塗膜の形成)
上記のように調製した塗料を、形成される塗膜の平均厚さが5μmになるようにZn系合金めっき層上に塗布し、焼付けることで硬化させた。焼付けは、約20℃/秒の加熱速度、及び約200℃の鋼板温度とし、塗料が完全に硬化するまで行った。
【0080】
塗膜中の防錆剤の平均濃度に対する、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度の比は、塗料のpHを適宜変更することで、調整した。
【0081】
得られた塗膜から、TEM-EDSを用いて元素分析することにより塗膜中の防錆剤の平均濃度(質量%);及びその平均濃度に対するZn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置における塗膜中の防錆剤の濃度の比を決定した。このように決定した値を表1に示した。また、塗膜中に含まれる防錆剤及び光輝顔料の種類を表1に示した。なお、塗膜中に2種類の防錆剤が含まれる場合は、2つの防錆剤の平均濃度の合計が表中に記載の平均濃度に対応し、各防錆剤が塗膜中に等量で存在している。光輝顔料についても同様である。
【0082】
<表面処理鋼板の試料の評価>
上記のように表面処理鋼板の試料を作成し、表1に示したような各試料について以下のように耐食性、輝度、加工密着性及び貯蔵安定性の評価試験を行った。
【0083】
(耐食性の評価試験)
それぞれの試料について、実使用の模擬であるエリクセン試験(JIS Z2247:2006)に準ずる加工(7mm押し出し)により試験用の0.6mmの供試材を得て、その供試材に対して、耐食性の評価試験として塩水噴霧試験(JASO M609-91法に準拠)を行った。この塩水噴霧試験は、(1)塩水噴霧2時間(5%NaCl、35℃);(2)乾燥4時間(60℃);及び(3)湿潤2時間(50℃、湿度95%以上)を1サイクルとして合計120サイクル(合計960時間)実施した。端面からの腐食を防ぐため、各試料の端面はテープによりシールして試験した。
【0084】
耐食性の評価は、塩水噴霧試験960時間後の試料の表面(平面部)を光学顕微鏡で観察し、錆発生面積率Zを決定することで行った。具体的には、まず、試料の表面をスキャナーで読み込んだ。その後、画像編集ソフトを用いて錆が発生している領域を選択し、錆発生面積率を求めた。この手順を5つの試料に対して行い、錆発生面積率の平均として「錆発生面積率Z」を決定した。このように各試料で決定した「錆発生面積率Z」を基に、以下のように8段階で各試料の評点を決定した。評点4以上を耐食性の合格点とした。
評点8:Z=0%
評点7:0%<Z≦5%
評点6:5%<Z≦10%
評点5:10%<Z≦20%
評点4:20%<Z≦30%
評点3:30%<Z≦40%
評点2:40%<Z≦50%
評点1:50%<Z
【0085】
(輝度の評価試験)
それぞれの試料について、無作為に抽出した10人の試験者に試料の表面を目視で観察させ、以下のように「輝度レベル」を1点から5点で評価させた。
1点:金属外観が全く確認されない又は金属外観がわずかに確認される
2点:金属外観が確認されるが、正面から観察して外観ムラが容易に確認される
3点:金属外観が確認されるが、正面から観察して外観ムラがわずかに確認される
4点:金属外観が全体に確認されるが、斜めから観察して外観ムラがわずかに観察される
5点:金属外観が全体に確認される
【0086】
輝度については、上記の試験者10人の「輝度レベル」の合計点に従い、以下のように8段階で各試料の評点を決定した。評点4以上を輝度の合格点とした。
評点8:40<合計点
評点7:35<合計点≦40
評点6:30<合計点≦35
評点5:25<合計点≦30
評点4:20<合計点≦25
評点3:15<合計点≦20
評点2:10<合計点≦15
評点1:合計点=10
【0087】
(加工密着性の評価試験)
上述したように、実使用の模擬であるエリクセン試験(JIS Z2247:2006)に準ずる加工(7mm押し出し)により試験用の0.6mmの供試材を得た。その供試材に対して、幅24mmのセロハン粘着テープ(ニチバン社製セロテープ:登録商標)を塗膜に密着させた後、45度の角度で急激に引き剥がした。剥離した塗膜面積から、剥離面積率Z’を求め、以下の基準で評価した。
評点5:0%(剥離なし)<Z’≦5%
評点4:5%<Z’≦10%
評点3:10%<Z’≦30%
評点2:30%<Z’≦50%
評点1:50%<Z’
【0088】
(貯蔵安定性の評価試験)
表1に記載のpHで調製した塗料100gを25℃に維持し、Zn-11%Al-3%Mg合金めっき鋼板を浸漬した。浸漬して60分経過した後の塗料を目視で観察し、浸漬前(塗料調製時)と浸漬後の塗料の状態に応じて以下のように各試料の貯蔵安定性の評点を決定した。評点3以上を貯蔵安定性の合格点とした。
評点5:鋼板浸漬の前後で塗料に変化が認められない
評点4:鋼板浸漬の前後で塗料に変色又は粘度増大のいずれかが認められる
評点3:鋼板浸漬の前後で塗料に変色及び粘度増大の両方が認められる
評点2:鋼板浸漬後に塗料が固化(ゲル化)
評点1:浸漬前(塗料調製時)に固化(ゲル化)
【0089】
表面処理鋼板の試料について、上記のように耐食性、輝度、加工密着性及び貯蔵安定性の評価試験を行い、それぞれの評点を決定した。得られた結果を表1に示す。
【0090】
【表1】

【0091】
試料No.1及び2では、塗料のpHが高く、塗膜中の防錆剤の平均濃度に対する、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置での防錆剤の濃度の比が1.5未満であったため、防錆剤の濃化が不十分となり、濃化領域がZn系合金めっき層を保護するバリア層として十分に機能せず、耐食性が不十分となった。また、試料No.22及び23では、塗料のpHが低く、塗膜中の防錆剤の平均濃度に対する、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置での防錆剤の濃度の比が5.0超であったため、耐食性が不十分となった。これは、供試材を得るために加工した際に、防錆剤の濃化領域で塗膜が凝集破壊し、加工密着性が低下し、その結果、加工部での耐食性が劣化したためであると考えられる。試料No.24は、塗料のpHがアルカリ性であり、塗料調製時に塗料が固化し、塗膜を形成することができなかったため、耐食性、輝度及び加工密着性の評価を行えなかった。
【0092】
一方で、試料No.3?21、No.25?36では、塗膜中の防錆剤の平均濃度に対する、Zn系合金めっき層と塗膜との界面から10nm離れた位置での防錆剤の濃度の比が1.5以上5.0以下であったため、優れた耐食性を有していた。特に、防錆剤としてP及びVのいずれか又は両方を含む試料では、より優れた耐食性を有していた。
【0093】
そして、試料No.25を除くいずれの試料においても、塗膜中に光輝顔料を含んでいたため十分な輝度を有していた。さらに、光輝顔料がアルミニウム(Al)及び酸化物(SiO_(2)、アルミナ、マイカ)のいずれか又は両方を含む試料では、より輝度が優れていた。特に、Al又はSiO_(2)に加えて、塗膜中に高い輝度を有する金属Rh、Ti又はAgを塗膜中にさらに含む試料では、極めて高い輝度を有していた。
【0094】
試料No.14?17及びNo.35は、塗膜中の防錆剤の平均濃度を変更した試料である。いずれの試料も十分な耐食性を有していた。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明によれば、Zn系合金めっき層と塗膜との界面付近に防錆剤の濃化領域を有するため、高い耐食性を有する表面処理鋼板を提供できる。これにより、建材や家電用の製品に使用する鋼板として、十分な耐食性及び意匠性を提供することが可能となり、したがって、本発明は産業上の価値が極めて高い発明といえるものである。
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn系合金めっき層、及び前記Zn系合金めっき層上に形成された防錆剤とバインダー樹脂とを含む塗膜を有し、
前記Zn系合金めっき層の化学組成が、質量%で、
Al:0.01?60%、
Mg:0.001?10%、及び
Si:0?2%であり、
前記防錆剤が、P及びVの少なくとも1種であり、
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、3?15%であり、
前記Zn系合金めっき層と前記塗膜との界面から10nm離れた位置における前記塗膜中の前記防錆剤の濃度が、前記塗膜中の前記防錆剤の平均濃度の1.5?5.0倍であり、
前記塗膜の平均厚さが、3?15μmであることを特徴とする、表面処理鋼板。
【請求項2】
前記塗膜中のP及びVの合計の平均濃度が、質量%で、5?15%であることを特徴とする、請求項1に記載の表面処理鋼板。
【請求項3】
前記塗膜が光輝顔料をさらに含み、前記光輝顔料が、アルミニウム及び酸化物の少なくとも1種を含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の表面処理鋼板。
【請求項4】
前記酸化物が、アルミナ、シリカ、マイカ、ジルコニア、チタニア、ガラス、又は酸化亜鉛であることを特徴とする、請求項3に記載の表面処理鋼板。
【請求項5】
前記光輝顔料が、Rh、Cr、Ti、Ag、及びCuの少なくとも1種をさらに含むことを特徴とする、請求項3又は4に記載の表面処理鋼板。
【請求項6】
前記塗膜中の前記光輝顔料の平均濃度が、質量%で、5?15%であることを特徴とする、請求項3?5のいずれか1項に記載の表面処理鋼板。
【請求項7】
前記バインダー樹脂が、ポリエステル樹脂であることを特徴とする、請求項1?6のいずれか1項に記載の表面処理鋼板。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-09-07 
出願番号 特願2019-555039(P2019-555039)
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (B32B)
P 1 651・ 113- YAA (B32B)
P 1 651・ 536- YAA (B32B)
P 1 651・ 537- YAA (B32B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 伊藤 寿美  
特許庁審判長 石井 孝明
特許庁審判官 藤原 直欣
間中 耕治
登録日 2020-03-24 
登録番号 特許第6680412号(P6680412)
権利者 日本製鉄株式会社
発明の名称 表面処理鋼板  
代理人 青木 篤  
代理人 木村 健治  
代理人 福地 律生  
代理人 三橋 真二  
代理人 青木 篤  
代理人 齋藤 学  
代理人 木村 健治  
代理人 三橋 真二  
代理人 福地 律生  
代理人 岩田 純  
代理人 岩田 純  
代理人 齋藤 学  

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