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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B21B
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B21B
審判 全部申し立て (特120条の4,3項)(平成8年1月1日以降)  B21B
審判 全部申し立て 2項進歩性  B21B
管理番号 1379827
異議申立番号 異議2020-700012  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-01-10 
確定日 2021-10-11 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6540631号発明「冷間タンデム圧延機及び冷延鋼板の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6540631号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。 特許第6540631号の請求項1-8に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6540631号の請求項1-8に係る特許についての出願は、平成28年8月24日に出願されたものであり、令和1年6月21日にその特許権の設定登録がされ、令和1年7月10日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和 2年 1月10日 : 特許異議申立人伊野口誠(以下「特許異議申立人」という)による請求項1-8に係る特許に対する特許異議の申立て
令和 2年 3月23日付け: 取消理由通知
令和 2年 5月20日 : 特許権者による訂正請求書の提出
令和 2年 6月 3日 : 特許権者による上申書の提出
令和 2年 7月16日 : 特許異議申立人による意見書の提出
令和 2年 9月30日付け: 取消理由通知(決定の予告)
令和 2年12月 4日 : 特許権者による意見書及び訂正請求書の
提出
令和 3年 2月 4日 : 特許異議申立人による意見書の提出
令和 3年 3月26日付け: 訂正拒絶理由通知
令和 3年 4月21日 : 特許権者による意見書及び手続補正書の
提出

なお、特許権者は、令和3年4月21日提出の手続補正書により、令和2年12月4日提出の訂正請求書を補正しているところ、特許異議申立人は、当該訂正請求書による訂正事項を全てふまえた上で意見書を提出しており、当該訂正請求書の補正は、訂正事項の削除及びそれに伴う記載事項についての補正のみであって新たな訂正事項は含まれないことから、補正後の訂正請求書による訂正については、特許異議申立人に対して意見書の提出を求めないものとした。
また、令和2年5月20日提出の訂正請求書による訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたものとみなす。

第2 訂正の適否
1.訂正の内容
令和2年12月4日提出の訂正請求書による訂正(令和3年4月21日提出の手続補正書により補正されたもの。以下「本件訂正」という。)による訂正事項は、以下のとおりである。

(1)訂正事項1
請求項1について、以下のとおり訂正する(下線部は、訂正により変更又は追加された箇所を示す。)。
「【請求項1】
3つ以上の圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機であって、
最終スタンドは、ダル加工を施した表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールをワークロールとして備え、
最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、表層部のヤング率が500GPa以上で、直径が400mm以上であり、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールである超硬ロールを、ワークロールとして備え、
850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延する冷間タンデム圧延機。」

なお、請求項1の記載を引用する請求項2ないし8についても、上記訂正に伴い同様に訂正するものである。

(2)訂正事項2
請求項6に「超鋼ロール」と記載されているのを、「前記超硬ロール」に訂正する。

なお、請求項6の記載を引用する請求項7、8についても、上記訂正に伴い同様に訂正するものである。

2.訂正の検討
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的
訂正事項1に係る特許請求の範囲の請求項1についての訂正は、(ア)「ダル加工を施したロール」について、その表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールに限定し、(イ)「超硬ロール」について、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであるものに限定し、(ウ)「冷間タンデム圧延機」が、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延するものと、圧延の対象を限定するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
上記(ア)に関し、願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という)の段落【0018】には、「最終の圧延スタンド(最終スタンド)5のワークロール51A及び51Bには、算術平均粗さ(「表面粗さ」、又は「Ra」と記載することもある。)の大きい、いわゆるダルロールが用いられる。ダルロールの表面粗さの一例として、Ra0.6μm?5.0μmが挙げられる。」と記載されており、ダルロールの表面の算術平均粗さを、Ra0.6μm?5.0μmとすることについて記載がある。また、本件明細書の段落【0045】の表2には、本発明例1-4に関し、ダルロールを用いる最終スタンド(5std)について、鍛鋼ロールを用いることが記載されている。
上記(イ)に関し、本件明細書の段落【0027】には、超硬ロールは、ダルロールを用いる最終スタンド以外の圧延スタンドに適用しうる旨の記載があるとともに、段落【0026】には、「超硬ロールは、圧延荷重を低減するという観点から、ダルロールではなく研磨のされたブライトロールであることが好ましい。ブライトロールの一例としては、表面の算術平均粗さが0.15μm?3.0μm程度であるロールを挙げることができる。」と記載され、段落【0043】の表1(実施例1)には、スタンドNo1-4のWR Raの最小値として0.21μm(スタンドNo4)、最大値として0.93μm(スタンドNo1)とすることが記載されており、超硬ロールをブライトロールとし、その表面の算術平均粗さを0.21μm?0.93μmとすることについて記載がある。
上記(ウ)に関し、本件明細書の段落【0020】には、「しかし、鍛鋼ロールを用いた圧延では、硬質材や厚み0.8mm以下の薄物材を圧延した際に、荷重をかけても板厚がほとんど減少しない状態が発生する。・・・尚、硬質材とは、例えば引張強度が850MPa以上の鋼板を挙げることができる。」と記載されており、硬質材である引張強度が850MPa以上の鋼板を圧延の対象とした際の圧延機の問題を解決すべく改良がなされたものであることが記載されている。
そうすると、訂正事項1に係る請求項1についての訂正は、本件明細書に記載された事項の範囲内で行われたものであるから、新規事項の追加に該当しない。

また、上記(ア)?(ウ)の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

なお、請求項2-8は、請求項1についての訂正に伴い、減縮を目的として訂正されるものであるところ、この訂正についても、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであって、本件明細書に記載された事項の範囲内で行われたものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的
訂正事項2に係る特許請求の範囲の請求項6についての訂正は、「超鋼ロール」と記載されているのを、「前記超硬ロール」に訂正するものであるところ、この訂正は誤記の訂正を目的とするものである。

イ 新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
本件明細書の段落【0036】、【0037】には、延性の低い被圧延材を圧延する際には、超硬ロールを備えた圧延スタンドの手前に、被圧延材の幅方向端部の圧延方向における変形を促進する圧延スタンドを設けることが望ましく、そのような圧延スタンドの具体例としては、HCミル及びペアクロスミルを挙げることができる旨記載されている。
そうすると、訂正事項2に係る請求項6についての訂正は、本件明細書に記載された事項の範囲内で行われたものであるから、新規事項の追加に該当しない。また、上記訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。
なお、請求項7、8は、請求項6についての訂正に伴い訂正されるものであるところ、この訂正についても、誤記の訂正を目的とするものであって、願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内で行われたものであり、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでないことは明らかである。

3.小括
上記のとおり、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号又は同第2号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。
なお、令和3年3月25日付け訂正拒絶理由通知書の理由は、令和3年4月21日提出の手続補正書により、訂正事項3ないし9を削除する補正がなされたことで解消した。

第3 本件特許
上記第2のとおり、本件訂正は認められるから、本件特許の請求項1-8に係る発明(以下、それぞれ「本件発明1」等といい、全てをまとめて「本件発明」という。なお、以下の第4においては、便宜上、取消理由通知等を通知した時点における特許請求の範囲の請求項1-8に係る発明を「本件発明1」等という。)は以下のとおりである。

【請求項1】
3つ以上の圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機であって、
最終スタンドは、ダル加工を施した表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールをワークロールとして備え、
最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、表層部のヤング率が500GPa以上で、直径が400mm以上であり、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールである超硬ロールを、ワークロールとして備え、
850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延する冷間タンデム圧延機。
【請求項2】
前記超硬ロールの表層部は、タングステンカーバイト(WC)とコバルト(Co)とを含む請求項1に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項3】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドは、最終スタンドの一つ手前の最終直前スタンドである請求項1又は2に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項4】
最終スタンドの一つ手前の最終直前スタンドが6個以上のロールを有し、
最終スタンド及び最終直前スタンド以外の少なくともいずれか一つの圧延スタンドが、前記超硬ロールをワークロールとして備える請求項1又は2に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項5】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドは、最終直前スタンドの一つ手前の圧延スタンドである請求項4に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項6】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドよりも手前における少なくともいずれか1つの圧延スタンドは、HCミル又はペアクロスミルである請求項1から5までのいずれかの1項に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項に記載の冷間タンデム圧延機を用いて圧延を行う冷延鋼板の製造方法。
【請求項8】
圧延前の引張強度が850MPa以上の鋼板について圧延を行う請求項7に記載の冷延鋼板の製造方法。

第4 取消理由及び取消理由として採用しなかった特許異議申立理由の概要
1.取消理由通知書(決定予告)の取消理由
本件訂正前の(令和2年5月20日提出の訂正請求書により訂正された)特許に対して、当審が令和2年9月30日付けで特許権者に通知した取消理由通知書(決定予告)の取消理由の要旨は、次のとおりである。

(1)特許法第36条第6項1号(サポート要件)違反
ア 発明が解決しようとする課題との関係について
本件明細書の記載によれば、本件発明は、潤滑剤の噴霧調節によることなく、また圧延設備の大規模な改修等を行わずとも、硬質材に十分な圧下率を付与することのできる冷間タンデム圧延機及び該圧延機を用いた冷延鋼板の製造方法を提供することを課題(以下「本件課題」という。)としてなされたものであり、ロールの表面粗さが大きいと摩擦係数が大きくなり、圧下率を大きく設定することが難しいことから、最終スタンド以外のスタンドに、(圧延荷重を低減すべく)ブライトロールである超硬ロールを用い、(後段に設けられる連続焼鈍ラインでの鋼板の蛇行防止のため、鋼板の表面を粗くし、ロールと鋼板との間の摩擦力を大きくする)ダルロールを最終スタンドとすることで、硬質材の圧延であっても圧延荷重を抑えつつ板厚を薄くすることを可能としたものと理解できる。
一方、本件発明1には、ブライトロールである超硬ロールの表面の算術平均粗さが、ダル加工を施したロールの表面の算術平均粗さよりも大きい場合が含まれるところ、ブライトロールである超硬ロールにおける摩擦係数が大きくなってしまい、圧下率を十分に取ることができなくなる上、鋼板の表面を粗くし、ロールと鋼板との間の摩擦力を大きくするためのダルロールを最終スタンドに設けることに意味をなさなくなり、本件課題を解決し得ないものと考えるのが自然であるから、本件発明1は、本件課題を解決しない構成を含むものである。
よって、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではない。

イ 本件明細書の開示との関係について
本件明細書には、実施例(段落【0042】ないし【0054】の記載、特に、表1ないし表4を参照。)として、スタンドNo1?4(そのいずれかをブライトロールの超硬ロールとしたもの)の表面の算術平均粗さを0.21?0.93μmとし、最終スタンドであるスタンドNo5にダルロールを用い、その表面粗さを3.0μmとした場合に、供試材の板厚を目標値にすることができることが示されている。
しかしながら、各ロールの表面の算術平均粗さ、特に、ブライトロールである超硬ロールの表面の算術平均粗さを、0.21?0.93μmを超える値、例えば3.0μmとした場合にも、供試材の板厚を目標値にすることができることについては示されていないし、ブライトロールである超硬ロールの表面の算術平均粗さを0.21?0.93μmを超える値にした場合においても、圧下率を十分に確保して、供試材の板厚を目標値にできることが、当業者にとって自明のこととはいえないから、本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし8は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではない。

(2)特許法第36条第6項2号(明確性要件)違反
請求項6において、「超鋼ロール」という用語が用いられるところ、当該請求項が引用する請求項1ないし5には、「超硬ロール」という用語はあるものの、「超鋼ロール」については記載がなく、「超鋼ロール」と「超硬ロール」との異同が不明確である。また、請求項9において、「超鋼ロール」と「超硬ロール」と2つの用語が用いられるところ、これらの異同が不明確である。
よって、本件発明6、本件発明9及びこれを引用する本件発明10ないし15は、不明確である。

2.令和2年3月23日付け取消理由通知書の取消理由
令和2年5月20日提出の訂正請求書による訂正前の特許に対して、当審が令和2年3月23日付けで特許権者に通知した取消理由(特許法第29条第2項(進歩性)違反)の要旨は、次のとおりである。

(1)理由の概要
本件発明1-5は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証-甲第4号証に見られる周知技術ないし技術常識(WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成された超硬材料のヤング率(縦弾性係数)が、500GPaより大きいものとなること)、甲第6号証-甲第9号証に見られる周知技術(冷間タンデム圧延機において、最終スタンドにダル加工を施したロールをワークロールとして用いること)に基づき、当業者が容易に発明することができたものである。

本件発明6は、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証-甲第4号証に見られる周知技術ないし技術常識、甲第6号証-甲第9号証に見られる周知技術、甲第11号証に記載された技術事項(タンデム圧延機として、HCミルやクロスミルを用いること)に基づき、当業者が容易に発明することができたものである。

本件発明7、8は、本件発明1-6の冷間タンデム圧延機を用いた冷延鋼板の製造方法であるところ、甲第1号証に記載された発明、甲第2号証-甲第4号証に見られる周知技術ないし技術常識、甲第6号証-甲第9号証に見られる周知技術、甲第11号証に記載された技術事項に基づき、当業者が容易に発明することができたものである。

(2)証拠
甲第1号証:特開2002-102908号公報
甲第2号証:小坂田宏造、”超硬合金の特徴と今後の方向性”、素形材、2011年10月、Vol.52、No.10、p.2-6
甲第3号証:特開平10-328713号公報
甲第4号証:窪田治夫、外1名、”最近における超硬合金の利用”、日本金属学会会報、1966年、第5巻、p.207-215
甲第6号証:特開昭63-10013号公報
甲第7号証:特開平3-146202号公報
甲第8号証:特開2004-1020号公報
甲第9号証:特開平4-356310号公報
甲第11号証:特開平6-234003号公報

なお、上記以外の特許異議申立ての証拠及び令和2年7月16日に異議申立人が提出した意見書に添付された証拠は次のとおりである。
甲第5号証:特開平8-39103号公報
甲第10号証:大学演習材料力学編集会編、”大学演習 材料力学 改訂版”、株式会社裳華房、昭和50年2月1日第26版発行、p.2-3
甲第12号証:特開2006-7233号公報
甲第13号証:特開平9-323103号公報
甲第14号証:特開平10-5838号公報

(以下、甲第1号証-甲第14号証を、それぞれ「甲1」等という。)

3.取消理由として採用しなかった特許異議申立理由
本件特許異議の申立てにおいて、特許異議申立人が主張した異議申立理由のうち、上記の各取消理由として採用しなかった理由の要旨は、次のとおりである。

(1)特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)違反
ア 表層部のヤング率が500GPa以上について
本件発明1は、「表層部のヤング率が500GPa以上」の超硬ロールをワークロールとして備えることを特定しているところ、本件明細書には、「超硬ロールの表層部の主成分としては、例えば、タングステンカーバイト(WC)とコバルト(Co)とが挙げられる。・・・WCのバインダーとしては、Co以外にもNiやCr等を使用することもできる。超硬ロールとしては、鍛鋼系の胴部(基材)の表面に、溶射皮膜形成用材料(例えば、WC系のサーメット等)を溶射することによって作製することができる。また、超硬の材質からなるスリーブロールを、鍛鋼系の胴部に焼き嵌めて組み立てることもできる。」(段落【0023】-【0025】)と記載があり、超硬ロール表面層の構成についてWCとCoからなる超硬合金製のスリーブロールの他、NiやCr等をバインダーとするWC系の超硬合金を主成分とする構成、溶射による構成も示唆されている。
しかしながら、具体的な実施形態としては、表層部がWCとCoを原料とするスリーブロールで構成された場合についてのみ記載され、本件発明1に含まれる他の実施形態についての記載がされていない。
よって、本件明細書の記載は、実施可能要件を満たさない。

イ 圧延設備の大規模な改修を行う必要がないことについて
本件明細書には、「本発明は・・・また圧延設備の大規模な改修等を行わずとも、硬質材に十分な圧下率を付与することのできる冷間タンデム圧延機及び該圧延機を用いた冷延鋼板の製造方法を提供すること」(段落【0009】)との課題を解決するための具体的な方法が記載されていないため、発明の課題がどのように解決されるのか明らかでない。
よって、本件明細書の記載は、実施可能要件を満たさない。

(2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)違反
本件発明1は、「表層部のヤング率が500GPa以上」の超硬ロールをワークロールとして備えることを特定するところ、本件明細書には、上記(1)の段落【0023】-【0025】について指摘したとおりの記載があるが、実施例とその効果については、表層部がWCとCoを原料とするスリーブロールで構成された場合についてのみ記載され、例えば、WCのバインダーとして、Co以外にもNiやCr等を使用した場合や、鍛鋼系の胴部(基材)の表面に、溶射皮膜形成用材料を溶射することによって作製された場合にも同じ効果が得られるか明らかでない。
よって、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明でない。

第5 当審の判断
1.取消理由通知書(決定予告)の取消理由
(1)特許法第36条第6項1号(サポート要件)違反
ア 本件課題との関係について
上記第4の1.(1)アについて検討する。
本件課題は、潤滑剤の噴霧調節によることなく、また圧延設備の大規模な改修等を行わずとも、硬質材に十分な圧下率を付与することのできる冷間タンデム圧延機及び該圧延機を用いた冷延鋼板の製造方法を提供することであるところ、本件訂正により、本件発明1は、「最終スタンドは、ダル加工を施した表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールをワークロールとして備え、最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、表層部のヤング率が500GPa以上で、直径が400mm以上であり、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールである超硬ロールを、ワークロールとして備え」(以下「本件構成」という。)るものとなった。

これに関し、本件明細書の段落【0018】には、ダルロールの表面粗さの一例として、Ra0.6μm?5.0μmが挙げられる旨記載されるとともに、同じく本件明細書の実施例(段落【0042】ないし【0054】の記載、特に、表1ないし表4。)として、スタンドNo1?4(そのいずれかをブライトロールの超硬ロールとしたもの)の表面の算術平均粗さ(以下「Ra」という。)を0.21?0.93μmとしたものが記載されているから、本件発明1で特定するダル加工を施した表面のRa及びブライトロールである超硬ロールブライトロールである超硬ロール表面のRaはいずれも本件明細書に記載されたものであるところ、ブライトロールを上記数値範囲にて実施した表2の本発明例1-4では、いずれも板厚を目標値である1.4mmよりも薄くすることができ、同じくブライトロールを上記数値範囲にて実施した表4の本発明例5-7においてもいずれも目標値である1.17mmよりも薄くできていることが理解できる。すなわち、「最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、表層部のヤング率が500GPa以上で、直径が400mm以上であり、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールである超硬ロールを、ワークロールとして備え」ることで、供試材である高張力鋼板に対して十分な圧下率を付与可能であることが理解できる。

一方、これらの本発明例1-7では、ダルロールの表面のRaは3.0μmとなっており、本件発明1で特定されるダル加工を施した表面のRa0.6μm?5.0μmのすべての範囲における圧延の結果を確認しているものではないが、ダルロールは最終スタンドに配置され、鋼板の表面を粗くすることにより、ロールと鋼板との間の摩擦力を大きくするもの(段落【0018】)であるところ、当該摩擦力は、ダルロールのRaに依存するものであって、ダルロールのRaと超硬ロールのRaの相対的な大小に依存するものではない。そうすると、ダルロールのRaや、ダルロールのRaと超硬ロールのRaの相対的な大小は、鋼板の板厚を薄くすることを目的とするものではないから、鋼板を十分な圧下率を付与して圧延するという上記本件課題とは直接関連しないことは当業者にとって明らかである。
したがって、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であって、本件課題を解決し得るものである。

イ 本件明細書の開示との関係について
上記第4の1.(1)イについて検討する。
上記アのとおり、本件訂正により、本件構成を備えるものとなったところ、本件明細書には、実施例(段落【0042】ないし【0054】の記載、特に、表1ないし表4。)として、スタンドNo1?4(そのいずれかをブライトロールの超硬ロールとしたもの)の表面の算術平均粗さを0.21?0.93μmとしたものが記載されているから、本件発明1のブライトロールである超硬ロールの表面の算術平均粗さについては、実施例に記載された範囲のものとなった。
そして、このようなブライトロールである超硬ロールの表面の算術平均粗さの範囲に設定することにより、圧下率を十分に確保して、供試材である高張力鋼板の板厚を目標値にできることが理解できるから、本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし8は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である。

(2)特許法第36条第6項2号(明確性要件)違反
上記第4の1.(2)について検討する。
本件訂正により、請求項6は、「前記超硬ロールを備えた圧延スタンドよりも手前における少なくともいずれか1つの圧延スタンドは、HCミル又はペアクロスミルである請求項1から5までのいずれかの1項に記載の冷間タンデム圧延機。」となり、前記されるものが「超硬ロール」であることが明確となった。
また、請求項9は、訂正請求書についての令和3年4月21日提出の手続補正書により、削除されたから、本件発明が不明確であるとする理由はない。

2.令和2年3月23日付け取消理由通知書の取消理由
上記第4の2.について検討する。
本件発明1は、上記第3において示したとおりのものである。

(1)甲1の記載事項等
取消理由通知において主引例として引用した甲1には、以下の事項が記載されている。(下線は理解の便のため合議体が付与したもの。以下同じ。)

ア 「【請求項1】 複数のスタンドで金属帯に圧延を施す冷間圧延方法において、ロール中心軸と交わる面で分割される複数個の中空成形体部材を予め一体化してスリーブとなし、該スリーブを軸部材に固定した超硬合金複合スリーブロールをワークロールとして少なくとも1つのスタンドに組み込むことを特徴とする金属帯の冷間圧延方法。」

イ 「【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、複数のスタンドで金属帯に冷間圧延を施す方法に関し、特に、高速圧延、高圧下率圧延が可能な冷間圧延方法に関する。」

ウ 「【0003】近年、極薄鋼帯を冷間タンデム圧延機で製造することが求められるようになり、高圧下率でタンデム圧延を行う必要が生じている。しかし、鋼製のワークロールを用いて高圧下率にすると、焼付が発生してしまうことから、要求される板厚にまで薄くできなかったり、圧延速度を遅くせざるを得ず圧延能率が著しく低下する場合があった。」

エ 「【0005】・・・冷間タンデム圧延機のワークロールとしては、耐焼付性が十分でなく、一方、高炭素系高速度鋼のワークロールを用いて高粘度の圧延油を供給しつつ冷間圧延を施すと、摩擦係数が低下しすぎてワークロールと鋼帯間でスリップ現象を起こし、チャタリングと呼ばれる圧延機の振動が生じやすくなるために、圧延速度や圧下率を制限せざるを得ないという問題があった。」

オ 「【0008】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は、冷間タンデム圧延機で金属帯に冷間圧延を施す際の従来技術の上記問題点を解消することにあり、ロールコストを抑制して経済的に、高速圧延および高圧下率圧延が可能な冷間圧延方法を提供することにある。」

カ 「【0011】
【発明の実施の形態】本発明の冷間圧延方法においては、冷間タンデム圧延機の複数のスタンドのうち、少なくとも1つのスタンドのワークロールとして、ロール中心軸と交わる面で分割される複数個の中空成形体部材を予め一体化してスリーブとなし、該スリーブを軸部材に固定した超硬合金複合スリーブロールを適用することにより、金属帯の焼付を防止でき、ロールコストを抑制して高速圧延および高圧下圧延を実現できる。」

キ 「【0013】中空成形体部材11の原料は、超硬合金の粉末であり、WC、TaC、TiC等の粉末を用いることができ、その中でもWC(炭化タングステン)が強度や靭性の点で望ましく、WCに、Co、Ni、Cr、Ti等のうちから選ばれる1種または2種以上を5?50mass%添加した混合粉末とするのがよい。たとえば、粒子径1?10μmのWC粉末と粒子径1?2μmのCo粉末とを不活性雰囲気下で混合して用いる。」

ク 「【0015】仮焼結または仮焼結後機械加工して得られた中空成形体部材11は、複数個接合して一体となし、図1(b)に示す一体化した中空スリーブ12とする。一体化した中空スリーブ12とするには、中心軸と交わる面同士を軸を同一とした状態で重ね合わせ、加圧焼結などの方法で一体化する。加圧焼結を加圧と焼結同時処理する場合には、たとえば、Ar雰囲気下、加圧条件100?200MPa、焼結条件1100?1200℃、0.5?2時間保持後、さらに1300?1350℃で1?3時間保持、という方法で行うとよいが、もちろん同時処理に限るものではなく、焼結の後に加圧処理して行ってもよい。
【0016】一体化した中空スリーブ12は、必要に応じて機械加工により研削、研磨等を行い、その空洞部に図1(b)に示すロールの軸部材13を挿入し、嵌合して焼きバメ、冷やしバメなどの通常の方法で軸部材13に固定する。なお、軸部材13は、たとえばクロム鋼、クロムモリブデン鋼、高速度鋼を調質して作成することができる。
【0017】・・・以上のようにして製造した超硬合金複合スリーブロールは、胴部の径を150?700mm、胴部の幅を500?2000mmと大径、大型化し、かつ強度および靭性に優れたロールとすることができるので、冷間タンデム圧延機のワークロールとして用いることができるのである。
【0018】・・・タンデム圧延機としては、図2に示すように、ワークロール2とバックアップロール3を備えた4段式圧延機を5スタンド配置したものを用い、板厚2.0mmの低炭素熱延鋼帯に冷間圧延を施した。」

ケ 「【0022】
【表1】



コ 「【0025】
【表2】



サ 「【0026】表1および表2の結果から次のことがわかった。
○1(審決注:○1は丸数字を表す。以下同じ。):超硬合金複合スリーブロールを少なくとも1つの圧延スタンドにワークロールとして組み込んだ場合、圧延油を供給せず冷却水のみの供給でありながらワークロールと鋼帯間の焼付を防止できて、従来例よりも高速圧延が可能となる。このことから、発明例では、圧延能率を飛躍的に改善できる。
【0027】○2:超硬合金複合スリーブロールを最終スタンドから順に上流のスタンドに組み込むことが、圧延速度の速い最終のスタンドから順にワークロールと鋼帯間の焼付を防止できるため、最終製品の表面性状は良好に維持しながら、ロールコストを抑制して経済的に、高速圧延とさらに高圧下率圧延が可能であり、好ましい。
【0028】○3:超硬合金複合スリーブロールに圧延油を供給せず、冷却水を供給するだけで、従来より高速圧延および高圧下率圧延が可能であるので、圧延油コストを削減でき、好ましい。また、超硬合金複合スリーブロールを組み込むスタンド数を増加するほど高速圧延および高圧下率圧延が可能である。そこで、ランニング費用などの余裕に応じて全スタンドに適用することもできる。超硬合金複合スリーブロールを全スタンドに適用した場合、圧延機仕様の限界速度、限界圧下率にまで到達させることができる。」

シ 「【0030】以上の説明では、4段式圧延機のワークロールに超硬合金複合スリーブロールを用いるとして説明しているが、本発明の冷間圧延方法においては、4段式圧延機に限定されることはなく、ワークロール、中間ロールおよびバックアップロールとを備えた6段式圧延機におけるワークロールとして超硬合金複合スリーブロールを用いることもできる。」

ス 「【0032】
【実施例】〔実施例1〕図2に示す5スタンドの冷間タンデム圧延機において、超硬合金複合スリーブロールをワークロールとして用い、板厚3.5mmの低炭素熱延鋼帯に5スタンドで圧延を施し、出側板厚を0.6mm(圧下率82.9%)とし、圧延速度を徐々に増大させて、耐焼付限界圧延速度を調査した。」

セ 「【0034】なお、超硬合金複合スリーブロールは、WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として、前述した方法により、外径650mmφ、厚さ50mmt×幅500mmLの中空成形体部材を4個作成し、予め一体化してスリーブ12となし、図1に示すように、スリーブ12を鋼製軸部材13に嵌合して製造した。・・・」

ソ 「【0036】〔実施例2〕図2に示す5スタンドの冷間タンデム圧延機において、超硬合金複合スリーブロールをワークロールとして用い、焼鈍・酸洗を施した板厚5.0mmのSUS430フェライト系ステンレス熱延鋼帯に5スタンドで圧延を施し、出側板厚を1.5mm(圧下率70.0%)とし、圧延速度を徐々に増大させて、耐焼付限界圧延速度を調査した。
【0037】その際、超硬合金複合スリーブロールを全スタンドに組み込み、各ワークロールに圧延油を供給せず、冷却水を供給した。なお、超硬合金複合スリーブロールは、WCにCoを15mass%添加した混合粉末を原料として、上述した方法により、外径650mmφ、厚さ50mmt×幅500mmLの中空成形体部材を4個作成し、予め一体化してスリーブ12となし、図1に示すように、鋼製軸部材13に嵌合して製造した。」

タ 「【0041】
【発明の効果】以上説明したように、本発明によれば、冷間タンデム圧延機において、超硬合金複合スリーブロールの経済的な適用が可能となるため、ロールコストを抑制して、ワークロールと金属帯間の焼付を防止でき、高速圧延および高圧下率圧延が可能になる。
【0042】このため、圧延能率が著しく向上し、経済的に金属帯を製造できるという産業上有益な効果を奏する。」

チ 「【図1】



ツ 「【図2】



上記記載事項ア-ツから、以下の事項が理解できる。
テ 上記ア、オ、カ、ク、ケ、サ、タ、チ及びツの記載から、5つの圧延スタンドを備え、少なくとも1つの4段式圧延機による圧延スタンドに超硬合金複合スリーブロールを、ワークロールとして備える冷間タンデム圧延機とすることで、圧延油を供給せず、冷却水を供給するだけで、従来より高速圧延および高圧下率圧延が可能であること。

ト 上記ス及びセの実施例1の記載事項から、ワークロールとして用いる超硬合金複合スリーブロールは、WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成された中空成形体部材を用いたものであり、その外径が650mmφであること。

ナ 上記ケに示す表1の区分A1の発明例や、上記コに示す表2の区分B1の発明例には、スタンドNo.1に超硬合金複合スリーブロールを採用するのに対して、最終スタンドであるNo.5に高速度鋼製ロールを採用することが示され、同様に、区分A4やB4の発明例には、No.1及び2に超硬合金複合スリーブロールを採用し、No.5に高速度鋼製ロールを採用することが示されていることからみて、上記テの「少なくとも1つの4段式圧延機」には、最終スタンド以外の圧延スタンドが含まれること。

(2)甲1発明
上記の記載事項等を踏まえると、甲1には、以下の甲1発明が記載されていると認められる。
「5つの圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機であって、少なくとも1つの4段式圧延機による圧延スタンドに、WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成された中空成形体部材を用いたものであって外径が650mmφの超硬合金複合スリーブロールを、ワークロールとして備える冷間タンデム圧延機。」

(3)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「4段式圧延機による圧延スタンド」は、本件発明1の「4Hi型圧延スタンド」に相当する。
また、甲1発明の「5つの圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機」は、本件発明1の「3つ以上の圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機」を満たし、甲1発明の「少なくとも1つの4段式圧延機による圧延スタンドに、WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成された中空成形体部材を用いたものであって外径が650mmφの超硬合金複合スリーブロールを、ワークロールとして備える」ことは、最終スタンド以外の圧延スタンドに超硬合金複合スリーブロールを、ワークロールとして備えることを含むものである(上記(1)ナ)から、本件発明1の「最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、直径が400mm以上の超硬ロールを、ワークロールとして備える」ことを満たす。
そうすると、両者は、以下の一致点、相違点を有する。

一致点:3つ以上の圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機であって、最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、直径が400mm以上の超硬ロールを、ワークロールとして備える冷間タンデム圧延機

相違点1:本件発明1の超硬ロールは、表層部のヤング率が500GPa以上で、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであり、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延するのに対し、甲1発明の超硬合金複合スリーブロールは、表層部のヤング率、表面の算術平均粗さ及び加工対象の引張強度について特定のない点。
相違点2:本件発明1の最終スタンドは、ダル加工を施した表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールをワークロールとしているのに対し、甲1発明の最終スタンドのワークロールは、ダル加工を施したものではない点。

(4)判断
相違点1について検討する。
ア 甲1発明の表層部となる中空成形体部材は、WCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成されたものであるところ、このような材料を用いて形成した超硬材料のヤング率(縦弾性係数)が、500GPaより大きいものとなることは、甲2(特に、図3のWC-Co合金の縦弾性係数とCo量の関係を示すグラフを参照。)、甲3(特に、図10のCoの結合当量とヤング率の関係を示すグラフを参照。)、甲4(特に、第5表の超硬合金(WC-10%Co)のE(ヤング率)の値を参照。)に見られるように、周知ないし技術常識に当たるものであって、甲1発明のWCにCoを10mass%添加した混合粉末を原料として形成された超硬合金複合スリーブロールの表層部が、500GPa以上のヤング率を有することは、当業者には明らかといえる。

イ 一方、本件発明1の超硬ロールは、表層部のヤング率が500GPa以上で、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであり、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延するものであることを特定しており、超硬ロールが、表層部のヤング率が500GPa以上で、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであるとの構成の全てを備えることで、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を潤滑剤の噴霧調節によることなく、十分な圧下率を付与することのできるもの(本件課題を解決できるもの)であるところ、甲2-甲14のいずれにも、超硬ロールが、表層部のヤング率が500GPa以上で、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであるとの構成の全てを備え、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延することについて開示はないし、そのように構成し得ることについての示唆も見られない。

ウ すなわち、上記のとおり甲2ないし甲4には、WCにCoを所定量添加して形成した超硬材料のヤング率(縦弾性係数)が、500GPaより大きいものとなること、甲5には、WCにCoを10%含有するWC系超硬合金でロール外周を構成したワークロールを用いて冷間圧延することで、ステンレス冷延鋼帯の光沢が向上すること(段落【0026】、【0030】、【表1】)、甲12には、780MPa以上の引張強度を有する鋼板を、最終パス以外は、ブライトロールを用いて4?6パスの冷間圧延を行うこと(段落【0023】、【0042】)、甲13には、最終スタンドの超硬ロール粗さRaを0.005μm以上0.15μm以下として、フェライト系ステンレス鋼帯を冷間圧延することで鋼帯表面の光沢を向上させること(【特許請求の範囲】、【0033】、【0040】)が、それぞれ示されているが、表層部のヤング率が500GPa以上で、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールであり、850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延するという全ての構成を兼ね備えるものを開示しないし、そのような構成を採ることについての示唆もない。また、上記以外の証拠である甲6-甲11、甲14もこれを示すものではない。
そして、相違点1に係る本件発明1の構成の一部のみが示された証拠を組み合わせて、相違点1に係る本件発明1の構成の全てを備えるようにする蓋然性も、そのようにする動機付けも見当たらない。

エ そうすると、甲1発明に甲2-甲14を適用して本件発明1に想到することはないから、相違点2について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明に、甲2-甲14に記載の技術事項や、これらの証拠から把握できる技術常識や周知の技術を適用しても、当業者が容易に発明することができたということはできない。

(5)本件発明2-8について
本件発明2-8は、本件発明1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の特定事項を全て含むものであるところ、本件発明2-8と甲1発明とは、上記(3)と同じ相違点を有するから、上記(4)の判断と同様に、甲1発明及び甲2-甲14から当業者が容易に発明することができたものではない。

3.取消理由として採用しなかった特許異議申立理由
(1)特許法第36条第4項第1号(実施可能要件)違反
ア 表層部のヤング率が500GPa以上について
特許異議申立人は、上記第4の3.(1)アについて、本件発明1は、「表層部のヤング率が500GPa以上」の超硬ロールをワークロールとして備えることを特定しているが、具体的な実施形態としては、表層部がWCとCoを原料とするスリーブロールで構成された場合についてのみ記載され、本件発明1に含まれる他の実施形態についての記載がされていないことを根拠として、本件明細書の記載が実施可能要件を満たさない旨、異議申立理由として主張している。

物の発明における発明の実施とは、その物の生産、使用等をする行為をいうから(特許法第2条第3項第1号)、物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては、当業者が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきである。

これに照らして検討すると、本件明細書には、「しかし、鍛鋼ロールを用いた圧延では、硬質材や厚み0.8mm以下の薄物材を圧延した際に、荷重をかけても板厚がほとんど減少しない状態が発生する。これは、鍛鋼ロールのヤング率が十分に高くない(通常、150GPa?250GPa程度である)ことによると考えられる。硬質材、薄物材を圧延する際には大きな圧延荷重がワークロールにかかるが、前述した鍛鋼ロールではその扁平変形が顕著であり、ロールと被圧延材との接触長さが極端に大きくなると推察される。このような状態では、圧延スタンドにおいて加える圧延荷重を大きくしても、ワークロールの変形が進行するばかりで板厚が思ったように減少せず、所定の板厚まで薄くすることが困難となる。尚、硬質材とは、例えば引張強度が850MPa以上の鋼板を挙げることができる。」(段落【0020】)、「前述した超硬ロールは、表層部のヤング率が500GPa以上である。・・・超硬ロールは、従来の鍛鋼ロールに比べてヤング率が高いことから、大きな圧延荷重が加わった際にも扁平変形をしにくく、接触弧長が増大してしまうのを防ぐことができる。・・・」(段落【0022】)と記載されており、超硬ロールの表層部のヤング率を500GPa以上とすることで、850MPa以上の硬質材を圧延する際に、大きな圧延荷重が加わっても扁平変形をしにくく、接触弧長が増大してしまうのを防ぐことができることが記載されている。
上記のとおり、超硬ロールは表層部のヤング率を500GPa以上とすることで850MPa以上の硬質材に対して効果を奏するものであるところ、本件明細書の段落【0023】-【0025】には、「超硬ロールの表層部の主成分としては、例えば、タングステンカーバイト(WC)とコバルト(Co)とが挙げられる。・・・WCのバインダーとしては、Co以外にもNiやCr等を使用することもできる。超硬ロールとしては、鍛鋼系の胴部(基材)の表面に、溶射皮膜形成用材料(例えば、WC系のサーメット等)を溶射することによって作製することができる。また、超硬の材質からなるスリーブロールを、鍛鋼系の胴部に焼き嵌めて組み立てることもできる。」と記載され、超硬ロールの表層部の硬度を高める方法についても記載されている。

本件明細書の上記記載を踏まえれば、本件明細書に示された実施形態以外の実施形態(WCのバインダーとしてNiやCr等を使用した実施形態)についての具体的な開示の有無にかかわらず、当業者が、当該記載及び出願当時の技術常識とに基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができるということができるから、本件明細書の記載は、実施可能要件を満たすものである。

イ 圧延設備の大規模な改修を行う必要がないことについて
特許異議申立人は、上記第4の3.(1)イについて、本件明細書には、「本発明は・・・また圧延設備の大規模な改修等を行わずとも、硬質材に十分な圧下率を付与することのできる冷間タンデム圧延機及び該圧延機を用いた冷延鋼板の製造方法を提供すること」(段落【0009】)との課題を解決するための具体的な方法が記載されておらず、発明の課題がどのように解決されるのか明らかでないことを根拠として、本件明細書の記載が実施可能要件を満たさない旨、異議申立理由として主張している。

これに関し、本件明細書には、「また、特許文献3に開示された方法を従来の冷間タンデム圧延機に適用するためには、圧延スタンドのワークロールを小径のロールに付け替える作業や、これに伴うロールベンダー等の付帯設備の大規模な改造等が必要であり、莫大なコストがかかってしまうという問題がある。」(段落【0008】)と記載され、従来技術である特許文献3では、圧延スタンドのワークロールを小径のものに変更することに伴い、付帯設備の大規模な改造等が必要とされたところ、「本発明の冷間タンデム圧延機を準備するには、従来の設備における鍛鋼ロールを超硬ロールに交換することで足りるので、簡便かつ低コストである。例えば、図1の例では既存の設備における圧延スタンド4のワークロールを鍛鋼ロールから超硬ロールへと交換すればよい。」(段落【0035】)との記載から、本件発明では、従来技術のように小径ロールへの変更に伴う大規模な改造等をしなくとも、既存の設備における圧延スタンドのワークロールを鍛鋼ロールから超硬ロールへと交換するだけでよいものであることが理解できる。

そうすると、本件明細書の記載から、上記段落【0009】に記載された課題を解決できることが理解できるから、本件明細書の記載は実施可能要件を満たすものである。

(2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)違反
特許異議申立人は、上記第4の3.(2)について、本件発明1は、「表層部のヤング率が500GPa以上」の超硬ロールをワークロールとして備えることを特定するところ、本件明細書には、実施例とその効果については、表層部がWCとCoを原料とするスリーブロールで構成された場合についてのみ記載され、例えば、WCのバインダーとして、Co以外にもNiやCr等を使用した場合や、鍛鋼系の胴部(基材)の表面に、溶射皮膜形成用材料を溶射することによって作製された場合にも同じ効果が得られるか明らかでないから、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明でない旨、異議申立理由として主張している。

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。

本件について見ると、上記(1)アに記載のとおり、「表層部のヤング率が500GPa以上」の超硬ロールをワークロールとして備えること、そのようなワークロールを備えることにより、850MPa以上の硬質材を圧延する際に、大きな圧延荷重が加わっても扁平変形をしにくく、接触弧長が増大してしまうのを防ぐことができることは、本件明細書の段落【0020】、【0022】に記載された事項であるし、超硬ロールの表層部の硬度を高める方法についても段落【0023】-【0025】に記載されているのであるから、本件発明1は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
そうすると、本件発明1は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明である。

第6 むすび
以上のとおり、本件発明1-8に係る特許は、取消理由通知書(決定予告)又は取消理由通知書に記載した取消理由、特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことはできない。さらに、本件発明1-8に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
3つ以上の圧延スタンドを備えた冷間タンデム圧延機であって、
最終スタンドは、ダル加工を施した表面の算術平均粗さ0.6μm?5.0μmの鍛鋼ロールをワークロールとして備え、
最終スタンド以外の少なくとも一つの4Hi型圧延スタンドは、表層部のヤング率が500GPa以上で、直径が400mm以上であり、表面の算術平均粗さが0.21μm?0.93μmのブライトロールである超硬ロールを、ワークロールとして備え、
850MPa以上の引張強度を有する鋼板を圧延する冷間タンデム圧延機。
【請求項2】
前記超硬ロールの表層部は、タングステンカーバイト(WC)とコバルト(Co)とを含む請求項1に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項3】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドは、最終スタンドの一つ手前の最終直前スタンドである請求項1又は2に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項4】
最終スタンドの一つ手前の最終直前スタンドが6個以上のロールを有し、
最終スタンド及び最終直前スタンド以外の少なくともいずれか一つの圧延スタンドが、前記超硬ロールをワークロールとして備える請求項1又は2に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項5】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドは、最終直前スタンドの一つ手前の圧延スタンドである請求項4に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項6】
前記超硬ロールを備えた圧延スタンドよりも手前における少なくともいずれか1つの圧延スタンドは、HCミル又はペアクロスミルである請求項1から5までのいずれかの1項に記載の冷間タンデム圧延機。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項に記載の冷間タンデム圧延機を用いて圧延を行う冷延鋼板の製造方法。
【請求項8】
圧延前の引張強度が850MPa以上の鋼板について圧延を行う請求項7に記載の冷延鋼板の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-09-30 
出願番号 特願2016-164019(P2016-164019)
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (B21B)
P 1 651・ 841- YAA (B21B)
P 1 651・ 536- YAA (B21B)
P 1 651・ 121- YAA (B21B)
最終処分 維持  
前審関与審査官 河口 展明  
特許庁審判長 刈間 宏信
特許庁審判官 見目 省二
大山 健
登録日 2019-06-21 
登録番号 特許第6540631号(P6540631)
権利者 JFEスチール株式会社
発明の名称 冷間タンデム圧延機及び冷延鋼板の製造方法  
代理人 坂井 哲也  
代理人 森 和弘  
代理人 熊坂 晃  
代理人 磯村 哲朗  
代理人 坂井 哲也  
代理人 熊坂 晃  
代理人 森 和弘  
代理人 磯村 哲朗  

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