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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  B05D
審判 全部申し立て 2項進歩性  B05D
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  B05D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  B05D
管理番号 1379832
異議申立番号 異議2020-700616  
総通号数 264 
発行国 日本国特許庁(JP) 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2021-12-24 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-19 
確定日 2021-10-13 
異議申立件数
訂正明細書 有 
事件の表示 特許第6649798号発明「被膜形成方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6649798号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。 特許第6649798号の請求項1ないし6に係る特許を維持する。 
理由 第1 主な手続の経緯
特許第6649798号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし6に係る特許についての出願は、平成28年2月24日(優先権主張 平成27年3月4日、同年10月15日)を出願日とする出願であって、令和2年1月21日にその特許権の設定登録(請求項の数6)がされ、同年2月19日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年 8月19日 :特許異議申立人 金山 愼一(以下、「特許異 議申立人」という。)による請求項1ないし6 に係る特許に対する特許異議の申立て
同年11月30日付け:取消理由通知書
令和3年 1月28日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求
同年 2月 5日付け:特許異議申立人に対する特許法第120条の5 第5項に基づく通知
同年 5月 7日付け:取消理由通知(決定の予告)
同年 7月14日 :特許権者による意見書の提出及び訂正請求

なお、令和3年1月28日にされた訂正請求は、特許法第120条の5第7項の規定により、取り下げられたものとみなす。
また、令和3年2月5日付けで特許異議申立人に対してなされた特許法第120条の5第5項に基づく、訂正請求があった旨の通知に対して、特許異議申立人から何ら応答がなく、かつ下記「第2 訂正の適否について」にあるように、同年7月14日になされた特許権者による訂正請求によって特許請求の範囲が相当程度減縮され、事件において提出された全ての証拠や意見等を踏まえて更に審理を進めたとしても特許を維持すべきとの結論となると当審が判断したため、後者の訂正請求に対し、同法同条第5項ただし書における特別の事情と認め、特許異議申立人に対して同法同条第5項の通知を行っていない。

第2 訂正の適否について
1 訂正の内容
令和3年7月14日にされた訂正請求による訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下の訂正事項1のとおりである。なお、下線は、訂正箇所について付したものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の
「第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、」との記載を、
「第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、」に訂正し、
更に、
「上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含むことを特徴とする被膜形成方法。」との記載を、
「上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。」
に訂正する。
また、請求項1の記載を引用する請求項2も同様に訂正する。

(2)一群の請求項について
訂正前の請求項2は、訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、訂正前の請求項1は、一群の請求項に該当するものである。そして、訂正事項1は、それらについてされたものであるから、一群の請求項ごとにされたものであり、特許法第120条の5第4項の規定に適合する。

2 訂正の適否についての検討
訂正事項1に係る訂正は、請求項1に係る第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「浸透性吸水防止材」に関し、本件特許明細書の段落【0017】に「<第1工程> 本願発明における第1工程の浸透性吸水防止材は、吸水防止効果が発揮可能な材料であれば特に制限されず使用でき、例えば、・・・加水分解性シラン化合物及び/またはその縮合物を主成分として含むシラン系浸透性吸水防止材、等が挙げられる。本発明では、シラン系浸透性吸水防止材が好ましく使用できる。」と記載される「シラン系浸透性吸水防止材」に、更に限定するものであり、また、該シラン系浸透性吸水防止材につき、本件特許明細書の段落【0020】の「本発明では特に、主成分となる化合物としてアルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を0.1?50重量%・・・含有するものが好ましい。」と記載される「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物」を含むものに限定するとともに、「シリコン系樹脂を含まない」ものとする、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、請求項1に係る本件訂正は、上述のように願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内のものであり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当しない。
また、上記訂正に伴う、請求項1の従属請求項である請求項2ないし6に係る訂正も同様である。

3 小括
以上のとおりであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2のとおりであるから、訂正後の本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下、それぞれ「本件特許発明1」ないし「本件特許発明6」といい、まとめて「本件特許発明」という。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし6に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルション及び顔料を含み、形成被膜の隠蔽率が90%以上である被覆材(I)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、その含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に8?70重量%であり、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、シクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項2】
上記合成樹脂エマルションは、ガラス転移温度が15?60℃であることを特徴とする請求項1記載の被膜形成方法。
【請求項3】
上記合成樹脂エマルションは、平均粒子径が120nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の被膜形成方法。
【請求項4】
上記合成樹脂エマルションは、シリコン変性アクリル樹脂エマルションであることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項5】
第3工程として、合成樹脂及び顔料を含み、形成被膜の隠蔽率が90%以上かつ上記第2工程における被覆材とは異なる色調の被覆材(II)を塗付して、模様を付与することを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項6】
上記被覆材(II)は、硬度及び/または密度が異なる少なくとも2種以上の吸液材が円筒外周面に混在するローラーブラシによって塗付することを特徴とする請求項5に記載の被膜形成方法。」

第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
特許異議申立人が提出した特許異議申立書において主張する特許異議申立理由の概要は、次のとおりである。

1 申立理由1 (甲第1号証を根拠とする新規性欠如)
本件特許発明1ないし4は、甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

2 申立理由2 (甲第1号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし6は、甲第1号証に記載された発明を主たる引用発明とし、それに基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

3 申立理由3 (甲第6号証を主引用例とする進歩性欠如)
本件特許発明1ないし6は、甲第6号証に記載された発明を主たる引用発明とし、それに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの発明に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

4 申立理由4 (サポート要件違反)
本件特許発明1ないし6についての特許は、以下の理由で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)申立理由4-1
本件特許発明1の第1工程で塗付される「浸透性吸水防止剤」について、本件特許の請求項1には物質が特定されていない。
下塗塗料によっては、層間密着性が左右され、耐久性が劣る場合があるため、本件特許明細書の実施例で効果を確かめた「ヘキシルトリメトキシシラン」以外の機能的にも構造的にも異なる、極めて多種類の浸透性吸水防止材は、いかなるものであっても、下塗塗料として、本件特許発明の課題、特に耐久性を解決するとは考えられないから、本件特許発明1ないし6は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(2)申立理由4-2
本件特許発明1の第2工程で塗付される被覆材に含まれる合成樹脂エマルションにおける合成樹脂を構成するシクロヘキシルメタクリレートについて、本件特許の請求項1にはその含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に「8?70重量%」と特定されている。
そして、実施例で効果を確かめた含有量は、6、10及び20重量%であるから、当業者が本件特許明細書を見た際、20重量%よりも高い含有量のもので、実施例と同様に本件特許発明の課題を解決することができるか不明であるから、本件特許発明1ないし6は、発明の詳細な説明に記載されたものではない。

(3)申立理由4-3
本件特許発明1の特定事項である「形成被膜の隠蔽率が90%以上である被覆材(I)」に関し、本件特許明細書全体を見ても、どのようにすれば「形成被膜の隠蔽率が90%以上である被覆材(I)」を調製できるか、当業者には不明であるから本件特許発明1は、当業者には実施することができず、発明の詳細な説明に記載されていない。

5 申立理由5(実施可能要件違反)
本件特許発明1ないし6についての特許は、以下の理由で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願についてされたものであるから、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものである。

(1)申立理由5-1
上記申立理由4-1と同じ理由により、本件特許発明1ないし6は、詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

(2)申立理由5-2
上記申立理由4-2と同じ理由により、本件特許発明1ないし6は、詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

(3)申立理由5-3
上記申立理由4-3と同じ理由により、本件特許発明1ないし6は、詳細な説明の記載が当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものではない。

6 証拠方法
特許異議申立人は、証拠として、以下の文献等を提出する。文献の表記は、特許異議申立書の記載に基づく。以下、甲各号証の番号に応じて、甲第1号証を「甲1」などという。
・甲第1号証:特開2005-305327号公報
・甲第2号証:特開2001-270028号公報
・甲第3号証:特開2003-105254号公報
・甲第4号証:特開2006-241427号公報
・甲第5号証:特開昭63-256581号公報
・甲第6号証:特開2007-268386号公報
・甲第7号証:特開平6-321666号公報
・甲第8号証:特開昭54-96544号公報
・甲第9号証:特開2000-160095号公報
・甲第10号証:特開2002-316093号公報
・甲第11号証:特開平6-122734号公報
・甲第12号証:特開昭63-312369号公報

第5 取消理由(決定の予告)の概要
当審が令和3年5月7日付けで特許権者に通知した取消理由(決定の予告)は、概略以下のとおりである。

・取消理由2(甲1を主引用文献とする進歩性欠如)
本件特許の本件訂正前の請求項1ないし6に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第6 取消理由(決定の予告)についての当審の判断
当審は、以下に述べるように、令和3年7月14日にされた訂正請求によって訂正された請求項1ないし6に係る特許は、取消理由2(甲1を主引用文献とする進歩性欠如)によっては、取り消すことはできないと判断する。

1 甲1の記載事項等
(1)甲1の記載事項
甲1には、「無機基材の遮熱性塗膜形成方法」に関し、以下の事項が記載されている(下線は当審において付与した。以下同様。)。

・「【請求項1】
(1)無機基材表面に、平均1次粒子径が400?2,000nmの範囲内の二酸化チタン(A)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(I)を塗装し、乾燥する工程、及び
(2)工程(1)で得られた該塗料(I)の乾燥塗膜上に、平均1次粒子径が400nm未満の二酸化チタン(B)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(II)を塗装し、乾燥する工程、を含むことを特徴とする無機基材の遮熱性塗膜形成方法。
【請求項2】
無機基材表面が、シーラーが塗装、乾燥されているものである請求項1に記載の無機基材の遮熱性塗膜形成方法。」

・「【0001】
本発明は、無機基材の遮熱性塗膜形成方法及び該方法により無機基材上に遮熱性塗膜が形成されてなる塗装体に関する。
【背景技術】
【0002】
建物の外壁材等として、セメント系材料、珪酸カルシウム系材料、石膏系材料等の無機質材料を主成分とする無機基材が汎用されている。
・・・
【0007】
本発明の目的は、無機基材上に、防水性、耐ブロッキング性、耐候性、耐エフロレッセンス性、耐凍害性等の性能及び仕上がり外観に優れ、さらに遮熱性の高い塗膜を、水性塗料により形成できる方法、並びに該方法により得られる塗装体を提供することにある。」

・「【0030】
本発明方法においては、上記無機基材が、水性無機系塗料(I)の付着性の観点から、シーラーにより処理されていることが望ましい。また、シーラーとしては、無機基材の養生後に塗装する養生後シーラーとして使用することが好ましい。
【0031】
シーラーとしては、具体的には、例えば、アクリル系樹脂、ビニル系樹脂、エポキシ系樹脂、天然ゴム系樹脂、合成ゴム系樹脂、シリコン系樹脂、弗素系樹脂、ポリエステル系樹脂、及びこれらの変性樹脂等の樹脂を、有機溶剤又は水に溶解又は分散させたものを使用できる。これらの樹脂の内、エポキシ系樹脂を、好適に使用できる。」

・「【0043】
上記水性無機系塗料(I)は、樹脂成分としてシリコン系樹脂エマルションを含有する。ここで、シリコン系樹脂としては、ビニル系シリコンモノマー(a)とその他のビニル系モノマー(b)を共重合して得られる樹脂が好ましい。
【0044】
シリコン系樹脂エマルションとしては、特に制限されることなく従来から公知の水性ビニルシリコン系樹脂エマルションを使用することができる。例えば、ビニル系シリコンモノマー(a)とその他のビニル系モノマー(b)を共重合成分とする樹脂の水性エマルションを挙げることができる。
【0045】
ビニル系シリコンモノマー(a)としては、例えば、ビニルisoプロポキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン、ビニルトリス(メトキシエトキシ)シラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリメトキシシラン、2-スチリルエチルトリメトキシシラン、ビニルトリクロロシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリアセトキシシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルトリヒドロキシシラン、γ-(メタ)アクリロイルオキシプロピルメチルヒドロキシシラン等のヒドロキシシラン基及び/又は加水分解性シラン基を含有するビニル系モノマー等が挙げられる。これらのモノマーは、単独で使用でき、又2種以上併用できる。」

・「【0075】
上記水性無機塗料(II)の塗布量(固形分換算)は、5g/m^(2)?240g/m^(2)程度、好ましくは20g/m^(2)?180g/m^(2)程度の範囲内が好適である。また、塗装手段としては、特に制限なしに従来から公知の塗装方法、例えば、ローラー、刷毛、スプレー、浸漬、フローコーター、カーテンフローコーター等の方法を採用できる。」

・「【0079】
製造例1 シリコン系樹脂エマルションの製造
温度計、サーモスタット、攪拌器、還流冷却器、及び滴下装置を備えた容量2リットルの反応容器に、脱イオン水50部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ0.05部を仕込み、82℃まで昇温した。この反応容器中に、下記モノマー乳化物(1)を3時間かけて滴下した。モノマー乳化物(1)の滴下終了後、その中に下記モノマー乳化物(2)を1時間かけて滴下し、その後82℃で2時間熟成した後、40℃まで冷却して、乳白色のコア・シェル型共重合体エマルションを得た。得られた共重合体エマルションの固形分は40%、平均粒子径120nmであった。
【0080】
モノマー乳化物(1):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水38部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ3部、重合開始剤としてペルオキソ硫酸アンモニウム0.15部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート20部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート22.6部、n-ブチルメタクリレート9部、ビニルトリメトキシシラン7.7部及びメタクリル酸0.7部からなるモノマー混合物を加えて攪拌し、モノマー乳化物(1)を得た。
【0081】
モノマー乳化物(2):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水16部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ1.5部、ペルオキソ硫酸アンモニウム0.05部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート15部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート2部、n-ブチルメタクリレート2.4部、ビニルトリメトキシシラン0.3部及びメタクリル酸0.3部からなるモノマー混合物を加えて攪拌し、モノマー乳化物(2)を得た。
【0082】
製造例2?8 水性無機系塗料の製造
下記表1記載の配合組成で、水性無機系塗料(I-1)?(I-6)及び水性無機塗料(II-1)を製造した。
【0083】
【表1】

表1における配合量は、重量部を意味する。・・・
【0087】
(注4)二酸化チタン(A):商品名「JR-1000」、テイカ(株)製、平均1次粒子径1,000nm、屈折率2.72。
【0088】
(注5)二酸化チタン(B):商品名「JR-605」、テイカ(株)製、平均1次粒子径250nm、屈折率2.72。
・・・
【0093】
実施例1?10及び比較例1?5
(1)試験素材として下記無機基材(i)及び(ii)を用意した。
・・・
【0096】
(2)上記無機基材(i)及び(ii)上に、下記表2に記載の組み合わせにて製造例2?8で得た各水性無機系塗料(I-1)?(I-6)及び(II-1)を、後記表2に記載の条件で夫々塗装し、各試験塗板を作成した。・・・
【0097】
尚、無機基材の下地処理としてのシーラー工程は、無機基材上に、エポキシ樹脂系シーラー(商品名「マルチタイルコンクリートプライマーEPO」、関西ペイント(株)製)を、塗布量が固形分で60g/m^(2)になるようにローラーにて塗布し、25℃で16時間の条件で乾燥することにより、行った。
・・・
【0100】
下地隠蔽性:上記各試験塗板の下地隠蔽性を次の基準で目視評価した。
○:下地が完全に隠蔽されている、△:下地がやや透けて見える、×:下地が透けて見える。
・・・
【0105】
実施例1?10及び比較例1?5の塗装工程及び得られた複層塗膜の性能試験の結果を表2に示す。表2において、水性無機系塗料の欄の「1回」は塗装回数が1回であることを、「2回」は塗装回数が2回であることを、それぞれ示す。
【0106】
【表2】

【0107】
【表3】



(2)甲1発明
甲1の、特に実施例1に関連する記載を、甲1の請求項2の記載に沿って整理すると、以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認める。

「エポキシ樹脂系シーラーが塗装、乾燥されている無機基材表面に、平均1次粒子径が1,000nmの二酸化チタン(A)及び以下のシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(I)を塗装し、乾燥する工程、及び、得られた該塗料(I)の乾燥塗膜上に、平均1次粒子径が250nmの二酸化チタン(B)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(II)を塗装し、乾燥する工程、を含む無機基材の遮熱性塗膜形成方法。
但し、シリコン系樹脂エマルションは、以下に記載のもの。
シリコン系樹脂エマルション:反応容器に、脱イオン水50部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ0.05部を仕込み、82℃まで昇温し、モノマー乳化物(1)を3時間かけて滴下し、その中にモノマー乳化物(2)を1時間かけて滴下し、その後82℃で2時間熟成した後、40℃まで冷却して得られた、乳白色のコア・シェル型共重合体エマルションであって、固形分は40%、平均粒子径120nmのもの。
モノマー乳化物(1):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水38部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ3部、重合開始剤としてペルオキソ硫酸アンモニウム0.15部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート20部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート22.6部、n-ブチルメタクリレート9部、ビニルトリメトキシシラン7.7部及びメタクリル酸0.7部からなるモノマー混合物を加えて攪拌して得たもの。
モノマー乳化物(2):容量4リットルのフラスコ中に、脱イオン水16部、ドデシルベンゼンスルホン酸ソーダ1.5部、ペルオキソ硫酸アンモニウム0.05部を添加し、よく攪拌後、その中に、シクロヘキシルメタクリレート15部、メチルメタクリレート10部、n-ブチルアクリレート2部、n-ブチルメタクリレート2.4部、ビニルトリメトキシシラン0.3部及びメタクリル酸0.3部からなるモノマー混合物を加えて攪拌して得たもの。」

2 対比・判断
(1)本件特許発明1について
ア 対比
甲1発明の「エポキシ樹脂系シーラー」は、塗工面の状態によって浸透性を発揮でき、エポキシ樹脂系のものであるから当然に何らかの吸水防止効果があることは明らかであるから、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」に相当する。
また、甲1発明の「無機基材」は、本件特許発明1の「無機質材料」に相当し、甲1発明の「平均1次粒子径が250nmの二酸化チタン(B)及びシリコン系樹脂エマルションを含有する水性無機系塗料(II)」は、本件特許発明1の合成樹脂エマルション及び顔料を含む「被覆材(I)」に相当する。
そして、甲1発明の「シクロヘキシルメタクリレート」は、本件特許発明1において「ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルがシクロヘキシルメタクリレートを含むこと」と特定される「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」である点で相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲1発明とは、
「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルション及び顔料を含む被覆材を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、シクロヘキシルメタクリレートを含む被膜形成方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
合成樹脂エマルション及び顔料を含む被覆材(I)について、本件特許発明1は、「形成被膜の隠蔽率が90%以上」と特定するのに対し、甲1発明は、そのような特定がされていない点。

<相違点2>
本件特許発明1は、第1工程として浸透性吸水防止材を塗付した後、第2工程として合成樹脂エマルション及び顔料を含む被覆材(I)を塗付することが特定されるのに対し、甲1発明は、エポキシ樹脂系シーラーの塗装と水性無機系塗料(II)の塗装との間に、水性無機系塗料(I)の塗装工程が特定され、合計3工程の塗装となる点。

<相違点3>
合成樹脂エマルション中のシクロヘキシルメタクリレートの含有量について、本件特許発明1は、「合成樹脂エマルションの固形分中に8?70重量%」と特定されるのに対し、甲1発明は、そのような特定がされていない点。

<相違点4>
第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「浸透性吸水防止材」に関し、本件特許発明1は、「シラン系浸透性吸水防止材」と特定され、かつ、「前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ことが特定されるのに対し、甲1発明は、「エポキシ樹脂系シーラー」と特定される点。

イ 相違点についての検討
事案に鑑み、相違点4から検討する。
浸透性吸水防止材、すなわちシーラーに関し、甲1の段落【0031】には、「シーラーとしては、具体的には、例えば、・・・シリコン系樹脂、・・・、及びこれらの変性樹脂等の樹脂を、有機溶剤又は水に溶解又は分散させたものを使用できる。」と記載され、本件特許発明1における、「シラン系浸透性吸水防止材」に相当する「シリコン系樹脂」が使用できることが記載されている。
しかしながら、本件訂正後の本件特許発明1における「シラン系浸透性吸水防止材」は、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものであるところ、甲1には、当該事項の記載はなされていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。
また、他の証拠にも、「シラン系浸透性吸水防止材」として、「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものとすることは記載されていないし、そうすることの動機付けとなる記載もない。

したがって、甲1発明において、他の証拠に記載された事項を考慮しても、上記相違点4に係る本件特許発明1の発明特定事項を採用することは、容易に想到し得たことであるとはいえない。

なお、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」として、「シラン系浸透性吸水防止材」を用いる旨限定した、令和3年1月28日にされた訂正請求に対する特許法第120条の5第5項に基づく通知に対して、特許異議申立人は、何ら応答していない。

(3)小括
したがって、相違点1ないし3について検討するまでもなく、本件特許発明1は、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

3 取消理由2についてのまとめ
したがって、本件特許発明1ないし6は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、取消理由2によっては取り消すことはできない。

第7 取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立理由について
取消理由通知(決定の予告)で採用しなかった特許異議申立ての理由は、申立理由1及び3ないし5である。
そこで、これらの申立理由について検討する。

1 申立理由1(甲第1号証を根拠とする新規性)について
上記第6で述べたように、甲1発明と本件特許発明1との相違点である相違点4に係る「シラン系浸透性吸水防止材」の使用については実質的な相違点である。
したがって、本件特許の請求項1及び請求項1に従属する請求項2ないし6に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、申立理由1によっては取り消すことはできない。

2 申立理由3(甲第6号証を主引用例とする進歩性)について

(1)甲6の記載事項等
ア 甲6の記載事項
甲6には、「塗装方法」に関し、以下の事項が記載されている。

・「【請求項2】
基材の表面に、下塗材として浸透性吸水防止材を塗付した後、
(メタ)アクリル酸アルキルエステルに由来するアクリル樹脂、及び環状シロキサン化合物に由来するシリコーン樹脂が99:1?30:70の重量比率でエマルション粒子内に混在する合成樹脂エマルション(A)を結合材として含み、
平均粒子径0.5?500μmの粉粒体(B)を顔料容積濃度が30?90%となる範囲内で含む水性上塗材を塗付することを特徴とする塗装方法。」

・「【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた撥水性能を有する塗膜を形成することができる塗装方法に関するものである。」

・「【0004】
本発明は、以上のような問題点に鑑みなされたものであり、塗膜形成後における撥水効果の低下を抑制し、優れた撥水性能を安定して発揮することが可能な塗膜形成方法を得ることを目的とするものである。性、耐水性及び耐久性に優れ、長期にわたって美観を保持することができる」

・「【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。
【0012】
本発明は、主に建築物や土木構造物等の塗装に使用することができるものである。適用可能な基材としては、例えば、コンクリート、モルタル、繊維混入セメント板、セメント珪酸カルシウム板、スラグセメントパーライト板、ALC板、サイディング板、押出成形板等が挙げられる。本発明の効果が得られる限り、これら基材は、その表面に表面処理が施されたものであってもよく、また旧塗膜等を有するものであってもよい。
【0013】
本発明では、上述の如き基材の表面に、まず下塗材として浸透性吸水防止材を塗装する。このような浸透性吸水防止材は、コンクリート、モルタル等の基材の中に深く浸透して撥水層を形成し、外部からの水や炭酸ガス等の浸入を遮断することで基材の中性化による強度低下を防止し、さらに基材内部に存在する鉄骨、鉄筋等の腐食を抑制する効果を発揮する。また、基材内部のカルシウム成分の移行よる基材表層でのエフロレッセンス発生を防止する機能を発揮することもできる。
【0014】
浸透性吸水防止材としては、上述のような性能を示すものであれば特に限定されず、公知または市販のものを使用することができるが、作業性や環境衛生性等を考慮すると水性の材料が好ましい。水性の浸透性吸水防止材を用いると、基材が水を含んだ状態であっても塗装が可能となる。このような浸透性吸水防止材としては、加水分解性シラン化合物やシリコーン樹脂を各種乳化剤で水性エマルション化したもの、あるいはこれらの水性エマルションと、アクリル樹脂系、アクリルシリコン樹脂系、フッ素樹脂系、ウレタン樹脂系、架橋反応型樹脂系等の合成樹脂エマルションとを複合化したもの等が挙げられる。
【0015】
このうち加水分解シラン化合物としては、例えば、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、メチルトリブトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、エチルトリプロポキシシラン、エチルトリブトキシシラン、プロピルトリメトキシシラン、プロピルトリエトキシシラン、プロピルトリプロポキシシラン、プロピルトリブトキシシラン、ブチルトリメトキシラン、ブチルトリエトキシシラン、ブチルトリプロポキシシラン、ブチルトリブトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジプロポキシシラン、ジメチルジブトキシシラン、ジエチルジメチルシラン、ジエチルジエトキシシラン、ジエチルジプロポキシシラン、ジエチルジブトキシシラン、ヘキシルトリメトキシシラン、ヘキシルトリエトキシシラン、ヘキシルトリプロポキシシラン、オクチルトリメトキシシラン、オクチルトリエトキシシラン、オクチルトリプロポキシシラン、デシルトリメトキシシラン、ドデシルトリメトキシシラン、オクタデシルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシランなどが挙げられる。これらは単独もしくは複数の種類を混合して使用することができる。」

・「【0018】
本発明では、上記下塗材を塗付した後、特定の合成樹脂エマルション(A)及び粉粒体(B)を含有する水性上塗材を塗付する。
【0019】
このうち、合成樹脂エマルション(A)(以下「(A)成分」という)は、(メタ)アクリル酸アルキルエステルに由来するアクリル樹脂、及び環状シロキサン化合物に由来するシリコーン樹脂がエマルション粒子内に混在するものである。(A)成分におけるアクリル樹脂とシリコーン樹脂の形態は特に限定されず、均一に混ざり合った形態であってもよいが、海島構造等により相互に分離した形態が好適である。
(A)成分におけるアクリル樹脂とシリコーン樹脂の重量比率は、通常99:1?30:70、好ましくは97:3?40:60である。このような比率で両成分が混在することにより、撥水性、造膜性、ひび割れ防止性等の各物性を兼備する塗料を得ることができる。
【0020】
このような(A)成分は、水性上塗材の形成塗膜に優れた撥水性を付与するものである。加えて、水性上塗材の結合材としてこのような(A)成分を使用することにより、塗膜形成後において初期の撥水効果を長期にわたり保持することができる。さらに、このような(A)成分を含む水性上塗材は、下塗材との密着性にも優れるため、安定した塗膜性能を発揮することができる。
【0021】
(A)成分を構成するアクリル樹脂は、(メタ)アクリル酸アルキルエステルを主成分とする重合体であり、必要に応じその他のモノマーを共重合したものである。(メタ)アクリル酸アルキルエステルとしては、例えば・・・シクロヘキシル(メタ)アクリレート、・・・等が挙げられる。このような(メタ)アクリル酸アルキルエステルの使用量は、(A)成分を構成する全モノマーに対し、通常30重量%以上、好ましくは40?99.9重量%、より好ましくは50?99.5重量%である。」

イ 甲6発明
甲6における被膜形成する対象となる材料に関し、甲6の【0012】における例示及び【0013】に「浸透性吸水防止材は、コンクリート、モルタル等の基材の中に深く浸透して撥水層を形成」との記載から、甲6発明の基材は、もっぱら、コンクリート、モルタル等を対象としていることを当業者は理解できる。
そして、甲6発明の「浸透性吸水防止材」に関し、甲6の【0014】に示されるものは、いずれも「加水分解性シラン化合物やシリコーン樹脂を各種乳化剤で水性エマルション化」したものを含有することから、甲6が想定する「浸透性吸水防止材」は、シラン系の材質であることを当業者は理解できる。
そうすると、甲6の請求項1、【0012】ないし【0014】の記載から、以下の発明(以下「甲6発明」という。)が記載されていると認める。

「コンクリート、モルタル等の基材の表面に、下塗材としてシラン系の浸透性吸水防止材を塗付した後、
(メタ)アクリル酸アルキルエステルに由来するアクリル樹脂、及び環状シロキサン化合物に由来するシリコーン樹脂が99:1?30:70の重量比率でエマルション粒子内に混在する合成樹脂エマルション(A)を結合材として含み、
平均粒子径0.5?500μmの粉粒体(B)を顔料容積濃度が30?90%となる範囲内で含む水性上塗材を塗付する塗装方法。」

(2)甲6発明との対比・判断
ア 本件特許発明1について
(ア)対比
被膜形成する対象となる材料に関し、甲6発明の「コンクリート、モルタル等の基材」は、本件特許発明1の「無機質材料」に相当する。
「浸透性吸水防止材」に関し、甲6発明は、「シラン系の浸透性吸水防止材」である限りにおいて、本件特許発明1の「浸透性吸水防止材」に相当する。
甲6発明の「平均粒子径0.5?500μmの粉粒体(B)」は、その含有量を「顔料容積濃度」で特定していることから理解できるように、本件特許発明1の「顔料」に相当するから、甲6発明の「水性上塗材」は、本件特許発明1の「被覆材(I)」に相当する。

そうすると、本件特許発明1と甲6発明とは、
「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルション及び顔料を含む被覆材(I)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含む被膜形成方法。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点5>
被覆材(I)に含まれる合成樹脂エマルションの当該合成樹脂を構成するモノマーとしての(メタ)アクリル酸アルキルエステルに関し、本件特許発明1は、「ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、その含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に8?70重量%であり、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、シクロヘキシルメタクリレートを含」むことを特定するのに対し、甲6発明は、そのようには特定されない点。

<相違点6>
第2工程で塗布する被覆材(I)に関し、本件特許発明1は、「形成被膜の隠蔽率が90%以上である」と特定するのに対し、甲6発明は、水性上塗材の隠蔽率を特定しない点。

<相違点7>
第1工程において無機質材料の表面に対して塗布する「シラン系の浸透性吸水防止材」に関し、本件特許発明1は、「前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ことが特定されるのに対し、甲6発明は、そのようには特定されない点。

(イ)相違点についての検討
相違点5に関し、甲6には、水性上塗材に含有する合成樹脂エマルション(A)成分を構成するアクリル樹脂のモノマーとして、その【0021】に「シクロヘキシルメタアクリレート」は、例示されるが、その他の「(メタ)アクリル酸アルキルエステル」や「シクロヘキシルアクリレート」と同列に記載されるに過ぎず、また、実施例として採用されるものでもないから、これらの例示から、とりわけ「シクロヘキシルメタアクリレート」を選択する動機付けも、技術常識も存在しない。

また、相違点7に関し、甲6の【0014】には「浸透性吸水防止材としては、加水分解性シラン化合物やシリコーン樹脂を各種乳化剤で水性エマルション化したもの」を用いることが記載されており、「シリコーン樹脂」も「加水分解性シラン化合物」と同様に使用できることが記載されており、更に、同【0015】には、加水分解シラン化合物として、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物ではない「フェニルトリメトキシシラン、ビニルトリメトキシシラン」も例示されている。
そして、甲6発明における、シラン系浸透性吸水防止材として、シリコーン樹脂を含まないようにすることに加え、とりわけアルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を選択する動機付けも、技術常識も存在しない。

そして、本件特許発明1は、第1工程として特定の成分のシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、第2工程として、特定の成分の合成樹脂エマルションを含む被覆材(I)を塗付することによって、本件特許明細書の【0011】に記載される「無機質材料に優れた吸水防止性、耐久性、美観性等を付与する被膜を形成することが可能である。」という格別顕著な効果を有するものであるから、相違点5又は7に係る本件特許発明1の発明特定事項は、甲6発明から当業者が容易に想到し得たこととはいえない。

(ウ)特許異議申立人の主張について
特許異議申立書において、概略、特許異議申立人は、「無機質材料の被膜形成方法の第2工程で、耐候性、耐水性及び耐久性に優れることが知られているシクロヘキシルメタクリレートを構成モノマーとして固形分中に8?70重量%含む合成樹脂エマルジョンを含む被覆材を塗付することは、以下のとおり、当業者には周知であった。」として、その採用が当業者に容易に成すことであったと主張する。
しかしながら、いずれの証拠にも、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないシラン系浸透性吸水防止材の塗付後に、シクロヘキシルメタクリレートを含む合成樹脂エマルションを含む被覆材を塗付する組合せを選択することについての記載及び示唆、並びに動機付けとなる記載も示されていない。
そして、本件特許発明1は、係る特定事項を有することによって、上記(イ)で述べた格別顕著な効果を奏するものである。
よって、特許異議申立人の主張は、採用できない。

(エ)小括
したがって、本件特許発明1は、甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 本件特許発明2ないし6について
本件特許発明2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1をさらに限定したものであるから、本件特許発明1と同様に、甲6発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

ウ 申立理由3についてのまとめ
したがって、本件特許発明1ないし6は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるとはいえないから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第113条第2号に該当するものではなく、申立理由3によっては取り消すことはできない。

3 申立理由4(サポート要件)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるべきである。
そこで、検討する。

(2)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第3のとおりである。

(3)サポート要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0008】の記載によると、本件特許発明1の発明が解決しようとする課題(以下、「発明の課題」という。)は、少なくとも「無機質材料に優れた吸水防止性、耐久性、美観性等を付与することができる被膜形成方法を提供すること」と認められる。
そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0009】及び【0010】並びに【0017】ないし【0020】には、本件特許発明1に対応する記載があり、同【0014】ないし【0028】には、本件特許発明1の各発明特定事項について具体的な記載があり、また、同【0064】ないし【0078】及び【表1】ないし【表4】には、本件特許発明1の実施例が記載され、該実施例において、充分な吸水防止性、密着性及び耐久性を有することを確認している。
そうすると、当業者は、「無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルション及び顔料を含み、形成被膜の隠蔽率が90%以上である被覆材(I)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、その含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に8?70重量%であり、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、シクロヘキシルメタクリレートを含む被膜形成方法。」という技術手段によって発明の課題が解決できると認識できる。そして、本件特許の請求項1の記載は、上記技術手段を含むものである。

また、本件特許発明2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件特許発明1の発明特定事項を全て有するものである。
したがって、本件特許発明1ないし6に関して、特許請求の範囲の記載は、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえ、サポート要件に適合する。

なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の4の(1)申立理由4-1、(2)申立理由4-2及び(3)申立理由4-3の点を主張する。
上記(1)申立理由4-1について検討するに、本件訂正によって、浸透性吸水防止材の物質が「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まない」ものに特定された。そして、本件特許の発明の詳細な説明の【0020】ないし【0022】には、上記浸透性吸水防止材として用いることができる「アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物」が例示されていることから、実施例で具体的に用いた「ヘキシルトリメトキシシラン」での実験結果を踏まえ、当業者にとって技術常識を踏まえれば、該「シラン系」の化合物成分の選択によって本件特許発明1の発明の課題を解決することができることを当業者が認識できる。
上記(2)申立理由4-2については、第2工程で塗布される被覆材に含まれるシクロヘキシルメタクリレートにつき、当業者にとって技術常識を踏まえたその含有量の調整によって本件特許発明1の発明の課題を解決することができることは、当業者が認識できる。
上記(3)申立理由4-3については、被覆材(I)における隠蔽率につき、本件特許の発明の詳細な説明の【0049】の「被覆材(I)における隠蔽率及び艶は、被覆材に配合する顔料の種類、粒子径、混合比率等によって適宜調整することができる。」との記載を参照し、当業者にとって技術常識を踏まえた各成分の調整によって本件特許発明1の発明の課題を解決することができることは、当業者が認識できる。

したがって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

(4)申立理由4についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし6の記載は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たすから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第113条第4号に該当するものではなく、申立理由4によっては取り消すことはできない。

4 申立理由5(実施可能要件)について
(1)判断基準
実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、製造方法の発明の場合には、その製造方法を使用し、その製造方法により生産した物を使用することができる程度の記載があることを要する。
これを踏まえ、検討する。

(2)実施可能要件の判断
本件特許の発明の詳細な説明の【0009】及び【0010】並びに【0017】ないし【0060】には、本件特許発明1ないし6の各発明の特定事項についての具体的な記載があり、同【0017】ないし【0050】には、本件特許発明1ないし6に使用する材料及びその量並びに被膜形成の際の適用方法について具体的な記載があり、また、同【0064】ないし【0078】及び【表1】ないし【表4】には、実施例1ないし16として、被覆材を具体的に得る方法が記載されている。
したがって、発明の詳細な説明において、当業者が、発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき、過度の試行錯誤を要することなく、本件特許発明1ないし6に係る被膜形成方法を使用し、その被膜形成方法により生産した物を使用することができる程度の記載があるといえる。
よって、本件特許発明1ないし6に関して、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を充足する。

なお、特許異議申立人は、特許異議申立書において、上記第4の5の(1)申立理由5-1、(2)申立理由5-2、及び(3)申立理由5-3の点を主張する。
しかしながら、上述のように、本件特許の発明の詳細な説明の実施例には、本件特許発明1ないし6に係るその製造方法が使用できること及びその製造方法により生産した物を使用することができることが示されているから、特許異議申立人の上記主張は、採用できない。

(3)申立理由5についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たすから、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第113条第4号に該当するものではなく、申立理由5によっては取り消すことはできない。

第8 むすび
上記第6及び7のとおり、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、取消理由(決定の予告)及び特許異議申立書に記載した申立ての理由によっては、取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし6に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機質材料に対する被膜形成方法であって、
無機質材料の表面に対し、
第1工程としてシラン系浸透性吸水防止材を塗付した後、
第2工程として、合成樹脂エマルション及び顔料を含み、形成被膜の隠蔽率が90%以上である被覆材(I)を塗付し、
上記合成樹脂エマルションは、当該合成樹脂を構成するモノマーとして、
ホモポリマーのガラス転移温度が50℃以上、溶解度パラメータが9.5以下である(メタ)アクリル酸アルキルエステルを含み、その含有量が合成樹脂エマルションの固形分中に8?70重量%であり、
上記(メタ)アクリル酸アルキルエステルとして、シクロヘキシルメタクリレートを含み、
前記シラン系浸透性吸水防止材が、アルキル基の炭素数が1?18であるアルキルアルコキシシラン化合物を含み、シリコン系樹脂を含まないことを特徴とする被膜形成方法。
【請求項2】
上記合成樹脂エマルションは、ガラス転移温度が15?60℃であることを特徴とする請求項1記載の被膜形成方法。
【請求項3】
上記合成樹脂エマルションは、平均粒子径が120nm以下であることを特徴とする請求項1または2記載の被膜形成方法。
【請求項4】
上記合成樹脂エマルションは、シリコン変性アクリル樹脂エマルションであることを特徴とする請求項1?3のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項5】
第3工程として、合成樹脂及び顔料を含み、形成被膜の隠蔽率が90%以上かつ上記第2工程における被覆材とは異なる色調の被覆材(II)を塗付して、模様を付与することを特徴とする請求項1?4のいずれかに記載の被膜形成方法。
【請求項6】
上記被覆材(II)は、硬度及び/または密度が異なる少なくとも2種以上の吸液材が円筒外周面に混在するローラーブラシによって塗付することを特徴とする請求項5に記載の被膜形成方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-09-27 
出願番号 特願2016-33081(P2016-33081)
審決分類 P 1 651・ 113- YAA (B05D)
P 1 651・ 121- YAA (B05D)
P 1 651・ 537- YAA (B05D)
P 1 651・ 536- YAA (B05D)
最終処分 維持  
前審関与審査官 横島 隆裕  
特許庁審判長 細井 龍史
特許庁審判官 大畑 通隆
大島 祥吾
登録日 2020-01-21 
登録番号 特許第6649798号(P6649798)
権利者 ベック株式会社
発明の名称 被膜形成方法  
代理人 特許業務法人ユニアス国際特許事務所  
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