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審決分類 審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  G01N
審判 全部申し立て 2項進歩性  G01N
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  G01N
管理番号 1380930
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-01-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-08-04 
確定日 2021-10-29 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6640267号発明「エンドトキシン測定剤」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6640267号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、〔1−7〕について訂正することを認める。 特許第6640267号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6640267号の請求項1〜7に係る特許についての出願は、2012年(平成24年)2月28日(パリ条約による優先権主張外国庁受理2011年2月28日、米国)を国際出願日として出願した特願2013−538748号の一部を平成30年4月9日に新たな特許出願としたものであって、令和2年1月7日にその特許権の設定登録がされ、同年2月5日に特許掲載公報が発行された。
本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年 8月 4日 :特許異議申立人中川賢治(以下「申立人」という。)による請求項1〜7に係る特許に対する特許異議の申立て
同年10月 9日付け:取消理由通知書
同年12月14日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
令和3年 2月 5日 :申立人による意見書の提出
同年 3月24日付け:取消理由通知書(決定の予告)
同年 5月28日 :特許権者による意見書及び訂正請求書の提出
同年 9月28日 :申立人による意見書の提出

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和3年5月28日に提出された訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。なお、令和2年12月14日に提出された訂正請求書は、特許法第120条の5第7項の規定により取り下げられたとみなす。)による請求の趣旨は、特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおりに訂正することを求めるものであり、その内容は、以下のとおりである。
(1)訂正事項1について
特許請求の範囲の請求項1において、「該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質である」とあるのを「該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される」に訂正する(下線は訂正箇所である。以下同様。また、訂正事項1で訂正される請求項1の記載を引用する請求項についても同様に訂正される。)。

(2)訂正事項2について
特許請求の範囲の請求項7において、「前記基質の反応に基づき、被験試料中のエンドトキシン量を算出する工程を含む」を「前記基質の反応に基づき、被験試料中のエンドトキシン量を算出する工程であって、エンドトキシン量と基質の反応の程度との間の相関データに基づき、前記被験試料に存在するエンドトキシンを定量する工程を含む」に訂正する。

(3)一群の請求項について
訂正前の請求項2〜7は請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、請求項1〜7は一群の請求項である。一方、訂正事項1は、請求項1について訂正するもので、それに連動して請求項2〜7も訂正するものであり、訂正事項2は、請求項7について訂正するものであるから、訂正事項1及び2は、一群の請求項においてなされたものである。
よって、訂正事項1及び2は、特許法第120条の5第4項で規定する当該一群の請求項ごとに請求されているものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 目的の適否
訂正事項1は、「昆虫細胞」を「前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される」ものに限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項の有無
願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下「本件特許明細書等」という。)には、「【0049】
昆虫細胞としては、各因子を発現できる限り特に制限されず、異種タンパク質の発現に通常用いられるものを好適に利用できる。そのような昆虫細胞としては、Sf9、Sf21、SF+、High-Fiveが挙げられる。昆虫細胞としては、Sf9が好ましい。」(下線は当審において付与した。以下同様。)と記載されていることから、訂正事項1は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項1は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
ア 目的の適否
訂正事項2は、「被験試料中のエンドトキシン量を算出する工程」を「被験試料中のエンドトキシン量を算出する工程であって、エンドトキシン量と基質の反応の程度との間の相関データに基づき、前記被験試料に存在するエンドトキシンを定量する工程」に限定するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 新規事項の有無
本件特許明細書等には、「【0079】
エンドトキシンの測定を定量的に行う場合には、濃度既知のエンドトキシン標準試料を用いてエンドトキシン量と検出用基質の反応の程度(発色や凝固等の程度)との間の相関データを取得し、当該相関データに基づき被験試料に存在するエンドトキシンを定量すればよい。相関データとは、例えば検量線である。定量はカイネティック法により行ってもよく、エンドポイント法によって行ってもよい。」と記載されていることから、訂正事項2は、本件特許明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものである。

ウ 特許請求の範囲の拡張・変更の存否
訂正事項2は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

(3)小括
上記のとおり、訂正事項1及び2に係る訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するものである。
よって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−7〕について訂正することを認める。

第3 本件発明
本件訂正請求により訂正された請求項1〜7に係る発明(以下、各請求項に係る発明を「本件発明1」等と記載し、まとめて記載する場合には「本件発明」と記載する。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜7に記載されたとおりのものであり、そのうち、本件発明1を記載すると、以下のとおりである。
「【請求項1】
下記のタンパク質(1)〜(3)を含むエンドトキシン測定剤であって、該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、
前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、測定剤。
(1)下記のタンパク質(A)または(B)であって、C末端にHisタグ配列を有さないファクターC。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、ファクターCの活性を有するタンパク質。
(2)カブトガニのファクターB。
(3)カブトガニのプロクロッティングエンザイム。」

第4 取消理由(決定の予告)について
1 取消理由の概要
令和3年3月24日付け取消理由通知書(決定の予告)の取消理由の概要は、次のとおりである。
取消理由1(サポート要件)
本件特許は、その特許請求の範囲の下記の請求項に係る記載が、特許法第36条第6項第1号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。
・請求項1、2、4〜7
迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定できることが、当業者が理解できるように客観的な証拠となる実験データと共に記載されているのは、Sf9細胞をホストとして発現させた場合のみであるから、「前記昆虫細胞が、Sf9細胞である」と特定されている請求項3以外の請求項に係る発明については、サポートされているものとはいえない。具体的には、C末端にHisタグ配列を有さないファクターCとなるタンパク質として、「Sf9細胞」以外のHigh Five 細胞等の他の昆虫細胞をホストとして安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質を用いることがサポートされていることとはいえないことを指摘した。

2 本件特許明細書等の記載について
(1)本件特許明細書等には、本件発明が、解決しようとする課題について、以下の記載がある(なお、下線は当審において付与した。以下同様。)。
「【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定する方法を提供することを課題とする。本発明は、また、当該方法に用いるエンドトキシン測定剤およびその製造方法を提供することを課題とする。」

(2)また、「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」となる「組換えタンパク質」を「昆虫細胞をホストとして安定発現細胞株で発現することにより得」るときの「昆虫細胞」について
、以下の記載がある。
「【0048】
(2)本発明のエンドトキシン測定剤の製造法
本発明のエンドトキシン測定剤に含まれる各因子は、昆虫細胞をホストとして用いて発現することで製造できる。
【0049】
昆虫細胞としては、各因子を発現できる限り特に制限されず、異種タンパク質の発現に通常用いられるものを好適に利用できる。そのような昆虫細胞としては、Sf9、Sf21、SF+、High-Fiveが挙げられる。昆虫細胞としては、Sf9が好ましい。
【0050】
昆虫細胞を培養する際の培養条件は、昆虫細胞が増殖できる限り特に制限されず、昆虫細胞の培養に通常用いられる条件を、必要により適宜修正して用いることができる。例えば、培地としては昆虫細胞の培養に通常用いられる培地を用いることができる。そのような培地としては、例えば市販の昆虫細胞用の無血清培地が挙げられる。具体的には、Sf900 II培地(インビトロジェン(Invitrogen)社)等を好適に用いることができる。培養は、例えば、27℃〜28℃で、振とう培養により行うことができる。
【0051】
昆虫細胞をホストとして用いて各因子を発現する手法は、各因子を発現できる限り特に制限されず、異種タンパク質の発現に通常用いられる手法を好適に利用できる。例えば、各因子をコードする遺伝子を組み込んだウイルスを昆虫細胞に感染させることで各因子を発現させることができる(ウイルス法)。また、各因子をコードする遺伝子を組み込んだベクターを昆虫細胞に導入し、ホストの染色体上に当該遺伝子を組み込むことで各因子を発現させることができる(安定発現細胞株法)。」

(3)そして、実施例において、安定発現細胞株で発現するためのホストとなる昆虫細胞について、以下の記載がある。
「【0093】
(1−2)プラスミドを利用した方法(以下、「安定発現細胞株法」ともいう)
本実施例では、ファクターC、ファクターB、プロクロッティングエンザイムのそれぞれをコードする遺伝子を昆虫細胞の染色体に組み込んで安定発現細胞株を構築し、各因子を発現させてエンドトキシン測定剤を製造した。
【0094】
(1−2−1)安定発現細胞株の作製および培養
上述のウイルス法で用いたHisタグなしファクターC遺伝子、ファクターB遺伝子(配列番号8)、およびプロクロッティングエンザイム遺伝子(配列番号9)の各々を、pIZベクターキット(インビトロジェン(Invitrogen)社)を用いてSf9細胞(インビトロジェン(Invitrogen)社)に導入した。
【0095】
具体的には、まず、同キットにおけるベクターpIZ/V5−His中のEcoRVとMluI認識部位の間に前記DNAを各々組み込み、各々同キットにおけるセルフェクチンと混合後、各々Sf9細胞に導入した。pIZ/V5−Hisへの前記DNAの組み込み位置等を図2に示す。図2中の最上部にある太い矢印部分に、前記DNAのいずれかが組み込まれる。Sf9細胞用の培地として、抗生物質(抗生物質−抗真菌剤(x100);インビトロジェンInvitrogen)社)(終濃度x1)、Zeocin抗生物質(インビトロジェン(invitrogen)社)(終濃度50μg/mL)を含有するSf900 III培地(Invitrogen)を用いた。これにより得られた各DNAが導入された細胞株を、6×105細胞/mL(1L)となるように前記培地で調製し、28℃で96時間、振とう培養した。
【0096】
なお、pIZ/V5−HisにはHisタグ配列が含まれているが、前記DNAはいずれもストップコドンを有しているため、ファクターC、ファクターB、及びプロクロッティングエンザイムは、いずれも、Hisタグが付加されない形で発現される。」と記載され、
それを用いた結果として、
「【0101】
(2−2)ファクターCの活性比較
前記各ファクターC溶液につき、ファクターCの量を揃えて、プロクロッティングエンザイムの活性化能を調べた。
【0102】
具体的には、まず、ウイルス法により得られたHisタグ付ファクターC溶液(0.7μL又は5μL)、ウイルス法により得られたファクターC(Hisタグなし)溶液(5μL)、安定発現細胞株法により得られたファクターC(Hisタグなし)溶液(1.7μL)を、各々96穴プレートのウェルに入れた。次に、各ウェルの全量が100μLとなるように、実施例1のウイルス法の(1−1−4)における0.1μmのフィルター通過後に得られたファクターB含有溶液(5μL)、プロクロッティングエンザイム含有溶液(5μL)、およびBoc−Leu−Gly−Arg−pNA(終濃度0.3mM)、Tris−HCl(pH8.0)(終濃度100mM)、エンドトキシン(製品名 USP−Reference Standard Endotoxin、生化学バイオビジネス(株)販売)(検体濃度0、0.05又は0.5EU/mL)50μLをウェルに添加し、混合した後、37℃で3時間インキュベートして、経時的に405nmの吸光度を測定した。陰性対照として蒸留水を用いた。かかる吸光度の増加の速度(吸光度変化率)は、プロクロッティングエンザイムの活性化能を反映する。なお、「EU」とは「エンドトキシンユニット」であり、エンドトキシン量を示す単位である(以下、同じ)。
【0103】
結果を図4に示す。図4中、「DW」は蒸留水を、「Virus + His tag(x1)」はウイルス法により得られたHisタグ付ファクターC溶液(0.7μL)を、「Virus + His tag(x7)」は同溶液(5μL)を、「Virus No tag(x1)」はウイルス法により得られたファクターC(Hisタグなし)溶液を、「Stable Sf9 No tag(x1)」は安定発現細胞株法により得られたファクターC(Hisタグなし)溶液をそれぞれ示す。
【0104】
その結果、Hisタグ付ファクターC溶液は、ファクターCの量を揃えたもの(0.7μL)のみならず、その量を約7倍にしたもの(5μL)についても、プロクロッティングエンザイムの活性化は見られないか、極わずかであった。一方、Hisタグが付加されていないファクターCは、ウイルス法により得たもの、安定発現細胞株法により得たものを問わず、顕著なプロクロッティングエンザイムの活性化能を示した。
【0105】
以上の結果から、Hisタグ配列を付加しない形で発現させた組換えファクターC分子は、Hisタグ配列を付加した形で発現させた組換えファクターC分子よりも、はるかに強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが示された。また、発現させた各タンパク質を、精製することなく、培養上清に含有されている状態のままで使用できることが示された。」と記載され、図4として以下の図面が記載されている。
【図4】

加えて、本件特許明細書等では、Sf9細胞の昆虫細胞をホストとして安定発現細胞株で発現することにより得られるC末端にHisタグ配列を有さないファクターCと、Sf9細胞の昆虫細胞をホストとしてウイルス法で発現することにより得られるC末端にHisタグ配列を有さないファクターCとを比較した結果として、以下の記載もある。
「【0107】
結果を図5に示す。その結果、ウイルス法で発現されたファクターCは、培養時間とともに分解することが示された。また、プロテアーゼ阻害剤を添加したものについても、ある程度分解していることが示された。」
「【0109】
結果を図6に示す。その結果、安定発現細胞株法で発現されたファクターCは、プロテアーゼ阻害剤の非存在下で168時間経過しても分解されなかった。このことから、安定発現細胞株法を採用すると、ファクターCの分解を阻止できることが示された。」
「【0112】
一方、安定発現細胞株法によれば、このような中空糸ろ過膜によるろ過の工程を経なくても、エンドトキシンが0EU/mLにおけるプロクロッティングエンザイムの活性化(エンドトキシン測定時のブランク値)が低く抑えられていた(図4)。
【0113】
これらの結果から、ウイルス法を用いる場合には中空糸ろ過膜によるろ過が必須である反面、安定発現細胞株法によれば、かかるろ過が不要であることが示された。
【0115】
結果を図8に示す。その結果、ウイルス法で発現させた各因子を用いた場合、0.001〜0.10EU/mLの範囲内で、エンドトキシン濃度の増加に応じて吸光度変化率が直線的に増加することが示された。
【0117】
結果を図9に示す。その結果、安定発現細胞法で発現させた各因子を用いた場合、0.0005〜0.1EU/mLの範囲内で、エンドトキシン濃度の増加に応じて吸光度変化率が直線的に増加することが示された。」

3 実験成績証明書
特許権者は、令和3年5月28日に提出された意見書に乙第5号証(以下「乙5」という。)として、以下の実験成績証明書を添付している。





4 当審の判断
(1)上記2(3)に摘記したように、本件特許明細書等の実施例には、「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」である「組換えタンパク質」を「昆虫細胞をホストとして安定発現細胞株で発現することにより得」るときの「昆虫細胞」について「Sf9細胞」の記載があり、上記図4及び【0105】には、その「Sf9細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」が、Hisタグ配列を付加した形で発現させた組換えファクターC分子よりも、はるかに強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが示されている。
一方、上記2(2)に摘記した【0049】には、「昆虫細胞としては、各因子を発現できる限り特に制限されず、異種タンパク質の発現に通常用いられるものを好適に利用できる。そのような昆虫細胞としては、Sf9、Sf21、SF+、High-Fiveが挙げられる。」との記載もある。
そこで、昆虫細胞としてSf9細胞以外のSf21細胞、SF+細胞、High−Five細胞「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」が、Sf9細胞をホストとしたときと同様に、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有するかどうかについて検討する。

(2)乙5について
乙5の図Bにおける「TFC」とは、乙5の「5.実験内容及び結果」を参照すると、「High−Five細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」のことである。そうすると、乙5の図Bには、「Sf9細胞」と同様に、「High−Five細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」が、Hisタグ配列を付加した形で発現させた組換えファクターC分子よりも、はるかに強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが示されているといえる。

(3)Sf21細胞、SF+細胞について
Sf21細胞とSF+細胞は、Sf9細胞と同じスポドプテラ・フルギペルダの卵巣を由来とするものであるから、スポドプテラ・フルギペルダの卵巣を由来としない「High−Five細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」と比べて、「Sf21細胞」又は「SF+細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」は、「Sf9細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」に、その性質がより近いものとなる。
そうすると、上記(2)で述べたとおり、「High−Five細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」が、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが示されている以上、より性質の近い「Sf21細胞」又は「SF+細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」についても、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有するといえる。

(4)課題の解決について
上記(2)及び(3)を踏まえると、昆虫細胞として、実施例に記載されている「Sf9細胞」以外にも、上記2(2)に摘記した【0049】に「昆虫細胞としては、各因子を発現できる限り特に制限されず、異種タンパク質の発現に通常用いられるものを好適に利用できる。そのような昆虫細胞としては、Sf9、Sf21、SF+、High-Fiveが挙げられる。」と記載されている「Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞」についても、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有し、上記2(1)で記載されている「迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定する」という課題が解決できることを当業者が認識できるものであるといえる。
そうすると、本件発明1の「Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される」「昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり」「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」は、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することから、上記2(1)で記載されている「迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定する」という課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではない。
よって、本件発明1の「Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される」「昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり」「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」は、発明の詳細な説明に記載したものである。

(5)小括
よって、本件発明1及びそれを引用する本件発明2〜7は、発明の詳細な説明に記載したものであるから、特許法第36条第6項第1号に規定にする要件を満たしていないとはいえない。

5 申立人の主張について
申立人が令和3年9月28日に提出した意見書について検討する。
(1)甲第11号証、甲第12号証について
ア 申立人は、以下の甲第11号証、甲第12号証(以下「甲11」、「甲12」という。)を提示している。
甲11:Geislerand Jarvis, "Insect Cell Glycosylation Patterns in the Context of Biopharmaceuticals",'Post-translational Modification of Protein Biopharmaceuticals', Wiley-VCH 2009, p.165-191
甲12:lkonomouet al., "Supernatant proteolytic activities of High-Five insect cells grown in serum-free culture", Biotechnology Letters, 2002, vol.24, p. 965-969

(ア)甲11の記載について
「Recombinant interferon-γ secreted from baculovirus-infected Sf9 cells was found to have only paucimannose N-glycans, in contrast to the complex, sialylated N-glycans found on native interferon-γ secreted by CHO cells [27, 28]. Likewise, recombinant human transferrin produced by baculovirus-infected T.ni cells had mostly paucimannose N-glycans, but also a minority of N-acetylglucosamine terminated hybrid N-glycans [29].」(169頁下欄1〜6行)
(申立人訳参照:バキュロウイルスに感染したSf9細胞から分泌された組換えインターフェロン-γは、CHO 細胞によって分泌された天然のインターフェロン-γに見られる複雑なシアル化N-グリカンとは対照的に、パウシマンノースN-グリカンのみを持っていることがわかった[27、28]。同様に、バキュロウイルスに感染したT.ni細胞によって産生された組換えヒトトランスフェリンは、ほとんどがパウシマンノースN-グリカンを持っていたが、少数のN-アセチルグルコサミン末端ハイブリッドN-グリカンも持っていた[29]。)」

「With respect to the two lepidopteran insect cell lines used most commonly in the BEVS, Sf9 cells produce a relatively small fraction while High Five cells produce a much larger fraction of N-glycans with αl,3-linked fucose.」(172頁18〜20行)
(申立人訳参照:BEVSで最も一般的に使用される2つの鱗翅目昆虫細胞株に関して、Sf9細胞は比較的小さな画分を生成するが、High Five 細胞はα1,3-結合フコースを持つN-グリカンのはるかに大きな画分を生成する。)

(イ)甲12の記載について
「Metalloprotease activity is rather uncommon for cultured insect cells and few reports exist on proteolytic activity of non-infected cells. A 49 kDa cysteine protease was expressed intracellularly in Sf-9 cells both before and after infection (Naggie & Bentley 1998). In two recent analytical studies, it was demonstrated that Sf-9 cells express mainly aspartic and cysteine proteases both before and after infection (Gotoh et al. 2001a, b), although the latter can also be baculovirus-encoded proteases (Slack et al. 1995). In another report, serine protease activity was found in baculovirus・infected Sf-21 cells (Grosch & Hasilik 1998). Our study suggests that proteolytic activity of High-Five cells is somewhat different, at least for the extracellular proteases. The expressed proteases were active on case in and no activity was detected on substrates such as gelatin and BSA, which have been previously employed to reveal protease activity of Sf-9 cells (Naggie et al. 1997, Naggie & Bentley 1998).」(968頁右欄20〜39行)
(申立人訳参照:メタロプロテアーゼ活性は培養昆虫細胞ではかなりまれであり、非感染細胞のタンパク質分解活性に関する報告はほとんどない。49kDaのシステインプロテアーゼは、感染の前後の両方でSf-9細胞の細胞内に発現していた(Naggie&Bentley 1998)。最近の2つの分析研究では、Sf-9細胞は、感染前後の両方で主にアスパラギン酸プロテアーゼとシステインプロテアーゼを発現することが示されたが(Gotoh他、2001a、b) 、後者はバキュロウイルスにコードされたプロテアーゼでもある(Slack他、1995)。別の報告では、セリンプロテアーゼ活性がバキュロウイルスに感染したSf-21細胞で発見された(Grosch&Hasilik、1998)。私たちの研究は、少なくとも細胞外プロテアーゼについては、High-Five細胞のタンパク質分解活性がいくらか異なることを示唆している。発現されたプロテアーゼはカゼインに対して活性であり、Sf-9細胞のプロテアーゼ活性を明らかにするために以前に使用されたゼラチンやBSAなどの基質では活性は検出されなかった(Naggie他、1997、Naggie&Bentley、1998)。)」

そして、上記甲11及び12の記載より、「これらの知見から、元々の生物の属種が異なるSf9細胞(Spodopterafrugiperda由来)とHigh Five細胞(Trichoplusia ni由来)を、昆虫細胞という区分で宿主細胞として同一視するのには多大な無理がある。甲第9〜11号証に記載されているように、宿主細胞の違いにより組換えタンパク質の性質や生産性に差異が生じることを考慮するならば、組換えファクターC等の生産をSf9細胞のみでしか実施していない本件明細書の記載から、生物種としての由来がSf9細胞とは異なるHigh Five細胞にまで本件発明の技術的範囲を拡大主張するのは不適切である。」と主張している。

イ 当審のアに対する判断
まず、甲11及び12とも、本件特許明細書等でいう「ウイルス法」に関するものであり、本件発明1で特定される「安定発現細胞株で発現する」(本件特許明細書等でいう「安定発現細胞株法」)ものではない。
そして、上記4の「当審の判断」においては、Sf9細胞とHigh five細胞を「同一視」しておらず、乙5を参照して、「High−Five細胞」「をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質」である「C末端にHisタグ配列を有さないファクターC」が、Hisタグ配列を付加した形で発現させた組換えファクターC分子よりも、はるかに強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することから、「High−Five細胞」の場合にも、Sf9と同様に、「迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定する」という課題が解決できることを当業者が認識できるものであると判断したものである。また、上記甲11及び12の記載によって、乙5の実験結果の信頼性がそがれることはなく、上記当審の判断が誤りであるということはできない。

(2)活性の強度について
ア 申立人は、「本件の場合、「共通の機能及び類似の性能」とは、「迅速かつ高感度にエンドトキシンを測定できる」ことであり、単に「エンドトキシンを測定できる」ことではない。・・・争点は、「Sf21細胞、Sf+細胞及びHigh five細胞の安定細胞株で生産されたファクターCの活性の強度が、Sf9細胞の安定細胞株で生産されたファクターCの活性の強度と同程度であるかどうか」であって、「Sf21細胞、Sf+細胞及びHigh five細胞の安定細胞株で生産されたファクターCが、Sf9細胞の安定細胞株で生産されたファクターCと同じ活性を有しているか、すなわち、Sf21細胞、Sf+細胞及びHigh five細胞の安定細胞株で生産されたファクターCを用いることでエンドトキシンを測定できるかどうか」ではない。」と主張している。

イ 当審のアに対する判断
乙5において、High−Five細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であるC末端にHisタグ配列を有さないファクターCの活性の強度を示した図Bを参照すると、0.05EU/mLでの活性の値は7mAbs/min、0.5EU/mLでの活性の値は12mAbs/min程度であるのに対し、本件特許明細書等の上記図4を参照すると、Stable Sf9 No tagの0.05EU/mLでの活性の値は9mAbs/min、0.5EU/mLでの活性の値は17mAbs/min程度である。
また、申立人も意見書で「乙第5号証に記載されているHigh five細胞で発現させたファクターC組換えタンパク質を使用したエンドトキシン測定の結果と、本件明細書に記載されているSf9細胞で発現させたファクターC組換えタンパク質を使用したエンドトキシン測定の結果を比較した。比較結果を下記表及びグラフに示す。」として、以下のグラフを示し、「HighFive-FacCの方がSf9-FacCよりも検量線の傾きが大きく活性が高いことが示されている。」と述べている。
そうすると、High−Five細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であるC末端にHisタグ配列を有さないファクターCを用いることで、単にエンドトキシンを測定するだけでなく、「迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定する」という課題が解決するために十分な活性強度を有しているといえる。


(4)出願後の実験データ
ア 申立人は、「サポート要件は、本願出願時の明細書に基づいて判断されるものであり、本願出願後になされた実験データは、サポート要件を充足するか否かの判断資料としては不適当である。」と主張している。

イ 当審のアに対する判断
日本国特許庁の「特許・実用新案 審査基準」の第II部第2章第2節「サポート要件(特許法第36条第6項第1号)」の「3.2 出願人の反論、釈明等」の項目を参照すると、
「・・・出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識に照らせば、請求項に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できることを、意見書において主張することができる。また、実験成績証明書によりこのような意見書の主張を裏付けることができる。」と記載されている。
特許権者は、令和2年12月14日に提出した意見書において、乙第1号証〜乙第4号証を提示し、乙第1号証〜乙第4号証の記載及び申立人が提出した甲第9号証の記載に基づいて、Sf9細胞を宿主として組換え生産したタンパク質と、High-Five細胞等の昆虫細胞を宿主として組換え生産したタンパク質とでは、共通の機能及び類似の性能を有することから、Sf細胞以外のHigh-Five細胞等の昆虫細胞を宿主として組替え生産した「C末端にHisタグ配列を有さない」ファクターCも顕著なプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが「予想」されると主張するにとどまり、それを裏付けるものを示していなかった。そこで、令和3年5月28日に提出された意見書において、それを裏付けるために乙第5号証として実験成績証明書を示してきたものと理解することが相当である。
そうすると、ここで提出されてきた実験成績証明書は、乙第1号証〜乙第4号証及び甲第9号証によって出願時の技術常識等を示しつつ、そのような技術常識に照らせば、Sf9細胞を宿主として組換え生産したタンパク質からHigh-Five 細胞の昆虫細胞を宿主として組換え生産したタンパク質まで拡張ないし一般化できるとの意見書での主張を裏付けるために提出されたものといえることから、上記審査基準を参照すると、申立人が主張する「本願出願後になされた実験データは、サポート要件を充足するか否かの判断資料としては不適当である」とまではいえない。

6 まとめ
したがって、本件発明1及びそれを引用する本件発明2〜7に係る特許は、その特許請求の範囲の記載が、特許法第36条第6項第1号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえないことから、取消理由通知書(決定の予告)の取消理由によって、本件発明1並びにそれを引用する本件発明2及び4〜7に係る特許取り消すことはできない。

第5 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 申立理由(進歩性
(1)申立人は、特許異議申立書で、本件発明1〜7は、甲第1号証に記載された発明に、甲第2-1号証、甲第2-2号証、及び甲第3号証、必要であればさらに、甲第4号証〜甲第7号証を組み合わせることによって当業者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項1〜7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであり、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものであると主張している。

甲第1号証:国際公開第2008/004674号
甲第2−1号証:特表2005−500520号公報
甲第2−2号証:pFastBaclのベクターマップ:ThermoFisher Scientific社のホームページにおける「Bac-to-BacTM Baculovirus Expression System」(製品番号:10359016)の説明、[on line ]、[令和2年7月13日検索]、インターネット<URLhttps://tools, thermofisher. com/content/sfs/vectors/pfastbacl_map. pdf>
甲第3号証:Wang et al.,“Functional expression of full length Limulus Factor C in stably transformed Sf9 cells.”,Biotechnology Letters, 2001, vol.23,p.71-76
甲第4号証:Hom and Volkman,“Preventing Proteolytic Artifacts in the Baculo-virus Expression System”,BioTechniques, 1998, vol.25, p.18-20、
甲第5号証:Ikonomou et al.,“Insect cell culture for industrial production of recombinant proteins”,Appl Microbiol Biotechnol (Applied Microbiology and Biotechnology), 2003, vol.62, p.1-20、
甲第6号証:Douris et al.,“STABLY TRANSFORMED INSECT CELL LINES. TOOLS FOR EXPRESSION OF SECRETED AND MEMBRANE-ANCHORED PROTEINS AND HIGH-THROUGHPUT SCREENING PLATFORMS FOR DRUG AND INSECTICIDE DISCOVERY”,ADVANCES IN VIRUS RESEARCH. 2006, vol.68, p.113-156、
甲第7号証:山地秀樹、「M216培養昆虫細胞を用いた有用物質生産」、SCEJ 42nd Autumn Meeting, 2010, 一般社団法人化学工学会 p.673、
(上記甲第1号証〜甲第7号証は、以下「甲1」〜「甲7」という。)

(2)甲号証の記載について
ア 甲1について
(ア)記載事項
(甲1ア)「技術分野
[0001]本発明は、カブトガニ由来のプロクロッティングエンザイムをコードする核酸、これを保持するウイルス、これを保持する細胞及びこれを用いたプロクロッティングエンザイムの生産方法、さらにはこれにより得られたプロクロッティングエンザイムを用いるEtやBGの検出方法及び検出キットに関する。・・・
[0008]上記の背景技術の欄を含め、本出願書類の全てにおいて使用する略号は以下の通りである。
Pro−CE:プロクロッティングエンザイム(pro-clotting enzyme)
CE:クロッティングエンザイム(clotting enzyme)・・・
Et:エンドトキシン(「リポポリサッカライド」ともいう。)」

(甲1イ)「[0020]また本発明は、本発明生産方法により製造されるPro−CE(以下、「本発明酵素」という。)を提供する。
[0021]また本発明は、Etを検出するための被験試料において、本発明酵素及び「Etと接触することによりPro−CEをCEに変換させる活性を発現するセリンプロテアーゼ前駆体」を共存させ、本発明酵素からCEへの変換に伴う酵素活性を指標として、当該試料中のEtの検出を行うことを特徴とする、Etの検出方法(以下、「本発明方法1」という。)を提供する。・・・
[0024]
・・・。このように、本発明方法1を行うためのカスケード反応タンパク質の全てを組換え型とすることは、特に、貴重な生物資源を保護する観点から意義深く、生物保護、動物代替への貢献は計り知れない。
[0025]Etの検出系の構成要素として用いられるC因子又はB因子を組換え型因子とする場合、これらの因子をコードする遺伝子を組み込むベクターと、これを形質導入する宿主の選択は、特に限定されずに行うことも可能であるが、前述の組換え型のPro−CEと同様に、ベクターとして、ウイルス、好適には、バキュロウイルスが挙げられ、バキュロウイルスのなかでも、NPVが好ましく、AcNPVであることがより好ましい。そして、宿主としては、大腸菌由来、バクテリア由来、酵母由来、昆虫由来である細胞等が例示されるが、好適な本発明ウイルスがバキュロウイルスであり、当該ウイルスを選択する場合には、昆虫由来の細胞を選択することが好適である。」

(甲1ウ)「[0079]<3>本発明細胞
本発明細胞は、本発明ウイルスを保持する細胞である。
[0080]「本発明ウイルス」についての説明は、前記の通りである。
[0081]ここで用いる「細胞」は、本発明ウイルスが感染しうる細胞であって、かつ、本発明ウイルスが保持しているカブトガニ由来のPro−CEが発現することができるものであれば良い。その一例として昆虫に由来する細胞を挙げることができる。また昆虫に由来する細胞として、Sf9細胞を例示することができる。
[0082]本発明ウイルスを細胞に保持させる方法も特に限定されないが、例えばウイルスとしてNPVを採用した場合には、単に本発明ウイルスと細胞とを接触させるだけで、本発明ウイルスを当該細胞に感染させることができ、本発明ウイルスを当該細胞に保持させることができる。その具体的な方法の一例は、後述の実施例を参照されたい。
[0083]本発明細胞は、カブトガニ由来のPro−CEを生産する能力を有することから、これらの性質を指標にして、本発明細胞を選択することができる。
[0084]本発明細胞は、例えば後述する本発明生産方法等に利用することができる。
[0085]<4>本発明生産方法
本発明生産方法は、本発明細胞を生育させ、その生育物からカブトガニ由来のPro−CEを採取する工程を少なくとも含む、カブトガニ由来のPro−CEの生産方法である。」

(甲1エ)「[0099]<6>本発明方法1
本発明方法1は、Etを検出するための被験試料において、本発明酵素及び「Etと接触することによりPro−CEをCEに変換させる活性を発現するセリンプロテアーゼ前駆体」を共存させ、本発明酵素からCEへの変換に伴う酵素活性を指標として、当該試料中のEtの検出を行うことを特徴とする、Etの鋭敏な検出方法である。・・・
[0105]本発明方法1で用いられる「C因子」及び「B因子」はその機能を保持している限りにおいて特に限定されない。例えば、4種のカブトガニ、タキプレウス・トリデンタツス、リムルス・ポリフェムス、タキプレウス・ギガス及びタキプレウス・ロツンディカウダのいずれかに由来するライセートをクロマトグラフィー等で精製することにより得た天然のC因子画分、B因子画分を用いることもでき、組換えC因子、B因子を用いることもできる。天然のC因子、B因子はデキストラン硫酸、スルホプロピル基等を結合した担体又は特異的な吸着担体等を用いてライセートを処理し、C因子、B因子の画分を得ることができる。また、組換え体に関しては、例えばタキプレウス・トリデンタツス及びタキプレウス・ロツンディカウダ由来の天然C因子に対するアミノ酸配列が公知であるので、これらの配列に基づいて適宜調製することができる。その方法は特に限定されるものではないが、例えば次の方法で得ることができる。C末端にHis−Tagを付加したC因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクター(例えばpPSC8、タカラバイオ社製)に導入し、得られた発現ベクター(Factor C/pPSC8)DNAとバキュロウイルス(AcNPV)DNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製できる。また、B因子についても同様の方法で取得できる。C因子及びB因子共に、そのアミノ酸配列とこれをコードする遺伝子は既に知られており(C因子については市販されており、後述する実施例に当該市販品が開示されている。B因子について配列番号15は遺伝子の塩基配列を示し、配列番号16にアミノ酸配列を示した。)、これらの因子の組み換え体は当該配列情報に基づいて、上記の本発明酵素と実質的に同様の工程にて製造することができる。・・・
[0107]本発明方法1においては、カスケード反応タンパク質として、本発明酵素、組換えC因子及び組換えB因子のみを共存させることがより好ましい。
[0108]本明細書で用いる「カスケード反応」とは、次の反応の「1.」及び/又は「2.」のことをいう;
1.ライセートにEtが加わると、ライセート中に存在するC因子(Et感受性因子、分子量123,000)が活性化され、生成した活性型C因子がB因子(分子量64,000)の特定箇所を限定水解して活性型B因子を生成し、活性型B因子はPro−CE(分子量54,000)を活性化してCEに変換し、CEはコアギュロゲン(凝固タンパク、分子量19,723)のジスルフィド結合で架橋されたループ内の特定箇所を、すなわち…Arg18−Thr19…の間及び…Arg46−Gly47…の間を限定水解してH−Thr19…Arg46−OHで表されるペプチドC(アミノ酸28残基)を遊離しつつ残余の部分がコアギュリンゲルに変換される、という一連の反応、
2.ライセートにBGが加わると、ライセート中に存在するG因子(BG感受性因子)が活性化され、活性型G因子がPro−CEを活性化しCEに変換し、コアギュロゲンのジスルフィド結合で架橋されたループ内の特定箇所を限定水解し、コアギュリンゲルが生成される、という一連の反応。
[0109]また「カスケード反応タンパク質」とは「カスケード反応」を構成するタンパク質のことをいう。セリンプロテアーゼ前駆体(C因子、B因子、G因子及びPro−CE)のことをいい、具体的には上記カスケード反応の「1.」ではC因子、B因子及びPro−CEのことをいい、「2.」ではG因子及びPro−CEのことをいう。」

(イ)甲1発明
「本発明酵素」とは、(甲1イ)に記載のとおり「本発明生産方法により製造されるPro−CE(以下、「本発明酵素」という。)」のことで、「本発明生産方法」とは(甲1ウ)に記載されている方法であることから、具体的には「ウイルスを昆虫に由来するSf9細胞に感染させ、当該細胞に保持させることで生産されるカブトガニ由来のPro−CE」のことであり、そして、(甲1イ)から「組換え型のPro−CE」といえる。
してみると、甲1には(特に下線部参照)、以下の発明が記載されていると認められる。

「Etの検出を行うためのカスケード反応タンパク質であって、
該カスケード反応タンパク質は、酵素、組換えC因子及び組換えB因子のみを共存させるもので、
組換えC因子は、カブトガニに由来するもので、C末端にHis−Tagを付加したC因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクターに導入し、得られた発現ベクターDNAとバキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製されたものであり、
組換えB因子についても、カブトガニに由来するもので、上記組換えC因子と同様に調製されたものであり、
酵素は、ウイルスを昆虫に由来するSf9細胞に感染させ、当該細胞に保持させることで生産されるカブトガニ由来の組換え型のPro−CEである、
カスケード反応タンパク質。」(以下「甲1発明」という。)

イ 甲2−1について
甲2−1には、以下の事項が記載されている。
(甲2ア)「【0010】
発明の詳細な説明
本発明はエンドトキシンを検出するための試薬およびその試薬の使用方法である。試薬は、精製カブトガニC因子蛋白質および界面活性剤を含む。この試薬は、C因子に対する基質と共に使用することができ、この基質が開裂すると、検出可能なシグナルが発生し、試験試料中のエンドトキシンが検出される。界面活性剤が存在すると、エンドトキシンによる精製C因子の活性化が3〜7倍も増強され、試験試料中のエンドトキシンレベルのより迅速で高感度の測定が可能となる。試薬は好ましくは組換えC因子を含み、このためカブトガニ血リンパを連続供給する必要が無くなる。」

(甲2イ)「【0017】組換えC因子を得る特に好ましい方法は、実施例2〜5において記述するように、バキュロウイルスシステム中で蛋白質を生産するものである。簡単に言うと、C因子コード配列をpFASTBAC1にクローニングする。得られた組換えプラスミドを、mini-attTn7標的部位を有するbacmidおよびヘルパープラスミドを含むDH10BACコンピテント細胞へ形質転換する。ヘルパープラスミドにより提供される転移蛋白質の存在下では、pFASTBACプラスミド上のmini-attTn7転移因子がbacmid上のmini-attTn7標的部位に転移することができる。lacZac遺伝子の分裂により組換えbacmidを含むコロニーを同定する。組換えbacmidを含む選択したDH10BACクローンから高分子量DNAを調製する。その後、このDNAを使用してS9昆虫細胞にトランスフェクトすると、細胞は組換えC因子を分泌する。本発明の特に驚くべき発見は、培養細胞から分離した分泌C因子を含む培地を、さらに精製せずに、界面活性剤(下記)と共にエンドトキシンアッセイ法における試薬として使用することができるということである。」

ウ 甲2−2について
甲2−2には、以下の事項が記載されている。


エ 甲3について
甲3には、以下の事項が記載されている。
(甲3ア)「Abstract
「Limulus Factor C is a potent antagonist of endotoxin from Gram-negative bacteria. A fusion construct containing full length Factor C has been cloned into Spodoptera frugiperda Sf9 cell. Stable Sf9 cell transfectants were obtained using Zeocin selection for 2 weeks. The recombinant Factor C (rFC) was secreted into the culture medium at 9 mg/L. Both the crude and partially purified rFC were able to detect lipid A at 10 pg/ml in an ELISA-based lipid A binding assay.」
(申立人訳参照:概要
リムルスファクターCは、グラム陰性細菌由来のエンドトキシンの強力なアンタゴニストである。完全長の因子Cを含む融合構築物をSpodoptera frugiperda Sf9細胞にクローニングした。Sf9細胞安定発現株は、2週間Zeocin選択を用いて得た。 組換えファクターC(rFC)は9mg/Lで培地に分泌された。粗製及び部分精製rFCの両方は、ELISAに基づく脂質A結合アッセイにおいて10μg/mLで脂質Aを検出することができた。)

オ 甲4について
甲4には、以下の事項が記載されている。
「The baculovirus expression system has become established as a popular method for obtaining high levels of recombinant protein synthesis in a eukaryotic environment (5). In a number of cases, however, researchers have reported decreased product quality and yield resulting from proteolytic activity late in the course of infection (2,3,8,12).
The enzyme most likely to cause this degradation is V-CATH, a cysteine protease encoded by Autographa californica M nucleopolyhedrovirus (AcMNPV) (9), the parent virus of the most common baculovirus expression vectors.」(18頁左欄5〜20行)
(申立人訳参照:バキュロウイルス発現システムは、真核生物環境で組換えタンパク質合成を高レベルで行うための一般的な方法として確立されている(5)。しかしながら、多くのケースにおいて、研究者は、感染後期におけるタンパク質分解活性に起因する製品品質と収量の低下を報告している(2、3、8、12)。
この分解を引き起こす可能性が最も高い酵素は、V−CATHであり、当該酵素は、最も一般的なバキュロウイルス発現ベクターの親ウイルスであるAutographa californica M核多角体ウイルス(AcMNPV)(9)によってコードされるシステインプロテアーゼである。)

カ 甲5について
甲5には、以下の事項が記載されている。
「Several cell- or baculovirus proteases are involved in degradation events during protein production by insect cells.」(1頁左欄19〜21行)
(申立人訳参照:いくつかの細胞またはバキュロウイルスのプロテアーゼは、昆虫細胞によるタンパク質生産中の分解イベントに関与している。)

キ 甲6について
甲6には、以下の事項が記載されている。
(甲6ア)「In general, baculovirus vector-mediated protein expression in insect cells is superior to other systems in terms of capacity to produce higher levels of soluble recombinant proteins with correct folding and extensive posttranslational modifications. Furthermore, insect cell-based expression systems are appropriate for therapeutic protein production because insect cells can be grown in media free of protein or potential pathogens. However, the baculovirus expression system exhibits certain inherent limitations that are dictated by its very nature; the production of proteins is transient because host cells are lysed and killed during each infection cycle. Furthermore, the cell breakdown associated with late stages of baculovirus infection may prevent efficient secretion as well as completion of the extensive posttranslational modifications at the stage of maximal production of the expressed proteins.」(115頁下から5行〜116頁9行)
(申立人訳参照:一般に、昆虫細胞でのバキュロウイルスベクターを介したタンパク質発現は、正しいフォールディングと広範な翻訳後修飾により、高レベルの可溶性組換えタンパク質を生産する能力の点で他のシステムより優れている。さらに、昆虫細胞ベースの発現系は、治療用タンパク質の生産に適している。昆虫細胞は、タンパク質や潜在的な病原体を含まない培地で増殖できるためである。しかしながら、バキュロウイルス発現系は、それ自身の本来の性質によって決定されるある固有の制限を示す。宿主細胞は、各感染サイクル中に溶解して死滅するため、タンパク質の産生は一過性である。さらに、バキュロウイルス感染の後期に関連する細胞破壊は、発現されたタンパク質の最大産生の段階における、効率的な分泌及び広範な翻訳後修飾の完了を妨げる可能性がある。)」

(甲6イ)「Stably transformed insect cell lines represent the most attractive alternative to the baculovirus expression system and are especially suited for the production of secreted and membrane-anchored proteins.」(116頁10〜13行)
(申立人訳参照:安定形質転換昆虫細胞株は、バキュロウイルス発現系に代わる最も魅力的な代替品であり、分泌型及び膜固定型タンパク質の産生に特に適している。)」

ク 甲7について
甲7には、以下の事項が記載されている。
(甲7ア)「昆虫細胞−バキュロウイルス系はウイルスの感染により細胞が死滅してしまうため,目的タンパク質を連続的に生産することができない.これに対し,外来遺伝子を直接昆虫細胞に導入して安定形質転換細胞を作製し,目的タンパク質を連続的に生産する安定発現系が開発されている.」(673頁左欄25〜30行)

(甲7イ)「昆虫細胞を用いた安定発現系は,細胞がバキュロウイルスの感染による障害を受けないため正確な翻訳後修飾が行われるなどの利点を有するものの,バキュロウイルス系と比べて一般に発現レベルが低いとされる.」(673頁右欄4〜7行)

(3)当審の判断
ア 本件発明1について
(ア)対比
a本件発明1と甲1発明とを対比する。
本件発明1は「該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり」と記載されていることから、
タンパク質(1)であるファクターCは、「昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、下記のタンパク質(A)または(B)であって、C末端にHisタグ配列を有さないファクターC。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、ファクターCの活性を有するタンパク質。」であり、
タンパク質(2)であるファクターBは、「昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、カブトガニのファクターB」であり、
タンパク質(3)であるエンザイムは、「昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、カブトガニのプロクロッティングエンザイム」である。

(a)ファクターCについて
甲1発明の「C末端にHis−Tagを付加したC因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクターに導入し、得られた発現ベクターDNAとバキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製された」「カブトガニに由来する」「組換えC因子」と、上記本件発明1の「ファクターC」とは、「昆虫細胞をホストとして得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞であり、ファクターCの活性を有するタンパク質である、ファクターC」の点で共通する。

(b)ファクターBについて
甲1発明の「上記組換えC因子と同様に調製された」「カブトガニに由来する」「組換えB因子」と、上記本件発明1の「ファクターB」とは、「昆虫細胞をホストとして得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞である、ファクターB」の点で共通する。

(c)エンザイムについて
甲1発明の「ウイルスを昆虫に由来するSf9細胞に感染させ、当該細胞に保持させることで生産されるカブトガニ由来の組換え型のPro−CEである」「酵素」と、上記本件発明1の「エンザイム」とは、「昆虫細胞をホストとして得られる組換えタンパク質であり、前記昆虫細胞が、Sf9細胞である、カブトガニのプロクロッティングエンザイム」の点で共通する。

(d)エンドトキシン測定剤について
甲1発明の「酵素、組換えC因子及び組換えB因子のみを共存させる」「Etの検出を行うためのカスケード反応タンパク質」は、上記(a)〜(c)で述べた共通点の上で、本件発明1の「下記のタンパク質(1)〜(3)を含むエンドトキシン測定剤」に相当する。

b 一致点・相違点
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、
(一致点)
「下記のタンパク質(1)〜(3)を含むエンドトキシン測定剤であって、該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとして得られる組換えタンパク質であり、
前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、測定剤。
(1)ファクターCの活性を有するタンパク質である、ファクターC。
(2)カブトガニのファクターB。
(3)カブトガニのプロクロッティングエンザイム。」
の点で一致し、以下の点で相違する。

(相違点1)
ファクターCが、本件発明1では、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」(以下「相違点1−1」という。)により得られる組換えタンパク質であり、「(1)下記のタンパク質(A)または(B)」「(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。(B)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含」むもの(以下「相違点1−2」という。)であって、「C末端にHisタグ配列を有さない」(以下「相違点1−3」という。)タンパク質であるのに対し、甲1発明では、「C末端にHis−Tagを付加したC因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクターに導入し、得られた発現ベクターDNAとバキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製された」タンパク質である点。

(相違点2)
ファクターBが、本件発明1では、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質であるのに対し、甲1発明では、「上記組換えC因子と同様に調製された」すなわち「C末端にHis−Tagを付加したB因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクターに導入し、得られた発現ベクターDNAとバキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製された」タンパク質である点。

(相違点3)
エンザイムが、本件発明1では、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質であるのに対し、甲1発明では、「ウイルスを昆虫に由来するSf9細胞に感染させ、当該細胞に保持させることで生産され」たタンパク質である点。

(イ)判断
a 相違点1について
相違点1−1及び1−3について検討する。
(a)甲2について
甲2−1の(甲2イ)に「C因子コード配列をpFASTBAC1にクローニングする」という記載があり、申立人の主張によれば、「pFASBAC1」はHisタグ配列が含まれていない(甲2−2参照)ということであるから、甲2−1には、Hisタグ配列が含まれていないC因子配列コードで組換えC因子を得ることが記載されているとしても、それは「バキュロウイルスシステム中で蛋白質を生産するもの」であり、「安定発現細胞株で発現する」ことにより組換えタンパク質を得るものではない。
そもそも、甲2−1に記載の技術は、(甲2ア)に記載されているとおり、界面活性剤が存在すると、エンドトキシンによる精製C因子の活性化が3〜7倍も増強され、試験試料中のエンドトキシンレベルのより迅速で高感度の測定が可能となることから、精製カブトガニC因子蛋白質を含む試薬に「界面活性剤」を添加させるという技術であるから、甲2−1に接した当業者において、甲1発明に、エンドトキシンレベルのより迅速で高感度の測定が可能となるように「界面活性剤」を添加することは容易に想到することであるといえる。
しかし、甲1発明は、組換えC因子として「C末端にHis−Tagを付加した」ものを用いるものであるから、「C末端にHisタグ配列を有さない」ものを用いることに動機があるとはいえず、甲2−1には、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質は記載されていないのであるから、甲2−1に接した当業者といえども、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易になし得たこととはいえない。

(b)甲3について
甲3には、Sf9細胞をホストとし、細胞安定発現株として発現させた組換えファクターCが記載されているが、それが「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質であることについては記載されていない。
したがって、甲1発明の組換えC因子を、甲3を参照しても、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることにはならない。
さらに、甲1発明においては、組換えC因子として「C末端にHis−Tagを付加したC因子の目的塩基配列を合成し、トランスファーベクターに導入し、得られた発現ベクターDNAとバキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製された」タンパク質、すなわち、いわゆるウイルス法により得られたタンパク質を用いており、甲1発明が、技術分野の[0001]に「ウイルス」と記載されていることからも、ウイルス法を前提とした発明ともいえることから、甲1発明において、ウイルス法により得られたタンパク質に替えて「安定発現細胞株で発現」させたタンパク質を用いる動機もない。
よって、甲3を参照しても、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易になし得たこととはいえない。

(c)甲6及び甲7について
甲6及び甲7には、昆虫細胞をホストとして、「バキュロウイルスを感染させて発現させる(いわゆる「ウイルス法」)場合と「安定発現細胞株で発現」させる(いわゆる「安定発現細胞株法」)場合における、それぞれのメリット、デメリットについて記載されており、それらによると、ウイルス法では、ウイルスの感染により細胞が死滅してしまうことから生産は一過性のものであるが、高レベルの可溶性組換えタンパク質を生産する能力の点で優れており、安定発現細胞株法に比べて発現レベルが高いことが記載されている。また、安定発現細胞株法は、分泌型及び膜固定型タンパク質の産生に適していることも記載されている。
そうすると、甲1発明において、「組換えC因子」は「Etの検出を行うためのカスケード反応タンパク質」であるから、その検出を高感度に行うために、発現レベルが低いより高い方が好ましいといえることから、「バキュロウイルスDNAをSf9細胞にコトランスフェクションし、培養上清から得られたウイルス液を純化、増幅することによって調製」することに替えて「安定発現細胞株で発現する」こととする積極的な動機があるとはいえない。
また、甲6及び甲7には、「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることについては記載されていない。
よって、甲6及び7を参照しても、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易になし得たこととはいえない。

(d)甲4及び5について
甲4及び甲5の記載は、上記(2)オ及びカで摘記したとおりであり、甲4及び5を参照しても、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易になし得たこととはいえない。

(e)効果について
仮に、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易であるとしても、それによる上記第4の2(3)の図4及び【0105】に記載されている「以上の結果から、Hisタグ配列を付加しない形で発現させた組換えファクターC分子は、Hisタグ配列を付加した形で発現させた組換えファクターC分子よりも、はるかに強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有することが示された。」という効果、さらには、【0107】〜【0117】に記載されている「安定発現細胞株法を採用すると、ファクターCの分解を阻止できる」、「ウイルス法を用いる場合には中空糸ろ過膜によるろ過が必須である反面、安定発現細胞株法によれば、かかるろ過が不要である」、「安定発現細胞法で発現させた各因子を用いた場合、0.0005〜0.1EU/mLの範囲内で、エンドトキシン濃度の増加に応じて吸光度変化率が直線的に増加する」という効果は、当業者において予期し得るものではない。

(e)小括
よって、甲2〜7を参照しても、甲1発明の組換えC因子を、昆虫細胞をホストとした「安定発現細胞株で発現すること」により得られる組換えタンパク質で「C末端にHisタグ配列を有さない」タンパク質とすることが容易になし得たこととはいえないことから、相違点1−2について検討するまでもなく、相違点1は当業者が容易になし得たこととはいえない。

b まとめ
したがって、相違点2及び3について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1発明及び甲2〜7の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

イ 本件発明2〜7について
本件発明2〜7は、本件発明1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明1と同様に、甲1発明及び甲2〜7の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明することができたものではない。

ウ 申立理由1のまとめ
本件発明1〜7は、甲1発明及び甲2〜7の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、請求項1〜7に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものではなく、申立理由1によって取り消すことはできない。

2 申立理由2(実施可能要件
(1)申立人は、特許異議申立書で、上記第4で記載した取消理由(サポート要件)と同時に、本件特許は、その発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、請求項1、2及び4〜7に係る特許は、特許法第113条第4号に該当し、取り消されるべきものであると主張している。
具体的には、甲8〜10を提示した上で、「High Five細胞のように、Sf9細胞とは翻訳後修飾機構が異なる昆虫細胞を宿主とした場合には、Sf9昆虫細胞を用いた本件明細書の実施例4の組換えファクターCとは、糖鎖構造等が異なる組換えファクターCが産生され、かつこれらの組換えファクターCが、本件明細書の実施例4の組換えファクターCと同様にエンドトキシン測定感度の向上を示すかどうかは、本件明細書の記載から、当業者は理解できない。
したがって、本件明細書に本件発明の効果が具体的に開示されているのは、Sf9昆虫細胞により発現させた組換えファクターC等のみであり、よって、その他の昆虫細胞により発現させた組換えファクターC等をも含む本件発明1、2、4〜7は、サポート要件(特許法第36条第6項第1号)及び実施可能要件(同条第4項第1号)を充足していない。」ことを主張している。
甲第8号証:川口裕子等、「3.遺伝子導入と発現シリーズ昆虫細胞を利用した蛋白質の大量発現と解析:キサンチン酸化還元酵素を例に(3)」、日医大医会誌、2012年、第8巻、第1号、第26〜30頁
甲第9号証:Morais et al.,“Expression and characterization of recombinant human a-3/4-fucosyltransferase III from Spodoptera frugiperda (Sf9)and Trichoplusia ni (Tn) cells using the baculovirus expression system”.Biochemical Journal,2001,vol.353,p.719-725
甲第10号証:Hancock et al.,“False positive reactivity of recombinant,diagnostic, glycoproteins produced in High FiveTM insect cells: Effect of glycosylatiori”,Journal of Immunological Methods,2008,vol.330,p.130-136
(以下「甲8」〜「甲10」という。)

(2)当審の判断
申立人は、サポート要件(特許法第36条第6項第1号)と実施可能要件(同条第4項第1号)を充足していない理由として同じことを主張していることから、上記第4で述べたとおり、本件発明1、2及び4〜7が、サポート要件を満たしているということは、実施可能要件も満たしていることになる。
また、上記甲8〜10は、組換え夕ンパク質の発現に使用される宿主となる昆虫細胞には様々な種類のものが販売されており、発現したい蛋白質の性質によっていずれの細胞種が適しているかは異なること、細胞種によって糖鎖構造等の翻訳後修飾が異なる例、等が示されているにすぎず、「Sf9細胞以外の昆虫細胞」では、それをホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質でC末端にHisタグ配列を有さないファクターCが、強いプロクロッティングエンザイム活性化能を有せず、迅速且つ高感度にエンドトキシンを測定することができないことを示すものではないことから、甲8〜10の記載に本件発明1、2及び4〜7を実施することができなとする根拠を見いだすことはできない。
よって、発明の詳細な説明の記載が、特許法第36条第4項第1号に規定にする要件を満たしていない特許出願に対してされたものとはいえず、請求項1、2及び4〜7に係る特許を申立理由2によって取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおりであるから、請求項1〜7に係る特許は、取消理由通知(決定の予告)に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、取り消すことができない。
また、他に請求項1〜7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記のタンパク質(1)〜(3)を含むエンドトキシン測定剤であって、該タンパク質(1)〜(3)の各々は昆虫細胞をホストとした安定発現細胞株で発現することにより得られる組換えタンパク質であり、
前記昆虫細胞が、Sf9細胞、Sf21細胞、SF+細胞、及びHigh−Five細胞からなる群より選択される、測定剤。
(1)下記のタンパク質(A)または(B)であって、C末端にHisタグ配列を有さないファクターC。
(A)配列番号2に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。
(B)配列番号2に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、ファクターCの活性を有するタンパク質。
(2)カブトガニのファクターB。
(3)カブトガニのプロクロッティングエンザイム。
【請求項2】
前記ファクターBが下記のタンパク質(C)または(D)であり、且つ、前記プロクロッティングエンザイムが下記のタンパク質(E)または(F)である、請求項1に記載の測定剤。
(C)配列番号4に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。
(D)配列番号4に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、ファクターBの活性を有するタンパク質。
(E)配列番号6に示すアミノ酸配列を含むタンパク質。
(F)配列番号6に示すアミノ酸配列に対して90%以上の同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、プロクロッティングエンザイムの活性を有するタンパク質。
【請求項3】
前記昆虫細胞が、Sf9細胞である、請求項1または2に記載の測定剤。
【請求項4】
前記ファクターCのC末端は、ペプチドが付加されていない、請求項1〜3のいずれか1項に記載の測定剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の測定剤と被験試料とを混合する工程、およびカスケード反応の進行を測定する工程を含む、被験試料中のエンドトキシン測定法。
【請求項6】
カスケード反応の進行を検出するための基質を反応系に添加する工程を含む、請求項5に記載の測定法。
【請求項7】
さらに、前記基質の反応に基づき、被験試料中のエンドトキシン量を算出する工程であって、エンドトキシン量と基質の反応の程度との間の相関データに基づき、前記被験試料に存在するエンドトキシンを定量する工程を含む、請求項6に記載の測定法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-10-18 
出願番号 P2018-074569
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (G01N)
P 1 651・ 121- YAA (G01N)
P 1 651・ 537- YAA (G01N)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 福島 浩司
特許庁審判官 伊藤 幸仙
三崎 仁
登録日 2020-01-07 
登録番号 6640267
権利者 生化学工業株式会社
発明の名称 エンドトキシン測定剤  
代理人 堺 繁嗣  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 佐貫 伸一  
代理人 堺 繁嗣  
代理人 丹羽 武司  
代理人 丹羽 武司  

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