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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
管理番号 1381636
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-02-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-06-04 
確定日 2021-11-05 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6616021号発明「衝撃吸収シート」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6616021号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり訂正後の請求項[1〜21]について訂正することを認める。 特許第6616021号の請求項1ないし21に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6616021号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし21に係る特許についての出願は、2018(平成30)年 9月28日(優先権主張 平成29年 9月28日)を国際出願日とする出願であって、令和 1年11月15日にその特許権の設定登録(請求項の数21)がされ、同年12月 4日に特許掲載公報が発行され、その後、その特許に対し、令和 2年 6月 4日に特許異議申立人 時任洋子(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:請求項1ないし21)がされ、同年9月25日付けで取消理由が通知され、同年11月10日に特許権者 積水化学工業株式会社(以下、「特許権者」という。)から意見書が提出され、当審から異議申立人に対し、令和3年2月19日付けで審尋がなされ、異議申立人から、同年3月16日に回答書が提出された。
当審において、令和3年6月25日付けで取消理由<決定の予告>を通知したところ、特許権者は、同年8月19日に訂正請求書(当該訂正請求書による訂正の請求を「本件訂正請求」という。)及び意見書を提出したので、異議申立人に対して、当審から、同年8月27日付けで特許法第120条の5第5項に基づく通知をしたところ、異議申立人は、同年9月22日に意見書を提出したものである。

第2 訂正の適否についての判断
1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下の訂正事項1ないし3のとおりである。ここで、訂正事項1ないし3は、訂正前の請求項1〜21の一群の請求項に係る訂正である。なお、下線は、訂正箇所に合議体が付したものである。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、」と記載されているのを、「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、」に訂正する。
請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2〜6、11〜13、19〜21も同様に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項7に「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、」と記載されているのを、「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、」に訂正する。
請求項7の記載を直接又は間接的に引用する請求項8〜13、19〜21も同様に訂正する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項14に「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、」と記載されているのを、「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、」に訂正する。
請求項14の記載を直接又は間接的に引用する請求項15〜18、20及び21も同様に訂正する。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1に係る請求項1の訂正について
ア 訂正前の請求項1の「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、」との発明特定事項に関し、衝撃吸収シートの「密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である」との構成要件を直列的に付加することによって、更に、限定するものであるから、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。

イ 訂正事項1に係る請求項1の訂正は、願書に添付した明細書の段落【0015】及び段落【0064】〜【0068】の記載からみて、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正であり、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

ウ 異議申立人は、上記訂正事項1に関し、 新たな技術的事項を導入するものである旨主張するが、衝撃吸収シートの密度については、願書に添付した明細書の段落【0015】の「例えば0.30〜0.80」と記載された範囲内での数値に限定しているものであり、その数値範囲にすることによる新たな効果を主張するものではないから、新たな技術的事項を導入するものとはいえない。

(2)訂正事項2及び3について
訂正事項2及び3は、それぞれ独立請求項である訂正前の請求項7及び14について、訂正事項1と同じ訂正を行うものであるから、訂正事項2及び3に係る請求項7及び請求項14の訂正は、訂正事項1に係る請求項1の訂正と同様に、特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内の訂正で、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではない。

3 むすび
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1〜21]について訂正することを認める。

第3 本件発明
上記第2のとおり、本件訂正請求による訂正は認められるので、本件特許の請求項1ないし21に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいい、これらを総称して「本件発明」という場合がある。)は、それぞれ、令和3年8月19日提出の訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし21に記載された事項により特定される次のとおりのものである。

「【請求項1】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
前記発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である衝撃吸収シート。
【請求項2】
前記アクリル系発泡樹脂層を構成するアクリル系樹脂のガラス転移温度が、−25〜15℃である請求項1に記載の衝撃吸収シート。
【請求項3】
10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項1又は2に記載の衝撃吸収シート。
【請求項4】
23℃における衝撃吸収率が35%以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項5】
電子機器に使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項6】
表示装置の背面側に配置される請求項1〜5のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項7】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
表示装置の背面側に配置される衝撃吸収シート。
【請求項8】
10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項7に記載の衝撃吸収シート。
【請求項9】
23℃における衝撃吸収率が35%以上である請求項7又は8に記載の衝撃吸収シート。
【請求項10】
電子機器に使用される請求項7〜9のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項11】
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)がそれぞれ10〜60面積%である請求項1〜10のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項12】
前記発泡樹脂層が中空粒子を含有する請求項1〜11のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項13】
前記発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する請求項1〜12のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項14】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
前記発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する衝撃吸収シート。
【請求項15】
10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項14に記載の衝撃吸収シート。
【請求項16】
23℃における衝撃吸収率が35%以上である請求項14又は15に記載の衝撃吸収シート。
【請求項17】
電子機器に使用される請求項14〜16のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項18】
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)がそれぞれ10〜60面積%である請求項14〜17のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項19】
請求項12に記載の衝撃吸収シートの製造方法であって、樹脂を形成するための単量体成分と、中空粒子とを含有する単量体組成物を膜状にして、単量体成分を重合する、衝撃吸収シートの製造方法。
【請求項20】
請求項13〜18に記載の衝撃吸収シートの製造方法であって、樹脂エマルジョンを含むエマルジョン組成物に気体を混入させかつ膜状にして、気体が混入されたエマルジョン組成物を加熱する、衝撃吸収シートの製造方法。
【請求項21】
エマルジョン組成物にメカニカルフロス法により気体を混入させる請求項20に記載の衝撃吸収シートの製造方法。」

第4 特許異議申立書に記載した申立ての理由の概要
令和2年6月4日に異議申立人が提出した特許異議申立書(以下、「特許異議申立書」という。)に記載した申立ての理由の概要は次のとおりである。

1 申立理由1−1(実施可能要件1)
本件特許明細書の発明の詳細な説明における実施例2、3、4並びに比較例1、2及び3の記載が、通常製造することができない、あるいは、技術的にその存在を説明できないものであるから、発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件特許の請求項1ないし21に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

2 申立理由1−2(実施可能要件2)
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載されている事項の調整手段が記載されておらず、発明の詳細な説明は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていないから、本件特許の請求項1ないし21に係る特許は、同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

3 申立理由2(サポート要件)
本件特許の請求項1ないし21に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、本件特許の請求項1ないし21に係る特許は同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

・発明の詳細な説明に記載の実施例及び比較例が通常は製造できない、あるいは技術的にその存在が証明できない形態を含んでいる。
・実施例のデータがクレームの範囲を十分にサポートしていない。
・実施例において厚みのデータが不足している。
・実施例において樹脂のデータが不足している。

4 申立理由3(明確性
本件特許の請求項1ないし21に係る特許は、下記の点で特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、本件特許の請求項1ないし21に係る特許は同法第113条第4号に該当し取り消すべきものである。

・空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、空隙率(P0.9)、標準偏差(Pσ)の技術的意義が不明。

5 申立理由4(甲第1号証に基づく新規性
本件特許の請求項1ないし11及び13ないし18並びに20及び21に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらについての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。


6 申立理由5(甲第1号証に基づく進歩性
本件特許の請求項1ないし21に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明に基づいて、その優先日前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下、「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらについての特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

7 証拠方法
甲第1号証 :特開2015−110781号公報
甲第2号証 :特開2014−1362号公報
甲第3号証 :特公平8−11882号公報
甲第4号証 :国際公開第2014/098252号
甲第5号証 :特開2016−113537号公報
甲第6号証 :特開2004−91675号公報
甲第7号証 :特開平8−108440号公報
甲第8号証 :特開平6−73870号公報
甲第9号証 :特開2002−363330号公報
なお、証拠の表記は、おおむね特許異議申立書の記載に従った。以下、順に「甲1」のようにいう。

第4 当審の取消理由<決定の予告>の概要
令和3年6月25日付けで通知した取消理由<決定の予告>の概要は、次のとおりである。

1 取消理由1及び2(甲1を主引用文献とする新規性進歩性
本件特許の請求項1ないし11、13ないし18、20及び21に係る発明は、本件特許の優先日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲1に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものである(取消理由1)か、又は、本件特許の請求項1ないし11、13ないし18、20及び21に係る発明は、甲1に記載された発明に基づいて、その優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである(取消理由2)から、本件特許の上記請求項に係る特許は、同法第113条第2号に該当し取り消すべきものである。

第5 取消理由<決定の予告>についての当審の判断
当審は、以下に述べるように、上記取消理由1及び2には理由がないと判断する。

1 甲号証に記載された事項等
(1)甲1に記載された事項
甲1には、「発泡シート」に関して、おおむね次の事項が記載されている(下線は当審で付加した。以下同様)。

「【請求項1】
厚さが30〜500μmであり、密度が0.2〜0.4g/cm3、動的粘弾性測定における角振動数1rad/sでの貯蔵弾性率と損失弾性率の比率である損失正接(tanδ)が−30℃以上30℃以下の範囲にピークトップを有し、エマルション樹脂組成物を機械的に発泡させる工程Aを経て形成される発泡体で構成されている発泡シート。
【請求項7】
発泡体が、さらに、機械的に発泡させたエマルション樹脂組成物を基材上に塗工して乾燥する工程Bを経て形成される請求項1〜6の何れか1項に記載の発泡シート。
【請求項10】
電気・電子機器用衝撃吸収シートとして用いられる請求項1〜9の何れか1項に記載の発泡シート。
【請求項14】
請求項1〜9の何れか1項に記載の発泡シート、表示パネル、及び、タッチパネルを有し前記表不パネルの背面側のスペースに前記発泡シートが配置されている請求項14記載のタッチパネル搭載機器。」
「【0008】
従って、本発明の目的は、厚さが非常に小さくても、優れた衝撃吸収性を発揮する発泡シートを提供することにある。」
「【0018】
また、前記発泡シートは、電気・電子器機用衝撃吸収シートとして使用することができる。さらに、前記発泡シートは、タッチパネル搭載機器に用いられる発泡シートであってもよい。」
「【0024】
本発明では、発泡シートの厚さが30μm以上であるため、気泡を均一に含有することができ 優れた衝撃吸収性を発揮できる。また、発泡シートの厚さが500μm以下であるため、微小クリアランスに対しても容易に追従できる。本発明の発泡シートは、厚みが30〜500μmという薄さであるにもかかわらず。衝撃吸収性に優れる。
【0025】
本発明の発泡シートを構成する発泡体の密度は0.2〜0.4g/cm3である。その下限は、好ましくは0.21g/cm3、より好ましくは0.22g/cm3、上限は、好ましくは0.39g/cm3、より好ましくは0.38g/cm3、さらに好ましくは0.35g/cm3である。発泡体の密度が0.2g/cm3以上であることにより強度を維持でき、0.4g/cm3以下であることにより高い衝撃吸収性が発揮される。また、発泡体の密度が0.2〜0.4g/cm3の範囲であることにより、さらにより高い衝撃吸収性が発揮される。」
「【0047】
なお、本発明における「ホモポリマーを形成した際のガラス転移温度(Tg)」(単に「ホモポリマーのTg」と称する場合がある)とは、「当該モノマーの単独重合体のガラス転移温度(Tg)」を意味し、具体的には、「Polymer Handbook」(第3版、John Wiley&Sons,Inc、1987年)に数値が挙げられている。なお、上記文献に記載されていないモノマーのホモポリマーのTgは、例えば、以下の測定方法により得られる値(特開2007−51271号公報参照)をいう。すなわち、温度計、撹拌機、窒素導入管及び還流冷却管を備えた反応器に、モノマー100重量部、2,2’−アゾビスイソブチロニトリル0.2重量部及び重合溶媒として酢酸エチル200重量部を投入し、窒素ガスを導入しながら1時間撹拌する。このようにして重合系内の酸素を除去した後、63℃に昇温し10時間反応させる。次いで、室温まで冷却し、固形分濃度33重量%のホモポリマー溶液を得る。次いで、このホモポリマー溶液をセパレータ上に流延塗布し、乾燥して厚さ約2mmの試験サンプル(シート状のホモポリマー)を作製する。そして、この試験サンプルを直径7.9mmの円盤状に打ち抜き、パラレルプレートで挟み込み、粘弾性試験機(ARES、レオメトリックス社製)を用いて周波数1Hzの剪断歪を与えながら、温度領域−70〜150℃、5℃/分の昇温速度で剪断モードにより粘弾性を測定し、tanδのピークトップ温度をホモポリマーのTgとする。なお、上記樹脂材料(ポリマー)のTgもこの方法により測定できる。」
「【0097】
実施例3
アクリルエマルション溶液(固形分量55%、アクリル酸エチル−アクリル酸ブチル−アクリロニトリル共重合体(重量比45:48:7))100重量部、脂肪酸アンモニウム系界面活性剤(ステアリン酸アンモニウムの水分散液、固形分量33%)3重量部、ポリアクリル酸系増粘剤(アクリル酸エチル−アクリル酸共重合体(アクリル酸20重量%)、固形分量28.7%)1.3重量部をディスパー(「ロボミックス」プライミクス社製)で撹拌混合して起泡化した。この発泡組成物を、剥離処理をしたPETフィルム(厚さ:38μm、商品名「MRF♯38」三菱樹脂社製)上に塗布し、70℃で4.5分、140℃で4.5分乾燥させ、厚さ130μm、密度0.38g/cm3、平均セル径68μmの連続気泡構造の発泡体(発泡シート)を得た。」




(2)甲1に記載された発明
甲1には、上記(1)の記載、特に実施例3から、次の発明(以下、順に「甲1実施例3発明」、「甲1実施例3製法発明」という。)が記載されていると認める。

<甲1実施例3発明>
「アクリルエマルション溶液(固形分量55%、アクリル酸エチル−アクリル酸ブチル−アクリロニトリル共重合体(重量比45:48:7))100重量部、脂肪酸アンモニウム系界面活性剤(ステアリン酸アンモニウムの水分散液、固形分量33%)3重量部、ポリアクリル酸系増粘剤(アクリル酸エチル−アクリル酸共重合体(アクリル酸20重量%)、固形分量28.7%)1.3重量部をディスパー(「ロボミックス」プライミクス社製)で撹拌混合して起泡化し、この発泡組成物を、剥離処理をしたPETフィルム上に塗布し、70℃で4.5分、140℃で4.5分乾燥させることによって得られる、密度0.38g/cm3、厚さ130μm、ガラス転移温度(tanδのピーク温度)が0.03℃、平均セル径68μmの連続気泡構造の発泡体(発泡シート)。」

<甲1実施例3製法発明>
「アクリルエマルション溶液(固形分量55%、アクリル酸エチル−アクリル酸ブチル−アクリロニトリル共重合体(重量比45:48:7))100重量部、脂肪酸アンモニウム系界面活性剤(ステアリン酸アンモニウムの水分散液、固形分量33%)3重量部、ポリアクリル酸系増粘剤(アクリル酸エチル−アクリル酸共重合体(アクリル酸20重量%)、固形分量28.7%)1.3重量部をディスパー(「ロボミックス」プライミクス社製)で撹拌混合して起泡化する工程、
この工程で得られた発泡組成物を、剥離処理をしたPETフィルム上に塗布し、70℃で4.5分、140℃で4.5分乾燥させて発泡体を得る工程を含む、
密度0.38g/cm3、厚さ130μm、ガラス転移温度(tanδのピーク温度)が0.03℃、平均セル径68μmの連続気泡構造の発泡体(発泡シート)の製造方法。」

2 本件発明1について
本件発明1と甲1実施例3発明とを対比する。
甲1実施例3発明の「厚さ130μm」の「連続気泡構造の発泡体(発泡シート)」は、電気・電子機器用衝撃吸収シートとして利用されるものであって、厚さが非常に薄くても、衝撃吸収性を発揮する発泡シート(甲1の請求項10、14及び段落【0008】)であるから、本件発明1の「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層」に相当するとともに、本件発明1の「発泡樹脂層を含む衝撃吸収シート」にも相当する。
甲1実施例3発明の発泡組成物の組成からみて、甲1実施例3発明においても「発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である」との構成要件を満足している。

そうすると、両者は、
「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である衝撃吸収シート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件発明1が「前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり」と特定するのに対し、甲1実施例3発明にはこのような特定がない点。
<相違点2>
衝撃吸収シートの密度に関し、本件発明1は、「0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である」と特定するのに対し、甲1実施例3発明は、「0.38g/cm3」である点。

事案に鑑み、相違点2から検討する。
まず、相違点2は、実質的な相違点であるから、本件発明1は甲1実施例3発明であるとはいえない。
次に、甲1は、「厚さが非常に小さくても、優れた衝撃吸収性を発揮する発泡シートを提供する」(段落【0007】)ことを目的としており、その請求項1には「密度が0.2〜0.4g/cm3」とされ、甲1の詳細な説明の「本発明の発泡シートを構成する発泡体の密度は0.2〜0.4g/cm3である。その下限は、好ましくは0.21g/cm3、より好ましくは0.22g/cm3、上限は、好ましくは0.39g/cm3、より好ましくは0.38g/cm3、さらに好ましくは0.35g/cm3である。発泡体の密度が0.2g/cm3以上であることにより強度を維持でき、0.4g/cm3以下であることにより高い衝撃吸収性が発揮される。また、発泡体の密度が0.2〜0.4g/cm3の範囲であることにより、さらにより高い衝撃吸収性が発揮される。」(段落【0025】)の記載からみて、甲1実施例3発明の密度は、0.20〜0.40g/cm3であることが求められているといえる。
そうすると、甲1の比較例1に発泡シート(本件発明1の「衝撃吸収シート」)の密度0.62のものが記載されているにしても、甲1実施例3発明において、その密度を、0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下とする動機付けはないから、相違点2は、当業者において想到容易であるとはいえない。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明1は、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

3 本件発明2ないし6並びに請求項1を引用する本件発明11、13、20及び21について
本件発明2ないし6は、請求項1を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明1の発明特定事項を全て有するものであるから、本件発明1と同様に、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件発明11、13、20及び21においての請求項1を直接又は間接的に引用する発明は、同様に、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

4 本件発明7について
本件発明7と甲1実施例3発明とを対比すると、上記2の対比のとおりであるから、両者は、
「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である衝撃吸収シート。」
である点で一致し、上記2の相違点1及び2に加えて、以下の点で相違する。

<相違点3>
衝撃吸収シートに関し、本件発明7は、「表示装置の背面側に配置される」と特定するのに対し、甲1実施例3発明は、この点を特定しない点。

以下相違点について検討する。
事案に鑑み、相違点2から検討すると、相違点2は、上記2において検討したとおりである。

したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明7は、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

5 本件発明8ないし10並びに請求項7を引用する本件発明11、13、20及び21について
本件発明8ないし10は、請求項7を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明7の発明特定事項を全て有するものであるから、本件発明7と同様に、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
また、本件発明11、13、20及び21においての請求項7を直接又は間接的に引用する発明は、同様に、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

6 本件発明14について
本件発明14と甲1実施例3発明とを対比する。
甲1実施例3発明の「厚さ130μm」の「連続気泡構造の発泡体(発泡シート)」は、甲1の段落【0008】の記載から、本件発明14の「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シート」に相当する。
甲1実施例3発明は「撹拌混合して起泡化し、・・・させることによって得られる、密度0.38g/cm3、厚さ130μm、ガラス転移温度(tanδのピーク温度)が0.03℃、平均セル径68μmの連続気泡構造の発泡体(発泡シート)」であるから、甲1実施例3発明においても「発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する」との構成要件を満足しているといえる。

そうすると、両者は、
「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する衝撃吸収シート。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点4>
本件発明14が「前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり」と特定するのに対し、甲1実施例3発明にはこのような特定がない点。
<相違点5>
衝撃吸収シートの密度に関し、本件発明14は、「0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である」と特定するのに対し、甲1実施例3発明は、「0.38g/cm3」である点。

以下相違点について検討する。
事案に鑑み、相違点5から検討すると、相違点5は、上記2における相違点2と同じであるから、その判断は上記2での検討のとおりである。
したがって、その余の相違点について検討するまでもなく、本件発明14は、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

7 本件発明15ないし18について
本件発明15ないし18は、請求項14を直接又は間接的に引用するものであり、本件発明14の発明特定事項を全て有するものであるから、本件発明14と同様に、甲1実施例3発明であるとはいえないし、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

8 本件発明20について
本件発明20と甲1実施例3製法発明とを対比する。
甲1実施例3製法発明の「撹拌混合して起泡化し、この発泡組成物を、剥離処理をしたPETフィルム(厚さ:38μm、商品名「MRF♯38」三菱樹脂社製)上に塗布し、70℃で4.5分、140℃で4.5分乾燥させる」という工程は、本件発明20における「樹脂エマルジョンを含むエマルジョン組成物に気体を混入させかつ膜状にして、気体が混入されたエマルジョン組成物を加熱する」工程に相当する。

そうすると、両者は、
「厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である衝撃吸収シートの製造方法であって、樹脂エマルジョンを含むエマルジョン組成物に気体を混入させかつ膜状にして、気体が混入されたエマルジョン組成物を加熱する、衝撃吸収シートの製造方法。」
である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点6>
得られた衝撃吸収シートに関して、本件発明20が「前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり」と特定するのに対し、甲1実施例3製法発明にはこのような特定がない点。

<相違点7>
得られた衝撃吸収シートの密度に関し、本件発明20は、「0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である」と特定するのに対し、甲1実施例3製法発明は、「0.38g/cm3」である点。

事案に鑑み、上記相違点7から検討すると、相違点7は、上記2での相違点2と同じであるから、その判断は上記2での検討のとおりである。
したがって、本件発明20は、甲1実施例3製法発明であるとはいえないし、甲1実施例3製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

9 本件発明21について
本件発明21は、請求項20を直接に引用するものであり、本件発明20の発明特定事項を全て有するものであるから、本件発明20と同様に、甲1実施例3製法発明であるとはいえないし、甲1実施例3製法発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

10 まとめ
以上のとおりであるから、取消理由<決定の予告>において通知した取消理由1及び2には理由がない。

第6 取消理由<決定の予告>において採用しなかった申立理由及び異議申立人が主張する本件訂正により新たに生じたとする取消理由についての当審の判断
取消理由<決定の予告>において採用しなかった申立理由は、請求項1ないし11、13ないし18、20及び21に対する甲1の比較例1に基づく申立理由4(新規性)と申立理由5(進歩性)、請求項12及び19に対する甲1の実施例3及び比較例1に基づく申立理由5(進歩性)、申立理由1−1及び1−2(実施可能要件違反)、申立理由2(サポート要件違反)、申立理由3(明確性違反)である。
また、異議申立人は、令和3年9月22日提出の意見書において、新たに本件訂正請求により以下の取消理由が生じたと主張する。

・新たな理由1
本件訂正請求により新たに「密度0.4g/cm3より大きく0.80g/cm3以下」である点が特定されたが、密度0.80g/cm3である衝撃吸収シートは発明の詳細な説明に記載されていないから、実施可能要件(以下、「新たな理由1−1」という。)及びサポート要件(以下、「新たな理由1−2」という。)を満足しない。
・新たな理由2
本件訂正請求により新たに「密度0.4g/cm3より大きく0.80g/cm3以下」である点が特定されたが、当該密度は、「発泡樹脂層の密度」ではなく、「発泡樹脂層からなる衝撃吸収シートの密度」でもなく、「発泡樹脂層を含む衝撃収集シートの密度」であって、実施例の発泡樹脂層からなる衝撃吸収シートの結果から、一般化できないし(以下、「新たな理由2−1」という。)、明確でもないし(以下、「新たな理由2−2」という。)、委任省令要件を満足しない(以下、「新たな理由2−3」という。)。

そこで、順次検討する。

1 請求項1ないし11、13ないし18、20及び21に対する甲1の比較例1に基づく申立理由4(新規性)と申立理由5(進歩性)並びに請求項12及び19に対する甲1の実施例3及び甲1の比較例1に基づく申立理由5(進歩性)について
甲1の実施例3を引用発明(甲1実施例3発明)とした場合は、本件発明12及び本件発明19と甲1実施例3発明とを対比すると、少なくとも上記第5 2における相違点1及び2において相違しており、そのうちの相違点2についての判断は上記第5 2に記載のとおりであるから、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明12及び19は、甲1実施例3発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
甲1の比較例1として記載の発明を引用発明として認定した場合には、本件発明1、7、14、20(以下、これらを総称して「本件発明」という。)と甲1の比較例1として記載の発明とを対比すると、いずれも、少なくとも下記の点で相違する。
<相違点A>
本件発明が「前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり」と特定するのに対し、甲1の比較例1として記載の発明にはこのような特定がない点。
当該相違点Aについて検討すると、当該相違点Aの構成により本件発明においては「優れた衝撃吸収性能を有し、例えば、薄厚であっても、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好にする衝撃吸収シートを提供」(段落【0008】)できるものであるのに対し、甲1の比較例1のシートは、甲1における発明が解決しようとする課題である「厚さが小さくても優れた衝撃吸収性を発揮する発泡シートの提供」においての比較例として提示されているものであるから、当該比較例1の発泡シートが、相違点Aの構成を有している蓋然性が高いということはできず、相違点Aは実質的な相違点である。
そして、異議申立人が提出したいずれの証拠にも、相違点Aについて記載されているものはないから、相違点Aは、当業者においても想到容易であるとはいえない。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本件発明は、甲1の比較例1として記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。本件発明を直接又は間接的に引用する他の請求項に係る発明についても同様である。
以上のとおりであるから、請求項1ないし11、13ないし18並びに20及び21に対する甲1の比較例1に基づく申立理由4(新規性)と申立理由5(進歩性)、請求項12及び19に対する甲1の実施例3及び比較例1に基づく申立理由5(進歩性)は、いずれも理由がない。

2 申立理由3(明確性違反)及び新たな理由2−2(明確性違反)について
(1)明確性要件の判断基準
特許を受けようとする発明が明確であるかは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

(2)明確性要件の判断
ア 本件特許の各請求項の記載は、上記第2のとおりであり、それ自体不明確な記載はなく、特に「前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり」という発明特定事項に関しては、その技術的な意義が段落【0009】ないし【0011】に記載されていて、具体的な測定方法については、段落【0056】に記載されている。
してみれば、本件特許の各請求項の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるとはいえない。

(3)異議申立人の主張の検討
ア 異議申立人は、実施例及び比較例からみてP0.1、P0.5、P0.9、Pσの技術的意義が不明であると主張するが、発明の詳細な説明においてその技術的意義は明確に記載されているから、当該主張は採用できない。
イ 異議申立人は、本件発明の「発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートの密度」が明確でないと主張するが、当該記載はそれ自体明確である。

(4)まとめ
したがって、申立理由3及び新たな理由2−2によっては、本件特許の請求項1ないし21に係る特許を取り消すことはできない。

3 申立理由2(サポート要件違反)並びに新たな理由1−2及び2−1(サポート要件違反)について
(1)サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か、また、その記載がなくとも、当業者が出願時の技術常識に照らし、当該発明が解決しようとする課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断されるべきである。

(2)特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の記載は、上記第2のとおりである。

(3)発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細の記載はおおむね次のとおりである。
・「【技術分野】
【0001】
本発明は、衝撃吸収シートに関し、特に薄厚の衝撃吸収シートに関する。」
・「【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、衝撃吸収材が薄厚の発泡体の場合には、単に気泡の形状を一定のものに制御し、柔軟性を制御しただけでは、衝撃吸収性能を十分に高めることができない場合がある。例えば、表示装置の表面を構成するガラスは、数十〜百MPa前後の比較的大きな衝撃力が局所的に加わると破損するおそれがあるが、ポリオレフィン系樹脂からなる発泡体シートの柔軟性を制御しても、そのような衝撃力を十分に緩和することは難しい。
【0005】
本発明は、以上の問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の課題は、薄厚にしても優れた衝撃吸収性能を有し、特に、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好にできる衝撃吸収シートを提供することである。」
・「【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートの当該発泡樹脂層中の気泡の分布が均一であると、衝撃吸収性能、特に、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する衝撃吸収性能が向上することを見出し、本発明を完成させた。」
・「【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、優れた衝撃吸収性能を有し、例えば、薄厚であっても、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好にする衝撃吸収シートを提供することができる。」
・「【0009】
以下、本発明について実施形態を用いてより詳細に説明する。
[衝撃吸収シート]
本発明の衝撃吸収シートは、厚み(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含む。
厚み(T)の発泡樹脂層は、その一方の面から、厚さが0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さが0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び、厚さが0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%となっている。10〜70面積%となっていることで、面方向に十分な量の気泡が存在していることとなり、面方向における優れた衝撃吸収性能が示される。
また、本発明に係る発泡樹脂層は、空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20となっている。この標準偏差(Pσ)は、厚み方向の気泡分布の指標となるもので、1.0〜20なっていることで、厚み方向の気泡分布が均一となっていることを示す。
すなわち、空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)が上記範囲にあり、かつ、標準偏差(Pσ)が上記範囲あることで、気泡の分布が全体として均一となる。
【0010】
これまでの衝撃吸収シートの発泡体としては、その気泡径や気泡の量についての多くの改良がなされてきた。しかし、面方向に十分な量の気泡が存在しても、厚み方向の気泡の分布が不均一であれば、全体として気泡の分布が均一とはならない。全体として気泡の分布が不均一、特に厚み方向の気泡の分布が不均一であると、外部から衝撃を受けたときに気泡の少ない箇所ではその衝撃力を十分に吸収することができなくなる。これに対し、本発明では、面方向に十分な量の気泡を有し、かつ、厚み方向の気泡分布が均一となっていることから、外部から受けた衝撃を十分に吸収することができる。特に、局所的な衝撃に対しても、気泡の分布が均一なため、問題なく吸収することができる。
【0011】
P0.1、P0.5、及び、P0.9のそれぞれは、10〜70面積%となっていることが好ましく、15〜65面積%となっていることがより好ましく、60面積%以下とすることも好ましい。
また、Pσは、1.0〜20となっていることが好ましく、2.0〜15となっていることがより好ましい。
上記空隙率は、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。」
・「【0018】
発泡樹脂層は、樹脂がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層であることが好ましい。アクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層とすることでtanδのピーク高さ、貯蔵弾性率を上記の適正範囲とすることができることから、外部から受けた衝撃を十分に吸収することができる。
アクリル系発泡樹脂層を構成するアクリル系樹脂のガラス転移温度は、−25〜15℃であることが好ましく、−20〜10℃であることがより好ましい。ガラス転移温度が−25〜15℃であることで、外部から衝撃を受けた際にアクリル系発泡樹脂層が十分に変形することができると共に、柔らか過ぎない特性を付与することができることから高い衝撃吸収性を発現することができる。
なお、アクリル系樹脂のガラス転移温度は後述の実施例に記載の方法により求めることができる。」
・「【0020】
また、本発明の衝撃吸収シートは、10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上であることが好ましく、16%以上であることがより好ましい。なお、10℃での曲面圧縮試験での圧縮率は、公知の万能試験機を用いて、厚さ5mmの真鍮板と、直径15mmのSUS製半球状の上端子により、圧縮速度1mm/minで衝撃吸収シートを圧縮し、所定の荷重が加わったときの圧縮率を測定することで求められる。詳細な測定方法は、後述する実施例に記載するとおりである。10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差を15%以上とすることで、比較的大きな衝撃力が局所的に加わっても、十分に吸収することが可能となる。
【0021】
10℃での曲面圧縮試験において10N荷重時の圧縮率は、15%以上50%以下が好ましく、20%以上45%以下がより好ましい。また、10℃での曲面圧縮試験において40N荷重時の圧縮率は、30%以上70%以下が好ましく、35%以上65%以下がより好ましい。10N荷重時、40N荷重時の圧縮率を上記範囲内とすることで、いわゆる底付きが発生することなく、外部から受けた衝撃を十分に吸収することができる。
【0022】
また、本発明の衝撃吸収シートは、23℃における衝撃吸収率が35%以上であることが好ましく、40%以上であることがより好ましく、45%以上であることがさらに好ましい。なお、衝撃吸収率とは、後述する実施例に記載する方法にて測定されるものである。衝撃吸収率を35%以上とすることで、局所的な衝撃に対する衝撃吸収性を高くすることが可能になり、例えば、フレキシブルディスプレイにおける表示欠点を防止しやすくなる。
【0023】
本発明の衝撃吸収シートにおいては発泡樹脂層に中空粒子を含有してなることが好ましい。すなわち、空隙(気泡)が中空粒子に起因するものであることが好ましい。中空粒子を含有することで気泡の形状を球状に揃えることができる。また、初期の衝撃吸収性を高くすることができる。
また、本発明の衝撃吸収シートにおいて気泡は、中空粒子に起因するものでなくてもよく、発泡樹脂層を構成する樹脂組成物に混入された気体により形成されることも好ましい。気体の混入により気泡を形成することで、繰り返し衝撃が作用されたときでも気泡の形状が崩れにくくなるため、衝撃吸収性能が優れたものとなる。」
・「なお、以上の衝撃吸収シートの説明では、第1及び第2の実施形態の発泡樹脂層の共通する事項について説明したが、以下の説明では、第1及び第2の実施形態について、別々に説明する。
【0024】
(第1の実施形態)
第1の実施形態の衝撃吸収シートは、発泡樹脂層に中空粒子が含有される衝撃吸収シートである。・・・
【0035】
(第1の実施形態の衝撃吸収シートの製造方法)
第1の実施形態の衝撃吸収シートは、各種樹脂を形成するための単量体成分と、中空粒子を少なくとも含有する単量体組成物を膜状にして、単量体成分を少なくとも重合することで製造することができる。なお、単量体組成物に含まれる単量体成分は、後述するように単量体成分を所望の粘度とするために、部分重合されていてもよい。
以下、第1の実施形態の衝撃吸収シートの製造方法について、発泡樹脂層がアクリル系樹脂発泡層の場合を例により具体的に説明する。
【0036】
アクリル系発泡樹脂層の形成は、特に制限されないが、例えば、剥離フィルムや基材等の適当な支持体上に、既述のアクリル系単量体成分、中空粒子、架橋剤、及び光重合開始剤等を含有する単量体組成物を塗布し、塗布層を形成させ、該層を、活性エネルギー線により硬化させることにより形成される。これにより、アクリル系発泡樹脂層からなる衝撃吸収シート、あるいは、基材上にアクリル系発泡樹脂層を有する衝撃吸収シートが得られる。
なお、上記アクリル系発泡樹脂層の形成の際に用いられる剥離フィルム(セパレータ)等は、適宜な時期に剥離されてもよいし、作製後の衝撃吸収シートを利用する際に剥離されてもよい。
【0037】
ここで、単量体組成物に含まれるアクリル系単量体成分は部分重合されてなることが好ましい。アクリル系単量体成分は一般的には粘度が非常に低い。そのため、単量体組成物としては、下記のように部分重合(一部重合)を行ったものを使用することで、より効率良く本発明の衝撃吸収シートを製造することができる。
ここで、上記部分重合されてなる単量体組成物は、例えば、下記のようにして作製することができる。まず、中空粒子及び架橋剤を除く単量体組成物に活性エネルギー線を用いた重合によって部分重合を行い、これにより、いわゆるシロップ状の硬化性アクリル樹脂材料を調製する。このときの粘度(B型粘度計における粘度測定において、測定温度23℃、100rpmの条件で測定された粘度)は、200〜5000mPa・sに調整されていることが好ましく、300〜4000mPa・sに調整されていることがより好ましい。200〜5000mPa・sに調整されていることで、中空粒子の浮き上がりを防止して、厚み方向の空隙率を均一にすることができる。」
・「【0040】
(第2の実施形態)
次に、本発明の第2の実施形態の衝撃吸収シートについて説明する。第2の実施形態の衝撃吸収シートは、発泡樹脂層の内部に混入された気体からなる気泡を有する発泡体である。
・・・
【0048】
(第2の実施形態の衝撃吸収シートの製造方法)
以下、第2の実施形態の衝撃吸収シートの製造方法について説明する。本実施形態の衝撃吸収シートは、上記したエマルジョン組成物に気体を混入させかつ膜状にし、気体が混入されたエマルジョン組成物を加熱して乾燥させ、かつ必要に応じて加熱により架橋などさせることで製造することができる。
ここで、エマルジョン組成物への気体の混入は、メカニカルフロス法により行うことが好ましい。具体的には、エマルジョン組成物を、例えば、高速せん断方式、振動方式などの混練機でガスを注入しながら混練し、気泡が形成されたエマルジョン組成物を得る。ガスには空気、窒素、二酸化炭素、アルゴン等を用いることができる。また、加圧ガスの吐出方式などの装置を用いてもよい。一方、気体の混入量は、得られる発泡体が上記した密度になるように適宜調整することが好ましい。
気泡が形成されたエマルジョン組成物は、その後、剥離フィルムや基材等の適当な支持体上に塗布して、塗布層を形成し、該層を加熱して乾燥させ、かつ必要に応じて上記加熱により架橋させることで、発泡体からなる衝撃吸収シートを得る。
ここで、加熱温度は、特に限定されないが、30〜150℃が好ましく、50〜130℃がより好ましい。
【0049】
本実施形態において、気泡が形成されたエマルジョン組成物の粘度は、200〜5000mPa・sに調整されていることが好ましく、300〜4000mPa・sに調整されていることがより好ましい。粘度を上記範囲内に調整することで、混入された気泡の浮き上がりを防止して、厚み方向の空隙率を均一にすることができる。エマルジョン組成物の粘度は、ガスを混入するときの気体の量、混練時間、界面活性剤などからなる気泡安定化剤、増粘剤などにより調整できる。例えば、増粘剤を使用することで粘度を上記範囲内としやすくなる。
【0050】
また、エマルジョン組成物における気泡の大きさは、実質的に衝撃吸収シートの気泡の大きさと同様になる。したがって、エマルジョン組成物における気泡の大きさは、平均気泡径、及び平均気泡径/厚みが上記した所望の範囲内となるように調整するとよい。粘度に加えて、平均気泡径、及び平均気泡径/厚みを上記範囲内に調整することで、厚み方向の空隙率の均一性を確保しやすくなる。なお、エマルジョン組成物の平均気泡径は、混錬時間の調整などすることで調整できる。」
・「【実施例】
【0055】
本発明を実施例により更に詳細に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【0056】
[評価方法]
本発明においては、衝撃吸収シートの各物性や性能を以下の方法で評価したものである。
<空隙率及び標準偏差>
衝撃吸収シートを厚さ50μmのPETフィルムに貼り付けて幅3mm、長さ15mmのサイズで切り出し、X線CT装置による三次元計測を行った。なお、X線CT装置は特に限定されないが、本実施例ではヤマト科学株式会社製 TDM1000H−II(2K)を使用した。解像度は1.5μm/1ピクセル程度である。
次に、PETフィルムと衝撃吸収シートの境界面を基準面とし、その面に垂直な方向(厚み方向)に存在する断面画像の合計枚数STを数えた。なお、厚み方向に存在する断面画像は、PETフィルムと衝撃吸収シートの境界面(基準面)の画像から反対面の衝撃吸収シートが最後に写った画像までとした。
その後、0.1ST番目の断面画像に対し、画像処理ソフトウェア「Avizo9.2.0」(FEI社製)を用いて二値化処理を行い、空隙部分と樹脂部分を分離した。最後に、画像全体面積に対する空隙部分の面積の割合を算出し、0.1Tの厚みにおける面方向断面の空隙率(P0.1)とした。なお、0.1STが整数でない場合は小数第一位を四捨五入した。
0.5Tの厚みにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び0.9Tの厚みにおける面方向断面の空隙率(P0.9)もそれぞれ、同様の操作を行った。
また、算出した空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から平均空隙率を求めて、これに対する標準偏差(Pσ)を求めた。」
・「【0063】
実施例1〜5、比較例1〜3で使用した各成分は、以下のとおりである。
(1)n−ブチルアクリレート:BA((株)日本触媒製)
(2)エチルアクリレート:EA((株)日本触媒製)
(3)アクリル酸:AA((株)日本触媒製)
(4)2−エチルヘキシルアクリレート:2EHA
(5)スチレン:St
(6)メタクリル酸メチル:MMA(三菱ガス化学(株)製)
(7)2官能架橋剤(商品名「NKエステルAPG−400」、新中村化学工業(株)製)
(8)3官能架橋剤(商品名「NKエステルA−9300−3CL」、新中村化学工業(株)製)
(9)光開始剤(商品名「Irgacure184」、BASFジャパン(株)製)
(10)中空粒子A(商品名「エクスパンセル920DE40d30」、日本フィライト(株)製)、平均粒径:40μm
(11)中空粒子B(商品名「エクスパンセル920DE80d30」、日本フィライト(株)製)、平均粒径:80μm
【0064】
[実施例1]
アクリル酸ブチルを50質量部、アクリル酸エチルを25質量部、アクリル酸を25質量部、光開始剤を0.5質量部としてこれらを混合し、紫外線を用いた重合によって部分重合を行うことにより、シロップ状の硬化性アクリル樹脂組成物の粘度を2000mPa・sに調製した。本樹脂組成物に、2官能架橋剤を2質量部、3官能架橋剤を1質量部、中空粒子Aを2質量部を加えて混合し、最終的な硬化性アクリル樹脂組成物を作製した。これを剥離紙上に23℃で塗布し、紫外線を照射して厚さ103μmの衝撃吸収シートを作製した。
なお、紫外線は、照度:4mW/cm2、光量:720mJ/cm2となる条件にて照射した。
【0065】
[実施例2]
シロップ状の硬化性アクリル樹脂組成物の粘度を600mPa・sに調整した以外は実施例1と同様にして衝撃吸収シートとした。
【0066】
[実施例3]
中空粒子Aを、中空粒子Bとした以外は実施例1と同様にして衝撃吸収シートとした。
【0067】
[実施例4]
アクリル酸ブチルを29質量部、アクリル酸エチルを57質量部、アクリル酸を14質量部、中空粒子Bを2質量部とした以外は実施例1と同様にして衝撃吸収シートとした。
【0068】
[実施例5]
表1に示すように、n−ブチルアクリレート(BA)25質量部、2−エチルヘキシルアクリレート(2EHA)25質量部、及びスチレン(St)50質量部を乳化重合して得たアクリル系樹脂の水分散体のエマルジョン組成物(固形分量:50質量%)を用意した。エマルジョン組成物を、混練機(株式会社テスコム社製「THM1200」)を用いて室温下、速度2段階目の条件で、1.5分間混錬することで、メカニカルフロス法により空気を混入させて気泡を形成した。気泡が形成されたエマルジョン組成物の粘度は、700mPa・sであった。気泡が形成されたエマルジョン組成物を剥離紙上に23℃で塗布して膜状にした後、100℃で5分間加熱して乾燥させることで、発泡体樹脂層からなる衝撃吸収シートを得た。衝撃吸収シートにおける平均気泡径は、65μmであった。」
・「【0073】



(4)サポート要件の判断
発明の詳細な説明の【0004】及び【0005】によると、本件発明1ないし18の解決しようとする課題は、「薄厚にしても優れた衝撃吸収性能を有し、特に、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好にできる衝撃吸収シートを提供すること」であり(以下、「発明の課題1」」という。)、本件発明19ないし21の解決しようとする課題は、「薄厚にしても優れた衝撃吸収性能を有し、特に、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好にできる衝撃吸収シートの製造方法を得ること」(以下、「発明の課題2」という。)である。
そして、「発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であ」ることの技術的意義について、発明の詳細な説明の【0009】ないし【0011】に記載され、その測定方法についても【0056】に記載されている。
また、発明の詳細な説明の【0063】ないし【0073】には、具体的な実施例が記載され、当該実施例において、上記「発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であ」ることを満足している衝撃吸収シートは、薄厚にしても優れた衝撃吸収性能を有し、特に、局所的に加えられる比較的大きな衝撃力に対する吸収性能を良好であることが確認されている。
そうすると、当業者は、発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20である発泡樹脂層を含む衝撃吸収シートは、発明の課題1及び2を解決できると理解する。
そして、本件発明1、7、14及び19は、これらの事項を包含する衝撃吸収シート及びその衝撃吸収シートの製造方法であるから、発明の詳細な説明の上記記載に接した当業者は、本件発明1、7、14及び19は、発明の課題1及び2を解決できると認識できる範囲のものであると理解するし、これらの請求項を直接又は間接的に引用する本件発明2ないし6、8ないし13、15ないし21についても、発明の課題1及び2を解決できると認識できる範囲のものであると理解する。
よって、本件発明1ないし21は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるというべきであり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合する。

(5)異議申立人の主張の検討
異議申立人は、サポート要件に関し、上記第4 3に記載の点で特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない旨主張しているが、発明の詳細な説明に記載の一部の実施例及び比較例についてその記載に疑義があるとしても、発明の詳細な説明の記載全体から、サポート要件を満たしていると判断できることは上記(4)のとおりであるので、異議申立人のこの点に関する主張は採用できない。また、実施例のデータ(厚み、樹脂、数値範囲)が不足している点に関しては、上記(4)での検討のとおり、詳細な説明の一般記載及び一部の実施例の記載から本件発明1〜21は発明の課題1及び2を解決できると理解できるのであるから、異議申立人の主張は失当であり採用できない。
新たな理由1−2及び2−1についての、密度の点は、発明の課題を解決するための解決手段とは無関係であるので当該主張は採用できないし、「発泡樹脂層を含む」との記載については、上記(4)において検討した発泡樹脂層を含むことで、そのような発泡樹脂層を含まない衝撃吸収シートに比べて発明の課題が解決できると当業者は理解できるから、この点に関する異議申立人の主張も採用できない。

(6)まとめ
したがって、申立理由3及び新たな理由1−2及び2−1によっては、本件特許の請求項1〜21に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由1−1及び1−2(実施可能要件違反)及び新たな理由1−1(実施可能要件違反)について
(1)実施可能要件の判断基準
本件発明1ないし18は、「衝撃吸収シート」という物の発明であり、本件発明19ないし21は、「衝撃吸収シートの製造方法」という方法の発明である。
発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するというためには、物の発明にあっては、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産でき、かつ、使用できる程度の記載があることを要し、方法の発明にあっては、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用できる程度の記載があることを要する。

(2)発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、上記2(3)の記載がある。

(3)実施可能要件の判断
ア 本件特許の発明の詳細な説明の段落【0009】〜【0023】には、本件発明の各発明特定事項について具体的に記載され、本件発明の衝撃吸収シートの製造方法について、発明の詳細な説明の段落【0035】〜【0039】及び【0048】〜【0050】において、パラメータの調整方法も含めて具体的に記載されている。
また、本件特許の発明の詳細な説明の段落【0064】ないし【0093】には、本件発明の実施例が具体的に記載されている。

イ したがって、本件発明について、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を製造し、使用することができる程度の記載があるといえるし、過度の試行錯誤を要することなく、その方法を使用できる程度の記載があるといえる。

(4)異議申立人の主張の検討
異議申立人は、実施可能要件に関し、上記第4 1及び2に記載の点で特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない旨主張しているが、たとえ、実施例2、3、4並びに比較例1、2及び3の記載が、通常製造することができない、あるいは、技術的にその存在を説明できないものであったとしても、実施例1及び5は実施でき、上記(3)の検討のとおり、発明の詳細な説明の記載から当業者は実施できるといえるし、発明の詳細な説明には、上記(3)で検討したとおり、段落【0035】〜【0039】及び【0048】〜【0050】に本件発明の第1の実施態様及び第2の実施態様の一般的な製造方法が記載されているから、異議申立人の主張は失当であり、採用できない。
なお、異議申立人は、曲面圧縮試験に関して、発明の詳細な説明の記載に基づくと衝撃吸収シートの変形量及び圧縮率が算出できないと主張しているが、当業者の技術常識を参酌して当該発明の詳細な説明の記載を見れば誤記等と理解でき、問題なく実施できるといえる。
異議申立人は、本件訂正請求がされたことにより「密度0.8g/cm3である衝撃吸収シートは発明の詳細な説明に記載されていないから」実施可能要件を満たさないと主張するが、実施可能要件の判断は、上記(1)に基づいてなされるものであり、本件発明において特定されている数値範囲の全ての範囲の実施例を記載することを必要とされているものではないから、失当であって採用できない。

(5)まとめ
したがって、異議申立人の申立理由1−1、1−2及び新たな理由1−1によっては、本件特許の請求項1〜21に係る特許を取り消すことはできない。

4 新たな理由2−3(委任省令要件違反)について
異議申立人は、本件訂正請求により委任省令要件の取消理由が生じたとするが、その理由は判然とせず、本件出願に委任省令に違反するところはないから、この理由によって、本件特許の請求項1ないし21に係る特許を取り消すことはできない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由<決定の予告>及び異議申立人の主張する特許異議の申立ての理由及び証拠並びに異議申立人が主張する本件訂正請求により生じたとされる取消理由によっては、本件特許の請求項1ないし21に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし21に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。

したがって、上記のとおり決定する。

 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
前記発泡樹脂層がアクリル系樹脂からなるアクリル系発泡樹脂層である衝撃吸収シート。
【請求項2】
前記アクリル系発泡樹脂層を構成するアクリル系樹脂のガラス転移温度が、−25〜15℃である請求項1に記載の衝撃吸収シート。
【請求項3】
10°Cでの曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項1又は2に記載の衝撃吸収シート。
【請求項4】
23°Cにおける衝撃吸収率が35%以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項5】
電子機器に使用される請求項1〜4のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項6】
表示装置の背面側に配置される請求項1〜5のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項7】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
表示装置の背面側に配置される衝撃吸収シート。
【請求項8】
10℃での曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項7に記載の衝撃吸収シート。
【請求項9】
23℃における衝撃吸収率が35%以上である請求項7又は8に記載の衝撃吸収シート。
【請求項10】
電子機器に使用される請求項7〜9のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項11】
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)がそれぞれ10〜60面積%である請求項1〜10のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項12】
前記発泡樹脂層が中空粒子を含有する請求項1〜11のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項13】
前記発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する請求項1〜12のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項14】
厚さ(T)が200μm以下の発泡樹脂層を含み、密度が0.40g/cm3より大きく0.80g/cm3以下である衝撃吸収シートであって、
前記発泡樹脂層の一方の面から、厚さ0.1Tにおける面方向断面の空隙率(P0.1)、厚さ0.5Tにおける面方向断面の空隙率(P0.5)、及び厚さ0.9Tにおける面方向断面の空隙率(P0.9)がそれぞれ、10〜70面積%であり、
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)から求めた平均空隙率に対する標準偏差(Pσ)が1.0〜20であり、
前記発泡樹脂層が、内部に混入された気体からなる気泡を有する衝撃吸収シート。
【請求項15】
10°Cでの曲面圧縮試験において、40N荷重時の圧縮率と10N荷重時の圧縮率の差が15%以上である請求項14に記載の衝撃吸収シート。
【請求項16】
23°Cにおける衝撃吸収率が35%以上である請求項14又は15に記載の衝撃吸収シート。
【請求項17】
電子機器に使用される請求項14〜16のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項18】
前記空隙率(P0.1)、空隙率(P0.5)、及び空隙率(P0.9)がそれぞれ10〜60面積%である請求項14〜17のいずれか1項に記載の衝撃吸収シート。
【請求項19】
請求項12に記載の衝撃吸収シートの製造方法であって、樹脂を形成するための単量体成分と、中空粒子とを含有する単量体組成物を膜状にして、単量体成分を重合する、衝撃吸収シートの製造方法。
【請求項20】
請求項13〜18に記載の衝撃吸収シートの製造方法であって、樹脂エマルジョンを含むエマルジョン組成物に気体を混入させかつ膜状にして、気体が混入されたエマルジョン組成物を加熱する、衝撃吸収シートの製造方法。
【請求項21】
エマルジョン組成物にメカニカルフロス法により気体を混入させる請求項20に記載の衝撃吸収シートの製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2021-10-22 
出願番号 P2018-555706
審決分類 P 1 651・ 121- YAA (C08J)
P 1 651・ 536- YAA (C08J)
P 1 651・ 537- YAA (C08J)
P 1 651・ 113- YAA (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 加藤 友也
特許庁審判官 大島 祥吾
相田 元
登録日 2019-11-15 
登録番号 6616021
権利者 積水化学工業株式会社
発明の名称 衝撃吸収シート  
代理人 田口 昌浩  
代理人 田口 昌浩  
代理人 虎山 滋郎  
代理人 虎山 滋郎  

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