• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 全部申し立て 判示事項別分類コード:857  A61K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 2項進歩性  A61K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  A61K
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  A61K
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  A61K
管理番号 1381646
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-02-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-09-04 
確定日 2021-11-01 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6657949号発明「ポリビニルアルコール微粒子、それを用いた医薬用結合剤、医薬錠剤、徐放性医薬錠剤及びポリビニルアルコール微粒子の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6657949号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜10〕について訂正することを認める。 特許第6657949号の請求項2〜10に係る特許を維持する。 特許第6657949号の請求項1に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6657949号の請求項1〜10に係る特許(以下「本件特許」という)についての出願は、2015年7月24日(優先権主張 2014年7月25日 日本)を国際出願日とするものであり、令和2年2月10日にその特許権の設定登録がされ、令和2年3月4日に特許掲載公報が発行された。その後、その特許に対し、令和2年9月4日に特許異議申立人 大村 豊(以下、「特許異議申立人」という)により、全請求項、すなわち、請求項1〜10に係る特許についての特許異議の申立てがなされ、当審は、令和2年11月4日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である令和3年1月8日に意見書の提出及び訂正の請求を行い、その訂正の請求に対して、特許異議申立人は、令和3年3月1日に意見書を提出した。
当審は、令和3年3月30日付けで特許権者に対し審尋を行い、特許権者は、令和3年7月9日に回答書を提出した。
なお、新型コロナウイルスの影響による期間延長に関する上申書の提出(令和3年5月28日)があり、当審はこれを認容し、審尋に対する応答期間を30日間延長することとした。
その後、特許異議申立人は、令和3年9月1日に上申書を提出した。

第2 訂正の適否についての判断
1 請求の趣旨及び訂正の内容
令和3年1月8日付けの訂正の請求は、特許第6657949号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜10について訂正することを求めることを、請求の趣旨とするものであり、その訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は、以下のとおりである(なお、下線は訂正箇所を示す。)。

(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項2に「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である請求項1記載のポリビニルアルコール微粒子。」と記載されているのを、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子。」に訂正する。
請求項2を直接的又は間接的に引用する請求項3〜10についても同様に訂正されることになる。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項1を削除する。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項3の「請求項1又は2」を「請求項2」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4の「請求項1〜3のいずれか1項」を「請求項2又は3」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5の「請求項1〜4のいずれか1項」を「請求項2〜4のいずれか1項」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6の「請求項1〜5のいずれか1項」を「請求項2〜5のいずれか1項」に訂正する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項9の「請求項1〜5のいずれか1項」を「請求項2〜5のいずれか1項」に訂正する。

なお、訂正前の請求項2〜10は、訂正前の請求項1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件訂正は、一群の請求項に対してなされたものである。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
訂正事項1は、訂正前の請求項2の記載が訂正前の請求項1の記載を引用する記載であったものを、請求項間の引用関係を解消し、請求項1の記載を引用しないものとし、独立形式請求項へ改めるための訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第4号に規定する「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とする訂正である。
また、訂正前の請求項1を引用する請求項2に係る発明の「ポリビニルアルコール微粒子」について、訂正前の請求項1では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が25モル%以上」であることを特定していたのに対し、訂正後の請求項2では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」であることを特定したものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」であることは、本件特許の願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面(以下、「本件特許明細書等」という。)の【0018】の記載に基づくものであるから、この訂正は、本件特許明細書等の記載の範囲内のものであって、新規事項の追加に該当しないし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2について
訂正事項2は、特許請求の範囲の請求項1を削除するものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。また、この訂正は、本件特許明細書等の記載の範囲内のものであって、新規事項の追加に該当しないし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3〜7について
訂正事項3〜7は、訂正事項2に伴い削除された請求項1を、引用請求項から削除する訂正であるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
よって、この訂正は、本件特許明細書等の記載の範囲内のものであって、新規事項の追加に該当しないし、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)独立特許要件について
特許異議申立ては、訂正前の全ての請求項1〜10についてされているので、訂正事項1〜7に関して、特許法第120条の5第9項において読み替えて準用する同法第126条第7項の独立特許要件は課されない。

3 本件訂正についてのまとめ
以上のとおりであるから、訂正事項1〜7に係る本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第4号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合するので、本件特許の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜10〕について訂正することを認める。

第3 訂正後の本件発明
上記第2のとおり、本件訂正は認められたので、本件訂正後の請求項1〜10に係る発明(以下「本件訂正発明1」〜「本件訂正発明10」といい、まとめて、「本件訂正発明」ということがある。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜10に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
(削除)
【請求項2】
ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子。
【請求項3】
前記ポリビニルアルコール微粒子の50%粒子径が1〜200μmである請求項2記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項4】
前記ポリビニルアルコール微粒子の平均重合度が200〜4000である請求項2又は3のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項5】
前記ポリビニルアルコール微粒子がアルカリ金属塩をポリビニルアルコール微粒子に対して0.001〜2質量%含有する請求項2〜4のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有する医薬用結合剤。
【請求項7】
薬効成分と請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する医薬錠剤。
【請求項8】
薬効成分と請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する徐放性医薬錠剤。
【請求項9】
請求項2〜5のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子の製造方法であって、
ビニルアルコール構造単位及びビニルエステル構造単位から得られる未変性ポリビニルアルコールを洗浄し、乾燥して未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体を得た後、前記未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体を粉砕するポリビニルアルコール微粒子の製造方法。
【請求項10】
前記未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体の50%粒子径が50〜2000μmである請求項9記載のポリビニルアルコール微粒子の製造方法。」

なお、「ポリビニルアルコール」を「PVA」と表記することがある。

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
1 取消理由通知に記載した取消理由の概要
特許権の設定登録時の特許請求の範囲の請求項1〜10に係る発明(以下、「本件発明1」〜「本件発明10」という。)に対し、令和2年11月4日付けの取消理由通知に記載した取消理由は、下記の明確性要件違反、サポート要件違反、実施可能要件違反、新規性欠如、進歩性欠如を指摘するものである。

<取消理由1(明確性要件)>
請求項1〜10に係る本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

<取消理由2(サポート要件)>
請求項1〜9に係る本件特許は、特許請求の範囲の記載が不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

<取消理由3(実施可能要件)>
請求項1〜9に係る本件特許は、発明の詳細な説明の記載が不備のため、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

<取消理由4(新規性)>
請求項1〜7に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(特開2004−352633号公報(異議申立人の提出した甲第2号証。以下「甲2」という。)又は特開2007−31366号公報(異議申立人の提出した甲第3号証。以下「甲3」という。)に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、請求項1〜7に係る本件特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである。

<取消理由5(進歩性)>
請求項7、8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明(甲3に記載された発明)に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、請求項7、8に係る本件特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである。

2 取消理由通知における取消理由の指摘内容
(1)取消理由1(明確性要件)の指摘内容
本件特許明細書記載の条件に従って13C NMR測定を行っても、得られるスペクトルが一義的に定まるとはいえない。また、得られたスペクトルから指定の4ピークの分離はそもそも困難であり、4ピークが分離されたとしても実測スペクトルとの一致度が低く、また、積算回数等の条件が変われば、分離された4ピークの面積も異なるものであって、分離される所定のピークが一義的に定まるとは到底いえないから、結果として、分離されたピークの面積に基づき算出されるゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値は、算出が困難ないし測定条件によってその値は変動するものである。
したがって、ある特定のポリビニルアルコール微粒子について、前記ゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値は一義的に定まるとはいえない。
よって、請求項1〜10に係る発明は明確ではない。

(2)取消理由2(サポート要件)の指摘内容
上記「(1)取消理由1(明確性要件)の指摘内容」で説示したとおり、前記ゴーシュ構造(モル%)及び前記S1/S2の値は一義的に定まるものとはいえないから、錠剤の成形性と徐放性のいずれにおいても優れた効果を有する結合剤を提供するという請求項1〜9に係る発明が解決しようとする課題を解決することができることを、当業者は認識できない。

(3)取消理由3(実施可能要件)の指摘内容
上記「(1)取消理由1(明確性要件)の指摘内容」で説示したとおり、前記ゴーシュ構造(モル%)及び前記S1/S2の値は一義的に定まるものとはいえないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明及び本件特許の出願当時の技術常識を参酌しても、所定の「ゴーシュ構造」の値あるいはこれと「S1/S2」の値とを有するPVA微粒子を当業者が認識することはできない。
そうしてみると、発明の詳細な説明には、請求項1〜9に記載されたPVA微粒子について、当業者が製造することができる程度に、明確かつ十分に記載されているとはいえない。

(4)取消理由4(新規性)の指摘内容
取消理由4に関し、取消理由通知においては、本件発明1〜7について、主に以下の点を指摘した。

(4−1)甲2又は甲3に記載された事項
甲2の特許請求の範囲、【0007】、【0012】〜【0016】の記載によれば、甲2には、酸化マグネシウム製剤の製造に用いられるポリビニルアルコールとして、クラレポバールPVA−217Sが記載され、実施例では、クラレポバールPVA−217Sを用いて製造された酸化マグネシウム素錠も記載されている。
また、甲3の特許請求の範囲、【0013】、【0016】、【0018】の記載によれば、甲3には、(−)−6−[3−[3−シクロプロピル−3−[(1R,2R)−2−ヒドロキシシクロヘキシル]ウレイド]−プロポキシ]−2−(1H)―キノリノンを有効成分とする放出制御製剤の製造に用いられるポリビニルアルコールとして、クラレポバールPVA−217S(クラレ株式会社製)が記載され、実施例では、クラレポバールPVA−217Sを用いて製造された徐放制御製剤としての顆粒剤も記載されている。

(4−2)請求項1又は2に係る発明について
甲2又は甲3には、製剤の製造に使用される「クラレポバールPVA−217S」の「ゴーシュ構造」(請求項1に係る発明)や「S1/S2」(請求項2に係る発明)についての記載はない。
しかしながら、異議申立人の提出した甲第1号証(分析結果報告書「固体NMR測定」、受付番号2007-200366 2020年8月26日 株式会社日東分析センター作成。以下「甲1」という。)の図3−3からは、「クラレポバールPVA−217S」のゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値は、それぞれ40.5及び1.20〜1.22となると計算されている。
また、甲2の【0007】の記載からみて、PVAの平均ケン化度として70〜95モル%という値はきわめて一般的なものにすぎない。
そうしてみると、本件特許の請求項1又は2に係る発明は、甲2又は甲3に記載の「クラレポバールPVA−217S」と差異がない。

(4−3)請求項3〜5に係る発明について
請求項3〜5に規定する「50%粒子径」、「平均重合度」及び「アルカリ金属塩」の含有率については、いずれもポリビニルアルコール微粒子の値としては一般的なものにすぎず、この点に関して、甲2又は甲3に記載の「クラレポバールPVA−217S」と差異が生じるとはいえない。

(4−4)請求項6に係る発明について
PVAの用途として、結合剤は一般的なものにすぎず、この点に関して、甲2又は甲3に記載の「クラレポバールPVA−217S」と差異が生じるとはいえない。

(4−5)請求項7に係る発明について
甲2には、「クラレポバールPVA−217S」を用いて製造した酸化マグネシウム素錠が記載されており、請求項7に係る発明は、この素錠の発明と区別できない。

(5)取消理由5(進歩性)の指摘内容
取消理由5に関し、取消理由通知においては、本件発明7、8について、主に以下の点を指摘した。
上記「(4)取消理由4(新規性)の指摘内容」の(4−1)で説示のとおり、甲3の実施例には、(−)−6−[3−[3−シクロプロピル−3−[(1R,2R)−2−ヒドロキシシクロヘキシル]ウレイド]−プロポキシ]−2−(1H)―キノリノンを有効成分とし、クラレポバールPVA−217Sを用いて製造された徐放制御製剤としての顆粒剤が記載されている。
そして、甲3の【0016】には、「本発明の放出制御製剤の形態は経口投与用の固形製剤であれば特に限定されないが、例えば、錠剤、顆粒剤、又はカプセル剤などの形態で調製することが好ましい。」と記載されており、甲3の実施例における剤形の形態である「顆粒剤」を「錠剤」に代えることは、当業者であれば適宜なしうることである。
そして、かかる変更により、請求項7及び8に係る発明が、顕著な効果を奏するものとも認められない。

第5 上記第4の取消理由についての当審の判断
1 本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項について
本件特許明細書の発明の詳細な説明には、以下の事項が記載されているといえる。

(1)発明が解決しようとする課題に関する記載事項
医薬錠剤には、有効成分以外に添加剤成分として、賦形剤(取り扱うのに適当な量になるように加えるもので生理活性を持たないもの。)、結合剤(原料の粉体粒子同士を結びつけるために加えるもので、錠剤の機械的強度をコントロールするもの。)、崩壊剤(体内の水分を吸って膨張するなどして錠剤を崩壊させ有効成分の放出を容易にするために加えるもの。)、滑沢剤(粉体の流動性をよくし圧縮成形を容易にするために加えるもの。)などが含まれる(【0005】)。
上記添加剤成分の中でも結合剤は、錠剤の強度に対して大きな影響力があり、適切な結合剤を選択しなければ、成形が出来なかったり、成形後に砕けたりするという問題がある一方で、結合剤は有効成分の溶出速度にも影響するものであり、錠剤は体内に入った時に崩壊しなければ薬効成分が吸収されにくいため、保存時の強度とともに、服用時の溶出コントロールも重要であり、その両立が求められる(【0006】)。
錠剤の成形性と徐放性のいずれにおいても優れた効果を有する結合剤が求められているため、本件訂正発明は、特に医薬用結合剤として用いた場合に、徐放性に優れ、硬度が高く、脆性に優れ、さらには表面の滑らかな医薬錠剤を得ることができるPVA微粒子、更には医薬用結合剤、医薬錠剤を提供することを目的とする(【0010】)。

(2)課題を解決するための手段に関する一般的な記載事項
本発明者らは、上記事情に鑑み鋭意検討した結果、ポリビニルアルコール微粒子の表面のゴーシュ構造が従来よりも多いポリビニルアルコール微粒子を用いることによって上述の課題が解決されることを見出し、本発明を完成した(【0011】)。

(3)発明の効果に関する記載事項
本発明のPVA微粒子からなる医薬用結合剤は、表面のゴーシュ構造が多いことから、表面の結晶化度が低下し、接着力が高くなったと推測される。よって本発明の医薬用結合剤を用いた医薬錠剤は、徐放性に優れ、更に硬度が高く、脆性に優れ、錠剤成形時の表面状態が滑らかである(【0013】)。
表面のゴーシュ構造が多いことにより、本発明の効果が得られるメカニズムは詳細には判明していないが、ゴーシュ構造は乱れた結晶構造であることから、PVA微粒子表面の結晶構造が乱れ、接着性が向上したものであると推測される。また、接着性が向上することにより、徐放性に優れ、更に硬度が高く、脆性に優れ、錠剤成形時の表面状態が滑らかである医薬錠剤が得られたものであると推測される(【0014】)。

(4)実施例等の記載事項
本件特許明細書には、以下のア〜サに示したように、PVA微粒子の表面のゴーシュ構造と表面平均ケン化度(S2)に関する記載(【0017】〜【0028】、図1)、特に、PVA微粒子の構造解析に用いた高分解能固体NMRの測定条件(【0022】、【0023】、【0024】、表1、図1)の記載、及び、実施例と比較例(【0080】〜【0099】、図2〜図5)の記載がある。


「<<PVA微粒子>>
本発明のPVA微粒子は、ビニルアルコール構造単位及び未ケン化部分であるビニルエステル構造単位を有するポリビニルアルコール(以下、PVAと略記することがある)を有するものであり、PVA微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のPVA分子のゴーシュ構造が25モル%以上であることを特徴とするものである。
更に、PVA微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上のものであることが好ましい。
ゴーシュ構造とは、PVAの主鎖の炭素−炭素結合のねじれ構造を示すものである。ねじれのない構造は、トランス構造といい、平面的な構造となっているものである。通常PVAの主鎖の炭素−炭素結合は、ゴーシュ構造とトランス構造の2種の構造からなり、大部分はトランス構造となる。
ゴーシュ構造は、トランス構造を60°回転させたもので、ねじれているため、ゴーシュ構造が増加するとPVA分子の結晶化度や水素結合量が低下する傾向がある。
本発明のPVA微粒子の、粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のPVA分子のゴーシュ構造は25モル%以上であり、好ましくは27モル%以上、特に好ましくは30〜50モル%である。
かかる値が小さすぎると本発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のPVA分子のゴーシュ構造が25モル%以上のPVA微粒子を得る方法としては、PVA微粒子表面に熱を掛ける、PVA粒子同士を衝突し粉砕する、PVAが非溶解の溶媒で洗浄するなどの方法が挙げられ、これらの方法を組み合わせてもよい。中でも、PVAが非溶解の溶媒で洗浄し、乾燥した後に、粒子同士を衝突し粉砕する方法が好ましい。
また、本発明のPVA微粒子は、粒子全体の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が、好ましくは1.10以上であり、より好ましくは、1.10〜1.50である。かかる値が小さすぎると本発明の効果が得られにくくなる傾向がある。
かかる値のPVA微粒子を得る方法としては、PVA微粒子表面に熱を掛ける、PVA粒子同士を衝突し粉砕する、PVAが非溶解の溶媒で洗浄するなどの方法が挙げられ、これらの方法を組み合わせてもよい。
中でも、PVAが非溶解の溶媒で洗浄し、乾燥した後に、粒子同士を衝突し粉砕する方法が好ましい。」(【0017】〜【0021】)


「ゴーシュ構造と表面平均ケン化度(S2)の測定方法について、以下に詳細に説明する。これらは日本国特開2008−203159号公報、T. Kanda and F. Horii., Proc. Soc. Solid State NMR Mater., No. 47, 43 (2010).の手法に基づいて測定するものである。
構造解析には高分解能固体NMRを用いる。また測定は図1に示すパルスシーケンスを用いる。これを用いた各パラメータを下記の表1に示す。試料管である4mmφジルコニアローターにはポリビニルアルコールの微粒子と同質量のn−decaneを加える。

【表1】


図1

」(【0022】、【0023】、【0024】表1、図1)


「表1中、τtはポリビニルアルコール微粒子および媒体であるn−decaneの1H核スピン−スピン緩和による部分である。τtが60μs以上においてポリビニルアルコール微粒子の磁化は消失する一方、n−decaneの磁化は残存し、スピン拡散が可能な条件となる。また、τdの時間を長くするとスペクトルの共鳴線が増大することから、スピン拡散が起こっていることも確認される。そのスピン拡散は、n−decaneから磁化がポリビニルアルコール微粒子表面を通じて内部へ浸透する。スピン拡散時間は下記の式(1)によって距離の関数であらわすことができる。非常に短いスピン拡散時間において得られたスペクトルは、PVA微粒子表面から内部に向かった距離(L)(nm)が小さい、すなわち表面近傍の構造を示す。
L=(a×D×τd)0.5 ・・・(1)
(式(1)中、aは定数であり4/3である。Dは拡散定数であり、0.5nm/msと仮定し、τdはスピン拡散時間(ms)を示す。)
尚、上記の定数a、Dは、K. Masuda, M, Adachi, H. Yamamoto, H. Kaji, and F. Horii, Solid State NMR, 23, 198 (2003).とJ. R. Havens and D. L. VanderHart, Macromolecules, 23, 1663 (1985).に記載されたものである。
式(1)に定数を代入し、τdはスピン拡散時間(ms)の最小値である1を代入してLの値を算出し、有効数値を小数点以下一桁とした場合において、PVA微粒子表面から内部に向かった距離(L)が0.8nmとなる。かかる値は、測定できる最小値であるとともに、PVA分子一分子に相当する距離である。」(【0025】)


「得られたスペクトルをガウス関数にて46ppm(ポリビニルアルコール主鎖CH2のトランス構造−トランス構造)、41ppm(ポリビニルアルコール主鎖CH2のトランス構造−ゴーシュ構造)、36ppm(ポリビニルアルコール主鎖CH2のゴーシュ構造−ゴーシュ構造)、21ppm(ポリビニルアルコール残存アセチル基のCH3)の各ピークを分離して各ピークの面積を算出する。
更に、粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のPVA分子のゴーシュ構造の含有量は下記の式(2)により下記の式で算出する。
ゴーシュ構造(モル%)=100×(B/2+C)/(A+B+C)・・・(2)
(式(2)中、Aは46ppmのピーク面積、Bは41ppmのピーク面積、Cは36ppmのピーク面積を示す。)
また、表面のケン化度は、下記の式(3)により算出する。
ケン化度(モル%)=100×(1−D/(A+B+C))・・・(3)
(式(3)中、Aは46ppmのピーク面積、Bは41ppmのピーク面積、Cは36ppmのピーク面積、Dは21ppmのピーク面積を示す。)」(【0026】〜【0028】)


「以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
尚、実施例中「部」とあるのは、質量基準を意味する。
・・・
(実施例1)
[ポリビニルアルコールの作成]
還流冷却機、滴下漏斗、攪拌機を備えた反応缶に、酢酸ビニル1000部、メタノール140部、およびアゾビスイソブチロニトリル0.05モル%(対仕込み酢酸ビニル)を仕込み、窒素気流下で攪拌しながら温度を上昇させ、沸点下で5時間重合を行った。酢酸ビニルの重合率が65%となった時点で、m−ジニトロベンゼンを添加して重合を終了し、続いて、メタノール蒸気を吹き込む方法により未反応の酢酸ビニルモノマーを系外に除去し、PVA重合体のメタノール溶液(樹脂分41%)を得た。
続いて、上記メタノール溶液をさらにメタノールで希釈して、濃度33%に調整してニーダーに仕込んだ。溶液温度を40℃に保ちながら、水酸化ナトリウムの3.5%メタノール溶液を重合体中の酢酸ビニル構造単位1モルに対して2.0ミリモルとなる割合で加えてケン化を行った。ケン化が進行するとともにケン化物が析出し、粒子状となった時点で固液分離により濾別した。
得られたPVA乾燥粉末のケン化度は、残存酢酸ビニルの加水分解に要するアルカリ消費量で分析を行ったところ、87.7モル%であり、4質量%水溶液の粘度は、41.5mPa・sであり、平均重合度は2400であった。」(【0080】〜【0087】、実施例1、【0088】)


「上記で得られたPVA乾燥粉末を浴比10倍のメタノール中に投入して3時間攪拌した後、固液分離し、得られたPVA粉末(50%粒子径500μm、酢酸ナトリウム含有量0.05部)を90℃で揮発分が1%以下になるまで真空乾燥した。
酢酸ナトリウム含有量は、PVA粉体を水に溶かして、メチルオレンジを指示薬とし、塩酸にて中和滴定することにより求めた。
これによって得られたPVA乾燥粉末をBIミル(ミクロパウテック製)を用いて、目標の大きさになるまで衝突粉砕し、PVA微粒子(粉砕品)を得た。
得られたPVA微粒子の粒子径をレーザー回折式粒度分布測定装置(マルバーン社製LMS−3000)を用いて分散圧2−4bar、測定時間1秒で測定し、50%粒子径(D50)を求めたところ96μmであった。」(実施例1、【0089】)


「[NMR測定]
得られたPVA乾燥粉末に同質量のn−decaneを加え、直径4mmのジルコニアローターに充填した。下記表2の条件下、室温・ローター回転数5000Hzにて測定を行った。得られたスペクトルにおいて46ppm、41ppm、36ppm、21ppmをガウス関数にて波形分離して、それぞれの面積を算出し、下記式(2)、(3)により、ゴーシュ構造とケン化度を算出した。
得られたピークの波形を図2に示す。
ゴーシュ構造(モル%)=100×(B/2+C)/(A+B+C)・・・(2)
(式(2)中、Aは46ppmのピーク面積、Bは41ppmのピーク面積、Cは36ppmのピーク面積を示す。)
ケン化度(モル%)=100×(1−D/(A+B+C))・・・(3)
(式(3)中、Aは46ppmのピーク面積、Bは41ppmのピーク面積、Cは36ppmのピーク面積、Dは21ppmのピーク面積を示す。)

【表2】


図2

」(実施例1、【0090】、【0091】、表2、図2)



「[錠剤の作製]
得られたPVA微粒子を100部、メトフォルミンハイドロクロライドを100部および結晶セルロース(旭化成ケミカルズ社製「PH102」)を70部混合し、造粒装置(Gem Pharma Machineries社製「Rapid Mixer Granulator」)を用いて、ポリビニルピロリドン(BASF社製「PVP K 30」)30部を溶媒としてIPA(イソプロピルアルコール)/水=50/50(質量比)に溶かして、適量加えて造粒し、Tray dryer(Bombay Machines社製)を用いて、残留水分が2〜4w/w%になるまで乾燥し造粒物を得た。
さらにこの造粒物と結晶セルロースPH102を30部、アエロジル3部、ステアリン酸マグネシウム1部を混合して、ロータリータブレットプレスを用いて楕円体の錠剤(縦1.9cm、横0.9cm、高さ0.5cm)を作製した。」(実施例1、【0092】)


「(比較例1)
ポリビニルアルコール粉末(ケン化度87.7モル%、4質量%水溶液の粘度が41.5mPa.s)を粉砕し、さらに浴比10倍のメタノール中に投入して3時間攪拌した後、固液分離し、得られたPVA微粒子を90℃で揮発分が1%以下になるまで真空乾燥してPVA微粒子を得た。
50%粒子径(D50)をレーザー回折式粒度分布測定装置で測定すると100μmであった。
更に実施例1と同様にNMR測定をして、ゴーシュ構造とケン化度を算出た。得られた波形を図3に示す。
得られたPVAを用いて実施例1と同様に錠剤を作製し、評価した。・・・

図3

」(比較例1、【0094】、図3)



「(実施例2)
メトフォルミンハイドロクロライド500部を、造粒装置(Gem Pharma Machineries社製「Rapid Mixer Granulator」)を用いて、ポリビニルピロリドン(BASF社製「PVP K 30」)100部を溶媒としてIPA/水=50/50(質量比)に溶かして、適量加えて造粒した。
この造粒物と実施例1で得られたPVA微粒子500部と、ステアリン酸マグネシウム10部を混合して、ロータリータブレットプレスを用いて楕円体の錠剤(縦1.9cm、横0.9cm、高さ0.5cm)を作製した。
得られた錠剤の評価を実施例1と同様に行った。・・・

(比較例2)
比較例1で作成したPVA微粒子を用いて、実施例2と同様に錠剤を作製し、評価した。・・・」(【0095】〜【0096】)


実施例1、2及び比較例1、2において得られた錠剤について、それぞれの硬さ、脆性、錠剤成形時の形状および溶出時間の測定結果が以下の表3に示され、徐放性を評価した結果が以下の図4、図5に示されている(【0093】〜【0099】、表3、図4、図5)

表3


図4


図5



2 本件特許の出願時の技術常識について
特許権者が令和3年1月8日に提出した意見書に添付した乙第1号証(特開2008−203159号公報、以下、「乙1」という。)、乙第2号証(T. Kanda and F. Horii., Proc. Soc. Solid State NMR Mater., No.47, 43 (2010)、以下、「乙2」という。)、乙第3号証(Kenji Masuda and Fumitaka Horii、「CP/MAS 13C NMR analyses of the Chain Conformation and Hydrogen Bonding for Frozen Poly(vinyl alcohol) Solutions」、Macromolecules 1998, 31, 5810-5817、以下、「乙3」という。)には、それぞれ以下の事項が記載されている。
なお、以下の乙1〜乙3の記載事項においては、参考文献番号の記載は省略した。
また、乙3は、外国語で記載された文献であるので、以下においては、合議体による訳文で記載した。

(1)乙1の記載事項
「 本発明に係る固体試料のCP/MAS NMR表面解析方法は、次のような手順で行われる。
a) 固体試料の表面に1Hを含む水又は有機溶媒から成る接触液を接触させ、静磁場中でマジック角だけ傾けた軸の回りに高速回転させる。
b) 1Hの共鳴周波数の高周波パルス磁場を試料に加える。
c) 前記共鳴周波数パルス磁場が終息し、接触液のみの1H磁化を残してから、所定の拡散時間td経過した後に、試料の目的核種の共鳴周波数を測定する。
上記方法により、固体試料の表面の解析を行うことができるが、更に、前記の拡散時間tdを変えて測定を繰り返すことにより、試料の表面から深さ方向への解析を行うことも可能となる。
なお、目的核種としては13Cが最も適用範囲が広い・・・。
上記方法により固体試料の表面の解析が行われるのは、次のようなプロセスによる。
上記b)で1Hの共鳴周波数の高周波パルス磁場を[試料+接触液]に加え、そのパルス磁場を停止すると、その時点から、試料に含まれる1Hと、水等の接触液に含まれる1Hは、共にその磁化が緩和し始める。しかし、その緩和時間は、試料に含まれる1Hの方が短く、水等の接触液の1Hの方が長い。従って、試料に含まれる1Hが緩和した後、接触液の1H磁化(スピン)がそれに接触している試料の方に、表面から徐々に拡散させて行く。その過程において、試料内では1H(プロトン)から13C・・・等の核種に磁化移動が行われる。
そこで、接触液の1H磁化が試料表面に拡散を始める時点から、時間tdだけ試料内部に拡散させ、さらに1Hから13C等の核への磁化移動を行わせ、その間の固体試料の13C(又は他の核の)共鳴周波数を測定する。時間tdを変えて測定を繰り返し続けることにより、試料の表面から深さ方向への構造解析が可能となる。」(【0008】〜【0012】)。

(2)乙2の記載事項
「結果および考察
・・・T2Hフィルターをかけることにより、n−decaneからPVAへの1Hスピン拡散を検討することができる。・・・Fig.1におけるT2Hフィルターのための時間τtは、PVAの共鳴線が消失した72μs・・・に設定した。
・・・n−decaneに浸漬した試料では、τdの増加とともにピーク強度が明瞭に増大することから、n−decaneからPVAへのスピン拡散が起こることが明らかになった。・・・PVA表面の構造を表面からの距離(τdから換算)の関数として観測できることを示す。・・・」(43〜44頁「結果および考察」)



図1 1Hスピン拡散測定に用いるパルスシークエンス」(Fig.1)

(3)乙3の記載事項
「CH2共鳴線の分析
CH2の炭素原子によるγ−ゴーシュ効果のみを考慮したCH2共鳴線についての分析が実施された。この効果の下方シフトが−5.2ppm(γC−C=−5.2ppm)とおくと、異なるケミカルシフトの3つの線が認識できる。それぞれ、−0ppmはt@・@t、−5.2ppmはt@・@g、そして−10.4ppmはg@・@gである。」(5814頁右欄下から7行〜5815頁左欄1行)

(4)乙1〜乙3の記載からみて、本件特許の出願時において、固体試料のCP/MAS NMR表面解析方法として、乙2のFig.1に記載されたパルスシークエンスを用いることによって、n−decaneからPVAへの1Hスピン拡散と、PVAにおける1Hから13Cへの磁化移動を観測できること、その際、パルスシークエンスのτdに基づいてPVAの表面から深さ方向への構造解析ができること、τtを72μsと設定することが好ましいこと、ポリビニルアルコール主鎖CH2トランス構造−トランス構造を基準として、トランス構造−ゴーシュ構造は約5ppm、ゴーシュ構造−ゴーシュ構造は約10ppm、それぞれ高磁場シフトを生じることは、当業者によく知られた技術的事項であったと認められる。

3 取消理由1(明確性要件)についての当審の判断
(1)本件訂正発明2について
ア 本件訂正発明2は、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」であること、及び、「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」であることを発明特定事項として包含するものである。

イ 本件特許明細書には、上記のポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲における「ゴーシュ構造の割合」及び「表面平均ケン化度(S2)」の測定が以下の方法で行われることが記載されている(上記1(4)イ〜エ参照)。
(ア)ポリビニルアルコール微粒子と同質量のn−decaneを試料とし、表1の測定条件の下(τd=1msとする)、図1のパルスシーケンスを用い、CP/MAS法により、13C NMRを測定する。
(イ)得られたスペクトルをガウス関数にて、46ppm(トランス構造−トランス構造)、41ppm(トランス構造−ゴーシュ構造)、36ppm(ゴーシュ構造−ゴーシュ構造)及び21ppm(アセチル基のCH3)の各ピークを分離して各ピークの面積を算出する。
(ウ)そして、上記「ゴーシュ構造の割合」及び「表面平均ケン化度(S2)」は、以下の式で算出する。
ゴーシュ構造(モル%)=100×(B/2+C)/(A+B+C)
表面平均ケン化度S2(モル%)=100×(1−D/(A+B+C))
(ただし、Aは46ppmのピーク面積、Bは41ppmのピーク面積、Cは36ppmのピーク面積、Dは21ppmのピーク面積を示す。)

ウ また、本件特許明細書には、実施例1の方法で作成したPVA乾燥粉末(PVA微粒子)に同質量のn−decaneを加え、直径4mmのジルコニアローターに充填し、表2(合議体注:表1と同じ内容)に記載された条件下、室温・ローター回転数5000HzにてNMR測定を行ったことが記載され、そのピークの波形(スペクトル)が図2に示されている(上記1(4)キ参照)。同様に、比較例1の方法で作成したPVA微粒子を、実施例1と同様にNMR測定を行って得られたピークの波形(スペクトル)が図3に示されている(上記1(4)ケ参照)。そして、図2及び図3のスペクトルから分離された4つのピークの面積に基づいて計算されたゴーシュ構造(モル%)、ケン化度比(S1/S2)が具体的に記載されている(上記1(4)サ参照)。

エ 上記イ及びウのNMRの測定方法は、本件特許の出願時の技術常識(上記2(4)参照)における方法と同じものであって、適切な測定方法であると認められる。
そして、NMRのピーク波形からガウス関数を用いて波形分離を行う手法は一般的なものと認められるから、図2及び図3に記載されたピークの波形(スペクトル)から、ガウス関数にて波形分離を行い、4つのピークの面積(46ppm、41ppm、36ppm及び21ppmの各ピークの面積)を計算することができるといえる。
したがって、ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲における「ゴーシュ構造の割合」及び「表面平均ケン化度(S2)」は、本件特許明細書に記載された方法により、一義的に測定、計算できるといえる。

オ そうすると、本件訂正発明2の「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」であること、及び、「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」であることという、発明特定事項は明確である。
よって、本件訂正発明2は、明確である。

(2)本件訂正発明3〜10について
本件訂正発明3〜10は、本件訂正発明2を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件訂正発明2について説示したと同様に、明確である。

(3)異議申立人の主張について
ア 異議申立人は、4つのピークは近接しており、本件特許明細書の図2、3のように、なんらかのノイズ低減操作が行われたと考えられる場合でも、21〜46ppmの間の複雑なスペクトルを分離することすら困難性が予測される中、スペクトルを一義的に確定できるものとした上で、波形分離も一義的に行おうとすれば、下記(ア)及び(イ)の条件を詳細に決めなければ、当然に一義的な波形分離が行えるはずがない旨を主張する(異議申立書9〜10頁)
(ア)「スペクトルに影響を与える、波形分離ができる状態とするためのノイズ低減操作の具体的手法」(積算回数、S/N比、LB(ラインブロードニング))
(イ)分離されるスペクトルそのものや、ピーク面積に影響を与える「波形分離の手法」(波形分離のソフト(ツール)、分離するスペクトルのピーク間距離等)

イ また、異議申立人は、第三者機関に対して、(株)クラレ製の「クラレポバールPVA−217S」(平均ケン化度87〜89のポリビニルアルコール)の分析を依頼し、得られた結果を甲1として提出した。異議申立人は、甲1において、以下の点が報告されたと主張している(異議申立書11頁)。
(ア)本件特許明細書に具体的な記載がなかった積算回数について、>3000を充足する3つの積算回数(3008、4960、8800回)を独自に設定したが、いずれもノイズがひどく、本件特許明細書に記載の図2、図3のようなスペクトルにならなかったため、LBなしのスペクトルに加え、LB=50を設定したスペクトルを得たこと。
(イ)その他の明細書に記載のない条件・手法(波形分離ソフトの選択等)については、独自に設定して波形分離を試みたこと。
(ウ)gdconコマンドを使用した場合には、ピークの分離(46ppm、41ppm、36ppmの分離)ができない等、4ピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の分離ができなかったこと。
(エ)solaモジュールを使用した場合には、マニュアルでピークの分離を行い、最適化を行ったが、LB=50としたスペクトルについてすら実測スペクトルとの一致度が低く、LB=0(LBなし)ではノイズが大きく、波形分離が困難であったこと。
(オ)上記4ピークについて、再現性ある波形分離が行えなかったこと。
(カ)上記4ピークの波形分離は困難であり、波形分離結果自体に意味があるかはわからないが、少しでも再現性を上げるためには、積算回数、LB、S/N、ソフトの種類といった条件を揃える必要があると考えられること。

ウ 異議申立人の主張についての当審の判断
(ア)上記アで指摘した異議申立人の主張について
本件特許明細書には、スペクトルを測定するのに必要なパルスシークエンスとそれに伴う測定条件が開示されており(図1、表1、表2)、それらに基づいて、スペクトルが測定できたこと(図2、図3)、そのスペクトルから4つのピーク面積を計算できたこと(表3)が記載されている。
また、一般に、解析可能なピークを有するスペクトルを得るためのNMR測定を行う際には、特に解析対象とするピークの位置(所定の基準からのケミカルシフト(ppm))が知られている場合には、当業者であれば、解析可能なピークを有するスペクトルを得るための積算回数等の条件を好適化して設定することは当然に行うことであるし、異議申立人の提出したいずれの証拠を参酌しても、上記4つのピークを分離する条件が、当業者の想定し得ない特殊な条件であると解すべき事情も見当たらない。
一方、甲1には、所定のピークの分離がそもそもできなかったり、分離された場合でもピークの位置が所定の範囲からずれていることからみて、甲1に記載された解析結果は、一般的な解析条件を採用した結果であるといえるものの、必ずしも本件特許明細書における所定の4つのピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の分離に好適な解析条件を採用した結果であるとはいえないから、本件特許明細書に記載されたNMR測定方法と解析方法に従った解析結果であるとはいえない。
なお、特許権者が令和3年7月9日に提出した回答書においては、甲1で提示されたスペクトル(図1−1、1−2、3−1、3−3)に基づいて、本件特許明細書における所定の4つのピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の分離に好適な条件で解析した結果、所定の4つのピークが分離して所定の面積を算出できたことが記載されている(回答書9〜11頁)。
さらに、異議申立人が令和3年9月1日に提出した上申書を踏まえても、所定の4つのピークの分離に好適な条件で解析する場合に、異議申立人が主張する、具体的な積算回数、波形分離ソフト等の違いにより、計算されるピークの面積が測定誤差の範囲を超えて変動するとの技術常識があるともいえない。
したがって、本件特許明細書に上記ア(ア)及びア(イ)が記載されていないことについての異議申立人の上記主張は採用できない。

(イ)上記イで指摘した異議申立人の主張について
上記(1)で説示したように、本件特許明細書には、スペクトルを測定するのに必要なパルスシークエンスとそれに伴う測定条件が開示されており(上記1(4)イ、キ参照)、それらに基づいて、スペクトルが測定できたこと(上記1(4)キ〜ケ参照)、そのスペクトルから4つのピーク面積を計算できたこと(上記1(4)サ参照)が記載されおり、また、甲1の実験における解析手法が、13C NMR測定により得られるスペクトルの解析手法として一般的であるとしても、所定の4つのピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の分離に好適な解析手法を採用しているとまでは解されないから、上記の技術常識に照らし、本件特許明細書の記載に特段不適切な点は見いだせない。
そうすると、甲1に示された本願出願後に実施した第三者機関による実験において、4つのピークの波形分離が行えず、4つのピーク面積A〜Dを特定できなかったからといって、直ちに、本件訂正発明のポリビニルアルコール微粒子が明確でないとはいえない。

(4)小括
以上によれば、本件訂正後の請求項2〜10の記載は、特許法第36条第6項第2号の要件を満たしているから、本件訂正後の請求項2〜10に係る本件特許は、取り消すことはできない。

4 取消理由2(サポート要件)についての当審の判断
(1)本件訂正発明が解決しようとする課題
上記1(1)で指摘した本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載事項(特に、【0010】)によれば、本件訂正発明2〜9が解決しようとする課題(以下、「本件訂正発明の課題」という。)は、「特に、医薬用結合剤として用いた場合に、徐放性に優れ、硬度が高く、脆性に優れ、さらには表面の滑らかな医薬錠剤を得ることができるPVA微粒子、更には医薬用結合剤、医薬錠剤を提供すること、又は、その製造方法を提供すること」であると認められる。

(2)本件訂正発明2について
ア 本件訂正発明2は、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、 ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子。」に関する発明である。

イ 本件特許明細書には、ポリビニルアルコール微粒子の表面のゴーシュ構造が従来よりも多いポリビニルアルコール微粒子を用いることにより、本件訂正発明の課題が解決できることを見いだしたことが記載され(上記1(2)参照)、表面のゴーシュ構造が多いことにより、PVA微粒子表面の結晶構造が乱れ、接着性が向上することにより、徐放性に優れ、硬度が高く、脆性に優れ、錠剤成形時の表面状態が滑らかである医薬錠剤が得られたものであると推測されることが記載されている(上記1(3)参照)。
また、上記2に説示したとおり、本願出願時の技術常識に照らし、本件特許明細書の記載によれば、ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の「ポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造の割合」及び「表面平均ケン化度(S2)」は、NMR測定によって得られた所定の4つのピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の面積から算出されるものである。
さらに、本件訂正発明2の発明特定事項を満たすポリビニルアルコール微粒子を製造するには、PVA微粒子に熱を掛ける、PVA粒子同士を衝突し粉砕する、PVAが非溶解の溶媒で洗浄する等の方法が挙げられることが記載されている(上記1(4)ア参照)。
そして、衝突粉砕を行って製造し、ゴーシュ構造が36モル%、平均ケン化度が87.7モル%、S1/S2が1.12であるPVA微粒子を用いて得られた実施例1と実施例2の錠剤は、衝突粉砕を行っておらず、ゴーシュ構造が23モル%、平均ケン化度が87.7モル%、S1/S2が1.07であるPVA微粒子を用いて得られた比較例1と比較例2の錠剤に比べ、硬度、脆性に優れた錠剤が得られ、さらに錠剤の表面も滑らかで、徐放性も同等又は優れた性能を有するものであったことが記載されている(上記1(4)オ〜サ参照)。

ウ 上記イのとおり、本件訂正発明2の発明特定事項を全て満たすPVA微粒子を用いて得られた実施例1と実施例2の錠剤は、本件訂正発明の課題を解決できており、本件訂正発明2の発明特定事項のうち、ゴーシュ構造の割合とS1/S2の数値が外れる比較例1と比較例2の錠剤は、本件訂正発明の課題を解決できていないことが示されているといえるから、本件訂正発明2に係るPVA微粒子を用いれば、本件訂正発明の課題が解決できることを当業者が認識できるといえる。
したがって、本件訂正発明2は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(3)本件訂正発明3〜8について
本件訂正発明3〜8は、本件訂正発明2を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件訂正発明2と同様に、発明の詳細な説明の記載により、当業者が本件訂正発明の課題を解決できると認識できるものである。
したがって、本件訂正発明3〜8は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(4)本件訂正発明9について
上記(2)に説示したとおり、本件特許明細書には、ビニルアルコール構造単位及びビニルエステル構造単位から得られる未変性ポリビニルアルコールを洗浄し、乾燥して未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉末を得た後、前記未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉末を粉砕することによって、本件訂正発明の課題を解決できるポリビニルアルコール微粒子を製造したことが記載されている(上記1(4)オ、カ)。
そうすると、本件訂正発明9は、発明の詳細な説明の記載により、本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識できるといえる。
したがって、本件訂正発明9は、発明の詳細な説明に記載されたものである。

(5)異議申立人の主張について
ア 異議申立人は、令和3年3月1日提出の意見書において、本件訂正発明は、徐放性に優れることも課題としているのに対し、本件特許明細書の実施例1と比較例1とでは、徐放性に差異がないから、本件訂正発明は、「徐放性に優れる」という本件訂正発明の課題を解決するものではない旨主張している(意見書9頁)。
しかしながら、本件訂正発明の課題における「特に、医薬用結合剤として用いた場合に、徐放性に優れ、硬度が高く、脆性に優れ、さらには表面の滑らかな医薬錠剤」とは、徐放性、硬度、脆性、表面の滑らかさという4つの観点から総合的に優れた医薬錠剤を意味すると解される。
そして、実施例1、2の錠剤は、比較例1、2の錠剤に比べて、硬度、脆性、表面の滑らかさに優れており、かつ、徐放性も同等又は優れているものであるから、上記の4つの観点において総合的に優れた医薬錠剤であり、本件訂正発明の課題を解決したものといえる。
したがって、異議申立人の上記主張は採用することができないものである。

イ 異議申立人は、異議申立書において、ゴーシュ構造と、結晶化度や水素結合量との関係は全く知られておらず、結晶化度や水素結合量が接着性にどのように影響を及ぼすのかも全く知られていないから、本件訂正発明の課題は解決できない旨主張している(異議申立書16頁)。
しかしながら、本件特許明細書には、ゴーシュ構造は乱れた結晶構造であることから、PVA微粒子表面の結晶構造が乱れて接着性が向上したものであり、接着性が向上すれば徐放性に優れ、硬度が高く、脆性に優れ、錠剤成形時の表面状態が滑らかである医薬錠剤が得られると推測されることが記載されており(上記1(3))、また、ゴーシュ構造が多い実施例1、2のPVA微粒子は、ゴーシュ構造の少ない比較例1、2のPVA微粒子と比較して、硬度が高く、脆性に優れ、錠剤成形時の表面状態が滑らかである医薬錠剤が得られたことが記載されている(上記1(4)サ)から、本件特許明細書には、本件訂正発明の課題が解決できることが当業者に把握できるように記載されているといえる。
したがって、異議申立人の上記主張は採用することができないものである。

ウ 異議申立人は、異議申立書において、本件請求項に係る発明では、PVA微粒子の「特定の医薬用の結合剤用途」が規定されておらず、それ以外の用途において本件訂正発明の課題を解決できるものとは認められない旨を主張している(異議申立書17〜18頁)。
しかしながら、本件特許の出願時の技術常識に照らし、本件特許明細書の記載から、実施例で使用された薬効成分であるメトフォルミンハイドロクロライドという「特定の医薬」の医薬用結合剤として用いた場合にのみ、本件訂正発明に係るPVA微粒子が本件訂正発明の課題を解決できるとする特段の事情があるとはいえないし、本件特許明細書の記載から、本件訂正発明のPVA微粒子を使用することで、医薬錠剤を含む錠剤の硬度や脆性等を改善できることを当業者は理解できるから、当業者は、本件訂正発明のPVA微粒子は、実施例で使用された「特定の医薬」の医薬用結合剤以外の用途に用いた場合においても、本件訂正発明の課題を解決できるものと認められる。
したがって、異議申立人の上記主張は採用することができないものである。

(6)小括
以上によれば、本件訂正後の請求項2〜9の記載は、特許法第36条第6項第1項の要件を満たしているから、本件訂正後の請求項2〜9に係る本件特許は、取り消すことはできない。

5 取消理由3(実施可能要件)についての当審の判断
上記2の説示を踏まえると、本件特許明細書には、本件訂正発明2〜9に係るPVA微粒子を製造し、少なくとも医薬用結合剤として使用できるように記載されている(上記1(4)オ〜サ参照)。
そうしてみると、本件特許明細書には、本件訂正発明2〜9に係るPVA微粒子及びその製造方法の発明を、当業者が実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されているといえる。
以上によれば、本件訂正後の請求項2〜9の記載は、特許法第36条第4項第1号の要件を満たしているから、本件訂正後の請求項2〜9に係る本件特許は、取り消すことはできない。

6 取消理由4(新規性)についての当審の判断
(1)甲2発明及び甲3発明
甲2の記載(特に、特許請求の範囲、【0007】、【0012】〜【0016】)及び甲3の記載(特に、特許請求の範囲、【0013】、【0016】、【0018】)からみて、甲2及び甲3には、それぞれ次の発明が記載されていると認められる。
「クラレポバールPVA−217S」(以下、「甲2発明又は甲3発明」という。)

(2)本件訂正発明2について
ア 対比
本件訂正発明2と甲2発明又は甲3発明とを対比すると、本件訂正発明2と甲2発明又は甲3発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「ポリビニルアルコール」
<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明2では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲2発明又は甲3発明にはそのような特定がなされていない点。

イ 相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲2及び甲3のいずれにおいても、「クラレポバールPVA−217S」と名付けられたポリビニルアルコールが、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である」ことは開示されておらず、当業者に自明の技術的事項であったとする特段の事情も見当たらないから、相違点1は、実質的な相違点である。
よって、本件訂正発明2は、甲2発明であるとも甲3発明であるともいえない。

(3)本件訂正発明3〜7について
本件訂正発明3〜7は、本件訂正発明2を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件訂正発明2について説示したと同様に、甲2発明であるとも甲3発明であるともいえない。

(4)異議申立人の主張について
異議申立人は、甲1の図3−3からは、「クラレポバールPVA−217S」のゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値は、それぞれ40.5及び1.20〜1.22となると計算されていることを根拠に、本件訂正発明は、甲2発明又は甲3発明と差異はない旨主張している(異議申立書18〜20頁)。
しかしながら、上記3(3)ウ(イ)で説示したように、甲1の実験における解析手法が、13C NMR測定により得られるスペクトルの解析手法として一般的であるとしても、本件特許明細書に記載された所定の4つのピーク(46ppm、41ppm、36ppm、21ppm)の分離に好適な解析手法を採用しているとまでは解されないから、甲1に示される結果は、甲2発明又は甲3発明の「クラレポバールPVA−217S」について、本件特許明細書に記載の測定方法に従って解析した結果であるとはいえない。そうすると、甲1の実験による解析手法を甲2又は甲3に記載された「クラレポバールPVA−217S」に適用して得られたゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値が、本件訂正発明のポリビニルアルコール微粒子のゴーシュ構造(モル%)及びS1/S2の値と差異がなかったとしても、甲2又は甲3に記載された「クラレポバールPVA−217S」が、本件訂正発明のポリビニルアルコール微粒子であるとはいえない。
よって、異議申立人の上記主張は、採用することはできない。

(5)小括
以上によれば、本件訂正発明2〜7は、特許法第29条第1号第3号に該当しないから、本件訂正後の請求項2〜7に係る本件特許は、取り消すことはできない。

7 取消理由5(進歩性)についての当審の判断
(1)甲3’発明
甲3の記載(特に、特許請求の範囲、【0013】、【0016】、【0018】、実施例1)からみて、甲3には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。
「(−)−6−[3−[3−シクロプロピル−3−[(1R,2R)−2−ヒドロキシシクロヘキシル]ウレイド]−プロポキシ]−2−(1H)―キノリノンを有効成分とし、水溶性高分子であるポリビニルアルコール(クラレポバールPVA−217S、クラレ株式会社製)を含む放出制御製剤としての顆粒剤」(以下、「甲3’発明」という。)

(2)本件訂正発明7について
ア 対比
本件訂正発明7は、薬効成分と、請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する医薬錠剤であり、請求項6に記載の医薬用結合剤は、請求項1に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有するものである。
ここで、ポリビニルアルコールが医薬結合剤として用いられることは、当業者の技術常識であったといえる(日本医薬品添加剤協会編、医薬品添加物事典2007 第2刷、株式会社薬事日報社発行、2009年11月6日、275頁「ポリビニルアルコール(完全けん化物)」及び「ポリビニルアルコール(部分けん化物)」参照)。
そこで、本件訂正発明7と甲3’発明とを対比すると、甲3’発明の「(−)−6−[3−[3−シクロプロピル−3−[(1R,2R)−2−ヒドロキシシクロヘキシル]ウレイド]−プロポキシ]−2−(1H)―キノリノン」、「水溶性高分子であるポリビニルアルコール(クラレポバールPVA−217S、クラレ株式会社製)」は、本件訂正発明7の「薬効成分」、「ポリビニルアルコールを含有する医薬用結合剤」に相当する。
また、甲3’発明の「放出制御製剤としての顆粒剤」と本件発明7の「医薬錠剤」とは、「医薬製剤」である点で共通する。
そうすると、本件訂正発明7と甲3’発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「薬効成分とポリビニルアルコールを含有する医薬用結合剤とを含有する医薬製剤。」
<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明7では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲3’発明では、「ポリビニルアルコール(クラレポバールPVA−217S、クラレ株式会社製)」である点。
相違点2 「医薬製剤」が、本件訂正発明7では、「医薬錠剤」であるのに対し、甲3’発明では、「放出制御製剤としての顆粒剤」である点。

イ 相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲3には、PVA微粒子の表面構造について、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」、「平均ケン化度が70〜95モル%」かつ「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」とすることについては記載も示唆もないから、相違点2について検討するまでもなく、当業者が本件訂正発明7に容易に想到し得たとはいえない。

ウ 効果について
本件訂正発明7は、本件特許明細書の表3において、硬度、脆性、錠剤成形時の形状の点で、甲3からは予測できない優れた効果を奏するものであることが開示されている。

エ したがって、本件訂正発明7は、甲3’発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(3)本件訂正発明8について
ア 対比
本件訂正発明8は、薬効成分と、請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する徐放性医薬錠剤であり、請求項6に記載の医薬用結合剤は、請求項1に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有するものである。
ここで、上記(2)アで述べたとおり、ポリビニルアルコールが医薬結合剤として用いられることは、当業者の技術常識であったといえる。
そこで、本件訂正発明8と甲3’発明とを対比すると、上記(2)アで述べた一致点について一致し、相違点1、2’の点で相違する。

<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明8では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲3’発明では、「ポリビニルアルコール(クラレポバールPVA−217S、クラレ株式会社製)」である点。
相違点2’ 「医薬製剤」が、本件訂正発明8では、「徐放性医薬錠剤」であるのに対し、甲3’発明では、「放出制御製剤としての顆粒剤」である点。

イ 相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲3には、PVA微粒子の表面構造について、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」、「平均ケン化度が70〜95モル%」かつ「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」とすることについては記載も示唆もないから、上記(2)イで述べたのと同様に、相違点2’について検討するまでもなく、当業者が本件訂正発明8に容易に想到し得たとはいえない。

ウ 効果について
本件訂正発明8は、本件特許明細書の表3において、硬度、脆性、錠剤成形時の形状の点で、甲3からは予測できない優れた効果を奏するものであることが開示されている。また、図4及び図5において、一定の徐放性を有することが開示されている。

エ したがって、本件訂正発明8は、甲3’発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)小括
以上によれば、本件訂正発明7、8は、甲3’発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件訂正後の請求項7、8に係る本件特許は、取り消すことはできない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由の概要及び異議申立人が提出した証拠
(1)本件訂正発明10に対するサポート要件違反及び実施可能要件違反(特許法第36条第4項第1号及び同条第6項第1号。異議申立人の申立理由2、3)

(2)本件訂正発明8〜10に対する新規性欠如(特許法第29条第1項第3号。異議申立人の申立理由4)
本件訂正後の請求項8〜10に係る発明は、甲2又は甲3に記載された発明(又は実質的に記載された発明)であり、本件訂正後の請求項8〜10に係る発明は、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、本件訂正後の請求項8〜10に係る特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(3)本件訂正発明2〜6、9、10に対する進歩性欠如(特許法第29条第2項。異議申立人の申立理由5)
本件訂正後の請求項2〜6、9、10に係る発明は、主引例である甲2又は甲3のいずれかに記載された発明(さらには技術常識)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件訂正後の請求項2〜6、9、10に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(4)本件訂正発明7、8に対する進歩性欠如(特許法第29条第2項。異議申立人の申立理由5)
本件訂正後の請求項7、8に係る発明は、主引例である甲2に記載された発明(さらには技術常識)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものである。
よって、本件訂正後の請求項7、8に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(5)本件訂正発明2〜10に対する明確性違反(特許法第36条第6項第2号。異議申立人の申立理由1)
本件訂正後の請求項2〜10に記載の「微粒子」の範囲が不明確である。
また、本件訂正後の請求項8に記載の「徐放性」の範囲が不明確である。

2 異議申立人が提出した証拠
甲第1号証:分析結果報告書「固体NMR測定」、受付番号2007-200366 2020年8月26日 株式会社日東分析センター作成
甲第2号証:特開2004−352633号公報
甲第3号証:特開2007−31366号公報
甲第4号証:説明書(甲1が、本件特許明細書の図1のパルスシーケンス[及び表2(表1)]に対応していること。)
甲第5号証:説明書(甲1に示されるスペクトルが、乙4の図5に比べると図4に示されるスペクトルに近いものであること。)
甲第6号証:Webinar説明書『スペクトル・フィッティングでNMRスペクトル解析の幅を広げよう』、pp.1−5、及び、13−22、ウェブページ:https://www.bruker.com/content/bruker/int/en/news-and-events/webinars/2016/ja/analysis-of-nmr-spectrum-using-spectral-fitting.html
甲第7号証:説明書(波形分離において選択・設定すべき様々な事項(パラメータ)があること)

なお、甲第5号証の説明中の「乙4」とは、特許権者が令和3年1月8日に提出した意見書に乙第4号証として添付した、令和3年1月6日神田泰治作成の「実験成績証明書」である。

3 当審の判断
(1)上記1(1)の申立理由について
本件訂正発明10は、本件訂正発明9を更に特定するものであるから、本件訂正発明9と同じ課題を解決するものといえる。
そして、第5 4(4)で示した本件訂正発明9と同様に、本件訂正発明10は、発明の詳細な説明の記載により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものである。
また、第5 5で示した本件訂正発明9と同様に、本件特許明細書には、本件訂正発明10に係るPVA微粒子の製造方法の発明を、当業者が実施することができる程度に、明確かつ十分に記載されているといえる。

(2)上記1(2)の申立理由について
本件訂正発明8は、本件訂正発明7の「医薬錠剤」が「徐放性医薬錠剤」であることを更に特定するものであるから、本件訂正発明1を限定した発明に相当する。
本件訂正発明9、10は、本件訂正発明2〜5のポリビニルアルコール微粒子を所定の工程で製造する方法に関するものである。
そうすると、上記第5 6で検討したとおり、本件訂正発明2〜7は甲2発明であるとも甲3発明であるともいえないから、本件訂正発明8〜10についても、甲2発明であるとも甲3発明であるともいえない。

(3)上記1(3)の申立理由について
ア 甲2又は甲3に記載された発明
上記第5 6(1)で述べたように、甲2及び甲3には、それぞれ次の発明が記載されていると認められる。
「クラレポバールPVA−217S」(甲2発明又は甲3発明)

イ 本件訂正発明2について
(ア)対比
本件訂正発明2と甲2発明又は甲3発明とを対比すると、「クラレポバールPVA−217S」は、「ポリビニルアルコール」に包含されるものであるから、本件訂正発明2と甲2発明又は甲3発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「ポリビニルアルコール」
<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明2では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲2発明又は甲3発明にはそのような特定がなされていない点。

(イ)相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲2又は甲3には、PVA微粒子の表面構造について、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」」、「平均ケン化度が70〜95モル%」かつ「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」とすることについては記載も示唆もないから、当業者が本件訂正発明2に容易に想到し得たとはいえない。
また、本件訂正発明2は、本件特許明細書の表3において、硬度、脆性、錠剤成形時の形状の点で、甲2又は甲3から予測できない優れた効果を奏するものであることが開示されている。
よって、本件訂正発明2は、甲2発明又は甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件訂正発明3〜6、9、10について
本件訂正発明3〜5は、本件訂正発明2の「ポリビニルアルコール微粒子」を更に特定するものであるから、本件訂正発明2を限定した発明に相当する。
本件訂正発明6は、本件訂正発明2の「ポリビニルアルコール微粒子」を含有する医薬用結合剤に関するものである。
本件訂正発明9、10は、本件訂正発明2〜5のポリビニルアルコール微粒子を所定の工程で製造する方法に関するものである。
そうすると、上記イで検討したとおり、本件訂正発明2について、甲2発明又は甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないから、本件訂正発明3〜6、9、10についても、上記イ(イ)で記載したと同様の理由によって、甲2発明又は甲3発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(4)上記1(4)の申立理由について
ア 甲2’発明
甲2の記載(特に、特許請求の範囲、【0007】、【0012】〜【0016】、実施例1〜4、比較例1)からみて、甲2には、次のとおりの発明が記載されていると認められる。

「酸化マグネシウムを有効成分とし、ポリビニルアルコールであるクラレポバールPVA−217S(クラレ社製)を含む酸化マグネシウム素錠。」(以下、「甲2’発明」という。)

イ 本件訂正発明7について
(ア)対比
本件訂正発明7は、薬効成分と、請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する医薬錠剤であり、請求項6に記載の医薬用結合剤は、請求項1に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有するものである。
ここで、上記第5 7(2)アで述べたとおり、ポリビニルアルコールが医薬結合剤として用いられることは、当業者の技術常識であったといえる。
そこで、本件訂正発明7と甲2’発明とを対比すると、甲2’発明の「酸化マグネシウム」、「ポリビニルアルコールであるクラレポバールPVA−217S(クラレ社製)」は、本件訂正発明7の「薬効成分」、「ポリビニルアルコールを含有する医薬用結合剤」に相当するから本件訂正発明7と甲2’発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「薬効成分とポリビニルアルコールを含有する医薬用結合剤とを含有する医薬錠剤。」
<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明7では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲2’発明では、「ポリビニルアルコールであるクラレポバールPVA−217S(クラレ社製)」である点。

(イ)相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲2には、PVA微粒子の表面構造について、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」かつ「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」とすることについては記載も示唆もないから、当業者が本件訂正発明7に容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)効果について
本件訂正発明7は、本件特許明細書の表3において、硬度、脆性、錠剤成形時の形状の点で、甲2から予測できない優れた効果を奏するものであることが開示されている。

(エ)したがって、本件訂正発明7は、甲2’発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

ウ 本件訂正発明8について
(ア)対比
本件訂正発明8は、薬効成分と、請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する徐放性医薬錠剤であり、請求項6に記載の医薬用結合剤は、請求項1に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有するものである。
ここで、上記第5 7(2)アで述べたとおり、ポリビニルアルコールが医薬結合剤として用いられることは、当業者の技術常識であったといえる。
そこで、本件訂正発明8と甲2’発明とを対比すると、上記イ(ア)で述べた一致点について一致し、相違点1、2’の点で相違する。

<相違点>
相違点1 「ポリビニルアルコール」が、本件訂正発明8では、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子」であるのに対し、甲2’発明では、「ポリビニルアルコールであるクラレポバールPVA−217S(クラレ社製)」である点。
相違点2’ 「医薬錠剤」が、本件訂正発明8では、「徐放性医薬錠剤」であるのに対し、甲2’発明では徐放性であることは明記されていない点。

(イ)相違点についての判断
相違点1について検討する。
甲2には、PVA微粒子の表面構造について、「ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上」かつ「ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上」とすることについては記載も示唆もないから、相違点2’について検討するまでもなく、当業者が本件訂正発明8に容易に想到し得たとはいえない。

(ウ)効果について
本件訂正発明8は、本件特許明細書の表3において、硬度、脆性、錠剤成形時の形状の点で、甲2から予測できない優れた効果を奏するものであることが開示されている。また、図4及び図5において、一定の徐放性を有することが開示されている。

(エ)したがって、本件訂正発明8は、甲2’発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。

(5)上記1(5)の申立理由について
本件特許明細書には、ポリビニルアルコール微粒子の粒径の好ましい範囲が開示されている(【0045】〜【0047】)から、本件特許明細書に接した当業者であれば、「微粒子」の意味するところを理解できるといえる。
また、一般に「徐放性」とは、薬物が徐々に放出されることを意味するものであり(薬科学大辞典編集委員会編、廣川薬科学大辞典[第5版]−普及版−、株式会社廣川書店発行、平成25年3月4日、775頁「徐放(出)性」及び「徐放(性)製剤」参照)、本件特許明細書の図4、図5においても、薬効成分が数時間かけて溶出することが開示されているから、本件特許明細書に接した当業者であれば、「徐放性」の意味するところを理解できるといえる。

(6)小括
以上のとおり、上記1(1)〜(5)の申立理由は、理由がない。

第7 むすび
以上のとおりであるから、取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項2〜10に係る特許を取り消すことはできない。また、他に本件請求項2〜10に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項1は、上記のとおり、訂正により削除された。これにより、請求項1に係る特許に対する特許異議の申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項において準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。


 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(削除)
【請求項2】
ポリビニルアルコール微粒子の粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲のポリビニルアルコール分子のゴーシュ構造が30モル%以上であり、平均ケン化度が70〜95モル%であり、ポリビニルアルコール微粒子の平均ケン化度(S1)と粒子表面から粒子内部に向かって0.8nmの範囲の表面平均ケン化度(S2)の比(S1/S2)が1.10以上である、ポリビニルアルコール微粒子。
【請求項3】
前記ポリビニルアルコール微粒子の50%粒子径が1〜200μmである請求項2記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項4】
前記ポリビニルアルコール微粒子の平均重合度が200〜4000である請求項2又は3記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項5】
前記ポリビニルアルコール微粒子がアルカリ金属塩をポリビニルアルコール微粒子に対して0.001〜2質量%含有する請求項2〜4のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子。
【請求項6】
請求項2〜5のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子を含有する医薬用結合剤。
【請求項7】
薬効成分と請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する医薬錠剤。
【請求項8】
薬効成分と請求項6に記載の医薬用結合剤とを含有する徐放性医薬錠剤。
【請求項9】
請求項2〜5のいずれか1項に記載のポリビニルアルコール微粒子の製造方法であって、ビニルアルコール構造単位及びビニルエステル構造単位から得られる未変性ポリビニルアルコールを洗浄し、乾燥して未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体を得た後、前記未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体を粉砕するポリビニルアルコール微粒子の製造方法。
【請求項10】
前記未変性ポリビニルアルコールの乾燥粉体の50%粒子径が50〜2000μmである請求項9記載のポリビニルアルコール微粒子の製造方法。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-10-20 
出願番号 P2015-537049
審決分類 P 1 651・ 537- YAA (A61K)
P 1 651・ 121- YAA (A61K)
P 1 651・ 536- YAA (A61K)
P 1 651・ 113- YAA (A61K)
P 1 651・ 857- YAA (A61K)
P 1 651・ 851- YAA (A61K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 藤原 浩子
特許庁審判官 田中 耕一郎
渕野 留香
登録日 2020-02-10 
登録番号 6657949
権利者 三菱ケミカル株式会社
発明の名称 ポリビニルアルコール微粒子、それを用いた医薬用結合剤、医薬錠剤、徐放性医薬錠剤及びポリビニルアルコール微粒子の製造方法  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  
代理人 特許業務法人栄光特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ