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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09K
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09K
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09K
管理番号 1381662
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-02-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-12-21 
確定日 2021-11-18 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6753649号発明「摩擦材および摩擦部材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6753649号の特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−9〕について訂正することを認める。 特許第6753649号の請求項1−4及び6−9に係る特許を維持する。 特許第6753649号の請求項5に係る特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6753649号の請求項1〜9に係る特許についての出願は、平成27年2月6日に出願され、令和2年8月24日にその特許権の設定登録がされ、同年9月9日に特許掲載公報が発行された。その後、その請求項1〜9に係る特許に対し、同年12月21日に特許異議申立人金島雅生(以下、「特許異議申立人」という。)により特許異議の申立てがされ、当審は、令和3年5月26日付けで取消理由を通知した。特許権者は、その指定期間内である同年7月26日に意見書の提出及び訂正の請求(以下「本件訂正請求」といい、その内容を「本件訂正」という。)を行った。特許権者から訂正請求があったことを、同年8月4日付けで特許異議申立人に通知し、特許異議申立人は、その指定期間内である同年9月7日に意見書を提出した。

第2 本件訂正の適否についての判断
1 本件訂正の内容
本件訂正は、以下の訂正事項1〜6からなる。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に
「結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、
該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、
前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し、
油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下である摩擦材。」
と記載されているのを、
「結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、
該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、
前記繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有し、
前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し、
油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下である摩擦材。」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2〜4及び6〜9も同様に訂正する)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項5を削除する訂正をする。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項6に「前記無機充填材として、複数の凸部形状を有するチタン酸カリウムを含有する請求項 1〜5のいずれかに記載の摩擦材。」と記載されているのを、「前記無機充填材として、複数の凸部形状を有するチタン酸カリウムを含有する請求項1〜4のいずれかに記載の摩擦材。」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項7に「pHが12〜13である請求項1〜6のいずれかに記載の摩擦材。」と記載されているのを、「pHが12〜13である請求項1〜4及び6のいずれかに記載の摩擦材。」に訂正する。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項8に「さらに硫化錫を含有する請求項1〜7のいずれかに記載の摩擦材。」と記載されているのを、「さらに硫化錫を含有する請求項1〜4、6及び7のいずれかに記載の摩擦材。」に訂正する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項9に「請求項1〜8のいずれかに記載の摩擦材と裏金を用いて形成される摩擦部材。」と記載されているのを、「請求項1〜4、6、7及び8のいずれかに記載の摩擦材と裏金を用いて形成される摩擦部材。」に訂正する。

2 一群の請求項について
訂正前の請求項1〜9について 、請求項2〜9は、請求項1を引用しているものであって、訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって、訂正前の請求項1〜9に対応する訂正後の請求項1〜9は、特許法第120条の5第4項に規定する関係を有する一群の請求項である。

3 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1
ア 訂正の目的について
訂正前の請求項1に係る発明では、「結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し、油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が100ppm以下である」として、摩擦材が含む成分を特定していたが、繊維基材としてスチール繊維を含有すること及びその含有量については何ら特定されていない。
これに対して、訂正後の請求項1に係る発明では、「前記繊維基材として、スチール繊維2〜8質量%を含有し」との記載によって、繊維基材としてスチール繊維を含有すること及びその含有量を明らかにすることで特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、当該訂正事項1は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
同様に、訂正後の請求項2〜4及び6〜9は、訂正後の請求項1に記載された「前記繊維基材として、スチール繊維2〜8質量%を含有し」との記載を引用することにより、繊維基材としてスチール繊維を含有すること及びその含有量を明らかにすることで特許請求の範囲を減縮しようとするものであるから、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
上記アの理由から明らかなように、訂正事項1は、発明特定事項として、繊維基材としてスチール繊維を所定量含有することを追加特定するものであり、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものであるといえる。

ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項1は、明細書の段落[0011]の「また、本発明の摩擦材においては、前記繊維基材としてスチール繊維を2〜8質量%で含有することが好ましく」という記載に基づいて導き出される構成である。よって、当該訂正事項1は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものであるといえる。

(2)訂正事項2
ア 訂正の目的について
訂正事項2は、請求項5を削除するというものであるから、当該訂正事項2は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項2は、請求項5を削除するというものであるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項2は、請求項5を削除するというものであるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項 範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する第126条第5項に適合するものであるといえる。

(3)訂正事項3〜6
ア 訂正の目的について
訂正事項3〜6は、訂正前の請求項6が請求項1〜5のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項7が請求項1〜6のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項8が請求項1〜7のいずれかの記載を引用する記載であり、訂正前の請求項9が請求項1〜8のいずれかの記載を引用する記載であるところ、請求項5を引用しないものとするための訂正であって、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に規定する「特許請求の範囲の減縮」を目的とする訂正であるといえる。
イ 実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更する訂正ではないこと
訂正事項3〜6は、請求項5を引用しないものとするための訂正であるから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものには該当せず、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第6項に適合するものであるといえる。
ウ 願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であること
訂正事項3〜6は、請求項5を引用しないものとするための訂正であるから、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であり、特許法第120条の5第9項で準用する特許法第126条第5項に適合するものであるといえる。

(4)小括
以上のとおりであるから、本件訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許第6753649号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1−9〕について訂正することを認める。

第3 本件特許発明
上記第2で述べたとおり、本件訂正は認められるので、本件特許の請求項1〜9に係る発明は、令和3年7月26日付けの訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1〜9に記載された事項により特定される次のとおりのもの(以下「本件特許発明1」〜「本件特許発明9」、まとめて「本件特許発明」ともいう。)である。

「【請求項1】
結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、
該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、
前記繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有し、
前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し、
油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下である摩擦材。
【請求項2】
前記無機充填剤として、亜鉛粉末を含有する請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記無機充填剤として、水酸化カルシウム2.5〜10質量%を含有する請求項1または2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記無機充填剤として、炭酸ナトリウム0.2〜2質量%を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
前記無機充填材として、複数の凸部形状を有するチタン酸カリウムを含有する請求項1〜4のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項7】
pHが12〜13である請求項1〜4及び6のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項8】
さらに硫化錫を含有する請求項1〜4、6及び7のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項9】
請求項1〜4、6、7及び8のいずれかに記載の摩擦材と裏金を用いて形成される摩擦部材。」

第4 取消理由通知に記載した取消理由について
本件訂正前の請求項1〜9に係る特許に対して、当審が令和3年5月26日付けで特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
理由1(新規性)本件特許の請求項1、3、6、9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。
理由2(進歩性)本件特許の請求項1〜9に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証、甲第2号証、甲第4号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。

甲第1号証:特開2012−255052号公報
甲第2号証:国際公開第2010/140265号
甲第4号証:特開2005−15576号公報

理由3(実施可能要件)本件特許の請求項1〜9に係る特許は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で特許法第36条第4項第1号に適合するものではないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

第5 前記第4における理由1(新規性)及び理由2(進歩性)についての判断
1 甲号証の記載について
(1)甲第1号証(以下、「甲1」という。)
1a「【請求項1】
結合材、有機充填材、無機充填材及び繊維基材を含む摩擦材組成物であって、該摩擦材組成物中の銅の含有量が銅元素として5質量%以下であり、銅及び銅合金以外の金属繊維の含有量が0.5質量%以下であり、チタン酸塩及び粒子径が30μm以下の酸化ジルコニウムを含有し、かつ、該チタン酸塩の含有量が10〜35質量%であり、粒子径が30μmを超える酸化ジルコニウムを実質的に含有しないノンアスベスト摩擦材組成物。
・・・
【請求項6】
請求項1〜4のいずれかに記載のノンアスベスト摩擦材組成物を成形してなる摩擦材と裏金とを用いて形成される摩擦部材。」
1b「【0025】
本発明のノンアスベスト摩擦材組成物は、上記チタン酸塩及び酸化ジルコニウム以外の無機充填材をさらに含有することができる。含有することができる無機充填剤としては、通常摩擦材に用いられるものであれば特に制限はない。
上記無機充填材としては、例えば、硫化錫、二硫化モリブデン、硫化鉄、三硫化アンチモン、硫化ビスマス、硫化亜鉛、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、硫酸バリウム、ドロマイト、コークス、黒鉛、マイカ、酸化鉄、バーミキュライト、硫酸カルシウム、タルク、クレー、ゼオライト、ケイ酸ジルコニウム、酸化ジルコニウム、ムライト、クロマイト、酸化チタン、酸化マグネシウム、シリカ、酸化鉄、γ−アルミナ等の活性アルミナ等を用いることができ、これらを単独で又は2種類以上を組み合わせて使用することができる。これらの中でも、対面材への攻撃性低下の観点から、黒鉛、硫酸バリウムを含有することが好ましく、摩擦係数向上の
観点から、三硫化アンチモンを含有することが好ましい。」
1c「【0031】
また、上記金属繊維として、摩擦係数向上、耐クラック性の観点から銅及び銅合金以外の金属繊維を用いてもよいが、耐摩耗性の向上及びメタルキャッチ抑制の観点から含有量が0.5質量%以下であることを要する。好ましくは、摩擦係数の向上の割には耐摩耗性の悪化及びメタルキャッチの発生がしやすいため、銅及び銅合金以外の金属繊維を含有しないこと(含有量0質量%)である。
銅及び銅合金以外の金属繊維としては、例えば、アルミニウム、鉄、亜鉛、錫、チタン、ニッケル、マグネシウム、シリコン等の金属単体又は合金形態の繊維や、鋳鉄繊維等の金属を主成分とする繊維が挙げられ、これらを単独で又は2種類以上を組み合わせて使用することができる。」
1d「【0037】
本発明の摩擦材は、一般に使用されている方法を用いて製造することができ、本発明のノンアスベスト摩擦材組成物を成形して、好ましくは加熱加圧成形して製造される。
具体的には、本発明のノンアスベスト摩擦材組成物を、レディーゲミキサー、加圧ニーダー、アイリッヒミキサー等の混合機を用いて均一に混合し、この混合物を成形金型にて予備成形し、得られた予備成形物を成形温度130℃〜160℃、成形圧力20〜50MPaの条件で2〜10分間で成形し、得られた成形物を150〜250℃で2〜10時間熱処理する。必要に応じて塗装、スコーチ処理、研磨処理を行うことによって摩擦材を製造することができる。」
1e「【0042】
[実施例1〜13及び比較例1〜5]
ディスクブレーキパッドの作製
表1に示す配合比率に従って材料を配合し、実施例及び比較例の摩擦材組成物を得た。なお、表1の各成分の配合量の単位は、摩擦材組成物中の質量%である。
この摩擦材組成物をレディーゲミキサー(株式会社マツボー社製、商品名:レディーゲミキサーM20)で混合し、この混合物を成形プレス(王子機械工業株式会社製)で予備成形し、得られた予備成形物を成形温度145℃、成形圧力30MPaの条件で5分間成形プレス(三起精工株式会社製)を用いて日立オートモティブシステムズ株式会社製の裏金と共に加熱加圧成形し、得られた成形品を200℃で4.5時間熱処理し、ロータリー研磨機を用いて研磨し、500℃のスコーチ処理を行って、ディスクブレーキパッド(摩擦材の厚さ11mm、摩擦材投影面積52cm2)を得た。
作製したディスクブレーキパッドについて、前記の評価を行った結果を表1に示す。
【0043】
なお、実施例及び比較例において使用した各種材料は次のとおりである。
(結合材)
・フェノール樹脂:日立化成工業株式会社製(商品名:HP491UP)
(有機充填剤)
・カシューダスト:東北化工株式会社製(商品名:FF−1056)
(無機充填剤)
・チタン酸塩1:大塚化学株式会社製 (商品名:テラセスL)
成分:チタン酸リチウムカリウム、形状:燐片状
メジアン径:25μm、比表面積:0.6m2/g
・チタン酸塩2:大塚化学株式会社製 (商品名:テラセスPS)
成分:チタン酸マグネシウムカリウム、形状:燐片状
メジアン径:4μm、比表面積:2.5m2/g
・チタン酸塩3:大塚化学株式会社製 (商品名:テラセスTF−S)
成分:チタン酸カリウム、形状:燐片状
メジアン径:7μm、比表面積:3.5m2/g
・チタン酸塩4:株式会社クボタ製 (商品名:TXAX−MA)
成分:チタン酸カリウム、形状:板状
比表面積:1.5m2/g
・チタン酸塩5:東邦マテリアル株式会社製 (商品名:TOFIX−S)
成分:チタン酸カリウム、形状:柱状
メジアン径:6μm、比表面積:0.9m2/g
・チタン酸塩6:大塚化学株式会社製 (商品名:ティスモD)
成分:チタン酸カリウム、形状:繊維状
比表面積:7.0m2/g
・酸化ジルコニウム1:第一稀元素化学工業株式会社製
(商品名:BR−3QZ、平均粒子径2.0μm、最大粒子径15μm)
・酸化ジルコニウム2:第一稀元素化学工業株式会社製
(商品名:BR−QZ、平均粒子径6.5μm、最大粒子径26μm)
・酸化ジルコニウム3:第一稀元素化学工業株式会社製
(商品名:BR−12QZ、平均粒子径8.5μm、最大粒子径45μm)
・黒鉛:TIMCAL社製(商品名:KS75)
(繊維基材)
・アラミド繊維(有機繊維):東レ・デュポン株式会社製(商品名:1F538)
・鉄繊維(金属繊維):GMT社製(商品名:#0)
・銅繊維(金属繊維):Sunny Metal社製(商品名:SCA−1070)
・鉱物繊維(無機繊維):LAPINUS FIBERS B.V製(商品名:RB240 Roxul 1000、平均繊維長300μm)
【0044】
【表1】



(2)甲第2号証(以下、「甲2」という。)
2a「[請求項1]
結合材、繊維基材、研削材、無機充填材、有機充填材を含有する摩擦材組成物であって、さらに亜鉛及び前記繊維基材として鉄系繊維2〜10wt%を含有し、かつ前記研削材としてモース硬度8以上で粒径1μm以上の無機研削材の含有量が1wt%以下の摩擦材組成物。」
2b「[0012]
(1)結合材、繊維基材、研削材、無機充填材、有機充填材を含有する摩擦材組成物であって、さらに亜鉛及び前記繊維基材として鉄系繊維2〜10wt%を含有し、かつ前記研削材としてモース硬度8以上で粒径1μm以上の無機研削材の含有量が1wt%以下の摩擦材組成物。」
2c「[0037]
亜鉛を含有することで高速フェード時の摩擦係数が改善する。亜鉛の添加量は2〜5wt%であることが好ましい。亜鉛の添加量が2wt%以上であると高速フェード特性が得られやすい。5wt%以下であると、パッド摩耗が大きくなるのを避けることができる。なお、亜鉛の形状は特に制限はないが粉末状であることが好ましい。」

(3)甲第4号証(以下、「甲4」という。)
4a「【請求項1】
繊維基材、結合材、充填材を主成分とする摩擦材組成物を成形、硬化してなる摩擦材において、JIS K 0127により測定した摩擦材からの硫酸イオンの溶出量が0.2mg/g以下であり、かつ摩擦材のpHが10.0以上13.0未満であることを特徴とする摩擦材。」

2 甲1に記載された発明
甲1の実施例10には、「結合材としてフェノール樹脂を8質量%、有機充填剤としてカシューダストを6質量%、SBR粉を1質量%、無機充填剤としてチタン酸塩1を15質量%、硫酸バリウムを35質量%、黒鉛を5質量%、三硫化アンチモンを5質量%、水酸化カルシウムを5質量%、酸化ジルコニウム2を10質量%、繊維基材としてアラミド繊維を5質量%、鉱物繊維を5質量%含む摩擦材組成物。」の発明(以下、「引用発明」という。)が記載されているといえる(摘記1e参照)。

3 当審の判断
(1)本件特許発明1
ア 引用発明との対比
本件特許発明1と引用発明を対比する。
引用発明の「結合材としてフェノール樹脂を8質量%」、「有機充填剤としてカシューダストを6質量%、SBR粉を1質量%」、「無機充填剤としてチタン酸塩1を15質量%、硫酸バリウムを35質量%、黒鉛を5質量%、三硫化アンチモンを5質量%、水酸化カルシウムを5質量%、酸化ジルコニウム2を10質量%」、「摩擦材組成物」は、それぞれ、本件特許発明1の「結合剤」、「有機充填材」、「無機充填材」、「摩擦材」に相当する。
引用発明の「アラミド繊維」は、具体的には東レ・デュポン株式会社製(商品名:1F538)であり(摘記1e参照)、本件特許明細書の【0016】には「フィブリル化アラミド繊維は・・・東レ・デュポン株式会社製ケブラー1F538・・・などが挙げられる。」と記載されていることから、本件特許発明1の「繊維基材・・・前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し」に相当する。
そして、引用発明は、銅を含んでいないから、本件特許発明1の「該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり」を充足する。
そうすると、本件特許発明1と引用発明は、「結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、
該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、
前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有する摩擦材。」である点で一致し、以下の点で相違する。

<相違点1>
本件特許発明1は、繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

<相違点2>
本件特許発明1は油含浸法で測定される気孔率が15%以下であると特定されるのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

<相違点3>
本件特許発明1はイオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下であると特定されるのに対し、引用発明ではそのような特定がない点。

イ 相違点についての検討
<相違点1>について検討する。
<相違点1>は実質的な相違点である。
そして、甲1には、「摩擦係数向上、耐クラック性の観点から銅及び銅合金以外の金属繊維を用いてもよいが、耐摩耗性の向上及びメタルキャッチ抑制の観点から含有量が0.5質量%以下であることを要する。・・・銅及び銅合金以外の金属繊維としては、例えば、アルミニウム、鉄、亜鉛、錫、チタン、ニッケル、マグネシウム、シリコン等の金属単体又は合金形態の繊維や、鋳鉄繊維等の金属を主成分とする繊維が挙げられ、これらを単独で又は2種類以上を組み合わせて使用することができる。」と記載されており(摘記1c参照)、この記載によれば、引用発明において銅及び銅合金以外の金属繊維は0.5質量%以下であることを要する。
そうすると、引用発明において、繊維基材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するものとすることには阻害要因があるといえるから、引用発明において、繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するものとすることは、当業者が容易に想到し得るものであるということはできない。

ウ 本件特許発明1の効果について
本件特許発明1は、<相違点1>〜<相違点3>に係る本件特許発明1の発明特定事項を同時に備えるものとすることによって、本発明の摩擦材において、錆固着力と錆剥離を両立して抑制することができ(本件特許明細書の段落【0023】)、甲1の記載からは予測し得ない、格別顕著な作用効果を奏するものであると認められる。

エ 特許異議申立人の主張について
特許異議申立人は、甲2にはスチール繊維に相当する鉄系繊維が2〜10wt%含有することが開示されているから、繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するものとすることは、当業者が容易になし得たものに過ぎないと主張する。
確かに、甲2にはスチール繊維に相当する鉄系繊維が2〜10wt%含有することが記載されているが(摘記2b参照)、(イ)のとおり、引用発明において、繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するものとすることには阻害要因があるといえるから、繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有するものとすることは、当業者が容易になし得たものとはいえない。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

オ まとめ
以上のとおり、本件特許発明1は、<相違点2>及び<相違点3>について検討するまでもなく、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(2)本件特許発明2〜4、6〜9について
本件特許発明2〜4、6〜9は、「繊維機材として、スチール繊維2〜8質量%を含有する」という点を発明特定事項に備えているところ、上記本件特許発明1と引用発明との<相違点1>と実質的に同等の相違点を有するものであるから、本件特許発明2〜4、6〜9は引用発明と同一ではなく、引用発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

第6 前記第4における理由3(実施可能要件)についての判断
1.前記第4における理由3(実施可能要件)の概要
理由3の概要は、以下のとおりである。
本件特許発明1は「油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下である」ものである。
ここで、本件特許明細書の【0051】の表2には、「比較例1」、「比較例3」及び「比較例4」が示されているが、これらの各組成の含有量は、いずれも【0050】の表1の「実施例1」に記載したものと同じであり、製造条件についても特段の差異があるものとして記載されていない。
なお、材料や製造条件の細部に関し、各実施例及び各比較例において使用される「チタン酸塩」、「カシューダスト」の銘柄が如何なるものであるか、それぞれの硫酸イオンの含有量がどの程度であるか、摩擦材の製造に如何なる条件を採用したのかについては、本件特許明細書には正しく理解できる記載がない(なお、【0018】の「FF1700」がチタン酸塩の銘柄であるといえる根拠が不明である。)。
そうすると、本件特許発明1に含まれる実施例1と本件特許発明1に含まれない比較例1、比較例3及び比較例4とをどのように作り分けるのか理解できず、本件特許明細書に、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、実施例1に係る物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されているとはいえないし、実施例1以外の態様についても同様である。
さらに、硫酸イオン濃度の測定について、本件特許明細書の【0019】には「なお、摩擦材の硫酸イオン濃度は、次の手順で測定することができる。摩擦材3.0gに純水20gを加え、130℃で3時間加熱抽出する。放冷後、抽出液をろ過し、更に固層抽出を行い適宜希釈することで試料溶液とする。この試料溶液について、硫酸イオン標準液による検量線法で、イオンクロマトグラフを用いて硫酸イオンを定量測定する。」と記載されているが、摩擦材からそのまま抽出するのか、あるいは、粉砕してから抽出するのか等どのように抽出するのかが不明であり、沸点が100℃である水をどのように130℃として3時間加熱抽出するのか不明である。
そうすると、硫酸イオンをどのように測定するのか理解できず、本件特許明細書に、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、その物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されているとはいえない。
したがって、発明の詳細な説明が、本件特許発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載されているとはいえない。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2〜9についても同様である。

2.判断
油含浸法で測定される気孔率が15%以下であることについては、本件特許明細書の【0017】に、「摩擦材の気孔率は、製造工程で調整が可能であり、特に成形工程における成形圧力、成形温度、成形時間による調整が容易である。具体的には、成形圧力、成形温度を高くし、成形時間を長くすることで気孔率を低減することができる。」と記載されており、まず所定条件にて摩擦材を作製してから、その摩擦材の気孔率を油含浸法で測定し、15%を超えている場合には、成形圧力及び温度を高め、成形時間を長くすることで、15%以下に容易に調整することができるといえるから、当業者はこの記載を参照して、気孔率を15%以下に調整した摩擦材を製造することが可能であり、過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとはいえない。
次に、イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下であることについては、本件特許明細書【0018】に、「摩擦材中の硫酸イオン濃度の低減は、通常の摩擦材に用いられる素材のうち、製造工程で硫酸を使用することがあるチタン酸塩やカシューダストなどについて、硫酸イオンの少ない銘柄を使用することで可能である。例えば、硫酸イオンの少ないチタン酸塩としては、具体的に東邦マテリアル株式会社製TOFIXなどが挙げられる。また、硫酸イオンの少ないチタン酸塩としては、東北化工株式会社製FF1700などが挙げられる。」と記載されている。
ここで、「硫酸イオンの少ないチタン酸塩としては、具体的に東邦マテリアル株式会社製TOFIXなどが挙げられる。」に続いて「硫酸イオンの少ないチタン酸塩としては、東北化工株式会社製FF1700などが挙げられる。」と記載され、「チタン酸塩」が重複して記載されているところ、その前に「チタン酸塩やカシューダストなどについて」と記載されているから、2つの「チタン酸塩」のいずれか一方は「カシューダスト」の誤記であることは明らかであり、東北化工株式会社製FF1700は、異議申立書にも記載されているとおり、「カシューダスト」であることは明らかであるから、後者の「チタン酸塩」が「カシューダスト」の誤記であり、その結果、「硫酸イオンの少ないチタン酸塩としては、東北化工株式会社製FF1700などが挙げられる」は「硫酸イオンの少ないカシューダストとしては、東北化工株式会社製FF1700などが挙げられる」の誤記であることは明らかである。
そうすると、本件特許明細書【0018】には、硫酸イオンの少ないチタン酸塩として東邦マテリアル株式会社製TOFIXが挙げられ、硫酸イオンの少ないカシューダストとして東北化工株式会社製FF1700などが挙げられているといえる。
そして、東北化工株式会社製FF1700は、特許異議申立人が提出した甲第5号証(カシューダストの硫酸イオン濃度の測定結果、2020年11月27日)によれば、硫酸イオンの少ないカシューダストであり、それが本件特許明細書の実施例6のように摩擦材中に5質量%程度入っていることのみにより、硫酸イオン濃度が1000ppmよりも大きくなることはないことは明らかである。
また、東邦マテリアル株式会社製TOFIXについても、特許異議申立人はそれが硫酸イオンの多いチタン酸塩のみに限られることを証明しているわけではなく、それが本件特許明細書の実施例6のように摩擦材中に20質量%程度入っていることにより、硫酸イオン濃度を増大させ、カシューダストと併せて、イオンクロマトグラフで測定される摩擦材の硫酸イオン濃度を1000ppm以下にすることができないとはいえない。
そうすると、上記のような市販品を用いれば、イオンクロマトグラフで測定される摩擦材の硫酸イオン濃度を1000ppm以下に調整することは可能であるといえる。
したがって、気孔率を15%以下に調整した摩擦材を製造することが可能であり、イオンクロマトグラフで測定される摩擦材の硫酸イオン濃度を1000ppm以下に調整することは可能であるから、本件特許発明1に含まれる実施例1と本件特許発明1に含まれない比較例1、比較例3及び比較例4とをどのように作り分けるのか理解できないとはいえず、本件特許明細書に、当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要なく、実施例1に係る物を作り、その物を使用することができる程度にその発明が記載されているといえる。
最後に、その摩擦材の硫酸イオン濃度の測定に際して、『摩擦材からそのまま抽出するのか、あるいは、粉砕してから抽出するのか等どのように抽出するのか』という点に関し、本件特許発明では摩擦材の硫酸イオン濃度を規定しているので、当業者であれば、摩擦材の内部の硫酸イオンも抽出する必要があると認識し、そのため、たとえ本件特許明細書の実施例において硫酸イオン濃度の測定の際に摩擦材を粉砕したことを明記していなくても、当業者であれば摩擦材を粉砕して測定していることは明らかであるといえる。
また、『沸点が100℃である水をどのように130℃として3時間加熱抽出するのか』という点に関し、当業者であれば密閉容器に入れた上で130℃に加熱するはずであることは明らかである。
したがって、発明の詳細な説明が、本件特許発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載されているといえる。
また、本件特許発明1を引用する本件特許発明2〜4、6〜9についても同様である。

3.異議申立人の主張について
特許異議申立人は、令和3年9月7日提出の意見書において、以下のとおり主張している。
「油含浸法で測定される気孔率が15%以下であることについて、「本件特許明細書の【0017】の記載に基づいて本件特許権者が述べた、「所定条件にて摩擦材を作製してから、その摩擦材の気効率を油含浸法で測定」すること、気効率が「15%を超えている場合には、成形圧力及び温度を高め、成形時間を長くすること」がわかるという趣旨の意見は、同段落に摩擦材を製造する方法についての「具体的な記載」があることを裏付けるものではない。
また、本件特許明細書の【0049】には、成形温度、成形圧力、成形時間についての一応の記載はあるものの、比較例1,3,4と実施例1との各組成の含有量が同じであって、製造条件についても特段の差異があるものとして記載されていないとなれば、同段落における、成形温度、成形圧力、成形時間の条件も「具体的な記載」ではない。
そして、各実施例及び各比較例の「チタン酸塩」及び「カシューダスト」の銘柄、それらの硫酸イオンの含有量、摩擦材の製造条件についての理解に必要な記載もないとなれば、いくら当業者であっても、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて、各実施例の摩擦材を製造することができるはずがない。
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下であることについて、「本件特許明細書の【0018】の記載に基づいて本件特許権者が述べた、市販品である「チタン酸塩」及び「カシューダスト」を用いて摩擦材を作製してから、その硫酸イオン濃度を測定し、1000ppm以下であるならば当該市販品を問題なく用いることとし、1000ppmを超えているならば同段落に記載の市販品を採用すればよいという趣旨の意見は、同段落に摩擦材を製造する方法についての「具体的な記載」があることを裏付けるものではない。
そして、市販品である「チタン酸塩」及び「カシューダスト」というのは相当数あることが予想されるところ、それらの候補となるものを、トライアンドエラーを繰り返しながら、 1000ppm以下となる条件で、材料コスト、製造時等のハンドリング、更に摩擦材に一般的に要求される、環境変化に対する安定性、適度な摩擦係数の保持性、優れた耐摩耗性、相手材への低攻撃性、十分な機械的強度、鳴き、ジャダー、異音などの摩擦振動回避性なども考慮して選定するとなれば、それは当業者が過度の試行錯誤や複雑高度な実験等をする必要があるということに他ならないから、各実施例及び各比較例の「チタン酸塩」及び「カシューダスト」の銘柄、それらの硫酸イオンの含有量、摩擦材の製造条件についての理解に必要な記載もないとなれば、いくら当業者であっても、明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づいて、各実施例の摩擦材を製造することができるはずがない。
摩擦材の硫酸イオン濃度の測定について、「本件特許権者は、まず、当然、摩擦材を「粉砕」してから水で抽出しているといい、また、当業者であれば、摩擦材の内部の硫酸イオンも抽出する必要があると認識するというが、そのようなことは一概にいえるものではない。
例えば、組成物の分散度が相対的に低い摩擦材であれば、摩擦材における内部と表面との硫酸イオンはほぼ同値であるから、態々「粉砕」しなくとも摩擦材からそのまま抽出することも十分に考えられるし、この場合、「摩擦材3.0g」程度を入手するためには、摩擦材の表面を僅かに研磨等すれば事足りる筈である。
一方、組成物の分散度が相対的に高い摩擦材であれば、そもそも摩擦材の全体の硫酸イオンを抽出して、平均化した測定結果を得ることにどれほどの意味があるのか疑問なしとはいえないが、このことは措いておくとしても、平均化した測定結果でよければ、全ての測定サンプルとなる摩擦材の表面のみを硫酸イオンの抽出対象としても測定条件は同じになるから、そのようにしてもよい筈である。したがって、本件特許権者がいう「摩擦材の内部の硫酸イオンも抽出する必要があると認識する」という意見には理由がない。
さらに、例えば、本件明細書【0043】には、「必要に応じて」という前置きはあるが、摩擦材の表面に対して、「塗装」、「スコーチ処理」を行い得ることの記載がある。なお、「スコーチ処理」とは、当業者にとって既知のように、摩擦材表面の有機成分を炭化させる処理である。本件特許発明の技術的範囲には、このような表面処理がされたものもクレーム解釈としては含み得ると思われるが、そうだとすると、塗装やスコーチした部分も硫酸イオン濃度の測定対象とするか否かについても不明である。摩擦材の実際の使用環境に近しい条件で測定をするならば、塗装やスコーチ部分も測定対象とするとも考えられる一方、摩擦材の使用が進むにつれて表面処理した部分は摩耗によってなくなるから、そのことに目をつぶるなら当該部分を除去して測定対象とはしないとも考えられる。如何せん本件明細書における抽出手法の記載は不十分であるから、このような点についても不明であるとしかいいようがない。」
上記主張について判断する。
確かに、油含浸法で測定される気孔率が15%以下であることについて、また、イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下であることについて、そのような摩擦材を製造する方法について「具体的な記載」はないかもしれないが、「具体的な記載」が無いことで、直ちに、発明の詳細な説明が、本件特許発明について、当業者がその実施をすることができる程度に明確にかつ十分に記載されていないと判断されるものではなく、2.で判断したように、当業者は本件特許明細書の記載を参照して、気孔率を15%以下に調整した摩擦材を製造することが可能であり、過度の試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとはいえないし、イオンクロマトグラフで測定される摩擦材の硫酸イオン濃度を1000ppm以下に調整することは可能であるといえる。
また、摩擦材の硫酸イオン濃度の測定について、本件特許発明では摩擦材の硫酸イオン濃度を規定しているのであり、その濃度に摩擦材の表面のみならず内部の硫酸イオンも含まれることは明らかであり、塗装やスコーチ部分も摩擦材を構成する部分であるから、それらを含めて測定対象とすることも明らかである。
よって、特許異議申立人の上記主張は採用できない。

第7 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
1 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由
特許異議申立人の主張は以下のとおりである。
(1)特許法第29条第1項第3号新規性
本件特許の請求項4、8に係る発明は、本件特許出願前に日本国内又は外国において、頒布された甲第1号証に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当するから、上記の請求項に係る特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものであるから、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

(2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
本件特許の請求項1〜9に係る発明は、特許請求の範囲の記載が以下の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではないから、請求項1〜9に係る特許は、特許法第36条第6項の規定に違反してされたものであり、同法第113条第4号の規定により取り消されるべきものである。

本件特許発明の課題は、「錆剥離」の発生原因となる「錆固着カ」を低減させるために、摩擦材に「防錆効果」を付与することと認められる。
つぎに、本件特許明細書の【0052】を見ると、そこには「錆固着力および錆剥離の評価」について記載がされている。
同段落では「錆固着力」の評価基準として、「◎」、「○」、「×」という3段階で評価されており、「錆固着力50N未満のもの」が「◎」「錆固着力50N以上かつ100N未満のもの」が「○」と評価されている。また、「錆剥離」の評価基準として、「○」、「×」という2段階で評価されており、「錆剥離が生じていないもの」が「○」と評価されている。
そうすると、本件特許明細書の基準では、錆固着力が100N未滴であり、かつ、錆剥離が生じていない摩擦材であることが、従来解決できなかった課題を解決した本件特許発明の摩擦材及び摩擦部材ということになる。
そこで、特許文献1(甲第6号証:特開2001−107026号公報)を見てみると、【0017】の表3に各実施例の評価が記載されているが、「防錆」欄の「錆固着力」は「50(N)」以下の摩擦材しか記載されていない。
つまり、甲第6号証に記載されている摩擦材の「錆固着力」は、本件特許発明のものに比して同等以上である。
つぎに、「錆剥離」についての評価は、甲第6号証の【0018】には、これらに記載されている発明が「防錆性能に特に優れ」ているという記載がある。
「防錆性能」に特に優れているということは、「錆固着力」が本件明細書基準の「◎」しか存在しないことも考慮すると、「錆剥離」が実質的に生じないか、生じるとしても僅かであり、相当程度が抑制されていると考えることが合理的である。
したがって、本件特許発明1〜9は、その課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるということはいえず、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。

(3)特許法第36条第6項第2号明確性要件)
本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていないから、本件特許は、特許法第36条第6項第2号の規定に違反してされたものであり、同法第113条第4号規定により取り消されるべきものである。

本件特許明細書の【0051】の表2には、「比較例1」、「比較例3」及び「比較例4」が示されているが、これらの各組成の含有量は、いずれも既に引用した本件特許明細書の【0050】の表1の「実施例1」に記載したものと同じである。
そして、理由3の根拠として既に述べたが、各実施例及び各比較例において使用される「チタン酸塩」、「カシューダスト」の銘柄が如何なるものであるか、それぞれの硫酸イオンの含有量がどの程度であるか、摩擦材の製造に如何なる工程を採用したのかについては、本件特許明細書には一切記載がない。
したがって、本件特許明細書の記載、本件特許の出願時の技術常識を参酌しても、各実施例の摩擦材の素材として具体的に如何なる銘柄を選定し、如何なる工程を含む製造方法によって製造すればよいか明確でない。このため、本件特許発明1〜9が、本件特許発明の記載も明確でないから、特許法第36条第6項第2号に適合するものではない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由についての判断
(1)特許法第29条第1項第3号新規性
本件特許発明4、8は、本件特許発明1を引用しさらに限定した発明に該当するものであるところ、上記第5、3(2)で検討したとおり、本件特許発明1は甲1に記載された発明とすることはできない。
そうすると、本件特許発明1と同様の理由により、本件特許発明4、8も甲1に記載された発明とすることはできない。

(2)特許法第36条第6項第1号(サポート要件)
本件特許発明が解決しようとする課題は、本件特許明細書の段落【0007】に記載されているとおり、「環境負荷の高い銅を含有しない、または、銅の含有量が0.5質量%以下の摩擦材において、錆固着力、錆剥離の少ない摩擦材を提供すること」である。
したがって、特許異議申立人の主張は、そもそも課題の認定を誤っているから、さらに検討するまでもなく採用できない。
また、本件特許明細書の【0050】の【表1】及び【0051】の【表2】には、特に、実施例6をみれば、本件特許発明が上記課題を解決できることが、記載されている。
そして、甲第6号証に記載されている摩擦材の「錆固着力」は、本件特許発明のものに比して同等以上であり、また、「錆剥離」が実質的に生じないか、生じるとしても僅かであり、相当程度が抑制されていると考えることが合理的であることをもって、本件特許発明が上記課題を解決できないとはいえない。
したがって、本件特許発明1〜4、6〜9は、その課題を解決できると当業者が認識できる範囲にあるといえ、特許法第36条第6項第1号に適合するものである。

(3)特許法第36条第6項第2号明確性要件)
本件特許発明1については、請求項1の記載自体に何ら不明確な点はない。
本件特許発明2〜4、6〜9も同様である。
また、第6のとおり、本件特許明細書の記載、本件特許の出願時の技術常識を参酌しても、各実施例の摩擦材の素材として具体的に如何なる銘柄を選定し、如何なる工程を含む製造方法によって製造すればよいか明確であるが、仮に、本件特許明細書の記載、本件特許の出願時の技術常識を参酌しても、各実施例の摩擦材の素材として具体的に如何なる銘柄を選定し、如何なる工程を含む製造方法によって製造すればよいか明確でないとしても、本件特許発明1〜4、6〜9自体が明確であることに変わりはない。

第8 むすび
以上のとおりであるから、令和3年5月26日付けの取消理由通知に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件請求項1〜4及び6〜9に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件請求項1〜4及び6〜9に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
訂正前の請求項5は本件訂正により削除されたため、請求項5についての特許異議の申立ては、不適法なものであり、その補正をすることができないから、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下すべきものである。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結合剤、有機充填材、無機充填材および繊維基材を含む摩擦材であって、
該摩擦材中に元素としての銅を含まない、または銅の含有量が0.5質量%以下であり、
前記繊維基材として、スチール繊維2〜8質量%を含有し、
前記繊維基材としてフィブリル化アラミド繊維を含有し、
油含浸法で測定される気孔率が15%以下であって、
イオンクロマトグラフで測定される硫酸イオン濃度が1000ppm以下である摩擦材。
【請求項2】
前記無機充填剤として、亜鉛粉末を含有する請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記無機充填剤として、水酸化カルシウム2.5〜10質量%を含有する請求項1または2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記無機充填剤、として、炭酸ナトリウム0.2〜2質量%を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
前記無機充填材として、複数の凸部形状を有するチタン酸カリウムを含有する請求項1〜4のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項7】
pHが12〜13である請求項1〜4及び6のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項8】
さらに硫化錫を含有する請求項1〜4、6及び7のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項9】
請求項1〜4、6、7及び8のいずれかに記載の摩擦材と裏金を用いて形成される摩擦部材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照
異議決定日 2021-11-10 
出願番号 P2015-022169
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C09K)
P 1 651・ 121- YAA (C09K)
P 1 651・ 113- YAA (C09K)
P 1 651・ 537- YAA (C09K)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 蔵野 雅昭
特許庁審判官 瀬下 浩一
木村 敏康
登録日 2020-08-24 
登録番号 6753649
権利者 日本ブレーキ工業株式会社
発明の名称 摩擦材および摩擦部材  
代理人 特許業務法人大谷特許事務所  
代理人 特許業務法人大谷特許事務所  

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