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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  F16C
審判 全部申し立て ただし書き3号明りょうでない記載の釈明  F16C
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  F16C
審判 全部申し立て 3項(134条5項)特許請求の範囲の実質的拡張  F16C
審判 全部申し立て ただし書き1号特許請求の範囲の減縮  F16C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  F16C
管理番号 1382349
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-03-25 
種別 異議の決定 
異議申立日 2020-07-28 
確定日 2021-11-22 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6637787号発明「転がり軸受」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6637787号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲及のとおり、訂正後の請求項〔1〜9〕について訂正することを認める。 特許第6637787号の請求項1〜3、8及び9に係る特許を取り消す。 特許第6637787号の請求項4及び7に係る特許を維持する。 特許第6637787号の請求項5及び6に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6637787号の請求項1〜6に係る特許についての出願は、平成28年2月26日に出願され、令和1年12月27日にその特許権の設定がされ、令和2年1月29日に特許掲載公報が発行された。本件特許異議の申立ての経緯は、次のとおりである。
令和2年7月28日付け :特許異議申立人佐藤武史(以下、「異議
申立人」という。)による請求項1〜6
に係る特許に対する特許異議の申立て
令和2年10月30日付け :取消理由通知書
令和3年1月4日付け :特許権者による意見書及び訂正請求書の
提出
令和3年2月26日付け :異議申立人による意見書の提出
令和3年4月16日付け :取消理由通知書(決定の予告)

令和3年4月16日付け取消理由通知書(決定の予告)に対して、特許権者から意見書の提出はなかった。

第2 訂正の適否
1 訂正の内容
令和3年1月4日に提出された訂正請求書に係る訂正(以下、「本件訂正」という。)の内容は次のとおりである(下線は訂正箇所である。)。
(1)訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1の記載を、
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値であることを特徴とする転がり軸受。」に訂正する(請求項1の記載を引用する請求項2、3、8、9も同様に訂正する。)。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項2の記載を、
「前記グリースは、前記シールドの内面に付着していることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。」に訂正する(請求項2の記載を引用する請求項3、8、9も同様に訂正する。)。

(3)訂正事項3
特許請求の範囲の請求項4に、
「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする請求項2または3に記載の転がり軸受。」とあるうち、請求項2を引用するものについて、独立形式に改め、
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。」と訂正する(請求項4の記載を引用する請求項8、9も同様に訂正する。)。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項4に、
「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする請求項2または3に記載の転がり軸受。」とあるうち、請求項3を引用するものについて、独立形式に改め、
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記シールドと前記内輪とは離間しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。」と記載し、新たに請求項7とする(請求項7の記載を引用する請求項8、9も同様に訂正する。)。

(5)訂正事項5
特許請求の範囲の請求項5を削除する。

(6)訂正事項6
特許請求の範囲の請求項6を削除する。

(7)訂正事項7
特許請求の範囲の請求項5を「前記グリースは前記外輪に円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。」と記載し、新たに請求項8とする。

(8)訂正事項8
特許請求の範囲の請求項6を「前記グリースは、複数のグリースが前記外輪に円周方向に沿って互いに離間して配置されるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。」と記載し、新たに請求項9とする。

訂正前の請求項1〜6は、請求項2〜6が訂正の請求の対象である請求項1の記載を引用する関係にあるから、本件訂正は、一群の請求項1〜6について請求されている。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、特許請求の範囲の拡張・変更の存否
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1に係る訂正のうち、「前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと」という発明特定事項を付加する訂正は、請求項1に係る発明の「転がり軸受」について、かかる発明特定事項を付加することにより、さらに技術的に限定するものであるといえる。
また、訂正事項1に係る訂正のうち、「温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値である」とする訂正は、請求項1に係る発明の「グリースの損失正接」の数値範囲について更に限定するものである。
したがって、訂正事項1は、特許請求の範囲の減縮を目的とするものといえる。
イ 訂正事項1に係る訂正のうち、「前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと」という発明特定事項を付加する訂正は、願書に添付された明細書の段落【0020】の記載に基づくものであるといえる。
また、訂正事項1に係る訂正のうち、「温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値である」とする訂正は、願書に添付された明細書の段落【0043】及び【表1】の記載に基づくものである。
したがって、訂正事項1に係る訂正は、新規事項の追加に該当しない。
ウ 訂正事項1に係る訂正によって、カテゴリーや対象、目的を変更するものではないから、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(2)訂正事項2
訂正事項2に係る訂正は、訂正事項1に係る訂正によって、請求項1に、発明特定事項として追加された「前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールド」なる発明特定事項を、請求項1の記載を引用する請求項2から削除するものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(3)訂正事項3
訂正事項3に係る訂正は、訂正前の請求項4が請求項2または請求項3の記載を引用する記載であったところ、請求項2を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項へ改めるための訂正であって、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものといえ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(4)訂正事項4
訂正事項4に係る訂正は、訂正前の請求項4が請求項2または請求項3の記載を引用する記載であったところ、請求項3を引用するものについて請求項間の引用関係を解消して、独立形式請求項へ改め、新たに請求項7とするための訂正であって、他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすることを目的とするものといえ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(5)訂正事項5及び6
訂正事項5及び6に係る訂正は、それぞれ、請求項5及び6を削除するものであるから、特許請求の範囲の減縮を目的とするとするものといえ、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

(6)訂正事項7及び8
上述のとおり、訂正事項3及び4に係る訂正により、訂正前の請求項4は独立形式請求項に改められ、訂正後の請求項4及び7とされた。
訂正事項7及び8に係る訂正は、訂正前の請求項4を引用する請求項5及び6の記載を、内容をそのままに、訂正後の請求項4及び7を引用する記載に改め、かつ、特許法施行規則第24条の3第4号の「他の請求項の記載を引用して請求項を記載するときは、その請求項は、引用する請求項より前に記載してはならない。」との規定に即して、請求項7の後につづく新たな請求項8及び9としたものである。
したがって、訂正事項7及び8に係る訂正は、明瞭でない記載の釈明を目的とするものといえる。
そして、訂正事項7及び8に係る訂正は、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもない。

3 独立特許要件について
訂正事項1〜8のうち、特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正事項1、5及び6に係る請求項に係る発明については、独立特許要件が課されるものであるところ、訂正事項1、5及び6に係る訂正によって訂正された訂正後の請求項1〜3、8及び9に係る発明は、特許異議申立てがされている訂正前の請求項1〜3、5及び6係る発明に対応するので、訂正後の請求項1〜4に係る発明について、独立特許要件は課されない。

4 別の訂正単位とする求めについて
訂正後の請求項4及び7に係る訂正について、特許権者は、当該訂正が認められる場合には、その他の請求項とは別の訂正単位として扱われることを求めている。
しかしながら、訂正後の請求項8及び9が、それぞれ、請求項1〜3と、請求項1〜3とは別の訂正単位として扱われることを求めている請求項4及び7を引用していることから、訂正後の請求項1〜9は一群の請求項となり、特許権者の上記求めは認められない。

5 訂正の適否についてのまとめ
以上のとおりであるので、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号、第3号及び第4号に掲げる事項のいずれかを目的とするものであり、かつ、同条第9項で準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜9〕について訂正することを認める。

第3 取消理由(決定の予告)の概要
訂正後の請求項1〜3、8及び9に係る特許に対して、当審が令和3年4月16日付けの取消理由通知書(決定の予告)で特許権者に通知した取消理由の概要は次のとおりである。

1)本件特許の請求項1〜3、5及び6に係る発明は、本件特許の出願前日本国内または外国において頒布された下記の甲第1号証に記載された発明であって、特許法第29条第1項第3号に該当し、特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。
2)本件出願の請求項1〜3、5及び6に係る発明は、その出願前日本国内または外国において頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲第1号証に記載された発明及び甲第11号証〜甲第13号証の2に記載された技術的事項に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであって、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないから、その発明に係る特許は取り消すべきものである。

○刊行物
甲第1号証:特開2013−204679号公報
甲第11号証:ENSグリースの評価試験報告 作成日 令和3年2月22日 作成者 佐藤武史 試験日 2018年11月23日
甲第12号証:ENSグリースのカタログ(商品紹介 ENSグリース GRS−7021−2007) 2002年6月発行 ENEOS株式会社(https://www.eneos.co.jp/business/lubricants/grease/pdf/grs-7021-2007.pdf)
甲第13号証の1:特開2002−320781号公報
甲第13号証の2:特開2005−344789号公報
甲第13号証の3:特開2015−232278号公報
甲第1号証は、異議申立人より提出された甲第1号証である。また、甲第11号証、甲第12号証、及び甲第13号証の1〜甲第13号証の3は、本件訂正に対応して、異議申立人より、令和3年2月26日に意見書と共に追加提出されたものである。

第4 当審の判断
1 取消理由通知書(決定の予告)に記載した取消理由について
(1)訂正後の請求項に係る発明
本件訂正により訂正された訂正後の請求項1〜4及び7〜9に係る発明(以下、それぞれ、「本件発明1」〜「本件発明4」及び「本件発明7」〜「本件発明9」という。)は、訂正特許請求の範囲の請求項1〜4及び7〜9に記載された事項により特定される次のとおりのものである。
[本件発明1]
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値であることを特徴とする転がり軸受。」
[本件発明2]
「前記グリースは、前記シールドの内面に付着していることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受」
[本件発明3]
「前記シールドと前記内輪とは離間していることを特徴とする請求項2に記載の転がり軸受。」
[本件発明4]
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。」
[本件発明7]
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記シールドと前記内輪とは離間しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。」
[本件発明8]
「前記グリースは前記外輪に円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。」
[本件発明9]
「前記グリースは、複数のグリースが前記外輪に円周方向に沿って互いに離間して配置されるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。」

(2)甲第1号証の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第1号証(特開2013−204679号公報)には、以下の事項が記載されている(下線は、当審で付した。)。

「【0001】
本発明は、潤滑用のグリースを保持した転がり軸受に関するものである。」
「【0005】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、回転トルクを低減しつつ、長期にわたって潤滑性能の維持することができる転がり軸受を提供することを目的とする。」
「【0007】
請求項1の発明に係る転がり軸受によれば、外輪と内輪との回転により、撹拌されるグリースが少ないので、回転トルクを低減することができ、また、必要な量のグリースを保持することができるので、長期にわたって潤滑性能を維持することができる。
請求項2の発明に係る転がり軸受によれば、保持されたグリースをシールドによって密閉すると共にグリースの保持性を高めることができる。
請求項3の発明に係る転がり軸受によれば、グリースの充填が容易であり、また、グリースの保持量を大きくすることができる。
請求項4の発明に係る転がり軸受によれば、グリースの間隔を調整することにより、グリースの保持量を制御することができる。」
「【0009】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
図1及び図2に示すように、本実施形態に係る転がり軸受1は、グリースが封入されたシールド付の玉軸受であって、内輪3と、外輪2と、これらの間に装填された複数のボール4と、ボール4を保持する保持器5と、転がり軸受1の両端部に設けられて外輪2と内輪3との間を覆うシールド6(図1では図示を省略する)とを備え、外輪2と内輪3との間の軸受空間にグリース7が保持されている。」
「【0011】
図2に示すように、シールド6は、外周部が外輪2の内周縁部に形成された取付溝10に止輪11によって固定され、内周部が内輪3の外周縁部に形成されたシール溝12に挿入されて内輪3の直近まで延び、これにより、内輪3と外輪2との間の軸受空間に保持されたグリース7を密封している。なお、シールド7は、金属、合成樹脂等のある程度剛性を有する部材を用いることができるが、ゴム等の弾性体として取付溝10に直接嵌合して取付けることにより、止輪11を省略してもよい。
【0012】
グリース7は、外輪2と、内輪3と、ボール4と、保持器5とを組み合わせた後、転がり軸受1の保持器5の挿入側とは反対側(冠型の保持器5のボール4を挿入するポケットの開口側)から充填される。そして、外輪2の内周面の軌道溝8に対して軸方向外側に付着し、円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されている。また、円環状に充填されたグリース7の内周部が内輪3の外周部に接触しないように、内輪3との間に間隔Cをあけて充填されている。すなわち、グリース7は、外輪2の軌道溝8を避けた内周面に付着し、かつ、内輪2の外周面に接触しないように、外輪2の内周面側に偏って円環状に充填されている。グリース7を充填した後、外輪2の両端部の取付溝10にシールド6が取付けられて、外輪2と内輪2との間の軸受空間が密封される。これにより、グリース7は、外輪2の内周面の軌道8の軸方向外側の部分及びシールド6の内面に付着して保持され、外輪2の軌道面8及び内輪3には直接的には接触しない。また、グリース7の充填量は、外輪2と内輪3との間の軸受空間の10%〜50%程度とすることができる。
【0013】
グリース7を上述の円環状に保持し易くするためのグリース性状の一例を次に示す。
増ちょう剤:
種類 ウレア化合物、又は、リチウム石鹸
混和ちょう度 190〜280
基油:
種類 エステル系合成油、ポリ−α−オレフィン系合成油、又は、これらと鉱油の混合油
粘度 20mm2/s〜105mm2/s(40℃)
【0014】
以上のように構成した本実施形態の作用について次に説明する。
グリース7は、外輪2の内周面及びシールド6の内面に付着して、外輪2の軌道溝8及び内輪2から離れて保持され、外輪2の軌道溝8、ボール4、保持器5、内輪3の軌道溝9の接触面に適当量だけ供給され、あるいは、適当量の基油を供給して油膜を形成する。これにより、これらの接触面を良好に潤滑すると共に、外輪2と内輪3との回転に伴うグリース7の撹拌を最小限にして回転トルクを低減することができる。グリース7は、外輪2の内周面から内輪3の外周面の近傍まで充填することができるので、必要な量を保持することができ、長期にわたって良好な潤滑性能を維持することができる。また、グリース7は、連続して円環状に充填することができるので、充填が簡単であり、容易に自動化が可能である。」
「【0016】
上述の実施形態の転がり軸受1と、外輪と内輪との間の軸受空間にこれらの両方に接触するようにグリースを充填した従来の転がり軸受との回転トルク及び耐久性の比較試験結果を以下に示す。 本比較試験において、いずれの軸受も、呼び径が外径8mm、内径3mmで、非接触形の金属シールド及びポリアミド樹脂製冠型保持器を用いたものとし、グリースは、冠型保持器のポケットの開口側から充填し、その充填量は軸受空間の30%とした。
【0017】
回転トルクの比較試験結果を図3に示す。回転数10000rpm、常温において、回転トルク(μNm)を測定した。図3において、線分(1)は最大トルク、線分(2)は平均トルク、線分(3)は最小トルクをそれぞれ示す。図3に示されるように、本実施形態の転がり軸受1は、従来のものに比して、最大、平均及び最小トルク共に低減され、トルクのばらつきも小さくなっていることが分かる。」
「【0020】
次に、上述の実施形態の転がり軸受1のグリース7の充填方法の変形例について、図5及び図6を参照して説明する。
グリース7は、上述のように連続して円環状に充填するほか、図5に示すように、径方向に沿って延ばしたグリース7−1、7−2、7−3、7−4、7−5、…として、複数回に分けて充填して円環状に形成することもできる。この場合、図6に示すように、径方向に沿って延ばした複数のグリース7−1、7−2、7−3、7−4、7−5、…を周方向に沿って間隔をあけて配置してもよい。このとき、グリースの間隔及び径方向の充填長さを調整することにより、軸受空間へのグリースの充填量を容易に制御することができる。」
【図1】

【図2】

【図5】


【図6】


(3)甲第1号証に記載の発明
上記甲第1号証の記載から、甲第1号証には、次の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

[甲1発明]
「外輪2と、内輪3と、前記外輪2と前記内輪3との間に装填された複数のボール4と、外輪2に固定され、内輪3と外輪2との間を覆うことによって、内輪3と外輪2との間の軸受空間に保持されたグリース7を密封しているシールド6と、を備えた転がり軸受1において、
前記グリース7は、前記外輪2の前記ボール4に接触する軌道溝8を避けた内周面に付着し、かつ、前記内輪3の外周面に接触しないように、前記外輪2の内周面に偏って円環状に充填され、
前記グリース7は、増ちょう剤として、ウレア化合物又はリチウム石鹸を使用し、混和ちょう度が190〜280であり、基油として、エステル系合成油、ポリ−α−オレフィン系合成油又はこれらと鉱油の混合油であり、粘度が20mm2/s〜105mm2/s(40℃)である、
転がり軸受1。」

(4)甲第3号証の記載
異議申立人の提出した甲第3号証には、次の事項が記載されている。


(5)甲第4号証の記載
異議申立人の提出した甲第4号証には、次の事項が記載されている。



(6)甲第5号証の記載
異議申立人の提出した甲第5号証には、次の事項が記載されている。



(7)甲第11号証の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第11号証には次の事項が記載されている。


(8)甲第12号証の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第12号証には次の事項が記載されている。


(9)甲第13号証の1の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第13号証の1には次の事項が記載されている。

「【0015】
【実施例】この種のコマ玩具に使用されている一般的なシュータ(回転操作具)を用いて回転力を与え、直径φ50mmのプラスチック製競技盤上で、どの位の時間連続回転するかの耐久試験を行なった。その結果を表2に示す。試験に用いたコマ玩具は、各実施例では、実用新案登録第3068612号に開示されているコマ玩具をベースとし、回転軸を支持する軸受機構としては、径がφ2mmの回転軸(シャフト)3と、φ5mmのハウジング内面2aとの間に、深溝玉軸受5,5を回転軸3の先端部3a側と最上部3b側に夫々一つずつ計2個配して構成したコマ玩具とした。一方各比較例は、実用新案登録第3068612号に開示されているコマ玩具を用いた。各実施例および各比較例では、回転軸3の外径3cをそれぞれ違えて軸受を作成した。軸受内には、ENSグリースを空間容積に15%と封入した。また競技において室内で行なったため、水の浸入の可能性は認められなかったので、使用軸受材料は通常の軸受鋼2種にて試験した。」

(10)甲第13号証の2の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第13号証の2には次の事項が記載されている。

「【0029】
更に、転がり軸受12には、潤滑剤として例えばウレア系グリースを封入することが好ましい。この場合、ウレア系グリースとしては、例えば新日本石油株式会社製「ENSグリース(商品名)」等を適用することができる。
従来ではリチウム系グリースが一般的に利用されていたが、これをウレア系グリースに変更することにより、転動体18と内外輪(軌道面14a,16a)との間の滑りを伴う衝突が繰り返されて、転動体18や内外輪(軌道面14a,16a)における温度が上昇して転がり軸受12の温度が上昇しても、転がり軸受12の耐久性を低下させることはなく、長寿命化を図ることができる。即ち、ウレア系グリースは、増ちょう剤としてウレア系化合物を使用しており、リチウム系グリースに比べて滴点(℃)が高く、且つ離油度(%)が小さいため、耐熱性に優れている。この結果、高温環境下での長時間連続使用において、焼きつき寿命を延命化させることができる。」

(11)甲第13号証の3の記載
取消理由通知書(決定の予告)において引用した甲第13号証の3には次の事項が記載されている。

「【0004】
転がり軸受に使用されるグリースとして、例えばENSグリース(JX日鉱日石エネルギー株式会社)がある。このグリースは、ちょう度267、滴点250℃以上、使用可能温度範囲(目安)は−40℃〜175℃の性状を示し、転がり軸受の用途に適している(同社商品紹介、http://www.noe.jx-group.co.jp/business/lubricants_e/pdf/guidesheet/grs-7021-0206.pdf)。」

(12)本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「外輪2」、「内輪3」、「ボール4」、「軸受空間」、「グリース7」、「シールド6」及び「転がり軸受1」は、それぞれ、本件発明1の「外輪」、「内輪」、「転動体」、「軸受空間」、「グリース」、「シールド」及び「転がり軸受」に相当する。
甲1発明の「外輪2に固定され」ることは、本件発明1の「外輪に取付けられ」ることに相当する。
甲1発明の「シールド6」は、「内輪3と外輪2との間を覆うことによって、内輪3と外輪2との間の軸受空間に保持されたグリース7を密封している」ものであるから、甲1発明の「外輪2に固定され、内輪3と外輪2との間の軸受空間に保持されたグリース7を密封しているシールド6と、を備え」ることは、本件発明1の「前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、前記外輪と前記内輪との間の軸受空間に保持されたグリースと、を備え」ることに相当する。
転がり軸受においては、内輪は外輪の内周側に配置されるものである。
したがって、上記も踏まえれば、甲1発明の「外輪2と、内輪3と、前記外輪2と前記内輪3との間に装填された複数のボール4と」、「シールド6」により「内輪3と外輪2との間の軸受空間に保持されたグリース7を密封している」「転がり軸受1」は、本件発明1の「外輪と、前記外輪の内周側に配置された内輪と、前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、前記外輪と前記内輪との間の軸受空間に保持されたグリースと、を備え」た「転がり軸受」に相当する。
甲1発明の「前記グリース7は、前記外輪2の前記ボール4に接触する軌道溝8を避けた内周面に付着し、かつ、前記内輪3の外周面に接触しないように、前記外輪2の内周面に偏って円環状に充填され」ることは、グリース7が軸受空間の外輪の内周面側に充填されていることといえるから、本件発明1の「前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されて」いることに相当する。
したがって、本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点]
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間に保持されたグリースと、を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されている、
転がり軸受。」
[相違点1]
グリースに関し、本件発明1は、「温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値である」のに対し、甲1発明は、「増ちょう剤として、ウレア化合物又はリチウム石鹸を使用し、混和ちょう度が190〜280であり、基油として、エステル系合成油、ポリ−α−オレフィン系合成油又はこれらと鉱油の混合油であり、粘度が20mm2/s〜105mm2/s(40℃)である」点

イ 判断
上記相違点1について検討する。
甲第13号証の1〜甲第13号証の3の記載からすれば、玉軸受用グリースとして「ENSグリース」(商品名)は、本件特許の出願前から広く使用されていたことが認められる(甲第13号証の1の段落【0015】、甲第13号証の2の段落【0029】及び甲第13号証の3の段落【0004】を参照。)。
そして、甲第11号証には、「ENS」(ENSグリース)の、温度25℃、周波数が1Hz、ひずみ量を0.07%と固定した条件で測定した時の損失正接が、0.170〜0.173であることが記載されている。
ここで、甲第12号証によると、「ENSグリース」は、基油がエステル系合成油、増ちょう剤として、ウレア系化合物を使用し、ちょう度(25℃、60回混和の混和ちょう度)が267、動粘度(40℃)が31.5mm2/sであることが分かる(「ENSグリースの代表性状」の欄を参照。)。
したがって、「ENSグリース」は、甲1発明のグリース7の要件をすべて満足することから、甲1発明のグリース7であるといえる。
そして、「ENSグリース」が、相違点1に係る本件発明1の物性を有することは上述のとおりである。
してみると、甲1発明の「増ちょう剤として、ウレア化合物又はリチウム石鹸を使用し、混和ちょう度が190〜280であり、基油として、エステル系合成油、ポリ−α−オレフィン系合成油又はこれらと鉱油の混合油であり、粘度が20mm2/s〜105mm2/s(40℃)である」「グリース7」は、本件発明1の「温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値である」ものといえ、相違点1は実質的な相違点とはいえない。
そうすると、本件発明1と甲1発明とは、発明特定事項として差違はない。
したがって、本件発明1は、甲第1号証に記載された発明である。
仮に、相違点1が実質的な相違点であるとして以下検討する。
上記のように、甲1発明のグリース7の要件を満足する「ENSグリース」は、本件特許の出願前から、玉軸受用のグリースとして広く使用されていたといえるから、甲1発明において、グリース7を「ENSグリース」とすることに何らの困難性は認められない。
そして、甲1発明のグリース7として「ENSグリース」を使用したときの、温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接は、0.12以上0.20以下である。
したがって、甲1発明において、相違点1に係る本件発明1の構成となすことは、当業者が容易に想到し得たことである。
また、本件発明1の奏する作用効果も、甲1発明の奏する作用効果から当業者であれば予測しうる程度ものであって格別顕著なものではない。
よって、仮に、相違点1が実質的な相違点であるとしても、本件発明1は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(13)本件発明2について
本件発明2は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに「前記グリースは、前記シールドの内面に付着している」という限定を付加するものである。
しかしながら、甲第1号証の段落【0012】には「これにより、グリース7は、外輪2の内周面の軌道8の軸方向外側の部分及びシールド6の内面に付着して保持され、・・・」と記載されており、【図2】を合わせみれば、甲第1号証には、甲1発明に「グリース7は、シールド6の内面に付着して保持されている」との事項を加えた発明(以下、「甲1a発明」という。)も記載されているといえる。
本件発明2と甲1a発明とを対比すると、上記(12)アにおける対比の結果を踏まえれば、上記(12)アで述べた一致点に加え、「前記グリースは、前記シールドの内面に付着している」点で一致し、上記(12)アで述べた相違点1で相違する。
そして、相違点1についての判断は、上記(12)イで述べたとおりである。
したがって、本件発明2は、甲第1号証に記載された発明であるか、または、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(14)本件発明3について
本件発明3は、本件発明2の発明特定事項を全て含み、さらに「前記シールドと前記内輪とは離間している」という限定を付加するものである。
しかしながら、甲第1号証の段落【0011】には「図2に示すように、シールド6は、外周部が外輪2の内周縁部に形成された取付溝10に止輪11によって固定され、内周部が内輪3の外周縁部に形成されたシール溝12に挿入されて内輪3の直近まで延び、・・・」と記載されている。外輪2と内輪3とは相対的に回転するものであり、シールド6は外輪2に固定されているのであれば内輪3とは離間していることは明らかといえる。そうすると、甲第1号証には、甲1a発明に「シールド6と内輪3とは離間している」との事項を加えた発明(以下、「甲1b発明」という。)も記載されているといえる。
本件発明3と甲1b発明と対比すると、上記(12)アにおける対比を踏まえれば、上記(13)で検討した一致点に加え、「前記シールドと前記内輪とは離間している」点で一致し、上記(12)アで述べた相違点1で相違する。
そして、相違点1についての判断は、上記(12)イで述べたとおりである。
したがって、本件発明3は、甲第1号証に記載された発明であるか、または、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(15)本件発明8について
請求項8は請求項1の記載を引用する場合を含むものである。
この場合、本件発明8は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに「前記グリースは前記外輪に円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されている」という限定を付加するものとなる。
しかしながら、甲第1号証の段落【0012】には「グリース7は、・・・(中略)・・・そして、外輪2の内周面の軌道溝8に対して軸方向外側に付着し、円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されている。」と記載されており、【図1】を合わせみれば、甲第1号証には、甲1発明に「グリース7は外輪2に円周方向に沿って円環状になるように充填されている」との事項を加えた発明(以下、「甲1c発明」という。)が記載されているといえる。
本件発明8と甲1c発明とを対比すると、上記(12)アにおける対比の結果を踏まえると、上記(12)アで述べた一致点に加え、「前記グリースは前記外輪に円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されている」点で一致し、上記(12)アで述べた相違点1で相違する。
そして、相違点1についての判断は、上記(12)イで述べたとおりである。
したがって、本件発明8は、甲第1号証に記載された発明であるか、または、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

(16)本件発明9について
請求項9は請求項1の記載を引用する場合を含むものである。
この場合、本件発明9は、本件発明1の発明特定事項を全て含み、さらに「前記グリースは、複数のグリースが前記外輪に円周方向に沿って互いに離間して配置されるように充填されている」という限定を付加するものとなる。
しかしながら、甲第1号証の段落【0020】には「次に、上述の実施形態の転がり軸受1のグリース7の充填方法の変形例について、図5及び図6を参照して説明する。 グリース7は、・・・(中略)・・・図6に示すように、径方向に沿って延ばした複数のグリース7−1、7−2、7−3、7−4、7−5、…を周方向に沿って間隔をあけて配置してもよい。」と記載されており、【図6】を合わせみれば、甲第1号証には、甲1発明に「グリース7は、複数のグリース7−1、7−2、7−3、7−4、7−5、…が外輪2に周方向に沿って間隔をあけて配置されるように充填されている」と事項を加えた発明(以下、「甲1d発明」という。)も記載されているといえる。
本件発明2と甲1d発明とを対比すると、上記(12)アにおける対比の結果を踏まえれば、上記(12)アで述べた一致点に加え、「前記グリースは、複数のグリースが前記外輪に円周方向に沿って互いに離間して配置されるように充填されている」点で一致し、上記(12)アで述べた相違点1で相違する。
そして、相違点1についての判断は、上記(12)イで述べたとおりである。
したがって、本件発明9は、甲第1号証に記載された発明であるか、または、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が用に発明をすることができたものである。

(17)本件発明4について
ア 対比
本件発明4と甲1a発明とを対比する。
上記(12)ア及び(13)での対比を踏まえると本件発明4と甲1a発明との一致点及び相違点は次のとおりとなる。
[一致点]
「外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間に保持されたグリースと、を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着している、
転がり軸受。」
[相違点1’]
グリースに関し、本件発明4は、「温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値である」のに対し、甲1発明は、「増ちょう剤として、ウレア化合物又はリチウム石鹸を使用し、混和ちょう度が190〜280であり、基油として、エステル系合成油、ポリ−α−オレフィン系合成油又はこれらと鉱油の混合油であり、粘度が20mm2/s〜105mm2/s(40℃)である」点
[相違点2]
本件発明4は、「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きい」とされているのに対し、甲1発明の外輪2の内周面の表面粗さとシールド6の内面の表面粗さについて特定されていない点。

イ 判断
事案に鑑み、相違点2について検討する。
(ア)相違点2について
外輪と内輪との間を覆う外輪に取付けられたシールドを備えた転がり軸受において、外輪の内周面のグリースが付着する付着面の表面粗さを、シールドの内面の表面粗さよりも大きくする技術的事項は異議申立人の提出したいずれの証拠にも記載も示唆もされておらず、また、斯かる事項が当業者にとって自明な事項であるとの証拠もない(異議申立人が技術常識を示すとして提出した甲第3号証〜甲第6号証のいずれも、シールド付転がり軸受の外輪の内周面の表面粗さとシールド内面の表面粗さを特定の関係とすることにより、軸受回転時における軸受空間内に保持されたグリースの挙動を制御することについては記載も示唆もされていない。また、他の各甲号証(甲第2号証、甲第7号証〜甲第9号証及び甲第11号証〜甲第13号証の3)にも斯かる点については記載も示唆もされていない。
してみると、甲1発明において、外輪2の内周面の方面粗さをシールド6の内面の表面粗さ大きくすることは、当業者が容易に想到し得るものとはいえない。
(イ)作用効果について
そして、本件発明4は、斯かる構成を備えることにより、長期の軸受寿命を実現しつつ、回転トルクを低減することができるという格別の作用効果を奏するものといえる(本件特許明細書段落【0013】、【0035】及び【0036】を参照。)。
(ウ)小括
したがって、その他の相違点について検討するまでもなく、本件発明4は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(エ)異議申立人の主張について
α 異議申立人の主張
異議申立人は、相違点2に係る構成(「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きい」との構成)に関し概略次のように主張する。
甲第4号証の図16・3の記載から、玉軸受の外輪内径の表面粗さがRa=3.2a〜6.3より粗いことは、本件特許出願日当時の技術常識であり、甲第3号証及び甲第5号証の記載から、玉軸受ではシールド付軸受が一般的であり、シールド材料には(冷間)圧延鋼板が使用されることが、本件特許出願日当時の技術常識であり、甲第6号証の記載から、冷間圧延鋼板の表面粗さRaが0.2a程度であることからすれば、玉軸受における、外輪内径面の表面粗さRaは3.2a〜6.3aより粗く、シールド面の表面粗さRaは0.2a程度であるから、玉軸受において、外輪内径面がシールド面より、表面粗さが大きいのが通常であることが本件出願日当時の技術常識であり、相違点2に係る構成は当業者が適宜なし得ることに過ぎない。(特許異議申立書第31ページ第2行〜第32ページ第6行。)
β 当審の判断
甲第4号証には、転がり軸受の内外輪の製造工程に関し、図16・3に記載される棒材を旋盤加工することにより製造する場合のみならず、管材の切断や鍛造などの製造方法が採用されることもあることが記載されているから、甲第4号証の図16・3の記載から直ちに、玉軸受の外輪内径の表面粗さがRa=3.2a〜6.3より粗いことが、本件特許出願日当時の技術常識であったということはできない。
また、甲第6号証には、シールドとして鋼板のみならず、ゴム、プラスチックが使用されていることが記載されているから、甲第6号証の記載から、シールド付き玉軸受におけるシールド材料には(冷間)圧延鋼板が使用されることが、本件特許出願日当時の技術常識であったともいえない。
さらに、甲第4号証及び甲第6号証のいずれにも、玉軸受における外輪内径面の表面粗さとシールド面の表面粗さの関係(外輪内径面の表面粗さがシールド面の表面粗さより大きい)については、記載も示唆もされていない。
したがって、玉軸受における、外輪内径面の表面粗さRaは3.2a〜6.3aより粗く、シールド面の表面粗さRaは0.2a程度であるから、玉軸受において、外輪内径面がシールド面より、表面粗さが大きいのが通常であることが本件出願日当時の技術常識であり、相違点2に係る構成は当業者が適宜なし得ることに過ぎないとの異議申立人の主張は採用できない。

(18)本件発明7について
本件発明7は、実質的には、本件発明4の発明特定事項を全て含み、さらに「前記シールドと前記内輪とは離間しており」という限定を付加したものである。
そうすると、本件発明7は、本件発明4と同様な「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きい」との構成を有しているから、上記(17)イと同様の理由により、本件発明7は、甲1発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立て理由について
(1)異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の特許請求の範囲に関し、請求項1〜3、5及び6に係る発明は、「外輪と内輪との間を覆うシールドを有する」との発明特定事項、及び「外輪の内周面においてグリースが付着する付着面の表面粗さが、シールドの内面の表面粗さよりも大きい」との発明特定事項を有しないから、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない旨主張する(特許異議申立書第32ページ第8行〜第34ページ末行。)。
しかしながら、本件訂正後の請求項4及び7に係る発明は、「前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと」「を備え」、「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きい」との発明特定事項を有するものとなった。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
(2)また、異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の請求項1〜6に係る発明について概略次のようにも主張する。
本件の各請求項に係る発明の課題は、「長期の軸受寿命を実現しつつ、回転トルクを低減すること」(本件の明細書の段落【0006】)であるところ、本件の明細書には、長期の軸受寿命に関して、軸受の長期運転時の騒音値などの耐久性についての実験データが記載されておらず、「長期の軸受寿命の実現」という効果が不明である。
よって、本件特許の特許請求の範囲に係る発明は、発明を実施するための形態において発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているものであり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない(特許異議申立書第35ページ第1行〜第18行。)。
しかしながら、本件の明細書の段落【0040】〜【0047】及び【表1】によって示された実施例1〜実施例7においては、高速回転トルクが比較例1〜比較例6に比べて、グリースにより潤滑剤が適正量で供給されて低減されていることが示されており、実施例1〜実施例7は、長期の軸受寿命を有するものであることが当業者には理解できるといえる。
そして、実施例1〜実施例7は、本件訂正後の請求項4及び7に係る発明の実施例ということができるから、本件訂正後の請求項4及び7の記載は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。
(3)さらに、異議申立人は、特許異議申立書において、訂正前の請求項1〜6に係る発明について概略次のようにも主張する。
本件の明細書に記載された実験結果では、グリースの損失正接が0.2である場合の高速トルク特性試験結果は、1条件しか測定していないが、本件の明細書の記載から把握される損失正接が0.1〜0.15の場合の回転トルクの測定結果のばらつきを考慮すると、グリースの損失正接が0.2である場合、必ず、回転トルクが200μNm以下になるとはいえない。
したがって、本件特許の特許請求の範囲に係る発明は、発明を実施するための形態において発明の課題が解決できることを当業者が認識できる範囲を超えているものであり、本件特許の特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものとはいえない(特許異議申立書第35ページ第19行〜第37ページ第8行。)。
しかしながら、本件の明細書には、グリースを外輪の内周面側に充填した転がり軸受(特殊封入軸受)である、実施例1〜7、比較例1、2における実験結果から、グリースを外輪の内周面側に充填した転がり軸受において、グリースの損失正接が0.2以下の場合には、回転トルクが200μNm以下であることが合理的に示されているといえる。
したがって、本件訂正後の請求項4及び7の記載は、請求項に係る発明が、発明の詳細な説明において、発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものであるとはいえない。
したがって、異議申立人の上記主張は採用できない。

3 異議申立人の意見について
異議申立人は、令和3年2月26日付けの意見書において、概略次のように主張する。
本件訂正後の請求項4、7、8及び9に係る発明は、「前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きい」という発明特定事項を有するものであるところ、本件の明細書の実施例は、外輪の内周面においてグリースが付着する付着面の表面粗さが、シールドの内面の表面粗さよりも大きいか小さいかが不明であり、外輪の内周面においてグリースが付着する付着面の表面粗さがシールドの内面の表面粗さよりも大きい場合に、本件の明細書に記載された本件の各請求項に係る発明が解決しようとする、長期の軸受寿命を実現しつつ、回転トルクを低減するという課題(本件の明細書の段落【0006】)が解決されることを、当業者が認識することはできない。
したがって、訂正後の請求項4、7、8及び9の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない(意見書第8ページ第17行〜第10ページ第19行。)。
しかしながら、本件の明細書の段落【0034】〜【0037】には、転がり軸受において、外輪の内周面においてグリースが付着する付着面の表面粗さをシールドの内面の表面粗さより大きくすることが、課題を解決する上でより好ましいことが記載されている。
したがって、本件訂正後の請求項4及び7に記載された発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、しかも、発明の詳細な説明により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるといえる。
よって、訂正後の請求項4及び7の記載は、特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるといえ、異議申立人の上記主張は採用できない。

第5 むすび
以上のとおり、本件発明1〜3、8及び9は、甲第1号証に記載された発明であるか、または、甲第1号証に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。そうすると、本件発明1〜3、8及び9に係る特許は、特許法第29条第1項または同法同条第2項の規定に違反してされたものである。
したがって、本件発明1〜3、8及び9に係る特許は、特許法第113条第2号に該当し、取り消されるべきものである。
また、本件発明4及び7に係る特許は、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては取り消すことができない。さらに、他に本件発明4及び7に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
さらに、請求項5及び6に係る特許は、上記のとおり訂正によって削除された。これにより、特許異議申立人による特許異議の申立てについて、請求項5及び6に係る申立ては、申立ての対象が存在しないものとなったため、特許法第120条の8第1項で準用する同法第135条の規定により却下する。
よって、結論のとおり決定する。


 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この決定に対する訴えは、この決定の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.12以上0.20以下の値であることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記グリースは、前記シールドの内面に付着していることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記シールドと前記内輪とは離間していることを特徴とする請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。
【請求項5】
(削除)
【請求項6】
(削除)
【請求項7】
外輪と、
前記外輪の内周側に配置された内輪と、
前記外輪と前記内輪との間に設けられた複数の転動体と、
前記外輪に取付けられ、前記外輪と前記内輪との間を覆うシールドと、
前記外輪と前記内輪との間の軸受空間内に保持されたグリースと、
を備え、
前記グリースは、前記軸受空間のうち前記外輪の内周面側に充填されており、
温度が25℃、周波数が1Hz、ひずみ量が0.07(固定)%の条件で測定した時の前記グリースの損失正接が0.1以上0.2以下の値であり、
前記グリースは、前記シールドの内面に付着しており、
前記シールドと前記内輪とは離間しており、
前記外輪の内周面において前記グリースが付着する付着面の表面粗さが、前記シールドの前記内面の表面粗さよりも大きいことを特徴とする転がり軸受。
【請求項8】
前記グリースは前記外輪に円周方向に沿って連続する円環状になるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。
【請求項9】
前記グリースは、複数のグリースが前記外輪に円周方向に沿って互いに離間して配置されるように充填されていることを特徴とする請求項1〜4、7のいずれか一つに記載の転がり軸受。
 
訂正の要旨 審決(決定)の(理由)欄参照。
異議決定日 2021-10-08 
出願番号 P2016-035167
審決分類 P 1 651・ 121- ZDA (F16C)
P 1 651・ 537- ZDA (F16C)
P 1 651・ 854- ZDA (F16C)
P 1 651・ 113- ZDA (F16C)
P 1 651・ 853- ZDA (F16C)
P 1 651・ 851- ZDA (F16C)
最終処分 08   一部取消
特許庁審判長 平田 信勝
特許庁審判官 内田 博之
尾崎 和寛
登録日 2019-12-27 
登録番号 6637787
権利者 ミネベアミツミ株式会社
発明の名称 転がり軸受  
代理人 特許業務法人虎ノ門知的財産事務所  
代理人 特許業務法人虎ノ門知的財産事務所  

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