• ポートフォリオ機能


ポートフォリオを新規に作成して保存
既存のポートフォリオに追加保存

  • この表をプリントする
PDF PDFをダウンロード
審決分類 審判 査定不服 特36条4項詳細な説明の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
審判 査定不服 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1382560
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-02-04 
確定日 2022-03-07 
事件の表示 特願2017−504434「ウデナフィル組成物を用いてフォンタン患者における心筋性能を改善する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年2月18日国際公開、WO2016/025100、平成29年8月31日国内公表、特表2017−524705〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由
第1 手続の経緯

本願は、2015年6月30日(パリ条約による優先権主張 2014年8月12日 米国(US)、2015年6月29日 米国(US))を国際出願日とする特許出願であって、出願後の主な手続の経緯は以下のとおりである。

平成30年 2月20日付け :拒絶理由通知
平成30年 9月 6日 :意見書及び手続補正書の提出
平成30年 9月14日付け :拒絶査定
平成31年 2月 4日 :審判請求書の提出
平成31年 4月 4日 :手続補正書(方式)の提出
令和 1年 7月17日付け :拒絶理由通知
令和 2年 1月23日 :意見書及び手続補正書の提出
令和 2年 1月28日 :手続補足書の提出

第2 本願発明

本願に係る発明は、令和2年1月23日提出の手続補正書による特許請求の範囲についてした手続補正(以下「本件補正」という。)により補正された特許請求の範囲の請求項1〜11に記載された事項により特定されるものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物であって、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を含み、該ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が1回当り87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与される、医薬組成物。」

第3 令和1年7月17日付けで当審が通知した拒絶の理由

令和1年7月17日付け拒絶理由通知書において、当審が通知した拒絶の理由は、次の「理由2」及び「理由3」を含むものである。
「2.(実施可能要件)この出願は、発明の詳細な説明の記載が下記の点で、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない。」
「3.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。」
そして、上記拒絶理由通知書では、上記「理由2」及び「理由3」について、概略、次の指摘をしている。

「理由2」について
本願明細書及び出願時の技術常識を参酌しても、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、1回あたり87.5mgを1日2回投与することで、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物として機能するという用途に使用できることを、当業者が理解できるように記載されているものとは認められない。

「理由3」について
本願明細書の記載や出願時の技術常識を参酌しても、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、『投与量が87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与』することで、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することを、当業者が理解するとはいえないから、本願明細書の発明の詳細な説明には、請求項1〜6に係る発明の上記課題が解決できると当業者が認識できる程度の記載ないし示唆があるとまでは認めることはできない。

上記「理由2」及び「理由3」の対象とされた本願に係る発明は、平成30年9月6日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものを含んでいる。

「【請求項1】
フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物であって、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を含み、該ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与される、医薬組成物。」

そして、当該発明は、本願発明と比較すると、文言上、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量87.5mgが「1回当り」であるとの特定がされていないが、当該投与量が1回当たり87.5mgを意味するものとして、上記「理由2」及び「理由3」の判断を行っており、これらの拒絶理由が通知された上記請求項1に係る発明は、本件補正により補正された請求項1に係る発明である本願発明に対応する。

第4 当審の判断

当審は、前記「第3」に示した拒絶理由の「理由2」及び「理由3」のとおり、本願明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が本願発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない、また、本願発明は本願明細書の発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許請求の範囲の記載は、同法同条第6項第1号に規定する要件を満たしていない、と判断する。その理由は、次のとおりである。

1 特許法第36条第4項第1号に規定する要件(実施可能要件)について

(1)判断の前提

特許法第36条第4項第1号は、明細書の発明の詳細な説明の記載は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないと定めるところ(いわゆる「実施可能要件」)、この規定にいう「実施」とは、物の発明においては、その物を作り、使用をする行為をいうものであるから(特許法第2条第3項第2号)、物の発明について実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載は、当業者が、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を作り、使用をすることができる程度のものでなければならない。
また、医薬に関する技術分野のように、一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野に属する発明の場合に、当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。
そして、医薬の用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、当該用途及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり、当該医薬を当該用途に使用することができないから、医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、本願明細書の発明の詳細な説明は、その医薬を製造することができるだけでなく、出願時の技術常識に照らして、当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるように記載される必要がある。
以上のことを前提として、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、本願発明について実施可能要件を満たすか否か、以下検討する。

(2)本願明細書及び図面の記載事項

本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には、以下の摘記ア〜エの事項が記載されている(なお、下線は当審合議体が付した。以下、同じ。)。

(摘記ア)
「【技術分野】
・・・
【0002】
本発明は概して、フォンタン術を受けた患者においてホスホジエステラーゼE5(PDE5)阻害剤を使用する分野に関する。具体的に、PDE5阻害剤はウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩である。
【背景技術】
【0003】
I.フォンタン手術に関する背景
フォンタン手術又はフォンタン/クロイツェル手術は、機能的単心室先天性心疾患をもって生まれてきた子どもたちに対する緩和的外科的処置である。フォンタン術は、右心ポンプ室を必要とすることなく血流を肺循環及び体循環に連続して供給するようにデザインされた。該手術によって、体静脈血が、単心室のインピタスに基づいて、動脈、毛細血管、及び体循環静脈系を通して肺循環に直接流れることができる。この配列は、以前の動脈シャントと比較して、単心室及び肺流出路狭窄をもつ患者の平均余命を改善してきた。
【0004】
該手術は上下大静脈肺動脈吻合を作り、体循環と肺循環を分離して低酸素血症及び心室容量負荷をともに解消する。しかし、フォンタン術の後に、血液を肺動脈に送り出す心室ポンプは存在しない。代わりに、血液は体静脈から受動的流れによって肺に戻る。これによって、高い中心静脈圧、異常な肺血管抵抗、及び慢性的な低い心拍出量を特徴とする循環が生じる。時間とともに、フォンタン生理のこれらの固有の特徴は、思春期後に始まる運動能力の進行性低下を特徴とする心血管効率の予側可能な持続的低下を結果としてもたらす。この運動耐容能の低下は心血管機能障害の症状の増加と相関し、入院、心不全管理の強化、又は移植の必要性が生じうる。
【0005】
フォンタン循環を有するものは「正常な」心臓生理又は機能をもたない。多くの「下流(downstream)」に影響しうる2つの主な合併症は、その位置(静脈又は動脈)に依存して上昇(「高血圧」)及び低下(「低血圧」)する血圧に対する以下の効果である。まず、フォンタン循環があると、「体静脈高血圧症」が存在し、これは体内の静脈の血圧(心臓に戻る血液)が、正常な(フォンタン循環ではない)心臓機能をもつ個人と比べて高いことを意味する。基本的に体内の流体の分布に関連する、体静脈高血圧症によって引き起こされうる多くのマイナスの結果(鬱血性心不全、浮腫又は腫れ、肝臓の機能障害、もしかすると蛋白漏出性腸症)が存在する。第2の合併症は「肺動脈性低血圧症」であり、ここでは肺に向かう又は肺内(すなわち肺)の動脈の血圧が正常な心臓機能をもつ個人と比べて低い。やはり、チアノーゼ(紫色の唇)又は運動耐容能の欠如などの肺動脈性低血圧症に関連したマイナスの結果が多くある。フォンタン手術に続いて(短期間又は長期間に)起こる続発内科疾患及び死は、体血圧及び肺血圧の変化に由来すると考えられている。
・・・
【0007】
フォンタン手術の結果を検討する複数の研究は、手術後15年を超える生存の減少を示している。大静脈肺動脈吻合術の術式にかかわらず、継続する自然減ともに進行する高い死亡リスクが存在する。フォンタン手術後の単左心室を形態的に検討する別の研究では、彼又は彼女が20代後半に達するまでに亡くなる可能性は1対4であるという結果が示された。・・・。
【0008】
フォンタン患者の寿命が延びてきていることを考慮して、研究者たちは、フォンタン手術の副作用に対処する医学療法を探究してきた。特に、単心室生理をもつ小児及び若年成人はフォンタン手術後、運動耐容能が異常である。心拍出量を改善し、且つ中心静脈圧を減少させることを標的にした戦略は、彼らの健康全般を改善し、且つこの有害な生理の影響を和らげることになる。
・・・
【0018】
フォンタン手術は一時的に緩和するもので、治療的ではない。・・・。
20/30%の症例では、患者は心臓移植がいずれは必要となることとなる。
・・・
【0020】
当該技術分野において、フォンタン患者の寿命を延ばし、心臓移植の必要性を回避又は遅延させる目的としてフォンタン手術の合併症又は副作用に関連する改良治療法に対するニーズがある。また、当該技術分野において、心不全の発症を遅らせたり、フォンタン手術を受けた患者のクオリティ・オブ・ライフを上げたりする改良治療法に対するニーズがある。本発明はこのニーズを満たす。」

(摘記イ)
「II.フォンタン患者に関連する臨床測定
【0074】
・・・
運動負荷試験
【0076】
運動負荷試験は最大努力の間又は無酸素性代謝閾値におけるVO2値の評価を含むことができる。VO2max又は最大酸素摂取量は、個人が激しい運動の間に使うことができる酸素の最大量を指す。この測定値は一般に、心臓血管の健康状態及び有酸素持久力の信頼できる指標とみなされている。理論的には、高いレベルの運動の間に人が使うことができる酸素が多ければ多いほど、人はより多くのエネルギーを作り出すことができる。筋肉は長期の(有酸素)運動に酸素を必要とし、血液は酸素を筋肉に運び、有酸素運動の需要量を満たすように心臓は十分量の血液を送り出さなければならないので、この試験は心肺の健康状態に関する最も信頼できる基準である。
【0077】
VO2は多くの場合、被験者にマスクを付けること及び吸気及び呼気の体積及び気体濃度を測ることによって測定される。この測定結果は臨床の現場及び研究の両方で使用されることが多く、最も正確であると考えられている。試験は通常、強度を漸増して疲労困憊するまでトレッドミル上で運動すること又は自転車に乗ることを含み、被験者の最大努力及び/又は被験者の無酸素性代謝閾値における読み取りを与えるようにデザインされている。
【0078】
以前にフォンタン手術を受けた患者は一般的に、時間経過と共にVO2測定値の低下を経験することになる。患者を本発明による方法で治療して、結果として患者のVO2測定値が同レベルに維持され、VO2機能のさらなる低下がないことを示したり、VO2測定値が治療で改善したりすることは、治療が臨床的に有益であり、且つ心血管機能の低下を改善又は予防しうることを示す。
【0079】
1つの実施形態では、本発明は、フォンタン手術を以前に受けた被験者のVO2測定値を改善又は維持する方法を対象とする。該方法は、治療有効量のPDE5阻害剤を患者に投与することを含み、ここで、PDE5阻害剤はウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩である。幾つかの実施形態では、VO2は最大努力時に測定され、一方で他の実施形態では、VO2は被験者の無酸素性代謝閾値において測定される。
【0080】
幾つかの実施形態では、本開示の方法及び組成物はフォンタン患者に投与され、時間経過とともに運動耐容能は減少しないか、又は最小限の減少が生じる。より具体的に、本開示の方法及び組成物は、時間経過とともに約40未満、約35未満、約30未満、約35未満、約20未満、約15未満、約10未満、又は約5%未満の運動耐容能の減少をもたらしうる。運動耐容能の減少を計算するのに用いられる第1の測定と第2の測定の間の時間は、例えば、約1、約2、約3、約4、約5、約6、約7、約8、約9、約10、約11、若しくは約12か月;約1、約2、約3、約4、約5、約6、約7、約8、約9、約10、約11、約12、約13、約14、若しくは約15年、又はそれらいずれの組み合わせ、例えば、1年3か月;4年7か月などであることができる。
【0081】
幾つかの実施形態では、本開示の方法及び組成物はフォンタン患者に投与され、運動耐容能の改善をもたらしうる。より具体的に、本開示の方法及び組成物は、最大努力時VO2の、1、2、5、10、15、20、25、30、35、40、45、又は50%以上改善しうる。代替的に、本開示の方法及び組成物は、患者の無酸素性代謝閾値におけるVO2の、1、2、5、10、15、20、25、30、35、40、45、又は50%以上改善しうる。
・・・
【0099】
当然のことながら、フォンタン手術の日から時間が経つにつれて、死亡のリスク又は心臓移植の必要性が増加する。これは突然死又は心不全に起因しうるが、心臓機能が徐々に低下することからでもありうる。フォンタン手術後、年が刻々と過ぎるにつれて、心機能が悪くなり、それは有酸素運動を行う能力の低下に反映される。例えば、フォンタンを幼少期に受けた患者に関しては、運動耐容能が正常患者と比較して大きく低下(44%)することがあり、この運動能は毎年直線的に低下する傾向がある(毎年2.6%低下)。フォンタン循環をもつ患者は、30歳で運動耐容能が大きく減少し(正常より55%未満)、健康問題の数及び入院率が劇的に増加する。繰り返すことになるが、1つの心室が2つ分の仕事をしているので、恐らくこれは驚くべきことではない。よって、心機能が時間経過とともに低下するのを解消するか、その低下を著しく減少させることができる本発明による方法は、フォンタン患者にとって非常に望ましい。そのような方法の成功の鍵は、好ましい服薬スケジュールへの患者のコンプライアンスである。
・・・
VIII.定義
【0142】
・・・
【0149】
本明細書で使用される場合、「運動耐容能」という用語は、患者が持続できる労作の最大値を指す。運動耐容能は、面接又は直接的な測定を含む多くのさまざまな臨床技法によって測定できる。本発明の方法は、限定されないが、自転車エルゴメーターに乗ること又はトレッドミルの上を歩行することを含む運動耐容能を測定するさまざまな方法を包含する。よって、「運動耐容能を改善すること」という用語は、いずれのレベルの労作又は運動を行う患者の能力が上がることを意味する。」

(摘記ウ)
「【0155】
実施例1−第I/II相薬物動態及び薬力学試験
フォンタン緩和を実施した後、単心室生理をもつ青年期の若者におけるウデナフィルの第I/II相投与量漸増治験
【0156】
治験は5か月にわたって行われ、有害事象(AE)についてさらに3か月間の追跡調査期間を伴った。該治験に登録した36名の被験者は表1に記載の6つのコホートから構成された。
【0157】
【表1】

【0158】
本治験の目的は、5日間にわたる複数回投与レベルでのウデナフィルの安全性、フォンタン生理をもつ青年期の若者におけるウデナフィルの薬物動態プロファイル、並びに運動耐容能、心室機能、及び血管機能の薬力学的評価基準に対するウデナフィルの短期効果を評価することであった。
【0159】
ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の複数回投与を、年齢が14〜18歳の男性及び女性フォンタン患者に投与した。」

(摘記エ)
「【0179】
実施例3−運動負荷試験
この例の目的は、さまざまな運動負荷試験パラメーターを用いて実施例1に記載の治療プロトコールの有効性を評価することであった。
【0180】
本試験の本治療群の主要アウトカムは、運動負荷試験によって決定される最大VO2であった。表14は、治療群ごとの、運動負荷試験の重要なアウトカム−ピークVO2(最大努力を達成した被験者に限定された)の結果をまとめる。治験に登録した36名の被験者のうち、33名が各時点において運動負荷試験で最大努力に達し、31名の被験者が両時点において達した。初めの2本の線はベースライン及び追跡調査測定のデータを示し、一方で3番目の線は2つの測定結果の差を示す(変化スコア、この治療群のアウトカム)。分散分析は変化スコア間に差がないことを示唆する(p=0.85)。
【表14】

【0181】
図2及び3は変化スコアの結果を視覚的に示す(正の変化が改善を示す)。図2はペア測定(丸)をもつ各被験者の個別変化スコアを示し、2本の線は平均値及び中央値である。プロットは変化スコアが投与量に伴って増加することを示唆しない。図3は各被験者及び各コホートの治療前後の最大VO2値を示す。
【0182】
予想された通り、ベースラインと追跡調査測定は強く相関し、相関係数>0.8である。」







(3)実施可能要件についての判断

本件補正後の請求項1の記載によれば、本願発明は、「医薬組成物」という「物」の発明であって、「ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩」を含み、「フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用」及び「該ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が1回当り87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与される」ことを用途とする医薬用途発明である。
そうすると、医薬用途発明である本願発明について、本願明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件に適合するためには、本願出願時の技術常識に照らして、その医薬を製造することができるだけでなく、本願発明の医薬としての用途、即ち、「ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩の投与量が1回当り87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与される」ときに、「フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善」に使用できることが、当業者が理解できる程度に記載されている必要がある。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討すると、本願明細書の「VIII.定義」以下の【0149】には、「運動耐容能を改善すること」という用語について、「いずれのレベルの労作又は運動を行う患者の能力が上がること」と定義されており、本願明細書の「II.フォンタン患者に関連する臨床測定」以下の項目「運動負荷試験」の【0079】〜【0081】においても、「改善」と「維持」を対比して説明がなされ、【0081】には、「本開示の方法及び組成物は、最大努力時VO2の、1、2、5、10、15、20、25、30、35、40、45、又は50%以上改善しうる。」と記載されている。
そうすると、本願発明の医薬としての用途とは、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能が、維持されるに留まらず向上することを意味するものと認められる。
一方、本願明細書【0179】〜【0182】には、実施例3として、ウデナフィルによる治療前1日目と治療後5日目に、運動負荷試験による最大努力時VO2の測定が行われ、その結果が【表14】並びに図2及び図3に記載されている。しかしながら、【表14】の「87.5mg1日2回」欄の測定結果を参照しても、【0180】に、「分散分析は変化スコア間に差がないことを示唆する(p=0.85)。」と記載されるように、ベースライン測定と追跡調査測定で有意差があるものとは認められず、また、図2の「87.5mg1日2回」欄を参照しても、平均値及び中央値共に、最大努力時VO2が有意差をもって正に変化しているものとは認められない。図3には、被験者ごとのベースライン(治療前1日目)及び治療後5日目の結果が示されているが、当該記載も最大努力時VO2が有意差をもって正に変化しているものとは認められない。
したがって、本願明細書には、当業者が、フォンタン手術を受けた患者において、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、1回当り87.5mgを1日2回投与した際に、最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することを理解することができるように記載されているとはいえない。
さらに、本願出願時において、ウデナフィルが、「フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能」を改善するといった技術常識が存在するものとも認められない。
以上のとおり、本願明細書及び出願時の技術常識を参酌しても、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、1回当り87.5mgを1日2回投与することで、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物として機能することを、当業者が理解できるように記載されているものとは認められない。

よって、本願明細書の発明の詳細な説明には、その記載及び本願の出願当時の技術常識に基づいて、本願発明の医薬組成物の使用をすることができることを、当業者が理解することができる程度に記載されていないから、本願明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない。

2 特許法第36条第6項第1号に規定する要件(サポート要件)について

(1)判断の前提

特許法第36条第6項第1号は、特許請求の範囲の記載が適合するものでなければならない要件として、「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。」(いわゆる「サポート要件」)を規定している。
そして、特許請求の範囲の記載が、同要件に適合するか否かは、特許請求の範囲と明細書の発明の詳細な説明とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明であり、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、を検討して判断すべきものである。
そこで、本願発明に係る請求項1の記載が、サポート要件を満たすか否か、以下、検討する。

(2)判断
本願明細書【0004】〜【0005】、【0007】〜【0008】、【0020】、【0076】〜【0081】、【0099】及び請求項1の記載によれば、本願発明の課題は、「フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物」を提供することと認められ、当該課題は、フォンタン手術を受けた患者にウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、「投与量が1回当り87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与」することにより、解決されるものである。 そして、本願発明の課題にある「運動耐容能の改善」とは、上記1(2)において説示した理由から、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能が、維持されるに留まらず向上することを意味するものと認められる。
しかしながら、上記1(3)において説示したように、本願明細書の実施例3において、【表14】の「875mg1日2回」欄の測定結果を参照しても、ベースライン測定と追跡調査測定で有意差があるものとは認められず、また、図2の「87.5mg1日2回」欄を参照しても、平均値及び中央値共に、最大努力時VO2が有意差をもって正に変化しているものとは認められない。図3には、被験者ごとのベースライン(治療前1日目)及び治療後5日目の結果が示されているが、当該記載も最大努力時VO2が有意差をもって正に変化しているものとは認められない。
さらに、本願出願時において、ウデナフィルが、「フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能」を改善するといった技術常識が存在するものとも認められない。
したがって、本願明細書の記載や出願時の技術常識を参酌しても、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、「投与量が1回当り87.5mgであり、前記組成物が1日2回投与」することで、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能を改善することを、当業者が理解するとはいえないから、本願明細書の発明の詳細な説明には、本願発明の上記課題が解決できると当業者が認識できる程度の記載ないし示唆があるとまでは認めることはできない。
よって、本願発明は、本願明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められず、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らしその課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められない。

3 令和2年1月23日提出の意見書における請求人の主張について

(1)請求人の主張の概要

請求人は、令和2年1月23日提出の意見書において、実施可能要件及びサポート要件に関し、令和2年1月28日提出の手続補足書における甲第1号証(以下「甲1」という。)に基づいて、以下の主張をしている。

(主張1)「『有意差をもって正に変化しているものとは認められない』とのご判断自体はその通りであると思料されるが、だから医薬品として有効ではないということにはならない。本願の図2及び図3に明確に示されているように、5人中2人には明らかに効いていることがわかる。5人に2人、すなわち40%の患者さんに効くということが重要であり、医薬品としての有効性が示されていると解するのが相当である。」(意見書3頁下から13〜8行)

(主張2)「このように、請求人は、米国において患者数400名で第III相臨床試験を行った。その結果が、2019年11月に公表された
(10:1161/CIRCULATIONAHA.119.044352 "Results of the Fontan Udenafil Exercise Longitudinal (FUEL) Trial", Running Title: Goldberg et al.; Results of the FUEL Trial, David J. Gldberg, et al.)ので、甲第1号証として提出する。
甲第1号証の要約欄の『結果』の項には、『Among randomized participants, peak oxygen consumption increased by 44 ± 245 mL/min (2.8%) in the udenafil group and declined by 3.7 ± 228 mL/min (-0.2%) in the placebo group (p=0.071). Analysis at VAT demonstrated improvements in the udenafil group versus the placebo group in oxygen consumption (+33 ±185 (3.2%) vs -9 ± 193 (-0.9%) mL/min, p=0.012), ventilatory equivalents of carbon dioxide (-0.8 vs -0.06, p=0.014), and work rate (+3.8 vs +0.34 Watts, p=0.021).』(下線強調)(請求人訳:ランダム化参加者のうち、ウデナフィル群では最大酸素消費が44±245 mL/min 増大し(2.8%)、偽薬群では、3.7 ± 228 mL/min減少した (-0.2%)(p=0.071)。VATにおける解析の結果、酸素消費(+33 ±185 (3.2%) vs -9 ± 193 (-0.9%) mL/min, p=0.012)、二酸化炭素換気当量(-0.8 vs -0.06, p=0.014)及び作業量(+3.8 vs +0.34 Watts, p=0.021)において、ウデナフィル群は偽薬
群に対して改善が認められた。)(下線強調)。」(意見書4頁11〜27行)

(2)請求人の主張についての判断

請求人の(主張1)について、上記1(3)において説示した本願明細書に開示される実施例3を詳細に検討すると、ウデナフィルを1回当り87.5mgで1日2回投与した標本数は5にとどまり、ベースライン測定平均値が28mL/kg/minであって、追跡調査測定平均値が28.2mL/kg/minである。そして、個別の変化スコアを図2及び3に基づいて具体的にみると、5名中2名が正の変化スコアを示し、5名中3名が負の変化スコアを示している。そして、正の変化スコアを示す2名のうち1名は、約8mL/kg/minとの比較的大きい数値を示すものの、もう1名は4mL/kg/minを示すにとどまり、3名の負の変化スコアは、それぞれ、おおよそ、−6mL/kg/min、−3mL/kg/min、−2mL/kg/minを示している。
そうすると、当業者が上記結果をみた際に、運動負荷試験により測定された最大努力時VO2が正に変化していることを信頼性をもって示されていると理解するとは認められない。
したがって、ウデナフィル又はその薬剤的に許容可能な塩を、1回当り87.5mgを1日2回投与することで、フォンタン手術を受けた患者における、最大努力時VO2により測定される運動耐容能の改善用の医薬組成物として機能するという用途に使用できることを、当業者が理解できるように記載されているものとは認められない。そうすると、上記(主張1)は採用できない。

請求人の(主張2)については、甲1は、本願出願後に公表され提出されたものであるから、甲1に記載された結果は、本願の実施可能要件およびサポート要件を判断するにあたり、直ちに参酌できるものではない。念のため、予備的に甲1の内容についても検討すると、甲1の要約欄の「結論」の項においては、「In the FUEL trial, treatment with udenafil (87.5 mg twicedaily) was not associated with an improvement in oxygen consumption at peakexercise(当合議体訳:FUEL試験において、ウデナフィルによる治療(87.5 mg 1日2回)は、最大努力時の酸素消費量の改善とは関連していない)」と結論付けられている。そして、請求人が下線強調する「ウデナフィル群は偽薬群に対して改善が認められた」との記載は、当該記載の直前の「VATにおける解析の結果、酸素消費(+33 ±185 (3.2%) vs -9 ± 193 (-0.9%) mL/min, p=0.012)、二酸化炭素換気当量(-0.8 vs -0.06, p=0.014)及び作業量(+3.8 vs +0.34 Watts, p=0.021)において」との記載を受けてのものであり、最大酸素消費に関する記載ではない。そうすると、甲1に基づく請求人の(主張2)は採用できない。

したがって、請求人の上記主張はいずれも採用できない。

第5 むすび

以上のとおり、本願は、発明の詳細な説明の記載が、請求項1に係る発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものでないから、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしておらず、また、請求項1に係る発明が発明の詳細な説明に記載したものでないから、特許請求の範囲の記載が同法同条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
したがって、その余について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 井上 典之
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2020-04-27 
結審通知日 2020-05-12 
審決日 2020-05-28 
出願番号 P2017-504434
審決分類 P 1 8・ 536- WZ (A61K)
P 1 8・ 537- WZ (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 井上 典之
特許庁審判官 渡邊 吉喜
穴吹 智子
発明の名称 ウデナフィル組成物を用いてフォンタン患者における心筋性能を改善する方法  
代理人 特許業務法人谷川国際特許事務所  

プライバシーポリシー   セキュリティーポリシー   運営会社概要   サービスに関しての問い合わせ