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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) C08L
管理番号 1382567
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-10-18 
確定日 2022-03-02 
事件の表示 特願2016−561739「静電防止ポリマー組成物」拒絶査定不服審判事件〔平成27年10月15日国際公開、WO2015/157051、平成29年 6月 1日国内公表、特表2017−513977〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 第1 手続の経緯
この出願(以下、「本願」という。)は、2015年4月1日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2014年4月9日 米国(US))を国際出願日とする出願であって、出願後の手続の経緯の概要は次のとおりである。

平成30年10月31日付け 拒絶理由通知
平成31年 1月30日 意見書・手続補正書の提出
令和 1年 6月18日付け 拒絶査定
同年10月18日 拒絶査定不服審判の請求・手続補正書の提出
同年10月24日 手続補正書(方式;請求の理由の変更)
令和 2年 2月27日 上申書の提出
令和 3年 2月22日 上申書の提出
同年 4月26日付け 当審における拒絶理由通知
同年 7月27日 意見書・手続補正書の提出

第2 特許請求の範囲の記載
本願の請求項1〜26に係る発明は、令和3年7月27日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1〜26に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、請求項1に係る発明は、次のとおりのものである。

「【請求項1】
ポリマー組成物であって、ポリマーマトリクス内に分配されているイオン性液体を含み、当該イオン性液体が、400℃以下の融点を有し、カチオン種及び対イオンを含む塩であり、当該ポリマー組成物が5重量%〜40重量%の量のガラス繊維を含み、当該ポリマー組成物が0.3重量%〜5重量%の量の当該イオン性液体を含み、当該ポリマーマトリクスが、100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマーを含み、当該ポリマー組成物が、ISO試験No.11443にしたがって前記組成物の融点よりも15℃高い温度で1000秒-1の剪断速度において測定して0.1〜80Pa・秒の溶融粘度を有し、当該ポリマー組成物を表面に含む成形部品が、IEC−60093にしたがって測定して1×1015Ω以下の表面抵抗率を当該表面において示す、前記ポリマー組成物。」

なお、上記した請求項1に係る発明は、下記「第3 当審が通知した拒絶理由」において、「理由1(進歩性)」の対象となった令和1年10月18日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定された請求項1に係る発明と同じである。

以下、請求項1により特定される発明を、「本願発明」という。また、本願の願書に添付した明細書を「本願明細書」という。

第3 当審が通知した拒絶理由
令和3年4月26日付けで当審が通知した拒絶理由は、次のとおりである。

「理由1(進歩性)この出願の下記の請求項に係る発明は、その出願前に日本国内又は外国において、頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」

そして、上記の拒絶理由の刊行物として、次の引例A〜Fを引用している。
<引例等一覧>
A.特開2003−238820号公報
B.特開2011−16902号公報
C.特開2009−197092号公報
D.特開2005−15573号公報
E.国際公開第2013/074476号
(特表2014−533325号)
F.国際公開第2013/129338号

第4 当審の判断
当審は、本願は、上記の理由1(進歩性)の拒絶理由によって拒絶すべきものであると判断する。
理由は以下のとおりである。

1.引用文献の記載及び引用発明
(1)引例A(特開2003−238820号公報)の記載事項
及び引例A発明の認定
ア.引例Aの記載事項
引例Aには、下記の事項が記載されている。

摘記a1
「【請求項1】
熱可塑性の樹脂に、0.1〜20重量%のカーボンナノチューブを添加し、表面抵抗が1011Ω以下で帯電防止性能を有した事を特徴とする光学機器用帯電防止樹脂材料。
【請求項2】
熱可塑性の樹脂として、PC,PBT,PET,ABS,PA,PS,PPS,LCP,PEI,PEEK,PMMA,PPE,POMの樹脂あるいはこれらのアロイから選択されることを特徴とする請求項1に記載の光学機器用帯電防止樹脂材料。

【請求項4】 ガラス繊維又は炭素繊維からなる補強材料を1〜30重量%の割合で含有する事を特徴とした請求項1〜3に記載の光学機器用帯電防止樹脂材料。

【請求項6】 カメラ用のシャッタ羽根を搭載するためのシャッタ地板、羽根押え、中間板、あるいは鏡筒、ミラーボックス、カメラボディーなどの静電気発生を嫌う成形品であって、請求項1に記載した帯電防止樹脂材料で成形されたことを特徴とする光学機器用部品。」

摘記a2
「【0004】
【課題を解決するための手段】
上述した従来の技術の課題に鑑み、本発明は帯電防止性能に優れた光学機器用帯電防止樹脂材料を提供することを目的とする。係る目的を達成する為に以下の手段を講じた。即ち、本発明に係る光学機器用帯電防止樹脂材料は、熱可塑性の樹脂に、0.1〜20重量%のカーボンナノチューブを添加し、表面抵抗が1011Ω以下で帯電防止性能を有した事を特徴とする。好ましくは、熱可塑性の樹脂として、PC(Polycarbonate ポリカーボネート樹脂)、PBT(Polybutylene Terephthalate ポリブチレンテレフタレート)、PET(Polyethylene Terephthalate ポリエチレンテレフタレート)、ABS(Acrylonitrile−butadiene−styrene Resin ABS樹脂)、PA(Polyamide ポリアミド樹脂[ナイロン樹脂])、PS(Polystyrene ポリスチレン)、PPS(Poly Phenylene Sulfide Resin ポリフェニレンサルファイド樹脂)、LCP(LiquidCristal Polymer 液晶ポリマー)、PEI(Poly Ether Imide ポリエーテルイミド)、PEEK(Poly(ether−ether−ketone) ポリエーテルエーテルケトン樹脂)、PMMA(Methacrylic Resins メタクリル樹脂〔アクリル樹脂〕)、PPE(Poly Penylene−Ether Resins ポリフェニレンエーテル樹脂)、POM(Polyacetal Resins ポリアセタール樹脂)あるいはこれらのアロイから選択されることを特徴とする。又、前記樹脂に、カーボンブラックを0.1〜10重量%添加し、帯電防止性および遮光性を高めたことを特徴とする。又、ガラス繊維又は炭素繊維からなる補強材料を1〜30重量%の割合で含有する事を特徴とする。」

摘記a3
「【0011】
ここで、地板や羽根押えなどの部品の成形に用いる光学機器用帯電防止樹脂材料を説明する。本発明に係る光学機器用帯電防止樹脂材料は、基本的に、熱可塑性の樹脂にカーボンナノチューブを0.1〜20重量%の割合で添加した組成物である。…カーボンナノチューブの添加量が0.1重量%以下では、樹脂材料の表面抵抗が1011Ω以下に下がらず、所望の帯電防止性能を得ることができない。又、カーボンナノチューブの添加量が20重量%を超えると、樹脂材料の成形性などに問題が生じる。ここで、本発明に係る帯電防止樹脂材料が、光学機器用途などで遮光性を要求される場合、カーボンブラックを0.1〜10重量%添加することが好ましい。カーボンブラックが0.1重量%以下では遮光性が不足する場合がある。逆にカーボンブラックの添加量が10重量%を超えると、成形性などに問題が生じる場合がある。この際、カーボンブラックとして導電性に優れているチャンネルブラックを使用すると、カーボンナノチューブとの相乗作用で、更に光学機器用樹脂材料の導電性が増す。又、本発明に係る帯電防止樹脂材料を高速走行の要求されるシャッタ羽根などに利用する場合、強度が不足することもある。その場合には、炭素繊維あるいはガラス繊維を1〜30重量%添加し、補強を行なうとよい。繊維の添加量が1重量%未満では所望の補強効果が得られない。一方、繊維の含有量が30重量%を超えると、成形性に不都合が生ずる場合がある。」

摘記a4
「【0022】
最後に実施例を説明する。ポリカーボネート(PC)樹脂にガラス繊維20重量%、カーボンナノチューブ0.5重量%、カーボンブラック3重量%を添加して得られた樹脂材料を用いて、シャッタ地板を成形した。…シャッタ地板の表面抵抗値は5×107Ωであり、遮光性も十分であった。…」

イ.引例A発明の認定
引例Aの実施例には、「ポリカーボネート(PC)樹脂にガラス繊維20重量%、カーボンナノチューブ0.5重量%、カーボンブラック3重量%を添加して得られた樹脂材料」が記載され、かかる樹脂材料を成形したシャッタ地板の表面抵抗値が「5×107Ω」であることから(摘記a4の【0022】)、引例Aには、次の発明が記載されているものと認められる。

「ポリカーボネート(PC)樹脂にガラス繊維20重量%、カーボンナノチューブ0.5重量%、カーボンブラック3重量%を添加して得られた樹脂材料であり、樹脂材料を成形したシャッタ地板の表面抵抗値が5×107Ωである、樹脂材料」(以下、「引例A発明」という。)

(2)引例D(特開2005−15573号公報)の記載事項
及び引例D発明の認定
ア.引例Dの記載事項
引例Dには、下記の事項が記載されている。

摘記d1
「【請求項1】 熱可塑性樹脂(A)100重量部およびイオン性液体(B)0.001〜15重量部を含有することを特徴とする帯電防止性樹脂組成物。

【請求項5】 熱可塑性樹脂が、ポリオレフィン系樹脂、ポリアミド系樹脂、スチレン系樹脂、(メタ)アクリル系樹脂、ポリエステル系樹脂及びポリカーボネート系樹脂から選ばれる少なくとも1種の樹脂であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の帯電防止性樹脂組成物。」

摘記d2
「【0002】
【従来の技術】
合成高分子からなる種々の熱可塑性樹脂材料は、その特性に応じ非常に多分野で使用されているが、一般に電気抵抗率が高く帯電し易いため、帯電が障害を与える用途に用いると、静電気に起因する様々な問題が起こりやすい。例えば、樹脂成形品が静電気を帯びると、表面に埃や塵が付着して外観を損ねることになり、特に、透明性が要求される場合には大きく商品価値を低下させる結果となる。また、電気・電子部品においては、誤動作等、機能上重大な問題を引き起こす場合もある。そのため、樹脂に帯電防止性を付与するための種々の帯電防止剤が配合使用されており、例えば、n?ヘキシルスルホン酸ナトリウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム等の有機スルホン酸塩型帯電防止剤(特許文献1参照)、ドデシルベンゼンスルホン酸のステアリルジメチルアミン塩又はラウリルジエチルアミン塩等の有機スルホン酸の第3級アミン塩型帯電防止剤(特許文献2参照)などが知られている。しかしながら、アミン系の帯電防止剤は一般に併用される他の添加剤との相互作用により着色問題を生ずる場合もあるので、樹脂の色相や透明性に影響を与えず、帯電防止性機能を有する材料の開発が更に望まれている。
【0003】
一般に、合成樹脂等の高分子材料に帯電防止性能を付与するには、帯電防止剤を樹脂成形品の表面に塗布する方法や、各種の帯電防止剤を樹脂に練り込む方法(特許文献1参照)が用いられている。これらのうち、帯電防止剤を成形品の表面に塗布する方法は、工程数が増えることによるコストアップや成形品の形状が制限される等の欠点がある。また、帯電防止剤を樹脂に練り込む方法では、耐熱性や樹脂との相溶性等によっては帯電防止性能を十分に付与することが出来なかったり、成形時の高温により樹脂成形品の色相や透明性を損なう等の問題がある。…
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決すべく帯電防止性能について検討を重ねた結果、ある種の塩が極めて優れた帯電防止性能を有することを見出し本発明を完成させた。
即ち、本発明の要旨は、熱可塑性樹脂(A)100重量部、およびイオン性液体(B)0.001〜15重量部を含有することを特徴とする熱可塑性樹脂組成物に存する。」

摘記d3
「【0025】
【発明の効果】
本発明の熱可塑性樹脂組成物は、良好な帯電防止性能を有し、かつ、水洗による性能低下も少なく、しかもベースポリマーと比較しても色相や透明性の変化が少ない。本発明の熱可塑性樹脂組成物からなる成形品は、表面に埃や塵が付着しにくく外観に優れ、また、誤操作等の機能上の問題や電撃現象による帯電トラブルが生じにくいため、電気・電子機器分野、自動車分野、機械分野、医療分野などの、多くの分野において幅広く使用することができる。」

摘記d4
「【0006】
【発明の実施の形態】
…イオン性液体は、室温付近で液体である塩類の総称であり、室温付近の広い温度範囲において液体で、また、室温付近の蒸気圧が極めて低いという特徴を有するカチオンとアニオンからなる塩である(例えば、現代化学、2001年3月号、pp.56−62参照)。イオン性液体は、蒸気圧が殆ど0に近く高温下でも蒸発せず、また比較的低粘性であることから反応溶媒として使用されたり、その高いイオン伝導性を利用して電解質溶液等にも利用され、更に、ルイス酸性能を利用して化学反応触媒としての用途にも適用されている。近年、このイオン性液体に着目し、その塩を構成するカチオン及びアニオンの種類の組み合わせ等を含めた特性改良及び用途開発が試みられている。
イオン性液体は、上記の如く一般には室温付近で液体である、つまり融点が室温付近以下である塩を言うが、場合により融点が高温(200〜300℃程度)のものを包括して称することもある。
【0007】
本発明におけるイオン性液体(B)は、基本的に室温付近で液体状体のカチオンとアニオンからなる塩類であり、詳しくはカチオンが窒素原子のイオン中心またはリン原子のイオン中心を有し、且つ100℃以下の温度で液体のイオン性化合物である。
窒素原子をイオン中心とするカチオンを有するイオン性液体としては、より具体的には有機アンモニウム塩であり、例えば、下記式(1)で表される有機アンモニウム塩が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
C+A− (1)
式(1)中、C+はカチオンを表し、四級アンモニウムカチオンであり、A−はアニオンを表す。」

摘記d5
「【0017】
本発明の樹脂組成物には、熱可塑性樹脂(A)およびイオン性液体(B)以外に、組成物の特性を阻害しない範囲で、必要に応じて公知の種々の添加剤を加えることが出来る。このような添加剤として、例えば、ガラス繊維…などの充填剤…などがある。また、公知の、他の熱可塑性樹脂や、エポキシ樹脂やフェノール樹脂などの熱硬化性樹脂を含めた各種樹脂をさらに添加してもよい。
【0018】
本発明の樹脂組成物は、熱可塑性樹脂(A)、イオン性液体(B)、および必要に応じて添加される他の各種添加成分を配合し、混練することによって製造することができる。…本発明の熱可塑性樹脂組成物は、既知の種々の成形方法、例えば、射出成形、中空成形、押出成形、圧縮成形、カレンダー成形、回転成形などにより、電気・電子機器分野、自動車分野、機械分野、医療分野などの成形品に加工することができる。…
【0020】
試験方法(1)帯電防止性帯電防止性能は、表面固有抵抗値を測定することで評価した。測定に際しては、デジタル超高抵抗計(アドバンテスト社製)を使用し、ASTM D−257に従い、試験片(直径10cm、厚さ3mmの円盤)を、温度23℃、相対湿度50%の条件に3日以上放置して調湿してから、表面固有抵抗値を測定した。値が小さい方ほど帯電防止性能が高い。」

摘記d6
「【0022】
[実施例1]
96重量部のポリカーボネート樹脂(三菱エンジニアリングプラスチックス(株)製、ユーピロンS−3000、粘度平均分子量21,000)および4重量部のイオン性液体T(日清紡(株)製、アンモニウム塩)をヘンシェルミキサーでブレンドした。得られたブレンド物を、30mm2軸押出機を用いてシリンダー温度260℃で溶融混練し、押出形成した溶融ストランドを冷却、切断してペレットを得た。得られたペレットを100tの射出成形機で成形し、物性評価用試験片を得た。この試験片の調湿後の表面固有抵抗値は5.9×1011Ω、水洗処理品の表面固有抵抗値は8.4×1014Ωであった。また、試験片の色相と透明性は、イオン性液体を添加しないで成形した場合と同様の、無色透明であった。」

イ.引例D発明の認定
引例Dの実施例1(摘記d6)には、「96重量部のポリカーボネート樹脂(三菱エンジニアリングプラスチックス(株)製、ユーピロンS−3000、粘度平均分子量21,000)および4重量部のイオン性液体T(日清紡(株)製、アンモニウム塩)をヘンシェルミキサーでブレンドした…ブレンド物」が記載され、かかるブレンド物を成形した物性評価用試験片の調湿後の表面固有抵抗値は5.9×1011Ω、水洗処理品の表面固有抵抗値は8.4×1014Ω」であったことが記載されている。
そうすると、引例Dには、次の発明が記載されているものと認められる。

「96重量部のポリカーボネート樹脂および4重量部のイオン性液体のブレンド物であり、当該ブレンド物を成形した試験片の調湿後の表面固有抵抗値が5.9×1011Ω、水洗処理品の表面固有抵抗値が8.4×1014Ωであるブレンド物。」(引例D発明)

(3)引例B〜C、E〜Fの記載事項
ア.引例B(特開2011−16902号公報)の記載事項
引例Bには、下記の事項が記載されている。

摘記b1
「【請求項1】
芳香族ポリカーボネート樹脂75〜95重量%(A成分)およびポリエチレンテレフタレート樹脂5〜25重量%(B成分)からなる樹脂成分100重量部に対し、導電性炭素材料(C成分)を1〜20重量部含有する導電性樹脂組成物からなる成形品であって、該成形品が下記(1)および(2)を満たす、カメラシャッター部品を含む電気電子部品、OA機器部品、半導体関連部材、ガラスコンテナ及び自動車外装部品よりなる群より選ばれる成形品であることを特徴とする導電性樹脂組成物からなる成形品。
(1)表面抵抗率が100〜105Ω/sqである。
(2)10kVを印加したときの半減衰時間が10秒以下である。
【請求項2】
導電性炭素材料(C成分)が導電性カーボンブラックあるいはカーボンナノチューブであることを特徴とする請求項1に記載の導電性樹脂組成物からなる成形品。

【請求項4】
ガラス繊維及び/又はガラスフレーク(D成分)をA成分とB成分の合計100重量部当り5〜50重量部含有する請求項1〜3のいずれかに記載の導電性樹脂組成物からなる成形品。」

摘記b2
「【0022】
本発明の成形品における表面抵抗率は、樹脂組成物の流動性に大きく影響を受けることがあるため、その調整方法の一つに流動性を制御する方法を取ることができる。芳香族ポリカーボネートの粘度平均分子量は、好ましくは1×104〜5×104、より好ましくは1.4×104〜3×104、更に好ましくは1.8×104〜2.5×104である。1×104〜5×104の範囲においては、特に良好な耐衝撃性と流動性との両立に優れ、樹脂組成物からなる成形品の表面抵抗率を導電性領域に調整することが容易となる。更に最も好適には、1.9×104〜2.4×104である。尚、かかる粘度平均分子量はA成分全体として満足すればよく、分子量の異なる2種以上の混合物によりかかる範囲を満足するものを含む。」

摘記b3
「【0036】
<D成分:ガラス繊維及び/又はガラスフレーク>
本発明で使用されるガラス繊維及び/又はガラスフレークは、強度向上や成形品の反り低減のために配合する。…
【0042】
かかるガラス繊維及び/又はガラスフレーク(D成分)は、A成分とB成分の合計100重量部当り5〜50重量部配合するのが好ましく、10〜40重量部がより好ましい。ガラス繊維及び/又はガラスフレークを配合する場合は強度向上と成形品の反り低減が狙いであるが、5重量を下回ると所望の性能を得ることができず、50重量部を上回ると流動性が悪化し、生産性の面で好ましくない。もちろん、ガラス繊維とガラスフレークを所望の特性に応じて併用し、かつその配合比は所望の特性に応じて決めることは言うまでもない。」

摘記b4
「【0064】
本発明の導電性樹脂組成物からなる成形品の用途としては、カメラシャッター部品を含む電気電子部品、OA機器部品、半導体関連部材、ガラスコンテナ、および自動車外装部品が挙げられる。」

摘記b5
「【0079】
各実施例および比較例の各評価結果を表1〜表2に示した。
なお、実施例及び比較例で使用した原材料は、下記の通りである。
(A成分:芳香族ポリカーボネート)
A−1:芳香族ポリカーボネート(帝人化成株式会社製 L−1225)
(B成分:ポリエチレンテレフタレート)
B−1:ポリエチレンテレフタレート樹脂(帝人株式会社製 TR−4550BH)…」


イ.引例C(特開2009−197092号公報)の記載事項
引例Cには、下記の事項が記載されている。

摘記c1
「【0002】
従来より、プラスチック成形品は優れた加工性、機械的性質のため広い分野で使用されているが、電気絶縁体であるため、静電気によるほこりやごみの付着による電子機器等の誤動作、火花放電による破損等が問題となっている。静電気による障害を防止するため、樹脂に帯電防止性を付与する方法として、界面活性剤などの帯電防止剤を水や溶剤に溶かしたものを樹脂表面に塗布する方法や、帯電防止剤を樹脂に練り込む方法が知られている。帯電防止剤を樹脂表面に塗布する方法は、比較的少量で効果が得られるが、塗装の前処理に手間がかかり、塗布ムラ、べたつき、製品汚染の問題がある。さらに樹脂と帯電防止剤との結合は物理的結合のため密着性、耐摩擦性などが劣り、長期間経過すると導電性が著しく低下するため、持続性を要する導電性樹脂としては実用性に乏しい。一方、帯電防止剤を樹脂に練り込む方法は、塗布する方法に比べ比較的容易ではあるが、多量に使用しないと効果が出にくいことや、種類によっては成形加工時に熱による着色、劣化を起こすものがある。また、低分子量の帯電防止剤は、練り込んだ後にプラスチック成形品やフィルムの表面にブリードアウトしてくるため、布拭きや水洗いなどにより効果が失われることがある。そのため、熱劣化、ブリードアウトのない帯電防止剤が強く望まれている。
【0003】
一般的に、練り込みによる帯電防止の手段としては、炭素材料、金属材料等の導電性フィラーや帯電防止剤が使用されているが、炭素材料、金属材料は成形品を黒く着色し、印加電圧により、導電性が大きく異なるという問題がある。また、高分子型帯電防止剤はブリードアウトがなく比較的耐熱性に優れているが、ポリカーボネート等のエンジニアリングプラスチックへの使用に関しては耐熱性に劣ることから射出成形機内等の高温下での滞留により熱劣化を起こし、成形不良や機能劣化を引き起こしてしまうという問題がある。こうした理由から、耐熱性の高い常温溶融塩が帯電防止剤として注目されている(特許文献1、2)。
【0004】 …
【特許文献2】特開2005−15573号公報…」

摘記c2
「【請求項1】
熱可塑性樹脂(A)と常温溶融塩(B)と、ガラス転移温度が−30℃以下である熱可塑性ポリウレタン樹脂(C)とからなる熱可塑性樹脂組成物であって、熱可塑性樹脂組成物100重量部に対して、常温溶融塩(B)0.1〜10重量部、熱可塑性ポリウレタン樹脂(C)1〜35重量部であることを特徴とする熱可塑性樹脂組成物。」

摘記c3
「【0012】
本発明で用いられる常温溶融塩(B)は、室温付近で液体である塩類の総称でありイオン性液体とも言われ、室温付近の広い範囲において液体で、また、室温付近の蒸気圧が極めて低いという特徴を有するカチオンとアニオンからなる塩であり、帯電防止剤として機能する。常温溶融塩のカチオンとしては、イミダゾリウム、ピリジニウム、アンモニウム、ホスホニウム、スルホニウムであり、例えば、ジアルキルイミダゾリウム、トリアルキルイミダゾリウム、アルキルピリジニウム、ジアルキルピリジニウム、トリアルキルピリジニウム、1−フルオロアルキルピリジニウム、1−フルオロトリアルキルピリジニウム、テトラアルキルアンモニウム、テトラアルキルホスホニウム、トリアルキルスルホニウムなどが挙げられる。」

ウ.引例E(国際公開第2013/074476号
(特表2014−533325号))の記載事項
引例Eには、下記の事項が記載されている。なお、下記の摘記事項は、国際公開第2013/074476号の翻訳文である特表2014−533325号公報の記載に基づくものである。

摘記e1
「【0002】
[0002]電子部品は、液晶性の熱可塑性樹脂から形成される成形部品を含むことが多い。エレクトロニクス産業における最近の要求水準は、所望の性能と空間の節約とを達成するために、そのような部品のサイズを小さくすることであった。…液晶ポリマー部品を寸法の小さい電気部品用にうまく成形するには、様々な課題が存在する。
【0003】
[0003]多くの慣用の液晶ポリマーに関連する一つの問題は、たとえば、これらが非常に高い固体〜液体遷移温度(融解温度)を示す傾向があるので、分解温度より下の温度で良く流動する能力を妨げるということである。融点を抑制し、且つ流動し得る材料を生成するために、ポリマー主鎖内に繰り返し単位として追加のモノマーが配合されることが多い。一般によく使用される融点抑制剤は、ナフタレン−2,6−ジカルボン酸(NDA)であり、これは通常、ポリマー主鎖の線状性質を中断することによって融解温度を下げると考えられている。ポリマーの融点は、テレフタル酸、ハイドロキノン及びp−ヒドロキシ安息香酸のポリエステルのテレフタル酸の一部の代わりにNDAを使うことによって下げることができる。NDAに加えて、他のナフテン酸も融点抑制剤として使用することができた。たとえば、6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸(HNA)は、芳香族ジオールと芳香族ジカルボン酸から形成したポリエステルの融点抑制剤として使用されてきた。…」

摘記e2
「【0032】
[0036]一般に、本発明は、組成物の他の特性を犠牲にすることなく、低溶融粘度を達成し易くする流動性改良剤(flow modifier)とブレンドした、低ナフテン系、サーモトロピック液晶ポリマーを含む熱可塑性組成物に関する。特に、流動性改良剤は、一つ以上のカルボキシル官能基を含む芳香族カルボン酸である。理論に限定されるつもりはないが、官能基はポリマー鎖と反応して、その長さを短くし、溶融粘度を下げることができると考えられる。そのような酸は、ポリマーが処理の間に切断された後、ポリマーの短くなった鎖と一緒に混和できるとも考えられる。これにより、その溶融粘度が下がった後でも、組成物の機械的特性を保持し易くする。本発明の結果として、熱可塑性組成物の溶融粘度は、通常、微小寸法をもつ金型の空洞に容易に流れることができるまで、十分に低い。たとえば特別な一態様において、熱可塑性組成物は、1000秒−1の剪断速度で測定して、約0.1〜約80Pa−s、態様によっては約0.5〜約50Pa−s、態様によっては約1〜約30Pa−sの溶融粘度をもつことができる。溶融粘度は、組成物の融解温度より15℃高い温度(たとえば、350℃)で、ISO試験No.11443に従って測定することができる。」

摘記e3
「【0104】
実施例4
[0096]サンプル(サンプル6)は、液晶ポリマー61.7重量%、ガラス繊維18重量%、タルク18重量%、Glycolube(商標)P0.3重量%及びNDA2重量%から形成する。対照サンプル(対照サンプル4)も液晶ポリマー63.7重量%、ガラス繊維18重量%、タルク18重量%及びGlycolube(商標)P0.3重量%から形成する。それぞれのサンプル中の液晶ポリマーは、Leeらの米国特許第5,508,374号に記載のような、HBA、HNA、TA、BP、及びAPAPから形成する。HNAはポリマー中、5モル%の量で使用する。ガラス繊維は、Owens Corningより入手し、初期長さ4ミリメートルである。厚さ0.8mmの部品をサンプル6及び対照サンプル4から射出成形し、熱的及び機械的特性に関して試験する。結果を表4に説明する。」

エ.引例F(国際公開第2013/129338号)の記載事項
引例Fには、下記の事項が記載されている。

摘記f1
「【0050】
上記のようにして得られた本発明のカメラモジュール用液晶性樹脂組成物は、溶融粘度が50Pa・sec以下であることが好ましい。流動性が高く、成形性に優れる点も本発明のカメラモジュール用液晶性樹脂組成物の特徴の一つである。ここで、溶融粘度は、シリンダー温度350℃、せん断速度1000sec−1の条件で、ISO 11443に準拠した測定方法で得られた値を採用する。」

2.引例Aを主引例とする進歩性の拒絶理由
(1)対比・判断
ア.対比
本願発明と引例A発明を対比する。
引例A発明の「ポリカーボネート(PC)樹脂」、「樹脂材料」は、本願発明の「ポリマー」、「ポリマー組成物」に相当し、引例A発明の「表面抵抗値が5×107Ω」は、本願発明の「1×1015Ω以下の表面抵抗率」に包含される。
また、引用A発明は、「ポリカーボネート(PC)樹脂にガラス繊維20重量%」を添加しているから、これは、本願発明の「ポリマー組成物が5重量%〜40重量%の量のガラス繊維を含」むことに一致することは明らかである。

そうすると、本願発明と引例A発明は、
「ポリマー組成物であって、当該ポリマー組成物が5重量%〜40重量%の量のガラス繊維、ポリマーを含み、当該ポリマー組成物を表面に含む成形部品が、1×1015Ω以下の表面抵抗率を当該表面において示す、前記ポリマー組成物。」
で一致し、
本願発明では、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」を用いているのに対して、引例A発明では、「ポリカーボネート(PC)樹脂」を用いている点(相違点1)
本願発明では、ポリマー組成物が、「ポリマーマトリクス内に分配されているイオン性液体を含み、当該イオン性液体が、400℃以下の融点を有し、カチオン種及び対イオンを含む塩であ」る「0.3重量%〜5重量%の量の当該イオン性液体を含」むのに対して、引例A発明では、イオン性液体を含んでおらず、カーボンナノチューブを0.5重量%、カーボンブラックを3重量%で含んでいる点(相違点2)
本願発明では、ポリマー組成物が「ISO試験No.11443にしたがって前記組成物の融点よりも15℃高い温度で1000秒-1の剪断速度において測定」した場合の溶融粘度を「0.1〜80Pa・秒」と規定しているのに対して、引例A発明では、樹脂材料の溶融粘度を特定していない点(相違点3)
本願発明では、表面抵抗率について、「IEC−60093にしたがって測定して」得られたものと規定しているのに対し、引例A発明では、IEC−60093にしたがって得られたものか否かの特定がされていない点(相違点4)
で相違している。

イ.判断
(ア)相違点1の判断
引例A発明の「ポリカーボネート(PC)樹脂」は、カメラシャッター部品に用いられるものである(摘記a1の請求項1、2、6)。
そして、引例Bによると、カメラシャッター部品に用いられる「ポリカーボネート(PC)樹脂」は、分子中にベンゼン環を含む芳香族ポリカーボネートであり(摘記b1の請求項1)、実施例にある帝人化成株式会社製L−1225(特開2000−190328号公報の[0060]に示されるようにガラス転移温度は145℃である。)のように「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」が、一般的に使用されているから(摘記b5の【0079】)、引例Aに明記がなくとも、引例A発明の「ポリカーボネート(PC)樹脂」は、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」であると認められる。
もっとも、引例A発明の「ポリカーボネート(PC)樹脂」が、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」でなくとも、引例A発明の「ポリカーボネート(PC)樹脂」として、引例Bに記載されたカメラシャッター部品に用いられる「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」を用いることは当業者が容易になし得たものである。

(イ)相違点2の判断
引例Cでは、「帯電防止剤を樹脂に練り込む方法は、塗布する方法に比べ比較的容易ではあるが、多量に使用しないと効果が出にくいことや、種類によっては成形加工時に熱による着色、劣化を起こすものがある。」との問題点が示され(摘記c1の【0002】)、「練り込みによる帯電防止の手段としては、炭素材料、金属材料等の導電性フィラーや帯電防止剤が使用されているが、炭素材料、金属材料は成形品を黒く着色し、印加電圧により、導電性が大きく異なるという問題がある」こと、この問題を解決するものとして、「耐熱性の高い常温溶融塩が帯電防止剤として注目されている」ことが記載されている(摘記c1の【0003】)。
加えて、引例Cが特許文献2として引用する特開2005−15573号公報(摘記c1の【0004】)である引例Dでも、イオン性液体が、良好な帯電防止性能を有し、かつ、水洗による性能低下も少なく、しかもベースポリマーと比較しても色相や透明性の変化が少ない効果を、熱可塑性樹脂に与えることが記載されている(摘記d2の【0005】、摘記d3の【0025】)。
ここで、引例Cの「常温溶融塩」と引例Dの「イオン性液体」は、共に、室温付近で液体状態のカチオンとアニオンからなる塩類を意図しており、同一のものである(摘記c3の【0012】、摘記d4の【0006】〜【0007】)。
また、引例Cには、熱可塑性樹脂組成物100重量部に対して、常温溶融塩を0.1〜10重量部用いること(摘記c2の請求項1。なお、実施例1(【0023】)では1重量%)、引例Dには、熱可塑性樹脂100重量部に対して、イオン性液体を0.001〜15重量部で用いることが記載されている(摘記d1の請求項1。なお、実施例1(摘記d6の【0022】)では、樹脂96重量部に対して4重量部)。
そうすると、炭素材料等の帯電防止剤が備える上記の問題点に接した当業者であれば、引例A発明において使用されている、印加電圧により、導電性が大きく異なり、成形品を黒く着色する、という問題のある、カーボンブラックの一部又は全部を、引例C又は引例Dにて紹介されている、良好な帯電防止性能を有し、ベースポリマーと比較して色相や透明性の変化が少ない、イオン性液体で置き換えること、更に、引例C、Dに記載されている使用量でイオン性液体を用いてみることは、容易に想到し得たものである。

(ウ)相違点3について
カメラモジュール(部品)等の電子部品に用いられる樹脂組成物は、微小寸法をもつ金型の空洞に容易に流れることができるように、低い溶融粘度にすることが求められていることは、当業者に自明の事項であり、引例E、引例Fに示されるように、ISO試験No.11443の方法に従い、融点よりも15℃高い温度で1000秒-1の剪断速度において測定した場合に0.1〜80Pa・秒の溶融粘度となるように調製された樹脂材料も知られている(摘記e2([0036](公表公報の【0032】)、摘記f1)。
そして、引例A発明の樹脂材料は、カメラシャッター部品等の小さい電子部品に用いられるものである。
そうすると、引例A発明において、ISO試験No.11443の方法に従い、融点よりも15℃高い温度で1000秒-1の剪断速度において測定した場合、0.1〜80Pa・秒の溶融粘度になるように、ポリマーの選定や樹脂材料の添加剤を選定することは当業者が容易になし得たものである。

(エ)相違点4について
引例A発明は、引例Aの特許請求の範囲の請求項1に「表面抵抗が1011Ω以下で帯電防止性能を有した事を特徴とする光学機器用帯電防止樹脂材料」と記載されていることからみて、帯電防止性能に優れた樹脂材料を提供することを課題としたものである。
一方、引例Dの【0020】(摘記d5)に記載されているASTM D−257は、IEC−60093と同等と当業者に解されていたところ(必要ならば、特表2015−532353号公報の【0072】を参照。)、引例Dの【0022】(摘記d6)では、ASTM D−257の方法に従って樹脂材料の表面固有抵抗値が評価されている。
そうすると、引例A発明の樹脂材料を成形して得られたシャッタ地板等の成形品の表面抵抗についても、引例Dに記載されたASTM D−257、すなわちIEC−60093と同等の方法に従って評価することは当業者が容易になし得たものである。

(オ)本願発明の効果
本願明細書には、「本イオン性液体は、導電性であることに加えて溶融加工中に液体形態で存在することができ、これによりポリマーマトリクス内により均一にブレンドすることが可能である。これにより導電性が向上し、それによって組成物がその表面から静電荷を速やかに消散させる能力が増大する。」(【0007】)、「本発明者らはまた、ポリマーマトリクス内に速やかに分散するイオン性液体の能力によって、所望の静電防止特性を達成するために比較的低い濃度を用いることを可能にすることができることも見出した。」(【0008】)との記載があり、実施例において、「69.2重量%のPA9T(Geneter(登録商標)G1300H)、0.8重量%のイオン性液体、及び30重量%のガラス繊維を含むポリマー組成物」と「イオン性液体を含まない対照試料」を比較すると、前者の組成物が4.9E+11(4.9×1011)Ω、後者の対照試料が5.6E+14(5.6×1014)Ωの表面抵抗率を示し、イオン性液体を含む前者の組成物が低い表面抵抗率を示すことが記載されている(【0052】及び【0053】)。
しかし、ポリマーマトリクス内でイオン性液体をより均一にブレンドできるという効果は、イオン性液体が室温付近で液体であることによる当業者に自明の効果といえるし、所望の静電防止特性を達成するための濃度が低いことも、引例C、Dに記載されたイオン性液体の配合量、イオン性液体を使用したことで得られる成形品の表面固有抵抗値から、当業者が期待、予測し得る範囲のものと認められる。
また、本件明細書に記載された実施例の「4.9E+11」(4.9×1011)Ωという表面抵抗率も、引例Dの【0022】(摘記d6)に記載された「5.9×1011Ω」から判断して、格別顕著な効果であるとは認められない。

(2)審判請求人の主張
a.
審判請求人は、令和3年7月27日に提出した意見書において、「引例Aにおいては、カーボンナノチューブを用いることにより、すでに高いレベルで帯電防止能を達成しています。たとえば、実施例では、107オーダーΩという低い表面抵抗を達成しています。これは、引例CやDにおける1010オーダー程度の表面抵抗値(Ω)を考慮すると(引例Cの表1などをご覧ください)きわめて低く、したがって高いレベルの帯電防止能を表しているといえます。このような場合に、あえて当該課題を解決するようなさらなる修飾をすることに当業者が動機づけられるとは考えられません。」、「引例Cの表1などに示されているとおり、イオン性液体を用いても当該抵抗はせいぜい1010Ω程度にしか低下しません。したがって、引例Aのカーボンナノチューブに変えてイオン性液体を用いると、表面抵抗はかえって上昇してしまいます(帯電防止能は低下します)。また、引例Aのカーボンナノチューブに加えてイオン性液体を加えても、その帯電防止能向上効果はたかが知れており、およそ意味のある向上効果は得られません。」とし、「イオン性液体を用いると、引例Aの課題を達成できないところか、むしろ課題に反することとなってしまう恐れが生じるのです。」と主張する。
しかし、引例A発明の表面抵抗が107Ωであっても、引例Aで課題としている表面抵抗は、1011Ω以下であるし、引例Aの請求項1の記載を見ても理解できるように、カーボンブラックは、カーボンナノチューブとは異なり、必須の成分ではないから、上記の相違点1の判断(2(1)イ(ア))で示したとおりの理由により、引例A発明のカーボンブラックの全部又は一部を、引例C又は引例Dに開示されているイオン性液体に置き換えることは、当業者が容易に動機付けられることである。
もっとも、引例Dに示されているように、イオン性液体は、カーボンブラックと同様に、ポリマー組成物の表面抵抗を1×1015Ω以下に下げることができる公知の帯電防止剤であり(摘記d6の【0022】)、当該置き換えを行っても、所定量のカーボンナノチューブは残存するので、当該置き換えにより、引例Aの課題を達成できない、又は、引例Aの課題に反することになるとはいえない。
なお、本願明細書の【0019】によると、本願発明においても、カーボンナノチューブやカーボンブラック等の導電性充填剤との併用は想定されているところである。
そうすると、審判請求人の上記主張は、理由がない。

b.
審判請求人は、引例Cにおける段落0017の記載を見た当業者は、「イオン性液体を引例Aの発明において用いるのであれば、さらに当該ポリウレタンを用いることに動機づけられるはずです。そして、その場合には、当該ポリウレタン樹脂がマトリックス中で回路を形成することが重要であると考えます。」、「ガラス繊維は絶縁体であり、非導電性の物質です。よって、当業者は、そのようなものを加えると、当該ポリウレタン樹脂の回路の形成またはその効果が阻害されてしまい、結果として引例Cに記載の発明の帯電防止効果を達成できなくなってしまうものと予測するはずです。」とし、「当業者は、引例Aの発明にイオン性液体を用いるのであれば、ガラス繊維を除くことに動機づけられることとなります。」、「本願の実施例ではガラス繊維を用いているにもかかわらず表面抵抗率が効率よく低下しております。このような結果は、到底引例の記載から予測できるものではありません。」と主張する。
しかし、引例Dにおいては、ポリウレタンを用いることなく、イオン性液体が成形品の表面抵抗の低減に使用できることを教示するから(摘記d6の【0022】)、引例C、Dを併せてみた当業者が、引例A発明にイオン性液体を適用する際に、殊更、ポリウレタンの使用を動機付けられるとはいえない。また、引例Aによると、ガラス繊維は、樹脂組成物の強度向上に必要な配合成分と位置づけており(摘記a3の「【0011】)、イオン性液体の使用を教示する引例Dにおいても、ガラス繊維の使用が示唆されているから(摘記d5の【0017】)、イオン性液体とガラス繊維の併用を特に阻害する技術的理由があるとはいえない
したがって、上記の審判請求人の主張は理由がない。

(3)小括
以上からすると、本願発明は、引例A発明、すなわち引例Aに記載された発明と引例A〜Fに記載された事項を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

2.引例Dを主引例とする進歩性の拒絶理由
(1)対比・判断
ア.対比
本願発明と引例D発明を対比する。
引例D発明の「ポリカーボネート樹脂」、「ブレンド物」は、本願発明の「ポリマー」、「ポリマー組成物」に相当し、引例D発明の「表面固有抵抗値が5.9×1011Ω」又は「水洗処理品の表面固有抵抗値が8.4×1014Ω」は、いずれも、本願発明の「1×1015Ω以下」に包含される。
引例D発明の「イオン性流体」は、室温付近で液体である塩類の総称であるから(摘記d4の【0006】〜【0007】)、本願発明の「400℃以下の融点を有し、カチオン種及び対イオンを含む塩」である「イオン性液体」に相当する。
引例D発明の「96重量部のポリカーボネート樹脂および4重量部のイオン性液体」は、ブレンド物が4重量%のイオン性液体を含むことであるから、「ポリマー組成物が0.3重量%〜5重量%の量の当該イオン性液体を含」むことと一致する。

そうすると、本願発明と引例D発明は、
「ポリマー組成物であって、ポリマーマトリクス内に分配されているイオン性液体を含み、当該イオン性液体が、400℃以下の融点を有し、カチオン種及び対イオンを含む塩であり、当該ポリマー組成物が0.3重量%〜5重量%の量の当該イオン性液体を含み、当該ポリマーマトリクスが、ポリマーを含み、当該ポリマー組成物を表面に含む成形部品が、1×1015Ω以下の表面抵抗率を当該表面において示す、前記ポリマー組成物。」である点で一致し、
本願発明では、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」を用いているのに対して、引例D発明では、「ポリカーボネート樹脂」を用いている点(相違点5)
本願発明では、「5重量%〜40重量%の量のガラス繊維」を含んでいるのに対して、引例D発明では、ガラス繊維を含んでいない点(相違点6)
本願発明では、ポリマー組成物が「ISO試験No.11443にしたがって前記組成物の融点よりも15℃高い温度で1000秒-1の剪断速度において測定」した場合の溶融粘度を「0.1〜80Pa・秒」と規定しているのに対して、引例D発明では、樹脂材料の溶融粘度を特定していない点(相違点7)
本願発明では、表面抵抗率について、「IEC−60093にしたがって測定して」得られたものと特定しているのに対し、引例D発明では、IEC−60093にしたがって得られたものか否かの特定がされていない点(相違点8)
で相違している。

イ.判断
(ア)相違点5の判断
引例D発明の「ポリカーボネート樹脂」は、引例Dによれば、「三菱エンジニアリングプラスチックス(株)製のユーピロンS−3000」という商品名のものが使用されているところ(摘記d6の【0022】)、「ユーピロンS−3000」は、ビスフェノールAより誘導され、ガラス転移温度が140〜155℃であるポリカーボネート樹脂であるから(例えば、特開2012−25796号公報の【0039】を参照。)、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」というべきものである。
そうすると、引例Dに明記がなくても、引例D発明の「ポリカーボネート樹脂」は、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」である。
もっとも、引例D発明の「ポリカーボネート樹脂」が、「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」でなくとも、引例D発明の「ポリカーボネート樹脂」として、引例Bに記載された電気・電子部品等に用いられる「100℃以上のガラス転移温度を有する芳香族ポリマー」を用いることは当業者が容易になし得たものである。

(イ)相違点6の判断
引例Dによると、引例D発明には、熱可塑性樹脂およびイオン性液体以外に、組成物の特性を阻害しない範囲で、必要に応じて公知の種々の添加剤を加えることが出来るとされ、当該添加剤として、ガラス繊維等の充填剤が例示されている(摘記d5の【0017】)。
一方、引例Aの実施例(摘記a3の【0011】、摘記a4の【0022】)、引例Bの実施例(摘記b5の【0079】〜【0081】)、引例Eの実施例4(摘記e3([0096](公表公報の【0104】))の記載に照らすと、電気・電子部品(引例Bの摘記b4の【0064】によると、電気・電子部品には、カメラシャッター部品も含まれると解される。)に用いられる樹脂組成物の強度を向上する観点から、適量のガラス繊維を配合することは常套手段であったと認められる。
そうすると、電気・電子機器分野での利用が見込まれる引例D発明の樹脂組成物(摘記d5の【0018】)に、引例A、B,Eに記載されている配合量にて、ガラス繊維を配合することは、当業者が容易に想到し得たものである。

(ウ)相違点7について
引例Dには、引例D発明の樹脂組成物が、「既知の種々の成形方法、例えば、射出成形、中空成形、押出成形、圧縮成形、カレンダー成形、回転成形などにより、電気・電子機器分野、自動車分野、機械分野、医療分野などの成形品」として用いられることが記載されるところ(摘記d5の【0018】)、カメラモジュール(部品)等の電気・電子部品に用いられる樹脂組成物は、微小寸法をもつ金型の空洞に容易に流れることができるように、低い溶融粘度にする必要があることは、当業者に自明の事項である。
そして、引例E、引例Fに示されるように、ISO試験No.11443の方法に従い、融点よりも15℃高い温度で1000秒−1の剪断速度において測定した場合に0.1〜80Pa・秒の溶融粘度となるように調製された樹脂材料は知られている(摘記e2([0036](公表公報の【0032】)、摘記f1(【0050】))。
そうすると、引例D発明において、融点よりも15℃高い温度で1000秒−1の剪断速度において測定した場合、0.1〜80Pa・秒の溶融粘度になるように、ポリマーの選定や樹脂材料の添加剤を選定することは当業者が容易になし得たものである。

(エ)相違点8について
引例Dの【0020】(摘記d5)に記載されているASTM D−257は、IEC−60093と同等と解されているので(必要ならば、特表2015−532353号公報の【0072】を参照。)、引例D発明の表面抵抗率は、IEC−60093の方法に従った得られたものと同等と認められる。
したがって、相違点8は形式的な差異に過ぎないといえる。

(オ)本願発明の効果
上記の1(2)(オ)で検討したとおり、本願発明が、当業者の期待、予測を超えるような効果を奏するとは認められない。

(2)審判請求人の主張
a.
審判請求人は、令和3年7月27日に提出した意見書において、「ガラス繊維は絶縁体であるがゆえに、当業者は、それを加えるとイオン性液体の帯電防止能が損なわれる恐れがあると考えるはずです。この結論は、イオン性液体を用いていない引例A、B、Eの記載を見ても変わりません。」、「本願発明では、表面抵抗率を上げてしまう恐れのあるガラス繊維を用いているにもかかわらず、本願の実施例では表面抵抗率が効率よく低下しております。このような結果は、到底引例の記載から予測できるものではありません。」と主張する。
しかし、他の帯電防止剤の場合と異なり、イオン性液体とガラス繊維の併用だけが、帯電防止能が低下する観点から禁忌であったという事実は、各引例の記載を見ても存在しないし、引例C,Dの記載に照らしても、本願発明の表面抵抗の上限値1×1015Ωが、各引例の記載から予測できない程の数値であるとは認められない。
そうすると、上記の審判請求人の主張は、理由がない。

b.
審判請求人は、「引例Bの段落0022には、樹脂組成物の流動性が表面抵抗率に影響を及ぼすことが記載されています。流動性は溶融粘度に影響することが知られているため、結局、溶融粘度も表面抵抗率に、しいては帯電防止能に影響することとなるのです。そして、このような状況でどのようにすれば十分な帯電防止能と低い溶融粘度を達成することができるのかは、いずれの引例にも示されていません。」、「ガラス繊維は、ポリマー組成物の溶融粘度にも影響を与えます。したがって、それを添加すると、ポリマー組成物の溶融粘度が上昇して、本願発明の範囲を逸脱する恐れも高まります。このことも、ガラス繊維を加えることに対する阻害要因となりえます。」、と主張する。
しかし、引例Bの【0022】(摘記b2)には、「本発明の成形品における表面抵抗率は、樹脂組成物の流動性に大きく影響を受けることがあるため、その調整方法の一つに流動性を制御する方法を取ることができる。芳香族ポリカーボネートの粘度平均分子量は、好ましくは1×104〜5×104」などの記載があるだけなので、引例Bが、表面抵抗の観点から、低い溶融粘度の採用を否定するものとはいえない。
また、低い溶融粘度とすることを念頭に置いている引例Eの実施例4においても、ガラス繊維が18重量%も使用されていることから(摘記e3の[0096](公表公報の【0104】))、ガラス繊維を加えることで、ポリマー組成物の溶融粘度が、使用に耐えない程、上昇するとは認められない。
そうすると、上記の審判請求人の主張は、理由がない。

(3)小括
以上からすると、本願発明は、引例D発明、すなわち引例Dに記載された発明と引例A〜Fに記載された事項を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

第5 むすび
以上のとおり、本願発明(請求項1に係る発明)は、引例A又は引例Dに記載された発明と引例A〜Fに記載された事項を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 近野 光知
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2021-09-30 
結審通知日 2021-10-01 
審決日 2021-10-18 
出願番号 P2016-561739
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (C08L)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 近野 光知
特許庁審判官 福井 悟
佐藤 健史
発明の名称 静電防止ポリマー組成物  
代理人 山本 修  
代理人 宮前 徹  
代理人 中西 基晴  
代理人 小野 新次郎  
代理人 梶田 剛  

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