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審決分類 審判 査定不服 2項進歩性 特許、登録しない(前置又は当審拒絶理由) A61K
管理番号 1382570
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-04-28 
種別 拒絶査定不服の審決 
審判請求日 2019-11-05 
確定日 2022-03-10 
事件の表示 特願2017−539261「心筋梗塞の病歴がある患者においてアテローム血栓性イベントを治療または予防する方法」拒絶査定不服審判事件〔平成28年 8月 4日国際公開、WO2016/120729、平成30年 2月 1日国内公表、特表2018−502894〕について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 
理由 1 手続の経緯
本願は、2016年(平成28年)1月27日(パリ条約による優先権主張 2015年1月27日 同年2月5日 同年2月18日 同年3月13日 同年3月14日 同年5月1日 同年5月4日 同年8月28日 いずれも(US)アメリカ合衆国)を国際出願日とする特許出願であり、その主な手続の経緯は、次のとおりである。

平成29年 12月 8日 手続補正書及び上申書の提出
平成30年 8月28日付け 拒絶理由通知書
平成31年 2月 4日 手続補正書及び意見書の提出
令和 1年 6月27日付け 拒絶査定
同年11月 5日 誤訳訂正書及び審判請求書の提出
同年12月 9日付け 前置報告書
令和 2年 8月19日 上申書の提出
令和 3年 1月26日付け 拒絶理由通知書
同年 7月27日 手続補正書及び意見書の提出

2 本願発明
本願の特許請求の範囲の請求項1〜15に係る発明は、令和3年7月27日提出の手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1〜15に記載された事項により特定されるとおりのものであるところ、その請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、次のとおりである。

「【請求項1】
重大な有害心血管系イベントの予防の必要性が認められている患者に75mg〜150mgのアスピリンのみの毎日の維持用量が投与される投与計画と比較して、前記患者における重大な有害心血管系イベントの最初の発生を遅らせることによる、1以上の重大な有害心血管系イベントの予防において使用するための、チカグレロルを含んでなる医薬組成物であって、
前記使用は、60mgのチカグレロルを含む医薬組成物を患者に1日2回投与するステップを含み;
1以上の重大な有害心血管系イベントが、心血管系死亡、心筋梗塞、および脳卒中から選択され;
前記患者が、60mgのチカグレロルを含んでなる前記医薬組成物の1日2回の投与の少なくとも12ヶ月前に、心筋梗塞の病歴を有し;
75mg〜150mgのアスピリンの毎日の維持用量もまた、前記患者に投与される、前記医薬組成物。」

3 当審の拒絶理由通知書の概要
当審の拒絶の理由である、令和3年1月26日付け拒絶理由通知の理由3のうち、請求項1についての特許法第29条第2項に関する理由は、概略、次のとおりのものである。

本願の請求項1に係る発明は、引用文献2に記載された発明及び引用文献3に記載された事項に基づいて、本願優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

<引用文献一覧>
引用文献2:ANONYMOUS,PEGASUS-TIMI 54 STUDY OF BRILINTA TM - ASTRAZENECA,[ONLINE],2015年1月14日,[retrieved on 2016-05-24],Retrieved from the Internet,URL,https://www.astrazeneca.com/media-centre/press-releases/2015/pegasus-timi-54-study-brilinta-reduction-cardiovascular-thrombotic-events-14012015.html
引用文献3:American Heart Journal,2014年,Vol.167, No.4,p.437-444.e5
引用文献6:「これからの臨床試験 医薬品の科学的評価−原理と方法」,1999年10月1日初版第1刷,p.1〜13,p.86〜87(技術常識を示す文献)

※当審注:引用文献2は、AstraZeneca WebsitesのGlobal siteにおいて公開されたプレスリリースであるところ、引用文献2の上記のタイトル及び検索日にのみ誤記があり、正しくは下記のとおりである。
なお、下線は当審による。「(R)」はRの丸囲いを意味する(以下同様)。

「引用文献2: PEGASUS-TIMI 54 study of BRILINTA(R) meets primary endpoint in both 60mg and 90mg doses,[ONLINE],2015年1月14日,[retrieved on 2017/12/04],Retrieved from the Internet,URL,https://www.astrazeneca.com/media-centre/press-releases/2015/pegasus-timi-54-study-brilinta-reduction-cardiovascular-thrombotic-events-14012015.html 」

4 引用文献2及び3の記載事項
(1)引用文献2について
原文は外国語で記載されているので、必要に応じて当審による日本語訳を記載する。なお、下線は当審による(以下同様)。

(摘記2a)
「BRILINTA(R)のPEGASUS-TIMI 54試験は、60mgと90mgの両方の用量で主要エンドポイントを達成している。」(表題)

(摘記2b)
「BRILINTAの 60mgと90mgはどちらも、心臓発作の病歴のある患者の主要な心血管血栓イベントの統計的に有意な減少を示している。

アストラゼネカは本日、21,000人を超える患者を対象とした大規模なアウトカム試験であるPEGASUS-TIMI 54試験が、主要な有効性エンドポイントを達成したことを発表した。この試験では、試験開始の1〜3年前に心臓発作を経験した患者のアテローム血栓性イベントの二次予防のために、低用量アスピリンとともにBRILINTA(R)(チカグレロル)錠を60mg1日2回又は90mg1日2回投与して評価した。主要な有効性エンドポイントは、心血管系(CV)死亡、心筋梗塞(MI)、又は脳卒中の複合であった。

予備分析では、予期しない安全上の問題は明らかにならなかった。データの完全な評価は進行中である。



PEGASUS-TIMI 54試験では、心臓発作の病歴があり、CVリスク因子が1つ追加された、50歳以上の患者を対象に、低用量アスピリンとともにプラセボを投与した群と比較して、低用量アスピリンとともに2つの異なる用量のチカグレロルを投与した群を調査した1。この研究は、心臓発作から12か月以上経過した後も、主要な血栓性イベントのリスクが高い患者の管理をよりよく理解するために設計された。」(表題の下の「Both BRILINTA…heart attack」の項目のタイトル及び本文第1、2、4段落)

(摘記2c)
「PEGASUS-TIMI 54(PrEvention with TicaGrelor of SecondAry Thrombotic Events in High-RiSk Patients with Prior AcUte Coronry Syndrome - Thrombolysis In Myocardial Infarction Study Group)は、ヨーロッパ、アメリカ大陸、アフリカ及びオーストラリア/アジアにおける31か国の1,100を超える施設から21,000人以上の患者を対象としたアストラゼネカ最大のアウトカム試験の1つである。」(「About PEGASUS-TIMI 54」の本文1〜5行)

(摘記2d)
「1Bonaca MP,Bhatt DL,Braunwald E,et al.…Am Heart J.2014; 167:437-44.」(「NOTES FOR EDITORS」の本文)

(2)引用文献3について
(摘記3a)
「心筋梗塞54(PEGASUS-TIMI 54)試験におけるアスピリン血栓溶解療法の背景でのプラセボと比較したチカグレロルを使用した心臓発作の病歴のある患者の心血管イベントの予防のための設計と理論的根拠」(表題)

(摘記3b)
「研究デザイン PEGASUS-TIMI 54は、無作為化、二重盲検、プラセボ対照、多国籍臨床試験である。心筋梗塞の病歴と危険因子を持つ患者の主要な心血管系有害事象の予防のために、アスピリン(75〜150mg)に加えてチカグレロルの有効性と安全性を評価するように設計されている。1〜3年以内の自然発生的な心筋梗塞の病歴がある患者が、チカグレロル90mg1日2回の群、チカグレロル60mg1日2回の群、又は対応するプラセボ群に1:1:1にランダム化されるが、全ての群は低用量ASAを研究の最後まで投与される。主要エンドポイントは、心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合である。患者の募集は2010年10月に始まり、2013年4月に完了し、サンプルサイズは21,000人を超えた。この試験は、最新の1,360の判定された主要エンドポイントが生じるか、又は無作為化された最後の患者が少なくとも12か月間追跡されるまで継続する予定である。
結論 PEGASUS-TIMI 54は、低用量アスピリンへの、チカグレロルによる集中的な抗血小板療法の追加が、心筋梗塞の病歴のある高リスク患者の主要な心血管系有害イベントを軽減するかどうかを調査するものである。」(p.437の要約における「Study Design」「Conclusions」)

※当審注:「ASA」はアスピリンの略語である。

(摘記3c)
「表1.包含/除外基準
包含基準
50歳以上
1〜3年前の自発的MI
さらに、次のリスク要因の少なくとも1つ

ASA 75〜150mgを毎日服用 」(p.439の「Table 1. Inclusion/Exclusion Criteria」)

※当審注:「MI」は心筋梗塞の略語である。

(摘記3d)


」(p.438の「Figure」)

(摘記3dの部分訳)
「主要な有効性エンドポイント:CV死亡、MI、又は脳卒中
主要な安全性エンドポイント:TIMI大量出血」(「Figure」の一番下の四角枠)

「PEGASUS-TIMI 54の研究スキーマ。CAD, 冠状動脈疾患; MI, 心筋梗塞」(「Figure」の最下行)

5 引用発明
引用文献2は、「BRILINTA(R)のPEGASUS-TIMI 54試験は、60mgと90mgの両方の用量で主要エンドポイントを達成している。」を表題とする文献であり(摘記2a)、BRILINTA(R)とは、チカグレロル錠であることが記載されており(摘記2b)、60mgと90mgはBRILINTA(R)中の有効成分(チカグレロル)の用量を示すものと解される。
引用文献2には、アストラゼネカによる、21,000人を超える患者を対象とした「PEGASUS-TIMI 54試験」は、主要な有効性エンドポイントを、心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合とするものであって、試験開始の1〜3年前に心臓発作を経験しCV(心血管)リスク因子が1つ追加された50歳以上の患者を対象に、低用量アスピリンとともにプラセボを投与した群と比較して、低用量アスピリンとともに60mg(1日2回)又は90mg(1日2回)の2つの異なる用量のチカグレロルを投与した群を調査したものであることが記載されている(摘記2b、2c)。
そして、「PEGASUS-TIMI 54試験」が、主要な有効性エンドポイントを達成したと同時に、予備分析では、予期しない安全上の問題は明らかにならなかったことが記載されている(摘記2b)。
そうすると、引用文献2には、次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されていると認められる。

「PEGASUS-TIMI 54試験において使用するためのチカグレロル錠であって、
前記試験の結果は、心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合である主要な有効性エンドポイントを達成し、予備分析では、予期しない安全上の問題は明らかになっていないものであり、
前記試験において、当該試験開始の1〜3年前に心臓発作を経験した患者に対して、低用量のアスピリンとともに、60mgのチカグレロルを1日2回投与するものである、
前記チカグレロル錠。」

6 対比・判断
(1)対比
本願発明と引用発明とを対比する。
引用発明の「当該試験開始の1〜3年前に心臓発作を経験した患者」は、「心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合」を「主要な有効性エンドポイント」とするPEGASUS-TIMI 54試験の対象患者であるから、「心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中」の予防の必要性が認められている患者であると解され、本願発明の「重大な有害心血管系イベントの予防の必要性が認められている患者」に相当する。
また、通常、「錠剤」は、有効成分と薬学的に許容できる担体とを含むものであるから、引用発明の「60mgのチカグレロルを1日2回投与するものである」「チカグレロル錠」は、本願発明の「60mgのチカグレロルを含んでなる」「医薬組成物」であって、「患者に1日2回投与するステップ」により投与される「医薬組成物」に相当する。
さらに、引用発明の「当該試験開始の1〜3年前に心臓発作を経験した」と本願発明の「少なくとも12ヶ月前に、心筋梗塞の病歴を有し」とは、「少なくとも12ヶ月前に、心臓の病歴を有し」である点で共通する。
そして、引用発明の「低用量のアスピリンとともに、60mgのチカグレロルを1日2回投与する」とは、アスピリンは毎日投与され、その「低用量」とは「維持用量」を意味すると認められるから、引用発明の「低用量のアスピリンとともに」「投与する」は、本願発明の「アスピリンの毎日の維持用量もまた」「投与される」に相当する。
そうすると、本願発明と引用発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。

<一致点>
「重大な有害心血管系イベントの予防の必要性が認められている患者に投与する、チカグレロルを含んでなる医薬組成物であって、
60mgのチカグレロルを含む医薬組成物を患者に1日2回投与するステップにより投与され;
前記患者が、60mgのチカグレロルを含んでなる前記医薬組成物の1日2回の投与の少なくとも12ヶ月前に、心臓の病歴を有し;
アスピリンの毎日の維持用量もまた、前記患者に投与される、前記医薬組成物。」
<相違点1>
アスピリンの毎日の維持用量が、本願発明においては「75mg〜150mg」であるのに対し、引用発明においては「低用量」とされ、具体的な数値は特定されていない点。
<相違点2>
心臓の病歴が、本願発明においては「心筋梗塞」であるのに対し、引用発明においては「心臓発作」である点。
<相違点3>
医薬組成物の用途が、本願発明においては「75mg〜150mgのアスピリンのみの毎日の維持用量が投与される投与計画と比較して、前記患者における重大な有害心血管系イベントの最初の発生を遅らせることによる、1以上の重大な有害心血管系イベントの予防において使用するための」ものであって、「1以上の重大な有害心血管系イベントが、心血管系死亡、心筋梗塞、および脳卒中から選択され」るものであるのに対し、引用発明においては「PEGASUS-TIMI 54試験において使用するための」ものであって、前記試験の結果は、「心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合である主要な有効性エンドポイントを達成し、予備分析では、予期しない安全上の問題は明らかになっていないものであ」る点。

(2)判断
ア 相違点1及び2について
(ア)引用文献2において、「PEGASUS-TIMI 54試験」についての参照文献として記載された「1Bonaca MP,Bhatt DL,Braunwald E,et al.…,Am Heart J.2014; 167:437-44.」(摘記2b、2d)は、引用文献3である。
ここで、引用文献3には、 PEGASUS-TIMI 54試験は、1〜3年以内に自然発生的な心筋梗塞の病歴がある患者を対象として、アスピリン75〜150mgを毎日投与することに加えて、チカグレロル90mg1日2回又はチカグレロル60mg1日2回投与した場合の有効性と安全性を評価するように設計されたものであり(摘記3b〜3d)、主要な有効性エンドポイントは、CV(心血管系)死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合であり、主要な安全性エンドポイントは、TIMI(Thrombosis in Myocardial Infarction:心筋梗塞の血栓)の大量出血であることが記載されている(摘記3b〜3d)。
そして、引用文献2のPEGASUS-TIMI 54試験は、引用文献3のPEGASUS-TIMI 54試験と同じ試験を意味すると解されるから、引用発明における「心臓発作」は、引用文献3に記載された「心筋梗塞」を意味し、引用発明における「低用量のアスピリン」は、引用文献3に記載されたアスピリン(75〜150mg)、すなわち「75〜150mgのアスピリン」であると認められる。
したがって、相違点1及び相違点2は、実質的な相違点ではない。

(イ)仮に、相違点1及び2が実質的な相違点である場合について、検討する。
a 相違点1について
引用発明で特定される用法・用量でチカグレロル錠を投与する際に、「低用量のアスピリン」の具体的な用量を決定することは、当業者が当然に行う事項であり、その際に、引用文献2のPEGASUS-TIMI 54試験と同じ試験を意味すると解される引用文献3のPEGASUS-TIMI 54試験で用いられた「75〜150mgのアスピリン」(摘記3b〜3d)を採用することは、当業者が自然に想起し得た事項にすぎない。

b 相違点2について
心臓発作をきたす疾患の代表例が心筋梗塞等の虚血性心疾患であることは、本願優先日当時の技術常識である(要すれば、参考文献A;「今村浩,『第6回 市民公開講座 心臓発作の救急対応と治療方針』,2009年,理学療法研究・長野,38号, p.16-18」を参照。)。
そして、引用文献2のPEGASUS-TIMI 54試験と同じ試験を意味すると解される引用文献3のPEGASUS-TIMI 54試験は、1〜3年以内の自然発生的な心筋梗塞の病歴がある患者を対象とするものであるから(摘記3b〜3d)、引用発明における「心臓発作」を引用文献3に記載された「心筋梗塞」に特定することは、上記技術常識(参考文献A)及び引用文献3の記載から当業者が容易になし得た事項にすぎない。

c 以上のとおりであるから、引用発明において、相違点1及び2に係る本願発明の発明特定事項を採用することに、格別の創意工夫を要したとはいえない。

イ 相違点3について
(ア)「エンドポイント」とは、介入的な治療法等の比較をすることが目的である臨床試験において、介入内容の影響を何に関して見るかを事前に設定したものである(引用文献6:p.86本文1〜5行)。
引用発明における「PEGASUS-TIMI 54試験」は、低用量アスピリンとともにプラセボを投与した群と比較して 、低用量アスピリンとともに2つの異なる用量のチカグレロルを投与した群を調査したものであり(摘記2b)、当該試験において、「心血管死亡、心筋梗塞又は脳卒中の複合である主要な有効性エンドポイントを達成」したことは、「低用量のアスピリンとともに、60mgのチカグレロルを1日2回投与」された患者は、「低用量のアスピリンとともにプラセボ」、すなわち「低用量のアスピリンのみ」を投与された患者と比較して、「心血管死亡、心筋梗塞、又は脳卒中」の発生頻度が低下したことを意味すると解される。
そして、引用発明の「心血管死亡、心筋梗塞、又は脳卒中」は、本願発明の「重大な有害心血管系イベント」に相当する。

(イ)また、上記アで検討したように、引用発明における「低用量のアスピリン」は、引用文献3を参照すれば、「75mg〜150mgのアスピリン」であると認められる。

(ウ)そうすると、引用文献2、3の記載に接した当業者であれば、引用発明に係るチカグレロル錠を用いることにより、「75mg〜150mgのアスピリン」のみを投与される場合と比較して、「心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中」の発生頻度が低下したのであるから、当然、これらの重大な有害心血管系イベントの最初の発生を遅らせることができ、当該イベントの予防ができることを理解できる。
したがって、引用発明において、相違点3に係る本願発明の発明特定事項を採用することは、当業者が容易に想到することができたものである。

ウ 本願発明の効果について
(ア)本願明細書には、実施例として、PEGASUS-TIMI 54試験の結果が、図1〜図26、表1〜24を用いて詳細に記載されている。
具体的には、登録に先立つ1〜3年間の特発性心筋梗塞の病歴と、追加的な高リスク特性の1つを有する患者に、毎日75mg〜150mgの用量でアスピリンを投与し、1:1:1の比率で無作為化して、チカグレロル90mgを1日2回(以下「90mg群」という。)、チカグレロル60mgを1日2回(以下「60mg群」という。)又はプラセボ(以下「プラセボ群」という。)を更に経口投与する臨床試験(【0111】〜【0118】等)の結果が記載されており、上記の試験結果から導かれる主要な効果として、以下の(i)〜(iii)が記載されている。
(i)90mg群と60mg群は、治療の意図分析において同様の有効性の規模を達成したこと(【0133】の「表8.有効性エンドポイント」、【0190】等)。
(ii)60mg群は、プラセボ群と比較して、3年目の致死性出血についてのハザード比(HR)は1.00であったこと(【0148】の「表14.安全性および耐容性エンドポイント」の右端欄の「致死性出血の項目」等)。
(iii)出血及び呼吸困難の率は、90mg群と比較して60mg群で数値的により低く、60mg群についてより低い治療中断率及びより良い耐容性が得られたこと(【0148】の「表14.安全性および耐容性エンドポイント」、【0190】等)。

(イ)他方、引用文献2には、「データの完全な評価は進行中である。」(摘記2b)と記載され、PEGASUS-TIMI 54試験の具体的な結果については記載されておらず、また、チカグレロルを1日2回投与する用量として、60mgの方が、90mgよりも治療中断率及び耐容性について優れていたことも記載されていない。
しかしながら、引用文献2には、60mgと90mgの両方とも、PEGASUS-TIMI 54試験において主要な有効性エンドポイント(心血管系死亡、心筋梗塞、又は脳卒中の複合)を達成したことが記載されており、当該記載から、当業者はいずれの用量も治療に有効であることを理解できるといえるから、60mg群は、90mg群と同様の有効性を示すという上記(i)の本願発明の効果は、進歩性を認めるほどに格別顕著な効果ではない。
また、引用発明は、「予備分析では、予期しない安全上の問題は明らかになっていない」ものであるから、60mg群は、プラセボ群と比較して3年目の致死性出血についてのハザード比が1.00であるという上記(ii)の本願発明の効果も、当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。
さらに、一般に、有効成分の量が少ない方が副作用が少なく認容性(耐容性)に優れるものであるから、副作用である出血及び呼吸困難の率は、90mg群と比較して60mg群で数値的により低く、60mg群についてより低い治療中断率及びより良い耐容性が得られたという上記(iii)の本願発明の効果は、当業者が予測可能な程度のものにすぎない。
したがって、本願明細書の実施例で記載されたPEGASUS-TIMI 54試験による結果(図1〜図26、表1〜24等)を参酌しても、本願発明の効果は、引用文献2に記載された発明、引用文献2、3に記載された事項及び技術常識(引用文献6、参考文献A)から当業者が予測し得ない格別顕著な効果とはいえない。

(3)小括
以上によれば、本願発明は、引用文献2に記載された発明、引用文献2、3に記載された事項及び技術常識(引用文献6、参考文献A)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

7 請求人の主張について
請求人は、本願明細書に記載のPEGASUS-TIMI 54試験の試験結果により、チカグレロルとアスピリンによる長期二重抗血小板療法が有効な治療法であることが確認されただけでなく、チカグレロル60mgを1日2回で長期二重抗血小板療法と90mgを1日2回で長期二重抗血小板療法とが同等の有効性を示し(表8)、90mgを1日2回よりも良好なリスクプロファイルを示した(表14)という所見も得られており、本願発明は、引用文献を参酌しても当業者が予想し得ない顕著に優れた効果を奏し、この点を考慮すれば、進歩性を有するものである旨を主張する(令和3年7月27日提出の意見書4頁)。

しかしながら、上記6(2)ア及びイに説示したとおり、本願発明の構成に至ることは当業者において容易に想到し得たことであり、また、本願発明が、90mgを用いる場合と同等な有効性を示し、90mgを用いる場合よりも良好なリスクプロファイルを示すという効果も、当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるとはいえないことは、上記6(2)ウで説示したとおりである。
したがって、請求人の上記主張は採用できない。

8 まとめ
以上のとおり、本願の請求項1に係る発明は、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶すべきものである。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲 (行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、特許庁長官を被告として、提起することができます。

審判長 前田 佳与子
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2021-10-05 
結審通知日 2021-10-06 
審決日 2021-10-26 
出願番号 P2017-539261
審決分類 P 1 8・ 121- WZ (A61K)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 前田 佳与子
特許庁審判官 藤原 浩子
渕野 留香
発明の名称 心筋梗塞の病歴がある患者においてアテローム血栓性イベントを治療または予防する方法  
代理人 山本 修  
代理人 中西 基晴  
代理人 小野 新次郎  
代理人 寺地 拓己  
代理人 宮前 徹  

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