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審決分類 審判 全部無効 2項進歩性  A61M
管理番号 1382848
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許審決公報 
発行日 2022-04-28 
種別 無効の審決 
審判請求日 2020-07-02 
確定日 2022-03-18 
事件の表示 上記当事者間の特許第5856062号発明「投与量送出装置」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する。 
結論 本件審判の請求は、成り立たない。 審判費用は、請求人の負担とする。 
理由 第1 手続の経緯
特許第5856062号(以下「本件特許」という。)の出願は、2010年(平成22年)11月19日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2009年11月20日 (DK)デンマーク王国)を国際出願日とする出願であって、その後の手続の経緯は概略以下のとおりである。
平成27年12月18日 特許権の設定登録(請求項の数13)
令和 2年 7月 2日 本件審判の請求
令和 3年 3月26日 答弁書の提出
令和 3年 5月26日付け 審理事項通知
令和 3年 7月 7日 口頭審理陳述要領書の提出(請求人)
令和 3年 7月 8日 口頭審理陳述要領書の提出(被請求人)
令和 3年 8月 5日 第1回口頭審理

第2 本件特許に係る発明
本件特許の請求項1〜13に係る発明(以下「本件発明1〜13」という。)は、本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜13に記載された事項により特定される以下のとおりのものと認める。(なお、A〜Uの分説記号は当審で付加した。)

「【請求項1】
A.投与量送出装置であって、
B.ハウジングと、
C.投与量セレクターと、
D.押しボタンと、
E.投与量設定中には回転せず注射中には回転するピストンロッドと、
F.前記ピストンロッドと螺合するドライバーと、
を備え、
G.前記投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、前記押しボタンを、前記ハウジングに対して固定された位置から前記設定した投与量に比例する距離だけ前記装置の一端部から上昇させ、
H.前記押しボタンをその非上昇位置に押し戻すことによって前記設定した投与量を注射することができ、この動きにより、前記ピストンロッド及び前記ドライバーは、少なくとも前記押しボタンの最初の移動の後に同じ距離を移動し、
I.前記ドライバーは、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、前記設定した投与量を注射するときには前記ピストンロッドと一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿ることを特徴とする、投与量送出装置。
【請求項2】
J.前記投与量セレクター及び前記押しボタンは1つの一体部品として形成される、請求項1に記載の投与量送出装置。
【請求項3】
K.前記設定した投与量の量を表示する数字付きの目盛りドラムが、前記ドライバーに対して回転係止されていると共に、前記押しボタンに軸線方向に係止されている、請求項1又は2に記載の投与量送出装置。
【請求項4】
L.数字付きのバレルが、前記ハウジング内の第1のピッチを有する第1のねじ山と、前記ドライバーの第2のピッチを有する第2のねじ山とに係合しており、前記第2のピッチは前記第1のピッチよりも高い、請求項1又は2に記載の投与量送出装置。
【請求項5】
M.ラチェットアームが前記数字付きの目盛りドラムに設けられており、前記ラチェットアームは、投与量が注射され且つ前記押しボタンが最初の距離を移動されるときに、前記ラチェットアームが注射の終わりにおいて突起を通り越すが、圧力が前記押しボタンから除去されて前記押しボタンがもはや最初の距離を移動されないときに、前記ラチェットアームが前記ハウジング内の前記突起を通過し且つ新たな投与量を設定することができるように、前記ハウジング内の前記突起と協働する、請求項3に記載の投与量送出装置。
【請求項6】
N.前記投与量セレクターは、投与量設定中には前記ドライバーに回転結合され、注射中には分離される、請求項1に記載の投与量送出装置。
【請求項7】
O.前記投与量セレクターは、前記ハウジング内での回転時に前記装置の中心軸の周りに等間隔に離間した特定の位置における指標とされ、前記投与量セレクターの回転は、前記投与量セレクターと前記ハウジングとの間の相互作用に起因してクリック及び触覚フィードバックを生成する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の投与量送出装置。
【請求項8】
P.前記投与量セレクターと前記ドライバーとの間にラチェットが設けられている、請求項1に記載の投与量送出装置。
【請求項9】
Q.前記投与量を注射するときにクリック音を生成する一方向ラチェットが、前記ピストンロッドに回転結合されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載の投与量送出装置。
【請求項10】
R.投与量設定中には前記ハウジングに対して回転係止され、且つ注射中には少なくとも一方向に係止解除されるアイテムが、前記ピストンロッドに回転結合されている、請求項1に記載の投与量送出装置。
【請求項11】
S.前記数字付きの目盛りドラムは、前記押しボタンが押されるとラチェットに回転結合する、請求項3に記載の投与量送出装置。
【請求項12】
T.非回転窓が、軸線方向に移動可能であり、投与量を設定及び注射するときに前記ドライバーとは反対方向へ軸線方向に移動するように、ねじ山を介して前記数字付きの目盛りドラムに係合する、請求項3に記載の投与量送出装置。
【請求項13】
U.前記設定した投与量に対応する表示される数字を拡大する拡大レンズを更に備える、請求項1〜12のいずれか1項に記載の投与量送出装置。」

第3 請求人の主張する無効理由及び証拠方法
請求人は、「特許第5856062号発明の特許請求の範囲の請求項1乃至13に記載された発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする」との審決を求め、以下1の無効理由を主張し、以下2の証拠方法を提出した。

1 無効理由
(1)無効理由1[特許法第29条第2項違反]
本件発明1〜13は、下記甲1に記載された発明及び甲1〜6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、それらの特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。
(2)無効理由2[特許法第29条第2項違反]
本件発明1〜13は、下記甲2に記載された発明及び甲1〜6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、それらの特許は同法第123条第1項第2号に該当し、無効とすべきである。

2 証拠方法
審判請求書に添付して甲第1号証〜甲第6号証が提出された。
以下、甲第1号証〜甲第6号証を「甲1」〜「甲6」という。
甲1:特表2004−516895号公報
甲2:特表2008−521534号公報
甲3:国際公開第2008/058667号(甲3の部分訳を添付)
甲4:特表2002−501790号公報
甲5:特表2004−503303号公報
甲6:特表2005−520646号公報
なお、甲1〜甲6の成立について、当事者間に争いはない。

第4 被請求人の主張及び証拠方法
被請求人は、「本件審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とする」との審決を求め、請求人が主張する無効理由は理由がないものであると主張し、答弁書に添付して乙第1号証(以下「乙1」という。)を提出した。
乙1:広辞苑第五版 2461頁(写し)
なお、乙1の成立について、当事者間に争いはない。

第5 各無効理由についての当事者の主張
1 無効理由1について
(1)請求人の主張
ア 甲1発明における「カップリング部材60」は、軸方向の力を受けて回転せずに押し下げられるものであることから、本件発明1の「押しボタン」に相当する。(審判請求書39頁下から6−下から3行)

イ 本件発明1では、押しボタンをハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させるのに対し、甲1発明では、注射中に押圧されるカップリング部材60(押しボタン)をハウジング10(ハウジング)内部で上昇させる点で相違するところ、甲2には、押しボタンとしてのプッシュボタン30、630をハウジング10、610に対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させることが記載されており、甲1と甲2は、薬剤送達装置に関する技術である点で共通し、また、投与量を設定するときに投与量セレクターを回転させることによって上昇し、且つ、投与量を注射するときには押し戻されてドライバーを介してピストンロッドを前進させるという作用機能の点で共通することから、甲1発明のばねの力で押し下げる機構(カップリング部材60)に代えて甲2記載事項の人力で押し下げる機構(プッシュボタン30、630)を採用することは、何ら困難性を伴うものではない。(審判請求書41頁11−下から1行)

ウ さらに、甲3及び甲4に例示されるように、投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、押しボタンをハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させることは、周知の技術的事項である。(審判請求書42頁1−11行)

エ 仮に、甲1発明の「カップリング部材60」が本件発明1の「押しボタン」に相当しないとしても、押しボタンとカップリング部材60とは、上昇位置から非上昇位置に押し戻される動きにより、ピストンロッド(プランジャー30)およびドライバー(投与量設定部材50)を最初の移動の後に同じ距離を移動させる点で、作用において共通するものであり、押し戻される動きを生み出す力が指による押し下げの手動式か、ばね力による押し下げの自動式かの点で相違するところ、甲1の【0004】〜【0006】の開示によれば、投与量を実際に吐出する工程において幾らかの使用者が覚える不安に対処する必要に応じて従来採用されてきた、一回の投与量を自動的に吐出する装置構成が必要でない場合は、ばねの力でピストンロッドを押し出す機構を採用せずに、ボタンをプレスしてピストンロッドを押し出す機構を技術的に採用または選択可能であることが示唆されているといえる。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書2頁11行―4頁24行)

オ 注射器の機能性を決定する核は、押しボタン、カップリング部材60に対応する「入力」要素の軸方向の動きをピストンロッド、プランジャー30に対応する「出力」要素の軸方向の動きに伝達する伝達機構にあり、多くの場合、注射器間の機能性の違いは伝達機構の違いに基づくため、「入力」要素を駆動する動力源が指であるかばねであるかは注射器の機能性にほとんど影響せず、したがって、伝動機構をほとんどまたは全く変更せずに、同じ伝達機構を手動式注射器と自動式注射器の間で相互に入れ替えることが可能である。よって、甲1発明にほとんど手を加えることなく、ばねによる動力供給機構を、甲2〜甲4に記載された公知の指による動力供給機構に入れ替えるだけで、本件発明1に係る投与量送出装置に容易に想到することが可能である。そのような入れ替えは当業者にとって困難性を伴うものではなく、注射器の動力機構を指による手動式にするか、ばね力による自動式にするかは単なる設計または選択事項にすぎない。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書4頁25行―5頁下から4行)

カ 甲1発明の課題が、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供すること(甲1の【0008】〜【0010】)であるのに対し、甲2には、「誤って設定された容量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。」(【0002】)との課題が記載されており、両者は課題の共通性を有するから、甲1発明には甲2記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえる。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書6頁下から7―下から3行)

キ 甲1の【0018】には、「更に単純な構造が望ましい場合には、カップリング部材を有する上述された配置は、不要にされ得る。」と記載され、単純な構造とするために、ばねとともに用いるカップリング部材60を、それとは別のばねを用いない形態のものに置換可能であることも示唆されているから、甲1発明には甲2記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえる。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書7頁10−13行)

ク 甲1の【0005】、【0006】の開示によれば、「幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもの」といった課題が、ばねおよびラッチを有する従来の「シリンジ装置によって果たされてきた」のであるから、使用者にとって投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもので、必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましいという記載は、指によってプッシュされる手動式の注射器全般の特徴(既に解決された課題)を示しているにすぎず、甲1発明が解決しようとする真の課題ではない。そして、甲1の【0018】には、単純な構造とするためにカップリング部材を置換可能であることが示唆されていることも踏まえれば、甲1の【0006】の記載は、甲1発明と甲2記載事項等とを組み合わせる際の阻害要因にはならない。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書8頁1―22行)

ケ 以上のとおり、本件発明1〜13は、甲1発明及び甲1〜甲6の記載事項に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が特許出願前に容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に係る進歩性欠如の無効理由を有する。
したがって、本件特許は無効とすべきものである。(審判請求書56頁12行−58頁6行)

(2)被請求人の主張
ア 本件発明1の「押しボタン」は、その名称から明らかであるように、ユーザーの指によって押されるボタンを意味しており、乙1の記載からも明らかなように、「ボタン」とは指で押されるものであることは常識であるところ、甲1のカップリング部材60は、ハウジング10の内部に完全に収納されて、外部から操作不可能であり、指で押されることを可能とする部分を有しないから、本件発明1の「押しボタン」とはいえない。よって、甲1発明は構成要件Dを開示せず、請求人の主張は誤りであって、構成要件Dが存在しない点で本件発明1と甲1発明は相違する。(答弁書12頁6行−13頁1行)

イ 甲1は「押しボタン」を開示しないから、当然に「押しボタン」を「その非上昇位置に押し戻す」ことも開示せず、したがって甲1発明は構成要件Hを開示しない。さらに、本件発明1の投与量送出装置は、押しボタンを設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させ、その非上昇位置に押し戻すことによって投与量を注射するものであるから、非上昇位置は、押しボタンが装置の一端部から上昇してから押し戻される位置であると理解されるところ、仮に甲1のカップリング部材60が押しボタンに相当するとした場合でも、カップリング部材60はハウジング10の内部で上昇するのであって装置の一端部から上昇するものでないから、甲1発明には上記「非上昇位置」が存在せず、この点から、甲1発明に構成要件Hは存在しないといえる。よって、甲1発明が構成要件Hを備えるという請求人の主張は誤りであって、構成要件Hが存在しない点で本件発明1と甲1発明は相違する。(答弁書13頁9−24行)

ウ 以上のとおり、甲1には、請求人が記載されていると主張する構成要件AからF、H、及びIのうち、少なくとも構成要件D及び構成要件Hは記載されていないから、甲1発明は、構成要件Gだけでなく、構成要件D及びHも欠く点で、本件発明1と相違する。(答弁書11頁12−14行)

エ 甲1は、用量設定時に弾性力を蓄積したばねがカップリング部材及び投与量設定部材を介してピストンロッドを付勢することにより薬剤を投与する装置を開示している一方で、この装置の改変を要する課題等については、開示も示唆もしていない。特に、甲1発明のカップリング部材60を他の部材に置換する理由はなく、ましてや甲2記載のプッシュボタン30、630や、甲3記載事項、甲4記載事項に置換する理由もない。(答弁書14頁12−17行)

オ 請求人は、甲2の【0002】の「誤って設定された容量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。」との記載と、甲1の【0008】〜【0010】における、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供する、との記載とから、甲2と甲1とは課題において共通すると主張するが、上記甲2の【0002】の記載は従来技術の課題を示したものにすぎず、甲2自体の課題であるとはいえないから、両者に課題の共通性はないというべきである。実際、甲2で請求人が引用している第6実施例も、設定した投与量をキャンセルすることを課題とするものではない。(令和3年7月8日付け口頭審理陳述要領書7頁8−21行)

カ 請求人は、甲1の【0018】の「更に単純な構造が望ましい場合には、カップリング部材を有する上述された配置は、不要にされ得る。」との記載から、単純な構造とするためにカップリング部材を他の構造に置換可能であると主張する。しかし、上記甲1の【0018】の記載は、構造の単純化のためにカップリング部材は省略され得る、という意味であり、カップリング部材を他の構造に置き換えることを示唆するものではない。そして、上記【0018】には、カップリング部材を不要とした上でばね手段を用いる構造である旨の記載があることから、甲1の装置はばねを用いることが前提となっているといえ、ばねを用いない構造とすることは想定されていない。(令和3年7月8日付け口頭審理陳述要領書7頁22行−8頁17行)

キ 以上のとおりであるから、甲1発明と甲2記載事項、甲3記載事項、甲4記載事項とを組み合わせるにつき動機付けがない。(答弁書14頁17−18行)

ク 甲1発明と甲2記載の装置とは、その基本的な構成において大きく異なり、甲1発明のカップリング部材60を甲2記載事項のプッシュボタン30、630に置き換えて用量調整及び投与を行うことは不可能であるから、甲1発明と甲2記載事項とを組み合わせるには阻害要因がある。(答弁書14頁19−23行)

ケ 甲1の【0006】によれば、使用者にとって投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもので、必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましいという課題が記載されている。同【0008】〜【0010】には、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供すること、という甲1の課題が記載されているが、同【0004】〜【0010】の文脈を踏まえれば、甲1は、上記【0006】の課題を解決した上で上記【0008】〜【0010】の課題を解決するものであるといえる。そして、上記【0006】の課題を解決するために甲1発明は、用量調整後はラッチを外すだけで自動的に投与量が注射される構成を備えるが、上述した甲1の課題設定を踏まえれば、甲1においてばねを用いた自動式の投与機構は前提となっており、そうすると、ばね70がカップリング部材60及び投与量設定部材50を付勢する機構は、甲1発明において上記課題を解決するために必須の構成といえる。これに対し、甲2の装置では、一回の投与量を自動的に吐出できず、ユーザは用量注入開始から完了までプッシュボタンに圧力をかけ続ける必要がある。仮に甲1発明に甲2記載事項を組み合わせて、ばねの力でカップリング部材を付勢する機構に代えて人力でプッシュボタンを押し下げ続ける機構を採用したとすると、ユーザに不安を覚えさせることになり、これは甲1の装置の技術的意味を没却するものであるから、甲1発明に甲2記載事項を組み合わせることにつき阻害要因がある。同様に、甲3及び甲4が開示する装置もプッシュボタンを人力で押し下げ続けることにより薬剤を投与するものであるから、甲1発明のカップリング部材60を取り除いて甲3記載事項又は甲4記載事項に置換することには阻害要因がある。(答弁書14頁23行−21頁4行)

コ よって、請求人が主張する無効理由1には理由がない。(答弁書21頁6−7行)

2 無効理由2について
(1)請求人の主張
ア 本件発明1と甲2発明とでは、押しボタン(プッシュボタン630)を押し戻す力をピストンロッド(ピストンロッド6120)に伝達する伝達機構(駆動部670)が相違するところ、甲1には、ドライバー(投与量設定部材50)がピストンロッド(プランジャー30)に螺合すること、ピストンロッド(プランジャー30)及びドライバー(投与量設定部材50)は、少なくとも押しボタン(カップリング部材60)の最初の移動の後に同じ距離を移動すること、および、ドライバー(投与量設定部材50)は、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、設定した投与量を注射するときにはピストンロッド(プランジャー30)と一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿ることが記載されている。そして、甲2と甲1は、投与量設定装置に関する技術である点で共通し、また、甲2発明及び甲1記載事項のドライバー(駆動部670/投与量設定部材50)は、押しボタン(プッシュボタン630/カップリング部材60)を押し戻す力をピストンロッド(ピストンロッド6120/プランジャー30)に伝達するという作用機能の点で共通しており、さらに、甲2には2以上の異なる伝達機構の開示があって、甲2発明の伝達機構が適宜変更されてもよい旨が示唆されているといえることから、甲2発明に甲1記載事項の伝達機構を採用することは、何ら困難性を伴うものではない。(審判請求書44頁9行−45頁5行)

イ 甲2には、「誤って設定された容量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。」(【0002】)との課題が記載され、甲1には、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供するという課題(【0008】〜【0010】)が記載されており、両者は課題の共通性を有するから、甲2発明には甲1記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえる。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書9頁下から11―下から6行)

ウ 甲1の【0005】、【0006】には、「幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもの」という課題に対しては「必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましい」が、当該課題は、ばねおよびラッチを有する従来の「シリンジ装置によって果たされてきた」ことが記載されており、これは、上記の必要に応じて、ボタンをプレスしてピストンロッドを押し出す機構からばねの力でピストンロッドを押し出す機構へと変更可能であることを開示しているといえる。そうすると、甲1は、人力による動力供給機構およびばね力による動力供給機構は必要に応じて選択される設計事項にすぎないことを示唆しているといえ、当該示唆は、人力で駆動される注射器とばねの力で駆動される注射器との間で構成部材を容易に交換可能とする動機付けになり得る。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書9頁下から5行―10頁8行)

エ 甲2の【0004】−【0005】、【0007】、請求項1の記載によれば、甲2では、1)用量の表示が極めて精密になされること、および、2)大きな用量を設定する場合もプッシュボタンの移動距離が小さいこと、という2つの課題が設定されているところ、上記【0007】の記載によれば、当該請求項1に係る発明の「用量表示スリーブ(90、290、390、590、690)の周囲をシールド(60、260、360、560、660)が囲んでおり、該シールドを通してスケール表示スリーブ(90、290、390、590、690)を見ることができる」との構成によって、上記1)、2)のうちの1つの課題が解決され得る一方で、同「ピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)との連結により動作してピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)を前方に駆動する、駆動スリーブ(90、290、390、590、690)」との構成によってもう1つの課題が解決されているのではないことから、甲2では、これらの課題の解決手段が独立して記載されているのであり、これは、甲2発明が少なくとも一方の課題を解決することができればよいことを示している。そして、上記のとおり、駆動スリーブ(90、290、390、590、690)について「ピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)との連結により動作してピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)を前方に駆動する」ことのみ特定されている構成を、他の構成、すなわち、プランジャー30との連結により動作してプランジャー30を前方に駆動する投与量設定部材50に置換したとしても、甲2発明の一方の課題の解決は可能なのであるから、甲2の課題設定がこのような置換を阻害するとはいえず、甲2発明に甲1記載事項を適用することに阻害要因はないといえる。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書10頁12行―12頁5行)

オ 甲2発明及び甲1が教示するのは、各構成要素の相互関係や動作機能を表現した技術的思想であり、かつ、本件発明1においても同様に、各構成要素が機能的に表現されているから、本件発明1の進歩性の欠如を証明するために、甲2の図15、16に複雑に例示された注入装置を各部品に個別に分解や交換をして再び組み直すといった、改変に至るまでの現実の設計プロセスの態様までも具体的に説明することは必要ない。(令和3年7月7日付け口頭審理陳述要領書12頁7―下から6行)

カ 以上のとおり、本件発明1〜13は、甲2発明及び甲1〜甲6の記載事項に基づいて、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が特許出願前に容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法第123条第1項第2号に係る進歩性欠如の無効理由を有する。
したがって、本件特許は無効とすべきものである。(審判請求書56頁12行−58頁6行)

(2)被請求人の主張
ア 甲2発明は、人力でピストンロッドを押し下げ続けることにより用量を投与する装置であり、その他の実施形態も同様であって、これらの装置を改変する根拠たり得る課題等については記載も示唆もされておらず、人力で駆動される甲2発明の駆動部670を他の部材に置換する理由はなく、ましてやバネの力で駆動される甲1記載の投与量設定装置50に置換する理由もない。すなわち、甲2発明と甲1記載事項とを組み合わせるにつき動機付けがない。(答弁書22頁13−21行)

イ 甲2には複数の実施形態が記載されているが、あくまで甲2発明としての複数の実施形態の提示であり、そのことが甲2発明の構成を他のものに置換することの示唆となるものではない。そして、甲2発明と甲1記載の装置とは、その基本的な構成において大きく異なっている、すなわち、甲2の【0005】の記載によれば、甲2発明は、手の小さい人や器用でない人がプッシュボタンの後ろに指を到達させるのは難しいということを課題とし、これを解決するため、駆動部670がピストンロッド6120と螺合しないことを含む全体構造を備え、前述の課題を解決するための必須の構成としているところ、これらを他の構造に置換することには阻害要因がある。(答弁書22頁22行−23頁下から6行)

ウ 甲2発明と甲1記載事項とは、その構成において大きく異なり、甲2発明の駆動部670を甲1記載事項の投与量設定部材50に単純に置き換えて用量調整及び用量投与を行うことは不可能であるから、甲1発明と甲2記載事項とを組み合わせるには阻害要因がある。これに対し、請求人は、甲2発明の駆動部670に代えて甲1記載事項の投与量設定部材50をどのようにして組み合わせれば本件発明1の構成に至るのか、具体的に説明していない。(答弁書23頁下から5行−24頁2行)

エ 甲2に構成要件Hは記載されておらず、甲1にも構成要件Hは記載されていないから、甲2発明に甲1記載事項を組み合わせても、本件発明1とならない。(答弁書24頁6−8行)

オ 請求人は、甲2の【0004】―【0005】、【0007】及び請求項1の記載から、甲2では2つの課題が設定され、その課題を解決する手段が独立して記載されており、甲2発明が少なくとも一方の課題を解決することができればよいことを示している、と主張する。しかし、2つの課題を解決する手段を独立して記載しており、少なくとも一方の課題を解決できればよい、とする根拠が不明である。甲2の【0005】には「用量の表示が極めて精密になされると共に、大きな用量を設定する場合もプッシュボタンの移動距離が小さい注入装置が強く求められている。」と記載されており、2つの課題事項が「共に」の語で結ばれ、甲2の課題としては合わせて1つのものが設定されており、2つの課題が個別に設定されているのではない。請求人は、上記【0007】の記載から、請求項1に係る発明は一方の課題を解決する手段を明示するのみであると主張するが、当該請求項1の記載は、他方の課題を明らかに解決し得ない構成を特定するものではなく、該他方の課題の解決を除外してはいない。(令和3年7月8日付け口頭審理陳述要領書9頁9−15行)

カ 請求人が主張する甲2発明への甲1記載事項の適用は、それぞれの装置構造を上位概念化して組み合わせようというものであり、適切でない。甲2の装置構造を、甲1記載事項を参酌して変更すると、薬剤送達装置の用量設定及び送達のための機構を全体的に入れ替えることになり、甲2の装置構造は甲1のばねを含んだものに改変されることになるというべきである。(令和3年7月8日付け口頭審理陳述要領書9頁16行−10頁12行)

キ よって、請求人が主張する無効理由2には理由がない。(答弁書24頁10−11行)

第6 当審の判断
1 甲各号証の記載事項
(1)甲1の記載事項及び甲1に記載された発明
甲1には、次の記載がある(下線は当審が付与した。以下同じ。)。
ア「【請求項1】
流体が満たされたリザーバと組み合わせて使用するための、このリザーバから各々に設定された投与量の流体を繰り返し注射することができる投与量設定装置であって、
ハウジング(10)と、
前記リザーバから1投与分の薬剤を吐出するようにされた駆動部材(30)と、
ばね手段(70)と、
前記ハウジング中に設けられ、ばね手段に接続され、ばね手段による付勢力に抗して選択された設定位置まで第1の方向に動き得る投与量設定部材(50)を有し、この投与量設定部材の動きに伴ってばねが変形され、また、この投与量設定部材は、設定される投与量を選択的に調節するために第2の方向に動くことができる投与量設定アセンブリ(40、50、60)と、
前記ばね手段の付勢力に抗して、ハウジングと関連して装置を設定位置に保持するラッチ手段(80、90)とを具備し、
このラッチ手段は、駆動部材がシリンジから設定投与量を吐出するようにさせ、この設定投与量を吐出する力は、前記ばね手段によって与えられる投与量設定装置。」

イ「【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、一般に、流体を有するリザーバ注射器と組み合わせて使用するための投与量設定及び吐出装置と、より狭い態様では、投与量設定及び吐出装置などを有し、薬剤を有するアンプルもしくはカートリッジを収容可能な携帯用の装置と、更に狭い態様では、注射器に配置されたリザーバから各々に設定された投与量の薬剤を繰り返し皮下注射できるポケットサイズの注射器とに関する。」

ウ「【0004】
投与量は、主として、ペンシリンジの一部分を残りの部分に対して回転させるかダイヤルすることによって設定される。シリンジの回転可能な部分に目盛りを形成する数字が、設定された投与量を示すようにシリンジの残りの部分の表示マークに関連して、動かされる。使用者が投与量を設定すると、シリンジは、一回の投与量の薬剤を吐出するために駆動される。この駆動動作は、通常は、使用者が何らかのボタンをプレスすることによって、止め部までの単一な運動により引き起こされる。これは、注入の工程で、どれだけの投与量が注入されるのかを見積もることを不要にする。
【0005】
注射器は、可能な限り使用が簡単であるのがよい。即ち、通常の使用とは、投与量の設定と設定された投与量の注入とを意味するだけであるのがよい。また、これら2つの工程両方が、実施が単純であるのがよく、この状況は、従来技術の殆どのペン形装置によって満たされている。
【0006】
しかしながら、幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもので、必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましいだろう。また、このような機能は、より多く繰り返し可能でスムーズな流体注入を提供する。米国特許5、104、380号に係れば、これは、ボディと、このボディに設けられて選択された設定位置まで動かされ得る回転可能な投与量設定装置と、設定装置を設定位置に保持するようにされたラッチと、設定された投与量が吐出されるようにラッチを自由にし得る手段とを有するシリンジ装置によって果されてきた。選択された設定位置までの投与量設定装置の移動に伴って、ばねが回転可能に変形(strain)され、これによって、ラッチが自由にされると、設定された投与量を吐出するための力が与えられる。ラッチが自由にされると、設定装置は、設定されたとうよりょうを吐出する一方向へのクラッチによってプランジャーを駆動するように、最初の位置に戻される。開示された駆動手段は、設定装置の回転をプランジャーの線形運動に変えるための即座のピッチねじ山を有する。ボディは、カートリッジの挿入及び取り外しのためにボディから取り外されるカートリッジコンテナを有することによって、注射される流体を収容するカートリッジを受信できるようにされている。また、コンテナは、急なピッチのねじ山装置を解放するので、プランジャーが最初の位置に戻るようにされ得る。」

エ「【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、全てのペンシリンジにおいて設定された投与量をキャンセルできるわけではなく、一度設定された投与物を注入する必要がなくなると、シリンジを中立位置に戻す唯一の方法は、投与量分の薬剤を吐出してしまうことである。複数回分の投与量が設定され得るシリンジの場合、もしくは、薬剤が非常に高価な場合には、成長ホルモンの場合と同様に、これは容認できない。
【0008】
この問題を解決するために、米国特許5、626、566号は、シリンダーアンプルリザーバから各々に設定された投与量の薬剤を繰り返し注射することができるペンの形のシリンジを開示している。このシリンジは、ピストン駆動部材と投与部材との間の単一方向のカップリングを解放するための手段を組み込むことによって設定された投与量がキャンセル可能な投与量設定部材を有する。しかしながら、この設計は、薬剤が吐出されるときに手で駆動できる機構と、投与量がリセットされるときに駆動される解放機構とを必要とする。
【0009】
かくして、本発明の目的は、上述された問題のうち1つ以上の問題を解決する投与量設定機構を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明の第1の態様に関れば、これは、駆動部材と、所定の投与量を設定すると同時にこの後に注射器から投与量分の薬剤を吐出するために駆動部材を駆動するために必要なエネルギーをストアする投与量設定機構と、注射器のための投与量設定装置によって提供される。また、投与量設定機構は、両方向での調節を可能にする。即ち、所定の設定された投与量は、入力動作を受けると、典型的には設定部材を後方に回転させると、減じられるかキャンセルされ得る。これは、付加的な解放機構を必要としないか、全く元に戻され得ない公知の装置とは対照的である。」

オ「【0013】
更なる好ましい実施形態では、投与量設定装置は、移動可能に投与量設定部材と係合されたカップリング部材を有する。ばね手段は、投与量設定部材に作用するカップリング部材に作用する。好ましくは、投与量設定部材は、内ねじを有し、駆動部材に回転可能に設けられる。また、カップリング部材は、滑動するが回転しないようにピストン駆動部材と係合されている。ばね手段は、カップリング部材に、駆動部材の長軸に対応する方向に作用する。投与量設定部材とカップリング部材とは、カップリング部材が後方に駆動されると、投与量を設定するために投与量設定部材の回転によってばね手段が変形されるように相互に共働する面を有する。」

カ「【0018】
更に単純な構造が望ましい場合には、カップリング部材を有する上述された配置は、不要にされ得る。かくして、更なる好ましい実施形態では、投与量設定装置は、内ねじを有する投与量設定部材を有する。投与量設定部材は、回転可能だが摩擦を受けるように食おう部材に設けられている。投与量設定部材と駆動部材との間の摩擦は、ばね手段が投与量設定部材の回転に抵抗するのを十分に防ぐ回転に対して抵抗を与えるが、この抵抗は、使用者が投与量設定部材をいずれかの方向に回転させることによって容易に克服され得る。」

キ「【0028】
外側から見られた図1(A)に示されたシリンジは、第1の(後方の)部分11と第2の(前方の)部分12とを有する長手方向のハウジング10を有する。第1の部分は、本発明の投与量設定部材を備えた第1の区画室を有する。・・・
【0029】
シリンジは、ラッチもしくはトリガー部材90と、シリンジの後方端部に配置された投与量設定ノブ40とを更に具備する。
【0030】
図1(B)に示されているように、仕切り部材20は、第1の部分と第2の部分との間に配置され、内ねじ21が形成された開口部を有し、かくして、ナットとして働く。しかしながら、ナットという用語は、ねじが孔によって規定されなくてはならないが、2つの対向した部材の間にも規定され得ることを意味しない。ピストン駆動部材として働く(即ち、プランジャーがこれの端部がアンプル内のピストンに対向するように配置されているとき)長手方向のプランジャー30は、開口部を通るようにされており、プランジャーが開口部内でねじられるように、仕切り部の内ねじに一致する外ねじ31を有する。プランジャー/ナット接続のねじは、ナットとプランジャーとの摩擦角度を超えるピッチ角を有する。従って、プランジャーの前方への動きは、単にプランジャーを軸方向前方にプレスすることによって得られ、これによって駆動部材が前方向に回転する。また、このようなねじは、非ロックとして知られている。プランジャーは、互いに対向して平行に配置された2つの平らな側面32、33を更に有し、“部分的な”外ねじを与えているが、これは、このようなねじ接続に有効な影響を与えない。互いに対向した側面の用途を、以下に明らかにする。
【0031】
投与量設定ノブ40は、使用者によって把持される外側キャップ部分41と、内側前方向に突出したカップ形状のスカート部分42とを有する。これら2つの部分は、ハウジングの後方端壁15の開口部16を通るように配置されたシャフト43によって互いに接続されている。これによって、ノブは、回転可能だが、ハウジングに対して軸方向に動かないようにされている。
【0032】
投与量設定部材50は、最先端壁51と、後方に配置されたスカート部分52とを有する。端壁は、内ねじ53が形成された開口部を有し、かくして、端壁は、プランジャー30が中を通る第2のナット部材として働く。かくして、内ねじ21に対応するねじ53が、プランジャーの非ロック回転を可能にする。端壁は、以下に説明される後方に面したカップリング面54を更に有する。投与量設定部材のスカート部分52は、ノブ40のスカート部分42の外面の長手方向の凸状部材45に対応してこれと係合する内面に、長手方向の溝55を有する。これによって、2つのスカート部分は、軸方向に滑動するが、回転することはないようにされている。・・・
【0033】
管状カップリング部材60は、後方に向けられた管状スカート部分63と前方に面したカップリング面62とを有する最先端の延長部61を有する。スカート部分と延長部とは、プランジャーの互いに対向した側面32、33に対応する、内側で対向して平行に並んだ2つの平らな面68、69(図7参照)を有するように形成されている。従って、カップリング部材とプランジャーとは、軸方向に滑動するが、互いに対して回転しないようにされている。・・・
【0034】
螺旋形のばね70は、これの各端部で、延長部61の後方に面した面64と、ノブスカートの内端面46とにおいて支持されている。かくして、ばねは、カップリング部材に付勢力を与える。・・・
【0035】
・・・投与量設定部材が投与量を設定する方向か調節する方向のいずれかに回転されると、カップリング部品の歯は、これらの傾斜端部によって互いの上を滑動する。これによって、投与量設定部材は、ばねの力に抵抗して、プランジャーに対して軸方向に動かされ(ねじ接続による)、歯の上部が到達すると元に戻る。・・・
【0036】
プランジャーには、設定作業中、即ち、投与量設定部材がプランジャーの周りを回転しているときにプランジャーも回転することがないように、ロック部材80が設けられている。このロック部材は、プランジャーの互いに対向する側面32、33に一致する、互いに対向して平行に配置された平らな面83、84(図9参照)を有する開口部81を有するホイールのような部材である。従って、管状部分とプランジャーとは、軸方向に滑動するが、互いに対して回転しないようにされている。ロック部材は、回転されるが、ハウジングに対して軸方向に動かないようにされている。
【0037】
内側ラッチアーム部91を有するラッチ部材90は、ハウジング壁内に配置されている。ラッチ部材は、ラッチアーム部が、ロック部材のつめの間に係合して、これによってロック部材とプランジャーとが回転するのを防ぐ設定位置と、ラッチアーム部がロック部材のつめを解放して、これによってロック部材とプランジャーとが回転するようにされる投与位置(dosing position)との間で動くことが可能である。好ましくは、ラッチ部材は、これの設定位置に向けて付勢される。
【0038】
・・・シリンジを使用する間、プランジャーは、ピストンを前方に動かして、薬剤を吐出する。・・・
【0039】
投与量を設定するとき、使用者は、好ましくは、ハウジングを片手で把持し、もう一方の手を使って投与量設定ノブ40を回転させることによって所望の投与量を選択する(即ち、ダイヤルアップする)。溝55と凸状部45との組み合わせによって、投与量設定部材がプランジャーに対して後方に回転され、ねじられる。・・・
【0040】
投与量設定部材が、投与量を設定する方向か調節する方向かのいずれかに回転されるとき、カップリング部品の歯は、これらの傾斜端部によって互いの上を滑動する。従って、投与量設定部材は、(ねじ接続によって)ばねの力に抵抗するようにプランジャーに対して軸方向に動かされ、歯の上部が到達するたびに元に戻る。カップリング部材が後方に動かされると、ばねは、変形されて、続く投与のためのエネルギーを溜め込む。この状態が図2(B)、(C)に示されている。
【0041】
所望の投与量が設定されると、使用者はニードルを、皮膚を刺すように前進させる。そして、シリンジは、使用者がラッチ部材を押し下げて自由に回転し得るようにプランジャーとロック部材80とを解放するときに果される、設定された投与量の吐出を行う用意ができる。
【0042】
ばね70に発生された軸方向の力は、カップリング部材60と投与量設定部材50とを通して(ねじ接続に対応して)プランジャーに送られる。従って、プランジャーと内ねじ21との間の非ロックねじ接続によって、プランジャーの前方への回転が生じる。カップリング部材が回転プランジャーに対して回転し得ないことから、投与量設定部材がプランジャーと共に回転する。これによって、投与量設定部材は、ウインドーに“0”が表示される最初の回転位置に戻される。この状態が、図3(B)、(C)に示されている。」

ク「【図面の簡単な説明】
【図1】(A)は、投与量をダイヤルする前の、本発明の第1の実施形態に係る投与及び吐出装置を有するペンの形のシリンジの外側の図を示し、(B)は、紙の平面に対応している図1(A)のシリンジの断面を示し、(C)は、図1(A)のシリンジのB−B線に沿った断面を示す。
【図2】(A)は、投与量をダイヤルする前の(当審注:「ダイヤルする前の」は「ダイヤルした後の」の誤りと認められる。)(この説明では外側からは明らかでない)図1(A)のペンの形のシリンジの外側の図を示し、(B)は、紙の平面に対応している図2(A)のシリンジの断面を示し、(C)は、図2(A)のシリンジのB−B線に沿った断面を示す。
【図3】(A)は、一回の投与量を注入した後の(この説明では外側からは明らかでない。)図1(A)のペンの形のシリンジの外側の図を示し、(B)は、紙の平面に対応している図3(A)のシリンジの断面を示し、(C)は、図3(A)のシリンジのB−B線に沿った断面を示す。」

ケ 上記クの記載を踏まえれば、図1(B)、(C)より、投与量をダイヤル設定する前において、カップリング部材60がハウジング10に対して最初の位置にあることが看取される。
「【図1】(B)


【図1】(C)



コ 同様に、図2(B)、(C)より、投与量をダイヤル設定した後の、カップリング部材60がハウジング10内部でダイヤルによって選択された設定位置まで上昇した状態が看取される。
「【図2】(B)


【図2】(C)



サ 同様に、図3(B)、(C)からは、一回の投与量を注入した後における、カップリング部材60のハウジングに対する位置は、上記キ【0042】の記載及び図1(B)、(C)を併せみれば、上記ケの「最初の位置」に戻っていることが看取される。
「【図3】(B)


【図3】(C)



上記記載事項ア〜サを技術常識を踏まえて整理すると、甲1には次の発明が記載されていると認められる(以下「甲1発明」という。)。

「投与量設定及び吐出装置であって、
長手方向のハウジング10を有し、
後方端部に配置された投与量設定ノブ40を更に具備し、
投与量設定ノブ40は、回転可能だが、ハウジングに対して軸方向に動かないようにされ、
仕切り部材20は、内ねじ21が形成された開口部を有し、
ピストン駆動部材として働く長手方向のプランジャー30は、前記開口部を通るようにされており、プランジャーが前記開口部内でねじられるように、前記仕切り部材の内ねじ21に一致する外ねじ31を有し、
前記ハウジング10中に設けられ、ばね手段に接続され、ばね手段による付勢力に抗して選択された設定位置まで第1の方向に動き得る投与量設定部材50を有し、
投与量設定部材50の最先端壁51は、内ねじ53が形成された開口部を有し、当該最先端壁51は、プランジャー30が中を通る第2のナット部材として働き、
移動可能に投与量設定部材50と係合されたカップリング部材60を有し、
投与量設定部材50とカップリング部材60とは、投与量を設定するために投与量設定部材50の回転によってばね手段が変形されるように相互に共働する面を有し、
ばね手段は、投与量設定部材50に作用するカップリング部材60に作用して、カップリング部材60に付勢力を与えるものであり、
投与量設定部材50のスカート部分52と、ノブ40のスカート部分42とは、軸方向に滑動するが、回転することはないようにされており、
カップリング部材60とプランジャー30とは、軸方向に滑動するが、互いに対して回転しないようにされており、
投与量を設定する前において、カップリング部材60はハウジング10に対して最初の位置にあり、
投与量を設定するとき、投与量設定ノブ40を回転させると、投与量設定部材50が回転され、ねじ接続によって、ばね手段の力に抵抗するようにプランジャー30に対して軸方向に動かされ、そしてカップリング部材60が後方に動かされると、ばね手段は、変形されて、続く投与のためのエネルギーを溜め込み、
所望の投与量を設定した後、カップリング部材60はハウジング10内部で投与量設定ノブ40の回転により選択された設定位置まで上昇した状態にあり、
プランジャー30には、設定作業中、即ち、投与量設定部材50がプランジャー30の周りを回転しているときにプランジャー30も回転することがないように、ロック部材80が設けられ、
内側ラッチアーム部91を有するラッチ部材90がハウジング10壁内に配置され、当該ラッチ部材90は、ロック部材80とプランジャー30とが回転するのを防ぐ設定位置と、ラッチアーム部91がロック部材80のつめを解放して、これによってロック部材80とプランジャー30とが回転するようにされる投与位置との間で動き、
所望の投与量が設定され、ラッチ部材90を押し下げて自由に回転し得るようにプランジャー30とロック部材80とを解放するとき、設定された投与量の吐出が果たされるものであり、
ばね手段に発生された軸方向の力は、カップリング部材60と投与量設定部材50とを通して、ねじ接続に対応してプランジャー30に送られ、
プランジャー30と内ねじ21との間の非ロックねじ接続によって、プランジャー30の前方への回転が生じ、投与量設定部材50がプランジャー30と共に回転することにより、投与量設定部材50は、最初の回転位置に戻され、
投与量を注入した後、カップリング部材60はハウジング10に対して、前記最初の位置に戻り、
プランジャー30は、ピストンを前方に動かして、薬剤を吐出する、
投与量設定及び吐出装置。」

(2)甲2の記載事項及び甲2に記載された発明
甲2には、次の記載がある。
ア「【請求項1】
リザーバから設定された用量の薬剤を分配するための注入装置であって、
リザーバ(40、240、340、540、640)を保持するハウジング(10、210、310、510、610)、
放出される用量を設定する用量設定部材(30、50、230、2150、330、3150、550、630、660)、
設定された用量を表示するスケール表示スリーブ(90、290、390、590、690)、
リザーバ(40、240、340、540、640)を作動させて設定された用量を放出するピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)、及び
ピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)との連結により動作してピストンロッド(120、2120、3120、5120、6120)を前方に駆動する、駆動スリーブ(70、270、370、570、670)
を備え、
用量表示スリーブ(90、290、390、590、690)の周囲をシールド(60、260、360、560、660)が囲んでおり、該シールドを通してスケール表示スリーブ(90、290、390,590、690)を見ることができることを特徴とする、注入装置。」

イ「【0001】
本発明の技術分野
本発明は、好ましくは経皮的に人体に薬剤を送達するための、ペン型注射器等の装置に関し、特に、回転可能なスケールドラムを備えたユーザ作動式のペン型注射器に関する。
【0002】
関連技術の説明
本発明の開示において、主としてインシュリンの注入による糖尿病の治療について説明するが、これは本発明の一使用例にすぎない。
ペン型注射器は、大抵、自ら注入又は注射を頻繁に行わなくてはならないユーザ、例えば糖尿病患者のために作成されている。このようなペン型注射器には多数の要件がある。用量の設定は簡単且つ明瞭でなくてはならず、設定された用量は簡単に読めなくてはならない。誤って設定された用量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。事前充填式のペン型注射器、つまりリザーバが空になると廃棄されるペン型注射器の場合、ペン型注射器は更に、安価で再生利用に適した材料から作成されなければならない。」

ウ「【0004】
スケールドラムとハウジングとのねじ結合における許容誤差は、表示の精度に極めて重要である。例えばスケールドラムのねじ結合が少し緩ければ、誤った用量が表示される可能性がある。しかし、ねじ結合が固過ぎると、用量設定ノブを押し戻すのが難しくなる。
同様のペン型注射器が、国際公開第04/078241号パンフレットに記載されている。このペン型注射器は、ねじ山を有するピストンロッドを備えており、このピストンロッドは、回転すると内側にねじ山を有するナット内をねじに沿って回転しながら前進する。ピストンロッドのねじ山と噛み合うねじ山を有する駆動スリーブは、軸方向に前進する時ピストンロッドを回転させる。駆動スリーブは、用量をダイヤル設定するために回転させる用量ダイヤルスリーブに着脱可能に結合されている。用量を設定するにはこの用量ダイヤルスリーブを回してハウジングから離し、またこれを反対方向に回転させて戻すことで設定された用量を放出する。駆動スリーブは、用量を設定する時、用量ダイヤルスリーブと共に回転するが、設定された用量を注入する際には、その回転が防止される。用量ダイヤルスリーブを反対方向に回して戻す時、回転の妨げとなるものは全て用量ダイヤルスリーブを押し戻すのに必要な圧力を増大させるので、用量ダイヤルスリーブが自由に回転することを確認しなくてはならない。
【0005】
インシュリンのような一部の薬剤は自己投与するものであり、典型的な糖尿病患者は1日のうちに数回のインシュリンの皮下注入をしなくてはならない。このような注入を実施するためには、ユーザは、用量を設定した後、一方の手のひらでペン型注射器を保持しながらプッシュボタンの後端部に親指を載せる。大きな用量を設定した場合、装置自体からプッシュボタンまでの距離が極めて長く、手の小さい人や器用でない人がプッシュボタンの後ろに指を到達させることは難しい。
このような薬剤の注入は、大抵、ユーザ自身により私的な環境で行われるため、極めて単純で、しかも極めて精密な注入装置であって、用量の表示が極めて精密になされると共に、大きな用量を設定する場合もプッシュボタンの移動距離が小さい注入装置が強く求められている。
【0006】
発明の説明
上述の従来の装置を考慮し、本発明の目的は、従来の薬剤送達装置の欠点を排除した薬剤送達装置を提供することである。特に、プッシュボタンの移動距離が小さく、摩擦が低減された、よりユーザフレンドリーな薬剤送達装置を提供することが本発明の課題である。更に、本発明の目的は、全ての回転部品が封入されている注入装置を提供することである。」

エ「【0007】
請求項1:
用量表示スリーブをシールドで囲むことによって、操作中にユーザがスケールドラムに触れることが確実に回避される。いずれの装置においても、スケールドラムは、設定された用量を表示するために回転可能でなければならない。スケールドラムがシールド内部に封入されており、且つこのシールドを、注入ボタンから圧力を伝達するために使用することができれば、注入装置は、用量ドラムが注入装置のハウジング内に封入されている公知の装置よりも著しく短く形成することができる。ユーザがスケール表示ドラムを目視することができるためには、例えば注入装置のハウジングに設けられた窓と整列する長手方向の開口をシールドに設けることによって、ユーザがスケールドラムを見ることができるようにシールドを作成しなくてはならない。
・・・」

オ「【0023】
実施態様の詳細な説明
・・・
好ましくは、ここに開示される複数の異なる実施例において同じ機能を有する構成要素には、最初の実施例の参照番号を含む同様の番号を付与する。例えば、実施例1においてピストンロッドを参照番号120で示し、実施例6では参照番号6120で示す。
【0024】
図1は、ハウジング10及びカートリッジホルダ20を備えたユーザ作動式ペン型注射器1を示す。ハウジング10には窓11が設けられており、この窓11を介して、プッシュボタン30を回転することにより設定される用量を見ることができる。カートリッジホルダ20の遠位端には、ペン型注射器1に注入針(図示せず)を固定するためのねじ山21が設けられている。カートリッジホルダ20には更に長手方向に伸びる開口22が設けられており、この開口22を介して、ユーザはカートリッジホルダ20に埋め込まれたカートリッジ40に収容されている薬剤を点検することができる。
ペン型注射器の内部を、図2〜5に詳細に開示する。
【0025】
注入装置1の近位端にはプッシュボタン30が設けられており、このプッシュボタン30は、用量設定部材50の近位端に位置する内側に突出する複数のロック用突起51がプッシュボタン30の近位端に位置する凹部31に入り込むことによって、用量設定部材50に結合されている。これにより、プッシュボタン30と用量設定部材50の互いに対する回転が防止される。これらの2つの部材、即ちプッシュボタン30及び用量設定部材50は、互いに対する回転がロックされるものである限り、多数の別の方式、例えば溶接又は接着により互いに連結することができる。
プッシュボタン30には更に、例えば注入装置1に含まれるインシュリンの種類を表示するため、色表示部を設けることができる。このような色表示部は、プッシュボタン30内のインサートとして形成することができる。
【0026】
シールド60は、軸方向にスライド可能にハウジング10に取り付けられている。シールド60には、ハウジング10の内表面に設けられている長手方向トラック12内でスライドする突起61が設けられている。これにより、シールド60のハウジング10に対する回転がロックされている、つまり、シールド60はハウジング10に対して回転できない。更に、シールド60の近位端には、複数の半径方向のシールド歯部62が設けられており、このシールド歯部62がプッシュボタンスリット32の対応する縁部と協働することにより、プッシュボタン30はクリック音を発しながらシールド60に対して回転することができる。プッシュボタン30に軸方向に圧力をかけると、シールド歯部62はプッシュボタンスリット32の端部に接し、これによりプッシュボタン30のシールド60に対する回転はロックされる。
用量設定部材50の遠位端は駆動スリーブ70に結合している。この駆動スリーブ70の外表面は、多数の螺旋状弾性アーム71を備えており、この弾性アーム71は近位方向を向く歯付き表面72で終端し、この地点がこのアームの結合点となる。この歯付き表面72は、用量設定部材50と駆動スリーブ70とを押し合わせた時、用量設定部材50の遠位端に設けられている用量設定部材の歯付き縁部52と協働する。
【0027】
用量設定部材50は更に複数の用量設定部材突起53を備えており、この用量設定部材突起53は、用量表示スリーブ90の近位端に配置された歯付きの用量表示スリーブ縁部91(図2に最も分かり易く示す)と係合する。用量設定部材突起53は、用量表示スリーブ90に対して用量設定部材50を、軸方向に沿って、用量設定部材突起53及び歯付きの用量表示スリーブ縁部91の大きさによって決定される距離だけ動かすことによって、歯付きの用量表示スリーブ縁部91から解放することができる。用量設定部材突起53と歯付きの用量表示スリーブ縁部91との係合は、用量設定部材50に近位方向への圧をかける駆動スリーブ70上の弾性アーム71によって維持される。
更に、用量表示スリーブ90には多数の取付け開口93が設けられており、これにより、注入装置1を組み立てるとき、用量表示スリーブ90へ用量設定部材50を容易に挿入できる。
【0028】
用量表示スリーブ90の遠位端には、ねじ部材100の雌ねじ101に係合する雄ねじ92が設けられている。ねじ部材100はハウジング10内部の中央に配置されており、ねじ部材のハウジング10に対する回転は、ハウジング10の内表面に設けられている長手方向トラック12に係合する多数のねじ部材突起102によってロックされている。
ねじ部材100は、内部でピストンロッドガイド110を支持する。ピストンロッドガイド110は、ねじ部材100を支持する円形の外表面111と、内側駆動ねじ山73内で駆動スリーブ70と係合する外ねじ表面112(図2に最も分かり易く示す)とを有している。
【0029】
ピストンロッドガイド110は、ピストンロッド120に設けられているねじ山122と螺合する内側のねじ山113を有している。
ハウジング10の中央に配置されるピストンロッド120は、多数のキー121及びねじ山122を備えた円形の外表面を有している。カートリッジ40内部の弾性ピストン(図示せず)に圧力を伝えるためのピストン足部123は、ピストンロッド120の遠位端に位置している。
【0030】
皿状部材130は、ねじ部材100の遠位端内に嵌合する。皿状部材130は、ピストンロッドのキー121と一致する、キー付き開口131を中央に有している。更に、図3に最も分かり易く示すように、皿状部材130は、ピストンロッドガイド110の爪114に係合する複数の内側に突出する歯部132を有し、これにより、ピストンロッドガイド110は、ねじ部材100及びハウジング10に対して一方向にしか回転できない。回転できる方向が1つであることによって、ピストンロッド120が遠位方向に前進する。
皿状部材130は、ねじ部材100との結合により、ハウジング10に対して回転できないので、ピストンロッドガイド110が回転すると、内側のねじ山113が皿状部材130を通り、ねじ山に沿ってピストンロッド120上を前進する。」

カ「【0031】
用量を設定するには、用量設定部材50に結合するプッシュボタン30を回転させることによって用量設定部材50を回転させる。この回転は、用量設定部材突起53と歯付き用量表示スリーブ縁部91との係合により、スケール表示スリーブ90に伝達される。
このような回転の間に、スケール表示スリーブ90は、ねじ部材100上のねじ山101に沿って回転しながら上昇する。駆動スリーブ70がスケール表示スリーブ90上に載っているので、これと同時に駆動スリーブ70は近位方向に移動する。これにより、駆動スリーブ70は、ピストンロッドガイド110上のねじ山112に沿って回転しながら上昇する。」

キ「【0032】
好ましくは、ピストンロッドガイド110のねじ山表面112上のピッチはねじ部材100のねじ山101のものとは異なり、ピストンロッドガイド110のピッチの方が大きい。
例えば、ピストンロッドガイド110のねじ山表面112のピッチと、ねじ部材のねじ山101のピッチとの比が2:1である場合、ピストンロッドガイド110のねじ山表面のピッチが最大である。その場合、例えば、ねじ部材100のねじ山101に沿って用量表示スリーブ90を完全に4回転させたとき、駆動スリーブ70はピストンガイドロッド112上のねじ山112に沿って2回転しかしない。これにより、用量表示スリーブ90上の表示(図示せず)間の距離を増大させるためのスペースが得られ、同時に、プッシュボタンがハウジング10から離れる距離を最小限に抑えることができる。」

ク「【0033】
用量設定部材50を用量設定方向に回転させると、シールド60は、スケール表示スリーブ90に接し、トラック12内をガイドされて、ハウジング10から離れて軸方向に動く。
ユーザが、設定用量を減らしたいときは、用量設定部材50を反対方向に回転させることにより、用量表示スリーブ90をねじ部材100のねじ山101に沿って下降させる。
【0034】
シールド60は少なくとも部分的に透明であり、このシールド60を介してスケール表示スリーブ90の外表面に印刷された表示を見ることができる。シールド60は、ハウジング内で軸方向にガイドされるので、透明の部分は、窓11を通過するシールド60の一部とするだけでよい。更に、部分的に又は完全に透明とする代わりに、シールド60は、スケール表示スリーブ90を見ることができる長手方向の開口を備えていてもよい。シールド60は、スケールドラムの全長を覆う必要はない。しかしながら、シールド60は、設定された用量を注入する際、スケール表示スリーブ90が回転により初期位置へ戻る時に、ユーザが目盛り表示ドラム90に横方向の圧力を加えることがないように、スケール表示スリーブ90の、ハウジング10の境界の外側に出る部分を保護しなくてはならない。
【0035】
1回分の用量を注入するには、プッシュボタン30をハウジング10の方向に押し戻すことによって、用量設定部材50を遠位方向に動かす。このような軸方向の運動は、プッシュボタン30をシールド60に対してロックし、歯付き用量表示スリーブ縁部91との係合から用量設定部材突起53を解放するので、用量表示スリーブ90はねじ部材100のねじ山101に沿って回転しながら下降する。同時に、用量設定部材50は弾性アーム71を押し下げ、駆動スリーブ70に対する用量設定部材50の回転をロックする歯付き表面52に接する。
この位置において、内側の駆動ねじ山73とピストンロッドガイド110のねじ山112とが係合していることにより、用量設定部材50及び駆動スリーブ70を軸方向に連続的に前進させると、ピストンロッドガイド110が回転し、よってピストンロッド120がねじ回されて前進する。」

ケ「【0053】
図15〜16に開示する実施例
図15〜16に開示する実施例では、用量は、透明のシールド660に結合するプッシュボタン630を回転させて、シールド660をプッシュボタン630と共に回転させることにより設定される。シールド660及びプッシュボタン630は、1つの共通な用量設定部材を形成するように成形されてもよい。
シールド660の内側のねじ山665が用量表示スリーブ690の歯付き縁部691に係合することにより、このスリーブ690がシールド660と共に回転する。このような回転の間、用量表示スリーブ690は、ハウジング610に固定されたねじ部材6100のねじ山6101内をガイドされる。」

コ「【0054】
ねじ部材6100は、駆動部670の内側駆動ねじ山673が用量表示スリーブ690によって近位方向に引っ張られる際に、前記ねじ山673をガイドする追加的なねじ山6105を有している。この追加的なねじ山6105は、好ましくは用量表示スリーブ690をガイドするねじ山6101のピッチとは異なるピッチを有しており、これによりスケール表示スリーブ690と駆動部670との間の歯車装置が提供される。
設定された用量を注入するには、ユーザはプッシュボタン630に圧力をかける。この圧力により、プッシュボタン630及びシールド660が遠位方向に移動し、これによりシールド660の歯部665が歯付きリング691から解放されて、用量表示スリーブ690がシールド660から解放される。同時に、コネクタパイプ6160の歯部6161が駆動部670の歯部676と係合する。プッシュボタン630に圧力をかけ続けると、駆動部670はねじ部材6100のねじ山6105に沿って下降する。このとき、コネクタパイプ6160が駆動部670に結合しているので、コネクタパイプ6160も回転する。この回転は、コネクタパイプ6160の内突起6162とピストンロッドガイド6110の長手方向トラック6115との結合によってピストンロッド6120の回転に転換され、ピストンロッド6120が皿状部材又はナット2130の内側のねじ山2133にねじ込まれる。」

サ「【0059】
【図1】本注入装置の斜視図である。
【図2】用量が設定されていない状態の図1の注入装置の断面図である。
【図3】用量が設定された状態の図1の注入装置の断面図である。
【図4】本注入装置の部分分解図である。
・・・
【図15】注入装置のまた別の実施例の斜視図である。
【図16】図15による注入装置の断面図である。
・・・」

シ 「




ス「



セ「




ソ 上記カ、キ、シより、用量の設定時に、プッシュボタン30はハウジング10の一端部から離れて上昇することが看取される。
そして、上記カ、ケの記載を併せみると、図15〜16の実施例では、図1〜3の実施例と同じく、用量の設定時にプッシュボタン630を回転させると、当該プッシュボタン630とともに回転する「用量表示スリーブ690」(後者の実施例では「スケール表示スリーブ90」)がねじ部材6100のねじ山6101内をガイドされる、すなわち、ねじ山6101に沿って回転しながら上昇するのであるから、前者の実施例においても、後者の実施例と同様に、図1〜3に記載のごとく、用量の設定時にプッシュボタン630はハウジング610の一端部から離れて上昇すると把握し得る。
さらに、図2は用量が設定されていない状態の注入装置を示すものである(上記サ参照)ことを併せみれば、上記のとおり用量の設定時にプッシュボタン630がハウジング610の一端部から離れて上昇した後、用量の注入時に該プッシュボタン630がハウジング610の方向に押し戻され(上記ク参照)、設定された用量の注入が完了して設定用量がゼロになるとき、注入装置は、用量が設定されていない図2の状態、すなわち、プッシュボタン630がハウジング610の一端部から上昇する前の位置にある状態であるといえる。

上記記載事項ア〜セ及び認定事項ソを技術常識を踏まえて整理すると、甲2には次の発明が記載されていると認められる(以下「甲2発明」という。)。

「薬剤送達装置であって、
ハウジング610と、
プッシュボタン630とを備え、
用量は、透明のシールド660に結合するプッシュボタン630を回転させて、シールド660をプッシュボタン630と共に回転させることにより設定され、
用量表示スリーブ690がシールド660と共に回転し、
用量表示スリーブ690は、ハウジング610に固定されたねじ部材6100のねじ山6101内をガイドされ、これにより、プッシュボタン630がハウジング610の一端部から離れて上昇し、
ねじ部材6100は、駆動部670の内側駆動ねじ山673が用量表示スリーブ690によって近位方向に引っ張られる際に、前記内側駆動ねじ山673をガイドする追加的なねじ山6105を有しており、
設定された用量を注入するには、ユーザは、プッシュボタン630をハウジング610の方向に押し戻すようにプッシュボタン630に圧力をかけ、この圧力により、プッシュボタン630及びシールド660が遠位方向に移動し、これによりシールド660の歯部665が歯付きリング691から解放されて、用量表示スリーブ690がシールド660から解放され、同時に、コネクタパイプ6160の歯部6161が駆動部670の歯部676と係合して、プッシュボタン630に圧力をかけ続けると、駆動部670はねじ部材6100の追加的なねじ山6105に沿って下降し、このとき、コネクタパイプ6160が駆動部670に結合していることから、コネクタパイプ6160も回転し、この回転は、コネクタパイプ6160の内突起6162とピストンロッドガイド6110の長手方向トラック6115との結合によってピストンロッド6120の回転に転換され、ピストンロッド6120が皿状部材6130の内側のねじ山6133にねじ込まれる、
薬剤送達装置。」

(3)甲3の記載事項
甲3には、次の記載がある。
ア「The present invention relates to drive mechanisms suitable for use in drug delivery devices, in particular pen-type injectors, wherein a number of pre-set doses of medicinal product can be administered. In particular, the present invention relates to such drug delivery devices where a user may activate the drug delivery device.」(1頁6−9行)(当審訳「本発明は、ドラッグデリバリーデバイスで使用するのに適した駆動機構、特に多くのプリセット投与量の医薬品を投与することができるペン型注射器に関する。特に、本発明はユーザーがドラッグデリバリーデバイスを作動させることができるようなドラッグデリバリーデバイスに関する。」)

イ「To set a dose a user grips the grip surface (18) of the activation means (16). The user then pulls the activation means (16) in a proximal direction away from the main housing part (3).

As the activation means (16) moves in the proximal direction, the drive sleeve (14) is also moved in the proximal direction by virtue of the interaction between the retaining means (40) of the activation means (16) and the third flange (37) of the drive sleeve (14). As the flexible lug (36) of the drive sleeve (14) abuts the detent feature (31) of the track (30), the drive sleeve (14) is caused to rotate along the helical portion of the track (30). As the lead of the track (30) is essentially equal to the lead of the first thread (32) of the drive sleeve (14) and the second thread (12) of the piston rod (10), the piston rod (10) is not moved with respect to the main housing part (3).

The proximal travel of the activation means (16) is limited by the guide slots of the internal housing (7) a distance corresponding to one thread lead of the helical portion of the track (30). At the end of the travel of the activation means (16), the pawl feature (39) of the drive sleeve (14) engages with the ratchet tooth (not shown) of the activation means (16). As indicated in Figure 2, by this action the drive sleeve (14) is displaced a distance equal to one lead of the first thread (32) of the drive sleeve (14) in the proximal direction relative to the piston rod (10). The action of the pawl feature (39) of the drive sleeve (14) positively engaging the ratchet tooth of the activation means (16) creates an audible and tactile feedback to the user to indicate that the dose has been set. Additionally, visual feedback regarding dose setting may optionally be indicated by a graphical status indicator, provided on the activation means (16), which can be viewed through an optional window aperture (42) in the main housing part (3).

When the dose has been set, the user may then dispense this dose by depressing the dispensing face (19) of the activation means (16). By this action the drive sleeve (14) is moved axially in the distal direction relative to the main housing part (3) by virtue of the interaction between the bearing point (41) of the activation means (16) and the bearing face (38) of the drive sleeve (14). As the pawl feature (39) of the drive sleeve (14) is engaged with the ratchet tooth of the activation means (16), the drive sleeve (14) is prevented from rotating along the helical portion of the track (30) and thus the flexible lug (36) of the drive sleeve (14) moves distally along the linear portion of the track (30). As the second thread (12) of the piston rod (10) is positively engaged with the first thread (32) of the drive sleeve (14), the piston rod (10) is caused to rotate with respect to the main housing part (3) by the axial movement of the drive sleeve (14) in the distal direction. As the piston rod (10) rotates, the first thread (9) of the piston rod (10) rotates within the threaded circuiar opening (8) of the main housing part (3) causing the piston rod (10) to move axially in the distal direction with respect to the main housing part (3).」(11頁8行−12頁16行)(和訳「投与量を設定するために、ユーザーは作動手段(16)のグリップ面(18)を掴む。次いで、ユーザーは基端部方向に作動手段(16)を引いて主ハウジング部分(3)から離す。
作動手段(16)が基端部方向に動くにつれて、作動手段(16)の保持手段(40)及び駆動スリーブ(14)の第三フランジ(37)の間の相互作用によって、駆動スリーブ(14)も基端部方向に動かされる。駆動スリーブ(14)の可撓性出張り(36)が、トラック(30)の戻り止め機能(31)に接しているため、駆動スリーブ(14)はトラック(30)の螺旋部分に沿って回転させられる。トラック(30)のリードは、駆動スリーブ(14)の第一ねじ山(32)及びピストン棒(10)の第二ねじ山(12)のリードに本質的に等しいため、ピストン棒(10)は主ハウジング部分(3)に対して動かされない。
作動手段(16)の基端部側への移動は内部ハウジング(7)のガイドスロットによって、トラック(30)の螺旋部分の1つのねじ山リードに対応する距離に制限される。作動手段(16)の移動の終わりに、駆動スリーブ(14)の歯止め機能(39)は、作動手段(16)のラチェット歯(図示せず)と係合する。図2に示されたように、この動きによって、駆動スリーブ(14)が、ピストン棒(10)に対して基端部方向に、駆動スリーブ(14)の第一ねじ山(32)の1リードに等しい距離だけ移動させられる。作動手段(16)のラチェット歯としっかりと係合する駆動スリーブ(14)の逆止機能(39)の動きによって、投与量が設定されていることを示すための、ユーザーへの聴覚的かつ触覚的なフィードバックが作出される。加えて、投与量設定に関する視覚的フィードバックを、場合により、作動手段(16)に備えたグラフィック状態インジケーターによって示すことができ、それは主ハウジング部分(3)のオプションの窓開口部(42)を通して覗くことができる。
投与量が設定されている場合、次にユーザーは、作動部分(16)の投与面(19)を押圧することによって、この投与量を投与する。この動きによって、駆動スリーブ(14)が、作動手段(16)のベアリングポイント(41)及び駆動スリーブ(14)の軸受け面(38)の間の相互作用によって、主ハウジング部分(3)に対して先端部方向の軸方向に動かされる。駆動スリーブ(14)の歯止め機能(39)が作動手段(16)のラチェット歯と係合するため、駆動スリーブ(14)がトラック(30)の螺旋部分に沿って回転するのを妨げ、そのようにして駆動スリーブ(14)の可撓性出張り(36)がトラック(30)の線形部分に沿って先端部側に動く。ピストン棒(10)の第二ねじ山(12)が駆動スリーブ(14)の第一ねじ山(32)としっかりと係合するため、先端部方向の駆動スリーブ(14)の軸方向運動によって、主ハウジング部分(3)に対してピストン棒(10)の回転が引き起こされる。ピストン棒(10)が回転するにつれて、ピストン棒(10)の第一ねじ山(9)が主ハウジング部分(3)のねじ山付き円形開口部(8)内で回転し、ピストン棒(10)を主ハウジング部分(3)に対して先端部方向に軸方向に動かすことになる。」和訳については、請求人が審判請求書に添付した部分訳を参照した(以下同じ。)。)

ウ「The distal travel of the activation means (16) is limited by the guide slots of the internal housing (7). Audible and tactile feedback to indicate that the dose has been dispensed is provided by the interaction of the flexible lug (36) of the drive sleeve (14) with the detent feature (31) of the track (30). Additionally, visual feedback regarding dose dispensing may optionally be indicated by a graphical status indicator, provided on the activation means (16), which can be viewed through an optional window aperture (42) in the main housing part (3).」(12頁22−28行)(和訳「作動手段(16)の先端部側への移動は、内部ハウジング(7)のガイドスロットによって制限される。投与量が投与されたことを示すための、聴覚的かつ触覚的なフィードバックが、駆動スリーブ(14)の可撓性出張り(36)とトラック(30)の戻り止め機能(31)との相互作用によってもたらされる。加えて、投与量投与に関する視覚的フィードバックを、場合により、作動手段(16)に備えたグラフィック状態インジケーターによって示すことができ、それは主ハウジング部分(3)のオプションの窓開口部(42)を通して覗くことができる。」)

エ Fig.1(当審注:上記アの記載に照らせば、Fig.1の右下部分に3つ並んだ「14」の符号のうち、中央のものは「16」(「the activation means」(作動手段))の誤りであり、右のものは「18」(「the grip surface」(グリップ面))の誤りであると認められる。)




オ Fig.2(当審注:上記アの記載に照らせば、Fig.2の右下部分に2つ並んだ「14」の符号のうち、左のものは「16」(「the activation means」(作動手段))の誤りであり、右のものは「18」(「the grip surface」(グリップ面))の誤りであると認められる。)




そして、上記ア、イの記載から、甲3には次の技術事項が記載されているといえる(以下「甲3記載事項」という。)。

「投与量を設定するために、ユーザーは作動手段(16)のグリップ面(18)を掴み、次いで、基端部方向に作動手段(16)を引いて主ハウジング部分(3)から離す、ドラッグデリバリーデバイスで使用するのに適した駆動機構。」

(4)甲4の記載事項
甲4には、次の記載がある。
ア「本発明は、多くの治療分量を準備するために十分な薬剤量を収容するカートリッジから薬剤の設定分量を割当てるための注射器に関する。」(【0001】)

イ「ヨーロッパ特許第EP608343号には、分量設定機構を有するペンが記載されており、ここでは、ボタンをハウジングに対して回転して所定分量に設定することにより、分量が設定される。この回転により、ボタンはハウジングの端部から、ねじ結合部がセルフロックしないほど大きなピッチ、すなわちボタンをハウジングの端部に押戻したときにねじに沿って戻り方向に回転しないピッチを有するねじ内で、締め付けられる。ボタンは、ラチェットを介してドライバに連結されており、このラチェットは単方向カップリングを形成し、このカップリングはボタンを一方向に回転して分量を設定する際、ラチェットの歯に乗り上げ、あるいはカチリと音をさせる。ボタンの円筒状側部には、ボタンが外方にねじ回されたときに、窓に設定分量のサイズを示す数字を付してある。ボタンがねじ戻されたときに、単方向カップリングは、ナットを有するドライバに回転を伝達し、このナットは、ハウジング内で回転不能に形成されたねじ付ピストンロッドと協働する。このねじ結合は、ピストンロッド上でナットをセルフロックさせるピッチに形成されている。設定分量は、ラチェットの係合部材をばねの力に抗して引張り、係合を脱することにより、キャンセルでき、これにより、ボタンの回転がドライバに伝達されず、この後、ボタンをハウジングにまで戻す。このペンは、記載の目的の全てを充足しており、設定分量が多すぎるときに、分量設定ボタンを最も自然に丁度の位置にねじ戻すことができないために、分量キャンセル工程が僅かに面倒なだけである。ばねの力に抗してカップリング部材を離隔させることと、ボタンを押圧あるいはねじ回して戻すこととの双方を両立させることは、多少困難であり、ばねを必要とすることは、必然的にシリンジ内に金属部材を用いることになる。」(【0007】)

ウ「単方向カップリングは、爪車上を摺動する爪を有し、この爪車の歯は、急傾斜の前縁部とランプ状(ramp shaped)の後縁部とを有し、初期抵抗は、この爪車の後縁部に凹部を形成し、この凹部に、爪上に設けられた相手方突起を係合させることにより、得ることができる。」(【0013】)

エ「分量計量ドラム17は、シリンジすなわちこの注射器の基端部に近接した端部を有する管状延長部21を設けられている。この延長部の端部は、中央外方突起20を有する端壁19で閉じられている。この端壁19に近接する壁部の部分で、延長部21はスロット22を設けられている。この延長部の端部は、注入ボタンを形成するカップ状形状のキャップ23で覆われている。このキャップの開口端の内側フック24が延長部21の外側周方向ビード25上にスナップ嵌合し、端壁19の突起20がキャップ23の底部の内側に当接してジャーナルを形成し、このジャーナルの周りで、注入ボタンは延長部21に対して回転することができ、一方、この延長部に対して軸方向に移動することはできない。
ピストンロッドガイド14と一体のドライブチューブ26が、このピストンロッドガイドから、分量計量ドラム延長部21の端壁19まで延び、その基端部で複数の舌片27に分割されており、これらの舌片は、延長部21のスロット22に係合する外側フック28で終端されている。これにより、分量計量ドラム17は、ドライバチューブ26と共に回転可能に結合されるが、しかし、このチューブに対して軸方向に移動することはできない。
分量を設定するため、アンプルホルダ2は、ハウジング1の第1部分内で反時計方向に回転される。この回転は、アンプルホルダの外壁に設けられた突起30が、図3に断面図で示すように、ハウジングの第1部分の内壁に周方向に沿って設けられた多数の凹部31の内の1つに収容されることで形成される抵抗に抗して行われる。これらの凹部の周方向の間隔は、突起が1の凹部から隣接する凹部に移動されたときに1単位の分量が好適に形成され、したがって、分量を設定するための回転中に聞こえかつ感得したクリックの数が設定分量のサイズに対応する。
アンプルホルダの回転は、係合するねじ5,7の摩擦により、ピストンロッド6に伝達され、更に単方向カップリングを介してピストンロッドガイド14に伝達され、一方、トルクは爪が爪車の歯10上をクリックしようとする方向に伝達される。しかし、このクリック機能が実行される前に、抵抗を克服する必要がある。この抵抗は、爪車の歯10に係合する端部でこの爪13に突起29を設け、爪車の歯のランプ状縁部12に凹部32を設け、この凹部に爪13の突起29を載置することにより、得られる。クリックの前に、カップリングが解放され、爪13の突起29をランプ状縁部12の凹部32から持ち上げるトルクを形成する必要がある。結局、適度のトルクを、回転されたアンプルホルダ2からドライブチューブ26に伝達することができる。ドライブチューブ26の基端部のフック28が分量計量ドラムの延長部21のスロット22に係合するため、分量計量ドラムは回転され、ハウジング1の第2部分内を上方にねじ回され、注入ボタン23が上昇され、ハウジング1の基端部から突出する。分量計量ドラムを上方にねじ回すために必要なトルクは僅かであるため、これは、単方向カップリングをそのクリック解放機能モードに解放することなく、得られる。設定分量のサイズは、窓18に表れる分量計量ドラムの一部で直ちに知ることができる。過大な分量が設定される場合には、窓18に所要サイズの分量に対応した数が現れるまで、アンプルホルダが、時計方向に回転される。
設定分量を注射するため、注入ボタン23が原位置に向けてハウジング1内に押圧される。これにより、分量計量ドラム17が先端方向に押圧され、このドラムとハウジング1との間のねじ結合により、トルクがドラムに作用し、このドラムを時計方向に回転する。このトルクは、ドラム延長部21のスロット22と、ドライバチューブ26の端部に設けられたフック28と、このチューブ自身とを介してピストンロッドガイド14に伝達される。ピストンロッドガイド上の爪13は、爪車の歯のランプ状縁部に設けられた凹部32に爪に設けられた突起29が係合することにより形成される抵抗を克服したときに、時計方向に回転することができる。
このような強いトルクは、注入ボタン23が十分強く押圧されたときにのみ形成される。これにより、ピストンロッドガイド14は時計方向に回転し、単方向カップリングはそのクリック解放モードで作動し、ピストンロッドも時計方向に回転し、これにより、壁部4を介して更にアンプル収容区画8内にねじ込まれる。単方向カップリングは、ピストンロッドガイドおよびピストンを反時計方向に回転させることはなく、これにより、押圧脚9は、区画8内の図示しないアンプル内のピストンとの当接から引離されることはない。」(【0030】−【0035】)

オ「他の実施形態が図6から図10に記載されている。図1から図5に記載の実施形態に対応する部材には、同じ参照符号を付してある。図1から図5の実施形態と異なる点は、注入ボタン23であり、延長部33には分量計量ドラム17が設けられておらず、ドライバチューブ26が省略されている点である。更に、注入ボタン23にはフランジ32が設けられており、このフランジは注入ボタンが原位置に押圧されたときに、ハウジングの端部に当接する。延長部33は、分量計量ドラム17のジャーナルとして作用し、このドラムはこのジャーナル上で自由に回転するが、延長部33の端部に設けられたフック34により、注入ボタン23が軸方向に追従して動くのが規制される。注入ボタンおよびその延長部33の長手方向孔35は、内側に螺旋状リブ36を設けられ、このリブはピストンロッドの基端部の拡大部に設けられた対応する螺旋状溝に係合し、ボタン23とピストンロッド6との間にねじ結合部を形成する。このねじ結合部のピッチは、非セルフロックねじ結合が形成されるように設定される。」(【0037】)

カ「フランジ83をその基端部に有しかつ一対の対向した長手方向スロット84を有するブッシュ82は、その側壁を介して計量ドラム80の内部かつドライブチューブ85の上に取付けられ、このドライブチューブはその外壁に、ブッシュ82のスロット84に係合するフック86を有し、これにより、ブッシュ82とドライバチューブ85とが互いに連結され、長手方向移動ではなく回転がこれらの2つの部材間で伝達される。」(【0058】)

キ「ブッシュ82は、計量ドラム80に装着され、このブッシュ82の外壁に設けられた突起が計量ドラム80の内壁の凹部に係合し、この計量ドラム内をブッシュが制限された範囲で動くことができ、これにより、ブッシュは計量ドラムに対して軸方向に移動し、ローゼットの歯と係合しあるいは非係合とすることができる。注入ボタン88は、ブッシュ82の端壁に軸支されたピボットピン94で回転可能に装着されている。
分量設定ボタン81を時計方向に回転することにより、分量が設定されるときに、計量ドラムがハウジングから外方にねじ回され、分量設定ボタンがハウジングの基端部から上昇される。ブッシュは、時計方向回転をロックされたドライバチューブに対するその連結により、非回転状態に保持されており、分量設定ボタン81を反時計方向に回転することにより、設定分量が減少されると、ドライバチューブとハウジングとの間で作用する爪機構は、その非ブロック方向の回転に対する十分な抵抗を持ち、ブッシュ82がこの反時計方向の回転に追従するのを阻止する。したがって、分量設定ボタン81をいずれかの方向に回転することにより、ブッシュ82のフランジ83上の半径方向突起87は、分量設定ボタン81内壁に設けられた軸方向凹部の1つから次の凹部にクリックする。これらの凹部は、1回のクリックが、例えば1単位あるいは半単位の設定分量の選択した変化に対応するように離隔している。設定する際、分量設定ボタン内のローゼットは、ブッシュ82のフランジ83に設けられたローゼット93と係合しないように付勢される。」(【0060】−【0061】)

そして、上記ア、キの記載から、甲4には次の技術事項が記載されているといえる(以下「甲4記載事項」という。)。

「分量設定ボタン81を時計方向に回転することにより、分量が設定されるときに、計量ドラムがハウジングから外方にねじ回され、分量設定ボタンがハウジングの基端部から上昇される、カートリッジから薬剤の設定分量を割当てるための注射器。」

(5)甲3〜4に例示される周知の技術的事項
上記甲3記載事項及び甲4記載事項から、投与量を設定するときに、投与量セレクターとしての押しボタンをハウジングに対して固定された位置、すなわち装置の一端部から上昇させる薬剤送達装置が把握される。そして、この上昇させる距離は、設定する投与量に比例する距離であることは、薬剤送達装置の機能及び構造からみて明らかである。
そうすると、上記甲3記載事項及び甲4記載事項に例示される、次の事項が周知の技術的事項として把握されるといえる。

「投与量を設定するときに、投与量セレクターとしての押しボタンをハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させる薬剤送達装置。」(以下「甲3〜4に例示される周知の技術的事項」という。)

(6)甲5の記載事項
甲5には、次の記載がある。
ア「投与量を設定するために、投与量設定ボタン18が、ねじ6に沿って投与量設定ドラム17がねじ回転するように回転される。カップリング21によって、カップ形状の部材が、投与量設定ドラム17の回転にともなって回転し、このために、ハウジング1の一端からこのドラムは上昇される。このカップ形状の部材の回転によって、これの開口端部に形成されたV字形状の歯は、回転しないリング25のV字形状の歯の上に乗って、投与量が変更されるユニットごとに、クリック音を生じさせる。非常に高く設定された投与量は、投与量設定ボタン18を投与量を増加させるための方向とは反対の方向に回転させることにより、減じられる。投与量設定ドラムが、筒状部材5のねじ6に沿ってねじ回転されて上昇すると、リング25は、ばね26が肩部27に支持されているので、軸方向の移動において投与量設定ドラムに従う。このばねは、リング25のV字形状の歯とカップ形状の部材との係合と、カップリング21での係合維持とを継続させる。このカップリングは、投与量設定ボタン18の内方リング33のΛ形状の凹所と係合する、カップ形状の部材のΔ形状の突出部32を含み得る。」(【0023】)

イ「前記投与量設定ボタン18とカップ形状の部材との回転は、さらに、カップ形状の部材の筒状部分20の内壁に形成された細長い凹所22に係合した、ギアボックスの突出部23を介して、ギアボックス9に伝達される。このギアボックス9の回転は、接続バー12を介してナット13に伝達される。このナットは、ピストンロッド4のねじに沿ってねじ回転して上昇し、投与量が設定されたときには、隔壁2との当接から離れるように上昇する。投与量は、隔室3内の図示されていないアンプルの中のピストンを動作させるピストンロッドに対してナット13を移動させることにより設定されるので、設定された投与量のサイズがアンプル内に残っている薬の量を超えることを確実になくさせる投与量設定リミッターが、ピストンロッド4に沿って上昇するナット13の移動を制限するストッパー35をピストンロッド4に設けることにより、容易に確立され得る。」(【0024】)

ウ「前記射出ボタンの移動の初期の間、カップ形状の部材のΔ形状の突出部32は、リング33のΛ形状の凹所と係合していない。投与量設定ドラム17は、このときには射出ボタンに対して回転することができ、Δ形状の突出部32が、投与設定ボタン18の底部の肩部34を押圧するときに回転する。ねじ6に沿って下方へとねじ回転するように投与量設定ドラムを回転させるのに充分な力のみが、射出をさせるのに必要な力がピストンロッド4にギアボックス9を介して伝達されるので必要である。この投与量設定ドラムと同心的なヘリカルリセットばね36が、このドラムの下端に装着されており、このばねは、投与量設定ドラム17に留められた一端と、隔壁2に留められた他端とを有する。投与量の設定の間に、このばねは、投与量設定ドラムに、ねじ6に沿った投与量設定ドラムの移動のときの摩擦に打ち勝つのに必要なトルクにほぼ対応したトルクを生じさせるように、圧縮される。この結果、使用者が射出ボタンに与えなければならない力は、設定された投与量を射出するためにアンプル中にピストンロッドを駆動するのに必要な力だけである。」(【0027】)

(7)甲6の記載事項
甲6には、次の記載がある。
ア「注射器ハウジング208はインターナル中空部222を区画している単一筒状ピースとして形成されており、中空部内には概ね224で表示されている2体駆動部材が軸方向または長手方向に延びている。駆動部材224は駆動ねじピース226および駆動ナットピース228で形成されている。拡大レンズにより満たされているハウジング208内の図示されていない窓はダイヤル上の服用量表示マークを見得るようにする。」(【0064】)

2 無効理由1について
(1)対比
本件発明1と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「投与量設定及び吐出装置」は、その機能及び構造からみて、本件発明1の「投与量送出装置」に相当し、以下同様に、「ハウジング10」は「ハウジング」に、「投与量設定ノブ40」は「投与量セレクター」に、「プランジャー30」は「ピストンロッド」に、「投与量設定部材50」は「ドライバー」に、それぞれ相当する。
甲1発明の「投与量設定ノブ40」は、「投与量を設定するとき、」「回転させる」ものであるから、本件発明1の「回転させることによって投与量を設定することができ」る「投与量セレクター」に相当する。
甲1発明の「プランジャー30」は、「設定作業中、即ち、投与量設定部材50がプランジャー30の周りを回転しているときにプランジャー30も回転することがないように、ロック部材80が設けられ」、そして、「設定された投与量の吐出が果たされる」とき、「プランジャー30と内ねじ21との間の非ロックねじ接続によって、プランジャー30の前方への回転が生じ」るものであるから、本件発明1の「投与量設定中には回転せず注射中には回転するピストンロッド」に相当する。
甲1発明の「投与量設定部材50」は、その「最先端壁51は、内ねじ53が形成された開口部を有し、当該最先端壁は、プランジャー30が中を通る第2のナット部材として働」くものであるから、本件発明1の「ピストンロッドと螺合するドライバー」に相当する。
甲1発明は、「投与量を設定する前において、カップリング部材60はハウジング10に対して最初の位置にあり」、「所望の投与量を設定した後、カップリング部材60はハウジング10内部で投与量設定ノブ40の回転により選択された設定位置まで上昇した状態にあ」るから、投与量を設定することにより、カップリング部材60がハウジング10に対する最初の位置からハウジング10内部で設定位置まで上昇するものである。そして、投与量の設定の際、「投与量設定部材50が回転され、ねじ接続によって」、「プランジャー30に対して軸方向に動かされ」るため、投与量設定部材50と係合されたカップリング部材60も、上記ねじ接続によって投与量設定部材50が動かされるのと同様にプランジャー30に対して軸方向に動かされることになるが、このような装置構造を踏まえれば、カップリング部材60がハウジング10内部で上昇する距離は、設定しようとする投与量に比例した距離であるといえる。よって、甲1発明と本件発明1とは、「投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、部材を、ハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置において上昇させ」る点で共通する。
甲1発明は、「設定された投与量の吐出が果たされる」とき、「ばね手段は、投与量設定部材50に作用するカップリング部材60に作用して、カップリング部材60に付勢力を与えるものであり」、「ばね手段に発生された軸方向の力は、カップリング部材60と投与量設定部材50とを通して、ねじ接続に対応してプランジャー30に送られ」るものであり、このとき、「投与量を注入した後、カップリング部材60はハウジング10に対して、前記最初の位置に戻」ることから、カップリング部材60は、ばね手段の付勢力によって押し戻される際、投与量を設定したときと同じ距離を移動しているといえる。よって、甲1発明と本件発明1とは、「部材を、投与量を設定した上昇位置から投与量を設定する前の最初の位置に押し戻すことによって設定した投与量を注射することができ、この動きにより、ピストンロッド及びドライバーは、投与量を設定したときと同じ距離を移動」する点で共通する。
甲1発明の「投与量設定部材50」は、「投与量を設定するとき」、「投与量設定部材50が回転され、ねじ接続によって」、「プランジャー30に対して軸方向に動かされ」るとともに、「設定された投与量の吐出が果たされる」とき、「プランジャー30と内ねじ21との間の非ロックねじ接続によって、プランジャー30の前方への回転が生じ」、「投与量設定部材50がプランジャー30と共に回転する」ものであるところ、投与量設定部材50のいずれの動きも、プランジャー30の外ねじ31の螺旋形状にしたがった回転移動ということができるから、本件発明1の「ドライバー」と同様に、「投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、設定した投与量を注射するときにはピストンロッドと一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿る」ものであるといえる。

そうすると、両者は、
「投与量送出装置であって、
ハウジングと、
投与量セレクターと、
投与量設定中には回転せず注射中には回転するピストンロッドと、
前記ピストンロッドと螺合するドライバーと、
を備え、
前記投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、部材を、前記ハウジングに対して固定された位置から前記設定した投与量に比例する距離だけ前記装置において上昇させ、
前記部材を、投与量を設定した上昇位置から投与量を設定する前の最初の位置に押し戻すことによって前記設定した投与量を注射することができ、この動きにより、前記ピストンロッド及び前記ドライバーは、投与量を設定したときと同じ距離を移動し、
前記ドライバーは、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、前記設定した投与量を注射するときには前記ピストンロッドと一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿る、投与量送出装置。」
である点で一致し、以下の各点で相違する。

[相違点1]
本件発明1では、押しボタンを有するのに対して、甲1発明では、押しボタンを有しない点。

[相違点2]
投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、部材を、ハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置において上昇させる点に関して、本件発明1では、上記部材は押しボタンであり、当該押しボタンを装置の一端部から上昇させるのに対して、甲1発明では、上記部材はカップリング部材60であり、当該カップリング部材60を装置のハウジング10内部で上昇させる点。

[相違点3]
部材を、投与量を設定した上昇位置から投与量を設定する前の最初の位置に押し戻すことによって設定した投与量を注射することができ、この動きにより、ピストンロッド及びドライバーは、投与量を設定したときと同じ距離を移動する点に関して、本件発明1では、上記部材は押しボタンであり、設定した投与量を注射するときに、当該押しボタンを設定した投与量に比例する距離だけ装置において上昇させた位置からその非上昇位置に押し戻すものであり、かつ、ピストンロッド及びドライバーは、少なくとも前記押しボタンの最初の移動の後に同じ距離を移動するのに対し、甲1発明では、上記部材はカップリング部材60であり、設定した投与量の吐出が果たされるときに、当該カップリング部材60は選択された設定位置まで上昇した状態から最初の位置にばね手段の付勢力により戻るものであり、また、プランジャー30及び投与量設定部材50が同じ距離を移動するに先立って、ラッチ部材90を押し下げるものであって、カップリング部材60については最初の移動は生じない点。

(2)相違点についての検討
まず、上記相違点1について検討する。
甲2には、上記1(2)ソのとおり、投与量の設定時にハウジング610の一端部から離れて上昇するプッシュボタン630を有する薬剤送達装置が開示されている。
また、上記1(5)のとおり、薬剤送達装置において、投与量を設定するときに、投与量セレクターとしての押しボタンをハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させる構成とすることは、甲3〜4に例示される周知の技術的事項であるといえる。
しかしながら、甲1の【0006】(上記1(1)ウ参照)には、幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもので、必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましいという課題が記載された上で、同【0008】〜【0010】(上記1(1)エ参照)には、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供するという課題が記載されている。そうすると、甲1は、上記【0006】の一回の投与量を自動的に吐出する装置を前提に上記【0008】〜【0010】の課題を解決しようとするものであると解するのが相当である。そして、上記【0006】の課題を解決するために甲1発明は、用量調整後はラッチを外すだけで自動的に投与量が注射される構成を備えるものとして、ばね手段の付勢力を用いた自動式の投与機構を備えている。そうすると、甲1発明においてばね手段がカップリング部材60及び投与量設定部材50を付勢する機構は、上記課題に対応する基本的な構成であって、当業者にとってその基本的な構成を変更しようとする動機は生じ得ない。これに対し、甲2記載の装置は、一回の投与量を自動的に吐出するものではなく、ユーザは用量注入開始から完了までプッシュボタンに手動で圧力をかけ続ける必要があるものであって、甲1発明とはその基本的な構成を異にするものであるところ、当業者は甲2に接しても、甲1発明について、その基本的な構成を変更しようとすること、すなわち、上記相違点1における本件発明1に係る構成となすようなことは容易には想起し得ない。仮に、甲1発明について、上記甲2記載事項を適用して、ばね手段を用いてカップリング部材60を付勢する機構に代えて手動でプッシュボタンを押し下げ続ける機構を採用した場合、投与量を実際に吐出する工程において使用者に不安を覚えさせることになり、甲1発明の技術的意味を没却するものとなるから、甲1発明に甲2記載事項を組み合わせることには阻害要因があるというべきである。同様に、上記甲3〜4に例示される周知の技術的事項の存在があっても、甲1発明のカップリング部材60に代えて当該周知の技術的事項を適用することには阻害要因があるというべきである。
また、甲5、6には、薬剤送達装置において、投与量を設定するときに、投与量セレクターとしての押しボタンをハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置の一端部から上昇させ、該投与量を注射するときに該押しボタンを手動で押圧する構成が開示されているが、上記甲2〜4について述べたのと同じ理由により、甲1発明への適用には動機づけはないし、阻害要因はあるというべきである。
よって、甲1発明について、上記相違点1における本件発明1に係る構成となすことは、当業者が容易に想到し得ることとはいえない。

次に、上記相違点2について検討する。
上記相違点1において検討したとおり、甲1発明の投与量設定及び吐出装置について、押しボタンによる手動の装置構造に変更することに動機づけがなく、また、阻害要因が存在することを踏まえれば、甲1発明のカップリング部材60に代えて、「ハウジングに対して固定された位置から設定した投与量に比例する距離だけ装置において上昇」する部材として、本件発明1のような押しボタンを備える構成に変更するようなことは当業者が容易になし得ることとはいえない。

更に、上記相違点3についても検討する。
上記相違点1において検討したとおり、甲1発明の投与量設定及び吐出装置について、押しボタンによる手動の装置構造に変更することに動機づけがなく、また、阻害要因が存在することは上述のとおりであるから、甲1発明のカップリング部材60に代えて、「設定した投与量を注射する」ために「投与量を設定する前と同じ所定の位置に押し戻す」部材として、本件発明1のような押しボタンを備える構成に変更するようなことは当業者が容易になし得ることとはいえない。

したがって、本件発明1は、甲1発明及び甲1〜6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明2〜13について
本件発明2〜13は、本件発明1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明1の構成要件A〜Iを全て含み、さらに構成要件J〜Uをそれぞれ含むものである。
してみると、本件発明2〜13はいずれも、甲1発明との対比において上記相違点1〜3を含むこととなる。
そして、上記(2)に示したとおり、上記相違点1〜3を含む本件発明1は、甲1発明及び甲1〜6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないのであるから、本件発明2〜13も、甲1発明及び甲1〜6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(4)請求人の主張について
ア 請求人は、上記第5の1(1)ア、オの主張において、甲1発明の「カップリング部材60」は本件発明1の「押しボタン」に相当する、と主張するとともに、仮にそのような相当関係がないとしても、投与量設定および吐出装置において、設定された投与量の吐出のために押し戻される動きをする部材であるカップリング部材60や押しボタンの、当該動きを生み出す力が、指による押し下げの手動式か、ばね力による押し下げの自動式かは当業者が適宜なし得る単なる設計または選択事項にすぎない、と主張する。
しかしながら、乙1に記載のあるとおり、一般にボタンとは指で押す部材であると理解されるものであるから、本件発明1の「押しボタン」と、指で押すことを予定していない甲1発明の「カップリング部材60」との間に相当関係はないというべきである。
また、指で押すという観点から、甲1発明の「ラッチ部材90」が本件発明1の押しボタンに相当すると一応考えられるものの、当該ラッチ部材90は、ハウジング壁内に配置され、ラッチアーム部がロック部材のつめの間に係合して、これによってロック部材とプランジャーとが回転するのを防ぐ設定位置と、ラッチアーム部がロック部材のつめを解放して、これによってロック部材とプランジャーとが回転するようにされる投与位置との間で動くように構成された部材であり(上記1(1)キ参照)、本件発明1の押しボタンとは構造及び機能が異なっていて、その押し下げる移動距離によって、設定した投与量の注射を行うというものではないから、本件発明1の押しボタンが甲1発明のラッチ部材90に相当するともいえない。
そして、甲1発明において、ばね手段の付勢力による自動式の構造は、発明の課題設定の前提となる基本的な構成であって、当該構成を他の構成に変更することを想定していないことを踏まえれば、甲1発明において、設定された投与量の吐出のために押し戻される部材の動きを生み出す力の発生を、ばね手段の付勢力による押し下げの自動式によるものに代えて、指による押し下げの手動式によるものに設計変更することは、当業者が適宜なし得る単なる設計または選択事項であるとはいえない。請求人の主張は失当であり、採用することはできない。

イ また、請求人は、上記第5の1(1)エの主張において、甲1の【0004】〜【0006】の開示によれば、投与量を実際に吐出する工程において幾らかの使用者が覚える不安に対処する必要に応じて従来採用されてきた、一回の投与量を自動的に吐出する装置構成が必要でない場合は、ばねの力でピストンロッドを押し出す機構を採用せずに、ボタンをプレスしてピストンロッドを押し出す機構を技術的に採用または選択可能であることが示唆されているといえる、と主張する。
しかしながら、甲1の上記【0006】に「幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもので、必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましいだろう。」と記載されるとおり、幾らかの使用者が抱く不安を軽減するという必要に応じて自動的に吐出する装置への要請があったと解され、同【0006】において続く「これは、ボディと、このボディに設けられて選択された設定位置まで動かされ得る回転可能な投与量設定装置と、設定装置を設定位置に保持するようにされたラッチと、設定された投与量が吐出されるようにラッチを自由にし得る手段とを有するシリンジ装置によって果されてきた。選択された設定位置までの投与量設定装置の移動に伴って、ばねが回転可能に変形(strain)され、これによって、ラッチが自由にされると、設定された投与量を吐出するための力が与えられる。ラッチが自由にされると、設定装置は、設定されたとうよりょうを吐出する一方向へのクラッチによってプランジャーを駆動するように、最初の位置に戻される。」との記載によれば、上記の要請に対してばね及びラッチを有する装置が従来提供されてきたことが理解される一方で、そのような要請がない、すなわち、使用者が覚える不安に対処する必要がない場合については、甲1において何ら言及されていない。してみると、上記「必要がない場合」についての技術の方向性等までもが甲1の開示の範囲の事項であるとはいえず、甲1に記載される発明は、あくまで、幾らかの使用者が抱く不安を軽減するという必要に応じて従来採用されてきた自動的に吐出する装置、より具体的には、ばね手段を用いた自動的に吐出する装置を前提とするものであると解するのが相当である。したがって、請求人の上記主張は当を得たものではなく、採用できない。

ウ さらに、請求人は、上記第5の1(1)カの主張において、甲1発明の課題が、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供すること(甲1の【0008】〜【0010】)であるのに対し、甲2には、「誤って設定された容量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。」(【0002】)との課題が記載されており、両者は課題の共通性を有するから、甲1発明には甲2記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえる、と主張する。
しかしながら、甲2の上記【0002】の記載(上記1(2)イ参照)によれば、誤って設定した容量の取り消し又は変更との事項は、ペン型注射器の「多数の要件」の1つとされていることから、当該事項は、ペン型注射器の技術分野において従来認識されてきた複数の課題の1つにすぎないものであり、甲2自体の課題ではないと解するのが相当である。そして、甲2が提示する課題は、これら「多数の要件」とは別異のものであって、【0006】の記載(上記1(2)ウ参照)のとおり、従来の薬剤送達装置の欠点を排除した薬剤送達装置、特に、プッシュボタンの移動距離が小さく、摩擦が低減された薬剤送達装置を提供することである。一方、甲1発明の課題は、上記のとおり、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供することであるから、甲1発明の課題と甲2の課題との間に共通するところはみられない。したがって、甲1発明と甲2との間には、甲1発明において甲2記載事項を適用しようとする動機づけとなり得るような課題の共通性が存在するとはいえない。よって、請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

エ そして、請求人は、上記第5の1(1)キの主張において、甲1の【0018】には、「更に単純な構造が望ましい場合には、カップリング部材を有する上述された配置は、不要にされ得る。」と記載され、単純な構造とするために、ばねとともに用いるカップリング部材60を、それとは別のばねを用いない形態のものに置換可能であることも示唆されているから、甲1発明には甲2記載事項を組み合わせる動機付けがある、と主張する。
しかしながら、上記【0018】の「更に単純な構造が望ましい場合には、カップリング部材を有する上述された配置は、不要にされ得る。」との記載は、構造の単純化のためにカップリング部材は省略され得る、という意味に解するのが相当であり、カップリング部材を他の構造に置き換えることを示唆するものではない。
加えて、請求人は、カップリング部材を他の構造に置換する際に、当該カップリング部材とともに用いていたばね手段を廃する構造とすることも示唆される、と主張するが、上記【0018】には、カップリング部材を不要とした上でばね手段を用いる構造である旨の記載があることから、甲1はあくまでばね手段を用いることを前提としていると解すべきであって、カップリング部材を他の構造に置換しながらばね手段だけを廃する、とする請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。
また、甲1発明に甲2記載事項を適用するとしても、両者はその基本的な構成を異にするものであるところ、具体的にどのように組み合わせるのかを想起するのは困難であるというべきである。

オ そのほか、請求人の上記第5の1(1)イ、ウ及びクの主張については、上記(2)の上記相違点1についての検討で説示したとおりであるから、いずれも当を得たものではなく、採用することはできない。

カ 以上のとおり、請求人の上記第5の1(1)ア〜クの主張はいずれも理由がなく、採用することはできない。

(5)無効理由1についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1〜13は、甲1発明及び甲1〜6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではないから、それらの特許は同法第123条第1項第2号に該当しない。
したがって、請求人の主張する無効理由1によっては、本件発明1〜13に係る特許を無効とすることはできない。

3 無効理由2について
(1)対比
本件発明1と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「薬剤送達装置」は、その機能及び構造からみて、本件発明1の「投与量送出装置」に相当し、以下同様に、「ハウジング610」は「ハウジング」に、「駆動部670」は「ドライバー」に、「用量」は「投与量」に、「注入」は「注射」に、それぞれ相当する。
甲2発明の「プッシュボタン630」は、これを回転させることによって用量を設定するものであるから、本件発明1の「回転させることによって投与量を設定することができ」る「投与量セレクター」に相当する。また、甲2発明の「プッシュボタン630」は、設定された用量を注入する際にユーザが「ハウジング610の方向に押し戻すように」「圧力をかけ」る部材でもあるから、本件発明1の「押し戻すことによって設定した投与量を注射することができ」る「押しボタン」に相当する。そして、この押し戻す位置は、上記1(2)ソの認定を踏まえれば、本件発明1の「非上昇位置」に相当するものといえる。
甲2発明においては、用量の注入時に、プッシュボタン630が押されることで、ねじ部材6100の追加的なねじ山6105に沿って下降しながら回転する駆動部670にコネクタパイプ6160が結合され、それにより当該コネクタパイプ6160も回転し、そして、コネクタパイプ6160の回転は、その内突起6162とピストンロッドガイド6110の長手方向トラック6115との結合によってピストンロッド6120の回転に転換され、ピストンロッド6120が皿状部材6130の内側のねじ山6133にねじ込まれる動作をするのであるから、甲2発明の「ピストンロッド6120」は、用量の注入時には回転する部材である。一方、用量の設定時には、プッシュボタン630が押されずに、回転されるのみであることから、コネクタパイプ6160は駆動部670に結合せず、駆動部670の追加的なねじ山6105にガイドされた回転がコネクタパイプ6160には伝達されないから、ピストンロッドガイド6110は回転せず、ピストンロッド6120も回転しない。よって、甲2発明の「ピストンロッド6120」は、本件発明1の「投与量設定中には回転せず注射中には回転するピストンロッド」に相当する。
甲2発明の「プッシュボタン630」は、用量の設定時にはハウジング610の一端部から離れて上昇するものであり、その一端部から離れて上昇する距離は、設定時に駆動部670が内側駆動ねじ山673によりガイドされて、ねじ部材6100の追加的なねじ山6105により螺旋経路を辿る動きと連動して生じる距離であって、設定した用量に比例する距離であるといえることから、本件発明1の「前記ハウジングに対して固定された位置から前記設定した投与量に比例する距離だけ前記装置の一端部から上昇」する「押しボタン」に相当する。
本件発明1の「最初の移動」とは、本願明細書【0043】の「図6において、投与量セレクター4は、該投与量セレクター4とドライバー6との間の歯接続部17/28(図3を参照)を分離させるとともに、目盛りドラム5とラチェット7との間の歯接続部24/30を係合させるのにちょうど十分であるが、注射を実際に開始するには十分でない短い距離を、投与量セレクター4の上面42が押されることによって移動している。」との記載からみて、投与量セレクター4とドライバー6とを分離させるための、投与量セレクター4の上面42、すなわち、押しボタンの最初の押し下げによる移動であって、投与量の設定時には投与量セレクター4とともに回転するドライバー6を、投与量の注射時においては、設定時とは逆方向に回転できるようにするための押しボタンの上記短い距離の移動を意味するものと解されるところ、甲2発明の「ユーザは」「プッシュボタン630に圧力をかけ、この圧力により、プッシュボタン630及びシールド660が遠位方向に移動し、これによりシールド660の歯部665が歯付きリング691から解放されて、用量表示スリーブ690がシールド660から解放され」との構成、すなわち、用量の設定時はプッシュボタン630と一体のシールド660とともに回転する用量表示スリーブ690を、用量の注入時においては、設定時とは逆方向に回転できるようにするための、プッシュボタン630及びシールド660の遠位方向への移動という構成に照らせば、甲2発明の「プッシュボタン630」の上記「遠位方向」への「移動」は、本件発明1の上記「最初の移動」に相当するといえる。
甲2発明では、設定された用量を注入する際にユーザが圧力をかけるプッシュボタン630の遠位方向への移動により、駆動部670は、プッシュボタン630とともに押し下げられるコネクタパイプ6130の歯部6161が歯部676と係合することで遠位方向に押され、内側駆動ねじ山673が螺合する追加的なねじ山6105にしたがって回転しながら遠位方向へ移動し、ピストンロッド6120は、回転する駆動部670と上記歯部どうし6161、676で係合することで同じく回転するコネクタパイプ6120の回転の動きが内突起6162と長手方向トラック6115との結合を介して伝達されることで、同じように回転しながら遠位方向へ移動する。このように、駆動部670とピストンロッド6120とは、甲2発明の駆動機構において直接的に係合する関係にはなく、両者の間に他の構成要素が介在する態様で、それぞれが連携する駆動機構部分にしたがった動きをすることで、各々ある距離を遠位方向に移動するものである。そして、それらの移動する距離が同じであるか否かについては明らかでない。そうすると、本件発明1と甲2発明とは、「押しボタンをその非上昇位置に押し戻すことによって前記設定した投与量を注射することができ、この動きにより、前記ピストンロッド及び前記ドライバーは、少なくとも前記押しボタンの最初の移動の後にそれぞれが連携する駆動機構部分にしたがった距離を移動」する点で共通している。
また、甲2発明の駆動部670は、用量の設定時には、内側駆動ねじ山673をガイドして回転しながら上昇させるねじ部材6100の追加的なねじ山6105により螺旋経路を辿るものであり、一方、用量の注入時には、その内側駆動ねじ山673が同じ追加的なねじ山6105によりガイドされて同じ螺旋経路を反対方向へ辿るものであるから、本件発明1と甲2発明とは、「ドライバーは、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、前記設定した投与量を注射するときには」「同じ螺旋経路を反対方向へ辿る」点で共通している。

そうすると、両者は、
「投与量送出装置であって、
ハウジングと、
投与量セレクターと、
押しボタンと、
投与量設定中には回転せず注射中には回転するピストンロッドと、
ドライバーと、
を備え、
前記投与量セレクターを回転させることによって投与量を設定することができ、それによって、前記押しボタンを、前記ハウジングに対して固定された位置から前記設定した投与量に比例する距離だけ前記装置の一端部から上昇させ、
前記押しボタンをその非上昇位置に押し戻すことによって前記設定した投与量を注射することができ、この動きにより、前記ピストンロッド及び前記ドライバーは、少なくとも前記押しボタンの最初の移動の後にそれぞれが連携する駆動機構部分にしたがった距離を移動し、
前記ドライバーは、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、前記設定した投与量を注射するときには同じ螺旋経路を反対方向へ辿る、投与量送出装置。」
である点で一致し、以下の各点で相違する。

[相違点4]
本件発明1では、ドライバーはピストンロッドと螺合する構造であるのに対し、甲2発明では、駆動部材670はピストンロッド6120と螺合していない構造である点。

[相違点5]
押しボタンをその非上昇位置に押し戻すことによって前記設定した投与量を注射することができ、この動きにより、前記ピストンロッド及び前記ドライバーは、少なくとも前記押しボタンの最初の移動の後にそれぞれが連携する駆動機構部分にしたがった距離を移動する点に関して、本件発明1では、ピストンロッド及びドライバーは、同じ距離を移動するのに対し、甲2発明では、ピストンロッド6120及び駆動部670は、同じ距離を移動するか否か明らかでない点。

[相違点6]
ドライバーは、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、前記設定した投与量を注射するときには同じ螺旋経路を反対方向へ辿る点に関して、本件発明1では、ドライバーは、ピストンロッドと一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿るのに対し、甲2発明では、駆動部670は、ピストンロッド6120と一緒に同じ螺旋経路を辿るものではない点。

(2)相違点についての検討
まず、上記相違点4について検討する。
甲1には、上記1(1)キ【0032】のとおり、投与量設定部材50(ドライバー)の最先端壁51は、内ねじ53が形成された開口部を有し、プランジャー30(ピストンロッド)が中を通る第2のナット部材として働くことが記載されており、ピストンロッドと螺合するドライバーを備えた投与量設定及び吐出装置が記載されているといえる。
しかしながら、甲2発明は、手動の押圧力でピストンロッドを押し下げ続けることにより用量を注入する装置であって、「大きな用量を設定した場合、装置自体からプッシュボタンまでの距離が極めて長く、手の小さい人や器用でない人がプッシュボタンの後ろに指を到達させることは難しい。」(上記1(2)ウ参照)との課題に対し、「プッシュボタンの移動距離が小さ」い薬剤送達装置を提供することを目的として発明されたものである。そして、甲2発明の駆動部670とそれに連携する他の部材とからなる具体的構成は、当該課題を解決するために組み合わされた必須の構成であるところ、当該構成を、基本的かつ全体的構造が大きく異なる他の構造、例えば甲1記載の、ばね手段の付勢力で駆動される投与量設定部材50等を有する装置の一部の構成と置換する動機づけは生じ得ない。
そして、甲3〜6も、甲2発明とその基本的かつ全体的構造において大きく異なるものであるから(上記1(3)、(4)、(6)、(7)参照)、上記甲1について述べたのと同じ理由により、甲2発明に対して適用する動機づけは生じ得ない。
よって、甲2発明について、上記相違点4における本件発明1に係る構成とすることは、当業者が容易になし得ることとはいえない。

次に、上記相違点6について検討する。
甲1には、上記1(1)キ【0039】〜【0042】のとおり、投与量設定部材50は、投与量を設定するときに回転され、ねじ接続によってプランジャー30に対して軸方向に動かされるとともに、設定された投与量の吐出が果たされるとき、プランジャー30と内ねじ21との間の非ロックねじ接続によって、プランジャー30の前方への回転が生じ、投与量設定部材50がプランジャー30と共に回転するものであるところ、投与量設定部材50のいずれの動きも、内ねじ21と螺合するプランジャー30の外ねじ31の螺旋形状にしたがったものということができるから、本件発明1の、投与量を設定するときには螺旋経路を辿り、設定した投与量を注射するときにはピストンロッドと一緒に同じ螺旋経路を反対方向へ辿る構成が記載されているといえる。
しかしながら、上記相違点4の検討で述べたとおり、甲2発明の駆動部670とそれに連携する他の部材とからなる具体的構成を、基本的かつ全体的構造が大きく異なる甲1の一部の構成と置換する動機づけは見出せない。
よって、甲2発明について、上記相違点6における本件発明1に係る構成とすることは、当業者が容易になし得ることとはいえない。

したがって、上記相違点5について検討するまでもなく、本件発明1は、甲2発明及び甲1〜6に記載された事項に基いて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(3)本件発明2〜13について
本件発明2〜13は、本件発明1を直接的又は間接的に引用するものであるから、本件発明1の構成要件A〜Iを全て含み、さらに構成要件J〜Uをそれぞれ含むものである。
してみると、本件発明2〜13はいずれも、甲2発明との対比において上記相違点4〜6を含むこととなる。
そして、上記(2)に示したとおり、本件発明1は、甲2発明及び甲1〜6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないのであるから、本件発明2〜13も、甲2発明及び甲1〜6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできない。

(4)請求人の主張について
ア 請求人は、上記第5の2(1)アの主張において、甲2には2以上の異なる伝達機構の開示があることから、甲2発明の伝達機構が適宜変更されてもよい旨が示唆されているといえ、そうすると、甲2発明に甲1記載事項の伝達機構を採用することは当業者にとって何ら困難性を伴うものではない、と主張する。
しかしながら、甲2にそれぞれ別の実施形態として複数の異なる伝達機構が開示されているとしても、あくまで甲2に記載された技術事項の範囲内でいくつかの態様の伝達機構が構成され得るということを示しているに留まるのであって、そのことが甲2発明の機構を甲2の開示と関連しない全く別の機構にまで置換することが可能であるとの示唆と解することはできない。したがって、請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

イ また、請求人は、上記第5の2(1)イの主張において、甲2には、「誤って設定された容量は、できるだけ問題なく取り消し又は変更できなくてはならず、1回分の用量が注入されたら用量の設定はゼロに戻らなくてはならない。」(上記1(2)イ参照)との課題が記載されているのに対し、甲1発明の課題が、付加的な開放機構を必要とせずに設定された投与量をキャンセル可能な投与量設定部材を提供すること(甲1の【0008】〜【0010】)であり、両者は課題の共通性を有するから、甲2発明には甲1記載事項を組み合わせる動機付けがあるといえる、と主張する。
しかしながら、請求人の上記主張については、上記2(4)ウにおいて説示したとおりであり、甲2発明と甲1との間には、甲2発明において甲1記載事項を適用しようとする動機づけとなり得るような課題の共通性が存在するとはいえない。請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

ウ さらに、請求人は、上記第5の2(1)ウの主張において、甲1の【0005】、【0006】には、「幾らかの使用者にとって、投与量を実際に吐出する工程は不安を覚えさせるもの」という課題に対しては「必要に応じて一回の投与量を自動的に吐出する装置が望ましい」が、当該課題は、ばねおよびラッチを有する従来の「シリンジ装置によって果たされてきた」ことが記載されており、これは、上記の必要に応じて、ボタンをプレスしてピストンロッドを押し出す機構からばねの力でピストンロッドを押し出す機構へと変更可能であることを開示しているといえるものであり、そうすると、甲1は、人力による動力供給機構およびばね力による動力供給機構は必要に応じて選択される設計事項にすぎないことを示唆しているといえ、当該示唆は、人力で駆動される注射器とばねの力で駆動される注射器との間で構成部材を容易に交換可能とする動機付けになり得る、と主張する。
しかしながら、請求人の上記主張については、上記2(4)イにおいて説示したとおりであり、甲1の装置において、ばね手段を用いる構造のものをその前提としていることに鑑みれば、甲1の開示が、手動による押圧力かばねの付勢力かが必要に応じて選択される設計事項であることを示唆するものでないことは明らかである。請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

エ そして、請求人は、上記第5の2(1)エの主張において、甲2の【0004】―【0005】、【0007】及び請求項1(上記1(2)ア、ウ、エ参照)の記載から、甲2では2つの課題が設定され、その課題を解決する手段が独立して記載されており、甲2発明が少なくとも一方の課題を解決することができればよいことを示している、と主張する。
なるほど、甲2の【0004】―【0005】、【0007】の記載によれば、甲2発明が解決しようとする課題は、1)用量の表示が極めて精密になされること、及び、2)大きな用量を設定する場合もプッシュボタンの移動距離が小さいこと、の2つであると認められるところ、上記【0007】の「請求項1:用量表示スリーブをシールドで囲むことによって、操作中にユーザがスケールドラムに触れることが確実に回避される。」との記載によれば、請求項1は、「用量の表示が極めて精密になされる」という上記1)の課題を解決するものであるといえるが、上記請求項1の記載全体をみても、上記2)の「大きな用量を設定する場合もプッシュボタンの移動距離が小さいこと」という課題の解決手段が示されているものかは明らかでない。このことを捉えて、甲2記載の発明と他の先行技術文献の記載事項との組み合わせを試みる場合に、請求人の主張するように、甲2の請求項1の記載において、上記1)の課題の解決手段に相当する「用量表示スリーブ」と「シールド」についての特定とは直接関係しない「ピストンロッド」や「駆動スリーブ」についての特定事項を他の同等の装置に適宜置換し得るとしても、甲2発明と基本的かつ全体的構造が大きく異なる他の構造の適用には、当業者の通常の創作能力を超えた過度の試行錯誤を要するというべきであって、当業者が容易になし得ることということはできない。請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

オ 加えて、請求人は、上記第5の2(1)オの主張において、甲2発明及び甲1が教示するのは、各構成要素の相互関係や動作機能を表現した技術的思想であり、かつ、本件発明1においても同様に、各構成要素が機能的に表現されているから、本件発明1の進歩性の欠如を証明するために、甲2の図15、16に複雑に例示された注入装置の各部品に個別に分解や交換をして再び組み直すといった、改変に至るまでの現実の設計プロセスの態様までも具体的に説明することは必要ない、と主張する。
しかしながら、甲2発明に甲1記載事項を適用するとしても、両者はその基本的かつ全体的な構成を大きく異にするものであるところ、具体的にどのように組み合わせられるのかを想起するのは困難であることは、上記(2)の上記相違点4についての検討において説示したとおりである。請求人の上記主張は失当であり、採用することはできない。

カ 以上のとおり、請求人の上記第5の2(1)ア〜オの主張はいずれも理由がなく、採用することはできない。

(5)無効理由2についてのまとめ
以上のとおり、本件発明1〜13は、甲2発明及び甲1〜6の記載事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできず、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものではないから、それらの特許は同法第123条第1項第2号に該当しない。
したがって、請求人の主張する無効理由2によっては、本件発明1〜13に係る特許を無効とすることはできない。

第7 むすび
以上のとおり、請求人の主張する無効理由1及び2はいずれも理由がなく、請求人の主張及び証拠方法によっては本件発明1〜13に係る特許を無効とすることはできない。
審判に関する費用については、特許法第169条第2項の規定で準用する民事訴訟法第61条の規定により、請求人が負担すべきものとする。
よって、結論のとおり審決する。
 
別掲
(行政事件訴訟法第46条に基づく教示) この審決に対する訴えは、この審決の謄本の送達があった日から30日(附加期間がある場合は、その日数を附加します。)以内に、この審決に係る相手方当事者を被告として、提起することができます。

審判長 千壽 哲郎
出訴期間として在外者に対し90日を附加する。
 
審理終結日 2021-10-14 
結審通知日 2021-10-19 
審決日 2021-11-10 
出願番号 P2012-539183
審決分類 P 1 113・ 121- Y (A61M)
最終処分 02   不成立
特許庁審判長 千壽 哲郎
特許庁審判官 井上 哲男
栗山 卓也
登録日 2015-12-18 
登録番号 5856062
発明の名称 投与量送出装置  
代理人 日野 真美  
復代理人 宮崎 綾  
代理人 藤 拓也  
代理人 小林 浩  
代理人 特許業務法人広江アソシエイツ特許事務所  
代理人 中村 閑  

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