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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C22C
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C22C
審判 全部申し立て 2項進歩性  C22C
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C22C
管理番号 1383214
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-04-28 
種別 異議の決定 
異議申立日 2019-11-29 
確定日 2021-12-14 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6526434号発明「アルミニウム合金フィン材」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6526434号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1〜5〕について訂正することを認める。 特許第6526434号の請求項1〜5に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯
特許第6526434号(請求項の数4。以下,「本件特許」という。)は,平成27年2月10日を出願日とする特許出願(特願2015−24594号)に係るものであって,令和1年5月17日に設定登録されたものである(特許掲載公報の発行日は,令和1年6月5日である。)。
その後,令和1年11月29日に,本件特許の請求項1〜4に係る特許に対して,特許異議申立人である三田翔(令和3年3月30日に氏名(名称)が奥田翔に変更された。以下,「申立人」という。)により,特許異議の申立てがされた。
本件特許異議の申立てにおける手続の経緯は,以下のとおりである。

令和1年11月29日 特許異議申立書
令和2年 3月31日付け 取消理由通知書
6月 2日 意見書,訂正請求書
7月20日付け 訂正拒絶理由通知書
11月 9日付け 取消理由通知書(決定の予告)
令和3年 1月12日 意見書,訂正請求書
2月 8日付け 通知書(訂正請求があった旨の通知)
3月10日 意見書(申立人)

なお,当審は,上記訂正拒絶理由通知書において,期間を指定して意見書を提出する機会を与えたが,特許権者から意見書は提出されなかった。

第2 訂正の請求について
1 訂正の内容
令和3年1月12日提出の訂正請求書による訂正(以下,「本件訂正」という。)の請求は,本件特許の明細書及び特許請求の範囲を上記訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項1〜5について訂正することを求めるものであり,その内容は,以下のとおりである。下線は,訂正箇所を示す。
なお,令和2年6月2日提出の訂正請求書による訂正の請求は,本件訂正の請求がされたことに伴い,特許法120条の5第7項の規定により,取り下げられたものとみなす。

(1)訂正事項1
ア 特許請求の範囲の請求項1に「Si:0.7〜1.3%」と記載されているのを,「Si:0.8〜1.3%」に訂正する。
イ 特許請求の範囲の請求項1に「ろう付後の引張強さが130MPa以上,ろう付後の孔食電位が−1000〜−830mVの範囲にあり,さらに,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm〜800μmの範囲にある」と記載されているのを,「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にある」に訂正する。

(2)訂正事項2
特許請求の範囲の請求項3に「前記組成成分として,さらに質量%で,Cu:0.03〜0.20%を含有することを特徴とする請求項1または2に記載のアルミニウム合金フィン材。」と記載されているのを,「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,固相線温度が615℃以上で,ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。」に訂正する。

(3)訂正事項3
ア 特許請求の範囲の請求項4に「ろう付後に」と記載されているのを,「前記ろう付後に」に訂正する。
イ 特許請求の範囲の請求項4に「請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金フィン材。」と記載されているのを,「請求項1または3に記載のアルミニウム合金フィン材。」に訂正する。

(4)訂正事項4
特許請求の範囲の請求項5として,「前記組成成分として,さらに質量%で,Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする請求項3または4に記載のアルミニウム合金フィン材。」を追加する。

(5)訂正事項5
ア 明細書の【0007】に「Si:0.7〜1.3%」と記載されているのを,「Si:0.8〜1.3%」に訂正する。
イ 明細書の【0007】に「ろう付後の引張強さが130MPa以上,ろう付後の孔食電位が−1000〜−830mVの範囲にあり,さらに,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm〜800μmの範囲にある」と記載されているのを,「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にある」に訂正する。

(6)訂正事項6
明細書の【0009】に「前記第1,または第2の本発明において,前記組成成分として,さらに質量%で,Cu:0.03〜0.20%を含有することを特徴とする。」と記載されているのを,「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,固相線温度が615℃以上で,ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とする。」に訂正する。

(7)訂正事項7
明細書の【0010】に「前記第1〜第3の本発明のいずれかにおいて,ろう付後に」と記載されているのを,「前記第1または第3の本発明において,前記ろう付後に」に訂正する。

(8)訂正事項8
明細書の【0011】に「第5の本発明のアルミニウム合金フィン材は,前記第1〜第4の本発明のいずれかにおいて,加工前の素材において,母相中に分布する第二相粒子で,円相当径0.05〜0.4μmの範囲にあるものが,20〜80個/μm2の範囲で存在することを特徴とする。」と記載されているのを,「第5の本発明のアルミニウム合金フィン材は,前記第3または第4の本発明において,前記組成成分として,さらに質量%で,Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする。」に訂正する。

(9)訂正事項9
明細書の【0041】に記載された表2の「No.17」を,「発明例」から「比較例」に訂正する。

(10)訂正事項10
明細書の【0042】に記載された表3の「No.43」,「No.50」を,いずれも「発明例」から「比較例」に訂正する。

(11)一群の請求項について
訂正前の請求項1〜4について,請求項2〜4は,請求項1を直接又は間接的に引用するものであり,上記の訂正事項1によって記載が訂正される請求項1に連動して訂正されるものである。したがって,訂正前の請求項1〜4は,一群の請求項である。そして,本件訂正は,その一群の請求項ごとに請求がされたものである。
また,上記の訂正事項5〜10に係る訂正は,願書に添付した明細書を訂正するものであるが,いずれも一群の請求項である訂正前の請求項1〜4に関係する訂正である。そして,本件訂正は,明細書の訂正に係る請求項を含む一群の請求項の全てについて行われている。

2 訂正の適否についての当審の判断
(1)訂正事項1について
ア 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「Si」の含有量について,「Si:0.7〜1.3%」を「Si:0.8〜1.3%」とする訂正を含むものである。
この訂正は,アルミニウム合金フィン材における「Si」の含有量について,「0.7〜1.3%」を「0.8〜1.3%」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また,本件特許の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面(以下,「訂正前明細書等」という。)には,アルミニウム合金の具体例として,Siを0.8%含有するもの(【0031】,表1のNo.8)が記載されていることから,訂正前明細書等には,Siの含有量が0.8〜1.3%であることが記載されているといえるから,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

イ 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「ろう付後の引張強さ」について,「130MPa以上」を「130MPa以上145MPa以下」とする訂正を含むものである。
この訂正は,アルミニウム合金フィン材における「ろう付後の引張強さ」について,「130MPa以上」を「130MPa以上145MPa以下」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また,訂正前明細書等には,アルミニウム合金フィン材の具体例として,ろう付後の引張強さが145MPaであるもの(【0031】,【0034】,表2の発明例No.11)が記載されていることから,訂正前明細書等には,ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下であることが記載されているといえるから,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

ウ 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「ろう付後の孔食電位」について,「−1000〜−830mV」を「−1000〜−870mV」とする訂正を含むものである。
この訂正は,アルミニウム合金フィン材における「ろう付後の孔食電位」について,「−1000〜−830mV」を「−1000〜−870mV」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また,訂正前明細書等には,アルミニウム合金フィン材の具体例として,ろう付後の孔食電位が−870mVであるもの(【0031】,【0035】,表2の発明例No.18)が記載されていることから,訂正前明細書等には,ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVであることが記載されているといえるから,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

エ 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」について,「150μm〜800μm」を「180μm〜800μm」とする訂正を含むものである。
この訂正は,アルミニウム合金フィン材における「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」について,「150μm〜800μm」を「180μm〜800μm」に限定するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。
また,訂正前明細書等には,アルミニウム合金フィン材の具体例として,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μmであるもの(【0031】,【0038】,表2の発明例No.27)が記載されていることから,訂正前明細書等には,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmであることが記載されているといえるから,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

オ 訂正事項1に係る訂正は,訂正前の請求項1における「ろう付後の孔食電位」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を,それぞれ,「前記ろう付後の孔食電位」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」とする訂正を含むものである。
これらの訂正は,いずれも,上記「ろう付」が,請求項1に記載される「ろう付後の引張強さ」における「ろう付」を意味するものであることを明瞭にするものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,これらの訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(2)訂正事項2について
ア 訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項3のうち,請求項1を引用するものについて,引用形式の記載から独立形式の記載に改める訂正を含むものである。
この訂正は,請求項の記載について,訂正前の引用形式の記載を独立形式の記載に改めるものであるから,「他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること」を目的とするものに該当する。そして,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

イ 訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項1を引用する請求項3における「Si」の含有量について,「Si:0.7〜1.3%」を「Si:0.8〜1.3%」とする訂正を含むものである。
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項1を引用する請求項3における「ろう付後の引張強さ」について,「130MPa以上」を「130MPa以上150MPa以下」とする訂正を含むものである。
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項1を引用する請求項3における「ろう付後の孔食電位」について,「−1000〜−830mV」を「−1000〜−870mV」とする訂正を含むものである。
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項1を引用する請求項3における「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」について,「150μm〜800μm」を「180μm〜800μm」とする訂正を含むものである。
訂正事項2に係る訂正は,訂正前の請求項1を引用する請求項3における「ろう付後の孔食電位」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を,それぞれ,「前記ろう付後の孔食電位」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」とする訂正を含むものである。
これらの訂正は,いずれも,上記(1)で述べたのと同様の理由により,特許請求の範囲の減縮又は明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,これらの訂正は,いずれも,上記(1)で述べたのと同様の理由により,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり(訂正前明細書等には,ろう付後の引張強さが150MPaであるもの(【0031】,【0034】,表3の発明例No.53)も記載されている。),また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(3)訂正事項3について
ア 訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項4における「ろう付後に」を「前記ろう付後に」とする訂正を含むものである。
この訂正は,上記(1)オで述べたのと同様の理由により,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

イ 訂正事項3に係る訂正は,訂正前の請求項4における引用請求項について,「請求項1〜3のいずれか1項」を「請求項1または3」に訂正するものである。
この訂正は,引用請求項の一部を削除するものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当する。そして,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(4)訂正事項4について
訂正事項4に係る訂正は,訂正前の請求項3のうち,請求項1を引用する請求項2を引用するものと,訂正前の請求項4のうち,請求項1を引用する請求項2を引用するものと,訂正前の請求項4のうち,請求項1を引用する請求項2を引用する請求項3を引用するものについて,訂正後の請求項3又は4を引用する形で,新たに請求項5として記載するものである。
この訂正は,上記の訂正事項2及び3による訂正に伴い,請求項間の引用関係を整理するものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,この訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(5)訂正事項5〜8について
訂正事項5〜8に係る訂正は,上記の各訂正事項による訂正に合わせて,願書に添付した明細書の記載を整合させるものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,これらの訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(6)訂正事項9及び10について
訂正事項9及び10に係る訂正は,上記の各訂正事項による訂正に伴い,「発明例」ではなくなったものを「比較例」とするものであるから,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに該当する。そして,これらの訂正は,訂正前明細書等に記載した事項の範囲内においてするものであり,また,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものではない。

(7)独立特許要件について
本件においては,訂正前の全ての請求項1〜4について特許異議の申立てがされているので,特許法120条の5第9項において読み替えて準用する同法126条7項の独立特許要件は課されない。

3 まとめ
上記2のとおり,各訂正事項に係る訂正は,特許法120条の5第2項ただし書1号,3号又は4号に掲げる事項を目的とするものに該当し,同条9項において準用する同法126条5項及び6項に適合するものであるから,結論のとおり,本件訂正を認める。

第3 本件発明
前記第2で述べたとおり,本件訂正は認められるので,本件特許の請求項1〜5に係る発明は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1〜5に記載された事項により特定される以下のとおりのものである(以下,それぞれ「本件発明1」等という。また,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という。)。

【請求項1】
質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,固相線温度が615℃以上で,ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。
【請求項2】
前記組成成分として,さらに質量%で,Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする請求項1記載のアルミニウム合金フィン材。
【請求項3】
質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,固相線温度が615℃以上で,ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下,前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり,さらに,前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。
【請求項4】
前記ろう付後に母相中に分布する第二相粒子のうち,円相当径が0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物中のMn,Fe,Siの含有量の平均が,前記化合物中の原子%でFe/(Mn+Si)<0.25の関係を満足することを特徴とする請求項1または3に記載のアルミニウム合金フィン材。
【請求項5】
前記組成成分として,さらに質量%で,Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする請求項3または4に記載のアルミニウム合金フィン材。

第4 特許異議の申立ての理由及び取消理由の概要
1 特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由
本件特許の本件訂正前の請求項1〜4に係る特許は,下記(1)〜(9)のとおり,特許法113条2号及び4号に該当する。証拠方法は,甲第1号証〜甲第6号証(以下,単に「甲1」等という。下記(10)を参照。)である。
(1)申立理由1−1(新規性
本件訂正前の請求項1,3及び4に係る発明は,甲1に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1,3及び4に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(2)申立理由1−2(新規性
本件訂正前の請求項2に係る発明は,甲2に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項2に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(3)申立理由1−3(新規性
本件訂正前の請求項3に係る発明は,甲3に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項3に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(4)申立理由1−4(新規性
本件訂正前の請求項3に係る発明は,甲4に記載された発明であり,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項3に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(5)申立理由2−1(進歩性
本件訂正前の請求項1,3及び4に係る発明は,甲1に記載された発明に基いて,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下,「当業者」という。)が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項1,3及び4に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(6)申立理由2−2(進歩性
本件訂正前の請求項2及び4に係る発明は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項2に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(7)申立理由2−3(進歩性
本件訂正前の請求項3及び4に係る発明は,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項3に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(8)申立理由2−4(進歩性
本件訂正前の請求項3及び4に係る発明は,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから,本件特許の本件訂正前の請求項3に係る特許は,同法113条2号に該当する。
(9)申立理由3(実施可能要件
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明については,発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号に適合するものではないから,本件特許の本件訂正前の請求項1〜4に係る特許は,同法113条4号に該当する。
(10)証拠方法
・甲1 特開2012−126950号公報
・甲2 特開2002―155332号公報
・甲3 特開平10−88265号公報
・甲4 特開2002−161323号公報
・甲5 特開平6−272069号公報
・甲6 「アルミニウムの組織と性質」,軽金属学会,1991年11月30日,217〜230項

2 取消理由通知書に記載した取消理由
(1)令和2年3月31日付けの取消理由通知書
ア 取消理由1(新規性
上記(1)の申立理由1−1(新規性)(ただし,本件訂正前の請求項1及び4に係る発明に対するもの)と同旨
イ 取消理由2(新規性
上記(3)の申立理由1−3(新規性)と同旨
ウ 取消理由3(明確性要件)
本件訂正前の請求項1〜4に係る発明については,特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に適合するものではないから,本件特許の本件訂正前の請求項1〜4に係る特許は,同法113条4号に該当する。

(2)令和2年11月9日付けの取消理由通知書(決定の予告)
ア 取消理由1’(新規性
上記(1)アの取消理由1(新規性)と同旨
イ 取消理由2’(新規性
上記(1)イの取消理由2(新規性)と同旨
ウ 取消理由3’(明確性要件)
上記(1)ウの取消理由3(明確性要件)と同旨

第5 当審の判断
以下に述べるように,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

1 取消理由3’(明確性要件),取消理由3(明確性要件)
令和2年3月31日付けの取消理由通知書では,本件訂正前の請求項1には,「ろう付後の引張強さが130MPa以上」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−830mVの範囲にあり」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm〜800μmの範囲にある」と記載されているが,ろう付け条件が異なれば,「ろう付後の引張強さ」,「ろう付後の孔食電位」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」の各値が変化するものと考えられ,ろう付け条件をどのようにした場合の値であるか不明であるので,本件訂正前の請求項1〜4に係る発明は明確であるとはいえない旨,指摘した。
また,令和2年11月9日付けの取消理由通知書(決定の予告)でも,上記と同様の指摘をした。
これに対して,特許権者は,令和3年1月12日提出の意見書において,本件発明1〜5では,ろう付後の引張強さ,孔食電位,圧延面の平均結晶粒径について物性値を規定しているが,これらの物性値は,当業者において選定される加熱条件によって変わるとしても,どのような加熱条件においても本件発明1〜5で特定された物性値を満たすと主張した。
以上の主張によれば,本件訂正後の請求項1及び3に記載される「ろう付後の引張強さ」,「ろう付後の孔食電位」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」の各値は,当業者において選定される加熱条件によって変わるとしても,どのような加熱条件においてもその各値を満たすことを意味するものであり,その意味は明確であるから,取消理由3’(明確性要件),取消理由3(明確性要件)は解消した。
したがって,取消理由3’(明確性要件),取消理由3(明確性要件)によっては,本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

2 取消理由1’(新規性),取消理由1(新規性),申立理由1−1(新規性),申立理由2−1(進歩性
(1)甲1に記載された発明
甲1の記載(請求項1,2,【0001】,【0006】,【0007】,【0010】,【0017】,【0022】,【0023】,【0027】,【0034】,【0040】〜【0047】,表1〜4)によれば,特に,実施例20,比較例11,実施例9(【0034】,【0036】,【0040】,表1〜4)にそれぞれ着目すると,甲1には,以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,Mn:1.80%,Si:1.15%,Fe:0.20%,Zn:2.50%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが163MPaで,鋳造されて鋳塊とされて,480℃10h均質化処理,一般的な熱間圧延,一般的な冷間圧延を経て製造される,板厚0.05mm,調質H14のアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲1発明1」という。)

「質量%で,Mn:1.55%,Si:1.05%,Fe:0.30%,Zn:2.50%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが139MPaで,鋳造されて鋳塊とされて,470℃15h均質化処理,一般的な熱間圧延,一般的な冷間圧延を経て製造される,板厚0.05mm,調質H14のアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲1発明2」という。)

「質量%で,Mn:1.70%,Si:1.15%,Fe:0.30%,Zn:2.50%,Cu:0.05%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが161MPaで,鋳造されて鋳塊とされて,470℃1h均質化処理,一般的な熱間圧延,一般的な冷間圧延を経て製造される,板厚0.05mm,調質H14のアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲1発明3」という。)

(2)本件発明1について
ア 甲1発明1との対比
(ア)対比
本件発明1と甲1発明1とを対比する。
本件発明1の組成と,甲1発明1の組成とは,いずれも,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
以上によれば,本件発明1と甲1発明1とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1−1
本件発明1では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲1発明1では,「ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが163MPa」であり,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点1−1の検討
a まず,相違点1−1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
(a)本件発明1では,「ろう付後の引張強さ」が「130MPa以上145MPa以下」であるのに対して,甲1発明1では,「ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さ」が「163MPa」である以上,両者は,「ろう付後の引張強さ」が異なるものである。
(b)甲1には,フィン材の固相線温度については,何ら具体的に記載されていない。
ここで,本件明細書には,「固相線温度は,成分の設定により達成することができる。」(【0019】)と記載されていることから,本件発明1に係るフィン材は,請求項1に記載される所定の組成を有するアルミニウム合金のうち,「固相線温度が615℃以上」となる組成のものに限定されたものと解されるから,請求項1に記載される組成を有するアルミニウム合金であれば,その「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるとはいえない。
そうすると,甲1発明1の組成は,上記のとおり,本件発明1の組成と一致するものであるが,そのことのみでは,甲1発明1に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
(c)甲1には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲1には,Znの含有量を0.05〜5.0質量%とすることにより,所定の電位とすることが記載されているものの(【0018】),そうであるからといって,甲1発明1に係るフィン材の「ろう付後の孔食電位」が,必ず「−1000〜−870mVの範囲」であるかどうかは不明である。
(d)甲1には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0022】)によれば,本件発明1においては,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「180μm〜800μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲1発明1に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが163MPa」であり,また,甲1には,耐ろう侵食性に優れることが記載されているものの(【0010】,【0048】),そうであるからといって,甲1発明1に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「180μm〜800μmの範囲」であるかどうかは不明である。
(e)申立人は,甲1の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明1のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明1のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,請求項1に記載の「ろう付後の孔食電位」及び「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
以下,検討する。
本件明細書には,本件発明1に係るフィン材の製造方法について,「本発明の組成成分に調整した鋳塊は,常法により製造することができる。鋳造時の鋳造速度は,0.2〜10℃/sとするのが望ましい。・・・上記鋳塊を好適には350〜480℃×2〜15時間の条件で均質化することが望ましい。」(【0027】),「前記素材は,常法により熱間加工,冷間加工を行うことができる。その条件は常法により行うことが可能である。」(【0028】)と記載されている。また,本件明細書の実施例においては,表1に示す組成(残部Al+不可避不純物)を有するアルミニウム合金を,半連続鋳造法により,鋳造速度0.6〜2.5℃/秒で溶解,鋳造し,得られた鋳塊に対し,表2,3に示す条件(400〜520℃×5〜12時間)にて均質化処理を行い,その後,熱間圧延を行い,75%以上で冷間圧延を行った後,350℃にて中間焼鈍を行い,その後圧延率40%の最終圧延を行うことが記載されている(【0031】,表1〜3)。
一方,甲1には,甲1発明1に係るフィン材の製造方法について,「表1に示す含有量で各元素を含有し,残部がAlと不可避不純物からなるアルミニウム合金溶湯を鋳造して鋳塊を作製し,表2に示す条件(当審注:実施例20では,480℃,10h)で均質化処理を行い,その後,熱間圧延,冷間圧延を順次行い,板厚0.05mm,調質H14のフィン材を製造した。なお,熱間圧延および冷間圧延の条件は,一般的に用いられる条件を用いた。」(【0034】,表1,2)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び冷間圧延(中間焼鈍を含む)については,その具体的な条件は不明である。
以上によれば,甲1発明1に係るフィン材が,本件発明1に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
この点,申立人は,鋳造速度を0.6〜2.5℃/秒とすること,中間焼鈍前に75%以上で冷間圧延を行い,中間焼鈍後に圧延率40%の最終圧延を行うこと,中間焼鈍温度を350℃とすることは,一般的に用いられる条件であるとも述べるが,そのように認めるに足りる証拠はない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
(f)以上によれば,相違点1−1は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。

b 次に,相違点1−1の容易想到性について検討する。
上記aで述べたとおり,甲1には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら具体的に記載されていないから,本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても,甲1発明1において,フィン材の固相線温度を615℃以上とすること,フィン材のろう付後の孔食電位を−1000〜−870mVの範囲とすること,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径を180μm〜800μmの範囲とすることが動機付けられるとはいえない。
そうすると,甲1発明1において,少なくとも,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ 甲1発明2との対比
(ア)対比
本件発明1と甲1発明2とを対比する。
本件発明1の組成と,甲1発明2の組成とは,いずれも,Mn,Si,Fe,Znを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲1発明2における「ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが139MPa」は,本件発明1における「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下」に相当する。
以上によれば,本件発明1と甲1発明2とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1−2
本件発明1では,「固相線温度が615℃以上」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲1発明2では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点1−2の検討
a 相違点1−2は,ろう付後の引張強さの点を除けば,上記ア(イ)で検討した相違点1−1と同様のものであるから,上記ア(イ)aで述べたのと同様の理由により,相違点1−2は実質的な相違点である。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
b また,上記ア(イ)bで述べたのと同様の理由により,甲1発明2において,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明1は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明1は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明3について
ア 対比
本件発明3と甲1発明3とを対比する。
本件発明3の組成と,甲1発明3の組成とは,いずれも,Mn,Si,Fe,Zn,Cuを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
以上によれば,本件発明3と甲1発明3とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点1−3
本件発明3では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲1発明3では,「ろう付処理(窒素雰囲気中,600℃,3分間)後の引張強さが161MPa」であり,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

(イ)相違点1−3の検討
a 相違点1−3は,上記(2)ア(イ)で検討した相違点1−1と同様のものであるから,上記(2)ア(イ)aで述べたのと同様の理由により,相違点1−3は実質的な相違点である。
したがって,本件発明3は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
b また,上記(2)ア(イ)bで述べたのと同様の理由により,甲1発明3において,少なくとも,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明3は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり,本件発明3は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)本件発明4及び5について
本件発明4及び5と,甲1発明1〜3とを対比すると,上記(2),(3)と同様に,両者は,少なくとも,相違点1−1〜1−3と同様の点で相違するところ,これらの相違点については,上記(2),(3)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明4及び5は,甲1に記載された発明であるとはいえず,また,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(5)まとめ
以上のとおり,本件発明1及び3〜5は,甲1に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明1及び3〜5は,甲1に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,取消理由1’(新規性),取消理由1(新規性),申立理由1−1(新規性),申立理由2−1(進歩性)によっては,本件特許の請求項1及び3〜5に係る特許を取り消すことはできない。

3 取消理由2’(新規性),取消理由2(新規性),申立理由1−3(新規性),申立理由2−3(進歩性
(1)甲3に記載された発明
甲3の記載(請求項1,3,【0008】,【0017】,【0019】〜【0024】,表1,2)によれば,特に,試験材2(【0019】〜【0024】,表1,2)に着目すると,甲3には,以下の発明が記載されていると認められる。

「重量%で,Mn:1.7重量%,Si:0.8重量%,Fe:0.3重量%,Zn:4.8重量%,Cu:0.2重量%を含有し,残部Alおよび不可避的不純物からなる組成を有し,ろう付け時と同様,窒素ガス中で600℃3分間加熱した後,測定した引張強さが156MPaで,孔食電位が−850(mV vs SCE)であり,鋳造されて鋳塊となり,均質化処理後,熱間圧延,冷間圧延され,340℃の中間焼鈍を経て仕上げ冷間圧延を経て製造された,0.07mm厚さのアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲3発明」という。)

(2)本件発明3について
ア 対比
本件発明3と甲3発明とを対比する。
本件発明3の組成と,甲3発明の組成とは,いずれも,Mn,Si,Fe,Zn,Cuを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
以上によれば,本件発明3と甲3発明とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有するアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点3
本件発明3では,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲3発明では,「ろう付け時と同様,窒素ガス中で600℃3分間加熱した後,測定した引張強さが156MPaで,孔食電位が−850(mV vs SCE)」であり,固相線温度,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

イ 相違点3の検討
(ア)まず,相違点3が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 本件発明3では,「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」であるのに対して,甲3発明では,「ろう付け時と同様,窒素ガス中で600℃3分間加熱した後,測定した引張強さが156MPaで,孔食電位が−850(mV vs SCE)」である以上,両者は,「ろう付後の引張強さ」,「ろう付後の孔食電位」が異なるものである。
b 甲3には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲3発明の組成は,上記のとおり,本件発明3の組成と一致するものであるが,上記2(2)ア(イ)a(b)で述べたのと同様の理由により,甲3発明に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
c 甲3には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0022】)によれば,本件発明3においては,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「180μm〜800μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲3発明に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け時と同様,窒素ガス中で600℃3分間加熱した後,測定した引張強さが156MPa」であり,また,甲3には,ろう付け性が良好であることが記載されているものの(【0022】),そうであるからといって,甲3発明に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「180μm〜800μmの範囲」であるかどうかは不明である。
d 申立人は,甲3の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明3のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明3のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,請求項3に記載の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲3には,甲3発明に係るフィン材の製造方法について,「表1に示す組成のアルミニウム合金を溶解,鋳造し,得られた鋳塊を均質化処理後,熱間圧延,冷間圧延し,中間焼鈍を経て仕上げ冷間圧延を行って,0.07mm厚さのアルミニウム合金フィン材を得た。中間焼鈍温度は340℃とした。」(【0019】,表1)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度,均質化処理及び冷間圧延については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記2(2)ア(イ)a(e)で述べたのと同様の理由により,甲3発明に係るフィン材が,本件発明3に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
e 以上によれば,相違点3は実質的な相違点である。
したがって,本件発明3は,甲3に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点3の容易想到性について検討する。
上記(ア)で述べたとおり,甲3には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていないから,本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても,甲3発明において,フィン材の固相線温度を615℃以上とすること,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径を180μm〜800μmの範囲とすることが動機付けられるとはいえない。
そうすると,甲3発明において,少なくとも,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明3は,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明3は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4及び5について
本件発明4及び5と,甲3発明とを対比すると,上記(2)と同様に,両者は,少なくとも,相違点3と同様の点で相違するところ,この相違点については,上記(2)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明4及び5は,甲3に記載された発明であるとはいえず,また,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明3及び5は,甲3に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明3〜5は,甲3に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,取消理由2’(新規性),取消理由2(新規性),申立理由1−3(新規性),申立理由2−3(進歩性)によっては,本件特許の請求項3〜5に係る特許を取り消すことはできない。

4 申立理由1−2(新規性),申立理由2−2(進歩性
(1)甲2に記載された発明
甲2の記載(請求項1,【0007】,【0022】,【0024】〜【0035】,【0043】,表1,2)によれば,特に,請求項1の記載を前提として,合金No.6を用いたフィン材No.8(【0024】〜【0027】,【0030】,表1,2)に着目すると,甲2には,以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,Mn:1.6%,Si:0.8%,Fe:0.2%,Zn:1.5%,Zr:0.15%を含有し,残部Alと不可避的不純物からなり,ろう付け前の引張強さが190MPaであり,ろう付け後の引張強さが145MPaであり,連続鋳造により上記組成を有するアルミニウム合金を造塊し,常法に従って均質化処理後した後,熱間圧延し,ついで冷間圧延(加工度88〜96%)した後,中間焼鈍(温度200〜400℃)及び仕上げ冷間圧延(加工度13〜70%)を経て製造された,厚み0.07mmのアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲2発明」という。)

(2)本件発明2について
ア 対比
本件発明2と甲2発明とを対比する。
本件発明2の組成と,甲2発明の組成とは,いずれも,Mn,Si,Fe,Zn,Zrを含有し,残部がAlと不可避不純物からなる点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲2発明における「ろう付け後の引張強さが145MPa」は,本件発明2における「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下」に相当する。
以上によれば,本件発明2と甲2発明とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%を含有し,前記組成成分として,さらに質量%で,Zr:0.05〜0.25%を含有し,残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し,ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下であるアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点2
本件発明2では,「固相線温度が615℃以上」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲2発明では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。

イ 相違点2の検討
(ア)まず,相違点2が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲2には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲2発明の組成は,上記のとおり,本件発明2の組成と一致するものであるが,上記2(2)ア(イ)a(b)で述べたのと同様の理由により,甲2発明に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
b 甲2には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲2には,Znの含有量を0.5〜3質量%とすることにより,電位を卑とすることが記載されているものの(【0015】),そうであるからといって,甲2発明に係るフィン材の「ろう付後の孔食電位」が,必ず「−1000〜−870mVの範囲」であるかどうかは不明である。
c 甲2には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0022】)によれば,本件発明2においては,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「180μm〜800μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲2発明に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後の引張強さが145MPa」であり,また,甲2には,ろう付け性に優れることが記載されているものの(【0043】),そうであるからといって,甲2発明に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「180μm〜800μmの範囲」であるかどうかは不明である。
d 申立人は,甲2の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明2のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明2のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,請求項1に記載の「ろう付後の孔食電位」及び「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲2には,甲2発明に係るフィン材の製造方法について,「連続鋳造により,表1に示す組成(合金No.1〜12に示す組成)を有するアルミニウム合金を造塊し,常法に従って均質化処理後した後,熱間圧延し,ついで冷間圧延(加工度88〜96%)した後,中間焼鈍(温度200〜400℃)及び仕上げ冷間圧延(加工度13〜70%)を経て厚み0.07mmのアルミ合金フィン材を製造した,」(【0024】,表1)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記2(2)ア(イ)a(e)で述べたのと同様の理由により,甲2発明に係るフィン材が,本件発明2に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
f 以上によれば,相違点2は実質的な相違点である。
したがって,本件発明2は,甲2に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点2の容易想到性について検討する。
上記(ア)で述べたとおり,甲2には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていないから,本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても,甲2発明において,フィン材の固相線温度を615℃以上とすること,フィン材のろう付後の孔食電位を−1000〜−870mVの範囲とすること,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径を180μm〜800μmの範囲とすることが動機付けられるとはいえない。
そうすると,甲2発明において,「固相線温度が615℃以上」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明2は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明2は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3) 本件発明4及び5について
本件発明4及び5と,甲2発明とを対比すると,上記(2)と同様に,両者は,少なくとも,相違点2と同様の点で相違するところ,この相違点については,上記(2)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明4及び5は,甲2に記載された発明であるとはいえず,また,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明2は,甲2に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明2,4及び5は,甲2に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1−2(新規性),申立理由2−2(進歩性)によっては,本件特許の請求項2,4及び5に係る特許を取り消すことはできない。

5 申立理由1−4(新規性),申立理由2−4(進歩性
(1)甲4に記載された発明
甲4の記載(請求項1,【0007】,【0023】,【0025】〜【0036】,【0044】,表1,2)によれば,特に,請求項1の記載を前提として,合金No.6を用いたフィン材No.8(【0025】〜【0028】,【0031】,表1,2)に着目すると,甲4には,以下の発明が記載されていると認められる。

「質量%で,Mn:1.6%,Si:0.8%,Fe:0.2%,Zn:1.5%,Zr:0.16%,Cu:0.15%を含有し,残部Alと不可避的不純物からなり,ろう付け前の引張強さが182MPaであり,ろう付け後の引張強さが150MPaであり,連続鋳造により上記組成を有するアルミニウム合金を造塊し,常法に従って均質化処理後した後,熱間圧延し,ついで冷間圧延(加工度88〜96%)した後,中間焼鈍(温度200〜400℃)及び仕上げ冷間圧延(加工度13〜70%)を経て製造された,厚み0.07mmのアルミニウム合金フィン材。」(以下,「甲4発明」という。)

(2)本件発明3について
ア 対比
本件発明3と甲4発明とを対比する。
本件発明3の組成と,甲4発明の組成とは,少なくとも,Mn,Si,Fe,Zn,Cuを含有する点で共通し,これら各成分の含有量も重複一致する。
甲4発明における「ろう付け後の引張強さが150MPa」は,本件発明3における「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」に相当する。
以上によれば,本件発明3と甲4発明とは,
「質量%で,Mn:1.3〜1.8%,Si:0.8〜1.3%,Fe:0.10〜0.35%,Zn:1.5〜5.0%,Cu:0.03〜0.20%を含有する組成を有し,ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下であるするアルミニウム合金フィン材。」
の点で一致し,以下の点で相違する。
・相違点4−1
本件発明3では,「固相線温度が615℃以上」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」であるのに対して,甲4発明では,固相線温度,ろう付後の孔食電位,ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が,いずれも不明である点。
・相違点4−2
本件発明3では,それぞれ所定量のMn,Si,Fe,Zn,Cuを含有するほかは,「残部がAlと不可避不純物からなる」組成であり,合金成分としては「Zr」を含有しないのに対して,甲4発明では,それぞれ所定量のMn,Si,Fe,Zn,Cuを含有するほかに,合金成分として,さらに所定量の「Zr」を含有し,「残部Alと不可避的不純物からな」る点。

イ 相違点4−1の検討
(ア)まず,相違点4−1が実質的な相違点であるか否かについて検討する。
a 甲4には,フィン材の固相線温度については,何ら記載されていない。
甲4発明の組成は,上記のとおり,本件発明3の組成と共通するものであるが,上記2(2)ア(イ)a(b)で述べたのと同様の理由により,甲4発明に係るフィン材の「固相線温度」が,必ず「615℃以上」であるかどうかは不明である。
b 甲4には,フィン材のろう付後の孔食電位については,何ら記載されていない。
甲4には,Znの含有量を0.5〜3質量%とすることにより,電位を卑とすることが記載されているものの(【0016】),そうであるからといって,甲4発明に係るフィン材の「ろう付後の孔食電位」が,必ず「−1000〜−870mVの範囲」であるかどうかは不明である。
c 甲4には,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていない。
本件明細書の記載(【0004】,【0022】)によれば,本件発明3においては,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を「180μm〜800μmの範囲」とすることにより,ろう付け後の強度を確保できるとともに,ろう浸食(座屈)を防止できるものと解される。
一方,甲4発明に係るフィン材は,上記のとおり,「ろう付け後の引張強さが150MPa」であり,また,甲4には,ろう付け性に優れることが記載されているものの(【0044】),そうであるからといって,甲4発明に係るフィン材の「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」が,必ず「180μm〜800μmの範囲」であるかどうかは不明である。
d 申立人は,甲4の実施例に記載のろう付け処理後のフィン材は,本件発明3のフィン材と組成が一致するアルミニウム合金を用いて,本件発明3のフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるから,請求項3に記載の「ろう付後の孔食電位」及び「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径」を満たしている蓋然性が高いと主張する。
しかしながら,甲4には,甲4発明に係るフィン材の製造方法について,「連続鋳造により,表1に示す組成(合金No.1〜12に示す組成)を有するアルミニウム合金を造塊し,常法に従って均質化処理後した後,熱間圧延し,ついで冷間圧延(加工度88〜96%)した後,中間焼鈍(温度200〜400℃)及び仕上げ冷間圧延(加工度13〜70%)を経て厚み0.07mmのアルミ合金フィン材を製造した,」(【0025】,表1)と記載されているものの,少なくとも,鋳造速度及び均質化処理については,その具体的な条件は不明である。
そうすると,上記2(2)ア(イ)a(e)で述べたのと同様の理由により,甲4発明に係るフィン材が,本件発明3に係るフィン材と同様の熱処理条件及び加工条件を用いて製造されたものであるとはいえない。
よって,申立人の主張は,その前提において失当であり,採用することができない。
f 以上によれば,相違点4−1は実質的な相違点である。
したがって,相違点4−2について検討するまでもなく,本件発明3は,甲4に記載された発明であるとはいえない。

(イ)次に,相違点4−1の容易想到性について検討する。
上記(ア)で述べたとおり,甲4には,フィン材の固相線温度,フィン材のろう付後の孔食電位,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径については,何ら記載されていないから,本件特許についての出願時の技術常識を考慮しても,甲4発明において,フィン材の固相線温度を615℃以上とすること,フィン材のろう付後の孔食電位を−1000〜−870mVの範囲とすること,フィン材のろう付後の圧延面の平均結晶粒径を180μm〜800μmの範囲とすることが動機付けられるとはいえない。
そうすると,甲4発明において,少なくとも,「固相線温度が615℃以上」,「前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲」と特定することは,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,相違点4−2について検討するまでもなく,本件発明3は,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

ウ 小括
以上のとおり,本件発明3は,甲4に記載された発明であるとはいえず,また,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(3)本件発明4及び5について
本件発明4及び5と,甲4発明とを対比すると,上記(2)と同様に,両者は,少なくとも,相違点4−1と同様の点で相違するところ,この相違点については,上記(2)で述べたのと同様の理由により,実質的な相違点であり,また,当業者が容易に想到することができたとはいえない。
したがって,本件発明4及び5は,甲4に記載された発明であるとはいえず,また,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

(4)まとめ
以上のとおり,本件発明3及び5は,甲4に記載された発明であるとはいえない。
また,本件発明3〜5は,甲4に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
したがって,申立理由1−4(新規性),申立理由2−4(進歩性)によっては,本件特許の請求項3〜5に係る特許を取り消すことはできない。

6 申立理由3(実施可能要件
(1)申立人は,本件訂正前の請求項1に係る発明は,「ろう付後の引張強さが130MPa以上」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−830mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm〜800μmの範囲にある」との構成要件を採用するが,本件訂正前の明細書には,どのようにすれば,アルミニウム合金フィン材のろう付後の引張強さ,孔食電位及び圧延面の平均結晶粒径を,本件訂正前の請求項1に規定の範囲に調節することができるかが記載されていないから,当業者が,本件訂正前の請求項1〜4に係る発明を実施することは容易ではないと主張する。
以下,検討する。

(2)ア 本件明細書には,フィン材の組成成分(【0013】〜【0018】),固相線温度(【0019】),ろう付後の引張強さ(【0020】),ろう付後の孔食電位(【0021】),ろう付後の圧延面の平均結晶粒径(【0022】)の各事項について,具体的な説明がなされている。
イ また,本件明細書には,フィン材の製造方法(【0024】,【0027】,【0028】)について,具体的な説明がなされており,これらの記載によれば,
(ア)本件発明1〜5の組成成分に調整した鋳塊は,常法により製造することができ,鋳造時の鋳造速度は,0.2〜10℃/sとするのが望ましいこと,
(イ)上記鋳塊を好適には350〜480℃×2〜15時間の条件で均質化することが望ましく,これにより,円相当径0.05〜0.4μmの範囲にある第二相粒子が20〜80個/μm2で分散した素材が得られること,
(ウ)ろう付前の素材の状態で,上記(イ)の第二相粒子を適量分散することで,ろう付熱処理後の結晶粒が大きくなり,耐ろう浸食性が増すため,ろう付けに際し座屈が生じにくくなること,
が理解できる。
ウ そして,本件明細書には,実施例における「発明例」(表1,表2)として,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下」又は「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にある」との各条件を満たすフィン材を製造したことが記載されており,具体的には,本件発明1〜5の条件を満たす表1に示す組成(残部Al+不可避不純物)を有するアルミニウム合金を,半連続鋳造法により,鋳造速度0.6〜2.5℃/秒で溶解,鋳造し,得られた鋳塊に対し,表2,3に示す条件(400〜520℃×5〜12時間)にて均質化処理を行い,その後,熱間圧延を行い,75%以上で冷間圧延を行った後,350℃にて中間焼鈍を行い,その後圧延率40%の最終圧延を行ったことが記載されている(【0031】,表1〜3)。
また,上記「発明例」以外のフィン材についても,当業者であれば,本件明細書の記載に基づき,本件発明1〜5の条件を満たす組成を有するアルミニウム合金を用いて,上記の製造方法により製造することができる。
エ 以上によれば,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて,「固相線温度が615℃以上」,「ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下」又は「ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下」,「ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にある」,「ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にある」との各条件を満たす,本件発明1〜5に係るフィン材を製造することができるといえる。

(3)よって,申立人の主張は,採用することができない。
したがって,申立理由3(実施可能要件)によっては,本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。

第6 むすび
以上のとおり,取消理由通知書に記載した取消理由及び特許異議申立書に記載した特許異議の申立ての理由によっては,本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すことはできない。また,他に本件特許の請求項1〜5に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって,結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (54)【発明の名称】アルミニウム合金フィン材
【技術分野】
【0001】
この発明は、熱交換器に好適に用いられるアルミニウム合金フィン材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃費向上や省スペース化の観点から熱交換器は軽量化傾向にあり、そのため使用部材には薄肉高強度化が求められる。特にフィン材は使用量が多いことからその要求が強い。このため、成分添加量を調整したアルミニウム合金フィン材が、いままでにもいくつか提案されている(例えば特許文献1〜5参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−31778号公報
【特許文献2】特開2008−308761号公報
【特許文献3】特開2012−126950号公報
【特許文献4】特開平5−263173号公報
【特許文献5】特開平7−18358号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、単純に成分添加量を増加させると高強度化は達成できても、融点(固相線温度)の低下によってろう付時にろう浸食によるフィンの座屈が生じる。そのため、薄肉熱交換器専用のろう付製造ラインを必要としたり、製造条件が狭い範囲に限定されるなど生産上の問題が生じる。さらに、近年の熱交換器は軽量化のために冷媒通路であるチューブにも高強度材が使用される傾向にある。一般に高強度材は耐食性が悪く、フィンによる犠牲陽極効果をより効果的に発揮させなければチューブの耐食性を長期間確保するのが困難になる。また、チューブの耐食性を確保するために、フィンによる犠牲陽極効果だけでなく、チューブろう材にZnを添加することでチューブ自身の耐食性を向上させようとすることもあるが、その場合にはろう付時にフィンとチューブの接合部にZnが濃縮することで接合部の電位が卑となる。そのような状況のコアが腐食環境に哂された場合には接合部が優先的に腐食してしまい、フィンとチューブが早期に分離(フィン剥離)してしまう。その場合にはチューブに対するフィンの犠牲陽極効果が無くなってしまうため、チューブの耐食性が著しく劣化してしまう。さらに、薄肉高強度フィンでは腐食環境において腐食による消耗が大きくなってしまい、長期使用後に性能維持が困難になるという問題も生じる。
【0005】
本発明は、上記事情を背景としてなされたものであり、高強度でろう付け性に優れ、チューブに対する十分な犠牲陽極効果を長期間にわたって有したうえに自己耐食性に優れたアルミニウム合金フィン材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで本発明では、フィン材の成分を適正化するとともにろう付時の耐ろう浸食性の改善策として所定以上の融点(固相線温度)を有し、かつろう付時の結晶粒径を粗大とすることで、高強度かつろう付性に優れるフィンを得ている。具体的には微細な第二相粒子の分布状態を制御することでこれを実現している。また、フィンとチューブ接合部での各箇所における電位の貴卑においてフィンと接合部の孔食電位差を小さくして接合部の優先腐食を防ぐ、さらにはフィンが最も卑となるようなバランスとする。具体的にはフィンの電位を卑な値に調整することで、チューブに対して長期間優れた犠牲陽極効果を付与できるようにした。一方、フィン材の電位が卑な場合は、貴な場合に比べてフィンの自己耐食性は劣化しやすくなるが、これに関しては、ろう付後の粗大な第二相粒子の組成を制御することで自己耐食性を向上させている。
【0007】
すなわち、本発明のアルミニウム合金フィン材のうち、第1の本発明は、質量%で、Mn:1.3〜1.8%、Si:0.8〜1.3%、Fe:0.10〜0.35%、Zn:1.5〜5.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し、固相線温度が615℃以上で、ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下、前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり、さらに、前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とする。
【0008】
第2の本発明のアルミニウム合金フィン材は、前記第1の本発明において、前記組成成分として、さらに質量%で、Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする。
【0009】
第3の本発明のアルミニウム合金フィン材は、質量%で、Mn:1.3〜1.8%、Si:0.8〜1.3%、Fe:0.10〜0.35%、Zn:1.5〜5.0%、Cu:0.03〜0.20%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し、固相線温度が615℃以上で、ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下、前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり、さらに、前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とする。
【0010】
第4の本発明のアルミニウム合金フィン材は、前記第1または第3の本発明において、前記ろう付後に母相中に分布する第二相粒子のうち、円相当径が0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物中のMn、Fe、Siの含有量の平均が、前記化合物中の原子%でFe/(Mn+Si)<0.25の関係を満足することを特徴とする。
【0011】
第5の本発明のアルミニウム合金フィン材は、前記第3または第4の本発明において、前記組成成分として、さらに質量%で、Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする。
【0012】
以下に、本発明の限定理由について説明する。なお、組成中の成分含有量はいずれも質量%で示される。
【0013】
Mn:1.3〜1.8%
Mnは、SiやFe等とAl−Mn−Si系、あるいはAl−(Mn、Fe)−Si系の金属間化合物(分散粒子)を生成することでろう付後のフィンの強度を向上させる効果を有している。その含有量が1.3%未満では、その効果が十分発揮されず、1.8%を超えると、Al−(Mn、Fe)−Si系の金属間化合物の巨大晶が生成してアルミニウム合金板の製造性が大幅に低下する。そのため、Mn含有量は1.3%〜1.8%に定める。なお、同様の理由により、下限は1.5%、上限は1.75%とするのが望ましい。
【0014】
Si:0.7〜1.3%
Siは、Al−Mn−Si系、あるいはAl−(Mn、Fe)−Si系金属間化合物(分散粒子)を析出させ、分散強化によるろう付後の強度を得るために含有させる。ただし、0.7%未満の含有では、Al−Mn−Si系、あるいはAl−(Mn、Fe)−Si系金属間化合物による分散強化の効果が小さく、所望のろう付後強度が得られない。一方、1.3%を超えて含有するとSiの固溶量が大きくなり、固相線温度(融点)が低下し、ろう付時に著しいろう侵食が生じやすくなる。なお、同様の理由で下限を0.9%、上限を1.2%とするのが望ましい。
【0015】
Fe:0.10〜0.35%
Feの含有によって、Al−(Mn、Fe)−Si系化合物による分散強化が得られ、ろう付後強度が向上する。このため、Fe含有量を0.10%以上とする。また、Feの合有量が0.35%を超えると、鋳造時に粗大化した晶出物(金属間化合物)が腐食の起点となることで、フィン材の自己耐食性が低下するおそれがある。
【0016】
Zr:0.05〜0.25%
Zrは、ろう付後のフィンの結晶粒径を粗大化するため、およびろう付後のフィンの強度を向上させるため含有させる。ただし、Zrの含有量が0.05%未満であると、ろう付後のフィンの結晶粒径を粗大化する効果と強度を向上させる効果が十分に得られない。一方、Zrが0.25%を超えて含有すると、巨大晶が生成しやすく、アルミニウム合金板の製造性が大幅に低下する。これらの理由により、Zrの含有量を0.05〜0.25%に定める。
【0017】
Cu:0.03〜0.20%
Cuは、固溶強化によりろう付後強度を向上させるので、所望により含有させる。ただし、0.03未満ではその効果が十分に得られない。また0.20%を超えて含有するとフィンの自己耐食性が低下するので、所望により含有させる場合は、Cu含有量を0.03〜0.20%とする。ただし、0.03%未満でCuを不可避不純物として含有してもよい。
【0018】
Zn:1.5〜5.0%
Znは、電位を卑にしてチューブに対する犠牲陽極効果を得るため含有させる。Zn含有量が1.5%未満であると、電位の卑化が不十分となり犠牲陽極効果が十分に得られない。一方、5.0%を超えて含有すると、電位が卑になりすぎて、フィンの自己耐食性が低下するおそれがある。
【0019】
固相線温度:615℃以上
固相線温度を615℃以上とすることで、ろう付け時のろう浸食を防止し、座屈を防止する。なお、同様の理由で固相線温度が617℃以上であるのが望ましい。固相線温度は、成分の設定により達成することができる。
【0020】
ろう付後引張強さ:130MPa以上
熱交換器として使用される際の強度保障としてろう付後の引張強さが130MPa以上であることが必要である。
【0021】
ろう付後孔食電位:−1000〜−830mV
ろう付後の孔食電位を設定することで良好な犠牲陽極効果が得られる。このため、ろう付後孔食電位を−830mV以下とする。この電位よりも貴な孔食電位では、例えばZn含有ろう材も持つチューブ材と組み合わせた場合に、接合部の電位に対して、フィンの電位が卑となるため、接合部が優先腐食することでフィンの早期剥離が生じることで犠牲陽極効果が不十分となりチューブに腐食が発生しやすくなる。一方、孔食電位が−1000mVよりも卑となると、フィンの自己耐食性が低下するため、−1000mV以上とする。
【0022】
ろう付後の圧延面の平均結晶粒径:150μm〜800μm
ろう侵食は結晶粒界で優先的に生じるから、結晶粒径が微細だと結晶粒界の数(面積)が増えるのでろう侵食されやすくなる。ろう付後の強度はろう付後の結晶粒径が粗大になり過ぎると低下する。すなわち、ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm未満であると、耐ろう侵食性が低下し、800μmを超えると、ろう付後強度の低下を招く。
当該材はろう付するとその昇温過程(ろうが溶融する温度よりも低い温度)で再結晶する。再結晶した後では結晶粒の大きさは殆ど変化しない。したがって、ろうによる侵食時に形成されている再結晶粒の大きさ=ろう付後の再結晶粒の大きさとなるため、ろう付後の粒径で観察することができる。
【0023】
円相当径で0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物中のMn、Fe、Siの合有量の平均が、前記化合物中の原子%でFe/(Mn+Si)<0.25
Al合金の腐食はFeを含有する化合物によって促進される。一方、Feを含有しない化合物は腐食を促進しにくい。したがって、化合物中のFe/(Mn+Si)比が小さいというのは、腐食を促進しにくい化合物が形成されていることを意味する。ただし、化合物が存在するとAl合金の腐食が促進されるが、その効果は微細な化合物では影響が少ない。その目安となるサイズが0.5μm以上である。
したがって、円相当径で0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物における上記比を満たすことで、化合物がAl合金の腐食を促進する効果を低減することができる。
上記比は、0.22以下であるのがさらに望ましい。また、同様の理由で上記比が0.13以上であるのが一層望ましい。
上記比は、製造時に材料成分、製造時の鋳造速度、および均質化処理条件などによって達成することができる。
【0024】
加工前の素材において円相当径0.05〜0.4μmの範囲にある第二相粒子が20〜80個/μm2
第二相粒子は材料の再結晶挙動に影響する。微細な化合物(0.5μm以下)は再結晶を遅延して再結晶後の結晶粒を粗大化する。一方、粗大な化合物は再結晶を促進して再結晶後の結晶粒を微細化する。したがって、ろう付前の素材の状態で0.05〜0.4μmの化合物が多く存在する場合、ろう付熱処理時の再結晶が遅延されてろう付熱処理後の結晶粒が大きくなる。上記第二相粒子を適量分散することで、結晶粒が大きくなり、耐ろう侵食性が増すためろう付けに際し座屈が生じにくくなる。
ただし、80個/μm2を超えると、製造中の冷間圧延続行あるいは調質調整のための焼鈍時に材料が軟化しにくくなり製造に支障をきたす。上記分散量は、30個/μm2以上であるのが一層望ましく、同様の理由で50個/μm2以下であるのが一層望ましい。
上記第二相粒子の分散は、均質化処理を低温、長時間、例えば350〜480℃×2〜15時間などの条件によって行うことで達成される。
【発明の効果】
【0025】
以上説明したように、本発明によれば、高い強度とろう付け時に座屈やろう浸食が生じにくくて良好なろう付け性を有し、ろう付け後に長期間にわたってチューブに対する良好な犠牲陽極効果が得られ、しかもフィン自身の良好な耐食性が得られる効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態のアルミニウム合金フィン材の使用例を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下に、本発明の実施形態を説明する。
本発明の組成成分に調整した鋳塊は、常法により製造することができる。鋳造時の鋳造速度は、0.2〜10℃/sとするのが望ましい。これにより、円相当径で0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物における成分比を調整して、Fe/(Mn+Si)を小さく制御できる。
上記鋳塊を好適には350〜480℃×2〜15時間の条件で均質化することが望ましい。これにより、円相当径で0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物におけるFe/(Mn+Si)比を調整できる。さらには円相当径0.05〜0.4μmの範囲にある第二相粒子が20〜80個/μm2で分散した素材が得られる。
【0028】
前記素材は、常法により熱間加工、冷間加工を行うことができる。その条件は常法により行うことが可能である。
【0029】
上記材料は、図1に示すように、アルミニウム合金フィン材1として提供され、チューブ2やヘッダーなどと組み付けて、ろう付け体としてろう付に供される。ろう付の条件は、本発明としては特に限定されるものではないが、例えば、昇温速度:室温からの平均で40℃/min、保持温度600℃、保持時間3min、冷却速度100℃/minなどの条件で行うことができる。ろう付けによって熱交換器10が得られる。
【0030】
ろう付けされたアルミニウム合金フィン材は、ろう付後の引張強さが130MPa以上、ろう付後の孔食電位が−1000〜−830mVの範囲にあり、さらに、ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が150μm〜800μmの範囲にある。強度、耐食性(チューブに対する犠牲陽極効果と自己耐食性)に優れている。
【実施例1】
【0031】
以下に、本発明の一実施例を比較例と比較しつつ説明する。
表1に示す組成(残部Al+不可避不純物)を有するアルミニウム合金を、半連続鋳造法により溶解、鋳造した。なお、鋳造速度は、0.6〜2.5℃/秒であった。さらに、得られた鋳塊に対し、表2、3に示す条件にて均質化処理を行い、その後、熱間圧延、冷間圧延を行った。
冷間圧延工程では、75%以上で冷間圧延を行った後、350℃にて中間焼鈍を行って、材料を完全に軟化(再結晶)させ、その後圧延率40%の最終圧延を行い、板厚0.06mmで、質別H14のフィン材(供試材)を得た。
ただし本発明の工程はこれに限定されるものではない。例えば、中間焼鈍を150〜250℃の低温で行って、未再結晶状態(完全に軟化させない状態)とし、その後の最終圧延を10〜20%程度の低圧下で行うこともできる。
【0032】
室温から600℃まで平均昇温速度40℃/分で昇温し、600℃で3分保持後、100℃/分の降温速度で降温冷却する熱処理の条件でろう付相当加熱を行った。加熱後のフィン材について、以下の評価試験を行った。試験結果は、表2、3に示した。
【0033】
(素材の化合物の分布状態)
均質化処理後の素材において、円相当径0.05〜0.4μmの範囲にある第二相粒子(分散粒子)の個数密度(個/μm2)を透過型電子顕微鏡(TEM)によって測定した。測定方法は、素材に400℃×15秒のソルトバス焼鈍を行って変形ひずみを除去して化合物を観察しやすくした後、通常の方法で機械研磨、および電解研磨によって薄膜を作製し、透過型電子顕微鏡にて30000倍で写真撮影した。5視野(合計で16μm2程度)について写真撮影し、画像解析によって分散粒子のサイズおよび個数密度を計測した。
【0034】
(ろう付後強度)
作製した前記フィン材に、ろう付相当の熱処理を施した。具体的には、600℃まで平均昇温速度40℃/分で昇温し、600℃で3分保持後、100℃/分の降温速度で降温冷却した。その後、圧延方向と平行にサンプルを切り出してJIS13号B形状の試験片を作製し、引張試験を実施し、引張強さを測定した。結果は、ろう付後TSに示した。引張速度は3mm/分とした。評価基準は表2、3のとおりとした。
【0035】
(孔食電位)
ろう付後の孔食電位をアノード分極測定によって測定した。
フィン材にろう付相当の熱処理を施した。熱処理の条件はろう付後強度に記載と同様の条件である。該ろう付相当熱処理を施したフィン材から分極測定用のサンプルを切り出して50℃に加熱した5%NaOH溶液中に30秒浸漬、その後、30%HNO3溶液中に60秒浸漬、さらに水道水、イオン交換水で洗浄したのみ、乾燥させずにそのまま40℃の2.67%AlC13溶液中、脱気雰囲気、電位掃引速度0.5mV/秒の条件で孔食電位(参照電極は飽和カロメル電極)を室温で測定した。孔食電位は電流密度−電位線図において電流密度が急増する電位と定義した。ただし、明瞭な電流密度の急増が見られない場合は電流密度0.1mA/cm2の電位を孔食電位として測定し、ろう付後Epitに示した。
孔食電位が−830mV〜−1000mVの範囲にあるものを○とした。
【0036】
(ろう浸食性)
作製したフィン材および別途用意した板厚0.2mmのチューブ材(犠牲材7072(15%クラッド)/芯材3003+0.7Cu/ろう材4045+2Zn(10%クラッド))を用い、以下の手順に従ってろう侵食性評価用のミニコア熱交換器を組み上げた。まず、前記フィン材をコルゲート加工した。そして、前記チューブ材に前記フィン材を組み付けた。チューブ材のフィン材との接合部にフラックスを5g/m2の分量で塗布し、ろう付け熱処理を行った。ろう付け600℃まで平均昇温速度40℃/分で昇温し、600℃で3分保持した後、100℃/分の降温速度で降温冷却する条件で実施した。作製したミニコア熱交換器の任意箇所を樹脂埋めして、フィン/チューブ接合部の断面観察を実施した。接合部フィレット直近のフィンを観察し、フィンのろう浸食状態を調査した。
フィンに座屈が発生したものは×、板厚半分未満の軽度な侵食が発生したものは○、侵食がほとんど発生しなかったものは○○とした。
【0037】
(フィンの犠牲陽極効果:チューブの腐食深さ)
(ろう侵食性)に記載と同様の方法でミニコア熱交換器を作製した。組み上がった試験用熱交換器をSST試験に100日間供した。試験後の試験体は、沸騰させたリン酸クロム酸混合溶液中に10分間浸漬することで腐食生成物を除去して、フィンおよびチューブの腐食状況を評価した。
フィンの犠牲陽極効果はフィン間のチューブに発生した腐食深さをもとに評価し、チューブの腐食深さが40μm以上のものは×、40μm未満であったものは○とした。
【0038】
(フィンの自己耐食性)
フィンの自己耐食性は腐食生成物除去後の試験体を樹脂埋めし、任意箇所20箇所について、フィンの断面を取得し、フィンが残存している面積/腐食試験前の面積として求めた。フィンの残存率が80%以上のものは○○、50〜79%のものは○、50%未満のものは×とした。
(固相線温度)
作製した前記フィン材を通常の方法でDTAにて固相線温度を測定した。測定時の昇温速度は室温から500℃までは20℃/min、500〜600℃の範囲は2℃/minとした。リファレンスにはアルミナを用いた。結果は、融点の欄に示した。
(ろう付後の結晶粒径)
ろう付後の結晶粒径を実体顕微鏡によって測定した。
測定方法は、作製したフィン材に前記のろう付相当熱処理を施した後、DAS液に所定時間浸漬し、圧延面の結晶粒組織が明瞭に見えるまでエッチングしたのち、実体顕微鏡によって圧延面の結晶粒組織を観察した。観察倍率は20倍を基本とし、結晶粒が著しく粗大あるいは微細な場合は結晶粒の大きさによって、観察倍率は適宜変更した。5視野について結晶粒組織を撮影し、圧延方向に対して平行方向に切断法によって結晶粒の大きさを計測した。
(化合物中のFe/(Mn+Si)比)の測定
作製したフィン材に上記と同じろう付相当熱処理を施した後、圧延方向平行断面についてCP加工にて断面を露出させ、0.5μm以上の化合物を対象にEPMAの粒子解析で各化合物の定量分析を実施し、Al−Mn−Fe−Si化合物中のMn、Fe、Siの含有量の平均値を求めた。なお、測定面積は50×50μm2とし測定される化合物の数は最低でも300個以上となるように視野数は適宜選択した。化合物中のFe/(Mn+Si)値が、0.3以上で×、0.30未満0.25以上で○、さらに0.25未満で○○とした。
【0039】
(総合評価)
いずれかの項目が×の場合に×として評価した。
ろう付後の孔食電位が○、かつ他の全ての項目が○以上の場合に○
ろう付後の孔食電位が○、かつ他の全ての項目が○○の場合に○○と評価した。
【0040】
【表1】

【0041】
【表2】

【0042】
【表3】

【符号の説明】
【0043】
1 アルミニウム合金フィン材
2 チューブ
10 熱交換器
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Mn:1.3〜1.8%、Si:0.8〜1.3%、Fe:0.10〜0.35%、Zn:1.5〜5.0%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し、固相線温度が615℃以上で、ろう付後の引張強さが130MPa以上145MPa以下、前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり、さらに、前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。
【請求項2】
前記組成成分として、さらに質量%で、Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする請求項1記載のアルミニウム合金フィン材。
【請求項3】
質量%で、Mn:1.3〜1.8%、Si:0.8〜1.3%、Fe:0.10〜0.35%、Zn:1.5〜5.0%、Cu:0.03〜0.20%を含有し、残部がAlと不可避不純物からなる組成を有し、固相線温度が615℃以上で、ろう付後の引張強さが130MPa以上150MPa以下、前記ろう付後の孔食電位が−1000〜−870mVの範囲にあり、さらに、前記ろう付後の圧延面の平均結晶粒径が180μm〜800μmの範囲にあることを特徴とするアルミニウム合金フィン材。
【請求項4】
前記ろう付後に母相中に分布する第二相粒子のうち、円相当径が0.5μm以上のAl−Mn−Fe−Si化合物中のMn、Fe、Siの含有量の平均が、前記化合物中の原子%でFe/(Mn+Si)<0.25の関係を満足することを特徴とする請求項1または3に記載のアルミニウム合金フィン材。
【請求項5】
前記組成成分として、さらに質量%で、Zr:0.05〜0.25%を含有することを特徴とする請求項3または4に記載のアルミニウム合金フィン材。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-12-03 
出願番号 P2015-024594
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C22C)
P 1 651・ 113- YAA (C22C)
P 1 651・ 121- YAA (C22C)
P 1 651・ 537- YAA (C22C)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 粟野 正明
特許庁審判官 池渕 立
井上 猛
登録日 2019-05-17 
登録番号 6526434
権利者 三菱アルミニウム株式会社
発明の名称 アルミニウム合金フィン材  
代理人 横井 幸喜  
代理人 横井 幸喜  

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