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審決分類 審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C09D
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C09D
審判 全部申し立て 2項進歩性  C09D
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C09D
管理番号 1384094
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-03-29 
確定日 2022-02-09 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6762111号発明「ハードコート剤及び積層フィルム」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6762111号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1〜3〕について、訂正することを認める。 特許第6762111号の請求項1〜3に係る特許を維持する。 
理由 特許第6762111号(以下「本件特許」という。)の請求項1〜3に係る特許についての出願は、平成28年3月2日に特願2016−40451号として特許出願され、令和2年9月10日に特許権の設定登録がなされ、同年9月30日に特許掲載公報が発行され、その特許に対し、令和3年3月29日に特許異議申立人である板倉昭夫(以下単に「申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。
特許異議の申立て後の手続の経緯は次のとおりである。
令和3年 7月28日付け 取消理由通知
同年10月 4日 意見書・訂正請求書(特許権者)
同年10月13日付け 訂正請求があった旨の通知
なお、申立人は、令和3年10月13日付けの訂正請求があった旨の通知に対して、指定した期間内に応答しなかった。

第2 訂正の適否について
1.訂正の内容
令和3年10月4日になされた訂正請求による訂正(以下「本件訂正」という。)の趣旨は、「特許第6762111号の特許請求の範囲を本件訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項1〜3について訂正することを求める。」というものであり、本件訂正は、以下の訂正事項1a〜1cからなる(なお、訂正に関連する箇所に下線を付した。)。
(1)訂正事項1a
訂正前の請求項1に「(A)成分:下記式(1)で表される繰り返し単位、及び下記式(2)で表される繰り返し単位を有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、10モル%以上90モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、10モル%以上90モル%以下であり、ポリシルセスキオキサン化合物」と記載されているのを、「(A)成分:下記式(1)で表される繰り返し単位、及び下式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、ポリシルセスキオキサン化合物」に訂正する。
(2)訂正事項1b
訂正前の請求項1に「(R1は反応性官能基を表し、Aは、単結合、又は炭素数1〜10の2価の有機基を表す。R2はアリール基を表す。)」と記載されているのを、「(R1は、光反応性官能基を表し、Aは,下記式(3)【化2】

(式中、R3、R4は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。aは1〜10の整数を表す。aが2以上のとき、式:−C(R3)(R4)−で表される繰返し単位同士は、互いに同一であっても、相異なっていてもよい。)で表されるアルキレン基を表す。R2はアリール基を表す。)」に訂正する。
(3)訂正事項1c
訂正前の請求項1に、「(B)成分:反応性官能基を有する無機フィラー」と記載されているのを「(B)成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー」に訂正する。
(請求項1の記載を直接又は間接的に引用する請求項2〜3も同様に訂正する。)

2.一群の請求項について
請求項2〜3は請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件訂正は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項に対してなされたものである。

3.訂正の適否
(1)訂正の目的
ア.訂正事項1aについて
訂正事項1aは、ポリシルセスキオキサン化合物について、式(1)又は式(2)で表されるもの以外の繰り返し単位を有する場合を除外し、式(1)及び式(2)で表される繰り返し単位の含有割合の範囲を減縮するものである。
イ.訂正事項1bについて
訂正事項1bは、式(1)の「R1」の官能基の「反応性」を「光反応性」のものに限定し、「A」の範囲から、「単結合」を除外し、訂正前の「炭素数1〜10の2価の有機基」の範囲を、式(3)で表される繰り返し単位からなる特定のアルキレン基に限定するものである。
ウ.訂正事項1cについて
訂正事項1cは、「無機フィラー」の「反応性官能基」を「(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基」に限定するものである。
エ.まとめ
以上のことから、本件訂正は、特許法第120条の5第2項第1号に掲げる「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当する。
(2)特許請求の範囲の拡張又は変更の存否
訂正事項1a〜1cは、上記(1)で述べたように「特許請求の範囲の減縮」のみを目的とするものであるから、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではなく、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第6項の規定に適合する。
(3)新規事項の有無
ア.訂正事項1aについて
訂正事項1aは、本件特許明細書の段落0090の「[製造例1]シラン化合物重合体(1)の製造…3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン(…120mmol)、及びフェニルトリメトキシシラン(…120mmol)を、…滴下した。」との記載にある、式(1)と式(2)の繰り返し単位のみからなるポリシルセスキオキサン化合物の具体例、及び、同段落0039の「ポリシルセスキオキサン化合物(A)は、前記式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、…好ましくは30モル%以上70モル%以下…であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、…好ましくは30モル%以上70モル%以下…である化合物である。」との記載から導き出し得るものである。
イ.訂正事項1bについて
訂正事項1bは、同段落0020の「R1の反応性官能基としては、…光反応性官能基が好ましい。」との記載、及び、同段落0021〜23の「Aの2価の有機基としては、下記式(3)で表されるアルキレン基…が上げられる。…式(3)…中、R3、R4は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表し、…a…は…1〜10の整数を表す。a…が…2以上のとき、式:−C(R3)(R4)−で表される繰返し単位同士…は、それぞれ互いに同一であっても、相異なっていてもよい。」との記載から導き出し得るものである。
ウ.訂正事項1cについて
訂正事項1cは、同段落0062の「無機フィラー(B)に含まれる反応性官能基とは、(A)成分の反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基をいう。」との記載から導き出し得るものである。
エ.まとめ
以上のことから、本件訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてしたものであり、特許法第120条の5第9項で準用する同法第126条第5項の規定に適合する。
(4)総括
以上総括するに、本件訂正は、特許法第120条の5第2項ただし書第1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項から第6項までの規定に適合するので、訂正後の請求項〔1〜3〕について訂正を認める。

第3 本件発明
上記「第2」のとおり本件訂正は容認し得るものであるから、本件訂正による訂正後の請求項1〜3に係る発明は、次の事項により特定されるとおりのものである。
「【請求項1】
下記の、(A)成分、(B)成分及び光重合開始剤を含有し、
前記(B)成分の含有量が、(A)成分に対して、10質量%〜70質量%であり、
光重合開始剤の含有量が、ハードコート剤の固形分全量に対して、0.01〜10重量%である、ハードコート剤。
(A)成分:下記式(1)で表される繰り返し単位、及び下記式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下である、ポリシルセスキオキサン化合物
【化1】

(R1は、光反応性官能基を表し、Aは,下記式(3)
【化2】

(式中、R3、R4は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。aは1〜10の整数を表す。aが2以上のとき、式:−C(R3)(R4)−で表される繰返し単位同士は、互いに同一であっても、相異なっていてもよい。)
で表されるアルキレン基を表す。R2はアリール基を表す。)
(B)成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー
光重合開始剤:ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾイン−n−ブチルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、アセトフェノン、ジメチルアミノアセトフェノン、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2,2−ジエトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノ−プロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−2(ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、ベンゾフェノン、p−フェニルベンゾフェノン、4,4’−ジエチルアミノベンゾフェノン、ジクロロベンゾフェノン、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−ターシャリ−ブチルアントラキノン、2−アミノアントラキノン、2−メチルチオキサントン、2−エチルチオキサントン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンジルジメチルケタール、アセトフェノンジメチルケタール、及び、p−ジメチルアミノ安息香酸エステルから選ばれる1種若しくは2種以上
【請求項2】
基材層とハードコート層を有する積層フィルムであって、
前記ハードコート層が、請求項1に記載のハードコート剤を用いて形成されたものである積層フィルム。
【請求項3】
前記ハードコート層の5%重量減少温度が350℃以上である、請求項2に記載の積層フィルム。」

第4 取消理由の概要
訂正前の請求項1〜3に係る発明に対して、当審が通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。
1.〔理由1〕本件特許の請求項1〜3に係る発明は、本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された以下の刊行物に記載された発明又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて、本件出願日前に当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
甲第1号証:中国特許出願公開第105331115号明細書
甲第2号証:特開2013−35918号公報
甲第3号証:特開2013−18848号公報
甲第4号証:Xiuyou Han外6名, "Properties of liquid inorganic-organic hybrid polymer optical waveguide materials", Proc. of SPIE (2014) 7134:713416・1-16
甲第5号証:Junzhi Zhang外5名, "Synthesis of polysilisiquioxane used as core layer material of optical waveguide", J Sol-Gel Sci Technol (2010) 56:197-202
甲第6号証:Dongzhi Chen外5名, "Influence of Polyhedral Oligomeric Silsesquioxanes (POSS) on Thermal and Mechanical Properties of Polydimethylsiloxane (PDMS) Composites Filled with Fumed Silica", J Inorg Organomet Polym (2013) 23:1375-1382
甲第7号証:Yongyun Mao. "Effects of Silica, Vinyl-Terminated Polydimethylsiloxane (VPDMS) and PMHS-Grafted-POSS (PH) Nanocomposites: Morphology, Thermal Behavior and Mechanical Property", Polymer-Plastics Technology and Engineering (2015) 54:47-56

2.〔理由2〕本件特許は、特許請求の範囲の記載が下記の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に適合するものではない。
(1)請求項1に記載された(A)成分に関する広範な範囲の全てが、課題を解決できると認識できる範囲にあると解することができない。
(2)請求項1に記載された(B)成分に関する広範な範囲の全てが、課題を解決できると認識できる範囲にあると解することができない。

第5 取消理由についての当審の判断
1.理由1(進歩性)について
(1)甲第1〜7号証の記載事項
ア.甲第1号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記1a:請求項1〜9
「1.3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物を調製する方法であって、前記調製方法が
(1)アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料とアルコキシシランを、触媒を作用させて溶媒中でゲル化させ、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン樹脂のプレポリマーを調製する;
(2)ホワイトカーボンブラックにアクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料を30〜120℃で滴下添加し、1〜24時間反応させてアクリロイルオキシ変性強化フィラーを得る;
(3)次に、ステップ(1)で調製したアクリロイルオキシを有するシリコーン樹脂プレポリマー、光重合開始剤、およびステップ(2)で調製したアクリロイルオキシ変性補強フィラーを均一に混合し、減圧下で脱泡して、3D印刷用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物を得る。
2.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、ステップ(1)に記載のゲル溶解反応の具体的な手順は、まず、溶媒とシランの混合物に水と触媒の混合物を滴下添加し、滴下添加後に30〜80℃で0.5〜24時間加熱した後、水で洗浄して中性にし、ろ過してゲル粒子を除去し、ゲル粒子を除去した後、溶媒と低沸点物質を蒸発させて、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン樹脂プレポリマーを得る。
3.請求項1又は2に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、
前記アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料が、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、メタクリロキシシルセスキオキサン、メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシランの1種以上から選択される;
前記アルコキシシランは、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルフェニルジエトキシシラン、メチルフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシランのうち1つ以上から選択される;
触媒は、硫酸、塩酸、氷酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸の1種以上から選択される;
溶媒は、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、石油エーテル、酢酸エチル、酢酸ブチルの1種以上から選択される。
4.請求項3に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法において、
シリコーン原料比がl.40≦R/Si≦l.80であり、アクリロイルオキシのモル%が0.5%〜55%であり、Rは全てのシリコーン原料中の有機基の量の総和であり、Siは全てのシリコーン原料中のケイ素原子の量の総和であり、触媒量はシランの総質量の0.1%〜10%であり、
溶媒の量はシランの総質量の0.2〜4倍である。
5.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、
シランの総質量は、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料とアルコキシシランの質量の合計であり、シランの混合物は、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料とアルコキシシランの混合物である。
6.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、
ステップ(2)におけるホワイトカーボンプラックが、ヒュームドホワイトカーボンブラックおよび沈殿ホワイトカーボンブラックの一方または両方から選択され、
アクリロイル基を有するシリコーン原料の量が、ホワイトカーボンプラックの質量の0.1%〜15%である。
7.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、
ステップ(3)の光開始剤は、フリーラジカル光開始剤であって、ベンゾイン、ベンゾインジメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾインブチルエーテル;ジフェニルエチルケトン、α,α−ジメトキシ−α−フェニルアセトフェノン、α,α−ジエトキシアセトフェノン、α−ヒドロキシアルキルフェノン、α−アミノアルキルフェノン;アリールホスフィンオキシド、ビスベンゾイルフェニルホスフィンオキシド;ベンゾフェノン、2,4−ジヒドロキシベンゾフェノン、ミヒラーケトン;チオプロポキシチオキサントン、イソプロピルチオキサントン、の何れか1つ以上であり、
光開始剤の量は、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン樹脂プレポリマーの0.50%〜25.0%であり、
アクリロイルオキシ変性補強フィラーの配合量は、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン樹脂プレポリマーの質量に対して1.0〜65%である。
8.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法であって、
ステップ(3)は、10〜30mmHgの減圧下で脱脂する。
9.請求項1に記載の3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の応用製品であり、
3D印刷硬化温度が20℃〜60℃、印刷時間が0.5〜8時間である。」

摘記1b:明細書1/5〜5/5頁
「発明名称
3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物を調製する方法とその応用
技術領域
[0001]
本発明は、プリント材料の技術分野、具体的には、3Dプリント印刷紫外線硬化型透明シリコーン樹脂複合材料の製造方法と応用に関する。…
発明の内容
[0005]
現在の3Dプリント用材料は硬度が高く、印刷された部品が脆く、印刷条件が厳しく、微小な構造物を明確に形よく印刷することが難しいという問題を解決するために、本発明は3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物の調製方法と応用を提案し、本発明の組成物は調製が容易で、安価で入手しやすく、耐紫外線性、熱安定性、耐候性に優れ、電気絶縁性、撥水性、難燃性などの利点があり、3Dプリントに非常に適している。…
[0015]
本発明では、アクリロイルオキシを含むアルコキシシランを用いて、アクリロイルオキシを含むシリコーン樹脂を調製し、これにアクリロイルオキシ変性強化フィラーとUV開始剤を一定の割合で混合し、真空脱泡してUV3Dプリンタで印刷することで、透明なシリコーン樹脂材料を得ることができます。シリコーン樹脂は調製が容易で、安価で入手しやすく、固形物の硬度が低く、3Dプリントで印刷された製品は柔らかく、脆くなりにくいため、3Dプリントに非常に適しています。また、このシリコーン樹脂は、UV硬化型LEDのパッケージやUV硬化型コーティングなどにも使用することができる。…
[0022]
実施例1
(1)清浄な5L三ロフラスコに、水300g、トルエン5000g、濃硫酸18.78g(98質量%)の混合液を加えた。その後、釜温度が50℃とする条件で、滴下漏斗で750gγ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシランを滴下して、450gのジメチルジエトキシシランと68gメチルトリエトキシシラン混合物は、滴下してから4時間反応を続けた後、水で洗浄して中性にし、ろ過してゲル粒子を除去し、180℃、20mmHgで溶媒と低沸点物質を蒸発させて、R/Si=l.40、アクリロキシプロピル含有量0.35である720gの、粘度370cpの透明な液体プレポリマー(収率68.0%)を得た。
[0023]
(2)ヒュームドホワイトカーボンブラック1000gを60℃で撹拌し、γ−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン10gを0.5時間かけて滴下添加した後、12時間撹拌しながら反応を続けた。
[0024]
(3)(1)で得られたプレポリマー500g、(2)の変性フュームドホワイトカーボンプラック5g、ベンゾイン0.5g、ベンゾインジメチルエーテル2gを加えてよく混合した後、20mmHgで17分間、室温で浸漬して、3DプリントされたUV硬化型透明シリコーン複合体1を得た。
[0025]
応用例1
図1(a)に示すように、30℃で3時間の3Dプリンター印刷により、硬度6H、光透過率92.0%、単位面積当たりの吸水量0.15mg/cm2、線膨張係数3×10−4m/kの鉛筆を得た。
[0026]
実施例2
(1)5Lの清浄な三ロフラスコに、水1500g、石油エーテル450g、塩酸(質量濃度で37質量%のもの)10.0gの混合物を加えた後、γ−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン960g、メチルフェニルジメトキシシラン420g、フェニルトリメトキシシラン75gを、温度30℃で滴下漏斗を用いて滴下して加えた。滴下してから24時間反応を続けた後、水で中性になるまで洗浄し、濾過してゲル粒子を取り除き、180℃、20mmHgで溶媒と低沸点物質を蒸発させて、R/Si=l.5、アクリロキシプロピル含有量0.28の透明な液体プレポリマー820gを得た(収率75.0%)、粘度は190cpであった。
[0027]
(2)フュームドホワイトカーボンブラック1000gを取り、30℃で撹拌しながら、γ−メタクリルオキシプロピルトリメトキシシラン150gを0.5hかけて滴下添加した。滴下添加後、24時間撹拌しながら反応を続けた。
[0028]
(3)(1)で得られたプレポリマー500g、(2)の変性フュームドホワイトカーボンブラック50g、ベンゾインエーテル25g、ベンゾインイソプロピルエーテルベンゾイン00gをよく混合し、室温で18分間、10mmHgで脱泡し、3DプリントされたUV硬化型透明シリコーン複合体2を得る。
[0029】
応用例2
図1(b)に示すように、40℃で8時間、3Dプリンターにより、鉛筆硬度5H、光透過率75.0%、単位表面積あたりの吸水量0.35mg/cm2、線膨張係数5.5×10−4m/kの製品を得た。
[0030]
実施例3
(1)清浄な10L三ロフラスコに、水6000g、酢酸エチル2400g、氷酢酸154.0gの混合液を加えた後、γ−メタクリルオキシプロピルトリエトキシシラン900g、ジフェニルジメトキシシラン600g、メチルトリメトキシシラン40gを温度78℃で滴下漏斗を用いて滴下して加えた。滴下してから0.5h反応を続けた後、水で中性になるまで洗浄し、ろ過してゲル粒子を除去し、180℃、20mmHgで溶媒と低沸点物質を蒸発させて、R/Si=l.60、アクリロキシプロピル含有量0.25、粘度90cpの透明な液体プレポリマー580g(収率48.5%)を得た。
[0031]
(2)フュームドホワイトカーボンブラック1000gを取り、90℃で撹拌しながら、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン50gを0.5hかけて滴下添加し、滴下添加後、8h撹拌しながら反応を続けた。
[0032]
(3)(1)で得られたプレポリマーを500g取り、(2)の変性フュームドホワイトカーボンブラックを250g取り、ジフェニルアセトフェノン、1,1−ジメトキシ−4−フェニルアセトフェノン、d,1−ジエトキシアセトフェノンをそれぞれ5gずつ加えてよく混合し、30mmHgで20分間浸漬して、3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン複合体3を得ることができる。
[0033]
応用例3
図1(c)に示すように、50℃で4時間、3Dプリンターで印刷して、鉛筆硬度3H、光透過率82.5%、単位表面積あたりの吸水量0.4mg/cm2、線膨張係数6.0×10−4m/kの製品を得た。
[0034]
実施例4
(1)清浄な三ロフラスコに、水5000g、キシレン1500g、トリフルオロメタンスルホン酸33gの混合物を加えた後、メタクリロイルオキシセスキシロキサン1500g、ジメチルジメトキシシラン600g、メチルフェニルジエトキシシラン500gの混合物を温度60℃で滴下漏斗を用いて滴下添加し、滴下添加後、14時間反応を続けた。この反応後、中性になるまで洗浄し、R/Si=l.7、アクリロキシプロピル含有量0.40、粘度39cpの透明な液体プレポリマー860g(収率55.0%)を得た。
[0035]
(2)フュームドホワイトカーボンプラック1000gを取り、120℃で撹拌しながら、γ−メタクリルオキシプロピルトリエトキシシランlgを0.5時間かけて滴下添加した後、1時間撹拌しながら反応を継続した。
[0036]
(3)(1)で得られたプレポリマーを500g取り、(2)の変性フュームドホワイトカーボンブラックを300g取り、ベンゾフェノン8g、2,4−ジヒドロキシベンゾフェノン12g、チオプロポキシチオフェノン48gを加えてよく混ぜ、18mmHgで15分間、室温で浸漬して、3Dプリント用UV硬化型透明シリコーン複合体4を得る。
[0037]
応用例4
図1(d)に示すように、20℃で3時間、3Dプリンターで印刷することにより、鉛筆硬度2H、光透過率75.0%、単位表面積あたりの吸水量0.28mg/cm2、線膨張係数4.5×10−4m/kの製品を得た。
[0038]
光透過率が70〜95%、鉛箪硬度が2H〜6H、単位表面積あたりの吸水率が0.15〜0.4mg/cm2、線膨張係数が3×10−4〜6×10−4m/kである上記印刷製品は、反りや変形が生じにくい。」

イ.甲第2号証には、次の記載がある。
摘記2a:請求項2〜3
「【請求項2】炭素数1〜12のアルキル基及び炭素数6〜20のアリール基のうち少なくとも1種を含有するジアルコキシシラン(イ)1〜10モル%と(メタ)アクリル基を含有するトリアルコキシシラン(ロ)90〜99モル%(ただし、ジアルコキシシラン(イ)とトリアルコキシシラン(ロ)との合計を100モル%とする。)とからなるポリシロキサンであって、まずトリアルコキシシラン(ロ)を加水分解、縮合反応することによって得られるラダー型及び/又はランダム型のシルセスキオキサン誘導体の存在下で、つぎにジアルコキシシラン(イ)を反応系に加えて加水分解、縮合反応することによって得られるポリシロキサン、を含有するハードコート用組成物。
【請求項3】さらに光重合開始剤を含有する請求項2記載の組成物。」

摘記2b:段落0002〜0003、0006及び0026
「【0002】CRTディスプレイや液晶ディスプレイ、タッチパネルあるいは樹脂レンズ、樹脂製窓材等の表面には表面保護のためにハードコート層が設けられている。このハードコート層には、従来、アクリル系樹脂が使用されてきた。しかしながら、アクリル樹脂は、傷がつきやすく、耐熱性に劣る。また、耐候性にも劣っていた。
【0003】そこで、シルセスキオキサンラダーオリゴマーを用いてなるハードコート剤が耐候性、耐擦傷性、透明性に優れた保護層を形成するものとして提案された(例えば、特許文献1参照。)。…
【0006】上述の現状に鑑み、本発明は、光透過率に優れ、しかも耐熱性に優れるとともに、密着性、耐摩耗性に優れた特性を有する、ハードコート用組成物を提供することを目的とする。
【0026】本発明のハードコート用組成物には、本発明の目的を阻害しないかぎり、その他の各種の添加剤を配合することができ、例えば、耐熱性、耐候性を向上させる紫外線吸収剤、光安定剤、酸化防止剤などが挙げられる。」

摘記2c:段落0042、0046、0049及び0052
「【0042】合成例2
ポリシロキサン誘導体(A−2)の合成
撹拌機及び温度計を設置した反応容器に、MIBK100g、水酸化テトラメチルアンモニウムの20%水溶液6.3g(水酸化テトラメチルアンモニウム13.8mmol)、蒸留水17.7gを仕込んだ後、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン55.0g(222mmol)、フェニルトリメトキシシシラン39.5g(199mmol)を50〜55℃で徐々に加え、2時間撹拌した。次いで、ジフェニルジメトキシシラン5.4g(22mmol)加え、2時間撹拌した。反応終了後、系内にMIBK100gを加え、さらに50gの蒸留水で水層のpHが中性になるまで水洗した。次に減圧下でMIBKを留去して、目的の化合物(A−2)を得た。Mwは6122、分散度Mw/Mn=1.6であった。IR分析したところ、シルセスキオキサンラダーもしくはランダムポリマーを含むことを支持する、Si−O−Si結合の伸縮振動に基づく1100cm−1と1050cm−1付近のダブルピークを確認した。…
【0046】実施例2
合成例2で得られたポリシロキサン誘導体(A−2)を10重量部、イルガキュア907(2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリ)−プロパン−1−オン、BASF社製)を0.5重量部、固形分濃度が45重量%になるように2−メトキシプロパノールに溶解させ、樹脂組成物を得た。…
【0049】実施例1〜3及び比較例1の各樹脂組成物をスピンコーターを用いてポリカーボネート基材(厚み2mm)上に塗布した後、ホットプレート上で80℃2分間プリベークし、次いで、250Wの高圧水銀ランプを用いて、露光量1500mJ/cm2照射することで、膜厚約5.0μmの塗膜を得た。…
【0052】表1の結果から、本発明におけるハードコート用組成物を使用した実施例1〜3は、耐摩耗性、密着性が比較例1より有意に優れていた。」

ウ.甲第3号証には、次の記載がある。
摘記3a:請求項1
「【請求項1】ケイ素原子に直接に結合した有機基を有し、該ケイ素原子に直接に結合した有機基の少なくとも1つが、2級水酸基、ウレタン結合及びウレア結合よりなる群から選ばれる少なくとも1つと少なくとも1つの(メタ)アクリロイルオキシ基との両者を有する有機基であるシルセスキオキサン化合物(A)及びイソソルバイドジ(メタ)アクリレート(B)を含有することを特徴とする活性エネルギー線硬化性組成物。」

摘記3b:段落0002、0013、0211及び0242
「【0002】…合成樹脂の表面特性を改良する方法としてポリオルガノシロキサン系、メラミン系等の熱硬化性塗料組成物を塗装する方法及び多官能アクリレート系の活性エネルギー線硬化性組成物を塗装する方法が提案されている。…
【0013】本明細書において「シルセスキオキサン化合物」は、Si−OH基(ヒドロキシシリル基)の全てが加水分解縮合した構造のシルセスキオキサン化合物のみを意味するのではなく、Si−OH基が残存したラダー構造、不完全籠型構造、ランダム縮合体のシルセスキオキサン化合物をも含むことができる。

【0211】反応性粒子(D)
本発明の活性エネルギー線硬化性組成物はさらに、シリカ微粒子(d−1)と、分子内に(メタ)アクリロイルオキシ基を有する加水分解性シラン(d−2)とを反応させて得られる反応性粒子(D)を含有することができる。…
【0242】活性エネルギー線硬化性組成物における反応性粒子(D)の含有量は、特に限定されるものではない。硬化被膜の耐擦傷性及び透明性の点から、好ましくは活性エネルギー線硬化性組成物の不揮発分100質量部に対して、1〜70質量部であり、より好ましくは10〜50質量部である。」

エ.甲第4号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記4a:第8頁の図4


(b)PSQ−LL
図4 空気中及び窒素雰囲気下でのPSQ−Ls硬化フィルムのTGAデータ」

オ.甲第5号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記5a:第198頁左欄〜第201頁の図8
「2 実験
2.1 PPSQ樹脂の調製
フェニルトリメトキシシラン(PTMS、純度97%、仙桃市格瑞化学工業有限公司)、ジフェニルシランジオール(DPSD、純度98%、仙桃市格瑞化学工業有限公司)及び3−メタクリロキシプロピル−トリメトキシシラン(MAPTMS、純度97%、曲阜万達化工有限公司)を、更なる精製をすることなく出発前駆体として用いた。Ba(OH)2・H2O(純度98%、シグマ・アルドリッチ)が、前駆体間の濃縮促進のための粉末触媒として用いられた。DPSD(10.8154g)の容量を50モル%で固定し、MAPTMS(7.4504〜11.1756g、30〜45モル%)とPTMS(0.9915〜3.9658g、5〜20モル)の合計の割合を50モル%とし、触媒の量は0.0284g(全シランの0.15モル%)であった。…
2.2 PPSQフィルムの調製


スキーム1 非加水分解性ソル−ゲル方を用いた液体PPSQの合成…

図8 N2及び空気中でのPPSQフィルム(PTMSの含有量が20モル%のもの)の熱−重量分析(TGA) − (a):N2中で20℃/分の加熱レートにおける; (b):空気中で20℃/分の加熱レートにおける; (A)及び(B):重量損失1%である; (C)及び(D):重量損失5%である」

カ.甲第6号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記6a:第1378頁の図4


図4 窒素雰囲気下で得られたPDMS組成物に対するTGA曲線」

キ.甲第7号証には、和訳にして、次の記載がある。
摘記7a:第52頁の図4


図4 窒素雰囲気下でのPMHSとPHについてのナノ複合材料に対するTGA曲線」

(2)甲第1、2号証に記載された発明
ア.甲第1号証に記載された発明(甲1発明)
甲第1号証には、その請求項1を引用する請求項3を引用する請求項4に係る発明によって調製されたUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物について、次の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されていると認められる。
「(1)アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料とアルコキシシランを、触媒を作用させて溶媒中でゲル化させ、アクリロイルオキシ基を有するシリコーン樹脂のプレポリマーを調製する;
(2)ホワイトカーボンブラックにアクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料を30〜120℃で滴下添加し、1〜24時間反応させてアクリロイルオキシ変性強化フィラーを得る;
(3)次に、ステップ(1)で調製したアクリロイルオキシを有するシリコーン樹脂プレポリマー、光重合開始剤、およびステップ(2)で調製したアクリロイルオキシ変性補強フィラーを均一に混合し、減圧下で脱泡して、3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物を得る調製方法によって調製された3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物。
ただし、
前記アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料が、γ−メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、γ−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン、メタクリロキシシルセスキオキサン、メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシランの1種以上から選択される;
前記アルコキシシランは、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、メチルフェニルジエトキシシラン、メチルフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、ジフェニルジエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、メチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシランのうち1つ以上から選択される;
触媒は、硫酸、塩酸、氷酢酸、トリフルオロメタンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸の1種以上から選択される;
溶媒は、トルエン、キシレン、テトラヒドロフラン、石油エーテル、酢酸エチル、酢酸ブチルの1種以上から選択される;
シリコーン原料比がl.40≦R/Si≦l.80であり、アクリロイルオキシのモル%が0.5%〜55%であり、Rは全てのシリコーン原料中の有機基の量の総和であり、Siは全てのシリコーン原料中のケイ素原子の量の総和であり、触媒量はシランの総質量の0.1%〜10%である;
溶媒の量はシランの総質量の0.2〜4倍である.」

イ.甲第2号証に記載された発明(甲2発明)
摘記2cの「合成例2…反応容器に、…3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン55.0g(222mmol)、フェニルトリメトキシシシラン39.5g(199mmol)を50〜55℃で徐々に加え、…次いで、ジフェニルジメトキシシラン5.4g(22mmol)加え、…目的の化合物(A−2)を得た。…実施例2…合成例2で得られたポリシロキサン誘導体(A−2)を10重量部、イルガキュア907(2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリ)−プロパン−1−オン、BASF社製)を0.5重量部、固形分濃度が45重量%になるように2−メトキシプロパノールに溶解させ、樹脂組成物を得た。…実施例1〜3…の各樹脂組成物をスピンコーターを用いてポリカーボネート基材(厚み2mm)上に塗布し…膜厚約5.0μmの塗膜を得た。…本発明におけるハードコート用組成物を使用した実施例1〜3は、耐摩耗性、密着性が比較例1より有意に優れていた。」との記載からみて、甲第2号証の実施例2のハードコート用組成物(樹脂組成物)として、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されていると認められる。
「撹拌機及び温度計を設置した反応容器に、MIBK100g、水酸化テトラメチルアンモニウムの20%水溶液6.3g(水酸化テトラメチルアンモニウム13.8mmol)、蒸留水17.7gを仕込んだ後、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン55.0g(222mmol)、フェニルトリメトキシシシラン39.5g(199mmol)を50〜55℃で徐々に加え、2時間撹拌し、次いで、ジフェニルジメトキシシラン5.4g(22mmol)加え、2時間撹拌し、反応終了後、系内にMIBK100gを加え、さらに50gの蒸留水で水層のpHが中性になるまで水洗し、次に減圧下でMIBKを留去して得られたポリシロキサン誘導体(A−2)を10重量部、イルガキュア907(2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリ)−プロパン−1−オン、BASF社製)を0.5重量部、固形分濃度が45重量%になるように2−メトキシプロパノールに溶解させて得られたハードコート用組成物。」

(3)甲第1号証を主引用例とした場合の検討
ア.本1発明との対比
本件特許の請求項1に係る発明(以下「本1発明」ともいう。)と甲1発明とを対比する。
甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」、「アクリロイルオキシ変性強化フィラー」及び「光重合開始剤」は、本1発明の「ポリシルセスキオキサン化合物」、「(B)成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー」及び「光重合開始剤」にそれぞれ相当する。
また、本1発明の「ハードコート剤」と甲1発明の「3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物」とは、「組成物」である点で共通する。

そうすると、本1発明と甲1発明とは、
「下記の、(A)成分、(B)成分及び光重合開始剤を含有する組成物。
(A)成分:ポリシルセスキオキサン化合物
(B)成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー」である点で一致し、次の点で相違が認められる。

(α)組成物の用途が、本1発明は「ハードコート剤」であるのに対して、甲1発明は「3D印刷用UV硬化型透明シリコーン樹脂組成物」である点
(β)本1発明の「(A)成分」の「ポリシルセスキオキサン化合物」は、「式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下である」点が特定されているのに対し、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」は、シリコーン原料比が「1.40≦R/Si≦1.80」であることは規定されているものの、そのようなものであるかどうかは不明な点(式(1)及び式(2)の摘示は省略した。以下、同じ。)
(γ)本1発明は、「光重合開始剤の含有量が、ハードコート剤の固形分全量に対して、0.01〜10重量%である」のに対し、甲1発明の「光開始剤」の「3Dプリント用のUV硬化型透明シリコーン樹脂組成物」の固形分全量に対する含有量は不明な点
(δ)本1発明は、「(B)成分」の「無機フィラー」について「(B)成分の含有量が、(A)成分に対して、10質量%〜70質量%」であるのに対し、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」に対する「アクリロイルオキシ変性補強フィラー」の含有量は不明な点
(ε)光重合開始剤が、本1発明では、「ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾイン−n−ブチルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、アセトフェノン、ジメチルアミノアセトフェノン、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2,2−ジエトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノ−プロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−2(ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、ベンゾフェノン、p−フェニルベンゾフェノン、4,4’−ジエチルアミノベンゾフェノン、ジクロロベンゾフェノン、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−ターシャリ−ブチルアントラキノン、2−アミノアントラキノン、2−メチルチオキサントン、2−エチルチオキサントン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンジルジメチルケタール、アセトフェノンジメチルケタール、及び、p−ジメチルアミノ安息香酸エステルから選ばれる1種若しくは2種以上」であるのに対し、甲1発明では、光重合開始剤は特定されていない点。

イ.本1発明についての判断
事案に鑑み、先ず、上記(β)の相違点について検討する。
本1発明の「(A)成分」の「ポリシルセスキオキサン化合物」は、「式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位のみを有する」ものであって、式(1)及び式(2)の繰り返し単位は、いずれもSi原子1モルに対して、R1又はR2の有機基1モルを含有するものであるから、その「R(全てのシリコーン原料中の有機基の量の総和)/Si(全てのシリコーン原料中のケイ素原子の量の総和)」の値は、1(=1/1)と求められる。
一方、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」の「R/Si」の値は、「l.40≦R/Si≦l.80」であるから、本1発明の「ポリシルセスキオキサン化合物」と甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」とは異なるものであることは明らかである。また、甲1に記載された実施例にも、「シリコーン樹脂のプレポリマー」として、R/Si=1のものは示されていない。
また、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」の「アクリロイルオキシ基を有するシリコーン原料」において、本1発明の「式(1)で表される繰り返し単位」を有するものが選択され、甲1発明の同「アルコキシシラン」において、本1発明の「式(2)で表される繰り返し単位」を有するものが選択されることがあるとしても、甲1発明においては、「l.40≦R/Si≦l.80」であるから、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」は、「式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物」となることはなく、必ず、式(1)及び式(2)とは異なる繰り返し単位を有するものを含むものとなる。
そして、甲1発明の「シリコーン樹脂のプレポリマー」に替えて、「式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物」を選択する動機付けがあるとはいえない。
また、甲第1〜7号証に記載された全ての技術事項を参酌しても、上記(β)の相違点に係る構成を導き出すことが、当業者にとって容易であるといえる合理的な理由は見当たらない。

これに対して、本1発明においては、上記相違点に係る発明特定事項を備えることで、光学特性、耐熱性、鉛筆硬度及び耐擦傷性に優れたハードコート層が得られるという格別顕著な作用効果を奏するものであり、本件明細書の段落0090〜0095の実施例1〜4の試験結果によって、そのような作用効果は確認されている。

よって、他の相違点について検討するまでもなく、本1発明は、甲1発明及び甲第1〜7号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ.本件特許の請求項2〜3に係る発明について
本件特許の請求項2〜3に係る発明は、本1発明を直接又は間接的に引用し、さらに限定したものであるから、同様な理由から、甲1発明及び甲第1〜7号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)甲第2号証を主引用例とした場合の検討
ア.本1発明との対比
本1発明と甲2発明とを対比する。
甲2発明の「3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン」は、本件特許明細書の段落0090の製造例1において用いられたものであり、本1発明の「式(1)で表される繰り返し単位」の「R1−A−SiO3/2(1)」において、R1が「光反応性官能基」を表し、Aが式(3)で表されるアルキレン基(式中、R3、R4は水素原子を表し、aが3の整数を表す。)を表すものに相当する。また、その「222mmol」という量は、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン55.0g(222mmol)、フェニルトリメトキシシシラン39.5g(199mmol)及びジフェニルジメトキシシラン5.4g(22mmol)の総量に対して、50.1モル%(222÷(222+199+22))と求められることから、本1発明の「式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり」に相当する。
また、甲2発明の「フェニルトリメトキシシシラン39.5g(199mmol)」は、本件特許明細書の同製造例1において用いられたものであり、本1発明の「式(2)で表される繰り返し単位」の「R2−SiO3/2(2)」において、R2が「アリール基」を表すものに相当し、その「199mmol」という量は、「3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン」と同様に、44.9モル%(199÷(222+199+22))と求められることから、本1発明の「式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、10モル%以上90モル%以下であり」に相当する。
そして、甲2発明の「反応させて得られたポリシロキサン誘導体(A−2)」は、本1発明の「(A)成分:式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位…を有するポリシルセスキオキサン化合物」である点で共通する。
また、甲2発明の「イルガキュア907(2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリ)−プロパン−1−オン)」は、本1発明の「光重合開始剤:ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾイン−n−ブチルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、アセトフェノン、ジメチルアミノアセトフェノン、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2,2−ジエトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノ−プロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−2(ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、ベンゾフェノン、p−フェニルベンゾフェノン、4,4’−ジエチルアミノベンゾフェノン、ジクロロベンゾフェノン、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−ターシャリ−ブチルアントラキノン、2−アミノアントラキノン、2−メチルチオキサントン、2−エチルチオキサントン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンジルジメチルケタール、アセトフェノンジメチルケタール、及び、p−ジメチルアミノ安息香酸エステルから選ばれる1種若しくは2種以上」に相当する。
そして、甲2発明の「ハードコート用組成物」は、本1発明の「ハードコート剤」に相当する。

してみると、本1発明と甲2発明は「下記の、(A)成分及び光重合開始剤を含有する、ハードコート剤。
(A)成分:下記式(1)で表される繰り返し単位、及び下記式(2)で表される繰り返し単位を有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、
ポリシルセスキオキサン化合物
R1−A−SiO3/2 (1)
R2−SiO3/2 (2)
(R1は、光反応性官能基を表し、Aは、下記式(3)
−C(R3)(R4)− (3)
(式中、R3、R4は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。aは1〜10の整数を表す。aが2以上のとき、式:−C(R3)(R4)−で表される繰返し単位同士は、互いに同一であっても、相異なっていてもよい。)
で表されるアルキレン基を表す。R2はアリール基を表す。)
光重合開始剤:ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾイン−n−ブチルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、アセトフェノン、ジメチルアミノアセトフェノン、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2,2−ジエトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノ−プロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−2(ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、ベンゾフェノン、p−フェニルベンゾフェノン、4,4’−ジエチルアミノベンゾフェノン、ジクロロベンゾフェノン、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−ターシャリ−ブチルアントラキノン、2−アミノアントラキノン、2−メチルチオキサントン、2−エチルチオキサントン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンジルジメチルケタール、アセトフェノンジメチルケタール、及び、p−ジメチルアミノ安息香酸エステルから選ばれる1種若しくは2種以上」という点において一致し、次の(ζ)〜(θ)の点において相違する。

(ζ)ハードコート剤が、本1発明は「成分(B):(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー」を含有し、その含有量が「(A)成分に対して、10質量%〜70質量%」であるのに対して、甲2発明はそのような成分を含まない点
(η)本1発明の「ポリシルセスキオキサン化合物」は、式(1)と式(2)の繰り返し単位「のみ」を有するのに対して、甲2発明の「ポリシロキサン誘導体(A−2)」は、本1発明の式(1)と式(2)の何れにも該当しない「ジフェニルジメトキシシラン5.4g(22mmol)」を繰り返し単位に有するものである点
(θ)光重合開始剤の含有量について、本1発明では、「ハードコート剤の固形分全量に対して、0.01〜10重量%である」のに対し、甲2発明の「イルガキュア907(2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルホリ)−プロパン−1−オン」の「ハードコート用組成物」の固形分全量に対する含有量は不明な点。

イ.本1発明についての判断
事案に鑑み、上記(ζ)及び(η)の相違点について検討する。
(ア)(ζ)の相違点について
甲第2号証には、「成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー」を含有させる動機付けはなく、仮に、甲2発明にそのような無機フィラーを含有させることが可能だとしても、さらに、その含有量について、「(A)成分に対して、10質量%〜70質量%」の範囲のものとする動機付けは見当たらない。
(イ)(η)の相違点について
甲第2号証の請求項2(摘記2a)の「炭素数1〜12のアルキル基及び炭素数6〜20のアリール基のうち少なくとも1種を含有するジアルコキシシラン(イ)1〜10モル%と(メタ)アクリル基を含有するトリアルコキシシラン(ロ)90〜99モル%(ただし、ジアルコキシシラン(イ)とトリアルコキシシラン(ロ)との合計を100モル%とする。)とからなるポリシロキサン」との記載にあるように、甲第2号証に記載された発明は「ジフェニルジメトキシシラン」等の本1発明の式(1)と式(2)の何れにも該当しないジアルコキシシラン(2官能性シラン)を必須成分とするものであるから、甲2発明において、「ポリシロキサン誘導体」として、「ジフェニルジメトキシシラン」が用いられないものを採用することに動機付けがあるとはいえない。
(ウ)これに対して、本1発明においては、上記相違点に係る発明特定事項を備えることで、光学特性、耐熱性、鉛筆硬度及び耐擦傷性に優れたハードコート層が得られるという格別顕著な作用効果を奏するものであり、段落0090〜0095の実施例1〜4の試験結果によって、そのような作用効果は確認されている。
したがって、他の相違点について検討するまでもなく、本1発明は、甲2発明及び甲第1〜7号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ.本件特許の請求項2〜3に係る発明について
本件特許の請求項2〜3に係る発明は、本1発明を直接又は間接的に引用し、さらに限定したものであるから、同様な理由から、甲2発明及び甲第1〜7号証の記載に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(5)理由1(進歩性)についての判断のまとめ
以上総括するに、本件特許の請求項1〜3に係る発明は、特許法第29条第2項により特許を受けることができないということはできず、上記理由1は理由がない。

2.理由2(サポート要件)について
(1)本件発明の課題と具体例の記載について
本件特許明細書の段落0008を含む発明の詳細な説明の全ての記載からみて、本件特許の請求項1〜3に係る発明の解決しようとする課題は「耐熱性及び耐擦傷性により優れるハードコート層を効率よく形成することができるハードコート剤の提供」にあるものと認められる。
そして、同段落0103の【表1】には、実施例1〜4として、本件請求項1〜3に係る発明の具体例が示され、実施例1〜4において、本件特許の請求項1〜3に係る発明は、上記課題を解決するものであることが確認されている。

(2)(A)成分について
上記「第4」の「2.(1)」の指摘に関して、本件特許明細書の段落0103の「実施例1〜4」で用いられている(A)成分は、いずれも同段落0090に記載されるとおりの「3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシラン」の50モル%と「フェニルトリメトキシシラン」の50モル%とを反応させて得られた「ラダー型シラン化合物重合体(1)」であるから、本件特許明細書の「試験結果」の記載によって、式(1)のR1が「メタクリロキシ基」であり、Aが「プロピレン基」であり、式(2)のR2が「フェニル基」であり、式(1)の繰り返し単位の割合が50モル%であり、式(2)の繰り返し単位の割合が50モル%であるものについては、上記課題を解決できると認識できる範囲にあることが具体的な「試験結果」によって裏付けられているといえる。
次に、同段落0009には「分子内に、反応性官能基を含む繰り返し単位を有するポリシルセスキオキサン化合物と、反応性官能基を有する無機フィラーを含有するハードコート剤を用いることで、耐熱性及び耐擦傷性に優れるハードコート層を効率よく形成することができる」という「作用機序」の説明がなされ、同段落0020には「R1の反応性官能基としては、…光反応性官能基が好ましい。反応性官能基の具体例としては、ビニル基、アリル基、スチリル基、(メタ)アクリロイル基、(メタ)アクリロイルオキシ基等の炭素−炭素不飽和結合を有する基;エポキシ基、グリシジル基、グリシジルオキシ基等のエポキシ基を有する基;イソシアネート基;メルカプト基;等が挙げられる。」との記載がなされ、これらの多様な「反応性官能基」の各々が、光反応性などの諸性能において“同程度の有用性を示し得ない”といえる「技術常識」の存在や「実験成績証明書」などの否定的な証拠は見当たらない。
してみると、式(1)のR1が「メタクリロキシ基」である場合の「試験結果」を、エポキシ基やイソシアネート基やメルカプト基などの他の「光反応性官能基」の全範囲にまで拡張ないし一般化できるものであって、本1発明の(A)成分の範囲は、上記「耐熱性及び耐擦傷性により優れるハードコート層を効率よく形成することができるハードコート剤の提供」という課題を解決できると当業者が認識できるものである。

(3)(B)成分について
上記「第4」の「2.(2)」の指摘に関して、本件特許明細書の段落0103の「実施例1〜4」で用いられている(B)成分は、いずれも同段落0091及び0093に記載されるとおりの「アクリロイルオキシ基修飾シリカナノフィラー」であるから、本件特許明細書の「試験結果」の記載によって、(B)成分の「反応性官能基」が「アクリロイルオキシ基」であるものについては、上記課題を解決できると認識できる範囲にあることが具体的な「試験結果」によって裏付けられているといえる。
次に、同段落0009には「分子内に、反応性官能基を含む繰り返し単位を有するポリシルセスキオキサン化合物と、反応性官能基を有する無機フィラーを含有するハードコート剤を用いることで、耐熱性及び耐擦傷性に優れるハードコート層を効率よく形成することができる」という「作用機序」の説明がなされ、同段落0062には「無機フィラー(B)に含まれる反応性官能基とは、(A)成分の反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基をいう。この反応性官能基としては、ポリシルセスキオキサン化合物(A)が有する反応性官能基として示したものと同様のものが挙げられる。」との記載がなされ、これらの多様な「反応性官能基」の各々が、化学結合の形成能などの諸性能において“同程度の有用性を示し得ない”といえる「技術常識」の存在や「実験成績証明書」などの否定的な証拠は見当たらない。
してみると、(B)成分の「(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基」が「アクリロイルオキシ基」である場合の「試験結果」を、エポキシ基やイソシアネート基やメルカプト基などの他の「(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基」の全範囲にまで拡張ないし一般化できるものであって、本1発明の(B)成分の範囲は、上記「耐熱性及び耐擦傷性により優れるハードコート層を効率よく形成することができるハードコート剤の提供」という課題を解決できると当業者が認識できるものである。

(4)理由2(サポート要件)についての判断のまとめ
以上総括するに、本件特許の請求項1〜3に係る発明の特許は、特許法第36条第6項第1号に適合するものであり、上記理由2は理由がない。

第6 取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由について
(1)申立理由1(新規性)について
申立人が主張する申立理由1(新規性)の要旨は、本件特許発明1は、甲第1号証に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号(同法第113条第2号)に違反するというものである(申立書の第48頁及び第65頁参照)。

しかしながら、上記「第5 1.(3)」に示したように、本1発明と甲第1号証に記載の発明には実質的な相違点が存在する。
したがって、本1発明は、甲第1号証に基づく申立理由1(新規性)は採用できない。

(2)申立理由2(進歩性)について
申立人が主張する申立理由2(進歩性)の要旨は、本件特許発明1は、甲第1号証単独、又は甲第1〜3号証を組み合わせることで、当業者が容易に発明をすることができたものであり、本件特許発明2は、甲第2号証に甲第1、3号証を組み合わせる、又は甲第3号証に甲第1、2号証を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものであり、本件特許発明3は、甲第2号証に甲第4〜7号証を組み合わせる、又は甲第3号証に甲第4〜7号証を組み合わせることで、当業者が容易に発明することができたものあるから、特許法第29条第2項(同法第113条第2号)に違反するというものである(申立書の第48〜61頁及び第65頁参照)。

ここで、甲第1号証又は甲第2号証を主引用例とした検討は、上記第4〔理由1〕において採用されているから、取消理由通知において採用しなかった特許異議申立理由に該当しない。

また、甲第3号証を主引用例とした理由について、甲第3号証の請求項1(摘記3a)に記載された「ケイ素原子に直接に結合した有機基を有し、該ケイ素原子に直接に結合した有機基の少なくとも1つが、2級水酸基、ウレタン結合及びウレア結合よりなる群から選ばれる少なくとも1つと少なくとも1つの(メタ)アクリロイルオキシ基との両者を有する有機基であるシルセスキオキサン化合物(A)及びイソソルバイドジ(メタ)アクリレート(B)を含有することを特徴とする活性エネルギー線硬化性組成物。」という発明における「シルセスキオキサン化合物(A)」は、本1発明の「式(1)で表される繰り返し単位、及び式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物」と異なるものであって、当該「シルセスキオキサン化合物(A)」を本1発明のようにする動機付けもないことから、上記1.(3)及び(4)に示した理由と同様な理由により、甲第1〜7号証に記載された全ての技術事項を参酌しても、この相違点に係る構成を当業者が容易に導き出し得るとはいえず、この相違点に係る構成が技術的に無意味な構成要件の付加であるとも認められないので、甲第3号証を主引用例とした理由に理由があるとはいえない。
したがって、甲第3号証を主引用例として検討しても、本1〜本3発明は、甲第1〜7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえないから、特許法第29条第2項に該当するとはいえず、甲第3号証を主引用例としての甲第1〜7号証に基づく申立理由2(進歩性)には理由がない。

(3)申立理由3(実施可能要件)について
申立人が主張する申立理由3(実施可能要件)の要旨は、実施例1〜4では、ポリシルセスキオキサン化合物として、3−メタクリロキシプロピルトリエトキシシランと、フェニルトリメトキシシランから合成されたラダー型シラン化合物重合体(1)のみの効果が確認されて、その他のポリシルセスキオキサン化合物については、全く効果が確認されていないから、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載には不備があり、本件特許発明1は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるというものである(申立書の第62頁及び第65頁参照)。

しかしながら、当該「その他のポリシルセスキオキサン化合物については、効果が確認されていない」としても、本1発明に含まれるものについては効果が確認されており、「その他のポリシルセスキオキサン化合物については、効果が確認されていない」ことが、直ちに、本1発明を実施できるか否かという判断に影響するものではない。
したがって、申立人の主張及び立証方法によっては、本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載が、実施可能要件を満たす程度に明確かつ充分に記載したものではないとはいえないから、本件特許が特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたとはいえず、申立理由3(実施可能要件)に理由はない。

(4)申立理由4(サポート要件)について
申立人が主張する申立理由4(サポート要件)の要旨は、(A)成分について、反応性官能基(R1)がメタクリロキシ基のみ、炭素数1〜10の2価の有機基(A)がプロピル基のみ、アリール基(R2)がフェニル基のみしか効果が確認されていない実施例の内容を、本件特許発明1の範囲まで拡張乃至一般化できるとはいえず、(B)成分について、反応性官能基がアクリロイルオキシ基のみ、無機フィラーがシリカナノフィラーのみしか効果が確認されていない実施例の内容を、本件特許発明1の範囲まで拡張乃至一般化できるとはいえないから、本件特許請求の範囲の記載には不備があり、本件特許発明1は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してなされたものであるというものである(申立書の第64〜65頁参照)。

しかしながら、申立人は、上記実施例以外のものについて、本件発明の課題を解決するものではないという具体的な根拠は示しておらず、上記第4〔理由2〕において検討したように、本件発明は、本件発明の課題を解決することができることを認識することができることから、申立人の主張は採用することができない。

第7 むすび
以上のとおり、取消理由通知に記載した取消理由並びに特許異議申立人が申し立てた理由及び証拠によっては、訂正後の請求項1〜3に係る発明の特許を取り消すことができなない。
また、他に訂正後の請求項1〜3に係る発明の特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。
 
発明の名称 (57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の、(A)成分、(B)成分及び光重合開始剤を含有し、
前記(B)成分の含有量が、(A)成分に対して、10質量%〜70質量%であり、
光重合開始剤の含有量が、ハードコート剤の固形分全量に対して、0.01〜10重量%である、ハードコート剤。
(A)成分:下記式(1)で表される繰り返し単位、及び下記式(2)で表される繰り返し単位のみを有するポリシルセスキオキサン化合物であって、式(1)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下であり、式(2)で表される繰り返し単位の含有割合が、全繰り返し単位中、30モル%以上70モル%以下である、ポリシルセスキオキサン化合物
【化1】


(R1は、光反応性官能基を表し、Aは,下記式(3)
【化2】


(式中、R3、R4は、それぞれ独立して、水素原子又は炭素数1〜6のアルキル基を表す。aは1〜10の整数を表す。aが2以上のとき、式:−C(R3)(R4)−で表される繰り返し単位同士は、互いに同一であっても、相異なっていてもよい。)
で表されるアルキレン基を表す。R2はアリール基を表す。)
(B)成分:(A)成分の光反応性官能基と反応して化学結合を形成し得る基を有する無機フィラー
光重合開始剤:ベンゾイン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインイソプロピルエーテル、ベンゾイン−n−ブチルエーテル、ベンゾインイソブチルエーテル、アセトフェノン、ジメチルアミノアセトフェノン、2,2−ジメトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2,2−ジエトキシ−2−フェニルアセトフェノン、2−ヒドロキシ−2−メチル−1−フェニルプロパン−1−オン、1−ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−モルフォリノ−プロパン−1−オン、4−(2−ヒドロキシエトキシ)フェニル−2(ヒドロキシ−2−プロピル)ケトン、ベンゾフェノン、p−フェニルベンゾフェノン、4,4’−ジエチルアミノベンゾフェノン、ジクロロベンゾフェノン、2−メチルアントラキノン、2−エチルアントラキノン、2−ターシャリ−ブチルアントラキノン、2−アミノアントラキノン、2−メチルチオキサントン、2−エチルチオキサントン、2−クロロチオキサントン、2,4−ジメチルチオキサントン、2,4−ジエチルチオキサントン、ベンジルジメチルケタール、アセトフェノンジメチルケタール、及び、p−ジメチルアミノ安息香酸エステルから選ばれる1種若しくは2種以上
【請求項2】
基材層とハードコート層を有する積層フィルムであって、
前記ハードコート層が、請求項1に記載のハードコート剤を用いて形成されたものである積層フイルム。
【請求項3】
前記ハードコート層の5%重量減少温度が350℃以上である、請求項2に記載の積層フイルム。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2022-01-27 
出願番号 P2016-040451
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C09D)
P 1 651・ 113- YAA (C09D)
P 1 651・ 537- YAA (C09D)
P 1 651・ 121- YAA (C09D)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 川端 修
特許庁審判官 木村 敏康
門前 浩一
登録日 2020-09-10 
登録番号 6762111
権利者 リンテック株式会社
発明の名称 ハードコート剤及び積層フィルム  
代理人 大石 治仁  
代理人 大石 治仁  

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