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審決分類 審判 全部申し立て 2項進歩性  C08J
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 特36条4項詳細な説明の記載不備  C08J
審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C08J
管理番号 1384096
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-03-30 
確定日 2022-01-05 
異議申立件数
訂正明細書 true 
事件の表示 特許第6764049号発明「熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた回路基板」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6764049号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1−12]について訂正することを認める。 特許第6764049号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6764049号(以下、「本件特許」という。)の請求項1ないし12に係る特許についての出願は、2019年(令和1年)11月7日を国際出願日とする出願(優先権主張 平成30年11月8日)であって、令和2年9月14日にその特許権の設定登録(請求項の数12)がされ、同年同月30日に特許掲載公報が発行されたものである。
その後、その特許に対し、令和3年3月30日に特許異議申立人 笹原 敏司(以下、「特許異議申立人A」という。)により特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされるとともに、同年同月同日に特許異議申立人 白井 雅恵(以下、「特許異議申立人B」という。)により、特許異議の申立て(対象請求項:全請求項)がされ、同年7月5日付けで取消理由が通知され、同年9月22日に特許権者 株式会社クラレ(以下、「特許権者」という。)より意見書の提出及び訂正の請求(以下、「本件訂正請求」という。)がされ、同年10月4日付けで特許法第120条の5第5項に基づく訂正請求があった旨の通知を特許異議申立人A及びBに行ったところ、同年11月4日に特許異議申立人Aより意見書が提出され、同年同月5日に特許異議申立人Bより意見書が提出されたものである。

第2 訂正の可否についての判断

1 訂正の内容
本件訂正請求による訂正の内容は、以下のとおりである。(下線は、訂正箇所について合議体が付したものである。)

(1) 訂正事項1
特許請求の範囲の請求項1に、「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2であり、熱変形温度が180〜320℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」と記載されているのを、「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2であり、熱変形温度が270〜320℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。但し、前記熱変形温度は、熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度である。」に訂正する。

(2) 訂正事項2
明細書の段落【0082】に「[実施例1]」と記載されているのを、「[参考例1]」に訂正する。

(3) 訂正事項3
明細書の段落【0085】に「実施例1と同様に」と記載されているのを、「参考例1と同様に」に訂正する。

(4) 訂正事項4
明細書の段落【0088】に「実施例1と同様に」と記載されているのを、「参考例1と同様に」に訂正する。

(5) 訂正事項5
明細書の段落【0091】に「実施例1と同様に」と記載されているのを、「参考例1と同様に」に訂正する。

(6) 訂正事項6
明細書の段落【0092】の表7中に「実施例1」と記載されているのを、「参考例1」に訂正する。

(7) 訂正事項7
明細書の段落【0093】に「実施例1では」と記載されているのを、「参考例1では」に訂正する。

(8) 訂正事項8
明細書の段落【0094】に「実施例1より」と記載されているのを、「参考例1より」に訂正する。

(9) 訂正事項9
明細書の段落【0095】に「実施例1より」と記載されているのを、「参考例1より」に訂正する。

(10) 一群の請求項について
本件訂正請求による訂正前の請求項1ないし12について、訂正前の請求項2ないし12は訂正前の請求項1を直接又は間接的に引用するものであるから、本件訂正請求による訂正前の請求項1ないし12は、特許法第120条の5第4項に規定する一群の請求項である。

2 訂正の目的の適否、新規事項の有無、及び、特許請求の範囲の拡張・変更の存否

(1) 訂正事項1について
訂正事項1に係る請求項1の訂正は、熱変形温度の範囲を「270〜320℃」とすること、及び、熱変形温度の求め方を限定するものであり、特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
そして、熱変形温度の範囲の下限値については、明細書の段落【0092】【表7】の実施例3に、また、熱変形温度の求め方については、明細書の段落【0081】に記載されている。
してみると、訂正事項1に係る請求項1の訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。
請求項1を直接または間接的に引用する、請求項2ないし12についても、同様である。

(2) 訂正事項2ないし9について
訂正事項2ないし9に係る明細書の訂正は、訂正事項1に係る請求項1の訂正に伴い、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合性を図るため、「実施例1」との記載を「参考例1」に訂正するものであり、明瞭でない記載の釈明を目的とするものである。
そして、訂正事項2ないし9に係る明細書の訂正は、願書に添付した明細書又は特許請求の範囲に記載した事項の範囲内においてするものであって、新規事項の追加に該当せず、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものではないことも明らかである。

(3) まとめ
以上のとおりであるから、本件訂正請求による訂正は特許法第120条の5第2項ただし書第1号及び第3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条第9項において準用する同法第126条第5項及び第6項の規定に適合する。
したがって、本件特許の明細書及び特許請求の範囲を、訂正請求書に添付された訂正明細書及び訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項[1−12]について訂正することを認める。

第3 本件発明

上記第2のとおりであるから、本件特許の請求項1ないし12に係る発明(以下、順に「本件発明1」のようにいう。また、本件発明1ないし本件発明12を総称して、「本件発明」という場合がある。)は、訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲の請求項1ないし12に記載された次の事項により特定されるとおりのものである。

「【請求項1】
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、
23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2であり、熱変形温度が270〜320℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
但し、前記熱変形温度は、熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度である。
【請求項2】
請求項1に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数が13〜22ppm/℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の23℃、15GHzの誘電率が、それぞれ、2.6〜3.7である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzにおいて、フィルムの平面方向の一方向の誘電率DX、およびそれに直交する方向の誘電率DYの平均値と、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率(DZ)との差が、下記式(1)で表わされる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
0≦|(DX+DY)/2−DZ|≦0.9(1)
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzのフィルムの一方向の誘電率(DX)と、それに直交する方向の誘電率(DY)との比(DX/DY)が、0.73〜1.37である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向の熱膨張係数(αX)と、それに直交する方向の熱膨張係数(αY)との比(αX/αY)が、0.6〜1.7である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、1〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層が接合された金属張積層体。
【請求項9】
少なくとも1つの導体層と、請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。
【請求項10】
請求項9に記載の回路基板であって、多層回路基板である回路基板。
【請求項11】
請求項9または10に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか一項に記載の回路基板を含む車載レーダ。」

第4 特許異議申立人が主張する特許異議申立理由について

特許異議申立人A及び特許異議申立人Bが特許異議申立書において、請求項1ないし12に係る特許に対して申し立てた特許異議申立理由の要旨は、それぞれ次のとおりである。

1 特許異議申立人Aが申し立てた特許異議申立理由の要旨

申立理由A1(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲A1号証に記載された発明及び甲A2号証ないし甲A6号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由A2(サポート要件) 本件特許の請求項1ないし6についての特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由A2は、概略次のとおりである。
「本件特許の請求項1〜6においては、厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2(請求項1)、熱変形温度が180〜320℃(請求項1)、熱膨張係数が13〜22ppm/℃(請求項2)、面方向の誘電率が2.6〜3.7(請求項3)、誘電率の差が0〜0.9(請求項4)、誘電率の比が0.73〜1.37(請求項5)、熱膨張係数の比が0.6〜1.7(請求項6)と規定されている。
しかし、本件特許明細書に記載された実施例1〜3においては、これらの範囲は、段落0092の表2によれば、以下のとおりである。
厚さ方向の誘電率:2.8〜2.9
熱変形温度:240〜280℃
熱膨張係数:17〜20ppm/℃
面方向の誘電率:3.2〜3.4
誘電率の差:0.4〜0.5
誘電率の比:0.94〜1.00
熱膨張係数の比:1.0〜1.2
すなわち、いずれについても、請求項1〜6に規定された範囲に比べて、実施例に記載の範囲は狭いものになっている。
また、技術常識として、液晶は、特定条件でしか良好な液晶状態を呈さない。このため、実際に確認され本件特許明細書に実施例として記載された範囲を、請求項1〜6に規定の範囲まで拡張ないし一般化できないことは明らかである。」

<証拠方法>
・甲A1号証:砂本辰也ほか、「複素誘電率の異方性を改善した液晶ポリマーフィルムの特性と応用」、エレクトロニクス実装学会誌、Vol.18 No.5(2015)第316〜318ページ
・甲A2号証:大木道則ら編集、「化学大辞典」、東京化学同人、1996年発行、第243ページ
・甲A3号証:小出直之監修、「液晶ポリマーの新展開」、シーエムシー出版、2004年発行、第123〜158ページ
・甲A4号証:国際公開第2013/065453号
・甲A5号証:小野寺稔ほか、「回路基材としての液晶ポリマーフィルムの誘電特性改善」、第26回エレクトロニクス実装学会講演大会講演論文集、2012年 第51〜52ページ
・甲A6号証:砂本辰也、「高周波液晶ポリマーフィルムの高周波特性向上と回路基板への応用」、月刊マテリアルステージ、2018年8月号、第61〜68ページ
なお、各証拠の表記については、おおむね特許異議申立書における記載にしたがった。(以下、意見書添付の証拠も含め、同様。)

2 特許異議申立人Bが申し立てた特許異議申立理由の要旨

申立理由B1−1(新規性・公知) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、公然知られた発明であり、特許法第29条第1項第1号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由B1−2(新規性公然実施) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、公然実施をされた発明であり、特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由B1−3(新規性・刊行物公知) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B1号証に記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由B2(進歩性) 本件特許の請求項1ないし12に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、公然知られた発明、公然実施された発明、あるいは、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった下記の甲B1号証に記載された発明、及び甲B2号証ないし甲B10号証の記載事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由B3(実施可能要件) 本件特許の請求項1ないし12についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

申立理由B3は、概略次のとおりである。
(申立理由B3−1)
「本件特許明細書の段落0011には、本件特許発明の目的は、成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにあることが記載されている。一方、本件特許発明1は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2であり、熱変形温度が180〜320℃である、との構成要件を含む。このように、本件特許請求項1〜12は、達成すべき結果によって物を特定しようとする記載を含む。
一方、本件特許明細書の実施例で実際に作製されている熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、実施例1〜3のフィルムのみである。したがって、Z、X、Y方向の誘電率、X、Y方向の熱膨張係数、および熱変形温度が表7の実施例1〜3記載のフィルム以外の、本件特許発明1〜12に包含されるフィルムをどのように作製できるかは、本件特許明細書等の開示から当業者にとって自明ではなく、技術常識でもない。
この結論は、本件特許の実施例で採用されている製造方法の記載を見ても変わらない。なぜなら、Z方向の誘電率を、実施例1〜3以外の値に自在に制御する手段が明らかでないからである。これでは、Z方向の誘電率を実施例以外の値とすることが可能であるとは考えられない。ましてや、XおよびY方向の誘電率、熱膨張係数、熱変形温度を実施例1〜3から変動させつつ、Z方向の誘電率を制御することはなおさら無理である。」

(申立理由B3−2)
「本件特許明細書の段落0014には、特定の工程によりフィルム表面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるようにしてフィルムを加熱制御することで、アで述べた目的を達成できることが記載されている。よって、本件特許発明のような誘電率と熱変形温度を有するポリマーフィルムを製造するためには、そのような特殊な加熱制御が重要であると理解される。
このようなフィルムの加熱制御に関して、段落0054には以下の記載がある。
・・・(略)・・・
また、本件特許明細書の段落0083には以下の記載がある。
・・・(略)・・・
しかし、これらの記載だけでは、本件特許発明のポリマーフィルムの製造を再現することは不可能である。
例えば、本件特許明細書等には、フィルムの加熱制御における予熱条件、および加熱後の冷却条件に関して何ら開示されていない。特に、加熱後の冷却における冷却速度は液晶ポリマーの立体構造に大きな影響を与え、その配向状態が変化する。例えば甲第10号証には、冷却条件の相違により液晶ポリマーの結晶構造が変化することが示されている。具体的には、液晶ポリマーを急冷した試料と、徐冷した試料についてX線回折測定を行ったところ、急冷条件では明確なピークがないのに対し、徐冷条件では明確なピークがあることが示されている(359頁Abstract、360頁右欄51〜57行、図4)。また、甲第10号証には、このような現象は特定の液晶ポリマーに限らず、全てのタイプの液晶ポリマーに共通する一般的な特徴であることが記載されている(359頁左欄下から1行〜右欄4行)。したがって、フィルムの予熱・冷却の条件は、本件特許明細書の段落0042に記載された熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御に大きな影響を与え、フィルムの特性が変化する。
よって、上記のような条件の不開示が、特定の誘電率と熱変形温度とを有する本件特許発明のポリマーフィルムの製造の実現を不可能にしている。

さらに、熱変形温度の測定方法に関して、本件特許明細書の段落0081には以下の記載がある。
・・・(略)・・・
上記記載によれば、本件特許発明では、上記方法により熱膨張量を測定し、その変曲点を熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度としている。しかし、本件特許明細書等には、当該変曲点の取り方について、その詳細な説明が何ら開示されていない。一般的に、熱膨張量の測定データのどの部分を変曲点とするかによって、熱変形温度も大きく変化する。これでは、信頼性の高い熱変形温度を得ることができない。
そして、熱変形温度は、本件特許明細書の段落0042に記載された熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御に影響を与える。なぜなら、その制御は、段落0043以降に記載された特殊な熱処理工程によって、達成されるところ、熱変形温度は、その熱処理工程の温度範囲の設定(熱変形温度+10℃から熱変形温度+60℃)において重要な位置を占めているからである。
したがって、このような熱変形温度の具体的な測定方法の不開示により、当業者が本件特許明細書の実施例等を参照しても、本件特許発明のポリマーフィルムの製造を実現することはできない。」

<証拠方法>
・甲B1号証:Vecstar Kuraray LCP Film カタログ
・甲B2号証:「回路基材としての液晶ポリマーフィルムの誘電特性改善」、小野寺稔等、第26回エレクトロニクス実装学会春季講演大会、8A−02(51〜52頁)
・甲B2’号証:エレクトロニクス実装学会誌 Vol.15 No.3 208〜217頁(2012)
・甲B3号証:「FPC関連=液晶ポリマー」、小野寺稔、エレクトロニクス実装学会誌、Vol.8 No.2 90〜94頁(2005)
・甲B4号証:「複素誘電率の異方性を改善した液晶ポリマーフィルムの特性と応用」、砂本辰也等、エレクトロニクス実装学会誌、Vol.18 No.5 316〜318頁(2015)
・甲B5号証:特開2018−174287号公報
・甲B6号証:特開2020−72198号公報
・甲B7号証:「複素誘電率法によるPETフィルムの結晶化度の測定」、永田紳一等、成形加工 第9巻 第11号 897〜903頁(1997)
・甲B8号証:特開2018−109090号公報
・甲B9号証:国際公開第2012/117850号
・甲B10号証:D.J.Blundell,POLYMER,1982,Vol.23,March

特許異議申立人Bは、令和3年10月5日に提出した意見書に付して、次の証拠を提出している。

・甲B11号証:「技術士第1次試験「機械部門」専門科目受験必須テキスト第3版」、大原良友著、日刊工業新聞社発行、2016年6月発行、1〜6頁
・甲B12号証:「第5版 実験化学講座 26 −高分子化学−」、編集者:社団法人日本化学会、発行者、村田誠四郎、2005年3月25日発行、405頁、406頁
・甲B13号証:「液晶ポリマーフィルムの超高耐熱化」、小野寺稔等、品質工学、Vol.7、No.6、1999年12月、31〜37頁
・甲B14号証:「新版高分子辞典」、編集者:高分子学会、発行者:朝倉邦造、1988年11月25日発行、338頁、466頁
・甲B15号証:「熱分析におけるデータ解析ソフトの問題点」、熱測定、Vol.16、No.2、1989年、76〜89頁

なお、甲A1号証と甲B4号証、甲A5号証と甲B2号証はそれぞれ同じ文献である。

第5 取消理由通知に記載した取消理由について

請求項1ないし12に係る特許に対して、当審が令和3年7月5日付け特許権者に通知した取消理由の要旨は、次のとおりである。(なお、特許異議申立理由のうち、申立理由A1、申立理由B1−1、B1−2、B1−3、B2及びB3−2はいずれも取消理由に包含される。)

取消理由1−1(新規性・公知) 本件特許の請求項1〜12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、公然知られた発明であり、特許法第29条第1項第1号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由1−2(新規性公然実施) 本件特許の請求項1〜12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、公然実施をされた発明であり、特許法第29条第1項第2号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由1−3(新規性・刊行物公知) 本件特許の請求項1〜12に係る発明は、本件特許の出願前に日本国内又は外国において、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲A1号証、甲A5号証、甲A6号証、甲B1号証、甲B2号証、甲B3号証、甲B4号証にそれぞれ記載された発明であり、特許法第29条第1項第3号に該当し特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由2(進歩性) 本件特許の請求項1〜12に係る発明は、本件特許の出願日前に日本国内又は外国において、公然知られた発明、公然実施された発明、あるいは、頒布された又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能となった甲A1号証、甲A5号証、甲A6号証、甲B1号証、甲B2号証、甲B3号証、甲B4号証にそれぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものであるから、それらの特許は、同法第113条第2号に該当し、取り消すべきものである。

取消理由3(実施可能要件) 本件特許の請求項1〜12についての特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるから、同法第113条第4号に該当し、取り消すべきものである。

なお、取消理由3の具体的理由は次のとおりである。

(1) 冷却条件について

本件特許明細書の段落【0014】には、特定の工程によりフィルム表面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるようにしてフィルムを加熱制御することで、「成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供する」(段落【0011】)との目的を達成できることが記載されている。
すると、本件発明1ないし12のような誘電率と熱変形温度を有するポリマーフィルムを製造するためには、そのような特殊な加熱制御が重要であると理解されるものの、段落【0054】や【0083】の記載、あるいはそれ以外の本件特許明細書の記載をみても、フィルムの加熱制御における予熱条件、および加熱後の冷却条件に関して何ら開示されていない。
一般に、加熱後の冷却における冷却速度は液晶ポリマーの立体構造に大きな影響を与え、その配向状態が変化することが知られている(必要ならば、甲第10号証参照)。
してみると、本件発明1ないし12を実施するにあたり、フィルムの加熱制御における予熱条件、および加熱後の冷却条件について何ら開示がない本件特許明細書の記載に、技術常識を加味したとしても、その実施には過度の試行錯誤を要するものであるといえるから、本件特許明細書には、本件発明1ないし12を実施できる程度に記載されているとはいえない。

(2) 熱変形温度の測定方法について

本件特許明細書の段落【0081】には、熱変形温度の測定方法に関し、熱膨張量を測定し、その変曲点を熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度とする旨記載されている。
しかし、本件特許明細書等には、当該変曲点の取り方について、その詳細な説明が何ら開示されていない。一般的に、熱膨張量の測定データのどの部分を変曲点とするかによって、熱変形温度も大きく変化するため、変曲点をどのように決定するかが不明のままでは、信頼性の高い熱変形温度を得ることができない。
したがって、本件特許明細書には、本件発明1ないし12を実施できる程度に記載されているとはいえない。

第6 取消理由についての当審の判断

1 取消理由1−1(公知)、1−2(公然実施)、1−3(刊行物公知)及び2(進歩性)について

(1) 主な証拠の記載事項

ア 甲A1号証(甲B4号証)の記載事項等

(ア) 甲A1号証(甲B4号証)の記載事項

甲A1号証(甲B4号証)には、「複素誘電率の異方性を改善した液晶ポリマーフィルムの特性と応用」に関し、次の事項が記載されている。(なお、下線は当審で付したものである。以下同様。)

「本報は,液晶ポリマーフィルム<ベクスター>を用いて高周波回路を設計する際に必要となる基材パラメータである誘電特性を精密にX−Y,Z方向に測定した結果及び得られた誘電特性を元に設計したオール<ベクスター>多層回路の製造方法および電送特性について報告するものである。」(第316頁左欄「1.まえがき」の項、下から第6行ないし第1行)

「2.液晶ポリマーフィルムの誘電特性
通常の熱可塑性ポリマー分子は曲がりくねった糸状分子鎖であるのに対し,液晶ポリマーの分子は剛直な棒状である。比誘電率と誘電正接は分子の長軸(Y)方向に大きく,その直角(X)方向が小さい特徴を持つ。液晶ポリマーのフィルム化によってXY方向の異方性が生じやすいが,われわれの独自の方法により正確に誘電特性を等方化させることに成功した。
液晶ポリマーフィルムはXY方向に等方分子配向させても厚さ(Z)方向に層状(平行)に分子配向しやすい性質が残るため,誘電特性もXY方向とZ方向で異方性を生じる。
誘電特性の評価方法としては,トリプレート線路共振器法(1〜25GHz Z方向),空洞共振器摂動法(1〜19GHz X−Y方向),自由空間法(18〜75GHz X−Y)がよく知られている。しかしながら共振する電界の方向によりX−Y,Z方向の誘電特性値が各種方法で異なること,測定周波数の違いによる測定値の差があり,統一した誘電特性の測定方法が望まれていた。
今回,正確な誘電特性を薄膜形態で直接計測できるサムテック殿の方法を用い,7〜33GHzにわたる周波数帯で,X,Y方向測定には円筒空洞共振器のTE111モードを用い,またZ方向測定には,1個の共振器で共振周波数が異なるTE0m0モードを用いて計測した。さらに,従来の計測法である空洞共振器摂動法によるXY方向,トリプレート線路共振器法によるZ方向の誘電特性を表1に比較掲示する。また周波数X−Y,Z方向の比誘電率と誘電性説の周波数依存性を図2に示す。」(第316頁左欄下から第10行ないし同頁右欄第18行)



」(第316頁 右欄、表1)

「3.液晶ポリマーフィルムの特性
一般特性を表2に示す。CT-Fはカバーレイ及びボンディング材料用,CT-Zはコア材用である。CT-Zは,、CT-Fベースに耐熱性と力学強度を改善したフィルムであり,誘電特性は同じ特性を有する。
フレキシブル回路基板の基材となる銅張積層板は,<ベクスター>CT-Zと銅箔とを真空熱プレス機,連続熱プレス機や熱ロールプレス機などにより熱圧着することで製造されている。<ベクスター>CT-Zは素材を強靱化し,剥がれにくくすることで銅箔の粗度Rzが0.8μm程度の圧延銅箔であっても高い接着性を発現させることができる。」(第317頁左欄第11行ないし第21行)

「4.多層積層回路
モバイル機器の高速・大容量・薄型化に伴い機器内の接続ケーブルは多配線細線同軸線から高速伝送に適したフレキシブル回路(FPC)に移行しつつある。さらに,高密度化するため多層構造可能な基材として<ベクスター>が注目されている。」(第317頁左欄第22行ないし第27行)



」(第317頁右欄、表2)

(イ) 甲A1号証(甲B4号証)に示された発明

上記(ア)の記載をまとめると、甲A1号証(甲B4号証)からは、次の発明が本件優先日前において知られ、あるいは、実施され、または、記載されていたもの(以下、他の証拠においては、単に「記載等していたもの」と表記する。)と認める。

「平行型円板共振器で測定した7−33GHzのZ(厚さ)方向の比誘電率が2.87、TMA法による熱膨張係数が18ppm/℃、DSC法による融点が280℃である液晶ポリマーフィルム「ベクスターCT−F」。」(以下、「甲A1ベクスターCT−F発明」という。)

「平行型円板共振器で測定した7−33GHzのZ(厚さ)方向の比誘電率が2.87、TMA法による熱膨張係数が18ppm/℃、DSC法による融点が335℃である液晶ポリマーフィルム「ベクスターCT−Z」。」(以下、「甲A1ベクスターCT−Z発明」という。)

イ 甲A3号証の記載事項

甲A3号証には、「高機能性材料としての液晶ポリマー」に関して、次の事項が記載されている。

「1.3 電気・電子材料に適合した液晶ポリマーフィルムとは
液晶ポリマー(LCP)の中で熱可塑性を有するものはサーモトロピックLCPと呼ばれているが,この中で工業化されているのは全芳香族ポリエステルが中心である。」(第125頁第16行ないし第18行)

「本稿では,上記の要求課題を満足するサーモトロピック液晶ポリマー(LCP)フィルムに焦点を当て,そのフィルム化に係わる要素技術を概説し,具体例としてLCPフィルム「ベクスター」の特長と配線基板材料への応用を紹介する。」(第138頁第4行ないし第6行)

「2.4 配線板用途
2.4.1 銅張積層板
ベクスターは高耐熱性の熱可塑性樹脂フィルムであるので,接着剤を用いることなく短時間の加熱圧着により,銅張積層板を製造することができる。」(第154行下から第3行ないし第156頁第1行)

ウ 甲A5号証(甲B2号証)の記載事項等
(ア) 甲A5号証(甲B2号証)の記載事項

甲A5号証(甲B2号証)には、「回路基材としての液晶ポリマーフィルムの誘電特性改善」に関して、次の事項が記載されている。

「2.誘電特性評価方法
まず、液晶ポリマーフィルムの線膨張係数と誘電特性の異方性測定を行った。測定方向をFig.1に示す。評価サンプルは、熱膨張係数を変えた100μm厚の液晶ポリマーフィルム3種[(LCP-1、LCP-2)、クラレ<ベクスター>CT-Z(LCP-3)]を使用した。熱膨張係数は熱機械分析(TMA)法により、30〜150℃におけるX,Y,Z方向の線膨張係数を計測した。誘電特性は7〜33GHzにわたる周波数帯でX,Y方向測定には円筒空洞共振器のTE111モードを用い、またZ方向測定には平行型円板共振器のTE0m0モードを用いた。さらに遮蔽円筒導波管のTE011モードを用いて、誘電特性の湿度及び温度依存性を計測した。」(第51頁左欄下から第12行ないし同欄末行)



」(第51頁右欄 Table 1)

「温度に対する誘電特性をFig.3に示す。常用範囲(さらに高温領域で計測中)での比誘電率の変化はなく、温度増加とともに誘電正接の増加がわずかに発生している。」(第52頁左欄第1行ないし第3行)





(イ) 甲A5号証(甲B2号証)に記載された発明

上記(ア)の記載をまとめると、甲A5号証(甲B2号証)には次の発明が記載等されていると認める。

「熱機械分析(TMA)法による、30〜150℃におけるX,Y方向の線膨張係数が18×10−6/cmであり、平行型円板共振器のTE0m0モードによるZ方向(厚さ方向)の比誘電率が2.87である液晶ポリマーフィルム「ベクスターCT−Z」。」(以下、「甲A5ベクスターCT−Z発明)という。)

エ 甲A6号証に記載された事項等
(ア) 甲A6号証に記載された事項

甲A6号証には、「高周波液晶ポリマーフィルムの高周波特性向上と回路基板への応用」に関し、次の事項が記載されている。

「次世代通信規格システム「5G」,また自動運転のセンシング技術として使用されるミリ波レーダーなどの基板材料に用いられる配線板に対し新たな特性を必要としている。
その一例として,表1に,次世代通信規格システム「5G」や自動運転向けミリ波レーダーの基板材料に用いられる配線板及び基板材料への要求特性と要求項目を示す。
本項では,これらのキーワードに焦点を当て,当社の液晶ポリマーフィルム(商品名「ベクスター」)の特長を解説するとともに,高周波用基板材料としての代表的特性と用途について紹介する。」(第61頁左欄下から第12行ないし同欄末行)

「「ベクスター」は比誘電率や誘電正接が小さく,湿度の影響を受けにくいこと,ガラスクロスなどの補強材を使用せず,熱膨張係数を制御できることから高寸法安定性・高耐熱性フィルムとしてギガヘルツ帯の高周波回路基材などに採用が広がっている。
「ベクスター」の一般特性を表2に示す。CTFシリーズはカバーレイ及びボンディング材用,CTQはCTQシリーズはコア材用である。誘電特性は同じ特性を有する。現在の厚み仕様は,それぞれのタイプについて25μm,50μm,100μmの3種類が設定されており,用途に応じた幅広い選択が可能である。

」(第62頁左欄第8行ないし同欄末行)

(イ) 甲A6号証に記載された発明

上記(ア)の記載をまとめると、甲A6号証には次の発明が記載等されていると認める。

「TMA法による熱膨張係数が18ppm/Kであり、トリプレート線路共振器(25GHz)による比誘電率が2.9である、高周波液晶ポリマーフィルム「ベクスターCTF」。」(以下、「甲A6ベクスターCTF発明」という。)

オ 甲B1号証の記載事項等
(ア) 甲B1号証の記載事項

甲B1号証には、「Vecstar」に関し、次の事項が記載されている。






(イ) 甲B1号証に記載された発明

上記(ア)の記載事項をまとめると、甲B1号証には、次の発明が記載等されていると認める。

「TMA法による熱膨張係数が18×10−8/℃、トリプレート線路共(25GHZ)による誘電率が2.9である液晶ポリマーフィルム「ベクスターCT−F」。」(以下、「甲B1ベクスターCT−F発明」という。)

「TMA法による熱膨張係数が18×10−8/℃、トリプレート線路共(25GHZ)による誘電率が2.9である液晶ポリマーフィルム「ベクスターCT−Z」。」(以下、「甲B1ベクスターCT−Z発明」という。)

カ 甲B3号証の記載事項等
(ア) 甲B3号証の記載事項

甲B3号証には、「FPC関連=液晶ポリマー」に関して、次の事項が記載されている。

「1. はじめに
低分子物質で液晶挙動が観察されたのは,今から約120年ほど前の1880年代にさかのぼる。半世紀ほど経て液晶性を示す高分子物質(LCP)が発見され、大きく2つの性質に分類されて研究・開発が進んできた。溶液中で液晶性を示す「ライオトロピック液晶ポリマー」と,熱で溶融する「サーモトロピック液晶ポリマー」である。サーモトロピック液晶ポリマー(TLCP)が最初に商品化されたのは約17年前,セラニーズ社の「ベクトラ」(日本ではポリプラスチックス社が販売),ほぼ同時期にダートコ社の「ザイザー」(日本では日本石油化学社が販売)が販売を始めた。・・・(中略)・・・本報ではTLCP(開発品・ベクスター)の基本的な性能についてポリイミドフィルムとの比較を交えながら説明する。」(第90頁左欄第1行ないし第27行)

「3. 特 性
3.1 熱特性
TLCPおよび他基板材料の耐熱性の指標として,連続使用温度や熱変形温度が参考になる(図1)。TLCPは比較的高い耐熱性に位置していることがわかる。TLCPは熱可塑性樹脂フィルムであり,熱硬化性樹脂とは異なる性質を有する。硬化という現象がないので,2次加工が可能である。表1に代表的な熱特性を示す。」(第90頁右欄第8行ないし第15行)



」(第91頁 表1)

「3.4 電気特性
・・・(中略)・・・
さらに,高温になるほど分子の軸方向の回転運動は激しくなり,誘電緩和領域は高周波数側へシフトする。しかし,周波数が25GHz程度にもなればもはや分子の運動は追従せず温度の影響を受けない。一方,図7に示すように誘電率は双極子の大きさを示すパラメータであって分子運動の激しさには無関係である。したがって,誘電率は温度変化の影響を受けにくく1GHz以上の周波数に対して一定である。」(第92頁左欄第10行ないし第93頁左欄第8行)

(イ) 甲B3号証に記載された発明

上記(ア)の記載事項をまとめると、甲B3号証には次の発明が記載等されていると認める。

「TMA法による熱変形温度が260〜310℃、20℃、96H、65%RHにおける1GHzの誘電率が2.9、TMA法による熱膨張係数が18ppm/℃)であり、サーモトロピック液晶ポリマーであって熱可塑性樹脂フィルムであるベクスター。」

キ 甲B5号証の記載事項

甲B5号証には、「回路基板及び多層回路基板」に関し、次の事項が記載されている。

「【0001】
本発明は、回路基板及び多層回路基板に関するものである。」

「【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、密着性に優れ、誘電率及び誘電正接が小さく、高周波伝送においても伝送損失の低減が可能な接着層を備えた回路基板及び多層回路基板を提供することである。」

「【実施例】
【0095】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例において、特にことわりのない限り各種測定、評価は下記によるものである。
【0096】
[熱膨張係数(CTE)の測定]
3mm×20mmのサイズのポリイミドフィルムを、サーモメカニカルアナライザー(Bruker社製、商品名;4000SA)を用い、5.0gの荷重を加えながら一定の昇温速度で30℃から300℃まで昇温させ、更にその温度で10分保持した後、5℃/分の速度で冷却し、250℃から100℃までの平均熱膨張係数(熱膨張係数)を求めた。
【0097】
[ガラス転移温度(Tg)の測定]
ガラス転移温度は、5mm×20mmのサイズのポリイミドフィルムを、動的粘弾性測定装置(DMA:ユー・ビー・エム社製、商品名;E4000F)を用いて、30℃から400℃まで昇温速度4℃/分、周波数11Hzで測定を行い、弾性率変化(tanδ)が最大となる温度をガラス転移温度とした。
【0098】
[銅箔の表面粗度の測定]
銅箔の表面粗度は、AFM(ブルカー・エイエックスエス社製、商品名:DimensionIcon型SPM)、プローブ(ブルカー・エイエックスエス社製、商品名:TESPA(NCHV)、先端曲率半径10nm、ばね定数42N/m)を用いて、タッピングモードで、銅箔表面の80μm×80μmの範囲について測定し、十点平均粗さ(Rzjis)を求めた。
【0099】
[誘電率(Dk)及び誘電正接(Df)の測定]
誘電率及び誘電正接は、空洞共振器摂動法誘電率評価装置(Agilent社製、商品名;ベクトルネットワークアナライザE8363C)及びスプリットポスト誘電体共振器(SPDR共振器)を用いて、周波数10GHzにおける樹脂シートの誘電率および誘電正接を測定した。なお、測定に使用した樹脂シートは、温度;24〜26℃、湿度;45〜55%の条件下で、24時間放置したものである。」


「【0126】
[実施例1]
液晶ポリマーフィルム(クラレ社製、商品名;CT−Z、厚さ;50μm、CTE;18ppm/K、熱変形温度300℃、Dk;3.40、Df;0.0022)を絶縁性基材とし、その両面に銅箔(電解銅箔、厚さ;9μm、表面粗度Rz;2.0μm)が設けられた両面フレキシブル銅張積層板1を準備し、その片面の銅箔にエッチングによる回路加工を施し、導体回路層を形成した配線基板1を調製した。併せて、両面フレキシブル銅張積層板1の片面の銅箔をエッチング除去し、片面フレキシブル銅張積層板1’を調製した。」

ク 甲B6号証の記載事項

甲B6号証には、「金属張積層板、回路基板、多層回路基板及びその製造方法」に関し、次の事項が記載されている。

「【0001】
本発明は、金属張積層板及び回路基板並びに複数層に積層された導体回路層を有する多層回路基板及びその製造方法に関するものである。」

「【0122】
[熱膨張係数(CTE)の測定]
3mm×20mmのサイズのポリイミドフィルムを、サーモメカニカルアナライザー(Bruker社製、商品名;4000SA)を用い、5.0gの荷重を加えながら一定の昇温速度で30℃から300℃まで昇温させ、更にその温度で10分保持した後、5℃/分の速度で冷却し、250℃から100℃までの平均熱膨張係数(熱膨張係数)を求めた。」

「【0124】
[誘電率および誘電正接の測定]
ベクトルネットワークアナライザ(Agilent社製、商品名E8363C)ならびにSPDR共振器を用いて、10GHzにおける樹脂シートの誘電率および誘電正接を測定した。なお、測定に使用した材料は、温度;24〜26℃、湿度45℃〜55%RHの条件下で、24時間放置したものである。」

「【0145】
[実施例5]
液晶ポリマーフィルム(クラレ社製、商品名;CT−Z、厚さ;25μm、CTE;18ppm/K、熱変形温度;300℃、Dk;3.40、Df;0.0022)を絶縁基材とし、その両面に銅箔1が設けられた両面金属張積層板1を準備した。両面金属張積層板1の片面の銅箔1をエッチング除去し、片面金属張積層板2を調製した。
【0146】
ポリイミドワニス1を乾燥後の厚みが50μmとなるように片面金属張積層板2の樹脂面に塗工した後、80℃で15分間加熱乾燥することで、接着層付片面金属張積層板5を調製した。また、接着層付片面金属張積層板5について、180℃のオーブンで1分間、150℃で30分間加熱した後に評価したところ、寸法変化は問題がなく、誘電率(Dk)及び誘電正接(Df)はそれぞれ、2.92、0.0026であった。」

ク 乙1号証の記載事項

特許権者が令和3年9月22日に提出した意見書に添付した乙1号証には、「実験報告書」として、次の記載がある。








(2) 判断

上記アにおける、「甲A1ベクスターCT−F発明」、「甲A1ベクスターCT−Z発明」、「甲A5ベクスターCT−Z発明」、「甲A6ベクスターCTF発明」、「甲B1ベクスターCT−F発明」、「甲B1ベクスターCT−Z発明」、「甲B3ベクスター発明」はいずれも、本件優先日前において、株式会社クラレより上市されていた液晶ポリマーフィルムである「ベクスターCT−F」、「ベクスターCT−Z」を指すものである。
よって、以後、公知、公然実施、及び、刊行物公知の検討にあたり、株式会社クラレの液晶ポリマーフィルムである「ベクスターCT−F」、「ベクスターCT−Z」を引用発明とし、本件発明1ないし12と対比・検討する。

ア 本件発明1について

「ベクスターCT−F」、「ベクスターCT−Z」はいずれも液晶ポリマーフィルムであり、熱可塑性を有するものである(甲A3号証、甲B3号証)。また、液晶ポリマーフィルムは光学的に異方性の溶融相を形成するものであることは明らかである(必要ならば甲A2号証の「液晶」の項を参照)。
そして、「ベクスターCT−F」、「ベクスターCT−Z」の厚さ方向(Z方向)の誘電率はいずれも、トリプレート線路共振器(25GHz)で2.86(甲A1号証)、平行型円板共振器(7−33GHz)で2.87(甲A1号証、甲A5号証)であり、熱変形温度はベクスターの基本的な性能として示されるものがTMA法で260〜310℃(甲B3号証)、CT−Zについては300℃(甲B5号証、甲B6号証)である。

以上の点をふまえ、本件発明1と「ベクスターCT−Z」を対比する。

「ベクスターCT−Z」は、本件発明1の「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマーからなる熱可塑性液晶ポリマーフィルム」に相当する。
また、誘電率は、誘電率は温度変化の影響を受けにくく1GHz以上の周波数に対して一定であること(甲B3号証)からすれば、「ベクスターCT−Z」の厚さ方向の誘電率は、本件発明1の「23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2」との特定事項を満たす。

してみると、本件発明1と「ベクスターCT−Z」は、
「 光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、
23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム」
である点で一致し、次の点で相違する。

・相違点
熱変形温度に関し、本件発明1は、「熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度」が「270〜320℃」であると特定されるのに対し、ベクスターCT−Zには、そのような特定がない点。

上記相違点について検討する。
ベクスターの熱変形温度については、TMA法で260〜310℃(甲B3号証)、CT−Zについては300℃(甲B5号証、甲B6号証)との文献があるものの、その具体的な測定条件は不明である。
この点について、特許権者が提出した乙1号証によれば、ベクスターCT−Zについて、「熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度」を測定した結果、333℃であったことが示されている。
してみれば、当該相違点は実質的にも相違点であるから、本件発明1は、ベクスターCT−Zではない。

また、ベクスターCT−Zについて、「熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度」を「270〜320℃」に変更する動機付けもないから、本件発明1は、ベクスターCT−Zに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

さらに、本件発明1とベクスターCT−Fを同様に対比すると、ベクスターCT−Zの場合と同じ点で相違するが、この点についても、乙1号証よると、ベクスターCT−Fについて、「熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度」を測定した結果、251℃であったことが示されている。
してみれば、ベクスターCT−Zの場合と同様に、本件発明1は、ベクスターCT−Fではなく、また、ベクスターCT−Fに基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

以下、「ベクスターCT−Z」と「ベクスターCT−F」をあわせて、単に「ベクスター」と総称する。

イ 本件発明2ないし12について

本件特許発明2ないし12は、請求項1を直接又は間接的に引用する発明であり、本件特許発明1の特定事項を全て有するものである。
そして、上記アのとおり、本件特許発明1は、ベクスターではなく、ベクスターに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもないから、本件特許発明1の特定事項を全て含む発明である本件特許発明2ないし12はベクスターではないし、ベクスターに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでもない。

(3) 取消理由1−1、1−2、1−3及び2についてのまとめ
したがって、本件発明1ないし12に係る特許は、特許法第29条第1項各号に該当するものではなく、また、同法同条第2項の規定に違反してなされたものであるとはいえないので、取消理由1−1、1−2、1−3及び2によって取り消すことはできない。

2 取消理由3(実施可能要件)について

(1) 実施可能要件の判断基準
本件特許発明1ないし12は「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」、あるいは、「金属張積層体」、「回路基板」、「車載レーダ」という物の発明であるところ、物の発明について実施可能要件を充足するためには、発明の詳細な説明に、当業者が、発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、その物を生産し、使用することができる程度の記載があることを要する。

(2) 本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、次のとおりの記載がある。

「【技術分野】
【0002】
本発明は、光学的異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマーからなるフィルム(以下、熱可塑性液晶ポリマーフィルムと称する)に関し、高周波(例えば、1〜300GHz)、特にマイクロ波・ミリ波(例えば、10〜300GHz、好ましくは30〜300GHz)で用いられる回路基板として有用な熱可塑性液晶ポリマーフィルムに関する。」

「【背景技術】
【0003】
自動車の安全運転支援や自動運転化に向け、車体に搭載し車間距離などを検出するための赤外線レーダやミリ波レーダの開発が進んでおり、中でも雨天・霧などの悪天候下においても安定した検出能力を有するミリ波レーダが注目されている。ミリ波レーダは、電磁波信号の送受信を行うためのアンテナを備えているが、このアンテナは、絶縁基板上に精密に設置された導体層(銅箔等)から構成されている。
【0004】
アンテナの絶縁基板としてはセラミックス基板やフッ素樹脂基板が知られているが、セラミックス基板は剛性が高く加工が困難であり、高価であることが課題である。また、フッ素樹脂基板は軟質であり、寸法安定性を高めるために用いられるガラスクロスやフィラー等の影響により、基板全体の高周波特性および耐湿性に問題がある。
【0005】
一方、加工性に優れ、高周波特性の良好な熱可塑性液晶ポリマーフィルムが注目されており、特許文献1(特開2012−077117号公報)にはミリ波レーダ用途を想定した熱可塑性液晶ポリマーフィルムが記載されている。
【0006】
特許文献1には、熱膨張係数0〜25ppm/℃であるとともに、面内における誘電率の変動係数が所定の範囲である熱可塑性液晶ポリマーフィルムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−077117号公報」

「【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1には面内、いわゆる平面方向の誘電率を高度に制御した熱可塑性液晶ポリマーフィルムの記載はあるものの、高周波回路やミリ波レーダ回路に必要な材料の厚さ方向の誘電率については何ら記載されていない。
【0009】
例えば、ミリ波レーダの基板上の回路はストリップライン構造を有し、基板材料の平面方向のみならず、厚さ方向の誘電率が重要なパラメータになることが知られている。
【0010】
しかし、溶融流動性の高い熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、フィルムを構成する分子が流動しやすいためか、厚さ方向の誘電率を制御することが困難であった。また、熱可塑性液晶フィルムについて、多層積層での成形加工性を向上させる観点から、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度をより低下させることが求められている。
【0011】
従って、本発明の目的は、成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【0012】
本発明の別の目的は、さらに、反りや寸法安定性に影響する平面方向の熱膨張係数が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【0013】
本発明の他の目的は、マイクロ波・ミリ波アンテナを製造するために好適な熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。」

「【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、(1)熱可塑性液晶ポリマーフィルムは溶融流動性が高く、多層積層時の温度において分子が流動しやすいことが従来欠点であるとして考えられていたが、(2)逆にそのような流動性の高い分子の流動性を利用できないか検討したところ、(3)特定の工程によりフィルム表面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるようにしてフィルムを加熱制御すると、(4)驚くべきことに熱可塑性液晶ポリマーフィルムの成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御することが可能となることを見出し、本発明に至った。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の態様で構成されうる。
〔態様1〕
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2(好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1)であり、熱変形温度が180〜320℃(好ましくは200〜310℃、より好ましくは220〜300℃)であることを特徴とする熱可塑性液晶ポリマーフィルム。」

「【発明の効果】
【0021】
本発明では、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあり均一性に優れるとともに、熱変形温度が所定の範囲にあり成形加工性に優れる熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得ることができる。
【0022】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、高周波回路や車載レーダを構成する部材(例えば、ミリ波アンテナ基材)として好適に用いることができる。」

「【発明を実施するための形態】
【0023】
(熱可塑性液晶ポリマー)
熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマー(または光学的に異方性の溶融相を形成し得るポリマー)で構成され、この熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマーであればその化学的構成については特に限定されるものではないが、例えば、熱可塑性液晶ポリエステル、又はこれにアミド結合が導入された熱可塑性液晶ポリエステルアミドなどを挙げることができる。」

「【0042】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルムの製造方法]
本発明において、成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御するために、特定の条件下において、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御が行われる。
【0043】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの製造方法は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面が一対の耐熱性離型性支持体で挟まれた積層体を、所定の加圧下において、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(以下、HTと称する場合がある)に対して、(HT+10)〜(HT+60)℃で熱処理を行う熱処理工程と、前記積層体から前記一対の耐熱性離型性支持体をはがして熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得る剥離工程と、を少なくとも備えていることが好ましい。
【0044】
(熱処理工程)
熱処理工程では、押出成形(例えばインフレーション法など)により得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムを用い、この熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面が一対の耐熱性離型性支持体で挟まれた積層体に対して、所定の加圧下において、特定の温度により熱処理を行う。この熱処理でスキン層に存在する表裏面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるためか、熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、厚さ方向の誘電率を所望の範囲に制御することができる。
熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設される耐熱性離型性支持体は、目的を達成することができれば、同種であっても、異なっていてもよいが、同じ種類であるのが好ましい。
【0045】
耐熱性離型性支持体としては、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの厚み方向の誘電率を所定の範囲に制御することができる限り特に限定されないが、熱可塑性液晶ポリマーフィルムが熱処理中に熱可塑性液晶ポリマーフィルム表面でせん断力を受けやすい観点から、例えば、離型性耐熱フィルム(例えば、ポリイミドフィルム)が挙げられる。
【0046】
耐熱性離型性支持体(例えば、離型性耐熱フィルム)としては、前記熱処理の支持体として使用可能であるとともに、耐熱性離型性支持体平面において、耐熱性離型性支持体の一方向と、それに直交する方向の熱膨張係数が所定の範囲(例えば、10〜27ppm/℃、好ましくは10〜22ppm/℃、より好ましくは15〜22ppm/℃)に存在する耐熱性離型性支持体を使用することができる。
【0047】
好ましくは、耐熱性離型性支持体(例えば、離型性耐熱フィルム)平面において、耐熱性離型性支持体の一方向(X方向)の熱膨張係数(α0X)と、それに直交する方向(Y方向)の熱膨張係数(α0Y)との比(α0X/α0Y)が、例えば、0.6〜1.7、好ましくは0.8〜1.2、より好ましくは0.9〜1.1であってもよい。
【0048】
耐熱性離型性支持体の熱膨張係数が、その一方向と、それに直交する方向で異なる場合、耐熱性離型性支持体は、熱膨張係数を互いに同じ向きにそろえて熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設してもよいし、互いに異なる向きにして配設してもよい。熱可塑性液晶ポリマーフィルムの平面方向の熱膨張係数を制御する観点からは、耐熱性離型性支持体の熱膨張係数を互いに同じ向きにそろえて熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設するのが好ましい。
【0049】
熱処理工程では、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に耐熱性離型性支持体(例えば離型性耐熱フィルム)を熱圧着して積層体を形成し、この積層体に対して、特定の加圧下において熱処理を行う。
加圧は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面をそれぞれ耐熱性離型性支持体(例えば離型性耐熱フィルム)に密着させた状態で行われる。圧力は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに対して十分なせん断力を付与する観点から、例えば、1〜6MPa、好ましくは1.5〜4.5MPa、より好ましくは2〜3MPaであってもよい。
【0050】
熱処理温度は、厚さ方向の誘電率を制御する観点から、例えば、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(HT)に対して、(HT+10)〜(HT+60)℃で行ってもよく、好ましくは(HT+20)〜(HT+55)℃であってもよい。熱処理温度が低すぎると、厚さ方向の誘電率を変更することができず、熱処理温度が高すぎると、スキン層に存在する液晶ポリマー分子の流動性が高くなりすぎるためか、厚さ方向の誘電率を制御しにくい。
【0051】
なお、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、熱変形温度(HT)が、180〜320℃であってもよく、好ましくは200〜310℃であってもよく、より好ましくは220〜300℃であってもよい。なお、熱変形温度は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0052】
熱処理工程では、熱処理温度を、融点に対して所定の値に制御するのではなく、熱変形温度に対して所定の値に制御するのが好ましい。熱変形温度に対して所定の温度差を有した状態で熱処理を行うことにより、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに密着した耐熱性離型性支持体により、液晶ポリマー分子の流動性を適確に制御することができる。なお、熱可塑性液晶ポリマーフィルムが有する熱変形温度は、フィルムに対して、熱変形温度上昇工程として熱処理を行うことにより調整することができ、一般に加熱時間を長くするほど熱変形温度を上昇させることができる。
【0053】
また、熱処理時間は、加熱温度に応じて適宜設定することが可能であるが、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度が上昇することを防ぎつつ、厚さ方向の誘電率を制御する観点から、30秒〜30分であってもよく、好ましくは2分〜25分、より好ましくは5分〜20分であってもよい。
【0054】
熱処理後、流動した液晶ポリマー分子の配置を定着させる観点から、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に耐熱性離型性支持体を密着させた積層状態を維持して室温まで冷却するのが好ましい。その後、耐熱性離型性支持体を剥離して、熱可塑性液晶ポリマーフィルム単体を得ることができる。
【0055】
また、熱可塑性液晶ポリマーフィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数を所定の範囲に制御する観点から、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、等方性の高い状態であることが好ましい。例えば、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの分子配向性を示すSORは、0.8〜1.4であることが好ましく、より好ましくは1.0〜1.3であってもよい。例えば、このような分子配向性を示す熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、国際公開第2015/050080号を参照して得ることができる。」

「【0056】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルム]
このようにして得られた本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、成形加工性に優れるとともに、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあるため、基板材料、例えば、1〜300GHzの高周波回路基板材料として好適であり、特に10〜300GHz(好ましくは20〜300GHz)の周波数帯域に対応するレーダに用いられる基材として好適に用いることができる。
【0057】
(誘電率)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、23℃、20GHzの厚さ方向(Z方向)の誘電率(DZ)が2.5〜3.2であり、好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1であってもよい。厚さ方向の誘電率を制御することにより、ストリップライン構造の回路基板材料、特に、ミリ波レーダの基板に好適に用いることが可能である。なお、厚さ方向の誘電率は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
・・・
【0064】
(熱変形温度)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、熱変形温度が180〜320℃であり、好ましくは200〜310℃であってもよく、より好ましくは220〜300℃であってもよい。なお、熱変形温度は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。本発明では、特定の熱処理を行うことにより、熱処理後であっても熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度の上昇を抑制しつつ、厚さ方向の誘電率を所望の範囲に制御することができる。」

「【実施例】
【0073】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例においては、下記の方法により各種物性を測定した。
・・・
【0078】
[誘電率]
(サンプル作製方法)
フィルム平面方向における一方向、およびそれに直交する方向の誘電率の測定には、幅40mm、長さ50mmにカットしたサンプル片を準備した。
厚さ方向の測定には、幅50mm、長さ50mmにカットしたサンプル片を準備した。
【0079】
(測定方法)
フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の誘電率の測定は23±3℃の状態で行った。分子配向計(王子計測機器(株)製 MOA6015)を使用し、15GHzで測定を行い、誘電率を得た。なお、フィルムの一方向(X方向)としてMD方向を、それに直交する方向(Y方向)としてTD方向を、それぞれ測定した。
厚さ方向(Z方向)の誘電率の測定は23±3℃の状態で行った。平衡形円板共振器(サムテック(有)製)を使用し、20GHzで測定を行い、誘電率を得た。
また、厚さ方向(Z方向)の誘電率の他の測定方法として、23℃±5℃の状態でストリップライン共振器(キーコム(株)製)を使用し、15GHzで測定を行い、誘電率を得ることもできる。なお、以下の実施例及び比較例において、平衡形円板共振器とストリップライン共振器は、±0.01の範囲でほぼ同じ値を示したので、平衡形円板共振器の誘電率の値を使用した。
・・・
【0081】
[熱変形温度]
熱変形温度は、熱機械分析装置を用いて、フィルムの熱挙動を観察して得た。即ち、作製したフィルムを、幅5mm長さ20mmの試験片として、チャック間距離15mmにて、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で試験片の長さ方向の熱膨張量を測定し、その変曲点を熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(HT)とした。
【0082】
[実施例1]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27;ポリマーA)を溶融押出し、インフレーション成形法により、融点が280℃、熱変形温度が240℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0083】
耐熱性離型性支持体として、厚さ100μmのポリイミドフィルム(熱膨張係数MD方向16ppm/℃、TD方向16ppm/℃)を用い、得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面を、2枚のポリイミドフィルムのMD方向およびTD方向を同方向にそろえた状態で挟み積層体とし、真空熱プレス機で予熱後、290℃(HT+50℃)で15分間3MPaの圧力下で熱処理した。熱処理後、冷却し取り出した積層体から、ポリイミドフィルムを剥がした。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0084】
[実施例2]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:80/20;ポリマーB)を溶融押出し、インフレーション成形法により、融点が325℃、熱変形温度が280℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0085】
真空熱プレス機での熱処理を320℃(HT+40℃)とする以外は、実施例1と同様に熱可塑性液晶ポリマーフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0086】
[実施例3]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27;ポリマーA)を溶融押出し、インフレーション成形法および融点上昇処理により、融点が310℃、熱変形温度が270℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0087】
耐熱性離型性支持体として、厚さ100μmのポリイミドフィルム(熱膨張係数:MD方向27ppm/℃、TD方向16ppm/℃)を用い、得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面を、2枚のポリイミドフィルムのMD方向およびTD方向を同方向にそろえた状態で挟み積層体とし、真空熱プレス機で予熱後、320℃(HT+50℃)で15分間3MPaの圧力下で熱処理した。熱処理後、冷却し取り出した積層体から、ポリイミドフィルムを剥がした。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0088】
[比較例1]
支持体として、厚さ50μmのアルミニウム箔(熱膨張係数23ppm/℃)を用いた片面積層板を形成し、250℃(HT+10℃)に制御した炉長1.5mの熱風循環式熱処理炉において、前記積層板を3m/分の速度で熱処理を行う以外は、実施例1と同様に熱可塑性液晶ポリマーフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0089】
[比較例2]
熱処理工程における真空プレス機での熱処理を350℃(HT+70℃)としたこと以外は、実施例2と同様にフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0090】
[比較例3]
高融点で、溶融流動性が低減しているフィルムとして、p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27)を溶融押出し、インフレーション成形および融点上昇処理により、融点が330℃、熱変形温度が320℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0091】
熱処理工程における真空プレス機での熱処理を290℃(HT?30℃)とし、熱処理時間を120分としたこと以外は、実施例1と同様にフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0092】
【表7】



(3) 実施可能要件についての判断
本件特許の発明の詳細な説明には、「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」として、「光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2(好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1)であり、熱変形温度が180〜320℃(好ましくは200〜310℃、より好ましくは220〜300℃)であること」(段落【0015】)が記載され、「熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマー(または光学的に異方性の溶融相を形成し得るポリマー)で構成され、この熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマーであればその化学的構成については特に限定されるものではない」こと(段落【0023】)、「本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、成形加工性に優れるとともに、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあるため、基板材料、例えば、1〜300GHzの高周波回路基板材料として好適であり、特に10〜300GHz(好ましくは20〜300GHz)の周波数帯域に対応するレーダに用いられる基材として好適に用いることができる」こと(段落【0056】)、「本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、23℃、20GHzの厚さ方向(Z方向)の誘電率(DZ)が2.5〜3.2であり、好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1であってもよい。厚さ方向の誘電率を制御することにより、ストリップライン構造の回路基板材料、特に、ミリ波レーダの基板に好適に用いることが可能である」こと(段落【0057】)、「本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、熱変形温度が180〜320℃であり、好ましくは200〜310℃であってもよく、より好ましくは220〜300℃であってもよい」こと(段落【0064】)、及び、「本発明において、成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御するために、特定の条件下において、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御が行われる」こと及び各工程について(段落【0042】ないし【0055】)記載され、さらに、真空熱プレス機を用いた、具体的な実施例について(段落【0082】ないし【0092】)の記載もある。
これらの記載を総合すれば、発明の詳細な説明には、当業者ならば、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1ないし12を生産し、使用することができる程度の記載がされているものといえる。

(4) 特許異議申立人の主張について
ア 冷却条件について
特許異議申立人Bは、令和3年11月5日に提出した意見書において、要するに、予熱温度が熱変形温度に近い場合や冷却条件はフィルムの3次元構造に影響することをあげ、本件特許の発明の詳細な説明の記載は予熱温度条件や冷却条件が明らかでないから、当業者が実施し得る程度の記載されているものとはいえない旨主張する。
しかしながら、フィルムの3次元構造に影響するような温度は、もはや予熱とはいえないし、また、本件特許の発明の詳細な説明には、「真空熱プレス機」を用いることが記載(段落【0082】)されており、「真空熱プレス機」を用いる場合には、装置の制約上、徐冷とならざるを得ないことを考慮すると、本件特許の発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば、本件発明1ないし12について、過度の試行錯誤なく実施し得るものと認められる。
よって、特許異議申立人Bの当該主張は採用しない。

イ 熱変形温度の測定方法について
特許異議申立人Bは、令和3年11月5日に提出した意見書において、要するに、熱変形温度を決定するに際し、接線を引くためには試行錯誤的な作業が必要であるから、どのように接線を設定して、変曲点を決定し、熱変形温度を導出するのかの方法について、発明の詳細な説明に記載されているとはいえないこと、さらには、特許権者が提出した乙5ないし7号証はガラス転移点についての文献であって論拠とならないなどとし、本件特許の発明の詳細な説明の記載は熱変形温度の具体的な導出方法が明らかでないから、当業者が実施し得る程度の記載されているものとはいえない旨主張する。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明には、「熱機械分析装置」を用いて測定することが記載(段落【0081】)されており、熱機械分析装置には、装置に付属するソフトウェアにより、測定結果に基づき算出結果が出力されているものであるから、「熱機械分析装置」を用いて測定すれば、当業者であれば熱変形温度を測定できる、すなわち、実施できるものであるといえる。
よって、特許異議申立人Bの当該主張も採用しない。

(5) 取消理由3についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるといえないので、取消理由3によって取り消すことはできない。

第7 取消理由で採用しなかった異議申立理由についての判断

取消理由において採用しなかった異議申立理由は、申立理由A2(サポート要件)、申立理由B3−1(実施可能要件)である。
以下検討する。

1 申立理由A2(サポート要件)について

(1) サポート要件の判断基準
特許請求の範囲の記載が、サポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

(2) 本件特許の発明の詳細な説明の記載
本件特許の発明の詳細な説明には、上記第6 2(2)のとおりの記載がある。

(3) サポート要件についての判断
本件特許の発明の詳細な説明の段落【0011】の記載によると、本件発明1ないし6の発明の課題は、「成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供する」ことである。
この点について、本件特許の発明の詳細な説明の記載、特に段落【0015】、【0021】、【0023】、【0056】、【0057】及び【0064】の記載から、「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」であって、「23℃、20GHzの厚さ方向(Z方向)の誘電率(DZ)が2.5〜3.2」であり、「熱変形温度が180〜320℃」であれば、「成形加工性に優れるとともに、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあるため、基板材料、例えば、1〜300GHzの高周波回路基板材料として好適」である、すなわち、「成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供する」との発明の課題を解決するものと認識できる。
そして、本件発明1ないし6はいずれも、「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」であって、「23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2」であり、特定の測定条件における「熱変形温度が270〜320℃」であるとの特定事項を有するものである。
してみれば、本件特許発明1ないし6は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえる。

(4) 特許異議申立人Aの主張について
特許異議申立人Aは、要するに、実施例1ないし3において検討されている条件に比して、本件発明1ないし6で特定されている誘電率や熱変形温度などの範囲が広いこと、技術常識として、液晶は、特定条件でしか良好な液晶状態を呈さないものであることをふまえると、実際に確認され本件特許の明細書の実施例として記載された範囲を、本件発明1ないし6に規定の範囲まで拡張ないし一般化することはできない旨主張する。
しかしながら、本件発明1ないし6は、「熱可塑性液晶ポリマーフィルム」であるから、「液晶」状態を呈さないものはそもそも含まれない。
また、本件特許の明細書には、第6 2(2)のとおりの記載があり、用いることができる材料や、製造方法、特に厚さ方向の誘電率の制御方法(段落【0042】ないし【0055】及び【0057】ないし【0060】)についても具体的に記載されていることから、本件発明1ないし6は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。
よって、特許異議申立人Aの当該主張は採用しない。

(5) 申立理由A2についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし6に係る特許は、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるといえないので、申立理由A2によって取り消すことはできない。

2 申立理由B3−1(実施可能要件)について

(1) 実施可能要件の判断基準
上記第6 2(1)のとおりである。

(2) 本件特許の発明の詳細な説明の記載
上記第6 2(2)のとおりである。

(3) 実施可能要件についての判断
上記第6 2(3)のとおりである。

(4) 特許異議申立人Bの主張について
特許異議申立人Bは、要するに、本件特許の発明の詳細な説明の実施例で実際に作製されている熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、実施例1〜3のフィルムのみにすぎないから、Z、X、Y方向の誘電率、X、Y方向の熱膨張係数、および熱変形温度が表7の実施例1〜3記載のフィルム以外の、本件特許発明1〜12に包含されるフィルムをどのように作製できるかは、本件特許明細書等の開示から当業者にとって自明ではなく、技術常識でもない、というものである。
しかしながら、上記第6 2(3)において検討したとおり、本件特許の発明の詳細な説明には、実施例に加え、「本発明において、成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御するために、特定の条件下において、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御が行われる」こと及び各工程について(段落【0042】ないし【0055】)記載されていることなどからみて、発明の詳細な説明には、当業者ならば、過度の試行錯誤を要することなく、本件発明1ないし12を生産し、使用することができる程度の記載がされているものと認められる。
よって、特許異議申立人Bの当該主張は採用しない。

(5) 申立理由B3−1についてのまとめ
したがって、本件特許の請求項1ないし12に係る特許は、特許法第36条第4項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるといえないので、申立理由B3−1によって取り消すことはできない。

第8 結語

以上のとおりであるから、取消理由通知に記載した取消理由、及び、特許異議申立書に記載した特許異議申立理由によっては、本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すことはできない。
また、他に本件特許の請求項1ないし12に係る特許を取り消すべき理由を発見しない。
よって、結論のとおり決定する。

 
発明の名称 (54)【発明の名称】熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた回路基板
【発明の詳細な説明】
【関連出願】
【0001】
本願は、日本国で2018年11月8日に出願した特願2018−210197の優先権を主張するものであり、その全体を参照により本出願の一部をなすものとして引用する。
【技術分野】
【0002】
本発明は、光学的異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマーからなるフィルム(以下、熱可塑性液晶ポリマーフィルムと称する)に関し、高周波(例えば、1〜300GHz)、特にマイクロ波・ミリ波(例えば、10〜300GHz、好ましくは30〜300GHz)で用いられる回路基板として有用な熱可塑性液晶ポリマーフィルムに関する。
【背景技術】
【0003】
自動車の安全運転支援や自動運転化に向け、車体に搭載し車間距離などを検出するための赤外線レーダやミリ波レーダの開発が進んでおり、中でも雨天・霧などの悪天候下においても安定した検出能力を有するミリ波レーダが注目されている。ミリ波レーダは、電磁波信号の送受信を行うためのアンテナを備えているが、このアンテナは、絶縁基板上に精密に設置された導体層(銅箔等)から構成されている。
【0004】
アンテナの絶縁基板としてはセラミックス基板やフッ素樹脂基板が知られているが、セラミックス基板は剛性が高く加工が困難であり、高価であることが課題である。また、フッ素樹脂基板は軟質であり、寸法安定性を高めるために用いられるガラスクロスやフィラー等の影響により、基板全体の高周波特性および耐湿性に問題がある。
【0005】
一方、加工性に優れ、高周波特性の良好な熱可塑性液晶ポリマーフィルムが注目されており、特許文献1(特開2012−077117号公報)にはミリ波レーダ用途を想定した熱可塑性液晶ポリマーフィルムが記載されている。
【0006】
特許文献1には、熱膨張係数0〜25ppm/℃であるとともに、面内における誘電率の変動係数が所定の範囲である熱可塑性液晶ポリマーフィルムが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2012−077117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1には面内、いわゆる平面方向の誘電率を高度に制御した熱可塑性液晶ポリマーフィルムの記載はあるものの、高周波回路やミリ波レーダ回路に必要な材料の厚さ方向の誘電率については何ら記載されていない。
【0009】
例えば、ミリ波レーダの基板上の回路はストリップライン構造を有し、基板材料の平面方向のみならず、厚さ方向の誘電率が重要なパラメータになることが知られている。
【0010】
しかし、溶融流動性の高い熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、フィルムを構成する分子が流動しやすいためか、厚さ方向の誘電率を制御することが困難であった。また、熱可塑性液晶フィルムについて、多層積層での成形加工性を向上させる観点から、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度をより低下させることが求められている。
【0011】
従って、本発明の目的は、成形加工性に優れるとともに、アンテナ特性に影響する厚さ方向の誘電率が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【0012】
本発明の別の目的は、さらに、反りや寸法安定性に影響する平面方向の熱膨張係数が制御された熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【0013】
本発明の他の目的は、マイクロ波・ミリ波アンテナを製造するために好適な熱可塑性液晶ポリマーフィルムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、(1)熱可塑性液晶ポリマーフィルムは溶融流動性が高く、多層積層時の温度において分子が流動しやすいことが従来欠点であるとして考えられていたが、(2)逆にそのような流動性の高い分子の流動性を利用できないか検討したところ、(3)特定の工程によりフィルム表面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるようにしてフィルムを加熱制御すると、(4)驚くべきことに熱可塑性液晶ポリマーフィルムの成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御することが可能となることを見出し、本発明に至った。
【0015】
すなわち、本発明は、以下の態様で構成されうる。
〔態様1〕
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2(好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1)であり、熱変形温度が180〜320℃(好ましくは200〜310℃、より好ましくは220〜300℃)であることを特徴とする熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【0016】
〔態様2〕
態様1に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数が13〜22ppm/℃(好ましくは15〜20ppm/℃程度、より好ましくは16〜19ppm/℃程度)である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
〔態様3〕
態様1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の23℃、15GHzの誘電率が、2.6〜3.7(好ましくは2.7〜3.7、より好ましくは2.9〜3.6、さらに好ましくは3.1〜3.5)である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【0017】
〔態様4〕
態様1〜3のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzにおいて、フィルムの平面方向の一方向の誘電率DX、およびそれに直交する方向の誘電率DYの平均値と、厚さ方向の誘電率(DZ)との差が、下記式(1)で表わされる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
0≦|(DX+DY)/2−DZ|≦0.9(1)
【0018】
〔態様5〕
態様1〜4のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzのフィルムの一方向の誘電率(DX)と、それに直交する方向の誘電率(DY)との比(DX/DY)が、0.73〜1.37(好ましくは0.81〜1.24、さらに好ましくは0.89〜1.13)である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
〔態様6〕
態様1〜5のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向の熱膨張係数(αX)と、それに直交する方向の熱膨張係数(αY)との比(αX/αY)が、0.6〜1.7(好ましくは0.8〜1.3)である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【0019】
〔態様7〕
態様1〜6のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、1〜300GHz(好ましくは、10〜300GHz、より好ましくは20〜300GHz)の周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
〔態様8〕
請求項1〜7のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層が接合された金属張積層体。
〔態様9〕
少なくとも1つの導体層と、態様1〜7のいずれか一態様に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。
〔態様10〕
態様9に記載の回路基板であって、多層回路基板である回路基板。
〔態様11〕
態様9または10に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。
〔態様12〕
態様9〜11のいずれか一態様に記載の回路基板を含む車載レーダ。
【0020】
なお、請求の範囲および/または明細書に開示された少なくとも2つの構成要素のどのような組み合わせも、本発明に含まれる。特に、請求の範囲に記載された請求項の2つ以上のどのような組み合わせも本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0021】
本発明では、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあり均一性に優れるとともに、熱変形温度が所定の範囲にあり成形加工性に優れる熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得ることができる。
【0022】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、高周波回路や車載レーダを構成する部材(例えば、ミリ波アンテナ基材)として好適に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
(熱可塑性液晶ポリマー)
熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマー(または光学的に異方性の溶融相を形成し得るポリマー)で構成され、この熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形できる液晶性ポリマーであればその化学的構成については特に限定されるものではないが、例えば、熱可塑性液晶ポリエステル、又はこれにアミド結合が導入された熱可塑性液晶ポリエステルアミドなどを挙げることができる。
【0024】
また、熱可塑性液晶ポリマーは、芳香族ポリエステルまたは芳香族ポリエステルアミドに、更にイミド結合、カーボネート結合、カルボジイミド結合やイソシアヌレート結合などのイソシアネート由来の結合等が導入されたポリマーであってもよい。
【0025】
本発明に用いられる熱可塑性液晶ポリマーの具体例としては、以下に例示する(1)から(4)に分類される化合物およびその誘導体から導かれる公知の熱可塑性液晶ポリエステルおよび熱可塑性液晶ポリエステルアミドを挙げることができる。ただし、光学的に異方性の溶融相を形成し得るポリマーを形成するためには、種々の原料化合物の組合せには適当な範囲があることは言うまでもない。
【0026】
(1)芳香族または脂肪族ジオール(代表例は表1参照)
【表1】

【0027】
(2)芳香族または脂肪族ジカルボン酸(代表例は表2参照)
【表2】

【0028】
(3)芳香族ヒドロキシカルボン酸(代表例は表3参照)
【表3】

【0029】
(4)芳香族ジアミン、芳香族ヒドロキシアミンまたは芳香族アミノカルボン酸(代表例は表4参照)

【0030】
これらの原料化合物から得られる熱可塑性液晶ポリマーの代表例として表5および6に示す構造単位を有する共重合体を挙げることができる。
【0031】
【表5】

【表6】

【0032】
これらの共重合体のうち、p−ヒドロキシ安息香酸および/または6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸を少なくとも繰り返し単位として含む重合体が好ましく、特に、(i)p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシー2−ナフトエ酸との繰り返し単位を含む重合体、又は(ii)P−ヒドロキシ安息香酸および6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ヒドロキシカルボン酸と、少なくとも一種の芳香族ジオールと、少なくとも一種の芳香族ジカルボン酸との繰り返し単位を含む共重合体が好ましい。
【0033】
例えば、(i)の重合体では、熱可塑性液晶ポリマーが、少なくともp−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸との繰り返し単位を含む場合、繰り返し単位(A)のp−ヒドロキシ安息香酸と、繰り返し単位(B)の6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸とのモル比(A)/(B)は、熱可塑性液晶ポリマー中、(A)/(B)=10/90〜90/10程度であることが望ましく、より好ましくは、(A)/(B)=15/85〜85/15程度であってもよく、さらに好ましくは、(A)/(B)=20/80〜80/20程度であってもよい。
【0034】
また、(ii)の重合体の場合、p−ヒドロキシ安息香酸および6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ヒドロキシカルボン酸(C)と、4,4’−ジヒドロキシビフェニル、ヒドロキノン、フェニルヒドロキノン、および4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテルからなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジオール(D)と、テレフタル酸、イソフタル酸および2,6−ナフタレンジカルボン酸からなる群から選ばれる少なくとも一種の芳香族ジカルボン酸(E)の、液晶ポリマーにおける各繰り返し単位のモル比は、前記芳香族ヒドロキシカルボン酸(C):前記芳香族ジオール(D):前記芳香族ジカルボン酸(E)=(30〜80):(35〜10):(35〜10)程度であってもよく、より好ましくは、(C):(D):(E)=(35〜75):(32.5〜12.5):(32.5〜12.5)程度であってもよく、さらに好ましくは、(C):(D):(E)=(40〜70):(30〜15):(30〜15)程度であってもよい。
【0035】
また、芳香族ヒドロキシカルボン酸(C)のうち6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸に由来する繰り返し単位のモル比率は、例えば、85モル%以上であってもよく、好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上であってもよい。芳香族ジカルボン酸(E)のうち2,6−ナフタレンジカルボン酸に由来する繰り返し単位のモル比率は、例えば、85モル%以上であってもよく、好ましくは90モル%以上、より好ましくは95モル%以上であってもよい。
【0036】
また、芳香族ジオール(D)は、ヒドロキノン、4,4’−ジヒドロキシビフェニル、フェニルヒドロキノン、および4,4’−ジヒドロキシジフェニルエーテルからなる群から選ばれる互いに異なる二種の芳香族ジオールに由来する繰り返し単位(D1)と(D2)であってもよく、その場合、二種の芳香族ジオールのモル比は、(D1)/(D2)=23/77〜77/23であってもよく、より好ましくは25/75〜75/25、さらに好ましくは30/70〜70/30であってもよい。
【0037】
また、芳香族ジオールに由来する繰り返し構造単位と芳香族ジカルボン酸に由来する繰り返し構造単位とのモル比は、(D)/(E)=95/100〜100/95であることが好ましい。この範囲をはずれると、重合度が上がらず機械強度が低下する傾向がある。
【0038】
なお、本発明にいう光学的異方性の溶融相を形成し得るとは、例えば試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、試料の透過光を観察することにより認定できる。
【0039】
熱可塑性液晶ポリマーとして好ましいものは、融点(以下、Tm0と称す)が、例えば、200〜360℃の範囲のものであり、好ましくは240〜350℃の範囲のもの、さらに好ましくは260〜330℃のものである。なお、融点は、示差走査熱量計を用いて、ポリマーサンプルの熱挙動を観察して得ることができる。すなわち、ポリマーサンプルを10℃/分の速度で昇温して完全に溶融させた後、溶融物を10℃/分の速度で50℃まで急冷し、再び10℃/分の速度で昇温した時に現れる吸熱ピークの位置を、ポリマーサンプルの融点として記録すればよい。
【0040】
また、熱可塑性液晶ポリマーは、溶融成形性の観点から、例えば、(Tm0+20)℃におけるせん断速度1000/秒の溶融粘度30〜120Pa・sを有していてもよく、好ましくは溶融粘度50〜100Pa・sを有していてもよい。
【0041】
前記熱可塑性液晶ポリマーには、本発明の効果を損なわない範囲内で、ポリエチレンテレフタレート、変性ポリエチレンテレフタレート、ポリオレフィン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等の熱可塑性ポリマー、各種添加剤を添加してもよい。また、必要に応じて充填剤を添加してもよい。
【0042】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルムの製造方法]
本発明において、成形加工性を維持しつつ、厚さ方向の誘電率を制御するために、特定の条件下において、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの3次元構造制御が行われる。
【0043】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの製造方法は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面が一対の耐熱性離型性支持体で挟まれた積層体を、所定の加圧下において、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(以下、HTと称する場合がある)に対して、(HT+10)〜(HT+60)℃で熱処理を行う熱処理工程と、前記積層体から前記一対の耐熱性離型性支持体をはがして熱可塑性液晶ポリマーフィルムを得る剥離工程と、を少なくとも備えていることが好ましい。
【0044】
(熱処理工程)
熱処理工程では、押出成形(例えばインフレーション法など)により得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムを用い、この熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面が一対の耐熱性離型性支持体で挟まれた積層体に対して、所定の加圧下において、特定の温度により熱処理を行う。この熱処理でスキン層に存在する表裏面の液晶ポリマー分子がせん断力を受けるためか、熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、厚さ方向の誘電率を所望の範囲に制御することができる。
熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設される耐熱性離型性支持体は、目的を達成することができれば、同種であっても、異なっていてもよいが、同じ種類であるのが好ましい。
【0045】
耐熱性離型性支持体としては、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの厚み方向の誘電率を所定の範囲に制御することができる限り特に限定されないが、熱可塑性液晶ポリマーフィルムが熱処理中に熱可塑性液晶ポリマーフィルム表面でせん断力を受けやすい観点から、例えば、離型性耐熱フィルム(例えば、ポリイミドフィルム)が挙げられる。
【0046】
耐熱性離型性支持体(例えば、離型性耐熱フィルム)としては、前記熱処理の支持体として使用可能であるとともに、耐熱性離型性支持体平面において、耐熱性離型性支持体の一方向と、それに直交する方向の熱膨張係数が所定の範囲(例えば、10〜27ppm/℃、好ましくは10〜22ppm/℃、より好ましくは15〜22ppm/℃)に存在する耐熱性離型性支持体を使用することができる。
【0047】
好ましくは、耐熱性離型性支持体(例えば、離型性耐熱フィルム)平面において、耐熱性離型性支持体の一方向(X方向)の熱膨張係数(α0X)と、それに直交する方向(Y方向)の熱膨張係数(α0Y)との比(α0X/α0Y)が、例えば、0.6〜1.7、好ましくは0.8〜1.2、より好ましくは0.9〜1.1であってもよい。
【0048】
耐熱性離型性支持体の熱膨張係数が、その一方向と、それに直交する方向で異なる場合、耐熱性離型性支持体は、熱膨張係数を互いに同じ向きにそろえて熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設してもよいし、互いに異なる向きにして配設してもよい。熱可塑性液晶ポリマーフィルムの平面方向の熱膨張係数を制御する観点からは、耐熱性離型性支持体の熱膨張係数を互いに同じ向きにそろえて熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に配設するのが好ましい。
【0049】
熱処理工程では、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に耐熱性離型性支持体(例えば離型性耐熱フィルム)を熱圧着して積層体を形成し、この積層体に対して、特定の加圧下において熱処理を行う。
加圧は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面をそれぞれ耐熱性離型性支持体(例えば離型性耐熱フィルム)に密着させた状態で行われる。圧力は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに対して十分なせん断力を付与する観点から、例えば、1〜6MPa、好ましくは1.5〜4.5MPa、より好ましくは2〜3MPaであってもよい。
【0050】
熱処理温度は、厚さ方向の誘電率を制御する観点から、例えば、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(HT)に対して、(HT+10)〜(HT+60)℃で行ってもよく、好ましくは(HT+20)〜(HT+55)℃であってもよい。熱処理温度が低すぎると、厚さ方向の誘電率を変更することができず、熱処理温度が高すぎると、スキン層に存在する液晶ポリマー分子の流動性が高くなりすぎるためか、厚さ方向の誘電率を制御しにくい。
【0051】
なお、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、熱変形温度(HT)が、180〜320℃であってもよく、好ましくは200〜310℃であってもよく、より好ましくは220〜300℃であってもよい。なお、熱変形温度は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0052】
熱処理工程では、熱処理温度を、融点に対して所定の値に制御するのではなく、熱変形温度に対して所定の値に制御するのが好ましい。熱変形温度に対して所定の温度差を有した状態で熱処理を行うことにより、熱可塑性液晶ポリマーフィルムに密着した耐熱性離型性支持体により、液晶ポリマー分子の流動性を適確に制御することができる。なお、熱可塑性液晶ポリマーフィルムが有する熱変形温度は、フィルムに対して、熱変形温度上昇工程として熱処理を行うことにより調整することができ、一般に加熱時間を長くするほど熱変形温度を上昇させることができる。
【0053】
また、熱処理時間は、加熱温度に応じて適宜設定することが可能であるが、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度が上昇することを防ぎつつ、厚さ方向の誘電率を制御する観点から、30秒〜30分であってもよく、好ましくは2分〜25分、より好ましくは5分〜20分であってもよい。
【0054】
熱処理後、流動した液晶ポリマー分子の配置を定着させる観点から、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面に耐熱性離型性支持体を密着させた積層状態を維持して室温まで冷却するのが好ましい。その後、耐熱性離型性支持体を剥離して、熱可塑性液晶ポリマーフィルム単体を得ることができる。
【0055】
また、熱可塑性液晶ポリマーフィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数を所定の範囲に制御する観点から、熱処理工程前の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、等方性の高い状態であることが好ましい。例えば、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの分子配向性を示すSORは、0.8〜1.4であることが好ましく、より好ましくは1.0〜1.3であってもよい。例えば、このような分子配向性を示す熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、国際公開第2015/050080号を参照して得ることができる。
【0056】
[熱可塑性液晶ポリマーフィルム]
このようにして得られた本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、成形加工性に優れるとともに、厚さ方向の誘電率が所定の範囲にあるため、基板材料、例えば、1〜300GHzの高周波回路基板材料として好適であり、特に10〜300GHz(好ましくは20〜300GHz)の周波数帯域に対応するレーダに用いられる基材として好適に用いることができる。
【0057】
(誘電率)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、23℃、20GHzの厚さ方向(Z方向)の誘電率(DZ)が2.5〜3.2であり、好ましくは2.6〜3.2、より好ましくは2.7〜3.1であってもよい。厚さ方向の誘電率を制御することにより、ストリップライン構造の回路基板材料、特に、ミリ波レーダの基板に好適に用いることが可能である。なお、厚さ方向の誘電率は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0058】
また、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の23℃、15GHzの誘電率が2.6〜3.7であってもよく、好ましくは2.7〜3.7、より好ましくは2.9〜3.6、さらに好ましくは3.1〜3.5であってもよい。なお、フィルムの一方向およびそれに直交する方向の誘電率は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0059】
また、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、誘電率が平面内において略等方であることが好ましく、フィルム平面において、23℃、15GHzのフィルムの一方向(X方向)の誘電率(DX)と、それに直交する方向(Y方向)の誘電率(DY)との比(DX/DY)が、例えば、0.73〜1.37、好ましくは0.81〜1.24、より好ましくは0.89〜1.13であってもよい。
【0060】
また、平面方向と厚さ方向との誘電率のバランスは、例えば、フィルムの平面方向の誘電率(例えば、DXとDYの平均値)と、厚さ方向の誘電率(DZ)との差が、下記式(1)で表わすように、0.9以内であってもよい。前記差は、好ましくは0.8以内であってもよく、より好ましくは0.7以内であってもよい。
0≦│(DX+DY)/2−DZ|≦0.9(1)
さらに、フィルムの平面方向の誘電率(例えば、DXとDYの平均値)は、厚さ方向の誘電率(DZ)に対して、下記式(2)で表される関係を有しているのが好ましく、下記式(3)で表される関係を有しているのがより好ましくい。
−0.1≦{(DX+DY)/2−DZ}≦0.9 (2)
−0.1≦{(DX+DY)/2−DZ}≦0.6 (3)
【0061】
(熱膨張係数)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数が、例えば、13〜22ppm/℃の範囲であってもよく、好ましくは15〜20ppm/℃程度、より好ましくは16〜19ppm/℃程度であってもよい。本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、熱膨張係数を熱処理に応じて変化させることができるため、幅広い範囲の熱膨張係数とすることができ、例えば、回路基板として用いる場合、相手側の材料の熱膨張係数にあわせることが可能である。なお、熱膨張係数は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0062】
また、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱膨張係数の平面方向における等方性または異方性は、密着させる耐熱性離型性支持体の異方性および等方性を利用して制御することが可能である。本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、熱膨張係数が平面内において略等方であることが好ましく、フィルム平面において、フィルムの一方向(X方向)の熱膨張係数(αX)と、それに直交する方向(Y方向)の熱膨張係数(αY)との比(αX/αY)が、例えば、0.6〜1.7、好ましくは0.8〜1.3であってもよい。
【0063】
(融点)
熱可塑性液晶ポリマーフィルムの融点は、フィルムの所望の耐熱性および加工性を得る目的において、200〜360℃程度の範囲内で選択することができ、好ましくは240〜350℃程度、より好ましくは260〜330℃程度であってもよい。なお、融点は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。
【0064】
(熱変形温度)
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムでは、熱変形温度が180〜320℃であり、好ましくは200〜310℃であってもよく、より好ましくは220〜300℃であってもよい。なお、熱変形温度は、後述する実施例に記載した方法により測定される値である。本発明では、特定の熱処理を行うことにより、熱処理後であっても熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度の上昇を抑制しつつ、厚さ方向の誘電率を所望の範囲に制御することができる。
【0065】
(厚み)
厚みの小さいフィルムであっても厚さ方向の誘電率を制御できる観点から、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、回路基板の電気絶縁層として熱可塑性液晶ポリマーフィルムを単独で用いる場合の厚みとして、例えば、500μm以下(例えば、10〜200μm)の厚みを有していてもよく、より好ましくは15〜150μmであってもよい。また、用途に応じて前記熱可塑性液晶ポリマーフィルムを積層させることにより、任意の厚みとすることができ、例えば、5mm以下の板状またはシート状であってもよい。例えば、高周波伝送線路に使用する場合は、厚みが厚いほど伝送損失が小さくなるので、できるだけ厚みを厚くすることが好ましい。
【0066】
[金属張積層体]
本発明の一構成は、前記熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層(例えば金属シート)が接合された金属張積層体が含まれてもよい。
金属層は、例えば、金、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウムまたはこれらの合金金属などから形成された金属層であってもよい。金属張積層体は、好ましくは銅張積層体であってもよい。
【0067】
金属張積層体は、熱可塑性液晶ポリマーフィルムにおける厚さ方向の誘電率を維持できる限り、公知または慣用の方法により製造することができ、例えば金属層を熱可塑性液晶ポリマーフィルム表面に蒸着してもよく、無電解めっき、電解めっきにより、金属層を形成してもよい。また、金属箔(例えば銅箔)をロールトゥロール式または連続等方圧プレス式(ダブルベルト式)で、熱可塑性液晶ポリマーフィルムと金属箔とを重ね合わせて連続的に熱圧着させることにより、製造してもよい。
【0068】
[回路基板]
本発明の構成である回路基板は、少なくとも1つの導体層と、少なくとも1つの絶縁体(または誘電体)層とを含んでおり、前記熱可塑性液晶ポリマーフィルムを絶縁体(または誘電体)として用いる限り、その形態は特に限定されず、公知または慣用の手段により、各種高周波回路基板として用いることが可能である。また、回路基板は、半導体素子(例えば、ICチップ)を搭載している回路基板(または半導体素子実装基板)であってもよい。
【0069】
(導体層)
導体層は、例えば、少なくとも導電性を有する金属から形成され、この導体層に公知の回路加工方法を用いて回路パターンが形成される。導体層を形成する導体としては、導電性を有する各種金属、例えば、金、銀、銅、鉄、ニッケル、アルミニウムまたはこれらの合金金属などであってもよい。また、前記金属張積層体に対して、公知または慣用の方法により、金属層部分に回路パターンを形成してもよい。
【0070】
特に、本発明の構成である回路基板は、平面方向のみならず厚さ方向の誘電率も制御されているため、各種伝送線路、例えば、同軸線路、ストリップ線路、マイクロストリップ線路、コプレナー線路、平行線路などの公知または慣用の伝送線路に用いられてもよいし、アンテナ(例えば、マイクロ波またはミリ波用アンテナ)に用いられてもよい。また、回路基板は、アンテナと伝送線路が一体化したアンテナ装置に用いられてもよい。
【0071】
アンテナとしては、導波管スロットアンテナ、ホーンアンテナ、レンズアンテナ、プリントアンテナ、トリプレートアンテナ、マイクロストリップアンテナ、パッチアンテナなどのミリ波やマイクロ波を利用するアンテナが挙げられる。
これらのアンテナは、例えば、少なくとも1つの導体層と、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムからなる少なくとも1つの絶縁体(または誘電体)とを含む回路基板(好ましくは多層回路基板)を、アンテナの基材として少なくとも備えている。
【0072】
本発明の回路基板(または半導体素子実装基板)は、各種センサ、特に車載レーダに用いられることが好ましく、各種センサ、特に車載レーダは、例えば、本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムを含む回路基板、半導体素子(例えば、ICチップ)を少なくとも備えている。
【実施例】
【0073】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は本実施例により何ら限定されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例においては、下記の方法により各種物性を測定した。
【0074】
[分子配向度(SOR)]
マイクロ波分子配向度測定機(王子計測機器(株)製MOA6015、アジレント・テクノロジー(株)製E8241A)において、液晶ポリマーフィルムを、マイクロ波の進行方向にフィルム面が垂直になるように、マイクロ波共振導波管中に挿入し、該フィルムを透過したマイクロ波の電場強度(マイクロ波透過強度)を測定する。そして、この測定値に基づいて、次式により、屈折率m値を算出する。
m=(Zo/Δz)X[1−vmax/v0]
ここで、Zoは装置定数、Δzは物体の平均厚、vmaxはマイクロ波の振動数を変化させたとき、最大のマイクロ波透過強度を与える振動数、v0は平均厚ゼロのとき(すなわち物体がないとき)の最大マイクロ波透過強度を与える振動数である。
【0075】
次に、マイクロ波の振動方向に対する物体の回転角が0°のとき、つまり、マイクロ波の振動方向と、物体の分子が最もよく配向されている方向であって、最小マイクロ波透過強度を与える方向とが合致しているときのm値をm0、回転角が90°のときのm値をm90として、分子配向度SORをm0/m90により算出した。
【0076】
[膜厚]
後述の誘電率測定に記載のサンプル片の中心点から6mm四方の領域について、等間隔に9筒所測定した平均値をサンプルの膜厚とし、接触式リニアゲージ((株)小野測器製HS3412)を用いて測定した。
【0077】
[熱膨張係数]
熱機械分析装置(TMA)を用いて、5℃/分の速度で25℃から200℃まで昇温した後、20℃/分の速度で30℃まで冷却し、再び5℃/分の速度で昇温したときの、30℃および150℃の間で測定した。なお、フィルムの一方向(X方向)としてMD方向(machine direction)を、それに直交する方向(Y方向)としてTD方向(transverse direction)を、それぞれ測定した。
【0078】
[誘電率]
(サンプル作製方法)
フィルム平面方向における一方向、およびそれに直交する方向の誘電率の測定には、幅40mm、長さ50mmにカットしたサンプル片を準備した。
厚さ方向の測定には、幅50mm、長さ50mmにカットしたサンプル片を準備した。
【0079】
(測定方法)
フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の誘電率の測定は23±3℃の状態で行った。分子配向計(王子計測機器(株)製MOA6015)を使用し、15GHzで測定を行い、誘電率を得た。なお、フィルムの一方向(X方向)としてMD方向を、それに直交する方向(Y方向)としてTD方向を、それぞれ測定した。
厚さ方向(Z方向)の誘電率の測定は23±3℃の状態で行った。平衡形円板共振器(サムテック(有)製)を使用し、20GHzで測定を行い、誘電率を得た。
また、厚さ方向(Z方向)の誘電率の他の測定方法として、23℃±5℃の状態でストリップライン共振器(キーコム(株)製)を使用し、15GHzで測定を行い、誘電率を得ることもできる。なお、以下の実施例及び比較例において、平衡形円板共振器とストリップライン共振器は、±0.01の範囲でほぼ同じ値を示したので、平衡形円板共振器の誘電率の値を使用した。
【0080】
[融点]
融点は、示差走査熱量計を用いて、フィルムの熱挙動を観察して得た。つまり、熱可塑性液晶ポリマーフィルムを10℃/分の速度で昇温して完全に溶融させた後、溶融物を10℃/分の速度で50℃まで急冷し、再び10℃/分の速度で昇温した時に現れる吸熱ピークの位置を、融点として記録した。
【0081】
[熱変形温度]
熱変形温度は、熱機械分析装置を用いて、フィルムの熱挙動を観察して得た。即ち、作製したフィルムを、幅5mm長さ20mmの試験片として、チャック間距離15mmにて、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で試験片の長さ方向の熱膨張量を測定し、その変曲点を熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度(HT)とした。
【0082】
[参考例1]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27;ポリマーA)を溶融押出し、インフレーション成形法により、融点が280℃、熱変形温度が240℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0083】
耐熱性離型性支持体として、厚さ100μmのポリイミドフィルム(熱膨張係数MD方向16ppm/℃、TD方向16ppm/℃)を用い、得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面を、2枚のポリイミドフィルムのMD方向およびTD方向を同方向にそろえた状態で挟み積層体とし、真空熱プレス機で予熱後、290℃(HT+50℃)で15分間3MPaの圧力下で熱処理した。熱処理後、冷却し取り出した積層体から、ポリイミドフィルムを剥がした。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0084】
[実施例2]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:80/20;ポリマーB)を溶融押出し、インフレーション成形法により、融点が325℃、熱変形温度が280℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0085】
真空熱プレス機での熱処理を320℃(HT+40℃)とする以外は、参考例1と同様に熱可塑性液晶ポリマーフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0086】
[実施例3]
p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27;ポリマーA)を溶融押出し、インフレーション成形法および融点上昇処理により、融点が310℃、熱変形温度が270℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0087】
耐熱性離型性支持体として、厚さ100μmのポリイミドフィルム(熱膨張係数:MD方向27ppm/℃、TD方向16ppm/℃)を用い、得られた熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面を、2枚のポリイミドフィルムのMD方向およびTD方向を同方向にそろえた状態で挟み積層体とし、真空熱プレス機で予熱後、320℃(HT+50℃)で15分間3MPaの圧力下で熱処理した。熱処理後、冷却し取り出した積層体から、ポリイミドフィルムを剥がした。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0088】
[比較例1]
支持体として、厚さ50μmのアルミニウム箔(熱膨張係数23ppm/℃)を用いた片面積層板を形成し、250℃(HT+10℃)に制御した炉長1.5mの熱風循環式熱処理炉において、前記積層板を3m/分の速度で熱処理を行う以外は、参考例1と同様に熱可塑性液晶ポリマーフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0089】
[比較例2]
熱処理工程における真空プレス機での熱処理を350℃(HT+70℃)としたこと以外は、実施例2と同様にフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0090】
[比較例3]
高融点で、溶融流動性が低減しているフィルムとして、p−ヒドロキシ安息香酸と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸の共重合物(モル比:73/27)を溶融押出し、インフレーション成形および融点上昇処理により、融点が330℃、熱変形温度が320℃、膜厚100μm、SOR1.1のフィルムを得た。
【0091】
熱処理工程における真空プレス機での熱処理を290℃(HT−30℃)とし、熱処理時間を120分としたこと以外は、参考例1と同様にフィルムを作製した。熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの物性を表7に示す。
【0092】
【表7】

【0093】
表7に示すように、参考例1では、真空熱プレス機において熱可塑性液晶ポリマーフィルムの両面を耐熱性離型性支持体で固定し、分子流動が過度にならない温度において加熱・加圧処理を行った場合、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの熱変形温度が上昇することを防ぎつつ、Z方向の誘電率を所定の範囲に制御することが可能であった。また、X方向およびY方向の誘電率は同じ値であり、ともに好ましい範囲内であった。さらに、熱膨張係数もX方向およびY方向の双方について、同じ値であり、ともに好ましい範囲内であった。
【0094】
実施例2では、参考例1より熱変形温度の高い熱可塑性液晶ポリマーフィルムを用いたが、適切な熱処理を行うことにより、Z方向の誘電率を所定の範囲に制御することが可能であった。また、X方向およびY方向の誘電率は同じ値であり、ともに好ましい範囲内であった。さらに、熱膨張係数もX方向およびY方向の双方について、同じ値であり、ともに好ましい範囲内であった。
【0095】
実施例3では、参考例1より熱変形温度の高い熱可塑性液晶ポリマーフィルムを用いたが、適切な熱処理を行うことにより、Z方向の誘電率を所定の範囲に制御することが可能であった。また、耐熱性離型性支持体の熱膨張係数がX方向およびY方向で異なることに由来して、熱可塑性液晶ポリマーフィルムの誘電率および熱膨張係数は、X方向およびY方向で異なる値であったが、ともに好ましい範囲内であった。
【0096】
一方、比較例1では、片面積層板の加熱ロールによる処理では、Z方向の誘電率を所定の範囲に制御することができなかった。X方向およびY方向の誘電率は同じ値であった。また、熱膨張係数もX方向およびY方向の双方について同じ値であったが、好ましい範囲ではなかった。
【0097】
また、比較例2では、熱処理温度が熱変形温度に対して高すぎる場合、X方向およびY方向の誘電率は好ましい範囲に存在していたが、Z方向の誘電率が高くなりすぎてしまった。また、熱膨張係数についても、X方向およびY方向の双方について同じ値であったが、好ましい範囲ではなかった。
【0098】
さらに、溶融流動性が低いフィルムを用いた比較例3では、熱処理時間を120分と長時間にすることにより、熱処理工程後の熱可塑性液晶ポリマーフィルムのZ方向、X方向およびY方向の誘電率を好ましい範囲に存在させることが可能であった。しかしながら、熱処理時間が長引いたために熱変形温度が上昇し、その結果、成形加工性が良好ではなかった。
【産業上の利用可能性】
【0099】
本発明の熱可塑性液晶ポリマーフィルムは、回路基板材料として利用することができ、高周波回路基板材料、特にマイクロ波ミリ波アンテナに用いられる高周波回路の基板材料、さらには、マイクロ波ミリ波を利用した車載用レーダに用いられる基板材料として有用に用いることができる。
【0100】
以上のとおり、本発明の好適な実施形態を説明したが、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、種々の追加、変更または削除が可能であり、そのようなものも本発明の範囲内に含まれる。
(57)【書類名】特許請求の範囲
【請求項1】
光学的に異方性の溶融相を形成し得る熱可塑性ポリマー(以下、これを熱可塑性液晶ポリマーと称する)からなる熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、
23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率が2.5〜3.2であり、熱変形温度が270〜320℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
但し、前記熱変形温度は、熱機械分析装置により測定される、試験片の熱膨張量の挙動から熱変形温度を決定する方法において、試験片の幅5mm、長さ20mm、チャック間距離15mm、引張荷重0.01N、昇温速度10℃/分の条件で求められる温度である。
【請求項2】
請求項1に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の熱膨張係数が13〜22ppm/℃である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項3】
請求項1または2に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向、およびそれに直交する方向の双方の23℃、15GHzの誘電率が、それぞれ、2.6〜3.7である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzにおいて、フィルムの平面方向の一方向の誘電率DX、およびそれに直交する方向の誘電率DYの平均値と、23℃、20GHzの厚さ方向の誘電率(DZ)との差が、下記式(1)で表わされる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
0≦|(DX+DY)/2−DZ|≦0.9(1)
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、23℃、15GHzのフィルムの一方向の誘電率(DX)と、それに直交する方向の誘電率(DY)との比(DX/DY)が、0.73〜1.37である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、フィルム平面において、フィルムの一方向の熱膨張係数(αX)と、それに直交する方向の熱膨張係数(αY)との比(αX/αY)が、0.6〜1.7である、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムであって、1〜300GHzの周波数帯域に対応するレーダに基板材料として用いられる、熱可塑性液晶ポリマーフィルム。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムの少なくとも一方の表面に金属層が接合された金属張積層体。
【請求項9】
少なくとも1つの導体層と、請求項1〜7のいずれか一項に記載の熱可塑性液晶ポリマーフィルムとを備える回路基板。
【請求項10】
請求項9に記載の回路基板であって、多層回路基板である回路基板。
【請求項11】
請求項9または10に記載の回路基板であって、半導体素子を搭載している回路基板。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれか一項に記載の回路基板を含む車載レーダ。
 
訂正の要旨 審決(決定)の【理由】欄参照。
異議決定日 2021-12-17 
出願番号 P2020-515270
審決分類 P 1 651・ 536- YAA (C08J)
P 1 651・ 121- YAA (C08J)
P 1 651・ 537- YAA (C08J)
P 1 651・ 113- YAA (C08J)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 細井 龍史
特許庁審判官 植前 充司
加藤 友也
登録日 2020-09-14 
登録番号 6764049
権利者 株式会社クラレ
発明の名称 熱可塑性液晶ポリマーフィルムおよびそれを用いた回路基板  
代理人 杉本 修司  
代理人 堤 健郎  
代理人 中尾 真二  
代理人 杉本 修司  
代理人 堤 健郎  
代理人 小林 由佳  
代理人 中尾 真二  
代理人 中田 健一  
代理人 小林 由佳  
代理人 中田 健一  

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