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審決分類 審判 全部申し立て 1項3号刊行物記載  C01G
審判 全部申し立て 2項進歩性  C01G
審判 全部申し立て 特36条6項1、2号及び3号 請求の範囲の記載不備  C01G
管理番号 1384200
総通号数
発行国 JP 
公報種別 特許決定公報 
発行日 2022-05-27 
種別 異議の決定 
異議申立日 2021-09-17 
確定日 2022-01-20 
異議申立件数
事件の表示 特許第6843793号発明「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子及びその製造方法、ε−酸化鉄系化合物の粒子の製造方法、並びに磁気記録媒体の製造方法」の特許異議申立事件について、次のとおり決定する。 
結論 特許第6843793号の請求項1ないし7に係る特許を維持する。 
理由 第1 手続の経緯

特許第6843793号の請求項1〜7に係る特許についての出願は、平成30年3月29日の出願であり、令和3年2月26日にその特許権の設定登録がされ、同年3月17日に特許掲載公報が発行され、その後、全請求項(請求項1〜7)に係る特許について、同年9月17日に特許異議申立人安藤宏(以下、「異議申立人」という。)により特許異議の申立てがなされたものである。

第2 本件発明

請求項1〜7に係る発明(以下、各請求項に係る発明及び特許を項番に対応して「本件発明1」、「本件特許1」などといい、併せて「本件発明」、「本件特許」ということがある。)の記載は、次のとおりである。
「【請求項1】
下記の式(1)で表され、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。
【請求項2】
前記式(1)におけるAが、Ga、Co、及びTiからなる群より選ばれる少なくとも1種の金属元素であり、かつ、aが、0<a<1を満たす請求項1に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【請求項3】
前記一次粒子の平均円相当径が7nm以上15nm以下の範囲であり、前記一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上20%以下の範囲である請求項1又は請求項2に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【請求項4】
磁性粒子の形成に用いられる請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【請求項5】
3価の鉄イオンを含む化合物を含有する水溶液に、アルカリ剤を添加して、下記の式(1)で表されるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子分散液を得る工程と、
前記粒子分散液から、下記の式(1)で表され、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を、分級手段により取り出す工程と、
を含むβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法。
【化2】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。
【請求項6】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子、又は、請求項5に記載の製造方法により得られたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の分散液に、加水分解性基を有するシラン化合物を添加して、前駆体粒子分散液を得る工程と、
前記前駆体粒子分散液から前駆体粒子を取り出す工程と、
前記前駆体粒子を800℃以上1400℃以下の範囲の温度で熱処理して、熱処理粒子を得る工程と、
前記熱処理粒子をアルカリ水溶液に添加する工程と、
を含むε−酸化鉄系化合物の粒子の製造方法。
【請求項7】
請求項6に記載の製造方法により得られたε−酸化鉄系化合物の粒子を用いて磁性層形成用組成物を調製する工程と、
非磁性支持体上に、前記磁性層形成用組成物を付与して、磁性層形成用組成物層を形成する工程と、
形成された前記磁性層形成用組成物層を磁場配向処理する工程と、
前記磁場配向処理された前記磁性層形成用組成物層を乾燥して、磁性層を形成する工程と、を含む磁気記録媒体の製造方法。」

第3 特許異議の申立理由

1 特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)
(1)本件発明1は、下記甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明であって、特許第29条第1項第3号の規定に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由1」という。)。

(2)本件発明1〜7は、下記甲第4号証に記載された発明であって、特許第29条第1項第3号の規定に該当するから、その特許は、特許法第29条第1項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由2」という。)。

2 特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)
(1)本件発明1〜3は、下記甲第1号証又は甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由3」という。)。

(2)本件発明4〜7は、下記甲第3号証に記載された発明及び甲第1号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由4」という。)。

(3)本件発明1〜6は、下記甲第4号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由5」という。)。

(4)本件発明7は、下記甲第4号証に記載された発明及び甲第5号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由6」という。)。

(5)本件発明1〜4は、下記甲第6号証に記載された発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由7」という。)。

(6)本件発明5〜7は、下記甲第6号証に記載された発明、甲第3号証及び甲第4号証に記載された事項に基づいて、当業者が容易に発明できたものであるから、その特許は、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものである(以下、「申立理由8」という。)。

甲第1号証:Marin Tadic et al. 「Synthesis of metastable hard-magnetic ε-Fe2O3 nanoparticles from silica-coated akaganeite nanorods」 Nanoscale, 2017, 9, 10579-10584頁
甲第2号証:Sergio Lentijo Mozo et al. 「Synthesizing Iron Oxide Nanostructures:The Polyethylenenemine (PEI) Role」 Crystals, 2017, 7, 22
甲第3号証:特開2017−1944号公報
甲第4号証:特開2008−174405号公報
甲第5号証:特公平8−27942号公報
甲第6号証:特開平3−109215号公報
甲第7号証:米山薬品工業株式会社の試薬検索サイトにおける水酸化鉄(III)の製品詳細情報を記載するホームページの出力物(https://www.yone-yama.co.jp/shiyaku/search/shosai-03392.html)
(以下、甲各号証を単に「甲1」などという。)

3 特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)(以下、「申立理由9」という。)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が後記第4、2(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

4 特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)(以下、「申立理由10」という。)
本件特許は、特許請求の範囲の記載が後記第4、3(1)の点で不備のため、特許法第36条第6項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。

第4 当審の判断

1 特許法第29条第1項第3号所定の規定違反(新規性欠如)及び特許法第29条第2項所定の規定違反(進歩性欠如)について
(1)甲1〜甲7に記載の事項
ア 甲1に記載の事項(下記(ウ)及び(オ)の訳文は、異議申立人による。下記(ア)及び(イ)の訳文は、当審による。)
(ア)「Synthesis of metastable hard-magnetic ε-Fe203 nanoparticles from silica coated akaganeite nanorods」(10579頁表題)
(シリカ被覆赤金鉱ナノロッドからの準安定硬磁性ε−Fe2O3ナノ粒子の合成)

(イ)「We present a simple preparation route to obtain a nanoscale metastable hard-magnetic ε-Fe2O3 phase, using silica coated β-FeOOH nanorods as a precursor and an annealing process. The synthesized ε-Fe203 nanoparticles exhibit large coercivity (Hc 〜 20 kOe at 300 K and Hc 〜 1.6 kOe at 400 K), confirming their high potential for practical applications.」(10579頁左欄1〜6行)
(前駆体としてシリカ被覆β−FeOOHナノロッドとアニーリングプロセスを使用して、ナノスケールの準安定硬磁性ε−Fe2O3相を得るための簡単な準備ルートを提供する。合成されたε−Fe2O3ナノ粒子は大きな保磁力(300KでHc〜20kOe、400KでHc〜1.6kOe)を示し、実用化の高い可能性が確認された。)

(ウ)「Fig. 2a, b, d and e show the TEM and HRTEM images of the thermal precursor and the final annealed sample, respectively. The SiO2@β-FeOOH precursor shows a uniform nanorod morphology (Fig.2a and b) with a length of about 70 nm and a diameter of about 14 nm coated with a 5 nm thick layer ob silica. After annealing, it can be clearly observed that the final nanoparticles are mainly elongated shapes with size around 30 nm (Fig 2d and e)」(10580頁右欄5〜12行)
(図2a,b,d,eは,それぞれ熱前駆体と最終的にアニールしたサンプルのTEMおよびHRTEM画像を示している。SiO2@β−FeOOH前駆体は、厚さ5nmのシリカ層で被覆された長さ約70nm、直径約14nmの均ーなナノロッドの形態を示している(Fig.2aおよびb)。アニール後、最終的に得られたナノ粒子は、サイズが約30nmの主に細長い形状であることがはっきりと観察された(図2dおよびe)。)

(エ)「

Fig.2 TEM micrographs of Si02@β-FeOOH nanoparticles before annealing (a and b), and ε-Fe203 nanoparticles after annealing (d and e). Size distribution determined from the TEM images (c and f). The solid line represents a Gaussian fit to the data, which yields an average radius and a standard deviation (SD).」(10581頁図2及び見出し)
(図2 アニール前のSiO2@β−FeOOHナノ粒子のTEM写真(a,b)
アニーリング前のSiO2@β−FeOOHナノ粒子のTEM写真(a,b)とアニーリング後のε−Fe2O3ナノ粒子(d,e)。TEM像から求めたサイズ分布(cおよびf)。実線はデータへのガウス関数の当てはめを表しており、これにより平均半径と標準偏差(SD)が得られる。)

イ 甲2に記載の事項(下記(ウ)及び(エ)の訳文は、異議申立人による。下記(ア)及び(イ)の訳文は、当審による。)
(ア)「Synthesizing Iron Oxide Nanostructures:
The Polyethylenenemine (PEI) Role」(1頁表題)
(酸化鉄ナノ構造の合成:
ポリエチレンイミン(PEI)の役割)

(イ)「Abstract: Controlled synthesis of anisotropic iron oxide nanoparticles is a challenge in the field of nanomaterial research that requires an extreme attention to detail. In particular, following up a previous work showcasing the synthesis of magnetite nanorods (NRs) using a two-step approach that made use of polyethylenenemine (PEI) as a capping ligand to synthesize intermediate β-FeOOH NRs, we studied the effect and influence of the capping ligand on the formation of β-FeOOH NRs. By comparing the results reported in the literature with those we obtained from syntheses performed (1) in the absence of PEI or (2) by using PEIs with different molecular weight, we showed how the choice of different PEIs determines the aspect ratio and the structural stability of the β-FeOOH NRs and how this affects the final products. For this purpose, a combination of XRD, HRTEM, and direct current superconducting quantum interference device (DC SQUID) magnetometry was used to identify the phases formed in the final products and study their morphostructural features and related magnetic behavior.」(1頁要約)
(要約:異方性酸化鉄ナノ粒子の制御された合成は、細部への細心の注意を必要とするナノ材料研究の分野における課題である。特に、中間β−FeOOH NRsを合成するためのキャッピング配位子としてポリエチレンイミン(PEI)を利用した2段階アプローチを使用したマグネタイトナノロッド(NR)の合成を紹介する以前の研究に続いて、β−FeOOH NRsの形成におけるキャッピング配位子の効果と影響について研究した。文献で報告されている結果を、(1)PEIの非存在下で、または(2)異なる分子量のPEIを使用して実行した合成から得られた結果と比較することにより、異なるPEIの選択が、アスペクト比とβ−FeOOH NRsの構造的安定性をどのように決定するか、これが最終製品にどのように影響するかを示した。この目的のために、XRD、HRTEM、および直流超伝導量子干渉デバイス(DC SQUID)磁力計の組み合わせを使用して、最終製品で形成された相を特定し、それらの形態構造的特徴と関連する磁気的挙動を研究した。)

(ウ)「3.1. Characterization of β-FeOOH NRs
Figure 1a-c shows the typical diffraction patterns of the as-synthesized NRs, which correspond to the characteristic tetragonal structure of β-FeOOH, consistent with the reported values (JCPD00-034-1266), which confirm the purity of the NRs and the absence of other crystalline structures.
In Figure 1d-f, conventional TEM images of the three starting samples (β-FeOOH NRs) are reported, respectively. The FeOOHnopei sample features spindle-shaped NPs with a mean length l=291+35nm and a mean diameter d=42+5nm. The FeOOH800 and FeOOH25000 samples feature rod-shaped NPs with a mean length l=32+7nm, and 38+7nm, respectively and similar mean diameter d=5.1+1.0nm and 5.7+1.0nm.」(3頁29〜37行)
(3.1.β−FeOOHナノロッドの特性評価
図1a−cは、合成したナノロッドの典型的な回折パターンであり、β−FeOOHの特徴的な正方晶構造に対応しており、報告されている値(JCPD00−034−1266)と一致していることから、ナノロッドの純度が高く、他の結晶構造がないことが確認された。
図1d−fには、3つの出発試料(β−FeOOHナノロッド)の従来のTEM画像がそれぞれ報告されている。FeOOH_nopei試料では,平均長さl=291±35nm,平均直径d=42±5nmの紡錘形ナノ粒子が観察された。FeOOH_800とFeOOH_25000は,それぞれ平均長径l=32±7nmと38±7nmの棒状のナノ粒子で,平均短径d=5.1±1.0nmと5.7±1.0nmであった。)

(エ)「

」(4頁)
(図1.FeOOH_800(a,d)、FeOOH_25000(b,e)、FeOOH_nopei(c,f)のXRDパターンと従来のTEM像。)

ウ 甲3に記載の事項
(ア)「【請求項1】
酸化水酸化鉄へ置換元素である金属化合物を被着させ、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を得る工程と、
前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を、シリコン酸化物でコーティングし、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を得る工程と、
前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を酸化性雰囲気下で熱処理する工程とを有し、
鉄元素の一部が前記置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄を製造することを特徴とするイプシロン酸化鉄の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載のイプシロン酸化鉄の製造方法であって、
前記熱処理工程で得られた熱処理粉を、さらにアルカリ水溶液で処理して、イプシロン酸化鉄を製造することを特徴とするイプシロン酸化鉄の製造方法。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
・・・
【0007】
しかしながら本発明者らは、イプシロン酸化鉄を用いて記録の高密度化を達成するには、当該イプシロン酸化鉄の粒径を小さくして記録単位を小さくすることに加え、(例えば、印加磁場70kOeにおける)保磁力を14kOe以下とし、さらに、当該イプシロン酸化鉄の粒径をより均一にすることが肝要であることに想到した。
そこで、本発明の解決すべき技術的課題とは、10〜18nmの平均粒径を有し、鉄元素の一部が置換元素で置換され保磁力が14kOe以下のイプシロン酸化鉄であって、当該粒径の変動係数が40%以下であるイプシロン酸化鉄とその製造方法、当該イプシロン酸化鉄を使用した磁性塗料および磁気記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述の状況の下、本発明者らは研究を行った。そして、酸化水酸化鉄へ置換元素である金属化合物を被着させ、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を得る工程と、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を、シリコン酸化物でコーティングし、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を得る工程と、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を酸化性雰囲気下で熱処理する工程とを実施することにより、鉄元素の一部が置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄であって、10〜18nmの平均粒径を有し、当該粒径の変動係数が40%以下であるイプシロン酸化鉄を得ることが出来るとの知見を得て、本発明を完成した。」

(ウ)「【0023】
(イプシロン酸化鉄の製造方法)
本発明に係るイプシロン酸化鉄の製造方法の一例について説明する。
平均粒径15nm以下の酸化水酸化鉄(III)ナノ微粒子(β−FeO(OH))と純水とを混合して、鉄(Fe)換算濃度が0.01モル/L以上、1モル/L以下の分散液を調製する。
当該分散液へ、置換元素の水溶性金属塩溶液を所定量加え、0〜100℃、好ましくは20〜60℃で撹拌する。
当該分散液へ、前記酸化水酸化鉄(III)1モルあたり3〜30モルのアンモニアを、アンモニア水溶液の滴下により添加して、0〜100℃、好ましくは20〜60℃で30分間以上撹拌する。当該撹拌により、置換元素である金属元素が被着された酸化水酸化鉄が生成する。
ここで、当該アンモニアを添加した分散液へ、前記酸化水酸化鉄(III)1モルあたり0.5〜15モルのテトラエトキシシラン(TEOS)を滴下し、15時間以上、30時間以下で撹拌した後、室温まで放冷する。尚、放冷が完了したら、所定量の沈殿剤(例えば、硫酸アンモニウム、等。)を加えることが好ましい。
当該放冷した分散液を遠心分離(例えば、3500rpm、50分間)し、上澄みを除去して、沈殿物を純水洗浄する。沈殿物へ純水を添加して撹拌して分散液とし、再び、遠心分離を行い、上澄みを除去する。当該遠心分離と純水洗浄とを3回以上繰り返した後、沈殿物を回収し、60℃程度で乾燥させて乾燥粉とする。
当該乾燥粉を酸化性雰囲気下、900℃以上、1200℃未満、好ましくは950℃以上、1150℃以下で、0.5〜10時間、好ましくは2〜5時間の熱処理を施し、熱処理粉を得る。尚、上記酸化性雰囲気として大気を用いることは、コスト、作業性の観点から好ましい。
得られた熱処理粉を、解粒処理したのち、液温60℃以上70℃以下、濃度5M程度の水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液に添加し、15時間以上、30時間以下攪拌することにより、当該熱処理粉からシリコン酸化物を除去し、鉄元素が一部置換されたイプシロン酸化鉄粉を生成させる。
次いで、生成した鉄元素が一部置換されたイプシロン酸化鉄へ、濾過処理や遠心分離等をおこなうことで回収し、鉄元素が一部置換され、10〜18nmの平均粒径を有し、当該粒径の変動係数が40%以下である、本発明に係るイプシロン酸化鉄を得ることが出来た。
・・・
【0025】
(磁性塗料の製造方法)
本発明に係る磁性粉末を磁性塗料とするには、例えば以下の方法が採用できる。
すなわち、試料粉末(上述の沈殿粉)0.500gを秤量し、これをポット(内径45mm、深さ13mm)に入れ、蓋を開けた状態で10分間放置する。次にビヒクル〔塩ビ系樹脂MR−110(22質量%)、シクロヘキサノン(38.7質量%)、アセチルアセトン(0.3質量%)、ステアリン酸nブチル(0.3質量%)、メチルエチルケトン(MEK;38.7質量%)の混合液〕を0.700mL採取し、これを前記のポットに添加する。
その後、直ちにスチールボール(2mm径)30g、ナイロンボール(8mm径)10個をポットに加え、蓋を閉じ10分間静置する。その後、このポットを遠心式ボールミルにセットし、ゆっくりと回転数を上げ、600rpmに合わせ、60分間分散処理を行う。遠心式ボールミルが停止した後、ポットを取り出し、あらかじめ、MEKとトルエンを1:1で混合しておいた調整液を1.800mL添加する。再度遠心式ボールミルにこのポットをセットし、600rpmで5分間分散処理することにより、磁性塗料を調製することができる。
【0026】
(磁気記録媒体の製造方法)
本発明に係る磁性粉末を用いた磁気記録媒体の製造方法として、例えば以下の方法が採用できる。
上述した(磁性塗料の製造方法)において分散処理が終了した後に、ポットの蓋を開け、ナイロンボールを取り除き、調製された塗料をスチールボールごとアプリケーター(隙間55μm)に入れ、支持フィルムへの塗布を行う。当該塗布後、当該フィルムを素早く磁束密度0.55Tの配向器のコイルの中心に置き、磁場配向させ、その後乾燥させることで、本発明に係る磁性粉末を用いた磁気記録媒体を得ることが出来る。ここでは単層の磁性層を形成させる方法について例示したが、公知の方法を採用すれば、重層磁気記録媒体を形成させることができる。」

エ 甲4に記載の事項
(ア)「【請求項1】
3価の鉄塩を、純水または有機溶媒に直接溶解して作成した金属塩溶液(I)と、中和剤溶液(II)を直接混合することにより得た鉄塩中和物を前駆体として使用する、ε−Fe2O3と同じ空間群を有した結晶を製造する方法。
【請求項2】
3価のFeと、Fe以外の少なくとも1種の3価の金属Mの塩とを、純水または有機溶媒に直接溶解して作成した金属塩溶液(I)と、中和剤溶液(II)を直接混合することにより得た金属塩中和物を前駆体として使用する、ε−Fe2O3と同じ空間群を有した結晶を製造する方法。」

(イ)「【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来は上記のような方法を用い、ε−Fe2O3結晶を合成していた。ところが、こうした合成法を用いると、その製法を見ても明らかなとおり、有機溶媒および界面活性剤の使用が必須なものとなっている。よって、この合成法を工業的規模で実現するには、多量の有機溶媒および界面活性剤が必要であり、コスト面で不利になるだけでなく、環境に対する負荷も大きくなるおそれがある。そこで本発明では、かような問題を解決し、ε−Fe2O3結晶の大量生産に適した製法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題は、Feの塩(この際に他種の3価の金属(M元素)の存在を妨げない)を、純水または水溶性有機溶媒のみからなる溶媒に溶解して作成した金属塩溶液(I)と、アンモニア水等の中和剤溶液(II)を直接混合することで、金属塩中和物を生成させた後、シランカップリング剤等の珪素系化合物で被覆する工程を付して珪素化合物被覆の前駆体を形成させ、さらに熱処理を加えてε−Fe2O3と同じ空間群を有する結晶を得ることによって達成される。」

(ウ)「【0017】
本発明を利用したε−Fe2O3と同じ空間群を有する結晶は、代表的には以下のような方法を経由することで得られる。
鉄塩・(M元素塩)→[水溶媒中での中和]→鉄・(M元素)の水酸化物→[アルカリにより溶解する性質を有する成分を添加し、代表的にはゾル−ゲル法]→アルカリ可溶の物質で被覆された水酸化物(前駆体)→[熱処理]→ε−Fe2O3と同じ空間群を有する結晶→[塩基性溶液による洗浄によるアルカリ可溶成分の除去]→アルカリ可溶成分が大部分除去されたε−Fe2O3と同じ空間群を有する結晶
・・・
【0021】
中和反応が生じることにより、鉄の水酸化物が生成する。その水酸化物にはM元素が含有されていても構わない。本明細書で単に「鉄の水酸化物」あるいは「水酸化鉄」と言うときは、MとFeのモル比をM:Fe=x:(2−x)と表すとき、0≦x<1を満たす範囲でM元素を含有するものを含む。中和反応が進行すると、液は赤褐色に変わる。このことから、ここで合成される鉄の水酸化物は、水酸化鉄(III)を主体としたものであると考えられる。
【0022】
〔珪素含有物質による被覆〕
上記の工程を経て作成された水酸化鉄粉末は、珪素酸化物で覆われていない場合、そのまま熱処理に供してもε−Fe2O3結晶にはなりにくいことが知見された。したがって、予めアルカリに対して可溶性を有する成分、とりわけ珪素酸化物で覆われた状態としてから熱処理工程に供することが望ましい。」

(エ)「【実施例】
【0028】
《実施例1》
本例では、有機溶剤を添加せずに、水−界面活性剤の系において、表1に示す条件で以下の手順に従ってGa置換タイプのε−Fe2O3結晶を合成した。
【0029】
〔手順1〕
原料溶液と中和剤溶液の2種類の溶液を作製する。
・原料溶液の作製
テフロン(登録商標)製のフラスコに、純水363.3mLおよび1−ブタノール55.3mLを入れる。そこに、硝酸鉄(III)9水和物を0.03モル、硝酸ガリウム(III)8水和物を0.01モル添加し、室温でよく撹拌しながら溶解させる。さらに、界面活性剤としての臭化セチルトリメチルアンモニウムを0.14モル添加し、撹拌により溶解させ、原料溶液とする。
このときの仕込み組成は、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.47である。
・中和剤溶液の作製
25%アンモニア水29.9mLを純水333.4mLに混ぜて撹拌し、その液に、さらに1−ブタノール55.3mLを加えてよく撹拌する。その溶液に、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを0.14モル添加し、溶解させ、中和剤溶液とする。
【0030】
〔手順2〕
原料溶液を1200rpmでよく撹拌しながら、原料溶液中に中和剤溶液を毎時約500mlの速度で滴下することにより、両液を撹拌混合し、中和反応を進行させる。全量を滴下した後、混合液を30分間撹拌し続ける。液は赤褐色となり、鉄の水酸化物が生じたことがわかる。
【0031】
〔手順3〕
手順2で得られた混合液を撹拌しながら、当該混合液にテトラエトキシシラン89.6mL(仕込み割合でSi/(Fe+Ga)×100=910モル%に相当する)を毎時約125mLの速度で滴下する。約1日そのまま、撹拌し続ける。
【0032】
〔手順4〕
手順3で得られた溶液を遠心分離機にセットして遠心分離処理する。この処理で得られた沈殿物を回収する。回収された沈殿物(前駆体)をクロロホルムとメタノールの混合溶液を用いて複数回洗浄する。
【0033】
〔手順5〕
手順4で得られた沈殿物(前駆体)を乾燥した後、その乾燥粉に対し、大気雰囲気の炉内で1100℃で4時間の熱処理を施す。
【0034】
〔手順6〕
手順5で得られた熱処理粉を2モル/LのNaOH水溶液中で24時間撹拌し、粒子表面の珪素酸化物の除去処理を行う。次いで、ろ過・水洗し、乾燥する。
【0035】
以上の手順1から6を経ることによって、目的とする試料粉体(磁性粉体)を得た。TEM平均粒子径は14.1nm、標準偏差は5.7nm、(標準偏差/TEM平均粒径)×100で定義される変動係数は40.0%であった。」

オ 甲5に記載の事項
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】磁性粉を含む磁性塗料を非磁性支持体上に塗布する塗布工程と、この塗布工程で塗布された磁性塗膜層に対して磁場配向処理する磁場配向処理工程と、前記塗布工程で塗布された磁性塗膜層を乾燥処理する乾燥処理工程とを具備する磁気記録媒体の製造方法であって、
前記磁場配向処理は乾燥処理工程の前段階と乾燥処理工程中とにおいて行われるものであり、
乾燥処理工程の前段階で行う磁場配向処理に用いる磁石の磁場強度は前記磁性粉の抗磁力の1〜6倍で、しかも3000Gauss以下であり、
乾燥処理工程中で行う磁場配向処理に用いる磁石の磁場強度は前記磁性粉の抗磁力の1.2〜6倍で、しかも1000〜5000Gaussであり、かつ、乾燥処理工程の前段階で行う磁場配向処理に用いる磁石の磁場強度より大きなものであり、
更に、前記乾燥処理工程中で行う最後位の磁場配向処理工程に至るまでに前記磁性塗膜層中の磁性粉と溶剤との比(磁性粉/溶剤)が重量比で1/1.3〜1/1.7となるよう乾燥処理を行わせ、前記最後位の磁場配向処理工程の後の乾燥処理工程で乾燥を完了させることを特徴とする磁気記録媒体の製造方法。」(第1頁左欄1行〜右欄8行)

(イ)「磁性層18に用いられる磁性粉、特に強磁性粉としては、γ−Fe2O3、Co含有γ−Fe2O3、Fe3O4、Co含有Fe3O4等の酸化鉄磁性粉:Fe、Ni、Co、Fe−Al合金、Fe−Al−Ni合金、Fe−Al−P合金、Fe−Ni−Co合金、Fe−Mn−Zn合金、Fe−Mi−Zn合金、Fe−Co−Ni−Cr合金、Fe−Co−Ni−P合金、Co−Ni合金等、Fe、Al、Ni、Co等を主成分とするメタル磁性粉:CrO2等各種の強磁性粉が挙げられる。」(3頁左欄2〜9行)

カ 甲6に記載の事項
(ア)「2.特許請求の範囲
(1)粒子形態が粒状のβ−FeOOHで、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μm、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲にあることを特徴とする粒状β−FeOOH。」(1頁左下欄4〜8行)

(イ)「(産業上の利用分野)
本発明は、粒子形態が全く新しい、粒状のβ−FeOOH及びその製造方法に関する。本発明の粒状β−FeOOHは、顔料、磁性粉原料、塗膜補強用顔料、二次元配向フェライト原料、樹脂用補強材等として利用することができる。
(従来の技術およびその問題点)
・・・
一方、β−FeOOHは、a−FeOOHに比べて、粒子が揃ったものが得られ易いという利点をもっており、粒子形態が粒状のβ−FeOOHが得られれば、分散性の改善が期待できる。
しかし、β−FeOOHは、本来自形として針状粒子に成長する本性を持っており、例えば、特公昭55−339号公報には、β−FeOOHの製造法が記載されているが、粒径(長軸)が0.3〜0.8μmで、軸比が10〜50程度と針状であり、粒子形態が粒状のβ−FeOOH及びその製法は見出されていない。
針状のβ−FeOOH粒子にかえて粒状のβ−FeOOHが得られれば、顔料、電子材料、複合材料等の分野において粒状であることに基づく特性を利用した新規用途開発が期待される。
本発明の目的は、粒状β−FeOOH及びその製造方法を提供することにある。
(問題点を解決するための手段)
本発明は、粒子形態が粒状のβ−FeOOHで、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μm、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲にあることを特徴とする粒状β−FeOOH及びその製造方法に関する。
本発明のβ−FeOOHは、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μmであり、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲の粒状である。また、板状比(短軸/厚み)は2以上である。
本発明のβ−FeOOHは、粒子形状が揃っており、分散性も良好で、顔料、電子材料、複合材料等の原料として好適である。」(1頁左下欄14行〜2頁左上欄19行)

(ウ)「実施例1
塩化第二鉄(FeCl3・6H2O)水溶液を攪拌しながら、鉄イオンに対してクエン酸イオンが0.5モル%になるようにクエン酸三ナトリウム水溶液を添加して、クエン酸イオンが共存する1Mの塩化第二鉄水溶液とした。
この水溶液を100℃で5時間熟成して、β−FeOOHを得た。
得られたβ−FeOOHは長軸の粒子径が0.18μmであり、軸比(長軸/短軸)が2.4であった。」(2頁左下欄9〜19行)

(エ)「

」(3頁)

キ 甲7に記載の事項
(ア)「



(2)甲1〜甲4、甲6に記載の発明
ア 甲1に記載の発明
甲1の上記(1)ア(エ)には、図2a)として、「アニール前のSiO2@β−FeOOHナノ粒子のTEM写真(a,b)」が掲載され、この図2a)について、上記同(ウ)には、「SiO2@β−FeOOH前駆体は、厚さ5nmのシリカ層で被覆された長さ約70nm、直径約14nmの均ーなナノロッドの形態を示している」と記載され、上記同(イ)の「前駆体としてシリカ被覆β−FeOOHナノロッドとアニーリングプロセスを使用して、ナノスケールの準安定硬磁性ε−Fe2O3相を得るための簡単な準備ルートを提供する。」との記載によれば、「SiO2@β−FeOOH前駆体」とは、ナノスケールの準安定硬磁性ε−Fe2O3相を得るための前駆体ということであり、また、「SiO2@β−FeOOH」は、シリカ被覆β−FeOOHを意味している。
そうすると、甲1には、上記同(エ)の図2a)の「SiO2@β−FeOOHナノ粒子」について、以下の発明(以下、「甲1発明」という。)が記載されているといえる。

「厚さ5nmのシリカ層で被覆された長さ約70nm、直径約14nmの均ーなナノロッドの形態を示している、ナノスケールの準安定硬磁性ε−Fe2O3相を得るための前駆体である、以下の図2a)のTEM写真で表されるシリカ被覆β−FeOOHナノ粒子。
図2a)



イ 甲2に記載の発明
甲2の上記(1)イ(エ)には、「図1.FeOOH_800(a,d)、FeOOH_25000(b,e)、FeOOH_nopei(c,f)のXRDパターンと従来のTEM像。」が掲載され、この内、FeOOH_800(a,d)、FeOOH_25000(b,e)について、上記同(ウ)の「β−FeOOHナノロッドの特性評価」に関し、「FeOOH_800とFeOOH_25000は,それぞれ平均長径l=32±7nmと38±7nmの棒状のナノ粒子で,平均短径d=5.1±1.0nmと5.7±1.0nmであった。」と記載されている。
そうすると、甲2には、上記同(エ)の図1(d)の「FeOOH_800」とされる「β−FeOOHナノロッド」について、以下の発明(以下、「甲2発明」という。)が記載されているといえる。

「平均長径l=32±7nmの棒状のナノ粒子で,平均短径d=5.1±1.0nmであり、以下の図1(d)のTEM写真で表されるβ−FeOOHナノロッド。
図1(d)



ウ 甲3に記載の発明
上記(1)ウ(ア)の記載から、【請求項1】を引用する【請求項2】のイプシロン酸化鉄の製造方法として、甲3には、以下の発明(以下、「甲3発明1」という。)が記載されているといえる。

「酸化水酸化鉄へ置換元素である金属化合物を被着させ、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を得る工程と、
前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を、シリコン酸化物でコーティングし、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を得る工程と、
前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を酸化性雰囲気下で熱処理する工程とを有し、
前記熱処理工程で得られた熱処理粉を、さらにアルカリ水溶液で処理して、イプシロン酸化鉄を製造する、
鉄元素の一部が前記置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄を製造するイプシロン酸化鉄の製造方法。」

また、上記甲3発明1において、酸化水酸化鉄は、鉄元素の一部が置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄を製造するために用いられるものであることは明らかであるから、酸化水酸化鉄に着目すれば、甲3には、以下の発明(以下、「甲3発明2」という。)も記載されているといえる。

「鉄元素の一部が置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄を製造するために用いられる酸化水酸化鉄。」

エ 甲4に記載の発明
甲4の上記(1)エ(ア)の【請求項2】には、「3価のFeと、Fe以外の少なくとも1種の3価の金属Mの塩とを、純水または有機溶媒に直接溶解して作成した金属塩溶液(I)と、中和剤溶液(II)を直接混合することにより得た金属塩中和物を前駆体として使用する、ε−Fe2O3と同じ空間群を有した結晶を製造する方法。」との記載があるが、この「金属塩中和物」に着目すれば、「3価のFeと、Fe以外の少なくとも1種の3価の金属Mの塩とを、純水または有機溶媒に直接溶解して作成した金属塩溶液(I)と、中和剤溶液(II)を直接混合することにより得た金属塩中和物」であることが理解できる。
そして、この「金属塩中和物」について、上記同(イ)の【0021】の「中和反応が生じることにより、鉄の水酸化物が生成する。その水酸化物にはM元素が含有されていても構わない。本明細書で単に「鉄の水酸化物」あるいは「水酸化鉄」と言うときは、MとFeのモル比をM:Fe=x:(2−x)と表すとき、0≦x<1を満たす範囲でM元素を含有するものを含む。中和反応が進行すると、液は赤褐色に変わる。このことから、ここで合成される鉄の水酸化物は、水酸化鉄(III)を主体としたものであると考えられる。」との記載によれば、「金属塩中和物」は、「水酸化鉄(III)を主体としたもの」であるといえ、上記同(イ)の【0022】の「上記の工程を経て作成された水酸化鉄粉末は、珪素酸化物で覆われていない場合、そのまま熱処理に供してもε−Fe2O3結晶にはなりにくいことが知見された。」との記載によれば、「水酸化鉄(III)を主体としたもの」は、粉末であるといえる。そして、甲7の上記(1)キ(ア)の記載によれば、水酸化鉄(III)は、別名が水酸化第二鉄、分子式が「FeO(OH)」とされるものである。
そうすると、甲4には、以下の発明(以下、「甲4発明」という。)が記載されているといえる。

「3価のFeと、Fe以外の少なくとも1種の3価の金属Mの塩とを、純水または有機溶媒に直接溶解して作成した金属塩溶液(I)と、中和剤溶液(II)を直接混合することにより得たFeO(OH)を主体とする粉末。」

オ 甲6に記載の発明
甲6の上記(1)カ(ア)の記載によれば、甲6には、以下の発明(以下、「甲6発明」という。)が記載されているといえる。

「粒子形態が粒状のβ−FeOOHで、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μm、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲にある粒状β−FeOOH。」

(3)申立理由1及び3について
ア 本件発明1について
(ア)甲1発明との対比・判断
a 対比
本件発明1と甲1発明を対比する。
甲1発明の「β−FeOOHナノ粒子」は、本件発明1の「下記の式(1)で表され、」「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲1発明は、「下記の式(1)で表されたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点1>
粒子の平均円相当径及びその変動係数について、本件発明1は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのに対し、甲1発明では、図2(a)のTEM写真で表され、厚さ5nmのシリカ層で被覆された長さ約70nm、直径約14nmの均ーなナノロッドの形態を示しているものであるものの、ナノロッドの形態が一次粒子であるのか否か、さらに、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのか否か明らかでない点。

b 相違点1についての判断
(a)甲1発明の「シリカ被覆β−FeOOHナノ粒子」が、一次粒子であるのか否か、必ずしも明らかでない。仮に、一次粒子であるとしても、甲1には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
ここで、異議申立書の8〜9頁には、以下の記載がある。
「甲第1号証の記載では、円相当径の値が不明であったことから、掲載された図面(Fig.2a)に示された粒子の市販の画像ソフトによる画像解析(使用ソフト:Mac−View Ver.4.0)による測定を試みた。(測定値算出に用いた粒子は下図の赤く示した粒子である)その結果、甲第1号証には、以下の発明(以下、「甲1発明」という)が記載されているといえる。

A β−FeOOHの粒子であって、(a=0)
B 一次粒子の平均円相当径が22.6nmであって、
C 一次粒子の円相当径の変動係数が28%である、
D β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
・・・
ここで、(使用ソフト:Mac−View Ver.4.0)による測定は以下のとおりに行った。
(i)使用ソフト:Mac−View Ver.4.0について
Mac−View Ver.4.0は、株式会社マウンテックが市販している画像解析式粒度分布測定ソフトウエアである。
・・・
(ii)測定手順
円相当径は、ある粒子の外径を囲んだ面積から、その面積に相当する円の直径として算出される。
円相当径の評価には、デジタイズを使用した。画像処理ソフトウェアとして、Mac−View Ver.4.0を使用した。
粒子の測定個数は、97個である。
(iii)測定結果
97個の粒子の測定結果から算出すると、一次粒子の平均円相当径が22.6nmであって、円相当径の変動係数が28%であった。
97個の粒子の測定結果をヒストグラムとして示す。
なお、横軸は円相当径、縦軸は頻度である。


そして、上記の記載によれば、甲1発明の「β−FeOOHナノ粒子」の一次粒子の平均円相当径は22.6nmであって、一次粒子の円相当径の変動係数は28%であるとしている。
しかしながら、画像解析の対象となる図2a)自体、文献の中でβ−FeOOHの形状の概略を示すためのものであって、β−FeOOHの円相当径を測定するための画像ではないこともあり、粒子の輪郭が不鮮明であったり、粒子が重なっている箇所等は黒色で塗りつぶされた状態となり、各粒子を個別に認識するのが困難になっていることから、この様な画像を基に画像解析したとしても、正確な円相当径が得られるとはいえない。
さらに、円相当径算出に用いた粒子が赤く示された異議申立書の図2a)の画像を見ても、粒子が重なり黒色で塗りつぶされた状態となっている箇所における粒子の境界をどの様な条件で決定しているのか明らかでなく、この箇所における粒子の輪郭が正確であるのか明らかでないし、また、画像はシリカ被覆されたβ−FeOOHであるが、赤く示された粒子を見ても、シリカ被覆の外側までを粒子の輪郭としているのか、シリカ被覆の内側のβ−FeOOHを粒子の輪郭としているのか判然としない。さらには、本件発明1において、一次粒子の平均円相当径は、任意に抽出した500個から算出されている(本件明細書【0029】)のに対し、異議申立書に記載の測定では、97個から算出され、測定条件が一致していない。
そうすると、異議申立書に記載の測定では、正確な円相当径が測定されているとはいえないから、甲1発明の「β−FeOOHナノ粒子」の一次粒子の平均円相当径を22.6nm、一次粒子の円相当径の変動係数を28%とすることはできない。
以上を踏まえると、上記相違点1は、実質的な相違点である。
(b)次に、甲1発明において、上記相違点1に係る本件発明1の構成が、当業者にとって容易に想到し得るものであるか否かについて検討する。本件発明1は、磁気記録媒体における磁性材料としてε−酸化鉄の結晶構造体を使用する場合、高いSNRを実現する観点からは、ε−酸化鉄の結晶構造体は、粒子径が小さいこと、及び、粒子径の変動係数が小さいこと(即ち、粒子径のバラツキが少ないこと)が重要となる一方で、磁気記録媒体の1種である磁気テープにおいては、ε−酸化鉄の結晶構造体の粒子径が小さいと、ε−酸化鉄の結晶構造体を含む磁性層の膜質が弱くなるという問題(【0005】)に対し、本発明者らは、ε−酸化鉄の結晶構造体の原料であるβ−オキシ水酸化鉄に着目し、種々の検討を重ねたところ、β−オキシ水酸化鉄の粒子径の制御が有効であることが判明した(【0006】)ため、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子を形成できるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を提供すること(【0007】)を発明の課題としている。そして、その課題を解決する手段は、上記相違点1に係る本件発明1の構成である、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子において、一次粒子の平均円相当径を5nm以上30nm以下の範囲とし、一次粒子の円相当径の変動係数を10%以上30%以下の範囲とすることである(【0008】)。
一方、甲1の上記(1)ア(イ)の記載によれば、甲1は、「前駆体としてシリカ被覆β−FeOOHナノロッドとアニーリングプロセスを使用して、ナノスケールの準安定硬磁性ε−Fe2O3相を得るための簡単な準備ルートを提供する」ことを示すことを目的とするものであり、上記の本件発明1の課題に関する記載がないのはもちろんのこと、シリカ被覆β−FeOOHナノ粒子の平均円相当径及び円相当径の変動係数、さらには粒子の形状や粒子径の制御に着目する記載はないから、甲1には、甲1発明のシリカ被覆β−FeOOHナノ粒子に、上記相違点1に係る本件発明1の構成を採用する動機付けがあるとはいえない。
(c)さらに、上記相違点1に係る本件発明1の構成に関連して、本件発明1は、発明の課題が解決できることに対応する効果、すなわち、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子を形成できるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を提供することができる等の効果を奏するものであるが、この効果は、甲1発明から予測することができない。
(d)そうすると、上記相違点1に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

c 小括
以上のとおり、上記相違点1は、実質的な相違点であると共に、上記相違点1に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明1は、甲1発明ではないし、甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(イ)甲2発明との対比・判断
a 対比
本件発明1と甲2発明を対比する。
甲2発明の「β−FeOOHナノロッド」は、本件発明1の「下記の式(1)で表され、」「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲2発明は、「下記の式(1)で表されたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点2>
粒子の平均円相当径及びその変動係数について、本件発明1は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのに対し、甲2発明では、図1(d)のTEM写真で表され、平均長径l=32±7nmの棒状のナノ粒子で,平均短径d=5.1±1.0nmであるナノロッドであるものの、ナノロッドの形態が一次粒子であるのか否か、さらに、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのか否か明らかでない点。

b 相違点2についての判断
(a)甲2発明の「β−FeOOHナノロッド」が、一次粒子であるのか否か、必ずしも明らかでない。仮に、一次粒子であるとしても、甲2には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
ここで、異議申立書の11〜12頁には、以下の記載がある。
「甲第2号証の記載では、円相当径の値が不明であったことから、掲載された図面(Figure1 d)に示された粒子の市販の画像ソフトによる画像解析(使用ソフト:Mac−View Ver.4.0)による測定を試みた。(算出に用いた粒子は下図の赤く示した粒子である)その結果、甲第2号証には、以下の発明(以下、「甲2発明」という)が記載されているといえる。

A β−FeOOHの粒子であって、(a=0)
B 一次粒子の平均円相当径が14.6nmであって、
C 一次粒子の円相当径の変動係数が23.8%である、
D β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
ここで、(使用ソフト:Mac−View Ver.4.0)による測定は以下のとおりに行った。
(i)使用ソフト:Mac−View Ver.4.0について
・・・
(ii)測定手順
・・・
ただし、粒子の測定個数は、500個である。
(iii)測定結果
500個の粒子の測定結果から算出すると、一次粒子の平均円相当径が14.6nmであって、円相当径の変動係数が23.8%であった。
500個の粒子の測定結果をヒストグラムとして示す。
なお、横軸は円相当径、縦軸は頻度である。


そして、上記の記載によれば、一次粒子の平均円相当径は14.6nmであって、一次粒子の円相当径の変動係数は23.8%であるとしている。
しかしながら、画像解析の対象となる図1(d)自体、文献の中でβ−FeOOHの形状の概略を示すためのものであって、β−FeOOHの円相当径を測定するための画像ではないこともあり、粒子の輪郭が不鮮明で粒子の重なりも多く、また粒子が重なっている箇所等は黒色で塗りつぶされた状態となり、各粒子を個別に認識するのが困難になっていることから、この様な画像を基に画像解析したとしても、正確な円相当径が得られるとはいえない。
さらに、円相当径算出に用いた粒子が赤く示された異議申立書の図1(d)の画像を見ても、粒子が重なり黒色で塗りつぶされた状態となっている箇所における粒子の境界をどの様な条件で決定しているのか明らかでなく、この箇所における粒子の輪郭が正確であるのか明らかでない。
そうすると、異議申立書に記載の測定では、正確な円相当径が測定されているとはいえないから、甲2発明の「β−FeOOHナノロッド」の一次粒子の平均円相当径を14.6nm、一次粒子の円相当径の変動係数を23.8%とすることはできない。
以上を踏まえると、上記相違点2は、実質的な相違点である。
(b)次に、甲2発明において、上記相違点2に係る本件発明1の構成が、当業者にとって容易に想到し得るものであるか否かについて検討する。本件発明1は、上記(ア)b(b)で述べたように、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子を形成できるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を提供すること(【0007】)を発明の課題とし、その課題を解決する手段は、上記相違点2に係る本件発明1の構成である、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子において、一次粒子の平均円相当径を5nm以上30nm以下の範囲とし、一次粒子の円相当径の変動係数を10%以上30%以下の範囲とすることである(【0008】)。
一方、甲2の上記(1)イ(イ)の記載によれば、甲2は、「β−FeOOH NRsの形成におけるキャッピング配位子の効果と影響について研究した」もので、「(1)PEIの非存在下で、または(2)異なる分子量のPEIを使用して実行した合成から得られた結果と比較することにより、異なるPEIの選択が、アスペクト比とβ−FeOOH NRsの構造的安定性をどのように決定するか、これが最終製品にどのように影響するかを示」すことを目的とするものであり、上記の本件発明1の課題に関する記載がないのはもちろんのこと、β−FeOOHナノロッドの平均円相当径及び円相当径の変動係数、さらには粒子径の制御に着目する記載はないから、甲2には、甲2発明のβ−FeOOHナノロッドに、上記相違点2に係る本件発明1の構成を採用する動機付けがあるとはいえない。
(c)さらに、上記相違点2に係る本件発明1の構成に関連して、本件発明1は、発明の課題が解決できることに対応する効果、すなわち、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子を形成できるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を提供することができる等の効果を奏するものであるが、この効果は、甲2発明から予測することができない。
(d)そうすると、上記相違点1に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。

c 小括
以上のとおり、上記相違点2は、実質的な相違点であると共に、上記相違点2に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明1は、甲2発明ではないし、甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるともいえない。

(ウ)本件発明1に関するまとめ
以上のとおり、本件発明1は、甲1発明又は甲2発明ではないし、甲1発明又は甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明2、3について
本件発明2、3は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」に係る発明であるところ、いずれの発明も、発明特定事項に、少なくとも本件発明1の上記相違点1、2に係る構成、又はそれらの構成をさらに限定した構成を含むが、本件発明1の上記相違点1又は2に係る構成を、当業者が容易に想到することができたものであるといえない以上、本件発明2、3も、本件発明1と同様に、甲1発明又は甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(4)申立理由2、5及び6について
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲4発明を対比する。
甲4発明における「FeO(OH)を主体とする粉末」の「粉末」は、本件発明1の「粒子」に相当するところ、「FeO(OH)を主体とする粉末」の「FeO(OH)」が、本件発明4の「β−オキシ水酸化鉄系化合物」に相当する「β−FeO(OH)」であるのか明らかでないが、この点を措くとしても、本件発明1と甲4発明は、少なくとも、以下の点で相違している。

<相違点3>
粒子の平均円相当径及びその変動係数について、本件発明1は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのに対し、甲4発明では、粒子の平均円相当径及びその変動係数が明らかでない点。

(イ)相違点3についての判断
甲4発明の「FeO(OH)を主体とする粉末」が、一次粒子であるのか否か、必ずしも明らかでない。仮に、一次粒子であるとしても、甲4には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
ここで、本件発明1におけるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法と、甲4発明の「FeO(OH)を主体とする粉末」の製造方法が、完全に一致しているのであれば、一般的には、両者で同じ粒子が製造されているということができるが、この観点で検討しても、本件発明1におけるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法に対応する本件発明5のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法には、「一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を、分級手段により取り出す工程」があるのに対し、甲4発明の「FeO(OH)を主体とする粉末」の製造方法が記載されている甲4の上記(1)エ(ア)及びより具体的な実施例の記載である上記同(エ)を見ても、この様な工程はない。
そうすると、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法の観点からも、甲4発明の「FeO(OH)を主体とする粉末」が、本件発明1のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子と同じ物であるということはできず、上記相違点4は、実質的な相違点であるから、本件発明1は、甲4発明ではない。
次に、上記相違点3に係る本件発明1の構成が当業者が容易に想到し得るものであるか否かを検討する。
甲4発明は、上記同(イ)の記載によれば、従来の合成法を用いると、有機溶媒および界面活性剤の使用が必須なものとなっており、この合成法を工業的規模で実現するには、多量の有機溶媒および界面活性剤が必要で、コスト面で不利になるだけでなく、環境に対する負荷も大きくなるおそれがあるという問題を受け、かような問題を解決し、ε−Fe2O3結晶の大量生産に適した製法の提供することを発明の課題とし(【0010】)、その課題を、Feの塩(この際に他種の3価の金属(M元素)の存在を妨げない)を、純水または水溶性有機溶媒のみからなる溶媒に溶解して作成した金属塩溶液(I)と、アンモニア水等の中和剤溶液(II)を直接混合することで、金属塩中和物を生成させた後、シランカップリング剤等の珪素系化合物で被覆する工程を付して珪素化合物被覆の前駆体を形成させ、さらに熱処理を加えてε−Fe2O3と同じ空間群を有する結晶を得ることによって解決している(【0011】)ことを考慮すると、甲4は、何ら、ε−Fe2O3結晶の原料となる「FeO(OH)を主体とする粉末」に着目するものではないから、甲4には、甲4発明において、上記相違点3に係る本件発明1の構成を採用する動機付けはない。
そうすると、上記相違点3に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり、上記相違点3は、実質的な相違点であるし、上記相違点3に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明1は、甲4発明ではないし、また、甲4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明2〜7について
本件発明2〜4は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」に係る発明であり、本件発明5は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法」に係る発明であり、本件発明6は、「ε−酸化鉄系化合物の粒子の製造方法」に係る発明であり、本件発明7は、「磁気記録媒体」に係る発明であるところ、いずれの発明も、発明特定事項に、少なくとも本件発明1の上記相違点3に係る構成、又はその構成をさらに限定した構成を含むが、本件発明1の上記相違点3に係る構成は、実質的な相違点であるし、また当業者が容易に想到することができたものであるとはいえない以上、本件発明2〜7も、本件発明1と同様に、甲4に記載された発明ではないし、甲4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。
ここで、本件発明7の進歩性欠如の理由には、甲5も引用されているが、甲5にも、上記相違点3に係る本件発明1の構成は記載されていないから、甲5の存在は、上記の本件発明7に関する判断を左右するものではない。

(5)申立理由4について
ア 本件発明4について
(ア)対比
甲3発明2の「酸化水酸化鉄」は、甲3の上記(1)ウ(ウ)の【0023】の「平均粒径15nm以下の酸化水酸化鉄(III)ナノ微粒子(β−FeO(OH))と純水とを混合して、鉄(Fe)換算濃度が0.01モル/L以上、1モル/L以下の分散液を調製する。」等の記載によれば、本件発明4の「β−オキシ水酸化鉄系化合物」に相当するβ−FeO(OH)ナノ微粒子を対象とするものであること、また、本件発明4は、本件発明1を直接又は間接的に引用していることになるから、本件発明4と甲3発明2を対比すると、少なくとも、以下の点で、本件発明4と甲3発明2は、相違している。

<相違点4>
粒子の平均円相当径及びその変動係数について、本件発明4は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのに対し、甲3発明2では、粒子の平均円相当径及びその変動係数が明らかでない点。

(イ)相違点4についての判断
甲3発明2の「酸化水酸化鉄」が、一次粒子であるのか否か、必ずしも明らかでない。仮に、一次粒子であるとしても、甲3には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
そして、甲3に記載される発明は、甲3の上記(1)ウ(イ)の【0023】の記載によれば、「10〜18nmの平均粒径を有し、鉄元素の一部が置換元素で置換され保磁力が14kOe以下のイプシロン酸化鉄であって、当該粒径の変動係数が40%以下であるイプシロン酸化鉄とその製造方法を提供する」(【0007】)ことを発明の課題とし、その課題を、「酸化水酸化鉄へ置換元素である金属化合物を被着させ、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を得る工程と、前記金属化合物が被着した酸化水酸化鉄を、シリコン酸化物でコーティングし、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を得る工程と、前記シリコン酸化物でコーティングされた酸化水酸化鉄を酸化性雰囲気下で熱処理する工程とを実施することにより、鉄元素の一部が置換元素で置換されたイプシロン酸化鉄であって、10〜18nmの平均粒径を有し、当該粒径の変動係数が40%以下であるイプシロン酸化鉄を得ることが出来るとの知見を得て、本発明を完成した」ものであり、何ら、イプシロン酸化鉄の原料となる酸化水酸化鉄に着目するものではないから、甲3には、甲3発明2において、上記相違点に係る本件発明5の構成を採用する動機付けはない。
また、甲3に記載される発明は、何らイプシロン酸化鉄の原料となる酸化水酸化鉄に着目するものではないから、甲3発明2に、甲1に記載されるβ−FeOOHに関する事項を適用することは、当業者が容易に想到し得ることではないが、甲1に、「一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」が記載されていないことは、上記(3)ア(ア)bで述べたとおりであるから、仮に、甲3発明2に、甲1に記載の事項を適用したとしても、本件発明4にはならない。

(ウ)小括
以上のとおり、上記相違点4に係る本件発明4の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明4は、甲3発明2及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明5について
(ア)対比
本件発明5と甲3発明1を対比すると、少なくとも、以下の点で、本件発明5と甲3発明1は、相違している。
<相違点5>
β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法について、本件発明5は、「粒子分散液から、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を、分級手段により取り出す工程」を有しているのに対し、甲3発明1では、その様な工程を有していない点。

(イ)相違点5についての判断
上記相違点について、検討する。
上記ア(イ)で述べたように、甲3には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
そして、甲3は、酸化水酸化鉄に着目するものではないから、甲3には、甲3発明1において、上記相違点5に係る本件発明5の構成を採用する動機付けはない。
また、甲3発明1に、甲1に記載されるβ−FeOOHに関する事項を適用することは、当業者が容易に想到し得ることではないが、仮に、甲3発明1に、甲1に記載の事項を適用したとしても、本件発明5にはならない。

(ウ)小括
以上のとおり、上記相違点5に係る本件発明5の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明5は、甲3発明1及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

ウ 本件発明6について
本件発明6は、「請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子、又は、請求項5に記載の製造方法により得られたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」を発明特定事項に含むが、請求項2〜4に記載のβ−オキシ水酸化鉄系化合物は、請求項1のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子をさらに限定したものであり、請求項5に記載の製造方法により得られたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子は、請求項1のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子と同じものであるといえ、本件発明6は、特定事項として少なくとも本件発明1のβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を含むから、本件発明6と甲3発明1を対比すると、少なくとも、上記イ(ア)に記載の<相違点5>の点で、本件発明6と甲3発明1は、相違している。
そして、その相違点に関する判断は、上記イ(イ)及び(ウ)で述べたとおりである。
そうすると、本件発明5と同様に、本件発明6は、甲3発明及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

エ 本件発明7について
本件発明7は、本件発明6を引用しているところ、上記ウで述べたように、本件発明6は、甲3発明1及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上、本件発明7も、本件発明6と同様に、甲3発明1及び甲1に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(6)申立理由7及び8について
ア 本件発明1について
(ア)対比
本件発明1と甲6発明を対比する。
甲6発明の「粒状β−FeOOH」は、本件発明1の「下記の式(1)で表され、」「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」に相当する。
そうすると、本件発明1と甲6発明は、「下記の式(1)で表されたβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子。
【化1】
β−AaFe1−aOOH (1)
式(1)中、Aは、Fe以外の少なくとも1種の金属元素を表し、aは、0≦a<1を満たす。」の点で一致し、以下の点で相違しているといえる。

<相違点6>
粒子の平均円相当径及びその変動係数について、本件発明1は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのに対し、甲6発明では、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μm、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲にあるものの、粒状β−FeOOHが一次粒子であるのか否か、さらに、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるのか否か明らかでない点。

(イ)相違点6についての判断
甲6発明の「粒状β−FeOOH」が、一次粒子であるのか否か、必ずしも明らかでない。仮に、一次粒子であるとしても、甲1には、粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることは記載されていない。
ここで、甲6発明の粒状β−FeOOHの形状は、粒子径(長軸)が0.02〜0.3μm、軸比(長軸/短軸)が1〜3の範囲と、比較的広い範囲が特定されているところ、具体例である、甲6の上記(1)カ(ウ)の実施例1を参照すると、長軸の粒子径が0.18μm(180nm)、軸比(長軸/短軸)が2.4と、実際には、本件発明1の平均円相当径の5nm以上30nm以下の範囲に比べると大きい粒子が想定されていることが理解できる。そして、上記同(イ)の記載によれば、β−FeOOHは、本来自形として針状粒子に成長する本性を持っており、粒子形態が粒状のβ−FeOOH及びその製法は見出されていなかったところ、甲6発明は、針状のβ−FeOOH粒子にかえて粒状のβ−FeOOHが得ることを発明の課題としている。上記同(イ)には、「本発明のβ−FeOOHは、粒子形状が揃っており」との記載があるものの、甲6発明は、β−FeOOH粒子について、粒状の形状を得ることに留まり、本件発明1で「一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲」と特定されているように、一次粒子の粒子径に対応する平均円相当径を特定の範囲にした上で、さらにその変動係数を特定の範囲に制御することまでの動機付けはない。このことは、上記同(エ)に記載される実施例1で得られたβ−FeOOHの形状を示す第1図において、形状は粒状であるものの、その大きさに大きなばらつきが見て取れることにも示されている。
そうすると、甲6発明には、上記相違点6に係る本件発明1の構成を採用しようとする動機付けがあるとはいえない。
また、甲3及び甲4に上記相違点6に係る本件発明1の構成が記載されていないこと、さらに、甲3及び甲4は、何ら、イプシロン酸化鉄の原料となるβ−オキシ水酸化鉄系化合物に着目するものではないこと、さらに、そもそも甲6発明には、甲3及び甲4に記載の事項を採用する動機付けはないが、仮に、甲6発明に、甲3及び甲4に記載の事項を採用したとしても、本件発明1にはならない。
よって、上記相違点6に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。

(ウ)小括
以上のとおり、上記相違点6に係る本件発明1の構成は、当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから、本件発明1は、甲6発明及び甲3、甲4に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

イ 本件発明2〜7について
本件発明2〜4は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」に係る発明であり、本件発明5は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の製造方法」に係る発明であり、本件発明6は、「ε−酸化鉄系化合物の粒子の製造方法」に係る発明であり、本件発明7は、「磁気記録媒体」に係る発明であるところ、いずれの発明も、発明特定事項に、少なくとも本件発明1の上記相違点6に係る構成、又はその構成をさらに限定した構成を含むが、本件発明1の上記相違点6に係る構成は、当業者が容易に想到することができたものであるとはいえない以上、本件発明2〜7も、本件発明1と同様に、甲6発明及び甲3、甲4に記載の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。

(7)申立理由1〜8に関するまとめ
以上のとおり、本件特許1〜7は、特許法第29条第1項及び第2項の規定に違反してされたものではない。
したがって、申立理由1〜8には、理由がない。

2 特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)(理由9)について
(1)異議申立人の主張するサポート要件違反の理由
ア 本件特許はβ−FeOOHについて、特定の形状を有するものを用いて、形成されたε−酸化鉄を得て、その粒子を磁気記録媒体に応用した結果、SNRに優れ、塗膜特性に優れた磁気記録媒体とすることを特徴としている。
通常、熱を加えることで粒子は焼結して、脱水や結晶構造が変わること、または焼結によって、形状は変化する(たとえば、甲第2号証ではβ−FeOOHがε−Fe2O3に変化する際、熱処理によって球状に変化していることがわかる)ことが常識であり、前駆体の形状を特定したとしても、後の熱処理等により、期待する効果を奏しない場合もある。そのため、仮にβ−FeOOHを特定したとしても、「発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載、技術常識により、当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる」とはいえない。
加えて、熱処理した後の磁性体の形状に関しては、平均円相当径の記載はあるが、変動係数について記載がなく、磁性層に含まれ、最終的な特性に影響する磁性体がどういった形状であれば、膜強度に寄与するのかなど、当業者であっても理解することができない。さらに、特許請求の範囲の範囲内に含まれるβ−FeOOHを選択したことにより、最終的な磁性体にどのような影響が現れることでどういった効果を奏するのかについて、本特許明細書では開示がなされておらず、当業者はこの明細書の開示から、発明を理解することができない。これは、請求項1に従属するいずれの請求項についても同じことがいえる。

イ 置換元素量によっては、本発明の指向する良好なSNRが得られない程度に磁気特性が極端に低下する場合もあるが、本特許発明で開示しているのは、Ga置換(実施例6)、Ga、Co、Ti(実施例1〜5,実施例7〜13)で、a=0.3(実施例6)、a=0.225(実施例7)、a=0.175(実施例1〜5,実施例8〜12)、a=0.1825(実施例13)のみであり、例えばa>0.5等の領域において、同様の効果が得られるかどうかは明確になっていない。したがって、本件特許の記載の範囲では、掲げられた課題を達成することができず、実施することが不可能な範囲を含んでいる蓋然性が高い。本件特許と先行技術の比較のところでも述べた通り、甲4発明の記載および、例えば、特関2007−269548号の開示によれば、鉄のサイトをガリウムにて置換する例が記載されており、実施例(図4)記載によれば、添加量により保磁力が低下していくことがわかる。特に置換量が多くなる場合において、保磁力の低下は顕著であり、こうした磁気特性を意図的に低下している場合においても、同様にSNRが向上するということは開示されておらず、本件特許の実施例で開示されている以外の範囲においては本件特許開示事項のみで発明を達成できるかどうか、当業者が理解できるように開示されているとはいいがたく、サポート要件を満足していない。
同様に、保磁力が高い場合にも、磁気記録媒体として利用するには困難が生じることが知られている。したがって、保磁力が高くなる置換量が小さい場合においても同様な効果が得られるとするのならば、この点についても具体的に開示が必要であり、現記載内容によれば、当業者はこの明細書の開示から発明を理解することは困難である。

(2)異議申立人の主張するサポート要件違反の理由に対する判断
ア 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そして、本件明細書の【0005】〜【0007】の記載によれば、磁気記録媒体における磁性材料としてε−酸化鉄の結晶構造体を使用する場合、高いSNRを実現する観点からは、ε−酸化鉄の結晶構造体は、粒子径が小さいこと、及び、粒子径の変動係数が小さいこと(即ち、粒子径のバラツキが少ないこと)が重要となるが、その一方で、磁気記録媒体の1種である磁気テープにおいては、ε−酸化鉄の結晶構造体の粒子径が小さいと、ε−酸化鉄の結晶構造体を含む磁性層の膜質が弱くなるという問題があった(【0005】)のに対し、ε−酸化鉄の結晶構造体の原料であるβ−オキシ水酸化鉄に着目し、β−オキシ水酸化鉄の粒子径の制御が有効であることが判明し(【0006】)たことを受け、本件発明は、「SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子を形成できるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を提供すること」(【0007】)を発明の課題としている。
この発明の課題に対する本件明細書の記載を検討するに、【0024】等によれば、「β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子は、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、かつ、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であることにより、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子(特に、ε−酸化鉄の粒子)の形成を実現し得る。」とされ、【0027】には、上記の「平均相当径」及び「円相当径の変動係数」について、「一次粒子の平均円相当径が5nm以上であるため、磁性層の膜強度に優れる磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子の形成を実現し得る。また、一次粒子の平均円相当径が30nm以下であるため、SNRが良好な磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子の形成を実現し得る。そして、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、かつ、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるため、良好なSNRと、優れた膜強度と、がバランスよく両立した磁気記録媒体の製造が可能な磁性粒子の形成を実現し得る。」とβ−オキシ水酸化鉄系化合物と、それから製造されるε−酸化鉄系化合物の関係についても記載され、同【0076】〜【0101】には、β−オキシ水酸化鉄系化合物からε−酸化鉄系化合物を製造する製造方法が具体的に記載されている。さらに、同【0212】〜【0308】に記載される実施例において、本件発明の「平均相当径」及び「円相当径の変動係数」を有するβ−オキシ水酸化鉄系化合物から製造されたε−酸化鉄系化合物を磁性体として用いた磁性層においては、SNR及び膜強度において良好な特性が得られることが実際に示されている(【0306】【表1】)。
そして、以上の本件明細書の記載によれば、上記の本件発明の課題を解決するには、原料となるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子が、「一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、かつ、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」であれば良いことが理解できる。
そうすると、本件発明は、本件明細書の記載から課題が解決できると理解できる「一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、かつ、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子」に対応する構成をその特定事項に含み、その範囲内であるといえるから、本件発明は、上記の発明の課題を解決できると認識できるものである。
よって、本件発明は、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるから、本件発明は、サポート要件を満足し、本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるというべきである。

イ 異議申立人の主張する上記(1)アについて検討するに、上述のように、本件明細書には、β−オキシ水酸化鉄系化合物からε−酸化鉄系化合物を製造する製造方法が具体的に記載され、実施例において、本件発明の「平均相当径」及び「円相当径の変動係数」を有するβ−オキシ水酸化鉄系化合物から製造されたε−酸化鉄系化合物を磁性体として用いた磁性層においては、SNR及び膜強度において良好な特性が得られることが実際に示され、β−オキシ水酸化鉄系化合物の特定がε−酸化鉄系化合物のSNR及び膜強度において良好な特性が得られることにつながることが理解できるのであるから、従来のように何の制限なくβ−オキシ水酸化鉄系化合物を原料にするより、本件発明のβ−オキシ水酸化鉄系化合物を用いた方が上記の課題の解決に有利なことは明らかである。仮に「熱を加えることで粒子は焼結して、脱水や結晶構造が変わる」としても、本件発明におけるβ−オキシ水酸化鉄系化合物を原料として用いたことによる有利な点が失われるような、極端な実験条件は、本件発明において想定されているとはいえないし、仮に「後の熱処理等により、期待する効果を奏しない場合」があるとしても、その様な極端な実験条件の存在は、本件発明が、発明の課題を解決するものであるとの判断を左右するものではない。
また、熱処理した後の磁性体の形状は、本件発明に特定されるものではなく、上述のサポート要件の判断を左右するものではないが、本件明細書の【0125】には、ε−酸化鉄系化合物の「平均円相当径」について、「例えば、7nm〜35nmであることが好ましく、8nm〜25nmであることがより好ましく、10nm〜17nmであることが更に好ましい。
ε−酸化鉄系化合物の粒子の平均円相当径が7nm以上であると、取り扱い性がより良好となる。また、ε−酸化鉄の結晶構造がより安定化し、かつ、磁気特性の分布がより小さくなる。
ε−酸化鉄系化合物の粒子の平均円相当径が35nm以下であると、記録密度がより向上し得る。また、記録再生に適した磁気特性に調整しやすいため、SNRがより良好な磁気記録媒体を実現し得る。」との記載があり、本件発明のβ−オキシ水酸化鉄系化合物から製造されるε−酸化鉄系化合物の形状と、それより得られる磁性層の特性の関係が示されている。さらに、同【0005】の「磁気記録媒体における磁性材料としてε−酸化鉄の結晶構造体を使用する場合、高いSNRを実現する観点からは、ε−酸化鉄の結晶構造体は、粒子径が小さいこと、及び、粒子径の変動係数が小さいこと(即ち、粒子径のバラツキが少ないこと)が重要となる。」との記載によれば、本件発明のβ−オキシ水酸化鉄系化合物から製造されるε−酸化鉄系化合物についても、粒子径(平均円相当径)の変動係数が小さい(即ち、粒子径(平均円相当径)のバラツキが少ない)ものであることが理解でき、このε−酸化鉄系化合物を用いて磁性層を作成すれば、高いSNRを実現することが理解できる。

ウ さらに、異議申立人の主張する上記(1)イについて検討するに、β−オキシ水酸化鉄系化合物における置換元素量の点は、上述のサポート要件の判断を左右するものではないが、一応上記(1)イについて検討すると、まず、本件発明は、「β−オキシ水酸化鉄系化合物」と特定されるものであり、金属元素としては鉄を主成分とするものであり、磁気特性が極端に低下するような、鉄が主成分でなくなるような置換元素量の範囲は想定されていないと理解することができる。また、β−オキシ水酸化鉄系化合物における置換元素量が増えるに従い、ε−酸化鉄系化合物の磁気特性が低下するとしても、同じ置換元素量において何の制限もないβ−オキシ水酸化鉄系化合物を用いてε−酸化鉄系化合物を製造する場合に比べれば、SNRが良好で、かつ、磁性層の膜強度に優れるものが製造できることが理解できる。また、「保持力が高い場合にも、磁気記録媒体として利用するには困難が生じる」との点は、本件発明のサポート要件を判断するのに特に関連のない事項である。

エ 以上のとおり、異議申立人が主張する上記(1)ア及びイの点でも、本件特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合していないということはできない。
したがって、特許法第36条第6項第1号所定の規定違反(サポート要件違反)に係る申立理由9には、理由がない。

3 特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)(理由10)について
(1)異議申立人の主張する明確性要件違反の理由
ア 請求項の記載は、特許を受けようとする発明が明確であるものでなければならないが、本件特許の請求項の記載は、以下の点で明確性要件を満たしていない。
本件特許については、円相当径を基準として粒子を特定している。しかしながら、円相当径を基準として粒子を特定する根拠がない。円相当径は通常、「画像などに描画されている図形の面積に相当する、真円の直径」であって、複雑な形状を便宜的に評価するために用いられる。すなわち、粒子の形状が極めて複雑形状、具体的には凹凸が激しい形状であると、図形の面積は小さくなって、その結果円相当径も小さくなる。しかしながら、実際に記録媒体等の振舞いに影響を与えるのは外接部分であり、便宜的に算出した粒子の面積ではない。円相当径が特定の範囲であったとしても、発明の効果を奏しない場合が多分に考えられ、本件請求項が明確であるとはいえない。

イ 本件特許発明5をはじめとする製造方法において、本件特許発明に規定される特性を満たすβ−FeOOHを得ることは極めて困難である。すなわち、本件特許発明5に規定されているのは、「3価の鉄イオンを含む化合物を含有する水溶液に、アルカリ剤を添加して、下記の式(1)で表されるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子分散液を得る工程と、」としか特定されていない。もし、この規定内容のみで本願発明に規定されたβ−FeOOHが得られるならば、甲3に記載される発明であっても要件を満たすことになる。つまり、本件特許発明5の発明は、主要な構成要件を欠いており、明確であるとはいえない。
また、媒体の形成については、加熱処理の工程において、粒子が焼結した場合は原材料であるβ−FeOOHがいかなる形状をしていようとも、加熱焼成の条件によっては粗大な粒子になる場合がある(これは、サポート要件に対しての陳述事項に同じ)。したがって、加熱処理前のβ−FeOOHだけを規定しても、媒体に対してどのような影響があって、どのような効果を奏するのかが不明であり、発明が明確に把握できるとはいえない。

(2)異議申立人の主張する明確性要件違反の理由に対する判断
ア 上記(1)アについて、「円相当径」の用語自体は、「画像などに描画されている図形の面積に相当する、真円の直径」であって、特に請求項の記載を不明確にするものではない。異議申立人の主張する理由は、「円相当径」の意味するところが明確であるか否かの本件発明の明確性の判断を左右するものではないが、異議申立人の主張する理由を以下、一応検討する。異議申立人は、「粒子の形状が極めて複雑形状、具体的には凹凸が激しい形状」の場合を想定しているが、本件発明はβ−オキシ水酸化鉄系化合物の一次粒子の形状を特定しているのであるから、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子における形状を考えるべきであるところ、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の形状は、一次粒子であるかは明らかでないものの、甲1の上記1(1)ア(エ)の図2a)、甲2の上記同イ(エ)の図1(d)、甲6の同カ(エ)の第1図の記載によれば、異議申立人が想定するほど、「形状が極めて複雑形状、具体的には凹凸が激しい形状」ではなく、さらに異議申立人が別の態様として想定するような、円形状の粒子と針状の粒子が混在するものでもない。そうすると、β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子の直径を、円相当径で表現することは、粒子の形状を表現する手段として意味があるものであるといえる。

イ 上記(1)イについて、異議申立人の主張する理由は、請求項の記載が明確であるか否かの本件発明の明確性の判断を左右するものではないが、本件発明5には、「前記粒子分散液から、下記の式(1)で表され、一次粒子の平均円相当径が5nm以上30nm以下の範囲であり、一次粒子の円相当径の変動係数が10%以上30%以下の範囲であるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子を、分級手段により取り出す工程」が特定され、「3価の鉄イオンを含む化合物を含有する水溶液に、アルカリ剤を添加して、下記の式(1)で表されるβ−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子分散液を得る工程」だけで、本件発明のβ−オキシ水酸化鉄系化合物を製造するのではない。
また、本件明細書の記載から、β−オキシ水酸化鉄系化合物と、それから製造されるε−酸化鉄系化合物及びそれから製造される磁性層との間の関連が理解できることは、上記2(2)イで述べたとおりである。

ウ 以上のとおり、異議申立人が主張する上記(1)ア及びイの点で、本件特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合していないということはできない。
したがって、特許法第36条第6項第2号所定の規定違反(明確性要件違反)に係る申立理由10には、理由がない。

第5 むすび

上記第4で検討したとおり、本件特許1〜7は、特許法第29条第1項第3号及び同法同条第2項の規定に違反してされたものであるということはできないし、同法第36条第6項第1号及び同法同条同項第2号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであるともいうことはできず、同法第113条第2号又は第4号に該当するものではないから、上記申立理由1〜10では、本件特許1〜7を取り消すことはできない。
また、他に本件特許1〜7を取り消すべき理由を発見しない。

よって、結論のとおり決定する。
 
異議決定日 2022-01-11 
出願番号 P2018-066008
審決分類 P 1 651・ 121- Y (C01G)
P 1 651・ 537- Y (C01G)
P 1 651・ 113- Y (C01G)
最終処分 07   維持
特許庁審判長 宮澤 尚之
特許庁審判官 原 賢一
大光 太朗
登録日 2021-02-26 
登録番号 6843793
権利者 富士フイルム株式会社
発明の名称 β−オキシ水酸化鉄系化合物の粒子及びその製造方法、ε−酸化鉄系化合物の粒子の製造方法、並びに磁気記録媒体の製造方法  
代理人 特許業務法人太陽国際特許事務所  
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